- 兮(ケイ・4画)
- 兄(ケイ・5画)
- 刑(ケイ・6画)
- 圭(ケイ・6画)
- 巠(ケイ・7画)
- 徑/径(ケイ・8画)
- 京(ケイ・8画)
- 盻(ケイ・9画)
- 荊(ケイ・9画)
- 奚(ケイ・10画)
- 惠/恵(ケイ・10画)
- 卿(ケイ・10画)
- 啟/啓(ケイ・11画)
- 經/経(ケイ・11画)
- 揭/掲(ケイ・11画)
- 脛(ケイ・11画)
- 敬(ケイ・12画)
- 輕/軽(ケイ・12画)
- 景(ケイ・12画)
- 繼/継(ケイ・13画)
- 傾(ケイ・13画)
- 儆(ケイ・14画)
- 慧(ケイ・15画)
- 磬(ケイ・16画)
- 醯(ケイ・19画)
- 雞/鶏(ケイ・19画)
- 繫(ケイ・19画)
- 藝/芸(ゲイ・7画)
- 羿(ゲイ・9画)
- 輗(ゲイ・15画)
- 麑(ゲイ・19画)
- 綌(ケキ・13画)
- 擊/撃(ケキ・15画)
- 逆(ゲキ・9画)
- 缺/欠(ケツ・4画)
- 血(ケツ・6画)
- 訐(ケツ・10画)
- 桀(ケツ・11画)
- 絜(ケツ・12画)
- 竭(ケツ・14画)
- 潔(ケツ・15画)
- 闕(ケツ・18画)
- 譎(ケツ・19画)
- 月(ゲツ・4画)
- 軏(ゲツ・10画)
兮(ケイ・4画)
甲骨文/兮甲盤・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:上向きにした鳴子の形。
音:カールグレン上古音は不明(平)。藤堂上古音はɦeg。
用例:「甲骨文合集」35343に「乙子(巳)卜,才(在)兮:叀(惠)丁未(敢?)眾。」とあり、地名と解せる。
金文での用例は全て人名の一部。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”建物の基礎”、”日没前”を意味し、金文では氏族名に用いた(兮甲盤・西周末期)。
『字通』による原義は打ち舌が二つ付いた鳴子だから、合いの手の掛け声と解しうる。南方楚の歌によく見られるが、論語八佾篇8での出典は『詩経』の衛風。衛は子夏の故国でもある。
学研漢和大字典
会意文字で、上部の八印と下部の上ってきた息が一印で止められたさまからなる字。その息が飛散するさまを示す。のどにつかえた息が、へい!と発散して出ることを意味する。
語義
- {助辞}主語や文のあとにつけて、感嘆や強調の語気をあらわす助辞。▽訓読では普通は読まない。「福兮禍之所伏=福は禍の伏する所」〔老子・五八〕。「巧笑倩兮=巧笑倩たり兮」〔論語・八佾〕
- {助辞}「へい、ほい」という間拍子(マビョウシ)の声をあらわす助辞。おもに「楚辞」や楚(ソ)の調子をまねた歌に用いられた。▽訓読しない。「大風起兮雲飛揚=大風は起こりて兮雲は飛揚す」〔漢高祖・大風歌〕
- {助辞}形容詞につく接尾辞。「乎」と同じ。「淵兮似万物之宗=淵として万物の宗に似たり」〔老子・四〕
字通
[象形]鳴子板の形。〔説文〕五上に「語の稽(とど)まる所なり」とあり、兮・稽の畳韻を以て訓する。また字形について「丂(かう)に從ひ、八は气の越亏(ゑつう)するに象る」とあって、气の余声を写したものとするようである。兮の卜文・金文の字形は、板の上に遊舌を結んで、振って鳴らす鳴子板形式のもので、音曲の終始の合図などにも用いたものであろう。〔老子、四〕の「淵兮として萬物の宗に似たり」を〔河上公本〕に「淵乎」に作る。乎は板上に遊舌が三つある形、兮は遊舌が二枚で、兮・乎はまた声義の近い字である。
兄(ケイ・5画)
甲骨文/尹舟作兄癸卣・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文の字形は「𠙵」”くち”+「人」。原義は”口で指図する者”。または頭の大きな人と解し、”年長者”。
慶大蔵論語疏では「兄」を異体字「〔口九〕」と記す。「魏武昌王妃吐谷渾氏墓志」(北魏)刻。
音:「キョウ」は呉音。カールグレン上古音はxi̯wăŋ(平)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”年長者”、金文では”賜う”(作冊折方彝・西周)の意があった。
学研漢和大字典
象形。兄は頭の大きい子を描いたもので、大きいの意を含む。況(比較してより大きい事がらを加える接続詞)・永(ながい)・王(大きい巨人)と同系。付表では、「兄さん」を「にいさん」と読む。
語義
- {名詞}あに。同じ親からうまれた男の子どものうち、年の上の者。《対語》⇒弟。「兄弟」「以其兄之子妻之=其の兄の子を以てこれに妻す」〔論語・公冶長〕
- {名詞}友人を敬愛して呼ぶことば。《類義語》君。「大兄」「貴兄」「仁兄」。
- {形容詞}兄として。「兄事(兄貴分として仕える)」。
字通
[会意]口+人。〔説文〕八下に「長なり」と長兄の意とし、〔段注〕に「口の言は盡くること無し。故に儿口を以て滋長の意と爲す」と滋益・滋長の意を以て解する。口は𠙵(さい)、祝詞を収める器。そのことを掌る人を兄という。字の構造は、見や望の初形が目に従い、聞の初形が耳に従い、光の初形が火に従い、それぞれの下に人を加えるのと同じ造字法である。長兄は家の神事を掌るもの、すなわち祝となるべきものであった。卜文・金文の字形に、袖に飾りをつけて舞い祈る意を示すもの、また跪く形のものがあって、兄は神事に従うものであったことが知られる
刑(ケイ・6画)
史牆盤・西周中期
初出:初出は西周中期の金文。
字形:「井」”牢屋”+「刂」”かたな”で、原義は刑罰(「弔尸鐘」集成285・春秋末期)。ただし初出の「史牆盤」は「荊」”いばら”と解釈されており、「荊」=楚国のことだとされる。「漢語多功能字庫」を参照。
音:カールグレン上古音はɡʰieŋ(平)。
用例:西周中期の「𤞷𣪕」(集成3976)に「伐楚刱」とあり、”イバラの生えた南方の蛮地”と解せる。
西周末期あるいは春秋早期の「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1203に「非歷殹井(刑),用為民政。」とあり、「歴りに殹ち刑むるに非ず、用いるに民の政を為せ」と読め、”刑罰を加える”と解せる。
春秋中期の「秦公鎛」(集成270)に「叡(睿)尃明井(刑)」とあり、「さときことあまねくして刑を明らかにす」と読め、”刑罰”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。开(=井(ケイ))は、四角いわくを示す。刑は「刀+(音符)井」。わくの中へ閉じこめる意を含み、刀で体刑を加えてこらしめる意を示すため、刀印を加えた。形・型(わく)と同系。
語義
- {名詞}しおき。刑罰。転じて、とりしまり。▽もと罪人をわくの中にとじこめて、こらしめる意。「斉之以刑=これを斉ふるに刑を以てす」〔論語・為政〕
- (ケイス){動詞}刑罰を加える。「然後、従而刑之=然る後、従つてこれを刑す」〔孟子・梁上〕
- {名詞}のり。模範となるわく。▽典型(テンケイ)の型と同じ。「君子懐刑、小人懐恵=君子は刑を懐ひ、小人は恵を懐ふ」〔論語・里仁〕
- (ケイス){動詞}わくの外に出ないようによくとりしまる。型にはめる。「刑于寡妻=寡妻に刑す」〔詩経・大雅・思斉〕
字通
[形声]正字は㓝に作り、井(けい)声。井は刑の初文。〔説文〕に刑と㓝とを別の字とし、刑字条四下に「剄なり」、また㓝字条五下に「辠(つみ)を罰するなり。刀丼に從ふ。易に曰く、丼なる者は法なり」とするが、丼・㓝は刑罰の刑、幵(井)(けい)は簪笄(しんけい)の象であるから、もと刑罰に関する字ではない。井に両義があり、刑罰の意に用いるときは首枷(くびかせ)の象。〔説文〕のいう「剄なり」「辠を罰するなり」は、首枷を加え、刀を加えて罰する意である。他の一義は型の初文。丼は鋳型の外枠を堅く締める形。鋳込みが終わったのち、刀を加えてそれを外すので刑となり、その土笵を型という。土笵は剛くて外しがたいことがあり、これを剛という。金文に明刑を「明丼」、帥型を「帥丼」としるし、井を刑・型の両義に用いる。丼・㓝が本来の形象であり、刑・型はのちの形声字である。
圭(ケイ・6画)
合11006/毛公鼎・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:笏の象形。
音:カールグレン上古音はkiweɡ(平)。
用例:甲骨文の用例は、”玉の笏”と取れるのもあるし、疑問があるものもある。いずれにせよ欠損があって断じがたい。
西周中期「師遽方彝」(集成9897)に「王乎(呼)宰利易(賜)師遽〔王面〕圭一」とあり、”玉の笏”と解しうる。
学研漢和大字典
会意。圭は「土+土」で、土を盛ることを示す。土地を授けるとき、その土地の土を三角の形に盛り、その上にたって神に領有を告げた。その形をかたどったのが圭という玉器で、土地領有のしるしとなり、転じて、諸侯や貴族の手に持つ礼器となった。その形はまた、日影をはかる土圭(ドケイ)(日時計の柱)の形ともなった。
語義
- {名詞}天子*が領土を与えたしるしとして、諸侯に与える玉器。▽正式の場では手に持って貴族のしるしとする。《同義語》⇒珪(ケイ)。「玉圭(ギョクケイ)」「執圭=圭を執る」〔論語・郷党〕
- {形容詞}かど。きちんとかど目がたっているさま。転じて、すっきりしたさま。《類義語》佳(カ)。「圭角(ケイカク)」。
- {単位詞}ますの容量の単位。一圭は、一升の十万分の一。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[象形]圭玉の形。〔説文〕十三下に「瑞玉なり」とし、その形制について「上圜(ゑん)下方。公は桓圭を執り九寸、侯は信圭を執り、伯は躬圭を執り、皆七寸~以て諸侯を封ず」とみえ、諸侯を封ずるときの瑞玉をいう。金文に「■(示+枼)圭(かんけい)」を賜うことが多くみえ、酒器の卣(ゆう)とともに賜与されているから、■(示+枼)圭は鬯酒(ちようしゆ)(くろきびの香り酒)を用いるときの玉器であろう。〔毛公鼎〕に「秬鬯(きよちやう)一卣・■(示+枼)圭瓚寶(さんぱう)を賜ふ」、〔師詢𣪘(しじゆんき)〕に「秬鬯一卣・圭瓚を賜ふ」とあり、鬯酒を用いるときの礼器である。
巠(ケイ・7画)
師克盨蓋・西周末期
初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はkieŋ(平)。
学研漢和大字典
象形。機織りの上下のわくの間に、三本のたていとがまっすぐに張られた姿を描いた字。まっすぐに通る意を含み、経(まっすぐに通るたていと)の原字。語義は経と同じ。
語義
- {名詞}たていと。たて。まっすぐにとおった織物のたていと。おおすじ。転じて、地球の両極をたてにとおした仮定の線。《対語》⇒緯。「経度」。
- {名詞}つね。時代をたてに貫いて伝わる不変の道理。物事のすじ道。《類義語》常。「経常」「天経地義(不変の道理)」「君子反経而已矣=君子は経に反らんのみ」〔孟子・尽下〕
- {名詞}儒教で、不変のすじ道を説いたとされる書。「経書」「五経」。
- {名詞}仏教や宗教の道理を説いた書。「華厳経(ケゴンキョウ)」「聖経(セイケイ)・(セイキョウ)(バイブル)」。
- {動詞}へる(ふ)。まっすぐとおりぬける。場所や時間をとおりすぎる。「経過」「経年=年を経」「経夕而活=夕を経て活きたり」。
- (ケイス){動詞}おさめる(をさむ)。すじ道やたての線を引く。また、転じて、物事の大すじをたてて処理する。管理する。「経営」「経之営之=これを経しこれを営す」〔詩経・大雅・霊台〕
- {動詞}くびれる(くびる)。経(ひも)で首をくくる。「自経於溝必=溝必に自経す」〔論語・憲問〕
- {名詞}月経。▽月ごとに経常的におこることから。「経血」。
- {副詞}すでに。かつて経験したの意から、「すでに」の意となる。「曾経(カツテスデニ)」「已経(スデニ)」。
- (ケイス){動詞}縦糸をまっすぐ張って梳く。▽去声に読む。「吾始経之=吾(われ)始めこれを経す」〔韓非子・外儲〕
字通
[象形]織機のたて糸をかけた形。經(経)の初文。〔説文〕十一下に字を水部に属して「水脈なり」とし、また古文の字形を録して壬(じん)声の字とするが、形義ともに誤る。下部の工の部分は糸を巻きつけた横木の形。的杠(てきこう)といわれるものである。金文に巠を經の意に用い、〔大盂鼎〕に「德巠を敬雝(けいよう)す」とあるのは「德經」の意。すべて垂直にして上下の緊張を保つものを巠という。
徑/径(ケイ・8画)
孫臏346・前漢
初出:初出は戦国の竹簡。「小学堂」による初出は前漢の隷書。
字形は「彳」”みち”+「巠」”織機に張ったたていと”で、真っ直ぐな道のさま。原義は”真っ直ぐ”。
音:カールグレン上古音はkieŋ(去)。同音に「巠」”地下水・縦糸”とそれを部品とする漢字群。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」用曰04に「德徑于康。」とあり、「徳は康らかなるをはやみちとす」と読め、”早道”・”まっすぐ”と解せる。
論語時代の置換候補:部品で同音の「巠」は金文に存在し、論語時代の置換候補となりうる。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、巠(ケイ)は、台の上にまっすぐ縦糸を張った姿で、經(=経。縦糸)の原字。徑は「彳(いく)+(音符)巠」で、両地点をまっすぐつないだ近みちのこと。頸(ケイ)(まっすぐな首)・莖(=茎。まっすぐなくき)などと同系のことば。
語義
- {名詞}こみち。みち。回りみちをしないようまっすぐに通じた近みち。「山径」「行不由径=行くに径に由らず」〔論語・雍也〕
- {名詞}さしわたし。「直径」「有逆鱗径尺=逆鱗の径尺なるもの有り」〔韓非子・説難〕
- {副詞}ただちに。回りみちをせずまっすぐ。近みちを通って。ほかのことをしないですぐに。「不過一斗径酔矣=一斗に過ぎずして径ちに酔へり」〔史記・滑稽〕。「径至宛市中=径ちに宛市の中に至る」〔捜神記〕
字通
[形声]旧字は徑に作り、巠(けい)声。巠は織機にたて糸をかけた形で、經(経)の初文。たて糸をいう。そのように直線的に上下の関係にあるものを巠といい、また道路の近道を徑(径)という。字はまた逕を用いることもある。
京(ケイ・8画)
合8034/伯吉父匜・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:「小」”木組み”の上に建てた「亠」”平屋根”のたかどのの象形。「享」が土盛りの上に建てた祭殿であるのと対を為す。論語語釈「享」を参照。
音:カールグレン上古音はkli̯ăŋ(平)。「享」はxi̯aŋ(上)。
用例:「甲骨文合集」32691.1に「于享京燎」とあり、”祭殿”と解せる。
学研漢和大字典
象形。上部は楼閣の姿(高の字の上部と同じ)、下部は小高い土台を描いたもので、高く明るく大きいの意を含む。上古の人々は洪水や湿気をさけて、高く明るい丘の上に部落をつくり、やがてそれが中心都市となり、京(ミヤコ)の意を生じた。景(ケイ)(明るい日影)・鯨(ゲイ)(大きいくじら)に含まれる。もと岡(コウ)(高い台地)と同系。
語義
- {名詞}みやこ。王宮や政府のあるみやこ。「京師(ケイシ)(首都)」▽「南京(ナンキン)」は明(ミン)のみやこ、「北京(ペキン)」は明から現代にわたるみやこである。
- {名詞・形容詞}小高い丘。大きくて高い。《同義語》⇒景(ケイ)。「京丘(ケイキュウ)(=景丘。高い丘)」。
- {数詞}数で、兆の十倍。今は兆の万倍。▽昔の十進法では、十倍ごとに、千‐万‐億‐兆‐京(ケイ)と数えた。
- 《日本語での特別な意味》
①きょう(きゃう)。京都のこと。
②「東京」の略。「京浜地帯」。
字通
[象形]アーチ状の門の形。上に望楼を設ける。これを軍営や都城の入り口に建てた。〔説文〕五下に「人の爲(つく)る所の絶(はなは)だ高き丘なり。高の省に從ふ。丨(こん)は高き形に象る」とするが、字は高丘の形でなく、上部も屋根の形である。〔呂覧、禁塞〕に「京丘を爲(つく)ること、山陵の若(ごと)し」とあり、〔高誘注〕に、戦死者の屍を中に塗りこんで「京觀(けいくわん)」を築き、これを京丘とよんだのであるという。〔淮南子、覧冥訓〕に「重京を高くす」というのも、二層の京観の意であるらしく、金文に字を重層の形に作るものがある。〔左伝、宣十二年〕に、楚が北方の覇者晋に大捷したとき、臣下の者が「君、盍(なん)ぞ武軍に築き、晉の尸(し)を收めて、以て京觀を爲らざる」とすすめた話がみえる。〔杜預注〕に、積尸封土して京門を作るのであるという。卜辞に義京・磬京(けいきよう)などの名がみえ、そこでは羌三人・牛十牛を卯(さ)いて祀る儀礼が行われている。おそらく軍門であったのであろう。都城をもその門で守ったので京師の意となり、高なり、大なりなどの義が派生した。
盻(ケイ・9画)
説文解字・後漢
初出:事実上の初出は後漢の『説文解字』。
字形:「目」+「兮」(音符)。
音:カールグレン上古音は不明(去)。「兮」の音も不明。藤堂上古音は「兮」と同じでɦeg。
用例:『孟子』滕文公上3に「盻盻然」とあり、朱子の注で「恨視也」という。
『春秋』宣公十七年、経文または左伝の「公弟叔肸」を『白虎通義』王者不臣7・四部叢刊本に「公弟叔盻」と記す。
『西京雑記』第六1に「恭王大悅,顧盻而笑,賜駿馬二匹。」とあり、”かえりみる”と解せる。版本によっては「𦕎」と記し、『大漢和辞典』にもないが、「国学大師」は「盼」”目元がうるわしい”の俗字とする。
論語時代の置換候補:存在しない。
『大漢和辞典』音ケイ訓にらむに「眭」があるが、初出は秦系戦国文字。「睢」の初出は秦系戦国文字。「睚眦の恨み」が故事成句となった范睢の名は、おそらくあだ名だろう。「𥍋」の初出は不明。訓かえりみるに「䁈」があるが、初出は後漢の『説文解字』。
学研漢和大字典
形声。「目+(音符)兮(ケイ)」。
語義
- (ケイス){動詞}にらむ。にくしみをこめて見ること。「太祖顧指權、權瞋目盻之、超不敢動=太祖權を顧指す、權目を瞋らしてこれを盻む、超敢へて動かず」〔魏志・許權〕
- 「盻盻(ケイケイ)」とは、勤め苦しんでやまないさま。「使民盻盻然=民をして盻盻然たらしむ」〔孟子・滕上〕
字通
(条目無し)
荊(ケイ・9画)
鼒簋・西周早期/史墻盤・西周中期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:×形または〔开〕”いばら”+〔刀〕。草深い辺境を切り拓くさま。
音:カールグレン上古音はki̯ĕŋ(平)。
用例:西周・春秋の金文では単独、または「楚荊」と記して地名に用いた。
学研漢和大字典
会意兼形声。「艸+(音符)刑(刑罰)」。刑罰のむちをつくる木のこと。「いばら」は「茨」「棘」とも書く。
語義
- {名詞}いばら。木の名。刑罰で、むちうつときに用いる杖(ツエ)をつくるのに用いた。▽正しくは、にんじんぼく。
- {名詞}木の名。すおう。「紫荊(シケイ)」。
- {名詞}自分の妻の謙称。「拙荊(セッケイ)」「荊室(ケイシツ)」。
- {名詞}古代、中国の九州の一つ。今の湖南・湖北・広西・貴州省のあたりで、昔は、いばらが多い荒地であったことから。のち、おもに楚(ソ)の国(湖北・湖南)をいう。「荊楚(ケイソ)」。
字通
[形声]声符は刑(けい)。〔説文〕一下に「楚木なり」、林部六上の楚字条に「叢木、一名、荊なり」とあって、楚・荊を互訓する。荊棘をいう。金文に「楚荊」を連称するが、その荊の字形は、人の手足に械(かせ)を加えた形にしるされており、それに井(けい)声を加える。荊棘の荊との同異は確かめがたい。楚の地の古称であった。
奚(ケイ・10画)
甲骨文/𤰇亞作父癸角・殷代末期
初出:初出は甲骨文。
字形:「𡗞」”弁髪を垂らした人”+「爪」”手”で、原義は捕虜になった異民族。
音:カールグレン上古音はɡʰieg(平)。
用例:「甲骨文合集」644などにみえる「壬子卜□貞惟我奚不正十月」は、「我がとりこ正しかざるか」と読める。春秋ごろまで「我」は主格になれない。”奴隷”と解せる。
殷代末期には族徽(家紋)としての用例が複数ある。
西周早期から春秋中期までは、人名としての用例が複数ある。春秋末期までに、疑問辞としての用例は見られない。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名のほか人のいけにえを意味し、金文では”女奴隷”(亞乍父癸角・殷代末期)の意に用いられた。古文献では春秋時代を記した『国語』に疑問辞としての用例があり、論語の時代の語義として確定は出来ないが否定も出来ない。
『大漢和辞典』の第一義は”ふくれた腹”。漢文では多く「なんぞ・なんずれぞ」と読み、疑問や反語の意味で用いる。
学研漢和大字典
会意文字で、「爪(て)+糸(ひも)+大(ひと)」で、なわをつけて使役するどれいのこと。転じて、召使のこと。またその音を借りて、何・胡・害などとともに「なに、なぜ」を意味する疑問詞に当てる。
語義
- {名詞}しもべ。どれいや召使。「奚奴(ケイド)」「俄而小奚来報曰=俄にして而小奚来たり報じて曰はく」〔斎藤拙堂・月瀬遊記〕
- {疑問詞}なに。→語法「①②-1③④⑤⑥⑦」。
- {副詞}なんぞ。→語法「②-2⑧⑨⑩⑪」
語法
①「なにをか」とよみ、「なにを~するのか」と訳す。人・物・事を問う疑問・反語の意を示す。目的語となる。「衛君待子而為政、子将奚先=衛君子を待ちて政(まつりごと)を為さば、子将に奚(なに)をか先にせんと」〈衛の君主が先生をお迎えして政治をなさることになれば、先生は何から先になさいますか〉〔論語・子路〕
②「奚以」は、
- 「なにをもってか」とよみ、「なぜ」「どうして」と訳す。原因・理由を問う疑問の意を示す。「奚以知其然也=奚(なに)をもってその然るを知るか」〈何によってそうであるとわかるのか〉〔荘子・逍遙遊〕
- 「なんぞもって~」とよみ、「どうして~しようか(いやしない)」と訳す。反語の意を示す。「夫為天下者、亦奚以異乎牧馬者哉=それ天下を為(おさ)むる者も、また奚(なん)ぞもって馬を牧する者と異ならん」〈天下を治めることも、馬を飼うのと何も違わないではないか〉〔荘子・徐無鬼〕
③「奚為」は、「なんすれぞ」とよみ、「どうして」「何のために」と訳す。行動する目的や理由を問う疑問の意を示す。「許子奚為不自織=許子は奚為(なんす)れぞ自ら織らざる」〈許子はどうして自分で織らないのか〉〔孟子・滕上〕
④「なんの」とよみ、「どのような」と訳す。名詞を修飾して疑問の意を示す。「有痺之人、奚罪焉=有痺の人、奚(なん)の罪かある」〈有痺の国の人は、いかなる罪があったのか〉〔孟子・万上〕
⑤「奚~…」は、「なんの~(ありて)か…せん」とよみ、「どんな~があって…しようか(いやしない)」と訳す。反語の意を示す。「夫奚説書其不義以遺後世哉=それ奚(なん)の説ありてかその不義を書してもって後世に遺(のこ)さん」〈どんな見解があってわざわざ不義の戦争について書物に書きつけ、後世の人々に残したりしようか〉〔墨子・非攻〕
⑥「有奚~」は、「なんの~かあらん」とよみ、「どんな~があろうか(いやない)」と訳す。反語の意を示す。「夫子有奚対焉=夫子奚(なん)の対(こた)ふることか有らん」〈先生がどんなお答えがあろうか〉〔荀子・子道〕
⑦「いずこ」「いずく」「いずれ」とよみ、「どこ」と訳す。場所を問う疑問の意を示す。「曰、奚之=曰く、奚(いづ)くに之(ゆ)くかと」〈どこに行くのかと(孔子が)尋ねた〉〔荘子・人間世〕▽「奚自~」は、「いずれより~」とよみ、「どこから~するのか(いやどこからもしない)」と訳す。起点を示す「自」の目的語となり、疑問・反語の意を示す。「晨門曰、奚自=晨門曰く、奚(いづ)れ自(よ)りすと」〈門番が、どちらからですかと言った〉〔論語・憲問〕
⑧「なんぞ」とよみ、「どうして~か」と訳す。理由や原因を問う疑問の意を示す。「子奚不為政=子奚(なん)ぞ政(まつりごと)を為さざる」〈先生はどうして政治をなさらないのですか〉〔論語・為政〕
⑨「なんぞ~(ならんや)」「いずくんぞ~(ならんや)」とよみ、「どうして~であろうか(いや~ではない)」「どうして~しようか(いや~しない)」と訳す。反語の意を示す。「奚暇治礼義哉=なんぞ礼義を治むるに暇あらん」〈どうして礼儀を修める余裕などありましょうか〉〔孟子・梁上〕
⑩「奚遽」「奚距」は、「なんぞ~(ならんや)」「いずくんぞ~(ならんや)」とよみ、「どうして~であろうか(いや~ではない)」「どうして~しようか(いや~しない)」と訳す。反語の意を示す。「已得管仲之後、奚遽易哉=すでに管仲を得たるの後、奚遽(いづくん)ぞ易(やす)からんや」〈すでに管仲を臣に得たといっても、どうして楽をしていられようか〉〔韓非子・難二〕
⑪「奚啻」「奚翅」は、「なんぞただに~(のみならんや)」とよみ、「どうしてただ~だけであろうか」と訳す。限定の反語の意を示す。「臣以死奮筆、奚啻其聞之也=臣死をもって筆を奮ふ、なんぞ啻(ただ)にそれこれを聞くのみならん」〈わたくしは死ぬ覚悟で筆をふるって書き改めました、どうして聞いているどころ(のさわぎ)ではございません〉〔国語・魯〕
⑫「奚如」「奚若」は、「いかん」とよみ、「どのようであろうか」「いかがであろうか」と訳す。様子や状態を問う疑問の意を示す。「吾子以為奚若=吾子はもって奚若(いかん)と為す」〈あなたはどのようにお考えになりますか〉〔荘子・斉物論〕
字通
[象形]卜文の字形は、頭上に髪を結いあげた女子の形。金文にもその図象化した字がある。結髪の形は羌族のそれに近く、辮髪(べんぱつ)を示すものと思われる。羌族(きようぞく)は卜辞に捕獲の対象としてみえ、また大量に犠牲とされた。殷墓にみえる数千の断首葬も羌族と考えられ、家内奴隷としても多く使役されたのであろう。〔周礼、天官序官、酒人〕に「奚三百人」、また同じく〔漿人〕に「奚百有五十人」など、多数の奚が用いられており、奚の名が残されている。〔説文〕十下に「大腹なり。大に從ひ、𦃟(けい)の省聲なり。𦃟は籀文(ちうぶん)、系の字なり」とするが、奚を大腹の義に用いた例はない。卜辞や〔周礼〕によって、羌系女奴の名が残されていることを知りうるのである。
惠/恵(ケイ・10画)
甲骨文/𦅫鎛・春秋中期
初出:「国学大師」によると初出は甲骨文。ただし字形は「心」を欠く「叀」(専)。「小学堂」では初出は西周中期の金文。
字形:「叀」+「心」。「叀」は紡錘の象形とされるが、甲骨文から”ただ…のみ”の意に用いた。「惠」は”ひたすらな心”の意。
音:カールグレン上古音はgʰiwəd(去)。
用例:西周末期「大克鼎」(集成2836)に「叀(惠)于萬民」とあり、”恵む”・”憐れむ”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、春秋までの金文では”従う”(㝬簋・西周末期)、”善い”(沇兒鐘・春秋末期)、戦国の金文では”憐れむ”(中山王方壺・戦国早期)の意に用いた。
学研漢和大字典
会意。叀(ヤン)は、つり下げたまるい紡錘を描いた象形文字。惠は「閑(まるい糸巻き)+心」で、まるく相手を抱きこむ心をあらわす。懐(いだく、なつく)と同系。また、衛(まるく取り巻いて守る)とも近い。類義語の恩は、相手にありがたいと印象づけること。施は、こちらの物を他人のほうへ押しやって与えること。旧字「惠」は人名漢字として使える。▽「慧」の代用字としても使う。「知恵」▽草書体をひらがな「ゑ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ゑ」ができた。また、草書体の終画からカタカナの「ヱ」ができた。
語義
- (ケイス)・(ケイナリ){動詞・名詞・形容詞}めぐむ。めぐみ。温かくいつくしむ。相手を温かく抱きこむ思いやり。思いやりがあるさま。《対語》⇒虐。《類義語》恩。「恩恵」「小人懐恵=小人は恵を懐ふ」〔論語・里仁〕
- (ケイス){動詞・名詞}めぐむ。めぐみ。思いやりの気持ちで物を与える。また、その与えられた物。▽「孟子」滕文公篇上に「分人以財謂之恵=人に分かつに財を以てするをの恵と謂ふ」とある。「見恵=恵まる」「恵函(ケイカン)(いただいた手紙)」。
- {形容詞}穏やかなさま。温かい。「恵和」「恵風」。
- {名詞・形容詞}さとい。賢さ。深くはっきり理解できる心の働き。▽慧(ケイ)・(エ)に当てた用法。「知恵(=智慧)」。
字通
[形声]旧字は惠に作り、叀(けい)声。〔説文〕四下に「仁なり」と訓し、字を会意とする。金文に叀を恵の意に用い、のち心を加えて惠となった。叀は上部を括った槖(ふくろ)の形で、これを恵の意に用いるのは仮借。恵は金文に「明徳を惠(つつし)む」「明祀を惠(つつし)む」のように用い、それより仁恵の意に転じた。
卿(ケイ・10画)
合5247/邾公□鐘・春秋末期
初出:初出は甲骨文。
字形:たかつきに山盛りに盛っためしを二人で挟んで相対する形。宴会のさま。卿(U+2F832)・「卿」(U+2F833)は異体字。
慶大蔵論語疏では異体字「〔弓即〕」を若干崩して記す。「魏東安王太妃墓誌」(東魏)刻。
音:カールグレン上古音はkʰi̯ăŋ(平)。「キョウ」は呉音。
用例:甲骨文は磨滅が激しく語義を解読しがたい。殷代末期から西周早期にかけての金文には、人名の用例が複数見られる。
西周早期「令方尊」(集成6016)に「𥄳卿事寮」とあり、「卿事」=「卿士」で、閣僚級の家臣と解せる。
春秋時代での語義は、「郷」=邑を領地に持つ上級貴族の意で、国公に次ぐ地位の者を指した。詳細は論語解説「春秋時代の身分秩序~卿大夫士を参照。
学研漢和大字典
会意。まんなかにごちそうを置き、両がわから人が向かい合って、供宴することをあらわし、饗(キョウ)(向かい合って食事する)や嚮(キョウ)(向かい合う)の原字。もと、同族の間で、神前の供宴にあずかる人、つまり同族ちゅうの長老の名称に専用されたが、やがて貴族の称となった。のち「きみ」にあたる敬意を含んだ親しい呼び方となる。
語義
- {名詞}政治の要職にある大臣。長官。▽「くぎょう」は、「公卿(コウケイ)」を呉音で読んだもの。「六卿(リクケイ)(六官の長官)」。
- {名詞・代名詞}春秋時代には、卿‐大夫(タイフ)‐士‐民の身分の区別があり、卿は貴族のこと。秦(シン)・漢以後は、天子*が重臣を尊んで呼ぶことばとなり、やがて官吏仲間の敬称となる。六朝時代には同僚どうしの親称となり、また、夫が妻を、妻が夫を呼ぶことばとなる。「燕人謂之荊卿=燕人これを荊卿と謂ふ」〔史記・荊軻〕
- 《日本語での特別な意味》
①かみ。四等官で、省の第一位。
②イギリスでの称号LordやSirの訳語。「ラッセル卿」。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[会意]𣪘(き)の省形+卯。𣪘は祭祀や饗宴に用いる盛食の器。卯は二人対坐する形。𣪘をはさんで二人対坐し、饗食する形であるから饗宴の意となり、またその礼にあずかる身分のものを卿という。金文は卿の一字を饗宴・北嚮の嚮・公卿の三義に用いる。饗・嚮は卿より分化した字。故郷の郷ももと卿と同形の字。おそらく郷党の代表が政治に参加し、饗宴にも与ったのであろう。のち卿・郷の二字に分化するのは、慣用によるものであろう。
大漢和辞典
→リンク先を参照。
啟/啓(ケイ・11画)
甲骨文/攸簋・西周早期
字形:初出は甲骨文。
字形:中国・台湾・香港では「啟」がコード上の正字として扱われているが、唐石経・清家本ともに「啓」と記す。『学研漢和大字典』は「啟」字を載せず、「啓」の異体字として「諬」を載せ、「小学堂」は「啟」を「啓」の異体字とはしていないが、「諬」は異体字の一つとして所収。字形は「屮」”手”+「戸」”片開きの門”+「𠙵」”くち”で、門を開いておとなうさま。原義は”ひらく”。
音:カールグレン上古音はkʰiər(上)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”報告する”・”天が晴れる”の意に、金文では”気付く”(叔向父禹簋・西周末期)の意に、戦国の金文では”領土を拡大する”(中山王壺・戦国早期、中山王鼎・戦国末期)、氏族名・地名・人名に用いた(啟封令癰戈・戦国)。
備考:同音同訓の論語語釈「開」も参照。
学研漢和大字典
会意。「戸+攵(て)+口」。閉じた戸を手でひらくこと。また、戸をひらくように、閉じた口をひらいて陳述する意をあらわす。類義語の開は、がらりとあける。放は、両方にあけはなつ意。撥は、ぱっとひらく。離は、くっついたものをはなす。披は、垂れたものを片よせてひらく。闢(ヘキ)は、とびらを横に押しひらく。排は、左右に押しひらく。拓は、きりひらく。
語義
- {動詞}ひらく。開放する。「啓行」「啓門=門を啓く」「啓予足、啓予手=予が足を啓け、予が手を啓け」〔論語・泰伯〕
- (ケイス){動詞}ひらく。人の目をひらいて物事を理解させる。《対語》⇒閉。「啓発」「不憤不啓=憤せずんば啓せず」〔論語・述而〕
- {動詞}やみが明るくなって夜が明ける。「啓明(夜明け。明けの明星)」。
- {名詞}陽の気がひらいてくる季節。立春・立夏のころ。「啓閉」。
- (ケイス){動詞}もうす(まをす)。口をひらいて意向を述べる。「拝啓」「啓上」「啓白」「堂上啓阿母=堂上にて阿母に啓す」〔古楽府・焦仲卿妻〕
- {名詞}公文書。上申書。また、手紙。
字通
[会意]启(けい)+攴(ぼく)。启は神戸棚の中に祝詞の器(𠙵(さい))を収めている形。金文の字形は又(ゆう)に従い、手でその扉を啓(ひら)く形で、神意の啓示するところを見る意である。〔説文〕三下に攴に従う字とし、「教ふるなり」とし、〔論語、述而〕「噴せずんば啓せず」の句を引くが、本来は神の啓示をいう語であり、〔書、金滕〕に「籥(やく)を啓きて書を見る」というのが原義である。ゆえに神に申すことをも啓という。のちすべて啓開の意となり、啓発・啓蒙のように用いる。金文の字形は又・攴に更えて戈に従う形があり、聖器を以てこれを守る意。肇(ちよう)を金文に肈に作る。
經/経(ケイ・11画)
大盂鼎・西周早期/虢季子白盤・西周末期
初出:初出は西周早期の金文。ただし字形はつくりの「巠」。”へる”・”しばる”の意でもない。「小学堂」では西周末期の金文。いとへんがつくのはこの西周末期の金文から。
字形:〔糸〕+〔巠〕”はたに縦糸をかけたさま”。糸や紐でしめ、つなぎとめること。
音:カールグレン上古音はkieŋ(平)。「キョウ」は呉音。
用例:「巠」は西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「今余隹令女~紹榮敬雝德巠。」とあり、「德巠」は”慎み深く行うことを利益であるとみなせ”と解せる。
西周末期「虢季子白盤」(集成10173)に「經維四方」とあり、”四方の異族をつなぎ止める”または”まとめあげる”と解せる。
春秋末期「叔尸鐘」(集成272)に「女尸余經乃先且」とあり、”先祖の以徳をつなぎ止めて見習う”と解せる。
「上海博物館蔵戦国楚竹簡」彭祖2に「天地與人,若經與緯」とあり、”たていと”と解せる。
同內豊10に「俤、民之經也」とあり、”常識”と解せる。
”くびれる”語義の初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。
学研漢和大字典
会意兼形声。巠(ケイ)は、上のわくから下の台へたていとをまっすぐに張り通したさまを描いた象形文字。經は「糸+(音符)巠」で、糸へんをそえて、たていとの意を明示した字。徑(ケイ)(=径。まっすぐな近道)・莖(ケイ)(=茎。まっすぐなくき)・頸(ケイ)(まっすぐな首)・脛(ケイ)(まっすぐなすね)などと同系。類義語に常・歴・維。付表では、「読経」を「どきょう」と読む。
語義
- {名詞}たていと。たて。まっすぐにとおった織物のたていと。おおすじ。転じて、地球の両極をたてにとおした仮定の線。《対語》⇒緯。「経度」。
- {名詞}つね。時代をたてに貫いて伝わる不変の道理。物事のすじ道。《類義語》常。「経常」「天経地義(不変の道理)」「君子反経而已矣=君子は経に反らんのみ」〔孟子・尽下〕
- {名詞}儒教で、不変のすじ道を説いたとされる書。「経書」「五経」。
- {名詞}仏教や宗教の道理を説いた書。「華厳経(ケゴンキョウ)」「聖経(セイケイ)・(セイキョウ)(バイブル)」。
- {動詞}へる(ふ)。まっすぐとおりぬける。場所や時間をとおりすぎる。「経過」「経年=年を経」「経夕而活=夕を経て活きたり」。
- (ケイス){動詞}おさめる(をさむ)。すじ道やたての線を引く。また、転じて、物事の大すじをたてて処理する。管理する。「経営」「経之営之=これを経しこれを営す」〔詩経・大雅・霊台〕
- {動詞}くびれる(くびる)。経(ひも)で首をくくる。「自経於溝必=溝必に自経す」〔論語・憲問〕
- {名詞}月経。▽月ごとに経常的におこることから。「経血」。
- {副詞}すでに。かつて経験したの意から、「すでに」の意となる。「曾経(カツテスデニ)」「已経(スデニ)」。
- (ケイス){動詞}縦糸をまっすぐ張って梳く。▽去声に読む。「吾始経之=吾(われ)始めこれを経す」〔韓非子・外儲〕
字通
[形声]旧字は經に作り、巠(けい)声。巠は織機のたて糸を張りかけた形で、たて糸。經の初文。金文の「德經」「經維」の字を巠に作るものがある。〔説文〕十三上に「織るなり」とするが、横糸の緯と合わせてはじめて織成することができるので、合わせて経緯という。〔太平御覧〕に引く〔説文〕に「織の從絲(たていと)なり」に作る。交織の基本をなすものであるから、経紀・経綸・経営の意に用い、経書の意となり、経緯より経過・経験の意となる。
揭/掲(ケイ・11画)
初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɡʰi̯at(入)。同音は論語語釈「桀」を参照。王力上古音はkǐat(入)。同音は罽”漁網”、訐”あばく”、羯”去勢した黒羊”、孑”あまる・のこす”。
学研漢和大字典
会意兼形声。曷(カツ)は、はっと叫んで人をおし止めること。喝(カツ)の原字。掲は「手+(音符)曷」で、行く手に高く標識をかかげて、人をおし止めること。楬(ケツ)(高い標識)・碣(ケツ)(高く立ちはだかる石)などと同系。旧字「揭」は人名漢字として使える。
語義
ケイ
- {動詞}かかげる(かかぐ)。高くさしあげる。行く手に高くあげる。「掲示」。
- {動詞}かかげる(かかぐ)。衣のすそなどを高くもちあげる。「掲裳=裳を掲ぐ」「浅則掲=浅ければ則ち掲ぐ」〔詩経・邶風・匏有苦葉〕
ケツ
- {動詞・形容詞}そばだつ。目だって高くたつ。また、そのさま。《類義語》碣(ケツ)。
字通
[形声]旧字は揭に作り、曷(かつ)声。〔説文〕十二上に「高く擧ぐるなり」という。曷は曰(えつ)と匄(かい)とに従い、匄は屍骨、曰は𠙵(さい)、祝禱の器。呪霊の強い屍骨を用いて祈ることをいい、喝・遏・謁・楬などはみなその呪儀に関する字である。〔周礼、秋官、蜡氏(さし)〕に「若(も)し道路に死する者有るときは、則ち埋めて楬を置かしむ」とあり、曷とはそのような道殣(どうきん)(行き倒れ)を用いる呪儀で、楬がその表識である。楬より高挙の義となるが、もとは高礼の意。
脛(ケイ・11画)
初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɡʰieŋ(去、平の音不明)。同音に刑、形、鉶”スープ器”、陘”谷”、侀”…に成る”、硎”砥石”、鈃”酒壺”、婞”親しまれる”、涬”引く”。呉音は「ギョウ」。
学研漢和大字典
会意兼形声。「肉+(音符)持(ケイ)(まっすぐとおったたて糸)」で、直線状に縦に通ったという基本義を含む。莖(=茎。まっすぐなくき)・徑(=径)・頸(ケイ)(まっすぐなくび)と同系。類義語に足。「すね」は「臑」とも書く。
語義
- {名詞}すね。はぎ。ひざから足首に至るまっすぐに通った部分。「以杖叩其脛=杖を以て其の脛を叩く」〔論語・憲問〕
字通
[形声]声符は巠(けい)。巠は織機のたて糸を張る形で、上下の緊張した力の関係を示す。〔説文〕四下に「胻(すね)なり」、前条に「脚は脛なり」、次条に「胻は脛耑(けいたん)なり」とあって、脚のすねの部分。〔釈名、釈形体〕に「脛は莖なり。直にして長し。物の莖に似たり」という。頸も巠声の字で、首の亢直の部分をいう。
敬(ケイ・12画)
甲骨文/班𣪕・西周早期/秦公簋・春秋中期
初出:初出は甲骨文。「小学堂」では初出は西周早期の金文とする。
字形:上掲春秋時代の金文では、「口」+「かぶり物をかぶった人」+「道具を持った手」だが、西周早期の金文では、字形は甲骨文とほとんど変わらない。
「茍」大盂鼎・西周早期/「羌」(甲骨文)
この字形は「攵」がまだ付かない「茍」で、漢語多功能字庫では字形が似ていることから、異民族の羌族がかしこまっている様という。また甲骨文では”警戒”、地名を意味し、金文では”敬う”(大保簋・西周)を意味したという。『大漢和辞典』は”自らつつしみ戒める”と訓読している。論語語釈「茍」を参照。
音:カールグレン上古音はki̯ĕŋ(去)。
用例:西周早期の「班𣪕」に「隹(唯)敬德,亡逌(攸)違。」とあり、「ただ徳を敬い、はるかに違うなかれ」と読め、”つつしむ”・”うやまう”の語義が確認できる。
学研漢和大字典
会意文字で、苟(キョク)は、苟(コウ)ではなく、「羊の角+人+口」からなる会意文字。角に触れて、人がはっと驚いてからだを引き締めることを示す。敬は「苟(引き締める)+攴(動詞の記号)」で、はっとかしこまってからだを引き締めること。
警(緊張させる)・驚(はっとしてからだを引き締める)と同系のことば。
語義
- (ケイス){動詞}うやまう(うやまふ)。つつしむ。からだを引き締めてかしこまる。身心を引き締めてていねいにする。《対語》⇒慢。《類義語》恭(キョウ)(うやうやしい)・慎(つつしむ)。「尊敬」「敬愛」「敬事而信=事を敬んで信あり」〔論語・学而〕
- {名詞}尊敬の気持ち。また、つつしみ。「致敬=敬を致す」「君臣主敬=君臣は敬を主とす」〔孟子・公下〕
- {動詞}つつしんで。かしこまって。うやうやしくする。▽相手に敬意を表する場合に用いるていねい語。「敬諾=敬んで諾す」「敬上(さしあげる)」「敬奉教=敬んで教へを奉ぜん」〔史記・荊軻〕
- 「敬具」とは、手紙の末尾にそえるあいさつのことば。
字通
[会意]苟(けい)+攴(ぼく)。卜文の苟の字形は、羊頭の人の前に祝禱の器(𠙵(さい))をおく形。羌人を犠牲として祈る意であろう。敬はそれに攴を加えて、これを責め儆(いまし)める意を示す。敬は儆の初文。警もその意に従う。〔説文〕九上に「肅(つつし)むなり」、また肅(粛)字条三下に「事を持すること振敬なるなり」とするが、敬はもと神事祝禱に関する字である。それで神につかえるときの心意を敬といい、金文に「夙夜を敬(つつし)む」とは先祖を祀る意、また〔詩、大雅、雲漢〕「明神を敬恭す」、〔詩、大雅、板〕「天の怒りを敬む」のように、神明に対して用いる。
輕/軽(ケイ・12画)
楚系戦国文字
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:「車」+「巠」”たていと”で、「巠」kieŋ(平)は音符(同音に”軽い”の語義無し)。原義は”軽い”。鑋鑋と軽やかな金属音を立てて疾走する軽車のことか。
音:カールグレン上古音はkʰi̯ĕŋ(平/去)。同音に「鑋」”金属の音”「傾」(共に上)。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論27に「毋輕」とあり、”かろんじる”と解せる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」語書11に「口舌,不羞辱,輕惡言而易病人」とあり、”簡単に”と解せる。
同秦律雜鈔8に「輕車」とあり、”軽い”と解せる。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で音ケイ訓かるいは他に存在しない。上古音での同音に語義を共有する文字は無い。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。巠(ケイ)は、工作台の上に縦糸を張ったさまで、まっすぐの意を含む。輕は「車+(音符)巠」で、まっすぐにすいすいと走る戦車。転じて、身がるなこと。▽剽軽(ヒョウキン)(うわついてかるい)のキンは唐宋(トウソウ)音。
語義
- {形容詞・名詞}かるい(かるし)。すいすいと身がるに動くさま。また、かろやかさ。《対語》⇒重。「軽重(ケイチョウ)(おもさ)」「軽車鋭騎(身がるに動く戦車と強い騎兵)」「軽煖不足於体与=軽煖体に足らざる」〔孟子・梁上〕
- {形容詞・動詞}かるい(かるし)。かるくする(かるくす)。重さや程度が少ない。また、手間や負担が少ない。かるくする。へらす。「軽罪」「軽便」「軽減」「国権軽於鴻毛=国権は鴻毛より軽し」〔戦国策・楚〕
- {形容詞}かるい(かるし)。かるがるしい(かるがるし)。行いや、そぶりが、かるがるしい。「軽薄」。
- {動詞}かろんずる(かろんず)。かるく考える。かるく扱う。ねうちがないと考える。《対語》⇒重(おもんずる)。「軽視」「軽死=死を軽んず」。
- 「軽気」とは、水素。
字通
[形声]旧字は輕に作り、巠(けい)声。〔説文〕十四上に「輕車なり」とあり、〔後漢書、輿服志上〕に「古の戰車なり」とあって、軽鋭の車をいう。軍需品の輸送に用いるものは輜重(しちよう)。のち軽重・軽快・軽浅の意となった。
景(ケイ・12画)
定縣竹簡29・前漢
初出:初出は前漢の隷書。ただし春秋末期に「競」を「景」と釈文する例がある。
字形:「日」”太陽”+「京」kli̯ăŋ(平)”たかどの”。高々と明るい太陽のさま。
音:カールグレン上古音はkli̯ăŋ(上)。同音は京(平)のみ。「ひかり」の意では漢音は「ケイ」、呉音は「キョウ」。「かげ」の意では漢音は「エイ」、呉音は「ヨウ」。
用例:戦国までは「競」ɡʰi̯ăŋ(去)で「景」を表した。春秋末期「秦王鐘」(集成37)に「秦王卑命競」とあり、「秦王畢命景」と釈文され、人名と思われる。
上海博物館蔵戦国楚竹簡競公瘧01に「齊競公」とあり、「競」は「景」と釈文されている。
つまり論語や孔子に縁の深い斉の景公は、死去の直後は「競公」とおくり名されて呼ばれていたことになる。「競」は甲骨文より人名にも用いるが、春秋末期までの用例では現代漢語と同じく”競う”の意。景公ならぬ競公は、じわじわと国を乗っ取ろうとする田氏(=陳氏)に”張り合った殿さま”というおくり名を付けられたことになる。
論語時代の置換候補:人名「景公」の場合は、「競公」が論語時代の置換候補となる。”大きい・さかん・めでたい”の語義の時は、「京」が論語時代の置換候補となる。
学研漢和大字典
形声。京とは、高い丘にたてた家を描いた象形文字。高く大きい意を含む。景は「日+(音符)京」で、大きい意に用いた場合は、京と同系。日かげの意に用いるのは、境(けじめ)と同系で、明暗の境界を生じること。影・映(明暗のけじめが浮き出る)と同系。類義語の蔭(イン)は、おおわれて暗い木かげ。付表では、「景色」を「けしき」と読む。
語義
ケイ(上)
- {名詞}ひかげ。ひかり。日光によって生じた明暗のけじめ。明暗によってくっきりと浮きあがる形。また、転じて、日光。《類義語》境(ケイ)・(キョウ)(さかいめ)。「春和景明=春和し景明らかなり」〔范仲淹・岳陽楼記〕
- {名詞}けしき。ようす。境遇や環境。「光景」「景物」「四時之景(シジノケイ)(四季のけしき)」。
- {形容詞}大きい。また、めでたい。《類義語》京。「景福(大きい幸い)」「景雲」。
- {動詞}高く大きいと認める。偉大だと思って慕い仰ぐ。「景仰」。
エイ(上)
- {名詞}かげ。光によって生じたかげ。《同義語》影。「響景(ひびきや、かげ)」「飛鳥之景、未嘗動也=飛鳥の景は、いまだ嘗て動かざるなり」〔公孫竜子〕
- 《日本語での特別な意味》風情を添える意から転じて、商品に添えて客に贈る品。「景品」。
字通
[形声]声符は京(けい)。〔説文〕七上に「光なり」とし、京声とする。〔周礼、地官、大司徒〕に「日景を正して、以て地の中を求む」と日景測量のことをいい、地上千里にして日景に一寸の差があるという。京がもし京門を意味するとすれば、それを日景観測に用いることも考えられる。卜辞に磬京(けいけい)・義京の名があり、京はアーチ状の軍門、その配置のしかたによって観測の方法も可能であろうが、詳しいことは知られない。卜辞に「五百四旬七日」という日数の表示があり、それは一年半の日数五四七・八七五日に相当する。当時日景による日数測定の法があったのであろう。〔周礼〕にみえる日圭の法は、方位や距離の測定に用いたものであろう。
※日景:日陰。日圭:日時計。
繼/継(ケイ・13画)
甲骨文/拍敦・春秋
初出:初出は甲骨文。但し字形はいとへんを欠く「㡭」。現行字体の初出は前漢の隷書。
字形:甲骨文の字形は繋がった「糸」二つで、原義は”続ける・続く”。
音:カールグレン上古音は不明(去)。藤堂上古音はker。
用例:「甲骨文合集」19737に「貞繼」とあり、「よつぎをとう」と読め、”後継者”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では原義で用いられた(拍敦・春秋)。
学研漢和大字典
会意。斷(=断)の字の左側の部分は、糸をばらばらに切ることを示す。繼は「糸+斷の字の左側の部分」で、切れた糸をつなぐこと。壓(ケイ)(つなぐ)・系(つながる)・綮(ケイ)(つながったひも)などと同系。類義語の続は、断絶しないように糸でつないで、後から後からつづくこと。接は、一点でくっついてつながること。異字同訓につぐ⇒次。
語義
- {動詞・形容詞}つぐ。切れた糸をつなぐ。糸でつなぐように、前人の位・仕事・物などを受けて行う。あとをつぐ。あとをついだ。《対語》⇒絶。《類義語》続。「継続」「後継」「継室」「継絶世=絶世を継ぐ」〔論語・尭曰〕
- {動詞}つぐ。あとに続ける。つぎ足す。「以夜継日=夜以て日に継ぐ」「君子周急、不継富=君子は急なるを周けて、富みたるを継がず」〔論語・雍也〕
- {接続詞}ついで。そのあとに続いて。▽「継而…」という形で用いることが多い。「継而有師命=継いで師命有り」〔孟子・公下〕
字通
[形声]旧字は繼に作り、㡭(けい)声。〔説文〕十三上に𢇍(ぜつ)を絕(絶)の古文とし、繼に「續ぐなり。糸・𢇍に從ふ」と会意とする。また「一に曰く、反𢇍を繼と爲す」という。漢碑に𢇍を絶の字に用いている例があり、㡭はその反文、繼はその形声字である。㡭に斤(きん)(斧の形)を加えると斷(断)となり、断絶の意である。
傾(ケイ・13画)
説文解字・後漢
初出:初出は戦国最末期の秦系戦国文字。ただし字形が上下に〔頃山〕で、画像は未公開。「小学堂」による初出は後漢の説文解字。『定州竹簡論語』はこの文字の部分を欠いているが、記されていた可能性がある。
字形:〔亻〕+〔頃〕。「頃」は〔刀〕”農具のスキ”+〔頁〕”頭の大きな人”で、スキを用いて築いた畔の意。事実上の初出である戦国最末期の『睡虎地秦簡』に、「頃數」として見える。同為吏11伍に「彼邦之〔頃山〕(傾)」とあり、畑をすくように城郭都市の防塁を破壊するさま。「傾」は「頃」にさらに〔亻〕を加えた字で、戦国時代の『墨子』『荀子』で”破壊する”・”傾ける”・”無効にする”の意で用いた。
音:カールグレン上古音はkʰi̯wĕŋ(平)またはkʰi̯ĕŋ(平)。前者の同音に「頃」(平/上)。後者の同音に「輕」(平/去)、「鑋」(平)”金属の音”。
用例:上記の通り、戦国の文献から用例が見られる。
論語時代の置換候補:上古音での同音「頃」に”傾く・傾ける”の語釈が『大漢和辞典』にあるが、初出は戦国時代の金文。日本語音での同音同訓も「頃」しか存在しない。
学研漢和大字典
会意兼形声。頃(ケイ)は「頁(あたま)+化(かわる)の略体」の会意文字で、頭を妙なぐあいにまげ、垂直の状態から変化させるの意を示す。傾は「人+(音符)頃」。頃が田畑の単位に転用されたため、傾の字でその原義(かたむく)をあらわした。圭(ケイ)(∧型の玉器)・掛(∧型にかける)と同系。類義語の側(ソク)・仄(ソク)は、左か右のどちら側かに寄ってくっつくこと。
語義
- {動詞・形容詞}かたむく。水平または垂直を保たず、斜めに∧型や>型の鋭角をなす。また、そのさま。《類義語》側・仄(ソク)。「傾斜」「檣傾顛摧=檣傾き顛摧く」〔范仲淹・岳陽楼記〕
- {動詞}かたむく。中立の状態から左右どちらかにかたむく。▽訓の「かたむく」は、「かた(片)+むく(向く)」から。「傾向」「杯尽壺自傾=杯は尽き壺も自ら傾く」〔陶潜・飲酒〕
- {動詞・形容詞}かたむける(かたむく)。たっているものを斜めにして倒す。また、そのさま。「傾覆」「傾陥(人を倒しておとしいれる)」。
- {動詞}かたむける(かたむく)。杯やとっくりを、横にして酒をついで飲む。「往往取酒還独傾=往往酒を取りて還た独り傾く」〔白居易・琵琶行〕
- {動詞}かたむける(かたむく)。出し尽くす。斜めにして器の中をからにすることから。「傾身破産=身を傾け産を破る」。
字通
[形声]声符は頃(けい)。頃は神霊の降下するのを迎えて、これに稽首する形。稽は金文に𩒨に作り、旨は詣の初文。その旨は甘旨の字とは別。稽首の姿勢を傾という。〔説文〕八上に「仄(そく)なり」と傾仄の意とし、傾危・危急の意となる。〔詩、大雅、蕩〕「大命旣に傾く」とは、国勢の危急に陥ることをいう。
儆(ケイ・14画)
中山侯鉞・戦国末期
初出:初出は戦国末期の金文。ただし字形は「敬」。
字形は「亻」+「敬」で、「敬」は羊の角をかぶった異民族を後ろから棒で殴るさま。論語語釈「敬」を参照。全体でいましめるさま。原義は”いましめる”。
音:カールグレン上古音はki̯ĕŋ(上)またはɡʰi̯ĕŋ(去)。前者の同音は「敬」(去)、「荊」(平)など。後者の同音は「擎」”ささげる”、「檠」”弓の矯正具”(以上平)、「頸」”くび”(去)。
用例:上掲戦国末期の「中山𥎦(侯)鉞」(集成11758)に「天子建邦中山𥎦㤅乍𢆶軍鈲厶敬厥眾。」とあり、「敬」は「儆」と釈文されている。「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
戦国最末期「睡虎地秦簡」內史雜196に「善宿衛,閉門輒靡其旁火,慎守唯敬(儆)。有不從令而亡、有敗、失火,官吏有重罪,大嗇夫、丞任之。」とあり、「敬」は「儆」と釈文されている。
文献上の初出は『墨子』天志上篇で、「共相儆戒」とある。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。真中(苟(コウ)と異なる)*の上部は、羊のつの、下部はからだをまるく締めて口を隠すさまからなり、つのに触れてはっと緊張すること。それに攴(動詞の記号)を加えたのが敬の字で、はっと緊張するの意。科は「人+(音符)敬」で、敬が尊敬の意に転用されたので、儆の字でその原義をあらわすようになった。
*訳者注「茍」。
語義
{動詞}いましめる(いましむ)。はっと身を引き締めて用心する。《同義語》⇒警。「儆戒(ケイカイ)(=警戒)」。
字通
[形声]声符は敬(敬)(けい)。敬は茍(けい)と攴(ぼく)とに従い、茍は羌人と祝禱の器(𠙵(さい))。これを殴(う)って神意を責め儆めることを敬という。のち敬が神意を恭敬する意となって、儆戒の義の儆が作られた。〔説文〕八上に「戒むるなり」とするが、戒は兵器を以て守る意。儆は神意を動かして守る意である。〔書、大禹謨〕に「吁(ああ)戒めよや。無虞(むぐ)(未然のとき)に儆戒せよ」のように、同義に用いる。
※『字通』では15画とする。
慧(ケイ・15画)
初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はxiwəd(去)。同音に嘒”小さい声”。
学研漢和大字典
会意兼形声。彗(スイ)・(ケイ)とは、細いすすきのほうきを持つさま。細かく細い意を含む。慧は「心+(音符)彗」で、心が細かく繊細に働くこと。類義後に賢。「恵」に書き換えることがある。「知恵」。
語義
- {形容詞}さとい(さとし)。細かく心が働き、さかしいさま。気がきくさま。「敏慧(ビンケイ)」。
- {名詞}さかしさ。「智慧(チエ)(=知恵)」「好行小慧=好んで小慧を行ふ」〔論語・衛霊公〕
字通
[形声]旧字はに作り、彗(すいけい)声。彗に彗星のような星光、ほのかに光るものの意がある。〔説文〕十下に「儇(けん)なり」、また儇字条八上に「慧なり」とあって互訓。〔論語、衛霊公〕「好んで小慧を行ふ」は、みせかけのこざかしい行為をいう。恵と通用し、〔漢書、昌邑王伝〕「清狂にして不惠なり」は不慧の意。
磬(ケイ・16画)
𪒠鎛・春秋末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はkʰieŋ(去)。
学研漢和大字典
会意兼形声。上部は、ヘ型の石をひもでぶらさげ、棒を手にしてたたくさまをあらわす会意文字。磬はそれを音符とし、さらに石をそえたもの。
語義
- {名詞}うちいし。中国古代の楽器。八音の一つ。玉や石板を鈍角に曲がった長方形につくり、それをつるしてうちならす。▽さわやかな音を出す。「子、撃磬於衛=子、磬を衛に撃つ」〔論語・憲問〕
- (ケイス){形容詞・動詞}うつろな。うつろになる。つきる。つくす。《同義語》⇒夲(ケイ)。「磬亀無腹=亀を磬して腹無し」〔淮南子・覧冥〕
- {動詞}磬の形のように身を鈍角をなすように屈して礼をする。「磬折(ケイセツ)」。
- {動詞}くびる。首をしめて殺す。
字通
[形声]声符は殸(けい)。声は磬の象形でその初文。これを鼓(う)つ形は殸、その石は磬。〔説文〕九下に「樂石なり」とし、「殸は虡(きよ)に縣(か)くるの形に象る。殳(しゆ)は之れを撃つなり」といい、重文として巠声の字を録する。〔詩、商頌、那〕に「旣に和し且つ平なるは、我が磬聲に依る」とあって、磬は神人相和する楽に用いる。
醯(ケイ・19画)
「睡虎地秦簡」日甲26背(隸)
初出:初出は戦国時代・秦の隷書。
字形:「酉」”さかつぼ”+「京」”くら”+「皿」。酒蔵の中で熟成させて底に溜まったどろりとした液体。原義は”どぶろく”。なお『大漢和辞典』は、「かゆに酒をまぜて作る故に、𩱙の省畫の㐬と酉(酒の省畫)とを合せ、更に皿を合せて、容器を示す」と解する。「𩱙」は「𩱱」”かゆ”の異体字。
𩱙 𩱱
音:カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はher(平)。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲26背貳に「鼠。入人醯、醬、滫、將(漿)中,求而去之,則已矣。」とあり、「醬」は肉の塩漬け、「滫」は穀物のとぎ汁、「漿」はアワをかもした酒の一種。「人醯」とあるからには人間の塩漬けなのだろうか。まさか。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓は存在しない。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意。右上は、かゆをあらわす字の略体。醯は、それと酒の略体と皿(さら)を合わせたもの。
語義
- {名詞}すっぱい酒。酢。▽かゆに酒をまぜ、発酵させてつくる。「或乞醯焉=或ひと醯を乞ふ」〔論語・公冶長〕
- {名詞}ひしお(ひしほ)。肉のしおから。ししびしお。《類義語》醢(カイ)・硅(トン)。
字通
(条目無し)
中日大字典
xī
(1) 〈文〉酢.
(2) 〈文〉酸っぱい.
(3) 〔酰xiān醯〕【化】(アシル基)の旧称.
雞/鶏(ケイ・19画)
(甲骨文)/串雞父丁豆・殷代末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はkieg(平)。
ニワトリは東南アジアから中国南部において家禽化されたとされる。時期についてはヒツジ・ヤギ・ブタと同程度の紀元前8000年前からとするもの、ウシより遅れてウマと同程度の紀元前4000年頃とするものなど諸説ある。家禽化された端緒は食用ではなく、その美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀用、および鶏どうしを戦わせる闘鶏用であったと推定されている。
中國鳥類學家鄭作新、薄吾成等人根據一系列考古發現和大量出土文物資料提出中國家雞有自己的起源地,而且其馴化時間遠早于印度。
研究人员在2014年曾对中国河北省、山东省、湖北省三地发现的10500年至2300年前的鸡骨化石进行基因测序。据基因测序的结果,研究人员认为这些鸡曾在亚洲各地传播,与其它古老种的鸡杂交后形成了现在的家鸡。
(訳文)
中国の鳥類学者である鄭作新と薄吾成などは、系統立った考古学上の発見や大量の出土品から、中国のニワトリは独自の起源を中国に持ち、その家禽化はインドより早いとしている。
研究者はかつて2014年に、中国河北省と山東省、湖北省の三地域で見つかった、10万500年前から2,300年前のニワトリの化石の年代測定を行った。その結果から、研究者はこれらのニワトリがかつてアジア各地へと分布を広げたとし、それがその他の原始的なニワトリと交雑して、現在のニワトリになったとしている。
学研漢和大字典
会意兼形声。奚(ケイ)は「爪(手)+糸(ひも)」の会意文字で、系(ひもでつなぐ)の異体字。鷄は「鳥+(音符)奚」で、ひもでつないで飼った鳥のこと。また、たんなる形声文字と解して、けいけいと鳴く声をまねた擬声語と考えることもできる。旧字「鷄」は人名漢字として使える。
語義
- {名詞}にわとり(にはとり)。とり。家禽(カキン)の一種で、おんどりは、ときをつくる。肉・卵を食用にする。{名詞}にわとり(にはとり)。とり。家禽(カキン)の一種で、おんどりは、ときをつくる。肉・卵を食用にする。
字通
[形声]声符は奚(けい)。正字は雞に作り、鷄はその籀文。常用漢字は、その籀文によって鶏を用いる。卜文の字形は鳥に従い、卜文において鳥形を用いるものはおおむね聖鳥とされるものであった。その形は高冠脩尾、鳳(風神)に近い形にしるされている。〔説文〕四上に「雞は時を知る畜なり」とあり、〔周礼、春官、雞人〕はその職を掌る。殷・周の祭器を彝器(いき)といい、銘末に「寶彝(はうそんい)を作る」というのが例であるが、彝は鶏を羽交いじめにして血を取る形。その牲血を以て器を清めた。奚はその鳴く声。わが国では「かけ」という。
繫(ケイ・19画)
初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は不明(平)。『大漢和辞典』で音ケイ訓つなぐに系gʰieg(去)があり、初出は甲骨文。下掲『学研漢和大字典』の類義語に係kieɡ(去)があり、初出は甲骨文。いずれも近音とは言えるだろうが、論語時代の置換候補となるかは断言できない。
学研漢和大字典
形声。「糸+(音符)旁ケイ・ケキ」。系(つなぐ)・係・継(つぐ、つながる)と同系。類義語に掛。「係」に書き換えることがある。「係船・係争・係属・係留・連係」。
語義
- {動詞}つなぐ。つながる。ひもでしばってつなぐ。線を引いてつなぐ。《同義語》⇒系。「繫舟=舟を繫ぐ」「繫恋(ケイレン)」。
- {動詞}かかる。かける(かく)。ぶら下がる。ひもでぶら下げる。「吾豈匏瓜也哉、焉能繫而不食=吾(われ)あに匏瓜ならんや、焉(いづ)くんぞよく繫(かか)りて食らはれざらん」〔論語・陽貨〕
字通
[形声]声符は𣪠(けき)。𣪠は叀(けい)(上部を括った槖(ふくろ)の形。上下を括った形は東)を撃つ形。その槖を懸け垂れることを繫という。〔説文〕十三上に「繫𦃇(けいれい)なり。一に曰く、惡絮なり」とあり、次条に「𦃇は繫𦃇なり。一に曰く、維(つな)ぐなり」とあり、紐でつなぐことをいう。繫縛・繫累のように用いる。
藝/芸(ゲイ・7画)
甲骨文1/甲骨文2/埶父辛簋・西周早期
初出:原字「埶」の初出は甲骨文。現行書体の初出は後漢の隷書。
字形は人が苗を手に取る姿で、原義は”植える”。
音:カールグレン上古音はŋi̯ad(去)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義に、”設置する”に、金文でも原義に用いた(盠方彝・西周中期)。
”技術”の語義は戦国の竹簡から見られる(「清華大學藏戰國竹簡」清華一・金縢04、「多(才)多埶(藝)」)。
”芸術”・”見せ物”の語義は、先秦両漢の漢語に見られない。
備考:「芸」(ウン)は本来別字。論語語釈「芸」を参照。
学研漢和大字典
会意。原字は「木+土+人が両手を差しのべたさま」。人が植物を土にうえ育てることを示す。不要な部分や枝葉を刈り捨ててよい形に育てること。刈と同系のことば。のち、艸をつけて、さらに藝の字となった。類義語に技。異体字「藝」は人名漢字として使える。
語義
- {動詞}うえる(うう)。手を加えて栽培する。《同義語》⇒蓺。「園芸」「樹芸五穀=五穀を樹芸す」〔孟子・滕上〕
- {名詞}わざ。自然の素材に手を加えて、形よく仕あげること。人工を加える仕事。転じて、技術や学問。「六芸」「芸術」。
- {動詞・名詞}きりとる。きれめ。区切り。また、はて。▽刈(ガイ)に当てた用法。
- 《日本語での特別な意味》「安芸(アキ)」の略。「芸州」。
字通
[会意]旧字は藝に作り、埶(げい)声。芸は藝の常用字体であるが、別に耕耘除草をいう芸(うん)という字がある。正字は埶(げい)に作り、〔説文〕三下に「種(う)うるなり」と訓し、坴(りく)と𩰊(けき)とに従うとする。土塊をもち、種芸する形と解するものであろう。卜文の字形は苗木を奉ずる形であり、金文にはこれを土に植える形に作る。土は社(社)の初文ともみられ、特定の目的で植樹を行う意であろう。すなわち神事的、政治的な意味をもつ行為である。〔毛公鼎〕には「小大の楚賦(そふ)(賦貢)を(をさ)む」という。〔経典釋文〕に、唐人は種蓺の字に蓺、六芸(りくげい)の字には藝を用いるというが、二字とも〔説文〕にみえず、〔説文〕の埶も金文にに作る字であろう。金文ではを遠邇(えんじ)の邇の字として用いる。
羿(ゲイ・9画)
弓作父辛器・西周早期
初出:初出は春秋早期の金文。ただし字体は「𢏗」。
字形:〔弓〕が部品として確認出来る以外は未詳。
音:カールグレン上古音は不明。王力上古音はŋiei(去)。
学研漢和大字典
会意兼形声。「羽(とぶもの)+(音符)幵(ケイ)・(ケン)(正確に高さをそろえる)」。
語義
- {名詞}《人名》中国古代伝説上の弓の名人。帝尭(ギョウ)のとき天に十個の太陽があらわれ、人々がその熱に苦しんだとき、羿は、九個の太陽を弓で射落とした。▽その妻が、姮娥(コウガ)。
- {名詞}《人名》夏(カ)の有窮国の君主。弓の名人で、夏の宰相の位をうばったが、のち政治をかえりみなかったので、臣下の寒浞(カンサク)に殺された。
字通
[形声]正字は𦐧に作り、幵(けい)声。〔説文〕四上に「羽の風に𦐧(ま)ふなり」とあり、〔段注〕に扶揺(飄風)に搏(う)つ意とする。〔説文〕に「一に曰く、射師なり」とあり、神話中にみえる弓の名手の名。夏(か)の衰えたとき、一時夏王朝に代わったが、やがて滅ぼされた。有窮の后(きみ)羿のことは、〔左伝、襄四年〕〔楚辞、天問〕〔山海経、海内経〕〔淮南子、俶真訓〕などにみえる。〔説文〕十二下𢏗字条に「帝嚳(ていこく)の射官なり。夏の少康、之れを滅ぼす」とし、また「論語に曰く、𢏗善く䠶る」の文を引き、有窮の后の字を𢏗とする。十日説話に、十日並び出でたとき、羿がその九日を射落して、地上の灼熱を救ったという。
輗(ゲイ・15画)
(古文)
初出は楚系戦国文字。カールグレン上古音はŋieɡ(平)。同音無し。部品の兒”みどりご”はȵi̯ĕɡで、同音は唲”へつらうさま”。
学研漢和大字典
会意兼形声。「車+(音符)兒(ゲイ)(小さい)」。
語義
- {名詞}くさび。大車の轅(ナガエ)の先端に衡(コウ)(横木)をとりつけるための小さなくさび。「大車無瑕=大車に瑕無し」〔論語・為政〕
字通
[形声]声符は兒(げい)。兒は虹の形。工形にかけわたすものをいう。〔説文〕十四上に「大車の轅耑に衡を持する者なり」とあり、小車には軏(げつ)という。字はまた棿に作る。
麑(ゲイ・19画)
合22507/「鹿」甲骨文
初出:初出は甲骨文。ただし字形がほぼ周以降とまるで違い、別の言葉を示す字と見てよい。
字形:甲骨文の字形は、まだ角が生えない子鹿の象形。金文では西周早期に部品として同形が見られ、春秋・戦国の用例が無い。現行字形は後漢の『説文解字』からで、「鹿」+「兒」(児)。
音:カールグレン上古音はŋieɡ(平)。近音に「兒」ȵi̯ĕɡ(平)。字形より、戦国以前に遡れる音とは思えない。
用例:「甲骨文合集」37426.1に「獲鹿一麑三」とあり、”子ジカ”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。「鹿+(音符)兒(ゲイ)(子ども、小形の)」。霓(ゲイ)(小形のにじ)・鯢(ゲイ)(小形のめすくじら)などと同系。
語義
- {名詞}かのこ。鹿(シカ)の子。「麑裘(ゲイキユウ)」。
ま「狻麑(サンゲイ)」とは、すばしこい小形の獅子(シシ)。《同義語》⇒狻猊。
字通
[形声]声符は兒(げい)。〔説文〕十上に「狻麑(しゆんげい)、獸なり」とあり、狻麑とは獅子をいう。〔爾雅、釈獣〕に、虎豹を食う猛獣とする。麑裘(げいきゅう)は鹿の子の裘の意で、その字はまた麛に作り、声義ともに異なる。
綌(ケキ・13画)
西陲簡51.11・前漢
初出:初出は楚系戦国文字。ただし字形が確認できない。「小学堂」による初出は前漢の隷書。
字形:「糸」+「谷」”すきま”。織り目の粗い布の意。
音:カールグレン上古音はkʰi̯ăk(入)。同音に「隙」、「郤」”邑の名・ひま”。「ゲキ」は慣用音。
用例:戦国時代「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論24に「㠯(以)●(絺)●(綌)之古(故)也。」とあり、何らかの布であろうと推測できる。同用曰篇にも用例が2件あるが、占いの書であるため、何を言っているのかよく分からない。
文献上の初出は論語郷党篇6。戦国時代の『孟子』『荀子』には見られず、『墨子』に用例がある。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は無い。上古音に語義を共有する漢字は無い。
学研漢和大字典
会意兼形声。谷は、もと「たに」とは別字で、口の上のくぼみをあらわした字。囮は「糸+(音符)谷(ケキ)(くぼみ、すきま)」で、すきまの多いあらい布。虚(うつろ、すきま)・却(くぼむ、後へひく)・隙(ゲキ)(すきま)と同系。
語義
- {名詞}葛(クズ)の繊維で織った目のあらい布。▽すきまがあって涼しいので夏に着る。▽目のこまかいものを絺(チ)という。
字通
[形声]声符は𠔌(きやく)。𠔌に郤(げき)の声がある。篆文・或体の字は𠔌に従うが、通用の字形は谷の形に従う。〔説文〕十三上に「粗葛なり」とあり、粗い葛の布をいう。〔詩、周南、葛覃〕「葛の覃(の)びて 中谷に施(いた)る 維(こ)れ葉莫莫たり 于(ここ)に刈り于に濩(に)て 絺(ち)と爲し綌と爲し 之れを服して斁(いと)ふ無し」とは、祭事に用いる服を自ら作ることをいう。祭事には絺綌を用いる。綌は〔説文〕十三上に「細葛なり」とみえる。喪事には主人より麻などを賜う例であった。
擊/撃(ケキ・15画)
初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はkiek(入)で、同音は存在しない。「ゲキ」は慣用音。呉音は「キャク」。
学研漢和大字典
会意兼形声。毄(ケキ)は「車輪の軸止め+殳印(動詞の記号)」からなり、車輪と軸止めとがかちかちとうち当たること。擊は「手+(音符)毄」で、かちんとうち当てる動作を示す。類義語に打。異字同訓にうつ⇒打。旧字「擊」は人名漢字として使える。
語義
- {動詞}うつ。堅い物をかちんとうち当てる。また、強くたたく。「撃柝(ゲキタク)」「撃磬=磬を撃つ」。
- {動詞}うつ。城や敵をめがけてぶち当たる。攻める。「攻撃」「急撃勿失=急ぎ撃ちて失ふこと勿かれ」〔史記・項羽〕
- {動詞}物に当たる。また、感覚に触れる。「目撃(直接目にふれる→実際に見る)」。
字通
[形声]旧字は擊に作り、𣪠(げき)声。𣪠は叀(けい)(上を括った槖(ふくろ))を撃つ形で、擊の初文。穀類などを槖に入れて撃ち、脱穀する意。係けるときは繋という。〔説文〕三下に毄を車轂を撃つ形とし、擊十二上には「攴(う)つなり」とする。車轂を撃つには別に轚十四上の字がある。いま常用の字を撃とするが、車に関係のある字ではない。
※轚十四上とあるが『中国哲学書電子化計画』では車部は巻十五だった。白川の見た版本と違うのだろうが、結局白川の記す巻数は当てにならない。
逆(ゲキ・9画)
甲骨文/㝬鐘・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:〔辶〕+「屰」”さかさま”。甲骨文・金文の字形は人の正面形「大」を上下逆に描いたものに道を意味する〔辶〕や「彳」を加えたもの。原義は”迎える”・”迎え撃つ”。
音:カールグレン上古音はŋi̯ăk(入)。「ギャク」は呉音。
用例:西周中期の「五祀衛鼎」(集成2832)の「逆」は「朔」と釈文されており、”新月”の意。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”迎える”・”迎え撃つ”に用い、金文でも同様という。
学研漢和大字典
会意兼形声。屰(ギャク)は、大の字型の人をさかさにしたさま。逆は「辶+(音符)屰」。さかさの方向に進むこと。顎(ガク)(上下さかさにかみあわすあご)・忤(ゴ)(さかさ)・誤(ゴ)(くい違い)などと同系。また、迎は、逆の語尾がxに転じた同系のことば。類義語に乖。
語義
- {動詞・形容詞}さからう(さからふ)。たがう(たがふ)。→の方向に対して、反対に←の方向にでる。そむく。体制や物事の順序にさからっている。《対語》⇒順。「反逆(叛逆)」「倒行逆施(トウコウギャクシ)(道理にそむいたことをする)」「逆天者亡=天に逆らふ者は亡ぶ」〔孟子・離上〕
- {名詞・形容詞}さかさま。ふつうと反対であること。また普通と反対のやり方や姿。「倒逆」「逆莫大焉=逆これより大なるはなし」〔春秋左氏伝・襄二〕
- {動詞}むかえる(むかふ)。→の方向から来る者を←の方向に出むかえる。《類義語》迎(ゲイ)。「逆労(ゲキロウ)(むかえねぎらう)」「逆婦姜于斉=婦姜を斉より逆ふ」〔春秋左氏伝・文四〕
- {副詞}あらかじめ。来るものを出むかえる形で。事のおこる前に用意して。前もって。《類義語》予(あらかじめ)。「逆料(予想する)」。
- 《日本語での特別な意味》ぎゃく。論理学で、命題「AならばB」に対して、命題「BならばA」の関係。
字通
[形声]声符は屰(ぎゃく)。屰は向こうから人の来る形。人の正面形である大の倒形。これを道に迎えることを「逆(むか)う」という。〔説文〕二下に「迎ふるなり」とあり、卬(こう)は人の左右相対する形。周初の金文〔令𣪘〕に「用(もっ)て王の逆造(げきざう)に饗す」とあり、逆造は出入・送迎のことをいう。屰は倒逆の形であるから、また順逆の意となる。
大漢和辞典
むかえる。あらかじめ。さからう。ふしあわせ。よこしま、つみ。わるもの。のぼせる。申し上げる。しりぞける。めぐる。
缺/欠(ケツ・4画)
甲骨文/『字通』所収金文
初出:初出は戦国時代の楚の竹簡。「小学堂」による初出は前漢の隷書。略体「欠」kʰi̯ăm(去)の初出は甲骨文。
字形:甲骨文「欠」の字形は「𠙵」”くち”を大きく開けた人。原義は”あくび”だったと思われる。
音:カールグレン上古音はkʰiwat(入)またはkʰi̯wat(入)。いずれも同音は無い。
用例:「缺」は戦国中末期の「郭店楚簡」太一7に「□(一)块(缺)□(一)浧(盈)」とあり、”かける”と解せる。
「欠」は、甲骨文は欠字が多く判読しがたい。
西周の金文では人名の例が複数見られる。また「厚」「兼」「懿」と釈文する例が複数ある。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名に、金文でも人名に用いられたという。
備考:「缼」の部品「夬」kwad(去)の初出は甲骨文だが、合集21367、9367の例は欠損が多くて判読できない。金文の初出は西周中期「段𣪕」(集成4208)で、「孫子夬引」とあるが文意が分からない。春秋の「鼎之戍鼎」(集成1955)に「鼎之戍」とあるの部品に見られるが、語義が分からない。
「漢語多功能字庫」には見るべき情報がないが、「決」xiwat・kiwat(入)、初出は楚系戦国文字”堤防が決壊する”、「抉」ʔiwat(入)、初出は秦系戦国文字”えぐる”、「玦」kiwat(入)、初出は前漢隷書”欠け目のある玉器”などから推測される原義は”壊す”。
漢語多功能字庫
欠
甲骨文象人張口出氣之形。
甲骨文は人が口を突き出して息を出す象形。
缺
「缶」の字形に属し、「夬」の音。原義は器物を壊すこと。
学研漢和大字典
欠
象形。欠(ケン)は、もと缺(ケツ)とは別の字で、人が口をあけ、からだをくぼませてかがんださまで、くぼむ、かけて足りないなどの意を含む。欲(腹がうつろで、物がほしい)や、歌(体をかがめてうたう)に含まれる。歉(ケン)(足りない)と同系。「歇」の代用字としても使う。「間欠」▽「あくび」の意味のときは新旧字体の区別がなく、もともと「欠」である。
缺
会意兼形声。缺は「缶(ほとぎ、土器)+(音符)夬(カイ)」。夬とは、コ型のくぼみに手をかけてえぐるさまで、抉(ケツ)(えぐる)の原字。缺は土器がコ型にかけて穴のあくことを示す。▽欠と缺は意味が似ているため混用され、欠を缺に代用するようになった。決壊の決(堤が⊃型にかけて穴があく)・闕(ケツ)(かける)と同系。
語義
欠
- {動詞}腹がくぼんで、からだが曲がる。がっくりする。「欠身」。
- {名詞}あくび。「欠伸(あくびをして、のびをする)」。
- {動詞・形容詞}かく。かける(かく)。かけてくぼむ。足りない。
- {名詞}かり。借金。「積欠」「欠債」
缺
- {動詞}かく。かける(かく)。えぐってとる。かけめができる。《同義語》⇒闕。「欠損」。
- {動詞・形容詞}かける(かく)。足りない。一部がかけている。《類義語》歉(ケン)。「咸以正罔欠=咸正を以て欠くること罔し」〔書経・君牙〕
- {名詞}かけめ。「完全無欠」。
- {名詞}官職のあき。また、あいているポスト。「補欠」。
字通
欠
[象形]人が口を開いて立つ形。口気を発し、ことばをいい、歌い叫ぶときの形で、そのような行為を示す字に用いる。〔説文〕八下に「口を張りて气悟(もと)るなり。气、儿(じん)(人)上より出づるの形に象る」とするが、口を開いて欠伸(けんしん)する意で、あくびをいう。粤(えつ)俗には今も欠㰦(けんきよ)という語があって、それはあくび・くさめをいう。欠は常用字では缺(けつ)の字に用いる。
缺
[形声]正字は缺に作り、夬(けつ)声。夬は玦(けつ)(切れめのある佩玉)をもつ形。缶は瓦器。その器の欠けることをいう。〔説文〕五下に「器破るるなり」とあり、すべてものの欠失・欠落し、不充足の状態にあることをいう。いま欠を缺の常用字とするが、欠(けん)は欠伸(あくび)。その象形の字で、あくびを本義とする字である。
血(ケツ・6画)
『字通』所収金文
初出は甲骨文。カールグレン上古音はxiwet(入)。
学研漢和大字典
象形。深い皿(サラ)に、祭礼にささげる血のかたまりを入れたさまを描いたもので、ぬるぬるとして、なめらかに全身を回る血。滑(なめらか)と同系。
語義
- {名詞}ち。人や動物の心臓から出て、全身に栄養分を送り、不用物を排泄(ハイセツ)器官へと送る液体。血液。▽漢方医学では、血を陰性と考えて栄養を含むものとし、気を陽性と考えて活力を与えるものとし、あわせて血気という。「貧血」「出血」「鮮血(まっかななま血)」。
- {動詞・名詞}ちぬる。血をぬる。また、祭礼に動物のいけにえの血をそなえる。また、その祭り。「血祭」。
- {名詞・形容詞}血のつながった間がら。また、血のつながった。《類義語》肉。「血肉」「血縁」。
- {形容詞・名詞}血を流すように激しい。血みどろの。血のにじむ涙や、つば。「血涙」「啼血(テイケツ)(血をはくほどに声をしぼってなく)」「血戦」「血本(血みどろの苦労でためたもとで)」「戦士為陵飲血=戦士は陵の為に血を飲む」〔李陵・答蘇武書〕
字通
[会意]皿の中に血のある形。〔説文〕五上に「祭に薦むる所の牲血なり」とあり、祭祀に牲血を用いた。卜辞に血室の名がみえる。誓約のときにも牲血を用い、「牛耳を執る」とは盟誓を司会することである。
訐(ケツ・10画)
初出は戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はki̯ad(去、同音無し)またはki̯ăt(入、同音無し)またはki̯at(入同音無し)。『大漢和辞典』で音ケツ訓あばくに「𢪏」(初出・音不明)、「抉」(初出は秦系戦国文字、カ音不明、藤堂上古音kuāt入/・uāt入)、「𧤼」(初出は説文解字、カ音・藤音不明、周法高上古音gjwat入)。
漢語多功能字庫
(解字無し)
学研漢和大字典
会意兼形声。干(カン)は、太い丫型の棒を描いた象形文字で、幹(みき)の原字。その棒を前に突き出して敵を抑えつけながら進むこと。つっかかる、犯すなどの意を生じる。訐は「言+(音符)干」で、面とむかってことばでつっかかること。諫(カン)(ことばによって長上の非行をふせぎ止める)と同系。
語義
- (ケツス){動詞}あばく。人の秘密・悪事をあきらかにして、面とむかっていう。「悪訐以為直者=訐して以て直と為す者を悪む」〔論語・陽貨〕
字通
[会意]言+干(かん)。干に干(おか)す意がある。〔説文〕三上に「面(まのあたり)罪を相ひ厈(あば)き、相ひ告訐するなり」とあって、人を面斥することをいう。〔論語、陽貨〕に「訐きて以て直と爲す者を惡(にく)む」とあり、人の陰私をあばくことをいう。
桀(ケツ・11画)
初出は晋系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɡʰi̯at(入)。同音は以下の通り。『大漢和辞典』で音ケツ訓はりつけは他に存在しない。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
傑 | ケツ | すぐれる | 楚系戦国文字 | 入 | |
桀 | ケツ | はりつけ | 晋系戦国文字 | 〃 | |
竭 | ケツ | せおひあげる | 説文解字 | 〃 | →語釈 |
碣 | ケツ | たちいし | 説文解字 | 〃 | |
楬 | ケツ | たてふだ | 晋系戦国文字 | 〃 | |
揭 | ケイ | かかげる | 説文解字 | 〃 | →語釈 |
渴 | カツ | かわく | 戦国末期金文 | 〃 | |
偈 | ケツ | たけしいさま | 前漢隷書 | 〃 |
漢語多功能字庫
(解字無し)
学研漢和大字典
会意。「両あし+木」で、罪人をしばって木の上にのせ、はりつけにしたさまをあらわす。高くかかげて目だつ意を含む。傑(ケツ)(高く目だつ、すぐれて目だつ)・掲(かかげる)と同系。
語義
- {動詞}かかげる(かかぐ)。罪人をしばって高く木の上にはりつけにする。また、転じて一般に物を高くかかげる。《類義語》磔(タク)(はりつけ)・掲(かかげる)。「桀石以投人=石を桀げて以て人に投ず」〔春秋左氏伝・成二〕
- {名詞}高く木の上にかかげた鳥の巣。
- (ケツナリ){形容詞}荒々しく悪がしこくて目だつ。また、すぐれていて目だつ。▽古代では、一つの字でわるい意、よい意が混用されていたが、しだいに荒々しくて目だつのを桀、すぐれて目だつのを傑(ケツ)と書いて区別されるようになった。「桀悪(ケツアク)」「桀出(ケッシュツ)(=傑出)」。
- {名詞}夏(カ)の最後の王。乱暴で、殷(イン)の湯(トウ)王に滅ぼされた。殷の紂(チュウ)王とともに悪逆な王の代表とされた。「夏桀(カケツ)」「桀紂(ケッチュウ)」。
字通
[会意]舛(せん)+木。舛は両足の開く形。もとの字形は、おそらく木上の左右に人を磔(はりつけ)にする形であろう。〔説文〕五下に「磔なり。舛の木上に在るに從ふ」とするが、両足だけを磔することはない。人と枝とが交わって、舛の字形と誤ったものである。大儺(だいだ)(鬼やらい)のとき、城門に犬牲を披(ひら)いて張ることが行われ、それを疈辜(ひよくこ)磔牲といった。
絜(ケツ・12画)
睡虎地秦簡10.14・戦国末期
初出:初出は秦系戦国文字。
字形:「㓞」+「糸」で、切りそろえた糸束。
音:カールグレン上古音はkiat(入)またはɡʰiat(入)。藤堂上古音はɦātのみ。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」語書10に「不廉絜(潔)」とあり、”きよい”と解せる。
同厩苑14に「其以牛田,牛減絜,治(笞)主者寸十。」とあり、”胴回り”・”体”と解せる。
論語時代の置換候補:存在しない。『大漢和辞典』での同音同訓に、春秋時代までに存在した漢字は無い。論語語釈「潔」を参照。部品の「㓞」の甲骨文(合集31823)は、欠損が激しく語義を明瞭に出来ない。西周末期「師同鼎」(集成2779)に「㓞用(造)王羞于黽。」とあるが、「㓞」は「挈」”ひっさげる”・”もちいる”と釈文され、全体で”ワニを煮物にして王に進めた”と解せるが、”きよい”の意ではない。
学研漢和大字典
会意兼形声。丯(カイ)は、┃型の棒に彡型の刻みを入れたさまを描いた象形文字。㓞(ケイ)は、それに刀印を加えた会意兼形声文字。絜は「糸+(音符)㓞」で、ひもに目じるしのむすびめをつけること。
語義
ケツxié
- {動詞}きざむ。切れめ・きざみめを入れる。《類義語》契。
- {動詞}つなぐ。むすぶ。ひもをむすんでゆわえつける。ひもでゆわえてぶらさげる。《類義語》結・係。「累世嚠駕=累世駕を嚠ぐ」〔韓非子・五蠹〕
- {動詞}はかる。ひもにむすびめの目じるしをつけて長さをはかる。「嚠矩(ケック)(ひもやものさしではかる→おしはかる)」「嚠之百囲=これを嚠すれば百囲なり」〔荘子・人間世〕
ケツjié
- {形容詞}きよい(きよし)。よごれが除かれていてきれいである。▽潔に当てた用法。「粢盛不嚠=粢盛嚠からず」〔孟子・滕下〕
字通
[形声]声符は㓞(かつ)。㓞に挈(けつ)・契(けい)の声がある。〔説文〕十三上に「麻一耑(たん)(束)なり」とあり、その麻はおそらく修禊(しゆうけい)(お祓い)に用いるものであろう。わが国の白香(しらか)の類にあたる。〔左伝、桓六年〕に「絜粢豐盛なり」とあり、神饌として供える意。絜は潔、禊に用いるものの意であろう。〔大学〕の「絜矩(けつく)の道」は「挈(はか)り思いやる」意で、挈字の義である。
訓義
1.一たばのあさ、あさたば。
2.くくる。
3.潔と通じ、きよめる、しろい、きよい、いさぎよい、あきらか。
4.挈と通じ、はかる、さげる、ひとり。
5.㝣と通じ、しずか。
竭(ケツ・14画)
(篆書)
初出:初出は後漢の『説文解字』。ただし文献上は前漢の『説苑』に「竭其力」が見られる。
字形:「立」”人の立ち姿”+「曷」”かわく”。力を尽くして立ち働くこと。
音:カールグレン上古音はɡʰi̯at(入・韻目「薛」)。同音は論語語釈「桀」を参照。その中に論語の時代に遡れる漢字は無い。入声・韻目「月」の音は不明。
用例:戦国末期の「中山王方壺」に「渴志盡忠」とあり、「渴」は「竭」と釈文されている。
「上海博物館藏戰國楚竹書」中弓19に「山又(有)堋(崩);川又(有)滐(竭)」とあり、「滐」は「竭」と釈文されている。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
『大漢和辞典』で同音同訓に以下がある。
- 竭(カールグレン上古音ɡʰi̯at・藤堂上古音gɪat:入声)
- 厥(カールグレンki̯wăt・藤堂上古音kɪuăt:上声)。前漢の『黄帝内経』に”つきる”の用例がある。
- 屈(カールグレン上古音kʰi̯wăt・藤堂上古音k’ɪuət:入声)。戦国時代の『荀子』に”つきる”の用例がある。
近音の「厥」ki̯wăt(入)に”つきる”の語釈があり、初出は甲骨文。ただし春秋時代に”つきる”の語義があったかは不明。原義は”矢筈”。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、「厥」を動詞に分類した例が無い。
「屈」楚屈叔佗戈・春秋早期
近音の「屈」kʰi̯wăt(入)に”つきる”の語釈があり、初出は春秋早期の金文。「漢語多功能字庫」は原義を「無尾或短尾(許慎、段玉裁)」とする。甲骨文以降の語義の変遷について記すところが無いが、広東語では鉛筆が減ることを「屈」というという。”尾が短い・尾が無い”→”つきる”への語義の派生は、容易に起こると思われるが、論語の時代に適用してよいかの確証が無い。
「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、「屈」について戦国時代の「郭店楚簡」老子甲23を動詞に分類する以外、全て名詞に分類し、そのうち一件を除いて人名とする。
部品の「曷」(そこなう、とめる、およぶ)の甲骨文・金文は見られ、同音同訓の「𢼤」(敌)は『説文解字』にすら記載が無い。藤堂上古音はgɪat。同訓近音に「渴」(渇)k’atがあるが、初出は戦国末期の金文(中山王方壺)。
「匃」(甲骨文)/殳季良父壺・西周末期
曷の部品の「匃」(カツ、カ音ɡʰɑt)は、下記『大漢和辞典』では亡”無い”+人の組み合わせとし、欠乏に伴い人が”求める”、またそれに”あたえる”の意とする。初出は甲骨文。人が二人並んで、ものを受け渡すさま。『大漢和辞典』によると次の通り。
備考:「匃」の上に「日」が加わって曷となった理由を、『字通』は「骸骨に祈禱文を入れた祭器を添えた姿」と呪術的に言う。しかし「日に当てられて人が何かを求める」と解した方が素直だろう。
漢語多功能字庫
從「立」,「曷」聲,表示承載。
「立」の字形で「曷」の音。重さを支えること。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、「立+〔音符〕曷(カツ)(かすれる)」。喝(カツ)(声がかすれる)・渴(=渇。水がつきてかすれる)と同系のことば。
語義
- {動詞}つくす。つきる(つく)。力や水を出しつくす。力や水がつきはてる。からからになる。「竭力(ケツリョク)」「竭誠=誠を竭す」「事父母能竭其力=父母に事へて能く其の力を竭す」〔論語・学而〕
- {動詞}高くかかげる。にないあげる。
字通
[形声]声符は曷(かつ)。〔説文〕十下に「負擧なり」とするがその意が明らかでなく、背負う意、竭尽の意とする説がある。立は位で儀礼の場所、曷は遏(あつ)・朅(けつ)・歇(けつ)の意を含む字であるから、一定の場所で十分に禁遏の呪儀を行う意であろう。ゆえに竭尽の意となる。〔礼記、礼運〕に「五行の動くや、迭(たが)ひして相ひ竭(つく)すなり」とは、その場所を侵して滅ぼすことをいう。多く竭尽の意に用いる。
潔(ケツ・15画)
説文解字・後漢
初出:初出は後漢の『説文解字』。
字形:「氵」”水”+「絜」”洗って白くなった麻糸の束”。全体で”水で洗い清める”。
音:カールグレン上古音はkiat(入)。同音は絜のみ。
論語時代の置換候補:存在しない。部品の「絜」に”きよい・いさぎよい”の語義があるが、初出は戦国文字。日本語で音通する漢字には「洯」があるが、初出は不明。部品の「㓞」(カツ・ケイ)の初出は甲骨文で、に”巧みに切り刻む・結ぶ”の語釈を『大漢和辞典』が載せ、”過去を切り捨てる”と解しうるが、出土資料で春秋末期以前にその語義は確認できない。論語語釈「絜」も参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。「水+(音符)絜(ケツ)(ぐっと引き締める)」。類義語に清。
語義
- {形容詞・名詞}いさぎよい(いさぎよし)。きよい(きよし)。さっぱりとしたさま。けじめただしいこと。「潔浄」「清潔」。
- {形容詞}きよい(きよし)。さっぱりしていて、欲がないさま。「清廉潔白」。
- {動詞}いさぎよくする(いさぎよくす)。きよめる(きよむ)。さっぱりときよらかにする。きっぱりと、けじめをつける。引き締める。《同義語》⇒絜。「欲潔其身而乱大倫=其の身を潔くせんと欲して乱る大倫を」〔論語・微子〕
字通
[形声]声符は絜(けつ)。絜は麻たばを結んで神事に用いるもので、絜清の意があり、潔の初文とみてよい。水によって修禊することを潔という。〔説文新附〕十一上に「瀞(きよ)らかなり」、〔広雅、釈器〕に「白なり」とあって、潔白の意。神事にはすべて清潔であることが要求された。
闕(ケツ・18画)
(秦系戦国文字)
初出:初出は秦系戦国文字。
音:カールグレン上古音はkʰi̯wăt(入)。
用例:戦国最末期の「睡虎地秦簡」編年紀13壹に「十三年,攻伊□〈闕〉。」とあり、地名「伊闕」(現洛陽市郊外)。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。”かく”・”かける”に限り、「欠」kʰi̯ăm(去)が挙がり、初出は甲骨文で、音素の共通率は60%だが、春秋末期まで”かく”・”かける”の用例が無い。論語語釈「欠」を参照。
闕 | kʰ | i̯ | w | ă | t |
欠 | kʰ | i̯ | ă | m |
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。『大漢和辞典』によると第一義は”宮門の両側に立つ台”。音が「欠」と通じるので転用されたという。
「欠」(甲骨文・金文)
論語衛霊公篇26では定州竹簡論語が「欮」と記し、注釈に「欮為闕之省」という。音は欮ki̯wăt(入)に対して闕kʰi̯wăt(入)。『学研漢和大字典』・『字通』に条目が無い。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、中の部分の字(音ケツ)は「人間が逆さになった姿+欠(人間が腹をくぼませてかがみこんだ姿)」の会意文字で、ものをコ型にえぐりとる、コ型にへこむという基本義をもつ。
闕はそれを音符とし、門を加えた字で、城壁や土壁の一部が∪型にくぼんだ門のこと。缺(ケツ)(=欠。かく)・決壊の決(かけて穴があく)と同系のことば。
意味〔一〕ケツ/コチ
- {名詞}宮殿の門。門の両わきに台を築いてその上部に楼観を設け、その中央部をくりぬいて道にした。「城闕(ジョウケツ)」。
- {名詞}宮城。天子*のいる所。「禁闕(キンケツ)」。
- {動詞}かける(かく)。かく。完全に備わっているべきものが足りない。また、除く。▽qu.と読む。《同義語》⇒欠(ケツ)。「闕文(ケツブン)」。
- {名詞}あやまち。おちど。過失。「闕失(ケツシツ)」。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
意味〔二〕ケツ/ゴチ
- {動詞}かいてとる。うがつ。《同義語》⇒抉・確。
字通
[形声]声符は欮(けつ)。〔説文〕十二上に「門觀なり」とあり、宮門脇にアーチ状の上に望楼を設け、古くは象魏といった。法令の発布のときには、ここに掲示した。缺(欠)と通用する。
譎(ケツ・19画)
初出は後漢の『説文解字』。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はkiwət(入)。
論語憲問篇14に記された「矞」gi̯wæt(入)は、「譎に通ず」と『大漢和辞典』に言う。初出は前漢の隷書。部品「冏」(カ音不明)”窓・明らか”の初出は不明、「矛」m(平)の初出は西周中期の金文。『大漢和辞典』に”冒す”の語釈はあるが”いつわる”は無い。
学研漢和大字典
「言+矞(ややこしくいりくんだ)」の会意兼形声文字で、意味はいつわる。妙な具合に変化する、正体を隠す。あやしい。真意をごまかして遠まわしにいう。
語義
- {動詞・形容詞}いつわる(いつはる)。わなにかけてだます。あざむく。ずるがしこい。「譎而不正=譎りて正しからず」〔論語・憲問〕
- {動詞}妙なぐあいに変化する。正体をかくす。
- {形容詞}あやしい(あやし)。奇異であやしい。「奇譎(キケツ)」。
- {動詞}真意をぼかして遠まわしにいう。「譎言(ケツゲン)」。
字通
声符は矞(いつ・きつ)。〔説文〕三上に「權詐なり。益、梁には、天下を謬欺するを曰ひて譎と曰ふ」とみえる。〔方言、三〕に「涼州西南之間には膠と曰ひ、關より東西には或いは譎と曰ひ、或いは膠と曰ふ。詐は通語なり」とする。矞は矛を台座の上に樹てる形。これを立てて巡察を試みることを遹・遹正という。仰々しく飾って威を示すので、権詐・謬欺の意を生じたのであろう。
訓義
いつわる、あざむく。かわる、ことなる。そむく、たがう。遠まわしにさとす。決と通じ、わかつ、きめる。
月(ゲツ・4画)
甲骨文/宰椃角・商代晚期或西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:月を描いた象形。「日」と異なり、甲骨文で囲み線の中に点などを記さないものがあり、「夕」と字形はまったく同じ。分化するのは戦国文字から。論語語釈「夕」を参照。
音:カールグレン上古音はŋi̯wăt(入)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか、こよみの”○月”を意味した。「ガツ」は慣用音。呉音は「ゴチ」。
学研漢和大字典
象形。三日月を描いたもので、まるくえぐったように、中が欠けていく月。涯(ゲツ)(まるく中をえぐる)・外(まるくえぐって残ったそとがわ)と同系。付表では、「五月雨」を「さみだれ」「五月晴れ」を「さつきばれ」と読む。
語義
- {名詞}つき。まるくえぐったように欠けるつき。太陰(タイイン)。▽中国ではつきの中に、稿娥(コウガ)という美人がいる、がまがいて雨を降らす、うさぎが薬草をついているなどの古い伝説がある。《対語》⇒日。「日月」「満月」「如日月之食=日月の食のごとし」〔孟子・公下〕
- {名詞・単位詞}つき。一か月。つきは二十九日あまりで満ち欠けするので、陰暦では二十九日か三十日を一か月とし、十二か月約三百五十四日で一年とし、十九年間に七回の閏月(ジュンゲツ)(うるうづき)を置いた。太陽暦では、三百六十五日を十二か月に分け、三十日(小のつき)または三十一日(大のつき)で一か月とする。「歳月(としつき、時間)」「其心三月不違仁=其の心三月仁に違はず」〔論語・雍也〕
- {副詞}つきごとに。毎つき。「月攘一鶏=月ごとに一鶏を攘む」〔孟子・滕下〕
- {名詞}毎月ある、女性の月経。つきのもの。
《日本語での特別な意味》げつ。七曜の一つ。月曜日の略。
字通
[象形]月の形に象る。〔説文〕七上に「闕(か)くるなり。太陰の精なり。象形」という。〔釈名、釈天〕に「日は實なり」「月は闕なり」とあり、当時行われた音義説である。卜文の字形は時期によって異なり、月と夕とが互易することがあるが、要するに三日月の形である。
軏(ゲツ・10画)
(古文)
初出は後漢の『説文解字』にも見えない。カールグレン上古音はŋi̯wătまたはŋwət(共に入)。前者の同音は月、刖”足切り”、跀”足切り”、抈”折る”。後者は兀”高い”、扤”動く”、杌”枝の無い木”、𠨜”危うい”。
学研漢和大字典
会意兼形声。「車+(音符)兀(ゴツ)(とび出た所、つき出たくさび)」。
語義
- {名詞}小車の轅(ナガエ)の先端部に衡(コウ)(横木)をとりつけるためのくさび。「小車無獸=小車に獸無し」〔論語・為政〕
字通
項目なし。
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