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論語語釈「ト」

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語釈 urlリンクミス

土(ト・3画)

土 甲骨文 土 金文
甲骨文/大盂鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「一」”地面”+「∩」形で、地面の上に積もったつちのさま。甲骨文の字形には、「一」がないもの、「水」を加えたものがある。

音:「ド」は慣用音。呉音は「ツ」。カールグレン上古音はtʰoまたはdʰo(共に上)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”領土”、”土地神”を意味し、金文では加えて”祭祀を主催する”(五年琱生簋・西周末期)、天に対する”大地”(哀成叔鼎・春秋末期)、また「𤔲土」と記し後年の「司徒」の意を示した(南宮乎鐘・西周末期)。

学研漢和大字典

象形。土を盛った姿を描いたもの。古代人は土に万物をうみ出す充実した力があると認めて土をまつった。このことから、土は充実したの意を含む。また、土の字は、社の原字であり、やがて土地の神や氏神の意となる。のち、各地の代表的な樹木を形代(カタシロ)として土盛りにかえた。▽「説文解字」に、「土は地の万物を吐生するものなり」とある。堵(ト)(土を詰めた垣(カキ))・肚(ト)(物を詰める腹)・吐(いっぱい詰まった物をはき出す)・貯(詰めこむ)などと同系。類義語に壌。付表では、「土産」を「みやげ」と読む。

語義

  1. {名詞}つち。「土砂」「粘土」「此道今人棄如土=此の道今人棄てて土のごとし」〔杜甫・貧交行〕
  2. {名詞}大地。田畑。また、ふるさと。「土地」「凡民之食於土者出其十一=凡そ民の土に食する者は其の十一を出だす」〔柳宗元・送薛存義序〕。「小人懐土=小人は土を懐ふ」〔論語・里仁〕
  3. {名詞}領有する土地。「領土」「姉妹弟兄皆列土=姉妹弟兄皆土を列す」〔白居易・長恨歌〕
  4. {形容詞}その土地本来の。《対語》⇒他・外。「土法」「土着」。
  5. {形容詞}いなかふうで、ひなびている。《対語》⇒雅。《類義語》俗。「土臭(ドシュウ)(ひなびて土くさい)」。
  6. 「土司」とは、元(ゲン)・明(ミン)・清(シン)代、皇帝から官爵号を受けた地方政権で、土地・人民を管轄した。「土官」とは、西南中国の少数民族の首長を地方官に任命して、部族を管理させたものをいう。
  7. {名詞}五行の一つ。方角では中央、色では黄色、時では夏の土用、味では甘、内臓では胆に当てる。
  8. {名詞}星の名。土星。鎮星(チンセイ)。
  9. {名詞}八音(八種の楽器)の一つ。土を焼いてつくった楽器。油(フ)や股(ケン)など。
  10. {名詞}土盛りをして土地の神をまつったもの。▽社の原字であり、のち、土地の神となる。「亳土(ハクド)(=亳社。古代の殷(イン)人の氏神の名)」「土公(土地の神)」「諸侯祭土=諸侯土を祭る」〔春秋公羊伝・僖三一〕
  11. {動詞}はかる。▽度に当てた用法。「以土圭土其地=土圭を以て其の地を土る」〔周礼・大司徒〕
  12. 《日本語での特別な意味》
    ①ど。七曜の一つ。土曜日の略。
    ②「土佐(トサ)」の略。「薩摩土肥」。
    ③「土耳古(トルコ)」の略。トルコのこと。「露土戦争」。

字通

[象形]土主の形。土を饅頭形にたて長にまるめて台上におき、社神とする。卜文にはこれに灌鬯(かんちよう)する形のものがあり、社(社)の初文として用いる。〔説文〕十三下に「地の萬物を吐生する者なり」(小徐本)とし、二は地、丨(こん)は物の出る形であるとするが、土主を台上におく形である。のち土地一般の意となり、示を加えて社となった。卜文・金文は土を社の意に用い、社は中山王諸器に至ってみえる。古い社の形態は、モンゴルのオボの形態に近く、中山王器の社の字には土の上に木を加えている。〔説文〕には土を吐(と)の音を以て説くが、〔周礼、考工記、玉人、注〕には「度(はか)るなり」と度(ど)の音を以て説き、〔広雅、釈言〕に「瀉(そそ)ぐなり」と瀉(しや)の音を以て説く。土は社神のあるところ、地も古くは墜に作り、神梯(𨸏(ふ))の前に犠牲をおき、社神を祀るところであった。土地一般をいうのは、後起の義である。

圖/図(ト・7画)

図 金文 図 金文
子󱩾圖卣・西周早期/散氏盤・西周末期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「囗」”城壁”+「啚」”城壁外の領民”。二つ合わせて”版図”・”領域”の意。

図 圖 異体字 図 圖 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔口十回〕」と記す。「唐王居士塼塔銘」刻。近似の「〔厶十回〕」は「北齊刁遵墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はdʰo(平)。

用例:西周早期「宜𥎦󰛭𣪕」(集成4320)に「成王伐商圖。𢓊省東或圖。」とあり、”領域”と解せる。

西周末期「無󰼬鼎」(集成2814)に「王各于周廟,述于圖室」とあり、”描く”と解せる。

西周末期「散氏盤」(集成10176)に「武父則誓。厥受圖。」とあり、”絵図”と解せる。

春秋末期までの用例は以上で全てで、”計画する”・”思い描く”の語義は確認できない。

学研漢和大字典

会意。圖の中は、鄙(ヒ)の字に含まれ、米倉のある農村の所領を示す。圖はそれと囗(かこい)を合わせた字で、領地を囗印の紙面のわく内に書きこんだ地図をあらわし、貯と近く、狭いわく内に押しこめた意を含む。また著や着と同系で、定着させる意を含むから、図形を書きつけて紙上に定着させる意とも考えられる。類義語に測・計。異字同訓に計る「時間を計る。計り知れない恩恵。まんまと計られる」 測る「水深を測る。標高を測る。距離を測る。面積を測る。測定器で測る」 量る「目方を量る。升で量る。容積を量る」 謀る「暗殺を謀る。悪事を謀る」 諮る「審議会に諮る」〔国語審〕。

語義

  1. {名詞}狭い紙面に物の形や地形を押しこめて書きつけたもの。《類義語》画・書。「地図」「図窮而匕首見=図窮まりて而匕首見はる」〔史記・荊軻〕
  2. {動詞}えがく(ゑがく)。形を書きつける。「使画工図形=画工をして形を図かしむ」〔西京雑記〕
  3. {動詞}はかる。得失や手だてを検討する。《類義語》度。「図不軌=不軌を図る」「願図国事於先生也=願はくは国事を先生に図らん」〔史記・荊軻〕
  4. {名詞}はかりごと。計画。「企図」「図謀」。
  5. 「不図(ハカラザリキ)」とは、文頭につき、思いもよらないことにの意をあらわすことば。《同義語》不料(ハカラザリキ)。「不図為楽之至於斯也=図らざりき楽を為すことの斯に至らんとは」〔論語・述而〕
  6. 《日本語での特別な意味》
    ①「図に当たる」は、物事が自分の思ったとおりになること。
    ②「図に乗る」は、調子にのってつけあがること。

字通

[会意]旧字は圖に作り、囗(い)+啚(ひ)。啚は倉廩の形。圖は倉廩の所在を記入した絵図で、その耕作地を図面化したもの、いわゆる地図である。〔説文〕六下に「畫計すること難きなり」とし、「啚は難の意なり」という。〔説文〕五下に啚を吝嗇(りんしよく)の意とするが、それは倉廩の形。その在る所を鄙という。耕作地の状況を示す地図は、その経営のもとであるから、図謀の意となる。〔左伝、襄四年〕に「難を咨(はか)るを謀と爲す」とあり、〔説文〕はその意によって「畫計すること難きなり」としたのであろうが、〔左伝〕の文は字説とは関係がない。〔周礼、地官、大司徒〕「建邦の土地の圖と、其の人民の數とを建つることを掌る」、〔周礼、天官、内宰〕「版圖を書するの灋(法)を掌る」とあるのが原義。金文の〔散氏盤〕は土地の契約関係を内容とするもので、疆域画定の次第をしるしている。その銘末に「圖を夨(そく)王より、豆の新宮の東廷に受(さづ)けられたり」という。また〔宜侯夨𣪘(ぎこうそくき)〕に「武王・成王の伐ちたまへる商圖(殷の版図)を省(巡察)し、■(彳+止+口)(い)でて東國の圖を省す」とあって、その版図・領域を図という。中山王墓からはその塋域図が出土しており、また馬王堆第三号漢墓からは、湘南の九疑山を含む詳細な地図、また駐軍図・街坊図などが出ている。

度(ト・9画)

度 金文
中山王昔鼎・戦国末期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はdʰɑɡ(去)またはdʰɑk(入)。同音は下記の通り。「ド/ダク」は呉音。

dʰɑɡ
初出 声調 備考
わたる 秦系戦国文字
エキ/ト いとふ 春秋金文
ト/タク のり 甲骨文
dʰɑk
初出 声調 備考
タク おほすず 戦国早期金文 →語釈
タク/ト わける 説文解字
ト/タク のり 甲骨文

漢語多功能字庫

」從「」,「」聲(何琳儀、季旭昇)。「」象手形,段玉裁認為量度長短以手取法,故從「」。


「又」の字形に属し、「石」の音(何琳儀、季旭昇)。「又」は手の象形、段玉裁は手で度量衡を計ることとし、だから「又」に属すという。

学研漢和大字典

形声。「又(て)+(音符)庶の略体」。尺(手尺で長さをはかる)と同系で、尺とは、しゃくとり虫のように手尺で一つ二つとわたって長さをはかること。また、企図の図とは、最も近く、長さをはかる意から転じて、推しはかる意となる。踱(タク)(足で一歩一歩進む)・渡(一歩一歩と水をわたる)と同系。類義語に測・計。草書体をひらがな「と」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}ものさし。長さをはかる規準。尺度。また、ものさし。《類義語》尺。「度量衡」「度然後知長短=度ありて然る後長短を知る」〔孟子・梁上〕
  2. {名詞・単位詞}めもり。角の開きや、計算をはかる単位をあらわすことば。また、程度をあらわすめもりの数値。「三六〇度」。
  3. {名詞}ほどあい。「程度」。
  4. {名詞}のり。物事の標準。また、ちょうどよい程度。「中度=度に中たる」「一遊一予為諸侯度=一遊一予諸侯の度と為る」〔孟子・梁下〕
  5. {名詞}心・人がら・身持ちのぐあい。「態度」「風度」「大度(大きい心)」。
  6. 「失度=度を失ふ」とは、驚いて平素の落ち着きを失うこと。
  7. {動詞}わたる。一歩一歩進む。また、一日一日と過ごす。▽渡に当てた用法。「秋月春風等閑度=秋月春風等閑に度ぐ」〔白居易・琵琶行〕
  8. (ドス){動詞}わたす。《仏教》仏の教えによって彼岸にわたす。悟りを得させること。▽波羅蜜多(梵語p(ramit(の音訳)の意訳で到彼岸とも訳す。「済度(サイド)」「剃度(テイド)(頭をそって仏門にはいる)」「得度(仏門にはいる)」。
  9. {単位詞}たび。回数をあらわすことば。「初度(ショド)」「崔九堂前幾度聞=崔九の堂前幾度か聞く」〔杜甫・江南逢李亀年〕
タク
  1. {動詞}はかる。長さをはかる。転じて、心の中で推しはかる。また、見当をつける。《類義語》図(ト)。「忖度(ソンタク)(人の心を推しはかる)」「項王自度不得脱=項王自ら度るに脱するを得ず」〔史記・項羽〕
  2. 《日本語での特別な意味》たい(たし)。…したい。願望をあらわす助動詞。

字通

[会意]席の省文+又(ゆう)。又は手。席をひろげる意。〔説文〕三下に「法制なり」とし、「庶の省聲」とするが、庶の声義とは関係がない。庶は煮炊きする意の字である。〔漢書、律暦志上〕に「長短を度(はか)る所以(ゆゑん)なり」とあり、席の大きさが長短の基準であった。それで測量・度量の意となる。〔左伝、襄二十五年〕「山林を度る」、〔礼記、王制〕「地を度りて民を居らしむ」などが古い用法である。のち法制・制度の意となり、また渡と通用する。「はかる」という動詞のときには、タクの音でよむ。

徒(ト・10画)

徒 甲骨文 徒 金文
合8656/魯大𤔲徒厚氏元𥮉・春秋早期

初出:初出は甲骨文

字形:「土」+「水」+「シュウ」”足”。原義は不明。

音:カールグレン上古音はdʰo(平)。

用例:甲骨文の用例は多くが破損がひどく語義が分からない。

「甲骨文合集」08656正.2に「庚子卜貞呼侯徒出自方」とあり、「ともがら」と読んで”家来”の意か。

西周早期「麥盉」(集成6451)に「用□(旋)徒(走)夙夕」とあり、”駆け回る”と解せる。

西周末期「禹鼎」(集成2833)に「斯(廝)□(馭)二百,徒千」とあり、”歩兵”と解せる。

西周末期「󱵿𣪕」(集成4244)に「徒敢拜𩒨首」とあり、”無駄に”と解せる。

その他西周の金文では、「司土」と記して「司徒」”役人の頭→宰相”と釈文する例が多い。

学研漢和大字典

形声。「止(あし)+彳(いく)+(音符)土」で、陸地を一歩一歩とあゆむことで、ポーズをおいて、一つ一つ進む意を含む。渡(ト)(水を一歩一歩わたる)・度(ド)(手尺で一さし一さしとわたってはかる)などと同系。草書体をひらがな「つ」として使うこともある。▽「ただ」は「只」「唯」とも書く。

語義

  1. {動詞}かちありきする(かちありきす)。一歩一歩と歩く。「徒歩」「徒渉(トショウ)(歩いて川を渡る)」「舎車而徒=車を舎てて徒す」〔易経・賁〕
  2. {名詞}かち。歩いて行く兵隊。歩兵。足軽。《対語》⇒騎(馬に乗った兵)。「公徒三万(歩兵三万)」〔詩経・魯頌・罘宮〕
  3. {名詞}ともがら。下級の仲間。▽数多い歩兵の意から。「衆徒」「徒党」。
  4. {名詞}門下のでし。「徒弟」「非吾徒也=吾が徒に非ざるなり」〔論語・先進〕
  5. {形容詞}むなしい(むなし)。何も物を持たないさま。▽車も馬もない意から。「徒搏(トハク)(素手でうちかかる、すもう)」。
  6. {副詞}いたずらに(いたづらに)。→語法「④」。
  7. {副詞}ただ。→語法「①」。
  8. {名詞}苦行を科した刑。「徒罪」。

語法

①「ただ~のみ」とよみ、「ただ~だけ」「ただ~に過ぎない」と訳す。範囲・状態を限定する意を示す。▽「徒~耳=ただ(なる)のみ」と用いることもある。「項王謂漢王曰、天下匈匈数歳者、徒以吾両人耳=項王漢王に謂ひて曰く、天下匈匈たること数歳なるは、ただに吾両人をもってなるのみ」〈項王が漢王に言った、天下が何年も(戦乱に明け暮れ)騒然としているのは、ひとえに我ら二人のためだ〉〔史記・項羽〕

②「非徒~」は、「ただに~のみにあらず」とよみ、「ただ~だけではない」と訳す。範囲・条件が限定されない意を示す。▽後節に「又(亦)…=また…」「且…=かつ…」と続けて、「~だけでなく、…もまたそうである」と訳す。後節では、さらに累加する意を示す。「非徒無益、而又害之=ただに益無(な)きのみに非(あら)ず、而(しか)もまたこれを害す」〈これでは無益であるばかりか、かえって害がある〉〔孟子・公上〕▽「不徒~=ただに~のみならず」も、意味・用法ともに同じ。

③「豈徒~(乎)」は、「あにただに~のみならんや」とよみ、「どうしてただ~のみであろうか」「まさか~ばかりではあるまい」と訳す。範囲・条件が限定されない反語の意を示す。「今之君子、豈徒順之、又従為之辞=今の君子は、あにただにこれに順ふのみならんや、また従つてこれが辞を為す」〈今の君子は、過ちをそのまま押し通すばかりでなく、その上理屈をつけて弁解までする〉〔孟子・公下〕

④「いたずらに」とよみ、「むなしく」「むだに」と訳す。結果が得られない意を示す。「斉師徒帰=斉の師徒(いたづら)に帰る」〈斉軍は手ぶらで立ち去った〉〔春秋左氏伝・襄二五〕

字通

[形声]初形は𨑒に作り、土(と)声。辵(ちやく)の形をかえて徒となる。〔説文〕二下「𨑒は、歩して行くなり」とあり、車乗に対して歩行することをいう。装備のない従者・歩卒をいう。装備のないことから、徒手・徒跣のように用いる。副詞の「ただ」「ひとり」の意がある。

涂(ト・10画)

涂 甲骨文
(甲骨文)

初出は甲骨文。金文は未発掘。カールグレン上古音はdʰo(平)論語語釈「塗」論語語釈「途」も参照、いずれも同音。小学堂では、「塗」の異体字として扱われている

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+(音符)余(ヨ)・(ト)(のびる)」。

語義

  1. {名詞}みち。長くのびる道路。《同義語》⇒塗・途。

字通

[形声]声符は余(よ)。余に途(と)の声がある。〔説文〕十一上に益州の水名とし、また汚字条に「涂(ぬ)るなり」とあって、塗の初文とする。〔説文〕には途の字がなく、〔周礼、夏官、量人〕に「邦國の地と、天下の涂數とを掌り、皆書して之れを藏す」とあり、涂にまた途の用義がある。〔荀子、勧学〕にも「涂巷の人」という語がある。余は把手のある大きな針。これを途(みち)に刺して除道を行ったので、その清められた道を途という。

途(ト・10画)

初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdʰo(平)論語語釈「涂」論語語釈「塗」も参照。この二者は「途」と同音で、小学堂では異体字として扱われている

学研漢和大字典

会意兼形声。「辶+(音符)余(おしのばす)」で、長くのびるの意を含む。塗(土をのばしてぬる)・餘(=余。のびる、あまる)・除(おしのける)と同系。類義語に道。「杜」の代用字としても使う。「途絶」。

語義

  1. {名詞}みち。長く平らにのびた道路。また、みちのり。《同義語》⇒覇・塗。「途中」「前途」。
  2. {単位詞}みちのりの一段一段、または、みちすじを数える語。「一途(イット)・(イチズ)」。

字通

[形声]声符は余(よ)。余に涂(と)の声がある。〔玉篇〕に「途路なり」とみえる。古くは涂を用い、卜文に涂に作り、漢碑にもなお「涂陸」のようにいう。余は把手のある針器。これで地を刺して祓除することを除道という。除は聖所の地を祓う意。水に対して行うを涂、道路に対しては途といった。

塗(ト・13画)

初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdʰo(平)論語語釈「涂」論語語釈「途」も参照、いずれも同音。小学堂では、初出が甲骨文の「涂」の異体字として扱われている

学研漢和大字典

会意兼形声。余は、こてや、スコップでおしのけることを示す会意文字で、どろを伸ばしぬる道具を示す。涂(ト)は、どろどろの液体をこてで伸ばしてぬること。塗は「水+土+(音符)余」。涂に、さらに土を加えた。舒(ジョ)(伸ばす)と同系。類義語の摱は、泥をぬっておおいかくすこと。

語義

  1. {動詞}ぬる。泥や粘った汁を伸ばしてぬる。「糊塗(コト)(表面をとりつくろってごまかす)」。
  2. {名詞}どろ。「曳尾於塗中=尾を塗中に曳く」〔荘子・秋水〕
  3. {動詞}まみれる(まみる)。どろどろによごれる。「肝脳塗地=肝脳地に塗る」〔漢書・蘇武〕
  4. {名詞}みち。もと、どろを平らに伸ばしたみち。のち、広く、みちのこと。《同義語》途。「塗不拾遺=塗に遺ちたるを拾はず」〔史記・孔子〕

字通

[形声]声符は涂(と)。涂は塗の初文。〔孟子、公孫丑上〕「塗炭に坐す」の〔注〕に「混なり」とあり、〔説文新附〕十三下も同訓。塗りこめることは、呪禁の方法として用いられることが多く、殯(かりもがり)のとき、棺に収めて塗りこめることを塗殯(とひん)という。途と通用し、「塗歌邑誦」、「道聴(てい)塗説」のように用いる。

奴(ド・5画)

奴 金文
弗奴父鼎・春秋早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はno(平)。同音は以下の通り。「ヌ」は呉音。甲骨文の字形には「女」が無く、人が後ろ手に手かせをかけられた姿で、男女の区別は無い。「女」の字が加わるの金文からで、それも戦国時代からになる。おそらく後ろ手の人の姿と、「女」の字が似ていたための誤記に近い変化に過ぎないだろう。「女」は「奴」の音を表した可能性はあるが、原義を”女奴隷”とするのには理が無い。

初出 声調 備考
やっこ 甲骨文
矢じりにする石 説文解字 平/上
鈍いうま 不明
かねぐら 説文解字
不明
とりかご 説文解字 平/去
いかる 楚系戦国文字 上/去 →語釈
おほゆみ 戦国早期金文

漢語多功能字庫

甲骨文「」象雙手在身後交疊,表示地位低下的奴隸。後加從「」(驅使奴隸的手)。本義是奴隸、奴僕。


「奴」の甲骨文は両手が後ろ手に重なる象形で、地位の低い奴隷を意味する。のちに「又」の字形を描き加え、どれいの手で労働させる事を表した。原義は奴隷、家内使用人である。

学研漢和大字典

会意兼形声。「又(て)+(音符)女」。手で労働する女のどれい。努と同じで、激しい力仕事をする意から、ねばり強い意を含む。怒(じわじわとおこる)・弩(ド)(ねばりづよい大弓)などと同系。類義語に童。草書体をひらがな「ぬ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ぬ」ができた。また、旁からカタカナの「ヌ」ができた。

語義

  1. {名詞}召使。のち、金で買われた住みこみの使用人のこと。《類義語》傭(ヨウ)(賃金で雇われる人)・婢(ヒ)(女の召使)。「奴隷」「箕子為之奴=箕子これが奴と為る」〔論語・微子〕
  2. {形容詞}どれいのように地位が低いさま。また、能力の劣ったさま。
  3. {名詞}《俗語》女性が自分をへりくだっていうことば。やつがれ。《対語》僕。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①やっこ。武家の下男。仲間(チュウゲン)やぞうりとりなど。▽「家(ヤ)つ子」の意。「供奴(トモヤッコ)」。
    ②やつ。人を卑しめていうことば。「こ奴」。
    ③め。人や動物を卑しめていったり、低いものと見ていったりすることば。「こいつ奴」「私奴」。

字通

[会意]女+又(ゆう)。又は手。女子を捕らえて奴婢とする意。〔説文〕十二下に「奴婢、皆古の辠(罪)人(ざいにん)なり」とし、「周禮に曰く、其の奴、男子は辠隷(ざいれい)に入れ、女子は舂藁(しようかう)に入る」と〔周礼、秋官、司厲〕の文を引く。舂藁は女囚を属するところ。〔周礼、秋官〕に罪隷百二十人、蛮隷百二十人、閩隷百二十人、夷隷百二十人、貉隷百二十人などがあり、犯罪者のほかはおおむね外蕃である。古くは異族の虜囚などを聖所に属して、使役したものであろう。これらを神の徒隷とすることに、宗教的な意味があったものと思われる。

怒(ド・9画)

怒 楚系戦国文字
「郭店楚簡」語1.46

初出:初出は楚系戦国文字

字形:初出の字形は「女」+「心」で、「奴」は音符。原義は”怒る”。

音:「ヌ」は呉音。カールグレン上古音はno(上/去)。同音は論語語釈「奴」を参照。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

『大漢和辞典』で音ド/ヌ訓いかるは他に存在しない。部品の「奴」に”いかる”の語釈は『大漢和辞典』に無い。上古音での同音に”いかる”の語義を持つ漢字は無い。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。奴は、力をこめて働く女の奴隷のこと。怒は「心+(音符)奴」で、強く心を緊張させること。努(力をこめる)・弩(ド)(力のこもる大弓)などと同系。類義語の憤(フン)は、いちじにふき出すようにおこること。嚇(カク)は、まっかになっておこること。慍(ウン)は、胸に不平がつかえ、むかついていかること。恚(イ)は、心をかどだてておこること。忿(フン)は、かっと破裂するように急におこること。傷(ヒ)は、心がはりさけるようでむかむかすること。

語義

  1. {動詞}いかる。おこる。《対語》⇒喜。《類義語》憤(フン)。「激怒」「発怒(ハツド)(かっとおこる)」「項王大怒=項王大いに怒る」〔史記・項羽〕
  2. {動詞}漢方医学で、ストレスをおこすこと。
  3. {名詞}いかり。おこること。また、その感情。「積怒=怒りを積む」「不遷怒=怒りを遷さず」〔論語・雍也〕
  4. {動詞・形容詞}はげむ。はげしい(はげし)。ぐっと緊張していきおいこむ。また、そのさま。《同義語》努。「怒而飛其翼若垂天之雲=怒んで飛べば其の翼は垂天の雲のごとし」〔荘子・逍遥遊〕。「乱世之音、怨以怒=乱世之音は、怨にして以て怒し」〔詩経・大序〕

字通

[形声]声符は奴(ど)。〔説文〕十下に「恚(いか)るなり」とあり、はげしく人を責める心情をいう。〔論語、雍也〕に、孔子が顔回をほめて「怒りを遷(うつ)さず、過ちを貳(ふたた)びせず」と評している。

刀(トウ・2画)

刀 金文
子刀父辛方鼎・殷代末期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtog(平)。

学研漢和大字典

象形。刃のそったかたなを描いたもの。曲線状にそる意を含み、沼(底が曲線をなした大きな水たまり)・招(手の平を下向きにしてまねく)と同系。類義語に剣。付表では、「太刀」を「たち」「竹刀」を「しない」と読む。

語義

  1. {名詞}かたな。刃が曲線をなしてそった片刃のかたなやナイフの総称。《類義語》剣。「牛刀(牛を料理する包丁)」「庖丁釈刀=庖丁刀を釈く」〔荘子・養生主〕
  2. {名詞}刀の形をした古代の貨幣。「刀貨」「刀銭」。
  3. {名詞}ふね。刀のようにそった形をした小舟。▽あるいは、昔の字体が似ていたための誤写か。「曾不容刀=曾ぞ刀を容れざらん」〔詩経・衛風・河広〕

字通

[象形]刀の形。〔説文〕四下に「兵なり。象形」とあり、兵とは武器をいう。左右両刃は剣。刀は一刃、上部に握環がある。のち通貨にその形を用いて刀銭・刀幣という。また簡札を削るのに用いたので、書記のことを刀筆の吏という。

斗(トウ・4画)

斗 甲骨文 斗 金文
合集21344/秦公簋・春秋中期

初出:初出は甲骨文

字形:ひしゃくの象形。

音:カールグレン上古音はtu(上)。「ト」は慣用音。呉音は「ツ」。

用例:甲骨文の用例は語義が明瞭でない(21344「丁从(從)斗。」)。西周の金文も族徽(家紋)の一部と思われる。

春秋中期「秦公𣪕」(集成4315)に「一斗七升」とあり、容量の単位と解せる。

学研漢和大字典

象形。柄のたったひしゃくを描いたもの。柄がまっすぐたつさまに着目した。豆(トウ)(つきたつたかつき)‐頭(トウ)(まっすぐにたつあたま)などと同系とみてよい。「ます」は普通「升」「枡」と書く。中国では鬪(闘)の簡体字に用いる。

語義

  1. {名詞}ひしゃく。液体をすくう柄つきのひしゃく。また、転じて、液体の量をはかる角型・円型のます。「玉斗(ギョクト)(酒をくむ玉のひしゃく)」「熨斗(ウット)(ひのし)」。
  2. {単位詞}容量の単位。一斗は一〇升。▽一斗は、周代には約一・九四リットル。隋(ズイ)・唐代には約六リットル。清(シン)代には約一〇リットル。日本の一斗は約一八リットル。「五斗米(わずかな俸禄(ホウロク)のたとえ)」。
  3. {名詞}ひしゃくの形をした星座。「北斗」「南斗」。
  4. {名詞}二十八宿の一つ。規準星は今のいて座にふくまれる。ひつき。
  5. {形容詞}小さいさま。また、わずかなさま。「斗城(トジョウ)(小さな城)」「斗勹之人(トショウノヒト)(小人物)」。
  6. {副詞}にわかに(にはかに)。にわかに、はっとの意をあらわすことば。▽聆(ト)・突に当てた用法。「斗然(=聆然)」。
  7. {動詞}《俗語》たたかう(たたかふ)。▽闘に当てた用法。
  8. 「科斗(カト)」とは、おたまじゃくしのこと。「科斗文字(初画がまるく、そのあとは尾を引いたおたまじゃくしのような形をした古代文字)」。
  9. 「外斗(チョウト)」とは、銅製の舌状のものが振れて鳴る、柄つきの銅羅(ドラ)。

字通

[象形]柄のある匕杓(ひしやく)の形。その小なるものは升、大なるものを斗という。〔説文〕十四上に「十升なり。象形。柄(え)有り」とあり、その頭の部分が勺(しやく)である。北斗七星は、その形が斗に似ているところから名をえている。穀量をはかる器として用い、十升を斗という。

同(トウ・6画)

同 甲骨文 同 金文
甲骨文/同姜鬲・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文・金文の字形には下部の「𠙵」を欠くものがある。上部は人がかついで乗るこしで、貴人が輿に乗って集まってくるさま。原義は”あつまる”。

音:カールグレン上古音はdʰuŋ(平)。「ドウ」は慣用音。呉音は「ズウ」。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義に、また「興」の略字として”おきる”の意に用いた。金文では原義のほか、戦国の金文では”そろえる”([妾子]𧊒壺・戦国末期)の意に用いた。

学研漢和大字典

会意。「四角い板+口(あな)」で、板に穴をあけて突き通すことを示す。突き抜ければ通じ、通じれば一つになる。転じて、同一・共同・共通の意となる。通(とおす)・衝(突き抜く)と同系。また筒(トウ)(つつ)・胴(つつ型の胴体)・洞(ドウ)(突き抜けたほら穴)とは特に縁が近い。

語義

  1. {形容詞}おなじ。等しいさま。いっしょであるさま。《対語》⇒異・殊。「歳歳年年人不同=歳歳年年人同じからず」〔劉廷芝・代悲白頭翁〕
  2. {動詞}おなじくする(おなじくす)。いっしょに共有する。同じにそろえる。「同席」「与民同之=民とこれを同じくす」〔孟子・梁下〕
  3. {動詞}あつまる。「会同」「福禄攸同=福禄の同まる攸」〔春秋左氏伝・襄一一〕
  4. (ドウズ){動詞}見境もなくいっしょに仲間となる。▽心から調和するのを和という。「付和雷同」「君子和而不同=君子は和して同ぜず」〔論語・子路〕
  5. {副詞}ともに。いっしょに。《類義語》共。「踏花同惜少年春=花を踏みて同に惜しむ少年の春」〔白居易・春夜〕

字通

[会意]卜文・金文の字形は、凡と口とに従う。凡は盤の形で、古く酒盃にも用いた器であろう。口は祝禱を収める器である𠙵(さい)の形。会同のとき、酒を飲み、神に祈り誓ったものと思われ、会同の儀礼をいう。またその酒杯の名に用い、〔書、顧命〕は康王即位継体の大礼をしるすものであるが、そのとき新王と、聖職者太保との間に、同・瑁という酒器による献酬が行われている。土主に酒を灌(そそ)ぐ儀礼を示す興(きよう)、また灌鬯(かんちよう)を意味する釁(きん)の字形中に含まれている同が、その酒器である。それは会同盟誓などのときに用いるものであるから「あつまる」意となり、和合・同一の意となる。〔説文〕七下に、この字を重覆を意味する𠔼(もう)部に属し、「合會するなり」と訓し、𠔼と口との会意とするのは、合議の意とするものであろうが、口は古い字形では祝禱や盟誓をいう。

當/当(トウ・6画)

當 当 黨 當 金文
攻敔王光劍・春秋末期

初出:初出は西周中期の金文。ただし字形は「尙」(尚)と未分離。「小学堂」による初出は春秋末期の金文

字形:春秋末期の字形は「尙」”たかどの”+「戈」”カマ状のほこ”。城塞都市に立ち向かっていく様。戦国時代から現伝の字形になった。

音:カールグレン上古音はtɑŋ(平/去)。同音は「黨」(党)のみ。

用例:西周中期「曶鼎」(集成2838)に「弋尚(當)卑(俾)處氒(厥)邑,田氒(厥)田。」とあり、「まさに」と読め、”必ず…する”と解せる。

春秋末期「攻敔王光劍」(集成11654)に「攻敔王光自乍(作)用鐱(劍),台(以)〔尙戈〕(當)□(勇)人。」とあり、”あたる”と解せる。

学研漢和大字典

形声。當は「田+(音符)尚(ショウ)」。尚は、窓から空気のたちのぼるさまで、上と同系。ここでは単なる音符にすぎない。當は、田畑の売買や替え地をする際、それに相当する他の地の面積をぴたりと引きあてて、取り引きをすること。また、該当する(わく組みがぴったりあてはまる)意から、当然そうなるはずであるという気持ちをあらわすことばとなった。擋(トウ)(面をおしあててはばむ)・賞(それに相当する礼を払う)・傷(面をぶちあてこわす)などと同系。類義語の直は、ちょうどその番になる。抵は、値うちがそれに相当する。異字同訓に充てる「建築費に充(当)てる。保安要員に充(当)てる」。旧字「當」の草書体をひらがな「た」として使うこともある。

語義

  1. {動詞}あたる。あてる(あつ)。面と面とがぴたりとあたる。まともに対抗する。「一騎当千(一騎で千騎に対抗できる)」「天下莫能当=天下に能く当たるものなし」。
  2. {動詞}あたる。まともに引き受ける。「担当」「当国=国に当たる」。
  3. {動詞}あたる。相当する。あてはまる。「該当」「不能当漢之一郡=漢の一郡に当たること能はず」〔史記・匈奴〕
  4. {動詞}あたる。その時、その場に当面する。「当時」「当坐者=坐に当たる者」→語法「②」。
  5. {助動詞}まさに…すべし。→語法「①」。
  6. {名詞}ぴたりとあてる面。器の底の面。▽去声に読む。「瓦当(ガトウ)(端かわらの面)」。
  7. {名詞}借金にひきあてる物品。しち。しちぐさ。▽去声に読む。「抵当」。
  8. 《日本語での特別な意味》「当選」の略。「当落」「当確」。

語法

①「まさに~すべし」とよみ、

  1. 「~すべきである」と訳す。再読文字。当然の意を示す。《類義語》応。「嗟乎、大丈夫当如此也=嗟乎(ああ)、大丈夫当(まさ)にかくの如(ごと)くなるべきなり」〈ああ、男とはあのようでなくてはならない〉〔史記・高祖〕
  2. 「きっと~するにちがいない」と訳す。再読文字。期待・推量の意を示す。「頃之、襄子当出、予譲伏於所当過之橋下=これを頃(しばら)くして、襄子出づるに当たり、予譲当(まさ)に過ぐべき所の橋下に伏す」〈しばらく経ち、襄子の外出を知り、予譲は襄子が通るはずの橋の下に待ち伏せた〉〔史記・刺客〕

②「~にあたりて」とよみ、「~のときに」「~で」と訳す。時間・空間・状況に直面する意を示す。「当仁、不譲於師=仁に当たりては、師にも譲らず」〈仁徳(を行う)に当たっては、先生にも遠慮はいらない〉〔論語・衛霊公〕

③「もし~」とよみ、「もし~ならば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。▽「当使~」は、「もし~しめば」とよみ、意味・用法ともに同じ。「当使虎豹失其爪牙、則人必制之矣=当(も)し虎豹をしてその爪牙を失は使めば、則(すなは)ち人必ずこれを制せん」〈もしも虎や豹がその爪と牙をとを失ったらば、人間の方がきっとそれらを抑えるようになるだろう〉〔韓非子・人主〕

字通

[形声]旧字は當に作り、尚(しよう)声。尚に堂(どう)・棠(とう)の声がある。尚は神明を迎える窓。上部の八は神気の下る形。田は田土。もと農耕儀礼を示す字であったと考えられ、新嘗(にいなめ)の嘗とも、字形の上で関係がある。嘗は旨に従い、旨は詣(いた)るの意。その詣る神を迎えることを𩒨首(けいしゆ)といい、金文に、「稽首」に「𩒨首」の字を用いる。〔説文〕十三下に「田、相ひ値(あた)るなり」とは、抵当の意であろうが、その意には古く典を用い、金文の〔倗生𣪘(ほうせいき)〕に「格伯の田を典(てん)す」のようにいう。當ものちには「典当」の意にも用いるが、當は古くは嘗と通用することが多い。〔荀子、君子〕「先祖當(かつ)て賢ならば、子孫必ず顯(あら)はる」、〔荀子、性悪〕「當試(こころみ)(嘗試)に君上の勢を去らん」などの例がある。農耕では時宜によって祀ることが行われ、〔管子、宙合〕に「變に應じて失はざる、之れを當と謂ふ」とはその意であろう。時宜にあたること、それよりして時に当たり、所に当たる意となり、当面・順当・相当・当然・当為の意となったのであろう。

豆(トウ・7画)

豆 甲骨文 豆 金文
合29364/豆閉簋・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:食物を盛ったたかつきの象形。

音:カールグレン上古音はdʰu(去)。

用例:「甲骨文合集」29364に「甲子卜惟豆田于之擒」とあり、地名と解せる。

西周早期「高卣」(集成5431)に「米豆(蒸)咸釐」とあり、”食器”とも”まめ”とも解せる。

学研漢和大字典

象形。たかつきを描いたもので、じっとひと所にたつの意を含む。のち、たかつきの形をしたまめの意に転用された。頭(じっと棒状にたつあたま)・逗(トウ)(じっとひと所にとどまる)などと同系。類義語の菽(シュク)は、まめ、小さい粒のこと。付表では、「小豆」を「あずき」と読む。▽「手足にできるまめ」は「肉刺」とも書く。

語義

  1. {名詞}たかつき。食物や供え物をのせる器。▽多くは木や素焼きで、細長くつくって、たてて用いる。「俎豆(ソトウ)(供え物をのせる台や、たかつき)」。
  2. {名詞}まめ。穀物の名。大豆(ダイズ)(中国では黄豆)・小豆(アズキ)(中国では紅豆)・緑豆などがある。《同義語》⇒荳。「豆腐」「豆滓(トウシ)」「納豆(ナットウ)」。
  3. {単位詞}中国の春秋時代のますめの単位。一豆は、四掬(キク)で、約〇・八リットル。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①まめ。まめ形をしたもの。「足に豆ができる」。
    ②小さいものをあらわすことば。「豆人形」。
    ③「伊豆(イズ)」の略。「豆州」。

字通

[象形]足の高い食器の形。〔説文〕五上に「古、肉を食する器なり」とあり、〔国語、呉語〕に「觴酒(しやうしゆ)豆肉」の語がある。儀礼のときには数十豆を用いることがあった。いま存するものには春秋期以後のものが多く、「蒸ソン 外字豆(じようそんとう)」「善簠(ぜんほ)」と銘するものがあり、簠系統の器とされたのであろう。簠は黍稷(しよしよく)をいれる器であった。儀礼の際に塩物、ひたし物、飲み物に用い、古い儀礼が失われたのちには、豆は祭器としてのみ用いられた。また、荅(とう)に通じ、豆菽をいう。

侗(トウ・8画)

侗 戦国印璽文字
璽彙2806

初出:初出は戦国の印章文字

字形:「亻」+「同」”中身の無い筒”。中身の無い人間のこと。

音:カールグレン上古音はdhuŋまたはthuŋ(ともに平)。前者の同音は同とそれを部品とする漢字群、童、動など。後者の同音は瞳、通、痛など。上声の音は不明。

用例:論語泰伯編16に「侗而不愿」とあるほか、春秋末~戦国初期の『墨子』に「侗、二人而俱見是楹也、若事君。」とあり、「トウ、二人してともに見るはこれはしら也、君につかうるが若し」と読め、”柱”と解せる。

論語時代の置換候補:部品の「同」”うつろ”。

学研漢和大字典

会意兼形声。「人+(音符)同(つつぬけ)」。筒(つつ)・洞(ドウ)(つつぬけのほらあな)と同系。

語義

  1. (トウナリ){形容詞}筒抜けで頭の中のからっぽなさま。愚かなさま。「倥迂(コウトウ)・(クウトウ)(からっぽで愚かな)」「迂而不愿=迂にして愿ならず」〔論語・泰伯〕
  2. {名詞}中国の少数民族の名。貴州・湖南省および広西壮(チワン)族自治区に住むタイ系の民族。▽去声に読む。

字通

(条目無し)

大漢和辞典

リンク先を参照

東(トウ・8画)

東 甲骨文 東 金文
合20074/保卣・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「木」+「日」。太陽が木の幹の高さまで昇ったさま。

音:カールグレン上古音はtuŋ(平)。

用例:「甲骨文合集」8724.2に「貞方告于東西」とあり、”ひがし”と解せる。

西周早期「臣卿鼎」(集成2595)に「公違省自東,才(在)新邑」とあり、”ひがし”と解せる。

学研漢和大字典

象形。中にしん棒を通し、両端をしばった袋の形を描いたもの。「木+日」の会意文字とみる旧説は誤り。嚢(ノウ)(ふくろ)の上部と同じ。太陽が地平線をとおしてつきぬけて出る方角。「白虎通」五行篇に、「東方者動方也」とある。トウとは、通(とおす)・棟(屋根をとおすむな木)・動(上下につきぬけてうごく)などと同系。草書体をひらがな「と」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}ひがし。日の出る方角。五行では木、色では青に当てる。《対語》⇒西。
  2. {動詞}ひがしする(ひがしす)。ひがしの方へ行く。
  3. {副詞}ひがしのかた。ひがしの方で。ひがしに向かって。「東敗於斉=東のかた斉に敗る」〔孟子・梁上〕
  4. 「東隴(トウロウ)」とは、じめじめしたさま。《同義語》⇒凍隴。
  5. {名詞}あるじ。主人。▽鄭(テイ)の国が楚(ソ)に対して、「東方の主」と称したことから。「房東(家ぬし)」「股東(株主)」。
  6. 《日本語での特別な意味》
    ①あずま(あづま)。京都からひがしの地方。▽時代によって範囲が違うが、平安時代ごろから、箱根山以東の地方をいった。関東。
    ②「東京」の略。「東大」「東名」。

字通

[仮借]東はもと槖(ふくろ)の象形字で、橐(たく)の初文。のち仮借して方位の東の意に用い、本義の橐(ふくろ)の意に用いることはない。本義を失った字であるから、仮借とする。〔説文〕六上に「動くなり」と訓するのは、春に蠢動(しゆんどう)する意とするもので、音義説である。曹はもと二東に従う形で、裁判を求める当事者が、束矢鈞金(きんきん)を橐に入れて提供し、裁判が行われた。東が橐の形であることは、そのことからも知られる。〔説文〕に字形を「日の木中に在るに從ふ」とし、榑桑(ふそう)神木の意とするのは誤りである。

到(トウ・8画)

到 致 金文 致 金文
曶鼎・西周中期/伯到壺・西周末期

初出:初出は西周中期の金文

字形:「至」”矢が届く”+「人」。人が到着するさま。つくり「人」が誤って「刂」に確立するのは漢より以降で、それまでは〔至人〕の字形だった。また、漢以降に「致」が分化した。

音:カールグレン上古音はtoɡ(去)。

用例:西周中期「曶鼎」(集成2838)に「用〔至人〕(致)絲(茲)人」とあり、”もたらす”と解せる。

西周末期「白侄方壺」(集成9569)では人名に用いた。

西周末期「󱨕匜」(集成10285)に「侄乃鞭千」とあり、”もたらす”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」律5に「到七月而縱之」とあり、”…の時が至る”と解せる。

同效律3に「不盈十六兩到八兩」とあり、”…まで”と解せる。

同秦律雜鈔10に「到軍課之」とあり、”到着する”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。到は「至+(音符)刀」。至は、矢が一線に届くさま。刀は、弓なりにそったかたな。まっすぐ行き届くのを至といい、弓なりの曲折をへて届くのを到という。似た字(倒・到)の覚え方「たおれる人あり(倒)、いたる人なし(到)」。

語義

  1. {動詞}いたる。目的の場所や時間に届く。《類義語》至。「到着」「夜半鐘声到客船=夜半の鐘声客船に到る」〔張継・楓橋夜泊〕▽「到今」は今に到るまで、「到処」は到る処(トコロ)と訓読する。「民到于今受其賜=民今に到るまで其の賜を受く」〔論語・憲問〕
  2. {動詞}いたる。奥底・すみまでとどく。「周到」「到底」「雖隆薛之城到於天=薛の城を隆(たか)くして天に到ると雖(いへど)も」〔戦国策・斉〕
  3. {動詞}いける所までいく。出し尽くす。▽「傾倒」の「倒」と同じ。「精神一到何事不成=精神一到何事か成らざらん」〔朱子語類〕

字通

[会意]至+人。金文の字形は■(至+人)に作り、至と人とに従う。至は矢の到達する所。そこに人が立つ形。〔説文〕十二上に「至るなり」とし、刀(とう)声とするが、金文の〔舀鼎(こつてい)〕に「用(もつ)て兹(こ)の人を■(至+人)(いた)す」と致の義に用いる。致送して至ることをいう。至は地をえらぶとき、矢を放って、その至るところをみて定める占地のしかたをいう。

黨/党(トウ・10画)

党 金文 党 金文
「上黨武庫戈」戦国末期・晋1/2

初出:初出は戦国末期の金文。ブツは出ていないが下記春秋時代の『国語』に用例がある。

字形:「𦰩」”みこの火あぶり”+「冂」”たかどの”+「⺌」(–)”まど”で、屋内でみこを火あぶりにして祈るさま。原義はそのような儀式をする共同体。

音:カールグレン上古音はtɑŋ(上)。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」競建10に「□(朋)□(黨)、群□(獸)」とあり、”ともがら”と解せる。

戦国中末期の「郭店楚簡」語叢二12に「尚(黨)生於靜(爭)。」とあり、戦国時代までに「尚」が「黨」を意味したと分かる。ただし春秋末期までに「尚」を「黨」と解しうる用例は見られない。

上掲戦国末期「上黨武庫戈」(集成11054)の「上黨」は地名。

漢語多功能字庫」によると、戦国の金文では地名に用い、”党派”の語義は前漢まで時代が下る。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音訓「さと」に「闒」(初出説文解字)、「ともがら」に「等」(初出楚系戦国文字)。論語語釈「等」を参照。

上古音の同音に當(当)があり、その語釈として『大漢和辞典』は”ならぶ”を載せる。また「国学大師」は、「偏袒。通“黨”。《莊子·天下》:“公而不當,易而無私。”」という。當は春秋末期の金文から見られるが、一例しか無く、”ならぶ”の語義は、春秋時代以前に確認できない。西周中期の「曶鼎」(集成2838)では「尚」を「當」と釈文するが、「黨」の意ではない。
當 当 金文
「攻敔王光劍」春秋晚期

wikipedia「上党」条に「上党の地名は古く春秋時代に晋の地名として登場している。上党とは山上の高地を意味する」とあるが中国語版を直訳した未検証話で、「中国哲学書電子化計画」の検索結果を目を皿のようにして読み通しても戦国時代以降しか出てこない。

中国人はこういう細部の仕事がぞんざいなので油断できない。唯一例外と思われるのは『国語』越語上篇に越王勾践の甘言に乗る呉王夫差を諌める伍子胥の言葉として「員聞之,陸人居陸,水人居水。夫上黨之國,我攻而勝之,吾不能居其地,不能乘其車。」とあるのみ。

『国語』はあるいは『春秋左氏伝』より先行するとも言われるが、成立年代未詳。ここでの「上黨」とは後漢末の『釈名』が「上黨,黨,所也。在山上其所最高,故曰上也」と言う通り、”やまぐに”の意だろう。「黨」は”いなか”のことだろうか。ただし決して晋国ではない。

「小学堂」黨条に「徐灝注箋:“鄉黨之黨,本作䣊,《婁壽碑》:‘鄉䣊州鄰’用其本字。經典皆通作黨。”按:“黨”字本義已不通行,古代典籍多用它的後起義。」とあり、「䣊」の初出は楚系戦国文字、異体字「𨜂」で引いても同様、異体字「䣣」では条目が無い。

学研漢和大字典

声。「遯+(音符)尚」。多く集まる意を含む。仲間でやみ取り引きをするので遯(=黒)を加えた。▽党は本来黨とは別の字であったが、近世から黨の俗字として用いられた。都(人々の集まる所→みやこ)・諸(多く集まる)と同系。

語義

  1. {名詞}なかま。やから。人間の集まり。同志のグループ。「政党」「朋党」。
  2. {名詞}同じ村里に集まって住む人人。▽周代の行政区画では、五百家を一党という。のち、郷里の人々を郷党という。
  3. {名詞}親族の仲間。同族の集まり。「妻党(妻の一族)」。
  4. (トウス)(タウス){動詞・形容詞}仲間どうしでひいきをする。えこひいきしがちな。《対語》⇒公。「比党(仲間びいき)」「吾聞君子不党=吾聞く君子は党せずと」〔論語・述而〕
    め姓や民族名に用いる。「党項(タングート)」。

字通

尚+八+黒で、尚は神を迎えて祀る窓際の形、八は神気の降った形、黒は煮炊きして黒ずむところ。党は神聖なかまどで、かまどを共にし、その祭りを共にする祭祀共同体で、元は血縁集団だったのが、意味が拡大して地縁集団や村落を表すようになった。

唐(トウ・10画)

唐 甲骨文 唐 金文
合6715/唐子且乙爵・殷代末期

初出:初出は甲骨文

字形:「庚」”太陽を観測するさま”+「𠙵」”くち”。太陽に祈る姿だろうと想像されるが、原義ははっきりしない。

唐 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔戸丨口〕」と記す。「唐段沙彌造象記」刻。

音:カールグレン上古音はdʰɑŋ(平)。

用例:甲骨文には大量の例があるが、地名・人名・氏族名に用いた。金文でも同様だが、殷の開祖湯王を「唐」と記した例がある(春秋末期「叔尸鐘」集成285)。詳細は論語為政篇23余話を参照。

学研漢和大字典

会意。「口+庚(ぴんとはる)」で、もと、口を張って大言すること。讜(トウ)と同じ。その原意は「荒唐」という熟語に保存されたが、単独ではもっぱら国名に用いられる。「大きな国」の意を含めた国名である。

語義

  1. {名詞}王朝名。李淵(リエン)が隋(ズイ)を滅ぼしてたてた。二十代二百九十年間(六一八~九〇七)続き、後梁(コウリョウ)に滅ぼされた。都は長安。李唐。
  2. {名詞}王朝名。五代の一つ。李存轄(リソンキョク)が後梁(コウリョウ)についでたてた。四代十四年で、後晋(コウシン)に滅ぼされた。後唐(コウトウ)ともいう。
  3. {名詞}王朝名。五代十国の一つ。李即(リベン)が五代の末にたてた国。三代三十九年で、宋(ソウ)に滅ぼされた。南唐ともいう。
  4. {名詞}上古の帝尭(ギョウ)のこと。▽尭の姓を「陶唐氏」といったことから。「唐虞(トウグ)之際」〔論語・泰伯〕
  5. {動詞・形容詞}口を大きく開いていう。大言する。大きく、なかみのないさま。「荒唐無稽(コウトウムケイ)」。
  6. {名詞}から。中国のこと。▽唐代は国威の輝いた時代なので、唐の滅亡後も外国では中国を唐といい、中世以降の中国人もまた唐人と自称することがある。▽「から」という訓は、韓(カン)のなまりという。「唐餐(トウサン)(中国料理)」「唐話(トウワ)(中国語)」「唐衣(カラコロモ)」。
  7. {名詞}つつみの上の道。▽塘に当てた用法。
  8. {動詞・形容詞}ぶらつく。とりとめのないさま。▽蕩に当てた用法。「唐子(=蕩子)」。

字通

[会意]庚(こう)+口。庚は康の従うところで、杵(きね)で脱穀する形。口は祝彤を収める器(𠙵(さい))の形。その前に杵をおいて祈る意。〔説文〕二上に「大言なり」と訓し、〔荘子、天下〕にいう「荒唐の言」にあたる。殷の始祖大乙は、卜辞には「唐」、金文には「成唐」、〔詩〕〔書〕には「湯・成湯」という。〔爾雅、釈宮〕に「廟中の路、之れを唐と謂ふ」とあり、また隄唐(ていとう)・場ともいう。場は祭祀壇場の意で、唐と声義が通じる。それで殷の唐を、のち湯と称するのであろう。唐の古文は啺に作る。

討(トウ・10画)

初出は秦代の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はtʰ(上)。同音多数。音トウ訓しらべる、訓もとめるで、別字は『大漢和辞典』に存在しない。音トウ訓たずねるは「温」があるが、カールグレン上古音はʔwən(平)で音通しない。

学研漢和大字典

形声。「言+(音符)肘(チュウ)の略体」で、ことばですみずみまで追求すること。搗(トウ)(すみずみまでつく)・匋(トウ)(すみまでまんべんなくこねる)などと同系。類義語の伐は、武器で切ること。異字同訓にうつ⇒打。

語義

  1. {動詞}うつ。すみまでまわって敵をうってとる。追求して攻めたてる。また、非をせめたてる。《類義語》伐。「討伐」「討不忠也=不忠を討つなり」〔春秋左氏伝・僖四〕
  2. {動詞}たずねる(たづぬ)。すみずみまで、まんべんなく詳しくしらべる。ていねいにしらべる。「検討」「討究」「世叔討論之=世叔これを討論す」〔論語・憲問〕
  3. {動詞}もとめる(もとむ)。あさってまわる。財物を得ようとしてあさりまわる。「討飯=飯を討む」。

字通

[形声]声符は寸(すん)。寸に肘(ちゆう)の声がある。〔説文〕三上に「治むるなり」とし、寸は法の意で会意とするが、形声の字とみてよい。〔書、皋陶謨(こうようぼ)〕「天、有罪を討つ」、〔孟子、告子下〕「天子*は討じて伐たず」のように、上より討伐を加える意で、殊・誅と声義が近い。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

通(トウ・10画)

通 金文
頌壺・西周末期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtʰuŋ(平)。「ツウ」は呉音。漢音の又音は「ツ」。

学研漢和大字典

会意兼形声。用(ヨウ)は「卜(棒)+長方形の板」の会意文字で、棒を板にとおしたことを示す。それに人を加えた甬(ヨウ)の字は、人が足でとんと地板をふみとおすこと。通は「辶(足の動作)+(音符)甬」で、途中でつかえてとまらず、とんとつきとおること。類義語の徹は、つきぬけてとおる。透は、すきとおる。

語義

  1. (ツウズ){動詞}とおる(とほる)。とおす(とほす)。つきぬける。つらぬきとおす。「貫通」「通暢(ツウチョウ)(さわりなくつきぬける)」「通江淮=江淮を通す」〔春秋左氏伝・哀九〕
  2. (ツウズ){動詞}さわりなくいききさせる。「通商=商を通ず」「通其財利=其の財利を通ず」〔周礼・合方氏〕
  3. (ツウズ){動詞・形容詞}すらすらと事がはこぶ。また、さわりなく出世する。つかえることがないさま。《対語》⇒窮(キュウ)。「亨通(コウツウ)(運がよい)」「窮則通=窮すれば則ち通ず」。
  4. (ツウズ){動詞・形容詞}みんなに知らせる。また、すべてを知っている。「通報」「通才(物知り)」「通乎学=学に通ず」。
  5. (ツウズ){動詞}かよう(かよふ)。いききする。男女がまじわる。「私通」「内通」。
  6. {形容詞}とおりがよい。全部をつらぬいているさま。「共通」「通用」「通計」。
  7. 「一通」とは、ひととおり。《類義語》一遍。
  8. 《俗語》「通共(トンクン)」とは、みんなで、全部をとおして、の意をあらわすことば。
  9. 《日本語での特別な意味》
    ①つう。すみずみまでよく知っている人。「通人」「芸能通」。
    ②「通じ」とは、便通のこと。
    ③とおり(とほり)。まっすぐとおった道。「大通り」。
    ④かよう(かよふ)。一定の所にしげしげといく。「塾(ジュク)に通う」。
    ⑤かよい(かよひ)。しげしげといって、金品の受け渡しの覚えをしるす帳面。「通帳(ツウチョウ)・(カヨイチョウ)」。
    ⑥手紙を数えることば。

字通

[形声]声符は甬(よう)。甬に桶(とう)の声がある。〔説文〕二下に「達するなり」とあり、通達の意。金文に「通祿永命」という語があり、通とは全体にわたり、終始に及ぶことをいう。字はまた𢓶に作る。

堂(トウ・11画)

𣥺 金文 堂 金文 堂 金文
「䟫」□(冬戈)方鼎・西周中期/鄂君啟車節・戦国中期/兆域圖銅版・戦国末期

初出:西周中期の金文。ただし字形は「䟫」。「小学堂」による初出は戦国中期の金文

字形:〔八〕”屋根”+「ケイ」”たかどの”+「土」で、土盛りをした上に建てられた比較的大きな建物のさま。原義は”大きな建物”。

音:「ドウ」は呉音。カールグレン上古音はdʰɑŋ(平)、同音に「唐」とそれを部品とする漢字群、「湯」を部品とする漢字群など、「宕」”岩屋”。

用例:西周中期「󱞅𣪕」(集成4322)に「隹六月初吉乙酉。才䟫(堂)𠂤(次)。」とあり、地名の一部と思われる。

西周中期「󱞅(戈冬)方鼎」(集成2789)に「隹九月。既朢乙丑。才䟫𠂤」とあり、地名の一部と思われる。

漢語多功能字庫」によると、金文では原義に(中山王兆域圖・戦国末期)、”見なす”(鄂君啟車節・戦国中期)の意に用い、戦国の竹簡では”…に対して”の意に用いられた。

同音の「唐」に”庭”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。
唐 大漢和辞典

『大漢和辞典』の第一義は”表座敷”。”正殿”などもっとも立派な建物を指す。”堂々”など、立派なさまをも意味する。日本の道ばたにある地蔵堂のようなものではない。吉川本では「ざしき」とふりがなを振っている。

尙 尚 金文 棠 金文 土 金文
「尚」「棠」「土」(金文)

漢字の部品的には、上掲三文字が論語の時代も存在するから、「堂」もあって不思議は無いが、可能性の指摘に留める。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、尚(ショウ)は、窓から空気が高くたちのぼるさまを示し、広く高く広がる意を含む。堂は「土+(音符)尚」で広く高い土台のこと。転じて、広い高い台上にたてた表御殿。敞(ショウ)(広く高い)・場(広く高い土台)・陽(日当たりのよい高台)などと同系のことば。
中国家屋

語義

  1. {名詞}広く高く、南向きに設けた表向きの広間。表座敷。《対語》⇒室(奥のへや)。「花冠不整下堂来=花冠整はず堂を下りて来たる」〔白居易・長恨歌〕
  2. {名詞}公の仕事をする広く高い御殿。表御殿。「廟堂(ビョウドウ)(朝廷)」「王坐於堂上=王堂上に坐す」〔孟子・梁上〕
  3. {名詞}広く高い土盛り。また、台地。《類義語》場。
  4. 「堂堂(ドウドウ)」とは、大きく広いさま。「張侯堂堂身八尺=張侯は堂堂身八尺」〔黄庭堅・次韻答張沙河〕
  5. 「北堂(ホクドウ)」とは、母のこと。
  6. 「令堂(レイドウ)」「尊堂(ソンドウ)」とは、相手を尊敬して、その母をいうことば。
  7. 「堂兄弟(同堂兄弟)」とは、父方のいとこのこと。
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①神仏をまつる建物。
    ②多くの人を入れる広い建物。「礼拝堂」。
    ③屋号・雅号などにつけることば。

字通

[形声]声符は尚(しよう)。尚に棠・黨(党)(とう)の声がある。尚は向(まど)近くに神を迎えて祀り、そこに神気のあらわれる形。八は神気を示す。土は土壇。土壇のある祀所を堂という。〔説文〕十三下に「殿なり」とあり、古文と籀文とを録する。その字形からみると、明堂のように室のない高台上の建物であったらしく、〔釈名、釈宮室〕に「高顯の貌なり」という。また〔広雅、釈詁四〕に「明なり」とあるのも、高明の意であろう。

祷/禱(トウ・11画)

祷 金文
(金文)

初出:確実な初出は楚系戦国文字。『字通』所載の年代不詳の上掲金文を含む「壽」(寿)の初出は西周早期

字形:字形は「申」”稲妻=神”+「𠙵」”くち”で、神に祈るさま。原義は”いのる”。

音:カールグレン上古音は子音のtのみ。藤堂上古音はtog。

𠦪 甲骨文 𠦪 金文 𠦪 金文
「𠦪」:甲骨文/毛公鼎・西周末期/夨令方尊・西周早期

論語時代の置換候補:甲骨文では「𠦪クツ」(上古音不明)を「禱」と釈文する。

日本語で音通する「禂」の初出は後漢の『説文解字』。「䛬」の初出も同様。部品の「壽」(=寿)には、”ことほぐ”の語釈が『大漢和辞典』にあり、論語時代の置換候補となる。金文の上部は「神」で、下は祝詞を収めた器の𠙵さいに見える。しかし『字通』では、音符を寿=田チュウ=耕された土地とし、その間に𠙵を記した字で、穀物の豊穣を祈ることだという。

上記金文は白川フォントによるものだが、「神」+「𠙵」(サイ)と考えたくなる。
神 金文 器 口 サイ 金文
「神」「𠙵」(金文)

『説文解字』によると、祈るなかでも、神明に事を告げて幸福を求めること。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。壽の原字は「長い線+口二つ」の会意文字で、長々と告げること。音は、トウ。祷の本字はそれを音符とし、示(祭壇)を加えた字で、長々と神に訴えていのること。道(長いみち、長々とのべる)・疇(チュウ)(長いあぜ道)・壽(ジュ)(=寿。年齢が長くのびる)・濤(トウ)(長々とうねる波)などと同系。類義語の祈は、近と同系で、願う事がらに近づきたいといのること。

「いのる」「いのり」は普通「祈る」「祈り」と書く。▽異体字「祷」は簡易慣用字体。

語義

{動詞・名詞}いのる。いのり。長々と神に訴えていのる。《類義語》祈。「祈禱(キトウ)」「黙禱(モクトウ)」「無所禱也=禱(いの)る所無きなり」〔論語・八佾〕

字通

[形声]声符は壽(寿)(じゆ)。壽に擣・濤(とう)の声がある。壽の初形は田疇(でんちゆう)の形。その田疇の間に、祝禱を収めた器の形である𠙵(さい)をしるす形のものが卜文にあり、もと農穀の豊穣を祈る意であったと思われる。〔説文〕一上に「事を告げて福を求むるなり」とし、告・求・禱は古韻の合する字であるが、田疇の祝告をいう字とすべきである。譸は詶(のろ)う。禱の対待の義をなす字である。

動(トウ・11画)

動 金文
毛公鼎・西周末期

初出:初出は西周末期の金文。ただし字形は「童」(下掲)。その後は楚系戦国文字まで見られず、現行字体の初出は秦の嶧山碑。その字は「うごかす」とも「どよもす」とも訓める(下掲)。

字形:初出の字形は〔䇂〕(漢音ケン)”刃物”+「目」+「東」”ふくろ”+「土」で、初出の「毛公鼎」では「童」と釈文されている。それが”動く”の語義を獲得したいきさつは不明。

音:「ドウ」は慣用音。呉音は「ズウ」。カールグレン上古音はdʰuŋ(上)。

用例:西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「王曰…死母童余一人才立。」とあり、「童」は『動」と釈文され、下掲「漢語多功能字庫」は”おののかせる”と解釈する。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では「死(尸)母(毋)童(動)余一人在立(位)」と釈文し、「まつるに余一人位に在りておがましむるなかれ」と読むのだろうか。「動」に”柏手を打って拝む”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。

春秋末期までの用例はこの一件のみ。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報は無いが、『説文解字』では「動」を”動く”と解されていたこと。秦の篆書の字形は、「童」+「力」で、「童」は金文で”おののきおそれる”の語義があった(毛公鼎)ことを記す。原義はおそらく”力尽くでおののかせる”。

『大漢和辞典』で音ドウ訓うごくはほかに以下の通り。

  1. 撓xnoɡ(平):初出は前漢隷書
  2. 盪dʰɑŋ(上):初出は説文解字
  3. 蕩dʰɑŋ(上):初出は前漢隷書
  4. 𧑘?:初出は不明。

毛公鼎「毛公鼎」『殷周金文集成』2841
(王若曰。父𢉩。不顯文。武。皇天引猒厥德。配我有周。雁受大命。率褱不廷方。亡不閈于文。武耿光。唯天󱴯集厥命。亦唯先正󱴮辪厥辟。󱜋堇大命。肆皇天亡󰭄。臨保我有周。不𢀜先王配命。敃天疾畏。司余小子弗彶。邦󱴯害吉。󱢡󱢡四方。大從不靜。烏虖。𧾱余小子圂湛于󰙶。永𢀜先王。王曰。父𢉩。今余唯肈經先王命。命女辪我邦。我家內外。憃于小大政。𤲀朕立。虩許上下若否𩁹四方。死母余一人才立。引唯乃智。余非󱞆。又󱲙。女母敢妄寧。虔𡖊夕惠我一人。雍我邦小大猷。母折󱴰。告余先王若德。用卬卲皇天。𤕌󱴱大命。康能四或。俗我弗乍先王憂。王曰。父𢉩。𩁹之庶出入事于外。尃命尃政。埶小大楚賦。無唯正󱲙。引其唯王智。廼唯是喪我或。厤自今。出入尃命于外。厥非)先告父𢉩。父𢉩舍命。母有敢憃尃命于外。王曰。父𢉩。今余唯𤕌先王命。命女亟一方。󱞑我邦。我家。母顀于政。勿雍󱮽庶人󺹵。母敢龏㯱。龏㯱廼敄鰥寡。善效乃友正。母敢湎于酉。女母敢㒸才乃服。󱴱𡖊夕。敬念王畏不睗。女母弗帥用先王乍明井。俗女弗厶乃辟圅于𡅸。王曰。父𢉩。巳曰。󱴲𢆶卿事寮。大史寮于父即尹。命女󱜤𤔲公族。𩁹參有𤔲。小子。師氏。虎臣。𩁹朕褻事。厶乃族扞吾王身。取󱴴卅爰。易女󱴳鬯一卣。祼圭瓚寶。朱巿。悤黃。玉環。玉㻌。金車。𠦪𦃘䡈。朱󱢢󱞑󱴭。虎󱀣熏裏。右厄。畫𩌏。畫󱵨。金甬。逪衡。金𣦟。金𧱏。約󱮾。金󱴵𢐀。魚𤰈。馬四匹。攸勒。金𡂏。金雁。朱旂二鈴。易女𢆶关。用歲用政。毛公𢉩對揚天子皇休。用乍尊󰓼鼎。子子孫孫永寶用。

「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

動 小篆 秦嶧山刻石「嶧山刻石」

皇帝立國,維初在昔,嗣世稱王。討伐亂逆,威四極,武義直方。戎臣奉詔,經時不久,滅六暴强。廿有六年,上薦高號,孝道顯明。既獻泰成,乃降尃惠,寴𨊩遠方。登于繹山,羣臣從者,咸思攸長。追念亂世,分土建邦,以開争理。功戰日作,流血於野。自泰古始,世無萬数,陀及五帝,莫能禁止。廼今皇帝,壹家天下。兵不復起,𤉣害滅除。黔首康定,利澤長久。羣臣誦畧,刻此樂石,以著經紀。

皇帝曰:「金石刻盡,始皇帝所爲也。今襲號而金石刻辭不稱始皇帝。其於久遠也,如後嗣爲之者,不稱成功盛德。」丞相臣斯、臣去疾、御史夫臣德昧死言:「臣請具刻詔書,金石刻因明白矣。」臣昧死請。制曰:「可。」

学研漢和大字典

会意兼形声。重は「人が地上を足で突く形+(音符)東(つらぬく)」の会意兼形声文字。体重を足にかけ、足でとんと地面を突いたさま。動は「力+(音符)重」で、もと、足でとんと地を突く動作。衝(どんとつく)や踊(とんとんと上下にうごいて重みを足にかける)と近い。のち広く、静止の反対、うごく意に用いられる。

語義

  1. {動詞}うごく。もと、とんとんと上下にうごく意。のち広く、運動や行動の意に用いる。《対語》⇒静。「運動」「動作」「非礼勿動=礼に非ざれば動くこと勿かれ」〔論語・顔淵〕
  2. {動詞}うごかす。「是動天下之兵也=是れ天下の兵を動かすなり」〔孟子・梁下〕
  3. (ドウス){動詞}うごかす。うごく。どんと衝撃を与える。また、受ける。ショックを与える。また、受ける。《類義語》衝。「感動」「動聴=聴を動かす」。
  4. {動詞}うごかす。静止しているのをやめて、動作をはじめる。「動工(工事の起工)」「動筆=筆を動かす」。
  5. {副詞}ややもすれば。→語法

語法

「ややもすれば」とよみ、「どうかするといつも」と訳す。前の状況に連動して、後の状況がおこる意を示す。
▽「動輒=ややもすればすなわち」と多く用いる。俗語では「動不動(トンプトン)」という。「歳時賞賜、動輒億万=歳時賞賜し、動(やや)もすれば輒(すなは)ち億万なり」〈毎年金品や官位を与え、どうかするとすぐに億や万(の金品)になる〉〔後漢書・南匈奴〕

字通

[形声]声符は重(じゆう)。金文に童を動の意に用いており、もと童(どう)声。童の上部は、目の上に入墨した形で僮。下部は東(槖(ふくろ))の形で声符。力は耒(すき)の象形。僮僕が耒を執って農耕に従うことをいう。〔説文〕十三下に「作(な)すなり」とあり、耕作する意。〔孟子、滕文公上〕に「終歳勤動す」とあり、勤も農作に従う意。のちひろく行動・動作の意となる。

偸/偷(トウ・11画)

偷 隷書
孫臏324・前漢

初出:初出は戦国中末期の「郭店楚簡」。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:「人」+「兪」”くりぬいてうつろ”。行き当たりばったりの人のさま。論語語釈「兪」を参照。異体字に「偷」。中国台湾では、こちらがコード上の正字として扱われており、唐石経・清家本も「偷」と記す。

音:カールグレン上古音はtʰu(平)。同音に媮”悪賢い”、黈”黄色”。藤堂上古音はt’ug。「ツ」が呉音、「チュウ」は芥川かおじゃる公家のうっかりによる慣用音。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」老子乙11に「建惪(德)如〔偷,質〕貞(真)女(如)愉」とあり、”一時的な”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」語書10に「惡吏不明法律令,不智(知)事,不廉絜(潔),毋(無)以佐上,〔糸俞〕(偷)隨(惰)疾事,易」とあり、”軽薄な”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で音トウ訓かりそめ/うすいに「婾」(媮)があるが、初出は後漢の『説文解字』。

近音の「盜」(盗。カ音dhog、藤音dɔg)は、甲骨文から存在するが、”薄情”の用例は春秋末期までに確認できないので、論語泰伯編2の置換候補にならない。

学研漢和大字典

会意兼形声。兪(ユ)は、中を抜きとった丸木船。偸は「人+(音符)兪」。中身を抜きとる動作や物を抜きとるどろぼうのこと。輸(車で物をごっそり抜きとって運ぶ)・逾(ユ)(中間を抜いて向こうへ乗り越える)・踰(ユ)(中間を抜いて向こうへ乗り越える)などと同系。類義語に窃。

語義

  1. {動詞}ぬすむ。そっと中の物を抜きとる。人に気づかれないよう手に入れる。《同義語》⇒婾。「偸窃(トウセツ)」「存者且偸生=存する者は且く生を偸む」〔杜甫・石壕吏〕
  2. {名詞}すりや盗人。「偸盗(チュウトウ)・(トウトウ)」。
  3. {形容詞}ひそかに。こっそりするさま。「偸看(トウカン)」。
  4. {形容詞}うすい(うすし)。うわべだけで軽薄なさま。▽中身を抜きとってあるの意から。《同義語》⇒濠。「偸薄(トウハク)」「故旧不遺、則民不偸=故旧遺れざれば、則ち民偸からず」〔論語・泰伯〕

字通

[形声]声符は兪(ゆ)。兪に愉(とう)・鍮(ちゆう)の声がある。兪は舟と余とに従う。舟は盤、余は手術刀の形。手術刀で膿血を盤に移し除いて、治癒することを兪という。これによって一時の偸安をうることができる。ゆえに一時の、かりそめのものをいう。また偸薄・偸盗の意に用いる。

盜/盗(トウ・11画)

盜 盗 甲骨文 盗 金文
合8315/秦公鎛・春秋早期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は、「冫」”水”+「𠙵+人」”顔を背けた人”+傾いた「皿」”水桶”。溢れた水から人が逃げる様。原義は”水が溢れる”。戦国時代以降、”盗人”の意に用いたのは「逃」dʰoɡ(平)との音通による。

音:カールグレン上古音はdʰoɡ(去)。同音は論語語釈「鞀」を参照。

用例:「甲骨文合集」8315に「丙寅卜洹其盜」とあり、”洪水”と解せる。

西周早期には人名の部品としての用例がある(集成5397)。

西周末期「逨盤」(新收殷周青銅器銘文暨器影彙編NA0757)に「用會邵(昭)王、穆王,盜政四方,□(翦)伐楚荊。」とあり、”広げる”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」秦律雜鈔38に「捕盜律曰」とあり、”泥棒”と解せる。また同法律答問5に「甲謀遣人妾乙盜主牛」とあり、”盗む”と解せる。

備考:下掲『学研漢和大字典』・『字通』の説にかかわらず、訳者には皿+火+隹+水2つ、つまり中華鍋でトリの炒め物の最中にじゃぶじゃぶと水を注ぐ姿に見える。

学研漢和大字典

会意。盗の上部は「水+欠(人が腹をくぼめ、あごを出すさま)」からなり、物をほしがってよだれを流すこと。羨(セン)(うらやましがる)の原字。盜はそれと皿を合わせた字で、皿のごちそうをほしがることを示す。物の一部分をとくにぬきとること。釣(チョウ)(つりとる)・挑(一部をとりはなす)・掉(チョウ)(ぬき出す)などと同系。類義語に窃。旧字「盜」は人名漢字として使える。

語義

  1. {動詞}ぬすむ。他人の物をぬきとる。《類義語》偸(トウ)(ぬすむ)・窃。「窃盗」「掩耳盗鈴=耳を掩ひて鈴を盗む」。
  2. {動詞}ぬすむ。自分にそれだけのねうちもないのに、自分のものとする。「盗名=名を盗む」「盗用」。
  3. {名詞}ぬすみ。ぬすむこと。また、ぬすびと。《類義語》賊。「盗賊」「君子不為盗=君子は盗を為さず」〔荘子・山木〕
  4. 《日本語での特別な意味》野球で、「盗塁」の略。「二盗」「重盗」。

字通

[会意]旧字は盜に作り、㳄(ぜん)+皿(べい)。皿はおそらくもと血に作り、血盟の盤。それに㳄(唾)してこれをけがし、無効とする行為をいう。血盟に離叛し、共同体の盟約から逸脱するもので、〔左伝〕において盗とよばれている者は、みな亡命者であった。魯の僭主的な権力者であった陽虎も、その対立者であった孔子も、亡命中は盗とよばれ、格別の身元保証人がなければ、無籍者であった。〔詩、小雅、巧言〕「君子、盜を信ず」「盜言孔(はなは)だ甘し」などの句によって、そのような政治的亡命者が、その亡命先で種々の政治的活動をしていたことが知られる。〔左伝、襄十年〕に「群不逞の徒」という語がみえるが、孔子も一時はその徒であった。〔詩、小雅、十月之交〕に「噂沓(そんたふ)」という語があり、誹謗の意。沓は祝禱あるいは盟誓の器である曰(えつ)に水を注ぎ、その書をけがし無効とする行為をいう。血盟の盤に唾し、水をそそぐ行為と似ており、字の立意もそれに近い。〔説文〕八下に「厶(私)(ひそ)かに物を利するなり。㳄に從ふ。㳄は皿を欲する者なり」とするが、盜は皿中のものを欲するようなものではなく、政治的な亡命者であった。〔石鼓文〕に沝(すい)に従う形に作る。

※この説は中途半端にしか『春秋左氏伝』を読まないからで、例えば僖公二十四年の「竊人之財,猶謂之盜」は亡命とは関係なく、”どろぼう”以外に解釈のしようが無い。

陶(トウ・11画)

陶 甲骨文陶 金文
合集5788/陶子盤・西周早期

初出:初出は甲骨文。「小学堂」による初出は西周早期の金文

字形:「阝」”階段”+”腰をかがめた人”2人。登り窯で陶器を焼く様。

音:カールグレン上古音はdʰ(平)。

用例:金文から戦国文字に至るまで、地名・人名に用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。匋(トウ)は「缶(ほとぎ)+勹(まんべんなくかこむ)」の会意文字で、陶の原字。陶は「阜(つち)+(音符)匋」で、粘土をわくの中に入れて、まんべんなくこねること。まんべんなく行きわたるの意を含む。のち、匋のかわりに用いる。掏(トウ)(すみずみまでこねまわす)・蹈(トウ)(まんべんなくふみならす)・築(土をすみずみまでつきかためる)と同系。

語義

トウ
  1. {名詞}すえ(すゑ)。土をこねて焼いてつくった器。やきもの。せともの。「黒陶」「陶器」。
  2. (トウス)(タウス){動詞}粘土をこねてやきものをつくる。《類義語》掏(トウ)。「陶河浜=河浜に陶す」〔史記・五帝〕
  3. {動詞}粘土をこねて形をつくるように、物の姿をかえる。教化する。《類義語》冶(ヤ)。「陶冶(トウヤ)」「陶化」「薫陶」。
  4. (トウス)(タウス){動詞・形容詞}うちとける。気持ちがとけあって楽しい。「陶陶」「陶酔」「共陶暮春時=共に陶す暮春の時」〔謝霊運・酬従弟恵連詩〕
    め{動詞・形容詞}型やわくの中にとじこめられてもやもやする。うっとうしい。ゆううつになる。「鬱陶(ウットウ)」。
ヨウ
  1. {形容詞}うちとけるさま。「陶陶(ヨウヨウ)」。
  2. {形容詞}ゆらゆらと長く続くさま。▽遥(ヨウ)に当てた用法。
  3. 「皐陶(コウヨウ)」とは、帝舜(シュン)の臣の名。

字通

[形声]声符は匋(とう)。匋は窯の中に缶(ふ)(ほとぎ)をおいて焼く形。〔説文〕十四下に「再成の丘なり」とし、〔釈名、釈丘〕に「陶竃(たうさう)の如く然るなり」というが、その上り窯の形が匋である。〔礼記、郊特牲〕「器に陶匏(たうはう)を用ふ」とあって、天帝を祀る郊祭には素焼きのものを用いた。そのような祭器を焼く窯は、聖所に近く設けられるので、神梯の象である𨸏(ふ)に従って、陶に作る。帝尭陶唐氏の堯(尭)は、素焼きの器を積みあげた形。これに火を加えて焼成するを燒(焼)という。陶・堯は関連のある名である。

棖(トウ・12画)

棖 篆書 申棖
『説文解字』篆書

初出:初出は後漢の『説文解字』

字形:「木」+「長」で、長い木の棒のさま。原義は不明。

音:カールグレン上古音はdʰăŋ(平)。同音は無い。近音は「長」はdʰi̯aŋ(平/去)またはti̯aŋ(上)。

用例:先秦両漢にほとんど用例が無い珍しい字。論語では孔子の弟子・申棖の名として登場。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「木+(音符)長」で、長い棒。

語義

  1. {名詞}ほうだて(はうだて)。門柱の両側にたてて、とびらをとめるための細長い棒。
  2. {動詞}ふれる(ふる)。さわる。さわって止める。「棖触(トウショク)」。

字通

[形声]声符は長(ちよう)。〔説文〕六上に「杖なり。~一に曰く、法なり」、〔爾雅、釈宮〕「棖、之れを楔と謂ふ」の〔注〕に「門の兩旁の木なり」、また〔広雅、釈詁三〕に「止むるなり」とみえる。

道(トウ・13画)

道 甲骨文 道 金文
甲骨文/禹殳鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文。金文の初出は西周早期の金文

音:道と導はカールグレン上古音dh(上)で同音。藤堂上古音はdog。字形に「首」が含まれるようになったのは金文から。甲骨文の字形は「行」”十字路”に立った「人」の姿。「ドウ」は呉音。論語語釈「導」も参照。

用例:西周早期の「貉子卣」(殷周金文集成5409)に「王令士道󱈩貉子鹿三」とあり、おそらく官職名と思われる。

西周中期の「師雝父鼎」(集成02721)に「師雍父省道至于胡」とあり、”みち”の意を確認できる。

その他春秋末期までの金文に、明確に”みちびく”と読める例は無い。

漢語多功能字庫」は金文以降にしか記載が無いが、”道路”(散氏盤・西周)の語義のみが春秋時代以前に見られ、”道徳”の語義は戦国の「中山王鼎」にならないと見られないという。

動詞”導く”の意で用いるのは、戦国中期あるいは末期の「郭店楚簡」から。

原義は”(進むべき)みち”。孔子一門の目標は、仁=貴族になることだった。それゆえ論語の各章のうち史実であるものについては、道=貴族になるための方法、あるいは貴族らしい行動規範。

学研漢和大字典

しんにょう(足の動作)+音符首」の会意兼形声文字で、首(あたま)を向けて進みいくみち。また、テキ(みち)と同系と考えると、一点から出てのびていくみち。▽首はthiogから変化してʃıəuと発音するようになったので、道dogの音符となりえた。路は、連絡の絡と同系で、横の連絡みち。塗は、土をおしのばしたみち。

語義

  1. {名詞}みち。頭を向けて進んでいくみち。ある方向にのびるみち。《類義語》路。「道阻且長=道は阻にして且つ長し」〔詩経・秦風・蒹葭〕
  2. {副詞}みちばたで。途中で。「道聴而塗説=道に聴きて而塗に説く」〔論語・陽貨〕
  3. {名詞}みち。人の行うべきみち。「道徳」「正道」「道不行=道行はれず」〔論語・公冶長〕
  4. {名詞}基準とすべきやりかた。専門の技術。「王道」「覇道(ハドウ)」「医道」。
  5. {名詞}宗教の教え。信仰をもとにした組織。「伝道」「仏道」「一貫道」。
  6. {名詞}道家・道教のこと。老子を祖とし、無欲を旨として長寿を願う教え。「道観(道教の寺)」「道術」。
  7. {名詞}行政区画の名。漢代には少数民族の居住区で県と同級、唐代には全国を十道にわけ、明(ミン)・清(シン)代には、一省をいくつかの道にわけた。「道台(道の長官)」。
  8. {動詞}《俗語》いう(いふ)。のべる。▽唐代以後の俗語では、「謂曰…(いひていはく)」を「説道…」という。去声に読む。
  9. {動詞}みちびく。先にたってある方向へと引っぱる。▽去声に読む。《同義語》導。「道之以政=これを道くに政を以てす」〔論語・為政〕

《日本語での特別な意味》

  1. みち。武芸や趣味・芸術などについて一派をなしたもの。「合気道(アイキドウ)」「茶道」。
  2. 「北海道」の略。「道南」。

字通

道 古文
(古文)

しゅちゃく。古文は首と寸とに従い、首を携える形。異族の首を携えて除道を行う意で、導く意。祓除を終えたところを道という。〔説文〕二下に「行く所の道なり」とし、会意とするが、首に従う意について解くところがない。途ははりを刺して除道すること、路は神を降格して除道すること。道路はまた邪霊のゆくところであるから、すべて除道をする。その方法を術という。術は呪霊をもつ獣(じゅつ)によって祓う意で、邑中の道をまた術という。そのような呪法の大系を道術という。

童(トウ・12画)

童 甲骨文 童 金文
小屯南地甲骨650/毛公鼎・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:「辛」+”目を見開いた人”で、盲目化された奴隷の姿。原義は”奴隷”。

音:カールグレン上古音はdʰuŋ(平)。「ドウ」は慣用音。

用例:「小屯南地甲骨」650に「󱩾王弜令受󱩾󱩾󱩾󱩾田于童」とあるが、語義が明瞭でない。

西周中期「史牆盤」(集成10175)に「伐尸(夷)童。」とあり、異民族への蔑称と解せる。

西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「死(尸)母(毋)童(動)余一人在立(位)」とあり、「動」と釈文され、「ややもすれば」と読み、”少しでも”と解せる。

春秋「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1971に「呂王之孫耳童之用。」とあり、”子供”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。東(トウ)(心棒をつきぬいた袋、太陽がつきぬけて出る方角)はつきぬく意を含む。童の下部の「東+土」は重や動の左側の部分と同じで、土(地面)をつきぬくように↓型に動作や重みがかかること。童は「辛(鋭い刃物)+目+(音符)東+土」で、刃物で目をつき抜いて目を見えなくした男のこと。棟(トウ)(つきぬくむねの木)・通(トウ)・(ツウ)(つきぬく)などと同系。類義語の僕は、朴(=樸、あら木)と同系で、あらけずりの野蛮な男のこと。転じて、へり下った自称のことばとなった。奴・妾は女どれい。豎(ジュ)は、子どものどれい。

語義

  1. {名詞}もと、目を刃物で突きぬいて見えなくした男のどれい。また、男の罪人をどれいとしたもの。のち、雑用をする男の召使。男のしもべ。《同義語》⇒僮。《類義語》僕。「童僕(男のどれいや召使)」。
  2. {名詞}わらべ。わらわ(わらは)。まだ物事のはっきり判断できない幼い子ども。おさなご。▽十五歳で成人して冠者となる。「童蒙(ドウモウ)(道理のわからない子ども)」「童子」。
  3. {名詞}幼い子どものようなようす。また、ぼうず頭。「童山(はげ山)」。

字通

[形声]金文の字形は東(槖(ふくろ))に従い、東(とう)声。のち重に従う字形があり、重(じゅう)声。里はその省略形。上部の立の部分は、古くは辛と目とに従い、目の上に入墨する意で、受刑者をいう。童は僮(どう)の初文。〔説文〕三上に「男の辠(つみ)有るを奴と曰ふ。奴を童と曰ひ、女を妾と曰ふ」とし、字は䇂(けん)に従って重の省声であるという。結髪を許されず、それで童髪のものを童という。童幼の義はのちの転義。金文の〔毛公鼎〕に「死(をさ)めて童せしむること毋(なか)れ」とあり、動の意に用いる。童謡はもと童僕の徒の労働の歌。〔左伝〕や〔史記〕〔漢書〕にみえる童謡は、服役者が労働のときに歌ったもので、これを歌占(うたうら)として用いることがあった。わが国の〔天智紀〕などにみえる童謡も、その類のものである。僮は農奴的な身分のものをいう。

等(トウ・12画)

等 楚系戦国文字
包2.132反・戦国中末期

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「竹」”竹簡”+「寺」”持つ”。原義未詳。

音:カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はtəŋ(上)。董同龢上古音の同音に「戴」(初出は前漢の隷書)。

用例:戦国中末期「包山楚簡」132反に「從郢以此等(志)□(來)。」とあり、「志」”考え”と釈文されている。

戦国最末期「睡虎地秦簡」效律60に「減罪一等。」とあり、”等級・段階”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は無い。

学研漢和大字典

形声。「竹+(音符)寺」で、もと竹の節、または、竹簡の長さがひとしくそろったこと。転じて、同じものをそろえて順序を整えるの意となった。寺の意味(役所、てら)とは直接の関係はない。治(ジ)・(チ)(でこぼこをそろえる)と同系。類義語に斉。「ひとしい」は「均しい」「斉しい」とも書く。

語義

  1. {形容詞}ひとしい(ひとし)。同じようにそろっている。《類義語》斉。「斉等」「等分」。
  2. {動詞}ひとしくする(ひとしくす)。そろえる。同じものをそろえて整理する。同じ等級にそろえる。ならべてくらべる。「等諸臣之爵=諸臣の爵を等しくす」〔周礼・大行人〕
  3. {名詞}たぐい(たぐひ)。同じものをそろえてほかのものと区別した段階・順序。ランク。「等級」「同等」。
  4. {単位詞}階段の段を数えることば。また、転じて、物事の段階・順序を数えることば。「土階三等(土のきざはし三段。質素な住居のこと)」「出降一等=出でて一等を降る」〔論語・郷党〕
  5. {助辞}ら。ほかにも同じものがあることをあらわすことば。「卿等(ケイラ)(あなた方)」「…等等(トウトウ)(…など)」。
  6. {名詞}同じ大きさをした、はかりの分銅。「等子」。
  7. {疑問詞}《俗語》なに。どんな。《類義語》何。「死公云等道=死公等道をか云ふ」〔後漢書・禰衡〕
  8. {動詞}《俗語》まつ。まちのぞむ。《類義語》待。「等待(トンタイ)」。

字通

[形声]声符は寺(じ)。寺に待(たい)・特(とく)の声がある。〔説文〕五上に「齊(ひと)しき簡なり。竹に從ひ、寺に從ふ。寺は宮曹の等平なり」と官寺の意を含むとするが、形声とみてよい。〔孟子、公孫丑上〕「百世の後よりして、百世の王を等(はか)るに、之れに能(よ)く違ふ莫(な)きなり」、〔周礼、夏官、司勲〕「以て其の功を等(はか)る」のように、差等をはかる意。もと木簡の大小を整える意であろう。「まつ」の意は、待と通用の義である。

湯(トウ・12画)

湯 金文
仲枏父簋・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:「氵」+「日」+「丁」”掲げる竿”。南中の陽に当てられて温まった水のさま。

音:カールグレン上古音はtʰɑŋ(平)またはtʰɑŋ(平)。後者の同音は論語語釈「傷」を参照。去声の音は不明。

用例:西周の金文では人名の他”鋳る”の意に(西周末期「多友鼎」集成2835)、春秋の金文では「陽」に通じて”南”の意に(春秋早期「曾白𩃲簠」集成4631)、また「蕩」に通じて”行き渡る”の意に(春秋末期「𪒠鐘」NA486)用いた。戦国の竹簡では「揚」に通じ、また地名に用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。昜(ヨウ)は「日+T印(上へとあがる)」の会意文字で、太陽が勢いよくあがること。陽や揚(あがる)の原字。湯は「水+(音符)昜」で、ゆが勢いよく蒸気をあげてわきたつことを示す。

語義

トウ
  1. {名詞}ゆ。ゆげがたちあがるまでに熱した水。また、熱いスープ。「熱湯」「冬日則飲湯=冬日には則ち湯を飲む」〔孟子・告上〕
  2. {名詞}殷(イン)(商)の初代の王、湯(トウ)王のこと。「禹湯文武(夏(カ)の禹(ウ)、殷(イン)の湯(トウ)王、周の文王・武王などの古代の聖王)」。
  3. {動詞}おす。ゆり動かす。▽蕩(トウ)に当てた用法。去声に読む。
  4. 「湯婆(タンポ)」とは、妻君(婆)のかわりにだいてねるゆたんぽ。▽タンポは唐宋(トウソウ)音。
  5. {名詞}《俗語》スープ。「湯跟(タンミエン)」。
  6. {名詞}煎じ薬。「葛根湯」。
ショウ
  1. 「湯湯(ショウショウ)」とは、わきたつような勢いで流れるさま。「江漢湯湯」〔詩経・大雅・江漢〕
  2. 《日本語での特別な意味》ゆ。ふろ。温泉。「湯にはいる」。

字通

[形声]声符は昜(よう)。昜に瑒(とう)・暢(ちよう)・傷(しよう)の声がある。昜は台上に玉をおき、その玉光が下方に放射する形で、玉光を示す。その玉光によって魂振りが行われる。神梯の前におくときは陽、万物に霊気を与える根源の力であり、玉光を瑒(よう)という。〔説文〕十一上に「熱き水なり」とあり、熱湯の意とする。湯滌のようにあらう意があり、水勢を「湯湯(しようしよう)」という。蕩・盪(とう)はその派生字である。

大漢和辞典

→リンク先を参照

答(トウ・12画)

荅 秦系戦国文字
「荅」睡.秦38・戦国最末期

初出:現行字形の初出は不明。異体字に〔⺮〕→〔艹〕「荅」字があり、初出は戦国最末期の『睡虎地秦簡』。論語の時代に存在しない。

字形:〔⺮〕”竹製の蓋”+〔合〕”蓋を閉じた入れ物”。竹の蓋のついた入れ物の意。

音:カールグレン上古音はtəp(入)。同音は「荅」のみ。

論語時代の置換候補:存在しない。部品の「合」に”こたえる”の語釈があるが、初出は戦国中期の金文(集成4649「󱤇𥎦因󱥕敦」)。

学研漢和大字典

会意。「竹+合」で、竹の器にぴたりとふたをかぶせること。みと、ふたとがあうことから応答の意となった。類義語に応。

語義

  1. {動詞}こたえる(こたふ)。相手のしたことに対してこちらの態度を示す。返事をする。また、むくいる。《同義語》⇒荅。「応答」「夫子不答=夫子答へず」〔論語・憲問〕。「礼人不答反其敬=人を礼して答へられざれば其の敬を反りみよ」〔孟子・離上〕
  2. {動詞}こたえる(こたふ)。問題を解いてこたえを出す。「解答」。
  3. {名詞}こたえ(こたへ)。問題に対する解答。また、質問に対する返事。「確答」。

字通

[形声]声符は合(ごう)。〔説文〕一下に「荅(たふ)は小尗(せうしゆく)(小豆)なり」とみえ、答の字は未収。〔爾雅、釈言〕に「畣(たふ)は然りとするなり」とあり、また金文には斉器の〔陳侯因■(上下に次+月)敦(ちんこういんしたい)〕に「厥(そ)の德に合揚(たふやう)(答揚)す」とあって、合・畣が答の初文であった。〔宣賢本、書、洛誥〕に「厥(そ)の師に畣(こた)ふ」、また〔左伝、宣二年〕「旣に合(こた)へて來り奔る」のように、文献になおその字を用いる例がある。合は祝禱・盟誓の器に蓋(ふた)する形で、神明に答揚する意であり、古く荅・答の声があったものと思われる。

※荅の初出は戦国中期の金文、あるいは秦系戦国文字。畣の初出は古文

媮/婾(トウ/ユ・12画)

初出は定州漢墓竹簡論語。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はtʰu(平)。異体字の「偷」の初出は前漢の隷書。同音は黈”黄色”(上)のみ。「媮」も「偷」も『大漢和辞典』に条目が無い。グリフウィキでの異体字は「婾」のみ。

兪の巜(カイ)は”大溝”であり、俞の刂(トウ)は”やいば”で、全然違う字だが異体字として扱われ(論語語釈「兪」を参照)、真にやむを得ず本条目では「婾」として扱う。

その「婾」の語釈に”わるがしこい・ぬすむ”があり(→大漢和辞典)、「偷」(論語語釈「偷」)に酷似した漢字に、芥川の小説で有名な「偸」”かりそめ・ぬすむ”がある(→大漢和辞典)。

『大漢和辞典』で同音同訓の盜(盗)dʰoɡ(去)の初出は甲骨文。但し音が遠くて音通と言えない(論語語釈「盗」)。

結論として、媮の部品である俞=兪に、”くりぬく・こえる”の語義があり(論語語釈「兪」を参照)、論語時代の置換候補となる。

学研漢和大字典

会意兼形声。兪(ユ)は、木の中身をくり抜いてつくった丸木舟のこと。婾は「女+(音符)兪」で、女にありがちな、中身のぬけたうわべだけの虚飾を示す。

語義

トウtōu
  1. {動詞}ぬすむ。こっそり中身を抜きとる。《同義語》⇒偸(トウ)。
  2. {形容詞}うすい(うすし)。うわべだけで、中身がぬけて、うつろなさま。誠実でないさま。《同義語》⇒偸。「婾薄(トウハク)」。
ユyú
  1. {動詞}たのしむ。《同義語》⇒愉。

字通

[形声]声符は兪(ゆ)。兪に偸・愉(とう)の声がある。兪は舟(盤)と余(外科用の曲刀)に従い、余を以て膿血を盤に輸(おく)り除く意で、それによって疾が癒(い)え、心が愉(たの)しくなる。〔説文〕十二下に「巧黠(かうけつ)なるなり」とあり、また偸と声義が近い。一時の僥倖を貪ることをもいう。

滔(トウ・13画)

滔 金文
觴姬簋蓋・西周末期

初出は西周末期の金文。ただし字形は滔 異体字。カールグレン上古音はtʰのみ(平)。同音多数。

漢語多功能字庫

從「」,「」聲。本義是大水彌漫之貌。


「水」の字形の系統に属する字で、「舀」の音。原義は洪水が氾濫するさま。

学研漢和大字典

会意兼形声。舀(ヨウ)は「爪(手)+臼(うす)」の会意文字で、うすの中を手でこね回すこと。搗(トウ)と同じ。滔は「水+(音符)舀」で、水がいちめんにこねかえすようにいきりたつこと。濤(トウ)(うねりたつ波)・擣(トウ)(まんべんなくたたく)などと同系。

語義

  1. {動詞}うつ。はびこる。水がのたうちまわる。こねかえすように水がいきりたつ。「浩浩滔天=浩浩として天に滔る」〔書経・尭典〕
  2. {動詞}大水が一面に広がる。「滔蕩(トウトウ)」。
  3. {動詞}相手など問題にせず、ふるまう。あなどる。「滔慢(トウマン)」。
  4. 「滔滔(トウトウ)」とは、水が勢いよく流れいくさま。また、時勢や弁論がとめがたい勢いで進んでいくさま。「滔滔者天下皆是也=滔滔たる者は天下皆是也」〔論語・微子〕

字通

[形声]声符は舀(よう)。舀に慆・稻(稲)(とう)の声がある。舀は臼の中のものをとり出す形。狭い器の中に、ものがあふれるようなさまをいう。〔説文〕十一上に「水漫漫として大いなる皃なり」とみえる。〔詩、大雅、江漢〕に「江漢浮浮(ふうふう)たり 武夫滔滔たり」、また〔書、尭典〕「蕩蕩(たうたう)として山を懷(か)ね陵(をか)に襄(のぼ)り、浩浩として天に滔(はびこ)る」のように用いる。

慟(トウ・14画)

慟 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:〔忄〕”こころ”+「動」。心が大きく揺れ動いてなげくさま。

音:カールグレン上古音はdʰuŋ(去)。同音に「同」とそれを部品とする漢字群、「童」とそれを部品とする漢字群、「動」など。「ドウ」は慣用音。呉音は「ズウ」。

用例:金石文・戦国文字には見られない。

文献時代の初出は論語先進篇9。戦国時代の諸子百家には見えず、前漢中期の『史記』弟子伝にみえる以降は、後漢初期まで時代が下る。

論語時代の置換候補:上古音の同音に語義を共有する漢字は見当たらない。動が「慟に通ず」と『大漢和辞典』は言うが、春秋以前の金石文に用例が無い。『大漢和辞典』に同音同訓は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。動は、上下に突きぬけるようにうごかすこと。慟は「心+(音符)動」で、からだを上下に動かして悲しむこと。痛(トウ)(上下に突きぬけるほど心を痛める)と同系。

語義

  1. (ドウス){動詞}なげく。ひどく悲しむ。「慟哭(ドウコク)」「子哭之慟=子これを哭して慟す」〔論語・先進〕

字通

[形声]声符は動(どう)。〔説文新附〕十下に「大いに哭するなり」とあり、弔問のとき声をあげ、身をふるわせて泣くことをいう。〔論語、先進〕に「顏淵死す。子(孔子)之れを哭して慟す。從者曰く、子、慟せり」とあり、肉親でなければ、哭するのが礼であった。哭とは、声を呑んで泣くことをいう。

稻/稲(トウ・14画)

稲 金文
曾伯雨木二簠・春秋早期

初出は西周末期の金文。カールグレン上古音はdʰ(上)。同音多数。

学研漢和大字典

会意兼形声。「禾(いね)+(音符)舀(ヨウ)・(トウ)(うすの中でこねる)」。旧字「稻」は人名漢字として使える。

語義

  1. {名詞}いね。ねばりのでる穀物の一種。うすの中でこねて、ねばらせる米。《類義語》稌(ト)・糯(ダ)。「稲米」。

字通

[形声]旧字は稻に作り、舀(よう)声。舀に滔・慆(とう)の声がある。舀は臼の中に手を入れている形。〔説文〕七上に「稌(もちいね)なり」とあり、粘りのあるものを稲、ないものを秔(こう)、総称して稲という。金文の簠(ほ)の銘文に「用て稻粱を盛(い)る」というのが常語で、簠にいれて神饌とした。〔礼記、曲礼下〕に「稻を嘉蔬(かそ)と曰ふ」とあり、神饌としての名である。

鼗/鞀(トウ・14画)

「鼗」の初出は不明。論語の時代に存在が確認出来ない。カールグレン上古音は不明(平)。藤堂上古音では「陶」と同音dog(平)という。また「陶」の別音は「遙」と同じḍiog(平)という。「陶」のカ音はd(平)またはdʰ(平)、同音多数。「遙」のカ音はdi̯oɡ(平)。「鞉」は異体字。

「鞀」も異体字。初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdʰoɡ(平)で、同音は以下の通り。

初出 声調 備考
トウ 泣く 説文解字
果樹の名 晋系戦国文字
のがれる 楚系戦国文字
ふりつづみ 楚系戦国文字
四歳の馬 不明 平/上
おそれる 説文解字
ぬすむ 甲骨文 →語釈

漢語多功能字庫

(条目無し)

(解字無し)

学研漢和大字典

会意兼形声。「鼓(たいこ)+(音符)兆(左右に開く)」。挑(左右にわける)・桃(左右に開くもも)と同系。

形声。「革(かわ)+(音符)召」。

語義

  1. {名詞}ふりつづみ。小さな太鼓で、左右に小球がひもでさげてあり、柄をもって、左右に振りわけると、それが鼓面をうち鳴らすようになっている。「鼗鼓(トウコ)」。
  1. {名詞}ふりつづみ。柄のついた小さな太鼓で、両わきに小さなたまをぶらさげ、柄を持って振り鳴らす楽器。《同義語》⇒鞉・鼗

字通

[形声]声符は兆(ちよう)。〔説文〕三下に鞀を正字とし、「鞀遼(たうれう)なり」とあり、ふりつづみをいう。鼗はその異文。鼓に旁耳あり、跳(は)ねて撃つ意であろう。

蕩(トウ・15画)

蕩 隷書
駘蕩宮壺・前漢

初出:初出は前漢中期の『定州漢墓竹簡』。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:「艹」+音符「湯」。草が水に流されて揺れ動く様。春秋末期の金文から、「湯」に「蕩」”好き放題に流れる水”→”(音が)遠くまで響く”の意がある(「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0482など)。

音:カールグレン上古音はdʰɑŋ(上/去/去)。同音に唐とそれを部品とする漢字群、堂、棠、宕”広い”など。唐の字にも”おおげさ”の意がある。

用例:『定州漢墓竹簡』論語述而篇36に「君子靼蕩」とあり、”とりとめもなく広い”と解せる。

論語時代の置換候補:部品の「湯」、または上古音で同音同訓の「宕」(去)。「宕」の初出は甲骨文

学研漢和大字典

会意兼形声。「艸+(音符)湯(ゆれうごく水)」で、大水で草木がゆれうごくこと。

語義

  1. {動詞・形容詞}広くゆきわたる。ゆらゆら広がっているさま。「蕩蕩乎、民無能名焉=蕩蕩乎として、民能く名づくること無し」〔論語・泰伯〕。「王道蕩蕩=王道蕩蕩たり」〔書経・洪範〕
  2. (トウス)(タウス){動詞}うごく。うごかす。やぶる。ゆらゆらとうごかす。ゆれうごいてこわれ崩れる。「蕩析(トウセキ)」「蕩尽(トウジン)」「斉侯、与蔡姫乗舟于囿、蕩公=斉侯、蔡姫と舟に囿に乗り、公を蕩す」〔春秋左氏伝・僖三〕
  3. (トウス)(タウス)・(トウナリ)(タウナリ){動詞・形容詞}酒色などにおぼれる。また、物事にしまりがなくでたらめであるさま。「放蕩」「好知不好学、其蔽也蕩=知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩なり」〔論語・陽貨〕
  4. (トウス)(タウス){動詞}勢いよく洗い流す。よごれやじゃまなものをきれいに除く。《同義語》⇒盪。「掃蕩(ソウトウ)」「蕩滌(トウテキ)」「蕩天下之陰事=天下の陰事を蕩す」〔礼記・昏義〕
  5. (トウス)(タウス){動詞}うごきはじめる。胎動する。「諸生蕩=諸生蕩す」〔礼記・月令〕

字通

[形声]声符は湯(とう)。〔説文〕に字を水部十一上に属し、水名とする。湯に盪揺(とうよう)の意があり、蕩滌(とうでき)の意となり、また蕩蕩として広大の意となる。字は昜(よう)の声義を承け、昜は陽光が放射しゆらぐ意。それを他に及ぼして湯・蕩のようにいう。

滕(トウ・15画)

滕 金文
吾作滕公鬲・西周早期

初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はdʰəŋ(平)。

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+(音符)朕(上に出る、あがる)」。

語義

  1. {名詞}春秋・戦国時代の国名。周の文王の子の叔墸(シュクシュウ)が、ここに封ぜられた。今の山東省滕(トウ)県。魯(ロ)の南にあった小国。
  2. {動詞}水がわきでる。《類義語》騰。

字通

[形声]声符は外字 ヨウ(よう)。外字 ヨウに騰・謄(とう)の声がある。外字は盤中のものを捧げて賸(おく)る意。〔説文〕十一上に「水、超涌するなり」とあって、水がわき上がることをいう。〔詩、小雅、十月之交〕「百川沸騰(ふつとう)す」を、〔玉篇〕に引いて「沸滕」に作る。水が盤中にゆれ動くことから、わき上がる水勢をいう字となったのであろう。

盪(トウ・17画)

盪 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:音符〔湯〕+〔皿〕。大きなたらいに入れた水のさま。

音:カールグレン上古音はdʰɑŋ(上)。

論語時代の置換候補:同音に唐とそれを部品とする漢字群、堂とそれを部品とする漢字群、昜を部品とする漢字群。ただしいずれも”ゆらす”や”うごかす”を意味し、かつ金文以前に遡り得る漢字が見つからない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「皿+(音符)湯(ゆらゆらする水)」。

語義

  1. {動詞}うごかす。うごく。ゆりうごかす。ゆれうごく。「不盪胸中則正=胸中に盪かざれば則ち正し」〔荘子・庚桑楚〕
  2. {動詞}あらう(あらふ)。どっと水をそそいであらい流す。「聊以盪意平心=聊か以て意を盪ひ心を平らかにす」〔漢書・芸文志〕
  3. 「盪盪(トウトウ)」とは、広々とした水面がゆれるさま。

字通

[形声]声符は湯(とう)。〔説文〕五上に「器を滌(あら)ふなり」という。〔論語、憲問〕に「奡(がう)(人の名)、舟を盪(うご)かす」とあり、舟をゆする意。盪とはゆするようにはげしく動かして洗うことをいう。蕩と通用することがある。

蹈(トウ・17画)

初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdʰ(去)。同音多数。

学研漢和大字典

舀(トウ)は、手(爪)で臼(ウス)の中をまんべんなくついてこねることを示す会意文字。蹈は「足+(音符)舀」で、足でとんとんとつくこと。匋(トウ)(型の中で粘土をとんとんとつきこむ)・搗(トウ)(つく)などと同系。類義語の踏(トウ)は、ぺたぺたと足ぶみをすること。践(セン)は、小きざみにふむ、小さくふみくだくこと。蹍(テン)は、足に重みをかけ、上からふみつけてのばすこと。蹂(ジュウ)は、足をひねってふむこと。「踏」に書き換えることがある。「踏・踏襲」。

語義

  1. {動詞}ふむ。臼(ウス)でつくように、まんべんなくとんとんと足ぶみする。《類義語》踏。「舞蹈(ブトウ)」「不知手之舞之足之蹈之也=手の舞ひの足の蹈むをの知らざるなり」〔礼記・楽記〕
  2. {動詞}ふむ。足でふむ。また、ふんでいく。また、ふみ行う。《類義語》踏・践(セン)。「蹈践(トウセン)」「高蹈(コウトウ)(行いすましたやり方)」「白刃可蹈也=白刃も蹈むべきなり」〔中庸〕

字通

[形声]声符は舀(よう)。舀に滔・稻(稲)(とう)の声がある。舀は臼の中のものをとり出す形。〔説文〕二下に「踐(ふ)むなり」とあり、足しげくふむことをいう。〔礼記、楽記〕に「手の舞ひ、足の蹈むを知らず」とは、欣喜して雀躍する意。また武王克殷の楽舞とされる大武の舞容は「發揚蹈厲(たうれい)」と形容され、蹈厲には反閉(へんばい)のような呪儀としての意味があった。踏(とう)・蹋(とう)と声義近く、踏・蹋もそれぞれ呪的な意味をもつ所作であった。


※踏(上古音不明)、蹋dʰɑp(入)。両者は異体字とされ、初出不明

鬭/闘(トウ・18画)

初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は不明(去)。『大漢和辞典』で音トウ訓たたかうに部品の鬥tŭɡ(去)があり、甲骨文より存在する

学研漢和大字典

会意兼形声。中の部分の字(音ジュ)は、たてる動作を示す。鬪は、それを音符とし、鬥(二人が武器を持ってたち、たたかうさま)を加えた字で、たちはだかって切りあうこと。闘は鬥を門にかえた俗字で、常用漢字に採用された。豆(トウ)(たつ)・逗(トウ)(たちどまる)・豎(ジュ)(たつ)・樹(ジュ)(たつ)などと同系。類義語の戦は、もと、なぎたおして平らにすること。争は、とりあいをすること。異字同訓にたたかう⇒戦。常用漢字表の旧字体は「鬭」。▽「たたかう」「たたかい」の意味で俗に「斗」を用いることがある。

語義

  1. {動詞}たたかう(たたかふ)。たたかわす(たたかはす)。両方がたちはだかって、切りあいや組み打ちをする。互いに対抗してあらそう。《類義語》戦・争。「決闘」「闘智=智を闘はす」「闘妙争能爾不如=妙を闘はし能を争ふ爾も如かず」〔白居易・胡旋女〕
  2. {名詞}たたかい(たたかひ)。互いに譲ろうとしないあらそい。「凡有闘怒者成之=凡そ闘怒有る者はこれを成ぐ」〔周礼・調人〕

字通

[会意]正字は鬭に作り、鬥(とう)+斲(たく)。斲は左に盾を執り、右に斤(おの)を執って戦う形。鬥は髪をふり乱して手格して争う形。鬪の初文で、卜文にはその字を用いる。合わせて戦闘の意とする。〔説文〕三下に「遇ふなり」とし、斲声とする。遭遇して相闘う意。戰(戦)は單(盾の形)と戈(か)とに従い、斲と立意の同じ字である。

能(ドウ・10画)

能 甲骨文 能 金文
甲骨文/能匋尊・西周早期

初出:「漢語多功能字庫」では初出は甲骨文。「小学堂」では西周早期の金文

字形:甲骨文の字形は「鳥」+「羊」+「皿」の左側に一画加えたもので、おそらくは栄養の付くスープにカトラリーを添えたさま。原義はおそらく”鍋料理の宴会”。”能力”の語義はおそらく、精の付くスープを飲んだ結果からだろう。

能 異体字 能 異体字
慶大蔵論語疏では「〔䏍长〕」と記す。『仏教難字字典』所収、「泰山都尉孔宙碑」(後漢)刻字近似。また「〔䏍土レ乚〕」と記す。「齊是連公妻邢夫人墓誌」(北斉)刻。また「〔䏍戋〕」と記すが未詳。

音:「ノウ」は呉音。カールグレン上古音はnəŋ(平・韻目「登」)のみ判明、同音無し。平・韻目「咍」、上声・去声は不明。

用例:春秋中期の金文「縣妃𣪕」に「我不能」の例があり、助動詞「あたう」の語義が確認できる。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、春秋末期までの語義を助動詞か人名に分類している。

漢語多功能字庫」によると、金文の段階で”親睦”を意味し、また”可能”を意味したが、初出は戦国初期、BC316ごろの「中山王鼎」。戦国時代の竹簡では、”可能”を意味するという。

備考:金文では上掲「能匋尊」の字形から、亀の姿とされたが、金文としては崩れた字形と言ってよく、それでもなお「月」”にく”の形を残している。金文の多くは「月」”にく”に食事用のナイフや匙、または「鳥」の崩した形を加えた形で示され、甲骨文同様美味しい煮込み料理の姿。部品「エン」の上部「」は、隷書の段階まで「𠙵サイ」”くち”の形を残し、食べる事に関わりがあることを示している。

能 字形

小学堂より引用

漢語多功能字庫」は甲骨文の字形をクマの象形という。だがこれがどうしてクマと確定するのか誰も教えてくれない。もちろん前後の文脈を参照して、「これはクマの字だ」と比定したのだろうが、判じ物のようでしかない。金文はまだ、「月」に「匕」二つがあることから、現行の「能」に繋がると思えるのだが。

熊 金文
「熊」□陵公戈・春秋末期

「熊」の初出は春秋末期の金文で、「能」の字形とはまるで違う。『大漢和辞典』の第一義は”~できる”。

座敷わらし おじゃる公家
「能~」は「よく~す」と訓読するのが漢文業界の座敷わらしだが、”上手に~できる”の意と誤解するので賛成しない。読めない漢文を読めるとウソをついてきた、大昔に死んだおじゃる公家の出任せに付き合うのはもうやめよう。

学研『全訳用例古語辞典』「よく」条

《副詞》

  1. 十分に。念入りに。詳しく。
    《竹取物語・御門の求婚》 「よく見てまゐるべき由(ヨシ)のたまはせつるになむ」
    《訳》
    念入りに見てまいるようにとの意向をおっしゃられたので。
  2. 巧みに。上手に。うまく。
    《宇治拾遺物語・一三・九》 「木登りよくする法師」
    《訳》
    木登りを上手にする法師。
  3. 少しの間違いもなく。そっくり。
    《万葉集・一二八》 「わが聞きし耳によく似る葦(アシ)のうれの足ひくわが背」
    《訳》
    私が聞いたうわさにそっくり似ている葦の葉先のように足の弱々しいわが夫よ。
    む甚だしく。たいそう。
    《今昔物語集・二七・四一》 「よく病みたる者の気色(ケシキ)にて」
    《訳》
    甚だしく病んでいるようすで。
  4. よくぞ。よくも。よくもまあ。▽並々でない事を成しとげたとき、また、成しとげられなかったときに、その行為の評価に用いる。
    《竹取物語・竜の頸の玉》 「よく捕らへずなりにけり」
    《訳》
    よくもつかまえなかったものだ。
  5. たびたび。ともすれば。
    《浮世床・滑稽》 「てめえ、よくすてきと言ふぜ」
    《訳》
    おまえ、たびたびすてきと言うぜ。

なお『大漢和辞典』によると三本足の亀も「能」と呼ぶらしい。これを食うと死んでしまい、姿形も残らないという(こちらを参照)。
能 三本足 亀

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、㠯(イ)(=以)は、力を出して働くことを示す。能は「肉+かめの足+〔音符〕厶(㠯の変形)」で、かめや、くまのようにねばり強い力を備えて働くことをあらわす。▽熊(ユウ)(ねばり強いくま)の字の上部と同じ。

意味〔一〕ドウ/ノウ・ノ

  1. {動詞・助動詞}あたう(あたふ)。よくする(よくす)。よく。物事をなしうる力や体力があってできる。たえうる。りっぱにたえて。しっかりと。「非不能也=能はざるに非ざるなり」〔孟子・梁上〕→語法「①②」。
  2. {名詞}事をやりうる力。はたらき。「有能」「技能」「才能」。
  3. {形容詞}やりての。仕事たっしゃな。「能弁」「能者」。
  4. {動詞}ゆるす。やんわりとたえる。柔らかに接する。「柔遠能邇=遠きを柔らげ邇きを能す」〔詩経・大雅・民労〕

意味〔二〕ダイ/ナイ

  1. {動詞}たえる(たふ)。物事をなしうるだけの力がある。また、仕事をなしうる力があって任にたえる。《同義語》⇒耐(タイ)。「鳥獣毳毛其性能寒=鳥獣の毳毛は其の性寒きに能ふ」〔漢書・蹌錯〕
  2. {名詞}ねばり強いかめ。▽平声に読む。
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①のう。能楽のこと。
    ②「能登(ノト)」の略。「能州」。

語法

  1. 「よく」とよみ、「できる」と訳す。可能の意を示す。否定形は訓読が変化するので、「2.」を参照。「臣能得狐白裘=臣よく狐白裘(こはくきう)を得ん」〈私ならその白狐の皮衣を取って来れます〉〔史記・孟嘗君〕
    ▽「能・不能」は、主観的に自身の本来的・生理的な能力・資格による判断を示す。「可・不可」は、「能・不能」より客観的に、状況・道理による判断を示す。「得・不得」は、機会・条件による判断を示す。
  2. 「不能~」は、「~(する)あたわず」とよみ、「~できない」と訳す。「能」の否定形。「徳之不脩、学之不講、聞義不能徙、不善不能改、是吾憂也=徳の脩(おさ)めざる、学の講ぜざる、義を聞きて徙(うつ)る能はざる、不善の改むる能はざる、これ吾が憂ひなり」〈道徳を修めないこと、学問を習わないこと、正義を聞きながらついてゆけないこと、善くないのに改めないこと、これが私の心配ごとである〉〔論語・述而〕
  3. 「未能」は、「いまだ~なるにあたはず」とよみ、「~におよばない」「~に到らない」と訳す。「吾斯之未能信=吾これをこれ未だ信ずること能はず」〈私はそれにまだ自信が持てません〉〔論語・公冶長〕
  4. 「能不」は、「よく~せざらんや」とよみ、「~せずにいられようか」と訳す。反問の意を示す。「涕泣灑衣裳、能不懐所歓=涕泣(ていきふ)は衣と裳(しょう)とに灑(そそ)ぐ、よく歓ぶ所を懐(おも)はざらんや」〈涙は上下の着物を濡らし、友人の君を思わずにいられようか〉〔劉通・贈五官中郎将〕

字通

[象形]水中の昆虫の形に象る。〔説文〕十上に「熊の屬なり。足は鹿に似たり。肉に從ひ、㠯(い)聲」とし、その獣は堅中にして賢能と称し、彊壮にして能傑と称するのであるという。熊・羆(ひぐま)のような獣の象形字とするものであるが、金文の字形は嬴・贏(えい)の従うところの𦝠(えい)の形と最も近く、やどかりの形に似ている。〔爾雅、釈魚〕に「鼈(べつ)は三足の能なり」、また〔玉篇〕にも「能は三足の鼈なり」とあり、水中のものとする解釈があった。周初の金文〔也𣪘(やき)〕に「多王能く福したまへり」、〔詩、大雅、民労〕に「遠きを柔らげ邇(ちか)きを能(をさ)む」のように用いる。賢能の意は、〔左伝〕など、列国期以後の文に至ってみえる。能を熊の意に用いることもあり、〔左伝、昭七年〕「今、黃熊の寢門に入るを夢む」の「黃熊」を、一本に「黃能」に作り、〔国語、晋語八〕の〔韋昭注〕に「熊は羆に似たり」という。〔楚辞、天門〕に、鯀(こん)が黄熊となって羽淵に入ったとする神話が歌われており、黄熊も水中に住むものとされている。熊は水中でも活躍することができる猛獣である。能の古音は態(たい)と近く、〔楚辞、離騒〕に佩・能を韻している。

※能の古音は態(たい)と近く:能:nəŋ(平)、態:tʰnəŋ(去)

大漢和辞典

→リンク先を参照。

納(ドウ・10画)

內 内 金文
「内」芮伯壺・西周中期

初出は西周中期の金文。ただし字形は「内」。現行書体の初出は楚系戦国文字。カールグレン上古音はnəp(入)。同音は「軜」(入)”驂馬のうちたづな”のみ。「ノウ」は呉音。「内」nwəd(去)の語釈も参照。

漢語多功能字庫

從「」,「」聲,表示進入、使進入。


「糸」の字形に属し、「內」の音。入る、入らせるを意味する。

学研漢和大字典

会意兼形声。内(ナイ)は「屋根のかたち+入」の会意文字で、納屋の中にいれこむこと。納は「糸+(音符)内(ナイ)」で、織物を貢物としておさめ、倉にいれこむことを示す。▽促音語尾のpがtに転じた場合はナッと読み、mに転じた場合はナン(ナム)と読む。トウ(タフ)は漢音ドウ(ダフ)の転じたもの⇒内。入・内(中にいれる)などと同系。類義語に⇒蔵。異字同訓におさまる・おさめる⇒収。

語義

  1. {動詞}おさめる(をさむ)。倉・役所・容器などの中にいれる。《対語》⇒出。《類義語》内・入。「出納(出しいれ、支出と収入)」「納其貢税焉=其の貢税を納む」〔孟子・万上〕
  2. {動詞}いれる(いる)。自分のほうにとりこむ。うけいれる。《類義語》入・容(いれる)・収・受。「受納」「容納」「納策=策を納る」「納婦=婦を納る」。
  3. {動詞}いれる(いる)。相手のほうにいれこむ。《類義語》入。「納質=質を納る」。
  4. 《日本語での特別な意味》おさめる(をさむ)。おさめ(をさめ)。おしまいにする。おわり。「見納め」。

字通

[形声]声符は內(内)(ないだい)。〔説文〕十三上に「絲溼(しめ)りて納納たるなり」と糸のしめるさまをいう形況の語とする。字はもと布帛の類を賦調として納入する意であろう。出納(すいとう)の字は卜文・金文ともに出入(すいとう)、また出內(すいとう)に作り、入・內がその初文。〔書、舜典〕に「汝に命じて納言(なふごん)と作(な)し、夙夜朕(わ)が言を出納せしむ」とあり、出入の意に用いる。納を用いるのは、おそらく戦国期以後のことであろう。

農(ドウ・13画)

農 金文
史農觶・西周早期

初出:初出は西周早期の金文。甲骨文までは「蓐」字で「農」を表した

字形:〔田〕+〔且〕”農具のスキ”+〔人〕。田畑を耕作するさま。

音:カールグレン上古音はn(平)。「ノウ」は呉音。

用例:西周早期には、人名の用例が見られる。西周中期「史牆盤」に「無󱩾(責)農嗇(穡)」とあり、”農耕”または”農民”と解せる。

学研漢和大字典

会意。古い字は「林+辰(かい)」の会意文字で、林をやき、貝がらで土を柔らかくすることを示す。のち「辰(かい)+頭のうみを両手でしぼるさま」で、かたい土を貝がらで掘って、ねっとりと柔らかくすること。膿(ねっとりしたうみ)・濃(ねっとり)と同系。草書体をひらがな「の」として使うこともある。

語義

  1. {動詞・名詞}田畑の土を柔らかくする。かたい土をほぐしてねっとりさせる。たがやす。また、畑仕事。《類義語》耕。「農耕」「務農(畑仕事をする)」。
  2. {名詞}畑仕事をする人。「貧農」「佃農(デンノウ)(小作農)」「吾不如老農=吾老農に如かず」〔論語・子路〕
  3. 「先農」とは、農業の開祖とされる、神農氏のこと。
  4. 《日本語での特別な意味》「農林水産省」の略。「農相」。

字通

[会意]金文の字形は田+辰(しん)。辰は蜃器。古くは蜃(しん)(はまぐり)など貝の切片を耕作の器に用いた。蓐・耨(じよく)は草切ることをいう。〔説文〕三上に「䢉は耕す人なり」(段注本)とし、字を「䢅(しん)に從ひ、囟(しん)聲」とするが、声が合わず、〔繫伝〕に凶(きよう)声とするのも声が異なる。卜文の字形は林と辰とに從い、もと草莱(草はら)を辟(ひら)くことを示すものであろう。のち林の部分が艸になり、田になり、曲はさらにその形の誤ったものである。䢉は膿(のう)・醲(じよう)系統の字で、濃密の意。もと農と関するところはない。

導(ドウ・15画)

導 金文 導 石鼓文
曾白𩃲簠・春秋早期/石鼓文 作原・春秋末期

初出:「小学堂」による初出は春秋末期の石鼓文。ただし春秋早期の金文「曾白𩃲簠」にすでに見える。

字形:「道」+「又」”て”で、道を手引きするさま。初出の金文や石鼓文では「チョク」が加わる。

音:カールグレン上古音はdh(去)。同音多数。藤堂上古音はdog(去)。「道」と同音だが、ただし「道」の声調は上声。論語語釈「道」を参照。

用例:春秋早期の「曾白𩃲簠」(集成4631)に「金導錫行」とあり、「せいどう、錫をひきいれてる」と読め、”導き入れる”と解せる。

上掲「石鼓文」作原は、石臼に転用されて解読不能とwikipediaにいう。

戦国の竹簡になると、明らかに”みちびく”と解せる例が出る。

漢語多功能字庫

從「寸」,「道」聲,本義為引導


「寸」の字形に属し、「道」の音。原義はみちびくこと。

学研漢和大字典

会意兼形声。道は「辶(足の動作)+(音符)首」の会意兼形声文字で、頭を一定の方向に向けて進むこと。また、その道。導は「寸(て)+(音符)道」で、道の動詞としての意味を示す。

語義

  1. {動詞}みちびく。一定の方向に引っぱっていく。案内する。また、手引きして教える。▽古くは道で代用した。訓の「みちびく」は「みち(道)+引く」から。「先導」「君使人導之出疆=君は人をしてこれを導きて疆を出ださしむ」〔孟子・離下〕

字通

[形声]声符は道(どう)。金文に道を首と寸、首を手にもつ形に作り、その字が導の初文であった。〔説文〕三下に「引くなり」(段注本)とあり、導引の意とするが、導引は道家の養生術である。馬王堆出土の帛書にその図がある。古くは除道のために異族の首を携えることがあり、そのように除道することが導、すでに除道を終えたところを道という。外域に通ずる道路は特に邪霊の往来するところであるから、針(余)を地に刺して除道し、その道を途といい、外境のところには梟首(きようしゆ)(首祭)して祓い、これを邊(辺)といった。卜辞に、羌(きよう)人に先導を命ずる例が多く、生人をも用いた。

獨/独(トク・9画)

独 秦系戦国文字 蜀 金文
睡虎地簡11.25/「蜀」班簋・西周早期

初出:初出は秦系戦国文字。「小学堂」による初出は秦系戦国文字。春秋早期の金文(「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1466-1474)に「トク」t(入)”新しい衣の衣擦れの音”を「獨」と釈文した例があるが、まるで字形が違うので初出とは見なしがたい。

字形:けものへん+”目を見開いた人”+”虫”または”へび”。字形の意味するところは不明。

音:カールグレン上古音はdʰuk(入)。「ドク」は呉音。同音に蜀を部品とする漢字群、賣を部品とする漢字群多数。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論04に「心之不可獨行,猶口不可獨言也。」とあり、”一人で”・”孤立して”と解せる。

論語子罕篇13の定州竹簡論語では同音「櫝」「匵」”はこ”の意に用いたが、漢儒による言葉遊びで、戦国時代までに”はこ”を意味した用例は無い。

論語時代の置換候補:部品の蜀に”ひほつ・ひとり”・”山の孤立するもの”との語釈を大漢和辞典が載せる。蜀ȡi̯uk(入)の初出は甲骨文。ただし「漢語多功能字庫」蜀条によると、”ひとり”の用法は戦国の竹簡まで時代が下る。

学研漢和大字典

会意兼形声。蜀(ショク)は、目が大きくて、桑の葉にくっついて離れない虫を描いた象形文字。ひつじは群れをなし、犬は一匹で持ち場を守る。獨は「犬+(音符)蜀」で、犬や桑虫のように、一定の所にくっついて動かず、他に迎合しないこと。觸(=触。くっつく)・屬(ゾク)・(ショク)(=属。くっついて離れない)などと同系。類義語に寡。

語義

  1. {形容詞・名詞}ひとり。他は動き離れても、それだけがあくまでしがみついて動かないさま。また、ひとりでその状態を守るさま。ひとり者。《対語》⇒双(ふたつ)・衆・群。《類義語》孤・寡。「孤独」「老而無子曰独=老いて子無きを独と曰ふ」〔孟子・梁下〕
  2. {副詞}ひとり。「独行」「独断専行」→語法「①」。
  3. 《日本語での特別な意味》「独逸(ドイツ)」の略。「独文」。

語法

①「ひとり~(のみ)」とよみ、「ひとりだけ~」「ただ~だけ」と訳す。限定の意を示す。《類義語》特・唯。「挙世皆濁、我独清、衆人皆酔、我独醒=世を挙げて皆濁り、我独り清めり、衆人皆酔ひ、我独り醒めたり」〈世の中は全て濁っているが、私ひとりだけが清廉、多くの人は酔っぱらっているが、私ひとりだけがさめている〉〔楚辞・漁父〕

②「独~乎(哉)」は、「ひとり~や」とよみ、「どうして~か(いや~でない)」「まさか~ではあるまい」と訳す。反語の意を示す。「相如雖駑、独畏廉将軍哉=相如駑なりと雖(いへど)も、独り廉将軍を畏(おそ)れんや」〈わしはたしかに愚鈍ではあるが、どうして廉将軍など恐れることがあろうか〉〔史記・廉頗藺相如〕

③「非独~」「不独~」は、「ひとり~(のみに)あらず」「ひとり~(のみ)ならず」とよみ、「ただ~だけでない」と訳す。「非独賢者有是心也、人皆有之=独り賢者のみこの心有るに非(あら)ざるなり、人皆これ有り」〈この心は賢者だけが持っているわけではない。人は誰でも持っているのだ〉〔孟子・告上〕▽後節に「而亦=しかるにまた」と続けて、「ただ~だけでなく、そのうえまた…でもある」と訳し、累加の意を示す。

字通

[形声]声符は蜀(しよく)。蜀に韣(とく)の声がある。〔説文〕十上に「犬相ひ得て鬥(たたか)ふなり」(段注本)とし、「羊を群と爲し、犬を獨と爲す」とするが、犬も群集を性とするものである。蜀は牡獣の象形。虫の部分は性器。牝獣を尾といい、尾と蜀と相連なることを屬(属)という。牡器を縊取(いしゆ)して去勢するを蠲(けん)、豛(たく)して去勢することを斀(たく)という。これらの字形を以ていえば、獨とは牡獣。牡獣は群を離れていることが多い。〔孟子、梁恵王下〕に「老いて子無きを獨と曰ふ」とあり、また人の孤独の意に用いる。

※韣:弓袋。

得(トク・11画)

得 甲骨文 得 金文
甲骨文/曶鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文に、すでに「彳」”みち”が加わった字形があるが、語義は変わらない。字形は「貝」”タカラガイ”+「又」”手”で、原義は宝物を得ること。「漢語多功能字庫」もそう言う。

音:カールグレン上古音はtək(入)。

用例:『甲骨文合集』520.2に「戊辰卜貞弗其得羌」とあり、”える”・”捕らえる”の語義が確認できる。

『甲骨文合集』4719.2に「貞惟得令」とあり、その字形には「彳」が加わっているが、「貞う、はかりてみつげを得んか」”神意を問うて神託を得るだろうか”と読め、同様に”える”・”捕らえる”の語義が確認できる。

学研漢和大字典

会意兼形声。㝵(トク)は「貝(かい)+寸(て)」の会意文字で、手で貝(財貨)を拾得したさま。得は、さらに彳(いく)を加えたもので、いって物を手に入れることを示す。横にそれず、まっすぐずぼしに当たる意を含む。直(チョク)(まっすぐ)・徳(まっすぐな心)と同系。類義語の能は、能力があってできる、その負担にたえられること。可は、さしつかえない事情がそれを許す場合などに用いる。異字同訓に得る「勝利を得る。許可を得る。得物を振り回す」 獲る「獲物をねらう」。

語義

  1. {動詞}える(う)。手に入れる。自分のものにする。《対語》⇒失。「獲得」「納得」「得罪於君=罪を君に得たり」〔韓非子・説難〕。「不得魚=魚を得ず」〔孟子・梁上〕
  2. {動詞}える(う)。うまくあたる。つぼにはまる。《対語》⇒失(はずれる)。「得意=意を得」「不思而得=思はずして得」〔中庸〕
  3. {動詞・名詞}もうける。もうけ。《対語》⇒失・損。「損得」「得失」。
  4. {助動詞}える(う)。→語法「①②」。
  5. 「安得(イズクンゾエン)」とは、なんとかしてそうありたいものだという願いをあらわすことば。「安得猛士兮守四方=いづにか猛士を得て四方を守らん」〔漢高祖・大風歌〕
  6. {助動詞}《俗語》事情に迫られてそうしなければならない。せざるをえない。▽d-iと読む。「得去(テイチュイ)(行かねばならない)」。
  7. {助辞}《俗語》動詞や形容詞について、状態や程度をあらわすことば。▽deと読む。「画得好(ホワトハオ)(書き方がうまい)」。

語法

  1. 「~するをう」とよみ、「~できる」と訳す。可能の意を示す。「張儀遂得以見秦恵王=張儀遂(つひ)にもって秦の恵王に見ゆるを得たり」〈かくして張儀は、秦の恵王に目通りがかなった〉〔史記・張儀〕
    ▽漢詩などでは、動詞の後につけ、「~しうる」とよみ、「~しうる」「~できる」と訳す。「繋得王孫帰意切=王孫の帰意の切なるを繋(つな)ぎ得る」〈(楊柳は)帰郷の思いにかられる貴公子をつなぎとめて、この地を去らせない〉〔温庭勣・楊柳枝〕
    ▽「得・不得」は、機会・条件による判断を示す。「能・不能」は、主観的に自身の本来的・生理的な能力・資格による判断を示す。「可・不可」は、「能・不能」より客観的に、状況・道理による判断を示す。
  2. 「得而~」は、「えて~す」とよみ、「~することができる」と訳す。
    ▽「得~=~する(こと)をう」と同じ。「得」と「~」の間に「而」が入ると、よみ方がかわる。「漁者得而并擒之=漁者得てこれを并(あわ)せ擒(とら)へたり」〈漁師は二つあわせて捕らえることができた〉〔戦国策・燕〕

②「不得~」は、「~するをえず」とよみ、「できない」と訳す。「得」の否定形。「群臣侍殿上者、不得持尺寸之兵=群臣の殿上に侍する者、尺寸の兵を持つことを得ず」〈宮殿の上に侍する臣は、どんな小さな武器でも持つことを許されない〉〔史記・刺客〕

▽漢詩などでは、「~不得」と、語順が逆になり、「~しえず」「~すれどもえず」とよみ、「どうしても~できない」「~しようにもできない」と訳す。「宮使駆将惜不得=宮使駆り将きて惜しめども得ず」〈宮中の使者が駆りたてるのがくやしいが、どうしようもない〉〔白居易・売炭翁〕

字通

[会意]彳(てき)+貝+又(ゆう)。彳は行路。又は手。他に赴いて貝貨(財産)を取得することをいう。卜文の字形は貝をもつ形。〔説文〕二下に「行きて得る所有るなり」とみえる。金文に「之れを得たり」というのは獲得の意。〔左伝、定七年〕「凡そ器用を獲るを得と曰ふ」とあり、本来財貨を収奪し、獲得することをいう。また贖(とく)と通用し、古くはその義があった。

※「贖」のカールグレン上古は声母無しのi̯uk(入)であり、「得」tək(入)と「通用し」という説には疑問を覚える。白川は上古音についての知識が不十分で、簡単に受け入れられない。語義は下掲『大漢和辞典』参照。

贖 大漢和辞典

督(トク・13画)

督 甲骨文
(殷代甲骨文:合30599)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はt(入)。

”みる”類義語の一覧については、論語語釈「見」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。叔は「尗(棒に巻きついたつる)+又(手)」の会意文字で、心棒を中心にして締まる、散在した物をとりまとめるの意を含む。菽(シュク)(つる豆)の原字。督は「目+(音符)叔」で、みはって引き締めること。淑(引き締まる)と同系。統率の統(引き締めてまとめる)は督の語尾がŋに転じたことば。

語義

  1. {動詞}みる。みはって悪いことをしないように引き締める。ただす。「監督」「督察」。
  2. (トクス){動詞}部下をとり締まって率いる。すべる。《類義語》統。
  3. {名詞}軍を率いる指揮官。「提督」。
  4. {名詞}中心になるもの。「督脈」。
  5. 《日本語での特別な意味》かみ。四等官で、衛門府・兵衛府の第一位。

字通

[形声]声符は叔(しゆく)。叔に俶(てき)・惄(でき)の声があり、督はその転音。〔説文〕四上に「察するなり」と督察の意とし、また「一に曰く、目痛きなり」とするが、痛は病の誤りであろう。〔爾雅、釈詁〕に「正すなり」、〔方言、六〕に「理(をさ)むるなり」、〔広雅、釈言〕に「促すなり」などの訓がある。叔は尗(しゆく)(戚(まさかり)の頭の部分)を持つ意で、指揮監督を加える意。督察の意を以て目を加える。尗(戚)はおそらく儀器。王は大鉞、士は小鉞の刃部の形、父は斧鉞(ふえつ)の斧、みな儀器として督察の意をもつものである。

德/徳(トク・14画)

徳 甲骨文 徳 金文
甲骨文/毛公鼎・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は、〔行〕”みち”+〔コン〕”進む”+〔目〕であり、見張りながら道を進むさま。

慶大蔵論語疏は新字体と同じく「徳」と記す。〔罒〕と〔心〕の間の〔一〕を欠く。「国学大師」によると『敦煌俗字譜』に所収という。

音:カールグレン上古音はtək(入)。

用例:西周早期の『殷周金文集成』02405「德鼎」には「王易(賜)德貝{廿朋}」とある。王が「徳貝」を二十綴りくれたという。「徳」は”価値ある”の意であり、貝に道徳などありはしない。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、全ての用例を人名または祈福語(幸せを祈る言葉)に分類している。

漢語多功能字庫」は、「真っ直ぐな道を進むスバラシイ人のさま」とメルヘンなことを書いているので、この字の語釈に限っては信用できない。

甲骨文で「陟」と記して”進む”の用例があり、金文になると”道徳”と解せなくもない用例が出るが、その解釈には根拠が無い。前後の漢帝国時代の漢語もそれを反映して、サンスクリット語puṇyaを「功徳」”行動によって得られる利益”と訳した。

孔子の生前では、”道徳”を意味しない。人や生物や物体が持つ”有用な機能”をいう。政治力や現世的利益「得」をも意味する。詳細は論語における「徳」を参照。

「徳」を”道徳”と言い出したのは、孔子没後一世紀に現れた孟子。論語学而篇9の付記を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。その原字は悳(トク)と書き「心+(音符)直」の会意兼形声文字で、もと、本性のままのすなおな心の意。徳はのち、それに彳印を加えて、すなおな本性(良心)に基づく行いを示したもの。直(まっすぐ)と同系。旧字「鑷」は人名漢字として使える。

語義

  1. {名詞}本性。うまれつきの人がら。「全徳=徳を全うす」「君子之徳風、小人之徳草=君子之徳は風なり、小人之徳は草なり」〔論語・顔淵〕
  2. {名詞}ものに備わった本性。▽五行説では、秦(シン)は水徳、漢は火徳などといい、また、春の徳は木、夏の徳は火、秋の徳は金、冬の徳は水、中央の徳は土という。
  3. {名詞}道徳。「失徳=徳を失ふ」。
  4. {名詞}本性の良心をみがきあげたすぐれた人格。「有徳之人」「為政以徳=政を為すに徳を以てす」〔論語・為政〕
  5. {名詞}恩恵。《類義語》恵。「記徳=徳を記す」「何以報徳=何を以てか徳に報いん」〔論語・憲問〕。「負戴之徳、何可忘哉=負戴の徳、何ぞ忘るべけん哉」〔捜神記〕
  6. (トクス){動詞}恩恵を与える。《類義語》得。「吾為若徳=吾若の為に徳せん」〔史記・項羽〕
  7. (トクトス){動詞}恩を感じる。ありがたく思う。「然則徳我乎=然らば則ち我を徳とするか」〔春秋左氏伝・成三〕
  8. {形容詞}恵みがこもった。ありがたい。「徳政」。
  9. {名詞}利益。もうけ。▽得に当てた用法。「徳用」。
  10. 《俗語》「徳国(トオクオ)」とは、ドイツのこと。

字通

[会意]彳(てき)+省+心。篆文の字形は悳に従い、悳(とく)声。金文の徳はもと心に従わず、のちに心を加える。〔説文〕二下に「升(のぼ)るなり」とあり、陟升の意とする。〔易、剝〕(釋文、董遇本)に「君子、車に徳(のぼ)る」、〔礼記、曲礼上〕「車に徳り、旌(はた)を結ぶ」などの例によるものであろうが、字の本義ではない。〔広雅、釈詁三〕に「得なり」とするのも同音の訓。字は省の初文と近く、省は目に呪飾を加えて省道巡察を行う。彳は諸地を巡行する意。その威力を心的なものとして心を加え、徳という。のち徳性の意となる。

讀/読(トク・14画)

読 隷書
孫臏340・前漢

初出:初出は戦国最末期の秦系戦国文字。ただし字形が未公開。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:「言」”ことば”+音符「賣」。

音:カールグレン上古音はdʰuk(入)。同音は「賣」・「蜀」とそれらを部品とする漢字群多数。「ドク」は呉音。

用例:戦国最末期「雲夢龍崗秦簡」66に「令吏徒讀,徼行」とあり、”読む”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で”よむ”の語釈があるのは「讀」・「訓」(初出は西周早期の金文・カ音xi̯wən去)、詁(初出は燕の戦国文字・カ音ka上)、籀(初出は後漢の説文解字・カ音dǐu去)で、いずれも音が通じない。

学研漢和大字典

会意兼形声。讀の右側の字(音イク・トク)は、途中でしばしばとまる音を含む。讀はそれを音符とし、言を加えた字で、しばし息をとめて区切ること。逗(トウ)(とまる)・駐・必(トク)(一区ずつ水をとめて流すみぞ)・黷(トク)(とまったあか)・啄(タク)(一動作ずつとめてつつく)などと同系。異字同訓に
よむ 読む「本を読む。字を読む。人の心を読む。秒読み」 詠む「和歌を詠む。一首詠む」。付表では、「読経」を「どきょう」と読む。

語義

ドク
  1. {{動詞}よむ。一語一句ごとに、短い休止を入れつつ文章をよむ。「熟読(ジュクドク)」「読其書=其の書を読む」〔孟子・万下〕
トウ
  1. {動詞}とまる。一時とまる。また、区切って短いポーズを入れる。《同義語》⇒逗。
  2. {名詞}べた書きの文章の区切れに段落印をつけるのを句といい、より短いことばの切れめをあらわすしるしとして丶印をつけることを読(トウ)という。「句読点」「主人習其読而問其伝=主人其の読を習ひて其の伝を問ふ」〔春秋公羊伝・定元〕
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①よむ。推察して見抜く。「心を読む」。
    ②よみ。洞察(ドウサツ)力。また、漢字のよみ方。
    ③文章の区切りにつける「丶」。▽「。」は句点という。「句読点」。

字通

[形声]声符は賣(しよく)。賣に瀆・牘(とく)の声がある。〔説文〕三上に「書を誦するなり」、また籀(ちゆう)字条五上に「書を讀むなり」とあり、声義が近い。〔史籀篇〕の「大史籀書」とは、王国維の説に、「大史、書を籀(よ)む」の意であるという。〔穀梁伝、僖九年〕に「書を讀みて牲の上に加ふ」とあり、祝詞や盟誓の文をよみあげることをいう。金文の冊命形式の文は、王が史官にその冊命をよませるのが例で、〔免𣪘(めんき)〕に「王、作册尹(さくさくゐん)に書を受(さづ)け、免に册命(さくめい)せしむ」とみえる。それが「大史、書を籀む」であった。

※賣は西周中期の金文から有るが、カ音はtʃe(去)、讀は上掲の通りdʰuk(入)、そして籀はdǐu(去)。白川博士の「声が近い」は信用しない方がいい。

慝(トク・14画)

慝 隷書 匿 金文
耿勳碑/「匿」大盂鼎・西周早期

初出:初出は後漢の隷書

字形:「ジョク」”かくす”+「心」。心に隠したよこしまな心。

音:カールグレン上古音はtʰnək(入)。同音無し。

用例:文献上の初出は論語顔淵篇21。戦国初期の『墨子』、中期の『孟子』『荘子』にも用例がある。

論語時代の置換候補:部品の「匿」ni̯ək(入)初出は殷代末期の金文。西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「闢厥匿」とあり、「匿」は「慝」と釈文されている。

学研漢和大字典

会意兼形声。匿(トク)は「匸+若」の会意文字。柔らかい桑の葉(若)を匸印の囲いの中に隠すことをあらわす。慝は「心+(音符)匿」で、隠しだてをする心。

語義

  1. {名詞}隠しだて。内密の悪事。また、人に知られずに悪事をなす心。「邪慝(ジャトク)」「民乃作慝=民乃ち慝を作す」〔孟子・梁下〕
  2. {名詞}心中に隠して出さない恨み。「修慝(シュウトク)(恨みの気持ちを改める)」。

字通

(条目無し)

新漢語林

形声。心+匿。音符の匿(トク)は、かくれるの意味。かくれた悪事の意味を表す。

篤(トク・16画)

篤 秦系戦国文字
睡虎地簡29.29・秦

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「竹」+「馬」。字形の由来は明瞭でない。

音:カールグレン上古音は子音のt(入)のみ。藤堂上古音はtok。

用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」秦律雜鈔29に「膚吏乘馬篤、𦍧(胔),及不會膚期,貲各一盾。」とあり、よく分からない文だが、”馬の世話役が、馬を過度に乗り回して、痩せさせてしまい、二度と肥え太ることが無かったら、盾一枚に乗る穀物を罰として取り立てる”の意だろうか。”過度に…する”と解せる。

論語時代の置換候補:日本語音と藤堂上古音で音通する(tok)督は、甲骨文から存在し、”しらべる・かんがえる・ただす”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。ただし”過度に…する”の意ではない。

また異体字の「竺」は、いわゆる「天竺」の「ジク」だが、春秋末期とも推定される晋系戦国文字から見られ、論語の時代に存在した可能性がある。

竺 晋系戦国文字
「竺」侯馬・春秋末期或戦国早期

学研漢和大字典

会意兼形声。竹は、周囲を欠けめなくとりまいたたけ。篤は「馬+(音符)竹」。全身に欠けめのない馬のことをいい、ゆきとどいた意となる。竺(ジク)(ゆきわたった欠けめのない竹)と同系。類義語に厚。

語義

  1. {形容詞}あつい(あつし)。かけめなくゆきわたっている。人情がゆきとどいて手あつい。きまじめ。また、一つの事がらにうちこむさま。もっぱら。「篤実」「懇篤(ていねいでゆきとどいた)」「君子篤於親、則民興於仁=君子親に篤ければ、則ち民仁に興る」〔論語・泰伯〕
  2. {形容詞}あつい(あつし)。病気がいくところまでいったさま。病気が重い。「危篤」。

字通

[会意]竹+馬。竹は竺(じく)の省文。〔爾雅、釈詁〕に篤・竺をならべ挙げて、「厚きなり」と訓している。竺は毒として棄てる意。篤とは重篤、馬が困弊して、用をなさぬ状態をいう。〔説文〕十上に「馬行きて頓(つまづ)き、遲きなり」とあり、また〔爾雅、釈詁〕に「固(かた)きなり」というのは堅篤の意。古くから篤厚の意に用い、〔書、洛誥〕「前人の威烈を篤くす」、〔詩、大雅、公劉〕「篤いかな公劉」、〔礼記、儒行〕「篤行して倦まず」などは、みなその義。これらの用義はおそらく毒と通用するもので、毒にも篤厚の意がある。毒は妻たる婦人が廟祭につかえるために、髪に多く飾りを加える形。その繁縟のさまを毒という。

匵(トク・17画)

匵 篆書
篆書・説文解字(後漢)

初出:後漢の『説文解字』

字形:〔匚〕”はこ”+〔賣〕”宝物を仕舞う”。

音:カールグレン上古音は不明。事実上の異体字「櫝」はdʰuk(入)。論語語釈「櫝」を参照。

用例:現伝の論語子罕篇13、現伝の前漢『新語』術事篇に「韞匵」として見える。

論語時代の置換候補:部品の「賈」。初出は甲骨文。論語語釈「賈」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。稽(イク)は、物を抜き出す意を含む。寛は「匚(わく)+(音符)稽」で、引き出しを抜き出して、中の物を取り出す構造のはこ。瀆(トク)(水を抜きとるみぞ)・贖(ショク)(みのしろ金を払って身がらを請け出す)と同系。

語義

{名詞}はこ。引き出しつきのはこ。《同義語》⇒櫝。「韞匵而蔵諸=韞に匵して諸を蔵せんか」〔論語・子罕〕

字通

(条目なし)

瀆(トク・18画)

瀆 金文
璽彙2594・戦国晋

初出は戦国中期の竹簡。「小学堂」では戦国時代の金文

字形:〔氵〕+音符〔賣〕。

音:カールグレン上古音はdʰuk(入)。同音は「賣」(売)を部品とした漢字群多数。

用例:戦国の竹簡の用例は、欠損が多く”みぞ”らしいと言えるに止まる。

論語時代の置換候補:上古音で同音同義は見当たらない。部品の「賣」に”ひろめる・あざむく・うらぎる”の語釈はあるが、”みぞ”は『大漢和辞典』にない。日本語音で同音同訓に「竇」(初出睡虎地秦簡)、「𨽍」(初出説文解字)。

余談ながら「讀賣新聞」とは、”読者をあざむく言葉を広める新聞”という意を含んでいるのだろうか?

学研漢和大字典

会意兼形声。賣(イク)は「貝(財貨)+睦(ボク)(目をよせ合う)の略体」からなり、衆目をごまかして財物をぬきとること。必は「水+(音符)賣」で、水をぬきとる通水溝。贖(ショク)(金品を払って人質をぬき出す)と同系。また洞duŋ(水のぬけ通る穴)は必dukの語尾kがŋに転じたことば。

語義

  1. {名詞}みぞ。穴があいて、水をぬき出すみぞ。通水路。《類義語》溝(コウ)。「溝瀆(コウトク)(みぞ。また人家のないさびしい所のたとえ)」「自経於溝瀆=溝必に自経す」〔論語・憲問〕
  2. {動詞}けがす。けがれる(けがる)。どぶの水をかけるように、きたなくけがす。また、けがれる。「干瀆(カントク)(相手にめいわくをかける)」「瀆職(トクショク)(汚職)」「褻瀆(セットク)(礼にかなわないきたないやり方)」。
  3. 「四瀆(シトク)」とは長江・黄河・淮水(ワイスイ)・済水の四つの川のこと。中国を貫通する四つの大きな水路である。

字通

[形声]声符は賣(しよく)。賣に櫝(とく)・竇(とう)の声があり、細長い形のものをいうことが多い。〔説文〕十一上に「溝なり」、また溝字条に「水瀆なり」とあって互訓。大川をもいい、江・河・淮・済を合わせて四瀆という。濁・黷(とく)とも通用の義がある。

櫝(トク・19画)

櫝 楚系戦国文字 櫝 秦系戦国文字
曽侯乙楚墓153・戦国早期/睡虎地秦墓竹簡17.140・戦国秦

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「木」+「士」+「罒」+「貝」。「貝」はタカラガイ、「罒」は網で、財宝となるタカラガイをすなどるさま。「士」はそれに蓋をしてしまっておくさま。「木」は財宝をしまっておくための容器が木箱であることを示す。

音:カールグレン上古音はdʰuk(入)。同音に「獨」(独)、「賣」を部品とする多数の漢字群。

用例:戦国早期の「曽侯乙楚墓」153に「櫝騏為右驂」とあるが、語義が分からない。”箱”ではもちろん通じない。

戦国最末期「睡虎地秦簡」には「枸櫝欙杕」の語が複数見られるが、何を意味しているか分からない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』による同音同訓は二つあり、異体字の「匵」(カ音不明)の初出は後漢の説文解字、「樚」の初出は不明。上古音の同訓に語義を共有するものはない。部品の「賈」の原義は”しまう”で、カ音はko(上)またはkɔ(去)と遠いが甲骨文より存在し、論語時代の置換候補になる。論語語釈「賈」を参照。

備考:論語子罕篇13の定州竹簡論語に「櫝」を「獨」(独)と記すが、漢儒の幼稚な自己承認欲求から来た押し付け空耳アワーで、コジツケといってよい。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、右上(音イク)は、必要な物を抜きとることをあらわす会意文字。賣(イク)・(トク)は「貝(財貨)+(音符)イク」の会意兼形声文字。櫝は「木+(音符)賣」で引き出しつきの箱。

語義

  1. {名詞}ひつ。引き出しつきの小箱。「玉櫝(ギョクトク)」「亀玉、毀於櫝中=亀玉、櫝の中に毀る」〔論語・季氏〕
  2. {名詞}ひつぎ。死体を入れる棺。《類義語》柩(キュウ)。
  3. {動詞}引き出しや箱にしまいこむ。

字通

[形声]声符は賣(しよく)。賣に瀆・犢(とく)の声がある。〔説文〕六上に「匱(はこ)なり」とあり、木びつをいう。〔広雅、釈器〕に「棺なり」とあり、小棺。〔説文〕にまた「一に曰く、木名。又曰く、大梡なり」とあり、「大梡」は〔段注〕に「木枕」の誤りであるという。櫝櫨(とくろ)は、ろくろをいう。

突/突(トツ・8画)

突 甲骨文
(甲骨文)

初出は甲骨文。金文は未発掘。カールグレン上古音はtʰwətまたはdʰwət(入)。同音は下記の通り。

tʰwət
初出 声調 備考
𠫓 トツ 常理に反して不意に出る 甲骨文
にはか 甲骨文
dʰwət
初出 声調 備考
トツ 肥える 説文解字

漢語多功能字庫

從「」從「」,會犬從穴中突然竄出之意,表示突然、忽然。


「穴」と「犬」の字形に属し、犬が穴から突然飛び出すのを意味しうる。突然、急に、を意味する。

学研漢和大字典

会意。「穴(あな)+犬」で、穴の中から急に犬がとび出すさまを示す。凸(トツ)・出(シュツ)(つき出る)と同系。類義語に衝。旧字「突」は人名漢字として使える。▽「先の鋭い物で刺す」の意味の「つく」「つき」は「衝く」「衝き」とも書く。

語義

  1. {動詞・形容詞}つく。つき出る。平面から急につき出す。急につき出てぶつかる。またそのさま。《同義語》⇒凸(トツ)。「突出」「衝突」「突兀(トツコツ)」。
  2. {形容詞}ぽんとつき出ているさま。だしぬけである。「唐突(だしぬけ)」「突然」「突如其来如=突如として其れ来如たり」〔易経・離〕
  3. {名詞}つき出たもの。「煙突(エントツ)」「曲突(キョクトツ)(曲がった煙突)」。
  4. 《日本語での特別な意味》つき。相撲や剣道で、相手をつくわざ。

字通

[会意]旧字は突に作り、穴+犬。穴は竈穴(かまど)、犬は犬牲。犬の形はもと犮(ふつ)に作り、祓う意。〔左伝、荘六年〕「王人子𥥛(しとつ)、衞を救ふ」とあり、この𥥛が字の初形である。〔説文〕七下に「犬、穴中より暫(には)かに出づるなり。犬の穴中に在るに從ふ」とし、また「一に曰く、滑(なめ)らかなり」という。〔繫伝〕に「犬、穴中に匿(かく)れ、人を伺ひ、人之れを意(おも)はざるに、突然に出づるなり」とその意を説くが、俗説である。穴は竈の穴。そこは炊爨(すいさん)の聖所であるから、犬牲を以て祀り、それで竈突(そうとつ)という。突は煙抜きの部分。それより突出・忽突の意となる。

訥(トツ・11画)

訥 篆書 訥 吶 甲骨文
「訥」説文解字篆書/正字「」甲骨文

初出:初出は後漢の『説文解字』

字形:「言」+「トツ」で、「㕯」は「吶」の異体字、”どもる・声が出ない”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。

音:カールグレン上古音はnwət(入)で、同音は存在しない。藤堂上古音はnuəp。

用例:論語を除く文献状の初出は、『老子道徳経』45に「大辯若訥」とあり、「大弁訥なるが若し」と読める。また『列子』仲尼4に「賜能辯而不能訥」とあり、「賜よく弁じて訥たるあたわず」と読める。

論語時代の置換候補:部品の「㕯」(吶)(カ音不明)は、甲骨文から存在する。字形は「内」”向かい合わせの大ガマ一組”「吶」+「𠙵」”くち”で、発言を止められたさま。原義は”沈黙”。「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。周法高上古音はnjiwatで、同じく訥はnwət。

備考:「漢語多功能字庫」訥条には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「言+(音符)内(ダイ)(中にこもる)」。

語義

(トツナリ){形容詞・動詞}話し方がなめらかでない。どもりである。口ごもる。にぶい。《同義語》⇒吶。「訥口(トッコウ)」「君子欲訥於言、而敏於行=君子は言に訥にして、行に敏ならんことを欲す」〔論語・里仁〕

字通

[形声]声符は内(ない)。吶の正字は (とつ)に作り、会意。訥の従う は の省形。〔説文〕三上に「言ふこと難きなり」とし、字を会意とする。吶・咄(とつ)などみな擬声語で、訥も同じ。〔論語、子路〕「剛毅木訥(ぼくとつ)」、また〔論語、里仁〕に、「君子は言に訥」など、訥を美徳とする考えかたがあった。

豚(トン・11画)

豚 金文
士上盉・西周早期

初出は甲骨文。ただし字形は〔豕〕。現行字体の初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はdʰwən(平)。

学研漢和大字典

会意。「肉+豕」。屯(トン)(ずっしりと中にこもる)・鈍(ずっしりと重い)などと同系。類義語に豕。

語義

  1. {名詞}ぶた。家畜の一種。ずしりとして重いぶた。
  2. 「河豚(カトン)」とは、ふぐのこと。▽ずんぐりとした形がぶたに似ていることから。

字通

[会意]肉+豕(し)。豕は豚の象形。〔説文〕九下に「小さき豕なり。彖(たん)の省に從ふ。象形」とし、また「又(いう)(手)の肉を持ちて、以て祠祀に給するに從ふ」と重文の字形を以て説く。卜文・金文の字形は、豕の腹部に肉形をそえており、おそらく胎孕(たいよう)のあることを示すものであろう。〔国語、楚語〕に「士に豚犬の奠(てん)有り」とみえ、犠牲の最も軽いものである。〔礼記、曲礼下〕に「豕には剛鬣(がうれふ)と曰ひ、豚には腯肥(とつひ)と曰ふ」とあり、腯肥とはよく肥えたものをいう。彘(てい)の卜文の字形は、その体に矢の貫く形で、もと野猪をいう字であろう。

論語語釈
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