兪/俞(ユ・9画)
初出:初出は甲骨文。
字形:「舟」または「皿」+「余」”刃物”で、木を刃物でくりぬいて丸木舟や皿を作るさま。原義は”くりぬく”。喩、愈、踰、窬、媮など、多数の派生字を持つ。
音:カールグレン上古音はdi̯u(平)。去声の音は不明。
用例:殷代末期から西周早期の金文では、族徽(家紋)の部品に用いられた例がある。
殷代末期「小臣艅犀尊」(集成5990)に「王易小臣俞夒貝。」とあり、人名と解せる。
西周早期「俞白器」(集成10566)に「艅(俞)白(伯)乍(作)寶彝。」とあり、氏族名、または地名と解せる。
西周末期「不𡢁𣪕」(集成4328)に「馭方(玁)允(狁)廣伐西俞」とあり、”こえる”と解せる。ただし下掲「漢語多功能字庫」は”辺境”と解するが、李学勤による根拠無き説。
西周中期「𦅫鎛(齊𥎦鎛)」(集成271)に「勿或俞(渝)改」とあり、”変わる・変える”と解せる。
春秋末期「君鉦鋮(又名無者俞鉦鋮)」(集成423)に「乍無者俞寶𨭘。」とあり、器名と解せる。
戦国の竹簡では、「喻」、「逾」”超える”、「媮」”盗む・楽しむ”と釈文される例がある。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”然り”の意で用いられ、金文では「渝」”変わる”(𦅫鎛・春秋)、「隅」”辺境”(不其𣪕・西周末期)、人名(魯白大父乍仲姬俞𣪕・春秋?)に用いられた。「喩」”たとえる”の語義は、戦国の竹簡まで時代が下る。
学研漢和大字典
会意。左に舟を、右にくり抜く刃物の形を添えたもの。▽「説文解字」に「木を中空にして舟となすなり」とある。偸(トウ)(抜きとる→盗む)・癒(ユ)(病根を抜きとる)・踰(ユ)(中間の段階を抜いて進む→越える)・輸(物を抜きとって車で運ぶ)などの音符として含まれ、抜きとる意を含む。
語義
- {感動詞}「はい」と承諾する返事。「兪允(ユイン)(よろしいと聞き入れる)」「帝曰兪=帝曰はく兪と」〔書経・尭典〕
- {名詞}木をくり抜いた丸木舟。
- 「兪穴(ユケツ)」とは、漢方医学で障害を抜きとるつぼ。
- {副詞}いよいよ。ますます。前の段階をこえて進むさま。《同義語》⇒愈。▽上声に読む。
字通
[会意]舟と余(よ)。舟は盤、余は手術刀、これで刺して膿漿を盤に移しとる。これによって治癒するので、兪は瘉(癒)の初文。その痛苦が除かれて、心が愉(たの)しく愉(やす)まることを愈という。兪・愈・愉・瘉は一系の字。〔説文〕八下に「空中の木もて舟と爲すなり」と刳(く)り舟の意とし、字形を「亼(しふ)に從ひ、舟に從ひ、巜(くわい)に從ふ。巜は水なり」とするが、巜は膿漿の象。金文の字形によって、字が膿漿を盤に移す意を示すものであることが確かめられる。ゆえに輸送の意となる。金文の〔𦅫鎛(そはく)〕に「兪改(ゆかい)すること或(あ)る勿(なか)らん」とあるのは、渝改の意。心渝(がわ)りすることをいう。〔書、尭典〕に「帝曰く、兪(しか)り」と肯定して答える辞に用いる。
大漢和辞典
臾(ユ・9画)
合1107/師臾鐘・西周中期
初出:初出は甲骨文。
字形:〔臼〕”手2つ”の間に〔人〕。人を引き回すさま。
音:カールグレン上古音はdi̯u(平)。
用例:甲骨文での語義は明らかでない。西周の金文では官職名、または人名の一部に用いた。
学研漢和大字典
会意。「臼(両手)+┃(引っぱる)+横へ引きぬくしるし」。萸(ユ)・諛(ユ)などの字に音符として含まれる。▽叟(ソウ)は、別字。叟(ソウ)と混同しやすいので注意。
語義
- {動詞}ぬく。そっと横へ引きぬく。
- 「須臾(シユユ)」とは、ほんのしばらくの間。あっというま。▽もと、須(ひげ)がするりとぬけることから。「道也者不可須臾離也=道なる者は須臾も離るべからず」〔中庸〕
字通
[象形]人が腰に両手をかけている形。〔説文〕十四下に「束縛して捽抴(そつえい)するを臾と爲す」とあり、捽は頭髪をつかむ、抴はおし倒すというほどの意である。須臾(しゆゆ)はしばらくの意であるが、〔漢書、賈山伝〕「願はくは少(しばら)く須臾して死すること毋(なか)れ」の須臾は従容の意であり、左右の手を腰にあててくつろぐ姿をいう。すなわち腴(ゆ)の初文とみてよい。〔説文〕に字形を「申に從ひ、乙に從ふ」とするが、申は電光の象である。臾は人と臼(きよく)とに分かちうるが、その全体を象形とみてよい。
庾(ユ・11画)
老子甲後431・前漢
初出:初出は戦国最末期の「睡虎地秦簡」。「小学堂」による初出は前漢の隷書。
字形:「广」”屋根”+「臾」”人を両手で抱える”。原義は不明。
音:カールグレン上古音はdi̯u(上)。同音は「臾」「俞」など多数。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲135正に「壬癸庾辛甲乙夕行,有九喜。」とあり、占いの書だから何を言っているのか分からない。「庚」(かのえ)の誤字ではないか。
論語に次ぐ文献上の用例は戦国時代に編まれた『管子』で、「不庾」という南方の異民族の名として出てくる。『孟子』は人名として用い、前漢初期の『韓詩外伝』に「農夫藏於囷庾」とあり、”くら”の意で用いる。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
『大漢和辞典』で音ユ訓くらに「㔱」があるが、初出は不明。同音「臾」に”あじか”の語義を『大漢和辞典』が載せるが、春秋時代に確認できない。甲骨文での「臾」の語義はよく分からず、西周から春秋末にかけての金文でには、人名しか用例が見られない。字形の近い同訓「㡼」は初出不明。
学研漢和大字典
会意兼形声。臾(ユ)は、申(伸ばす)の字に横に引きぬく印を加えて、横に引き伸ばすことを示す。捨(ユ)は「广(いえ)+(音符)臾」で、作物を下ぶくれに積んだ稲むら。また、稲むらを家屋式のくらにしたもののこと。腴(ユ)(下ぶくれ)と同系。廋(ソウ)(かくす)は、別字。
語義
- {名詞}こめぐら。刈り入れた作物を野積みにした稲むら。また、転じて、米ぐら。《類義語》倉。「倉捨(ソウユ)(食糧庫)」。
- {単位詞}中国古代のますめの単位。一庾は一六斗(上古の一斗は約一・九四リットル)。「与之庾=これに庾をあたふ」〔論語・雍也〕
字通
[形声]声符は臾(ゆ)。臾は人の肥満して、腴(ゆた)かなさまをいう。〔説文〕九下に「水漕の倉なり」とするが、もと野積みする倉をいう。〔詩、小雅、楚茨〕「我が庾維(こ)れ億」の〔伝〕に「露積(ろし)を庾と曰ふ」とみえる。高く積みあげて、末広がりの状となる意である。
喩/喻(ユ・12画)
「熹平石経」論語里仁・後漢
初出は戦国の竹簡。ただし字形は「兪」または「𡩗」。現行字体の初出は後漢の隷書。
字形:「口」+「兪」”くりぬく”で、口でもののことわりを掘り下げて語り聞かせること。原義は”さとす”。異体字の「喻」は、中国や台湾では、こちらがコード上の正字とされる。
音:カールグレン上古音はdi̯u(去)。同音多数。兪はその一つ。
論語時代の置換候補:存在しない。同音同訓同調の「諭」の初出は晋系戦国文字。
備考:『説文解字』には地の文に見えるだけで条目が無い。「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
兪は、「↑+舟+刀」の会意文字で、中身をくりぬいて作った丸木舟。じゃまな部分を抜きとる意を含む。喩は、「口+音符兪」の会意兼形声文字で、疑問やしこりを抜き去ること。▽癒は、病根を抜き去ること。
語義
- {動詞}さとす。さとる。疑問を解いてはっきりとわからせる。はっきりとわかる。《同義語》⇒諭。「君子喩於義=君子は義に喩る」〔論語・里仁〕
- {動詞}たとえる(たとふ)。例を引いて疑問を解く。《同義語》⇒諭。「請以戦喩=請ふ戦ひを以て喩へん」〔孟子・梁上〕
- {名詞}たとえ(たとへ)。たとえごと。《同義語》⇒諭。「隠喩(インユ)」「引喩失義=喩へを引きて義を失ふ」〔諸葛亮・出師表〕
- {名詞}文章様式の名。例を引いて相手に理由を理解させることを目的にした文章。《類義語》解。「進学喩」。
- 「嘔喩(オウユ)」とは、愉快に親しげに話すこと。▽愉に当てた用法。
- {動詞}たのしむ。よろこぶ。▽愉に当てた用法。「喩喩(ユユ)」「自喩適志与=自ら志に適へるかなと喩しむ」〔荘子・斉物論〕
字通
声符は兪。兪は、把手のある手術刀で膿漿を盤*(舟)に移す形で、愈・瘉(癒)の初文。兪にはものを移す意がある。他に喩えて、ことを諭すを喩という。〔説文〕に喩字を収めず、〔広雅、釈言〕に「譬は喩なり」とみえる。〔荘子、斉物論〕に「指を以て、指の指に非ざるを喩ふるは、指に非ざるを以て、指の指に非ざるを喩ふるに若かざるなり」という。〔論語、里仁〕「君子は義に喩る」は、彼に鑑みてこれを知る意である。
*盤:平らな青銅の器。
大漢和辞典
告げる。さとす。さとる。たとえる、たとえ。いさめる。文体の名。諭に同じ。姓。こころよい。よろこぶ。やわらぎよろこぶさま。歌う。
愉(ユ・12画)
魯伯愈父匜・春秋早期
初出:初出は春秋早期の金文。
字形:「忄」(心)+「兪」”病根を取り去る”。病が癒えて楽になったさま。
音:カールグレン上古音はdi̯u(平)。
用例:春秋早期「魯伯愈父匜」(集成10244)に「魯白愈父乍鼄姬也。」とあり、人名の一部。
戦国中末期「郭店楚簡」に「建惪如偷貞女愉」とあり、現伝『老子道徳経』の「建德若偷、質真若渝」に相当する部分だとされる。「渝」は”移ろい変わる”。釈文の誤りまたは誤字か。
「上海博物館藏戰國楚竹書」用曰04に「民日愈樂」とあり、”たのしい”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。兪(ユ)は、左に舟を、右にくりぬく刃物の形をそえたもの。ぬきとる意を含む。愉は「心+(音符)兪」で、心中のしこりを抜きとること。癒(ユ)(病根を抜きとって病がいえる)と同系。類義語の楽(ラク)は、がやがやとにぎやかにたのしむ。快は、心中の支障を除いてさっぱりすること。
語義
- {形容詞}たのしい(たのし)。心のしこりがとれてたのしい。心中にわだかまりがない。「愉快」「必有愉色=必ず愉色有り」〔礼記・祭義〕
- {動詞}たのしむ。わだかまりなくたのしむ。喜ぶ。「他人是愉=他人是れ愉まん」〔詩経・唐風・山有枢〕
字通
[形声]声符は兪(ゆ)。兪は、把手(とつて)のある手術刀で膿漿を盤(舟)に移す形で、治癒の癒の初文。病苦を除いて心安らぐことを愉という。〔説文〕十下に「薄なり」と婾薄(とうはく)の意とするが、その字には婾・偸を用いる。〔論語、郷党〕に「私覿(してき)(私的に会うとき)には愉愉如たり」とあって、くつろぐたのしさをいう。〔詩、唐風、山有枢〕「他人是れ愉(たの)しまん」には、なお偸(ぬす)みとる意をも含むようである。
隃(ユ・12画)
睡.秦81
初出:初出は秦の隷書。
字形:「阝」”はしご・階段”または”山・丘”+「兪」”越える”。へんの「阝」はもと”はしご・階段”の意で、つくりの「阝」”山・丘”とは由来が違うのだが、戦国末の段階では混同されていたことを示す。
音:カールグレン上古音は不明。藤堂上古音は「逾」「兪」「愈」と同じでdiug(dの下に○、平)、または戍(ジュ)と同じでthiug(去)。漢音は「こえる」の訓で「ユ」、雁門山(山西省)の別名としては「シュ」。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」金布81に「其責(債)毋敢隃(逾)歲」とあり、”(時を)超える”と解せる。
論語時代の置換候補:部品で同音の「兪」。
学研漢和大字典
会意兼形声。「阜(やま)+(音符)兪(ユ)(中みをとり除く)」。
語義
ユ(平)
- {動詞}こえる(こゆ)。のりこえる。中間にある障害をとり除いてこえていく。《同義語》⇒踰・逾。「卑不聰尊=卑は尊を聰えず」〔漢書・匡衡〕
- 「聰麋(ユビ)」とは、地名。漢代の県。今の陝西(センセイ)省千陽(センヨウ)県の東にあたる。墨の産地。
シュ(去)
- {名詞}雁(ガン)のこえる山。雁門(ガンモン)山のこと。今の山西省代県の北にあたり、雁門関がある。
字通
[形声]声符は兪(ゆ)。兪に移し送る意がある。〔説文〕十四下に「北陵西隃、鴈門是れなり」とあり、西隃は山名。踰(ゆ)と通じ、こえる。また遥と通用する。
愈(ユ・13画)
魯伯愈父匜・春秋早期
初出:初出は春秋早期の金文。
字形:「兪」”くりぬく”+「心」で、病巣を取り去って心地よい気持のさま。原義は”治る”。「癒」(初出は後漢の『説文解字』)”いえる・いやす”の字が派生したのちは、音が表す”いよいよ”の意に用いた。
音:カールグレン上古音はdi̯u(上)。同音多数。兪はその一つ。論語語釈「兪」を参照。
用例:春秋末期以前には、「魯白(伯)愈父乍」の用例しかなく、人名の一部。
「漢語多功能字庫」によると、金文では人名に用いた(魯伯愈父匜・春秋早期)。
学研漢和大字典
兪は、中身を抜き取った丸木舟のこと。愈は「心+音符兪」の会意兼形声文字で、病気や心配の種が抜き取られ、心が気持ちよくなること。癒の原字。ただし普通は踰(越える)-逾(越えて進む)と同系の言葉として用い、相手を越えてその先に出る意。また先へ先へと越えて程度をの進む意をあらわす。
語義
- {動詞・形容詞}まさる。比較してみて、他のものを越えている。また、そのさま。《類義語》踰(ユ)。「女与回也孰愈=女(なんぢ)と回と孰(いづ)れか愈(まさ)れる」〔論語・公冶長〕
- {副詞}いよいよ。→語法「①②」。
{動詞}いえる(いゆ)。病気のもとがとれてさっぱりする。《同義語》癒。「全愈(ゼンユ)(=全癒)」「今日愈=今日愈ゆ」〔孟子・公下〕
語法
①「いよいよ」とよみ、「いよいよ~」「だんだんと~」と訳す。事態・程度が先をこえて発展する意を示す。「既以与人己愈多=既(ことごと)くもって人に与へて己愈(いよいよ)多し」〈何もかも人に与えながら、自分のものはますます多くなる〉〔老子・八一〕
②チ「愈~愈…」は、「いよいよ~なれば、いよいよ…なり」「いよいよ~にして、いよいよ…なり」とよみ、「~であればあるほど、ますます…である」と訳す。「挙足愈数而迹愈多=足を挙ぐること愈(いよいよ)数にして迹愈多し」〈足をあげることが多ければ多いほど、足跡もその分ますます多くなる〉〔荘子・漁父〕ヂ「益」「滋」「茲」などとともに用いられることもある。「虧人愈多、其不仁茲甚矣=人を虧(か)くこと愈(いよいよ)多ければ、その不仁なること茲(ますます)甚だし」〈他人に損害をかける程度が多ければ多いほど、その犯人の他人を思いやらぬ心情はますますひどくなる〉〔墨子・非攻〕
字通
声符は兪。兪は、把手のある手術刀で膿漿を盤(舟)に移す形。これによってその痛苦を治癒する意で、その安らぐ情を愈という。愉と同字異構であるが、慣用を異にするところがある。〔孟子、公孫丑下〕「今、病小しく愈えたり」のように、治癒の意に用いる。〔論語、公冶長〕「女と回(顔回)と孰れか愈れる」は比較。〔詩、小雅、小明〕「政事愈〻蹙まる」は副詞。〔詩、小雅、正月〕「憂心愈愈たり」は瘉の仮借で、なお病み憂える状態を言う。
訓義
いえる、なおる、おさまる。まさる、なおまさる。次第によろい、いよいよ、ますます。愉と通じ、たのしい、たのしむ。瘉と通じ、うれえなやむ。
大漢和辞典
まさる。いえる、いやす。いよいよ。うれえる、なやむ。ったのしむ。通じて兪*に作る。姓。
*いよいよ、しかり。
窬(ユ・14画)
初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はi̯u(平)。同音は臾や俞(共に平)とそれを部品とする漢字群多数。俞に”えぐる・移る・越える”の意があり、論語時代の置換候補となる。当「窬」もその派生字。
学研漢和大字典
会意兼形声。兪(ユ)は、矢印型の刃物で木の中みをくり抜いて丸木舟をつくることを示す。窬は「穴(あな)+(音符)兪(ユ)」で、くりぬいて穴をあけること。偸(トウ)(中の物を抜きとる)と同系。
語義
- {動詞}うがつ。中を抜きとって穴をあける。《類義語》穿(セン)(うがつ)。
- {名詞}くぐりど。くりぬいて穴をあけた入り口。
- {動詞}へいや障害物を乗りこえる。▽踰(ユ)(こえる)に当てた用法。「穿窬之盗」〔論語・陽貨〕
字通
[形声]声符は兪(ゆ)。兪に、此れより彼に移す意がある。〔説文〕七下に「木を穿(うが)ちたる戸なり」とあり、くぐり戸をいう。そこを逾(こ)えて通る。土牆などに木をはめこんで設けることがあり、それで穴に従う。
踰(ユ・16画)
「縱橫家書」178・前漢隷書
初出:初出は前漢の隷書。
字形:「足」+「兪」”超える”で、原義は”超える”・”越える”。
音:カールグレン上古音はdi̯u(平)。同音多数。兪はその一つ。
論語時代の置換候補:「兪」→”越える”の語義は『大漢和辞典』にあり、そう読めなくもない用例が春秋時代以前にあるが、異論もある。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。『大漢和辞典』の第一義は”超える”。『大漢和辞典』には他に”踊る”の語義を載せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。兪は、中身を抜き取った丸木舟を表す会意文字。ただし普通は踰(越える)-逾(越えて進む)と同系の言葉として用い、相手を越えてその先に出る意。また先へ先へと越えて程度をの進む意をあらわす。踰は「足+(音符)兪(くりぬく、とりさる)」で、中間にあるじゃま物や期限をものともせず、とりさる足の動作を示す。のりこえること。類義語の越は、ひと息に何かに足をかけてふんばり、えいとばかりこえること。
語義
- {動詞}こえる(こゆ)。間にある物や境界をのりこえる。《同義語》⇒逾。《類義語》越。「踰牆=牆を踰ゆ」「無踰我牆=我が牆を踰ゆる無かれ」〔詩経・鄭風・将仲子〕
- {動詞}こえる(こゆ)。間にある時間や期限をのりこえる。「踰月=月を踰ゆ」。
- {副詞}いよいよ。一つ一つと段階をこえて、程度がひどくなるさま。▽兪(ユ)・愈(ユ)に当てた用法。
字通
[形声]声符は兪(ゆ)。兪は、把手(とつて)のある手術刀(余)で膿漿(のうしよう)を刺し、これを盤(舟)に移し除く意で、此より彼に移す意がある。それで、移動して道路を度越し、他に赴くことを踰(逾)という。〔説文〕二下に「越ゆるなり」、また逾字条二下に「■(辶+戊)(こ)え進むなり」とあって、経過することをいう。
又(ユウ・2画)
甲骨文/又尊・殷代末期
初出:初出は甲骨文。
字形:右手の象形。
音:カールグレン上古音はgi̯ŭɡ(去)。
用例:「甲骨文合集」25.8に「甲申卜貞翌乙酉侑于祖乙牢又一牛又豰」とあり、祭祀名と解せる。
殷代末期の金文では、「右」「守」と釈文する例がある。
西周早期「史獸鼎」(集成2778)に「十又一月癸未」とあり、”また”・”さらに”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では祭祀名に用い、”みぎ”、”有る”を意味した。金文では”補佐する”を意味した(天亡簋・西周早期)。
学研漢和大字典
象形。物をかばう形をした右の手を描いたもので、右の原字。外からわをかけたようにかばう(佑)の意を含み、転じて、わをかけて、さらにそのうえに、の意の副詞となる。類義語に亦。
語義
- {副詞}また。→語法「①-1」。
- {副詞}また。→語法「①-2」。
- {助辞}数詞の端数の上につける。《同義語》⇒有。「十又五(ジュウユウゴ)(十の上にさらに五、つまり十五)」。
- {動詞}上古では、助ける・かばうの意。▽保佑(ホユウ)の佑に当てた用法。
- {名詞}みぎ。▽右に当てた用法。
- 《日本語での特別な意味》または。あるいは。Aか、またはB。
語法
①
- 「また~」とよみ、「そのうえ~」「さらに~」と訳す。ある行為・状態に、さらに別の行為・状態を追加する意を示す。▽「又」は、「A~又…=A~してまた…す」と使用されるように、主語が同じで、述語が異なる。「亦」は、「A~、B亦~=A~して、Bもまた~す」と使用されるように、主語が異なり、述語が同じ。「A~、B亦~」は通常、「A~、B亦如是=A~す、…もまたかくのごとし」と多く用いられる。「国人追之、又敗諸鹿門=国人これを追ひ、またこれを鹿門に敗る」〈国の人はこれを追撃し、さらにこれを鹿門で敗った〉〔春秋左氏伝・昭一〇〕
- 「また~」とよみ、「またもや~」「さらに~」と訳す。行為・状態が重複する意を示す。「戦于稷、欒高敗、又敗諸荘=稷に戦ひ、欒高敗る、又諸を荘に敗る」〈稷で戦い、欒(ラン)氏・高氏は敗れ、またもやこれを荘で敗った〉〔春秋左氏伝・昭一〇〕
②「既~又…」は、「すでに~また…」とよみ、「~のみならず…も」「~だけでなく、さらに…」と訳す。累加の意を示す。「既不能令、又不受命、是絶物也=すでに令すること能はず、また命を受けざるは、これ物を絶つなり」〈相手に命令することができないのに、相手の命令を聴かないのは、相手との交わりを絶って禍を招くことになろう〉〔孟子・離上〕
字通
[象形]右の手の形で、右の初文。〔説文〕三下に「手なり。象形。三指なる者は、手の列多きも、略して三に過ぎざるのみ」とある。左向の字は、左の初文。右は後起の字で、祝禱の器である口(𠙵(さい))をもつ形。左も後起の字で、呪具である工をもつ形。又はのち副詞のまた、動詞の佑助の意に用い、左右の字には用いない。金文では又を左右の右、有無の有、保有・敷有の有、また佑助の佑、侑薦の侑に用いる。〔詩、小雅、小宛〕「天命又(ふたた)びせず」、〔儀礼、燕礼〕「又之れに命ず」は復の意、〔礼記、王制〕「王三たび又す」は宥(ゆる)す意である。
友(ユウ・4画)
甲骨文/麥方鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文の字形は複数人が腕を突き出したさまで、原義は”共同する”。腕を出して互いにかばい合う仲間を意味する。ペルシア帝国を破った古代ギリシア軍の陣形として、重装歩兵のファランクスが知られるが、兵士は左手に円形の大盾を持ち、右手に槍を持ったため、露出した右半身は右隣の兵士の盾によって守るほかなく、洋の東西は違えど「友」の語意をよく表している。
慶大蔵論語疏は異体字「〔友丶〕」と記す。「魏寇憑墓志」(北魏)・「唐元祕塔碑」刻。
音:カールグレン上古音はgi̯ŭɡ(上)。
用例:甲骨文は欠損が多くて語義を判じがたい。
西周末期の金文「倗友鐘」に「倗友。其萬年臣天。」とあり、「朋友。□其れ万年天に臣えよ」と読め、”朋友”の語義が確認できる。
論語と同時代、春秋末期の「齊𩍂氏鐘」に「用樂嘉賓。及我倗友子子孫孫永保鼓之。」とあり、「用いて嘉き賓を楽しませ、我が朋友に及ぼすこと、子々孫々永く保ちて之を鼓て」と読め、”朋友”の語義が確認出来きる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名や祭祀の名に、金文では西周中期の「趞曹鼎」に、”友人”・”友好”の用例があるという。
学研漢和大字典
会意。かばうように曲げた手をくみあわせたもの。「て+(音符)又(ユウ)」の会意兼形声文字とみてもよい。手でかばいあうこと。転じて、仲よくかばいあう仲間。佑(ユウ)(たすける、かばう)・右(物をかばうようにして持つみぎ手)と同系のことば。類義語の伴は、ペアをなす相手、一対の仲間(連れあい)。朋(ホウ)は、肩を並べた仲間、同僚。
語義
- {名詞}とも。ともだち。「朋友(ホウユウ)」「託其妻子於其友=其の妻子を其の友に託す」〔孟子・梁下〕
- {動詞}ともとする(ともとす)。ともだちのつきあいをする。友人とする。「友好」「匿怨而友其人=怨みを匿して其の人を友とす」〔論語・公冶長〕
- (ユウス)(イウス)・(ユウナリ)(イウナリ){動詞・形容詞}かばいあう。仲よく助けあう。また、そのさま。《類義語》佑(ユウ)。「出入相友=出入に相ひ友す」〔孟子・滕上〕。「友于兄弟、施於有政=兄弟に友に、有政に施す」〔論語・為政〕
- {形容詞}仲がよいさま。味方をしてくれるさま。「友軍」「友邦」。
字通
(金文 「史墻盤」より)
又+又。〔説文〕三下に「同志を友と為す。二又に従う。相い交友するなり」という。金文の字形は、双のように又を並べ、下に盟誓の器である曰を加えて、の形に作ることが多い。盟誓の上に双方の手をおいて誓う形式を示す字であろう。〔説文〕古文に習の字形に作るのは、その譌形(訳者注:詐りの形)と考えられる。官友・官守友・法友のように、同僚の関係をいい、同族のものには倗という。〔書、君陳〕「兄弟に友に」とは、倗の間の徳をいい、友情・友誼のように用いるのは、その拡大義である。
訓義
(1)とも、同僚、同輩。(2)兄弟、同族間の兄弟輩。兄弟間の徳を友という。(3)したしむ、まじわる。(4)なかま、くみ。(5)又と通じ、たすける。
大漢和辞典
尤(ユウ・4画)
甲骨文/『字通』所収金文
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文の字形は「又」”手”+「一」とされ、手に血豆などなんらかの腫れ物のたぐいが出来たことと解され、「疣」gi̯ŭɡ(平)”いぼ”の原字とされてきた。そのような特異現象から派生して”(天の)とがめ(る)”の意が派生したとされる。
音:カールグレン上古音はgi̯ŭɡ(平)。
用例:「甲骨文合集」に「丙午卜貞無尤一月」とあり、「丙午卜貞う、尤め無からんか。一月」と読め、”とがめ”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では人名に用いられた例を載せるほか(鑄司寇鼎・春秋?)、漢代以降に”疾病”・”罪科”の意があったとする。
学研漢和大字典
会意文字で、「手のひじ+━印」で、手のある部分に、いぼやおできなど、思わぬ事故の生じたことを示す。災いや失敗がおこること。肬(ユウ)(こぶ)・疣(ユウ)(こぶ)の原字。特異の意から転じて、とりわけ目だつ意となる。類義語に最。「非難する」の意味の「とがめる」は多く「咎める」と書く。
語義
- {名詞}とが。災い。また、失敗。「君無尤焉=君に尤無し」〔孟子・梁下〕
- {動詞}とがめる(とがむ)。失敗を責める。「不尤人=人を尤めず」〔論語・憲問〕
- {副詞}もっとも。目だっていちばんに。とりわけ。「汝時尤小=汝時に尤も小なり」〔韓愈・祭十二郎文〕
- (ユウナリ)(イウナリ){形容詞}目だってすぐれている。めずらしい。「尤者(ユウナルモノ)」「尤物(ユウブツ)(すぐれたもの)」。
- 《日本語での特別な意味》もっとも。そのとおりである。また、ただし。「君の言は尤もだ」。
字通
[象形]呪霊をもつ獣の形。その呪霊によって、人に尤禍をもたらすことができた。〔説文〕十四下に「異なるなり。乙に從ひ、又(いう)聲」とするが、祟(すい)と同じく、呪儀に用いる獣の象形。求もそのような呪獣の形で、それを殴(う)つ共感呪術は救、その法は術、また祟を殴つ字は殺で、減殺(げんさい)、他からの禍殃を減殺する意である。卜辞に「尤㞢(あ)るか」のように尤禍の意に用いる。その呪霊は畏るべきものであるから尤異の意となり、尤甚の意となる。
由(ユウ・5画)
由伯尊・西周早期/(甲骨文)
初出:初出は甲骨文。
字形はともし火の象形。「油」の原字。
音:カールグレン上古音はd(平)。藤堂上古音はdiog(dの下に○)。両音共に「油」と同じ。ただしカ音の去声は不明、藤音は平声のみとする。
用例:「甲骨文合集」4597に「乙酉卜爭貞麇告曰方由今春凡受有祐」とあり、「方由今春凡受有祐」は「まさに今より春、凡そ祐け有るを受けんか」と読め、”…より”と解せる。
西周中期「曶鼎」(集成2838)に「余無卣(由)具寇正(足)」は「われ由なくしていくさにみたすをそろえんか」と読め、”理由”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”疾病”の意で、また地名・人名に用いるという。金文では「由乍旅鼎」で人名に用いるという。”よって”・”なお”・”すじみち”の意は、戦国時代の竹簡からと言う。
「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、春秋末期までの用例を全て名詞に分類し、そのほとんどを地名・人命としているが、未解読・未分類の金文もあり、今後語義が拡張する可能性がある。
備考:平芯の石油ランプが出来るまで、人間界では陽が落ちると事実上闇夜だったから、たしかに灯火に”たよる・したがう”しかなかっただろう。論語では記録の残った孔子の一番弟子、仲由子路の名としても登場する。
下掲『字通』は「卣」d(平/上)”さかだる”(→大漢和辞典)を初文(最古の字形)とする。「卣」は下の通り甲骨文から存在するが、「由」もまた同様だから、何を根拠にそう断じるのか明確でない。「油の初文とみてよい」という。
「国学大師」所載「卣」字形
漢語多功能字庫
甲金文從「口」形上加一豎筆或一圓形,本義未有定論。「由」字現多指原因,又用作介詞,相當於「從」。
甲骨文・金文は「口」形の上に一本縦線、あるいは円形を加えた形で、原義には定説が無い。「由」の字は現在では原因を意味し、または前置詞となり、「従」とほぼ同義に用いられる。
学研漢和大字典
象形文字で、酒や汁をぬき出す口のついたつぼを描いたもの。また、…から出てくるの意を含み、ある事が何かから生じて来たその理由の意となる。抽(口からぬき出す)・迪(テキ)(ある所から出てくる道)・笛(テキ)(息と音がぬけ出てくるふえ)・軸(車輪からぬけ出るじく)などと同系のことば。
語義
- {動詞}よる。…から出てくる。…に由来する。…に基づく。あるルートに従う。《類義語》依。「為仁由己=仁を為すは己に由る」〔論語・顔淵〕。「行不由径=行くに径に由らず」〔論語・雍也〕
- {前置詞}より。…→語法「①」。
- {名詞}よし。その事が生じるわけ・原因。てだて。てづる。「理由」「摘由(テキユウ)(理由の大要)」「雖欲従之、末由也已=これに従はんと欲すと雖も、由なきのみ」〔論語・子罕〕
- {指示詞}なお(なほ)…のごとし。→語法「④」。
- 「由蘖(ユウゲツ)」とは、木の切り株から細くのびた新芽。ひこばえ。
も「由由(ユウユウ)」とは、細長く続くさま。転じて、ゆるゆると、ゆったりするさま。《類義語》悠悠。「故由由然与之偕而不自失焉=故に由由然としてこれと偕にして自ら失はず」〔孟子・公上〕 - 《日本語での特別な意味》よし。伝聞した内容であることをあらわすことば。…とのこと。「病の由」。
語法
①「~より」とよみ、「~から」と訳す。時間・空間の起点、経由の意を示す。《類義語》自・従。「礼儀由賢者出=礼儀は賢者由(よ)り出づ」〈礼儀は賢者によって行われるものです〉〔孟子・梁下〕
②「~により」「~によりて」「~によって」とよみ、「~によって」「~の理由で」と訳す。根拠・理由の意を示す。「何由知吾可也=何に由(よ)りて吾が可なるを知る」〈どうしてわたしにできることが分かるのか〉〔孟子・梁上〕
③「なお」とよみ、「それでもなお」と訳す。《類義語》猶。「王由足用為善=王由(な)ほもって善を為すに足れり」〈王はまだ十分善を行いうる人物である〉〔孟子・公下〕
④「なお~のごとし」とよみ、「ちょうど~のようである」と訳す。再読文字。▽「如」「若」より強い表現。《類義語》猶。「以斉王、由反手也=斉をもって王たるは、由(な)ほ手を反すがごときなり」〈斉(という大国)を保つ王であれば、(天下の王者となることは)手のひらを返すよう(に容易なこと)である〉〔孟子・公上〕
字通
「卣」(金文・篆書)
[象形]初形は卣(ゆう)。瓠(ひさご)の類で、実が熟して中が油化したものの形。油の初文とみてよい。〔説文〕にみえないが、〔説文〕に由声の字十九字を収めているから、字を脱したものであろう。いまの訓義はみな仮借。〔詩、小雅、小弁(せうはん)〕「君子易(かろかろ)しく言を由(もち)ふること無(なか)れ」は用・庸の仮借。〔論語、為政〕「其の由る所を観る」は䌛(よう)の字義。それより由来・由縁の意となる。
大漢和辞典
右(ユウ・5画)
合20836/頌壺・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:右手の象形。原義は”みぎ”。
音:カールグレン上古音はgi̯ŭɡ(上)。「ウ」は呉音。
用例:「甲骨文合集」5825.1に「丙申卜貞肇馬左右中人三百六月」とあり、”みぎ”と解せる。「肇」は”攻撃する”の意。「馬」は”ウマ”なのか、そのように呼ばれる人間の勢力なのか不明。
同28252.2に「貞即于右宗有雨」とあり、甲骨文には「左宗」の語が見えないことから、”たすける”と解すべき。このほか殷代では族徽(家紋)の一部に用いた。
西周の金文では地名人名に用いた。
備考:下掲『学研漢和大字典』・『字通』の所説にかかわらず、金文では手+口の象形であり、口に食べ物を運ぶ手であることから”みぎ”の意を表した。漢字に四角い図形があれば、パブロフ犬のように「𠙵だ」と言う白川説には全面的には賛成しかねる。対して「左」の金文では「工」具を加えて「右」との区別を付けている。論語語釈「左」も参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。又は、右手を描いた象形文字。右は、「口+(音符)又(右手)」で、かばうようにして物を持つ手、つまり右手のこと。その手で口をかばうことを示す。又(右手)・有(かばって持つ)・佑(かばう→たすける)と同系で、右手の役割から生じた派生語である。
語義
- {名詞・形容詞}みぎ。《対語》⇒左。「座右」。
- {動詞}みぎする(みぎす)。右のほうに行く。「欲右右=右せんと欲せば右せよ」〔史記・殷〕
- {名詞・形容詞}西。西のほうの。▽南面すれば、西は右に当たることから。「江右(江西)」「山右(山西)」。
- {名詞・形容詞}みぎ。上位。上位の。▽中国の戦国時代には右を尊んだことから。「拝為上卿、位在廉頗之右=拝して上卿と為し、位廉頗の右に在り」〔史記・廉頗藺相如〕
- {動詞・形容詞}たっとぶ。大事にする。えらいさま。「右武=武を右ぶ」「豪右(とうとい豪族)」。
- {動詞}たすける(たすく)。かばう。《同義語》⇒佑。「保右」。
- {形容詞}《俗語》保守的な。穏健的な。▽十八世紀にフランスの国民議会で、穏健派が議場の右側の席にすわったことから。「右派」。
字通
[会意]又(ゆう)+口。又は右手、口は祝告の器の𠙵(さい)。右に祝禱の器である𠙵をもち、左に呪具である工を以て、神をたずね、神に接する。それで左右を重ねると、尋となり、神に接するとき、左右颯々(さつさつ)の舞を舞う。〔説文〕口部二上に「助くるなり」、また又部三下に重出して「手口相ひ助くるなり」とあり、〔段注〕に「手もて足らず、口を以て之れを助くるなり」とするが、そのような意味の会意ではない。左右の初文は工・口に従わず、卜辞では神祐を受けることを「又(いういう)を受(さづ)けられんか」という。「又」は「有祐」の意。又は右・佑・祐の初文で、又をその諸義に用いた。左右は神につかえる方法であったが、のち輔佐の意となり、金文には〔■(犭+首)鐘(はつしよう)〕「先王其れ嚴として帝の左右に在り」、〔叔夷鎛(しゆくいはく)〕「余(われ)一人を左右せよ」のように用いる。
幼(ユウ・5画)
禹鼎・西周末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はʔi̯ŏɡ(去)。呉音も”おさない”意味では「ユウ」、「ヨウ」は慣用音。”かぼそい”意味では漢音呉音共に「ヨウ」。
学研漢和大字典
会意兼形声。幺(ヨウ)は、細く小さい糸。幼は「力+(音符)幺(ヨウ)」で、力の弱い小さい子。夭(ヨウ)(なよなよとして弱い)・幽(ユウ)(かすか)と同系。
語義
ユウ
- (ヨウナリ)(エウナリ){形容詞}おさない(をさなし)。いとけない。また、転じて、知恵や学問の未熟なさま。「幼稚」「幼而不忌=幼にして忌はず」〔春秋左氏伝・昭元〕
- {名詞}おさない子ども。おさなご。「携幼入室=幼を携へて室に入る」〔陶潜・帰去来辞〕
- (ヨウトス)(エウトス){動詞}おさないと思っていつくしむ。「幼吾幼以及人之幼=吾が幼を幼として以て人の幼に及ぼす」〔孟子・梁上〕
ヨウ
- {形容詞}かぼそい。「幼妙」「幼眇(ヨウビョウ)」。
字通
[象形]糸かせに木を通して拗(ね)じている形で、拗の初文。幼少の意に用いるのは仮借。〔説文〕四下に「少(わか)きなり。幺(えう)に從ひ、力に從ふ」とは、微力の意とするものであろうが、力はものを扐(ろく)する意である。
有(ユウ・6画)
甲骨文/毛公鼎・西周末期
初出:初出は甲骨文。ただし字形は「月」を欠く「㞢」または「又」。
字形:字形はいずれも”手”の象形。金文以降、「月」”にく”を手に取った形に描かれた。原義は”手にする”。
音:カールグレン上古音はgi̯ŭɡ(上)。音は上古から一貫して「友」と同じ。論語語釈「友」を参照。
用例:『甲骨文合集』00032正.9に「丁巳卜貞王學眾伐于方受有祐」とあり、「丁巳卜う、貞う、王眾に學ばせ方を伐つたんとす、祐有りて受けんか」と読め、”ある”・”手に入れる”の語義が確認できる。
論語と同時代、春秋末期の「叔尸鐘」に「咸有九州」とあり、「みなで九州あり」と読め、”存在する”・”所有する”の語義を確認できる。
論語では、恐らく架空の人物であろう孔子の弟子、有若子有のあざ名として登場することもある。
「漢語多功能字庫」も参照。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、又(ユウ)は、手でわくを構えたさま。有は「肉+〔音符〕又」で、わくを構えた手に肉をかかえこむさま。空間中に一定の形を画することから、事物が形をなしてあることや、わくの中にかかえこむことを意味する。
佑(ユウ)(かかえこむ)・囿(ユウ)(わくを構えた区画)・域(わくを構えた領分)と同系のことば、という。
語義
- {動詞}ある(あり)。空間の中にある形をしめて存在している。《対語》⇒無・亡(ない)。「未曾有(ミゾウ)(いまだかつてない)」「未之有也=いまだこれ有らざるなり」〔論語・学而〕→語法「①②」。
- {動詞}ある(あり)。あるようになる。あることがおこる。生じる。《対語》⇒無(なくなる)。「大道廃有仁義=大道廃れて仁義有り」〔老子・一八〕
- (ユウス)(イウス){動詞}たもつ。もつ。空間の中にわくを構える。わくを構えてかかえこむ。所有する。持ちつづける。「保有」「有国者不可以不慎=国を有つ者は以て慎まざるべからず」〔大学〕
- {名詞}あり。形をなしてあること。所有物。「尽其有=其の有を尽くす」「亡而為有=亡くして有りと為す」〔論語・述而〕
- {動詞・代名詞}…(する)あり。あるひと。…するものがあったの意から転じて、ある人が…したとの意。《同義語》⇒或。「古人有云=古人云へる有り」「有問之=有ひとこれを問ふ」〔柳宗元・種樹郭笛薔伝〕
- {助辞}人の集団や国名などにつけることば。「有周(ユウシュウ)(周の国)」「有虞氏(ユウグシ)(虞の国)」「有衆(ユウシュウ)(もろ人)」「有司(ユウシ)(役人)」。
- {名詞}一定のわくを構えた土地。▽域に当てた用法。「九有(=九域。全国の領土)」。
- {助辞}さらに輪をかけて、その上に加えての意を示すことば。→語法「④」▽去声に読む。
- 《日本語での特別な意味》ある(あり)。…である。
語法
①「~有…」は、
(1)「~に…あり」とよみ、「~に…がある・いる」と訳す。人・物が空間に存在する意を示す。「…」が主語。在とは用法が異なる。「鮑叔不以我為怯、知我有老母也=鮑叔我をもって怯と為さず、我に老母有るを知ればなり」〈鮑叔は私を臆病者呼ばわりしなかった、私には年とった母がいることを知っていたからである〉〔史記・管晏〕。「万方有罪、罪在朕躬=万方(まさ)に罪有らば、罪は朕が躬(み)に在らん」〈万民に罪があるならば、罪はわたしの身にあるようにせよ〉〔論語・尭曰〕
(2)「~、…あり」とよみ、「~は…をもっている」と訳す。所有の意を示す。「夫秦王有虎狼之心=それ秦王虎狼の心有り」〈だいたい秦王は虎や狼のような残忍な心を持っている〉〔史記・項羽〕
②「有~…(=~の説明)」は、「~の…するあり」とよみ、「…している~がある・いる」と訳す。「前有大蛇当径=前に大蛇の径(ただち)に当たる有り」〈前に道をふさいでいる大蛇がいる〉〔史記・高祖〕
③「有~者、…」は、「~(なるもの)あり、…す」とよみ、「~という人がいて、…する」と訳す。人物の登場を示す。▽有の上に時間・空間を示す語がつくこともある。「有顔回者、好学=顔回なる者有り、学を好む」〈顔回という者がいて、学問好きでした〉〔論語・先進〕
④「ゆう」とよみ、「加えて」「プラスして」と訳す。追加の意を示す。《同義語》又。「吾十有五而志于学=吾十有五にして学に志す」〈私は十五歳で学問に志した〉〔論語・為政〕
字通
又+肉。肉を持って、神に侑薦(訳者注:すすめる)する意。〔説文〕七上に「宜しく有るべからざるなり」とし、「春秋伝に曰く、日月(月の字は衍文)之れを食する有り」の文を引いて、有とは異変のある意とし、字は「月に従い、又声」とするが、月に従う字ではない。卜文には有無の字に又を用い、金文に有を用いる。〔玉篇〕に「不無なり、果なり、得なり、取なり、質なり、宷(訳者注:つまびらか)なり」の訓がある。
訓義
(1)すすめる、のち侑に作る。(2)ある、存在する。(3)もつ、たもつ、おおい。(4)したしむ。
大漢和辞典
邑(ユウ・7画)
甲骨文/宜侯夨簋・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:「囗」”城壁”+「㔾」”隷属する人”で、都市国家とその住民のさま”。原義は”都市国家”。「鄕」(郷)と語義が近く、春秋時代の身分制度で言う「卿」は、もと「郷」=「邑」の領主を意味した。詳細は春秋時代の身分制度、論語語釈「郷」を参照。
音:カールグレン上古音はʔi̯əp(入)。同音に「揖」など。論語語釈「揖」を参照。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか人名に用い、金文では加えて区画の単位(𦅫鎛(齊𥎦鎛)・春秋中期/集成271)に用いた。
学研漢和大字典
会意。「□(領地)+人の屈服したさま」で、人民の服従するその領地をあらわす。中にふさぎこめるの意を含む。のち翊(おおざと)の形となり、町や村、または場所をあらわすのに用いる。類義語に都。
語義
- {名詞}くに。殷(イン)代には、王の直轄のみやこの地。周代には、天子*・諸侯および豪族のおさめる領地のこと。「大邑商(商、つまり殷代の都)」「采邑(サイユウ)(領地)」。
- {名詞}むら。国の中心のみやこを都というのに対して、地方の町やむらのこと。「都邑(トユウ)」「同邑(ドウユウ)(同郷の人)」「邑里(ユウリ)」。
- 「邑邑(ユウユウ)」とは、気がふさがってうっとうしいさま。《同義語》⇒悒悒(ユウユウ)。《類義語》於邑(オユウ)。「安能邑邑待数十百年以成帝王乎=いづくんぞ能く邑邑として数十百年を待ちて以て帝王と成らんや」〔史記・商君〕
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[会意]囗(い)+巴。囗は都邑の外郭、巴は卪(せつ)で人の跪座する形。城中に人のある意で、城邑・都邑をいう。〔説文〕六下に「國なり。囗に從ふ。先王の制、尊卑大小有り。卪に從ふ」とあり、卪を大小の節の意とするが、卪は人の蹲踞する象。囗の下に三人相並んで立つものは衆、卜文に口下に乑をしるす。卜辞に大邑商の名がみえ、王都を大邑といった。周初の新邑は成周、のちの洛陽で、成周とは武装都市の意。〔左伝〕にみえる外交の辞に、自国のことを弊邑・小邑という。また村落をいい、金文の〔𦅫鎛(そはく)〕に、二百九十九邑と民人都鄙とを賜与することをいう。〔左伝、荘二十八年〕に「凡そ邑に宗廟先君の主(位牌)有るを都と曰ひ、無きを邑と曰ふ」とみえる。
勇(ユウ・9画)
游(ユウ・12画)
甲骨文/叔之仲子平鐘・春秋末期
初出:初出は甲骨文。ただし字形は「斿」で、「遊」と共有。
字形:子が旗を立てて道を行くさまで、原義は”遊びに出ること”。現行字体の初出は春秋早期の金文。さんずいが加わって、”水で遊ぶ”こと、すなわち”水泳”を意味した。
音:カールグレン上古音は声母のd(平)のみ、遊と同じ。藤堂上古音はdiog(dの下に○)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では”遊ぶ”を意味し(莒弔之仲子平鐘・春秋)、戦国の竹簡では原義で用いられ、漢代の帛書では「流」の字で”泳ぐ”を意味したという。
学研漢和大字典
会意兼形声。原字に二つあり、一つは「酉+子」の会意文字で、水上に子どもの浮かぶさま。もう一つはその略体を音符とし、旗のかたちを加えた字で、吹き流しの旗がゆらゆらと浮くようにゆれること。游はそれを音符とし、水を加えたもの。水上にゆらゆらと浮かび固定せぬことで、ひと所に定着しない意を含む。遊と通じて用いる。悠(ユウ)(とらわれない)や揺(ゆらゆら)と同系。
類義語の泳は、永く水上に浮くこと。「遊」とも書く。
語義
- {動詞}およぐ。足をつけずにゆらゆらと水面に浮かぶ。定着せずにゆらゆら動く。《同義語》⇒遊。《類義語》泳。「浮游(フユウ)(=浮遊)」「游泳(ユウエイ)(=遊泳)」「魚吾知其能游=魚は吾其の能く游ぐを知る」。
- {動詞}あそぶ。あそばす。固定せずにゆらゆらと動く。気のむくままに出歩く。《同義語》遊。「游学(ユウガク)(=遊学。他郷に学びに出る)」「游京師=京師に游ぶ」「游目騁懐=目を游ばせ懐ひを騁す」「秦時、与臣游=秦の時、臣と游ぶ」〔史記・項羽〕
- {名詞}水の流れ。《類義語》流。「上游(ジョウユウ)(川の上流)」「下游(カユウ)(川の下流)」。
- {動詞}あそぶ。気の向くままに楽しむ。《同義語》遊。「游於芸=芸に游ぶ」〔論語・述而〕
- {形容詞}一定の住まいや定職がないさま。《同義語》遊。「游民(ユウミン)」「游餌(ユウキョウ)(餌客)」。
- も{名詞}つきあい。《同義語》遊。《類義語》交。「息交以絶游=交はりを息めて以て游を絶たん」〔陶潜・帰去来辞〕
字通
[形声]声符は斿(ゆう)。斿は氏族旗を奉じて外に旅する意で、游・遊の初文。〔説文〕七上に「旌旗の流(りう)なり」とあり、遊をその古文とする。流は吹き流し。斿・游・遊三字はもと同字であるが、のち次第に慣用を生じた。〔詩、周南、漢広〕に「漢に游女有り」とは、漢水の女神。その祭祀は、女神出遊の形式をとるもので、水渡りをする。旗は神霊の宿るところであり、游・遊はもと神の出遊をいう字であったが、神を奉じてゆくことをいい、神のように自由に行動することをもいう。
大漢和辞典
遊(ユウ・12画)
甲骨文
初出:初出は甲骨文。
字形:〔辶〕”みち”+「斿」”吹き流しを立てて行く”で、一人で遠出をするさま。原義は”旅(に出る)”。対して「旅」は旗を立てて大勢で行くさまで、原義は”軍隊”。論語語釈「旅」を参照。
音:カールグレン上古音は声母のd(平)のみ、游と同じ。藤堂上古音はdiog(dの下に○)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名・人名に用い、金文では人名に用いたほかは、原義で用いた(魚鼎匕・春秋末期)。
学研漢和大字典
会意兼形声。原字に二種あって、一つは「酉+子」の会意文字で、子どもがぶらぶらと水に浮くことを示す。もう一つはその略体を音符とし、吹き流しの旗のかたちを加えた会意兼形声文字(遊の右側の字)で、子どもが吹き流しのように、ぶらぶら歩きまわることを示す。游はそれを音符とし、水を加えた字。遊は、游の水を辶(足の動作)に入れかえたもの。定着せずにゆれ動くの意を含む。悠(ユウ)(ぶらぶら)・揺(ヨウ)(ぶらぶら)・猶予の猶(ユウ)(のんびり)と同系。草書体をひらがな「ゆ」として使うこともある。
語義
- {動詞・形容詞}あそぶ。きまった所にとどまらず、ぶらぶらする。旅をしてまわる。一定の住まいや定職がないさま。《同義語》⇒游。「行遊」「遊民」「遊子(旅人)」「遊餌(ユウキョウ)」。
- {動詞}あそぶ。すきなことをして気らくに楽しむ。《同義語》⇒游。「遊楽」「遊戯」。
- {動詞}あそぶ。定着した住居を離れてよそに出る。《同義語》⇒游。「遊学」「遊於京師=京師に遊ぶ」「遊於聖人之門者難為言=聖人の門に遊びし者は言を為し難し」〔孟子・尽上〕
- {動詞}いったり来たりしてつきあう。《同義語》⇒游。「交遊」。
- {動詞}あそばす。よりそって動かす。《同義語》⇒游。「遊目=目を遊ばす」「遊意=意を遊ばす」。
- {動詞}水にぶらぶらと浮く。転じて、泳ぐ。▽游に当てた用法。「遊泳(=游泳)」。
- 《日本語での特別な意味》
①あそぶ。音楽や舞をして楽しむ。
②あそび。ぶらぶらと動くだけのゆとり。「ハンドルの遊び」。
③野球で、「遊撃手」の略。「三遊間」。
字通
[形声]声符は斿(ゆう)。斿は氏族霊の宿る旗をおし建てて、外に出行することをいう字で、游・遊の初文。字はまた游に作る。〔説文〕に遊の字を収めず、游字条七上に「旌旗の流なり」とし、重文として遊を録する。〔詩、周南、漢広〕「漢に游女有り 求むべからず」とは、漢水の女神が出遊することで、水神であるから水渡りをする。陸ならば遊ということになる。遊ぶものは神霊であるから、その神事に携わり、特に喪祝のことに従うものを、わが国では「遊部(あそびべ)」といい、遊の初義において用いられている。すべて移動するものを遊といい、また逍遥して楽しむこと、自由な境涯をいう。
猷/猶(ユウ・12画)
甲骨文/毛公鼎・西周晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:「酉」”酒壺”+「犬」”犠牲獣のいぬ”で、「猷」は異体字。おそらく原義は祭祀の一種だったと思われる。「猶」の字形は戦国時代にならないと現れない。
音:カールグレン上古音はz(平)。同音は論語語釈「牖」を参照。去声の音は不明。藤堂上古音はdiog(dの下に○)。
用例:春秋末期「王孫遺者鐘」(集成261)に「誨猷不飤」とあり、「おしうることなお飼わざるがごとし」と読めば、”まるで…のようだ”と解せる。「おしうることはるかにして飼わず」と読めば、”はるか”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では国名・人名に用い、金文では”はかりごとをする”(毛公鼎・西周末期)の意に用いた。戦国の金文では、”まるで…のようだ”の意に用いた(中山王鼎・戦国末期)。
学研漢和大字典
猶
会意。酋(シュウ)は、酉(酒つぼ)から酒気が細く長くのび出るさま。猶は「犬+酋(長くのびる)」で、のっそりとした動物や、手足と体をのばす動物の意。転じて、のばすの意となり、そこまでのばしてもなおの意の副詞となる。悠(ユウ)(のんびり)と同系。「なお」は「尚」とも書く。
語義
- {動詞・形容詞}のばす。のんびりするさま。《類義語》墹(ヨウ)・悠(ユウ)。「猶予(ぐずぐずと先へのばす)」。
- {副詞}なお(なほ)。→語法「①」。
- {指示詞}なお(なほ)。…のごとし。→語法「②」。
- {名詞}長くのびた道。▽猷(ユウ)に当てた用法。「大猶(タイユウ)(=大猷。大きな道)」。
- {名詞}さる。長い手をのばす手長ざる。▽去声に読む。また、キュウ(キウ)とも読む。
- {前置詞}…より。▽由に当てた用法。「然而文王猶方百里起=然りしかうして文王方百里よ」〔孟子・公上〕
語法
①「なお」とよみ、
- 「やはり」「それでもなお」と訳す。以前からの状況が続いている意を示す。「猶可以為善国=猶(な)ほもって善国と為す可し」〈(小国であっても)やはり立派な国にすることができる〉〔孟子・滕上〕
- 「猶且~=なおかつ」「猶復~=なおまた」も、意味・用法ともに1.と同じ。▽「猶且」は、戦国以後多く用いる。「猶復」は、前漢以後多く用いる。「尚且=なおかつ」「尚復=なおまた」は、よみは同じだが、意味は「さらにそのうえ」と異なる。
②「なお~のごとし」とよみ、「ちょうど~のようだ」と訳す。再読文字。比較して判断する意を示す。▽「如」「若」より強い表現。《類義語》由。「過猶不及=過ぎたるは猶(な)ほ及ばざるがごとし」〈ゆきすぎるのはゆきたりないのと同じだ〉〔論語・先進〕
③「~すらなお」とよみ、「~でさえも…」と訳す。
▽「~猶…、況=」は、「~すらなお…す、いわんや=をや」とよみ、「~でさえも…なのだから、ましてや=ならなおさらである」と訳す。抑揚の意を示す。「=」は「~」よりも程度が優れていることを示す。「管仲且猶不可召、而況不為管仲者乎=管仲すらかつ猶(な)ほ召す可からず、而(しか)るを況(いわ)んや管仲を為さざる者をや」〈管仲のような者でさえ呼びつけることはできない、とするなら管仲などとは違う者(わたし)はいうまでもない〉〔孟子・公下〕
猷
会意。「犬+酋(のび出る、引き出す)」。
語義
- {動詞・名詞}はかる。はかりごと。考えを引き出す。また、そのこと。《類義語》抽。
- {動詞}線画で形をえがく。
- {名詞}長くのびる道。《同義語》遒。「秩秩大猷=秩秩たる大猷」〔詩経・小雅・巧言〕
- {副詞}物事のよく似たことを示すことば。まるで。▽猶に当てた用法。
- {感動詞}嘆息することば。ああ。「王、若曰猷=王、若に曰はく猷と」〔書経・大誥〕
字通
猶
[形声]声符は酋(しゆう)。酋に輶・蝤(ゆう)の声がある。〔説文〕十上に「玃(さる)の屬なり」とし、「一に曰く、隴西(ろうせい)にて犬子を謂ひて猷と爲す」とあり、獣名とする。〔水経注、江水一〕に、猶猢(ゆうこ)は好んで巌樹に遊び「一騰百歩、或いは三百丈、順往倒返、空に乘ずること飛ぶが若(ごと)し」という。この字を猶予・夷猶のように用いるのは双声の連語。謀猶のときには多く猷を用い、金文の〔毛公鼎〕に「我が邦の小大の猷(はかりごと)」のようにいう。漢碑に「良猶」「徽猶」のように、猶を猷の義に用いる。猷は酋(繹酒(えきしゆ))に犬牲をそえた形で、神を祀り、神意に謀(はか)る意。また狖(ゆう)・又に通じ、さるの意に用いる。〔楚辞、九歌、山鬼〕「猨(さる)啾啾(しうしう)として、又(さる)夜に鳴く」の又は狖。猷の形が最も古くて、謀猷の意が本義。他の義には猶を用い、いま両字の用義を異にしているが、もと一字であった。
猷
[会意]酋(しゆう)+犬。酋に輶・𧒆(ゆう)の声がある。酋は〔説文〕十四下に「繹酒(えきしゆ)なり」とあって、神に供える酒。犬は犬牲。これを供えて神に諮(はか)り、その謀猷を定める。金文の〔宗周鐘〕に「朕が猷(はかりごと)」、〔毛公鼎〕に「我が邦の小大の猷」のようにいう。〔説文〕に猷の字を収めず、猶をその字とする。漢碑に「良猶」「徽猶」のように猶を用いる例があり、猷と通用したのであろう。
揖(ユウ・12画)
武威簡.有司5・前漢隷書
初出:初出は戦国中末期の竹簡。ただし字形はてへんを欠く「咠」。「小学堂」による初出は前漢の隷書。
字形:「扌」+「咠」。「咠」は”ささやく”・”そしる”と解されるが、「揖」とは関係が無い。
慶大蔵論語疏は異体字「〔扌口𠃊日〕」と記す。「北魏孝文弔比干墓文」刻。
音:カールグレン上古音ʔi̯əp(入)で、同音に邑とそれを部品とする漢字群。
用例:戦国中末期の「郭店楚簡」魯穆2に「咠而退之。」とあり、「咠」は「揖」と釈文されている。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓は存在しない。語義は挹が共有するが、こちらも初出は『説文解字』。『大漢和辞典』で”えしゃく”を引くと「揖」とともに「撎」(エイ・イ)が出てくるが、こちらも初出は『説文解字』。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意。咠(シュウ)は「口+耳」からなり、口と耳をくっつけるさまを示す。揖は「手+咠(くっつける)」で、両手を胸の前でくっつけること。
語義
- (ユウス)(イフス){動詞}敬意をあらわすために、両手を胸の前で組み、囲みをつくった形にする。《同義語》⇒翠。「揖譲(ユウジョウ)(あいさつして、相手に譲る)」「入揖於子貢=入りて子貢に揖す」〔孟子・滕上〕
- (ユウス)(イフス){動詞}くむ。手や、ひしゃくで囲んで、そのわくの中に水を入れてすくう。▽翠(ユウ)に当てた用法。
- {動詞}多く集まる。《同義語》⇒輯・集。
字通
[形声]声符は咠(しゆう)。〔説文〕十二上に「攘(お)すなり」、また「一に曰く、手、胸に箸(つ)くるを揖(いふ)と曰ふ」とあり、「攘す」とは、次条に「攘は推すなり」とあって、手を前に組む推手と、手を胸に著ける引手の礼、いわゆる揖譲の礼をいう。〔左伝、昭二十五年〕「簡子、揖讓周旋の禮を問ふ」とあって、賓主の礼は、礼節の重要なものとされた。
語系
揖iəpは厭iapと声義近く、〔儀礼、郷飲酒礼〕「賓、介を厭(ひ)く」の〔注〕に「手を推すを揖と曰ひ、手を引くを厭と曰ふ」とみえる。撎ietは通転の字。粛拝のような拝礼のしかたである。揖にはまたtziəpの音があり、集dziəpと声近く、あつめ収める意がある。
誘(ユウ・14画)
睡虎地簡10.1
初出:初出は秦系戦国文字。
字形:「言」+「秀」”先に立つ”。先導して導くさま。
音:カールグレン上古音は声母のz(上)のみ。同音は論語語釈「牖」を参照。藤堂上古音は・・・yiəu。・・・の示す音を訳者は知らない。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」田律1に「誘粟及豤(墾)田」とあるのは、「秀」と釈文されており、”芽吹く”の意。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』での同音同訓に「㕗」があるが異体字とされる。「羐」の初出は不明。部品の「秀」の初出も戦国文字。カ音は声母のs(去)のみ。同音は論語語釈「脩」を参照。藤音はt’uk。論語の時代に遡りうる可能性は皆無に等しい。
学研漢和大字典
会意兼形声。「言+(音符)秀(先にたつ)」。自分が先にたって、あとの人をことばでさそいこむこと。
語義
- {動詞}さそう(さそふ)。先にたってさそう。ある物事をするように勧める。「勧誘」。
- {動詞}みちびく。先にたって教えみちびく。「夫子、循循然善誘人=夫子、循循然として善く人を誘く」〔論語・子罕〕
- {動詞}さそう(さそふ)。引きおこす。おびき出す。また、そそのかす。「誘因」「誘惑」。
字通
[象形]羑(ゆう)に厶(し)を加えた形。厶はおそらく辮髪を垂れている形であろう。卜文の羌(きよう)には、辮髪の象を加えるものがあり、▽の形にかかれている。チベット系にその遺俗がある。〔説文〕九上に「相ひ訹呼(しゆつこ)するなり。厶に從ひ、羑に從ふ」と会意に解する。厶を姦邪の義とし、姦邪を以て相誘引する義とするものであろう。重文として誘・䛻(ゆう)および古文羑を録している。
憂(ユウ・15画)
無憂作父丁卣・西周早期/毛公鼎・西周末期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:目を見開いた人がじっと手を見るさまで、原義は”うれい”。『大漢和辞典』に”しとやかに行はれる”の語釈があり、その語義は同音の「優」が引き継いだ。論語語釈「優」を参照。
音:カールグレン上古音はʔ(平)。同音多数。藤堂上古音は・ɪog。
用例:西周早期「無憂乍父丁卣」(集成5309)に「無憂乍父丁彝。」とあり、人名の一部と解せる。
西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「俗(欲)我弗乍(作)先王憂。」とあり、”うれい”と解せる。
漢語多功能字庫
金文最初從「頁」從「手」,以手掩面,表示心情愁悶。本義是擔心、擔憂。
金文ははじめ「頁」と「手」の字形に属し、手で顔を覆う形。”心の憂い”を表し、原義は”憂い”、”心配”。
学研漢和大字典
会意。「頁(あたま)+心+夊(足を引きずる)」で、頭と心とが悩ましく、足もとどこおるさま。かぼそく沈みがちな意を含む。優(しずしずと動く俳優)・幽(細かくかすか)・夭(ヨウ)(か細い)などと同系。類義語の愁は、心配で心が細く縮むこと。悁(エン)は、心が縮んで晴れないこと。患は、くよくよと気にすること。異字同訓に。うれい・うれえ 憂い・憂え「後顧の憂い(え)。災害を招く憂い(え)がある」 愁い「春の愁い。愁いに沈む」。草書体をひらがな「う」として使うこともある。▽「うれえる」「うれう」「うれえ」「うれい」は、「愁える」「愁う」「愁え」「愁い」とも書く。
語義
- {動詞}うれえる(うれふ)。心配してふさぎこむ。物思いに沈む。《類義語》愁(シュウ)。「憂愁」「父母唯其疾之憂=父母にはただその疾(やま)ひをこれ憂へしめよ」〔論語・為政〕
- {名詞}うれい(うれひ)。うさ。心配ごと。また、心配してめいった気持ち。「解憂=憂ひを解く」「杞憂(キユウ)(ゆえなき心配)」。
- {名詞}過労による病気。《類義語》患。「有采薪之憂=采薪の憂ひ有り」〔孟子・公下〕
- {名詞}死んだ父母のために服する喪。「丁憂=憂ひに丁たる」「居憂=憂ひに居る」。
字通
[会意]㥑(ゆう)+夊(すい)。頁(けつ)は儀礼の際の人の姿、夊はたちもとおる形、それに心を加えた形であるから、正確にいえば、𦣻(しゆ)+夊+心である。ただ憂の初文は𢝊、〔説文〕十下に𢝊を正字とし、「愁ふるなり。心頁に從ふ。𢝊ひの心、顏面に形(あら)はる。故に頁に從ふ」(小徐本)とするが、頁は儀礼に従うときの人の姿である。金文の字は頭に喪章の衰絰(さいてつ)を加える形で、象形。その廟中にある形は寡で、未亡人をいう。〔説文〕はまた夊部五下に憂を録し、「和の行なり。夊に從ひ、𢝊聲」とするが、和とは優字の訓である。金文の〔毛公鼎〕「先王の憂」の憂は象形。煩擾の意を示す。優・擾はみな憂に従う。
牖(ユウ・15画)
秦系戦国文字
初出:初出は秦系戦国文字。
字形:「片」”ベッド”+「巨」+「用」。「巨」と「用」は開け閉めできる格子窓の象形か。原義は”寝室の窓”。
音:カールグレン上古音は声母のz(上)のみ。同音は下記参照。藤堂上古音はḍiog。動詞として”みちびく”の語釈があり、その場合の藤堂上古音はdog。「道・導」に当てた用法という。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
猷 | ユウ | はかる | 秦系戦国文字 | 平 | →語釈 |
猶 | 〃 | なお | 甲骨文 | 〃 | →語釈 |
蕕 | 〃 | 草の名 | 説文解字 | 〃 | |
輶 | 〃 | 軽い車 | 説文解字 | 〃 | |
庮 | 〃 | 古い家の朽ちた木 | 説文解字 | 平/上 | |
酉 | 〃 | とり/さけ | 甲骨文 | 上 | |
誘 | 〃 | いざなう | 秦系戦国文字 | 〃 | →語釈 |
牖 | 〃 | まど | 秦系戦国文字 | 〃 | |
槱 | 〃 | 焼く | 説文解字 | 上/去 | |
莠 | 〃 | はぐさ | 前漢隷書 | 上 | |
琇 | シュウ/ユウ | 美石の名 | 西晋隷書 | 〃 |
用例:戦国中末期「江陵九店東周墓」27に「秀」s(去)を「牖」と釈文する例がある。「秀」の初出は春秋末期の石鼓文。ただし石鼓文の「秀」に”まど”の語義が確認できるわけではない。論語語釈「秀」を参照。
戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲143背に「不可初穿門、為戶牖」とあり、”まど”と解せる。
論語では雍也篇10だけに見られるが、『孟子』『荀子』、大小の『礼記』にも見え、とりわけ『孔子家語』に多く見られる。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
日本語音で音ユウ訓まどは他に存在しない。音が近い楪「ヨウ」は、初出が『説文解字』より後。枼「ヨウ」は甲骨文から見え、”まど”の語釈を『大漢和辞典』が載せ、置換候補となり得るが、カールグレン上古音・藤堂上古音は不明。また甲骨文での語義は不明で、春秋末期までの用例は、すべて「世」”世代”で”まど”は見られない。なお葉の字のカ音はdi̯ap、藤音はḍiap”葉っぱ”またはthiap”楚の領邦の名”。字形が酷似した「㸢」は、初出も上古音も不明。
『字通』はもと庸に従い、庸声であろう、とし、漢碑「婁寿碑」に「棬樞甕牗」とあって、字を牗に作り、墉”つちかべ”に作った木枠の窓とし、牖が庸に従うなら、その声義を解することが出来る、という。ただし牗の字は『説文解字』にも『大漢和辞典』にも見えない。また初出が秦系戦国文字にまで遡ることから、この説には従いがたい。
庸の字の語釈として『大漢和辞典』は”ひ=水門”を載せる。
学研漢和大字典
会意。甫は、博(開く、広がる)の意を示す。牖は「片(いた)+戸+甫」で、板で小さい戸型のまどをつくり、開いて明かりをとることを示す。壁を抜いてつくった小さい明かりとりのまどのこと。由(ユウ)(抜けて通る)・抽(抜いて通す)と同系。類義語の窓は、壁をつき抜けて空気を通すまどで、広く、へやのまどのこと。向は、空気抜きのまどのこと。
語義
- {名詞}まど。明かりとりのまど。壁やへいを打ち抜いて設けた明かりまど。「自牖執其手=牖より其の手を執る」〔論語・雍也〕
- {動詞}みちびく。▽道・導(上古音dog→dau)に当てた用法。「天之牖民=天の民を牖くや」〔詩経・大雅・板〕
字通
[形声]字はおそらくもと庸(よう)に従い、庸声であろう。〔説文〕七上に「壁を穿ち、木を以て交窻(かうさう)を爲すなり。片戶に從ひ、甫(ほ)聲」とするが、声が合わない。漢碑の〔婁寿碑(ろうじゆひ)〕に「棬樞(けんすう)甕牗(をういう)」とあって、字を牗に作る。土壁の墉に木枠の窓を設けるもので、庸に従う字とすれば、その声義を解することができる。
優(ユウ・17画)
包山楚簡・戦国中期
初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔ(平)。同音多数。部品で同音の「憂」に”ゆたか”・”やさしい”・”すぐれる”の語釈は『大漢和辞典』にない。ただし”しとやかに行はれる”の語釈がある。論語語釈「憂」を参照。
漢語多功能字庫
「人」の字形に属し、「憂」の音。原義は”満ち足りる”・”ゆたか”。
学研漢和大字典
会意兼形声。憂の原字は、人が静々としなやかなしぐさをするさまを描いた象形文字。憂は、それに心を添えた会意文字で、心が沈んだしなやかな姿を示す。優は「人+(音符)憂」で、しなやかにゆるゆるとふるまう俳優の姿。▽「説文解字」に「饒(ユタ)かなり」とあるのはその派生義である。幽(奥深い。かすか)・夭(ヨウ)(しなやか)・窈(ヨウ)(しなやか)と同系。類義語に俳・秀。
語義
- {名詞}しなやかなしぐさをする人。「俳優」。
- (ユウナリ)(イウナリ){形容詞}やさしい(やさし)。しなやかなさま。「優美」。
- (ユウナリ)(イウナリ){形容詞}すぐれる(すぐる)。美しくひいでているさま。《対語》⇒劣。「優秀」。
- (ユウナリ)(イウナリ){形容詞}ゆたか(ゆたかなり)。ゆったりとしていてがさつかないさま。「優裕」「好善優於天下=善を好めば天下に優なり」〔孟子・告下〕
- 《日本語での特別な意味》
①ゆうに(いうに)。じゅうぶんであるさま。「優に十倍はある」。
②ゆう(いう)。成績や程度の序列で、最もよいものをあらわすことば。▽優・良・可の順。
③梵語(ボンゴ)「ウ」の音訳字。「優曇華(ウドンゲ)」。
字通
[形声]声符は憂(ゆう)。憂は喪に服して愁える人の形。未亡人のときには寡という。喪に服してかなしむ人の姿を優といい、またその所作をまねするものを優という。〔説文〕八上に「饒(おほ)きなり。一に曰く、倡(うた)ふものなり」とするが、もとは所作事を主とするものであった。〔説文〕に𢚧を憂、憂を優の義に解し、優には饒多の義を以て正訓とするが、もと俳優の優。死者の家人に代わって、神に対して憂え申す所作を演じたのであろう。のち山水の間に游んで神を慰め楽しませることを優游といった。〔詩、大雅、巻阿〕は山水の間に遊ぶ詩で、「爾(なんぢ)の游を伴奐(ばんくわん)にし 爾の休(慶)を優游にせよ」のように用いる。游も神とともに遊ぶ意である。神事的な遊楽が、のち娯楽のためのこととなり、調戯のこととなって、〔左伝、襄六年〕「少(わか)くして相ひ狎れ、長じて相ひ優(たはむ)る」とは戯れ合う意。もとは俳優の俳が調戯、優は憂愁の姿態をなす者であったが、その初義は早く失われたようである。
櫌/耰(ユウ・21画)
「櫌」の初出は説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔのみ(平)。同音多数。呉音は「ウ」。
「耰」の初出は不明。論語の時代に存在が確認出来ない。カールグレン上古音はʔのみ(平)。同音多数。
『大漢和辞典』で音ユウ訓すきは他に存在しない。音ウ訓すきに𣂻(上古音・初出不明)がある。
漢語多功能字庫
櫌
摩田器。从木,憂聲。《論語》曰:櫌而不輟。〔於求切〕
耕地を耕す道具。「木」の字形の系統に属し、「憂」の音。論語に「櫌而不輟」とある。於-求の半切である。
耰
(解字無し)
学研漢和大字典
耰
形声。「耒(すき)+(音符)憂」。この字は「耒+(音符)夒(ノウ)(さるがひっかくように表面をならす)」が原字で、擾(ジョウ)(かきまわす)と同系のことばであろう。のち、音符を憂ととり違えてユウと読むようになったもの。
櫌
形声。「木+(音符)憂」。▽もと、擾(ジョウ)(かきまわす)と同系であるが、誤って、ユウと読むようになった。
語義
耰
- (ユウス)(イウス){動詞}土を惜(カ)いてまぶす。種をまいて、土をかぶせてならす。「耰而不輟=耰して輟まず」〔論語・微子〕
- {名詞}農具の一つ。田畑の土ならしをするもの。
櫌
- {名詞}田の土をかきならす農具。また、田の土塊をうちほぐす農具。《同義語》⇒耰。
- {名詞}土をならすすき・くわの柄。
- {動詞}かきまわしてならす。▽擾に当てた用法。
字通
[形声]声符は憂(ゆう)。〔説文〕六上に櫌を正字とし、「田を摩(う)つ器なり」とするが、耰が通行の字である。塊をくだいて、その土を根にかけ、また土をならすことをいう。憂はあるいは擾の意であろう。
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