論語語釈「シ」

士(シ・3画)

初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はdʐʰi̯əɡ。春秋時代の身分秩序も参照。

学研漢和大字典

象形。男の陰茎の突きたったさまを描いたもので、牡(おす)の字の右側にも含まれる。成人して自立するおとこ。事(旗をたてる、たつ)と同系。また、仕(シ)・(ジ)(身分の高い人のそばにたつおとこ→つかえる)とも同系。

語義

  1. {名詞}おとこ(をとこ)。青年のおとこ。ひとりだちする成人したおとこ。《対語》⇒女。「士女(若い男女)」「士与女、方秉拂兮=士と女と、方し拂を秉る」〔詩経・鄭風・溌粘〕
  2. {名詞}中堅の役人層。▽周代の支配層には、天子の直轄地は、卿・大夫・士の禄位があり、長官や将軍を卿と称した。諸侯は、大夫・士の二層で、上大夫を卿と称した。士は上士・中士・下士にわかれた。「執鞭之士(シツベンノシ)」〔論語・述而〕
  3. {名詞}春秋・戦国時代以後に生じた知識人。のち広く、学問や知識によって身をたてる人のこと。「士不可以不弘毅=士はもって弘毅(こうき)ならざる可からず」〔論語・泰伯〕
  4. {名詞}身分で、士・農・工・商の四階層の最上の層、官僚の母体となる知識人の層。「無論大家小家、士農工商=大家小家、士農工商を論ずる無し」〔曾国藩・家訓〕
  5. {名詞}「士師(昔の司法官)」の略。
  6. {名詞}りっぱな男子。「人士」「壮士」。
  7. {名詞}兵隊。近代は特に、士官のこと。「兵士」「士兵」。
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①さむらい(さむらひ)。武士のこと。
    ②一定の職業、または資格のある人。「弁護士」「代議士」。
    ③自衛隊で、最下級。「陸士」「一士」。

字通

[象形]鉞(まさかり)の刃部を下にしておく形。その大なるものは王。王・士ともにその身分を示す儀器。〔説文〕一上に「事(じ)なり」と畳韻を以て解し、「數は一に始まり、十に終わる。一と十とに從ふ。孔子曰く、十を推して一に合するを士と爲す」と孔子説を引くが、当時の俗説であろう。士は戦士階級。卿は廷礼の執行者。大夫は農夫の管理者。この三者が古代の治者階級を構成した。

大漢和辞典

士 大漢和辞典

子(シ・3画)

論語 子 甲骨文 論語 子 金文
(甲骨文・金文)

学研漢和大字典

論語 子 解字

象形文字で、Aは小さい子どもを描いたもの。Bは子どもの頭髪がどんどん伸びるさまを示し、おもに十二支の子(シ)の場合に用いた。のちAとBは混同して子と書く。絲(シ)(=糸。小さく細いいと)と同系で、小さい意を含む。また、茲(ジ)(ふえる)・字(親字から分化してふえた文字)と同系で、繁殖する意を含む、という。

意味

〔1〕{名詞}こ。親のうんだこ。《対語》⇒父・母。《類義語》孫(まご)。「老而無子曰独=老いて子無きを独と曰ふ」〔孟子・梁下〕
〔2〕{名詞}むすこ。男のこ。▽狭い用法では男のこを子といい、女のこを女という。「子女(シジョ)」。
〔3〕{名詞}成人した男子に対する敬称。あなた。「二三子(ニサンシ)(あなたたち)」「子奚不為政=子奚(なん)ぞ政(まつりごと)を為さざる」〔論語・為政〕
〔4〕{名詞}…をする者。ひと。「読書子」。
〔5〕{名詞}学問があり、人格のすぐれた人の名につける敬称。▽特に「論語」の中では孔子を子という。「孟子」「老子」「諸子百家(あまたの古代の思想家)」。
〔6〕{名詞}中国の書籍を、経・史・子・集の四部に分類したうちの子部のこと。→子部。
〔7〕{名詞}公・侯・伯・子・男の五等爵の第四位。のち日本でも用いられた。「子爵」。
〔8〕{動詞}こたり。こどもらしくする。子としての役を果たす。「子不子=子子たらず」〔論語・顔淵〕
〔9〕{動詞}ことする(ことす)。自分のこどもとみなす。「子庶民=庶民を子とす」〔中庸〕
〔10〕{名詞}み。実・種・動物のたまご。《同義語》哽(シ)。「鶏子」「桃子(もものみ)」。
〔11〕{名詞}こ。もとになるものから生じてできてきたもの。▽「母財(元金)」に対して、「子金(利子)」という。《対語》母。
〔12〕{名詞}ね。十二支の一番め。▽時刻では夜十二時、およびその前後二時間、方角では北、動物ではねずみに当てる。
〔13〕{助辞}小さいものや道具の名につけて用いる接尾辞。「帽子(ボウシ)」「椅子(イス)」「金子(キンス)」「払子(ホッス)(ちりはらい)」。
〔14〕{動詞}ふえる。また、繁殖する。▽滋(ジ)に当てた用法。
〔15〕{動詞}いつくしむ。▽慈(ジ)に当てた用法。

字通

子 甲骨文 子 甲骨文
(甲骨文)

幼子の象。〔説文〕十四下に十二支の「ね」と解し、「十一月、陽气動き、萬物滋入す。以て稱と為す。象形」と子・滋(滋)の畳韻を以て解するが、卜文の「ね」にあたる字は、別の字で示されている。卜文では子は「巳」(み)にあたる字として用いる。十二支の字の用法は字の初義と関係なく、もちろん十二支獣とも関係はない。

子 甲骨文 𠂤賓間
(甲骨文)

子は幼子の象形。卜文・金文において、左右の手を一上一下する形のものがあり、それは王子の身分を示す。卜辞に見える子鄭・子雀は、おそらく鄭・雀の地に封ぜられた王子の称であろう。のち字(あざな)にこの形式を用いるのはその遺法であるが、所領の関係が失われたのちは、名と字義の対待による。仲由、字は子路、路は人の由る所。顔回、字は子淵、淵は回水の意。子は本来王子・公子など、貴族身分の身分称号的に用いられたもので、のち一般の児子にもいう。子を代名詞に用いるのは、その身分称号からの転用である。

訓義

〔1〕おとこ、男子の美称、身分ある人、身分ある者として生まれたもの、きみ。〔2〕徳ある人、先生、学者、士大夫の通称。〔3〕ひと、人々、わかもの、女子。〔4〕代名詞、対称。あなた、きみ、そなた。〔5〕親に対する子、鳥獣虫魚の卵、木の実、利息。〔6〕微小なもの、微少なものの名の下につける接尾語。帽子・釵子の類。〔7〕五等の爵の第四等。蛮夷の君も子という。〔8〕書籍の分類上、思想的な内容の書。経史子集の一。〔9〕滋に通じ、ふえる、いつくしむ。

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之(シ・4画)

論語 之 金文 論語 之 解字
(金文)

学研漢和大字典

象形文字で、足の先が線から出て進みいくさまを描いたもの。進みいく足の動作を意味する。先(跣(セン)の原字。足さき)の字の上部は、この字の変形である。「これ」ということばに当てたのは音を利用した当て字。

是(シ)・(コレ)、斯(シ)・(コレ)、此(シ)・(コレ)なども当て字で之(シ)に近いが、其‐之、彼‐此が相対して使われる。また、之は客語になる場合が多い。

意味・語法

  1. {動詞}ゆく。いく。…に至る。「孔子之衛=孔子衛にゆく」〔礼記・檀弓上〕。「之死=死にいたるまで」。
  2. 「~の…」とよみ、
    (1){助辞}「~」が「…」を修飾する関係を示し、名詞節となる。「万乗之国、弑其君者、必千乗之家=万乗の国、その君を弑(しい)する者は、必ず千乗の家なり」〈兵車一万台を出せるほどの大国でその主君を殺す者は、決まって兵車千台を出せる領地をもつ大臣である〉〔孟子・梁上〕
    (2){助辞}「~が…するさま」「~が…するとき」「~が…すること」と訳す。主述関係がある文の主語の直後に「之」をはさむと、その文は名詞節となる。「丘之祷久矣=丘之祷ること久し」〈自分のお祈りは久しいことだ〉〔論語・述而〕
    (3)「~のような…」と訳す。比喩を示す。「不有祝衵之佞、而有宋朝之美、難乎免於今之世矣=祝鮀(しゅくだ)の佞(ねい)有らずして、宋朝の美有るは、難いかな今の世に免(まぬか)れんこと」〈祝衵(シュクダ)のような弁説がなくて、宋朝のような美貌があるだけなら、難しいことだよ、今の時世を無事に送るのは〉〔論語・雍也〕
  3. 「これ」とよみ、
    (1){指示詞}指示代名詞となる。「虎求百獣而食之=虎百獣を求めてこれを食ふ」〈虎はさまざまな獣を求めて、それを食らいます〉〔戦国策・楚〕
    (2){指示詞}直前の語が動詞であることを示す。▽何をさすかは明示されない。「頃之、襄子当出、予譲伏於所当過之橋下=これを頃(しばら)くして、襄子出づるに当たり、予譲当(まさ)に過ぐべき所の橋下に伏す」〈しばらく経ち、襄子の外出を知り、予譲はその道筋の橋の下に待ち伏せた〉〔史記・刺客〕
  4. 「~之…也」は、「~の…するや」とよみ、「~が…したとき」と訳す。時間・空間のある一部分を提示する意を示す。「君子之至於斯也、吾未嘗不得見也=君子のここに至るや、吾未だ嘗(かつ)て見ることを得ずんばあらざるなり」〈ここに来られた君子がたはね、私はまだお目にかかれなかったことはないのですよ〉〔論語・八佾〕
  5. 「~之…」は、「~をこれ…す」とよみ、「~を…する」と訳す。倒置・強調の意を示す。「父母唯其疾之憂=父母にはただその疾(やま)ひをこれ憂へしめよ」〈父母にはただ自分の病気のことだけを心配させるようになさい〉〔論語・為政〕

字通

足あとの形。步(歩)の上半にあたり、左右の足あとを前後に連ねると步となる。足が前に進むことを示し、之往の義。〔説文〕六下に「出づるなり。艸のてつを過ぎ、枝莖益〻大にして、く所有るに象るなり。一なる者は地なり」という。地より屮・艸の伸びゆく形として、之往の意を導くが、あしの進む形。之を代名詞・語詞に用いるのは仮借であるが、代名詞としては卜文・金文に見え、語詞の用法は〔詩〕〔書〕にみえ、古くからその義に用いる。

訓義

(1)ゆく、すすむ、いたる。(2)是と通じ、代名詞として、これ、この。(3)語詞として、所有格、主語の指示、強意、終助詞に用いる。

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止(シ・4画)

論語 止 金文
(金文)

止 標本

学研漢和大字典

象形。足の形を描いたもので、足がじっとひと所にとまることを示す。趾(シ)(あし)の原字。歯(ものをかんでとめる前歯)・阯(シ)・址(シ)(じっととどまったあと)などと同系。類義語の留は、溜(リュウ)(たまる)と同系で、一時そこにとまること。滞は、帯(長いおび)と同系で、長びくこと。停は、棒だちにたちどまること。泊は、舟がひと所にとまること。駐は、車馬がとまること。

異字同訓にとまる・とめる 止まる・止める「交通が止まる。水道が止まる。笑いが止まらない。息を止める。通行止め」 留まる・留める「小鳥が木の枝に留(止)まる。ボタンを留める。留め置く・書留」 泊まる・泊める「船が港に泊まる。宿直室に泊まる。友達を家に泊める」。

付表では、「波止場」を「はとば」と読む。▽草書体をひらがな「と」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「と」ができた。また、初二画からカタカナの「ト」ができた。▽「やむ」「やめる」は「已む」「罷む」「已める」「罷める」とも書く。

意味

  1. {動詞}とまる。とどまる。じっとひと所にとまる。《対語》⇒進。《類義語》留・滞。「停止」「或五十歩而後止=或いは五十歩にして而後に止まる」〔孟子・梁上〕。「知止而后有定=止まるを知りて后に定まる有り」〔大学〕
  2. {動詞}とめる(とむ)。とどめる(とどむ)。じっとひと所にとめる。行こうとするのを押さえてとめる。「制止」「止子路宿=子路を止めて宿せしむ」〔論語・微子〕
  3. {動詞}やめる(やむ)。進行をやめる。仕事をとりやめる。役目をやめる。《類義語》已。「中止」「止吾止也=止むは吾が止む也」〔論語・子罕〕
  4. {名詞}たちどまった姿。転じて、姿。「容止」「人而無止=人にして止無し」〔詩経・眇風・相鼠〕
  5. {副詞}ただ。それだけ、わずかにの意をあらわすことば。▽それだけにとどまるの意から。《類義語》只(タダ)。「止一人耳=止だ一人耳」「止可以一宿=止だ以て一宿すべし」〔荘子・天運〕
  6. {助辞}句末にそえることば。「百室盈止、婦子寧止=百室盈ちて止、婦子寧し止」〔詩経・周頌・良耜〕

司(シ・5画)

論語 司 金文
(金文)

学研漢和大字典

会意文字で、「人+口」。上部は、人の字の変形、下部の口は、穴のこと。小さい穴からのぞくことをあらわす。覗(シ)(のぞく)や伺(うかがう)・祠(シ)(神意をのぞきうかがう→まつる)の原字。転じて、司察の司(よく一事を見きわめる)の意となった。

類義語の宰は、主任者として仕事をあずかる。掌は、手中におさめて処置する。職は、一定の仕事の責任を負う。主は、中心となって処理する。

意味

  1. {動詞}つかさどる。役目を担当する。一つの仕事に通じる。▽一事に通じてそれを担当する者を「有司(役人)」と称した。▽訓の「つかさどる」は、「つかさ+とる」から。「司法=法を司る」「司書」。
  2. {名詞}つかさ。役目を担当する人。役人。▽昔は担当官を「有司」「所司」といい、近代では「司事」「司務」という。《類義語》官。「漁豆之事則有司存=漁豆(へんとう)の事には則(すなは)ち有司存す」〔論語・泰伯〕
  3. {名詞}役目の名。▽周代の制では、司馬(兵馬を担当)・司徒(教育を担当)・司空(土地・人民のことを担当)などの役を置いた。のち、姓ともなる。「司馬遷」。
  4. {名詞}役所。▽清(シン)代には布政司(藩司ともいい、税務担当)や按察司(アンサツシ)(帋司(ゲッシ)ともいい、刑法担当)などの役所を置いた。
  5. 《日本語での特別な意味》
    (1)つかさ。役目の名。▽奈良・平安時代には、国司(コクシ)・(クニツカサ)を置いた。
    (2)「下司(ゲス)」とは、下役人の意から、転じて、卑しい者の意。

仕(シ・5画)

初出は戦国早期の金文。カールグレン上古音はdʐʰi̯əɡ。藤堂上古音はdzïəg。

学研漢和大字典

会意兼形声。士は、男の陰茎の直立するさまを描いた象形文字。男、直立するの二つの意味を含む。仕は「人+(音符)士(シ)」で、まっすぐにたつ男(身分の高い人のそばにまっすぐたつ侍従)のこと。事(ジ)や榎(ジ)(まっすぐたつ)と通じ、事君(君に事(ツカ)ふ)と仕君(君に仕ふ)とは同じことである。

語義

  1. {動詞}つかえる(つかふ)。身分の高い人のそばにたって世話する。広く、役目につく。また、役目についてサービスする。《類義語》事。「給仕」「仕官」。
  2. {名詞}つかえ(つかへ)。役人としてつかえること。また、役目につくこと。「退而致仕=退きて而致仕す」〔春秋公羊伝・宣元〕
  3. 《日本語での特別な意味》「す(為)」の連用形「し」に当てて用いる。「仕事」「仕儀」。

字通

[形声]声符は士(し)。〔説文〕八上に「學ぶなり」というが、その義に用いた例がない。古くは仕えることを宦(かん)といい、宀(べん)部七下に「宦(くわん)は仕なり」という。〔礼記、曲礼上〕に「宦學して師に事(つか)ふ」という語がみえ、仕官のために学ぶ意であろうが、仕にその意があるのではない。士は鉞頭の形で、戦士階級の身分を示す儀器。そのような身分のものとして、出仕することをいう。〔詩、小雅、四月〕に「盡瘁(じんすい)して以て仕ふ」という句がある。

史(シ・5画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はsli̯əɡ。

学研漢和大字典

会意。「中(竹札を入れる筒)+手のかたち」で、記録をしるした竹札を筒に入れてたてている記録役の姿を示し、特定の役目をあずかる意を含む。使(役目をあずかるつかい)・事(旗をたてる旗本、その仕事を役目としてあずかる)と同系。

語義

  1. {名詞}ふびと。記録をつかさどった役目。歴史官。▽昔は、天文・暦法・祭祀(サイシ)をもあわせてつかさどる聖なる職で、内史・外史・左史・右史などがあった。周代、天子の左右にいる秘書官を御史といい、秦(シン)・漢代のころには、歴史官を太史といった。隋(ズイ)・唐代以後は、御史は監察の役目となる。「巫史(フシ)(神官と歴史官)」「吾猶及史之闕文也=吾なほ史の闕文に及びたり」〔論語・衛霊公〕
  2. {名詞}ふみ。歴史の書。▽勅撰(チョクセン)や公認の歴史を正史、民間でつくられたのを外史または外伝という。「史伝」「二十四史」。
  3. {名詞}あやのある文章。「文勝質則史=文質に勝れば則ち史なり」〔論語・雍也〕
  4. 「女史」とは、もと、妃の教養や礼法について担当した役。のち学問のある女性を呼ぶ尊称。
  5. 《日本語での特別な意味》さかん(さくゎん)。四等官で、神祇(ジンギ)官の第四位。

字通

[会意]中+又(ゆう)。中は祝禱を収める器である口(サイ 外字(さい))を木に著けて捧げ、神に祝告して祭る意で、卜辞にみえる史とは内祭をいう。卜辞に「又史」という語としてみえる。外に出て祭ることを「事(まつ)る」といい、その字はまた使の意にも用いる。事は史に吹き流しをつけた形で、史が内祭であるのに対して、外祭であることを示す。王使が祭の使者として行うことが王事であり、その王事に服することが祭政的支配の古い形態であった。史・使・事はもと一系の字である。祝詞を扱うものを巫史(ふし)といい、その文章を史といい、文の実に過ぎることをまた史という。巫史の文には史に過ぎることが多かったのである。祭祀の記録が、その祭政的支配の記録でもあった。〔説文〕三下に「史は事を記す者なり。又(手)の、中を持するに從ふ。中は正なり」とあって、史官が事を記すのにその中正を守る意であるとするが、中正のような抽象的観念を手に執ることは不可能である。それで江永は中を簿書にして簿書を奉ずる形とし、また王国維や内藤湖南は中を矢の容器の形とし、郷射礼などにおける的中の数を記録するものが史であるとする。卜辞に史を内祭とし、また史・使・事の系列字の用義から考えると、史が祭祀を意味する字であったことは疑いがない。

矢(シ・5画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はɕi̯ər。

学研漢和大字典

象形。まっすぐな矢を描いたもの。尸(シ)(まっすぐで短いからだ)・指(まっすぐで短いゆび)・屎(シ)(短い棒状のくそ)・雉(チ)(矢のようにまっすぐ飛ぶきじ)と同系。類義語の箭(セン)は、揃(セン)(そろえる)・剪(セン)(そろえて切る)と同系で、長さをそろえて切った矢。「や」は「箭」とも書く。

語義

  1. {名詞}や。直線をなしたや。▽まっすぐ直進する、ずばりと直言することなどにたとえる。《類義語》箭(セン)。「弓矢斯張=弓矢斯に張る」〔孟子・梁下〕。「邦有道如矢=邦に道有れば矢のごとし」〔論語・衛霊公〕
  2. {名詞}直線状で短いくそ。《同義語》屎(シ)。「馬矢(馬のふん)」「以筐盛矢=筐を以て矢を盛る」〔荘子・人間世〕
  3. (シス){動詞}ちかう(ちかふ)。神前に直言してちかう。ずばりと言いきる。《類義語》誓。「矢口=口に矢す」「夫子矢之=夫子これを矢ふ」〔論語・雍也〕
  4. {動詞}つらねる(つらぬ)。一直線状に並べる。《類義語》陳。「公、矢魚于棠=公、魚を棠に矢ぬ」〔春秋左氏伝・隠五〕

字通

[象形]矢の鏃(やじり)のある形。〔説文〕五下に「弓弩の矢なり。入に從ひ、鏑(たく)・栝羽(くわつう)の形に象る」とするが、〔説文〕にいう入の形は鏃(やじり)。字の全体が象形である。「矢(ちか)ふ」とよむのは、古く誓約のときに矢を用いることがあったのであろう。誓は矢を折る形に従い、知・智も矢に従う。また「矢(つら)ぬ」とよむのは、施・肆と同音で、その義に通用するのであろう。

至(シ・6画)

論語 至 金文 論語 至 解字
(金文)

学研漢和大字典

会意。「矢が下方に進むさま+━印(目ざす線)」で、矢が目標線までとどくさまを示す。室(いきづまりの奥のへや)・抵(いたる)・致(そこまでとどける)と同系。

意味

  1. {動詞}いたる。目ざす所までとどく。また、自分の所までやってくる。《類義語》到。「必至(必ずそうなる)」「風雨驟至=風雨驟かに至る」「斯天下之民至焉=斯に天下之民至らん焉」〔孟子・梁上〕
  2. {形容詞・副詞}いたれる。いたって。ぎりぎりの線までとどいたさま。最高の。このうえなく。「至大」「至聖」「中庸之為徳也、其至矣乎=中庸の徳為るや、其れ至れるかな」〔論語・雍也〕
  3. {接続詞}いたるまで。「以至A=以てAに至るまで」「乃至A=乃ちAに至るまで」「至若A=Aのごときに至るまで」などの形で用い、Aまでも含めてそこまでの意。「自耕稼陶漁、以至為帝=耕稼陶漁より、以て帝為るものに至るまで」〔孟子・公上〕
  4. {名詞}太陽がぎりぎりの線までとどいた日。夏至(ゲシ)・冬至(トウジ)を至日という。
  5. {名詞}いたり。「…之至」という形で用い、手紙や奏上文に用いられる。「恐懼之至=恐懼之至りなり」。

志(シ・7画)

論語 志 金文 論語 志 解字
(金文)

カールグレン上古音はȶi̯əɡ。同音に之、芝、止、誌、織、識など。

論語の時代、「」と区別されず用いられた可能性がある。ただし「志」も戦国末期までしか遡れない。おそらく論語の時代では、書体から見ても「」と書いたか、「止心」と二文字で書いたのだろう。

志 金文
ただし李学勤『字源』に、上掲春秋時代の字形を載せるので、とりあえず論語の時代に存在したとして扱う。

学研漢和大字典

上古周秦-中古隋唐-元-現代北京語(ピンイン)
tiəg – tʃɪei – ṭṣī – ṭṣī (zhì)

この士印は、進み行く足の形が変形したもので、之(いく)と同じ。士女の士(おとこ)ではない。志は「心+音符之」の会意兼形声文字で、心が目標を目指して進み行くこと。詩(何かを志向する気持ちを表した韻文)と同系のことば。また止(とまる)に当て、書き留める意にも用いる。

意味

  1. {動詞}こころざす。ある目標の達成を目ざして心を向ける。▽「こころ(心)+さす」に由来する訓。「志向」「吾十有五而志于学=吾十有五にして学に志す」〔論語・為政〕
  2. {名詞}こころざし。ある目標を目ざした望み。また、あることを意図した気持ち。「大志」「立志=志を立つ」「願夫子輔吾志=願はくは夫子吾が志を輔けよ」〔孟子・梁上〕
  3. {動詞}しるす。書き留める。メモする。《同義語》⇒誌。「為之文以志=これが文を為りて以て志す」〔柳宗元・始得西山宴游記〕
  4. {名詞}書き留めた記録。▽止(とまる)に当てた用法。《同義語》⇒誌。「芸文志(ゲイモンシ)(書籍の目録)」。
  5. 《日本語での特別な意味》
    ①さかん(さくゎん)。四等官で、兵衛府(ヒョウエフ)・衛府門の第四位。
    ②シリング。英国で使われていた貨幣の単位。▽shillingの音訳。二十シリングで一ポンドになる。「五志」。
    ③「志摩(シマ)」の略。「志州」。

字通

字の初形は之に従い、之声。士はその楷書化した形。〔説文〕十下に「意なり」と訓する。大徐新修十九文の一として徐鍇が加えたもの。次条に「意は志なり」とあるので、互訓したものである。〔詩序〕に「詩は志の之く所なり。心に在るを志と爲し、言に發するを詩と爲す」とあり、それで志を「心の之往する(ゆく)」意の会意とする説もあり、〔段注本〕にも之の亦声とする。古くは誌・識の意に用い、むしろ心にある意こそが初義であろう。之はもと止と同形であった。

大漢和辞典

志 大漢和辞典

私(シ・7画)

私 金文 戦国末期 厶 楚系戦国文字
「私」(秦虎形轄・戦国末期)「厶」(楚系戦国文字)

カールグレン上古音はsi̯ər。同音は死のみ。

この文字=言葉は新しく、論語の時代には無かった。金文や戦国文字が、戦国末期に現れるのが初出。しかも音「シ」訓「わたし」で検索しても、他の漢字が『大漢和辞典』ではヒットしない。訓「わたくし」でようよう「厶」(カ音不明)が出てくる。

「厶」の初出は孔子より約一世紀前の「ラン書缶」で、㠯(シ・すき、カ音不明)と同じ形で記された。ただし「以」”用いる”の意で使われており、論語の時代に”わたし”を意味した証拠が無い。「厶」が”わたし”の語義を獲得するのは、上掲戦国末期の文字からになる。
㠯 以 金文 厶 䜌書缶
「㠯」(金文)・「厶」(䜌書缶)

結論として、もし孔子の時代にあった言葉だとすれば、下記『字通』を参考に、㠯(シ・すき、カ音不明)と書かれていたと考えるしかないが、それは無理というものである。㠯の同義語に耜があるが、そのカールグレン上古音はdzi̯əɡで、「私」si̯ərとは似ても似付かない。

学研漢和大字典

会意兼形声。厶(シ)は、自分だけのものをうででかかえこむさま。私は「禾(作物)+(音符)厶」で、収穫物を細分して、自分のだけをかかえこむこと。ばらばらに細分する意を含む。四(細かい)・細(こまかい)などと同系。類義語に我。「ひそか」は「密か」「窃か」とも書く。

意味

  1. {名詞}わたくし。自分ひとりのこと。ひとり分ずつ別になったもの。《対語》⇒公。「私人」「反公為私=公に反するを私と為す」〔賈子・道術〕
  2. {名詞}わたくし。自分ひとりの利益や考え。わがままかってな好ききらい。《対語》⇒公。「排私=私を排す」「無信多私=信無くして私多し」〔春秋左氏伝・昭二〇〕
  3. {形容詞}ひとりだけの。また、かってな。《対語》⇒公。「私見」「私欲」「私有」。
  4. (シス){動詞}わたくしする(わたくしす)。自分だけのものにする。自分かってにする。《対語》⇒共・同。「不得私=私するを得ず」「八家皆私百畝、同養公田=八家皆百畝を私し、同じく公田を養ふ」〔孟子・滕上〕
  5. {名詞}わたくし。秘密の事がら。また、人に隠して内通すること。「陰私(ないしょ事)」「有私=私有り」。
  6. {形容詞}えこひいきの。よこしまなさま。「私曲」。
  7. {副詞}ひそかに。ないしょで。また、ひとりでこっそり。《類義語》窃。「私語」「私通」。
  8. {名詞}みうち。妻や子ども。また、姉妹の夫。「私喪(みうちの喪式)」。
  9. (シス){動詞・名詞}こっそり小便する。また、小便。《類義語》溲(ソウ)。「将私焉=まさに私せんとす」〔春秋左氏伝・襄一五〕
  10. {名詞}小さいもの。
  11. {名詞}男女の陰部。
  12. 《日本語での特別な意味》わたくし。わたし。自称の人称代名詞。

字通

会意、。厶はすき(㠯)の象形。耜を用いて耕作する人をいう。〔説文〕七上に「禾なり」とするが、その用例はない。私とは私属の耕作者をいう。〔韓非子、五蠱〕に「私に背く、之れを公と謂う」と公私対待の義とするが、公の字は祭祀儀礼の行われる公廷の平面形。公はその廟所を守る族長、私は私属の隷農で、本来対待の義をなすものではない。公私の観念を持つに至って、「ひそかに」の意を生じた。

使(シ・8画)

論語 使 甲骨文 論語 使 金文
(甲骨文・金文)

学研漢和大字典

会意。吏は、手に記録用の竹を入れた筒をしっかり持った姿を示す。役目をきちんと処理する役人のこと。整理の理と同系のことば。使は「人+吏」で、仕事に奉仕する人を示す。公用や身分の高い人の用事のために仕えるの意を含む。また、他動詞に転じて、つかう、使役するの意に専用されるようになった。仕・事と同系のことば。類義語に遣。異字同訓に使う「機械を使って仕事をする。重油を使う」 遣う「気遣う。心遣い。小遣い銭。仮名遣い」。

意味

  1. {動詞}つかう(つかふ)。使用する。「使役」「使民以時=民を使ふに時を以てす」〔論語・学而〕
  2. {名詞}つかい(つかひ)。使者。▽去声に読む。「特使」「私見漢使=私かに漢の使ひを見る」。
  3. {動詞}つかいする(つかひす)。人のために用事をする。▽去声に読む。「子華使於斉=子華斉に使ひす」〔論語・雍也〕
  4. {助動詞}しむ。せしむ。→語法「①」。
  5. {助動詞}しめば。→語法「②」

語法

①(1)「使~…」は、「~(をして)…せしむ」とよみ、「~に…させる」と訳す。使役の意を示す。《類義語》令・教・遣・俾。「使子路問津焉=子路をして津を問は使む」〈子路に渡し場を尋ねさせた〉〔論語・微子〕
(2)「使…」は、「…せしむ」とよみ、「…させる」と訳す。▽使役の対象が省略される。

②(1)「使~…」は、「~(をして)…せしめば」とよみ、「もし~すれば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。「使人之所悪、莫甚於死者、則凡可以辟患者、何不為也=人の悪(にく)む所をして、死より甚しき者莫(な)から使めば、則(すなは)ち凡そもって患(わずら)ひを辟(さ)く可き者は、なんぞ為さざらん」〈人の嫌うものに死以上のものがないとすると、死に壓がる患難を避けるためなら、しないことがあろうか〉〔孟子・告上〕▽「もし~、…すれば」とよんでもよい。「使趙不将括即已=使(も)し趙括を将とせずんば即(すなは)ち已(や)む」〈もし趙が(趙)括を将軍に起用しなければ、それでよい〉〔史記・廉頗藺相如〕▽「向使」「嚮使」「仮使」「縦使」「藉使」も、「もし」とよみ、意味・用法ともに同じ。
(2)「向使」「嚮使」「仮使」「縦使」「藉使」は、「たとい~、…すれども」とよみ、「たとえ~が…であっても」と訳す。逆接の仮定条件の意を示す。「仮使棄数百人、何苦而将軍以身赴之=仮使(たと)ひ数百人を棄つるとも、何を苦しみてか将軍身をもってこれに赴かん」〈たとえ数百人を見捨てようとも、何を苦しまれて、将軍はみずから(窮地に)赴くのでしょう〉〔魏志・曹仁〕

字通

声符は史。史・吏・使(事)はもと同系。〔説文〕八上に「伶なり」とあり、使令の意。金文では史を使役の意に用い、「令~使~」(~をして~せしむ)という形式を「~史~事~」という形式でしるす。事は遠くに使して史(祭の名)を行うことで、まつりの使者を意味する字であった。

訓義

1)つかい、使する、祭の使者。2)つかう、つかわす、命ずる。3)させる、しむ、せしむ。使役の助動詞。4)召使い。5)もし、仮設。

大漢和辞典

使 大漢和辞典
使 大漢和辞典

指(シ・9画)

古くは「旨」と書き分けられず、初出は甲骨文。扌を伴った金文もあるようだが出典不明(中国人、とりわけ大陸中国人はこういう部分の仕事がデタラメでうんざりする)。カールグレン上古音はȶi̯ərで同音は旨とそれを部品とする若干の漢字。

学研漢和大字典

形声。「手+(音符)旨」、まっすぐ伸びて直線に物をさすゆびで、まっすぐ進む意を含む。旨(シ)(うまいごちそう)は、ここではたんなる音符にすぎない。至(シ)(まっすぐ届く)・矢(シ)(直進する矢)などと同系。異字同訓に差。

語義

  1. {名詞}ゆび。「屈指(指を曲げる)」「今有無名之指、屈而不信=今無名の指、屈して信びざる有り」〔孟子・告上〕
  2. {動詞}ゆびさす。さす。さし示す。「指示」「指其掌=其の掌を指さす」〔論語・八飲〕
  3. {名詞}あらわし示す内容。考えの向かうところ。《同義語》⇒旨。「意指(イシ)(=意旨)」「願聞其指=願はくは其の指を聞かん」〔孟子・告下〕

字通

[形声]声符は旨(し)。旨に旨肉の意がある。〔説文〕十二上に「手指なり」という。第二指を食指というように、指は肉を執って食すべきものであった。また恉と通用する。恉は趣旨というときの旨にあたる字。

語系

指・恉・旨tjieiは同声。趣旨の意では三字みな通用する。古くは旨・指の字を用いた。

思(シ/サイ・9画)

思 金文 
(金文)

画数が少なく基本的な動作を表す字だが、意外にも甲骨文には見えず、金文も戦国末期にならないと現れない。

カールグレン上古音はsi̯əɡ。同音に「司」があり、”うかがう”の語釈を『大漢和辞典』は載せ、甲骨文から存在する。他の候補は「止」で、カ音はȶi̯əɡ。ə(シュワー)は”あいまいなe”で、sとtが近いと評価するなら音通する。ちなみに「知」はti̯ĕɡで、「志」はȶi̯əɡになる。

学研漢和大字典

思 解字会意。㐫(シン)は、幼児の頭に泉門(㐫門)のある姿。俗にいうおどりこのこと。思は「㐫(あたま)+心(心臓)」で、おもうという働きが頭脳と心臓を中心として行われることを示す。小さいすきまを通して、ひくひくとこまかく動く意を含む。鰓(シ)・(サイ)(ひくひくする魚のえら)・崽(サイ)(小さい)と同系。

類義語の念は、心中深くおもうこと。想は、ある対象に向かって心でおもうこと。憶は、さまざまにおもいをはせること。懐は、心の中におもいをいだくこと。慮は、次から次へと心をくばること。虞(グ)は、あらかじめ心をくばること。

意味〔一〕シ

  1. {動詞}おもう(おもふ)。こまごまと考える。また、なつかしんでおもう。細かく心をくだく。《類義語》慮。「思慮」「思親=親を思ふ」「学而不思則罔=学んで思はざれば則ち罔し」〔論語・為政〕
  2. (シナリ){形容詞}物おもいに沈んでいるさま。憂いを帯びているさま。「亡国之音哀以思=亡国之音は哀にして以て思なり」〔詩経・大序〕
  3. {名詞}おもい(おもひ)。心でいろいろおもいめぐらすこと。▽去声に読む。「属思=思ひを属く」「焦思=思ひを焦がす」「独上江楼思渺然=独り江楼に上れば思ひ渺然たり」〔趙強・江楼書感〕
  4. 「相思(ソウシ)」は、男女が恋愛すること。「相思病(恋わずらい)」。
  5. {助辞}語調を整えることば。句末にあるときは読まない。▽「詩経」に用いられている。「不可泳思=泳ぐべからず思」〔詩経・周南・漢広〕

意味〔二〕サイ

  1. 「于思(ウサイ)」とは、あごひげのたれたさま。▽腮(サイ)(あご)に当てた用法。

施(シ・9画)

論語 施 金文大篆
(金文大篆)

この文字は論語の時代に通用した金文や、それ以前の甲骨文が見られない。『字通』に金文の記載があるが、戦国末期特有の細長い流麗な書体である。

カールグレン上古音はɕia(平声/去声)/dia(去声)。藤堂上古音は”ほどこす”の場合は平声又は去声に読んでthiar。”のびる・のばす・およぶ”の場合は去声に読んでḍiar。このため現在でも前者の場合は、セ/イ、後者の場合はイと読むのが正確。

同音同訓の「𢻫」には甲骨文も金文も存在しない。「矢」は甲骨文から存在するが、カールグレン上古音がɕi̯ər/藤堂上古音thierで音通するかは微妙な所。「麗」も甲骨文から存在するが、上古音がlieg/iārで音通は微妙。音シ訓いたるの「至」も甲骨文からあるが、上古音はȶi̯ĕd/tiedで音通しているとは言いがたい。せいぜい置換候補として「矢」が挙がる程度と言えようか。

『字通』には金文以前への言及が無く、独自採集と思われる金文の字形を載せるが、その姿は戦国期の金文に特有な流麗な書体で、おそらく春秋時代にさかのぼるものではない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、也は長いへびを描いた象形文字で、長くのびる意を含む。施は「はた+〔音符〕也」で、吹き流しが長くのびること。挓(タ)(長くひっぱりのばす)・迆(イ)(のびる)・移(イ)(横にのびていく)などと同系のことば。

意味〔一〕シ

  1. {動詞}ほどこす。手前の物を向こうへ押しやる。また、自分の金品を広く他人に与える。「博施(ハクシ)(広くほどこす)」「施舎」「施餓鬼(セガキ)」。
  2. {名詞}ほどこし。他人に与えるもの。
  3. {動詞}平らにのばす。「施粉(おしろいをのばしてぬる)」「施采(シサイ)(色彩をぬる)」。
  4. {動詞}ほどこす。技(ワザ)を展開する。また、計画を実際に行う。「実施」「施工」。

意味〔二〕イ

  1. {動詞}のびる(のぶ)。のばす。うつる。長くのびる。また、のびてうつっていく。《類義語》移。「施于中谷=中谷に施る」〔詩経・周南・葛覃〕
  2. 「施施(イイ)」とは、のびのびとするさま。また、ゆるゆるとするさま。▽平声に読む。「施施従外来=施施として外より来たる」〔孟子・離下〕

師(シ・10画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はʂi̯ər。

学研漢和大字典

会意。𠂤(タイ)は、隊や堆(タイ)と同系のことばをあらわし、集団を示す。師は「𠂤(積み重ね、集団)+爾(あまねし)」で、あまねく、人々を集めた大集団のこと。転じて、人々を集めて教える人。付表では、「師走」を「しわす・しはす」と読む。▽帥(スイ)は、別字。右側の上に一がない。

語義

  1. {名詞}いくさ。集団をなした軍隊。▽周代には二千五百人を一師といった。《類義語》旅。「師旅(軍隊)」「師団」「行師=師を行る」。
  2. {名詞}おおぜいの人々。「京師(ケイシ)(人々の集まる都)」。
  3. {名詞}先生。学問を多くの人に教える人。また、宗教上の指導者。《対語》弟(テイ)(でし)。「先師(なくなった先生)」「牧師」「可以為師矣=以て師と為るべし」〔論語・為政〕
  4. (シトス){動詞}先生とする。手本として学ぶ。「師事」「莫若師文王=文王を師とするにしくはなし」〔孟子・離上〕
  5. {名詞}昔の音楽や礼儀の専門家。「師摯(シシ)(魯(ロ)の音楽の先生の名)」「師冕見=師の冕見ゆ」〔論語・衛霊公〕
  6. {名詞}芸に通じた親方。《対語》徒(でし)。「画師」「薬師」。
  7. {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。坎下坤上(カンカコンショウ)の形で、多くの人を統率するさまを示す。

字通

[会意] 𠂤(し)+帀(し)。𠂤は軍が出行するとき、軍社に祀った脤肉の象形。将軍はこの祭肉を携えて出行する。帀は帀(そう)(めぐる)とは別の字で、把手のある曲刀の刃部に、血止めの叉枝を加えている形で、肉切りの包丁の類。脤肉をこれで切りとって携行する意で、師旅の意となる。〔説文〕六下に「二千五百人を師と爲す。帀に從ひ、𠂤に從ふ。𠂤の四帀なるは、衆の意なり」という。𠂤を〔説文〕十四上は小阜(ふ)の象と解しており、その阜を帀(めぐ)るほどの人であるから師衆の意となるとするが、卜文・金文の字形が示すように𠂤は肉の形。古くは𠂤がそのまま師の意で、卜辞には三軍を三𠂤といい、将軍・師長の職を「𠂤般」のようによぶ。すなわち𠂤は師の初文。卜文に、𠂤の下に一・二の横画を加えて、𠂤を安置するところを示し、軍の基地・駐屯地を示す。𠂤を安置する前に標木の朿(し)を立てたものはシ 外字。のちシ 外字が駐屯地を意味した。久しく基地とするところでは𠂤を建物中に安置し、官という。官はまた将軍の居るところで、館(館)という。朿はまた軍門に用い禾(か)という。軍を分遣するときその肉を分与したので、遣という。〔説文〕は𠂤を阜にして土堆丘陵の意と解したため、𠂤系の字形解釈をすべて誤ることとなった。師長が軍職を退いたのち、氏族子弟の教育にあたり、教学や軍楽のことを教えたので、教学・音楽は師氏の職掌とされた。〔周礼〕の師系統の職事は、多くこのような氏族社会の伝統から発している。

視/視(シ・11画)

論語 視 金文
(金文)

この金文は『字通』独自のもので年代が特定できないが、甲骨文の出土が確認されているので、論語の時代に存在した文字と断定できる。

学研漢和大字典

形声。「見+(音符)示(シ)」で、まっすぐみること。示の原義(祭りの机)には直接の関係はない。指(まっすぐゆびさす)・示(まっすぐさししめす)と同系のことば。旧字「視」は人名漢字として使える。

類義語の

  1. 見は、目だつこと、目にとまること。看は、手をかざしてよくみること。
  2. 察(サツ)は、くもりなくみわけること。
  3. 臨(リン)・覧(ラン)・瞰(カン)は、高い所から下のものをみまわすこと。
  4. 観は、多くを並べてみくらべること。
  5. 監(カン)は、上から下のものをみおろして、みさだめること。
  6. 望は、遠くのみえにくいものを、もとめみること。
  7. 眺(チョウ)は、右に左にと、広くみわたすこと。

意味

  1. {動詞}みる。まっすぐ目をむけてみる。転じて、注意してよくみる。みてとる。《類義語》看・見。「熟視」「視而不見=視れども見えず」〔大学〕
  2. {動詞}みる。いたわり世話をする。まともに扱う。「視養」「視民如子=民を視ること子のごとし」〔春秋左氏伝・襄二五〕
  3. {動詞}みる。職務をまじめに行う。「崔子称疾不視事=崔子は疾を称して事を視ず」〔春秋左氏伝・襄二五〕
  4. {動詞}なぞらえる(なぞらふ)。よくみくらべる。《類義語》擬。「視此為佳=此に視べて佳しと為す」「大夫受地視伯=大夫地を受くること伯に視ふ」〔孟子・万下〕

徙(シ・11画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はsi̯ĕɡ。

学研漢和大字典

会意。「止(あし)+止(あし)+彳(いく)」で、左の足をA点よりB点にずらせることを示す。摩擦をおこしつつ、ずるずると動く意を含む。類義語の移は、横へ長く伸びて行くこと。遷(セン)は、抜けがらを残して、中身が他所へ去って行くこと。「徒」とまちがえないように。

語義

{動詞}うつる。うつす。ずれて動いて行く。場所をかえる。「遷徙(センシ)(うつる)」「聞義不能徙=義を聞いて徙る能はず」〔論語・述而〕。「能徙者予五十金=能く徙す者は五十金を予へん」〔史記・商君〕

字通

[形声]声符は止(し)。卜文・金文に字を■(彳+止)(し)に作る。〔説文〕二下に■(辶+止)を正字とし、「迻(うつ)るなり」とする。卜辞に「■(彳+止)雨」というものは長雨、金文の〔呂セイ かなえ 外字(りょせい)〕に「大室に■(彳+止)(侍)す」のように用い、おそらく■(彳+止)の初文であろう。また祝禱の器であるサイ 外字(さい)を加えて■(彳+止+口)に作り、〔令彝(れいい)〕に「■(彳+止+口)(い)でて卿事寮を同(あつ)む」という。古くは歩を進めることに深い意味があり、■(彳+止)・■(彳+止+口)・徙はその系列の語である。

斯(シ・12画)

論語 斯 金文 論語 斯 解字
(金文)

学研漢和大字典

会意。「其(=箕。穀物のごみなどをよりわける四角いあみかご)+斤(おの)」で、刃物で箕(ミ)をばらばらにさくことを示す。「爾雅」釈言篇に「斯とは離なり」とあり、また「広雅」釈詁篇に「斯とは裂なり」とある。分析の析(細かくさく)・撕(シ)(引きさく)・泌(シ)(小さく分かれた流れ)などと同系。類義語に則・切。

意味

  1. {動詞}きる。さく。ばらばらにきり離す。《類義語》析。「墓門有棘、斧以斯之=墓門に棘有り、斧を以てこれを斯く」〔詩経・陳風・墓門〕
  2. {指示詞}これ。この。→語法「①」。
  3. {接続詞}すなわち(すなはち)。ここに。→語法「②」。
  4. {助辞}詩のリズムを整えることば。「彼、何人斯=彼、何人ぞや斯」〔詩経・小雅・何人斯〕
  5. {形容詞}しろい(しろし)。▽鮮に当てた用法。「有兔、斯首=兔有り、斯首なり」〔詩経・小雅・瓠葉〕
  6. {名詞}小者。また、雑役夫。▽廝(シ)に当てた用法。「廝(=斯)徒十万」〔史記・蘇秦〕

語法

①「これ」「この」とよみ、「これ」「この」と訳す。《類義語》此・是(コレ)・之(コレ)。「先王之道、斯為美=先王の道は、これを美と為す」〈昔の聖王の道もそれでこそ立派であった〉〔論語・学而〕
②「~斯…」は、「~すなわち…」「~ここに…」とよみ、「~ならば…である」「~したら…する」と訳す。前後の句をつなぐ意を示す。《類義語》則。「清斯濯纓、濁斯濯足矣=清(す)みては斯(すなは)ち纓(えい)を濯(あら)ひ、濁りては斯ち足を濯ふ」〈川の流れが清むときは、我が冠の紐を洗おう、濁ったときは、我が足を洗おう〉〔孟子・離上〕。「人之過也、各於其党、観過斯知仁矣=人の過ちや、各(おのおの)その党におひてす、過を観てここに仁を知る」〈人の過ちというのは、それぞれの人物の種類に応じている、過ちを見れば仁かどうかが分かる〉〔論語・里仁〕
③「~斯…」は、「~これ…」とよみ、「~は…である」と訳す。▽用例はきわめて少ない。「攻乎異端、斯害也已矣=異端を攻むるは、これ害のみ」〈聖人の道と違ったことを研究するのは、ただ害があるだけだ〉〔論語・為政〕
④「かく」とよみ、「このように」と訳す。「子在川上曰、逝者如斯夫、不舎昼夜=子川の上に在りて曰はく、逝く者は斯くの如きかな、昼夜を舎かず」〈先生が川のほとりで言われた、過ぎゆくものはこの(流れの)ようであろうか、昼も夜も休まない〉〔論語・子罕〕

詩(シ・13画)

論語 詩 金文 論語 詩 篆書
(金文大篆・篆書)

論語では『詩経』を指すことが多い。

三百五。風(民謡、十五国風)百六十、雅(大雅・小雅、貴族の儀礼・宴遊歌)百五、頌(周・魯・商、歌)四十。〔大雅、江漢〕は周の宣王期(前二七―前七二)の金文の形式のもの、〔風、黄鳥〕は公(―前六二一)の殉葬を(そし)る。〔詩〕の時代はほぼこの両者の間にある。〔詩〕を伝えるもの三家、はじめ〔斉詩〕〔魯詩〕〔詩〕が行われ、のち〔毛詩〕が出た。〔毛詩〕には毛公の〔伝〕、玄の〔箋〕、唐の孔穎達の〔正義〕を加え、〔五経正義〕の一、のち〔十三経注〕の一。訓詁になお問題多く、馬瑞辰の〔毛詩伝箋通釈〕が参考となる。程俊英・見元の〔詩経注析〕がある。(『字通』)

初出は戦国文字で、カールグレン上古音はɕi̯əɡ(ɕはシュに近いシ)。同音に邿(国名・山名:金文あり)、始(:金文あり)、試、弒(主君を殺す)、幟。藤堂上古音はthiəg。

詩の字そのものの原義は、寺=”役所”の文書または命令のことで、”うた”の意味になったのは仮借である。そして詩は眺めるものではなくて歌うもので、”歌詞”と解した方がいい。この文字は金文・甲骨文には見られず、最も早い書体は楚系戦国文字に見られる詩 外字と書いた書体。
詩 楚系戦国文字
(上海博物館藏戰國楚竹書(1)䊷衣 『上海博物館藏戰國楚竹書(一)』上海古籍出版社2001年版より)

じっと眺めていると「旨」(シ・こころ)に見えてくるし、「旨」は甲骨文から存在するが、甲骨文の字形は人+口である上、カールグレン上古音はȶi̯ər、藤堂上古音はtierで音通するとは言いがたい。

また「国学大師」によると、荊門郭店楚墓竹簡に下掲の字形を載せ、必ずしも現行書体と違ってはいないことを示している。ただしこれは、”役所”関連を意味しているかも知れない。
詩 楚系戦国文字

部品の「寺」には”うた”の意味が、『大漢和辞典』を引いても出てこない。「詞」は戦国早期には遡れるが、そこで行き止まり。語義も「国学大師」は「”詞”在最初可能指官府文書的文字,因此從”言”表義」という。

『説文解字』は「詩、志なり」というが、「志」は戦国末期の中山王の青銅器が初出で、論語の時代に存在しない。『大漢和辞典』には「毛詩指説」を引いて「詩は辞なり」といい、辞(辭)は春秋時代の金文で確認できるが、カールグレン上古音dzi̯əɡ(詩ɕi̯əɡ)、藤堂上古音ḍiəg(下点は1989以前のIPAで、”狭い変種・摩擦音”を示す)(詩thiəg)で、音通していると言いたいが断言しがたい。


ただし現行のIPA=国際発音記号では、下点は(˔)を用いて”上寄り”を示す記号に改められている。何が上寄りかと言えば舌であろう。すると辞ḍiəgは、詩thiəgとほとんど同じ音ではないか? ……と思って、念のため虫眼鏡で再確認したら、下点ではなく下〇=無声音だった。とほほ。ただしネット環境で表記できないから、上記の記号は訂正していない。それにしても、dの無声音なんてありえるのだろうか? やはりthに近いように思うが…。


結局、下記『学研漢和大字典』の解字を元に、「詩」ɕi̯əɡ/thiəgは古くは「之」(カ音ȶi̯əɡ/藤音tiəg)と書かれていたのだろうと想像するしか無い。

之 金文
「之」(春秋晩期)

ここで改めて、上掲の楚系戦国文字を見ると、「之口」に見えてくる。
詩 楚系戦国文字

「口のくもの」。口に任せて、朗々と歌い上げる言葉。漢字で四角を見ると、何でもサイ 外字サイである、と言い回るのは、白川漢字学にあまりに毒されていると言うべきだ。ともあれ金文の釈文を随分引いたが、詩=「之口」という物証が出ない限り、断言は出来ないのが残念。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、之(シ)(いく)は、止(とまる)と同じく、人の足を描いた象形文字で、直線状に進む、直下に停止する、の意を含む。寺は「寸(手)+〔音符〕之」からなり、手でおし進める、手をじっととめる(持)の両方の意を含む。

詩は「言+〔音符〕寺」で、心の進むままをことばであらわしたもの(叙情詩)、心の中にとまった記憶をことばにしてとどめたもの(叙事詩)の両方の意を含む。

意味

  1. {名詞}うた。感動をあるリズムにのせて表現したもの。きまった型にのせたのを定型詩、型にとらわれないものを自由詩という。「詩歌」「唐詩」「詩言志=詩は志を言ふ」〔書経・舜典〕
  2. {名詞}「詩経」のこと。「詩三百」〔論語・為政〕
  3. 《日本語での特別な意味》し。漢詩のこと。

『詩経』=『毛詩』意味

《書名》中国最古の詩集。西周から東周にかけて(前九世紀~前七世紀)の歌謡三〇五編を収める。伝承によると孔子が編集したとされ、春秋時代にはすでに士人の必読の教養の書であった。全体の構成は「風(お国ぶり)」「雅(宴会や祭礼の歌)」「頌(ショウ)(祭礼の楽歌や神楽)」の三部に分かれる。五経の一つ。十三経の一つ。

字通

形声、声符は寺。古くは之に従い、之声。〔説文〕三上に「志なり」とあり、〔詩、大序〕に「詩は志の之く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す」とあるのによる。〔詩、大雅、巻阿〕「詩をつらぬること多からず 維を以て遂に歌う」、また〔大雅、シュウ高〕「吉甫、誦を作る 其の詩はなはおおいなり 其の風なびく好し 以て申伯に贈る」とあるのによると、詩は誦すべきものであり、呪誦であり、定められた儀礼の歌であったことが知られる。詩の呪誦的な性格は、〔小雅、何人斯〕「此の三物を出だして 以て爾を詛す」「此の好歌を作りて 以て反側(心変わり)をむ」などの語によって知ることができる。〔後漢書、五行志一〕に「五行伝に曰く、言の従わざる、是れを不がい(不治)と謂う。~の極憂には、時に則ち詩妖有り」とみえ、詩には呪霊があるものとされている。寺は金文に「たもつ」と読む用法がある。詩の起源は呪誦、その字義は呪能を保有するもののの意であろう。

訓義

  1. うた、からうた、定型のうた。
  2. 五経の一。〔詩〕〔詩経〕〔毛詩〕のようにいう。
  3. 弦歌するもの。譜によってうたうもの。
  4. 持と通じ、もつ。

大漢和辞典

詩経 毛詩 大漢和辞典
詩経 毛詩 大漢和辞典

賜(シ・15画)

論語 賜 甲骨文 論語 賜 金文
(甲骨文・金文)

論語では、端木賜子貢の名として頻出。

学研漢和大字典

会意兼形声。「貝+(音符)易(イ)・(シ)(おしのばす、おしやる)」で、自分の前にある物を相手の前におしやること。転じて、たまわる意となった。錫(セキ)(うすくおしのばす金属)と同系。類義語に奨。

意味

  1. {動詞}たまう(たまふ)。目上の人が目下の者に物を与える。また、目上の人が目下の者に命令を下す。「賜給」「下賜」「賜命」。
  2. {動詞}たまわる(たまはる)。目上の人から物などをもらう。いただく。「賜暇」。
  3. {名詞}たまもの。いただきもの。恵み。おかげ。「民、到于今、受其賜=民、今に到るまで、其の賜を受く」〔論語・憲問〕

而(ジ・6画)

論語 而 金文 論語 而 解字
(金文)

学研漢和大字典

柔らかくねばったひげの垂れたさまを描いたもの。▽ただし古くから、中称の指示詞niəg・nəgに当て、「それ」「その人(なんじ)」の意に用い、また指示詞から接続詞に転じて、「そして」「それなのに」というつながりを示す。

耳(柔らかいみみ)・屮(ジ)(柔らかい肉)・耐(ねばる)などと同系のことば。

意味

  1. {接続詞}しかして。しこうして(しかうして)。→語法「①」。
  2. {接続詞}しかも。→語法「②」。
  3. {代名詞}なんじ(なんぢ)。おまえ。《類義語》汝・若。「且而与其従辟人之士也=且つ而は其の人を辟くるの士に従はんよりは」〔論語・微子〕
  4. {指示詞}その。「而月斯征=而の月斯に征く」〔詩経・小雅・小宛〕
  5. {接続詞}→語法「⑥」

語法

  1. 「しかして」「しこうして」とよみ、
    (1)「また~」「ここで~」と訳す。並列・選択の意を示す。
    ▽「~して」「~て」と直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「士不可以不弘毅、任重而道遠=士はもって弘毅(かうき)ならざる可からず、任重くして道遠し」〈士人はおおらかで強くなければならない。任務は重くて道は遠い〉〔論語・泰伯〕
    (2)「そして」と訳す。順接の意を示す。▽「~して」「~て」と、直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「学而時習之=学びて時にこれを習ふ」〈学んで適当な時期におさらいする〉〔論語・学而〕
  2. 「しかも」「しかるに」「しかれども」とよみ、「~ではあるが」「しかし」「それなのに」「~であっても」と訳す。逆接の意を示す。
    ▽「~ども」「~ど」と直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「千里馬常有、而伯楽不常有=千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず」〈千里を走る名馬はいつもいるが、名馬を見つける名伯楽はいつもいるわけではない〉〔韓愈・雑説〕
  3. 「しかも」とよみ、「そのうえ」「さらに」と訳す。累加の意を示す。
    ▽「~して」「~て」と直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「積仁潔行如此而餓死=仁を積み行ひを潔(いさぎよ)くすることかくの如(ごと)くにして而(しか)も餓死す」〈あれほど仁徳を積み、清廉潔白であったのに、餓死したのである〉〔史記・伯夷〕
  4. 「すなわち」とよみ、「そうであれば」と訳す。《同義語》則。「上下交征利、而国危矣=上下交(こもごも)利を征(と)れば而(すなは)ち国危ふからん」〈上の者も、下の者も互いに利益を取りあってばかりいては、国は危うくなるでしょう〉〔孟子・梁上〕
  5. 「~して」「~にして」とよみ、「~ならば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。
    ▽「~して」「~て」と直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「倉廩実而知礼節、衣食足而知栄辱=倉廩(さうりん)実(み)ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」〈倉庫に穀物がいっぱいになって、はじめて礼儀を心得るようになり、衣食が十分に足りてきて、はじめて名誉と恥とを知るようになる〉〔史記・管晏〕
  6. 「~にして」とよみ、「~でありながら」と訳す。名詞の直後におかれ、条件文を導く。▽「~して」「~て」と直前の語に続けてよみ、訓読しないことが多い。「人而無信、不知其可也=人にして信無(な)くんば、その可なることを知らざるなり」〈人でありながら信義がなければ、うまくやっていけない〉〔論語・為政〕

字通

論語 学而 而 ジ
頭髪を切って、結髪をしない人の正面形。雨乞いをするときの巫女ふじょの姿で、需とは雨をもとめ、つことを示す字で、雨と、巫女の形である而とに従う。濡・儒はその系統の字である。〔説文〕九下に「頬毛けふまうなり。毛の形に象る」とし、(ひげ)の初文とみている。〔段注本〕に「ひげなり」と改め、その象形であるという。〔説文〕のたい字条九下に「罪あるもこんに至らざるものなり」とあり、髠とは頭髪を落とす刑。耏はその一部を残すのでさんを加えるが、而は髠の形である。巫祝にその状のものが多かったのであろう。請雨を需といい、その人を儒という。儒はもとその階層の、特に葬事に従うものであった。ぜんは懦弱の人、たんは柔毛の生ずる意であろう。而を代名詞や接続詞・助詞に用いるのは、みな仮借義である。

訓義

(1)髪のないひと、みこ、雨乞いみこ。(2)ひげ、ほおひげ。(3)汝・爾・若と通用し、なんじ、二人称に用いる。(4)乃・然と通用し、しこうして、接続の意に用い、多く順接。ときに逆接に用いて、しかれども。(5)如・若・爾と通用し、形容詞の語尾、また終助詞に用いる。(6)能と通用し、よく、よくす。

大漢和辞典

而 大漢和辞典
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自(ジ・6画)

論語 自 金文 論語 吾
(金文)

初出は甲骨文。カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はdzied。原義は人間の”鼻”。下記『字通』によると、甲骨文ですでに”…から”の意に用いられたという。

学研漢和大字典

象形。人の鼻を描いたもの。「私が」というとき、鼻を指さすので、自分の意に転用された。また出生のさい、鼻を先にしてうまれ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「…からおこる、…から始まる」という起点をあらわすことばとなった。類義語の親(シン)(みずから)は、じかに、直接にの意。躬(キュウ)(みずから)は、自分の身での意。

語義

  1. {副詞}みずから(みづから)。→語法「①」。
  2. {副詞}おのずから(おのづから)。→語法「②-1」。
  3. {副詞}おのずから(おのづから)。→語法「②-2」。
  4. {前置詞}より。→語法「③」

語法

①「みずから」とよみ、「わたし」「自分」と訳す。

  1. 自分が自分自身を行為・動作の対象にする。動詞の前に置かれて、主語・目的語を兼ね、一種の再読文字のような形になる。「自殺=(みずからが)みずからを殺す」《類義語》親。「寧信度、無自信也=寧ろ度を信ずるも、自(みづか)ら信ずる無(な)きなり」〈寸法書きは信用できても、自分(の足)を信用できない〉〔韓非子・外儲説左上〕
  2. 自分が他を行為・動作の対象にする。主語と目的語は異なる。「項伯許諾、謂沛公曰、旦日不可不蚤自来謝項王=項伯許諾し、沛公に謂ひて曰く、旦日蚤く自ら来りて項王に謝せざる可からずと」〈項伯は承諾して沛公に、明朝早く、ご自身おいでになって、項王に詫びていただかねばなりませんと言った〉〔史記・項羽〕
  3. 一般論として、自分自身を行為・動作の対象にする。「自」は目的語となるが、必ず動詞の前に置かれる。

②「おのずから」とよみ、

  1. 「自然に」「ひとりでに」と訳す。「故得天時則不務而自生=故に天時を得れば則(すなは)ち務めずして自(おのづか)ら生ず」〈それゆえ、天の時にかなえば、特別に努力しなくても自然に(穂は)生える〉〔韓非子・功名〕
  2. 「もともとから」と訳す。「檻外長江空自流=檻外(かんがい)の長江空(むな)しく自(おのづか)ら流る」〈手すりの向こう、濺江が、むなしく自然と流れ行く〉〔王勃・滕王閣〕

③「より」とよみ、「~から」と訳す。時間・場所の起点・経由の意を示す。《類義語》従・由。「有朋自遠方来、不亦楽乎=朋(とも)の遠方自(よ)り来たる有り、また楽しからずや」〈友達が遠い所からも訪ねて来る、いかにも楽しいことだね〉〔論語・学而〕

④「自非」は、「~にあらざるよりは」とよみ、「~でない限りは」「もし~でないならば」と訳す。仮定・限定の意を示す。「自非攀竜客、何為棟来遊=竜に攀(よ)づるの客に非(あら)ざる自(よ)りは、何為(なんす)れぞ棟(たちま)ちに来り遊ばん」〈高貴の人に取り入って出世を望む人でない限り、どうしてあわててやって来ることがあろうか〉〔左思・詠史〕

⑤「よりす」とよみ、「~から始まる・来る」と訳す。▽「③」を動詞化したもの。「晨門曰、奚自=晨門曰く、奚(いづ)れ自(よ)りすと」〈門番が、どちらからですかと言った〉〔論語・憲問〕

字通

[象形]鼻の形。鼻は自に畀(ひ)を声符としてそえた形。〔説文〕四上に「畀なり。鼻の形に象る」という。卜辞に「~自(よ)り~に至る」の用法があり、「従(よ)り」と同義。金文に「自ら寶ソン 外字彝(はうそんい)を作る」のように自他の自の意に用いる。〔書、皋陶謨〕に「我が五禮を自(もち)ふ」とあり、その用義は、もと犠牲を用いるとき、その鼻血を用いたことからの引伸義であろう。〔穀梁伝、僖十九年〕に「之れを用ふとは、其の鼻を叩(たた)きて、以て社に衈(ちぬ)るなり」とみえる。

声系

〔説文〕に自声として洎・垍など六字を収めるが、自の声義を承けるところはない。また自の省文として白(じ)をあげ、替を白声の字と解するが、その字は兟(しん)(簪)と曰(えつ)とに従い、譖の呪儀を示すもので、自とは関係がない。

語系

自dzieiは從(従)dziongと声近く、古くより通用の例がある。

次(ジ・6画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtsʰi̯ər。

学研漢和大字典

会意。「二(並べる)+欠(人が体をかがめたさま)」で、ざっと身のまわりを整理しておいて休むこと。軍隊の小休止の意。のち、物をざっと順序づけて並べる意に用い、次第に順序をあらわすことばになった。茨(シ)(かや草をざっと並べる)・資(ざっと並べて整えた材料)などと同系。類義語に番。異字同訓に次「事件が相次ぐ。富士山に次ぐ山。取り次ぐ。次の間」 継「布を継ぐ。跡を継ぐ。引き継ぐ。継ぎ目。継ぎを当てる」 接「木を接ぐ。骨を接ぐ。接ぎ木」。

語義

  1. {名詞}つぎ。並んだもののうち、はじめのもののつぎ。「次年」「敢問其次=敢へて其の次を問ふ」〔論語・子路〕
  2. {動詞}つぐ。第一のものの下に位する。また、第一のもののあとに続く。「君又次之=君又これに次ぐ」「相次去世=相ひ次いで世を去る」。
  3. {副詞}つぎに。ついで。そのあとに続いて。「次叙病心=次に病む心を叙す」〔白居易・与微之書〕
  4. {名詞}順序。「序次」「班次(並べた順序)」「以次進至陛=次を以て進み陛に至る」〔史記・荊軻〕
  5. {単位詞}物事の回数・度数を数えるときのことば。また、物事の順序をあらわすことば。「数次(数回)」。
  6. {名詞}ある行為をしたとき。そのさい。「参内之次(サンダイノジ)(宮中にまいったとき)」。
  7. (ジス){動詞}やどる。とまる。もと、軍隊がざっと部署をととのえて宿営する。また、旅の間に一日だけとまる。「旅次(宿屋。また、旅の途上)」「師退次于召陵=師退きて召陵に次る」〔春秋左氏伝・僖四〕
  8. {名詞}星のとまる星座。また広く物のやどる場所。「胸次(むねのところ)」「席次(席のある所)」。
  9. 「造次」とは、そそくさと物をかたづけたり、あつらえたりすることから、あわただしい短時間のこと。

字通

[象形]人が咨嗟(しさ)してなげく形。口気のもれている姿である。〔説文〕八下に「前(すす)まず。精(くは)しからざるなり」とし、二(に)声とするが、二に従う字ではなく、〔説文〕の訓義の意も知られない。次は咨(なげ)き訴えるその口気を示す形。咨は祈るとき、その口気を祝詞のサイ 外字(さい)に加える形。神に憂え咨(なげ)いて訴え、神意に諮(はか)ることをいい、咨は諮の初文。そのたち嘆くさまを姿という。第二・次第の意は、おそらくくりかえすことから、また「次(やど)る」は軍行のときに用いるもので、古くはシ 外字(し)の字義にあたり、音を以て通用するものであろう。古文の字形は、他に徴すべきものがなく、中島竦の〔書契淵源〕に、婦人の首飾りを〔儀礼、士冠礼〕に次と称しており、その象形の字であろうという。〔説文〕の解は、〔易、夬、九四〕「其の行、次且(じしょ)」の語によって解したものであろうが、次且は二字連語、そこから次の字義を導くことはできない。

耳(ジ・6画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はȵi̯əɡ。

学研漢和大字典

象形。みみを描いたもので、柔らかいの意を含む。餌(ジ)(柔らかいすりえ)・而(ニ)・(ジ)(柔らかいひげ)などと同系。草書体をひらがな「に」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}みみ。柔らかいみみ。音を聞く役目をする器官。「耳朶(ジダ)」「側耳=耳を側つ(聞き耳をたてる)」「六十而耳順=六十にして而耳順ふ」〔論語・為政〕
  2. {名詞}物の両わきについたみみ状をしたもの。「鼎耳(テイジ)(かなえの両わきの突き出た所)」。
  3. {動詞・形容詞}みみからはいる。みみで聞いた。「耳聴途説(聞いたうわさや立ち話)」。
  4. {助辞}のみ。→語法「①」▽…而已(それでおわり、それだけ)をつづめて、…耳と書くようになった。

語法

①「~のみ」とよみ、文末におかれ、

  1. 「~なのである」と訳す。断定の意を示す。「且吾所為者極難耳=かつ吾が為す所の者は極めて難(かた)きのみ」〈たしかに、おれのやろうとすることは、とてつもなく困難なことだよ〉〔史記・刺客〕
  2. 「~だけ」「~であるにすぎない」と訳す。限定の意を示す。「復聚其騎、亡其両騎耳=またその騎を聚(あつ)むるに、その両騎を亡(うしな)ひしのみ」〈再び騎乗の部下を集めてみると、わずかに二騎を失っただけであった〉〔史記・項羽〕

  1. 「唯(直・但・止・徒)~耳」は、「ただ~のみ」とよみ、「ただ~であるにすぎない」「ただ~ばかりである」「わずかに~だけである」と訳す。限定の意を示す。「天下匈匈数歳者、徒以吾両人耳=天下匈匈(きゃうきゃう)たること数歳なるは、ただ吾両人をもってなるのみ」〈天下が何年も(戦乱に明け暮れ)騒然としているのは、ひとえに我ら二人のためだ〉〔史記・項羽〕
  2. 「独~耳」は、「ひとり~のみ」とよみ、「ただ~であるにすぎない」「ただ~ばかりである」「わずかに~だけである」と訳す。限定の意を示す。「能用秦柄者、独張儀可耳=よく秦の柄を用ゐん者は、独り張儀可なるのみ」〈秦の権力を自由にできる者は、張儀だけである〉〔史記・張儀〕

字通

[象形]耳の形。〔説文〕十二上に「聽くことを主(つかさど)るものなり」という。耳と目とは、神聖に接するのに最も重要なもので、耳目の聡明なのを合わせて聽(聴)という。聞の卜文は耳の下に壬(てい)(人の挺立する形)をかき、それに祝禱の器であるサイ 外字(さい)を加えると、聖となる。聖とは神の声を聴きうる人をいう。聖に呪飾のある目と心とを加えた形が聽(聴)である。終助詞に用いるのは、而已(じい)の音にあてたもので、仮借の用法である。

事(ジ/シ・8画)

論語 事 金文 論語 事 解字
(金文)

学研漢和大字典

会意文字で、「計算に用いる竹のくじ+手」で、役人が竹棒を筒(ツツ)の中にたてるさまを示す。のち人のつかさどる所定の仕事や役目の意に転じた。また、仕(シ)(そばにたってつかえる)に当てるという。

意味

  1. {名詞}こと。用事。仕事。事がら。「大事小事」「有事、弟子服其労=事有れば、弟子其の労に服す」〔論語・為政〕
  2. {名詞}こと。出来事。「事件」「四方無事=四方に事無し」。
  3. {動詞}こととする(こととす)。問題として扱い、処理する。「吏及賓客見参不事事=吏及び賓客参の事を事とせざるを見る」〔史記・曹相国〕
  4. {動詞}つかえる(つかふ)。そばにたって雑用をする。用命に応ずる。《類義語》仕。「事之以犬馬=これに事ふるに犬馬を以てす」〔孟子・梁下〕

字通

史+吹き流し。史は木の枝に祝詞の器(口さい)をつけて捧げる形。廟中の神に告げ祈る意で、史とは古くは内祭をいう語であった。外に使して祭るときには、大きな木の枝にして「偃游えんゆう」(吹き流し)を付けて使し、その祭事は大事という。それを王事といい、王事を奉行することは政治的従属、すなわち「つかえる」ことを意味した。史・使・事は一系の字。卜辞には「人を河につかいせしめんか」「人を岳に事せしめんか」のようにいい、河岳の祭祀はいわゆる外祭である。金文に使役の形式を「~しむ」のように、史を使役に用いる。

訓義

1)まつり、そとのまつり、まつりごと。2)まつりする、まつりにつかえる、つかえる、上につかえる。3)まつること、つかえること、こと、ことがら。4)できごと、異常なこと、重大なこと。5)倳と通じ、たてる、さす、さしはさむ。6)使と通じ、つかう。

大漢和辞典

事 大漢和辞典
事 大漢和辞典

治(ジ・8画)

→治(チ・8画)

佴(ジ・8画)

初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はȵi̯əɡで、同音多数。とそれを部品とする漢字群:栭”ますがた”、胹”煮る”、鮞”はらご”、とそれを部品とする漢字群:咡”口(元)”、餌”粉餅”、珥”みみだま”、衈”ちぬる”、刵”耳切る”、眲”あなどる”。「而」「耳」に、”秩序”の語義は無い。

『学研漢和大字典』『字通』には条がなく、『大漢和辞典』のみ。
佴 大漢和辞典

時(ジ・10画)

論語 時 甲骨文 論語 時 金文
(甲骨文・金文)

カールグレン上古音はȡi̯əɡ。同音に塒(ねぐら)、市、恃、侍。市は甲骨文から存在するが”とき”の意が無く、他は金文以前に遡れない。

上掲の甲骨文と金文は出自が不明で、この字が中国に初めて現れるのは、戦国時代末期の青銅器に鋳込まれた文字か、戦国時代に秦国で刻まれたとされる石鼓文からになり、論語の時代までは100年以上の開きがある。音ジ訓ときの漢字は「時」しかなく、代替しうる論語時代の文字は存在しない。

ただし”とき”の概念が無かったはずは無く、以下に示すようないずれかの文字で記されていただろう。
時 一覧 大漢和辞典

また『字通』によると、「寺」にある状態を持続する意があり、日景(ひかげ)・時間に関しては時という。古くは之と日の組み合わせで記され、之にものを指示特定する意がある。またそのときを持つ意に用いる古例もある、という。従って、論語の時代にはおそらく「止日」と二文字で書かれていただろう。これは広く認められた「諸」=「之於」と同様の語法になる。

国学大師http://www.guoxuedashi.com/では、「時」の初出を戦国末期の中山王の青銅器だとしている。
時 国学大師

また別に甲骨文も載せるが、出典を書いていない。さらに甲骨文のデータベースを検索すると1件ヒットするが、どうやら誤植のようである。

時 金文
ただし李学勤『字源』に、上掲春秋時代の字形を載せるので、とりあえず論語の時代に存在したとして扱う。

学研漢和大字典

論語 時 解字
「時」は会意兼形声文字で、之(シ)(止)は、足の形を描いた象形文字。寺は「寸(て)+(音符)之(あし)」の会意兼形声文字で、手足を働かせて仕事すること。

時は「日+(音符)寺」で、日が進行すること。之(いく)と同系で、足が直進することを之といい、ときが直進することを時という。

意味

  1. {名詞}とき。時間。また、春・夏・秋・冬を四時という。「経時=時を経」「時移事去=時移り事去る」〔陳鴻・長恨歌伝〕
  2. {名詞}とき。昔は一日を十二分し、十二支の名を当てて、「子時(シジ)・(ネノトキ)」「丑時(チュウジ)・(ウシノトキ)」などと呼んだ。今は二十四分して、「一時」「二時」という。「午時(ゴジ)・(ウマノトキ)(正午)」。
  3. {名詞}とき。時代。そのころ。その時代の状況。「時不利兮騅不逝=時に利あらず騅逝かず」〔史記・項羽〕
  4. {名詞}とき。適当な時機。ころあい。機会。「得其時=其の時を得」「農時(農作をすべき時)」「使民以時=民を使ふに時を以てす」〔論語・学而〕。「好従事而亟失時=事に従ふことを好みて亟時を失ふ」〔論語・陽貨〕
  5. {形容詞}とき。適時の。よいしおどきの。「時宜」「時雨(ジウ)(しおどきの雨)」「夫子、時然後言=夫子、時にして然る後言ふ」〔論語・憲問〕
  6. {名詞}とき。暦。「行夏之時=夏の時を行ふ」〔論語・衛霊公〕
  7. {副詞}ときに。ときどき。おりふしに。あるときには。「学而時習之=学びて時にこれを習ふ」〔論語・学而〕。「時大時小=時には大なり時には小なり」〔漢書・匈奴〕
  8. {動詞}うかがう(うかがふ)。よいしおどきをうかがう。《類義語》伺(シ)(うかがう)。「時其亡也而往拝之=其の亡きを時ひ往きてこれを拝す」〔論語・陽貨〕
  9. {指示詞}これ。この。▽之や是(コレ)・(コノ)に当てた用法。「時日害喪=時の日害か喪びん」〔孟子・梁上〕
  10. 《日本語での特別な意味》ときに。話題を転じるときに用いることば。ところで。

字通

論語 時  金文 中山王鼎
(中山王壺)

声符は寺。寺に、ある状態を持続する意があり、日景(ひかげ)・時間に関しては時という。〔説文〕七上に「四時なり」と四季の意とする。〔書、堯典〕「つつしんで民に時を授く」は農事暦の意。古文の字形は中山王鼎にもみえ、と日に従う。之にものを指示特定する意があり、〔書、舜典〕「百揆れ叙す」、〔詩、大雅、緜〕「ここに止まり 曰にる」のような用法がある。また〔石鼓文、吾(吾)車右〕に「卽ち吾ふせぎ卽ちうかがふ」とあって、そのときを持つ意に用いている。

訓義

(1)とき、ひつき、きせつ。(2)おり、しお、そのとき、そのころ。(3)ときに、ときおりに、(4)そのときにあたる、ときをえる。(5)是・と通じ、よい。(6)是と通じ、この、これ。(7)司・伺と通じ、うかがう、つかさどる。(8)蒔と通じ、まく。(9)と通じ、まつ。

大漢和辞典

時 大漢和辞典
時 大漢和辞典
時 大漢和辞典
時 大漢和辞典

慈(ジ・13画)

論語 慈 金文
(金文)

”いつくしむ・いつくしみ”。年上に対する「孝」と対になり、年下に対する愛情。『字通』ではその原義を”糸束”だという。

上掲の金文は戦国末期のもので、論語の時代に遡ることが出来ない。カールグレン上古音はdzʰi̯əɡ。同音に字(やしなう・はぐくむ)・孳(甲骨文・金文無し)。おそらく論語の時代には「字」と書かれた。

藤堂上古音はdziəg。無理にカタカナにすると、「ヂゥァーグ」にろうか。

『大漢和辞典』で音ジ訓いつくしむは、この文字しか載っていない。候補として「仁」があるが、藤堂上古音nienで音通しているとは言いかねる。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、茲(ジ)は、草の芽と細い糸とをあわせて、小さいものが成長しふえることを示す会意文字。慈は「心+〔音符〕茲」で、小さい子を育てる親心のこと。滋(ジ)(ふえる)・孳(ジ)(子どもを育てる)と同系のことば、という。

意味

  1. {動詞・形容詞}いつくしむ。母が子を大事に育てる。また、その愛情の深いさま。「慈母」「敬老慈幼=老を敬ひ幼を慈しむ」〔孟子・告下〕
  2. {動詞・形容詞}いつくしむ。父母のような愛情で、上の者が下の者をかわいがる。また、そのさま。「君之不慈臣、此亦天下之所謂乱也=君の臣を慈しまざる、此れ亦た天下の所謂乱れなり」〔墨子・兼愛上〕
  3. {形容詞}情け深い。また、愛情がこまやかな。「雖孝子慈孫、百世不能改也=孝子慈孫と雖も、百世改むること能はざるなり」〔孟子・離上〕
  4. {名詞}いつくしみ。「一曰慈=一に曰はく慈」〔老子・六七〕
  5. {名詞}母親のこと。《対語》⇒厳。「家慈(私の母)」。

慈 字解

爾(ジ・14画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はȵi̯ăr。

学研漢和大字典

象形。柄にひも飾りのついた大きいはんこを描いたもの。璽(はんこ)の原字であり、下地にひたとくっつけて印を押すことから、二(ふたつくっつく)と同系のことば。またそばにくっついて存在する人や物をさす指示詞に用い、それ・なんじの意をあらわす。邇(ジ)(そばにくっつく)・尼(ニ)・(ジ)(そばにくっつく人)と同系。▽現代北京語の你(ニ)はその子孫に当たることばで、你は儞の略字である。草書体をひらがな「に」として使うこともある。

璽・壐

会意兼形声。爾(ジ)は、はんこの形を描いた象形文字で、璽の原字。上部はつまみで左右に飾りのひもがついており、下は印にほった文字の形。璽は、爾がのちに指示詞に用いられるようになったので意符の玉を添えたもの。璽は「玉+(音符)爾」。紙などに押してくっつける印。くっつくの意を含む。

語義

  1. {代名詞}なんじ(なんぢ)。近くにいるあい手をさす第二人称のことば。《対語》⇒我。「爾愛其羊=爾は其の羊を愛しむ」〔論語・八飲〕。「爾我之間」。
  2. {指示詞}しかり。しかる。それ。その。近くにある事物や前に述べた事物・事がらを示すことば。それ。そのような。《類義語》然。「問君何能爾=君に問ふ何ぞ能く爾るやと」〔陶潜・飲酒〕。「君爾妾亦然=君爾り妾も亦た然り」〔古楽府・焦仲卿妻〕
  3. {指示詞}しかり。そうだと肯定することば。《類義語》然(シカリ)。
  4. {助辞}形容詞につく助詞。もと、そのようなの意を含んでいた。「徒爾(トジ)(いたずらに)」「卓爾(タクジ)(すっくりと高く)」「莞爾(カンジ)(にっこりと)」「使己僕僕爾亟拝也=己をして僕僕爾として亟りに拝せしむるなり」〔孟子・万下〕
  5. {助辞}のみ。→語法「①」。
  6. {形容詞}ちかい(ちかし)。▽邇(ジ)(ちかい)に当てた用法。「爾雅(ジガ)(書名。雅言にちかいとの意)」。

語法

①「~のみ」とよみ、文末におかれ、

  1. 「~なのである」と訳す。断定の意を示す。「有本者如是、是之取爾=本有る者はかくの如(ごと)し、これをこれ取れるのみ」〈本源のあるものは、このようである、(孔子は)ほかならぬこの点をとらえたのである〉〔孟子・離下〕
  2. 「~だけ」「~であるにすぎない」と訳す。限定の意を示す。《同義語》耳・而已。「王大将軍当下、時咸謂無縁爾=王大将軍下らんとするに当たり、時に咸(みな)縁無(な)しと謂ふのみ」〈王大将軍(王敦)が(謀反を起こして都へ向かおうと長江を)攻め下ったとき、誰もがそんなはずはないと言うだけであった〉〔世説新語・方正〕

  1. 「唯(直・但・止・徒)~爾」は、「ただ~のみ」とよみ、「ただ~であるにすぎない」「ただ~ばかりである」「わずかに~だけである」と訳す。限定の意を示す。「新婦所乏唯容爾=新婦の乏しき所はただ容のみ」〈わたくしに欠けているのは器量だけです〉〔世説新語・賢媛〕
  2. 「独~爾」は、「ひとり~のみ」とよみ、「ただ~であるにすぎない」「ただ~ばかりである」「わずかに~だけである」と訳す。限定の意を示す。

③「~云爾」は、「~のみ」「しかいう」とよみ、「~というわけである」と訳す。文末におかれ、叙述をしめくくる役割を持つ。「発憤忘食、楽以忘憂、不知老之將至云爾=憤(いきどほ)りを発して食を忘れ、楽しみてもって憂ひを忘れ、老の將に至らんとするを知らざるのみ」〈(学問に)発憤しては食事も忘れ、(道を)楽しんでは心配事をも忘れ、やがて老いがやってくることにも気付かずにいるというわけだ〉〔論語・述而〕

字通

[象形]人の正面形の上半部と、その胸部に㸚(り)形の文様を加えた形。㸚を独立した字と解すれば会意となるが、全体象形と解してよい字である。㸚はその文身の模様。両乳を中心として加えるもので、爽(そう)・𡚐(せき)などは女子の文身を示す。爽の上半身の形が爾にあたる。みな爽明・靡麗(びれい)の意のある字である。〔説文〕三下に「麗爾なり。猶ほ靡麗のごときなり」とし、その字形は冂(けい)と㸚とに従い「其の孔(あな)㸚(うるは)し。𡭗(じ)聲」と形声に解し、窓飾りの格子の美しいさまであるという。㸚を二爻(こう)、疏窓の形とするものであるが、爽の字形からも知られるように、両乳の部分に文身を加えた形。通過儀礼の際に呪禁として加えるもので、おそらく死喪のとき、朱を以て絵身を施したものであろう。ゆえにまた靡麗の意となる。二人称に用い、また状態詞の語末、接続の語などに用いるのはみな仮借。〔詩、小雅、采薇〕「彼の爾(でい)たるは維(こ)れ何ぞ」の爾は薾の仮借。薾は文身の美を、花に移していうものであろう。

璽・壐

[形声]声符は爾(じ)。〔説文〕十三下に土に従う字とし、「王者の印なり。以て土を主(つかさど)る」(段注本)とし、璽を籀文とする。古く銅印の類は鉩に作り、鋳印であった。

識(シキ・19画)

→識(ショク・19画)

失(シツ・5画)

論語 失 金文大篆 論語 落とす 失
(金文大篆)

学研漢和大字典

会意。「手+よこへ引くしるし」で、手中のものがするりと横へ抜け去ることを示す。忘佚(ボウイツ)の佚(=逸)と同系。また更迭(コウテツ)の迭(横に抜けて入れかわる)・跌(テツ)(足がするりと横にすべる)とも縁が深い。

意味

  1. (シッス){動詞・名詞}うしなう(うしなふ)。とり逃がす。するりとなくすること。なくしたもの。《対語》⇒得・守・持。「損失」「猶恐失之=なほこれを失はんことを恐る」〔論語・泰伯〕
  2. (シッス){動詞}うしなう(うしなふ)。やるべき仕事や時期・道筋などを見のがす。「失其事=其の事を失ふ」「急撃勿失=急ぎ撃ちて失ふこと勿かれ」〔史記・項羽〕
  3. {名詞}あやまち。やりすぎや見のがしのしくじり。「失敗」「過失」「咎己之失=己の失を咎む」〔王陽明・勧学〕
  4. (シッス){動詞}うしなう(うしなふ)。中に押さえこんでおくべきものを押さえきれずに、またはうっかりして外へ出してしまう。「失言」「失火」。
  5. {動詞}するりと抜け去る。また、なくなる。▽佚(イツ)・逸に当てた用法。「失念」。
  6. 《日本語での特別な意味》野球で、「失策」の略。エラーのこと。「敵失」「凡失」。

字通

説 字解
手を挙げて舞い、恍惚の状態にあることを示す。祝禱してエクスタシーの状態になること。〔説文〕十二上に「はなつなり」とし、字を手に従い、いつ声とするが、乙に従う字ではない。似た字形にようがあり、身を傾けて舞う形。またそくは頭を傾けて舞う形。失は自室の意。すべて亡失のことをいう。

訓義

1)うしなう、気を失う、忘我・自失の状態となる。2)ものをうしなう、わすれる、にがす。3)あやまつ、あやまる、みだれる。4)たがう、くるう、ほしいままにする。5)佚と通じ、たのしむ。6)逸と通じ、のがれる。

大漢和辞典

失 大漢和辞典
失 大漢和辞典

室(シツ・9画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はɕi̯ĕt。

学研漢和大字典

会意兼形声。至は、矢がぴたりと目標まで届いたさま。奥までいきづまり、その先へは進めない意を含む。室は「宀(やね、いえ)+(音符)至」で、いちばん奥のいきづまりのへや。窒(チツ)(いきづまり)・膣(チツ)と同系。類義語に家。

語義

  1. {名詞}へや。奥まったへや。《対語》⇒堂(表の広間)。「升堂矣、未入於室也=堂に升れり、いまだ室に入らざるなり」〔論語・先進〕
  2. {名詞}むろ。奥深くふさいだ穴。「氷室(ヒムロ)」。
  3. {名詞}いえ(いへ)。すまい。うち。「家室」「盗愛其室、不愛其異室=盗は其の室を愛して、其の異室を愛せず」〔墨子・兼愛上〕
  4. {単位詞}家の戸数を数えることば。《類義語》戸。「千室之邑」〔論語・公冶長〕
  5. {名詞}さや。刀剣のさや。「刀室」「剣長操其室=剣長くして其の室を操る」〔史記・荊軻〕
  6. {名詞}王朝をたてた一家。「周室」「功顕於漢室=功漢室に顕かなり」〔漢書・蘇武〕
  7. {名詞}奥べやに住む夫人。《対語》家。「室人(つま)」「令室(奥さま)」「丈夫生而願為之有室=丈夫生まれてはこれが為に室有らんことを願ふ」〔孟子・滕下〕
  8. {名詞}二十八宿の一つ。規準星は今のペガスス座にふくまれる。はつい。「定」ともいう。

字通

[会意]宀(べん)+至。至は矢の至るところ。〔説文〕七下に「實なり」と音義的に解し、また「室屋は皆至に從ふ。止まる所なり」(段注本)と、人の至り、止まる意を以て解するが、至は矢の至る意。矢を放って、その造営の地を卜し、祓(はら)うことを意味する。室は祖霊の安んずるところで、いわゆる大室。屋は板屋で殯(かりもがり)する所である。臺(台)も至に従い、天を祀り、神明に接する所をいう。家・冢が犬牲を埋めて奠基(てんき)し、修祓する儀礼を示す字であるのと同じ。卜辞に中室・南室・血室などの名があり、みな祭祀の場所。また金文の冊命(さくめい)儀礼はすべて宗廟大室において行われている。金文の〔大豊𣪘(たいほうき)〕に「王、天室に祀る」とあり、室とはもと祭祀を行うところをいう。

疾(シツ・10画)

論語 疾 甲骨文 論語 疾 金文
(甲骨文・金文)

学研漢和大字典

論語 疾 字解
会意。甲骨文字は人をめがけて進む矢を示す会意文字。金文以下は「容+矢」で、矢のようにはやく進む、また、急に進行する病気などを意味する。迅(シン)・(ジン)は、疾の語尾がnに転じた語で、疾にきわめて近い。類義語に早・病。

意味

  1. {形容詞}はやい(はやし)。スピードがはやい。あっというまに進むほどはやい。《類義語》速。「疾走」「疾風迅雷(シッフ°ウジンライ)(急激な風や雷)」。
  2. {名詞}やまい(やまひ)。急にひどくなる病気。急性で悪性の病気。転じて、広くやまいのこと。《類義語》病。「疾病」「父母唯其疾之憂=父母にはただその疾(やま)ひをこれ憂へしめよ」〔論語・為政〕
  3. {名詞}つらいこと。くるしみ。悩み。悪いくせ。「民疾(人民にとってつらい悩み)」。
  4. {動詞}やむ。くるしむ。病気になる。また、つらいと思う。悩む。
  5. {動詞}にくむ。いやなことだとしてにくみきらう。《同義語》嫉。「疾之已甚=これを疾むこと已甚し」〔論語・泰伯〕
  6. {形容詞}にくらしそうに。いやがって。《同義語》嫉。「疾視(にくにくしげにみる)」。

質(シツ・15画)

初出は西周末期の金文。カールグレン上古音はti̯əd(去)またはȶi̯ət(入)。

学研漢和大字典

会意。斤(キン)は、重さを計る重りに用いたおの。質は「斤二つ(重さが等しい)+貝(財貨)」で、Aの財貨と匹敵するだけなかみのつまったBの財貨をあらわす。名目に相当するなかみがつまっていることから、実質、抵当の意となる。実(ジツ)(なかみ)・緻(チ)(きめ細かくなかみがつまる)・室(シツ)(つまったへや)・窒(チツ)(つまる)などと同系。また真(シン)(なかみがつまる)は、その語尾がnに転じたことば。

語義

シツ(入)
  1. {名詞}もと。しろ。なかにつまっているもの。なかみ。内容。《対語》⇒形。「実質」「形質倶変=形質倶に変ず」「君子義以為質=君子は義以て質と為す」〔論語・衛霊公〕
  2. {名詞}たち。もってうまれたなかみそのもの。もちまえ。うまれつき。「素質」「性質」。
  3. {名詞・形容詞}飾りけのないそのもののまま。生地のまま。すなおである。《対語》⇒文。「質、勝文則野=質、文に勝てば則ち野なり」〔論語・擁也〕
  4. (シッス){動詞}ただす。なかみをつきつめる。問いただす。「質問」「質諸鬼神而無疑=諸を鬼神に質して疑ひ無し」〔中庸〕
チ(去)
  1. {名詞}あかしをたてるだけの値うちあるものとして、相手にあずけおく人や物。人質や抵当。「納質=質を納る」「交質=質を交す」。
  2. (チス){動詞}人質にする。抵当に入れる。

字通

[会意]斦(ぎん)+貝。貝はもと鼎の形。二斤(きん)(手おの)を以て鼎側に銘刻を加える意で、重要な契約や盟誓の辞などを記した。これを約剤・質剤という。剤の正字は劑。齊(斉)はセイ かなえ 外字(せい)で方鼎、その方鼎に銘刻を加えることを劑といい、質と立意の同じ字である。〔説文〕六下に質を「物を以て相ひ贅(ぜい)す」とあって、質入れすることをいうとするが、それは字の初義ではない。〔説文〕は字が斦、二斤に従う意を解しえず、その義を闕としているが、劑・則(古くは𠟭)の字形によって、その意を解くことができる。それより質要・質剤・法則などの意となる。〔周礼、天官、小宰〕「官府の八成」のうち、「七に曰く、賣買を聽くに質劑を以てす」、また〔周礼、地官、質人〕に「大市には質を以てし、小市には劑を以てす」とみえる。質は訓義の多い字であるが、質剤の義が本義、他はその引伸義である。

訳者注:質剤→周代、官庁が発行し、交易の時、買手から売手に渡して取引の証拠とした手形証券。

日(ジツ・4画)

論語 日 金文論語 太陽
(金文)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はȵi̯ĕt。

学研漢和大字典

象形。太陽の姿を描いたもの。ニチ・ジツということばは、尼(近づく)・昵(ジツ)(親しむ)・泥(ネイ)・(デイ)(ねっとり)などと同系で、身近にねっとりとなごんで暖かさを与える意を含む。また燃(ネン)(暖かくもえる)とも一脈のつながりがある。

付表では、「一日」を「ついたち」「二日」を「ふつか」「二十日」を「はつか」「今日」を「きょう」「昨日」を「きのう」「明日」を「あす」「日和」を「ひより」と読む。▽草書体をかな「ひ」として使うこともある。

意味

  1. {名詞}ひ。太陽。「日月」「浮雲翳白日=浮雲白日を翳ふ」〔孔融・臨終詩〕
  2. {名詞}ひ。太陽の出ている間。昼間。《対語》⇒夜。《類義語》昼。「夜以継日=夜以て日に継ぐ」〔孟子・離下〕
  3. {名詞}ひ。か。一昼夜。「是日=是の日」「終日」。
  4. {単位詞}か。日数をかぞえることば。
  5. {副詞}ひび。ひに。毎日。「吾日三省吾身=吾日に三たび吾が身を省みる」〔論語・学而〕
  6. {副詞}ひび。ひに。一日一日と。「園日渉以成趣=園は日に渉りて以て趣を成す」〔陶潜・帰去来辞〕
  7. {名詞}広く、時期・ころ。「暇日(カジツ)(暇な時)」「他日(将来の、ある日)」「何日是帰年=何の日か是れ帰年」〔杜甫・絶句〕
  8. {名詞}「日本」の略。
  9. 《日本語での特別な意味》
    ①にち。七曜の一つ。日曜日の略。
    ②「日向(ヒュウガ)」の略。「日州」。

字通

[象形]太陽の形。中に小点を加えて、その実体があることを示す。三日月の形に小点を加えて、夕とするのと同じ。〔説文〕七上に「實(み)てるものなり。太陽の精は虧(か)けず」とするのは、〔釈名、釈天〕の「日は實なり。~月は缺なり」とするのによるもので、音義説である。日と實、月と缺とは、今の音ははるかに異なるが、古音は近く、わが国の漢字音にはなおその古音が残されている。

※訳者注:カールグレン音で日ȵi̯ĕt・實ʰi̯ĕt、月ŋi̯wăt・缺kʰi̯watまたはkʰiwat。

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