論語語釈「チ」

知(チ・8画)

智 金文
「智」(金文)

カールグレン上古音はti̯ĕɡで、同音は蜘(クモ)・智。智は甲骨文から存在し、上掲金文は春秋末期のもの。春秋時代、「知」は「智」と書かれた。論語における「知」も参照。

「知」は甲骨文・金文で出自が明らかな文字は見つかっていらず、戦国時代の秦の文字、始皇帝による統一以降の金文大篆から見られる。
論語 知 睡虎地秦墓竹簡 論語 知 金文大篆
(秦系戦国文字・金文大篆)

ただし「智」の甲骨文には、「曰」を欠き「知」と同形になっているものがある。どうやら「知」と「智」は、時に区別無しに混用されたようだ。あるいは方言の違いだろうか。ともあれ甲骨文・金文の段階では異体字と言って良く、同列に扱ってかまわないように思える。

智 国学大師

ただし厳密に考えれば「知」という文字は、論語の当時無かったことになる。だがそのような基本単語が無かったとは考えがたい。だが「音チ訓しる」で『大漢和辞典』を引いても、「知」以外の漢字は「訵」のみで、こちらも甲骨文・金文共に出てこない。

結論として、論語の時代に通用した金文で、「知」は「智」と書かれていた。現伝の論語の多くが「知」と記しているのは、唐石経の系統だからであり、唐石経は政治的理由から、論語の本文に多数の改竄を加えている。「知」もその一つで、唐石経以前は「智」と書かれていた。

なお論語に用例があり、音が近い候補としては、「」が挙げられる。『学研漢和大字典』による音の変遷は以下の通り。

  上古周秦 中古隋唐 現代北京語 ピンイン
tɪeg ṭɪě ṭṣī ṭṣī zhī
tiəg tʃɪei ṭṣī ṭṣī zhì

『大漢和辞典』「志」条には語釈として「知る」を載せる。
志 大漢和辞典

ただし「志」も戦国末期までしか遡れず、そうなると「」か、「止心」と二文字で書かれていた可能性もある。現行一文字が原文二文字だったろう例には、広く認められている「諸」→「之於」がある。しかし「止心」が例文として発掘されているわけではない。

tiəg tʃɪei ṭṣī ṭṣī zhǐ

止 標本

話を智=知に戻せば、智について『字通』は以下の通り言う。

字の初形は矢+干+口。矢と干は誓約のときに用いる聖器。口はサイでその誓約を収めた器。曰は中にその誓約があることを示す形。その誓約を明らかにし、これに従うことを智という。知に対して名詞的な語である。説文五下に「知は詞なり」玉篇に「知は識るなり」とあり、智には説文四上に「識る詞なり」とするが、詞の意が明らかでない。また字を白部に属するのも誤りである。墨子に知と通用し、「智る」のように用いている例が多い。

つまり殷代では、「智」は知るの意味でなかったということだ。これと平行して国学大師も、「甲文的智與後來「識詞」的用法無涉。」という。

金文で「知」の字形になっている「智」は亞󱲗鄉宁鼎のもので、時代は殷代末期になる。論語の時代にはそのような字形は忘れられ、もっぱら「智」が通用したようだ。そこに孔子が「知」と言い出し、上掲字通のような意味では無く、単に”知っていることを知るとすること”(論語為政篇17)という、新たな意味をつけ加えたのだろう。

また『定州漢墓竹簡 論語』によると、前漢宣帝期の論語の版本では、「知」を「智 外字」と書いており、「智 外字」は「智」の古書体とされる。

学研漢和大字典

論語 知 訟
会意文字で、「矢+口」。矢のようにまっすぐに物事の本質をいい当てることをあらわす。聖は知の語尾がŋに転じたことばで、もと耳も口も正しく、物事を当てる知恵者のこと。

また、是(シ)・(ゼ)(まっすぐ)と縁が近い。▽智は、名詞のちえをあらわすが、知で代用する。類義語の認は何ものであるかを見さだめること。識は、物事を区別し見わけること。

意味

  1. {動詞}しる。物事の本質を正しく見とおす。ずばりと当てる。感覚や判断・記憶などの働きを含めていう。《類義語》識。「知性」「知我者其天乎=我を知る者はそれ天か」〔論語・憲問〕
  2. {動詞}しらせる(しらす)。相手がしるようにする。「通知」。
  3. (チナリ){形容詞・名詞}物事を正しく見ぬく力がある。また、その力をそなえた人。「知者」「上知」「焉得知=いづくんぞ知なるを得んや」〔論語・里仁〕
  4. {形容詞・名詞}交際して相手をよくしっている。その値うちをよくしっている。しりあい。「旧知」「知遇」。
  5. {動詞・名詞}州・県の役所の仕事をよく心得ている。また、そのような人。主任や地方の長官。「知事」「知県(県長)」。
  6. {名詞}物事の本質をみぬく能力。ちえ。▽去声に読む。《同義語》智。「知恵(=智慧)」「好学近乎知=学を好むは知に近し」〔中庸〕
  7. {名詞}陽明学派で、良知(人間固有の良心)のこと。「知行合一」。

字通

論語 知 篆書
(篆書)

矢+口。矢には矢誓の意があり、誓約のときに用いた。口は祝詞を収める器の口さい。神かけて誓うことで、これによって相互の意思を確認する意である。〔説文〕五下に「詞なり」、また智字条四上に「識る詞なり」とあり、〔段注〕に知・智は同訓であるべきという。智は知に更にその誓書を加えた字である。〔玉篇〕に「識るなり、覺るなり」と訓するのは、動詞とする意であろう。〔左伝、襄二十六年〕「子產、其れ將に政を知らんとす」は司る意。知事、知県のように用いる。

訓義

しる、あきらかにしる。さとる、みわける、わかる。つかさどる、おさめる、しらせる、したしむ。ききしる、おぼえる。ちえ、ちしき。しりあい。

大漢和辞典

会意。心内に認識すれば言葉として口に発すること矢の如く速やかなる故に、矢と口とを合わせて、しる意を表す。

字解

しる。しらす。しらせ。しること。しる所の多いこと。智恵。しりあい。まじわり。もてなし。欲。たぐい、たぐう。病いえる。知事。諡。姓。

知 大漢和辞典

治(チ・8画)

治 秦系戦国文字
(秦系戦国文字)

初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdhi̯əɡで、同音の「持」に”まもる・たすける・ささえる・たもつ”などの語釈があり、音通する。
持 大漢和辞典

『大漢和辞典』で”おさめる”意を持つ漢字は以下の通り。
治 大漢和辞典

うち日本語音で音通する乿・芖(チ・ジ)は甲骨文・金文が存在せず、𠩺(キ・リ・チ)はカールグレン上古音不明。知のカールグレン上古音はti̯ĕɡ。雉のカ音はdhər。是(シ・ジ/テイ・ダイ/ゼ)のカ音はȡi̯ĕɡ。

結果、治dʰi̯əɡの音通候補として、第一に持、第二に是ȡi̯ĕɡ、第三に知ti̯ĕɡが挙げられる。ただし、ここで是・知を”おさめる”の意とすると、論語の他の箇所との整合が取れない。是の原義は”さじ”であり、”おさめる”と解釈するに当たって、『大漢和字典』は『国語』の楚語を出典としている。つまり中原の魯国でその意があったとは言いかねる。

次に知を”知る”の意味で用いたのは孔子の発明であり、儒家以外の世間では”誓う”の意だった。やはり、論語の時代には「持」だったと考えるべきではなかろうか。

学研漢和大字典

会意兼形声。古人は曲がった棒を耕作のすきとして用いた。以の原字はその曲がった棒の形で、工具を用いて人工を加えること。台は「口+(音符)塊(イ)(=以)」の会意兼形声文字で、ものをいったり、工作をするなど作為を加えること。治は「水+(音符)台」で、河川に人工を加えて流れを調整すること。塊・以・台・治などはすべて人工で調整する意を含む。

飴(イ)(麦や米に加工したあめ)と同系。類義語の修は、すらりとよい形にととのえること。御(=馭)は、押さえていうことをきかせること。斂(レン)は、引きしめること。理は、すじを通してととのえること。異字同訓におさまる・おさめる⇒収 なおす・なおる⇒直。「なおる」「なおす」は「直る」「直す」とも書く。

語義

  1. {動詞}おさめる(をさむ)。河川に人工を加えて流れをうまく調節する「治水=水を治む」「治河=河を治む」。
  2. {動詞}おさめる(をさむ)。人工を加えてほどよい状態にする。うまく調整する。「治軍=軍を治む」「治生=生を治む」「治産=産を治む」。
  3. {動詞}おさめる(をさむ)。政事を行って世の中をうまくおさめる。「政治」「先治其国=先づ其の国を治む」〔大学〕
  4. {動詞}おさめる(をさむ)。刑をきめる。罰をきめて罪人を取り締まる。「治罪=罪を治む」。
  5. {動詞}おさめる(をさむ)。なおす(なほす)。なおる(なほる)。手を加えて病気をなおす。また、なおる。「治病(チビョウ)」。
  6. {名詞}おさまった状態。《対語》⇒乱。「帰於治=治に帰す」〔荀子・性悪〕
  7. {動詞}おさまる(をさまる)。世の秩序が正しくおさまる。「重罰不用而民自治=重罰を用ゐずして民自ら治まる」〔韓非子・五蠹〕
  8. {名詞}政治をする役所のある都市。「県治(ケンチ)(県の政府のある都市)」。

致(チ・10画)

論語 致 金文 論語 至 解字
(金文)

『大漢和辞典』の第一義は”おくりとどける”。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、至は、矢がー線までとどくさまをあらわす会意文字。致は「夂(あし)+〔音符〕至(いたる)」で、足で歩いて目標までとどくこと。自動詞の「至」に対して、他動詞として用いる。類義語の効(コウ)(いたす)は、力をしぼり出すこと。

意味

  1. {動詞}いたす。目ざす所までとどける。護送する。「致書=書を致す」「又不致膰爼於大夫=又膰爼を大夫に致さず」〔史記・孔子〕
  2. {動詞}いたす。こちらまで来させる。そこまでいたらせる。「招致」「致賢=賢を致す」「致之死地=これを死地に致す」。
  3. {動詞}いたす。ぎりぎりの線まで力を尽くす。「致力」「事君能致其身=君に事へて能く其の身を致す」〔論語・学而〕
  4. {動詞}いたす。役を返上して、役人をやめる。▽役目を返上して、お上に送りとどけるの意から。「致仕(チシ)(役人をやめる)」「致事=事を致す」。
  5. {動詞}いたす。ある結果をまねきよせる。「致禍=禍を致す」「致病=病を致す」。
  6. {名詞}気持ちのいたるところ。おもむき。「意致」「情致(気持ち)」「所以興懐、其致一也=懐を興すゆゑんは、其の致一なり」〔王羲之・蘭亭集序〕
  7. {名詞}いきつくところの意より、転じて、物事の方向と結果。「一致」「大致(物事のおよその方向)」。
  8. 《日本語での特別な意味》いたす。「する」の謙譲語。

恥(チ・10画)

論語 恥 篆書
(篆書)

カールグレン上古音はtʰi̯əɡ。同音に「笞」「祉」(さいわい)「眙」(みつめる・とどまる)「佁」(おろかなさま・とどまる・いたる)があるが、”はじ”の語釈は『大漢和辞典』にない。部品の「耳」に”はじ(る)”の語釈は『大漢和辞典』に無い。藤堂上古音はt’ɪəg。

この文字は、甲骨文・金文からは未発掘で、楚系戦国文字から確認できる。同訓部品は存在しない。同訓同音の「誀」は甲骨文・金文で確認できない。ただし”はじ”という概念や”はずかしめる”という動詞が孔子在世当時に無かったとは考えづらく、おそらく当時は「羞」(カ音sのみ/藤堂上古音siog)と書かれた。音が通じないが、甲骨文から確認できる。
羞 金文
「羞」(金文)

『定州漢墓竹簡 論語』では、論語為政篇3への注釈として次のように言う。

佴、今本作「恥」、「佴」即「恥」、簡帛多見、『説文』之「佴」則與「恥」音義不同。

学研漢和大字典

耳は、柔らかいみみ。恥は、「心+音符耳」の会意兼形声文字で、心が柔らかくいじけること。▽シュウは、はじて心が縮まること。は、はずかしくて心にしこりがあること。「ザン愧」と熟して用いる。ジョクも柔らかい意を含み、はじて気おくれすること。サクは、どきっとして顔色が変わること(論語憲問篇21語釈参照)。

意味

  1. {動詞}はじる(はづ)。はずかしめる(はづかしむ)。きまりが悪く思う。ばつが悪くて心がいじける。きまり悪い気持ちにさせる。《類義語》羞(シュウ)・愧(キ)。「羞恥」「寡人恥之=寡人これを恥づ」〔孟子・梁上〕。「恥匹夫=匹夫を恥づかしむ」〔春秋左氏伝・昭五〕
  2. {名詞}はじ(はぢ)。きまりの悪い気持ち。はずかしく思うこと。「無恥」「忍恥=恥を忍ぶ」「会稽(カイケイ)之恥(越王勾践(コウセン)が呉王夫差(フサ)に会稽山でやぶれた恥)」「民免而無恥=民免かれて恥無し」〔論語・為政〕

字通

耳+心。〔説文〕十下に「づるなり」とし、声とするが、会意の字。ものに恥じる心は、まず耳にあらわれるものである。俗に耻に作るのは誤形。

訓義

はじ、はじる、やましい。はずかしめる。

遲/遅(チ・12画)

論語 遅 金文
(金文)「仲𠭯父簋」西周中期

孔子の弟子、樊遅の名として登場。カールグレン上古音はdʰi̯ər、同音に墀(きざはし)、坻(中洲、渚)、蚳(蟻の卵、サソリ)、雉、薙、稚。

同訓(おくれる)近音(チ)の「軧」は金文以前に遡れない。しかししんにょうを取り除いた部品である、動物のサイ「犀」(音シ、カールグレン上古音siər)は西周時代の金文にあるから、樊遅の名は「遅れ」ではなく勇猛な「サイ」の可能性がある。
犀 金文
「犀」(金文)

学研漢和大字典

会意。犀は、さい(動物の一種)のこと。歩みのおそい動物の代表とされる。遲は「辶+犀」。稚(のびのおそい子ども)・窒(いきづまる)と同系。類義語に晩。異字同訓におくれる:遅れる「完成が遅れる。列車が遅れる。会合に遅れる」 後れる「気後れする。人に後れを取る。後れ毛」。

意味

  1. {形容詞}おそい(おそし)。動き・理解がのろい。もたもたしている。「遅鈍」「非為織作遅=織作の遅きが為に非ず」〔古楽府・焦仲卿妻〕
  2. {動詞}おくれる(おくる)。きまった時より過ぎている。おそくなる。「遅刻」。
  3. {動詞}まつ。じっと気長にまつ。また、まち望む。▽去声に読む。「遅明(夜明けをまつころ、夜明け)」。
  4. {前置詞・副詞}まって(まちて)。ようやく(やうやく)。まだかまだかとまつうちに。▽去声に読む。「遅帝還趙王死=帝の還るを遅ちて趙王死す」〔漢書・外戚〕

忠(チュウ・8画)

論語 忠 金文 論語 忠 篆書
(金文・篆書)

この漢字=言葉は、戦国諸国の潰し合いが熾烈になった、戦国末期にならないと現れない。軍国美談が必要とされ、忠義を強調して嫌がる民を戦場に送りつけねばならなくなって、発明された概念である。

カールグレン上古音はtとしか記録されていない。藤堂上古音はtɪoŋ。無理にカタカナに直すと「テェオンヌ」になろうか。「中」と同じだが、発明者の意図としては「心にあたる」=良心にやましいことが無いかよく反省しろ、ということだろう。

この点『字通』が「心を尽くすことをいう。論語・左伝に多くみえるが、みなその義。…忠君の意とするのは、後起の義である」というのは、まことに白川博士らしくない。論語・左伝は後ででっち上げた話か、あるいは別の言い方をしていたのを軍国主義者が書き換えたのだ。

訳者の脳はアサヒ製でもチュコク製でもないので、むやみにぐんくつの足音が聞こえる気遣いは無いが、人の命をバクチにしたがる軍国主義者はやっぱり嫌いだ。

孟子 お笑い芸人
戦国時代の世間師・孟子は、8箇所で「忠」を使っているが、そろそろこの文字が現れてもよさそうな時代を生きた。ただし「チューチュー」とネズミのように繰り返した後世の中国や江戸の儒者のようには使っておらず、あくまでも”自分を偽らないこと”でしかない。従って「忠」の字を使ったかもあやしく、「中心」と言った可能性がある。

『広韻』で声調・韻目・字母が共通する「衷」には甲骨文・金文が存在しない。「中」には”こころ・ただしい・なほい”の語釈が『大漢和辞典』にあり、論語時代の置換字の候補。カールグレン上古音は子音のtのみ、藤堂上古音はtɪoŋ。忠tɪoŋと同一。

学研漢和大字典

忠 字解
会意兼形声文字で、中とは、なか・中身などの意。忠は「心+〔音符〕中」で、中身が充実して欠けめのない心のこと。充実の充(いっぱい)と同系のことば。

意味

  1. {名詞}まごころ。偽りのない誠意。すみずみまで欠けめのないまごころ。「尽忠=忠を尽くす」「修其孝悌忠信=其の孝悌忠信を修む」〔孟子・梁上〕
  2. (チュウナリ){形容詞}まじめである。また、誠意にあふれている。「忠告」「為人謀而不忠乎=人の為に謀りて忠ならざるか」〔論語・学而〕
  3. (チュウナリ){形容詞・名詞}君主に対して誠実な。また、君主に対して誠意を尽くすこと。「忠誠」「報先帝而忠陛下=先帝に報じて陛下に忠なり」〔諸葛亮・出師表〕
  4. 《日本語での特別な意味》じょう。四等官で、弾正台(ダンジョウダイ)の第三位。

字通

声符は中。〔説文〕十下に「つつしむなり」とあり、心を尽くすことをいう。〔論語〕〔左伝〕に多くみえるが、みなその義。〔逸周書、諡法解〕に「身を危うくして上に奉ずるを忠と曰う」と忠君の意とするのは、後起の義である。

訓義

1)まごころ、まこと、まことをつくす。2)ただしい、つつしむ、かなう。3)おもいやり、いつくしむ、こころをつくす、てあつい。4)君につかえる、君につくす。

大漢和辞典

忠 大漢和辞典
忠 大漢和辞典

張(チョウ・11画)

張 金文 論語 張 金文大篆
(金文・金文大篆)

この文字は論語の時代に通用した金文に遡れない。現在発見されている最古の文字は、楚・秦の戦国文字、または上掲戦国末期の金文「二十年奠令戈」からになる。

『学研漢和大字典』は原義を「弓に弦を長く伸ばしてはること」といい、『字通』は「長は長大にする意。…緩急の宜しきを得ることをいう」といってほぼ同じ。カールグレン上古音はti̯aŋで、同音に長とそれを部品に持つ漢字群。長=ふてぶてしく図々しい、の意を込めているのだろう。

藤堂上古音はtɪaŋ(ɪはエに近い音)。音チョウ訓はるに「掟」「𢹑」があるが金文以前に遡れない。近音はあるにはあるが音通しそうにないし、金文以前に遡れない。唯一候補として上がるのは「奢」で、春秋早期の金文からあるが、カールグレン上古音がɕi̯ɔ、藤堂上古音がthiǎgで音通しているとは言い難い。

孔子の有力弟子、子張のあざ名として論語に頻出だが、文字としては行き止まりで、もし孔子在世当時に”はる”を意味するなら、「長」(上声、ti̯aŋ/tɪaŋ)と書いたか、文字通り「弓(ki̯ŭŋ/kɪuəŋ)長」と書いたかのいずれかだろう。

学研漢和大字典

会意兼形声。長は、長く頭髪をなびかせた老人の姿。張は「弓+(音符)長」で、弓に弦を長く伸ばしてはること。ぴんと長く平らに伸びる意を含む。暢(チョウ)(長く伸びる)・腸(長く伸びたはらわた)・杖(ジョウ)(長いつえ)などと同系。「のりなどでつける」の意味の「はる」は「貼る」とも書く。

意味

  1. {動詞}はる。弦を長く伸ばして弓・弦楽器にはりわたす。「弓矢斯張=弓矢斯に張る」〔孟子・梁下〕
  2. {動詞}はる。ぴんと伸びる。また、ぴんと伸ばす。「伸張」。
  3. {動詞}はる。大きく開く。ふくれて大きくなる。「誇張」「張目開口=目を張り口を開く」〔捜神記〕
  4. {動詞}はる。盛大に開く。「張宴=宴を張る」「張飲(チョウイン)(大いに酒を飲む)」「是夜張錦墸=この夜錦墸(きんしゅう)を張る」〔陳鴻・長恨歌伝〕
  5. {動詞}はる。意見を展開させる。「主張」。
  6. {動詞}はる。鳥獣を捕らえるために、網をはる。「張網四面=網を四面に張る」〔史記・殷〕
  7. {単位詞}はり。紙など平らにはり伸ばす物や、琴など弦をはった物を数えることば。
  8. {名詞}二十八宿の一つ。規準星は今のうみへび座にふくまれる。ちりこ。
  9. {名詞}長いとばり。▽帳に当てた用法。去声に読む。
  10. 《日本語での特別な意味》
    ①はり。物事のしがい。「張りがない」「張り合い」。
    ②「尾張(オワリ)」の略。「張州」。

朝(チョウ・12画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はti̯oɡまたはdʰi̯oɡ。

学研漢和大字典

会意→形声。金文は「草+日+水」の会意文字で、草の間から太陽がのぼり、潮がみちてくる時を示す。篆文(テンブン)は「幹(はたが上がるように日がのぼる)+(音符)舟」からなる形声文字で、東方から太陽の抜け出るあさ。抽(抜き出す)・冑(チュウ)(頭が抜け出るよろい)と同系。潮は、朝日とともにさしてくるあさしお。類義語の旦(タン)は、太陽が地上に顔を出すあさ。晨(シン)は、万物が生気をおびて振るい立つあさ。付表では、「今朝」を「けさ」と読む。

語義

チョウ(平声)チョウ(呉)
  1. {名詞}あさ。あした。太陽の出てくるとき。《対語》⇒夕。《類義語》旦(タン)・晨(シン)。「早朝」「終朝(日の出から朝食のころまで)」。
  2. 「一朝」とは、一日のこと。また、いったん、もしもの意。
チョウ(平声)ジョウ(呉)
  1. (チョウス)(テウス){動詞}宮中に参内(サンダイ)して、天子や身分の高い人にお目にかかる。「朝見」「来朝」。
  2. (チョウス)(テウス){動詞}むかう(むかふ)。顔をむけてそちらに面する。「朝宗(中心になるものにあう→天子に拝謁する)」。
  3. {名詞}天子が政治を行うところ。「朝廷」。
  4. {名詞}その天子の統治する一代。また、その系統の君主が支配した時代。「乾隆朝(ケンリュウチョウ)(乾隆帝の時代)」「唐朝(唐の時代)」。
  5. 《日本語での特別な意味》「朝鮮」の略。「日朝」。

字通

[会意]艸(そう)+日+月。艸は上下に分書、その艸間に日があらわれ、右になお月影の残るさまで、早朝の意。〔説文〕に字を倝(かん)部七上に収め、「旦なり。倝(旗)に從ひ、舟(しう)聲」とするのは、篆文(𦩻)の字形によって説くもので、字の初形でない。金文には右に水に従う形が多く、潮の干満、すなわち潮汐(ちようせき)による字形があり、その水の形が、のち舟と誤られたものであろう。左も倝の形ではなく、倝は旗竿に旗印や吹き流しをそえた形で、朝とは関係がない。殷には朝日の礼があり、そのとき重要な政務を決したので、朝政といい、そのところを朝廷という。朝は朝夕の意のほかに、政務に関する語として用いる。暮の初文である莫(ぼ)も、上下の艸間に日の沈む形である。

徵/徴(チョウ・14画)

初出は甲骨文。カールグレン上古音はti̯əŋで、同音は無い。

学研漢和大字典

会意。「微の略体+王」で、隠れた所で微賤(ビセン)なさまをしている人材を王が見つけて、とりあげることを示す。チョウは登・昇(のぼる)と同系で、上へ引きあげること。また、證(=証。ことばで表面に出す)と同系で、わずかな手がかりをつかんでとりあげ表面にのせること。旧字「徵」は人名漢字として使える。

語義

チョウ(平声)
  1. (チョウス){動詞}めす。隠れている人材をめし出す。「徴召」「徴為常侍=徴して常侍と為す」〔枕中記〕
  2. (チョウス){動詞}もとめる(もとむ)。人民などから取りたてる。また、要求する。《類義語》征。「徴兵」「徴歌=歌を徴す」「吾以羽檄徴天下兵=吾羽檄を以て天下の兵を徴す」〔漢書・高帝〕
  3. (チョウス){動詞}物事の表面に出たところを見てとる。手がかりを得る。《類義語》証。「宋不足徴也=宋は徴するに足らざるなり」〔論語・八飲〕
  4. {動詞}きざす。物事のけはいが表面に少し浮かび出る。《類義語》現・発。「徴於色発於声=色に徴し声に発(あらは)る」〔孟子・告下〕
  5. {名詞}きざし。物事の起こるのを予想させるしるし。「徴候(=兆候)」「納徴(結婚の結納をする)」。
チ(上声)

{名詞}五音の一つ。古代中国の音楽で、階名をあらわす。七音のソに当たる。▽五音は、宮・商・角・徴(チ)・羽。「十二律」は、音名。

字通

[会意]旧字は徵に作り、彳(てき)+チョウ 外字(ちょう)+攴(ぼく)。彳(道路)において、チョウ 外字(長髪の人)を攴(う)(毆)つ形。長髪の人は長老とも、また巫女とも解されるが、要するにすぐれた呪的能力をもつもの。これを殴(う)って、敵方に対する懲罰的な行為として、味方の要求するところを徴し、あわせて懲罰を加える行為をいう。その効果のあらわれることを徴験という。これと同じ方法で、若い巫女を攴つことを微といい、これは敵方の呪力を微(な)くすることを目的とする。また同じ意味で、髑髏(どくろ)を攴つことを徼(きよう)といい、その呪霊を刺激して徼(もと)める意である。徵・微・徼はみな相似た呪的行為を意味する字である。〔説文〕八上に徵を「召すなり」とし、微の省に従う字で、「微に行ひて而(しか)も聞達する者は、即ち徵(め)すなり」(段注本)とするが、隠微の義を承けるものではなく、徴・微・徼は同種の呪儀をいう。徵は懲の初文。もと敵を懲らしめる行為であった。

雕(チョウ・16画)

初出は後漢の『説文解字』。カールグレン上古音は子音のtのみ。原義は鳥の”ワシ”。”ほる”の語義は音通。「彫」と同じ、彫の字も初出は楚系戦国文字で、やはり論語の時代に存在しない。

春秋時代の置換候補は、部品の周の字。”ほる”意を持つ漢字で、チョウと音読みするものに、琱(カ音tのみ)があり、春秋時代の金文に存在する上、初文は周とされるから、周(カ音ȶのみ)に”ほる”意があると解することは可能。

学研漢和大字典

会意兼形声。「隹+(音符)周(まんべんなくゆきわたる、円を描く、めぐる)」。週(めぐる)と同系。

語義

  1. {名詞}わし。猛鳥の名。円を描いて大空をめぐるわし。《同義語》⇒譖。《類義語》鷲(シュウ)・鷙(シ)。
  2. {動詞}きざむ。える(ゑる)。一面に細かい模様をつける。全面にわたって、まんべんなくほりつける。《同義語》彫。《類義語》鏤(ル)・(ロウ)。「雕玉(チョウギョク)」。
  3. {動詞}しぼむ。なえる(なゆ)。草木が枯れて、ぐったりとたれさがる。また、弱り衰える。▽凋(チョウ)に当てた用法。《類義語》吊(チョウ)(ぶらさがる)。
  4. 「雕雕(チョウチョウ)」とは、細かい模様があざやかにめだつさま。「雖有槙之雕雕、不若玉之章章=槙の雕雕たる有りと雖も、玉の章章たるに若かず」〔荀子・法行〕

字通

彫・雕

[会意]周+彡(さん)。周は彫飾のある盾(たて)の形。彡はその彫飾の美をいう。〔説文〕九上に「琢文(たくぶん)なり」とあり、玉を彫琢する意とするが、周はもと雕盾の象。のちすべて琱琢を加えることをいい、〔論語、公冶長〕に「朽木は雕(ゑ)るべからず」とみえる。金文の〔休盤〕に「戈琱胾(くわてうし)」を賜与することがみえ、戈に彫飾を加えたものをいう。字はまた雕に作る。

聽/聴(チョウ・17画)

論語 聴 金文
(金文)

論語 聞 論語 聞
類義語の「聞」との違いは、「聞」は間接的に聞くこと、「聴」は直接聞くこと。

学研漢和大字典

論語 聴
会意兼形声文字で、論語 トク 外字(トク)は直(チョク)と同系で、まっすぐなこと。壬(テイ)は、人がまっすぐにたったさま。聽は「耳+論語 トク 外字(まっすぐ)+(音符)壬」で、まっすぐに耳を向けてききとること。

類義語の聆(レイ)は、耳を澄ます。聞は、へだたりを通して耳にはいる、また、かすかに音がきこえるの意。

意味

  1. {動詞・名詞}きく。まともに耳を向けてきく。耳を澄ましてきく。転じて、広くきくこと。ききとる感覚。《類義語》聞。「謹聴」「聴其言而信其行=其の言を聴きて其の行ひを信ず」〔論語・公冶長〕
  2. {動詞}きく。したがう(したがふ)。いうことをきく。また、きき入れる。また、ききしたがう。▽去声に読む(古くはtìng、今はtīng)。「聴従」「聴父母之言=父母の言に聴ふ」「以聴於冢宰三年=以て冢宰に聴くこと三年」〔論語・憲問〕
  3. {動詞}きく。いうとおりにまかせる。なりゆきにまかせる。▽去声に読む(古くはtìng、今はtīng)。「聴天有命=天の命有るに聴く」。
  4. {名詞}きき耳をたてて、ようすをさぐる者。しのび。「十里之国則将有百里之聴=十里の国には則ちまさに百里の聴有らんとす」〔荀子・議兵〕
  5. {単位詞}《俗語》かん入りのものを数える単位。「一聴油(ひとかんの油)」。

直(チョク・8画)

論語 直 金文
(金文)

学研漢和大字典

「|(まっすぐ)+目」の会意文字で、まっすぐ目を向けることを示す。-植(まっすぐたててうえる)-置(まっすぐてておく)-チョク(ととのう)-チョク(まっすぐに正す)と同系のことば。

意味

  1. (チョクナリ){形容詞・動詞・名詞}なおし(なほし)。なおくする(なほくす)。まっすぐなさま。まっすぐである。まっすぐにする。正直な人。《対語》⇒曲。「曲直」「縄直(ジョウチョク)(墨なわを張ったようにまっすぐな)」「爽直(ソウチョク)(さっぱりしてまっすぐな)」「直而無礼則絞=直にして礼無ければ則ち絞す」〔論語・泰伯〕。「友直=直を友とす」〔論語・季氏〕
  2. {名詞}なおきこと(なほきこと)。まっすぐなこと。すなおさ。「直在其中矣=直きこと其の中に在り」〔論語・子路〕
  3. {形容詞}曲折をへずに。じかに。「直通」「直接」「直入」。
  4. {動詞・名詞}あたる。とのい(とのゐ)。ちょうどその番にあたる。当番。《同義語》⇒値(チョク)(あたる)。「当直(=当値)」「宿直」。
  5. {名詞}あたい(あたひ)。その物や仕事に相当するねだん。▽値(チ)に当てた用法。
  6. {副詞}ただ。→語法「①」。
  7. {副詞}ただちに。じきに(ぢきに)。→語法「②」。
  8. 《日本語での特別な意味》
    ①「直直(ジキジキ)」とは、直接に。「直直にお目にかかる」。
    ②なおる(なほる)。なおす(なほす)。もとどおりになる。もとどおりにする。「病気が直る」。

語法

①「ただ」とよみ、「ただ~だけ」と訳す。限定の意を示す。《同義語》只・特。「直不百歩耳=ただ百歩ならざるのみ」〈百歩でないというだけだ〉〔孟子・梁上〕
②「ただちに」「じきに」とよみ、「すぐに」「まっすぐに」と訳す。「直夜潰囲=ただちに夜囲みを潰(つひや)す」〈その夜のうちに漢軍の包囲網を突破した〉〔史記・項羽〕

字通

せいいん。省は目に呪飾を加え、巡察することをいう。いわゆる省察である。乚は隔てる意であろうと思われる。〔説文〕十二下に「正しく見るなり。十目に従ふ」とする。〔大学、六〕の「十目の視る所、十手の指す所、其れ嚴かなるかな」の語によって解するものであろうが、目の上は省・德(徳)の字と同じく、呪飾とみるべきである。
論語 省 甲骨文 論語 徳 甲骨文
「省・徳」(甲骨文)

心部十下に「とくは外には人に得、内には己に得るなり」とあり、その重文の字は、本条の古文の字と似ている。悳は金文に德の字として用いる。直は目の呪力を示すもので、「う」意となり、価値の意となる。但と声近く、ただの意に用いる。

訓義

あう、目で見る、値の初文。あたる、むかう、はべる、とのい。ただしい、なおい、すなお、よい。あたい、ねうち、また値を用いる。ただちに、すぐ。但と通じ、ただ。たて、まっすぐ。飾と通じ、へりかざり。

大漢和辞典

会意。十と目とLとの合字。十目の見る所、いかに隠すも顕れざるなき意より、本義は正しく見ること。

字解

なおい。なおきもの。なおくす。あたる。はべる、殿居する。殿居。ただ。ただちに。発語の助辞。生ずる。縦。柄、つか。へり、へりかざり。諡。衣の名。犆*に通ず。値に通ず。姓。あたる、あう。あたい。〔邦〕なおし。なおす。なおる。姓氏のあたい。

*犆:(トク・チョク)へり。ひとり。ひとつ。

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