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論語語釈「タ」

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語釈 urlリンクミス

他(它・佗)(タ・5画)

它 甲骨文 論語 也 金文 他 隷書
「它」甲骨文/魯大𤔲徒子仲伯匜・春秋早期/「他」居延簡甲36・前漢

初出:「他」の初出は戦国文字。「小学堂」では初出は前漢の隷書

字形:「亻」+「也」。「也」は音符。原義は”ほか”。

音:カールグレン上古音はtʰɑ(平)で、同音は以下の通りで、「它」に”ほか”の意があり、甲骨文から存在する。

漢字 初出 声調 備考
ほか 前漢隷書
ひく 甲骨文
へび 甲骨文
つかれる 楚系戦国文字
唇が厚い 西周中期金文
ひく 初出不明 拕の異体字

用例:戦国最末期の「睡虎地秦簡」田律7に「河(呵)禁所殺犬,皆完入公;其他禁苑殺者,食其肉而入皮。」とあり、”ほか”と解せる。

「佗」字は春秋末期までの出土例では、全て人名。

「它」字は西周中期の「乍中姬匜」(集成10192)に「虢季乍(作)中姬寶它(匜)。」とあり、”水差し”と解せる。

西周中期「師遽方彝」(集成9897)に「用乍(作)文且(祖)它公寶〔阝尊〕彝」とあり、”あの”と解せる。

西周末期「羋白歸苑𣪕(羌白𣪕)」(集成4331)に「異自它邦」とあり、”ほか”と解せる。

論語時代の置換候補:「它」は「他」の原字と見なしてよく、「漢語多功能字庫」它条によると、甲骨文では”へび”のほか、地名・人名に用いられ、金文では”あの”・”ほか”を意味した(羌伯簋・西周中期)。また「也」とともに「」”水差し”を意味した。隷書よりのち、”かれ”の意を独立させてにんべんをつけたと思われる。論語語釈「也」di̯a(上)も参照。

定州竹簡論語では「它國」と書くが、「國」は高祖劉邦の名を避けた(避諱、という)のであり、もともとは「它邦」となっていたと思われる。

学研漢和大字典

他 解字
会意兼形声。第一列は它の原字で、頭の大きい、はぶのようなへびを描いた象形文字。蛇(ダ)・(ジャ)の原字。昔、へびの害がひどかったころ、人の安否を尋ねて「無它=它(タ)無きや(へびの害はないか)」といった。変異の意から転じて、見慣れぬこと、ほかのことの意となった。第二列は也の原字で、さそりを描いた象形文字。它と也とは字体が似ているため古くから混用されて、佗を他と書くようになった。他は「人+(音符)也」。類義語に外。

象形。毒へびを描いたもの。古代には毒へびが多かったので、安否を尋ねるとき「它(タ)無キヤ」ときいた。転じて「別条ないか」の意となり、そこから它は別のこと、ほかの、などの意となった。▽近世では、三人称代名詞に用い、人なら「他」、中性なら「它」と書く。

会意兼形声。它(タ)は、蛇(ヘビ)を描いた象形文字。蛇の害を受けるような変事の意から、かわった、見慣れないなどの意となり、六朝(リクチョウ)時代からのち、よその人、他人、かれの意となる。佗は「人+(音符)它(タ)」。它で代用することが多い。

語義

  1. {名詞}ほか。それとは別の事がら。また、別の人。別のもの。別のところ。《同義語》⇒它。「危将之際、不暇及他=危将の際、他に及ぶに暇あらず」〔白居易・与微之書〕。「王顧左右而言他=王左右を顧みて他を言ふ」〔孟子・梁下〕
  2. (タノ){形容詞}ほかの。それとは別の。《同義語》⇒它。「吾生、此外無他願=吾が生、此の外他の願ひ無し」〔呉偉業・口占〕
  3. {名詞}ほか。あるべき心とちがう心。《同義語》⇒它。「之死矢靡他=死にいたるまで矢ひて他は靡し」〔詩経・眇風・柏舟〕
  4. {代名詞}三人称の代名詞。かれ。彼女。▽三国・六朝(リクチョウ)以来、我(われ)・爾(なんじ)に対して第三者をいう。「我語、他不会=我が語、他は会せず」〔寒山・時人見寒山〕
  5. {指示詞}かの。あの。その。例の。「将他儒行篇=他の儒行篇を将て」〔寒山・三五痴後生〕
  1. {名詞}へび。▽蛇(ダ)・(ジャ)の原字。「竜它(リュウタ)(竜蛇)」。
  2. {名詞・形容詞}ほか。別の。《同義語》⇒他。「它人(タニン)(他人)」「它山之石(タザンノイシ)」「無它=它無し」。
  1. {形容詞・名詞・指示詞}ほかの。よそもの。かれ。《同義語》⇒它・他。
  2. {動詞}ひく。ひきずる。《同義語》⇒甚(タ)。「佗髪=髪を佗く」〔史記・亀策〕
  3. 「佗佗(タタ)・(イイ)」とは、姿・形がしなやかで美しいさま。《同義語》⇒畸畸(イイ)。〔詩経・眇風・君子偕老〕
  4. 「佗屋(タテイ)」とは、憂えてたちつくすさま。《同義語》⇒侘屋。

字通

[形声]声符は也(た)。也はもと它(た)に作り、他をまた佗としるすことがある。他とは他人をいう。金文に「自也邦」とあり、自他邦の意。他は不特定の対象であるから、〔玉篇〕に「誰なり」という。経籍には古く也・它の字を用いた。〔詩、小雅、鶴鳴〕「它山の石 以て玉を攻(をさ)むべし」のようにいう。漢碑には他がみえ、它を用いる例はない。他の従う也は、匜(い)の象形、它は蛇の象形で、由るところの異なる字である。

多(タ・6画)

多 甲骨文 多 金文
甲骨文/觴仲多壺・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形は「月」”にく”が二つで、たっぷりと肉があること。原義は”多い”。

音:カールグレン上古音はtɑ(平)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、金文でも原義で(不其簋・西周中期)、戦国の竹簡でも原義で用いられた。

学研漢和大字典

会意。夕、または肉を重ねて、たっぷりと存在することを示す。亶(タン)(おおい)・侈(シ)(たっぷり→ぜいたく)と同系。類義語の衆は、人数がおおい。草書体をひらがな「た」として使うこともある。▽「多」の上の部分からカタカナの「タ」ができた。

語義

  1. {形容詞}おおい(おほし)。数や量がたくさんある。《対語》⇒少・寡。「多寡」「歓楽極兮哀情多=歓楽極まりて兮哀情多し」〔漢武帝・秋風辞〕▽漢文では、「有」「無」と同じように、「多」の下に「何が」そうであるかを示す名詞が来ることが多い。「多怨=怨み多し」「得道者多助=道を得たる者には助け多し」〔孟子・公下〕
  2. (タトス){動詞}ありがたいと思う。また、たいしたものだとほめる。「伝天下而不足多也=天下を伝ふるも多とするに足らず」〔韓非子・五蠹〕
  3. {副詞}ただ。まさに。ほかでもなく。▽祇(シ)・但(タン)に当て、ただの意の副詞に用いる。「多見其不知量也=まさに其の量を知らざるを見るなり」〔論語・子張〕

字通

[会意]夕+夕。夕は肉の形。多は多肉の意。〔説文〕七上に「重ぬるなり。重夕に從ふ。夕なる者は、相ひ繹(たづ)ぬるなり、故に多と爲す」と夕・繹(えき)の畳韻を以て解する。また「重夕を多と爲し、重日を曡と爲す」といい、多・曡を夕・日を重ねる意とするが、多は多肉、曡は玉を多く重ねる意。宜の初文は、俎上に多(肉)をおいて廟前に供える意。曡はそれに玉飾を加える形である。宜の初形は、卜文・金文においては多に従う。牲薦の肉の多いことから、のちすべて繁多・豊富の意となる。

拖/拕(タ・8画)

拕 甲骨文
合集2084

初出:「国学大師」は「拖」の初出は甲骨文とする(合集2084・21238)。異体字「拕」と釈文されているが、欠損のため語義が明らかでない。「小学堂」による異体字「拕」も初出は甲骨文

字形:「又」”手”+「它」”へび”。へびのように長く引き延ばすさまか。西周~戦国文字の用例が無く、一旦滅びた漢語である可能性がある。再出は前漢の隷書で、へんが「扌」になり現行字形と同じ。

音:カールグレン上古音はtʰɑ(去)。異体字に「拕」tʰɑ(平)。

用例:文献上の初出は論語郷党篇14。異体字「扡」が『墨子』に見える。

学研漢和大字典

会意兼形声。它(タ)は、長く伸びてからだをひきずるへびを描いた象形文字。甚は「手+(音符)它」。舵(ダ)(横にひっぱるかじ)・駝(ダ)(荷をひっぱる馬)・移(イ)(横にずるずるひいてうつす)などと同系。

語義

  1. {動詞}ひく。横にひっぱる。ずるずるとひく。「甚舟而入水=舟を甚きて水に入る」〔漢書・厳助〕

字通

[形声]正字は拕に作り、它(た)声。〔説文〕十二上に「拕は曳くなり」、〔広雅、釈詁一〕に「引くなり」とあり、またひきぬくことから、放つ、ゆるめるなどの意となる。

惰(タ・12画)

惰 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:「忄」”こころ”+「左」+「月」。「左」+「月」に”崩壊する”の意があるらしく、こころがだらけるさま。

慶大蔵論語疏では「〔忄耂工目〕」と記す。初出の字形に近い。

音:カールグレン上古音はdʰwɑ(上)。同音は上下に「左」+「月」を部品とする漢字群。「墮」、「鬌」”髪が墜ちる”、「嶞」”狭くて長い山”、「媠」”見目よい・おこたる”、初出は説文解字。「ダ」は呉音。

用例:戦国の竹簡ではさまざまな字形が「惰」と釈文されている。

戦国最末期「睡虎地秦簡」では、「隋」「随」が「惰」と釈文されている。

論語時代の置換候補:上古音の同音で論語の時代に存在した文字は無い。『大漢和辞典』での同音同訓に「媠」(初出説文解字)、「𡡙」「㥩」「𢣝」(初出不明)、「隋」(初出戦国文字)。論語語釈「隋」を参照。

備考:論語子罕篇20『定州論語』が記す「隋」tʰwɑ(上)”おちる・おこたる”の初出は戦国文字。正字「憜」の初出は、もちろん「惰」と同じである。「媠」は異体字としても扱われる。

 

学研漢和大字典

会意兼形声。墮(ダ)(=堕。落ちる)の原字は、「左印二つ(不整合なこと)+阜(おか)」からなり、丘がくずれ落ちることを示す。惰は「心+(音符)墮の略体」で、緊張を抜いてだらりと落ちるような気持ちを示す。垂(たれ落ちる)・朶(ダ)(だらりと下がる)と同系。類義語の懶(ラン)は、力弱く人にたよる気持ち。怠は、張りのないこと。懈(カイ)は、心の緊張がとけてだらけること。

語義

  1. (ダス){動詞・形容詞}おこたる。なまける(なまく)。だらける。ぐったり力を抜いてなまける。だらしがない。《類義語》懶(ラン)・怠。「懶惰(ランダ)」「語之而不惰者=これに語りて惰らざる者は」〔論語・子罕〕。「惰其四支=其の四支を惰す」〔孟子・離下〕
  2. {動詞}あなどる。だらけた気持ちで相手に対する。《類義語》慢。

字通

[形声]正字は憜に作り、隋(だ)声。〔説文〕十下に「敬(つつし)まざるなり」とし、𡐦(き)の省声(段注本)とする。𡐦は隓(き)と同字で、隋・憜とは声が異なる。隋は裂肉。〔周礼、春官、大祝〕に「隋釁(だきん)」のことがしるされており、裂肉を聖所に埋め、酒をそそぐ血祭の法をいう。大きな裂肉を重ねるので、その形が崩れるように、姿勢の崩れた、謹みのないさまを媠といい、嬾媠(らんだ)の意となる。

鮀(タ・16画)

鮀 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の『説文解字』

音:「ダ」は呉音。カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はラクダの駝と同じでdar(平)。

字形:「魚」+「它」”ヘビ”。「它」の藤堂上古音はt’ar(平)。語義は『説文解字』はナマズだと言い、『爾雅』はハゼだと言い、『神農本草経』はワニだと言う。要するに何の魚かわからない。

用例:先秦両漢の論語以外の文献では、前漢の辞書『爾雅』と、後漢の字書『説文解字』に見えるのみ。

論語時代の置換候補:論語雍也篇16の「鮀」は固有名詞のため、おそらく「它」と記された。論語語釈「它」を参照。

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「魚+(音符)它(タ)(横にのびる)」。

語義

  1. {名詞}浅瀬の砂をわけて進む魚。はぜ。

字通

(条目無し)

儺(ダ・21画)

儺 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:「亻」+「難」”生け贄を火あぶりにする”。疫病神の人形を焼いて鬼やらいするさま。

音:カールグレン上古音はnɑr(平)。同音は「那」”多い・美しい”、「臡」”肉の叩き”。「ナ」は呉音。

用例:文献上の初出は論語郷党篇10。戦国最末期の『呂氏春秋』、前漢中期の『淮南子』に見えるが、『詩経』の用例はいつ作られたかわからない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』での同音同訓に「𩴓」(初出説文解字)、「難」(nɑn平、初出西周末期金文)。ただし春秋末期までの「難」は”難しい”、「難老」で”長寿を保つ”の用例しか見えない。

学研漢和大字典

会意兼形声。闡(=難)は、ひでりや落雷・山火事などによる災難のこと。儺は「人+(音符)闡(ダ)」で、人が火で、悪鬼を払う災難よけの行事をあらわした。

語義

  1. {名詞}おにやらい(おにやらひ)。疫病を追い払う民間の行事。追儺(ツイナ)。▽年末、または年初に、火を燃やして虫や鬼を退治した。

字通

[形声]声符は難(難)(なん)。難に𩴴(だ)(難の省声)の声がある。〔説文〕八上に「行くに節有るなり」(段注本)とするのは、〔詩、衛風、竹竿〕「巧笑の瑳(さ)たる 佩玉の儺たる」の〔伝〕に「儺とは、行くに節有るなり」とあるのによる。〔段注〕にそれを字の本義とするが、それは阿儺(あだ)・猗儺(いだ)などの形况の連語に用いるときの用義である。〔論語、郷党〕「鄕人儺す」、〔周礼、春官、占夢〕「難(だ)(儺)して毆疫(おうえき)す」とは、季節の移るときなどに鬼やらい、あるいは修祓することをいう。儺とはこの儺疫を本義とする字である。墓道で行う道上祭を禓(しよう)といい、また儺ともいう。

大(タイ・3画)

大 金文 大 甲骨文
大禾方鼎・商代晚期/甲骨文

初出:初出は甲骨文

字形:人の正面形で、原義は「子」に対する”成人”、「人」”一般人”に対する”貴人”。貴人を含めた人一般は横向きに「人」と書き、「大」は身分ある者にしか用いない。論語語釈「人」を参照。

音:カールグレン上古音はtʰɑdまたはdʰɑd(共に去)。去声の箇-定の音は不明。「ダイ」は呉音。

用例:「甲骨文合集」953.1に「甲戌卜王大丁伐」とあり、「王、丁(干支の第四期間)に大いに伐たんか」”と読め、”大いに”と解せる。

殷代末期「乍册豊鼎」(集成2711)に「大子易東大貝。」とあり、「大子(太子?)、東(人名?)に大いなる貝をたまう」と読め、”年長”・”すばらしい”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、金文から”大きい”の意が確認できるという(郘鐘・春秋末期)。

学研漢和大字典

象形。人間が手足を広げて、大の字にたった姿を描いたもので、おおきく、たっぷりとゆとりがある意。達(タツ)(ゆとりがある)はその入声(ニッショウ)(つまり音)に当たる。泰(タイ)・太と同系。類義語の巨は、端から端までが長い。尨は、むくむくとふくれて大きい。付表では、「大人」を「おとな」、「大和」を「やまと」と読む。

語義

  1. (ダイナリ){形容詞}おおきい(おほいなり)。形がおおきい。りっぱなさま。《対語》⇒小。「其言大而功小者則罰=其の言大にして而功小なる者は則ち罰す」〔韓非子・二柄〕
  2. {副詞}おおいに(おほいに)。たいへんに。非常に。「秦王聞之大喜=秦王これを聞いて大いに喜ぶ」〔史記・荊軻〕
  3. {副詞}はなはだ。あまりにも…でありすぎる。《同義語》⇒太。「無乃大簡=乃ち大だ簡なる無からんや」〔論語・雍也〕
  4. {形容詞}相手のものをほめていうことば。「大著」「大作」。
  5. (ダイナリトス)・(ダイトス){動詞}偉大だと認める。
  6. {形容詞}おおよその。「大意」「大略」「大凡」。
  7. {数詞}親類じゅうの同世代の者や兄弟の中で、いちばん上の者をあらわすことば。たとえば「董大(トウダイ)」は、董氏兄弟のいちばん上の者のこと。▽二番め以下は二、三…をつけて呼ぶ。
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①大きさ。「等身大」。
    ②「大学」の略。「私立大」。

字通

[象形]人の正面形に象る。〔説文〕十下に「天は大なり。地は大なり。人も亦た大なり。故に大は人の形に象る」という。〔老子、二十五〕「道は大なり。天は大なり。地は大なり。王も亦た大なり」による。金文の大保(たいほ)関係の器に、大を特に図象化して、すぐれた体格の様式にしるされており、そのことは大保が最高の聖職者であったことと関係があろう。

太(タイ・4画)

太 楚系戦国文字
楚系戦国文字

初出:初出は楚系戦国文字

字形は「大」に一点加えたもので、『学研漢和大字典』『字通』は「泰」の略字と見なし、「漢語多功能字庫」は「大」の派生字と見なす。論語語釈「泰」論語語釈「大」を参照。

音:カールグレン上古音はtʰɑd(去)。

用例:西周の金文から、「大」を「太」と釈文する例がある。

「清華大学蔵戦国竹簡」清華二・繫年31に「乃□(讒)太子龍(共)君而殺之」とある。

論語時代の置換候補:「大」tʰɑdまたはdʰɑd(共に去、去声で箇-定の音は不明)。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報が無い。

学研漢和大字典

会意。太は、泰の略字。泰は「水+両手+(音符)大」の会意兼形声文字。汰(タ)(たっぷりと水をかける)と同系。類義語に甚。付表では、「太刀」を「たち」と読む。▽草書体をひらがな「た」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「た」ができた。

語義

  1. {形容詞}ふとい(ふとし)。たっぷりとふくれているさま。ゆたかであるさま。ゆったり落ち着いたさま。《同義語》⇒泰。《類義語》大。「太平(=泰平)」「太鼓(タイコ)(=大鼓)」。
  2. {副詞}はなはだ。…でありすぎる。ひどく。《同義語》大。「相煎何太急=相ひ煎ること何ぞ太だ急なる」〔曹植・七歩詩〕
  3. {形容詞}年長者や、目上の人の親などの呼び名につける尊称のことば。《同義語》大。「太伯(=泰伯)」「太老伯(貴殿の父上)」「太夫人(貴殿の母上)」。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①ふとい(ふとし)。ふてぶてしい。ずぶとい。
    ②ふとる。からだの肉づきがよくなる。

字通

[形声]声符は大(たい)。〔説文〕水部泰字条十一上に「滑らかなり」とあり、その古文として太の字形をあげている。泰は水の上に、人を両手でおしあげている形で、人を水没から救い、安泰にする意。大の下の点は、水の省略形とみてよい。もと泰と同義の字であるが、のちその副詞形、また修飾語的な用義の字となった。〔玉篇〕大部に太を録して「甚なり」といい、副詞とする。古い時期には大・太を厳密に区別することがなく、金文に大宗・大子・大室・大廟・大史の字は、すべて大に作る。漢碑には大守・大尉をまた太守・太尉としるすことがあり、太守の例が多く、ほぼその慣用字となる。太・泰はもと一字、大・太・泰は声義近く通用の字であるが、それぞれ慣用を異にするところがある。

臺/台(タイ/イ・5画)

臺 甲骨文 台 金文
「臺」甲骨文/「台」王孫遺者鐘・春秋末期

「臺」

初出:初出は甲骨文

字形:「止」”あし”+「宀」”やね”で、原義は”たかどのを建てに行く”。

音:「ダイ」は呉音。「タイ」の音で”うてな”を、「イ」の音で”われ”を意味する。カールグレン上古音はdʰəɡ(平)。同音は論語語釈「殆」を参照。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”たかどのを建てる”の意で用いられた。

「台」

初出:初出は春秋末期の金文

字形:「㠯」”農具のスキ”+「𠙵」”くち”で、原義は”用いる”。

音:カールグレン上古音はdi̯əɡ(平)またはtʰəɡ(平)。同音は下記の通り。

di̯əɡ(平)
原義 初出 声調 備考
あめ 西周早期金文 →語釈
やはらぐ 斉系戦国文字 →語釈
おくる 斉系戦国文字
イ/タイ あざむく 燕系戦国文字
よろこぶ もちいる 春秋末期金文
アイ おろかなさま 前漢隷書
tʰəɡ(平)
原義 初出 声調 備考
タイ はらむ はらご 斉系戦国文字
われ 春秋末期金文
貸す 前漢隷書

用例:西周早期「乙未鼎」(集成2425)に「台□女□(姒)□巾」とあり、おそらく人名と思われる。ただしこの例は台湾と大陸で釈文が異なっている。

西周の用例は、欠字が多く語義が明瞭でない。

春秋「齊大宰歸父盤」(集成10151)に「台(以)□(祈)□(眉)壽」とあり、「以」として用いている。

漢語多功能字庫」によると、春秋時代の金文では、あたかも「以」の異体字であるかのように用いられた。

備考:上同音字を参照すると、”ふにゃふにゃとしてたよりない”の意があったようである。これについては、近音の「殆」”あやうい”dʰəg(上)の同音字も、「炱」”古くなってすすける”・「駘」”外れる”・「怠」”おこたる”・「紿」”糸が古くなって弱る”・「詒」”あざむく”などとあるように同様。論語語釈「殆」を参照。

大漢和の第一義が”よろこぶ”。その系統を引く「」の字は、「怡怡(にこにこ)として」「怡和園」などに使われる。決して”あやうい”意ではなさそうだが、『大漢和辞典』には前漢時代の方言として”うしなう・おそれる”の語釈を載せる。それによると「『方言、一』台、失也、宋魯之間曰台。」「『方言、一』謾台、懼也、燕代之間曰謾台」と出典を記すから、前漢後期の時代に宋と魯のあたり、北京周辺の辺境の地で、方言として「台」(うしなう・おそれる)と言われていた。あるいは日本語と同様、古語を辺境の方言として保存していたのかも知れない。

学研漢和大字典

  1. 〔臺〕会意。臺は「土+高の略体+至」で、土を高く積んで人の来るのを見る見晴らし台をあらわす。のち台で代用する。
  2. 〔台〕会意兼形声。台は、もと「口+(音符)厶(㠯(イ)の変形)」。厶(イ)は、曲がった棒でつくった耜(シ)(すき)のこと。その音を借りて一人称代名詞に当てた。▽あるいは道具を持って工作する(自主的に行うその人)との意から、一人称となったものか。「颱」の代用字としても使う。「台風」。

語義

  1. {名詞}うてな。高い土台や物を載せる台。また、見晴らしのきく高い台。「台地」「文王以民力為台為沼=文王は民の力を以ゐて台を為り沼を為る」〔孟子・梁上〕
台(タイ)
  1. 「三台星」とは、上台・中台・下台の三星から成る星座。三公の位に当てる。▽転じて、敬語となり、人の字(アザナ)を尊んで「台甫」、相手を尊んで「貴台」「台前」という。
  2. 《日本語での特別な意味》
    ①もとの。「台帳」「台本」。
    ②車、または機械を数えることば。
    ③数量の下につけて、おおよその範囲をいうときのことば。「二千円台」。
台(イ)
  1. {代名詞}われ。一人称の代名詞。「非台小子敢行称乱=台が小子敢へて乱を称へ行ふに非ず」〔書経・湯誓〕

字通

[会意]旧字は臺に作り、高の省形+至。〔説文〕十二上に「觀の四方にして高き者なり。至に從ひ、之(し)に從ひ、高の省に從ふ。室、屋と意を同じうす」と、三字みな至に従うことをいう。室字条七下・屋字条八上に「至り止まる所なり」と解するが、至は矢を放って占地し、そこに建物を営む意で、占地の方法を示す。みな神明の居る神聖な所で、臺もそのような建物である。高は下部がアーチ状をなす楼門形式の建物、臺の字の上部の、〔説文〕が之と解する部分は、屋上に加える禾(か)形の呪飾で、卜文の高・京の屋上に、この種の呪飾を加えている例が多い。殷の紂王の「鹿臺」、楚の荘霊の「章華臺」など、壮麗な台観の造営が行われ、そのような台観は神明の寄るところとされた。いま台をその略字とするが、台(たい)は厶(すき)に祝禱の器の𠙵(さい)を加えて生産を祈る胚胎の儀礼、また台(い)は怡系統の語で、臺とは系統を異にする字である。

代(タイ・5画)

代 石鼓文
石鼓文.吳人・春秋晚期或戰國早期.秦

初出:初出は春秋末期の石鼓文

字形:甲骨文では「弋」を「代」の意に用いており、「亻」+「弋」で”人の交替・代理”を意味する。原義は”代わる”。

音:「ダイ」は呉音。カールグレン上古音はdʰəg(去)で、同音に臺(台)とそれを部品とする漢字群。論語語釈「殆」を参照。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」季庚14に「□(喪)三代之□(傳)□(史)」とあり、”王朝の治世”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」工律106に「其□(假)者死亡、有罪毋(無)責也,吏代賞(償)。」とあり、”代わりに”と解せる。

論語時代の置換候補:仮に上掲石鼓文が戦国期のものだったとするなら、「弋」。甲骨文に「五弋」「八弋」の例がある。また「甲骨文合集」4283.3に「呼戉往弋沚」とあり、”代わりに”と解せる。

同音のうち岱、黛。臺に”朝廷”の語釈を『大漢和辞典』が載せるが、後漢になってからの用法。部品の「ヨク」に”更新する”の意味で「代に通じる」との語釈が『大漢和辞典』にあるが、王朝や世代の意味ではない。”更新されるもの”という拡大解釈なら、論語時代の置換候補となる。

『学研漢和大字典』で単語家族とされる忒(トク)(互い違い)・貸(タイ)(持ち主が入れかわる)・袋(タイ)(中にはいる物が入れかわる)も、いずれも金文以前に遡れない。音ダイ訓よは、『大漢和辞典』を引いても代しか存在しない。

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

形声。弋(ヨク)は、くいの形を描いた象形文字で、杙(ヨク)(棒ぐい)の原字。代は、「人+(音符)弋(ヨク)」で、同じポストにはいるべき者が互い違いに入れかわること。忒(トク)(互い違い)・貸(タイ)(持ち主が入れかわる)・袋(タイ)(中にはいる物が入れかわる)と同系。類義語の化は、姿をかえること。変は、常の反対で、常態と違った状態になること。改・更・革は、たるんだものを引き締めて、面目を一新すること。換は、中みや外わくをとりかえること。替は、次々とかわること。異字同訓に変。

語義

  1. {動詞}かわる(かはる)。かえる(かふ)。一定のポストに人や物が入れかわる。またかわりばんこに入れかわる。「代理」「交代」「代御執轡=御に代はりて轡を執る」〔春秋左氏伝・宣一二〕
  2. {名詞}よ。世代が入れかわること。転じて、人間の一生の間。「世代」。
  3. {名詞}ある王朝の統治する期間。「唐代」。
  4. {単位詞}世代や王朝の代を数えることば。
  5. {副詞}よよ。何代も続いているさま。「代代」の略。
  6. {副詞}かわるがわる(かはるがはる)。かわりばんこに入れかわって。

字通

[形声]声符は弋(よく)。代に古く忒(とく)の声があり、職部の韻に入ることが多い。〔説文〕八上に「更(かは)るなり」と更代の意とし、心部の忒字条十下に「更るなり」とあって同訓。代・忒の字の従う弋は、おそらくもと尗(しゆく)に作る字で、尗は戚(まさかり)の初文。その戚を呪器として、更改の呪儀を行うことを代といい、忒というのであろう。ゆえにともに更改の意がある。更改の意をもつ更・改・變(変)は、すべてその呪的な方法を示す字で、みな攴(ぼく)に従い、その呪器を殴(う)つ意を示す。㱾改のような呪儀も同じ。代は戚による呪儀で、これによって禍殃を改め、他に転移させることができた。そのように代替することから、代理・更代の意となる。世代の義も、更代からの引伸義であろう。

對/対(タイ・7画)

対 甲骨文 対 金文
甲骨文/作父乙尊・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「サク」”草むら”+「又」”手”で、草むらに手を入れて開墾するさま。原義は”開墾”。

音:「ツイ」は唐音。カールグレン上古音はtwəd(去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では、祭礼の名と地名に用いられ、金文では加えて”対応する”・”応答する”の語義が出来た(大盂鼎・西周)。これは音を借りた仮借だという。

学研漢和大字典

会意。對の左側は業の字の上部と同じで、楽器を掛ける柱を描いた象形文字。二つで対をなす台座。對は、その右に寸(手。動詞の記号)を加えたもので、二つで一組になるようにそろえる。また、二つがまともにむきあうこと。類義語に会・応。「二つで一組になっていること」の意味では「ツイ」と読む。

語義

  1. (タイス){動詞}むかう(むかふ)。前にあるものとむきあう。「対面」「見礼俗之士、以白眼対之=礼俗の士を見れば、白眼を以てこれに対す」〔晋書・阮籍〕
  2. (タイス){動詞}まともに顔をむける。「何以対天下=何を以て天下に対せんや」。
  3. (タイシテ){前置詞}…にむかって。むかいあって。「対影成三人=影に対して三人と成る」〔李白・月下独酌〕
  4. {動詞}こたえる(こたふ)。相手の問いに対してこたえる。面とむきあってこたえる。《類義語》答。「応対」「孟子対曰=孟子対へて曰はく」〔孟子・梁上〕
  5. {名詞}天子*に対して意見を述べる上奏文の一体。「対策」。
  6. {名詞}相手。また、連れあい。「敵対」「対配」。
  7. {名詞・単位詞}二つで一組をなしてひとそろいになるもの。また、それを数えることば。「雌雄一対」。
  8. {名詞}修辞上で字数と構成とを対照的にそろえた二句一組の文句。「対句(ツイク)」。
  9. 《日本語での特別な意味》
    ①「対馬(ツシマ)」の略。「対州」。
    ②二つ以上の数の間の比や得点をあらわすことば。「五対三で勝つ」。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[会意]旧字は對に作り、丵(さく)+土+寸。丵は掘鑿などに用いる器。これで土を撲(う)ち堅めることを對という。版築の作業は、両版の間に土を入れ、これを撲ち堅めて造成するもので、撲もその器を手にもつ形。鄭州の殷の都城の城壁の一部が遺存するが、その版築は一層ごとに土を撲ち堅めたもので、その撲った杵(きね)状の痕迹が残されている。〔説文〕三上に正字を口に従う形とし、「譍(こた)ふること方無きなり。~漢の文帝以爲(おも)へらく、責對して面(ま)のあたり言ふは、多くは誠對に非ず。故に其の口を去りて、以て士に從ふなり」(段注本)とするが、卜文・金文の字はみな土に従う。金文に多く「對揚(こたえる)」の意に用いるのは、版築のとき、両者相対して土を撲つことからの転義であろう。その恩寵・休賜に奉答する意の語である。

兌(タイ・7画)

兌 甲骨文 兌 金文
甲骨文/三年師兌簋・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:「漢語多功能字庫」によると、字形は〔八〕”笑みのしわ”+「大きく口を開けた人」で、人の笑う姿。原義は”笑う”・”喜ぶ”、という。しかし甲骨文の例を見ると、「𠙵」+「人」で頭の大きな人を示し、上部の〔八〕はかぶせ物と見た方が良いし、「脱」の原字と見るべきだろう。原義は”脱ぐ”・”取り去る”。

音:カールグレン上古音はdʰwɑd(去)。同音は下記の通り。論語語釈「説」論語語釈「悦」も参照。

初出 声調 備考
タイ よろこぶ 甲骨文
エイ/タイ 切っ先 説文解字
タイ 馬が疾行してくるさま 説文解字

用例:『甲骨文合集』27945に「戊申卜馬其先王兌比□」とあり、「戊申馬もて卜う、其れ先王の□をよろこぶか」と読め、”よろこぶ”の用例が確認できる。だが「国学大師」は「戊申卜:馬其先,王兌比。 大吉」と釈文しており、「戊申卜う、馬其れ先にせんか。王くならく、大吉」と読め、”説く”と解せる。

金文の用例は、「師兌」など全て人名に解せる。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」は、春秋末までの金文の用例を全て人名・地名に分類している。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では「閲」”けみす”の意に用いられ、金文では人名に用いられた(元年師兌簋・西周末期)。

「先秦甲骨金文簡牘詞彙庫」では「悦」”よろこぶ”の用例は戰國中期或末期の「郭店楚簡」尊德24から、「說」”とく”は同・忠信4から、「脱」”抜け出す”は、同・老子乙16まで時代が下るが、未解読の金文や甲骨文も存在しており、判断が困難。

漢語多功能字庫

甲金文表示人在張口說話,本義是說話;一說表示人笑時口上兩邊有八字形紋理,本義是喜悅。


甲骨文や金文は人が口を突き出して話すさまを示し、原義は話すこと。一説には、人が笑った時に口の上に出来る八の字を表し、原義は喜ぶこと。

学研漢和大字典

会意。「八印(開く、抜ける)+兄(人)」。悦や脱の原字で、人の衣を開いて脱がすさまを示す。抜きとるの意を含む。蛻(ゼイ)(せみがからから抜け出る)・奪(ダツ)(抜きとる)と同系。

語義

  1. {名詞}あな。開いたあな。抜け道。「塞其兌、閉其門=其の兌を塞ぎ、其の門を閉づ」〔老子・五二〕
  2. {動詞}抜け出る。抜きとる。「兌換(ダカン)」。
  3. {動詞}心中のわだかまりが抜けとれる。▽悦(エツ)・(ヨロコブ)に当てた用法。「安兌(アンダ)」。
  4. {名詞}周易の八卦(ハッカ)の一つ。陞の形。また、六十四卦の一つ。(兌下兌上(ダカダショウ))の形で、心身を正しく保って成功するさまを示す。

字通

[会意]八+兄。兄は巫祝。祝詞を入れた器(𠙵(さい))を戴く人の形。八はその上に神気の彷彿として下る意を示す。そのとき巫祝は神がかりとなり、脱我・忘我の状態となる。その惝怳(しようこう)の状態を悅(悦)という。〔説文〕八下に「說(よろこ)ぶなり」と訓し、字を㕣(えん)声とするが、字は兄に従う字である。惝怳の状態にあることを示す字であるから、脫(脱)・悅・說(説)などは兌に従う。

※惝怳:『大漢和辞典』によると、”がっかりするさま・おどろくさま・ぼんやりするさま”という。

殆(タイ・9画)

殆 隷書
老子甲17(隸)・前漢隷書

初出:初出は前漢の隷書

字形:「ガツ」”しかばね”+「台」”ふにゃふにゃとしてたよりない”で、原義は恐らく”しかばね”。派生義として”あやうい”、また”たよりない”の派生義として”多分”→”ほとんど”。

音:カールグレン上古音はdʰəg(上)。同音は下記を参照。

原義 初出 声調 備考
タイ うてな 高台 甲骨文 →語釈
すす 春秋末期石鼓文
はづれる 秦系戦国文字 平/上
あやうい 前漢隷書
まつ まつ 西周早期金文 →語釈
あなどる おこたる 晋系戦国文字 →語釈
およぶ 不明
紿 糸が古くなって弱る くず糸 晋系戦国文字
イ/タイ あざむく あざむく 燕系戦国文字
タイ かはる 代わる 春秋末期石鼓文 →語釈
山の名 説文解字
まゆずみ 不明

藤堂上古音はdəg。音タイ訓あやういは、『大漢和辞典』を引いてもこの字だけ。

用例:戦国の竹簡に、”あやうい”・”つみ”と解せる例がある。

論語時代の置換候補:近音の「台」di̯əɡ(平)またはtʰəɡ(平)がそれに当たるかと思われるが、出土例が無い。詳細は論語語釈「台」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、台(タイ)・(イ)は「㠯(すき)+口」よりなり、すきを用いて働いたり、口でものをいったりして、人間が動作をすることを示す。以(作為を加える)・治(人工で水をおさめる)などと同系。

殆は「歹(死ぬ)+〔音符〕台」で、これ以上作為すれば死に至ること、動けばあぶないさまをあらわす。また類義語の危(キ)は、からだをかがめて崖(ガケ)の上にたったようなあぶない状態のこと。

語義

  1. {形容詞}あやうい(あやふし)。もう少しでよくないことがおこりそうで不安である。《類義語》危。「今之従政者殆而=今の政に従ふ者は殆ふし」〔論語・微子〕
  2. {副詞}ほとんど。もう少しのところでの意味をあらわすことば。まかりまちがえば。「殆不可復=殆ど復すべからず」〔孟子・尽下〕

字通

声符は台、ガツは残骨の形。『説文解字』四下に「危うきなり」とあり、危殆の意。危害にちかづく意で、また「ほとんど」という副詞によむ。幾にも「ちかし」「ほとんど」という訓がある。いずれも、古い呪儀を示す字と思われる。

大漢和辞典

殆 大漢和辞典

待(タイ・9画)

待 金文
車廾鼎・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「彳」”みち”+「止」”あし”+「又」”手”。行こうとする者を引き止める様。

音:カールグレン上古音はdʰəg(上)。同音は論語語釈「殆」を参照。

用例:西周早期「󱡩鼎」(集成2704)に「王姜易󱡩。田三。于待󺹟。」とあり、地名の一部と思われる。

同「相𥎦𣪕」(集成4136)に「其萬年□待□□𥎦。」とあり、ここで銘文を結ぶ。語義は明らかでない。春秋末期までの用例はこの二件のみ。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、寺は「寸(て)+(音符)之(足で進む)」の会意兼形声文字。手足の動作を示す。待は「彳(おこなう)+(音符)寺」で、手足を動かして相手をもてなすこと。侍(はべる)と同系。

また止まる意にも用いる。その場合は、止(とまる)・持(止めてもつ)・俟(シ)(まつ)・峙(ジ)(じっと止まってたつ)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}まつ。じっと止まってまつ。まち受ける。《類義語》俟(シ)。「待詔=詔を待つ」「待斃=斃を待つ」「不如待時=時を待つに如かず」〔孟子・公上〕
  2. {動詞}まつ。あしらう(あしらふ)。ある待遇を整えて、人をもてなす。「接待」「以季孟之間待之=季孟の間を以てこれを待たん」〔論語・微子〕
  3. {助動詞}《俗語》「…しそうだ」「やがて…する」という意味をあらわすことば。「待来(タイライ)(きそうだ)」。
  4. {前置詞}《俗語》その時になって。《類義語》到。「待他来(タイタアライ)(彼が来る時になって)」。

字通

[形声]声符は寺(じ)。寺に歭(ち)・特(とく)・等(とう)の声がある。〔説文〕二下に「竢(ま)つなり」とあり、待ちうけていて用意する意。卜文に「𢓊(なが)し」、金文に「𢓊(ゆ)く」のように𢓊を用いており、それよりして待が分化したのであろう。金文の〔邾公牼鐘(ちゆこうけいしよう)〕に「分器を是れ寺(たも)つ」は持、また〔石鼓文、田車右〕に「秀弓寺射す」とは、射を待つ意である。

退(タイ・9画)

退 甲骨文 退 金文
甲骨文/天亡簋・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は「豆」”食物を盛るたかつき”+「スイ」”ゆく”で、食膳から食器をさげるさま。原義は”さげる”。金文では辶または彳が付いて”さがる”の意が強くなった。

音:カールグレン上古音はtʰwəd(去)。

用例:西周早期の「天亡𣪕」(集成4261)に「丁丑。王鄉。大宜。王降亡𧴧爵。退囊。唯朕有蔑。」とあり、「丁丑、王大いに大いに宜し。王降して叙爵する亡し。退きはらう。ただわれのみ蔑有り」と読め、「蔑」の意が善く分からないが、「退」は”しりぞく”・”しりぞける”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では祭りの名に用いられ、金文では”さがる”の意だが、出典が戦国時代の「中山王兆域圖」。また朝廷で謁見を終えて退出する用例も載せるが、やはり戦国時代の「中山王方壺」。戦国の竹簡では原義で、また”引退”の意に用いられたと言う。

学研漢和大字典

会意。もと「日+夂(とまりがちの足)+辵(足の動作)」で、足がとまって進まないことを示す。下へさがって、低い所に落ち着くの意を含む。墜(ツイ)(下へおちる)・頽(タイ)(ぐったりさがる)などと同系。類義語の却(キャク)は、あとへくぼむこと。「褪」の代用字としても使う。「退色」また、「頽」の代用字としても使う。「退廃・退勢・衰退」▽付表では、「立ち退く」を「たちのく」と読む。

語義

  1. {動詞}しりぞく。しりぞける(しりぞく)。あとへひく。下へさげる。《対語》⇒進。《類義語》却(キャク)。「退却」「撃退」「退三舎辟之=退くこと三舎にしてこれを辟く」〔春秋左氏伝・僖二八〕
  2. {動詞}しりぞく。ひく。公の場所からひきさがる。職務から身をひく。《対語》出。「夙退(シュクタイ)(早びけ)」「引退」「退而省其私=退いて其の私を省す」〔論語・為政〕
  3. {動詞・形容詞}しりぞく。あとへひいて遠慮する。ひっこみがちな。「退譲」「辞退」「求也退=求也退く」〔論語・先進〕
  4. {動詞}程度や勢いがなくなる。色があせる。「衰退」「減退」「退紅」。
  5. 「退然(タイゼン)」とは、ぐったりとして力ないさま。《同義語》頽然(タイゼン)。「文子其中退然如不勝衣=文子の其の中退然として衣に勝へざるがごとし」〔礼記・檀弓下〕

字通

[会意]正字は𢓴に作り、日(𣪘(き)の略形)を持ち去る意で、撤饌することをいう。神に供えたものをさげるのが、原義であった。〔説文〕二下に「𢓴、卻(しりぞ)くなり。~彳(てき)・日・夊(すい)に從ふ」とし、また𢓇・𨓤を録して「𢓴、或いは内に從ふ。𨓤、古文は辵(ちやく)に從ふ」とする。退はその古文の形にあたる。〔説文〕にまた「一に曰く、行くこと遲きなり」という。〔段注〕に「日日遲曳(ちえい)の義」とするが、字は撤饌の象に従う。金文の〔ショウ 外字盨(しょうしゆ)〕に「進退」の語があり、その退は𣪘(き)(食器)の器形に従っている。また儀礼のとき、逡遁して避けることを退くという。退は儀礼の際の行為を示す字である。軍の進退のときにはタイ 外字(たい)を用いる。獣牲を用いて卜うもので、進むことを遂(すい)、退くことをタイ 外字という。古くは軍礼のときと儀礼のときとで、進退の用字に区別があった。

怠(タイ・9画)

似 金文
伯康簋・西周末期

初出:初出は西周末期の金文。ただし字形は「台」につくりとして「司」から「𠙵」(口)を欠いた形。「小学堂」による初出は戦国末期の金文

字形:初出の字形は「台」=「㠯」”農具のスキ”+「𠙵」に「司」-「𠙵」で、「又」や「屮」が実際に作業するさまを示すのに対し、「司」-「𠙵」は”そのふりをする”の意であるらしい。農具を手に取るふりだけし、口先で誤魔化すさま。「似」とも釈文される。論語語釈「似」を参照。

音:カールグレン上古音はdʰəɡ(上)。同音に「臺」、「台」を部品とする漢字群多数。論語語釈「殆」を参照。

用例:西周末期「伯康簋」(集成4160)の文末に「用𡖊夜無似」とあり、金文の文末で「無○」とあるのはほぼ”おこたるなかれ”の意だから、”おこたる”の意か。または”似せる”の意で、”ニセモノであざむく”の意か。この例では「怠」とも釈文される。

戦国中期『孟子』公孫丑篇に「孔子曰…及是時般樂怠敖,是自求禍也。」とあり、”なまける”と解せる。

おそらく両漢時代に偽作された『周易』雜卦11に「謙輕而豫怠也。」とあり、『経典釈文』巻二60に「怠…虞作怡」と記されてから、”よろこぶ”の意に解する座敷わらしになっている。

論語郷党篇4、「怡」字を定州竹簡論語では「怠」と記す。「忄」は「心」字の略体で、両者は部品の配置が違うだけで、事実上の異体字として用いているが、かなりひねった表現で、学をてらう儒者の独りよがりに過ぎない。

学研漢和大字典

会意兼形声。台(タイ)は、人工を加えて和らげる意を含む。怠は「心+(音符)台」で、人が緊張を和らげ、心をたるませること。怡(イ)(心を和らげて喜ぶ)も「心+(音符)台(イ)」からなるが、怠とは異なる。類義語に惰。「なまける」は「懶ける」とも書く。

語義

  1. {動詞・形容詞}おこたる。心をたるませる。たるんで仕事をやらない。なまける。たるんださま。《対語》⇒勤。「懈怠(カイタイ)・(ケダイ)」「怠惰」「怠於政事=政事に怠る」〔史記・孔子〕
  2. 《日本語での特別な意味》おこたる。わびる。「怠り文(ブミ)(わび状)」。

字通

[形声]声符は台(たい)。台は厶(し)(耜(すき)の形)を供えて祈る儀礼を示し、怡(よろこ)ぶ意のある字。〔説文〕十下に「慢(あなど)るなり」とあり、怠慢の意とする。諸経注には「懈(おこた)る」「嬾(おこた)る」「壞(やぶ)る」などの訓があり、懈怠することをいう。

泰(タイ・10画)

泰 晋系戦国文字
官印0015・秦系戦国文字

初出:初出は秦系戦国文字。定州竹簡論語の論語堯曰篇2にも存在する。

字形は「大」”人の正面形”+「又」”手”二つ+「水」で、水から人を救い上げるさま。原義は”救われた”→”安全である”。

音:カールグレン上古音はtʰɑd(去)。同音に大・太。藤堂上古音はt’ad。同音に太。近音に大(dad)。

用例:戦国の竹簡には、「大」を「泰」と釈文する例しか見られない。戦国最末期の「睡虎地秦簡」為吏15貳に「二曰貴以大(泰)」とあり、「二に曰く、大を以て貴ぶ」と読める。

論語時代の置換候補:大きい・太いの意を持つ場合にのみ、同音の大・太が論語時代の置換候補となりうる。

備考:『説文解字』や『字通』の言う通り、「」が異体字だとすると、楚系戦国文字まで遡れるが、漢字の形体から見て、「泰」は水から両手で人を救い出すさまであり、「太」は人を脇に手挟んだ人=大いなる人の形で、全く異なる。『字通』は油断のならない字書で、真に受けず自分でも調べた方がいい。

「太」楚系戦国文字太 楚系戦国文字

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+両手+(音符)大」で、両手でたっぷりと水を流すさまを示す。大(ゆったりとおおきい)・汰(タ)(たっぷりと水を流す)・達(ゆとりをあけて通る)などと同系。また多や侈(シ)(ゆとりがある、ぜいたく)とも縁が近い。類義語に安。

語義

  1. {形容詞}やすらか(やすらかなり)。やすい(やすし)。おおらかで、ゆったりしている。《対語》⇒急。《類義語》安。「安泰」「天下泰平」「君子泰而不驕=君子は泰かにして驕らず」〔論語・子路〕
  2. {形容詞}おごる。ぜいたくなさま。えらそうなさま。おおらかすぎてつつしみがないさま。《同義語》太。《対語》約(つつましい)。《類義語》傲(ゴウ)・侈(シ)。「約而為泰=約にして泰と為す」〔論語・述而〕。「今拝乎上、泰也=今乎上に拝するは、泰るなり」〔論語・子罕〕
  3. {名詞}やすらぎ。安心できること。「此三泰也=此れ三つの泰也」〔白居易・与微之書〕
  4. {副詞}はなはだ。…しすぎる。《同義語》太。「泰緩=泰だ緩し」。
  5. {名詞}山の名。山東省にある。▽「泰山」の略。「岱(タイ)」とも書く。
  6. {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。乾下坤上(ケンカコンショウ)の形で、陰と陽とがじゅうぶん交流し調和するさまを示す。否(陰と陽とのまったく通じあわないさまを示す卦)と反対の卦。
  7. {名詞}国名。タイのこと。▽Thaiの音訳。

字通

[形声]声符は大(たい)。〔説文〕水部泰字条十一上に「滑らかなり」とあり、その古文として太の字形をあげている。泰は水の上に、人を両手でおしあげている形で、人を水没から救い、安泰にする意。大の下の点は、水の省略形とみてよい。もと泰と同義の字であるが、のちその副詞形、また修飾語的な用義の字となった。〔玉篇〕大部に太を録して「甚なり」といい、副詞とする。古い時期には大・太を厳密に区別することがなく、金文に大宗・大子・大室・大廟・大史の字は、すべて大に作る。漢碑には大守・大尉をまた太守・太尉としるすことがあり、太守の例が多く、ほぼその慣用字となる。太・泰はもと一字、大・太・泰は声義近く通用の字であるが、それぞれ慣用を異にするところがある。

帶/帯(タイ・10画)

帯 甲骨文 帯 金文
甲骨文/太保戈・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:あや模様を織り上げた帯の象形で、原義は”おび”。

音:カールグレン上古音はȶɑd(去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名に、金文では原義に(子犯編鐘・春秋中期)、戦国の金文では人名に(平周戈・戦国末期)に用いた。

学研漢和大字典

会意。「ひもで物を通した姿+巾(たれ布)」。長い布のおびでもっていろいろな物を腰につけることをあらわす。挓(タ)(長く横に引く)・蛇(ダ)(長いへび)・移(横に伸ばす)などと同系。類義語の佩(ハイ)は、服(ぴたりと身につける)と同系で、身に密着させて離さないこと。旧字「帶」は人名漢字として使える。▽「腰につけて持つ」の意味の「おびる」は「佩びる」とも書く。

語義

  1. {名詞}おび。長い布でつくり、腰に巻くおび。「束帯」。
  2. {動詞}おびる(おぶ)。ひもで身につける。転じて、物を身につける。《類義語》佩(ハイ)。「携帯」「帯剣擁盾入軍門=剣を帯び盾を擁して軍門に入る」〔史記・項羽〕
  3. {動詞}おびる(おぶ)。そばにともなう。「帯月=月を帯ぶ」「梨花一枝春帯雨=梨花一枝春雨を帯ぶ」〔白居易・長恨歌〕
  4. {名詞}おび状の土地。「地帯」。
  5. {名詞}地球をおび状にとり巻く温度別の地帯。「熱帯」。
  6. {名詞}果物のへた。《同義語》蔕(タイ)。

字通

[象形]鞶帯(ばんたい)に巾(きん)を帯びている形。巾は礼装に用いる前かけ。〔説文〕七下に「紳(しん)なり。男子は鞶帶、婦人は帶絲。佩(はい)を繋(か)くるの形に象る。佩には必ず巾有り」という。男女の帯にはいずれも佩巾を繋けるので、その形をも含めた象形の字である。

帶/帯(タイ・10画)

帯 金文
太保戈・西周早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はȶɑd(去)。

学研漢和大字典

会意。「ひもで物を通した姿+巾(たれ布)」。長い布のおびでもっていろいろな物を腰につけることをあらわす。挓(タ)(長く横に引く)・蛇(ダ)(長いへび)・移(横に伸ばす)などと同系。類義語の佩(ハイ)は、服(ぴたりと身につける)と同系で、身に密着させて離さないこと。旧字「帶」は人名漢字として使える。▽「腰につけて持つ」の意味の「おびる」は「佩びる」とも書く。

語義

  1. {名詞}おび。長い布でつくり、腰に巻くおび。「束帯」。
  2. {動詞}おびる(おぶ)。ひもで身につける。転じて、物を身につける。《類義語》佩(ハイ)。「携帯」「帯剣擁盾入軍門=剣を帯び盾を擁して軍門に入る」〔史記・項羽〕
  3. {動詞}おびる(おぶ)。そばにともなう。「帯月=月を帯ぶ」「梨花一枝春帯雨=梨花一枝春雨を帯ぶ」〔白居易・長恨歌〕
  4. {名詞}おび状の土地。「地帯」。
  5. {名詞}地球をおび状にとり巻く温度別の地帯。「熱帯」。
  6. {名詞}果物のへた。《同義語》蔕(タイ)。

字通

[象形]鞶帯(ばんたい)に巾(きん)を帯びている形。巾は礼装に用いる前かけ。〔説文〕七下に「紳(しん)なり。男子は鞶帶、婦人は帶絲。佩(はい)を繋(か)くるの形に象る。佩には必ず巾有り」という。男女の帯にはいずれも佩巾を繋けるので、その形をも含めた象形の字である。

逮(タイ・11画)

逮 金文 逮 石鼓文
郘鐘・東周/石鼓文・春秋末期

初出:「国学大師」による初出は東周初期の金文。ただし字形はしんにょうを欠く。「小学堂」による初出は春秋末期の石鼓文

字形:〔辶〕”みち”+「隶」で、「隶」は「尾」の原形+「又」”て”で、しっぽをとらえるさま。全体で、路上でつかまえるさま。原義は”捕らえる”。

音:カールグレン上古音はdʰiəd(去)またはdʰəd(去)。藤堂上古音は代と同じくdəg、または第と同じくder。

用例:西周中期「裘衛盉」(集成9456)に「𤔲工邑人服𥄳受田。」とあり、「受」が「逮」と釈文され、”およぶ”・”いたる”と解せる。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「辵+(音符)隶(イ)・(タイ)(手をのばしてつかまえる)」。至と同系。類義語に捕。

語義

  1. {動詞}およぶ。そこまで届く。《類義語》及。「逮及」「古者言之不出、恥躬之不逮也=古者言をこれ出ださざるは、躬の逮ばざるを恥づるなり」〔論語・里仁〕
  2. {動詞}とらえる(とらふ)。手がとどく。おいかけていってつかまえる。「逮捕」。

字通

[形声]声符は隶(たい)。隶は呪霊のある獣の尾を捕らえ持つ形。これによって禍殃を他に移すので、逮ぶ、逮ぼす意があり、その転移を受けたものを隷という。スイ 外字(𥘈・𥘐・𥘣すい)がその呪獣の形で、祟(すい)と同じ。逮はのち逮捕の意に用いる。〔説文〕二下に「唐逮、及ぶなり」とするが、唐逮の語義が明らかでなく、〔段注〕にも「蓋(けだ)し古語ならん」という。逮捕の義は、漢以後に至ってみえる。

魋(タイ・18画)

魋 秦系戦国文字
秦印・戦国秦

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「鬼」”頭の大きな化け物”+「隹」。原義未詳。

音:カールグレン上古音は不明(平)。藤堂上古音はdɪuər(鎚「ツイ」と同じ)。

用例:上掲の印章の他は、文献時代になってから見られる文字で、論語や『春秋左氏伝』に人名として用いる。

論語時代の置換候補:固有名詞のため、同音近音のあらゆる文字が置換候補になり得る。『学研漢和大字典』『大漢和辞典』によると「魋」は”さいづちまげ”を意味し、「椎」dʰi̯wər(平)(藤堂音dɪuər。ただしəの上に ̆ブリーヴ)と通じるとある。「椎」は甲骨文(合集13159反.0)から存在する。

さいづちまげとは、髪を後ろに垂らしておでこを強調した髪型で、南越の風習だと『大漢和辞典』は言う。魋の字に”才槌頭”の語義がある。

学研漢和大字典

会意兼形声。「鬼+(音符)隹(スイ)・(ツイ)(ずんぐりと太って重い)」。

語義

タイ(平)
  1. び{名詞}ずんぐりした小形の熊(クマ)の名。また、そのような形をした神獣。厄ばらいに門前に置いた。
ツイ(平)
  1. {名詞}さいづちの形をした髪のまげ。さいづちまげ。《同義語》⇒椎。

字通

[形声]声符は隹(すい)。隹に碓(たい)・椎(つい)の声がある。〔爾雅、釈獣〕に「魋は小熊の如くにして、竊毛(せつまう)にして黄なり」とあり、俗に赤熊とよばれるもの。また神獣とする説がある。椎と通じ、椎頭髻をいう。

內/内(ダイ/ドウ・4画)

内 甲骨文 內 内 金文
甲骨文/芮伯壺・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形は「ケイ」”広間”+「人」で、広間に人がいるさま。原義は”なか”。

音:カールグレン上古音はnwəd(去)。漢音「ダイ」で”うちがわ”、「ドウ」で”入れる”を意味する。「ナイ/ノウ」は呉音。

用例:「漢語多功能字庫」によると、春秋までの金文では”内側”(毛公鼎・西周中期)、”上納する”(噩侯鼎・西周末期)、国名「ゼイ」(內大子白簠蓋・西周末期)を、戦国の金文では”入る”(鄂君啟舟節・戦国中期)を意味した。

学研漢和大字典

会意。屋根の形と入とをあわせたもので、おおいの中にいれることを示す。入・納と同系。

語義

ダイ(去)
  1. {名詞}うち。ある範囲の中。《対語》⇒外。《類義語》中。「以内」「四海之内、皆兄弟也」〔論語・顔淵〕
  2. {名詞}うち。家庭の中。《対語》外(家の外)。「内有余帛、外有贏財=内に余帛有り、外に贏財(えいざい)有り」〔蜀志・諸葛亮〕
  3. {名詞}うち。中央の朝廷。《対語》外(地方の任地)。「侍衛之臣、不懈於内、忠志之士、忘身於外=侍衛の臣、内に懈らず、忠志の士、身を外に忘る」〔諸葛亮・出師表〕
  4. {名詞}妻。「内室」「内兄弟(妻の兄弟)」。
  5. {形容詞}ないしょであるさま。「内密」「内諾」。
  6. {動詞}うちにする(うちにす)。たいせつにする。《対語》疏・外。「外本内末=本を外にし末を内にす」〔大学〕
ドウ(入)
  1. {動詞}いれる(いる)。うちに入る。中にいれる。《同義語》納・入。「交戟之衛士欲止不内=交戟の衛士止めて内れざらんと欲す」〔史記・項羽〕

字通

[象形]家屋の入口の形。〔説文〕五下に「入るなり」とし、冂(けい)と入との会意で「外よりして入るなり」とするが、金文の字形は屋形に従い、その入口の形である。金文の冊命(さくめい)廷礼をしるす文に「門に入りて中廷に立つ」を「門に内る」に作るものがあり、入と内とは通用の字。内は名詞的に用いる語であった。

乃(ダイ・2画)

乃 甲骨文 乃 金文
甲骨文/乃孫作且己鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:由来と原義は不明。

音:カールグレン上古音はnəɡ(上)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文・金文では”そこで”(上曾太子般殷鼎・西周末期)、”お前の”(大盂鼎・西周早期)、”お前”(克罍・西周早期)、”だから”(噩侯鼎・西周中期或末期)の意に用いた。漢代の金文では、”やっと”(新郪虎符・前漢)の意に用いた。

学研漢和大字典

指事。耳たぶのようにぐにゃりと曲がったさまを示す。朶(ダ)(だらりとたれる)・仍(ジョウ)(やわらかくてなずむ)の音符となる。また、さっぱりと割り切れない気持ちをあらわす接続詞に転用され、迺とも書く。類義語に則。草書体をひらがな「の」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「の」ができた。また、初画からカタカナの「ノ」ができた。

語義

  1. {接続詞}すなわち。→語法《同義語》⇒迺。
  2. {代名詞}なんじ(なんぢ)。第二人称の代名詞。▽女(ナンジ)・汝(ナンジ)と同じ。「乃祖乃父=乃の祖乃の父」〔書経・盤庚中〕
  3. 《日本語での特別な意味》の。助詞の「の」に当てた用法。「日乃丸(ヒノマル)」。

語法

▽前後の状況に曲折がある場合に用いる。「すなわち(すな/はち)」とよみ、

  1. 「そこでやっと」「そこではじめて」と訳す。前節の結果をうけて、あらためて後節の行為・状態がおこる意を示す。「由是先主遂詣亮、凡三往、乃見=これに由(よ)りて先主遂に亮に詣(いた)る、凡そ三たび往く、乃(すなは)ち見ゆ」〈このようなわけで先主(劉備)は(諸葛)亮のもとへ足を運んだ、三度目で、ようやく対面した〉〔蜀志・諸葛亮〕
  2. 「そこでしかたなく」と訳す。前節の結果をうけて、躊躇しつつ後節の行為をおこす意を示す。「因陳垣子、以請、乃許之=陳垣子に因(よ)りて、もって請ひ、乃(すなは)ちこれを許せり」〈陳垣子を通じて請うと、やっと許可された〉〔春秋左氏伝・昭三〕
  3. 「それなのに」と訳す。前節の結果をうけて、それとは逆の行為・状態が後節におこる意を示す。「今、子長八尺、乃為人僕御=今、子は長八尺なるに、乃(すなは)ち人の僕御(ぼくぎょ)と為る」〈ところがあなたは八尺の大男、それなのに他人の御者です〉〔史記・管晏〕
  4. 「まことに」「これこそ」と訳す。強調の意を示す。「臣非知君、知君、乃蘇君也=臣君を知れるに非(あら)ず、君を知れるは、乃(すなは)ち蘇君なり」〈私があなた(の真価)を存じているわけではなく、あなた(の真価)をご存知なのは、実は蘇秦さまあなたです〉〔史記・張儀〕
  5. 「意外にも」と訳す。感嘆の意を示す。「蘇秦乃誡門下人不爲通=蘇秦乃(すなは)ち門下の人を誡(いさ)め爲に通ぜしめず」〈ところが蘇秦は家来に言いふくめて、わざと取りつがせなかった〉〔史記・張儀〕
  6. 「つまり」「これの場合は」と訳す。強調の意を示す。「今拜大將、如呼小兒耳、此乃信所以去也=今大將を拜すること、小兒を呼ぶが如(ごと)きのみ、これ乃(すなは)ち信の去りしゆゑんなり」〈今、大将軍を任命しようというのに、まるで子供を呼びつけるようななさりよう、つまりそれが韓信を去らせた原因なのです〉〔史記・淮陰侯〕
  7. 「まさか」「どうして」と訳す。反語の強調の意を示す。▽「無乃~(乎)」は、「すなわち~なからんや」「むしろ~」とよみ、「おそらく~ではないだろうか」「かえって~ではあるまいか」と訳す。「晋無乃討乎=晋は乃(すなは)ち討ずること無(な)からんか」〈晋が咎めはせぬか(と心配した)〉〔春秋左氏伝・昭一八〕
  8. 「ただ~だけ」「わずかに」と訳す。限定の意を示す。「至東城、乃有二十八騎=東城に至れば、乃(すなは)ち二十八騎有り」〈東城まできたが、わずかに二十八騎となっていた〉〔史記・項羽〕
  9. 「まあそれぐらい」と訳す。語調を軽く転換する意を示す。「王必欲拜之、択良日斎戒、設壇場具礼、乃可耳=王必ずこれを拜せんと欲せば、良日を択(えら)びて斎戒(さいかい)し、壇場を設けて礼を具(そな)えよ、乃(すなは)ち可ならんのみ」〈王さまが、ぜひとも任命したいと思し召すなら、吉日を選び、心身を清め、壇を築いて、礼儀を尽くしなさいませ、それぐらいでやっとよろしいでしょう〉〔史記・淮陰侯〕

字通

[象形]おそらく弓の弦をはずした形であろう。〔説文〕五上に「詞を曳(ひ)くことの難きなり」とし、「气(き)の出だし難きに象る」とするが、そのようなことを象形的に表現しうるものではない。弓弦を外してゆるめた形のままであるから、そのままの状態をいう。すなわち因仍(いんじよう)が字の原義。それを語気の上に移して、副詞的な語として用いる。それは緩急の辞にも、難易の辞にも用いる。すべて状況によってその用義が定まるので、順接としては「すなわち」、逆接としては「しかるに」、時に移しては「さきに」の意となる。二人称の名詞には、本来その字がなく、近似の音によって女・汝・而・爾・乃・戎・若などの音系の字を用い、このうち女・而・爾・乃は金文にもみえ、乃は多くその所有格に用いる。乃を承接の辞に用いることも、すでに金文にみえている。「もし」という仮定の用法は〔孟子、公孫丑上〕「乃ち願ふ所は、則ち孔子を學ばん」のような例があり、これも若・如と声近く、仮借してその義に用いるものであろう。

大漢和辞典

→リンク先を参照。

耐(ダイ/ドウ・9画)

耐 秦系戦国文字
睡虎地簡18.155・戦国最末期

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「大」”人の正面形”+「戈」”カマ状のほこ”。刃物で刑罰を加えるさま。『説文解字』に「耏」を本字とし「罪不至かみそり也」とあり、初出の「睡虎地秦簡」でもひげ剃り刑とみられる。

音:カールグレン上古音はnəɡ(去)。「能」nəŋ(平)と近音。同音は「乃」「迺」”驚いたときの声”、「鼐」”大鼎”。呉音は「ナイ/ノウ」、「タイ」は慣用音。漢音「ダイ」で”耐える”、”髭を剃る刑罰”、「ドウ」で”~できる”、「能」と音訓同じ。

用例:戦国時代以前の出土例は、全て秦簡、「睡虎地秦簡」または「雲夢龍崗秦簡」。

戦国最末期「睡虎地秦簡」法律問答25に「公祠未□,盜其具,當貲以下耐為隸臣。」とあり、刑罰の一種と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓「たえる」に「能」。語義が仮定”もし”、”そこで・つまり”を意味する場合は、「乃」nəɡ(上)が論語時代の置換候補になる

学研漢和大字典

会意兼形声。而は、やわらかくてねばりのあるひげの垂れたさま。耐は「寸(動詞の記号)+(音符)而」。やわらかいひげのように、切れずにねばり強くたえること。類義語の忍は、靱(ジン)と同系で、ねばり強くがまんする。堪(カン)は、重さにたえてもちこたえること。能は、能力があってできる、その負担にたえられること。異字同訓にたえる⇒堪。

語義

ダイ

  1. {動詞・形容詞}たえる(たふ)。ねばり強くたえる。しぶとい。もちがよい。「忍耐(こらえる)」「耐久(長もちする)」。
  2. {名詞}丸坊主にする刑を髠(コン)というのに対して、ひげをそり落とす刑のこと。《同義語》⇒耏(ダイ)。

ドウ

  1. {助動詞}仕事や負担にたえることをあらわすことば。▽能に通じた用法。「故聖人耐以天下為一家=故に聖人耐く天下を以て一家を為す」〔礼記・礼運〕

字通

[会意]而(じ)+寸。〔説文〕九下に正字を耏に作り、耐をその重文として録するが、両字は別義の字として用いられる。耏は、「罪あるも髠(こん)に至らざるものなり」、耐は「諸法度の字は寸に從ふ」とされるが、耐は忍耐の意に用いる。〔礼記、礼運〕「故に聖人耐(よ)く天下を以て一家と爲す」とあり、漢碑の〔督郵斑碑〕に「遠きを柔らげ、爾(ちか)きを而(よ)くす」とあって、而と通用する。而・耐・能は声近くして通用する字である。

餒(ダイ・16画)

初出:初出は不明。

字形:「食」+音符「妥」tʰnwɑr(上)。

音:カールグレン上古音はnwər(上)。同音は存在しない。

用例:文献上の初出は論語郷党篇8論語衛霊公篇32(共に偽作)。『墨子』『孟子』『荘子』にも用例がある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「腇」(初出不明)、「餧」(初出説文解字)。異体字「䭡」(上古音不明)の初出は後漢の説文解字。部品の食・妥に”うえる”の語釈は『大漢和辞典』に無い。

備考:論語の時代に”飢える”を意味した言葉としては、論語語釈「饉」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「食+(音符)妥(タ)(上から下へ垂れる)」。食物が足りず、からだがぐったりと垂れること。

語義

  1. {動詞}うえる(うう)。うえて、ぐったりする。栄養が足りなくて、からだがつかれる。《同義語》⇒葩。「饑餒(キダイ)」。
  2. {名詞}うえ(うゑ)。食物が足りなくてぐったりすること。「耕也、餒在其中矣=耕すや、餒其の中に在り」〔論語・衛霊公〕
  3. {動詞}あざる。魚が腐って肉がだれる。《同義語》⇒裲。「魚餒而肉敗不食=魚の餒れて肉の敗れたるは食らはず」〔論語・郷党〕

字通

[形声]声符は妥(だ)。〔説文〕五下に正字を餧に作り、「飢うるなり」という。〔玉篇〕に「飢うるなり」とあり、衣食に窮することを凍餒(とうたい)という。餒を餧に作るのは、綏(すい)を緌に作るのと同じく、妥と委とを互易する字。〔説文〕には妥字を収めないが、この字は本来妥声とすべき字である。

[形声]声符は委(い)。〔説文〕五下に「飢うるなり」とし、「一に曰く、魚の敗(くさ)るを餧と曰ふ」とする。〔玉篇〕に「飼ふなり」、〔広雅、釈詁三〕に「食(やしな)ふなり」とあり、それが本訓であろう。乏餧を飢という。

托(タク・6画)

初出:初出は不明。戦国の竹簡に「托」と釈文されるものがあり、字形は〔忄厂乇〕。

字形:「扌」+「乇」”寄せ木にぶら下げる”。ものを寄せ木に掛けること。

音:カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はt’ak。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」緇衣21に〔忄厂乇〕の字形で「則大臣不治、而褻臣托也。」とあり、(代わりに)”担当する”と解せる。「褻臣」とは君主の側近。

『孟子』梁恵王下13に「王之臣有託其妻子於其友」とあり、”あづける”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で音タク訓おすに「拓」(初出は戦国最末期「睡虎地秦簡」)、「㧻」(初出不明)がある。音タク訓うけの同音字は存在しない。

学研漢和大字典

形声。「手+(音符)石(セキ)」。石の上古音はdhiakで、タクという音に似ていた。繋(タク)(たたきわる)・拆(タク)(たたきわる)と同系。

語義

  1. {動詞}ひらく。未開の地をひらく。また、とじたものを打ちひらく。《同義語》⇒繋・拆。「開拓」。
  2. {動詞}手のひらや台座に物を載せる。▽托(タク)に当てた用法。
  3. {名詞}石碑などの上に紙を置いて、墨のついたたんぽでたたいて作る石ずりのこと。▽今の音はt!。「拓本(タクホン)」「宋拓(宋(ソウ)代の石ずり)」。

字通

[形声]声符は乇(たく)。乇は〔説文〕六下に草葉の垂れている形とするが、その枝葉を支え托するところがある形で、おそらくそれによって神の憑依を受け、神託を承ける意であろうと思われる。のち依託の意となる。

擇/択(タク・7画)

択 金文 擇 金文
伯公父簠・西周末期/沇兒鎛・春秋晚期

初出:初出は西周末期の金文

字形:新字体は「択」。字形は「エキ」+「廾」”両手”で、「睪」の甲骨文は向かってくる矢をじっと見つめる姿。全体で、よく見て吟味し選ぶこと。原義は”選ぶ”。

音:カールグレン上古音はdʰăk(入)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では原義で用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。睪(エキ)は「目+幸(てかせ)」の会意文字で、手かせをはめた容疑者を次々と並べて、犯人をえらび出す面通(メンドオ)しのさまを示す。擇は「手+(音符)睪」で、次々と並べた中からえらび出すこと。驛(=駅。次々と並んだ宿場)・澤(=沢。次々と水沼の並んださわ)と同系。類義語に選。

語義

  1. {動詞}えらぶ。一列に並べ、また順次に引き出して、適したものをえらび出す。《類義語》選。「選択」「君子居必択郷=君子は居るに必ず郷を択ぶ」〔荀子・勧学〕
  2. {動詞}えらぶ。区別する。よしあしをわける。「牛羊何択焉=牛羊何ぞ択ばん焉」〔孟子・梁上〕

字通

[形声]旧字は擇に作り、睪(えき)声。睪に殬(と)・鐸(たく)の声がある。睪は獣屍が風雨に暴(さら)されて、その形が殬解しくずれている形。暴されてばらばらとなった形は暴、色がぬけて白くなった形は皋(皐)、くずれている形は睪である。そのうち用うべきところをえらびとるので、殬・釋(釈)・擇・繹の字は睪に従う。〔説文〕十二上に「柬(えら)び選ぶなり」、〔玉篇〕に「簡(えら)び選ぶなり」と訓する。金文に「其の吉金を𢍰(えら)ぶ」とあって、睪の下に廾(きよう)を加えており、擇の初文。釋迦(しゃか)の字を釈・尺のように略するので、擇・釋を択・釈のようにしるすが、尺(せき)声とは関係がない。

澤/沢(タク・7画)

沢 燕系戦国文字
璽彙0362・戦国燕

初出:初出は戦国文字

字形:「氵」”川”+「エキ」。「睪」の甲骨文は向かってくる矢をじっと見つめる姿。矢のように細く素早く流れる川の意。

音:カールグレン上古音はdʰăk(入)。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」容成03に「󱩾(漁)澤」とあり、”さわ”と解せる。

論語述而篇21の定州竹簡論語は「擇」(択)を「澤」と記すが、戦国末期までに、”えらぶ”の語義は確認できない。

論語時代の置換候補:”さわ”の意でも、”えらぶ”の意でも存在しない。『大漢和辞典』に同訓同音は存在しない。部品の「睪」は語義を共有しない。

学研漢和大字典

会意兼形声。錬(エキ)は「目+幸(手かせ、罪人)」の会意文字で、手かせをはめた罪人を、じゅずつなぎにして歩かせ、目でのぞいて面通しをするさまを示す。○‐○‐○の形につぎつぎと並べて、その中から選び出すことで、擇(タク)(=択)の原字。澤は「水+(音符)錬」で、○‐○‐○の形に、草地と水たまりがつながる湿地。驛(=駅。○‐○‐○の形につながる宿場)と同系。また度(ド)・(タク)・渡(○‐○‐○の形にわたっていく)とも縁が近い。類義語の沼(ショウ)は、まるく弧をえがいたぬま。池は、水が横に長くのびてたまったいけ。潟(シャ)は、水が出たりはいったりするひがた(干潟)。湖は、大きく地上をおおうみずうみ。

語義

  1. {名詞}さわ(さは)。点々とつながる沼。また、草木のはえている所と水たまりとが、たがいちがいに続く湿地。「沼沢」「沢居苦水=沢居して水に苦しむ」〔韓非子・五蠹〕
  2. {名詞}つや。みずみずしいつや。「光沢(つや)」。
  3. {名詞}うるおい(うるほひ)。うるおい。また、転じて、めぐみ。「雨沢(おしめり)」「恩沢」「万物皆被其沢=万物皆其の沢を被る」〔呂氏春秋・貴公〕
  4. {名詞}人々をうるおす先人の徳。また、転じて、先人の余風を残す書きもの。「手沢」「君子之沢五世而斬、小人之沢五世而斬=君子之沢は五世にして而斬え、小人之沢も五世にして而斬ゆ」〔孟子・離下〕

字通

[形声]旧字は澤に作り、睪(えき)声。睪に擇(択)・鐸(たく)の声がある。〔説文〕十一上に「光潤なり」とあり、〔玉篇〕に「水停まるを澤と曰ふ」の語を加える。〔風俗通、山沢〕に「水草交錯の處」とし、水沢をいう。〔礼記、玉藻〕に「父の書を讀むこと能はず。手澤存するのみ」とあり、手のふれたよごれをいう。その本を「手沢本」という。

卓(タク・8画)

卓 甲骨文 卓 金文
合集26992.3/卓林父簋蓋・春秋早期

初出:初出は甲骨文。

字形:「人」+「子」”貴人”。貴人に頭立つさま。

卓 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔丁早〕」と記す。上掲「魏敬史君碑陰」(東魏)刻字に近似するが、疏では「卓」と記しているから、単に崩し字かも知れない。

音:カールグレン上古音はtŏk(入)。

用例:甲骨文の用例は一件のみで、摩耗が激しく語義が明らかでない。西周の金文ではほとんどが「綽」”ゆるやか”と釈文されている。

西周中期「九年衛鼎」(集成2831)に「眉敖者膚卓事見于王」とあり、”立つ”と解せる。

春秋早期「卓林父𣪕蓋」(集成4018)に「卓林父乍寶𣪕」とあり、人名と解せる。

学研漢和大字典

会意文字で、「人+早」。早は、ひときわはやく目だつ意を示す意符。卓は、人がぬきんでて目だつことを示す。抜擢(バッテキ)の擢(高くぬき出す)や目的の的(ひときわ目だつまと)と同系のことば。

語義

  1. {動詞・形容詞}ぬきんでる(ぬきんづ)。普通の水準より、ひときわ高くぬき出て目だつ。また、そのさま。「卓見」「卓越」。
  2. {名詞}地面からひときわ高くぬきんでた台。つくえ。《同義語》⇒築。

字通

[象形]早(さじ)(匙)の大きなもので、卓大・卓高の意を表わす。〔説文〕八上に「高きなり、早匕(さうひ)を卓と爲し、匕卪(ひせつ)を卬(かう)と爲す。皆同義なり」とするが、会意とする意が明らかでない。早はスプーン。是(匙)はその柄の長く大きなもの、卓はその勺の部分が大きなもの。ゆえに卓に高大の意があり、のち卓出・卓異の意となる。

託(タク・10画)

託 金文

初出:初出は春秋末期の金文。「小学堂」による初出は戦国早期の金文

字形:「言」+「乇」”寄せ木にぶら下げる”。ことばで言いがかりを付けること。

音:カールグレン上古音はtʰɑk(入)で、同音に橐”ふくろ”、拓、蘀”落ち葉”。

用例:春秋末期「羞鼎」(集成1071)/「蔡𥎦尊」(集成6010)に「霝頌託商」とあり、”言葉で責める”と解せる。

春秋末期までの用例は、この二例のみ。

学研漢和大字典

会意兼形声。乇(タク)は、植物の種がひと所に定着して、芽をふいたさまをあらわす会意文字。ひと所に定着するという意味を含む。家をたててそこに定住するのが宅(タク)である。託は「言+(音符)乇」で、ことばで頼んで、ひと所にあずけて定着させること。

語義

  1. (タクス){動詞}まかせる(まかす)。ひと所にゆだねる。ひと所にあずけておく。たよりにする。「付託」「可以託六尺之孤=以て六尺の孤を託すべし」〔論語・泰伯〕
  2. (タクス){動詞}かこつける(かこつく)。ことよせる。他のことに便乗する。他の物事やことばを利用していう。《類義語》寄。「仮託」。

字通

[形声]声符は乇(たく)。〔説文〕三上に「寄するなり」と寄託の意とする。乇・宅は廟中で神託を受ける意であるらしく、それで託は寄託・付託・仮託の意となる。のち託興のように用いるが、もとは神意を伺って神託を受ける意であろう。

琢(タク・11画)

琢 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は前漢の定州竹簡論語。ただし非公開のため字形不明。

字形:「漢語多功能字庫」は「豖」”行き悩む様”を〔豕〕”いのこ”+「﹅」とし、「﹅」はオスブタの性器、原義を去勢したオスブタという。しかしそれでは語義が説明できないので、下掲同音表「斲」に「玉」を加えたのを何らかの理由で「豖」と記した。

音:カールグレン上古音はtŭk(入)で、同音は下記の通り。字形は「玉」+「豖」。「豖」(チク/チョク・トク:上古音不明)は”行き悩む様”で、”きる・みがく”の語釈は『大漢和辞典』に無い。

初出 声調 備考
タク きる 戦国金文
涿 トク/タク 滴る 説文解字
タク うったへ 不明
タク たたく 説文解字
磨く 説文解字
ついばむ 説文解字
チュウ/トウ/ショク/タク/トク くちばし 説文解字
タク/ジョク にごる 戦国早期金文

用例:「漢語多功能字庫」は原義を玉の加工といい、出土物による用例を記していない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓は上掲表「涿」のみ。

漢語多功能字庫

從「」,「」聲。本義是加工玉石。


「玉」の字形に属し、「豖」の音。原義は玉石を加工すること。

学研漢和大字典

形声。右側の字が音をあらわす。啄(タク)(=啄とんとんと口ばしでつつく)と同系。類義語に磨。旧字「琢」は人名漢字として使える。

語義

  1. (タクス){動詞}みがく。たたく。つちやのみで、とんとんと小まめにうってかどをとり玉を美しくする。「彫琢(チョウタク)」。
  2. (タクス){動詞}みがく。努力して、学徳やわざをみがきあげる。「如切如磋、如琢如磨=切するがごとく磋するがごとく、琢するがごとく磨するがごとし」〔詩経・衛風・淇奥〕
  3. {動詞}えらぶ。選択する。選びとる。《類義語》択。

字通

[形声]声符は豖(たく)。豖にうちたたく意がある。〔説文〕一上に「玉を治むるなり」とあり、琢磨することをいう。玉には琢といい、石には磨という。

謫(タク・18画)

謫 篆書
「説文解字」篆書

初出:初出は戦国末期の竹簡。ただし字形は「適」。「小学堂」による初出は後漢の『説文解字』

字形は「言」+「啇」で、「啇」は「帝」”天の神”+「𠙵」”くち”に分解できる。おそらく神意に背く何事かを意味するのだろうが、原義は不明。論語語釈「啻」を参照。

音:カールグレン上古音はtĕk(入)で、同音は「摘」(入)”つみとる”のみ。

用例:戦国最末期の「睡虎地秦簡」司空151に「百姓有母及同牲(生)為隸妾,非適(謫)罪(也)而欲為冗邊五歲,毋賞(償)興日,以免一人為庶人,許之。」とあり、”せめる”と解せる。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。『論語集解義疏』以降では「適」と記す。詳細は論語語釈「適」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「言+(音符)啇(テキ)(まともにあたる)」。まともに人に非難をぶちあてること。▽あるいは、痊(テキ)(退ける、おしのける)に当てたことばか。敵(まともにぶつかる)と同系。

語義

  1. (タクス){動詞}せめる(せむ)。つみする(つみす)。罪をせめる。また、罪をせめて罰する。《同義語》⇒讁。「国子謫我=国子我を謫せんとす」〔春秋左氏伝・成一七〕
  2. (タクス)・(タクセラル){動詞}官職をおとして地方の役人にしたり、辺境の防備につかせたりする。また、官職をおとされて地方に流される。《同義語》⇒讁。「流謫(ルタク)」「謫守巴陵郡=謫せられて巴陵郡に守たり」〔范仲淹・岳陽楼記〕
  3. {名詞}つみ。とがめ。《同義語》⇒讁。

字通

[形声]声符は啇(てき)。〔説文〕三上に啻(てき)に従う形に作り、「罰するなり」と訓し、謫責の意とする。啻は啇(てき)の初形。〔左伝、昭七年〕「自ら謫を日月の災に取るなり」とは、天譴(てんけん)をいう。啻は卜文では禘の初文で、帝を祀る意。ゆえに天譴を謫というのであろう。のち流謫の意に用いる。

大漢和辞典

謫 大漢和辞典

鐸(タク・21画)

鐸 金文
虎台君鼎・春秋末期

初出:「国学大師」による初出は春秋末期の金文。その他の字形は「小学堂」字形演変を参照。

字形:「金」”青銅”+「睪」di̯ăk(入)”飛んでくる矢を見つめる”+「廾」”両手で持つ”で、「睪」(エキ/ヤク)は音符と解するほかにないが、同音に楽器関連の語義を持つ字は「射」のみで、想像はされているようだがどのような音かは不明。

音:カールグレン上古音はdʰɑk(入)。同音は論語語釈「度」を参照。

用例:春秋末期「虎台君鼎」(集成2477)に「何󱞎君󱭻擇其吉金。自乍旅鼎。」とあり、「擇」”えらぶ”と釈文されている。

部品の「睪」に「鐸」と解すべき用例は無い。

戦国早期の用例では「射」と解する例がある。

戦国末期「中山王󱩆鼎」(集成2840)に「□(奮)桴□(振)鐸」とあり、”かね”と解せる。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。「睪」+「廾」の字形に「擇」(択)がある。論語語釈「択」を参照。

di̯ăk
初出 声調 備考
うかがう エキ/ヤク 伺ひ視る 晋系戦国文字
よろこぶ よろこぶ 楚系戦国文字
あきる いとふ 春秋中期金文
雲気がめぐって絶えない
ぐるぐる回って進む
めぐりゆく 説文解字
あきる・音階の一つ いとふ 甲骨文 →語釈

学研漢和大字典

会意兼形声。睪(エキ)・(タク)は、一定の間をおいて連続する意を含む。鐸は「金+(音符)睪」で、一定の間をおいて、ちんちんと鳴る金属製のすず。

語義

  1. {名詞}おおすず(おほすず)。振って鳴らす大きなすず。すずの舌が木製のものを木鐸(ボクタク)、金属製のものを金鐸(キンタク)といい、昔、政令を発する時、文事には木鐸、武事には金鐸を用いた。
  2. {名詞}軒につるして、その音を楽しむすず。風鈴。

字通

[形声]声符は睪(えき)。睪に擇(択)(たく)、殬(と)の声がある。〔説文〕十四上に「大鈴なり。軍法に、五人を伍と爲し、五伍を兩と爲す。兩の司馬、鐸を執る」とあり、〔周礼、夏官、大司馬〕の文による。金鈴木舌を木鐸といい、文事には木鐸、武事には金鐸を用いた。殷代の鐃(どう)、列国期の句鐸(こうたく)は器制の似たものであるが、ともに柄を下にして樹(た)てて鼓するもので、鈴の類ではない。

諾(ダク・15画)

諾 金文
曶鼎・西周中期

初出:初出は西周中期の金文。ただし字形は「𠙵」”くち”+「若」。

字形:「言」+「若」”その通り”で、その通りと言うこと。

音:カールグレン上古音はnɑk(入)。

用例:春秋早期「鼄太宰簠」(集成4623)に「余諾龏孔惠」とあり、”うべなう”と解せる。

学研漢和大字典

形声。若(ジャク)は、それ、その、の意をあらわす指示詞で、是(これ)や然(それ、その)を返事に用いるように、そうと承認する返事に用いる。諾は「言+(音符)若」で、やや間をおいて、考えて答えることをあらわす。言語行為なので言印をつけた。▽中世には給(ヌオ)といい、承諾して答えることを「唱給(チャンヌオ)」という。類義語の唯(イ)は、指示詞で、かしこまってすぐに答えることをあらわす。

語義

  1. {指示詞}よし、と承知するときのことば。そう。はい。《類義語》給(ニャ)・(ジャ)・然(シカリ)。「沛公曰、諾=沛公曰はく、諾と」〔史記・項羽〕
  2. (ダクス){動詞・名詞}うべなう(うべなふ)。はい、よろしい、と答える。承諾の返事。▽訓の「うべなふ」は「うべ(宜。むべ)+なふ(動詞接尾語)」から。「承諾」「季布一諾(キフノイチダク)(楚(ソ)の李布が、引き受けたら必ず実行したことから、重みのある承諾のこと)」「子路無宿諾=子路宿諾無し」〔論語・顔淵〕

字通

[形声]声符は若(じゃく)。若は諾の初文で、のち諾の声義が分岐した。〔説文〕三上に「𧭭(こた)ふるなり」とあり、次条に「𧭭(おう)は言を以て對(こた)ふるなり」とみえる。𧭭は應(応)と同源の字で、心部の應は𧭭と同じく𨿳(よう)に従う。𨿳は䧹の初文。鷹の初文も𨿳に従い、𨿳は鷹を抱く形。鷹狩りは古く「誓(うけ)ひ狩り」として行われたもので、これによって神意の反応を確かめるものであった。𨿳に従う字は、みなその儀礼に関する字である。若は若い巫女が両手をかざし、歌舞してエクスタシーの状態に入り、神意を承ける意。神の応諾するところを諾という。甲骨文に若を諾の意に用いる。応諾はいずれも神意を問い、確かめる行為をいう。〔礼記、玉藻〕に「父命じて呼ぶときは、唯(ゐ)して諾せず」とあり、唯という返事は速やかにして恭、諾は緩やかにして慢。すべて逆らわずに意のままに従うことを「唯々諾々」という。

※訳者注:䧹→タカ。「雁」”かり”ではない。

達(タツ・12画)

達 甲骨文 達 甲骨文 達 金文
甲骨文1/甲骨文2/史墻盤・西周中期

初出:初出は甲骨文。「小学堂」による初出は西周中期の金文

字形:甲骨文1の字形は↑+「止」”あし”で、歩いてその場にいたるさま。甲骨文2の字形は「彳」”みち”+「大」”ひと”+「止」”あし”で、道を歩いて目的地に着いたさま。金文の字形は「彳」+「又」”手”+「羊」+「止」で、羊を連れて目的地に導くさま。原義は”達する”。

音:カールグレン上古音はtʰɑtまたはdʰɑt(共に入)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名に用い、金文では”討伐”(史牆盤・西周中期)の意に用い、戦国の竹簡では”発達”を意味した。

『学研漢和大字典』

会意兼形声。羊はすらすらと子をうむ安産のシンボル。達は「チャク(進む)+羊+(音符)大(ダイ)」で、羊のお産のようにすらすらととおすことをあらわす。大は、むかしdadと発音したので、タツの音をもあらわした。大(ゆとりがあってつかえない)・泰(タイ)(ゆとりがある)と同系。付表では、「友達」を「ともだち」と読む。

語義

タツ/ダチ
  1. (タッス){動詞}とおる(とほる)。とおす(とほす)。さしさわりなく進む。すらすらととおす。また、途中でつかえずにいきつく。「直達」「四通八達(どちらにも道がとおる)」「達于河=河に達す」〔書経・禹貢〕
  2. {形容詞}広く通用する。「達言」。
  3. (タッス){動詞・形容詞}すらすらと理解する。また、すぐれていてなんでもこなせる。「達人」「達識」「下学上達」。
  4. (タッス){動詞・形容詞}すらすらと出世する。運よく出世をとげた。《対語》⇒屈・窮。「栄達」「達官」「達則兼善天下=達すれば則ち兼ねて天下を善くす」〔孟子・尽上〕
  5. (タツナリ){形容詞}すらりととおしてこだわらない。ゆとりがあるさま。「放達(こだわりがない)」「自由闊達(カッタツ)」「賜也達=賜也達なり」〔論語・雍也〕
タツ/タチ
  1. 「挑達(トウタツ)」とは、行ったり来たりするさま。
  2. 《日本語での特別な意味》
    ①こなしがうまい。「達者」「達筆」。
    ②役所からのしらせ。「お達し」「通達」。
    ③品物や郵便を届ける。「配達」。
    ④人の複数をあらわすことば。▽和語で複数のなかまを意味する「だち」という接尾語に、ダチという音の達の字をあてたもの。

『字通』

声符はたつ。〔説文〕二下に「行きて相ひ遇はざるなり」とするのは、〔詩、鄭風、子矜〕「桃たり達たり」の句意をとるものであろうが、達は通達の意。羍は羊の子が脱然として生まれる形。〔詩、大雅、生民〕「先づ生まるること達の如し」とは羍の意である。達はちゃくに従って往来通達の意。すべて情意の通達することを達という。
訓義:とおる、つらぬく。およぶ、いたる、とどく。さとる、かなう。すすむ、あまねくする、ゆきつく、とどける。つね、おおやけ、不変。おおきい、わがまま、のがれる。

『大漢和辞典』

とおる。とおす。とがる、するどい。ゆきちがう。とりきめる。あまねく。みな。よい。そなわる。つね、おおやけ。すすむ。すすめる。おくる。賢人。まど。わきべや。こひつじ。おおきい。ほしいまま。のがれる。姓。だち。たっし。

靼(タツ・14画)

靼 篆書
『説文解字』・後漢

初出:初出は前漢中期の『定州漢墓竹簡』。「小学堂」による初出は後漢の『説文解字』

字形:「革」+「旦」”日の出る地平線のように平たい”。平らになめした革のこと。

音:「タン」は慣用音。呉音は「タチ」。カールグレン上古音は不明。藤堂上古音は

  1. 漢音タツ。「怛」と同音でtat(入)。
  2. 漢音セツ。「折」と同音でtiat(入)。

用例:『定州漢墓竹簡』論語述而篇36に現伝の「坦」に相当する言葉として見える。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は存在しない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「革(かわ)+(音符)旦(平ら)」。

語義

  1. {名詞}なめしがわ(なめしがは)。平らになめしたかわ。
  2. 「韃靼(ダッタン)」とは、中国北方異民族の唐代から清(シン)代にかけての呼び名。はじめはモンゴル系一部族をさしたが、のち、モンゴル族全体の呼び名となり、元(ゲン)の滅亡後は、北方にはしった蒙古帝国の子孫(北元(ホクゲン))をも呼んだ。▽タタール(Tatar)の音訳語。今の中国ではdádáという。

字通

[形声]声符は旦(たん)。旦に怛(たつ)の声がある。〔説文〕三下に「柔革なり」とあり、なめしがわをいう。なお古文として𩍕の字をあげる。

奪(タツ・14画)

奪 金文
奪作寶簋・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「衣」+「爪」”手”+「鳥」+「又」”手」で、ふところに包んだ鳥を奪い取るさま。

奪 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔亠丶隹朩」と記す。上掲「北魏元纂墓誌銘」刻字近似。

音:カールグレン上古音はdʰwɑt(入)。「ダツ」は呉音。

用例:西周早期「奪作寶簋」(集成9593)では、人名に用いた。

西周末期「多友鼎」(集成2835)に「□(復)奪京𠂤(師)之孚(俘)。」とあり、”捕らえる”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」秦律雜鈔37に「戰死事不出,論其後。有(又)後察不死,奪後爵,除伍人;不死者歸,以為隸臣」とあり、”奪う”と解せる。

学研漢和大字典

会意。「大(ひと)+隹(とり)+寸(て)」で、人がわきにはさんでいる鳥を、手ですっと抜きとるさまを示す。脱(抜ける)・兌(ダ)(ときほぐす)と同系。類義語の剥(ハク)は、はぎとる。簒(サン)は、上の者の地位をこっそりとってしまう。褫(チ)は、ずるずると着物をはぎとること。

語義

  1. {動詞}うばう(うばふ)。すっと抜きとる。「裁奪(サイダツ)(残すか抜き去るかを定める。転じて、上役や役所の決定のこと)」「匹夫不可奪志也=匹夫も志を奪ふべからず」〔論語・子罕〕
  2. {動詞}うばう(うばふ)。力ずくで他人のものを抜きとる。「強奪」「奪項王天下者必沛公也=項王の天下を奪ふ者は必ず沛公なり」〔史記・項羽〕
  3. {動詞}うばう(うばふ)。ポストをとってしまう。「悪紫之奪朱也=紫の朱を奪ふを悪む」〔論語・陽貨〕
  4. (ダッス){動詞}抜ける。《同義語》⇒脱。「訛奪(カダツ)(文章のまちがいや抜けたところ)」。

字通

[会意]大+隹(すい)+寸。金文の字形は、衣中に隹(とり)を加え、下から手でもつ形に作る。死喪のとき、衣中に呪器を加える儀礼があり、哀・衰(すい)・袁(えん)・襄(じやう)・褱(くわい)などはその呪儀を示す字。奪は鳥形の霊が脱去しようとし、それを留める儀礼を示すものであろう。〔説文〕四上に「手に隹を持ち、之れを失ふなり。又奞(いうすい)に從ふ」という。奞字条に「鳥、毛羽を張りて自ら奮ふなり」と鳥が奮飛しようとするさまと解するが、金文の字形は、衣中に隹のある形。奮も魂振りの意をもつ字であろう。

坦(タン・8画)

坦 楚系戦国文字
包2.132

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「土」+「旦」”日の出”で、日の出を拝むため土を盛った祭壇。

音:カールグレン上古音はtʰɑn(上)。同音は「嘽」”あえぐ”と「炭」のみ。「嘽」の字の初出は後漢の『説文解字』で、「炭」の字の初出は戦国文字。

用例:「清華大学蔵戦国竹簡」清華一・金縢02に「周公乃為三坦(壇)同尔坦(墠),為一坦(壇)於南方」とあり、「壇」”祭壇”と釈文されている。

論語時代の置換候補:上古音に語義を共有する漢字は無い。『大漢和辞典』で訓やすらかの同音に、「憺」(初出:後漢『説文解字』)・「湛」(初出:西周末期金文)・「禫」(初出:後漢『説文解字』)があるが、春秋末期までに「湛」に”やすらか”と読み得る用例は無い。訓平らかの同音は存在しない。

『大漢和辞典』では、部品の旦(カ音tɑn)の字に”やわらぐ”の語釈がある。ただし論語の時代に遡及できない。
旦旦 大漢和辞典

学研漢和大字典

形声文字で、旦(タン)は「日+━(地平線)」の会意文字で、太陽が地上に顔を出すさま。誕生の誕(赤ん坊が母体から顔を出す)と同系。坦は「土+(音符)旦」で、旦の原義には関係がない。単(薄くたいら、一重で二重ではない)・墠(セン)(たいらな土の壇)・壇(たいらな土の台)・氈(セン)(たいらな敷物)などと同系のことば。

語義

  1. (タンタリ){形容詞}たいらか(たひらかなり)。起伏なしに、たいらに延びる。「平坦(ヘイタン)」「坦坦(タンタン)」。
  2. (タンタリ){形容詞}感情の起伏がない。また、態度・行動に裏表がない。「坦白(タンパク)(あっさり)」「君子坦蕩蕩=君子は坦として蕩蕩」〔論語・述而〕

字通

[形声]声符は旦(たん)。〔説文〕十三下に「安らかなり」とあり、地が平坦であること。〔論語、述而〕「君子は坦蕩蕩(たんたうたん)たり」のように、心のやすらかなことをもいう。

單/単(タン/セン・9画)

単 甲骨文 単 金文
甲骨文/小臣單觶・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:猟具の一種とも言われるが詳細不明。

音:「タン」の音で”一つ”、「セン」の音で”平らげる”を意味する。カールグレン上古音はtɑn(平)。他のカ音は不明。

単 カールグレン上古音

「小学堂」

用例:甲骨文には前に「于」を伴った例が複数あり、地名と解せる。

西周末期「單白󱠂生鐘」(集成82)に「單白󱠂生曰」とあり、人名または国名と解せる。

西周末期「善夫山鼎」(集成2825)に「用𣄨匄󱱉(眉)壽。」とあり、漢字「𣄨」”いのる”の部品になっている。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では氏族名・地名に用い、金文では国名(單伯鬲・春秋早期)に用いた。戦国の竹簡では”はばかる”、地名の「邯鄲」、”攻撃”の意に用いた。”ひとつ”の意が明記されるのは、後漢の『釈名』からになる

学研漢和大字典

論語 単 解字
象形。籐(トウ)のつるを編んでこしらえたはたきを描いたもの。はたきは両がわに耳があり、これでぱたぱたとたたき、ほこりを落としたり、鳥や小獣をたたき落としたりする。獸(=獣)の字に意符として含まれる。また、このはたきは薄く平らなので、一重であり薄い意を生じる。撣(タン)(ぱたぱたたたく)・氈(セン)(薄く平らな敷物)と同系。また戦栗(センリツ)の戦(平面が上下動する)や扇(薄く平らなとびらや、うちわ)とも縁が近い。旧字「單」は人名漢字として使える。

語義

タン
  1. (タンナリ){名詞・形容詞}ひとえ(ひとへ)。ひとえである。《対語》⇒複。「単衣(ひとえの着物)」「可憐身上衣正単=憐れむべし身上の衣正に単なり」〔白居易・売炭翁〕
    ま(タンナリ){形容詞}それだけで付加物がないさま。ただ一つである。《対語》⇒複・双。《類義語》隻・独。「単数」「簡単」「両世一身形単影隻=両世一身にして形は単に影は隻なり」〔韓愈・祭十二郎文〕
  2. {形容詞}ただ一枚で薄い。「単薄」。
  3. {名詞}薄い紙片。転じて、カード。札。「名単(名札)」。
  4. (タンニ){副詞}ただそれだけ、の意をあらわすことば。ひとえに。▽「不単…」とは、「不但…」と同じで、「単に…のみならず」と訓読する。
セン
  1. {動詞}たいらげる。なくなる。▽殫(セン)・(タン)に当てた用法。「単用」。
    ま「単于(ゼンウ)」とは、匈奴(キョウド)の王の称号。▽匈奴語のtengrikoto(天のみ子)を略して音訳したもの。
  2. 「単父(ゼンフ)・(ゼンホ)」とは、中国の県の名。▽去声に読む。

字通

[象形]楕円形の盾の形。上に二本の羽飾りをつけている。古くは軍事にも狩猟にも盾を用いたので、戰(戦)は單+戈(か)、狩の初文は獸(獣)で單+犬を要素としている。従って字の本義は、たて。ただその義に用いることがなく、戰・獸の字形によってそのことが知られるだけである。〔説文〕二上に「大なり」と訓し、字を「吅(けん)單に從ひ、吅の亦聲」とするが声も合わず、字形をも説きえずして「闕(けつ)」という。また〔段注〕に「大言なり」の誤りとするが、その用義例はない。〔詩、大雅、公劉〕に「其の軍三單」とあり、一隊を単、三単を軍とする。もと軍事に関する語であったことが知られる。〔逸周書、大明武解〕「老𢐅單處す」の〔注〕に「單處とは、保障無きを謂ふ」とあり、特に防衛の施設のないところで、大盾を並べて身を守るような状態をいうのであろう。〔越絶書、越絶呉内伝〕に「之れを單に致す。單とは堵(と)なり」とあることが注意される。それで単独・単一の意となる。

貪(タン・11画)

貪 甲骨文
(甲骨文)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtʰəm(平)。「ドン」は慣用音、呉音は「トン」。

学研漢和大字典

会意。今は「△印(ふた)+━印」の会意文字で、物を封じこめるさまを示す。貪は「貝+今」で、財貨を奥深くためこむことをあらわす。深(シン)(ふかい)・潭(タン)(ふかい)と同系。

語義

  1. {動詞・名詞}むさぼる。欲ばって過度にものをためこむ。欲ばり。「貪色=色を貪る」「貪名=名を貪る」。

字通

[会意]今+貝。今は器物の蓋栓の形。器中に物を蔵して、用いることがないのを貪という。〔説文〕六下に「物を欲するなり」とし、今(こん)声とするが、声が合わず、他の物を欲するというよりも、出し惜しみする意である。〔方言、一〕に「晉・魏、河内(かだい)の北にては、惏(らん)を謂ひて殘と曰ひ、楚にては之れを貪と謂ふ」という。〔史記、賈誼伝〕に「貪者は財に徇(したが)ふ」とみえる。

探(タン・11画)

初出は定州竹簡論語。確実な初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はtʰəm(平)。同音に撢”さぐる”、貪(以上平)、嗿”声”、黮”黒い”(以上上)。『大漢和辞典』で音タン訓さぐるは、探・撢のみで、撢の初出は前漢の篆書。結論として論語時代の置換候補は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側はもと「穴(あな)+又(て)+火」からなり、穴の奥の火を手でさぐり出すさまをあらわす。探はそれを音符とし、手を加えた字で、手をふかく入れてさぐること。深(ふかい)・潭(タン)(ふかいふち)・沈(チン)(深くしずむ)などと同系。類義語の捜(ソウ)は、細いすみまで手を伸ばしてさがすこと。索(サク)は、手づるをたよってさがすこと。訪は、右に左にとさがし求めること。尋(ジン)は、探と同系で、奥深くはいりこんでさぐること。異字同訓にさがす⇒捜。

語義

  1. {動詞}さぐる。さがす。奥深く手を入れてさぐる。また、奥深くはいってさがし求める。《類義語》索。「探険」「探礼楽之緒=礼楽の緒を探る」〔司馬光・独楽園記〕
    ま{動詞}たずねる(たづぬ)。さぐりを入れて、やってみる。試みに行う。「試探」「探問」。
    み{動詞}たずねる(たづぬ)。友人やけしきのよい所を訪れる。「探友=友を探ぬ」「探勝」。

字通

[形声]声符は罙(しん)。罙に琛(ちん)の声がある。罙の初形は穴中に火をかざして、ものを照らし探る意。〔説文〕十二上に「遠く之れを取るなり」という。もと隠れたものを求める意であるから、さぐる、うかがう、たずねるの意となる。また幽冥の理を考えることなどをいう。〔易、繫辞伝上〕に「賾(ふか)きを探り、隱れたるを索(もと)む」の語がある。

斷/断(タン・11画)

断 金文
量侯簋・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「𢇍」=「絶」の古字+「斤」”おの”で、原義は”断つ”。

音:カールグレン上古音はtwɑn(上/去)またはdʰwɑn(上)。

用例:西周早期「量𥎦𣪕」(集成3908)に「永寶斷勿喪。」とあり、”決して”と解せる。

春秋末期「洹子孟姜壺」(集成9729/9730)に「齊侯<女>雷㣇喪其󱩾」とあり、󱩾を「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では「斷」と釈文するが、「国学大師」では「𣪕」(青銅器の一種)と釈文している。

春秋末期までの用例は以上で全て。

備考:「漢語多功能字庫」には、論語の読解に役立つ情報は無い。

学研漢和大字典

会意。「糸四つ+それをきる印+斤(おの)」で、ずばりと糸のたばをたちきることを示す。鍛(タン)(上から下へ打ちすえる)・端(上から下へたれる)などと同系。類義語に切。異字同訓にたつ 断つ「退路を断つ。快刀乱麻を断つ。茶断ち」 絶つ「命を絶つ。縁を絶つ。消息を絶つ。後を絶たない」 裁つ「生地を裁つ。紙を裁つ。裁ちばさみ」。

語義

  1. {動詞}たつ。上から下へ、ずばりとたちきる。また、物事をふっつりやめる。たやす。《類義語》絶。「切断」「断交」「一刀両断」。
  2. {動詞}たえる(たゆ)。ふっつり切れる。また、ぱったりとなくなる。「断腸(はらわたもちぎれるほどつらい)」「山中断人行=山中に人行断ゆ」。
  3. (ダンズ){動詞}さだめる(さだむ)。ずばりと決める。「断定」「断獄=獄を断ず」。
  4. (ダンジテ){副詞・動詞}反対・困難をおしきって強い態度で行うさま。思いきって。「断乎(ダンコ)(きっぱりと、思いきりよく)」「断而敢行=断じて而敢へて行ふ」〔史記・李斯〕
  5. (ダンジテ){副詞}否定をあらわすことばを伴って、どうしても、けっしての意をあらわすことば。《類義語》決。
  6. {名詞}決定。《同義語》決。「断を下(クダ)す」。
  7. 《日本語での特別な意味》ことわる。ことわり。理由を説明して、相手の要求・申し出を退ける。わけを述べて許可を得る。また、その許可。

字通

[会意]旧字は斷に作り、𢇍(ぜつ)の反文+斤。〔説文〕十四上に「截(き)るなり。斤と𢇍とに從ふ。𢇍は古文絕なり」とあり、機にかけている糸の断絶した形である𢇍と、斤とに従う。絕(絶)は染糸が弱って切れる意。斷は斤を加えて切断する意。それより断絶・断定・断罪などの意に用いる。また断橋・断雲など、断絶し、残破するものをもいう。

短(タン・12画)

短 秦系戦国文字
睡虎地簡15.98

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「矢」+「豆」で、「豆」に”まめ”の意は文献時代にならないと見られない。原義は”みじかい”・”小さい”と思われるが、字形から語義を導くのは困難。

音:カールグレン上古音はtwɑn(上)。同音に「耑」とそれを部品とする漢字群、「鍛」・「斷」(断)など。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

『大漢和辞典』で同音同訓の「𢭃」は、甲骨文・金文ともに存在しない。上古音の同音のうち「斷」に”きれはし”の語釈が『大漢和辞典』にある。「𢇍」=「絶」の古字+「斤」”おの”で、原義は”断つ”。初出は西周早期の金文だが、”きれはし”の語義が春秋時代以前に確認できない。詳細は論語語釈「断」を参照。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意。「矢(短い直線)+豆(たかつき)」で、矢とたかつきのように、比較的みじかい寸法の物をあわせて、みじかいことを示した。端(みじかいはし)・喘(ゼン)(みじかい息遣い)などと同系。

語義

  1. {形容詞}みじかい(みじかし)。長さや時間がみじかい。《対語》⇒長。「短刀」「短命」「度然後知長短=度ありて然る後長短を知る」〔孟子・梁上〕
  2. (タンナリ){形容詞・動詞}たりない。不足する。「短欠」「短所」「劉備唯智短而勇不足=劉備唯だ智短にして勇足らず」〔蘇轍・三国論〕
  3. {名詞}能力・人格などのたらないところ。《対語》⇒長。「計人之短=人の短を計る」。
  4. {動詞}みじかくする(みじかくす)。長さや時間などをみじかくする。《類義語》縮。「短縮」「欲短喪=喪を短くせんと欲す」〔孟子・尽上〕
  5. (タントス){動詞}そしる。欠点を指摘する。欠点をとりあげて悪くいう。「短車騎将軍=車騎将軍を短る」〔漢書・蕭望之〕

字通

[形声]声符は豆(とう)。豆は頸部の短い器である。〔説文〕五下に「長短する所有るときは、矢を以て正と爲す」とあり、矢で長短をはかる意とする。短は短い矢。それより短小の意となり、また優劣の意に用いる。動詞として、人の短所をそしることをいう。

端(タン・14画)

端 楚系戦国文字 耑 甲骨文
「端」楚系戦国文字・曾176/「耑」甲骨文

初出:初出は楚系戦国文字

字形:部品で同音の「タン」の初出は甲骨文。「耑」の字形は根を含む植物が雨に潤うさまで、原義は”みずみずしく美しい”。「端」は”みずみずしく美しい位置に立つ”。原義は”端正”。

音:カールグレン上古音はtwɑn(平)。同音に耑とそれを部品に持つ漢字群、段を部品に持つ漢字群、短・断など。

用例:「甲骨文合集」6844に「貞伐耑」とあり、地名もしくは氏族名と思われる。

殷代末期「󱥽卣」(集成5353)に「辛卯。子易耑貝。用乍凡彝。」とあり、”よい”と解せる。

「漢語多功能字庫」端条には、見るべき情報が無い。耑条によると、甲骨文では国名に、金文では酒器の一種を意味し(義楚觶・春秋末期)、また人名に用いた。戦国時代の竹簡では、「端」を「耑」と記し、また「短」として使われた。

論語時代の置換候補:上掲部品で同音の「耑」。

学研漢和大字典「耑」

象形。一の両側に布端が垂れたさまを描いたもの。

語義

{名詞}両側に垂れたはし。もののはし。同義語に端。

字通「耑」

若い巫女が端然と坐する形。〔説文〕七下に「物初めて生ずるのはしなり。上は生ずる形に象り、下は其の根に象るなり」とし、草木初生の象とする。字は而に従い、而は髪を髠にした巫女の正面形。上部は髪飾りをつけている形である。共感呪術として、巫女の徒をつことがあり、微・徴はその側身形に従う。微は敵の呪詛を「くする」、徴はらす意。耑に従う字は、若い巫女の姿と解するとき、おおおむねその声義を説くことができる。耑の字形は、列国期の〔義楚〕〔徐王

〕の耑(觶)にみえる。

訓義:みこ、若いみこ端然として坐する形、ただしい。はし、末端、はじめ、こぐち。専と通じ、もっぱら。

大漢和辞典「耑」

耑 大漢和辞典

学研漢和大字典「端」

会意兼形声。耑(タン)は、布のはしがそろって━印の両側に垂れたさまを描いた象形文字。端は「立+(音符)嬶」で、左と右とがそろってきちんとたつこと。椽(テン)(両側にそろって垂れた家のたるき)・縁(エン)(両側に垂れた布のはし)・段(両側に垂れさがるだん)などと同系。

語義

  1. {名詞}はし。たれさがった布のはし。転じて、物事の一部分。糸口やはじめ。「末端」「端緒(タンショ)・(タンチョ)」「惻隠之心、仁之端也=惻隠之心は、仁之端也」〔孟子・公上〕
  2. {形容詞}ただしい(ただし)。両側にたれた布のはしがそろうように、左右の均斉がとれているさま。《類義語》斉(セイ)。「端斉(端正)」「端人(きちんとした人)」。
  3. {動詞}左右を水平にそろえて持つ。「端茶(茶わんを両手で水平にささげる)」。
  4. 「両端(リョウタン)」とは、反対のものがそろって一対となったもの。「執其両端=其の両端を執る」〔中庸〕
  5. 「異端(イタン)」とは、前と後、はじめと終わりがそろわず、くい違って均斉を欠いた説。また、のち、正統でない者。偏った邪説。「異端者」「攻乎異端=異端を攻む」〔論語・為政〕
  6. {名詞}二丈(二十尺)。のち、一丈八尺の長さの布地。▽衣一着分にあたる。はしをそろえて二つ折りにするので端という。日本では反と書く。《類義語》疋(ヒキ)・(ヒツ)。
  7. {名詞}一端(イッタン)(二丈)の黒い布地全部を用いてつくった礼服。「端章甫(タンショウホ)」〔論語・先進〕
  8. {名詞}六朝時代、役所の相談役や書記官のこと。「府端(府の長官の幕客)」「台端(手紙のことばで、役人に対する尊称)」。
  9. 《俗語》「無端(タンナク)・(ハシナク)・(ハシナクモ)」とは、きっかけや原因もなしに、はからずもの意。▽「はし無くも」は、「無端」の訓からきたことば。「無端更渡桑乾水=端無くも更に渡る桑乾の水」〔賈島・渡桑乾〕
  10. 「端的(タンテキ)」とは、中世の俗語で、ほんとうに、まさにの意。▽日本語の「端的」という表現はそれが転用されたもの。
  11. 《日本語での特別な意味》
    ①はした。まとまった数量になっていないこと。また、あまった数量の分。
    ②はした。召使など地位の低い人。「端女(ハシタメ)」。

字通「端」

端 字解
耑は端正に座る巫女の形で、上部は長髪のなびく姿。立は人の立つところで、儀式の場所や位を示す。所定の位置に端然と座る巫女の形より、端正の意となり、心正しくまことの意となる。巫女の座る位置は、上衣の左端で、そこから”はし”の意となり、順序をそこから数えるので、”はじめ”の意となる。

大漢和辞典「端」

端 大漢和辞典

歎(タン・14画)→嘆

歎 篆書 嘆 篆書
「歎」説文解字・後漢/「嘆」説文解字・後漢

初出:「歎」の初出は戦国の竹簡で、ただし字形は「難」または「戁」。現行字体の初出は後漢の『説文解字』。事実上の異体字「嘆」の初出も後漢の『説文解字』

字形:「𦰩」”火あぶり”+「欠」”口を大きく開けた人”で、悲惨なさまに口を開けて歎くさま。「嘆」は「𦰩」+「𠙵」”くち”で、意味するところは同じ。

音:「歎」のカールグレン上古音はtʰnɑn(去)。「嘆」も初出は『説文解字』。カ音はtʰnɑn(平/去)で音素は同じ。

用例:「難」または「戁」として戦国の竹簡に用例があり、語義は共に”なげく”。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓は存在しない。

学研漢和大字典

会意。左側の字は「革(かわ)+火+土」からなり、獣皮を火や日でかわかしたことを示す。歎はそれと欠(からだをかがめる)を合わせた字で、のどがかわいて、はあとため息を外に出すこと。旦(タン)(日が外に出る)・誕(胎児が外に出る)と同系。「嘆」に書き換えることがある。「嘆・嘆願」。

会意。右側の字(音はカン)は「革(動物の上半身)+火+土」の会意文字で、動物の脂を火で燃やすさまを示す。嘆はそれと口を合わせた字で、口が熱くなってかわくことを示す。熱っぽく興奮してことばにならず舌打ちだけすること。咤(タ)と縁が近い。類義語の嗟(サ)は、ちぇっと舌打ちして感心する。卿・慨は、胸いっぱいに詰まってなげく。旧字「鐓」は人名漢字として使える。▽「歎」の代用字としても使う。「嘆・嘆願」。

語義

  1. (タンズ){動詞}なげく。感にたえず、はあと息を外にはく。▽ひどく感心した場合にも悲しんだ場合にも用いる。《同義語》⇒嘆。「感歎(カンタン)」「悲歎(ヒタン)」「顔淵、喟然歎曰=顔淵、喟然として歎じて曰はく」〔論語・子罕〕
  2. (タンズ){動詞・名詞}歌のさいごに声を伸ばして、調子を高める。また、そのこと。「一唱三歎(イッショウサンタン)(三度ずつはやす)」。

(タンズ){動詞・名詞}なげく。なげき。興奮のあまり、のどがかわいて、舌打ちだけして息を漏らすこと。《同義語》⇒歎。「感嘆」「嘆声」。はない〉〔史記・項羽〕

字通

[形声]籀文の字形は𣥁に作り、もと難(だん)を声符とする字で、嘆と同声。𦰩(かん)は飢饉のとき巫を焚く形であるから、もとなげき、愁訴する意の字であるが、〔説文〕八下に「吟ずるなり」とし、吟詠の意とする。のち𦰩と通用し、同義に用いる。

[形声]声符は𦰩(かん)。𦰩に歎(たん)の声があり、嘆・歎はもと声同じく通用の字。〔説文〕二上に「嘆きを呑むなり」とし、嘆の省声。また「一に曰く、太息するなり」とあって、深く嘆息することをいう。嘆は〔説文〕八下に「吟ずるなり」とあって詠嘆の意とするが、𦰩は飢饉のとき巫を焚(や)く形で、嘆・嘆はともに悲嘆を示す字である。

憚(タン・15画)

憚 金文
中山王昔鼎・戰國晚期

初出:初出は戦国末期の金文

字形:「單」+「心」。「單」で「憚」を示した例が戦国の「郭店楚簡」六德16にある。

音:カールグレン上古音はdʰan(去)。

用例:出土例は全て”はばかる”と解せる。

論語時代の置換候補:結論として無い。

同音に彈(弾)があり、甲骨文が存在する。同じく「但」に”いつわる”の語釈があり、甲骨文から存在する。「難」(こばむ、カ音nɑn平/去)も語意が近い。部品の單(単)に”はばかる”の語釈は『大漢和辞典』になく、「漢語多功能字庫」単条にも確認できない。

学研漢和大字典

単 解字
会意兼形声文字で、單(タン)(=単)は、薄く平らなはたきを描いた象形文字で、撣(タン)(ぱたぱたたたく)の原字。憚は「忄(=心)+〔音符〕單」で、心が薄く平らで、上下に震えること。戦栗(センリツ)の戦(=戰。ふるえる)・顫(セン)(ふるえる)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}はばかる。びくびくと気にする。また、心配して差し控える。《類義語》懼(ク)・畏(イ)。「不憚煩=煩を憚らず」「過則勿憚改=過てば則ち改むるに憚ること勿かれ」〔論語・学而〕
  2. {動詞}はばかる。遠慮する。気にして避ける。「忌憚(キタン)」。
  3. 《日本語での特別な意味》はばかり。恐縮の気持ち。気がね。「なんの憚りもない」。

字通

[形声]声符は單(単)(たん)。〔説文〕十下に「忌み難(はばか)るなり」とし、「一に曰く、難(はばか)るなり」とする。〔左伝、昭十三年〕「之れを憚(おど)すに威を以てす」とあり、受身だけでなく、能動の意もある。弾㱾(だんがい)のような悪邪を祓う法とも関係のある語であろう。〔楚辞、招魂〕「君王親しく發して、靑兕(せいじ)を憚(おそ)れしむ」とあり、弾射によって憚れさせることをいう。

澹(タン/セン・16画)

澹 楚系戦国文字
郭店楚簡・語1.107-108

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「詹」”多い口数”+”水”で、立て板に水のように埒もないことを言うこと。

音:「タン」(上)の音で”たゆたう”、「セン」(去)の音で”足りる”を意味する。カールグレン上古音はdʰɑm(上/去)で、平声の音は不明。同音は「詹」(初出は戦国文字)と、「炎」を部品とする漢字群。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」語叢一107に「快(決)与(與)信,器也,各以澹(譫)」とあり、「澹」は「譫」”うわごと”と釈文されている。

論語時代の置換候補:近音に「沈」dʰi̯əm(平/去)/ɕi̯əm(去/上)があり、初出は甲骨文、”静かな水のさま”の語義を共有する。「漢語多功能字庫」沈条によると、甲骨文の字形や原義は人や動物の生け贄を川に沈めるさまで、原義は”沈む”。論語語釈「沈」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+(音符)詹(セン)・(タン)(ずっしりと下がる、重い、落ち着く)」。穏やかで、起伏がないことから、淡(あわい)と同じ意にも用いる。

語義

タン(上)
  1. (タンタリ){形容詞}水がゆったりたゆたうさま。「水澹澹兮生煙=水は澹澹として煙を生ず」〔李白・夢遊天姥吟〕
  2. (タンタリ){形容詞}しずか(しづかなり)。やすらか(やすらかなり)。ゆったりと落ち着いたさま。しずかで穏やかなさま。《同義語》⇒憺。《類義語》恬(テン)。「澹兮其若海=澹として其れ海のごとし」〔老子・二〇〕
  3. {形容詞}あわい(あはし)。あっさりしているさま。さっぱりしているさま。《同義語》淡。《対語》濃。
セン(去)
  1. {動詞}たりる(たる)。じゅうぶんである。また、たっぷりとみたす。▽贍(セン)に当てた用法。「物不能澹則必争=物澹りること能はざれば則ち必ず争ふ」〔荀子・王制〕

字通

(条目無し)

中日大字典

〔澹台tái〕〈姓〉澹臺(たんたい)

〈文〉安らかで静かである.
〔恬tián澹/恬淡〕恬(てん)淡としている.
〔澹荡dàng〕のどかでゆったりしている.

大漢和辞典

リンク先を参照

簞(タン・18画)

簞 隷書
蒼頡篇12・前漢隷書

初出:初出は前漢の隷書

字形:初出の字形はたけかんむりではなく「艹」+「單」で、草で編んだ「タン」と呼ばれる小さなはこを意味する。

音:カールグレン上古音はtɑn(平)。同音に「單」(単)とそれを部品とする漢字群など。

用例:『孟子』梁恵王下に「簞食壺漿」とあり、全体で”ささやかなもてなし”を意味する。告子上の意「一簞食,一豆羹,得之則生,弗得則死。」など、『孟子』には複数の用例がある。

春秋戦国時代の他学派には用例が見られない。

論語時代の置換候補:定州竹簡論語は「單」と記す。

「單」(単)は同音で甲骨文から存在する。論語語釈「単」を参照。「単」に食器を意味する語釈は『大漢和辞典』に無いが、”かさなる・うすい”などの語釈があり、簞は草で作った重ねおきできる弁当箱のようなものを指すか。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「竹+(音符)單(タン)(平らで薄い)」。薄い割り竹であんだ容器のこと。

語義

  1. {名詞}はこ。薄く削った竹であんだ小ばこ。
  2. {名詞}竹や草であんだまるい飯びつ。わりご。
  3. {名詞}ひさご。「瓢簞(ヒョウタン)(ひさごの容器)」。

字通

[形声]声符は單(単)(たん)。〔説文〕五上に「笥(し)なり。~漢の律令に、簞は小筐なりと」、また笥字条五上に「飯及び衣の器なり」とみえる。円なるを簞、方なるを笥という。〔論語、雍也〕に「一簞の食(し)」、〔孟子、梁恵王下〕に「簞食(たんし)壺漿(こしやう)」の語がある。大きな竹器は筐、簞は櫛入れや、〔左伝、哀二十六年〕「一簞の珠」のように、宝石箱などに用いた。

南(ダン・9画)

南 甲骨文 論語 南 金文
甲骨文/大盂鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:南中を知る日時計の姿。甲骨文の字形の多くが、「日」を記して南中のさまを示す。原義は”南”。「楽器の一種」と言う郭沫若や唐蘭の説は支持できない。

音:カールグレン上古音はnəm(平)。「ナン」は呉音。

用例:「漢語多功能字庫」によると、郭沫若等の意見を除くと甲骨文では原義に用い、金文でも原義に用いた(散氏盤・西周末期)。

備考:論語では孔子の弟子、南容の名として現れる。

殳 甲骨文
「殳」甲骨文

落合淳思『甲骨文字の読み方』では人名を表す失伝した甲骨文として、「南+殳」の字形があったと言い、「南」を通説通り楽器とし、「殳」をバチを持った手とする。ただし「殳」を『大漢和辞典』は「つえぼこ」と読み、必ずしもバチを手に取った姿とは回されていない。「南」を必ずしも楽器と回する必要も無いことになる。

バチを持った手と解してももちろんかまわない。鐘や太鼓を叩いて正午を知らせる天文官の氏族名なら、なおさら殷文化にふさわしい。

学研漢和大字典

会意兼形声。原字は、納屋ふうの小屋を描いた象形文字。南の中の形は、入の逆形が二線にさしこんださまで、入れこむ意を含む。それが音符となり、屮(くさのめ)とかこいのしるしを加えたのが南の字。草木を囲いで囲って、暖かい小屋の中に入れこみ、促成栽培をするさまを示し、囲まれて暖かい意。転じて、暖気を取りこむ南がわを意味する。▽北中国の家は北に背を向け、南に面するのが原則。草書体をひらがな「な」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}みなみ。暖気をとりこむ南がわ。《対語》⇒北。「南国」「凱風自南=凱風南よりす」〔詩経・癩風・凱風〕
  2. {動詞}みなみする(みなみす)。南方へ行く。「図南=南せんと図る」「南、言化自北而南也=南とは、化の北よりして南するを言ふ」〔詩経・大序〕
  3. {副詞}みなみのかた。南の方角では。南に進んで。「南連斉楚=南のかた斉楚に連なる」〔史記・荊軻〕
  4. {名詞}「詩経」の周南と召南のこと。周の都からみて南方の国の民謡を集めたもの。「二南(周南と召南)」。

字通

[象形]釣鐘形式の楽器の象形。古く苗(びよう)族が用いていた楽器で、懸繋してその鼓面を上から鼓つ。器には底がなく、頸部の四方に鐶耳があり、そこに紐を通して上に繋けると、南の字形となる。殷の武丁期に貞卜のことを掌った貞人に■(南+殳)(なん)という人名があり、その字は南を鼓つ形に作る。〔説文〕六下に「艸木、南方に至りて、枝任(しじん)あるなり」とし、任をしなやかの意に用いるが、苗族が用いた銅鼓は古くは南任(なんじん)とよばれ、いまもかれらはその器をNanyenとよぶ。「南任」がその器名である。〔詩、小雅、鼓鍾〕に「雅を以てし南を以てす」とあって、単に南ともよばれた。〔韓詩薛(せつ)君章句〕に「南夷の樂を南と曰ふ」とみえる。また〔礼記、明堂位〕に「任は南蠻の樂なり」とするが、南任がその正名である。この特徴的な楽器によって、南方を南といい、苗族を南人とよんだ。卜辞に「三南・三羌」のように、西方の羌人(きようじん)と合わせて、祭祀の犠牲に供せられることがあった。犬首の神盤古を祖神とする南人は、羊頭の異種族羌族とともに犠牲とされたが、牧羊族の羌人のように捕獲は容易でなく、卜辞にみえる異族犠牲は、ほとんど羌人であった。南方は一種の聖域と考えられ、〔詩、周南、樛木〕には「南に樛木(きうぼく)有り 葛藟(かつるい)之れに纍(まと)ふ」のように、南は、一種の神聖感を導く発想として用いられる。

難(ダン/ダ・18画)

難 金文 難 金文
殳季良父壺・西周末期/齊大宰歸父盤・春秋

初出:初出は西周末期の金文

字形:「𦰩カン」”火あぶり”+「鳥」で、焼き鳥のさま。原義は”焼き鳥”。それがなぜ”難しい”・”希有”の意になったかは、音を借りた仮借と解する以外にない。

音:「ナン」「ナ」は呉音。カールグレン上古音はnɑn(平/去)。

用例:西周末期「殳季良父壺」(集成9713)に「其萬年。霝冬難老。」とあり、「それ万年終わりよくして老い難し」と読め、”…しにくい”と解せる。

漢語多功能字庫」には戦国時代以降の用例しか記載が無いが、「難老」が”長寿”を意味したという(殳季良父壺・西周末期)。従って初出の頃から、”希有”を意味したことになる。

学研漢和大字典

会意。「動物を火でやき、かわかしてこちこちにするさま+隹(とり)」。鳥を火であぶることをあらわし、もと燃(ネン)(もやす)と同系のことば。やけただれる火あぶりのようにつらいことの意から転じて、つらい災害ややりづらい事などをあらわす。類義語に艱。旧字「闡」は人名漢字として使える。▽「難(むずか)しい」は、「むつかしい」とも読む。▽草書体をひらがな「な」として使うこともある。▽「読み難(にく)い」などの「にくい」は「悪い」とも書く。

意味〔一〕ダン/ナン

  1. {名詞}わざわい(わざはひ)。うれい(うれひ)。日照り・水ぜめ・火あぶりなどのつらいめ。うまく進まない事態。《類義語》艱(カン)。「艱難(カンナン)」「遭難」「忿思難=忿には難を思ふ」〔論語・季氏〕
  2. {名詞}つらい戦争。「請作難=難を作さんことを請ふ」〔春秋公羊伝・隠四〕
    み(ナンズ){動詞}なじる。人の非を責める。そしる。「非難」「難詰」「於禽獣又何難焉=禽獣において又何をか難らん」〔孟子・離下〕
  3. {形容詞}かたい(かたし)。むずかしい。やりづらいさま。手におえない。うまく物事が進まない。▽平声に読む。《対語》易。「困難」「難問」「為君難=君為ること難し」〔論語・子路〕→語法。
  4. {名詞}かたき。簡単に処理できない事がら。むずかしい事がら。▽平声に読む。「責難於君謂之恭=難きことを君に責むるはこれを恭と謂ふ」〔孟子・離上〕
  5. {動詞}かたしとする(かたしとす)。かたんず。むずかしいと考える。▽平声に読む。「惟帝其難之=惟れ帝も其れこれを難んず」〔書経・皐陶謨〕

意味〔二〕ダ/ナ

  1. (ダタリ){形容詞}数多く柔らかいさま。《同義語》那・娜。「其葉有難=其の葉難たる有り」〔詩経・小雅・隰桑〕
  2. {名詞}疫病神を追いはらう儀式。おにやらい。《同義語》儺。
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①なん。欠点。「難点」「無難」「難のない人」。
    ②やっかいなめぐりあわせ。「女難」「剣難」。

語法

「~しがたし」とよみ、「~するのがむずかしい」「~しにくい」と訳す。「君子易事而難説也=君子は事(つか)へ易(やす)くして説(よろこ)ばしめ難(がた)きなり」〈君子は仕えやすいが喜ばせにくい〉〔論語・子路〕

字通

[会意]旧字は難に作り、𦰩(かん)+隹(すい)。〔説文〕四下に「鳥なり」とし、𦰩声とする。鳥名としては、王紹蘭の〔説文段注訂補〕に、南越の木難また莫難にして金翅鳥、その本名を難というとするが、字はもっぽら難易の意に用いる。𦰩は金文の字形によると鏑矢(かぶらや)の形と火に従っており、火矢の形かとみられ、火矢を以て隹(鳥)をとる法を示す字かと思われる。儺(だ)(鬼やらい)の儀礼と関係があり、鳥占(とりうら)に関して、呪的な目的で行われたものであろう。それでなやむ意から、困難の意となった。金文の〔斉大宰盤(せいたいさいばん)〕に「靈命老い難からんことを」のように用いる。

論語語釈
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