永(エイ・5画)
史宜父鼎・西周末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はɡi̯wăŋ(上)。同音は「詠」(去)”うたう”、「泳」(去)”およぐ”のみ。
漢語多功能字庫
甲金文象河流很長,並有支流。本義是江河源遠流長。引申為長久、永久。
甲骨文と金文は、川の長さが非常に長く、支流が並んでいるものの象形で、原義は長江や黄河の源流が遠く流れが長いことを示す。派生義として、長いこと、とこしえなること。
学研漢和大字典
象形。水流が細く支流にわかれて、どこまでもながくのびるさまを描いたもの。屈曲して細くながく続く意を含み、時間のながく続く意に用いることが多い。詠(ながく声を引きのばす)・枉(オウ)(曲がってのびる)・横(どこまでも広がる)などと同系。類義語の長は、必ずしも屈曲する必要はなく、また太くてもよい。異字同訓にながい⇒長。
語義
- {形容詞・動詞}ながい(ながし)。ながくする(ながくす)。まがりつつ、どこまでものび続くさま。また、どこまでものびる。《類義語》長・遠。「永言(声を引きのばしていう)」「永日(ながい春の日)」。
- {形容詞・副詞}ながい(ながし)。とこしなえに(とこしなへに)。とこしえ(とこしへ)。まがりつついつまでも続いて。いつまでも。《類義語》久。「永不忘=永く忘れざらん」「永宝用之=永くこれを宝用せよ」。
字通
[象形]水の流れる形。〔説文〕十一下に「水の長きなり。水の巠理の長永なるに象るなり」という。巠理とは水脈、𠂢(はい)は分流、永は合流のところ。水勢の急疾なるところである。
盈(エイ・9画)
石鼓文「霝雨」・春秋末期
初出:初出は春秋末期の石鼓文。
字形:「夃」+「皿」。「夃」は「人」+「又」”手”で、全体で皿に盛り付けるさま。
音:カールグレン上古音はdi̯ĕŋ(平)で、同音に嬴”みちる”が存在する。
用例:春秋末期までの用例は断片の石鼓文しかなく語義未詳。
戦国最末期の「睡虎地秦簡」倉律24に「入禾未盈萬石而欲增積焉」とあり、”満たす”と解せる。
学研漢和大字典
会意。「皿+いっぱいになってたれるさま」。嬴(エイ)(いっぱい)と同系。草書体をひらがな「え」として使うこともある。
語義
- {動詞・形容詞}みちる(みつ)。いっぱいになる。たっぷりとあるさま。《類義語》満・溢(イツ)。「虚而為盈=虚しくして盈てりと為す」〔論語・述而〕。「有酒盈樽=酒有りて樽(たる)に盈てり」〔陶潜・帰去来辞〕
- {動詞}みたす。いっぱいにする。「持而盈之=持してこれを盈す」〔老子・九〕
字通
[会意]夃(えい)+皿(べい)。〔説文〕五上に「器に滿つるなり」とするが、器に満つるものが何であるかを説くところがない。〔説文〕は夃(こ)を益多の義としている。〔慧琳音義〕に引く〔説文〕に、盈を夃声とするが、声義ともに合わない。夃は人の坐して、膝のもりあがる盈満の象。皿は盥盤(かんばん)の形。その中に坐して浴し、太腿が溢れるような形でもりあがる。ゆえに盈満の意となる。
榮/栄(エイ・9画)
縈伯簋・西周中期
初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はɡi̯wĕŋ(平)。同音は下記の通り。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
榮 | エイ | はな | 西周早期金文 | 平 | |
禜 | 〃 | なはばりの檀域を設けて其の中で凶災をはらふ祭事 | 説文解字 | 平/去 | |
瑩 | 〃 | あきらか | 前漢隷書 | 平 | |
嶸 | コウ/エイ | けはしい | 説文解字 | 〃 | |
營 | エイ | いとなむ | 西周中期金文 | 〃 | |
塋 | 〃 | 墓 | 説文解字 | 〃 | |
謍 | 〃 | 小さい声のさま | 説文解字 | 〃 | |
穎 | 〃 | 穂 | 説文解字 | 上 |
漢語多功能字庫
金文は「木」の字形に属し、「𤇾」の音(「𤇾」は「熒」”ひかり”の初文)。原義はキリ、またはアオギリの木。
学研漢和大字典
会意兼形声。𤇾(エイ)・(ケイ)は、まわりをかがり火でとりまくことを示す会意文字。榮は「木+(音符)𤇾」で、木全体をとりまいて咲いた花。はでな意となる。營(=営。まわりをとりまいた兵舎)・滎(エイ)(とりまいて流れる水)などと同系。類義語の盛は、皿に高くもったように、もりだくさんなこと。異字同訓にはえ・はえる 映え・映える「夕映え・紅葉が夕日に映える」 栄え「栄えある勝利・見事な出来栄え・見栄えがする」。
語義
- {動詞・形容詞・名詞}さかえる(さかゆ)。さかん。さかえ。花が木いっぱいに、はなやかにさく。はなやかにさいた花のようにさかえる。また、そのさま。さかえること。《対語》⇒枯。《類義語》盛・繁。「繁栄」「栄枯盛衰」「木欣欣以向栄=木は欣欣として以て栄に向かふ」〔陶潜・帰去来辞〕
- {形容詞・名詞}はでに目だつさま。はなやか。はなやかな名誉。《対語》辱。「栄辱」「栄耀栄華(エイヨウエイガ)」。
- {名詞}花がいちめんに木をおおう、きりの木。▽「爾雅」釈木篇に、「栄桐木=栄とは桐木なり」とある。
- {名詞}屋根の両端の目だったそり返り。
- {名詞}漢方医学で血管によって全身に運ばれる活力素のこと。「衛栄」「栄養(全身をめぐる活力素)」。
字通
[形声]旧字は榮に作り、𤇾(■(上に火+火下に乂))(えい)声。〔説文〕六上に「桐木なり」とする。また字を「熒の省聲」とするが、熒は炬火(たいまつ)を組み合わせた形。庭燎(にわび)の明るくはなやぐ意を草木に及ぼして、その花をいう。
咏/詠(エイ・12画)
咏作日戊尊・西周早期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:「行」+「人」+「𠙵」。街道の交差点に立ちものを言うこと。咏は異体字。
音:カールグレン上古音はgi̯wăŋ(去)。
用例:西周早期「咏乍日戊尊」(集成5887)は器名通り人名に用いている。
春秋末期「敬事天王鐘」(集成73ほか)に「自乍永命」とあり、「永命」は「詠鈴」と釈文され、音を出す鐘の類と解されている。
学研漢和大字典
会意兼形声。「言+(音符)永(ながい)」。泳(ながながと水にうかぶ)と同系。類義語に歌。異字同訓によむ⇒読。
語義
- (エイズ){動詞・名詞}うたう(うたふ)。うた。声を長くのばして詩歌をうたう。また、となえうた。「浴乎沂、風乎舞脛、詠而帰=沂に浴し、舞脛に風し、詠じて帰らん」〔論語・先進〕
- (エイズ){動詞}詩歌をつくる。詩歌にして述べる。「詠詩」「詠史」。
- 《日本語での特別な意味》よむ。和歌をつくる。
字通
[形声]声符は永(えい)。〔説文〕三上に「歌ふなり」とし、別体として咏を録している。みな永の声義を承ける。
衞/衛(エイ・16画)
甲骨文合集26888/弓且己爵?・殷代末期/𤔲寇良父壺・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:新字体は「衛」で、中国・台湾・香港では、新字体がコード上の正字として扱われている。甲骨文には、「韋」と未分化の例がある。論語語釈「韋」を参照。現伝字体につながる甲骨文の字形は、「方」”首かせをはめられた人”+「行」”四つ角”+「夂」”足”で、四つ角で曝された奴隷と監視人のさま。奴隷はおそらく見せしめの異民族で、道路を封鎖して「入るな」と自領を守ること。のち「方」は「囗」”城壁”→”都市国家”に書き換えられる。
音:カールグレン上古音はgi̯wad(去)。
用例:甲骨文合集13.2に「己丑卜𡧊貞令射倗衛一月」とあり、命辞(占いの内容)は「いしめてともがらまもる」と読め、”守る”と解せる。
春秋末期までに、国名・人名の例がある。
備考:論語ではほぼ、孔子の母国・魯の隣国で、規模や由来も似通った衛国の名として登場する。放浪中の孔子は長く衛国に滞在し、第二の故郷と呼べるほどだった。
弟子の子貢も衛国出身で、弟子の子路の義兄・顔濁鄒も衛に住み、顔濁鄒は衛・魯・斉など中原諸国に広い勢力範囲を持つ任侠道の大親分だった。孔子は初回の衛国滞在中、親分の屋敷に逗留している。
当時の国公を霊公といい、西北の大国・晋に領土を削り取られている最中だったが、有能な家臣と共に何とか独立を守り切った。そのきさきである南子は、孔子と会見したことが論語に記されている。
出典:http://shibakyumei.web.fc2.com/
学研漢和大字典
会意兼形声。韋(イ)は、囗印の場所を、足が←と→の方向にめぐっている姿を示す会意文字で、外側をぐるぐるまわること。のち韋はからだのまわりにめぐらすなめし皮の意となる。衞の原字は、囗印の場所を、四つの足がめぐっている姿を示す会意文字。のち衞は「行(いく)+帀(めぐる)+(音符)韋の略体」で、外側をめぐって中をまもること。今の字体は、帀を略した形。類義語に護。旧字「衞」は人名漢字として使える。▽草書体をひらがな「ゑ」として使うこともある。
語義
- {動詞}まもる。外側をめぐって、中のものをまもる。外をとりまいて侵入を防ぎ、中のものをまもる。《類義語》守。「防衛」「保衛」「衛生=生を衛る」。
- {名詞}まもり。外をとりまいて中をまもること。防ぎまもること。また、その人。外側にめぐらした備え。「守衛」「近衛(キンエイ)・(コノエ)」。
- {名詞}国をまもる国境あたりの地。また、国境のまもり。「辺衛(国境、国境をまもる部隊)」「軍衛法(明(ミン)代の国境をまもる軍隊の制度)」。
- {名詞}明(ミン)の軍制で、要所に設けた軍営をいう。数郡ごとに置かれ、五千六百人で一衛をなした。「威海衛(イカイエイ)(山東半島の海岸に置かれた防備軍)」。
- {名詞}国名。周代に今の河北・河南両省にまたがる地にあった。殷(イン)の中心部で、殷の滅びたあと、周の武王が弟の康叔を封じた。
- {名詞}ろばの子どものこと。▽衛の国がろばの産地であったことから。「双衛(二頭の子どものろば)」。
- {名詞}漢方医学で、精気が全身をめぐって生命をまもること。▽血液が全身をめぐって栄養を与えるのを営という。「衛営」。
字通
[形声]声符は韋(い)。韋は城邑を示す囗(い)の周囲を巡回する形。巡回して衛ることをいう。〔説文〕二下に衞を正字とし、「宿衞なり」と訓し、字は韋と帀(そう)とに従うというが、韋に「めぐる」「かこむ」の意があり、衞は巡邏警備することをいう。金文の字形に口の部分を方に作るものがあり、方とは国境の意。
亦(エキ・6画)
甲骨文/禹鼎・西周晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:人間の両脇を点で示したもの。
慶大蔵論語疏では「〔夕一〕」と記す。「魏山徽墓志」(北魏)刻。このほか同刻「〔夕灬〕」、「〔𠂊一〕」、「魏靈藏造象記」(北魏)刻「〔𠂊灬〕」、「唐石臺殿中侍御史王齊丘墓志」刻「〔丿丿灬〕」の字形が知られる。
音:カールグレン上古音はzi̯ăk(入)。同音は以下の通り。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
亦 | エキ | また | 甲骨文 | 入 | |
弈 | エキ | 碁をうつあそび | 秦系戦国文字 | 〃 | |
奕 | エキ | おほきい | 説文解字 | 〃 | |
帟 | エキ | ひらとばり | 説文解字 | 〃 | |
腋 | エキ | わき | 戦国末期金文 | 〃 | |
掖 | エキ | ひぢをとる | 秦系戦国文字 | 〃 | |
液 | エキ | しる | 西周末期金文 | 〃 |
用例:原義は人間の両脇で、ついで”…もまた”の意。この語義では解釈出来ない場合は、”おおいに”の意。これは奕と音が通じるための仮借義で、甲骨文・春秋時代までの金文では確認できない。”おおいに”と読みうる初出は戦国早期の「者(氵尸)鎛」で、「女(汝)亦虔秉不(丕)涇(經)」とある(『殷周金文集成』00120)。従って論語時代の語義ではないが、”両脇・…もまた”では解釈出来ない場合、”おおいに”と解するしか仕方がない。
「者(氵尸)鎛」『殷周金文集成』00120
(隹戉十有九年。王曰者。女亦虔秉不)〔𢛳。〕爯剌。光之于聿。女〔其用〕𢆶。妥〔安乃壽。〕
論語と同時代の金文として、「哀成弔鼎」がある。ただし未解読字が多く、「亦」の語義を定めがたい。
正月庚午。嘉曰。余。邦之產。少去母父。乍鑄飤器黃鑊。君既安惠。亦弗其。嘉是隹哀成弔。哀成弔之鼎。永用祀。死于下土。台事康公。勿或能 。
論語陽貨篇22では、「博つ」目的語として「亦」が用いられる。後世これは「博奕」と書かれたが、定州竹簡論語の時点では「亦」だった。下掲いずれの辞書も「亦」の名詞は”脇”か、そこから流れ下る”汗”である。脇を叩くことは出来るがそれでは意味が分からない。
『大漢和辞典』によれば「博」そのものに”バクチ(を打つ)”の意があるという。出典は『春秋左氏伝』から載せているので、まず孔子の生前にもその語義があったと見てよい。すると「博亦」とは、”冷や汗に賭ける”ことではないか。仮説として提示しておく。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文の段階で「也」”…もまた”の語義を、戦国時代の竹簡から”ゆるす”の語義を獲得した。
漢語多功能字庫
甲金文「亦」是「腋」的初文,小點指示腋窩。一說象人腋下流汗,是「液」的初文。後借為亦是的「亦」。
甲骨文や金文では、「亦」は「腋」の最古の字形である。描かれた小さな点は、腋のくぼみを表している。一説には、この点は腋から流れ落ちる汗の象形だという。この説では、「亦」は「液」の最古の字形である。後世になって音を借りて、”また”の意を表すようになった。
学研漢和大字典
指事文字。人間が大の字にたった全形を描き、その両わきの下をヽ印で示したもの。わきの下は左に一つ、右にもう一つある。同じ物事がもう一つあるの意を含む。腋(エキ)(わきの下)や掖(エキ)(わきの下に手をいれてささえる)の原字。類義語の又は、重ねて、その上に輪をかけての意。
語義
- {副詞}また。→語法「①」。
- {助辞}また。→語法「②」
語法
①{副詞}「(も)また~」とよみ、
(1)「~もまた」「~も同様に」と訳す。ある行為・状態が、別の人・物に波及・重複する意を示す。▽「亦」は、「A~、B亦~=A~して、Bもまた~す」と使用されるように、主語が異なり、述語が同じ。「A~、B亦~」は通常、「A~、B亦如是=A~す、Bもまたかくのごとし」と多く表現される。「又」は、「A~又…=A~してまた…す」と使用されるように、主語が同じで、述語が異なる。「賢者亦楽此乎=賢者もまたこれを楽しむか」〈賢者もやはりこうしたものを楽しむだろうか〉〔孟子・梁上〕
(2)「これはまあ」「これはまず」と訳す。婉曲の意を示す。「此後亦非而所知也=この後はまたその知る所に非(あら)ざるなり」〈そのあとは、まあ、お前の知るところではない〉〔史記・高祖〕
(3)「ただ~だけ」と訳す。限定の意を示す。「亦不用於耕耳=また耕すに用ひざるのみ」〈ただ耕作に心をくだかなかっただけのことだ〉〔孟子・滕上〕
②{助辞}「不亦~乎」は、「また~ずや」とよみ、「なんと~ではないか」と訳す。反語、あるいは反語の強調の意を示す。「有朋自遠方来、不亦楽乎=朋(とも)の遠方自(よ)り来たる有り、また楽しからずや」〈友達が遠い所からも訪ねて来る、いかにも楽しいことだね〉〔論語・学而〕
『字通』
人の正面形である大の、両脇を示す。〔説文〕十下に「兩亦の形に象る」とし、腋の初文。
易(エキ・8画)
「德鼎」西周早期/邿欠足簋・春秋早期
初出:初出は甲骨文。
字形:繁体は盃二つと、それを受け取る両手で、古代中国では「対飲」と言って、臣下に褒美を取らせるときには、酒を注いで飲ませることがあり、「易」は”賜う”の意となった。一般体の字形は液体の容器を傾けて液体を注ぐさま。
(甲骨文繁体・一般体)
春秋時代早期の字体では、「賜」si̯ĕɡ(去)と書き分けられていないものがある。論語語釈「賜」を参照。
音:カールグレン上古音はdi̯ĕɡ(去)またはdi̯ĕk(入)。前者の同音は存在しない。後者の同音は下記の通り。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
易 | エキ | とかげ | 甲骨文 | 入 | |
蜴 | 〃 | 〃 | 不明 | 〃 | |
埸 | 〃 | さかひ(境) | 説文解字 | 〃 | |
役 | 〃 | さきもり | 甲骨文 | 〃 | |
疫 | 〃 | えやみ | 秦系戦国文字 | 〃 | |
垼 | 〃 | 陶器を焼く炉の窓 | 不明 | 〃 |
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文は授けることを意味した。金文では、移す、取り替えることを意味したが、これは戦国初期の「中山王鼎」に見られるという(郭沫若)。戦国の竹簡も取り替えることを意味し、加えてたやすい、整えることを意味するようになった。
殷代末期の「交鼎」に「王易貝」とあり、”賜う”の語義が確認できる。
西周末期の『新收殷周青銅器銘文暨器影彙編』NA0851に「錫」としての用例がある。
春秋末期の「蔡𥎦鎛」に「有虔不易(惕)」とあり、”つつしむ”の語義が確認できる。
「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、春秋末期までに人名の用例を載せる。
戦国中末期「郭店楚簡」老子甲14に現伝の『老子道徳経』「多易必多難」と若干異なる「大少(小)之多惕(易)必多難。」とあり、”軽んじる”の語義が確認できる。
「郭店楚簡」尊德37に「古(故)惪(德)可易而□(施)可□(邅)也。」とあり、”取り替える”の語義を確認できる。
「郭店楚簡」尊德6の「禹民而後亂之,湯不易傑民而治之。聖人之治民,民之道也。」とあるのは、おそらく「うつす」と読むべく、”桀王の民を放逐せずにそののち治めた”と解釈出来る。
「易」を”トカゲ”と言い出したのは後漢の『説文解字』。
蜥易,蝘蜓,守宮也。象形。《祕書》說:日月為易,象陰陽也。一曰从勿。凡易之屬皆从易。
トカゲ、蝘蜓、守宮(発情抑制薬の材料になるヤモリ)の象形である。『祕書』(宮中に秘蔵される書)によれば、太陽や月を易と言い、陰陽を象徴しているという。一説に勿の系統に属する字で、占いのたぐいは全て陰陽を基本にしている。(『説文解字』易部6101)
国学大師
易,甲骨文繁體像兩手持匜注水於皿中形,一般則省從注水的匜形部分和部分水形。字與益字同源,有增多、強烈意。字由灌注酒水,至金文有借用為賜給的意思。戰國文字字形訛變從二爪形。篆文更誤從勿,復誤解為蜥易的象形,又引《祕書》說「日月為易」,均誤。
「易」は、甲骨文の繁体字では両手で水差しを持って皿に注ぐ形で、一般字は水差しと水を取り分ける部分を省略している。「益」の字と同源で、”増加”・”強烈”の語義がある。字形が酒を注ぐさまを示すことから、金文になって”賜う”の意味が出来た。戦国文字は形が変わって、二つの「爪」の形になった。篆書ではさらに誤って「勿」の字形を含み、トカゲの形に誤って書かれ、『説文解字』が引用する『秘書』の説、「日月が易となる」をふくめ全て誤りである。
漢語多功能字庫
甲金文「易」由「益」簡化而成,「益」象器中盛水,「易」簡化了所盛的三點水和器皿上供提拿的鋬(猶今語把兒、柄),賞賜是使受賜者的財富有所增益,所以由「益」分化出「易」字(郭沫若) ,「易」是「賜」的古字,本義是賜與。
甲骨文・金文は「益」の字を省略して「易」と書き、「益」は器に水を盛った姿。「易」が省略したのは水を示すさんずいの形と、器を手に提げる持ち手の「鋬」(つまり現代語の「把兒」や「柄」)。褒美を貰う者の財産が増える原因となるので、「益」の字から「易」の字が派生した(郭沫若)。「易」の字は「賜」の字の古形であり、原義は褒美をとらせること。
学研漢和大字典
会意。「やもり+彡印(もよう)」で、蜥蜴(セキエキ)の蜴の原字。もと、たいらにへばりつくやもりの特色に名づけたことば。また、伝逓の逓(次々に、横に伝わる)にあて、AからBにと、横に、次々とかわっていくのを易という。地(たいらな土地)・紙(たいらなかみ)・錫(セキ)(たいらに伸ばす、すず)・也(ヤ)(たいらなさそり)などと同系。類義語に侮・安。昜(ヨウ)は別字。
意味〔一〕エキ(入)
- {動詞}かえる(かふ)。かわる(かはる)。とりかえる。次々に入れかわる。《類義語》逓(テイ)・変・改。「改易」「交易」「以羊易之=羊を以てこれに易ふ」〔孟子・梁上〕
- {名詞}とかげ。やもり。《同義語》蜴(エキ)。「蜥易(=蜥蜴(セキエキ))」。
- {名詞}昔の占いの書。「連山」「帰蔵」「周易」の三種があったと伝えるが、今では「周易」が残っているだけである。陰と陽との組み合わせでできた六十四卦(カ)が次々にかわる相をあらわすので易という。「易経」。
- 「辟易(ヘキエキ)」とは、横に避けからだを低めて、退却すること。のち、閉口して退く意に用いる。「辟易数里=辟易すること数里」〔史記・項羽〕
意味〔二〕イ(去)
- {形容詞}やすい(やすし)。たやすい。抵抗がない。▽動詞の上につき、「易行(オコナイヤスシ)」のように用いる。《対語》難(ナン)・(カタシ)。「容易」「少年易老学難成=少年老い易く学成り難し」〔朱熹・偶成〕→語法。
- {形容詞・名詞}やすらか(やすらかなり)。たいら(たひら)。でこぼこや抵抗がない。手軽な。平穏な境地。《類義語》安・平。「安易」「平易」「君子居易以俟命=君子は易きに居て以て命を俟つ」〔中庸〕
- {動詞}やすしとする(やすしとす)。かろんずる(かろんず)。あなどる。なんでもないと思う。平気でいる。「仲尼賞而魯民易降北=仲尼賞して魯の民降北を易んず」〔韓非子・五蠹〕
- {動詞}おさめる(をさむ)。平らにおさめる。でこぼこをなくす。物事を順調にはこぶ。「易耨(イジョク)(田畑の土をかえしてならす)」「喪与其易也寧戚=喪は其の易めんよりは寧ろ戚め」〔論語・八佾〕
語法
「~しやすし」とよみ、「~するのがやさしい」「~しやすい」と訳す。「君子易事而難説也=君子は事(つか)へ易(やす)くして説(よろこ)ばしめ難(がた)きなり」〈君子は仕えやすいが喜ばせにくい〉〔論語・子路〕
字通
会意、日+勿。日は珠玉の形。勿はその玉光。玉光を以て魂振りを行う。玉を台上におく形は昜で、陽と声義が近い。〔説文〕九下に「蜥易・蝘蜓・守宮なり」と、とかげ・いもり・やもりの名をあげ、象形とする。また一説として「日月を易と為す。陰陽に象るなり」とするが、外部は勿の形。玉による魂振りをいう。
訓義
- あらためる、かわる。
- 魂振りにより、やさしい、やすらか。
- 平易より、あなどる、おろそか。
- 周易、えき。
- 蜥易、とかげ。
弈(エキ・9画)
初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はzi̯ăk(入)。同音は以下の通り。論語時代の置換候補は「亦」。論語語釈「亦」を参照。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
亦 | エキ | また | 甲骨文 | 入 | |
弈 | エキ | 碁をうつあそび | 秦系戦国文字 | 〃 | |
奕 | エキ | おほきい | 説文解字 | 〃 | |
帟 | エキ | ひらとばり | 説文解字 | 〃 | |
腋 | エキ | わき | 戦国末期金文 | 〃 | |
掖 | エキ | ひぢをとる | 秦系戦国文字 | 〃 | |
液 | エキ | しる | 西周末期金文 | 〃 |
漢語多功能字庫
(語釈無し)
学研漢和大字典
会意兼形声。亦(エキ)は、人間の両わきの下の部分を丶印で示した指事文字。同じ物が同じ間隔で並ぶ意を含む。腋(エキ)(わき)の原字。弈(エキ)は「両手+(音符)亦」で、石を等間隔に並べて、碁を打つこと。駅(等距離に並んだ宿場)と同系。
語義
- {動詞・名詞}碁石や将棋のこまを並べて勝負する。また、その勝負ごと。「不有博弈者乎=博弈する者有らずや」〔論語・陽貨〕
字通
(条目無し)
中日大字典
(3) 〈姓〉弈(えき・やく)
奕(エキ・9画)
初出は説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はzi̯ăk(入)。同音は以下の通り。論語時代の置換候補は「亦」。論語語釈「亦」を参照。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
亦 | エキ | また | 甲骨文 | 入 | |
弈 | エキ | 碁をうつあそび | 秦系戦国文字 | 〃 | |
奕 | エキ | おほきい | 説文解字 | 〃 | |
帟 | エキ | ひらとばり | 説文解字 | 〃 | |
腋 | エキ | わき | 戦国末期金文 | 〃 | |
掖 | エキ | ひぢをとる | 秦系戦国文字 | 〃 | |
液 | エキ | しる | 西周末期金文 | 〃 |
漢語多功能字庫
「亣」(タイ、大きい)の系統に属する字で、音は「亦」。原義は”大きい”こと。
学研漢和大字典
会意兼形声。亦は、人の両わきをあらわす指事文字で、同じものがもう一つある意を含む。奕は「大+(音符)亦(エキ)」。繹(エキ)(あとからあとからと続く)・駅(次次とかさなり続く宿場)などと同系。
語義
- {動詞}かさなる。両わき、または上下に次々にかさなって続く。「奕代(エキダイ)」。
- {名詞}石を次々に並べていく碁のこと。▽爵(エキ)に当てた用法。「博奕(バクエキ)(=博爵。すごろくや碁をうつ)」。
字通
[形声]声符は亦(えき)。〔説文〕十下に「大なり。大(たつ)に從ひ、亦聲」という。この大は、「天は大なり、地は大なり、人も亦た大なり」という大小の大とは別構の字とするが、両者に区別があるとはみえない。亦は両腋。両手を拡げて立つ姿の大きく立派なことをいう。
益/益(エキ・10画)
甲骨文/訇簋・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形は「水」+「皿」で、容器に溢れるほど水を注ぎ入れるさま。原義は”増やす”。台湾・中国では「益」がコード上の正字として扱われている。
音:カールグレン上古音はʔi̯ĕk(入)。
用例:「甲骨文合集」15826.1に「貞勿小益二牛用」とあり、「とう、二牛を用いるに少しく益すところなからんか」と読め、”利益”と解せる。
西周中期の金文では「益公」とあり、国名と解せる。西周末期の金文では「益中」とあり、人名と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文での語義は不明。春秋時代までの金文では「諡」(上古音不明)”おくり名を付ける”(班簋・西周早期)の意に用いられ、戦国の金文では「鎰」(上古音不明)”重量の単位”(春成侯壺・戦国)に用いられた。
益乍寶鼎・西周中期
また金文では、「嗌」ʔi̯ĕk(入)”のど”として用いられたが、字形が全く違う(益乍寶鼎・西周中期)。のち後漢の『説文解字』以降、「縊」ʔi̯ĕɡ/ʔieɡ(共に去)など”くくる・くびる”系統の字となったが、「益」と同じ字として比定した古文字学者の脳みそは、一体どうなっているのだろう。
学研漢和大字典
「益」は会意文字で、「水の字を横にした形+皿(さら)」で、水がいっぱいになるさま。溢(イツ)(あふれるほど、いっぱいになる)と同系のことば。
語義
- (エキス){動詞}ます。不足分をたしていっぱいにする。《対語》⇒損・減。《類義語》増。「増益」「益而不已必決=益してやまざれば必ず決す」〔易経・序卦〕
- {名詞}たらない所をうめるもの。もうけ。とく。ききめ。《対語》損。「得益=益を得」「有益」「益者三友」〔論語・季氏〕
- {名詞}漢代に置かれた州の名。ほぼ今の四川省の地。
- {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。☴☳(震下巽上(シンカソンショウ))の形で、上をへらして下をふやすさまを示す。
- {副詞}ますます。どんどん上に加わって。いよいよ。《類義語》愈(イヨイヨ)。「益多=益多し」。
字通
[会意]水+皿。器上に水があふれる意。〔説文〕五上に「饒(おほ)きなり」と訓し、水皿の会意とする。すなわち溢れる意。また搤(やく)・縊も益に従うが、その字は水溢の義と異なり、糸の末端を縊(くく)る形の象形の字である。
膉(エキ・14画)
膉作父辛卣・西周早期
初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はʔi̯ĕk(入)。
学研漢和大字典・字通・中日大字典・新字源・新漢語林・新字源
(条目無し)
大漢和辞典
繹(エキ・19画)
侯馬盟書・春秋末期
初出:初出は春秋末期の玉石文。
字形は「糸」+「睪」で、糸巻きから糸を引き出すさま。原義は”糸を引き抜く”。
音:カールグレン上古音はdi̯ak(入)。同音に睪(うかがい見る)を部品とする漢字群。
用例:初出は欠損が多くて判読できない。
戦国の「郭店楚簡」六德44に「其睪(繹)之也」とあり、”つらぬく”と解せる。
戦国最末期の「睡虎地秦簡」では「釋」”ゆるす”として用いる。
備考:『大漢和辞典』には睪に”引く”の語釈を載せる。ただし睪の初出は戦国早期の金文で、論語の時代に存在したとは言いがたい。「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、繹(エキ)は「目+幸(手かせの形)」の会意文字で、ひとりずつ出てくる手かせをはめた罪人を目で選び出すさま。擇(タク)(=択。えらぶ)の原字。繹は「糸+〔音符〕錬」で、糸をたぐって一つずつ引き出すこと。○‐○‐○の形につづくの意を含む。驛(エキ)(=駅。一つ一つとつづいて並ぶ宿場)・擇(タク)(=択。一つずつ引き出して吟味する)・澤(タク)(=沢。つぎつぎとつづく湿地)と同系のことば。
語義
- {動詞}ぬく。たずねる(たづぬ)。つづいたものをずるずると一つずつ引き出す。つぎつぎと引き出して吟味する。「繹理=理を繹ぬ」「演繹(エンエキ)(ある理論をもとにして、一つずつ例にあてはめていく)」「繹之為貴=これを繹ぬるを貴しと為す」〔論語・子罕〕
- {動詞}つぐ。つづく。つらなる。一つずつ出てきて、ずるずると絶えずにつづく。「絡繹不絶=絡繹として絶えず」。
- {名詞}祭りの名。祖先をまつる正祭の翌日行う。「繹祭(エキサイ)」。
字通
[形声]声符は睪(えき)。睪は獣屍。その屍体が風雨にさらされて、ほぐれるように解けることをいう。〔説文〕十三上に「絲を抽(ぬ)くなり」とあり、繭(まゆ)をつむぐような状態で、絶えずに続くことを絡繹という。思いをたぐるように考えることを繹思、尋繹という。
曰(エツ・4画)
甲骨文/諫簋・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形は「口」”くち”+「一」で、口から言葉が出て来るさま。原義は”言う”。
「𠙵」甲骨文/「甘」甲骨文/「某」禽簋・西周早期
「口」を古い字形で「𠙵」と記し、口にものを含んだ状態を「甘」と記し、含んだものを口外に出したのを「曰」と記した。口に含んで味わう木の実を「某」”うめ”と金文で記し、口に含んだまま名乗らない者、黙って企むことや企む者の意「謀」にも転用された。
鼄大宰簠・春秋早期/包2.241/睡虎地秦簡24.27
漢石経は「白」または「白」に近い「曰」と記す。「曰」字を「白」形に記すのは春秋の金文、楚系戦国文字に見られるが、秦系戦国文字は上端の一画にすき間を空けず、また「𠃊」形に記さない。秦以降の漢字は秦系戦国文字を基本とするが、漢代を通じて楚系の伝承も残り、古風を装うには「曰」→「白」形と記すのはありうることだ。
『漢熹平石經殘字集録』下p.48
現伝『説文解字』も「曰」字条に「白」字に近い篆書を記すが、後漢当時の版本が現存せず物証とは言えない。また「白」字の由来はかいこの繭で、上端中央が尖っており、春秋金文・楚系戦国文字が記すような字形ではない。従って漢石経の「曰」を「白」と釈文(これこれの字だと確定すること)するのは必ずしも正しくない。論語語釈「白」も参照。
音:カールグレン上古音はgi̯wăt(入)。「オチ」は呉音。
用例:甲骨文に”言う”で用いた。
王(占)曰:“吉”。
王占て曰く、「吉」。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”言う”・”…と呼ぶ”、金文では”そこで”の意が加わったという(史牆盤・西周)。
『字通』では「𠙵」を「サイ」と読んで、祈祷文を入れた容器だとし、それを土台に多くの漢字を説明するが、根拠は白川博士がそう思ったから。つまり個人的感想であり、白川漢字学で漢文を読解する時には、別の辞書もよく調べる必要がある。詳細は論語語釈「𠙵」を参照。
学研漢和大字典
会意。「口+┗印」で、口の中からことばが出てくることを示す。謂(イ)(口をまるくあけて物をいう)・話(はなす)・聒(カツ)(口を開いてしゃべる)などと同系で、口にまるくゆとりをあけてことばを出す意。漢字を組みたてるさい、曰印は、いうの意に限らず、広く人間の行為を示す意符として用いられる。
語義
- {動詞}いう(いふ)。口をあけてものをいう。発言した内容を、次に導くときに用いる。名づけて…という。《類義語》謂(いう)。「君称之曰夫人=君これを称して夫人と曰ふ」〔論語・季氏〕
- {動詞}いわく(いはく)。のたまわく(のたまはく)。いうことには。▽「いはく」は、「おそらく」と同じく、動詞「いふ」の未然形に「く」をつけた奈良時代の言い方。「問之曰=これに問ひて曰く」「答曰=答へて曰く」。
- {助辞}ここに。さて。そこで。「曰為改歳=曰に改歳と為す」〔詩経・漿風・七月〕
《日本語での特別な意味》いわく(いはく)。理由。わけ。「曰くがある」。
字通
祝詞や盟誓を収める器の上部の一端をあげて、中の書をみる形。その書の内容を他に告げる意。〔説文〕五上に「詞なり。口に従い、乙声」とし、「亦た口气の出づるに象るなり」とするが、字は乙声ではなく、口気の象を示すものでもない。金文に曶の字があり、曰の上部に手を加えて、これを曶開する形である。
※曶開:曶字条に「勿は爪と同じく手。曰は祝禱や盟誓を収める器。その上から手を加えて、その蓋をこじあける形」とあるから、”こじ開ける”ことか?
悅/悦(エツ・10画)
上(1).性.29・戦国楚
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:〔忄〕”こころ”+「兌」”笑む”。戦国の竹簡では「敓」の字形も見られる。「攵」”手”を上げ口に当てて喜ぶ様だろう。
慶大蔵論語疏は「〔忄丷兀〕」と記す。上掲「大周故致果校尉左千牛備身戴(希晋)君墓誌銘」(唐)刻字近似。
音:カールグレン上古音はdi̯wat(入)。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論06に「(吾)敓(悅)之。」とあり、”よろこぶ”と解せる。
同性情論01に「寺(待)兌(悅)而句(後)行,寺(待)習而句(後)定。」とあり、”よろこぶ”と解せる。
同性情論26に「同悅〕而交,以惪(德)者也。不同悅而交,以(猷)者也。」とあり、”よろこぶ”と解せる。
論語時代の置換候補:近音で部品の「兌」dʰwɑd(去)に”よろこぶ”の語釈がある。論語語釈「說」ɕi̯wat(入)・論語語釈「兌」も参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。兌(ダ)とは「八(わける)+兄(頭の大きい子ども)」からなる会意文字で、子どもの衣服を右に左にとわけてぬがすさま。はぎとり分解する意を含む。悦は「心+(音符)兌」で、心の結ぼれを分解して取り去ったこと。脱(はぎとる)・説(難点を解き去る)と同系。類義語に喜。
語義
- {動詞・形容詞}よろこぶ。よろこばしい(よろこばし)。心のしこりがとれてうれしくなる。こだわりがなくて楽しい。▽古典では多くは「説」で代用する。《類義語》喜。「燕民悦=燕の民悦ぶ」〔孟子・梁下〕
- {動詞}よろこばす。楽しませる。「悦親=親を悦ばす」「無可悦目者=目を悦ばすべき者無し」〔陳鴻・長恨歌伝〕
字通
[形声]声符は兌(えつ)。兌は祝(はふり)(兄は、人が祝詞の𠙵(さい)を戴く形)の上に、神気が彷彿として下り、祝が恍惚の状態となる意で、その心意を悦という。
怨(エン・9画)
楚系戦国文字/秦系戦国文字/「夗」能匋尊・西周早期
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:現伝の字形は秦系戦国文字からで、「夗」+「心」。「夗」の初出は甲骨文、字形は「夊」”あしを止める”+「人」。行きたいのを禁じられた人のさま。原義は”気分が塞がりうらむ”。初出の字形は「亼」”蓋をする”+うずくまった人で、上から押さえつけられた人のさま。
音:「オン」は呉音。カールグレン上古音はʔi̯wăn(平/去)で、同音に夗とそれを部品とする漢字群など。
用例:「怨」は「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論19に「猷(猶)又(有)(怨)言。」とあり、”うらむ”と解せる。
また「上海博物館蔵戦国楚竹簡」緇衣12に「古(故)君不與少(小)(謀)大,則大臣不夗(怨)。」とあり、”うらむ”と解せる。
「夗」は「甲骨文合集」21864.3が初出だが、欠損が多く判読できない。
西周早期「能匋尊」(集成5984)に「能匋易貝于厥夗公。夨(廩)五朋,能匋用乍(作)文父日乙寶彝。。」とあり、地名または官職名と解せる。
西周末期「𣪕」(集成4197)に「各于大室。康公右𪠁夗。易戠衣。」とあり、人名と解せる。
西周末期「盨」(集成4469)に「廼乍余一人夗」とあり、”うらみ”と解せる。
備考:「夗」の語釈を『大漢和辞典』は”ころがりふす”という。「国学大師」も同様だが、バクチの一種といい、音通に蛇が這う様子、カササギ、という。「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”北の風”、金文では”うらむ”と解せなくはないと言う(『殷周金文集成修訂增補本』)。また人名に用いた。
「夗」金文(四十三年逨鼎・西周晚期)
「怨」も「時」=之日、と同様、論語の時代に夗心(地面を這うような心)と書かれた可能性がある。従って用例のある論語の章は、直ちに後世の捏造と断定できない。
学研漢和大字典
会意兼形声。上部の字(音エン)は、人が二人からだを曲げて小さくまるくかがんださま。怨はそれを音符とし、心を加えた字で、心が押し曲げられてかがんだ感じ。いじめられて発散できない残念な気持ちのこと。宛(エン)(人がからだをまるくかがめる)と同系。類義語の恨(コン)は、根や痕と同系で、心中にいつまでも根に持ち、傷あとを残すこと。慍(ウン)は、胸中にいかりやうらみがこもること。
語義
- {動詞}うらむ。人に押さえられて気が晴れない。残念でむかむかする。《類義語》恨(コン)。「怨恨(エンコン)」「上不怨天下不尤人=上は天を怨みず下は人を尤めず」〔中庸〕
- {名詞}うらみ。残念で不快な気持ち。無念さ。「構怨=怨みを構ふ」「匿怨而友其人=怨みを匿して其の人を友とす」〔論語・公冶長〕
- (エンナリ)(Zンナリ){形容詞}うらめしげである。「乱世之音、怨以怒=乱世之音は、怨にして以て怒し」〔詩経・大序〕
- {名詞}あだ。うらめしい相手。または、うらみを抱く相手。▽平声に読む。「怨仇(エンキュウ)」「放於利而行多怨=利に放にして行へば怨多し」〔論語・里仁〕
字通
[形声]声符は夗(えん)。〔説文〕十下に「恚(いか)るなり」という。夗は人の坐する形。廟中に坐して祈る形は宛、心に憂えることがあって、祈るような心情を怨という。篆文第二字は令に従うが、令とは神意を聞く意である。
衍(エン・9画)
合4913/衍作父乙器・西周早期
初出:初出は甲骨文とされるが別字と考えるべき。事実上の初出は西周早期の金文。
字形:甲骨文の字形は「行」の間に人、または「彳」+「人」+「水」。人柱を川に投げ入れるさま。西周金文の字形は「行」の間に「川」。川の流れるさま。
音:カールグレン上古音はgi̯an(上)。
用例:「甲骨文合集」32298に「戊申卜:其□(焚)衍女。」とあり、”人柱を川に投げ入れる”と解せる。
西周早期では人名に用いられ(集成5825「衍耳父乙尊」、10554「衍乍父乙器」、3804「衍𣪕蓋」)、字形から「人」が消える。以降戦国時代まで用例が無い。戦国時代の用例も語義は明瞭でないが、人名と解せるものが多い。
論語先進篇12の定州竹簡論語では「侃侃如」を「衍衍如」と記すが、文献での用例は『楚辞』に一例あり、詩文だから何を言っているか分からない。後漢末期の『釈名』に「筵,衍也。舒而平之,衍衍然也。」とあり、”伸びやかに広がる”というが、論語の時代に適用できるとは限らない。
学研漢和大字典
会意。「水+行」で、水が長く横にのびるさま。演(エン)(ひきのばす)・延(エン)(ひきのばす)と同系。
語義
- {動詞}水が長くながれていく。「流衍(リュウエン)」。
- {動詞}のばす。のびる(のぶ)。のばし広げる。しきのばす。のび広がる。はびこる。《同義語》⇒演。《類義語》延。「敷衍(フエン)(しきのばす)」「蔓衍(マンエン)(病気などがはびこる)」「大衍之数五十=大衍之数は五十」〔易経・壓辞上〕
- {動詞}水が長くながれて海にそそぐ。
- {動詞}水が満ちて、外にあふれ出る。▽去声に読む。
- {動詞・形容詞}あまる。余分にあまる。余計になる。余計な。▽去声に読む。「衍字(エンジ)」。
- {形容詞・名詞}たいら(たひら)。たいらにのびたさま。たいらな土地。平地。▽去声に読む。
字通
[会意]行+水。〔説文〕十一上に「水、海に朝宗するなり」とするが、行は路。行路の上に水が溢れる意。
宴(エン・10画)
宴簋・西周末期
初出は西周末期の金文。カールグレン上古音は不明(上)またはʔian(去)。
学研漢和大字典
会意兼形声。晏(アン)は「日+(音符)安」から成り、日が落ちること。宴は「宀(いえ)+(音符)晏の略体」で、家の中に落ち着きくつろぐこと。上から下に腰を落としてやすらかに落ち着く意を含む。安(落ち着く)・晏(日が下に落ちる)・偃(エン)(低く下に伏せる)と同系。
語義
- {名詞}うたげ。さかもり。落ち着いて酒食を共にしてたのしむ集まり。くつろいだ酒食の会。《同義語》⇒讌・燕。「酒宴」「玉楼宴罷酔和春=玉楼に宴罷めば酔ひて春に和す」〔白居易・長恨歌〕
- (エンス){動詞}宴会を開く。酒盛りをしてもてなす。《同義語》⇒讌・燕。「宴客=客を宴す」。
- {動詞}たのしむ。落ち着いた気持ちでたのしむ。《同義語》⇒晏・讌。「宴楽」。
- {形容詞・動詞}やすい(やすし)。やすんずる(やすんず)。落ち着いてくつろぐ。《同義語》⇒安。「宴居」。
字通
[会意]宀(べん)+妟(えん)。妟は女子の頭上に玉(日)を加えて魂振りする意。廟中で行うを宴、秘匿のところで行うを匽という。これにより心が安らぐので、宴安・宴楽の意となる。〔説文〕七下に「安なり」と訓するが、西周後期の〔噩侯鼎(がくこうてい)〕に「王、宴を休(たま)ふ」「王、宴す。咸(をは)る。㱃(いん)す」のように、公的儀礼として行われる饗宴をいう。字の初形は匽。匽は魂振り儀礼であるから、宴ももと魂振り的な意をもつ儀礼であろう。
焉(エン・11画)
中山王壺・戦国末期
初出:初出は戦国時代末期の金文。そのほか年代不明の戦国の竹簡に用例がある。
字形:事実上、「也」の飾り文字で、出現当時は意味するところが変わらなかった。その後さまざまな想像がなすりつけられて、「也」とは別の言葉になった。論語語釈「也」を参照。初出字形は「鳥」+「正」とされるが、金文以前の「正」の字はまるで字形が違い、中国の漢学者のデタラメ。
「也」魯大𤔲徒子仲伯匜・春秋早期/「伝国の璽」例
「鳥」の右上の「」形は、「也」の古形に酷似しており、口からため息が流れる様を示したもの。ここから戦国時代以降の「也」同様、疑問・反語・断定の語義が正当化される。つまり「也」の装飾化された変形と見なすべき文字で、鳥っぽく仕立てた装飾文字は、いわゆる「伝国の璽」や戦国期の「鳥書箴銘帶鈎」などに見られる。
慶大蔵論語疏は上掲異体字「〔万丂一灬〕」と記す。「魏孝文帝弔比干文」刻。また上掲異体字「〔ス一与〕」と記す。『宋元以来俗字譜』所収。また「〔𠂊鳥〕」と記す。上掲「唐正議大夫上柱國巢縣開男邕府長史周利貞墓誌」刻字近似。
音:カールグレン上古音はʔi̯an(平)またはgi̯an(平)。韻目「元」の平声は不明。同音は下記の通り。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
焉 | エン | いづくんぞ | 戦国末期金文 | 平 |
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
焉 | エン | いづくんぞ | 戦国末期金文 | 平 | |
衍 | 〃 | ながれる | 甲骨文 | 上/去 |
用例:「漢語多功能字庫」によると、戦国の金文から断定・完了の意を示し、竹簡では近音の「安」ʔɑn(平)でその意を示す例が多いという。また疑問辞としての「焉」は、金文にも竹簡にも確認できない。
備考:『学研漢和大字典』は近音「安」ʔɑn(平)(藤堂上古音・an)と音が近いので疑問辞に転用されたと言うが、「安」の疑問辞での用法は、甲骨文・春秋までの金文では確認できない。論語語釈「安」を参照。
『大漢和辞典』は「安」に「然」と同様の助辞としての用法があることを記すが、用例が戦国時代の『荀子』で、論語には適用できない。
同じく句末の助辞で「ここに」と読む「云」の藤堂上古音は、ɦɪuən(ɦはロシア語のХ同様、hの濁音。ɪはエに近いイ)で「焉」ɪanと音通しているとは言いがたい。『大漢和辞典』にいう「形容の辞=然」に着目し、「然」nian(しかり)と音通すると考えたいが、ʔ(空咳の音に似る)とnの音の違いは埋められそうにない。
カールグレン上古音 | カールグレン同音 | 藤堂上古音 | |
焉 | ʔi̯an/ɡi̯an | なし/衍 | ɪan |
安 | ʔɑn | 按案晏 | ・an |
然 | ȵi̯an | 燃戁戁 | nian |
ただし、春秋時代までの中国文語は、疑問辞無しで平叙文がそのまま疑問文になり得る。もともと「焉」などの疑問辞は、漢語の文語には無かったからで、最古の甲骨文の多くも、占って先を問う文章でありながら、「某貞う、○か」と書いて疑問辞を用いない。
『大漢和辞典』所収の疑問辞「なに」「なんぞ」は下記で全てだが、全て春秋時代以前に存在しないか、疑問辞としての用例が確認できない。つまり論語の時代の中国文語は、平叙文と疑問文に違いが無い。日本語で「食う?」と尻上がりに言えば疑問文になるのと同じ。
「焉」字の訓読には工夫が必要。漢語で同じ「焉」でも、日本古語では「つ」「ぬ」「たり」「り」のいずれでもありうる。ただし「焉」に並列の語義は無い。
学研『全訳古語辞典』
「つ」条
- 〔完了〕…た。…てしまう。…てしまった。
- 〔確述〕
- 〔「つ」が単独で用いられて〕必ず…する。間違いなく…てしまう。まさに…だ。
- 〔「む」「らむ」「べし」など推量の助動詞を伴って〕きっと…(だろう)。間違いなく…(はずだ)。確かに…(したい)。
- 〔並列〕…たり…たり。▽「…つ…つ」の形で、動作が並行する意を表す。◇中世以降の用法。
「ぬ」条
- 〔完了〕…てしまった。…てしまう。…た。
- 〔確述(強意)〕きっと…(だろう)。間違いなく…(はずだ)。▽多く、「む」「らむ」「べし」など推量の意を表す語とともに用いられて、その事態が確実に起こることを予想し強調する。
- 〔並列〕…たり…たり。▽「…ぬ…ぬ」の形で、動作が並行する意を表す。
「たり」条
- 〔完了〕…た。…てしまった。▽動作・作用が完了したことを表す。
- 〔存続〕
- …ている。…てある。…た。▽動作・作用が行われ、その結果が残っていることを表す。
- …ている。…てある。▽動作・作用が現在も続いていることを表す。
- 〔並列〕…たり…たり。▽二つ以上の動作・作用を交互に行うことを表す。
「り」条
- 〔完了〕…た。…てしまった。
- 〔存続〕
- …ている。…てある。▽動作・作用の結果が残っていることを表す。
- …ている。…てある。…し続けている。▽動作・作用が現在続いていることを表す。
学研漢和大字典
象形文字で、えんという鳥を描いたもので、燕(エン)(つばめ)に似た黄色い鳥。安・anと焉・ɪanとは似た発音であるので、ともに「いずれ」「いずこ」を意味する疑問副詞に当てて用い、また「ここ」を意味する指示詞にも用いる。
語義
- {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。いずくにか(いづくにか)。→語法「1.2.」。
- {副詞}いずれ(いづれ)。なに。→語法「3.」。
- {名詞}江南に産する黄色い鳥。
- {指示詞}これ。これより。→語法「5.」。
- {指示詞}ここに。→語法「4.」。
- {助辞}→語法「6.」。
- {助辞}形容詞につける助詞。状態をあらわす。《類義語》然・如。「洋洋焉(ヨウヨウエン)」「瞻之在前忽焉在後=これを瞻るに前に在り忽焉として後ろに在り」〔論語・子罕〕
- 「少焉(ショウエン)」「頃焉(ケイエン)」とは、しばらく。しばらくして。
語法
- 「いずくんぞ~や」とよみ、「どうして~であろうか(いや~でない)」と訳す。方法を問う反語の意を示す。「後世可畏、焉知来者之不如今也=後世畏(おそ)る可し、焉(いづ)くんぞ来者の今に如(し)かざる知らんや」〈青年は恐るべきだ。これからの人が今(の自分)に及ばないなどと、どうして分かるものか〉〔論語・子罕〕
- 「いずくにか~」とよみ、「どこに~か」と訳す。場所を問う疑問・反語の意を示す。「君子哉若人、魯無君子者、斯焉取斯=君子なるや若(か)の人、魯に君子なる者無(な)かりせば、これ焉(いづ)くにかこれを取らん」〈君子だね、こうした人物は、魯に君子がいなかったら、この人もどこからその徳を得られたろう〉〔論語・公冶長〕
- 「なにをか~」「いずれ(いづ/れ)か~」とよみ、「なにを~か」「どれを~か」と訳す。疑問・反語の意を示す。「復駕言兮焉求=また駕して言に焉(なに)をか求めん」〈ふたたび車に乗って出仕し、そこに何を求めようというのか〉〔陶潜・帰去来辞〕
- 「ここに(空間)」とよみ、「ここに」と訳す。一字で「於是」「於此」の意を示し、文末におかれる。「吾夫又死焉=吾が夫またここに死す」〈私の夫も、また(虎のために)死にました〉〔礼記・檀弓〕
- 「これより(比較の対象)」「これに(対象)」とよみ、「これより」「これに」と訳す。一字で「於是」「於此」の意を示し、文末におかれる。「晋国天下莫強焉=晋国は天下これより強きは莫(な)し」〈晋国は天下にこれより強いものはない〉〔孟子・梁上〕。「是以君子悪居下流、天下之悪皆帰焉=これをもって君子は下流に居ることを悪(にく)む、天下の悪皆これに帰す」〈だからして君子は下等にいるのをいやがる。世界中の悪事がみなそこに集まってくるのだから〉〔論語・子張〕
- 文末において訓読せずに、「~なのだ」「~にちがいない」と訳す。語調を整え、断定の語気を示す助詞。▽「矣」と同じ用法だが、矣ほど断定の程度が強くない。「有君子之道四焉=君子の道四つ有り」〈君子の道を四つそなえていたのだ〉〔論語・公冶長〕
- 「や」「か」とよみ、「~か」「~であろか」と訳す。疑問・反語の意を示す助詞。「雖褐寛博、吾不惴焉=褐寛博(かつかんばく)と雖(いへど)も、吾惴(おそ)れざらんや」〈だぶだぶの粗末な服を着た卑しい者であっても、恐れずにいられようか〉〔孟子・公上〕
字通
〔説文〕四上に「焉鳥なり。黄色。江淮に出づ」とするが、〔段注〕に「今未だ何の鳥なるかを審らかにせず」とあり、実体が知られない。烏・於が死鳥やその羽の象形であることからいえば、焉も呪的に用いる鳥の象形で、そのゆえに疑問詞にも用いるのであろう。
※音について『字通』は「焉ian、安an、烏・悪a、於ia、于hiuaは声が近く通用する」というが釈然としない。IPAを用いていないし、音通するしないの基準が分からない。
訓義
とりのな。この鳥の羽を掲げて、卜い問うことに用いたらしく、「いずくんぞ」「いずこ」のように疑問詞とする。ここに。また終助詞に用いる。
大漢和辞典
象形。鳥の形に作る。
字解
いづくんぞ、いづくにか、疑問の辞。ここに於いて、すなわち、上を承けて下を起こす辞。これ。物・事・処を指示する代名詞、発語の助辞。に、より、位置または比較を表す助辞。か、句末に置いて疑問を表す助辞。や、句末に置いて反語の意を表す助辞、句調を整える助辞。形容の辞、然に同じ。語調を整える助辞。語の終わりに添えて断定の意を表す助辞。鳥の名。馬に作る。姓。発声の辞、夷に通ず。言はない。
偃(エン・11画)
鄂侯鼎・西周末期
初出:初出は西周末期の金文。
字形:「○」横たわった材木を転がす「人」+「目」で、材木を横に積み上げて堤防を造るさま。原義は”横たえる”。
音:カールグレン上古音はʔi̯ăn(上)。
用例:西周末期「噩𥎦鼎(鄂侯鼎)」(集成2810)に「王休偃」とあるが、語意がどうにも分からない。
王南征。伐角。僪。唯還。自征才。噩𥎦馭方內壺于王。乃祼之。馭方侑王。王休偃。乃射。馭方王射。馭方休闌。
論語ではおおむね、孔子の弟子・言偃子游の名として現れる。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。妟(アン)は、晏の異体字で、上から下へ押さえるの意を含む。幹(エン)は「匚(かくす)+(音符)妟(アン)」の会意兼形声文字で、物を上から下へ低く押さえて姿勢を低くし、隠れること。偃は「人+(音符)幹」で、低く押さえること。按(アン)(上から下へと押さえる)と同系。
語義
- {動詞}ふせる(ふす)。からだを低くしてふせる。「偃息(エンソク)」「偃於邸舎=邸舎に偃す」〔枕中記〕
- {動詞}たおれる(たふる)。低くふせたおれる。「草上之風必偃=草これに風を上ふれば必ず偃る」〔論語・顔淵〕
- {動詞}やすめる(やすむ)。ふせる(ふす)。道具を置いてひとやすみする。「偃武=武を偃す」。
- {動詞}土を押さえかためて水流をせきとめる。▽堰(エン)に当てた用法。
字通
[形声]声符は匽(えん)。〔説文〕八上に「僵(たふ)るるなり」と顛僵の意とする。匽は秘匿の場所(匸)で、女子に玉(日)を加えて魂振りすることを示す。女は伏してその玉を加えられるので、偃とはその姿勢をいう。
淵(エン・12画)
甲骨文/沈子它簋蓋・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:「渕」は異体字。字形は深い水たまりのさま。唐石経は〔𣶒〕部を〔丿〕の右に上下に〔八一八〕。唐高祖李淵の避諱。
慶大蔵論語疏は異体字「〔丬关刂〕」と記す。上掲「唐夫人史氏墓誌銘」刻。「周封抱墓誌銘」(北周?)にも刻。
音:カールグレン上古音はʔiwen(平)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に、また”底の深い沼”を意味し、金文では同義に(沈子它簋・西周早期)に用いた。
論語では孔子の弟子・顔回子淵の名として頻出。
学研漢和大字典
会意兼形声。淵の右側は、まわりをかこんで、その中心に・印をつけて水のたまったことを示す会意文字。淵はそれを音符とし、水を加えた字。
語義
- {名詞}ふち。深い池。また、水の深くたまったところ。「深淵(シンエン)」「淵源(エンゲン)」「遂赴汨羅之淵、自沈而死=遂に汨羅の淵に赴き、自ら沈みて死す」〔楚辞・離騒・朱熹序〕
- {形容詞}深いさま。「学問淵博(エンパク)(学問が深くひろい)」。
- {動詞}奥深く静まりかえる。「淵静(エンセイ)」。
- {名詞}物が多く集まる所。「淵叢(エンソウ)」。
字通
[形声]声符は𣶒(えん)。〔説文〕十一上に「回(めぐ)る水なり」とあり、𣶒は水の回流する形で、淵の初文。
惌(エン・12画)
「宛」仲義父鼎・西周末期
初出は甲骨文と「国学大師」は言い、ただし字形は「宛」。前漢の隷書だと「小学堂」は言う。カールグレン上古音は不明。「宛」はʔi̯wăn(上)。
学研漢和大字典
(条目無し)
語義
- (条目無し)
字通
(条目無し)
漢字源・新漢語林・新字源・中日大字典
(条目無し)
大漢和辞典
遠(エン・13画)
甲骨文/番生簋蓋・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形は「彳」”みち”+「袁」で、”道のりが遠い”。部品で同音の「袁」(平)は甲骨文では人名に用いる以外、”遠い”を意味したと「漢語多功能字庫」にある。「袁」の甲骨文・金文は手に衣を持つ姿で、それがなぜ”遠い”を意味したかは分からない。同音の「爰」(平)の甲骨文・金文が、互いに縄を引っ張る姿であり(→漢語多功能字庫)、”遠隔操作”の意があったかも知れない。
慶大蔵論語疏は異体字「〔辶龶丨丶〕」と記す。「唐趙州長史孟貞墓志」刻。
音:カールグレン上古音はgi̯wăn(上/去)。
用例:「小屯南地甲骨」3759.3に「王其田遠湄日無災」とあり、「王其れ遠き湄に田して日に災い無からんか」と読め、距離的に”遠い”の語義を確認できる。
西周末期の金文「番生𣪕蓋」に「□(柔)遠能𤞷」とあり、「遠きを柔らげ𤞷くを能む」と読め、距離的に”遠い”の語義を確認できる。
春秋末期の「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1479の用例は、語義が判然としない。
春秋末期までに、時間的に”遠い”の語義は確認できない。
備考:論語衛霊公篇12、定州竹簡論語の「」は『大漢和辞典』にも見られないが、「遠」の異体字だと解する以外に無い。
学研漢和大字典
会意兼形声文字。「辵+(音符)袁(エン)(間があいて、ゆとりがある)」。袁(エン)(ゆったりした外衣、ゆとりがある)・緩(カン)(ゆとりがある)・寛(カン)(ゆったり)と同系のことば。草書体からひらがなの「を」ができた。
語義
- {形容詞}とおい(とほし)。距離・時間の隔たりが大きい。間をあけて離れている。《対語》⇒近・邇(ジ)。「遠国」「永遠」「雖遠越、其可以安乎=越よりも遠しと雖も、其れ以て安かるべけんや」〔韓非子・説林上〕。「遠嫁単于国=遠く単于の国に嫁す」〔欧陽脩・明妃曲〕
- {名詞}とおき(とほき)。とおい所。とおくに住んでいる人。また、昔の人。昔の事がら。《対語》⇒近。「思遠=遠きを思ふ」「自遠而至=遠きよりして至る」。
- {動詞}とおしとする(とほしとす)。とおいと思う。《対語》⇒近。「不遠千里而来=千里を遠しとせずして来たる」〔孟子・梁上〕
- {動詞}とおざける(とほざく)。とおざかる(とほざかる)。さかる。間をあける。とおく離す。とおく離れる。▽去声に読む。《対語》⇒近。「是以君子遠庖廚也=是を以て君子は庖廚に遠ざかるなり」〔孟子・梁上〕。「兄弟無遠=兄弟遠ること無し」〔詩経・小雅・伐木〕
- 《日本語での特別な意味》「遠江(トオトウミ)」の略。「遠州」。
「袁」(甲骨文)
字通
声符は袁。〔説文〕二下に「遼かなり」とし、遼と互訓。袁は死者の衣襟のうちに、玉(○)を加え、枕もとに之(あし、はきもの)を加えて、遠く送る意。それより遠方・遐遠の意となる。
訓義
(1)とおい、はるか。(2)とおざかる、けうとい。(3)ひさしい、ひろい。
大漢和辞典
厭(エン/オウ・14画)
沈子它簋・西周早期/毛公鼎・西周末期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:「𠙵」”くち→あたま”+「月」”からだ”+「犬」で、脂の強い犬肉に人が飽き足りるさま。原義は”あきる”。
慶大蔵論語疏は異体字「〔广猒〕」と記す。「隋張濤妻禮氏墓誌」刻。
音:カールグレン上古音はʔăm(上声)またはʔi̯am(去声)またはʔi̯ap(入声)。漢音「エン」で”あきる”、「オウ」で”押さえる”の意を示す。
用例:西周早期「沈子它𣪕蓋(它𣪕)」(集成4330)に「烏虖。乃沈子妹克蔑見猒于公休。」とあり、「ああ、なんじ沈子あえて蔑きに克ち公の休に猒するを見ん」と読め、”あきる”とも”満ち足りる”とも解せる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では”満ち足りる”(沈子它簋・西周早期)の意に用いた。
異体字の「猒」を含めて、”厭う”の意は確認できないが、”満ち足りる”の派生義”もうお腹いっぱい”としては妥当と判断する。
学研漢和大字典
会意。猒は熊の字の一部と犬とをあわせ、動物のしつこい脂肪の多い肉を示す。しつこい肉は食べあきていやになる。厂印は上からかぶさるがけや重しの石。厭は「厂+猒」。食べあきて、上からおさえられた重圧を感じることをあらわす。壓(=圧。上からおさえつける)と同系。類義語に忌。
語義
エン(去声・上声)
- {動詞}あきる(あく)。有り余っていやになる。また、やりすぎていやになる。《同義語》⇒饜(エン)。「学而不厭=学んで厭かず」〔論語・述而〕
- {動詞}いとう(いとふ)。しつこくていやになる。もうたくさんだと思う。「厭世(エンセイ)」「人不厭其言=人其の言を厭はず」〔論語・憲問〕
- {副詞}あくまで。とことんまで。「弟子厭観之=弟子厭くまでこれを観る」〔荘子・人間世〕
- {動詞}悪夢や精霊に押さえられる。うなされる。《同義語》⇒魘(エン)。
オウ(入声)
- {動詞・形容詞}おす。おさえる(おさふ)。上からおさえつける。上からかぶさったさま。《類義語》圧(オウ)・(アツ)。「厭勝(ヨウショウ)」。
- {動詞}隠す。上から下のものをおおい隠す。「厭然製其不善=厭然として其の不善を製ふ」〔大学〕
字通
[会意]厂(かん)+猒(えん)。〔説文〕は猒と厭とをそれぞれ別に録し、猒五上には「飽くなり。甘に從ひ肰(ぜん)に從ふ」と甘肉に飽く意とし、厭九下には「笮(さく)なり」として「壓笮」の壓(圧)と解する。厂は聖所。猒は犬の肩肉で厭の初文。猒を供えて祀り、神が満足する意。
燕(エン・16画)
(甲骨文)
初出:初出は甲骨文。
字形:ツバメの姿を描いた象形。
音:カールグレン上古音はʔian(去)。平声の音は不明。
用例:「甲骨文合集」12523.1に「貞惟燕吉」とあり、”ツバメ”とは解せない。「とう、これやすらかならんか。吉」と読め、”やすらか”と解せる。
同12751に「貞惟雨燕」とあるのも、「あめやすらかならんか」、つまり豪雨にならないか、と問うと解せる。
西周早期「白矩鬲」(集成689)に「匽(燕)侯易(賜)白(伯)矩貝」とあり、諸侯国の名としての「燕」が見られる。
その他春秋末期までの金文に、人名・器名と解せる例がある。
学研漢和大字典
象形。つばめを描いたもので、その下部は二つにわかれた尾の形であり、火ではない。
語義
- {名詞}つばめ。渡り鳥の一種。よく子どもを育てるので、昔から安産や縁結びのシンボルであった。つばくらめ。「燕雀(エンジャク)(つばめや、すずめ。小鳥の代表)」「燕燕、爾勿悲=燕燕、爾悲しむこと勿かれ」〔白居易・燕詩〕
- {動詞・形容詞}やすんずる(やすんず)。やすい(やすし)。ゆったり落ち着く。また、うちとけたさま。▽安に当てた用法。「燕居(エンキョ)」「燕息(エンソク)(=安息)」「燕見(エンケン)(相手が休養のときを見はからって面会する)」「有它不燕=它有れば燕からず」〔易経・中孚〕
- {動詞・名詞}くつろぎ落ち着いて酒食を楽しむ。また、そのこと。▽宴に当てた用法。《同義語》⇒讌。「燕楽(=宴楽)」。
- {名詞}国名。中国の春秋・戦国時代に華北にあった。戦国の七雄の一つ。今の河北・遼寧(リョウネイ)省などを領有した。秦(シン)の始皇帝に滅ぼされた。▽平声に読む。
- {名詞}東晋(トウシン)のころ、鮮卑(センピ)族が今の河北・山西省にたてた国。五胡(ゴコ)十六国のうちの前燕・後燕・西燕・南燕、及び漢族の北燕。▽平声に読む。
- {名詞}今の河北省の別名。▽平声に読む。
字通
[象形]つばめの飛ぶ形。〔説文〕十一下に「玄鳥なり」とあり、燕燕・鳦(いつ)ともいう。
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