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論語語釈「ケン・ゲン」

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語釈 urlリンクミス

犬(ケン・4画)

犬 甲骨文 犬 金文
甲骨文/員方鼎・西周早期或中期

初出:初出は甲骨文

字形:いぬの姿を描いた象形で、原義は動物の”いぬ”。

音:カールグレン上古音はkʰイwən(上)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか諸侯国の名、また「多犬」は狩りの勢子を意味した。金文では原義に用いた(員方鼎・西周)。

学研漢和大字典

象形文字で、いぬを描いたもの。▽ケンという音は、クエンクエンという鳴き声をまねた擬声語。類義語の狗(ク)はもと子犬を意味し、会意兼形声文字で、「犬+(音符)句(小さくかがむ)」。

語義

  1. {名詞}いぬ。獣の名。家畜。猟犬・番犬・愛玩用、さらに食用として古くから飼われた。
  2. {名詞}いぬ。牛・馬・ぶたなどとともに、つまらぬもののたとえ。▽自分を卑下し、他人に使役されるものという意を含めていう。「犬馬之労」。
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①いぬ。敵のまわし者。スパイ。
    ②いぬ。益のないこと。むだなこと。また、つまらない、いやしいの意味をあらわすことば。「犬死に」「犬侍」。

字通

[象形]犬の形。〔説文〕十上に「狗の縣蹏(けんてい)有る者なり。象形」とし、「孔子曰く、犬の字を視るに、畫狗の如きなり」という孔子説を引く。〔説文〕に引く「孔子説」には、俗説が多い。県蹏とは肉中に隠れる爪。卜文の犬の字形は、犠牲として殺された形にみえるものがあり、犬牲を示すものとみられる。金文の〔員鼎(えんてい)〕に「犬を執らしむ」とは猟犬を扱う意。中山王墓には、金銀製の首輪をはめた二犬が埋められていた。

玄(ケン・5画)

玄 甲骨文 玄 金文
合集33276/郘弋黑鐘・春秋末期

初出:初出は甲骨文。

字形:糸を絞って黒く染めたさま。「糸」と近い形だが、上下の結びがなく、また二つ絞りで三つ絞りの例が無い。

音:カールグレン上古音はgʰiwen(平)。「ゲン」は呉音。

用例:「甲骨文合集」33276に「𠦪(禱)禾于(戮)三玄牛。」とあり、”黒い”と解せる。

学研漢和大字典

会意。「幺+━印」。幺(ほそい糸)の先端がわずかに━線の上にのぞいて、よく見えないさまを示す。幻(あいまい、よくみえない)と同系。付表では、「玄人」を「くろうと」と読む。

語義

  1. {形容詞}くらい(くらし)。ほのぐらくてよく見えないさま。また、奥深くてくらいさま。《類義語》暗。「幽玄」「玄之又玄、衆妙之門」〔老子・一〕
  2. {名詞・形容詞}くろ。くろい(くろし)。光や、つやのないくろい色。また、くろい色をしているさま。「玄色」「玄鳥(つばめ)」。
  3. {名詞}天の色。また、天のこと。▽空の色は奥深くくらいことから。地の色は黄とする。「天地玄黄」。
  4. {名詞}うすぐらい北方。
  5. {名詞}奥深くてよくわからない微妙な道理。「玄学(道教の学問)」「玄教(道教)」。
  6. {形容詞}かぼそいさま。「玄孫(かぼそいすえの孫→曾孫の子)」。

字通

[象形]糸たばを拗(ね)じた形。黒く染めた糸をいう。〔説文〕四下に「幽遠なり」とし、「黒にして赤色有る者を玄と爲す。幽に象り、入は之れを覆ふなり」と𢆶(ゆう)と入に従う字とするが、入とする部分は糸たばの上部を結んだ形。上を結んだ糸たばを染汁にひたして黒く染める。その結んだ部分は色に染まずに残るので、素という。〔周礼、考工記、鍾氏〕に染色の法をしるし、三入を纁(くん)、五入を緅(しゆう)、七入を緇(し)という。玄は緇に近く、その色相は幽深であるので、幽玄といい、幽遠の意に用いる。

見(ケン・7画)

見 甲骨文 見 金文
甲骨文/見尊・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は、目を大きく見開いた人が座っている姿。原義は”見る”。ただし跪いた人であることから、”見せられる”の意だったと想像できる。

音:カールグレン上古音はkianまたはɡʰian(共に去)。前者の同音は論語語釈「肩」を参照。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか”奉る”に、金文では原義に加えて”君主に謁見する”(麥方尊・西周早期)、”…される”(沈子它簋・西周)の語義がある。

備考:「みる」を意味する漢字については以下を参照。

学研漢和大字典

会意。「目+人」で、目だつものを人が目にとめること。また、目だってみえるの意から、あらわれるの意ともなる。類義語に視。同字同訓にみる 見る「遠くの景色を見る。エンジンの調子を見る。面倒を見る」 診る「患者を診る。脈を診る」。草書体をひらがな「み」として使うこともある。

意味〔一〕ケン

  1. {動詞}みる。みえる(みゆ)。物の存在・形・ようすなど、みえるものを目にとめる。わかる。《類義語》視・看。「百聞不如一見=百聞は一見に如(し)かず」「悠然見南山=悠然として南山を見る」〔陶潜・飲酒〕
  2. {動詞}まみえる(まみゆ)。人にあう。おめにかかる。「参見」「覲見(キンケン)(おめみえする)」。
  3. {助動詞}れる(る)。られる(らる)。→語法。
  4. {名詞}みかた。また、考え。「見解」「意見」。

意味〔二〕ケン/ゲン

  1. {動詞}あらわれる(あらはる)。外に見えてくる。おもてに出る。《同義語》現。「天下有道則見=天下に道有れば則ち見る」〔論語・泰伯〕
  2. {形容詞・副詞}まのあたり。目の前にあるさま。《同義語》現。「見在(=現在)」「見糧(=現糧)」。

語法

「る」「らる」とよみ、「~される」と訳す。受身の意を示す。《類義語》被チ「見…於(于・乎)~」は、「~に…らる」とよみ、「~に…される」と訳す。「吾嘗三仕三見逐於君=吾嘗(かつ)て三たび仕へ三たび君に逐(お)はる」〈以前、私は三たび仕官して、そのつど主君から暇を出された〉〔史記・管晏〕ヂ「見…」は、「…らる」とよみ、「…される」と訳す。「信而見疑、忠而被謗=信にして疑はる、忠にして謗(そし)らる」〈信じていたのに疑われ、真心を尽くしたのに悪く言われる〉〔史記・屈原〕

字通

[象形]目を主とした人の形。卜文に耳を主とした人の形があり、それは聞の初文。見・聞は視聴の器官を主とする字であるが、見・聞の対象は、霊的なものに向けられていた。見は〔説文〕八下に「視るなり」とあり、視(視)るとは神(示)を見ることである。新しい父母の位牌を拝することを親という。〔詩〕には、「瞻(み)る」(見めぐらす)、〔万葉〕には「見る」「見れど飽かぬ」という定型的な表現があって、その対象と霊的な関係をもつことを意味する。

弦(ケン・8画)

弦 古文
(古文)

初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はɡʰien(平)。同音に賢、絃”いと”、蚿”ヤスデ虫”(以上平)、炫”光る”、衒”売る・てらう”(以上去)。詳細は論語語釈「賢」を参照。絃は「弦に通ず」と『大漢和辞典』にあるが、初出が不明で古文のみ伝わる。その字形は相当古そうに見えるが、時代を確定できない。

玄 金文
「玄」郘弋黑鐘・春秋晚期

ただし「玄」の金文と酷似しており、現在は「玄」が失った”いと・つる”の語義を、「玄」が持っていたと判断する。従って論語時代の置換候補は、近音で部品の「玄」。論語語釈「玄」gʰiwen(平)も参照。「ゲン」は呉音。

学研漢和大字典

会意兼形声。玄は、一線の上に細いいとの端がのぞいた姿で、いとの細いこと。弦は「弓+(音符)玄」で、弓の細いいと。のち楽器につけた細いいとは絃とも書いた。幻(ゲン)(細くて見えにくい)と同系。「絃」の代用字としても使う。「弦・弦歌・三弦・管弦楽」。

語義

  1. {名詞}つる。弓のつる。▽もと、絹糸や麻糸をより、にかわを塗ってつくった。「引弦而戦=弦を引きて戦ふ」〔淮南子・人間〕
  2. {名詞}いと。琴などの楽器に張ったいと。《同義語》⇒絃。「管弦(笛や琴)」「聞弦歌之声=弦歌の声を聞く」〔論語・陽貨〕
  3. {名詞}半月に欠けた月の直径。▽弓の弦にあたる線のこと。「上弦(陰暦七、八日ごろの月)」「下弦(陰暦二十二、三日ごろの月)」。
  4. {名詞}直角三角形の斜辺のこと。《対語》⇒句・股(コ)。
  5. {名詞}円周上の二点を結ぶ直線。
  6. {名詞}病人の脈で、弱くかつ急で、弓の弦のように震える打ち方のこと。「弦脈」。
  7. {名詞}夫婦の縁。▽昔は夫婦を琴瑟(キンシツ)(琴)にたとえたので、「断弦」とは、妻に死なれること。「続弦」とは、後妻をめとること。

字通

[形声]声符は玄(げん)。〔説文〕十二下に「弓弦なり」とし、玄を弦を繋けるところの象形とするが、形声の字である。

肩(ケン・8画)

肩 甲骨文
『字通』所載甲骨文

初出は甲骨文。金文は未発掘。カールグレン上古音はkian(平)。同音は下記の通り。

初出 声調 備考
ケン たひら 晋系戦国文字
かた 甲骨文
三歳の豕 説文解字
𧱚 不明
ゲン/ケン 蹄が平で正しい 説文解字
ケン 見える 甲骨文 →語釈

学研漢和大字典

会意。「かたから手の垂れたさま+肉」で、かたくて平らなかたのこと。上部は戸(=戸)ではない。堅(ケン)(かっちり)・幵(ケン)(かたくて平ら)などと同系。

語義

  1. {名詞}かた。かっちりとして平らなかた。「比肩=肩を比ぶ」「拍肩執袂=肩を拍ち袂を執る」「脅肩諂笑=脅肩して諂ひ笑ふ」〔孟子・滕下〕
  2. {名詞}かた。獣では、前足の上部。また、鳥では、翼のつけねの部分。また、器物の、人間でいえばかたにあたる部分。
  3. {動詞}かたで重さをこらえる。
  4. {名詞}三歳、または四歳の家畜。
  5. 「肩肩(ケンケン)」とは、かっちりとかたくて、まっすぐなさま。「其岾肩肩=其の岾は肩肩たり」〔荘子・徳充符〕

字通

[象形]肩の形に象る。肩胛骨が腕に連なる骨臼部分の形と、肉とに従う。〔説文〕四下に「髆(はく)なり。肉に從ひ、象形」とし、戶(戸)に従う形を俗字とする。篆文の曰の形が骨臼。肩はよく負荷にたえるところであるから、肩任の意がある。

卷/巻(ケン・9画)

巻 金文
卷且乙爵・殷代末期

初出:初出は殷代末期の金文

字形:下掲『学研漢和大字典』『字通』の説はもっともながら、おそらく金文を参照できていない。上掲最古の金文を見ると、両手+棒状のもの+背中を向けた人で、人に見えないように何かを”抱え込む・隠す”と解するのが理にかなうと思う。

音:カールグレン上古音はgʰi̯wan(平)。「カン」は慣用音。「倦」を異体字として取り扱うことがある。論語語釈「倦」を参照。

用例:殷周時代の用例は全て族徽(家紋)または人名で、何を意味しているのか分からない。

戦国最末期「睡虎地秦簡」編年紀10貳に「三年,卷軍。八月,喜揄史。」とあり、”引き返す”と解せる。

学研漢和大字典

会意。卷の上部は「釆(ばらまく)+両手」で、分散しかける物をまるくまいた両手で受けるさま。下は人間がからだをまるくかがめた姿。まるくまく意を含み、拳(ケン)(まるくまいたこぶし)や倦(ケン)(からだをまるくまいてかがめる)の原字。常用漢字字体では、㔾を己に書きかえた。旧字「卷」は人名漢字として使える。

語義

  1. {動詞}まく。軸をしんにしてくるくるとまく。▽上声に読む。《同義語》⇒捲(ケン)。「漫巻詩書喜欲狂=漫ろに詩書を巻いて喜んで狂はんと欲す」〔杜甫・聞官軍収河南河北〕
  2. {名詞}まき。昔、竹札や木札に字を書き、それをつづりあわせて、まいて保存したもの。また、書画を紙に書くようになってからのちも、そのやり方を継いで巻物にする。▽去声に読む。「巻子(カンス)」「書巻」「不釈巻=巻を釈かず」。
  3. {単位詞}まき。書物を数えるときのことば。また、篇章に順序をつけて呼ぶときのことば。▽去声に読む。「一巻」「巻二」。

字通

[会意]釆(べん)+廾(きよう)+㔾(はん)。篆文の字形は、釆(獣爪を含む獣皮)を廾(両手)で㔾の形に捲きこむ意。獣皮を捲く形で、一捲きの獣皮を卷という。〔説文〕九上に「厀(ひざ)曲るなり」とするがこの字の本義でなく、𢍏(はん)字条三上に「飯を摶(まろ)むるなり」とし、「讀みて書卷の若くす」とするが、卷が書巻の字である。古くは重要な文書は皮に記した。のち簡札・紙を用いるが、なお巻を以て数える。

儉/倹(ケン・10画)

倹 秦系戦国文字 倹 篆書
(秦系戦国文字・篆書)

初出:確実な初出は秦系戦国文字

字形:字形は「亻」”人”+「僉」(㑒)で、初出が春秋末期の金文である「僉」の字形は、「シュウ」”あつめる”+「兄」二つ。「兄」はさらに「口」+「人」に分解でき、甲骨文では「口」に多くの場合、神に対する俗人、王に対する臣下の意味をもたせている。『魏志倭人伝』で奴隷を「生口」と呼ぶのは、はるか後代の名残。「儉」は全体で、”多数派である俗人、臣下らしい人の態度”であり、つまり”つつしむ”となる。

音:カールグレン上古音はɡʰli̯am(上)で、同音は存在しない。

用例:『上海博物館藏戰國楚竹書』顏淵07に「道(導)之以僉(儉)」とある。”つつしむ”の意に用いている。

戦国末期の『睡虎地秦簡』封診27に「山儉(險)不能出身山中。」とあり、”けわしい”の意に用いている。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。『大漢和辞典』で音ケン訓つづまやかは旁を同じくする「険」だけだが、初出は楚系戦国文字

音ケン訓つつしむに「仱」(初出不明)、「」(初出殷代末期、春秋末期以前に”つつしむ”の用例無し)、「孂」(初出後漢・説文解字)、「𢌍」(初出不明)、「矜」(初出戦国文字)、「𥜲」(初出不明)、「虔」(初出西周中期金文)、「謙」(初出戦国文字)。

虔 金文
𤼈鐘・西周中期

「虔」は西周中期「𤼈鐘」(集成252)に「今𤼈𡖊夕虔敬卹厥死事。」とあり、”つつしむ”と解せる。カールグレン上古音はɡʰi̯an(平)。「儉」との音素の共通率は60%で半分を超える。詳細は論語語釈「虔」を参照。

ɡʰ l a m
ɡʰ a n

部品の「僉」(㑒)には、”つつましい”の語釈が『大漢和辞典』に無い。論語語釈「僉」を参照。僉の初出は戦国初期だが、すでに「剣」が春秋末期の金文に存在する論語語釈「剣」を参照。

僉 金文剣 金文
「僉」(金文)・「剣」(金文・白川オリジナル)

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、僉(セン)の篆文(テンブン)は「亼(あつめる)+口(くち)二つ+人ふたり」の会意文字で、多くの物を放置せずにひと所に集約することを示す。その金文は、多くの物をひとまとめにしたさま。儉は「人+〔音符〕僉」で、散漫にせず、きちんと引き締めた生活ぶりをあらわす。集約して引き締めるの意を含む。檢(=検。札をまとめてきちんとそろえる)・嶮(ケン)(稜線がしまってそそりたつ山)などと同系のことば。

語義

  1. (ケンニス)・(ケンナリ){動詞・形容詞}つつましい(つつまし)。おおげさにせず引き締める。また、そのさま。「倹約」「礼与其奢也寧倹=礼はその奢(おご)らんよりは寧ろ倹なれ」〔論語・八佾〕
  2. (ケンニス){動詞}引き締める。きりつめる。「節倹」「量入倹用=入るを量りて用を倹にす」〔白居易・与微之書〕

字通

[形声]旧字は儉に作り、僉(せん)声。僉に檢(検)・劍(剣)(けん)の声がある。春秋期の呉越の剣には「僉」と銘する。〔説文〕八上に「約なり」とあり、倹約をいう。僉は二人並んで舞い祈る形で、恭倹の意がある。〔礼記、楽記〕に「恭儉にして禮を好む」とみえる。

虔(ケン・10画)

虔 金文
𤼈鐘・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:腕を差し出し、頭を下げた人の姿。「𠙵」”くち”を90°傾けることで頭を下げたさまを示す。

音:カールグレン上古音はɡʰi̯an(平)。

用例:西周中期「𤼈鐘」(集成252)に「今𤼈𡖊夕虔敬卹厥死事。」とあり、”つつしむ”と解せる。

備考:論語では近音の「儉」で記される事が多い。論語語釈「儉」を参照。

学研漢和大字典

会意。「虍+文」。とらの模様のように、きちんとしていることをあらわす。類義語に慎。

語義

  1. {動詞・形容詞}かたい(かたし)。ひきしまっている。ゆるみがない。かっちりとしめる。「奪攘矯虔(ダツジョウキョウケン)(あるものをうばって、がっちり守る)」〔書経・呂刑〕
  2. {動詞・形容詞・名詞}つつしむ。緊張してつつしみ深くする。かたくるしい。くそまじめな心や態度。「敬虔(ケイケン)」「虔卜於先君也=虔んで先君に卜するなり」〔春秋左氏伝・成一六〕
  3. {動詞・名詞}しいる(しふ)。むりじいする。むりにとる。転じて、強盗をいう。「虔劉(ケンリュウ)」。

字通

[会意]虍(こ)+文。虍は虎。虎文をいう字。〔説文〕五上に「虎の行く皃なり」とし、文(ぶん)声とするが、声義ともに合わない。金文に「夙夜を虔(つつし)む」「虔みて墜(おと)さず」の語が習見し、字をまた〔虍文廾〕・〔口虎〕に作る。〔秦公鐘(しんこうしよう)〕に「朕が祀を虔敬し、~夙夕を〔口虎〕(つつし)まん」、また〔叔夷鎛(しゆくいはく)〕に「厥(そ)の死(司)事を〔虍文廾〕卹(けんじゅつ)せよ」という。古く虎皮を用いる儀礼があったのであろう。文はおそらく文身の文。神判において勝訴をえた解廌(かいたい)に文身の心字形を加えて慶とするように、虎皮に文を加えて神意につかえ、神意にかなう意を示したものと思われる。

兼(ケン・10画)

兼 金文
徐王子同鐘・春秋末期

初出:部品としての初出は西周早期の金文。単独では春秋末期の金文

字形:「禾」”実った穀物の穂”+「又」”手”。実った穀物の穂をたばねるさま。

音:カールグレン上古音はkliam(平/去)。同音は「蒹」(平)”穂の出ていない荻”のみ。

用例:春秋末期「」(集成182)に「㠯(以)樂嘉賓、倗(朋)友、者(諸)臤(賢),兼㠯(以)父□(兄)、庶士,㠯(以)宴㠯(以)喜」とあり、”兼ねる”と解せる。

学研漢和大字典

会意。「二本の禾(いね)+手」で、いっしょにあわせ持つさまを示す。検(物を一箇所にあわせ集める→集めてよしあしを調べる)と同系。夾(キョウ)・挾(キョウ)(=挟)は、二つの物を両側にあわせかかえる意で、兼の入声(ニッショウ)(つまり音)に当たる。

語義

  1. {動詞}かねる(かぬ)。二つ以上をいっしょにあわせる。「兼有」「孔子兼之=孔子はこれを兼ぬ」〔孟子・公上〕
  2. {動詞}かねる(かぬ)。併合する。「兼併(ケンペイ)」「周公兼夷狄駆猛獣而百姓寧=周公夷狄を兼ね猛獣を駆りて百姓寧し」〔孟子・滕下〕▽「兼行=行を兼ぬ」とは、二日以上の道のりを一日の行程に合併すること。「倍道兼行、百里而争利=道を倍にし行を兼ね、百里にして利を争ふ」〔孫子・軍争〕
  3. {動詞}かねる(かぬ)。二つ以上の仕事を一身に引き受ける。「兼任」「遷戸部尚書兼御史大夫=戸部尚書に遷り御史大夫を兼ぬ」〔枕中記〕▽A兼Bの形を、まれに「AとBと」と訓読することもある。《類義語》与・及。「携文鯉兼酒詣蘭=文鯉兼酒とを携へて蘭に詣る」〔謝小娥伝〕
  4. {副詞}かねて。いっしょに。「兼罪典衣与典冠=兼ねて典衣と典冠とを罪す」〔韓非子・二柄〕
  5. 《日本語での特別な意味》
    ①かねる(かぬ)。ある事情でそうすることができない。また、「兼ねない」の形で、「…しないとは限らない」の意。「見るに見兼ねる」。
    ②かねて。前もって。あらかじめ。「兼題」。

字通

[会意]秝(れき)+又(ゆう)。秝は両禾(りようか)。〔説文〕七上に「幷(あは)すなり」という。一禾を秉(と)るを秉(へい)といい、二禾を秉るを兼という。ゆえに兼併・兼任・兼修の意となる。

劔/剣(ケン・10画)

剣 金文

初出は春秋末期の金文。論語と同時代の「越王勾践剣」にも存在する。カールグレン上古音は不明(去)、藤堂上古音はkliǎm。

学研漢和大字典

会意兼形声。「刀+(音符)僉(ケン)・(セン)(そろう)」で、両刃のまっすぐそろったかたな。險(ケン)(=険。両側がそろって切りたっている)・嶮(ケン)(山の尾根が切りたっている)と同系。類義語として、両刃のまっすぐなかたなを剣といい、曲がった片刃のものを刀という。旧字「劍」は人名漢字として使える。

語義

{名詞}つるぎ。まっすぐで、両側に刃があるかたな。また、それを使ってする武術。▽突くのにも切るのにも用いる。「剣術」「負剣=剣を負ふ」「剣一人敵不足学=剣は一人の敵学ぶに足らず」〔史記・項羽〕

字通

[形声]旧字は劍に作り、僉(せん)声。僉に檢(検)・驗(験)(けん)の声がある。春秋期の呉越の剣銘に「僉」とあって、劍の字に用いる。〔説文〕四下に「人の帶ぶる所の兵なり」とあり、腰に帯びたものである。六朝のころ、剣履上殿を許されることは殊遇とされた。

狷(ケン・10画)

狷 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の『説文解字』

字形:〔犭〕+音符〔肙〕。

音:カールグレン上古音はki̯wan(去・韻目「線」)、同音は「卷」、「獧」”早く跳ね躍る”、「絹」、「眷」”顧みる”。去声で韻目「霰」のカールグレン上古音は不明。

用例:論語子路篇21に見えるほか、「上海博物館蔵戦国楚竹簡」に近似の字形〔肙犬〕〔月口犬〕が「狷」と釈文されている。

論語時代の置換候補::部品の肙(エン・ケン)の原義は蚊の幼虫の”ボウフラ”。”むなしい・うつろ”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。初出は楚系戦国文字

睘 金文
「睘」駒父盨蓋・西周末期

『孟子』では「獧」ki̯wan(去)になっており、部品の睘の初出は西周早期の金文、”驚いて見(つめ)る”・”頼るところがない・独りぼっち”・”憂える”の語釈を『大漢和辞典』が載せるが、春秋末期までの用例は”環形のたま”もしくは人名で、論語の時代に適用出来ない。

学研漢和大字典

犬+音符ケン(まるく縮む)の会意兼形声文字。小回りして、せかせかと走る犬。また、小さくわくをかまえて、その外に出ないこと。意味は気が短いさま。片意地なさま。きびきびして、感受性が鋭すぎるさま。

語義

  1. {形容詞}気が短いさま。「狷急(ケンキュウ)」。
  2. {形容詞・名詞}片意地なさま。不本意な事をこばんで行わないさま。へそまがり。「狷介(ケンカイ)」。
  3. {形容詞}きびきびして、感受性が鋭すぎるさま。

字通

声符はえん。肙に涓*・けんの声がある。〔説文新附〕十上に「褊急なり」とあり、気が短いことを言う。〔国語、晋語二〕に「小心狷介」、〔論語、子路〕に「狂狷」の語がある。

倦(ケン・11画)

倦 楚系戦国文字
上(2).從(甲).12

初出:初出は楚系戦国文字。ただし字形は「𠈖」。

字形「人」+「卷」。「卷」の原義ははっきりせず、おそらく音符。原義は”あきる”。

音:カールグレン上古音はghi̯wan(去)で、同音に「権」・「卷」(巻)など多数。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」從政甲12に「行不𠈖(倦)」とあり、”あきる”と解せる。

同子見季桓20に「䎽(聞)豊(禮)不劵(倦)」とあり、「劵」を「倦」と釈文している。

論語時代の置換候補:存在しない。

『大漢和辞典』での同音同訓に「劵」、ただし”あきる”の用例は上記の通り戦国時代。「勌」は初出・上古音共に不明。「勸」の初出は前漢の隷書。詳細は論語語釈「勧」を参照。「減」の初出は春秋初期の金文。ただし春秋末期までに確認できる出土例は人名のみ。「𤷄」の初出は楚系戦国文字。「惓」の初出は戦国の竹簡。論語語釈「惓」を参照。

同音の「卷」(巻)に”あきる”の語釈があり、異体字としても取り扱われ、論語時代以前の金文に存在する。ただしこの語義での用例は戦国時代までに確認できない。論語語釈「巻」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。卷(=巻)の字の下部は、人がまるくからだをかがめた姿、上部は、両手で物を持った姿を示す。まるく曲げたり巻いたりするの意を含む。捲(ケン)の原字。倦は「人+(音符)卷」で、しゃんとからだを伸ばさず、ぐったりと曲がること。疲れてものうい姿を意味する。類義語に疲。

語義

  1. {動詞}つかれる(つかる)。ぐったりする。《同義語》⇒渇(ケン)。《類義語》疲。「疲倦(ヒケン)」「立倦而不敢息=立ち倦れて敢へて息はず」〔呂氏春秋・下賢〕
  2. {動詞}うむ。ぐったりしてだれる。ものうくなる。《同義語》惓。《類義語》怠。「誨人不倦=人を誨へて倦まず」〔論語・述而〕

字通

[形声]声符は卷(巻)(かん)。卷は獣皮などを巻きこむ形。人が疲労して、身を屈して休息する形に似ている。〔説文〕八上に「罷(つか)るるなり」とあり、疲れてものに倦むことをいう。

惓(ケン・11画)

初出:初出は戦国の竹簡。画像はネット公開されていない。「小学堂」は字形の変遷を記さない。

字形:初出の字形は上下に「𠔉」+「心」。『大漢和辞典』は「𠔉ケン」を「𢍏ケン」の隷書とし、「めしをまろめる」と訓読しているが、隷書は秦漢帝国通用の字で、語源を探るには向いていない。「𠈖」(倦)の異体字と解するべきだろう。論語語釈「倦」を参照。

音:カールグレン上古音は不明。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」中弓13に「備(服)之󱩾(緩);󱩾(弛)而󱩾(惓)󱩾(力)之」とあり、”つかれる”・”あきる”と解せる。

論語時代の置換候補:存在しない。論語語釈「倦」を参照。

学研漢和大字典

卷(ケン)(=巻)は、からだをまるく曲げてかがむこと。惓は「心+(音符)卷」で、強引に押しつけず遠慮してかがむ気持ちを示す。また、倦に当てる。

語義

  1. {動詞}うむ。仕事に疲れてがっくりする。《同義語》⇒倦(ケン)。
  2. 「惓惓(ケンケン)」とは、ねんごろなさま。腰を曲げてていねいなさま。▽平声に読む。

字通

[形声]声符は卷(巻)(けん)。卷は巻曲。身をかがめる状態をいう。〔玉篇〕に「悶ゆるなり」とあり、倦が身の労倦をいうのに対して、惓は心の鬱屈することをいう。また懇誠の意がある。

絢(ケン・12画)

絢 篆書
(篆書)

初出:確実な初出は後漢の『説文解字』。文献上の初出は論語と、論語を引用した『史記』弟子伝。

字形:「糸」+「旬」”めぐる”で、糸を織り上げて出来た文様のさま。漢代に出来た新しい言葉で、論語の時代に存在しない。

音:カールグレン上古音はxiwen(去)。同音は眴(平/去)”またたく”のみ。

用例:『論語』八佾篇と『史記』弟子伝に「素以為絢兮」とある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓は存在しない。

学研漢和大字典

会意文字で、「糸+旬(めぐらす)」。

語義

{名詞・形容詞}あや。色糸をめぐらしてとりまいた模様。模様があって美しいさま。「素以為絢兮=素以て絢と為す」〔論語・八佾〕

字通

[形声]声符は旬(じゅん)。旬に眴(けん)の声がある。〔説文〕十三上に字の解義を加えず、「詩に云ふ、素以て絢と爲す」という逸詩の句を引く。〔儀礼、聘礼〕「絢組」の注に「采、文を成すを絢と曰ふ」とあり、目をおどろかすような文彩の美をいう。

堅(ケン・12画)

堅 玉石文
侯馬盟書・春秋中期

初出:初出は春秋中期の玉石文。ただし字形は「豎」”たてる”・”小さい”。同玉石文には「豆」を欠く字形もある。現行字形の初出は戦国最末期の「睡虎地秦簡」

字形:初出の字形は「臣」”伏せた目”+「又」”手”+「豆」”たかつき”。たかつきに恐らくは動物の血を満たして、ともに伏し拝んで指先をひたし、固く盟約するさま。

堅 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「堅丶」と記す。上掲「興聖寺主尼法澄塔銘」(唐)刻。

音:カールグレン上古音はkien(平)。

用例:初出「侯馬盟書」の該当部分はネット上に発見できなかった。戦国の竹簡では「臤」「硻」「緊」で「堅」を表し、また”かたい”の意で戦国最末期「睡虎地秦簡」為吏3壹にある。

学研漢和大字典

会意兼形声。已(ケン)は、臣下のように、からだを緊張させてこわばる動作を示す。堅は「土+(音符)已」。かたく締まって、こわしたり、形をかえたりできないこと。緊(引き締める)と同系。類義語の
剛は、直線状にぴんとしてかたい。固は、枯れて一定の形にかたまっていること。牢(ロウ)は、こわばって動きがとれないこと。強は、こわばってかたいこと。硬は、石のようにしんがかたいこと。異字同訓に固い「団結が固い。固練り。頭が固い。固く信じる」 硬い「硬い石。硬い表現」。

語義

  1. {形容詞}かたい(かたし)。しまってかたい。《対語》⇒軟・弱。「堅固」「吾楯之堅莫能陥也=吾が楯の堅きこと能く陥むるもの莫きなり」〔韓非子・難一〕
  2. {形容詞}かたい(かたし)。こちこちに充実するさま。「以盛水漿、其堅不能自挙也=以て水漿を盛れば、其の堅きこと自ら挙ぐる能はざるなり」〔荘子・逍遥遊〕
  3. {名詞}「堅甲(ケンコウ)」の略。かたいよろい。「被堅執鋭=堅を被り鋭を執る」〔漢書・高帝〕

字通

[形声]声符は臤(けん)。〔説文〕三下に「土剛(かた)きなり」とあり、堅い土をいう。剛は鋳型の笵を割く意。岡は鋳型に火を加えた形。高熱を加えるので、その型を割くのに刃器を用いた。堅もそのような堅い土で、堅固の意。それより堅強・堅甲・堅城・堅忍のように用いる。

獻/献(ケン・13画)

献 甲骨文 献 金文
甲骨文/子邦父甗・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:「鬳」”祭器”と「犬」”犠牲獣”で、祭壇に供え物を並べたさま。原義は”たてまつる”。

音:カールグレン上古音はxi̯ăn(去)。平声の音は不明。

用例:「甲骨文合集合集」102.3に「□戌卜貞□獻百牛□用自上示」とあり、”供える”と解せる。また8327に「獻于河」とあり、同義に解せる。

「甲骨文合集」8777.2に「貞呼獻羊于西土由」とあるのは、氏族名か、人名か明瞭でない。

西周早期「小盂鼎」(集成2839)に「獻西旅」とあるのは、”むかえる”かもしれない。

戦国末期までに「賢」と解せる例は無い。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文での語義は不詳。金文では”飯炊きガマ”(伯真甗・西周早期)、また原義で(羌伯簋・西周中期)用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。鬳(ケン)は「虎+鬲(三本の袋足のついた煮たきする器)」の会意文字で、虎(トラ)などの飾りのついたりっぱな食器。獻は「犬+(音符)鬳」で、犬の肉を食器に盛ってさしあげることを示す。高くささげる、下から上へあげるの意を含む。軒(高くあがる)・建(高くたてる)・乾(高い)などと同系。類義語の薦は、下敷きの上にのせてていねいにさし出すこと。上は、上の人にたてまつること。

語義

  1. (ケンズ){動詞}たてまつる。神前や目上の人に、ていねいに物をささげる。さしあげる。《類義語》薦・上。「献上」「献策=策を献ず」「献禽以祭社=禽を献じて以て社を祭る」〔周礼・大司馬〕
  2. (ケンズ){動詞}客に酒をすすめる。《対語》酢(客が主人に返杯する)。《類義語》酬。「献酬(ケンシュウ)(酒杯をやりとりする)」「或献或酢=或いは献じ或いは酢す」〔詩経・大雅・行葦〕
  3. {動詞・形容詞}前に進み出る。先頭におし出したさま。「献春」「献歳」。
  4. {名詞}もの知りで賢い人。《類義語》賢。「文献(文書と記憶のよいもの知り。転じて記録をとどめた文書)」「文献不足故也=文献足らざるが故なり」〔論語・八佾〕
  5. 《日本語での特別な意味》
    ①酒のやりとりをかぞえることば。
    ②「献立(コンダテ)」とは、食事に出す料理の種類・順序のとりあわせ。

字通

[会意]旧字は獻に作り、鬳(けん)+犬。〔説文〕十上に「宗廟には、犬は羹獻(かうけん)と名づく。犬の肥えたる者は、以て獻ず」という。〔礼記、曲礼下〕に、神饌とするときの薦献の名を定めて、「犬には羹獻と曰ふ」とあり、犬を供薦することもあった。しかし獻は甗(げん)の形に従っており、甗はこしきであるから、犬牲を供する器とはしがたい。器・猷・就・軷(ふつ)などに従う犬はみな修祓のために用いるもので、その血を以て釁礼(きんれい)を行うものであるから、供薦するためのものではない。獻も甗に犬牲をもって釁(きん)する意。彝器(いき)の彝が、鶏血をもって釁する意であるのと同じ。およそ祭器として用いるものは、みな獻という。

賢(ケン・15画)

賢 金文
賢簋・西周中期

初出:「小学堂」での初出は西周中期の金文。西周早期の金文『新收殷周青銅器銘文暨器影彙編』NA0076に例があるとされるが、原典の字形を参照できない。「貝」を欠く「臤」の字形も見られる。

字形:字形は「臣」+「又」+「貝」で、「臣」は弓で的の中心を射貫いたさま、「又」は弓弦を引く右手、「貝」は射礼(弓術の大会。日本では呉音=遣隋使より前に伝わった音で、「じゃらい」と読むならいになっている→waikipedia)の優勝者に与えられる褒美。原義は”(弓に)優れる”。英語の”bull’s-eye”と通じるところがある。

音:カールグレン上古音はɡʰien(平)。同音は以下の通り。

初出 声調 備考
ケン かしこい 西周中期金文
つる 秦系戦国文字 →語釈
いと 不明
やすで 不明
ひかる 説文解字
うる・てらふ 説文解字

用例:「漢語多功能字庫」は金文での意として、「賢才」「多財」「為多・勝過」を挙げ、また人名に用いられるという。部品の「臤」は「搴」、「掔」の初文で手に取る・抜き取る、あるいは手で目を打つを意味するという。ただこの条では、時代ごとの語義の変遷は説かれていない。

西周早期の金文『新收殷周青銅器銘文暨器影彙編』NA0076に「王曰:小子、小臣敬又(有)□(賢)隻(獲)則取。」とあり、「獲」は的の中央を射貫くことで、「賢獲」とは射礼の優勝者を言う。「王曰く、小子、小臣や、敬みて賢獲有らば、則ち取らさん」と読め、”優れる”の語義が確認できる。

西周中期の「賢𣪕」に「唯九月。初吉庚午。公弔初見于衛。賢從。」とあるのは、人名と見られる。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、西周中期までの用例を全て人名としている。

春秋末期の金文「徐王子󱜼鐘」に「厶樂嘉賓。倗友。者臤。」とあり、「もって嘉き賓、朋友、諸賢にかなづ」と読め、”賢者”の語義が確認できる。

春秋末期の「杕氏壺」に「歲賢鮮于」とあり、「鮮于」は「鮮虞」、白狄の一つでのちの中山国。「歲賢」は「歲献」とされている(沙宗元「杕氏壺銘文補釈」)。”みつぐ”の語義が確認できる。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、形容詞の用法は戦国時代の「包山楚墓」・「郭店楚簡」からとする。

”ゆたか”の語義は後漢の『説文解字』の「多才」を清の段玉裁が「多財」と解して以降の語義。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、臤(ケン)は、「臣(うつぶせた目)+又(手。動詞の記号)」の会意文字で、目をふせてからだを緊張させること。賢は「貝(財貨)+〔音符〕臤」で、かっちりと財貨の出入をしめること。緊張して抜けめのない、かしこさをあらわす。

緊(キン)(がっちりしまる)・堅(ケン)(かっちり)・虔(ケン)(かしこまる)などと同系のことば。

類義語の聡(ソウ)は、つつぬけるように、わかりがはやいの意。怜(レイ)は、悟りがよいこと。智は、ずばりといいあてて、さといこと。叡(エイ)は、奥深くまで目がきくこと。慧(エ)は、細かく心がはたらくこと。敏は、神経がこまごまとよくはたらくこと。

語義

  1. (ケンナリ){形容詞・動詞}かしこい(かしこし)。まさる。かっちりとしまって、抜けめがない。りこうである。知恵や才能がすぐれている。《対語》⇒愚。「賢愚」「賢哉回也=賢なる哉回也」〔論語・雍也〕
  2. {名詞}才知や徳のすぐれた人。かしこい人。▽儒家では聖人・賢者・知者の三段階に分けることが多い。「聖賢之学(セイケンノガク)(儒家の学問)」。
  3. (ケントス){動詞}かしこいと認めて敬う。「賢賢易色=賢を賢として色を易しとす」〔論語・学而〕
  4. {形容詞}相手を敬って、それをあらわすことばにつけるていねい語。《対語》⇒愚。「賢兄」「賢弟」。
  5. 《日本語での特別な意味》かしこい(かしこし)。おそれおおい。かしこまるべき。「賢所(カシコドコロ)」。

字通

声符はけん。臤は賢の初文。〔説文〕六下に「多才なり」とみえる。〔書、金滕〕に「予が仁はちち(文王)の若く、能く多材多芸にして、能く鬼神に事う」とあり、多才多芸は神に事える者の条件であった。臤は手(又)で眼睛を破る意。そのような瞽者が神に事えるもの()とされ、その多才なるものは神瞽とよばれ、賢者とされた。臤は〔説文〕三下に「古文以て賢の字と為す」とあり、漢碑〔魏石経〕にもなお臤の字を用いている。もと聖職者をいい、のち聖賢をいう。もまた、神の声を聞きうるものをいう。

權/権(ケン・15画)

権 秦系戦国文字
睡虎地簡48.68・戦国秦

初出:初出は戦国の金文とする史料もあるが(「司馬成公權」集成10385)、「甹」と釈文されており賛成できない。または楚系戦国文字。「小学堂」による初出は秦系戦国文字

字形:「木」+音符「雚」。

權 権 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔扌亠隹〕」と記す。「隋元仁宗墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はgʰi̯wan(平)。同音は卷とそれを部品とする漢字群など。「ゴン」は呉音。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」尊德16に「教以懽(權)□(謀)」とあり、”はかりごと”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」為吏27貳に「所使則以權衡求利」とあり、”重さをはかる”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で音ケン訓おもりに「縣」ɡʰiwan(平)で、初出は西周中期の金文。『大漢和辞典』に『広雅』を引いて「縣、官也」という。また”はかる”の語釈を載せる。

春秋末期「叔尸鐘」(集成285)に「余易(賜)女(汝)釐都、其縣三百」とあり、重さの単位と解せる。

県 金文
「縣」郘弋黑鐘・春秋末期

学研漢和大字典

形声。「木+(音符)雚(カン)」で、もと、木の名。しかし、一般には棒ばかりの重りの意に用い、バランスに影響する重さ、重さをになう力の意となる。バランスをとってそろえる意を含む。觀(=観。左右の高さのそろった見晴らし台)・歡(=歓。声をそろえる)などと同系。

語義

  1. {名詞}はかり。棒の両端に荷と重りとをぶらさげ、バランスがとれるのを見て重さをはかる道具。また、はかりの重り。「権衡」「権輿(ケンヨ)(はかりの重りと台のかご→物事の基本)」。
  2. {動詞・名詞}はかる。はかりごと。重さをはかる。また、転じて、物事の成否をはかり考える。その場に応じた、はかりごと。《類義語》度。「権謀」「権然後知軽重=権して然る後に軽重を知る」〔孟子・梁上〕
  3. {名詞}力や、重み。人や団体が持つ、社会のバランスに作用する勢力や資格。「権力」。
  4. (ケンナリ){形容詞・名詞}臨時に力だけをもったさま。また、正道によらず力に頼るさま。かりの。転じて、臨時の便法。《対語》正・経。「権道」「権官(臨時の代理の官)」「嫂溺、援之以手者権也=嫂の溺れたるとき、これを援くるに手を以てするは権なり」〔孟子・離上〕
  5. {名詞}左と右のバランスがとれたほお骨。▽顴(カン)に当てた用法。「権骨(カンコツ)(=顴骨)」。
  6. 《日本語での特別な意味》(ゴン)律令制において、定員以外に臨時に任ずる官。後には、副官のように用いられた。「権大納言(ゴンダイナゴン)」「権宮司」。

字通

[形声]旧字は權に作り、雚(かん)声。〔説文〕六上に「黃華木なり」と木の名とする。字は権量、また権要の意に用いる。おもりを権といい、物の軽重によって権をとりかえるので、権変の意となる。権によって軽重を定めるので標準・準的の意となり、それより権威・権貴・権勢の意となる。みな権衡の意の引伸義である。

愆(ケン・15画)

愆 金文
蔡侯紐鐘・春秋末期

初出は春秋末期の金文。ただし字体は上下に侃+心。カールグレン上古音はkʰi̯an(平)。論語語釈「衍」も参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。衍(エン)は、水が水路をはずれて横にこぼれ出ること。愆は「心+(音符)衍」で、心が常道をそれて、むやみに横にのび出ること。延と同系。類義語に差。

語義

  1. {動詞}あやまつ。たがう(たがふ)。物事の本道から横にはみ出る。《類義語》違・差。「愆期=期に愆ふ」〔詩経・衛風・氓〕
  2. {名詞}あやまち。物事のやりそこない。「罪愆(ザイケン)」「侍於君子有三愆=君子に侍るには三愆有り」〔論語・季氏〕
  3. (ケンス)・(ケンアリ){動詞}ふとしたことから病気にかかる。「王愆于厥身=王厥の身に愆あり」〔春秋左氏伝・昭二六〕

字通

[形声]声符は衍(えん)。衍は喩母(ゆぼ)の字。喩母の字に爰(えん)(緩(かん))・爲(い)(譌(か))・韋(い)(諱(き))のように牙(が)音に転ずるものがある。〔説文〕十下に「過なり」と過失の意とし、衍声とする。また㥶・諐(けん)の二文を録するが、㥶十下は「實なり」と訓し、もと別義の字である。諐は〔詩、大雅、抑〕「儀に愆(あやま)たず」を〔礼記、緇衣〕に引いて諐に作る。

憲(ケン・16画)

憲 金文
伯憲盉・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「害」”ふた”の省略形+「目」で、覆われたものをも見通す目のさま。原義は”賢明”。

音:カールグレン上古音はxi̯ăn(去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では原義に(史牆盤・西周中期)、また人名に用いた。

論語では孔子の弟子、原憲子思の名としても登場。

学研漢和大字典

会意兼形声。もと「かぶせる物+目」からなり、目の上にかぶせて、かってな言動を押さえるわくを示す。害の字の上部とよく似ている。憲は、さらに心印をそえたもの。目や心の行動を押さえるわくのこと。類義語に律。

語義

  1. {名詞}のり。人間の言動を取り締まるわく・おきて。《類義語》法。「万邦為憲=万邦憲と為す」〔詩経・小雅・六月〕
  2. {名詞}国の組織や政治のしくみの根本の原則を定めたおきて。「憲法」。
  3. {名詞}上官を尊んでつけることば。「憲台」「大憲」。
  4. {形容詞}あきらかに目だつさま。▽顕に当てた用法。「憲憲令徳=憲憲たる令徳」〔中庸〕

字通

[形声]声符は𡩜(けん)。𡩜は金文にみえ、憲の初文。目の上に刻画に近い入墨を加えた形で、もと刑罰を示す字であった。〔説文〕十下に憲を「敏なり」と敏疾の意とするが、その用義例をみない。〔詩、小雅、六月〕「萬邦、憲と爲す」、〔周礼、地官、小司徒〕「群吏をして禁令に憲(のっと)らしむ」、〔周礼、秋官、布憲〕「邦の刑禁を憲(あら)はすことを司る」のように用いる。

褰(ケン・16画)

褰 篆書
説文解字・後漢

初出:物的初出は後漢の『説文解字』。

字形:音符「𡨄」gʰɑn(平)+「衣」。

音:カールグレン上古音はkʰi̯an(平)。

褰 金文
「褰」?史牆盤・西周中期

用例:西周中期「史牆盤」(集成10175)に「褰」と釈文される字があるが、部品が異なり同意しがたい。『詩経』に「褰裳」があるが、いつ記されたか分からない。『史記』では”たたむ”の意、『説文解字』は”はかま”の意に用いる。

論語時代の置換候補:上古音の同音に語義を共有する漢字は無い。日本語音での同音同訓で、春秋時代に遡れる漢字は無い。

学研漢和大字典

形声。「衣+(音符)寒の略体」。

語義

  1. {名詞}はかま。下半身につける衣服。
  2. {動詞}かかげる(かかぐ)。水を渡るときのように、衣服をつまんですそをあげる。「暑毋褰裳=暑きのあまり裳を褰ぐる毋かれ」〔礼記・曲礼上〕

字通

[形声]声符は搴(けん)の省文。〔説文〕八上に「袴なり」とあり、裾をからげるような形をいう。〔詩、鄭風、褰裳〕に「裳を褰(かか)げて溱(しん)(川の名)を涉る」とあり、巻きあげるように掲げることをいう。

騫(ケン・20画)

騫 篆書
「説文解字」・篆書

初出:初出は後漢の『説文解字』

音:カールグレン上古音はkʰi̯an(平)。

字形:由来・原義共に明瞭でない。

用例:論語では孔子の弟子・閔損子騫の称として登場。

論語以降の文献では、『荘子』『韓非子』が人名に、『荀子』では古詩を引用したなかで”うれい”の意に、また次のように用いている。

天非私曾騫孝己而外眾人也,然而曾騫孝己獨厚於孝之實,而全於孝之名者,何也?


天は曽子や閔子騫や孝己だけを勝手に愛して他の人々を愛さなかったわけではない。それなのにこれらの者だけが孝行を実践し、孝行者ともてはやされた理由は何であるか?(『荀子』性悪篇16)

に注意。

学研漢和大字典

形声。「馬+(音符)寒の略体」。蹇(ケン)(片足をかかげてひきずる)・樞(ケン)(衣のすそをかいつまむ)と同系。

語義

  1. {名詞}足を引いて歩く馬。あしなえうま。
  2. {動詞}かける(かく)。かいつまむ。つまんで略する。かけて足りなくなる。そこなう。「不騫不崩=騫け不崩れず」〔詩経・小雅・天保〕
  3. {動詞}かかげる(かかぐ)。かいつまむ。つまんで引きあげる。その部分だけ高くあがる。《同義語》⇒樞。「騫衣=衣を騫ぐ」。
  4. {名詞}馬の腹を引きあげる腹帯。

字通

[形声]声符は搴(けん)の省文。搴に搴曲の意があり、馬の疾走する状態を騫という。また騫損の意があり、孔門の閔損、字(あざな)は子騫。損・騫は名字対待の義である。〔詩、小雅、天保〕に「騫(か)けず崩れず」の句がある。〔説文〕十上に「馬の腹、縶(ちふ)するなり」とあり、〔段注〕に「肚腹低陷」の病であるとするが、本義は鶱が飛ぶ意であるように、馬の疾走する意であろう。騫騰して誤つことが多くて、騫損の意を生ずるのであろう。

言(ゲン・7画)

言 甲骨文 言 金文
甲骨文/伯矩鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

舌 甲骨文
「舌」甲骨文

字形:字形は「ケン」”舌”+「𠙵」”くち”で、「舌」ʰi̯at(入)と同源。”舌”と断る場合は水分を示す「水」形を加える。原義は”言う”。

音:カールグレン上古音はŋi̯ăn(平)。同音は以下の通り。

初出 声調 備考
ゲン いふ 甲骨文
こしき 西周早期金文
わかれた小山 不明
こしき 甲骨文

用例:「甲骨文合集」26725に「丁卯卜旅貞今夕西言王」とあり、26726に「乙亥卜旅貞今夕王西言」とある。ただ”いう”のではなく、”神霊に言上する”の意と解せる。

西周の金文には、人名の用例が数多く見られる。

春秋末期「宋公戌鎛」(集成8-13)に「宋公戌之言鐘」とあり、うち1面にはごんべんに「可」、1面は「工」が付け加わっている。「訶」は「歌」の古形。「訌」は現在では”みだす”の意だがそうではあるまい。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文で原義と祭礼名に、金文で”宴会”(伯矩鼎・西周早期)の意があるという。

備考:音は全く異なるが、「舌」kwɑt(入)またはʰi̯at(入)、「音」ʔi̯əm(平)と字形が近い。

「言」
言 字形

「舌」
舌 字形

「音」
音 字形

学研漢和大字典

会意文字で、「辛(きれめをつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをつけて発音することを言という。

唁(ゲン)(ていねいにいう)・彦(ゲン)(かどめのついた顔)・岸(ガン)(かどだったきし)などと同系のことば。類義語の謂(イ)は、だれかに向かって、または何かを評して、一般的にものをいうこと。曰(エツ)は、発言の内容を紹介して「…という」の意。

意味〔一〕ゲン/ゴン

  1. {動詞}いう(いふ)。ことばをはっきりと発音していう。ものをいう。《対語》⇒黙(だまる)。《類義語》語・曰(エツ)(いう)・謂(イ)(いう)。「言必有中=言へば必ず中たる有り」〔論語・先進〕。「曰難言也=曰はく言ひ難し」〔孟子・公上〕
  2. {動詞・名詞}いふこころは。中国古典の補注によく用いられる表現で、本文中の字句について説明する。
  3. {名詞}こと。ことば。口に出していうことば。また、口に出していうこと。「遺言」「言行一致」「言不顧行=言行ひを顧みず」〔孟子・尽下〕
  4. {単位詞}ことばや文字の数を数えるときのことば。「五言(ゴゴン)絶句」「一言以蔽之=一言を以てこれを蔽ふ」〔論語・為政〕
  5. {代名詞・助辞}われ。ここに。「詩経」で用いられる自称のことば。▽我(ガ)(われ)に当てた用法。また、語調をととのえることば。「言刈其楚=言に其の楚を刈る」〔詩経・周南・漢広〕
  6. 「言言(ゲンゲン)」とは、かどばっていかめしいさま。▽一説にかどがたちすぎて、今にもこわれようとするさま。「崇舷言言=崇舷言言たり」〔詩経・大雅・皇矣〕
  7. {動詞}漢代、下吏から上官に対して報告・伝達すること。《対語》謂。

意味〔二〕ギン/ゴン

  1. 「言言(ギンギン)」とはつつしむさま。
  2. 《日本語での特別な意味》げん。ソシュールの言語学で、言語(ラング)に対して、話し手が個人的な感情・思想を表現する実際の発話をいう。パロールに対する訳語。

字通

入れ墨の針「辛」+祝詞を収めた「𠙵さい」で、誓約のときもし違約するときは入れ墨を受けるという自己詛盟の意をもって、その盟誓の器の上に辛を添え、その誓いの言葉を言という。言語はもと「ことだま」的行為で、言を神に供えてその応答のあることを音という。神の「音なひ」を待つ行為が言であった。

原(ゲン・10画)

原 金文
散氏盤・西周末期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「厂」”がけ”+「冂」”隙間”+三点”水の滴るさま”で、原義は”みなもと”。

音:カールグレン上古音はŋi̯wăn(平)。

「原」ŋi̯wăn(平)の音は、”原っぱ”と”山水の湧き出るところ”の二系統の意味を表した。漢字の歴史的には、むしろ前者の方が古いようで、甲骨文から出土する「邍」は、獲物とそれをワナで捕らえる狩りの模様を描くことで、”原っぱ”の意を表した。
邍 字形

一方「原」の初出は西周末期の金文で、崖の隙間から水が湧き出ている模様を表して、”山水の湧き出るところ”つまり”水源・みなもと”を意味するようになった。「原」は”原っぱ”の意にも使われるようになったのは、後世の仮借である。
原 字形

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では地名(散氏盤・西周末期)、人名(雍伯原鼎・西周末期)に用いた。戦国の竹簡では原義に用いた。

備考:”たずねる・根本を推求する”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。

学研漢和大字典

会意。「厂(がけ)+泉(いずみ)」で、岩石の間のまるい穴から水がわく泉のこと。源の原字。水源であるから「もと」の意を派生する。広い野原を意味するのは、原隰(ゲンシュウ)(泉の出る地)の意から。また、きまじめを意味するのは、元(まるい頭)・頑(ガン)(まるい頭→融通のきかない頭)などに当てた仮借字である。類義語に始。付表では、「河原・川原」を「かわら」「海原」を「うなばら」と読む。

語義

  1. {名詞}はら。まるい平原。広い野原。「平原」「青血化為原上草=青血化して原上の草と為る」〔曾鞏・虞美人草〕
  2. {名詞}みなもと。もと、岩の穴から水のわき出る泉。のち転じて、物事のもと・起源の意。《同義語》⇒源。「原泉」「原因」「窺仁義之原=仁義の原を窺ふ」〔司馬光・独楽園記〕
  3. {名詞・形容詞}もと。はじめ。もとの。「原初」「道之大原出於天=道の大原は天より出づ」〔漢書・董仲舒〕
  4. {副詞}もとより。最初から。「原来」「険夷原不滞胸中=険夷原より胸中に滞らず」〔王陽明・泛海〕
  5. {動詞}たずねる(たづぬ)。もとにさかのぼって考える。「原始要終=始めを原ね終はりを要む」〔易経・繫辞下〕
  6. {形容詞・名詞}きまじめなさま。また、きまじめなだけで融通がきかないこと。《同義語》⇒愿。「郷原(郷土で、まじめな常識人と定評ある人)」「一郷皆称原人焉=一郷皆原人と称す」〔孟子・尽下〕
  7. {動詞}ゆるす。罪をゆるす。▽もとをたずねて情状を酌量することから。「原諒(ゲンリョウ)(しかたないとゆるす)」「詔書特原不理罪=詔書して特に原して罪を理さず」〔後漢書・范冉〕
  8. 《日本語での特別な意味》「原子力」の略。「原爆」「原発」。

字通

[象形]古文の字形は𠫐に作り、厂(がん)(巌)下に三泉の流れ出る形。〔説文〕十一下に「𠫐は水泉、本なり」とあり、水のわき出る水源をいう。それより原始・原委の意となる。平原の原はもと邍に作り、狩猟を行うときの予祝儀礼を示し、水源の原とは別の字である。原を原野の意に用いるに及んで、のち源の字を用いる。

愿(ゲン・14画)

愿 隷書
縱橫家書72・前漢

初出:初出は戦国の竹簡。ただし字形は上下に〔无+心〕。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:音符「原」+「心」。「原」は崖からほとばしり出る水のことで、「心」からほとばしり出るもの、すなわち”ねがい”。

音:カールグレン上古音はŋi̯wăn(去)で、同音に元、原、源、芫(”フジモドキ”。「莞」とは別字)、願など。論語語釈「願」も参照。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」鮑叔4に「□(敦)□(堪)伓(背)□(愿)」とあり、”ねがい”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓で、春秋末期以前に存在した漢字は無い。上古音で語義を共有する漢字は無い。

学研漢和大字典

形声文字で、「心+(音符)原」で、円満だが、きまじめでかたくなな心構えのこと。頑(ガン)(融通がきかない)と同系のことば。

語義

  1. (ゲンナリ){動詞}つつしむ。まじめくさる。「謹愿(キンゲン)」。
  2. (ゲンナリ){形容詞}実直である。「迂而不愿=迂にして愿ならず」〔論語・泰伯〕
  3. {名詞}まじめくさった人。「郷愿(キョウゲン)(郷村の中のかたくなな男)」。

字通

[形声]声符は原(げん)。〔説文〕十下に「謹むなり」とあり、〔左伝、襄三十一年〕「愿なり。吾(われ)之れを愛す」とあって、謹直の意。洗練されない田舎者の頑固さを郷愿といい、〔論語、陽貨〕に「郷愿は徳の賊なり」と、孔子もこれを甚だしく悪(にく)んだ。〔国語、楚語上〕「吾(われ)に妾有りて、愿なり」とみえる。

嚴/厳(ゲン・17画)

厳 金文
虢叔旅鐘・西周末期

初出は西周末期の金文。カールグレン上古音はŋi̯ăm(平)。同音は儼(上)のみ。論語語釈「儼」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。嚴の下部(音ガン)は、いかつくどっしりした意を含む。巖(ガン)(岩)の原字。嚴はそれを音符とし、口二つ(口やかましい)を加えた字。いかついことばを使って口やかましくきびしく取り締まることを示す。旧字「嚴」は人名漢字として使える。▽「儼」の代用字としても使う。「厳然」。

語義

  1. {形容詞}おごそか(おごそかなり)。がっちりとしていかめしい。いかつい。「厳粛」。
  2. (ゲンナリ){形容詞}きびしい(きびし)。きびしく、なさけ容赦のないさま。手ぬかりのないさま。《対語》⇒寛。「戒厳(危急のさい、取り締まりをきびしくすること)」「厳密」「誅厳不為戻=誅は厳なるも戻と為さず」〔韓非子・五蠹〕
  3. {形容詞}きびしい(きびし)。激しくてきつい。「厳冬」「厳霜」。
  4. (ゲンニス){動詞}きびしくする。きびしくいましめる。「厳其刑也=其の刑を厳にす」〔韓非子・五蠹〕
  5. {名詞}父親のこと。▽女親を慈とするのに対する。「家厳」。

字通

[形声]声符は𠪚(げん)。𠪚は嚴の初文。嚴は𠪚の上に祝禱の器(𠙵(さい))を並べた形。金文には三口(𠙵(さい))を列する形がある。𠪚は〔説文〕厂(かん)部九上に「崟(きん)なり」と巉巌の意とし、また嚴二上には「敎命急なるなり」とするが、𠪚・嚴の字義に関するところがない。𠪚は嚴の初文で、金文に敢・𠪚・嚴を同義に用いる。「敢て」というのは「粛(つつし)みて」というのと同じ。敢は鬯酒(ちようしゆ)(におい酒)を酌(く)む形で灌鬯(かんちやう)の儀礼を示す。厂は崖下の聖所を示す形であるが、金文の字形は廟屋に従う。廟中で灌鬯の儀礼を厳修する意。金文の〔𤠁鐘(はつしよう)〕に「先王其れ嚴として帝の左右に在り」とみえ、多く神事に関して用いる。

願(ゲン・19画)

願 燕系戦国文字
「擷華」戰國.燕

初出:初出は燕系戦国文字。現行字体の初出は前漢の隷書。

字形:初出の字形は「月」”にく”+「复」”麺類生地の延べ棒”だが、字形から語義を導くのは困難。

音:「ガン」は慣用音、「ゴン」は呉音。カールグレン上古音はŋi̯wăn(去)で、同音は元や原を部品とする漢字群。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論19に上下に「元+心」の字形で「又(有)󱩾(藏)󱩾(願)而未得達也。」とあり、”ねがい”と解せる。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

『大漢和辞典』で同音同訓の「𩕾」の初出は秦系戦国文字。異体字の「愿」の初出は前漢の隷書

上古音の同音字に”願う”の語義を持った文字は無い。部品の「原」には、”たずねる・根本を推求する”の語釈を『大漢和辞典』が載せるが、春秋時代以前の用例が無い。論語語釈「愿」も参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「頁(あたま)+(音符)原(まるい泉、まるい)」。もとの意味はまるい頭のことで、頑(ガン)(まるい頭、まじめだが融通がきかない)と同じ。融通のきかない意から、転じて、生まじめの意(愿と書く)になり、さらに生まじめに考える、一心に求めることをあらわすようになった。

語義

  1. {動詞}ねがう(ねがふ)。生まじめに思いつづける。一心に求める。希望する。《同義語》⇒愿。《類義語》欲。「願言思子=願ひて言は子を思ふ」〔詩経・癩風・二子乗舟〕
  2. {動詞}ねがわくは(ねがはくは)。→語法。
  3. {名詞}ねがい(ねがひ)。心中にひたすら求めていること。望み。

語法

「ねがわくは~せん」とよみ、

  1. 「どうか~したい」と訳す。自らの願望の意を示す。「願無伐善、無施労=願はくは善に伐(ほこ)ること無(な)く、労を施すこと無(な)けん」〈善いことを自慢せず、つらいことを人におしつけないようにありたい〉〔論語・公冶長〕
  2. 「どうか~してほしい」と訳す。相手への丁重な依頼の意を示す。《類義語》請。「願大王急渡=願はくは大王急ぎ渡れ」〈どうか大王(項羽)、急いでお乗り下さい〉〔史記・項羽〕

字通

[形声]声符は原(げん)。〔説文〕九上に「大頭なり」とあり、頑に「㮯頭(こんとう)なり」というのと似ているが、その義の用例をみない。〔爾雅、釈詁〕に「思ふなり」とあり、〔詩〕には〔鄭風、野有蔓草〕「我が願ひに適(かな)へり」、〔邶風、二子乗舟〕「願(おも)うて言(ここ)に子を思ふ」のような用法がある。

儼(ゲン・22画)

厳 金文
「厳」虢叔旅鐘・西周末期

現行書体の初出は定州竹簡論語・子張篇9。確実な初出は説文解字。異体字とされる「嚴」(厳)の初出は西周末期の金文。カールグレン上古音はŋi̯ăm(上)。同音は嚴のみ。

初出 声調 備考
ゲン きびしい 西周末期金文 →語釈
仰ぐ 説文解字

学研漢和大字典

会意兼形声。嚴(=厳)は、がっしりといかつい言動を意味する。儼は「人+(音符)嚴(ゲン)」で、人間のがっしり構えたさま。▽「説文解字」に「頭を昂(ア)ぐるなり」とある。「厳」に書き換えることがある。「厳然」。

語義

  1. (ゲンタリ){形容詞}おごそか(おごそかなり)。がっしりと構えたさま。《同義語》⇒厳。「望之儼然=これを望めば儼然たり」〔論語・子張〕。「碩大且儼=碩大にして且つ儼たり」〔詩経・陳風・沢陂〕
  2. (ゲンタリ){形容詞}いかめしい(いかめし)。いかついさま。はげしいさま。《同義語》⇒厳。「儼恪(ゲンカク)(=厳格)」。

字通

[形声]声符は嚴(厳)(げん)。〔説文〕八上に「頭を昂(たか)くするなり」とあり、儼荘の儀容をなすことをいう。また「一に曰く、好き皃なり」とする。嚴は鬯酌(ちようしやく)の像である敢に従い、敢(つつし)む意。吅(けん)は、祝詞の器を並べ、神を迎える。その儀容を儼という。〔礼記、曲礼上〕「儼として思ふが若(ごと)くせよ」とは、祭るときの心意をいう。敢・𠪚(げん)・嚴・儼は一系の字である。

論語語釈
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