路(ロ・13画)
史懋壺・西周中期
初出:初出は西周中期の金文。
字形:「足」+「各」klɑk(入)”夊と𠙵”=人のやって来るさま。全体で人が行き来するみち。原義は”みち”。「各」は音符と意符を兼ねている。
音:カールグレン上古音はglɑɡ(去)。
用例:西周中期「史懋壺」(集成9714)に「寴令史懋路𥰰。」とあり、「漢語多功能字庫」は「露」と釈文し、”「露筮」是古人占蓍之前先將蓍草置於星宿夜空之下”といい、「露」”さらす”を意味した。
春秋末期までの用例はこの1例のみ。
論語では孔子の弟子・仲由子路の名として頻出。
学研漢和大字典
形声。各は「夂(足)+口(かたい石)」からなり、足が石につかえて、ころがしつつ進むことを示す。路は「足+(音符)各(ラク)・(カク)」で、もと連絡みちのこと。絡(ラク)(太い経脈を横につなぐ細い脈)と同系。類義語に道。草書体をひらがな「ろ」として使うこともある。
語義
- {名詞}みち。じ(ぢ)。太いみちをつなぐ横みち。連絡のみち。転じて広く、みちのこと。《類義語》道・径。「道路」「行路人(コウロノヒト)(旅人)」。
- {名詞}みち。たどるすじみち。行き方。やり方。「筆路(筆のはこび)」「思路(考え方)」「路、悪在=路、悪くにか在る」〔孟子・尽上〕
- {名詞}重要なポスト。「要路」「夫子、当路於斉=夫子、斉にて路に当たる」〔孟子・公上〕
- {名詞}天子*・諸侯の乗用の車。▽天子の五車として、玉路・金路・象路・革路・木路があった。《同義語》輅。
- {形容詞}王宮の建物のうち、表向きのものであること。「路寝(王の表御殿)」「路門(王宮の門)」。
- {名詞}宋(ソウ)代、都を中心として、方向によってわけた行政区画。東路・西路・北路・南路などをおいた。現代の省にあたる。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[形声]声符は各(かく)。各に賂・輅(ろ)の声がある。各は祝禱して神をよび、神霊が降格することを示す字。夂(ち)は下降する足を示す。路とは神の降る道をいう。〔説文〕二下に「道なり」として会意とし、〔繫伝〕に各声とする。道は異族の首を携えて、道路を祓う儀礼。道路とは呪的に清められた通路をいう。路はまた天子のことに関して用い、路寝・路門・路車のようにいう。
輅(ロ・13画)
子犯鐘・春秋中期
初出:初出は春秋中期の金文。
字形:「車」+「各」klɑɡ(入)(音符)。「各」に”ゆく”の意があり、出掛けるための車。
音:カールグレン上古音はglɑɡ(去)。同音に「路」、「露」、「潞」”川の名”、「鷺」、「璐」”美しい玉”、「賂」、「簬」”竹の名”。呉音は「ル」。
用例:春秋中期「子犯鐘」(新收殷周青銅器銘文暨器影彙編NA1011)に「王易(賜)子𨊠(犯)輅車」とあり、”乗用車”と解せる。
備考:定州竹簡論語では「路」と記す。『大漢和辞典』に「輅に通ず」という。
学研漢和大字典
形声。「車+(音符)各(ラク)」。大路をいくくるまのこと。
語義
- {名詞}くるま。大きなくるま。
- {名詞}くるま。天子*の乗るくるま。《同義語》⇒路。「玉輅(ギョクロ)」「大輅(タイロ)」「乗殷之輅=殷の輅に乗る」〔論語・衛霊公〕
- {名詞}車のながえにしばりつけた横木。くるまを引くとき胸にあてる部分。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[形声]声符は各(かく)。各に路・賂(ろ)の声がある。〔説文〕十四上に「車軨(しやれい)前の横木なり」とあり、その横木によって車を挽(ひ)く。柩車などに用いる古式のもので、〔論語、衛霊公〕に「殷の輅」とみえる。天子の車を、また大輅という。
魯(ロ・15画)
甲骨文/作周公簋・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:現伝字形によって「魚+日」と解し、バカな魚が陸に飛び上がって日に干される姿と解するのは間違っている。甲骨文の字形は「魚」+「𠙵」”くち”で、食べて美味しいもの。金文の字形では「𠙵」が「甘」になり、魚を食べて口に含むこと。原義は”美味い”・”よい”。
音:カールグレン上古音はlo(上)。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、また地名に用いた。金文でも原義・地名・国名に用いた。
学研漢和大字典
会意。「魚(にぶい動物の代表)+曰(ものいう)」で、言行が魚のように大まかで間ぬけであること。▽「ロシア」の意味では「露」とも書く
語義
- {形容詞}おろか(おろかなり)。大ざっぱで、間がぬけている。《類義語》鹵。「魯鈍(ロドン)」「参也魯=参也魯なり」〔論語・先進〕
- {名詞}国名。周の武王が、弟の周公旦(タン)の領地として与えた国。その子伯禽(ハクキン)が成王によって封ぜられてから三十四代約八百年続き、前二四九年楚(ソ)に滅ぼされた。都は曲阜(キョクフ)(山東省曲阜県)。孔子がうまれた国。
- 《日本語での特別な意味》「魯西亜(ロシア)」の略。「日魯漁業協定」。
字通
[会意]魚+曰(えつ)。曰は祝禱を収める器。魚を薦め、祝禱する儀礼を示す字である。〔説文〕四上に字を白に従う形とし「鈍詞なり。白に從ひ、魚(ぎよ)聲」とするが声が合わず、「鈍詞」という意も明らかでない。おそらく魯鈍の意とするものであろうが、金文には魯休・魯命・純魯・魯寿など、嘉善の意に用いる字である。なお〔𣪘(えいき)〕「拜して稽首し、天子*の厥(そ)の順福を造(な)したまへるを魯(よろこ)びとす」、〔井人鐘(けいじんしよう)〕「賁純(ひじゆん)にして以て魯(おほ)いなり」、〔士父鐘(しほしよう)〕「余(われ)に魯(さいは)ひを降し、多福無疆ならんことを」などの用法がある。祖祭に魚を用いることは辟雍(へきよう)の儀礼にみえ、魯とは祖祭に関する儀礼をいう字であろう。魯鈍の意は、朴魯(ぼくろ)の義から転じたものとみられ、もとは純魯をいう字であったと考えられる。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
老(ロウ・6画)
甲骨文/殳季良父壺・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:髪を伸ばし杖を突いた人の姿で、原義は”老人”。
音:カールグレン上古音は声母のl(上)のみ。藤堂上古音はlog。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に用い、金文では原義で(殳季良父壺・西周末期)、”父親”(卿卣・西周早期)、”老いた”(五年召白虎𣪕・西周末期)の意に用いた。戦国の金文では”国歌の元老”(中山王方壺・戦国早期)の意に用いた。
戦国の竹簡「清華大学蔵戦国竹簡」清華二・繫年72-73に「齊侯之來也、老夫之力也」とあり、年齢とは関係なく”それがし”という謙遜の一人称と解せる。
学研漢和大字典
象形文字で、年寄りが腰を曲げてつえをついたさまを描いたもの。からだがかたくこわばった年寄り。牢(ロウ)(かたい)・留(こりかたまる)などと同系のことば。
語義
- {動詞・形容詞}おいる(おゆ)。年をとってからだがかたくなる。ふける。ふけたさま。ひからびてかたいさま。《対語》⇒若・弱。「老若」「老而無妻曰鰥=老いて妻無きを鰥と曰ふ」〔孟子・梁下〕
- {形容詞}長い経験をつんでいるさま。年功をへている。長くなれ親しんでいる。「老練」。
- {名詞}おい。年寄り。年をとること。年寄りの生活。「養老」「終老」「扶老(老人をたすけささえる、老人をささえる杖(ツエ))」「不知老之将至云爾=老いのまさに至らんとするを知らずと云はん爾」〔論語・述而〕
- {名詞}年をとって官職をやめること。「告老(老年退職をこう)」「祁奚請老=祁奚老を請ふ」〔春秋左氏伝・襄三〕
- (ロウトス)(ラウトス){動詞}老人とみとめていたわる。「老吾老、以及人之老=吾が老を老として、以て人の老に及ぼす」〔孟子・梁上〕
- {名詞}年をとって物事をよく知っている人。また、そのような人に対する敬称。「長老」「郷老」「陳老(陳家のおじいさん)」。
- {名詞}老子の略。無為自然を説いた思想家。「老荘の学(老子・荘子の思想)」。
- {助辞}《俗語》親しい仲間を呼ぶとき、仲間の姓につけることば。また、動物につけることば。「老李(ラオリイ)(李さん)」「老虎(ラオフウ)」。
字通
[会意]耂+匕(か)。老は長髪の人の側身形。その長髪の垂れている形。匕は化の初文。化は人が死して相臥す形。衰残の意を以て加える。〔説文〕八上に「考なり。七十を老と曰ふ。人毛の匕(くわ)するに從ふ。須(鬚)髮(しゆはつ)の白に變ずるを言ふなり」とするが、匕は人の倒形である。〔左伝、隠三年〕「桓公立ちて、乃ち老す」のように、隠居することをもいう。経験が久しいので、老熟の意となる。
勞/労(ロウ・7画)
甲骨文/叔夷鎛?・春秋
初出:初出は甲骨文。ただし字形は「褮」-「冖」。現行字体の初出は秦系戦国文字。
字形:甲骨文の字形は「火」二つ+「衣」+汗が流れるさまで、かがり火を焚いて昼夜突貫工事に従うさま。原義は”疲れる”。
音:カールグレン上古音はlog(平/去)。
用例:春秋中期「𦅫鎛(齊𥎦鎛)」(集成271)に「𩍂(鮑)弔(叔)又成褮(勞)于齊邦,侯氏易(賜)之邑,二百」とあるのは、”功績”と解せる。
春秋末期「叔尸鐘」(集成276)に「堇(勤)褮(勞)其政事」とあるのは、”つとめる”と解せる。
”ねぎらう”・”いたわる”の用例は、『春秋左氏伝』『呂氏春秋』に見える。”はげます”の用例も『呂氏春秋』に見える。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名、”洪水”の意に用い、金文では”苦労”(叔尸鐘・春秋末期)、”苦心”(中山王鼎・戦国末期)の用例がある。
備考:上掲の金文は出典が不明だが、『字通』によると「叔夷鎛」(イシュクハク)から白川静博士が独自に採取した文字だと思われる。叔夷とは斉の霊公十五年(BC567)に活動の記録がある人物だから、論語の時代からあった文字だと判定する。
学研漢和大字典
会意。𤇾(ケイ)・(エイ)は、熒の原字で、火を周囲に激しく燃やすこと。勞は「𤇾+力」で、火を燃やし尽くすように、力を出し尽くすこと。激しくエネルギーを消耗する仕事や、そのつかれの意。
語義
- {名詞}激しい仕事のつかれ。「苦労」「労苦而功高=労苦しくして而功高し」〔史記・項羽〕
ま(ロウス)(ラウス){動詞}つかれる(つかる)。つからす。激しく使ってつかれる。つかれさせる。「或労心、或労力=或いは心を労し、或いは力を労す」〔孟子・滕上〕 - (ロウス)(ラウス){動詞}激しく働く。「労而不怨=労して怨みず」〔論語・里仁〕
- {名詞}激しい仕事。労働。「有事、弟子服其労=事有れば、弟子其の労に服す」〔論語・為政〕
- {名詞}つらい仕事をやり遂げた苦労。「功労」「報功臣之労=功臣の労に報ゆ」〔曹冏・六代論〕
- (ロウス)(ラウス){動詞}いたわる(いたはる)。ねぎらう(ねぎらふ)。なぐさめる。▽去声に読む。「慰労」「郊労(諸侯が上京したさい、郊外に宴を設けて旅の疲れをねぎらうこと)」「労之来之=これを労ひこれを来たす」〔孟子・滕上〕
- 《日本語での特別な意味》
(1)「労働者」「労働組合」の略。「労使」。
(2)旧「労働省」の略。「労相」▽現在は「厚生労働省」。「厚労省」。
字通
[会意](えい)+力。は庭燎、かがり火を組んだ形。力は耒(すき)の象形。は聖火で、これを以て耒を祓ってから、農耕がはじまる。農耕のはじめと終わりとに、農具を清める儀礼があり、それで害虫を避けうると考えられた。火で清めることを勞といい、丹青を以て清めることを靜(静)という。爭(争)は上下から力(耒)をもつ形。これによって作物がえられるので、〔詩、大雅、既酔〕に「籩豆(へんとう)靜嘉」という句がある。嘉も加(耒と祝詞の器の𠙵(さい))に壴(鼓)を加え、祈りと鼓声とで耒(力)を清める儀礼をいう。〔説文〕十三下に「劇しきなり。力と熒(けい)の省とに從ふ。熒火、冖(べき)を燒く。力を用ふる者は勞す」というが、会意の意が明らかでない。また重文一字を録し、に作る。近出の〔中山王方鼎〕に心に従う字があり、また斉器の〔叔夷鎛(しゆくいはく)〕にに作る字があって、「其の政事に菫(きんらう)す」という。は衣裳を聖火を以て清める魂振りの儀礼を示す字であろう。労は「労賜」「労賚(ろうらい)」のように、神の恩寵を受けることが原義。〔詩、大雅、旱麓(かんろく)〕「神の勞する所なり」の〔箋〕に「勞は勞來なり。猶ほ佑助と言ふがごとし」とあり、「労賚」の意とする。のち転じてひろく事功・勤労の意となり、労苦・労役の意となる。
牢(ロウ・7画)
寧滬1.522/貉子卣・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:家畜を小屋に入れたさま。
音:カールグレン上古音は声母のl(平)のみ。藤堂上古音はlog。
用例:論語子罕篇7では孔子の弟子の一人・琴牢の名として登場。
「甲骨文合集」551.5に「貞三十牢」とあり、”家畜をいけにえにする”と解せる。
学研漢和大字典
会意。「宀(やね)+牛」で、牛などの家畜を、しっかり小屋の中にとじこめることを示す。老(骨組みがかたくなって、動きがとれない)・留(しこり固まって動かない)などと同系。類義語の獄は、がみがみといがみ合う裁判のことから、転じて監獄の意となったことば。
語義
- {名詞}家畜をとじこめてかこう小屋。「執豕于牢=豕を牢に執らふ」〔詩経・大雅・公劉〕
- {名詞}ひとや。罪人をかたくとじこめるろうや。「牢獄(ロウゴク)」「秦築長城比鉄牢=秦は長城を築いて鉄牢に比す」〔汪遵・長歳〕
- {名詞}とじこめて飼った家畜を、祭礼の犠牲(ギセイ)として供えたもの。いけにえ。「太牢(タイロウ)(牛・羊・豕(シ)を犠牲にしたもので、一級品の供えもの)」「少牢(ショウロウ)(羊と豕を犠牲にしたもので、二級品の供えもの)」。
- (ロウタリ)(ラウタリ){形容詞}かたい(かたし)。がっちりとかたくて、動きがとれないさま。「牢固(ロウコ)」「牢不可破=牢として破るべからず」〔韓愈・平淮西碑〕
- {形容詞}とじこめられたさま。「発牢騒=牢騒を発す」。
字通
[会意]宀(べん)+牛。宀は家ではなく、牢閑(おり)の象。卜文の牢閑には■(冖+牛)・■(冖+羊)に作り、柵かこいの形であるから、■(冖+牛)に作るのがよい。〔説文〕二上に「閑なり。牛馬を養ふ圈(けん)なり。牛と冬の省とに從ふ。其の四周帀(めぐ)るに象る」とするが、冬の省に従う字形ではない。入口が狭く、中が広い牛圏の形である。〔墨子、天志下〕に「人の欄牢(らんらう)に入りて、人の牛馬を竊(ぬす)む」とあり、欄・闌(らん)ともいう。閑字条十二上に「闌なり」とあり、闌圏を設けたところ。その構造は堅牢、そこにおしこめるので牢籠(ろうろう)の意となる。獄舎の意に用いて牢獄という。字を仮借して用いることが多く、牢落は遼落(りようらく)、牢愁・牢騒(ろうそう)は憂愁の意。牢人とは牢騒の人、捜牢・牢灑(ろうさい)は、騒ぎにまぎれて婦女や財物を掠め取ること、牢剌(ろうらつ)はばらばらというほどの擬声語である。
𨹟/陋(ロウ・9画)
説文解字・後漢
初出:初出は論語子罕篇14の定州竹簡論語。「小学堂」による初出は後漢の隷書。
字形:中国と台湾では、コード上「陋」を正字として扱っている。字形は「阝」”階段”+「㔷」”いやしい”。原義は”いやしい”。部品「㔷」の初出は戦国文字。
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阝=𨸏(フ)は丸太を刻んで階段にした形、丙は祭壇などの台座、匚は箱などに入れて隠すこと。従って『字通』のいう聖域かどうかはともかく、たかどのに据えられた台座を隠すことで、取るべきではないいみじきものを隠し盗むこと。
音:カールグレン上古音は不明(去)。藤堂上古音はlug。
用例:論語の次ぐ文献上では、『孟子』離婁下篇に「顏子當亂世,居於陋巷。一簞食,一瓢飲。」とあり、論語雍也篇11をほぼそのまま引用している。
『荘子』德充符篇では「孔子曰、丘則陋矣。」と、孔子に卑下として言わせている。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
『大漢和辞典』の同音に、訓せまい・ひくいは存在しない。訓いやしいに部品の「㔷」(上古音不明)があり、初出は秦系戦国文字。また「闒」(カ音不明)があり、初出は後漢の『説文解字』。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。丙の原字は、しりを左右に開いたさま。陋の右側は、丙にL印のわくをはめ、足さえ左右に開けないほどのせまさをあらわした。陋はそれを音符とし、阜(土盛りしたかべ)を加えた字で、土かべに囲まれて、足も開けないほどせまいようすをあらわす。せまくちぢんだ、の意を含む。寠(ロウ)(ちぢんでわびしい)・僂(ロウ)(ちぢこまって背中が曲がっていること)などと同系。類義語に狭。
語義
- (ロウナリ){形容詞}せまい(せまし)。小さくせまくるしい。ちぢんでゆとりがない。《対語》⇒寛。「陋巷(ロウコウ)(せまい小路)」「陋屋(ロウオク)」。
- (ロウトス){動詞}せましとする(せましとす)。せま苦しいと思う。いやしいと思う。
- (ロウナリ){形容詞}せまい(せまし)。心や知識がせまい。身分がいやしい。せせこましくてみにくい。《対語》⇒雅(ガ)。《類義語》坂(ロウ)。「浅陋(センロウ)(知恵がせまい)」「卑陋(ヒロウ)(いやしい)」。
- (ロウナリ){形容詞}そまつなさま。「簡陋(カンロウ)」。
字通
[形声]声符は㔷(ろう)。㔷に側陋の意がある。〔説文〕十四下に「阸陜(やくけふ)なり」とあって、狭隘のところをいう。㔷十二下に「側逃なり」というのは、隠れる意であるらしく、〔史記、宋世家〕「乃ち神祇の祀を陋淫す」とは、神への犠牲を盗んで匿す意であろう。陋は神梯の象である𨸏(ふ)に従い、その聖域のものを盗む行為で、もっとも陋劣のこととされた。のち身分や性行に関して用い、また陋巷・陋居のようにいう。〔論語、子罕〕に「君子之れに居らば、何の陋か之れ有らん」という語がある。
鹿(ロク・11画)
『字通』所収金文
初出は甲骨文。カールグレン上古音はluk(入)。
学研漢和大字典
象形。しかの姿を描いたもの。細長くつらなって列をなすしか。麓(ロク)(細長くつらなる山下の林、ふもと)・漉(ロク)(細長くつらなってたれる汁)などと同系。
語義
- {名詞}しか。獣の名。足は細く、走るのがはやい。雄は枝状の角をもち、年々生えかわる。群れをなしてすむ。「鹿角(ロッカク)」「鹿茸(ロクジョウ)」。
- {名詞}帝位のこと。▽しかが、狩りをする人々の追い求めるものであることから、帝位にたとえられる。「秦失其鹿天下共逐之=秦其の鹿を失ひ天下共にこれを逐ふ」〔史記・淮陰侯〕
- {名詞}細長い形の米倉。《同義語》⇒簏。
- 「鹿鹿(ロクロク)」とは、いくらでもころがっているさま。▽碌碌に当てた用法。
字通
[象形]鹿の形。〔説文〕十上に「獸なり。頭角四足の形に象る。鳥鹿の足は相ひ比す。比に從ふ」(段注本)とするが、比は鹿足の形で、相比する意ではない。卜文に鹿頭刻辞があり、また彝器(いき)に鹿頭・鹿文を文様として用いるものがある。〔詩、大雅、霊台〕は周の神都辟雍(へきよう)のさまを歌うものであるが、神鹿の遊ぶことが歌われている。祿(禄)・麓(ろく)と音が通じ、その意にも用いる。
祿/禄(ロク・12画)
「彔」甲骨文/頌壺・西周末期
初出:初出は甲骨文。ただし字形はしめすへんを欠く「彔」。部品が出そろうのは西周末期の金文。現行字体の初出は秦系戦国文字。
字形:「彔」の字形は谷川を水門でせき止めた溜め池の象形。ゆえに”天の恵み”の意は原義からあったと思われる。
音:カールグレン上古音はluk(入)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では「山麓」”ふもと”の意に用い、金文では国名や人名(彔簋・西周中期)、”さいわい”(頌鼎・西周末期)の意に用いた。戦国の竹簡では「緑」として、また”俸禄”の意に用いた。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、彔(ロク)は、刀でぽろぽろと竹や木を削るさまを描いた象形文字。小片が続いてこぼれおちるの意を含む。剥(ハク)の原字。祿は「示(祭壇)+〔音符〕彔」で、神からのおこぼれ、おかみの手からこぼれおちた扶持米(フチマイ)などの意。
淥(ロク)(こぼれおちる水たま)・錄(=録。竹や木を削って字を書く)・碌(ロク)(ころがる石ころ)などと同系のことば。旧字「祿」は人名漢字として使える。
語義
- {名詞}さいわい(さいはひ)。神の恵みのおこぼれ。与えられたさいわい。「福禄(フクロク)」。
- {名詞}ふち。おかみからもらう扶持米(フチマイ)。転じて、役人の俸給。「俸禄(ホウロク)」「干禄=禄を干む」「仕而不受禄=仕へて禄を受けず」〔孟子・公下〕
- {名詞}俸給を与えて家来を養う力。家来に対する支配力。「禄之去公室五世矣=禄の公室を去ること五世なり」〔論語・季氏〕
- 「無禄(ムロク)」「不禄(フロク)」とは、不幸にも死んだこと。
- 「天禄(テンロク)」とは、彫刻の模様に用いるめでたい獣の名。
- 「禄禄(ロクロク)」とは、ごろごろと大ぜいが、ころがっているさま。いくらでもあって、平凡なさま。《同義語》⇒録録・碌碌。
字通
[形声]声符は彔(ろく)。〔説文〕一上に「福なり」、〔広雅、釈詁一〕に「善なり」とみえる。天より与えられる福善をいう。金文には彔の字を用いる。彔は錐(きり)もみ状に刻む形の字であるから、その声を仮借して、賚(らい)・釐(り)の意に用いたものであろう。
論(ロン・15画)
睡虎地簡24.26
初出:初出は戦国最末期の竹簡。「小学堂」による初出は戦国末期の金文だが字形は部品の「侖」で、「侖」を「論」と釈文する例は戦国中期の竹簡より見られる。
字形:「言」”語りことば”+「侖」”書き言葉”。「侖」は「亼」”あつめる”+「冊」”書き札”で、書かれた巻物を集めたさま。全体で知識を背景に持つ言説の意。
音:カールグレン上古音はlwən(平)。同音は論語語釈「倫」を参照。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」語書6に「丞以下智(知)而弗舉論」とあり、”持論”・”意見”と解せる。
論語時代の置換候補:部品の「侖」li̯wən(平)”おもう・筋道を立てる・丸い”が論語時代の置換候補となるが、甲骨文の用例は1つしかない上に破損がひどくて語義不明。西周早期の用例は3例あるがいずれも人名。
学研漢和大字典
会意兼形声。侖(リン)は「映(まとめるさま)+冊(文字を書く短冊(タンザク))」の会意文字で、字を書いた短冊をきちんと整理して、まとめることをあらわす。論は「言+(音符)侖」で、ことばをきちんと整理して並べること。輪(リン)(車輻(シャフク)の棒をきちんと並べて組みたてたわ)・倫(リン)(人間関係をきちんと整えた秩序)などと同系。草書体をひらがな「ろ」として使うこともある。
語義
- (ロンズ){動詞}すじみちをきちんと整理して説く。ことわけて話す。「評論」「討論」「論道経邦=道を論じ邦を経む」〔書経・周官〕
- (ロンズ){動詞}すじを整理して罪をきめる。量刑する。判決を加える。「論罪=罪を論ず」。
- {名詞}理屈をたてた話。また、道理を述べて意見を主張する文章。「世論」「理論」「論篤是与=論の篤きに是れ与す」〔論語・先進〕
- {名詞}「論語」のこと。▽この場合は平声に読む。「論孟(論語と孟子)」。
- {名詞}文章の最後にあって、作者が意見をのべる短評。「論曰=論に曰はく」。
- {名詞}《仏教》三蔵の一つ。釈迦(シャカ)の教説を体系づけて、解説を加えたもの。
- 「勿論(ロンナク)」とは、文頭について、…はいうまでもないの意。▽日本ではモチロンと読んで副詞となった。
字通
[形声]声符は侖(りん)。侖に次序を以て全体をまとめる意がある。〔説文〕三上に「議(はか)るなり」、また言字条に「論難するを語と曰ふ」とあって、討論することをいう。討は検討。是非を定め、適否を決することをいう。
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