論語305子路篇第十三(3)衛君子を待ちて

論語子路篇(3)要約:孔子先生と最も付き合いの長い弟子の子路。先生の回りくどさに、いつもうんざりしていました。隣国・衛に向かったこの師弟。またもや回りくどい事を言い始めた先生に、子路が呆れます。それに対して先生は…。

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子路曰、「衞君待子而爲政、子將奚先。」子曰、「必也正名乎。」子路曰、「有是哉。子之迂也。奚其正。」子曰、「野哉、由也。君子於其所不知、蓋闕如也。名不正、則言不順。言不順、則事不成。事不成、則禮樂不興。禮樂不興、則刑罰不中。刑罰不中、則民無所措手足。故君子名之必可言也、言之必可行也。君子於其言、無所苟而已矣。」

書き下し

子路しろいはく、衞君ゑいくんとどまつりごとさば、まさなにをかさきにせむとする。いはく、かならたださむ子路しろいはく、かななるなんただしうせむ。いはく、なるかないう君子くんしらざるところおいて、けだ闕如けつじよたりただしからざれば、すなはことじゆんならず、ことじゆんならざれば、すなはことらず、ことらざれば、すなは禮樂れいがくおこらず、禮樂れいがくおこらざれば、すなは刑罰けいばつあたらず、刑罰けいばつあたらざれば、すなはたみ手足しゆそくところなし。ゆゑ君子くんしは、これづくることかならなりこれふことかならおこななり君子くんしそのことおいて、いやしくもするところ而已矣のみ

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逐語訳

論語 子路 論語 孔子
子路が言った。「衛の国君が先生を招いて政治を任せたら、先生は最初に何をしますか。」先生が言った。「必ず物事の名前を正すだろう。」子路が言った。「これだから。先生は回りくどい。どうして正すのですか。」先生が言った。「粗野だな由(子路)は。君子は知らない事については、そもそも黙っているものだ。名前が正しくなければ、言葉が事実と合わない。事実と合わなければ、仕事は出来ない。仕事が出来なければ、とりもなおさず礼法と音楽が盛んにならない。礼法と音楽が盛んでなければ、刑罰が適正ではない。刑罰が適正でなければ、まさしく民はどう行動すればいいか分からない。だから君子は、物事に名前を付けるにはその名でものが言えるように名付ける。ものを言うなら、必ず実行できる事を言う。君子の口に出した事は、その場限りの話であってはいけない。」

意訳

孔子と子路が衛国に赴いたときのこと。

子路「殿様が政治を任せると言ったら、何から始めます?」

論語 孔子 楽
孔子「決まっている。物事の名前を事実と一致させる事だ。」

論語 子路 あきれ
子路「あれま、だから先生は回りくどいと言うのです。そんな事してどうなります。」

論語 孔子 説教
孔子「いつまでたっても粗野だなお前は。君子は知らない事については黙っているものだ。だから黙っていろ。

説明してやろう。世間は物事に勝手な名前を付けるが、犬肉屋が”ひつじ”と看板出してたら客ともめるだろう。名前が正しくないと、話をしても互いに誤解が深まるばかりだ。誤解したまま仕事を進めたら、滅茶苦茶になるだろう。そんな滅茶苦茶で、教育なんか出来るか。

民への教育が不出来だと、していいいこと・いけない事が分からんから、どんなに取り締まろうと治安は良くならないし、刑罰もむやみに厳しくしなくちゃならなくなる。そうなると民は怖じ気づいて、政治どころじゃなくなってしまうだろうが。

だから君子は、良いなら良い、犬なら犬と、事実と一致した名前を付けるのだ。それなら話に誤解はないし、言った事は実行できる。何でも適当に名付けておけばいい、そんなわけにはいかないのだよ。」

従来訳

子路がいった。――
「もし衛の君が先生をおむかえして政治を委ねられることになりましたら、先生は真先に何をなさいましょうか。」
 先師がこたえられた。――
「先ず名分を正そう。」
 すると、子路がいった。――
「それだから先生は迂遠だと申すのです。この火急の場合に、名分など正しておれるものではありません。」
 先師がいわれた。――
「お前は何というはしたない男だろう。君子は自分の知らないことについては、だまってひかえているものだ。そもそも名分が正しくないと論策が道をはずれる。論策が道をはずれると実務があがらない。実務があがらないと礼楽が興らない。礼楽が興らないと刑罰が適正でない。刑罰が適正でないと人民は不安で手足の置き場にも迷うようになる。だから君子は必ず先ず名分を正すのだ。いったい君子というものは、名分の立たないことを口にすべきでなく、口にしたことは必ずそれを実行にうつす自信がなければならない。あやふやな根拠に立って、うかつな口をきくような人は、断じて君子とはいえないのだ。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 待 金文
(金文)

論語の本章では”待遇する”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、寺は「寸(て)+(音符)之(足で進む)」の会意兼形声文字。手足の動作を示す。待は「彳(おこなう)+(音符)寺」で、手足を動かして相手をもてなすこと。侍(はべる)と同系。

また止まる意にも用いる。その場合は、止(とまる)・持(止めてもつ)・俟(シ)(まつ)・峙(ジ)(じっと止まってたつ)と同系のことば。語義は論語語釈「待」を参照。

論語 衛霊公
衛の霊公は亡命した孔子を迎えて、特に仕事も与えないまま、現代換算で約111億円の年俸を与えた。しかし孔子は仕事がない=政治権力を握れないことに不満で、逗留先の顔濁鄒ガンダクスウ親分の屋敷を拠点に政治工作を始めた。親分にも手下が大勢いたから、好都合だっただろう。

これが衛国政界の総スカンを食らい、屋敷に監視が付いたので、「バレたか」と思った孔子は衛国を逃げ出した。

必也正名乎

論語 正 金文 論語 名 金文
「正名」(金文)

論語の本章での「也」は、A也Bで”AはB”。全体で”必ずするのは名前を正すこと”。

『学研漢和大字典』によると「名」は会意文字で、「夕(三日月)+口」。薄暗いやみの中で自分の存在を声で告げることを示す。よくわからないものをわからせる意を含む。鳴(鳥が自分の所在をわからせる→声を出してなく)・命(自分の気持ちや意志を声でわからせる)と同系のことば。

語義は論語語釈「名」を参照。

有是哉

論語 哉 金文
「哉」(金文)

論語の本章では”これだよ”。孔子と付き合いの長い子路には、「また言ってるよ」とうんざりする答えだったわけ。

『学研漢和大字典』によると「哉」(サイ)は会意兼形声文字で、才は、裁の原字で、断ち切るさま。それに戈を加えた階(サイ)も同じ。哉は「口+(音符)階(サイ)」で、語の連なりを断ち切ってポーズを置き、いいおさめることをあらわす。

もといい切ることを告げる語であったが、転じて、文末につく助辞となり、さらに転じて、さまざまの語気を示す助辞となった。また、裁断するとは素材にはじめて加工することであるから「はじめて」の意の副詞ともなった、という。

論語 野 金文
(金文)

論語の本章では”教養がない”・”荒削りだ”。

闕(欠)如

論語 闕 古文 論語 如 古文
(古文)

論語の本章では”黙っている”。欠けたようにないさま。

言不順

論語 順 金文
(金文)

論語の本章では”言葉が順調でない”。つまり”誤解を生む”ということ。

『学研漢和大字典』によると「順」は会意文字で、「川+頁(あたま)」。ルートに沿って水が流れるように、頭を向けて進むことを示す。循(ジュン)・巡(ジュン)(したがう)・馴(ジュン)(おとなしくしたがう)などと同系のことば。

また、遁(トン)(他の物のかげに沿って去る)や盾(ジュン)(そのかげに沿って隠れるたて)などとも縁が近い、という。語義は論語語釈「順」を参照。

禮(礼)樂

論語 礼 金文 論語 楽 金文
(金文)

論語では礼法と音楽のことだが、両者が合わさると”教育”を意味する。

刑罰不中

論語 刑 金文 論語 罰 金文
「刑罰」(金文)

論語の本章では”刑罰が適正でない”。「中」は矢が的の真ん中を射貫くように当たる事。

『学研漢和大字典』によると「罰」は会意文字で、「詈(ののしる)+刀」。その罪をしかって刀で刑を加えることを示す。バツという語は、伐(バツ)(悪者を切ってこらす)・撥(ハツ)(はね返す→相手の罪にむくいを与える)などと同系のことば。語義は以下の通り。

  1. {名詞}罪をこらしめるためのむくい。とがめ。しおき。「刑罰」「天罰」「罰、及爾身=罰、爾の身に及ぶ」〔書経・盤庚上〕
  2. (バッス){動詞}こらしめを与える。▽大罪には刑を加え、小罪には罰を与えるのが昔からのしきたり。
  3. 《日本語での特別な意味》ばつ。だめ・間違いなどの意をあらわす「」印のこと。「罰点」。

無所措手足

論語 措 古文
「措」(古文)

論語の本章では、手足の置き所がない、つまりどう行動していいか分からないこと。

「措」は”置く”。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、昔(セキ)は「かさねるしるし+日」からなる会意文字で、日数を重ねた昔のこと。措は「手+(音符)昔」で、手を物や台の上に重ねておくこと。錯(地金の上に金をぬり重ねること)・籍(セキ)(重ねておく竹の冊子)と同系のことば。

語義は以下の通り。

  1. {動詞}おく。上に重ねておく。台におく。《類義語》置。「挙措(上げたりおいたりする→動作、ふるまい)」「民無所措手足=民手足を措く所無し」〔論語・子路〕
  2. {動詞}おく。手をくだす。「措置」「措手不及=措手及ばず」。
  3. {動詞}おく。そのままにしておく。手を下におろして、仕事をやめる。《類義語》捨。「学之弗能弗措也=これを学んで能はずんば措かず」〔中庸〕

論語:解説・付記

事実上独立している台湾を、「中華民国」と呼ぶのが正しいか正しくないかで今でももめているように、名前と実質の不一致は、中国のインテリにとって一大問題だった。中国に限らず、政策を「マニフェスト」と言えば何となくかっこうよくなるように、名前と実質の不一致は、政治や社会に混乱をもたらす。その事を孔子は早くから気付いていたわけ。

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