來/来(ライ・7画)
甲骨文/宰甫卣・商代晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:イネ科植物の象形。
慶大蔵論語疏では新字体と同じく「来」と記す。「国学大師」によると後漢の「韓勑碑」に見られるという。
音:カールグレン上古音はləg(平)。同音は下記の通り。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
來 | ライ | きたる | 甲骨文 | 平 | |
萊 | 〃 | あかざ | 前漢隷書 | 平/去 | |
騋 | 〃 | 高さ七尺の馬 | 説文解字 | 平 | |
徠 | 〃 | 就く | 後漢隷書 | 〃 | |
賚 | 〃 | たまふ | 説文解字 | 去 | →語釈 |
用例:甲骨文に「來日」との用例が多数あり、「来たる日」とよめ、”来る”の語義を確認できる。『甲骨文合集』33260に「乙亥卜:受來禾。」とあり、「乙亥卜う、來禾を受けんか」と読め、”ムギ”の語義を確認できる。
西周早期の金文「旅鼎」に「隹(唯)公大保來伐反尸(夷)年」とあり、「これ公大保来たりて反夷を伐つの年」と読め、”来る”の語義を確認できる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文の段階で、”ムギ”・”(貢ぎ物を捧げに)来る”・”きたる”と、地名での用例があるという。金文では春秋早期の「鼄來隹鬲」に、人名での用例があるという。
学研漢和大字典
象形文字で、來は、穂がたれて実った小麦を描いたもので、むぎ(麦)のこと。麥(=麦)は、それに夊印(足を引きずる姿)を添えた形声文字で、「くる」の意をあらわした。のち「麥」をむぎに、「來」をくるの意に誤用して今日に至った。來(ライ)は転じて他所から到来する意となる。ライ(來)と、バク・マク(麥)とは、上古のmlという複子音が、lとmとに分かれたもの。▽西北中国に定着した周の人たちは、中央アジアから小麦の種が到来してから勃興(ボッコウ)したので、神のもたらした結構な穀物だと信じてたいせつにした。賚(ライ)(もたらされた賜物(タマモノ))と同系のことば。
意味:
- {動詞}くる(く)。きたる。こちらに近づく。▽漢文訓読では「きたる」と読む。《対語》⇒去・往。「往来」「有朋自遠方来=朋有り遠方より来たる」〔論語・学而〕
- {動詞}きたす。こさせる。▽去声に読む。「修文徳以来之=文徳を修めて以てこれを来す」〔論語・季氏〕
- {名詞}これから先のこと。未来。《対語》⇒往。「欲知来者察往=来を知らんと欲せば往を察せよ」〔豁冠子・近迭〕
- {助辞}このかた。ある時点からのち、今まで。「以来」「年来」「自李唐来=李唐より来」「由孔子而来至於今、百有余歳=孔子より来今に至るまで、百有余歳なり」〔孟子・尽下〕
- {形容詞}これからやってくる。将来の。「来日(これから先の日)」。
- {助辞}きたる。動詞のあとについて、…すると、の意をあらわすことば。「旧曲聞来似斂眉=旧曲聞こえ来たれば眉を斂むるに似たり」〔曾鞏・虞美人草〕
- {助辞}文末について、…しよう、の意をあらわすことば。漢文訓読では、特定の読みくせのある場合のほかは読まない。「帰去来兮=帰りなんいざ去来兮」〔陶潜・帰去来辞〕
字通
[象形]麦の形に象る。〔説文〕五下に「周、受くる所の瑞麥・來麰なり。一來に二縫あり。芒朿の形に象る。天の來す所なり」とし、〔詩。周頌、思文〕の「我に來麰(牟)を貽る」の句を引く。周の始祖后稷が、その瑞麦嘉禾を得て国を興したことは〔書序〕の〔帰禾〕〔嘉禾〕にもみえる。往来・来旬、また賚賜などの用義はすでに卜辞にもみえるが、みな仮借義である。
訓義:(1)むぎ、こむぎ。(2)きたる、くる、いたる。(3)きたす、まねく、もたらす。(4)このかた、から、より、さきざき。(5)勑と通じ、つとめる、ねぎらう。(6)哉と通じ、や、か。(7)字はまた徠に作る。
大漢和辞典
雷(ライ・13画)
『字通』所収甲骨文/中父乙罍・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:稲光と、音を象徴する「𠙵」”くち”または”太鼓”2つ。稲妻のさま。
音:カールグレン上古音はlwər(平)。
用例:「甲骨文合集」21021.4に「各雲自北雷延大風自西刜雲率雨」とあり、”かみなり”と解せる。その他甲骨文・金文では、地名人名に用いた。
学研漢和大字典
会意兼形声。畾(ライ)・(ルイ)は、ごろごろと積み重なったさまを描いた象形文字。雷はもと「雨+(音符)預」で、雨雲の中に陰陽の気が積み重なって、ごろごろと音を出すこと。のち、略して雷と書く。壘(=塁。積み重なった土)と同系。
語義
- {名詞}かみなり。いかずち(いかづち)。空中の放電によって生じる光と音。かみなり。▽大きな音や声にたとえる。《類義語》電。「落雷」「雷鳴」。
字通
[形声]正字は靁に作り、畾(らい)声。金文に𤳳に作り、電光の放射する形で、もと象形字である。〔説文〕十一下に「陰陽薄動(はくどう)す。靁雨は物を生ずる者なり。雨畾に從ふ。回轉の形に象る」という。〔淮南子、天文訓〕に「陰陽相ひ薄(せま)り、感じて雷と爲る」とあり、その現象は正確に理解されていた。漢の塼画に、鼓をうつ雷神の姿があり、また雷鼓という。
賚(ライ・15画)
初出は説文解字。論語の時代に存在しない。もちろん周初にもあり得ない。カールグレン上古音はləɡ(去)。同音は論語語釈「来」を参照。”たまう・たまわる”の語釈を持つ漢字は無い。「來」(来)に”ねぎらう”の語釈はあるが、”たまう・たまわる”ではない。
漢語多功能字庫
(字解無し)
学研漢和大字典
会意兼形声。來(ライ)(=来)は、両わきに穂のついたむぎを描いた象形文字で、天からたまわったむぎをあらわす。転じて、上から下へ送られてくるという意味を派生した。賚は「貝+(音符)來」で、金品を上から下へ授けること。▽麥(=麦)の字は、この來に夂(あしをひきずる形)を加えたもので、元来は、こちらが「来る」という意味の原字で、來がむぎを示したものだが、のちその逆となった。
語義
- {動詞}たまう(たまふ)。上の者から下の者へ授け与える。《類義語》賜。「賚賜(ライシ)」。
- {名詞}たまもの。上の者から下の者へたまわったもの。いただきもの。天の恩恵。《類義語》賜。「周有大賚=周に大いなる賚有り」〔論語・尭曰〕
字通
[形声]声符は來(来)(らい)。〔説文〕六下に「賜ふなり」とあり、〔書、文侯之命〕「爾(なんぢ)に秬鬯(きよちやう)(香り酒)を賚(たま)ふ」の文を引く。〔論語、尭曰〕に「周に大賚有り」のように、もと神意によって与えられることをいう。金文にまた「■(上下に𠩺+貝)(たま)ふ」の字を用いることがある。
絡(ラク・12画)
天策・戦国中期(楚)
初出:初出は戦国中期の金文「璋𦉢」(集成9975)。ただし画像が公開されていない。確実な初出は戦国中期の楚系戦国文字(天策=江陵天星觀楚簡)。
字形:「糸」+音符「各」klɑk(入)。「各」の原義は「来る」だが、「絡」の語義とは関係が無い。論語語釈「各」も参照。
音:カールグレン上古音はɡlɑk(入)。同音に「落」「烙」「洛」「珞」”小石”「酪」「駱」「雒」”みみずく”(すべて入)。
用例:戦国中期「璋𦉢」(集成9975)に「廿二重金絡襄」とあり、”紐で縛る”と解せる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」封診68に「衣絡禪襦」とあり、衣類の一種と解せる。
論語時代の置換候補:上古音に語義を共有する漢字は無い。部品の「各」と語義を共有しない。『大漢和辞典』に同音同訓は存在しない。
学研漢和大字典
形声。各は、古代にklakという音で、のちkak・lakの両音をあらわすようになった。絡は「糸+(音符)各(ラク)」で、両側の間をひもでつなぐこと。略(田の中の連絡みち)・路(連絡してつなぐ道)と同系。梁(リョウ)(両側をつなぐかけはし)は、絡の語尾の音が鼻音に転じたことば。「まとう」は「纏う」とも書く。
語義
- (ラクス){動詞}まとう(まとふ)。からむ。からます。ひっかけてつなぐ。糸を糸車のわくにひっかける。「絡糸=糸を絡す」「籠絡(ロウラク)(からめこむ、まるめこむ)」。
- (ラクス){動詞}つなぐ。つながる。横につなぐ。線と線または点と点の間をつなぐ。「連絡」「絡繹(ラクエキ)」。
- {名詞}糸をからませて編んだもの。「纓絡(ヨウラク)(編んだ首飾り)」「網絡(あみ)」。
- {名詞}馬の首にからませるひきづな。《類義語》羈(キ)。「羈絡(キラク)」。
- {名詞}すじ(すぢ)。漢方医学で、たての大すじ(経脈)の間を横につなぐ細いすじ(血管や神経)のこと。《類義語》経。「脈絡(細いつながり)」。
- {名詞}果実の中の繊維。
- {名詞}天の体系(天維)に対して、地の体系のこと。「地絡」「坤絡(コンラク)(大地)」。
字通
[形声]声符は各(かく)。各に洛・烙(らく)の声がある。〔説文〕十三上に「絮(ふるわた)なり」とし、前条に「絮(じよ)は敝(やぶ)れたる緜(わた)なり」とあり、古綿をいう。また「一に曰く、麻の未だ漚(ひた)さざるものなり」とする。いずれも絡(から)み合い、纏(まと)いつきやすいものである。すべて巻きつけること、長く連なる状態にあるものをいう。
樂/楽(ラク・13画)
亂/乱(ラン・7画)
琱生簋・西周末期
初出:「小学堂」での初出は西周末期の金文。ただし字形は「乚」を欠く「𤔔」。
字形:西周早期の金文「克盉」・「克罍」での字形は「𤔲」(辞)”ことば”とされる。「琱生簋」の字形はもつれた糸を上下の手で整えるさまで、原義は”整える”。のち前漢になって「乚」”へら”が加わった。それ以前には「又」”手”を加える字形があった。
慶大蔵論語疏はおそらく異体字「〔禾乚三〕」と記す。未詳。
音:カールグレン上古音はlwɑn(去)。藤堂上古音はluan。
用例:西周中期の「牧𣪕」に「令女辟百寮。有冋事包廼多𤔔。」とあるが、語義が明瞭でない。
西周末期の金文「五年召白虎𣪕」には「余弗敢𤔔」とあり、「余敢えては乱さず」と読め、”乱す”の語義を確認できる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では”柔らかい革”(番生簋蓋・西周末期)の意があると言う。
学研漢和大字典
会意文字で、左の部分は、糸を上と下から手で引っぱるさま。右の部分は、乙印で押さえるの意を示す。あわせてもつれた糸を両手であしらうさまを示す。もつれ、もつれに手を加えるなどの意をあらわす。おさめるの意味は、後者の転義にすぎない。
語義
- {動詞・形容詞}みだれる(みだる)。みだす。もつれて、物事の筋道がとおらない。また、そのさま。「治乱興亡」「治亦進、乱亦進=治まるも亦た進み、乱るるも亦た進む」〔孟子・公上〕
- {名詞}みだれ。戦乱や反乱。「乱将作矣=乱まさに作らんとす」〔春秋左氏伝・荘八〕
- {動詞・形容詞}おさめる(をさむ)。物事のもつれを押さえて筋道を正す。また、そのさま。「予有乱臣十人=予に乱臣十人有り」〔論語・泰伯〕
- {名詞}音楽で、楽章の最後をおさめるまとめの一節。「関雎之乱(カンショノラン)」〔論語・泰伯〕
字通
旧字は亂に作り、𤔔+乙。𤔔は糸かせの上下に手を加えている形で、もつれた糸、すなわち乱れる意。乙は骨べら。これでもつれを解くので、亂はおさめる意。「亂む」とよむべき字である。〔説文〕十四下に「治むるなり。乙に従う。乙は之れを治むるなり」という。〔段注本〕にその文を誤りとし、紊乱の字であるから「治まらざるなり」と改むべしとする。字形から言えば、𤔔が乱れる、亂が治める意の字。のち亂に𤔔の訓を加え、「乱る」「治む」の両義があり、反訓の字とする説を生じたが、一つの文字が、同時に正反の二訓をもつということはない。受に授受、行に去来の二義があるのは、行為者の立場をかえての訓であるから、矛盾的に両義を生ずるのではない。〔楚辞〕形式の作品に多くみえる「亂辭」は、紛乱を解く辞の意で、一篇の結束とする。金文の〔牧𣪘〕「廼ち𤔔るること多し」、また〔書、皋陶謨〕「亂にして敬」は治政の才を言う。この𤔔・亂はそれぞれ字の本義の用法である。乱はのち多く紛乱の意に用いる。
訓義
(1)おさめる。(2)みだれる、みだす。(3)まがう、まよう、なやむ。(4)くらい、あやまる、無道。(5)水をよこぎる。
大漢和辞典
覽/覧(ラン・17画)
初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɡlɑm(上)。同音に藍、攬”とる”、濫。
”みる”類義語の一覧については、論語語釈「見」を参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。監(カン)は「臣(下を向く目)+人+皿(サラ)に水を入れたさま」の会意文字で、人が水鏡に顔をうつして、伏し目でみるさま。鑑(カン)(水かがみ)の原字。覽は「見+(音符)監(伏し目でみる)」で、下の物を上からみまわすこと。臨(リン)(高い所から下のものをみる)と同系。類義語に視。旧字「覽」は人名漢字として使える。
語義
- {動詞}みる。高い所から下のものをみまわす。また、あまねくみてまわる。《類義語》観・臨。「展覧」「博覧強記(ひろく観察しよくおぼえている)」。
- {動詞・名詞}みる。全体に目をとおす。また、全体に目をとおせるようにまとめたもの。「便覧(ビンラン)・(ベンラン)」「要覧」「大王覧其説=大王其の説を覧る」〔戦国策・斉〕
字通
[会意]旧字は覽に作り、監(かん)+見。監は鑑の初文で、監は水盥(みずたらい)(皿)の上に顔を出して面を映す形。その映る面を見ることを覽という。〔説文〕八下に「觀るなり」と訓し「監の亦聲」とするのは、その意である。俯して臨み見ることを覽という。〔楚辞、九歌、雲中君〕は雲神の祭祀歌で、「冀(き)州を覽るに餘有り」とは、天上より俯して下界を見る意。〔楚辞、離騒〕に「皇(ちち)覽て余(われ)を初めの度(とき)に揆(はか)る」のように、尊貴の人の行為をいう。御覧を本義とする字である。
濫(ラン・18画)
説文解字・後漢篆書
初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はglɑm(去)。同音に藍、覽(覧)、攬”取る”。字形は「氵」+「監」で、洪水が広がるのをなすすべもなくじっと見る様。字の成立は、「氾」”うずくまって洪水を見る”「淫」”目を見開いて洪水を見る”に近い。論語語釈「氾」・論語語釈「淫」を参照。
近音同訓「亂」(乱)lwɑn(去)の初出は西周末期の金文。ただし発生から見てまるで違う字であり、音素の共通率は40%で音通を断言しがたく、置換候補とはし難い。
濫 | g | l | ɑ | m | |
乱 | l | w | ɑ | n |
「漢語多功能字庫」には、見るべき情報が無い。
学研漢和大字典
会意兼形声。監は「うつ向いた目+人+水をはった皿(サラ)」の会意文字で、人がうつむいて水鏡に顔をうつすさま。そのわくの中に収まるようにして、よく見るの意を含む。鑑(かがみ)の原字。檻(カン)(わくをはめて出ぬようにするおり)と同系のことば。濫は「水+(音符)監」で、外に出ないように押さえたわくを越えて、水がはみ出ること。監はklam→kǎmと変わり、濫はglam→lamとなった。類義語の溢(イツ)は、いっぱいになってあふれること。氾は、水がわくをこえてひろがること。汎は、平らにひろがりわたること。
語義
- {動詞}あふれる(あふる)。水がわくの外にあふれ出る。《類義語》溢(イツ)。「泛濫(ハンラン)(=氾濫)」「洪水横流、氾濫於天下=洪水は横流して、天下に氾濫す」〔孟子・滕上〕
- {動詞}物の表面が水面と同じくらいの高さになるようにひたす。「濫觴(ランショウ)」。
- (ランス){動詞}みだれる(みだる)。物事のわくの外にはみ出て、かってきままなことをする。「小人窮斯濫矣=小人は窮すれば斯に濫す矣」〔論語・衛霊公〕
- {形容詞}調子はずれであるさま。また、いきすぎであるさま。「濫刑」「濫調(でたらめの文章や調子)」。
- {副詞・形容詞}みだりに。むやみに行うさま。また、資格もないのに行うさま。「濫入党中=濫りに党の中に入る」〔後漢書・党錮・序〕
- (ランナリ){形容詞}わくをこえて多すぎるさま。「兵冗官濫=兵は冗り官は濫なり」〔欧陽脩・食貨志論〕
字通
[形声]声符は監(かん)。監に藍・覽(覧)(らん)の声がある。〔説文〕十一上に「氾(うか)ぶなり」とあって、氾濫することをいう。〔詩、商頌、殷武〕に「僭(たが)はず、濫(たが)はず」、〔左伝、昭八年〕「民聽濫(たが)はず」は、みな節度のあることをいい、節度を失うことを濫行・濫用という。
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