- 不(フ・4画)
- 夫(フ・4画)
- 父(フ・4画)
- 付(フ・5画)
- 甫(フ・7画)
- 扶(フ・7画)
- 府(フ・8画)
- 附(フ/ホウ・8画)
- 釜(フ・10画)
- 桴(フウ/フ・11画)
- 輔(フ・14画)
- 賦(フ・15画)
- 膚(フ・15画)
- 撫(フ・15画)
- 毋(ブ・4画)
- 无(ブ・4画)
- 巫(ブ・7画)
- 武(ブ・8画)
- 侮/侮(ブ・8画)
- 務(ブ・11画)
- 無(ブ・12画)
- 誣(ブ・14画)
- 舞(ブ・15画)
- 憮(ブ・15画)
- 負(フウ・9画)
- 浮(フウ・10画)
- 婦(フウ・11画)
- 冨/富(フウ・12画)
- 服(フク・8画)
- 復(フク/フウ・12画)
- 複(フク・14画)
- 覆(フク/フウ・18画)
- 佛/仏(フツ・4画)
- 弗(フツ・5画)
- 黻(フツ・17画)
- 勿(ブツ・4画)
- 物(ブツ・8画)
- 分(フン・4画)
- 忿(フン・8画)
- 焚(フン・12画)
- 憤(フン・15画)
- 糞(フン・17画)
- 文(ブン・4画)
- 汶(ブン/ビン/ボン・7画)
- 問(ブン・11画)
- 絻(ブン/ベン・13画)
- 聞(ブン・14画)
不(フ・4画)
甲骨文/大克鼎・西周晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形は花の萼を描いた象形とされる。甲骨文が上下逆に描いているのは、「丕」”(子房が)ふくらむ”との区別を付けるためだろうか。原義は”…でない”。
音:「フ」は呉音、「ブ」は慣用音。カールグレン上古音はpi̯ŭɡ(平/上)。去声と入声は音不明。論語語釈「弗」も参照。
用例:『甲骨文合集』16に「我卜多不吉」とあり、否定辞の用例が確認できる。
西周早期『殷周金文集成』02837「大盂鼎」の「不顯文王」のように、”おおいに”と読まないと解せない場合がある。この字形は上掲「大克鼎」同様、上向きになっている。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文から否定辞に用い、また地名・人名・国名に用いた。金文では”大きい”(頌鼎・西周末期)、否定辞(五祀衛鼎・西周)、国名「邳」(邳伯罍・戦国)、人名(子不爵・年代不詳)に用いた。
学研漢和大字典
象形。不は芣(フウ)や菩(フウ)・(ホ)(つぼみ)などの原字で、ふっくらとふくれた花のがくを描いたもの。丕(ヒ)(ふくれて大きい)・胚(ハイ)(ふくれた胚芽)・杯(ふくれた形のさかずき)の字の音符となる。不の音を借りて口へんをつけ、否定詞の否(ヒ)がつくられたが、不もまたその音を利用して、拒否する否定詞に転用された。意向や判定を打ち消すのに用いる。また弗(フツ)(払いのけ拒否する)とも通じる。草書体をひらがな「ふ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ふ」、また、初画からカタカナの「フ」ができた。
語義
- {副詞}…ず。下のことばを打ち消す否定詞。▽弗(フツ)に当てた用法。「不知=知らず」。
- {感動詞}しからず。否認の意を告げるときのことば。▽否(ヒ)に当てた用法。
- {助辞}いなや。文末に付いて、「そうなのか、違うのか」と聞くときのことば。「視吾舌尚在不=吾が舌を視よ尚ほ在りやいなや」〔史記・張儀〕
- {接続詞}しからずんば。すでにおきた事実と異なることを仮定するときのことば。もしそうしないのなら。「不者若属皆且為所虜=しからずんば若が属皆まさに虜とする所と為らんとす」〔史記・頂羽〕
- {形容詞}ふっくらとして大きいさま。▽丕(ヒ)に当てた用法。「不顕其光=其の光を不顕にす」〔詩経・大雅・韓奕〕
語法
①「ず」「ざる」とよみ、「~でない」と訳す。否定の意を示す。「席不正不坐=席正しからざれば坐せず」〈座席がきちんとしていなければ座らない〉〔論語・郷党〕
②「不~而…」は、
- 「~して…せず」とよみ、「~して…するのではない」と訳す。「~而…」をどちらとも否定。「不得中行而与之、必也狂狷乎=中行を得てこれに与(とも)にせずんば、必ずや狂狷(きょうけん)か」〈中庸の人をみつけて交われないとすれば、それは型破りな者か偏屈な者だ〉〔論語・子路〕
- 「~せずして…す」とよみ、「~しないで…する」と訳す。「~」だけを否定。「不好犯上而好作乱者、未之有也=上を犯すことを好まずして乱を作(な)すことを好む者は、未だこれ有らざるなり」〈目上にさからうことを好まないのに、乱れを起こすことを好むような者は、今までいたことがない〉〔論語・学而〕▽(1)と(2)の判断は文脈によるが、チの用例はそれほど多くなく、「~而不…」となる。
③「無(莫)不~」は、「~せざるなし」とよみ、「~しないことはない」「必ず~する」と訳す。二重否定。不確かな断定、あるいは強い肯定の意を示す。「吾矛之利、於物無不陥也=吾が矛の利(と)きこと、物におひて陥(おと)せざる無(な)きなり」〈私の矛の鋭いことは、どんな物でも突き通せない物はない〉〔韓非子・難一〕▽「非不~」は、「~せざるにあらず」とよみ、意味・用法ともに同じ。
④「不(未)~不…」は、「~せずんば…あらず」とよみ、「~しないことはない」「必ず~する」と訳す。二重否定。強い肯定の意を示す。「喪事不敢不勉=喪の事は敢(あ)へて勉(つと)めずんばあらず」〈葬儀のことは必ず進んでする〉〔論語・子罕〕
⑤「不可~」は、「~べからず」とよみ、「~できない」と訳す。否定の意を示す。「時惶急剣堅、故不可立抜=時に惶急(こうきふ)して剣堅し、故に立ちどころに抜く可からず」〈とっさのことであわてており鞘が堅くてサッと抜けない〉〔史記・刺客〕
⑥「不能~」は、「~(すること)あたわず(あた/はず)」とよみ、「~する能力がない」「~できない」と訳す。否定の意を示す。「不能死、出我袴下=死すること能はずんば、我が袴下(こか)より出でよ」〈(俺を)殺せないなら、俺の股ぐらをくぐれ〉〔史記・淮陰侯〕
⑦「不得~」は、「~(するを)えず」とよみ、「~する機会が得られない」「~できない」と訳す。否定の意を示す。「項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公、荘不得撃=項伯もまた剣を抜き起(た)つて舞ひ、常に身をもって沛公を翼蔽(よくへい)す、荘撃つを得ず」〈項伯も剣を抜いて舞い出し、絶えず身をもって沛公をかばうので、(項)荘は撃ちかかることができない〉〔史記・項羽〕
⑧「不足~」は、「~するにたらず」とよみ、「~するに充分でない」「~する価値がない」と訳す。否定の意を示す。「吃、豎子不足与謀、奪項王天下者、必沛公也=吃、豎子(じゅし)与(とも)に謀(はか)るに足らず、項王の天下を奪ふ者は、必ず沛公なり」〈うう、小僧め、とても一緒に事をすることはできない、項王の天下を奪う者は必ず沛公だ〉〔史記・項羽〕▽「不足以~」は、「もって~するにたらず」とよみ、意味・用法ともに同じ。
⑨「不+副詞~」は、部分否定となる。「不必~=必ずしも~せず」「不甚=はなはだしくは~せず」「不常=つねには~せず」「不倶=ともには~せず」は、「~とは限らない」と訳す。▽部分否定の場合、訓読は「しも」「は」がはいる。「有徳者、必有言、有言者、不必有徳=徳有る者は、必ず言有り、言有る者は、必ずしも徳有らず」〈徳のある人にはきっとよい言葉があるが、よい言葉のある人に徳があるとは限らない〉〔論語・憲問〕
⑩「副詞+不~」は、全部否定となる。「必不=かならず~せず」「甚不=はなはだしく~せず」「常不=つねに~せず」「倶不=ともに~せず」は、「~しない」と訳す。「必不得已而去、於斯三者何先=必ず已(や)むことを得ずして去らば、この三者におひて何をか先にせん」〈どうしてもやむを得ずに捨てるなら、この三つの中でどれを先にしますか〉〔論語・顔淵〕
⑪「不忍~」は、「~(する)にしのびず」とよみ、「~する気になれない」と訳す。「吾騎此馬五歳、所当無敵、嘗一日行千里、不忍殺之=吾この馬に騎すること五歳、当たる所敵無(な)し、嘗(かつ)て一日に千里を行けり、これを殺すに忍びず」〈わし(項羽)はこの馬に五年乗って来たが、当たるところ敵なく、かつては一日に千里を走った駿馬で、とても殺すに忍びない〉〔史記・項羽〕
⑫「不堪~」「不勝~」「不任~」は、「~(するに)たえず(たへ/ず)」とよみ、「~することにたえられないので、できない」と訳す。「陰蟲切切不堪聞=陰蟲(いんちゅう)切切として聞くに堪(た)へず」〈細くかすかに鳴く虫の声は、(せつなくて)聞くことができない〉〔皇甫冉・送魏十六還蘇州〕
⑬「いなや」とよみ、「~かどうか」と訳す。文末におかれ、肯定か否定かを選択する疑問の意を示す。「視吾舌、尚在不=吾が舌を視よ、尚ほ在りや不(いな)やと」〈おれの舌をみろ、まだついているか、ついていないか〉〔史記・張儀〕
字通
否定・打ち消しの「ず」に借用する。字はもと象形、花の萼柎*の形であるが、その義に用いることはほとんどない。〔説文〕十二上に「鳥飛んで上翔し、下りて來たらざるなり。一に從ふ。一は猶天のごときなり」とするが、卜文の字形には一を含むことがなく、鳥の翔ぶ形でもない。〔詩、小雅、常棣〕「常棣の華萼不韡韡たり」とある萼不は萼柎、花のつけ根のところで、これが字の本義に用いる例である。金文に「不顯」とあるものは「丕顯」、「丕いに顯らかなる」の意。萼柎に実がつきはじめて丕となり、否・咅となり、さけて剖判*となる。不・丕・否は通用することがあり、金文に「不」「不」のように用いる。
訓義:はなぶさ、へた。丕と通じ、大きい。仮借して否定語に用いる、ず、あらず、せず、なし、しからず、なかれ。否と通じ、いな、いなや。
*萼柎:花のがく。漢文では兄弟に喩えられる。/剖判:わかれて開いた花。
大漢和辞典
夫(フ・4画)
甲骨文/大盂鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形はかんざしを挿した成人男性の姿で、原義は”成人男性”。
音:漢音ではともに「フ」だが、呉音で「フ」pi̯wo(平)と読んで”おっと”、「ブ」bʰi̯wo(平)と読んで指示詞や詠歎の語を示す。「フウ」は慣用音。カールグレン上古音はbʰi̯woまたはpi̯wo(共に平)。
用例:固有名詞を除き”成人男性”以外の語義を獲得したのは西周末期の金文からで、「敷」”あまねく”・”連ねる”と読める文字列がある(『新收殷周青銅器銘文暨器影彙編』NA0891)。以上以外の語義は、春秋時代以前には確認できない。
”それ”・”その”の初例は戦国中末期「包山楚墓」142で、「夫自偒」とあり「それ自らそこなうなり」と読める。
戦国中期の「新蔡葛陵楚簡」甲三397に「夫它一冢」とあり、「それかの一冢(つか?)」と読める。
備考:論語では「夫子」として多出。貴人への敬称。多くは孔子を意味する。
従来「夫子」は「かの人」と訓読され、「夫」は指示詞とされてきた。しかし下記するように論語の時代、「夫」に指示詞の語義は無い。同音「父」bʰi̯wo(上)は甲骨文より存在し、血統・姓氏上の”ちちおや”のみならず、父親と同年代の男性を意味した(「漢語多功能字庫」父条)。従って論語における「夫子」がもし当時の言葉なら、”父の如き人”の意味での敬称。論語語釈「父」も参照。
「大夫」は領主を意味し、「夫人」は君主の夫人を意味する。
『大漢和辞典』で、音フ訓(指示詞)その/この/それ/かれは、「夫」以外に存在しない。訓かのは「許」「匪」があるが、前者は”あの”の語義が春秋以前に確認できず、後者の初出は前漢の隷書。また「乎」ɡʰo(平)に通じて詠歎の辞とするが、この語義も春秋時代以前の出土例が無く、また「乎」がその語義を獲得したのは戦国時代まで時代が下る。論語語釈「乎」を参照。
「漢語多功能字庫」は、下掲『学研漢和大字典』が基づくような、『説文解字』の字解「かんざしを挿した成人男性」を、現在の漢学者の多くは支持せず、「大」の上の「一」には、何ら特別の意味はないと言う。だが『説文解字』の字解が合理的だとは言う。誰の言うことを聞いて良いか、よくわからない。また「漢語多功能字庫」には、年代ごとの用例の変遷を記さない。
学研漢和大字典
象形。大の字にたった人の頭に、まげ、または冠のしるしをつけた姿を描いたもので、成年に達したおとこをあらわす。父(自分より世代が一段上である男子)・伯(長老の男)と同系。
意味〔一〕フ/フ
- {名詞}おとこ(をとこ)。成年に達したおとこ。「人夫」「丈夫(背たけの大きいおとこ→成年男子)」「匹夫」「頑夫廉=頑夫も廉なり」〔孟子・万下〕
- {名詞}おっと(をっと)。配偶者であるおとこ。《対語》⇒婦。「吾夫又死焉=吾が夫またここに死す」〔礼記・檀弓下〕
意味〔二〕フ/ブ
- {助辞}それ。→語法「①」。
- {指示詞}かの。→語法「②」。
- {助辞}か。かな。→語法「③」
語法
①「それ」とよみ、「そもそも」「さて」と訳す。文のはじめや話題の転換の意を示す。文頭におかれる。「夫秦王有虎狼之心=それ秦王虎狼の心有り」〈だいたい秦王は虎や狼のような残忍な心を持っている〉〔史記・項羽〕▽「且夫=かつそれ」は、「夫」を強調する場合に用いる。
②「かの」とよみ、「あの」「例の」と訳す。共通に知る人・物・事を指示する。「楽夫天命=かの天命を楽しむ」〈皆も知る天から与えられた運命を楽しむ〉〔陶潜・帰去来辞〕
③「か」「かな」とよみ、「~だなあ」と訳す。推定・感嘆の意を示す。文末・句末におかれる。《同義語》哉・与。「亡之、命矣夫=これを亡(ほろぼ)せり、命なるかな」〈おしまいだ、運命だねえ〉〔論語・雍也〕
「夫子」意味
①男子の通称。
②大夫(タイフ)の位にある者、官位にある者の敬称。
③太子・先生・年長者を呼ぶ尊称。
④孔子のでしたちが、孔子を呼ぶ尊称。「曾子曰、夫子之道忠恕而已矣=曾子曰はく、夫子之道は忠恕而已矣と」〔論語・里仁〕
⑤広く、男が男の相手を呼ぶことば。「夫子固拙於用大矣=夫子固より大を用ゐるに拙なり」〔荘子・逍遥遊〕
⑥妻が夫を呼ぶことば。「無違夫子=夫子に違ふこと無かれ」〔孟子・滕下〕
⑦子が父を呼ぶことば。「夫子教我以正、夫子未出於正也=夫子我に教ふるに正を以てするも、夫子いまだ正に出でざるなり」〔孟子・離上〕
字通
[象形]大は人の正面形。その頭に髪飾りの簪(かんざし)を加えて、男子の正装の姿を示す。妻は女子が髪飾りを加えた形。夫妻は結婚のときの男女の正装を示す字形である。〔説文〕十下に「丈夫なり。大に從ふ。一は以て簪(しん)に象るなり」という。金文に人を数えるとき、〔舀鼎(こつてい)〕「厥(そ)の臣二十夫」「衆一夫」のようにいう。夫は労務に服するもの、その管理者を大夫という。夫人とは「夫(か)の人」、先生を「夫子(ふうし)(夫(か)の人)」というのと同じく、婉曲にいう語法である。「それ」は発語、「かな」は詠嘆の助詞。
父(フ・4画)
甲骨文/仲𠭯父簋・西周中期
初出:初出は甲骨文。
字形:「漢語多功能字庫」によると甲骨文・金文の字形は「丨」+「又」”手”で、手に石斧を持つ形という。それが父親を指すと言うのは直感的に同意できる。「斧」のカールグレン上古音もpi̯wo(上)と「父」と同じで、部品として「父」を含む。青銅器時代での王権の象徴は「鉞」gi̯wăt(入)”まさかり”と組み合わさった「斧鉞」とされた。
音:カールグレン上古音はpi̯woまたはbʰi̯wo(共に上)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では、父親とその兄弟を意味し、金文では男子の名称や地名にも用いられた。戦国の竹簡になると「母」や「子」と組み合わさって「父母」「父子」と書かれ、父親のみを指すようになった。あるいは父親の兄弟を指す呼び名順、「伯仲叔父季」が戦国時代になって定着したからかも知れない。
学研漢和大字典
会意。父は「おの+又(手)」で、手に石おのを持って打つ姿を示す。斧(フ)(おの)の原字。もと拍(うつ)と同系。成人した男性を示すのに、夫(おとこ)という字を用いたが、のち、父の字をおとこの意に当て、細分して父は「ちち」を、夫は「おとこ、おっと」をあらわすようになった。また、甫を当てることもある。覇(ハ)(おとこの長老)・伯(長老)もこれと同系。付表では、「お父さん」を「おとうさん」「叔父・伯父」を「おじ」と読む。
意味〔一〕フ/ブ
- {名詞}ちち。男親。▽昔は、ちちと同輩の一族中の男子も諸父と称した。のち、本生父(実の父)・伯父(父の兄)・叔父(父の弟)などに呼びわけるようになった。《対語》⇒母。
意味〔二〕フ(ホ)
- {名詞}年老いた男。おやじ。「漁父」「田父(百姓のおやじ)」。
- {名詞}長老の男性。また、年長の男子に対する敬称。《同義語》⇒甫(フ)・(ホ)。「亜父(アホ)(同族の中の長老)」「尚父(シヨウホ)(斉の太公望、呂尚)」「尼父(ジホ)(孔子のこと)」。
- 《日本語での特別な意味》ちちのような人。「神父」。
字通
[会意]斧頭の形+又(ゆう)。又は手。斧鉞(ふえつ)をもつ。指揮権をもつ人。その儀器。〔説文〕三下に「矩(く)なり」と畳韻を以て訓し、「家長の率ゐて教ふる者なり。又(手)を以て杖を擧ぐるに從ふ」と杖をもつ形とするが、卜文・金文の字形は斧(おの)の頭部をもつ形である。王・士はそれぞれ鉞(まさかり)の刃部の形で、その身分を示す儀器によって、その人を示す。尊称として用いることもあり、金文に毛公■(厂+音)(あん)を毛父(もうほ)・父■(厂+音)(ほあん)のようによぶことがある。また尊称的に伯懋父(はくぼうほ)・伯龢父(はくわほ)のように下につけて用いる。のちその字に甫を用いる。
付(フ・5画)
付鼎・殷代末期/散氏盤・西周末期
初出:初出は殷代末期の金文。「小学堂」による初出は西周中期の金文。
字形:「人」+「又」”手”。人に手を触れる様。
音:カールグレン上古音はpi̯u(去)。
用例:殷代から西周早期にかけての用例は、一または二文字での記号に近い。
西周中期の「𢐗白鼎」(集成2676)に「考保𢐗白乍井姬用貞𣪕。」とあり、人名の一部ではあるが、「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では「考」を「舟付」の二文字とし、「䒀」(カールグレン上古音不明、平/去)と釈文する。『大漢和辞典』は”こぶね”と語釈し、「国学大師」は”短而深的小艇”という。
西周末期の「散氏盤」(集成10176)に「我既付散氏田器」とあり、”あたえる”と解せる。
備考:「漢語多功能字庫」は”「付」字古文《尚書》作「孚」”という。「孚」のカールグレン上古音は「付」のpi̯u(去)に対してpʰi̯uɡ(平)。
学研漢和大字典
会意。「人+寸(手のかたち)」で、手をぴたりと他人のからだにくっつけることを示す。▽附は、もと、土をくっつけてかためた土盛りや小さな丘を意味するが、のち、付と通用するようになった。府(物をびっしりくっつけて貯蔵する倉)・腐(肉が原形を失ってぴったりくっつく→くさる)と同系。また、服(船べりにぴたりとつける板。からだにぴたりとつける着物)とも縁が近い。類義語に就。異字同訓に着く・着ける「席に着く。手紙が着く。東京に着く。舟を岸に着ける。仕事に手を着ける。衣服を身に着ける」 就く・就ける「床に就く。緒に就く。職に就く。役に就ける」。
語義
- (フス){動詞}つく。つける(つく)。くっつく。くっつける。《同義語》⇒附。「付着」「付和」。
- (フス){動詞}手渡す。▽相手の手中にぴたりとつける意から。《同義語》⇒附。「付与」「交付」。
- (フス){動詞}相手にくっつけて任せる。たのむ。また、預ける。《同義語》⇒附。「付託」「嘱付(頼んで任せる)」。
- 《日本語での特別な意味》
①つき。ようす。「顔付き」。
②つき。上のことばがあらわすものが付属していることをあらわすことば。「保証付き」。
③つき。上のことばがあらわすものに所属していることをあらわすことば。「社長付き」。
④つけ。つ勘定書。づ帳面などに記入しておいて、あとでまとめて代金をはらうこと。
字通
[会意]人+寸。寸はものを手にもつ形。〔説文〕八上に「與ふるなり。寸に從ふ。物を持して人に對(こた)ふ」とあり、付与の義とする。付託・付与の意がある。
甫(フ・7画)
合7897/為甫人盨・春秋早期
初出:初出は甲骨文。
字形:「田」”はたけ”に苗が生えたすがた。
音:カールグレン上古音はpi̯wo(上)。「ホ」は慣用音。
用例:「甲骨文合集」846.3に「貞勿𠦪年于甫土」とあり”作付け地”と解せ、また2941.3に「甫魚」とあり”捕らえる”と解せる。
西周・春秋の金文では地名・人命と解せる例が見える。
学研漢和大字典
会意。「屮(芽ばえ)+田」で、苗を育てる畑、つまり苗代(ナワシロ)のこと。平らに広がる意を含む。また、父(ホ)(年長の男)や伯(男の長老)に当てて、男性の相手を尊敬して呼ぶ場合につける。普(平らに広がる)・博(平らに広がる)と同系。
語義
- {名詞}苗を育てる平らな畑。《同義語》⇒圃(ホ)。
- {名詞}男性の長老。転じて、年長の男を呼ぶとき、その名につけることば。《同義語》⇒父(ホ)。「尼甫(ジホ)(孔子のこと)」「尊甫(ソンポ)(=尊父。あなたのお父さん)」。
- {名詞}人の字(アザナ)を尋ねるとき、「台甫(タイフ)(お名前は)」という。
- {名詞・副詞}はじめ。はじめて。おこりはじめ。やっと。《類義語》方(ハジメテ)。「甫有端倪=甫めて端倪有り」。
- {形容詞}広く平らなさま。大きいさま。▽博に当てた用法。「甫甫(フフ)」。
字通
[象形]苗木の根を立ててかこう形。上部を父の形にしるすことがあるのは、父(ほ)の声に近づけたもので、本来の字形は尃(ふ)・專(専)が苗木の根を包みこむ形であったのと同じである。〔説文〕三下に「男子の美稱なり。用と父とに從ふ」とするが、金文では「伯懋父(はくぼうほ)」「師雍父(しようほ)」のようにすべて父を用い、〔詩〕にみえる吉甫・中山甫のような用いかたは仮借。甫は苗木の形で、植樹のはじめ、その植えるところを圃といい、苗木を地に著けることを尃・傅(ふ)といい、輔・補にはみな輔助の意がある。
扶(フ・7画)
父辛卣・殷代末期
初出:初出は殷代末期の金文。
字形:音符〔夫〕+〔又〕”手”。成人男性に手を添える形。
音:カールグレン上古音はbʰi̯wo(平)。
用例:殷代末期「殷代末期」(集成5167)に「(扶)父辛彝」とあり、人名の一部と解せる。
西周になると一旦消滅し、殷周革命で滅んだ漢語と想像できる。
おそらく人名に用いた春秋末期「蔡□戈」(集成11136)は「玄」とも釈文され、「扶」であると確定できない。「上海博物館蔵戦国楚竹簡」荘王9では「釜」は「扶」と釈文されているが、何を言っているのか分からない。
戦国末期「四年建𨈕君鈹」(集成11695)では、鍛治師の名の一部として見られる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」法律問答208に「及將長令二人扶出之」とあり、”たすける”と解せる。
学研漢和大字典
形声。「手+(音符)夫」で、手の指四本をわきの下にぴたりと当てがってささえること。夫は発音を示し、意味に関係がない。拍(手のひらを当てる)・布(ぴたりと当てがう)・補(当てがう)などと同系。類義語に助。
語義
- {動詞}たすける(たすく)。わきの下にぴったりと手を当ててささえる。そえ木を当ててささえる。力をかす。助力する。「扶起=扶け起こす」「莖而不扶=莖(たふ)るれども扶けず」〔論語・季氏〕
- {形容詞}広がって大きいさま。《類義語》博・普。「扶疏(フソ)」「扶桑」。
字通
[形声]声符は夫(ふ)。〔説文〕十二上に「左(たす)くるなり」とあり、扶持し保護する意。傅・附と声義が近い。
府(フ・8画)
上鄀府簠・春秋末期
初出:初出は春秋末期の金文。「小学堂」による初出は戦国中期の金文。殷末の金文にも部品として釈文されている例はあるが(「㾈器」集成10504)、字形がかなり異なる。
字形:「广」”屋根”+「付」”与える”。「付」は人の背に荷物を背負わせるさま。全体で配給品を仕舞っておくくらの意。
音:カールグレン上古音はpi̯u(上)。同音に「跗」”足の甲”、「柎」”器の足・いかだ”、「俯」、「付」。部品の「付」(初出は西周中期の金文)に”くら”の語義は無い。
用例:春秋末期「上鄀府簠」(集成4613)に「上鄀府□(擇)其吉金」とあり、官署名か地名か人名と思われるがはっきりしない。
「上海博物館蔵戦国楚竹簡」相邦3に「㠯(以)實〔府貝〕(府)庫」とあり、”くら”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。付(フ)は、人の背に手をぴたりとひっつけるさま。府は「广(いえ)+(音符)付」で物をびっしりとひっつけて入れるくら。富(フ)(物をびっしり詰めこむ→とむ)・腑(フ)(食べ物のはいるくらに似た内臓)・腐(フ)(肉がくさって、ぴったりひっつく)などと同系。類義語に倉。
語義
- {名詞}くら。宝物や文書をしまう建物。《類義語》庫。「府庫」「内府(宮中の金蔵)」。
- {名詞}役所。「政府」「大宰府(ダザイフ)」。
- {名詞}みやこ。政府のある町。また、地方政府のある町。
- {名詞}唐から清(シン)代にかけての行政区画の一つ。州の上位に位置し、州・県を統轄する。「知府(府の長官)」「府治(府の行政庁のある町)」。
- {名詞}邸宅。やしき。「府君(他人の家長を尊んでいうことば)」「王府(親王の屋敷)」。
- {名詞}集まる所。「怨府(エンプ)(多くの人の怨(ウラ)みの集まる所)」。
- {名詞}胃や腸などの消化器官のこと。▽「臓腑(ゾウフ)」の腑に当てた用法。「六府(=六腑)」。
- 《日本語での特別な意味》
①ふ。地方公共団体の一つ。「大阪府」。
②幕府時代の江戸のこと。「出府」。
字通
[形声]声符は付(ふ)。〔説文〕九下に「文書の藏なり」とあり、重要な文書は府庫に収蔵した。〔左伝、定四年〕「載書(盟約の書)は藏して周府に在り」、〔左伝、襄十一年〕「藏して盟府に在り」のようにいう。列国期の字に貝を加えて■(府+貝)に作るものがあり、多く財物を蔵したのであろう。のち政府・官府の意となり、その所在の地をいう。
附(フ/ホウ・8画)
漢印徵
初出:初出は前漢の篆書。
字形:「阝」”丘”+音符「付」。土を集めて作った人口の小丘。
音:カールグレン上古音はbʰi̯u(去)。同音は「付」を部品とする漢字群。漢音「フ」で”付く”を、「ホウ」で”丘”を意味する。
用例:戦国の金文や竹簡では、「符」「尃」を「附」と釈文する例がある。
文献時代では論語先進篇16のほか、『墨子』『孟子』『荘子』『韓非子』に見える。特に「付」と区別せず使われる。
論語時代の置換候補:「付」pi̯u(去)。論語語釈「付」を参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。付は「人+寸(手)」の会意文字で、手をぴたりと他人のからだにくっつけることを示す。附は「阜(土もり)+(音符)付」で、もと、土をくっつけた土盛りのこと。のち付と通用する。▽付は、つけるの意に、附は、つくの意に用いるのが例であったが、混用される。類義語に近。「付」とも書く。
語義
フ(去)
- (フス){動詞}つく。つける(つく)。くっつく。ぴたりとよりそう。くっつける。《同義語》⇒付。「依附(よりそう)」「親附(ぴたりとくっついて離れない)」「附於諸侯、曰附庸=諸侯に附くを、附庸と曰ふ」〔孟子・万下〕
- (フス){動詞}くっつけてそろえる。手渡す。とどける。《同義語》⇒付。「交附(=交付)」「寄附(=寄付)」「附益(そえてふやす)」「一男附書至=一男は書を附して至る」〔杜甫・石壕吏〕
- (フス){動詞}相手にくっつけて任せる。たのむ。また、預ける。《同義語》⇒付。「附託」「附嘱」。
ホウ(上)
- {名詞}土をくっつけて固めた土盛りや、小さい丘。「附婁(フロウ)(=培減。小丘)」。
- 《日本語での特別な意味》⇒付
字通
[形声]声符は付(ふ)。付に付与・付加の意がある。𨸏は神の陟降する神梯の象。そこに合祀すること、すなわち附祭することが字の原義であろう。〔説文〕十四下に「附婁(ふろう)、小さき土山なり」とするが、それは部婁・培塿・坿塿ともいわれる語である。〔礼記、雑記〕「大夫は士に附す」とあるのは附祭の意。のち附託・附著・附属のように用いる。附会とは似たものを無理に会わせることで、傅会の字が語義に合う。
釜(フ・10画)
子禾子釜・戦国
初出:初出は戦国時代の金文。
字形:「缶」p(上)”液体の容器”+「戈」”ほこ”または「又」”手”。字形からの語義は未詳。原義はおそらく量をはかる”ます”。
音:カールグレン上古音はbʰi̯wo(上)。同音に「夫」「芙」「父」「輔」など。
用例:「漢語多功能字庫」によると、戦国の竹簡では「斧」の意に用いた。
論語時代の置換候補:部品の「缶」。詳細は論語語釈「缶」を参照。論語の時代、度量衡のうち量は諸侯国によって違ったことが『春秋左氏伝』昭公三年の記述から分かる。
『大漢和辞典』の音フ訓かまに「鍑」(初出前漢隷書)、「鬴」(「釜」の異体字)がある。同音「扶」の語義に、「四指を並べた長さ」を『大漢和辞典』が載せるが、春秋時代に確認できない。
学研漢和大字典
形声。「金+(音符)父」。類義語の鍋(カ)は、まるくくぼんだなべ。鬴(フ)は、平らにひらいた大型のなべ。
語義
- {名詞}かま。飲食物を煮たきする金属製の大なべ。《同義語》⇒蟯。《類義語》粲(フク)。「釜甑(フソウ)」。
- {単位詞}春秋・戦国時代の量をあらわす単位。一釜は六斗四升(約十二リットル)。「与之釜=これに釜をあたふ」〔論語・雍也〕
字通
[形声]声符は父(ふ)。〔説文〕三下に鬴を正字とし、「鍑(かま)の屬なり」といい、重文として釜を録する。金文に〔子禾子釜(しかしふ)〕〔陳純釜(ちんじゆんふ)〕のように釜と称する器があり、その字は缶(ふ)に従って父声。鬴は後起の字である。〔左伝、昭三十年〕に量器として「豆・區・釜・鍾」の名がみえ、〔子禾子釜(しかしふ)〕など斉国の器もみな量器であった。平底にして無足、大腹の器制である。〔詩、召南、采蘋〕に「于(ここ)に以て之れを湘(に)る 維(こ)れ錡(き)と釜とに」とあって、西方では炊器であった。水草を煮て祖祭に供することを歌う詩である。
桴(フウ/フ・11画)
中山王昔鼎・戦国末期
初出:初出は戦国時代末期の金文。
字形:「木」+「孚」pʰi̯uɡ(平)”子を捕らえた様”で、「孚」は音符で意味が無い。
音:「フウ」の音で太鼓の”ばち”・”横木”、「フ」の音で”いかだ”を意味する。カールグレン上古音はpʰi̯uɡまたはbʰ(共に平)。同音に孚(卵をかえす)とそれを部品とする漢字群、卜を部品とする漢字群。
用例:戦国末期の「中山王鼎」(集成2840)に「奮桴䢅鐸」とあり、”太鼓のばち”と解せる。
残りの4例は戦国末期の「守相杜波鈹」(集成11670など)全て「公孫桴」とあって人名と解せる。
論語時代の置換候補:「䒀」。
「𢐗白鼎」”考”または”舟付”部
上掲西周中期「𢐗白鼎」(集成2676)に「考保𢐗白乍井姬用貞𣪕。」とあり、「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では「考」を「舟付」の二文字とし、「䒀」(カールグレン上古音不明、平/去)と釈文する。『大漢和辞典』は”こぶね”と語釈し、「国学大師」は”短而深的小艇”という。
漢字で”いかだ”を意味する言葉に柎「フ」があり、カールグレン上古音は部品の「付」と同じでpi̯u。桴pʰi̯uɡと近い。柎は後漢の『説文解字』が初出だが、付は論語時代の金文が存在する。ただし「漢語多功能字庫」で”いかだ”の用例を確認できないが、上記「䒀」なら存在することになる。論語語釈「付」を参照。
異体字に「坿」「柎」「泭」「𣻜」があるが、戦国末期までに存在しない。
字 | 義 | 音 | 訓 | 声調 | 初出 | 備考 |
坿 | いかだ | フ | 付ける | 平/去 | 晋系戦国文字 | |
方 | 〃 | ホウ | ならべる | pi̯waŋ(平) | 甲骨文 | →語釈 |
枋 | 〃 | 〃 | 木の名 | 〃 | 戦国末期金文 | |
柎 | 〃 | フ | 器の足 | 〃 | 説文解字 | |
查(査) | 〃 | サ | しらべる | 〃 | 不明 | |
栰 | 〃 | ハツ | いかだ | 入 | 〃 | |
桴 | 〃 | フウ | ばち | 平 | 戦国末期金文 | |
棑 | 〃 | ハイ | いかだ | 平/去 | 後漢隷書 | |
楂 | 〃 | サ | 〃 | 平 | 不明 | |
榜 | 〃 | ホウ | ゆだめ | 平/上/去 | 説文解字 | |
槎 | 〃 | サ | きる | 平/上 | 〃 | |
橃 | 〃 | ハツ | 海中の大船 | 去/入 | 〃 | |
𣝁 | 〃 | ハイ | いかだ | 不明 | 不明 | |
泭 | 〃 | フ | 〃 | 平 | 説文解字 | |
𣻜 | 〃 | 〃 | 〃 | 〃 | 不明 | |
㵺 | 〃 | ハイ | 河の名 | 上古音不明(去) | 西周末期 | |
㶇 | 〃 | コウ | 渡し | 平/去 | 説文解字 | |
灄 | 〃 | ショウ | 川の名 | 入 | 不明 | |
𥬮 | 〃 | コウ | いかだ | 不明 | 〃 | |
筏 | 〃 | ハツ | 海中の大船 | 入 | 〃 | |
篺 | 〃 | ハイ | いかだ | 不明 | 〃 | |
舫 | 〃 | ホウ | ふね | pi̯waŋ(去)
pi̯waŋ(去) |
春秋末期石鼓文 | |
𦪗 | 〃 | コウ | いかだ | 不明 | 不明 | |
艠 | 〃 | 不明 | いかだ | 〃 | 〃 |
備考:「漢語多功能字庫」は原義を”ばち”だというほか見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。「フウ」(平)は「木+(音符)孚(手でかばって持つ)」で、手でもつばち。「フ」(平)は「木+(音符)浮の略体」で、木を組んで水に浮かべるいかだ。
語義
フウ(平)
- {名詞}ばち。たいこのばち。たいこを打つ棒。《同義語》⇒枹(フ)。
- {名詞}宙にういている見える横木。棟木(ムナギ)。
フ(平)
- {名詞}いかだ。小形のいかだ。▽大形のものを筏(ハツ)という。「乗桴浮于海=桴に乗りて海に浮かばん」〔論語・公冶長〕
字通
[形声]声符は孚(ふ)。孚に浮かぶものの意がある。〔説文〕六上に「眉棟(びとう)の名なり」(段注本)と棟木の意とするが、〔論語、公冶長〕「道行はれずんば、桴に乘じて海に浮ばん」のように、筏の意に用いる。鼓のばちの音は、枹(ふう)と通用の義である。
輔(フ・14画)
王人輔甗・西周中期/師𠭰簋・西周末期
初出:初出は西周中期の金文。「小学堂」による初出は西周末期の金文。
字形:「車」+「又」”手”+「用」”桶”。車軸に注ぐ油を手に取って車を整備するさまか。”車を補強するそえぎ”の語義は、『春秋左氏伝』に見え、次いで後漢初期の『漢書』、同じく後漢の『釈名』に見えるが、いずれも物証としてはいつまで遡れるか不明で、おそらく後漢になってからの漢語と思われる。
音:カールグレン上古音はbʰi̯wo(上)。同音に「扶」「夫」「父」「釜」など。呉音は「ブ」、「ホ」は慣用音。
用例:西周末期「輔師𠭰𣪕」(集成4286)に「白入右輔師𠭰」とあり、”補佐官”と解せる。
春秋末期「叔尸鐘」(集成276)に「伊少臣隹(唯)輔」とあり、”補佐する”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、甫(ホ)は、平らな苗床(ナエドコ)のことで、平らにへばりつく、ぴたりとくっつくの意を含む。圃(ホ)の原字。輔は「車+(音符)甫」。車にくっつけたそえぎ。薄(ハク)(平らにへばりつく)・補(ホ)(布をあてそえる)などと同系のことば。
語義
- {名詞}そえぎ(そへぎ)。車を補強するそえぎ。また、車台のそえ板。「輔車相依=輔車相ひ依る」〔春秋左氏伝・僖五〕
- {動詞}たすける(たすく)。そばにひたとくっついて力をそえる。《類義語》扶(フ)・補(ホ)。「輔種(ホヒツ)」「輔之翼之=これを輔けこれを翼く」〔孟子・滕上〕
- {名詞}たすけ。そばによりそってたすける人。補佐役。《同義語》傅(フ)。「四輔(天子*のもり役)」。
- {名詞}都のそばにくっついた近郊の土地。「畿輔(キホ)(都の近郊)」「三輔(サンポ)(漢代、長安近郊の京兆尹(ケイチョウイン)・左馮翊(サヒョウヨク)・右扶風のこと)」。
- 《日本語での特別な意味》すけ。四等官で、省の第二位。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
字通
[形声]声符は甫(ほ)。甫に傅(つ)く・傅(たす)くの意がある。〔説文〕十四上に「人の頬車(けふしや)なり」とし、「つらがまち」の意とするが、字が車に従うことからいえば、車の部分名とすべく、車輪の輻を補強する木、あるいは車箱の両旁にそえる木とする説がある。面輔の字は䩉がその正字であろう。頬(ほお)の部分を輔車の関係にみたてて、輔と通用したものと思われる。
賦(フ・15画)
毛公鼎・西周末期
初出:初出は西周末期の金文。
字形は「貝」”財貨”+「武」で、軍事費のこと。
音:カールグレン上古音はpi̯wo(去)。同音は「夫」、「斧」、「父」、「傅」”もりやく”。なお「武」はmi̯wo。
用例:西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「埶(蓺)小大楚(胥)賦。」とあり、「漢語多功能字庫」は”官吏”の意とするが、”租税”と解せないわけではない。
春秋末期以前の用例はこの一件だけ。
戦国末期の金文「六年安平守鈹」(集成11671)に「左庫工帀賦。」とあり、人名と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では人名、”官吏”(毛公鼎・西周末期)に用いた。戦国の竹簡では”税”の意に用いた。
学研漢和大字典
会意兼形声。武は「止(あし)+戈(ほこ、武器)」の会意文字で、敵を探し求めて、むりに進むの意味を含む。賦は「貝+(音符)武」で、乏しい財貨を、むりに探り求めること。▽詩をつくるという意味の場合は、布・敷(しきのべる、展開する)に当てて、自分の心情を敷きのべること。
語義
- (フス){動詞・名詞}役所が人民にわりあてた労力や財物を強制的に徴用する。とりたてる。また、とりたて。「征賦」。
- {名詞}みつぎ。役所に財物を進上すること。また、その財物。みつぎもの。また、ねんぐ。「貢賦」。
- {名詞}役所が公の仕事のために、人民を徴発して使役すること。また、その人夫。夫役(ブヤク)。「賦役」「可使治其賦也=其の賦を治めしむべきなり」〔論語・公冶長〕
- {動詞・名詞}わかつ。わりあてる。あまねくくばる。また、わりあてられた持ち分。《類義語》布・敷。「夫賦」「賦性」。
- (フス){動詞}思うことをのべる。詩をつくる。「横槊賦詩=槊を横たへて詩を賦す」〔蘇軾・赤壁賦〕
- {名詞}詩の六義(風・雅・頌(ショウ)・比・賦・興)の一つ。心に感じたことをそのまま詠じたもの。〔詩経・大序〕
- {名詞}韻文の文体の様式の名。四字・六字・七字などの対句を多く用いる。「東京賦」。
字通
[形声]声符は武(ぶ)。〔説文〕六下に「斂(をさ)むるなり」と訓し、賦斂(ふれん)の意とする。金文の〔毛公鼎〕に「命を尃(し)き、政を尃き、小大の楚賦(ふそ)*を(をさ)めよ」とあり、政令の実質は賦斂を徴することにあった。賦斂の意より分賦・賦予の意となり、天性のものを天賦・賦稟(ふりん)という。文学としての賦は、その対象を詩的な言語で賦陳することによって、その内的な生命との交感を目的とする、一種の魂振り的な言語呪術から発したもので、いわゆる辞賦の文学はその系統に属する。〔万葉〕の「寄物陳思(きぶつちんし)」も、本来はそのような呪誦文学の系列に属するものであった。
※「そふ」の誤植と思われる。「毛公鼎」(殷周金文集成2841)には「埶(蓺)小大楚(胥)賦」あるいは「埶小大楚賦」とある。
膚(フ・15画)
合集41866.1/引尊・西周早期或中期
初出は「先秦甲金文資料庫」によると甲骨文。「小学堂」による初出は西周の金文。
字形:甲骨文に比定されている字形は、「酉」”さかつぼ”+「火」に見える。金文の字形は「虍」”虎の頭”+「月」”にく”。語義不明。
音:カールグレン上古音はpli̯wo(平)。
用例:「甲骨文合集」41866.1に「其鑄黃金膚奠盟惟今日乙未利」とあり、”みずから”の意か。
西周早中期「引尊」(集成5950)に「引為□膚寶□彝,用永孝」とあり、「漢語多功能字庫」は人名としている。
西周中期「九年衛鼎」(集成2831)に「眉敖者膚卓事見于王」とあり、これも人名とされる(竹内康浩「裘衛諸器銘文考釋」)。
春秋では〔金膚〕の字形がよく見られるが、何を意味しているか分からない。
明確に”はだ”の意が確認出来るのは戦国時代から。
学研漢和大字典
会意。「肉+盧(つぼ)の略体」。つぼの外側のように肉体を外からおおう皮。布(平らでうすい)・普(広がっておおう)と同系。類義語の肌(キ)は、きめ細かいはだ。「はだ」の訓は常用漢字表で削除。
語義
- {名詞}はだ。はだえ(はだへ)。身体の表皮。「膚如凝脂=膚は凝脂のごとし」〔詩経・衛風・碩人〕
- {名詞・形容詞}外部にあらわれた物の表面。平らに広がってうすい。表面的なさま。「膚浅」。
- {形容詞}広がって大きい。《類義語》普・布。「膚公」。
- {形容詞}のびのびして美しい。「公孫碩膚、徳音不瑕=公は孫にして碩に膚しく、徳音に瑕あらず」〔詩経・漿風・狼跋〕
- {名詞}平らに切った肉。また、ぶたの肉。
- {名詞}四本の指を平らにならべた長さ。昔、物をはかるのに用いた寸。《同義語》扶。「膚寸」。
字通
[形声]〔説文〕四下は正字を臚に作り、「皮なり」とし盧(ろ)声。重文として膚をあげる。金文の字形は膚に作り、おそらくそれが初形であろう。膚に臚(ふ)の声がある。皮膚の意から膚浅・膚薄のように用いるが、〔詩、大雅、文王〕に「殷士の膚敏なるも 京に祼將(くわんしやう)(清めの祭)す」、また〔詩、豳風、狼跋〕に「公孫碩膚(せきふ)」の句があり、膚には碩大の意がある。〔易、釈文〕に「柔脆(じうぜい)肥美なるを膚と曰ふ」とあり、皮下の脂肪を含めていう語と思われる。
撫(フ・15画)
初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はpʰi̯wo(上)。同音は下記の通り。「ブ」は慣用音。論語語釈「憮」も参照。同音の「尃」に「払う」の語釈が『大漢和辞典』にある。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
敷 | フ | しく | 不明 | 平 | |
鋪 | ホ | 門環をつける金具 | 西周末期金文 | 〃 | |
痡 | ホ | 病む | 説文解字 | 〃 | |
尃 | フ | しく | 西周末期金文 | 〃 | |
撫 | フ | なでる | 楚系戦国文字 | 〃 |
『説文解字』の同義に、「𢻲」(フ、上古音・初出不明)、「敉」(ビ)mi̯ăr(上)・初出は説文解字、「𢜮」(ブ)カ音不明、初出は説文解字、「捪」(ビン)カ音不明・初出は前漢隷書、揙(ヘン・うつ)カ音不明・初出は説文解字。
漢語多功能字庫
「撫」亦作「𨑟」,表示安撫,《說文》:「撫,安也。从手無聲。一曰循也。𨑟,古文从辵、亡。」《說文》:「撫,揗也。」段玉裁注:「揗者,摩也。」
「撫」は「𨑟」とも書く。柔らかく撫でることを意味する。説文解字では、「撫とは安らげることである。手の字形の系統に属し、無の音である。一説には、”従う”ことという。𨑟は、古文では辵と亡の字形の系統に属する。」また説文解字では、「撫とは、なでることである」という。段玉裁の注によると「揗とは、さすることである」という。
学研漢和大字典
形声。「手+(音符)無」。もと摸や摩(なでる)と同じく、手でなでること。のち、手を相手の頭や肩にやさしくあてる意に用いる。拊(フ)(手をあてる)・敷(ぴたりとあてがう)と同系。
語義
- (ブス){動詞}なでる(なづ)。手を頭や肩にあててなでる。また、なでてかわいがる。「愛撫(アイブ)(なでる)」「撫背慟哭=背を撫でて慟哭す」〔李娃伝〕
- (ブス){動詞}なでる(なづ)。なでてなだめる。なつける。「撫育(ブイク)」「鎮撫(チンブ)(やさしくなだめる)」「撫四夷也=四夷を撫す」〔孟子・梁上〕
- (ブス){動詞}手をあてて押さえる。「撫剣疾視=剣を撫し疾視す」〔孟子・梁下〕
- {動詞}手本をなでて写す。《類義語》摸(モ)・(ボ)。「手撫(シュブ)(手本の上をなすって写す)」。
- (ブス){動詞}手でうつ。たたく。▽拊(フ)に当てた用法。
字通
[形声]声符は無(ぶ)。〔説文〕十二上に「安んずるなり」、また「一に曰く、循(したが)ふなり」とし、古文として𨑟をあげている。攴部三下に「𢻬(ぶ)は撫するなり」とあり、𢻬がその初文であろう。𢻬は死体(亡)に手を加え、撫してこれを哀しむ意象の字。撫はその形声の字。〔国語、晋語八〕に「叔向(しゆくしやう)、司馬侯の子を見て、撫して泣く」とは哀撫の意。のち撫育・撫養、また安撫・慰撫の意より撫卹・循撫の意となる。
※「𢻬」のカールグレン上古音は不明。初出は説文解字。「撫」よりむしろ新しい、今のところは。
毋(ブ・4画)
戈冬方鼎・西周中期
初出:原字の初出は西周中期の金文。
字形:「母」と書き分けられていない。現伝書体の初出は戦国文字。論語の時代も、「母」məɡ(上、初出は甲骨文)と書き分けられていない。論語語釈「母」を参照。
音:カールグレン上古音はmi̯wo(平)。同音は論語語釈「憮」を参照。
用例:「漢語多功能字庫」は、甲骨文・金文では「母」の字で「毋」を示したとし、西周末期の「善夫山鼎」にもその用例が見られるという。
備考:同訓に「無」。論語語釈「無」を参照。
学研漢和大字典
指事。「女+━印」からなり、女性を犯してはならないとさし止めることを━印で示したもの。無(ム)・(ブ)や莫(マク)・(バク)と同系で、ないの意味を含む。とくに禁止の場合に多く用いられる。
語義
- {動詞}なかれ。→語法「①」。
- {動詞}ない(なし)。→語法「②」
語法
①「なかれ」とよみ、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。《同義語》無・勿・莫。「距関毋内諸侯=関を距(ふせ)ぎて諸侯を内(い)るること毋(な)かれ」〈函谷関をふさいで、諸侯を入れてはいけません〉〔史記・項羽〕
②「なし」とよみ、「~ない」と訳す。否定の意を示す。《同義語》無。「子絶四、毋意、毋必、毋固、毋我=子四を絶つ、意毋(な)く、必毋く、固毋く、我毋し」〈先生は四つのことを絶たれた。勝手な心を持たず、無理おしをせず、執着せず、我を張らず〉〔論語・子罕〕
③「毋乃~」「毋寧~」は、「むしろ~」とよみ、「やはり~なのだ」「どちらかといえば~だろう」と訳す。婉曲に断定する意を示す。《同義語》無乃。「毋乃任刑之意与=毋乃(むしろ)刑を任ずるの意か」〈刑罰を用いる意志があることだろう〉〔漢書・董仲舒〕
字通
[仮借]もと母の字で象形。金文に母の字形のままで打消に用いる。のち両乳を直線化して、母・毋を区別した。〔説文〕十二下に「之れを止むるなり。女に從ふ。之れを奸(をか)す者有り」とし、〔繫伝〕に「能く守ること有るなり。此れ指事なり」とするが、声による仮借義である。禁止の意に無(ぶ)・亡(ぼう)・莫(ばく)などの音を借り用いる。無は舞の初文、亡は死亡者の骨、莫は暮の初文で、それぞれ別に本義のある字である。
无(ブ・4画)
庚兒鼎・春秋中期/睡虎地簡54.43
初出:初出は春秋中期の金文。ただし字形は「𣞤」(「無」の古形。→語釈)。現行字形の初出は秦系戦国文字。
字形:初出の字形は両端に飾りを下げた竿を担ぐ人の姿で、「無」の原義と同じく”舞う”姿。
音:カールグレン上古音はmi̯wo(平)。同音は論語語釈「憮」を参照。「ム」は呉音。
用例:春秋中期「庚兒鼎」(集成2715)に「壽無疆」とあり、”ない”と解せる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲146正陸に「先冬」とあり、「先」は「无」と釈文されている。「冬」は「終」と釈文されている。
備考:定州竹簡論語は通例として「毋」と記し(→語釈)、慶大蔵論語疏は通例として「无」と記す。
学研漢和大字典
会意。「一+大(人)」で、人の頭の上に一印をつけ、頭を見えなくすることを示す。無の字の古文異体字。元の字の変形だという説があるが、それはとらない。▽旡(キ)(つまる)とは別字。草書体をひらがな「む」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ん」ができた。また、草書体の簡略化からカタカナの「ン」ができたか。
語義
{動詞}ない(なし)。《同義語》⇒無・莫・毋・亡。「无咎=咎无し」〔易経・乾〕
字通
[象形]亡(ぼう)の異体字。亡は屍骨の象。〔説文〕は亡部十二下に無に従う字をあげ、「亡なり。亡に從ひ、無(む)聲」とし、その重文として无をあげ、「奇字无、元に通ずる者なり。王育の說に、天の西北に屈するを无と爲す」というが、无はもと屈屍の象で、亡と同字。金文の〔越王鐘〕に「萬葉まで亡疆(むきやう)ならんことを」の亡を无の形に作る。〔易、无妄〕など、〔易〕に多くこの字を用いる。〔荘子〕にも用字例が多く、この字は楚・越など、南方で行われたものであろう。
巫(ブ・7画)
合21074/齊巫姜簋・西周晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:由来ははっきりしない。みこが持つ呪具だったとする説が根強い。
音:カールグレン上古音はmi̯wo(平)。同音は論語語釈「憮」を参照。「フウ」の読みはどこから出てくるのか明らかでない。「フ」は慣用音。呉音(遣隋使より前に日本に伝わった音)は「ム」。
用例:「甲骨文合集」5654.3に「貞周以巫」とあり、”みこ”と解せる。
春秋末期までの金文は三例が知られるが、すべて”みこ”の意。
学研漢和大字典
会意。篆文の右の字体は「工+人二人」の会意文字。工印を玉の形と解する説もあるが、神を招く技術を示したものであろう。左の字体は「工+召(招く)二つ+両手」の会意文字で、神を招く手ぶりを示す。目に見えない神を手ぶり足ぶりして呼ぶこと。舞(手ぶり足ぶりをして神を楽しませる)と同系。また募(ないものを求める)とも縁が近い。
語義
{名詞}みこ。かんなぎ。舞や音楽で神を招いて、神仕えをする人。
▽信仰と生活の結びついた古代には、巫は王と同等の聖職であった。のち、人権の伸張につれ、術によって神がかりとなる祈偃(キトウ)師になった。特に、女みこを巫といい、男みこを覡(ゲキ)といった。「巫咸(フカン)(殷(イン)代の伝説上のみこの名)」「巫匠亦然=巫匠も亦た然り」〔孟子・公上〕
字通
[会意]工+両手(左右の手)。工は神につかえるときに操る呪具。神をもとめることを左右といい、左は工を操る形。左右を重ねた形は尋、神の所在を尋ねる意。神隠れの隠の旧字は隱、呪具の工を以て神の形を隠した。左・尋・隱は、みな工の形を含む。その工を左右の手で奉ずる形は巫、神につかえ、神意をたしかめる者をいう。〔説文〕五上に「祝するなり。女の能く無形に事(つか)へ、舞を以て神を降す者なり。人の兩褎(りゃうしう)もて舞ふ形に象る。工と意を同じうす。古者(いにしへ)巫咸、初めて巫と作(な)る」といい、無・舞との声の関係を以て説く。春秋期の楚の巫臣、字(あざな)は子靈(霊)といい、靈は雨乞いする巫の意。卜文・金文の巫の字形はに作り、工を縦横に組み合わせた形。卜辞にを祀ることを卜する例があり、巫祖を祀るものであろう。〔山海経、大荒西経〕に十巫の名がみえ、巫はみなその伝統を伝えた。のち女巫を巫といい、男巫を覡(げき)という。
武(ブ・8画)
甲骨文/聿作父乙簋・商代晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:「戈」+「足」で、歩兵が長柄武器を執って進むさま。原義は”行軍”。
音:カールグレン上古音はmi̯wo(上)。同音は論語語釈「憮」を参照。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名、また殷王のおくり名に用いられた。金文では原義で用いられ、周の事実上の初代は武王とおくりなされ、武力で建国したことを示している(作冊大方鼎・西周早期)。また武力や武勇を意味した(虢季子白盤・西周末期)。加えて「文」の対語で用いられた(𠫑羌鐘・戦国早期)。
学研漢和大字典
会意。「戈(ほこ)+止(あし)」で、戈をもって足で堂々と前進するさま。ない物を求めてがむしゃらに進む意を含む。▽「春秋左氏伝」宣公十二年に「戈(カ)を止(トド)むるを武となす」とあるのは誤り。賦(求める)・慕(求める)・摸(ボ)(さぐる)・驀(バク)(馬がむやみに前進する)・罵(バ)(むやみにつきかかる、ののしる)などと同系。草書体をひらがな「む」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「む」ができた。
語義
- {形容詞・名詞}たけだけしい(たけだけし)。荒くて勇ましい。力で相手をおさえる行いや気持ち。▽文に対することば。《類義語》猛・勇。「武勲」「文武兼備」。
- {名詞}戦争。また、戦争のための兵器や兵士。「武備」。
- {名詞}勇ましく前進する歩み。「歩武堂堂(足どり勇ましく進むさま)」。
- {名詞}前にいった人の足跡。また、前人が行った物事のあと。《類義語》歩。
- {名詞}一歩(ふたあし)の半分の長さで、昔の三尺。▽「歩」は、長さの単位で、一歩は昔の六尺。
- {名詞}周の文王を文というのに対して、周の武王のこと。「文武周公(文王・武王・周公)」。
- {名詞}周の武王のつくった音楽。「謂武、尽美矣、未尽善也=武を謂はく、美を尽くせり、いまだ善を尽くさざるなり」〔論語・八佾〕
- 《日本語での特別な意味》「武蔵(ムサシ)」の略。「武州」。
字通
[会意]止(し)+戈(か)。止は趾の形で、歩の略形。戈(ほこ)を執って前進することを歩武という。〔説文〕十二下に〔左伝、宣十二年〕「楚の荘王曰く、夫(そ)れ武は功を定め、兵を戢(をさ)む。故に止戈を武と爲す」の文を引いて、武を止戈の義とするが、歩武の堂々たることをいう字である。〔詩、大雅、生民〕「帝の武(あしあと)の敏(おやゆび)を履(ふ)みて歆(う)く」の〔毛伝〕に「武は迹なり」とあり、〔国語、周語下〕に「歩武尺寸の間」という語がある。また〔礼記、曲礼上〕に「堂上には武を接し、堂下には武を布(し)く」のように、その歩きかたをいう。武徳を称する語として古くから文武を対称し、殷・周の王に文・武を称するものがある。列国期の〔■(厂+馬×3)羌鐘(ひゆうきようしよう)〕に「武文咸(ことごと)く剌(れつ)(烈)なり」の語がみえる。
侮/侮(ブ・8画)
毛公鼎・西周末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はmi̯u(上)。定州竹簡論語の「㑄」は異体字と思われる。
学研漢和大字典
形声。侮は「人+(音符)每(バイ)」で、見えない→認めない、目にもとめないの意を含む。每は母と同じく、子をうむ母親をあらわす。ここでは侮の音を示すのみで、母の意に関係はない。晦(カイ)(暗くて見えない)・海(=海。暗い色のうみ)・埋(マイ)(うずめて見えない)と同系。類義語の慢は、行うべきことをいいかげんにする。謾は、みくびってばかにする意。易は、なんでもないと思うこと。旧字「侮」は人名漢字として使える
語義
- {動詞}あなどる。目にとどめず、ばかにする。「侮辱」「侮聖人之言=聖人の言を侮る」〔論語・季氏〕
- {名詞}あなどり。人をばかにした行い。侵略のこと。
字通
[形声]声符は每(毎)(まい)。每に昏昧の意があり、毎々は昏々の意。〔説文〕八上に「㑥(あなど)るなり」(段注本)、〔広雅、釈詁三〕に「輕んずるなり」とあり、軽侮の意。〔書、盤庚上〕に「汝、老成の人を侮ること無(なか)れ」など、古い用例がある。〔詩、小雅、常棣〕「兄弟牆(かき)に鬩(せめ)ぐも、外其の務(あなど)りを禦(ふせ)ぐ」の務は、声によって仮借した字。務の本字は敄、金文に「敄(や)ましむ」という用例がある。
務(ブ・11画)
乍册般甗・殷代末期
初出:初出は殷代末期の金文「乍册般甗」。ただし字形は「敄」。「小学堂」による初出は戦国末期の金文。
字形:字形は頭にかぶり物をかぶった人の背後から、「又」”手”に持ったカマ状のほこ「戈」で打ちかかるさまで、原義はおそらく”油断する”。
音:「ム」は呉音。カールグレン上古音はmi̯uɡ(去)。
用例:殷代末期「乍册般甗」(集成944)に「王宜人方無敄。」とあり、「王人方(民族名)と宜くつとむること無し」と読め、”努力する”と解せる。
西周早期「白𣪕」(集成3615)に「敄白(伯)(具)乍(作)寶𣪕。」とあり、地名または人名と解せる。
西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「王曰…母敢龏㯱。龏㯱廼敄鰥寡。」とあり、「龏㯱」は「共嚢」”税を厳しく取り立てる”と解されており、取り立てるならば「敄鰥寡」、”独り者を憐れむ”のに使え、と解せる。「敄鰥寡」は西周末期以降の金文に複数の例がある。また「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、「敄」を「侮」と釈文している。『大漢和辞典』侮条に「あるいは務に作る」とある。”気に病む”の意だろうか。
春秋末期までに確認できる語義は以上の通り。
「漢語多功能字庫」によると、初出の金文「敄」は”あなどる”と解釈されており、”つとめる”の語義は、戦国時代の「中山王方壺」にならないと見られない。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、矛は、困難を排して切り進むほこ。敄(ム)は「攴+〔音符〕矛(ボウ)・(ム)」の会意兼形声文字で、むりに局面を打開する努力を示す。務はさらに力を加えたもので、敄の後出の字。困難を克服しようとりきむことという。
意味:
- {名詞}つとめ。やらねばならない仕事。「職務」「故能成天下之務=故に能く天下の務めを成す」〔易経・繫辞上〕
- {動詞}つとめる(つとむ)。困難をおかしても、やろうと力を尽くす。「君子務本=君子は本を務む」〔論語・学而〕
- {副詞}つとめて。ぜひとも。困難をおかして。「務必(かならず)」「務引其君以当道=務めて其の君を引きて以て道に当たらしむ」〔孟子・告下〕
- {動詞・名詞}あなどる。あなどり。▽侮に当てた用法。上声に読む。「外禦其務=外其の務を禦ぐ」〔詩経・小雅・常棣〕
字通
形声、声符は敄。敄は矛をあげて人にせまる形。〔説文〕十三下に「趣くなり」とあり、〔玄応音義〕に引いて「趣くこと疾やかなり」とする。〔爾雅、釈詁〕〔玉篇〕に「強むるなり」とあり、努めてそのことに赴くことをいう。力は耒の象形で、農耕につとめる意。〔国語、周語上〕「三時には農に務め、一時には武を講ふ」、〔呂覧、上農〕「先づ農民に努む」など、農事に用いるのが本義である。
訓義
(1)つとめる、農事につとめる、はげむ。(2)はげます、すすめる。(3)つとめ、しごと。(4)おもむく、むかう。(5)敄、侮と通じ、あなどる。(6)瞀と通じ、くらい。
大漢和辞典
無(ブ・12画)
甲骨文/作冊般甗・殷代末期
初出:初出は甲骨文。
字形:人が両手に飾りを持って舞う姿。
慶大蔵論語疏は異体字「无」と記す。「無」の同音同訓で、上古音も同じ。詳細は論語語釈「无」を参照。
音:「ム」は呉音。カールグレン上古音はmi̯wo(平)。同音は論語語釈「憮」を参照。同訓に「毋」。論語語釈「毋」を参照。
用例:「漢語多功能字庫」は甲骨文の字形を、牛の尾のような飾りを両手に持って舞う姿とし、「舞」の原字とする。「舞」の初出は春秋末期の金文。その飾りの音が「某」”…でない”ゆえに、”ない”を意味するようになったと言う。「某」はもと”梅”を意味し、酸っぱい梅の実を「甘」=口に含んで出さないように、自分で名乗らない者を意味した。
甲骨文では雨乞いの祭礼の名、そこで舞うこと。金文では西周時代の「善夫克鼎」で、すでに”ない”の語義で使われている。戦国の竹簡でも”舞う”の語義は残っていたが、”ない”は多く”毋”と書かれたという。
備考:日本語では「ない」は形容詞か助動詞だが、漢語では動詞。英語の”deny”に相当する。
学研漢和大字典
形声。甲骨文字は、人が両手に飾りを持って舞うさまで、のちの舞(ブ)・(ム)の原字。無は「亡(ない)+(音符)舞の略体」。古典では无の字で無をあらわすことが多く、今の中国の簡体字でも无を用いる。蕪(ブ)(茂って見えない)・舞(ない物を神に求めようとして、神楽をまう)などと同系。莫(マク)・(バク)mak(ない)は、無の語尾がkに転じたことば。亡(モウ)・(ボウ)mɪaŋ(ない)は無の語尾がŋに転じたことば。異字同訓に 無い「金が無い。無い物ねだり」 亡い「亡き父をしのぶ」。草書体をひらがな「む」として使うこともある。
語義
- {動詞}ない(なし)。形や姿がない。物や事がらが存在しない。▽日本語の「なし」は形容詞であるが、漢語では「無」は動詞である。《同義語》⇒无(ム)・(ブ)。《対語》⇒有。→語法「①」。
- {動詞}なかれ。→語法「③」。
- {動詞}なみする(なみす)。無視する。ないがしろにする。「無天子*=天子を無す」。
- {動詞}なく。→語法「⑤」。
- {名詞}ないこと。また、老子や荘子の考えでは、現実の現象以前のもので有を生み出すもとになるもの。「天下万物生於有有生於無=天下の万物は有より生じ有は無より生ず」〔老子・四〇〕
- {助辞}ないの意をあらわす接頭辞。「無根」「無為」。
- 「無端(ムタン)・(ハシナクモ)」とは、かくべつの理由なしに、ひょっこりとの意をあらわすことば。「無端更渡桑乾水=端無くも更に渡る桑乾の水」〔賈島・渡桑乾〕
- 《日本語での特別な意味》なくす。失う。また、消滅させる。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
語法
①「~無…」は、
- 「~に…なし」とよみ、「~には…がない」と訳す。人・物が空間に存在しない意を示す。「…」が主語。《対語》有。「執策而臨之曰、天下無馬=策を執りてこれに臨んで曰く、天下に馬無(な)しと」〈むちを手に取り、馬の前に立ちはだかって、この世には名馬がいないと言う〉〔韓愈・雑説〕
- 「~、…なし」とよみ、「~は…がない」「~は…をもっていない」と訳す。所有の否定の意を示す。《対語》有。「天道無親、常与善人=天道親無(な)く、常に善人に与(くみ)す」〈天道は私心を持たぬ、いつも善人に味方する〉〔史記・伯夷〕
②「無~…(=~の説明)」は、「~の…する(こと)なし」とよみ、「~は…することはない」「…する~はない・いない」と訳す。《対語》有。「渡江而西、今無一人還=江を渡りて西せり、今一人として還るもの無(な)し」〈長江を渡り西征の途についたが、今は誰ひとりとして生きてもどって来ない〉〔史記・項羽〕
③「なかれ」とよみ、「~するな」と訳す。禁止の意を示す。《同義語》毋。《類義語》勿(ナカレ)。「無友不如己者=己に如(し)かざる者を友とする無(な)かれ」〈自分より劣ったものを友達にはするな〉〔論語・学而〕
④「なくんば」とよみ、「もし~がなければ」と訳す。存在の否定による順接の仮定条件の意を示す。「人而無信、不知其可也=人にして信無(な)くんば、その可なることを知らざるなり」〈人として信義がなければ、うまくやっていけるはずがない〉〔論語・為政〕
⑤「無~無…」は、「~となく、…となく」とよみ、「~も…も区別なく」と訳す。範囲・条件が限定されない意を示す。「~」「…」には、対立する語がはいる。「無遠無近同欣欣=遠と無(な)く近と無く同じく欣欣(きんきん)たらしめん」〈遠くの人も近くの人も、ひとしく喜ばせたい〉〔白居易・昆明春水満〕▽「無~…=~…となく」「無論~…=~…をろんずるなく」も、意味・用法ともに同じ。
⑥「無~不…」は、
- 「~として…ざるなし」とよみ、「どんな~でも…しないものはない」と訳す。二重否定。範囲・条件が限定されない意を示す。「自西自東、自南自北、無思不服=西自(よ)り東自り、南自り北自り、思ひて服せざる無(な)し」〈西より東より、南より北より(諸侯がやってきて)、心から服従しないものはいなかった〉〔詩経・大雅・文王有声〕
- 「無~不…」は、「~なくんば…ず」とよみ、「~がなければ…ない」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。「民無信不立=民信無(な)くんば立たず」〈人民は信がなければ安定しない〉〔論語・顔淵〕
⑦「無不~」は、「~ざるはなし」とよみ、「~しないものはない」と訳す。二重否定。「有才無不適=才有らば適せざる無(な)し」〈才能があれば、(どこにいても)心にかなわないことはないでしょう〉〔高適・送柴司戸充劉卿判官之嶺外〕▽「莫不~」も、「~ざるはなし」とよみ、意味・用法ともに同じ。
⑧「無非~」は、「~(に)あらざるはなし」とよみ、「~でないものはない」と訳す。二重否定。「動無非法=動くこと法に非(あら)ざるは無(な)し」〈いっさいの行動はすべて法に基づかないものはなくなる〉〔韓非子・有度〕▽「莫非~」も、「~(に)あらざるはなし」とよみ、意味・用法ともに同じ。
⑨「無寧~」は、「むしろ~か・や」「むしろ~なからんか・や」とよみ、「~のほうがいい」「~のほうがましである」と訳す。反語で、婉曲に断定する意を示す。「且予与其死於臣之手也、無寧死於二三子之手乎=かつ予(わ)れその臣の手に死なん与(よ)りは、無寧(むしろ)二三子の手に死なん」〈それにわしは家来などの手で死ぬよりは、むしろお前たちの手で死にたいものだね〉〔論語・子罕〕
⑩「無(毋)乃~乎(与)」は、「すなわち~なからんや」「むしろ~や」とよみ、「どちらかといえば~ではないか」と訳す。婉曲に断定する意を示す。「居簡而行簡、無乃大簡乎=簡に居て簡を行ふは、乃(すなは)ち大(はなは)だ簡なること無(な)からん」〈鷹揚に構えて鷹揚に行うのでは、余りに鷹揚すぎるのではないだろうか〉〔論語・雍也〕
字通
仮借、もと象形。人の舞う形で、舞の初文。卜文に無を舞雩(雨乞いの祭)の字に用い、ときに雨に従う形に作る。有無の無の意に用いるのは仮借。のちもっぱらその仮借義に用いる。〔説文〕六上に「豊かなり」と訓し、字を林に従う字とする。〔説文〕が林とするその部分は、舞袖の飾りとして加えたもので、金文に見えるその字形を、誤り伝えたものである。また「豊かなり」の訓も、〔爾雅、釈詁〕「蕪は豊かなり」とみえる蕪字の訓である。〔説文〕にまた「或いは説う、規模の字なり。大册に従うは、数の積なり。林なる者は、木の多きなり。册と庶と同意なり」とし、「商書に曰く、庶草繁蕪す」と〔書、洪範〕の文を引く。今本に「蕃」に作る。〔説文〕は字を林に従うものとして林部に属し、そこから繁蕪の意を求めるが、林は袖の飾り、字は人が両袖をひろげて舞う形。のち両足を開く形である舛を加えて、舞となる。いま舞には舞を用い、無は有無の意に専用して区別する。
誣(ブ・14画)
初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はmi̯wo(平)。同音は論語語釈「憮」を参照。ムは呉音。同音で部品の「巫」にも”しいる”の語釈は無いが、”みだり(なことをいう)”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。論語語釈「巫」を参照。
漢語多功能字庫
「言」の字形に属し、「巫」の音。原義は”デタラメなことを言う”。
学研漢和大字典
会意兼形声。巫(ブ)は、みこが両手で玉を供えて神意を求める姿を示した会意文字で、わからないものをむりに探し求める、むりじいをするという意味を含む。誣は「言+(音符)巫」で、何もないのにむりに話をつくりあげて、人の悪口をいうこと。ないものをむりにあるものにする、相手のいうことを無視するというのはその派生義。
語義
- {動詞}しいる(しふ)。そういう事実がないものをあるようにいいたてて、人をそしる。また、人のいうことをないがしろにする。「誣言(フゲン)」「不可以厚誣君子=以て厚かましく君子を誣ふべからず」〔春秋左氏伝・成三〕
- {動詞}事実をまげてこじつける。罪のない者を故意に罰する。「誣告(ブコク)」「誣枉(フオウ)」。
字通
[形声]声符は巫(ふ)。巫は祝禱・呪詛(じゆそ)をなすもので、その言に誣妄のことが多い。〔説文〕三上に「加なり」とは架言、浮誇虚誕の語をいう。〔左伝、荘十六年〕「犧牲玉帛、敢て加へざるなり」の加は虚加、供えものを実際以上に神に告げることをいう。人をそしることを加誣という。
舞(ブ・15画)
甲骨文/作冊般甗・殷代末期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はmi̯wo(上)。同音は論語語釈「憮」を参照。字形は「無」と同じ。手に飾りを持って舞う姿。原義は”舞(う)”。「漢語多功能字庫」によると、金文では原義に用いた(楚余義鐘・春秋末期)。論語語釈「無」も参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。舛(セン)は、左足と右足を開いたさま。無(ブ)は、人が両手に飾りを持ってまうさまで、舞の原字。舞は「舛+(音符)無」で、幸いを求める神楽のまいのこと。巫(フ)・(ブ)(神前でまって神に幸いを求めるみこ)・募(求める)と同系。草書体をひらがな「む」として使うこともある。
語義
- {動詞・名詞}まう(まふ)。まい(まひ)。手足を動かして神の恵みを求める。「舞踏」「韶舞(ショウブ)(周の武王のときのまい)」「長袖善舞=長袖は善く舞ふ」「不知手之舞之足之蹈之也=手の舞ひの足の蹈むをの知らざるなり」〔礼記・楽記〕
- (ブス){動詞}心をはずませる。また、まい出すようなはずんだ気持ちにさせる。「鼓舞」。
- {動詞}まう(まふ)。ゆっくりと飛ぶ。「鳳鳥来舞=鳳鳥は来たり舞ふ」。
- {動詞}むやみにでたらめなことをする。「舞文(身がってな文章をつくる、条文を乱用する)」「舞弊」。
字通
[会意]無+舛(せん)。無は舞の初文。両袖に呪飾をつけて舞う形。無がのち有無の無に専用されるに及んで、舞うときの足の形である舛をそえて舞となった。〔説文〕五下に「樂しむなり。足を用(もつ)て相ひ背く」といい「舛に從ひ、無(ぶ)聲」とする。〔荘子、在宥〕や〔山海経〕〔孔子家語〕には儛の字を用いるが、舞楽をいう後起の字とみてよい。無はもと舞雩(ぶう)という雨乞いの儀礼で、卜辞には舞雩のことが多くみえる。また羽をかざして舞うこともあって、〔説文〕に録する重文の字は𦐀に作る。金文に辵(ちやく)に従って■(辶+舞)に作る字があり、舞雩は特定の地に赴いて行われた。強く勢いをはげますことを鼓舞という。
憮(ブ・15画)
初出は説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はmi̯wo(上)。同音は下記の通り。平声のカ音は不明。定州竹簡論語・論語陽貨篇8では「撫」と記す。論語語釈「撫」を参照。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
無 | ブ | ない | 甲骨文 | 平 | →語釈 |
毋 | ブ | なかれ | 西周中期金文 | 〃 | →語釈 |
膴 | コ | 骨のないほじし | 前漢隷書 | 平/上 | |
蕪 | ブ | あれる | 楚系戦国文字 | 平 | |
誣 | ブ | しひる | 秦系戦国文字 | 〃 | |
巫 | ブ | みこ | 甲骨文 | 〃 | →語釈 |
无 | ブ | ない | 春秋中期金文 | 〃 | |
譕 | ボ | はかりごと | 不明 | 〃 | |
武 | ブ | 干戈の力により、兵乱を未発に止める | 甲骨文 | 上 | →語釈 |
舞 | ブ | まひ | 甲骨文 | 〃 | |
儛 | ブ | まふ | 不明 | 〃 | |
憮 | ブ | いつくしむ | 説文解字 | 〃 | |
廡 | ブ | らうか | 楚系戦国文字 | 〃 | |
甒 | ブ | かめ | 不明 | 〃 | |
鵡 | ブ | (あうむ) | 不明 | 〃 |
漢語多功能字庫
(解字無し)
学研漢和大字典
会意兼形声。「心+(音符)無」で、失望して心中がむなしくなること。無(ム)(ない、むなしい)と同系。
語義
- 「憮然(ブゼン)」とは、むなしい気持ちになるさま。がっかりと失望するさま。「夫子憮然曰=夫子憮然として曰はく」〔論語・微子〕
- {形容詞}みめよいさま。▽昆(ブ)に当てた用法。「眉憮(ビブ)」。
字通
[形声]声符は無(ぶ)。〔説文〕十下に「愛するなり。韓・鄭には憮と曰ふ。一に曰く、動かざるなり」とし、無声とする。〔爾雅、釈言〕に「撫するなり」とは撫愛の意。また失意のさまをいい、〔方言、一〕に「憮は哀しむなり。楚の北郊よりして憮と曰ふ」とみえる。むねを撫してその感情を示す。また嫵・幠・膴・侮(侮)などと通用する。
負(フウ・9画)
睡虎地簡24.34・戦国最末期
初出:初出は秦系戦国文字。「左使車工匕」(集成971・2088~2090・4478)など戦国末期の金文にも見えるが、字形がかなり異なる。
字形:「𠂊」+「貝」”財貨”。手で財貨を提げて差し出すさまか。
音:カールグレン上古音はbʰi̯ŭɡ(上)。同音に「罘」”網”、「芣」”花が盛んなさま”、「婦」「萯」”カラスウリ”、「偩」”たよる”、「伏」。「フ」は慣用音。呉音は「ブ」。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」倉律25に「後入者獨負之」とあり、”負担する”と解せる。”負ける”の語義は文献時代(『孫子』謀攻篇など)にならないと見られない。
論語時代の置換候補:伏は『大漢和辞典』に同義が有りそうでない。『大漢和辞典』の同音同訓に「服」。初出は甲骨文だが、春秋末期までに”負担する”の用例は無い。論語語釈「服」を参照。
学研漢和大字典
会意。「人+貝(財貨)」で、人が財貨をせおうことを示す。背(ハイ)puəg→puəi(せなか)・北(ホク)puək→puək(せをむける)などと同系。類義語の敗(ハイ)は、まとまったものがやぶれて二つに割れること。「相手に破れる」の意味の「まける」「まけ」は「敗ける」「敗け」とも書く。
語義
- {動詞}おう(おふ)。せなかにのせる。せおう。《類義語》背。「負剣=剣を負ふ」「負手曳杖=手を負ひ杖を曳く」〔礼記・檀弓上〕。「負耒耜而自宋之滕=耒耜を負ひて宋より滕にゆく」〔孟子・滕上〕
- {動詞}おう(おふ)。やっかいなものをせおう。やっかいなものを引き受ける。《類義語》担。「負担」「負債」「負罪=罪を負ふ」。
- {動詞}おう(おふ)。何かを背後において頼りにする。たのむ。「自負」「虎負嵎=虎は嵎を負ふ」〔孟子・尽下〕
- {動詞}せにする(せにす)。せなかをむける。《類義語》背。「負東塾=東塾を負にす」。
- {動詞}そむく。せをむける。そむく。そっぽをむく。《類義語》背。「負命毀族=命に負き族を毀る」〔史記・五帝〕
- {動詞・名詞}まける(まく)。まけ。敵にせをむけてにげる。広く、敵と争って敗れること。転じて、相手よりおとる。《類義語》北。
- {名詞}数学で、正に対して、零より小さいこと。マイナス。「負数」。
- 《日本語での特別な意味》
①まける(まく)。値引きする。
②電子の電荷のうち、陰極に生じるもの。マイナス。《対語》正。
字通
[会意]人+貝。貝を負う形。〔説文〕六下に「恃(たの)むなり。人の貝を守るに從ふ。恃む所有るなり」とする。また「一に曰く、貸を受けて償はず」とあり、負債の意。古い字形を見ないが、古い時代には貝は財宝の主たるものであるから、これを負担する形とみてよい。金文の図象に貝を綴って一朋とし、これを前後ふりわけにして荷う形のものがある。負恃の意はその引伸の義。勝負の意は、敗北することによって負荷を加える意とも解されるが、敗・背の声義の関係を考えることもできる。
浮(フウ・10画)
浮公之孫公父宅匜・春秋
初出:初出は春秋時代の金文。
字形:「氵」+「孚」pʰi̯uɡ(平)”子供を捕まえたさま”で、「孚」はおそらく音符で意味が無い。原義は”浮かぶ”。
音:「フ」は慣用音。呉音は「ブ」。カールグレン上古音は声母のbʰ(平)のみ。藤堂上古音はbɪog。
用例:春秋の金文「浮公之孫公父宅匜」(集成10278)に「浮公之孫公父宅鑄其行也。」とあり、氏族名と解せる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲81背に「丁名曰浮妾榮辨僕上。」とあり、”浮ついた”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。孚は「爪(手をふせた形)+子」の会意文字で、親どりがたまごをつつむように手でおおうこと。浮は「水+(音符)孚」で、上から水をかかえるようにふせて、うくこと。抱(両手でだく)・覆(おおう)と同系。類義語に泛。付表では、「浮つく」を「うわつく」「浮気」を「うわき」と読む。
語義
- {動詞}うかぶ。うかべる(うかぶ)。うく。水面や、空中にふわふわただよう。また、舟で水上を行く。《対語》⇒沈・没。「浮雲」「乗桴浮于海=桴に乗りて海に浮かばん」〔論語・公冶長〕
- {名詞}うき。うきぶくろ。《同義語》⇒匏。「百人抗浮=百人もて浮を抗ぐ」〔淮南子・説山〕
- {形容詞}よりどころがない。はかない。とりとめのない。表面だけで実質がない。うわついている。「浮薄」「浮言」「浮浪」「浮生」。
- {動詞}すぎる(すぐ)。必要な限度をこえる。「浮冗」「人浮於事=人事に浮ぐ」「恥名之浮於行也=名の行に浮ぐるを恥づ」〔礼記・表記〕
- 《日本語での特別な意味》
①うく。うかぶ。余りが出る。また、ふと考えつく。「千円浮いた」「思い浮かぶ」。
②うかれる(うかる)。陽気になる。
字通
[形声]声符は孚(ふ)。〔説文〕十一上に「氾(うか)ぶなり」、また氾字条に「濫(はびこ)るなり」とあって氾濫(はんらん)の義とするが、浮は浮漂・浮流のように、水上に漂い流れることをいう。氾・泛・浮はみな浮かぶ意であるが、すべて流屍の象、氾は俯(うつ)むけ、泛は仰むけ、浮は上から手を加えている形。なお漂・流もまた流屍の象。古い時代には、大氾濫のときに夥(おびただ)しい被害を生んだのであろう。よるべなく、根拠のないものをすべて浮といい、浮雲・浮言のように用いる。
婦(フウ・11画)
乙8713/守婦觶・殷代末期
初出:初出は甲骨文。
字形:「帚」”ほうき”+「女」。ほうきは主婦権の象徴。殷代の女性の地位は高く、王妃は政治・軍事に関わった。
音:カールグレン上古音はbʰi̯ŭɡ(上)。「フ」は慣用音。呉音は「ブ」。
用例:「甲骨文合集」154.1に「己丑卜□貞翌庚寅婦好娩」とあり、”夫人”と解せる。
殷代末期~西周早期の「黽乍婦姑斝」(集成9243)に「乍婦姑彝」とあり、「姑」とは別の概念だったと分かる。
春秋末期までの用例に、女性一般を意味するものは見つかっていない。
学研漢和大字典
会意。「女+帚(ほうきを持つさま)」で、掃除などの家庭の仕事をして、主人にぴったりと寄り添うよめやつまのこと。付(つき添う)・服(ぴたりとひっつく)・副(主たる者にぴたりと寄り添う添え人)・備(添え人)などと同系。草書体をひらがな「ふ」として使うこともある。
語義
- {名詞}おんな(をんな)。成人した女子。「婦人」。
- {名詞}よめ。つま。子のつま。また自分のつま。《対語》⇒夫。「夫婦」「甑婦(シイフウ)(息子のよめ)」「帰而謀諸婦=帰りて諸を婦に謀る」〔蘇軾・後赤壁賦〕
- 《日本語での特別な意味》「看護婦」の略。「婦長」。
字通
[形声]旧字は■(女+帚)に作り、帚(ふ)声。帚は婦の初文で、卜辞には帚好・帚妌(ふけい)のように帚を婦の字に用いる。〔説文〕十二下に「服なり。女の帚(はうき)を持つに從ふ。灑埽(さいさう)するなり」とあり、服従と灑埽をその義とする。帚は掃除の具ではなく、これに鬯酒(ちようしゆ)(香り酒)をそそいで宗廟の内を清めるための「玉ははき」であり、一家の主婦としてそのことにあたるものを婦という。〔爾雅、釈親〕に「其の妻を婦と爲す」とあるのは、子の婦、よめをいう。金文の〔令𣪘(れいき)〕に「婦子後人」の語があり、宗廟につかえるべきものをいう。殷代の婦は、その出自の氏族を代表する者として、極めて重要な地位にあり、婦好の卜辞には外征を卜するものがある。
冨/富(フウ・12画)
甲骨文(合集2086)/富奠劍・戦国
初出:初出は甲骨文。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、戦国時代以降の金文・竹簡の用例のみ載せる。
字形:字形は「冖」+「酉」”酒壺”で、屋根の下に酒をたくわえたさま。「厚」と同じく「酉」は潤沢の象徴で(→論語語釈「厚」)、原義は”ゆたか”。
音:「フ」は呉音。カールグレン上古音はpi̯ŭɡ(去)。同音に不、否。藤堂上古音はpɪuəg。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文での原義は不詳。戦国時代の金文では、”富む”と解せるという。
学研漢和大字典
会意兼形声。畐(フク)は、中にいっぱい酒を詰めたとっくりの形を描いた象形文字。富は「宀(いえ)+(音符)畐」で、家の中がいっぱいに満ちること。福(神の恩恵がゆたかに満ちる)・丕(ヒ)(ゆたか)などと同系。類義語に豊。
語義
- {動詞}とむ。とます。財産がたっぷりと多くなる。財産を家いっぱいに満たす。「富強」「富而無驕=富みて驕ること無し」〔論語・学而〕。「君不行仁政而富之=君が仁政を行はざるにしかもこれを富ます」〔孟子・離上〕
- {名詞・形容詞}ゆたか(ゆたかなり)。たっぷりある状態。金持ち。ゆたかに満ちたさま。《対語》⇒貧。《類義語》裕。「豊富」「富裕」「辞富居貧=富を辞して貧に居る」〔孟子・万下〕
- {名詞}とみ。たくさんの財産。また、豊かさ。「秦富十倍天下=秦の富は天下に十倍す」〔漢書・高帝〕
字通
[形声]声符は畐(ふく)。畐は腹の大きい酒樽の形。〔説文〕七下に「備はるなり」と備(ふく)の声を以て解する。福(福)も同声の字。金文に福を■(宀+福)に作るものがあり、富は神に多く供えることを原義とする字であろう。〔論語〕には、富を斥け、賤しむ語が多い。
服(フク・8画)
甲骨文/大盂鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形は「凡」”たらい”+「卩」”跪いた人”+「又」”手”で、捕虜を斬首するさま。原義は”屈服させる”。
音:カールグレン上古音はbʰi̯ŭk(入)。
用例:西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「女(汝)妹(昧)辰(晨)又(有)大服。」とあり、その前段で殷の諸侯や役人が大酒を飲んでいた話があるので、「なんじあえてくらきあしたに大いに服むあれば」と読め、”飲む”と解せる。
西周早期「靜𣪕」(集成4273)に「丁卯王令靜𤔲射學宫。小子𥄳服。」とあるのは、「箙」”えびら”と解せる。
西周早期「乍册䰧卣」(集成5432)に「公大史咸見服于辟王。」とあるのは、”従う”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に用い、金文では”職務”(班簋・西周)の用例がある。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、𠬝(フク)は、人に又(手)をぴたりとつけたさまを示す会意文字で、付(つける)と同じ。服は「舟+(音符)𠬝」で、もと舟べりにぴたりとつける板(舟服)のこと。のち、からだにぴたりとつける衣(衣服)のこと。
服の左の部分はもと舟印であったが、月と書き誤って今日に及んだ。伏(ぴたりとくっつく)・付(つける)と同系のことば。
意味〔一〕フク・ブク
- {名詞}からだにぴたりとつけるきもの。身につけて着るもの。きもの。「衣服」「美其服=其の服を美しくす」「紅紫不以為褻服=紅紫は以て褻服と為さず」〔論語・郷党〕
- {名詞}喪服(もふく)のこと。▽昔の中国には五とおりの喪服があり、それを「五服」といった。⇒「五服」。
- (フクス){動詞}ぴたりと身に着けて離さない。ぴったりとくっつける。「服牛」「服周之冕=周の冕を服す」〔論語・衛霊公〕
- (フクス){動詞}ぴたりとつき従って離れない。従う。《対語》⇒叛(ハン)。《類義語》伏。「服従」「降服(=降伏)」「心悦誠服=心より悦び誠に服す」「何為則民服=何をか為せば則ち民服するや」〔論語・為政〕
- (フクス){動詞}その仕事や判定に従って離れない。「服田=田に服す」「服刑=刑に服す」「有事、弟子服其労=事有れば、弟子其の労に服す」〔論語・為政〕
- (フクス){動詞}ぴたりとつき従わせる。離反させずにつき従わせておく。《対語》叛(ハン)。「征服」「以一服八=一を以て八を服す」〔孟子・梁上〕
- (フクス){動詞}薬を常に用いて離さない。薬をのんで体内にとり入れる。「服用」「医不三世不服其薬=医三世ならざれば其の薬を服せず」〔礼記・曲礼下〕
- (フクス){動詞}なれる。なじむ。「不服水土=水土に服せず」「君子之服之也=君子のこれに服するなり」〔礼記・孔子間居〕
- (フクス){動詞}喪にこもる。「服忌=忌に服す」。
- {名詞}周代に、王畿(都)の外の服属地を五百里ごとに区分した地域。「五服」。
- {名詞}矢をぴたりとくっつけて並べて入れる矢立て。えびら。▽箙に当てた用法。
- {名詞}四頭立ての馬車で、中央のながえにぴたりとつけた内側の二頭の馬。「両服」。
意味〔一〕フウ・ブ
{単位詞}一回に服用する薬の分量を数える単位。▽日本では、たばこに火をつけて吸う回数を数える単位にも用いる。「一服の薬」「一服吸う」。
字通
[形声]声符は𠬝(ふく)。𠬝は人に屈服する形。左偏は舟で、盤の初形。盤に臨んで服事の儀礼を行う意であろう。〔説文〕八下に「用ふるなり。一に曰く、車右の騑(そへうま)なり。舟旋(周旋)する所以(ゆゑん)なり。舟に從ひ、𠬝聲」とする。一曰は服馬の義。舟は礼器としての盤。服事の儀礼を終えて、服属の職事が与えられる。周初の金文〔班𣪘(はんき)〕に「虢(くわく)城公の服(こと)を更(つ)ぐ」「大服に登る」など、その職事や身分をいう。それで事を行うことを服すといい、儀礼に服するときの車馬器用の類をすべて服といい、車服という。また身につけることから、心にかけることをも服という。
復(フク/フウ・12画)
甲骨文/曶鼎・西周中期
初出は甲骨文。ただしぎょうにんべんを欠く「复」の字形。カールグレン上古音はbʰ(去/入)。藤堂上古音はbuək(入)またはbɪuəg(去)。甲骨文「复」の字形は両側に持ち手の付いた”麺棒”+「攵」”あし”で、麺棒がまな板の上を往復するように、足でまた戻っていくこと。
金文「復」の字形は、「彳」”みち”+「高」”物見櫓”二つ+「○」”城壁”+「又」”手”で、成果を携えて住まう城郭都市への道を行くこと。
西周早期の「𣄰尊」に、「隹王初遷宅于成周。復爯武王豊。祼自天。」とあり、「隹れ王初めて宅を成周于遷し、復た武王を爯えて豊り、自が天を祼る」と読め、”再び行う”の意と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”戻る”、また部族名や地名や国名に用い、春秋時代の玉石文では”おなか”を意味することから、このころから「彳」を付けて区別したと思われる。ただし同復条によると、”くつがえる”の語義は、戦国時代の「中山王鼎」・「中山王圓壺」まで時代が下る。
学研漢和大字典
会意兼形声。复(フク)は「夂(あし)+(音符)畐(フク)」の形声文字。畐は腹のふくれたほとぎ(湯水を入れる器)で、ここでは音を示すだけで、意味には関係がない。報道の報(仕返す)と同系のことばで、↓の方向に来たものを↑の方向にもどすこと。復は、さらに彳(いく)を加えたもので、同じコースを往復すること。類義語に二・反。「さらにもう一度」の意味の「また」は「又」とも書く。
意味〔一〕フク・ブク
- {動詞}かえる(かへる)。同じ道を引きかえす。《対語》⇒往。《類義語》帰。「復原(もとにもどす)」「復帰」。
- (フクス){動詞}もとの状態にもどる。もとの状態にもどす。また、仕返しをする。《類義語》
- 報。「回復」「復仇=仇を復す」「復其位=其の位を復す」〔論語・郷党〕
(フクス){動詞}結果を報告する。こたえる。《類義語》報。「有復於王者=王に復する者有り」〔孟子・梁上〕 - {副詞}また。→語法「①-1」。
- {副詞}また。→語法「①-2」。
- {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。震下坤上(シンカコンショウ)の形で、陰が去りわずかに陽がもどって来たさまを示す。
意味〔二〕フウ・ブ
- {動詞}ふたたびする(ふたたびす)。もう一度くり返す。▽俗にはフクと読む。「不可復=復びすべからず」。
語法
①「また」とよみ、
(1)「もう一度」「再び」と訳す。ある行為・状態が重複・反復する意を示す。「聖人復起、必従吾言矣=聖人また起こるとも、必ず吾が言に従はん」〈聖人が再び出現したとしても、きっとわたしの言葉に賛成されるであろう〉〔孟子・公上〕
(2)「いったい」と訳す。強調の意を示す。「相去復幾許=あひ去ることまた幾許(いくばく)ぞ」〈お互いの距離はいったいどれくらいか〉〔古詩十九首〕
②「不復~」は、「また~ず」とよみ、「二度とは~しない」と訳す。部分否定。「雖有槁暴、不復挺者瑾使之然也=槁暴(かうばく)有りと雖(いへど)も、また挺(の)びざる者は瑾(たわ)めたることこれをして然ら使めしなり」〈木が枯れて固くなったとしても、二度ともとにもどることがないのは、たわめるという外からの力が、木を変えてしまうからだ〉〔荀子・勧学〕▽「無復~=また~なし」「非復~=また~にあらず」「勿復~=また~なかれ(なし)」も、意味・用法ともに同じ。
③「復不~」は、「また~ず」とよみ、「今度もまた~しない」と訳す。「韓豫章遺絹百匹、不受、減五十匹、復不受=韓豫章絹百匹を遺(おく)るも、受けず、五十匹を減ずるも、また受けず」〈韓豫章が絹百匹を贈ったけれども受け取らず、五十匹を減らしたけれども、それでも受け取らなかった〉〔世説新語・徳行〕
複(フク・14画)
睡.日甲117背
初出:初出は秦系戦国文字。
字形:「衣」+「复」”裏返す”・”繰り返す”で、衣類を裏返しにする、または重ね着すること。
音:カールグレン上古音はp(入)。去声の音は不明。
用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲117背に「五月六日,不可為複衣。.月不盡五日,不可材(裁)衣。」とあり、”裏返す”または”重ね着する”と解せる。
論語時代の置換候補:部品の「复」に”繰り返す”の用例が甲骨文から見られる。「甲骨文合集」19358に「貞戌勿复」とあり、「とう、いくさふたたびするなからんか」と読め、”繰り返す”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。复(フク)は「はらのふくれたつぼ+夂(足)」で、中に物を入れて外からつつむ、かぶせるの意を含む。つつめば二重になる。往復して二重になることを示すため、夂(足)を加えた。複は「衣+(音符)复」で、二重につつむ衣、つまりあわせのこと。復(同じ所を行き来する)と同系。また、反覆の覆(くり返す)とも近い。
- {名詞}単衣(ひとえ)に対して、表だけでなく、裏がかさなって二重になったもの。あわせ。《類義語》袷(コウ)。「複衣」。
- {動詞・形容詞}かさなる。かさねる(かさぬ)。単に対して、物の上にさらに物が載る。物の上にさらに物を載せて積む。また、かさなっているさま。いくえにもなっているさま。「複沓(フクトウ)(かさなる)」「複雑」「重複」。
- {形容詞}単に対して、二つ以上の。また、数が多い。「複数」。
字通
[形声]声符は复(ふく)。复は量器を反覆する形で、重複の意がある。〔説文〕八上に「重ね衣なり」(段注本)、また「一に曰く、褚衣(ちよい)なり」とあって、綿入れをいう。衣に限らず、すべて二重にしたものを、複壁・複道・複姓のようにいう。
覆(フク/フウ・18画)
中山王昔鼎・戦国末期
初出:初出は戦国文字。戦国時代で時代不定の「上海博物館蔵戦国楚竹簡」にも例がある。
字形:「襾」”覆う”+音符「復」。「復」は甲骨文からあるが、初出の「复」は麺やパン生地を薄くのばす、両側に持ち手の付いたローラーの象形で、のち「彳」”みち”が付いた。行き帰りの行程を”繰り返す”の意。詳細は論語語釈「復」を参照。
音:カールグレン上古音は声母のpʰ(去)のみ。同音多数。藤堂上古音はp’ɪok(入)またはp’ɪog(去)またはbɪuəg(「婦」と同じ音の去声、去)。”くつがえす”の意では漢音は「フク」。”おおう”・”かぶせる”・”伏兵”では「フウ」、「フク」は慣用音。
用例:戦国時代の「上海博物館蔵戦国楚竹簡」、「楚帛書甲乙丙本」、「清華大学所蔵竹簡」では〔辶复〕などの字形が「覆」と釈文されている。
戦国最末期「睡虎地秦簡」には「或覆問毋有」の文字列が複数あり、「或いは問いを覆うて有ることなし」と読むか。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に訓くつがえるに、「覂」(ホウ、上古音不明、初出は説文解字)、「䟪」(ホウ、上古音・初出不明)がある。
部品の「復」bʰ(去)の初出は甲骨文。”かえる・かえす”の語釈は『大漢和辞典』にあるが、”元の状態に戻す・繰り返す”の意で、”くつがえる・くつがえす”ではない。
学研漢和大字典
会意兼形声。復の右側は、包みかぶさって二重になるようなぐあいに歩く、つまり復(もとにもどる、うらがえし)のこと。のち彳を加えた。覆は「襾(かぶせる)+(音符)復」で、かぶさってふせる、おおうの意。腹(フク)(はらわたを包んだはら)・孚(フ)(おおいかぶさる)・伏(かぶさってふせる)などと同系。類義語に弇。「おおう」は、「蔽う」「被う」「蓋う」とも書く。
語義
フク(入)
- {動詞}くつがえる(くつがへる)。くつがえす(くつがへす)。うらがえしになる。また、うらがえしにする。《類義語》伏。「莖覆(テンプク)(=転覆。ひっくりかえる)」「覆轍(フクテツ)」「覆手=手を覆す」。
- {動詞}かえる(かへる)。かえす(かへす)。もとにもどってやりなおす。《同義語》復。「反覆(=反復)」「覆試(再試験)」。
- {動詞}くつがえる(くつがへる)。くつがえす(くつがへす)。ひっくりかえって、だめになる。転じて、滅びる。滅ぼす。「全軍覆滅(全軍が完敗する)」。
フク(去)
- {動詞}おおう(おほふ)。うつぶせにしてかぶせる。《類義語》伏。「覆蔵(かぶせて隠す)」「仁覆天下矣=仁は天下を覆へり」〔孟子・離上〕
フク(去)
- {名詞}ふせて隠した兵隊。伏兵。「君為三覆以待之=君三覆を為して以てこれを待て」〔春秋左氏伝・隠九〕
字通
[形声]声符は復(ふく)。復に反復の意がある。〔説文〕七下に「覂(くつがへ)るなり」とあり、覂(ほう)字条に「反覆するなり」という。〔説文〕は覆・覂を同義とするものであるが、覂は乏に従い、乏は変死者、水死者を泛という。その屍(しかばね)を土で覆うことを覂という。覆は蓋う意にも用い、上より覆う意。反覆・転覆・被覆・覆育のように用いる。また〔爾雅、釈詁〕に「審なり」、〔広雅、釈言〕に「索(もと)むるなり」とあり、覆視求索の意に用いる。〔左伝、定四年〕「其の載書(盟書)、~藏して周府に在り。覆視すべきなり」とは、何度もうちかえしてしらべる意である。
佛/仏(フツ・4画)
初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯wət(入)。同音は咈”たがう”(入)のみ。原義は”ぼやけてはっきりしない”ことであり”ほとけ”は仮借。
学研漢和大字典
形声。「人+(音符)弗(フツ)」で、よく見えないの意を含む。ブッダに当てたのは、音訳で、原義とは関係がない。▽常用漢字の仏は、宋(ソウ)・元(ゲン)のころから民間で用いられた略字。勿(ブツ)(はっきりしない)・忽(コツ)(ぼんやりする)・没(隠れて見えない)と同系。旧字「佛」は人名漢字として使える。
語義
フツ(入)fó
- 真理をえて、衆生(シュジョウ)を教化するもの。
- 釈迦(シャカ)。
- 仏像。▽紀元後二世紀、後漢の時代に中国に仏教が伝わり、最初、梵語(ボンゴ)のBuddhaを浮図・浮屠と音訳したが、三国時代以後には一字で仏と音訳した。
フツ(入)fú
- 「仿仏(ホウフツ)」とは、ぼやけて見えること。また、はっきりしないが、それらしいこと。《同義語》⇒彷彿。
- 《日本語での特別な意味》
①フランスのこと。「仏蘭西(フランス)」の略。「仏国」▽中国では、法国という。
②ほとけ。(ア)死人。故人。(イ)慈悲深い人。
字通
[形声]旧字は佛に作り、弗(ふつ)声。〔説文〕八上に「見ること審(つまび)らかならざるなり」とあり、〔文選、寡婦の賦、李善注〕に引く〔字林〕に「仿(はう)は相ひ似たるなり。佛は審らかならざるなり」という。「仿佛」は双声連語の形況の語。ほのかにして定まらぬさまをいう。字はまた彷彿・髣髴に作る。〔詩、周頌、敬之〕に「時(こ)の仔肩(しけん)(大任)を佛(たす)け 我が顯德の行を示す」の佛は弼(ひつ)の仮借。字はのち仏陀の仏の字に用いる。仏陀はbuddhaの音訳、覚者の意であるという。
弗(フツ・5画)
甲骨文/旂鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:木の枝を二本結わえたさまで、原義はおそらく”ほうき”。上掲「(師)旂鼎」での用法は否定辞”…でない”。甲骨文の字形には「丨」を「木」に描いたものがある。
音:カールグレン上古音はpi̯wət(入)。
用例:「甲骨文合集」520.2に「戊辰卜貞弗其得羌」とあり、”ない”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では占い師の名に、金文では否定辞に用いる(中山王圓壺・戦国早期)。
備考:論語語釈「不」も参照。
学研漢和大字典
会意。「ひもまたはつるのたれた形+左右にはらいのけるしるし」で、いやだめだと払いのけて強く否定する意。拂(=払。左右に払いのける)と同系。
語義
- {副詞}ず。→語法。
- {動詞・形容詞}もとる。気に入らないとして退ける。ふさぎこむさま。《同義語》⇒気。《類義語》払。
- 《日本語での特別な意味》ドル。記号$に当てて、アメリカの貨幣の単位ドルをあらわすことば。「五十弗(ドル)」。
語法
「~ず」とよみ、「~しない」と訳す。否定の意を示す。▽漢代以前は、「弗+動詞」=「不+動詞+之」と目的語を省略した動詞の否定の場合に用いる。漢代以後は、「不」と同じ用法で、形容詞や動詞を否定する。「弗如也、吾与女弗如也=如(し)かざるなり、吾と女(なんぢ)と如かざるなり」〈およばないね、私もお前と一緒で及ばないよ〉〔論語・公冶長〕
字通
[象形]縦の木二三本をつかね、縄でまきつけた形。曲直のあるものを強くたばねることをいう。〔説文〕十二下に「撟(もと)るなり」とし、韋の省文に従って丿(へつ)・乀(ふつ)する意であるとするが、字は韋とは関係がなく、枝をまげて強くたばねるので「払戻(ふつれい)」の意があり、拂(払)の初文とみてよい。〔詩、大雅、生民〕「以て子無きを弗(はら)ふ」は祓去の意。不・勿(ふつ)などと同じく否定詞に用いるのは仮借。金文の〔叔夷鎛(しゆくいはく)〕に「敢て憼戒(けいかい)し、乃(そ)の司事を虔卹(けんじゆつ)せ弗(ず)んば不(あら)ず」「休命に對揚せ不(ず)んば弗(あら)ず」のように用いる。
黻(フツ・17画)
合27641/兮甲盤・西周末期
初出:初出は甲骨文。ただし字形は「市」。「小学堂」による初出は後漢の説文解字。
字形:甲骨文の字形は「水」+「止」”足”+「兮」”鳴子”。水時計で刻んだ時刻を報知することを示すか。現行字体は「黹」”刺繡した生地”+音符「犮」。
音:カールグレン上古音は声母のpi̯wət(入)。同音に「弗」「紱」”ひも・祭服”「綍」”ひつぎなわ”「紼」”乱れた麻、おおづな”「巿」”ひざかけ・草木が盛ん”「韍」”ひざかけ・組み紐”「笰」”車の後ろの戸”。
用例:甲骨文では、時間を表す言葉として用いられたらしい。
西周末期「兮甲盤」(集成10174)に「其賈毋敢不即次即市」とあり、「市」と区別されず、”いちば”の意に用いた。
春秋中期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1011に「衣常(裳)、黼市(黻),冠。」とあり、”礼服の前掛け”と解せる。
学研漢和大字典
会意兼形声。右側の字(音フツ)は、はらいのける、左右にはねるの意をもつ。黻はそれを音符とし、黹(布地)を加えた字で、弓の字を二つせなかあわせにした形に、左右にひらいた模様。また、歩くとき左右にはねのけるひざかけ。
語義
- {名詞}弓の字を二つせなかあわせにしたぬいとり。また、その模様。昔の礼服の模様。
- {名詞}ひざかけ。なめし皮や、ひとはばの布でつくったひざかけ。《同義語》⇒韍。
字通
[形声]声符は犮(ふつ)。〔説文〕七下に「黒と靑と相次するの文なり」とあり、前条の黼(ほ)に「白と黒と相次するの文なり」とみえ、黼黻(ほふつ)と連ねていう。祭服にぬいとりする黒白の文様で、両己相背く形に加えた。
勿(ブツ・4画)
甲骨文/大盂鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:由来は不詳。金文の字形は「三」+「刀」で、もの切り分けるさまと解せるが、その用例を確認できない。
音:カールグレン上古音はmi̯wət(入)。
用例:甲骨文に「貞勿…」の文例が多数あり、「貞う、…なからんか」と読める。
西周早期の「量𥎦𣪕」に「勿喪」とあり、「うしなうなかれ」と読める。
備考:「漢語多功能字庫」では「刎」の原字とし、”分割”を原義とする。甲骨文では原義の他、「物」に通じて”さまざまな色”、否定辞に用いられたとする。金文では早くから否定辞、加えて「物」”もの”として用いられたが、初出は戦国早期の「中山王鼎」。戦国竹簡でも”もの”の用法があると言う。
「国学大師」では字形を旗竿と三本の吹き流しと解するが、「仮借によって否定辞」とある以外、語釈について記していない。
学研漢和大字典
象形文字で、さまざまな色の吹き流しの旗を描いたもの。色が乱れてよくわからない意を示す。転じて、広く「ない」という否定詞となり、「そういう事がないように」という禁止のことばとなった。昒(コツ)(暗くて見えない)・忽(コツ)(心がぼんやりして、よくわからない)と同系のことば。
語義
- {動詞}なかれ。→語法「①」。
- {動詞}ない(なし)。→語法「②」。
- 「勿勿(ブツブツ)」とは、あわただしく、心がそぞろなさま。うつろなさま。《類義語》忽忽(コツコツ)。「世中書翰、多称勿勿=世中の書翰、多く勿勿を称す」〔顔氏家訓・勉学〕
語法
①「なかれ」とよみ、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。《類義語》毋(ブ)・(ム)。「王請勿疑=王請ふ疑ふこと勿(な)かれ」〈王よ、どうかお疑いを持たれませぬように〉〔孟子・梁上〕
②「なし」とよみ、「~ない」と訳す。否定の意を示す。《類義語》無。「賢者能勿喪耳=賢者はよく喪(うしな)ふこと勿(な)きのみ」〈賢者だけが(この心をずっと持ち続けて)失わなずにいられる〉〔孟子・告上〕
字通
象形、弓体に呪飾を付けた形。その字の初形は、弓弦の部分を断続したもので、弾弦の象を示すものかと思われる。すなわち弾㱾を行う意で、これによって邪悪を祓うものであるから、禁止の意となる。〔説文〕九下に字を旗幟の象とし、「州里建つる所の旗なり。其の柄の三游(吹き流し)有るに象る。雑帛(へり飾りのある旗ぎれ)幅半ば異なり。民を趣す所以なり。故に遽かなることを勿勿と称す」といい、重文として㫃に従う字を録する。〔説文〕は勿を物旌(氏族標識の旗)と解するが、卜文の字形は弓体を主とする形にみえ、金文の字体は、耒で土を撥ねる形に作り、字形に異同がある。おそらく弓弦の勿、撥土の勿と、それに〔説文〕のいう物旌の勿は、その声近く、字形も類しているために、時期によってその用字が推移したものであろう。ただ禁止の意を主として字形を求めるならば、弾弦の象を示す卜文の形が原義に近く、撥土の象を用いるのは仮借、物旌は呪飾としての吹き流しで、これにも呪禁の意がある。
訓義
- はた、吹き流しをつけたはた、はたじるし。
- ゆはずの音、弾弦。
- 土はね、つよくはねる、はね出す。
- なかれ、禁止の語。
- 勿勿は、いそぐ、あわただしい、つとめるさま。
物(ブツ・8画)
(甲骨文)
初出は甲骨文。金文は未発掘、再出は秦の隷書。カールグレン上古音はmi̯wət(入)。同音は以下の通り。「モツ・モチ」は呉音。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
物 | ブツ | もの | 甲骨文 | 入 | |
勿 | ブツ | はた | 甲骨文 | 〃 | |
芴 | ブツ | 蔬菜の名 | 説文解字 | 〃 |
学研漢和大字典
会意兼形声。勿(ブツ)・(モチ)とは、いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また、水中に沈めて隠すさまともいう。はっきりと見わけられない意を含む。物は「牛+(音符)勿」で、色あいの定かでない牛。一定の特色がない意から、いろいろなものをあらわす意となる。牛は、ものの代表として選んだにすぎない。付表では、「果物」を「くだもの」と読む。
語義
- {名詞}もの。いろいろなもの。動物・植物・鉱物に三別し、また天然物・人造物に両分する、天地間に存在するもの。「万物」「人物」「物体」「物也者大共名也」〔荀子・正名〕
- {名詞}もの。物事。ことがら。「事物」「物皆然=物皆然り」〔孟子・梁上〕
- 《俗語》「物色(ブツショク)」とは、適当なものをみはからうこと。
- {動詞}死ぬ。「物故」。
- 《日本語での特別な意味》もの。体言や用言に冠する接頭語。なんとなく。「物さびしい」。
字通
[形声]声符は勿(ぶつ)。〔説文〕二上に「萬物なり。牛を大物と爲す。天地の數は牽牛より起る。故に牛に從ひ、勿聲」とする。牽牛の星座を首として天地が左動するというような考えかたは、戦国期以後のものである。勿を〔説文〕九下に三游(吹き流し)の象とし、物を勿声とするが、卜辞に牛と物とを対文として用いる例があり、物とは雑色の牛、その従うところは勿ではなく■(勹+丿)(り)(耒(すき)、犂(すき))である。物はもと物色の意に用い、〔周礼、春官、雞人〕「其の物を辨ず」、〔春官、保章氏〕「五雲の物を以てす」は、みな色を以て区別することをいう。それで標識の意となり、〔左伝、定十年〕「叔孫氏の甲に物有り」、〔周礼、春官、司常〕「雜帛(ざつぱく)を物と爲す」、〔儀礼、郷射礼記〕「旌(はた)には各〻其の物を以てす」のようにいう。物を氏族標識として用いることになって、それはやがて氏族霊を象徴するものとなった。〔周礼、秋官、司隷〕「其の物を辨ず」の〔注〕に、「物とは衣服、兵器の屬なり」とあり、それらに氏族霊を示す雑帛がつけられた。さらに拡大して万物の意となる。〔詩、大雅、烝民〕「物有れば則(のり)有り」とは、存在のうちに、存在を秩序づける原理があるとの意である。また特に霊的なもの、すなわち鬼をもいう。わが国の「もの」にも、無限定な一般の意と、「物の化」という霊的な、識られざるものの意とが含まれている。
分(フン・4画)
合11398/攸鳥分父甲觶・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:〔八〕”分ける”+「刀」。刃物で切り分けるさま。
音:カールグレン上古音はpi̯wən(平)。「フ」は慣用音。呉音は「ブ」。
用例:甲骨文の用例は欠損がひどくて語義を確定しがたい。一説に汾河周辺の地名に用いたという。
西周末期「𩰫攸比鼎(𩰫比鼎、鬲攸比鼎)」(集成2818)に「其且射分田邑」とあり、”分ける”と解せる。
数量詞としての「分」は、戦国時代の「商鞅量」にならないと見られない。
学研漢和大字典
会意。「八印(左右にわける)+刀」で、二つに切りわける意を示す。払(フツ)(左右にわけてはらいのける)は、その入声(つまり音)に当たる。また、半・班(わける)・判(わける)・八(二分できる数)・別とも縁が近い。異字同訓に別れる「幼い時に両親と別れる。友と駅頭で別れる。家族と別れて住む」。
語義
- {動詞}わける(わく)。わかつ。わけて別々にする。▽漢文では「わかつ」という訓のみを用い、「わく」とはいわない。《対語》⇒合。「分割」「分道=道を分かつ」「分天下以為三十六郡=天下を分かちて以て三十六郡と為す」〔史記・秦始皇〕
- {動詞}わける(わく)。わかつ。判別する。見わける。《類義語》別・判。「分別」「五穀不分=五穀分かたず」〔論語・微子〕
- {動詞}わける(わく)。わかつ。わけあってとる。与える。「分配」「分財利多自与=財利を分かつに多く自らあたふ」〔史記・管仲〕
- {動詞}わかれる(わかる)。幾つかの部分にわかれる。「分裂」「陰陽不分=陰陽分かれず」〔日本書紀・神代〕
- {名詞}けじめ。区別。「明於天人之分=天人の分に明らかなり」〔荀子・天論〕
- {名詞}ポストに応じた責任と能力。もちまえ。▽去声に読む。「本分」「守分」「烈士有不易之分=烈士に不易の分有り」〔班固・答賓戯〕
- (ブントス){動詞}本分とする。▽去声に読む。「分作溝中瘠=溝中の瘠と作るを分とす」〔文天祥・正気歌〕
- 「十分(ジュウブン)」「十二分(ジュウニブン)」とは、完全に全部の意。「七八分(シチハチブン)」とは、十分の七から十分の八のこと。
- {単位詞}一分は、長さでは一寸の十分の一、面積では一畝(イッポ)の十分の一、利息などでは一割の十分の一、重さでは一両の百分の一。「一分銀(イチブギン)」。
- {単位詞}一分は、時間では一時間の六十分の一の時間、角度では六十分の一度。
- 《日本語での特別な意味》「分数」「分母」の略。「通分」「約分」。
字通
[会意]八+刀。八は両分の形。刀でものを両分する意。〔説文〕二上に「別つなり」とし、「刀は以て物を分別するなり」という。分割・分異の意より、その区分に従うこと、身分・名分などの意となる。
忿(フン・8画)
包2.172/「奮」令鼎・西周早期
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:音符「分」pi̯wən(平)/bʰi̯wən(去)+「心」。
音:カールグレン上古音はpi̯wən(上)。同音は「分」とそれを部品とする漢字群、「糞」など。
用例:文献上の初出は論語顔淵篇21。戦国初期の『墨子』、中期の『荘子』、末期の『荀子』にも用例がある。出土物では「上海博物館蔵戦国楚竹簡」武王09の他、戦国中末期の「郭店楚簡」、最末期の「睡虎地秦簡」にも用例がある。
論語時代の置換候補:同音の「奮」に”憤る”の語釈を大漢和辞典が立て、初出は西周早期の金文。ただし春秋末期までに”怒る”の用例が無い。日本語轟音同訓に「噴」「馮」があるが、春秋末期までに”怒る”の用例が無い。
学研漢和大字典
会意兼形声。分は「刀+八印(両方に割れる)」からなり、両がわに割れること。忿は「心+(音符)分」で、かっと破裂するように急におこること。憤慨の憤と同系。類義語に怒。
語義
- {動詞・形容詞}いかる。かっといかる。ぷりぷりいかるさま。《同義語》⇒憤。「忿怒(フンド)・(フンヌ)」。
- {名詞}いかり。急激ないかり。「一朝之忿忘其身=一朝の忿に其の身を忘る」〔論語・顔淵〕
- 《俗語》「不忿」とは、なっとくがいかない、腹だたしい、いまいましい、の意。▽唐詩の俗語。
字通
[形声]声符は分(ふん)。〔説文〕十下に「悁(いか)るなり」とあり、忿怒・忿怨・忿懣のように用いる。憤と声義が近い。
※憤:bʰi̯wən(上)。
焚(フン・12画)
合10677/多友鼎・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:「林」+「火」。複数の木材が燃えるさま。
音:カールグレン上古音はbʰi̯wən(平)。
用例:甲骨文の用例は”焼ける”と読めるがそれ以外の語義を持つ可能性がある。春秋末期までの金文も同様。
戦国時代「上海博物館蔵戦国楚竹簡」鬼神2正に「□(及)桀受□(幽)萬(厲),焚聖人」とあり、”焼く”と解せる。
学研漢和大字典
会意。「林+火」で、林が煙をふきあげてもえることを示す。噴(ふき出す)と同系。類義語の焼は、煙やほのおが高くのぼってもえること。燔(ハン)は、火の子がとび散ってやけること。燎(リョウ)は、ずるずると連なってもえること。燃は、熱を出してもえること。
語義
- {動詞}やく。たく。やける(やく)。ほのおや煙をふき出してもえる。もやす。《類義語》焼。「焚焼(フンショウ)」「焚香=香を焚く」「焚書=書を焚く」「廏焚=廏焚けたり」〔論語・郷党〕
字通
[会意]林+火。〔説文〕十上に字を燓に作り、「燒田するなり」とあって、田は田猟、やき狩りの意とし、棥(はん)の亦声であるという。棥は樊籬(はんり)、一定の区域を囲う意である。卜文の字形には棥に従うものがなく、燓は字の初形としがたい。〔春秋、桓七年〕に「火田」というのと同じ。山野に限らず、すべてものを焼くことを焚香・焚書のようにいう。
憤(フン・15画)
「奮」令鼎・西周早期/郭.性.46
初出:初出は西周早期の金文。ただし字形は「奮」で、この字と書き分けられなかった。「小学堂」による初出は楚系戦国文字。ただし字形は上下に「奞思」。現行字体の初出は後漢の『説文解字』。
字形:「奮」の字形は「衣」”ふくろ”+「隹」”とり”+「田」”鳥かごの底”で、鳥かごに捕らえた鳥が羽ばたいて逃れようとするさま。戦国文字の字形は「奮」の省略形「奞」+「思」。心がふるいたつさま。現行字体の字形は「忄」+「賁」”吹き出す”で、心が吹き出すように高まるさま。ただし春秋末期までの「賁」は”華麗な(装飾)”の意。
音:カールグレン上古音はbʰi̯wən(上)で、同音に「分」・「焚」、「賁」とそれを部品とする漢字群。
用例:西周早期「令鼎」(集成2803)に「令𥄳奮先馬走。」とあり、”奮い立つ”と解せる。
上掲戦国中末期「郭店楚簡」性自46に「不又(有)夫(奮)」とあり、”奮い立つ”と解せる。
学研漢和大字典
憤
会意兼形声。奔(ホン)は「人+止(あし)三つ」の会意文字で、人がぱっと足で走り出すさま。賁(フン)は「貝(かい)+(音符)奔(ひらく、ふくれる)の略体」の会意兼形声文字で、中身の詰まった太い貝のこと。憤は「心+(音符)賁」で、胸いっぱいに詰まった感情が、ぱっとはけ口を開いてふき出すこと。
奔(ぱっと駆け出す)・噴(ぱっとふき出す)と同系。忿(フン)(かっとする)・奮(フン)(かっといきりたつ)とも近い。類義語に怒。
奮
会意。「大+隹(とり)+田(じめん)」。鳥が飛ぼうとして地上で力をこめてはばたくことを示す。力を一気に発する意味を含む。憤(かっとおこる)・忿(フン)(かっとおこる)・沸(わきたつ)・払(力をこめてはらう)などと同系。類義語に震。異字同訓にふるう⇒振。
語義
憤
- {動詞}いきどおる(いきどほる)。かっと、いきりたつ。ふき出すように怒る。《同義語》⇒忿(フン)。《類義語》怒。「憤慨」「憤世疾邪=世を憤り邪を疾む」〔劉基・売柑者言〕
- {名詞}いきどおり(いきどほり)。かっと怒ること。「孤憤(人知れない怒り)」「積多士之憤、蓄四海之怒=多士の憤りを積み、四海の怒りを蓄ふ」〔資治通鑑・後漢〕
- (フンス){動詞}いきりたつ。やっきとなる。《同義語》奮。「発憤(=発奮)」「不憤不啓=憤せずんば啓せず」〔論語・述而〕
奮
- {動詞}ふるう(ふるふ)。鳥が飛びたとうとして、力をこめてはばたく。「奮飛」「譏迺歎息、挙首奮翼=譏迺ち歎息し、首を挙げ翼を奮ふ」〔賈誼・譏鳥賦〕
- {動詞}ふるう(ふるふ)。力をこめて勇みたつ。気あいをこめてたちあがる。「奮起」「興奮」「奮其暴怒、西向以逆高祖=其の暴怒を奮ひ、西向して以て高祖に逆らふ」〔蘇轍・三国論〕
- {動詞}ふるう(ふるふ)。力をこめて動かす。「奮三尺之剣=三尺の剣を奮ふ」〔曹冏・秦論〕
字通
憤
[形声]声符は賁(ふん)。賁はもと(ひ)に従う字で、は華の形。中にある生命が、外にはげしくあらわれる意がある。〔説文〕二上に「吒(いか)るなり」、また「一に曰く、鼻を鼓(な)らすなり」とあり、はげしく気をふき出すことをいい、そのときの擬声的な語である。勢いよくふき出すもので、噴出・噴飯のようにいう。
奮
[会意]金文の字形は衣+隹(とり)+田。金文の奪の字形は衣+隹+又(ゆう)(手)の会意字で、両者の字形に通ずるところがある。〔説文〕四上に「翬(と)ぶなり」と大いに飛ぶ意とし、「奞(すい)の田上に在るに從ふ」と字形を解するが、それでは字の立意を説きがたい。金文の奮・奪がともに衣に従うのは、哀・衰・褱(かい)(懷)・瞏(かん)(𨘣)など、死喪の礼に関する字がみな衣に従うのと同じく、奮・奪も霊の与奪に関する字であり、隹は鳥形霊の観念を示すものとみてよい。奮字の従う田は、舊(旧)字の従う臼とともに、鳥を留めておく器の形と考えられる。これによって留止することを舊という。奮はその留止をしりぞけて奮飛する意。奪は奮飛し奪去することを示す字と考えられる。
糞(フン・17画)
(甲骨文)
初出:初出は甲骨文。金文は見つかっていない。再出は戦国最末期の「睡虎地秦簡」。
字形:「∴」”ごみ”+「其」”ちりとり”+「廾」”両手”で、掃除をするさま。原義は”清掃”。甲骨文の字形には「帚」を加えたものがある。
音:カールグレン上古音はpi̯wən(去)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に用い、秦代の竹簡では原義に用いた。
学研漢和大字典
会意。「畑にばらまくさま+両手」。
語義
- {名詞}くそ。動物の排泄する、食べた物のかす。「糞土(フンド)」。
- (フンス){動詞}肥料をまいて土地を肥やす。「可以糞田疇=以て田疇を糞すべし」〔礼記・月令〕
- {動詞}はらう(はらふ)。ごみをはらいのける。よごれをとり除く。《類義語》腎(フン)・払。「糞除(フンジョ)」「堂上不糞=堂上糞はず」〔荀子・彊国〕
字通
[会意]米+𠦒(はん)+廾(きよう)。米は屎(し)の形、𠦒は長い柄のある塵取り、廾は両手。両手で推して塵を棄除することをいう。〔説文〕四下に「棄除するなり」とし、「廾に從ふ。𠦒を推し、釆(べん)を棄つるなり」とする。釆は獣爪の象で、掌の部分を加えると番となり、膰の初文。糞の従うところは米の形で屎、糞屎を糞といい、これを除くことをまた糞という。〔説文〕にまた〔官溥説〕を引いて「米に似て米に非ざる者は矢(し)なり」とあって、矢は屎。この説がよい。矢の本字は𦳊に作り、糞屎の象。〔礼記、曲礼上〕「長者の爲に糞するの禮」とは、長者の前で塵をとるときの心得をいう。
文(ブン・4画)
甲骨文/一丞卣・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:首から下に入れた入れ墨のさま。入れ墨や施した体を「文身」という。
音:カールグレン上古音はmi̯wən(平)。
用例:甲骨文には「文武丁」が人名として多数の用例がある。
西周中期「𤼈鐘」(集成255)に「年羊角。義文神」とあり、角の年輪のような”模様”と解せる。
春秋末期までの用例は、全て人名の一部か人名に添える美称で、”文章”の意は無い。
「漢語多功能字庫」も原義を入れ墨とし、甲骨文で地名や人名の例があるという。金文では”美しい”の語義が加わったが、”文章”の語義は見られず、戦国時代の竹簡が初見だという。
備考:周王朝の理念上の開祖である「文王」のおくり名について、西周早期の金文、その名もズバリ「周公乍文王方鼎」(集成2268)という物証があり、上掲の通り「周公乍文王□(阝酉廾)彝。」と記されている。クリックで拡大。
学研漢和大字典
(甲骨文)
象形文字で、もと、土器につけた縄文(ジョウモン)の模様のひとこまを描いたもので、こまごまとかざりたてた模様のこと。のち、模様式に描いた文字や、生活のかざりである文化などの意となり、紋の原字。紊(ビン)(色糸が交差して模様をなす)・美(細かくうつくしい)などと同系のことば。
語義
- {名詞}あや。きれいな模様。また、外面のかざり。《対語》⇒質(実質)。《類義語》紋(モン)。「繁文(煩わしいかざり)」「天文(天上をかざる星や月などの模様→天体におこる現象)」。
- (ブンナリ)・(ブンタリ){形容詞・名詞}きれいにかざったさま。外面の美しさ。「郁郁乎文哉=郁郁として乎文なる哉」〔論語・八佾〕。「文質彬彬=文質彬彬たり」〔論語・雍也〕
- {動詞}かざる。表面をかざる。また、うわべを繕う。《類義語》飾。「文身(からだに入れ墨する)」「小人之過也、必文=小人之過つ也、必ず文る」〔論語・子張〕
- {名詞}もじ。もと、象形文字や指事文字のように、事物を模様のように描いた文字のこと。のち広く文字のこと。▽「説文解字」の序に「依類象形、故謂之文=類に依り形に象る、故にこれを文と謂ふ」とある。《対語》字(形声文字や会意文字など、のちに派生した字)。
- {名詞}ふみ。文字で書いた文章や手紙。▽詩文という場合の文は、散文のこと。文‐筆とあい対するときは、文は韻文、筆は散文のこと。「名文」「文献」「不以文害辞=文を以て辞を害せず」〔孟子・万上〕
- {名詞・形容詞}武に対して文といい、文化や教養・学芸など。転じて、荒々しくなく、おだやかなさま。《対語》武。「文弱」「斯文(シブン)(孔子の伝えた文化と思想)」「則以学文=則ち以て文を学べ」〔論語・学而〕
- {形容詞}たくみ。じょうずにうまくかざってあるさま。《類義語》巧。「文飾」。
- {名詞}周の文王のこと。
- 《日本語での特別な意味》
①もん。(ア)昔の貨幣の単位。一文は一貫の千分の一。(イ)足袋(タビ)・靴(クツ)の大きさの単位。▽足袋の長さを一文銭を並べて数えたことから。
②ふみ。手紙。
③旧「文部省」の略。「文相」▽現在は「文部科学省」。「文科相」。
④「文学」「文学部」の略。「文博」「英文」。
字通
[象形]文身の形。卜文・金文の字形は、人の正面形の胸部に文身の文様を加えた形。文様には×や心字形を用いる。〔説文〕九上に「錯(まじ)はれる畫なり。交文に象る」と交画の象とするが、字の全体は人の正面形である。〔書、大誥〕に「前寧人」「寧王」などの語がみえるが、文身として文に心字形を加えた形を寧とよみ誤ったもので、「前文人」「文王」とよむべきところである。凶礼のときには×形を胸廓に加えるので、凶・兇・匈・胸(きよう)は一系の字。また婦人を葬るときなどに両乳をモチーフとして加え、爽・爾(じ)・奭(せき)はその象。みな美しい意がある。儀礼の際には朱で加え、爽明の意となる。元服を示す彦は旧字は彥に作り、産は產に作る。その文は、厂(かん)(額)に文身を加える意で、産は生子の額にアヤツコをしるす意。額に文身を加えたものを顏(顔)という。中国の古代に文身の俗があったことは卜文によって明らかであり、のち呉・越・東方の諸族には、長くその俗が残された。
汶(ブン/ビン/ボン・7画)
説文解字・篆書
初出:初出は後漢の『説文解字』。
字形:「氵」”かわ”+「文」mi̯wən(平)で、それぞれの地元で「ミャン」と呼ばれていた河の意。
音:「ブン」で山東省の川の名、「ビン」で四川省の山の名、「ボン」で”暗い”を意味する。カールグレン上古音はmi̯wən(去)。平声の真-明、文-微の音は不明。
用例:論語では、魯と斉の国境を流れる川「ブン水」とされる。
出典:http://shibakyumei.web.fc2.com/
論語時代の置換候補:部品の「文」。論語語釈「文」を参照。
学研漢和大字典
形声。「水+(音符)文」。
語義
ブン
- {名詞}川の名。山東省莱蕪(ライブ)県に源を発し黄河に注ぐ。汶水(ブンスイ)。
ビン
- {名詞}山の名。四川(シセン)省北部の岷山(ビンザン)のこと。
ボン
- {形容詞}暗い。道理に暗いさま。《類義語》昏(コン)・招(ビン)。「汶汶(モンモン)・(ボンボン)」。
字通
[形声]声符は文(ぶん)。〔説文〕十一上に、泰山より発する魯の水名とする。〔楚辞、漁父〕に「汶汶(もんもん)」の語があり、〔注〕に「垢塵を蒙るなり」とあって、汚れるさまをいう。
問(ブン・11画)
合16419/四年咎奴蓸令戈・戦国末期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形は「門」+「口」。
音:「モン」は呉音。カールグレン上古音はmi̯wən(去)。
用例:甲骨文の用例は2例発掘されているが(合集16419・21490)、破損がひどくて語義を求めがたい。
西周・春秋の用例が無く、一旦滅んだ漢語である可能性がある。戦国の竹簡では、「昏」を「問」と釈文する例がはなはだ多い。
戦国末期「四年咎奴蓸令戈」(集成11341)に「四年。高奴蓸命壯𦉍。工帀賈疾。冶問。」とあり、”贈る”と解せるが確信が持てない。
戦国最末期の「睡虎地秦簡」では”質問する”・”罪を問いただす”の意に用いた。
備考:
「𦖞」郾客問量・戦国/陳侯因敦・戦国中期
戦国金文「郾客問量」(集成10373)に「郾(燕)客臧嘉𦖞(問)王於□郢之□(歲)」とあり、”訪問する”と解せるが、まるで字形が違う。
戦国金文「𥎦因敦」(集成4649)に「□(朝)聞(問)者(諸)侯」とあり、”機嫌を伺う”と解せるが、まるで字形が違う。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文での語義は不明。金文では人名に用いられ(史問鐘・年代不明)、”問う”の語義は戦国時代の竹簡以降になるという。
学研漢和大字典
会意兼形声。門は、二枚のとびらを閉じて中を隠す姿を描いた象形文字。隠してわからないの意や、わからない所を知るために出入りする入り口などの意を含む。問は「口+(音符)門」で、わからないことを口で探り出す意⇒門。聞(耳でわからないことを探る)と同系。
語義
- {動詞}とう(とふ)。たずねる。といただす。「尋問」「問於子貢曰=子貢に問ひて曰はく」〔論語・学而〕
- {名詞}とい(とひ)。といただすこと。また、その内容。「質問」「問題」「大哉問=大なる哉問ひや」〔論語・八飲〕
- {動詞}とう(とふ)。人をたずねる。「訪問」「遺問(贈り物を送って相手の安否をたずねる)」「問人於他邦再拝而送之=人を他邦に問はしむれば再拝してこれを送る」〔論語・郷党〕
- {動詞}とう(とふ)。責任や罪をといただす。「責問(=問責)」「問罪=罪を問ふ」。
- {名詞}相手のようすをたずねる手紙。また、指示を書きよこすこと。「問信」。
字通
[会意]門(もん)+口。門は家廟の廟門。口は祝禱を収める器の形で𠙵(さい)。祈って神意を問う。〔説文〕二上に「訊(と)ふなり」とあり、言部三上に「訊は問ふなり」とあるのと互訓。訊の初形は𡀚(じん)に作り、罪人や俘虜を糾問する意であるから、訊と問とは大いに字義が異なる。問は神意に諮(はか)り問う意。〔書、呂刑〕「皇帝、下民に清問す」、〔詩、大雅、緜〕「亦た厥(そ)の問(ぶん)を隕(おと)さず」とは、みな神意に関していう。のち問答や、人に問遺する意などに用いる。
絻(ブン/ベン・13画)
説文解字・後漢
初出:初出は前漢中期の定州竹簡論語。「小学堂」による初出は後漢の説文解字。「冕」の異体字とみなした場合は甲骨文だが、まるで字形が違うので賛成できない。
字形:「糸」+「免」”引っ張る人”。「免」は春秋末期までは”かぶり物をかぶった人”の意だが、漢以降になると明らかに字形が異なる。
カールグレン上古音:mi̯wən(去)。
用例:論語泰伯編21、定州竹簡論語では「冕」を「絻」と記している。
論語時代の置換候補:”冠”と解せる場合のみ、「冕」が論語時代の置換候補になり得る。
学研漢和大字典
形声。「糸+(音符)免」。
語義
ブン
{名詞}葬式のときの服装の一つ。冠を脱ぎ一寸ほどの幅の布ではちまきをする、その布。
ベン
{名詞}かんむり。《同義語》⇒冕。
字通
(条目無し)
聞(ブン・14画)
甲骨文1/甲骨文2/大盂鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文の字形は「耳」+「人」で、字形によっては座って冠をかぶった人が、耳に手を当てているものもある。後者の字形では、「耳」は「斧」とも解せ、斧は刑具として王権の象徴で、殷代より装飾用の品が出土しており、玉座の後ろに据えるならいだった。
音:カールグレン上古音はmi̯wən(平/去)。
用例:『甲骨文合集』1075に上掲甲骨文2の字形で「庚子卜,王鼎(貞)。王(占)曰:“其㞢(有)來聞。」とあり、「それ来たりて聞かす有らん」と読め、”報告”とも解せるし、”報告を決裁する”とも解せる。
『甲骨文合集』1136.2に「貞烄聞有从雨」とあり、「貞うくすべて聞かすに雨ふるにしたがうあらんか」と読め、”(天に)きかせる”と解釈出来る。「烄」は”木を交叉させて焚く祭祀”とされているが、おそらくは「絞」”しばる”で、人や動物を縛り付けて火祭りにすること。
『甲骨文合集』2422.1に「庚子卜永貞妣己聞」とあり、「庚子卜う永貞う妣己(人名、亡き母己)聞かんか」と読め、”聞く”の語義を確認できる。
西周早期『殷周金文集成』04131「利𣪕」の「歲鼎克聞」は「昏」と釈文され、地名と思われる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文の段階で、”情報”の語義があり、また金文の段階で”結婚”を意味した。”政務を決済する”の用例もあると言うが、出典は戦国中期の「陳侯因[次月]錞」。
備考:現行の書体を『字通』は「聞は戦国期に至ってみえる後起の字である」という。論語語釈「聴」も参照。「聞」が「斧」または「耳」+「人」であるのに対し、「聴」は「𠙵」”くち”が伴うことから、「聞」は間接的に聞くこと、「聴」は直接的に聞くこと。
甲骨文・金文共に、現伝の字形とは似ても似付かない。これらの字形がなぜ「聞」に比定されたのか、誰も教えてくれない。前後の文脈を考慮してそう決めたのだろうが、つまりは古形としてまかり通っているだけで、古形を理由に現行字の原義を求めるには、手続きを践む必要がある。
金文以前の段階では、「聞」「聴」「聖」の区別は明瞭でない。論語語釈「聖」を参照。
ただしこの字形は上掲「聽」(聴)とほぼ同じであり、「口」の有無や数の違いに過ぎない。「口」は臣下の奏上を意味するだろうが、「口」の有無で字形を「聞」と「聴」に振り分けた理由は判然としない。また「聖」の甲骨文に比定されている字形は、「聴」の三番目と部品の左右を除き、まったく同じ。
斧については、殷代の遺蹟からは複数出土しており、その一つ、政治家と将軍を兼ねた王妃・婦好の墓から出土した「獣面鉞」はその形状から、「実用品ではなかっただろう」と「百度百科」はいう。つまり王権の象徴としての斧が、殷代まで遡る可能性を示している。また実用品としては、「鉄刃銅鉞」が出土しており、「百度百科」によると、隕鉄を鍛造して刃先を作り、胴体の青銅でそれを挟み込むという、高度な技術品がすでに殷代にあった。
学研漢和大字典
会意兼形声。門は、とじて中を隠すもんを描いた象形文字。中がよくわからない意を含む。聞は「耳+(音符)門」で、よくわからないこと、へだたったことが、耳にはいること。問(わからないことをとう)と同系。類義語の聴は、まっすぐに耳を向けてききとること。
異字同訓に聞く「物音を聞いた。話し声を聞く。うわさを聞く。聞き流しにする」 聴く「音楽を聴く。国民の声を聴く」。
語義
- {動詞}きく。へだたりをとおして耳にする。人の話やよそからの音をきく。《類義語》聴。「風聞」「斉人聞而懼=斉人聞きて而懼る」〔史記・孔子〕
- {動詞}きく。きいて関係する。あずかりきく。「必聞其政=必ず其の政を聞く」〔論語・学而〕
- {動詞}きこえる(きこゆ)。へだたりをこえてきこえる。「鶏犬之声相聞=鶏犬之声相ひ聞こゆ」〔老子・八〇〕
- {名詞}きいて知っている事がら。耳からきいて得た知識。▽去声に読む。《類義語》見。「見聞」「友多聞=多聞を友とす」〔論語・季氏〕
- {動詞・名詞}きこえる(きこゆ)。きこえ。評判がたつ。評判。▽名詞のときは去声に読む。「令聞(よい評判)」「在家必聞=家に在りても必ず聞こゆ」〔論語・顔淵〕
- {動詞}きく。においをかぐ。「聞香=香を聞く」。
字通
[形声]声符は門(もん)。卜文にみえる字の初形は象形。挺立する人の側身形の上に、大きな耳をしるす形で、望の初文が、挺立する人の側身形の上に、大きな目をしるすのと、同じ構造法である。その望み、聞くものは、神の啓示するところを求める意である。また卜文の聞字に、口のあたりに手を近づけている形のものがあり、これは「以聞(いぶん)(天子*に奏上すること)」をいう形であろう。のち昏(こん)声の字となる。〔説文〕十二上に門声の字を正字、昏・昬に従う字を重文とし、「聲を知るなり」(小徐本)と聞知の意とする。聽(聴)・聖の初形は、卜文の聞の初形に、祝詞の器の形である𠙵(さい)を加えたもので、みな神の声を聞く意である。周初の金文の〔大盂鼎〕に「我聞くに、殷の、命(天命)を墜せるは」の聞を䎽の形に作る。その昏は、金文の婚・勳(勲)・■(車+昏)(こん)の従うところと同じく爵の形を含む。神意を聞くときに、そのような儀礼があったのかもしれない。䎽はその形を存するものであろう。聞は戦国期に至ってみえる後起の字である。門は声符であるが、闇・問が廟門において「神の音ずれ(訪れ)」を聞く意であることからいえば、廟門において神の声を聞く意を以て、門に従うものであるかもしれない。
*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
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