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論語語釈「セン・ゼン」

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語釈 urlリンクミス

千(セン・3画)

千 金文 千 甲骨文
大盂鼎・西周早期/甲骨文

初出:初出は甲骨文

字形:字形は「人」+「一」で、原義は”一千”。「漢語多功能字庫」によると、古代は「人」で「千」を表し、「一」を加えたため「万」「百」と異なり「一千」とは書かず、また「人」に「三」や「亖」を加えて三千や四千を示した例があるという。確かに、「千」tsʰien(平)と「人」ȵi̯ĕn(平)は音素の共通部分がある。

音:カールグレン上古音はtsʰien(平)。金文では加えて”多い”を(梁其鼎・西周早期)意味し、戦国の竹簡では”あぜ道”を意味するようになったと言う。

用例:甲骨文から数詞”千”として用いた。

備考:戦国の「郭店楚簡」では「忎」で「仁」を表した。

学研漢和大字典

仮借。原字は人と同形だが、センということばはニンと縁がない。たぶん人の前進するさまから、進・晋(シン)(すすむ)の音をあらわし、その音を借りて一〇〇〇という数詞に当てた仮借字であろう。それに一印を加え、「一千」をあらわしたのが、千という字形となった。あるいは、どんどん数え進んだ数の意か。証文や契約書では、改竄(カイザン)や誤解をさけるため、「阡」「仟」と書くことがある。▽草書体をひらがな「ち」として使うこともある。▽「千」の全画の変形からカタカナの「チ」ができた。

語義

  1. {数詞}ち。数で、百の十倍。▽漢文では「ち」という訓は用いない。「千歳(センザイ)・(チトセ)」「千代(センダイ)・(チヨ)」。
  2. (センタビ)・(センタビス){副詞・動詞}千回。千回する。「人十能之己千之=人十たびしてこれを能くすれば己これを千たびす」〔中庸〕
  3. {副詞}数の多いことを示すことば。「千万」「千山万水」。

字通

[形声]声符は人(じん)。卜文・金文は、人の下部に肥点を加えて、人と区別する。〔説文〕十部三上に「十百なり。十に從ひ、人に從ふ」と会意に解するが、〔繫伝〕には人声とする。金文に「萬年」を「萬人」としるす例があって、人を年の意に用いる。人にその声もあったのであろう。卜文に二千・三千を、人の下部に二横画・三横画を加えてしるす例があるので、千が人声に従う字であったことは疑いがない。

川(セン・3画)

川 甲骨文 川 金文
甲骨文/五祀衛鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形は川の象形”。原義は”かわ”。

音:カールグレン上古音はȶʰi̯wan(平)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義、”洪水”、地名に用い、金文では原義に加えて耕地の単位(五杞衛鼎・西周中期)の意に用いた。戦国の竹簡では、”従う”、”大地”、”穴を開ける”の意に用いた。

学研漢和大字典

象形。く印は地の間を縫って流れる川の象形。川は、三筋のく印で川の流れを描いたもの。貫(つらぬく)と同系であろう。穿(セン)(つらぬく、うがつ)と最も近い。類義語に河。付表では、「川原」を「かわら」と読む。▽草書体をひらがな「つ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「つ」ができ、略体からカタカナの「ツ」ができたか。▽「かわ」は「河」とも書く。

語義

  1. {名詞}かわ(かは)。くねくねと地の間を縫って流れるかわ。《類義語》河・江。「山川」「川沢」「猶防川=なほ川を防ぐがごとし」〔春秋左氏伝・襄三一〕

字通

[象形]水の流れる形。〔説文〕十一下に「毋(貫)穿(くわんせん)して通流する水なり」(段注本)とあり、穿(せん)の声を以て説く。〔詩、大雅、雲漢〕に焚(ふん)・薫(くん)・聞(ぶん)・遯(とん)と韻しており、それが古音であろう。仮名の「つ・ツ」の字源と考えられている字である。

占(セン・5画)

占 甲骨文 占 楚系戦国文字
合集3815/包山楚簡2.198・戦国

初出:初出は甲骨文。ただしその後戦国文字まで発掘が途絶えるので、一度絶えた漢語である可能性がある。

字形:〔卜〕”うらない”+〔𠙵〕”口”。占いの結果を言葉で言うさま。甲骨文には周囲を〔囗〕で囲った形のものがある。

音:カールグレン上古音はtɕi̯am(平)。

用例:甲骨文・楚系戦国文字ともに、”うらなう”の意に用いた。また「覘」”のぞき見る”の意に用いた。秦系戦国文字では、人名に用いた例がある。

”ひとりじめする”の語義が見られるのは、宋代の『広韻』から。

学研漢和大字典

会意。「卜(うらなう)+口」。この口は、くちではなく、ある物やある場所を示す記号。卜(うらない)によって、一つの物や場所を選び決めること。佔拠(センキョ)の佔(場所をとる)・店(場所をきめたみせ)・粘(ネン)(一か所にねばる)と同系。「うらなう」「うらない」は「卜う」「卜い」とも書く。

語義

  1. (センス){動詞・名詞}うらなう(うらなふ)。うらない(うらなひ)。うらないをしてAかBかどちらかに決める。また、そのこと。▽平声に読む。「占卜(センボク)」「不占而已矣=占はざらんのみ」〔論語・子路〕
  2. {動詞}しめる(しむ)。どれかを選んでそれを決める。どれか、どこまでかと、自分の持ち分を決めて、いすわる。「独占」「占小善者率以録=小善を占むる者も率ね以て録せらる」〔韓愈・進学解〕
  3. {動詞}決定した結論を述べる。「口占」。

字通

[会意]卜(ぼく)+口。卜は卜兆の形。口は𠙵(さい)で、祝詞の器。神に祈って卜し、神意を問うことを占という。〔説文〕三下に「兆(てう)を視て問ふなり」とあり、会意とする。その卜占の辞は、のち神託にふさわしい神聖な形式、韻文で示されることが多く、卜筮の書である〔易〕の爻辞(こうじ)は、多く有韻である。

先(セン・6画)

先 甲骨文 先 金文
甲骨文/師望鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:「止」”ゆく”+「人」で、人が進む先。

音:カールグレン上古音はsiən(平/去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では「後」と対を為して”過去”を意味し、また国名に用いた。金文では加えて西周の「虢季子白盤」で”先行する”を意味した。

学研漢和大字典

先 解字
会意文字で、「足+人の形」。跣(セン)(はだしの足さき)の原字。足さきは人体の先端にあるので、先後の先の意となった。

語義

  1. {名詞・形容詞}さき。前のところ。いちばん前。前の。《対語》⇒後・后。「先端」「不敢為天下先=敢へて天下の先と為らず」〔老子・六七〕
  2. {名詞・形容詞}さき。前のとき。以前の。▽また、先妻・先君のように、亡くなった人につける。《対語》⇒後。「先例」「先人」。
  3. {名詞}さき。祖先。▽子孫を後という。「荊軻者衛人也、其先乃斉人=荊軻者衛の人也、其の先は乃ち斉の人なり」〔史記・荊軻〕
  4. {動詞}さきにする(さきにす)。さきにとりあげる。▽去声に読む。「子将奚先=子まさになにをか先にせんとする」〔論語・子路〕
  5. {動詞}さきんずる(さきんず)。さきだつ。人よりさきにたつ。▽「さきにす」の音便。去声に読む。《対語》⇒後。「先天下之憂而憂=天下の憂ひに先んじて憂ふ」〔范仲淹・岳陽楼記〕
  6. {副詞}まず(まづ)。さきに。「欲治其国者、先斉其家=其の国を治めんと欲する者は、先づ其の家を斉ふ」〔大学〕
  7. 《日本語での特別な意味》せん。囲碁で、相手より先に打ち始めること。「先番」「互先」。

字通

[会意]之(し)+人。之は趾(あし)の形。人の趾先をいう。趾を人の上にしるすのは、見・望・聞の初形が目や耳を人の上に加える形に作るのと同じ。その主とする行為を示す方法で、先は先行の意。〔説文〕八下に「前進するなり」と先・前の畳韻を以て訓する。前進の前は、もと趾指の爪を切る意で、剪の初文。前の初文は歬で、歬は洗の初文。舟(盤)で止(趾)を洗う意である。先は先行。卜辞に先行を卜する例が多く、もと除道のために人を派遣することをいう。先行のために、羌族のような異族、あるいは供人と呼ばれる生口(奴隷として献上されたもの)の類を用いた。のち騎馬の俗が行われるようになって、先馬走・先駆という。先後は前後と同じく、時間にも場所にもいう。

㑒/僉(セン・8画)

僉 金文
(金文)「蔡侯產劍」戰國早期

初出は戦国早期の金文で、”つるぎ”として出る。ただし金+僉の字形で、論語と同時代の「越王勾践剣」に出る。カールグレン上古音はkʰsi̯am(平)で、同音に憸”かたよる”・譣”問う・悪賢い”。藤堂上古音はts’iam。なお「劍」のカ音は不明、藤音はkliǎm。

学研漢和大字典

会意。「集めるしるし+口ふたつ+人ふたり」で、複数の人や物を寄せ集めることを示す。

語義

{副詞}みな。いっしょにそろって。すべて。「僉曰、於鯀哉=僉曰はく、於鯀なる哉と」〔書経・尭典〕

字通

[会意]亼(しゆう)+㒭(こん)。亼は令・命の字の上部と同じく、神事に従うものが用いる礼冠の形。神に接するときに用いた。㒭は二兄の形。兄は祝告の器(𠙵(さい))を捧げて祈る人。二人相並んで祈る。ゆえに「みな」「ともに」の意となる。〔説文〕五下に「皆なり。亼に從ひ、吅(けん)に從ひ、从(しよう)に從ふ」とするが、兄の字形を上下に分つべきでない。一人祝禱して神意を待つを令といい、その神託を命といい、二人相祝禱するを僉といい、二人舞踏して神意を楽しませることを巽(そん)・選という。

訓義

1.みな、ともに、ことごとく。
2.えらぶ、えらびとる。
3.おおい、おびただしい、すぎる。
4.からさお。連架して穀をうつもの。

声系

〔説文〕に僉声として譣・劒・檢(検)・儉(倹)・驗(験)・險(険)など十七字を収める。古劒銘に、僉を劒の意に用いる。譣(せん)は〔説文〕三上に「問ふなり」と訓し、神意を問う意の字である。

語系

僉tsiam、占tjiamは声近く、占は卜占によって、僉は祝禱によって神意を問うことをいう。また巽suən、選siuan、撰dzhianは舞楽して神を楽しませる意で、ほぼ同系の語とみられる。

戔(セン/サン・8画)

戔 甲骨文
合3825

初出:初出は甲骨文

字形:点対称に配置した2つの「戈」”カマ状の戈”。繰り返し、代わる代わる切り付けるさま。「化」が「人」を同様に配置したように、代わる代わる繰り返し戈を加えること。論語語釈「化」を参照。

音:カールグレン上古音はdzʰɑn(平)。

用例:甲骨文の用例は、ほとんど殷第12代の王とされる河亶甲の名「戔甲」として見える。

西周の用例は出土していない。春秋の用例は全て人名。戦国の金文から「賤」(賎)の意に用いた。

学研漢和大字典

会意。「戈(ほこ)+戈(ほこ)」で、刃物で削りに削って残りすくない意を示す。小さい、すくないの意を含む。殘(=残。わずかなのこり)・淺(=浅。水が少ない→あさい)・賤(財貨がすくない→いやしい)・盞(サン)(小さいさかずき)などと同系。

語義

セン

{形容詞}すくない(すくなし)。小さい。また、すくない。「戔戔(センセン)(わずか)」。

サン

残に通じる。

字通

[会意]戈(か)+戈。両戈の象で、相戦うことをいう。〔説文〕十二下に「賊(そこ)なふなり」とあって、相残賊する意。戰(戦)は單(単。盾の象形)と戈とに従い、戔は両戈相接することをいう。鬭(闘)の初文は鬥で、手で格闘する形。のち斲(たく)を加えるが、斲は盾と斤(斧鉞(ふえつ))の形である。

前(セン・9画)

前 甲骨文 前 金文
合集4899/丼人𡚬鐘・西周末期

初出:初出は甲骨文。

字形:履き物を履いた足の先端のさま。現行字体の「䒑」+「刂」は「止」”あし”の変形。「⺼」は履き物の変形。

音:カールグレン上古音はdzʰian(平)。「ゼン」は呉音。

用例:甲骨文は欠損が激しく語義を読み取れない。

西周早期「師臾鐘」(集成141)に「用喜侃前文人」とあり、”過去の”と解せる。「侃」は”なごませる”、「文人」とは先祖の一人を指し、”よきひと”の意。文化人ではない。論語語釈「文」を参照。

以降西周末期まで”時間的にまえ”の意で、春秋時代の用例は見当たらず、”空間的にまえ”の意が現れるのは戦国時代になる。

学研漢和大字典

会意兼形声。前の刂を除いた部分歬は「止(あし)+舟」で、進むものを二つあわせてそろって進む意を示す会意文字。前はそれに刀を加えた字で、剪(セン)(そろえて切る)の原字だが、「止+舟」の字がすたれたため、進むの意味に前の字を用いる。もと、左足を右足のところまでそろえ、半歩ずつ進む礼儀正しい歩き方。のち、広く、前進する。前方などの意に用いる。揃(セン)(そろえる)・翦(セン)(そろった矢)と同系。践(セン)(小さく足ぶみする)とも縁が近い。

語義

  1. {名詞}まえ(まへ)。場所にも時間にも用いる。《対語》⇒後。《類義語》先。「前後」「瞻之在前=これを瞻れば前に在り」〔論語・子罕〕
  2. {副詞}さき。さきに。以前に。「何前倨而後恭也=何ぞ前には倨りて而後には恭しき也」〔史記・蘇秦〕
  3. {形容詞}まえ(まへ)。昔の。以前の。《対語》後。《類義語》先。「前賢(昔の賢者)」「前人」。
  4. {名詞}まえ(まへ)。目のまえ。「目前」「面前」「効死於前=死を前に効さん」〔漢書・蘇武〕
  5. {動詞}すすむ。まえにすすむ。「左右既前殺軻=左右既に前みて軻を殺す」〔史記・荊軻〕
  6. 《日本語での特別な意味》
    ①まえ(まへ)。その人数分の量をあらわすことば。また、割り当て分。「三人前」「割り前」。
    ②まえ(まへ)。相手を呼ぶときのことば。▽人を直接ささず、その前のところをさす習慣からおこった。
    ③「紀元前」のこと。「前一世紀」。

字通

[会意]正字は歬、あるいは歬に刀を加えた形。止+舟+刀。止は趾(あし)ゆび。舟は盤。盤中の水で止(あし)を洗って、刀で爪を剪り揃えるのである。前は趾指の爪を切る意の字であるが、前後の意から前進、また往昔などの意となる。〔説文〕二上に「行かずして進む。之れを歬と曰ふ。止の舟上に在るに從ふ」と歬を舟行の意とするのは、盤形の舟を舟船、また趾の形を行止の止と誤り解したもので、前系列の字の形義が理解されていない。〔史記、蒙恬伝〕に「公旦(周公)自ら其の爪を揃(き)り、以て河に沈む」とあって、爪切ることは修祓の儀礼。その爪を河に投ずるのは、自己犠牲としての意味をもつことであった。喪礼のときにも、蚤(そう)(爪切り)・鬋(せん)(髪切り)をする俗があった。

淺/浅(セン・9画)

淺 金文 浅 金文
𫑛王鳩淺劍・戦国早期/戉王句戔之子劍・春秋末期

初出:初出は戦国早期の金文。戦国早期の金文に「越王勾践」を「𫑛王鳩淺」と記し、春秋末期の金文に「越王句戔」と記すことから、初出を春秋末期とする説もあるが、さんずいを含まず、”浅い”の意でもない。「𫑛」は「越」の異体字。「鳩」はk(平)、「勾」は不明、「句」はku(平)またはki̯u(去)。平、去ともに再建できない音もある。論語語釈「践」も参照。

字形:「氵」+「戔」”繰り返し切り付ける”+「自」”鼻”。原義は不明。論語語釈「戔」も参照。

音:カールグレン上古音はtsʰi̯an(上)。同音に「遷」(平)。「踐」(践)はdzʰi̯an(上)

用例:戦国中末期「郭店楚簡」五行46に「莫敢不罙(深);淺,莫敢不淺。」とあり、”浅い”と解せる。

論語先進篇19では、唐石経の「不踐跡」を定州竹簡論語では「不淺跡」と記している。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「俴」(初出楚系戦国文字)、「翦」(初出甲骨文)、「譾」(初出不明)。「翦」に”あさい”の用例は、春秋時代以前に確認できない。

上掲論語先進篇19の用例は、”繰り返し水路を行き来する”と解した場合、「戔」字が置換候補となり、甲骨文より存在し、春秋時代では越王勾践の名を「戔」と記した。

学研漢和大字典

会意兼形声。戔(セン)は、戈(ほこ)二つからなり、戈(刃物)で切って小さくすることを示す。柿(セン)(小さくけずる)の原字で、小さく少ない意を含む。淺は「水+(音符)戔」で、水が少ないこと。賤(セン)(財貨が少ない→いやしい)・箋(セン)(小さい竹札)・錢(=銭。小ぜに)・盞(サン)(小ざら)などと同系。

語義

  1. {形容詞}あさい(あさし)。水かさが少ない。《対語》⇒深。「浅瀬」「浅則掲=浅ければ則ち掲ぐ」〔論語・憲問〕
  2. {形容詞}あさい(あさし)。少ない。いくらもない。色が薄い。《対語》⇒深。「浅学」「浅緑」「功浅=功浅し」。
  3. 「浅浅(センセン)」とは、水がさらさらと流れるさま。▽平声に読む。

字通

[形声]旧字は淺に作り、戔(せん)声。戔に薄いものを重ねる意がある。〔説文〕十一上に「深からざるなり」とあり、水の浅い意。それよりすべて浅少の意に用い、浅知・浅薄のようにいう。

專/専(セン・9画)

専 甲骨文 専 金文
合3750/專車季鼎・春秋早期

初出:初出は甲骨文。

字形:〔東〕”穀物を蓄えたふくろ”+〔又〕”手”で、貴重品を独り占めするさま。新字体は「専」。

音:カールグレン上古音はȶi̯wan(平)。

用例:「甲骨文合集」16219に「貞呼專牛」とあり、”神霊を呼ばわるのに、もっぱら牛を捧げようか”と解せる。

春秋早期「專車季鼎」(集成02476)では、人名として用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。叀は、つり下げたまるい紡錘(ボウスイ)を描いた象形文字。專は「寸(て)+(音符)叀(セン)・(タン)」。紡錘は、何本もの原糸を一つにまとめ、かつ一か所にとどまり動揺しないので、そこから専一の意を生じた。また、まるい意を含み、甎(セン)・磚(セン)(まるいかわらや石)などの原字である。旧字「專」は人名漢字として使える。▽「擅」の代用字としても使う。「専断」▽博のつくりと混同して右肩に点を打たないように。センと読む「専槫甎磚」などに点はない。

語義

  1. {副詞・形容詞}もっぱら。それだけひとすじに。ひたすら。《対語》⇒雑。「専一」「専以其事責其功=専ら其の事を以て其の功を責む」〔韓非子・二柄〕
  2. {動詞}もっぱらにする(もっぱらにす)。ひとりじめにする。また、自分ひとりでする。《同義語》⇒擅。「専政=政を専らにす」「専夜=夜を専らにす」「専其利三世矣=其の利を専らにすること三世なり」〔柳宗元・捕蛇者説〕
  3. 《日本語での特別な意味》「専門学校」の略。「医専」。

字通

[会意]旧字は專に作り、叀(せん)+寸。叀は槖(ふくろ)の上部を括(くく)った形。寸は手。專は槖の中にものを入れ、これを手で摶(う)ってうち固める意。その丸くうち固めたものを團(団)という。〔説文〕三下に「六寸の簿なり」とメモ用の手版の意とし、また「一に曰く、專は紡專なり」という。いわゆる紡塼で、糸をつむぐのに用いる。ものをうち固めることを摶(たん)といい、丸めたものを團、土をやき固めたものを塼(せん)という。

倩(セン・10画)

倩 隷書
流沙簡.簡牘3.19・前漢隷書

初出:初出は戦国の竹簡。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:「亻」+「靑」(青)で、「靑」は「井」+「テツ」”草木の芽”。全体で”みずみずしい人”。原義は恐らく”若者”。漢代に作られた新しい言葉で、論語の時代に存在しない。

音:カールグレン上古音は不明(去)。藤堂上古音はts’ieŋ(セン呉/セン漢)またはts’ieŋ(ショウ呉/セイ漢)。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」君子07に「毋倩」とあるが、「靜」と釈文されている。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は見つからない。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報は無い。

学研漢和大字典

によると会意兼形声文字で、「人+〔音符〕靑(セイ)」で、清らかに澄んだ人のこと。▽センはセイの転音。青(澄みきったあお色)・清(澄んだ水)・晴(澄んだ空)と同系のことば。

意味〔一〕セン

  1. {名詞}すっきりした男。転じて、婿のこと。《類義語》婿。「妹倩(マイセン)(妹の婿)」。
  2. (センタリ){形容詞}笑ったとき、口もとがすっきりと美しいさま。また、いきなさま。「巧笑倩兮=巧笑倩たり兮」〔詩経・衛風・硯人〕

意味〔二〕セイ/ショウ

  1. {動詞}人に代理をたのむ。《類義語》請。「倩代(セイダイ)」。
  2. 《日本語での特別な意味》つらつら。よくよく。念を入れて。

字通

[形声]声符は青(せい)。〔説文〕八上に「人の美(よ)き字(あざな)なり」(段注本)とあり、人の美好の意で、男の字に用いた。漢の蕭望之・東方朔はいずれも字を曼倩という。曼は眉目の清きもの、倩は口もとのよろしきものの意。東斉では壻を倩とよんだ。士の美称とすることがある。

穿(セン・10画)

初出は戦国時代の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はȶʰi̯wan(平)。同音に川”地を貫いて流れ出す川・穴”(平)、舛”そむく・はぎとる”、喘”あえぐ”(以上上)、諯”せめる”(去)。『大漢和辞典』で音セン訓うがつに嶃(上古音、初出不明)、竁tsʰi̯wad(去、初出は後漢の説文解字)。

川は甲骨文から存在するし、『学研漢和大字典』川条は「貫(つらぬく)と同系であろう。穿(セン)(つらぬく、うがつ)と最も近い」と言うからこれで論語時代の置換候補確定、とはいかない。当穿条での下掲『学研漢和大字典』は「もとk型の語頭子音が口蓋化したことば」といい、その上古音はk’iuanであり、「穿」のカールグレン上古音とその中国での後継者の説に疑義を表明している。なお「川」の藤音はk’iuən(əの上に ̆ブリーヴ)。
穿 小学堂上古音

口蓋化をwikipediaのたとえを借りて訳者なりに砕くなら、日本語の「カ」と「キ」は同じ子音kをもちながら、「カ」と違い「キ」は舌の真ん中当たりが前進して上顎の柔らかい部分に触れそうになる、という。

下掲『字通』もまた川条で「詩、大雅、雲漢〕に焚(ふん)・薫(くん)・聞(ぶん)・遯(とん)と韻しており、それが古音であろう」と言う。『字通』の音には油断がならない場合が少なくないが、穿→川の同音を断じかねるとは言える。従って同音ではないが、近音として論語時代の置換候補とする。

学研漢和大字典

会意。「穴(あな)+牙(きば)」で、牙で穴をあけてとおすこと。もとk型の語頭子音が口蓋化したことば。貫(穴をあけてつらぬく)・串(セン)(穴をあけてつらぬく)・川(地面の低みをつらぬいて流れるかわ)などと同系。

語義

  1. {動詞}うがつ。穴をあけてとおす。穴があく。穴に糸をとおす。《同義語》⇒串(セン)。「穿孔=孔を穿つ」「貫穿(カンセン)(=貫串)」「穿窬之盗(センユノトウ)」「衣弊履穿貧也=衣弊れ履穿てるは貧也」〔荘子・山木〕
  2. {動詞}うがつ。間をぬって通り抜ける。「穿田過=田を穿つて過ぐ」。
  3. {動詞}えりや、そで口の穴に、頭や腕をとおして衣をきる。「穿衣(センイ)(衣をきる)」。
  4. 《日本語での特別な意味》はく。つはかまや、ズボンを腰から下につける。づたび・くつした・くつなどを足につける。

字通

[会意]穴+牙(が)。牙を以て穴をあける意。〔説文〕七下に「通るなり。牙の穴中に在るに從ふ」とあり、鼠などが穿穴することをいう。〔詩、召南、行露〕に「誰か鼠に牙(きば)無しと謂ふ 何を以てか我が墉(かき)を穿てる」という。塚を発(あば)いて盗むことをも穿という。

善(セン・12画)

善 金文 善 金文
善鼎・西周中期/毛公鼎・西周末期

初出:初出は西周中期の金文

字形:原字は「譱」で、「羊」+「言」二つ。周の一族は羊飼いだったとされ、羊はよいもののたとえに用いられた。「善」は「よい」と神々や人々が褒め讃えるさま。原義は”よい”。

音:カールグレン上古音はȡi̯an(上)。同音は以下の通り。「ゼン」は呉音。

初出 声調 備考
セン せみ 前漢隷書
たたずむ 説文解字
姿態のあでやかなさま 説文解字
よい 西周中期金文
神を祭るために掃き清めた郊外の地 楚系戦国文字
みみず 甲骨文
つくろふ 秦系戦国文字
ほしいまま 秦系戦国文字
そなへもの 西周末期金文
地を払って天地の神を祭る 説文解字

用例:西周中期「善鼎」(集成2820)に「王曰。善。…善敢拜𩒨首。」とあり、人名と解せる。

西周中期「卯𣪕蓋」(集成4327)に「女(汝)母(毋)敢不善」とあり、”よい”と解せる。

「膳」としての「善」は西周末期まで全て青銅器の名または人名または「夫」を伴って”料理人”の意。春秋の「歸父敦」(集成4640)に「魯子仲之子歸父為其善𦎫」とあるのは”供える”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、金文では原義で用いられた(毛公鼎・西周末期)ほか、「膳」に通じて”料理番”の意に用いられた(善夫克盨・西周末期)。戦国の竹簡では原義のほか、”善事”・”よろこび好む”・”長じる”の意に用いられた。

備考:羊神判については、『墨子』明鬼下篇:現代語訳を参照。

学研漢和大字典

羊は、義(よい)や祥(めでたい)に含まれ、おいしくみごとな供え物の代表。言は、かどある明白なもののいい方。善は「羊+言二つ」の会意文字で、たっぷりとみごとなの意をあらわす。饘(おいしい食べ物)-饍(みごとにそろった食べ物)-亶(たっぷりとする)と同系のことば。のち、広く「よい」意となる。

語義

  1. 形容詞}よい(よし)。好ましい。《対語》⇒悪。「善哉問=善い哉問ひや」〔論語・顔淵〕
  2. {名詞}よいこと。「教人以善=人に教ふるに善を以てす」〔孟子・滕上〕
  3. {形容詞}よい(よし)。じょうずな。巧みな。「善戦者服上刑=善く戦ふ者は上刑に服せしむ」〔孟子・離上〕
  4. {形容詞}よい(よし)。…しがちである。しばしば…する。「善怒=善く怒る」。
  5. {形容詞}よい(よし)。仲がよい。「不善=善からず」「素善留侯張良=素より留侯張良に善し」〔史記・項羽〕
  6. {動詞}よみする(よみす)。ほめる。よいと認めてたいせつにする。▽去声に読む。「太守張公善其志行=太守張公其の志行を善す」〔謝小娥伝〕

字通

正字は譱に作り、羊+キョウ。羊は神判に用いるもので、解廌かいたい。誩は両言で原告と被告の当事者。この当事者が盟誓ののち神判を受け、その善否を決するのである。〔説文〕三上に「吉なり。誩に従ひ、羊に従ふ。これ義・美と同意なり」とするが、義・美は犠牲として供するものについていうもので、羊神判をいう善とは立意が異なる。敗訴者の解廌は、その人(大)と、自己詛盟の𠙵さいの器蓋を外した𠙴きょとを、合わせて水に投じ、その穢れを祓った。その字はほうで法の初文。廌を略して、のち法の字となる。勝訴した解廌の胸に、心字形の文飾を加えて神寵に感謝する。その字は慶。善・慶・灋(法)は羊神判に関する一連の字。のち神意にかなうことをすべて善といい、また徳の究極をいう語となった。

大漢和辞典

よい。よく。よくする。さいはひ。徳の名。善行。善政。善人。よし。姓。よみす。をしむ。をさめる。膳に通ず。

戰/戦(セン・13画)

戦 金文 嘼 金文
楚王酓干心鼎・戦国末期/「嘼」交鼎・殷代末期

初出:初出は戦国末期の金文

字形:「單」”さすまた状の武器”+「戈」”カマ状の武器”。原義は”戦争”。

音:カールグレン上古音はȶi̯an(去)で、同音は存在しない。

用例:「漢語多功能字庫」によると、戦国の金文では原義に用いられた(酓忎盤・戦国末期)。

論語時代の置換候補:戦国の竹簡では「𡃣」「嘼」を「戰」と釈文する例があり、「嘼」字の初出は殷代末期の金文、春秋末期までに”戦う”と解せなくもない用例があるが、”おののく”の用例は無い。

  • 「交從嘼」こもごもいくさにしたがう。(殷代末期「交鼎」・集成2459)
  • 「余嘼丮武」よいくさしてつわものをとる。(春秋末期「郘󱜰鐘」・集成226)

部品の「單」(単)は甲骨文から存在し、カールグレン上古音はtɑn。同音は丹や旦、亶などのほか、単を部品とする漢字群。『大漢和辞典』が『集韻』を引いて通じる字としている嘽(タン・あえぐ)に、『大漢和辞典』は”おそれ(てむせび泣く)”の語釈を載せるが、初出は後漢の『説文解字』。2024年5月末現在、戦国の竹簡でも「嘽」と釈文されている別の漢字は無い。

備考:”たたかう”意では、甲骨文から鬥(=闘)が存在し、長柄武器を持った二人の武人が向き合う様。合、格にも”たたかう”意がある。闘トウ→単タン→戦セン、という連想ゲームは出来るが、ゲームに過ぎず、「セン」系統の”たたかう”言葉は、戦国時代の楚の方言といってよい。

学研漢和大字典

会意兼形声。單(=単)とは、平らな扇状をした、ちりたたきを描いた象形文字。その平面でぱたぱたとたたく。戰は「戈+(音符)單」で、武器でぱたぱたと敵をなぎ倒すこと。また憚(タン)(はばかる)に通じて、心や皮膚がふるえる意に用いる。殫(タン)(なぎ倒す)と同系。また、顫(セン)(ふるえる)・扇(セン)(振動させてあおぐうちわ)などとも同系。類義語に震・闘。異字同訓に 戦・闘。旧字「戰」は人名漢字として使える。▽「たたかう」「たたかい」は「闘う」「闘い」とも書く。また、「いくさ」は「軍」とも書く。

語義

  1. {動詞}たたかう(たたかふ)。武器を持って敵とたたかう。戦争をする。また、勝負を争う。《類義語》闘。「戦闘」「三戦三走=三たび戦ひ三たび走る」「将軍戦河北=将軍は河北に戦ふ」〔史記・項羽〕
  2. {名詞}たたかい(たたかひ)。たたかうこと。戦争。争い。「挑戦=戦ひを挑む」「王好戦=王戦ひを好む」〔孟子・梁上〕
  3. {動詞}おののく(をののく)。こわくてぶるぶるふるえる。平面が振動する。《同義語》顫(セン)(ふるえる)。「戦栗(センリツ)(ふるえてぞっとする)」「戦戦兢兢(センセンキョウキョウ)」。
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①競技・試合。「リーグ戦」「名人戦」。
    ②競争。「商戦」「舌戦」。

字通

[会意]旧字は戰に作り、單(単)+戈(か)。單は盾の上部に羽飾りのある形。左に盾をもち、右に戈を執って戦う。〔説文〕十二下に「鬭ふなり」とし、單声とするが、単は隋円形の盾で、羽飾りなどをつけた。狩の初文は獸(獣)。獸は單と犬と、狩りの成功を祈る祝詞の器(𠙵(さい))の形の会意字。戦と狩りとは、古くは相似た態勢で行われた。顓(せん)と声が同じく、おののく、そよぐの意にも用いる。

踐/践(セン・13画)

踐 金文 戔 甲骨文
燕王職壺・戦国末期/「戔」合3825

初出:初出は戦国末期の金文。越王勾践の名を「戔」と記した例は春秋末期にあるが、”踏み行う”の意はそれ以前に確認できない。

字形:初出の字形は「戈」+「土」+「𠙵」”くち”2つ+〔䇂〕(漢音ケン)”細い刃物”で、語義は明らかでない。現行字形の初出は秦系戦国文字で、「足」+「戔」”代わる代わる斬り付ける”。幾度も同じ場所を踏むこと。「戔」は「戈」を点対称に2つ配置した字形で、「化」が「人」を同様に配置したように、代わる代わる繰り返し戈を加えること。論語語釈「戔」を参照。論語語釈「化」も参照。

音:カールグレン上古音はdzʰi̯an(上)。同音に「錢」、「諓」”よくもの言う”、「餞」”みおくる・はなむけ”、「俴」”あさい・はだか”、「賤」。

用例:人名のほかは、語義が明瞭でない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音訓ふむに「𧗸」「跧」(初出説文解字)、「跈」「踹」(初出不明)。論語先進篇19の定州竹簡論語は「淺」と記し、春秋末期から「踐」と混用されたが、”ふむ・ふみおこなう”の用例はそれ以前に確認できない。論語語釈「浅」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「足+(音符)戔(セン)(小さい)」で小きざみに歩くこと。また、前もってきまっている位置に足をのせ、両足をそろえること。そろえるの意を含む。剪(セン)(切りそろえる)・前(足をそろえて進む)と同系。類義語に蹈。

語義

  1. {形容詞}あさい(あさし)。水かさが少ない。《対語》⇒深。「浅瀬」「浅則掲=浅ければ則ち掲ぐ」〔論語・憲問〕
  2. {形容詞}あさい(あさし)。少ない。いくらもない。色が薄い。《対語》⇒深。「浅学」「浅緑」「功浅=功浅し」。
  3. 「浅浅(センセン)」とは、水がさらさらと流れるさま。▽平声に読む。

字通

[形声]旧字は踐に作り、戔(せん)声。戔に薄いものを重ねる意があり、足あとの連続することをいう。〔説文〕二下に「履むなり」とあり、履践し実行する意である。〔説文〕二下にまた「㣤(せん)は迹なり」とあり、行部二下にも戔声にして同訓の語がある。いずれも道路で行われる践土の儀礼を示すものであろう。〔書、召誥〕「王、朝(あした)に周より歩して則ち豐に至る」のように、重要な儀礼には「朝に歩して」赴くのが礼であった。わが国の反閉(へんぱい)という地霊を鎮(しず)める儀礼は、古い践土の礼の形式を伝えているものであろう。

僎(セン・14画)

初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は不明(上)。部品の「巽」swən(去)の初出は戦国早期の金文

学研漢和大字典

会意兼形声。「人+(音符)巽(そろえる)」。

語義

セン
  1. {動詞・名詞}集めそろえる。集めそろえたもの。《同義語》撰。
シュン
  1. {名詞}主人を補佐して儀礼を進行させる人。

字通

[形声]声符は巽(そん)。巽は二人並んで、神前で舞う形。舞楽を以て神に供することをいう。ゆえに神に薦めるものを僎・饌という。〔説文〕八上に「具(そな)ふるなり」とあり、具は貝を薦める意。二人並び舞うので数の意となり、また選ぶ意となる。

遷(セン・15画)

遷 金文 遷 金文
𣄰尊・西周早期/『字通』所収金文

初出:初出は西周早期の金文

字形:「⺽」”両手”+「囟」”鳥の巣”+「廾」”両手”+「口」二つだが、あとは字の摩耗が激しく全てを判読できない。おそらく鳥の巣を複数人で大事に移すさまで、原義は”移す”。

遷 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔辶衆〕」と記す。上掲「魏郭顯墓誌」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はtsʰi̯an(平)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では”移す”を意味した(𣄰尊・西周早期)。

備考:同音の「淺」は春秋末期の金文から存在するが、”うつす”の語義は無い。部品の「䙴」の初出は戦国文字。類義語の「僊」の初出は後漢の『説文解字』。

学研漢和大字典

会意兼形声。僊の右側の字(音セン)は「両手+人のしゃがんだ形+(音符)西(水がぬけるざる)」の会意兼形声文字で、人がぬけさる動作を示す。遷はそれを音符とし、辶を加えた字で、そこからぬけ出て中身が他所へうつること。死(精気が散りうせる)・西(水がぬけるざる、光が散りうせる方角)と同系。僊(セン)(魂が肉体からぬけ出て、空に遊ぶ仙人(センニン))と最も縁が近い。類義語に徙。

語義

  1. {動詞}うつる。うつす。もとの場所・地位をはなれて、中身だけが他にうつる。うつす。《類義語》移。「遷移」「左遷」「以我賄遷=我が賄を以ちて遷らん」〔詩経・衛風・氓〕
  2. {動詞}うつる。うつす。形・中身をかえる。変更する。「見異思遷=異を見て遷ることを思ふ」。
  3. {名詞}魂が肉体からぬけて、自在に遊ぶようになった人。仙人(センニン)。▽僊(セン)に当てた用法。

字通

[形声]声符は䙴(せん)。䙴は死者を殯(かりもがり)するために板屋に収め、その風化を待って葬うことを示し、そのために屍を遷すことを遷という。〔説文〕二下に「登るなり」と登僊(仙)の意とするが、神仙の意に用いるのは後起の義。もと葬送の礼に関する字であった。国都は宗廟のある地であるから、都を移すことを遷都といい、国都を棄てて他に大去することをも遷という。〔穀梁伝、荘十年〕に「遷とは亡ぶるの辭なり」とみえる。のち、此れより彼に及ぶことをみな遷という。

選(セン・15画)

選 金文 選 金文
九年衛鼎・西周中期/散氏盤・西周末期

初出:初出は西周中期の金文

字形:「㔾」”跪いた人”×2人+「止」”止まる”。大勢の人から望む者を選び抜くさま。

慶大蔵論語疏では「選」の異体字「〔辶巳巳关〕」と記す。

音:カールグレン上古音はswɑn(上)またはsi̯wan(上/去)。

用例:西周中期「九年衛鼎」(集成2831)に「巽(選)皮二」とあり、「巽」が「選」と釈文されている。

春秋早期「章子戈」(集成11295)に「章子󱩾尾其元金。」とあり、□は「選」と釈文されている。”えらぶ”と解せる。

西周末期の「散氏盤」では「選」とも、「從」とも釈文されている。論語語釈「従」を参照。

漢語多功能字庫」によると、金文では「䍻」として”子羊”の意に用いた(九年衛鼎・戦国中期)。ただし根拠を記していない。

参考:日本語で同音同訓に「撰」(サン/セン)。論語語釈「撰」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。巽(ソン)は「人ふたり+台を示すしるし」で、多くの人をそろえることをあらわす会意文字。選は「辶(動詞の記号)+(音符)巽(ソン)」で、そろえてみてえらぶこと。全(そろえる)・銓(セン)(そろえる)と同系。類義語の択は、ならべた中からえらび出すこと。簡(カン)は、よりわけること。「銓」の代用字としても使う。「選考」▽「えらぶ」「えらび」は「択ぶ」「択び」とも書く。

語義

  1. {動詞}えらぶ。いろいろなものをそろえてみて、その中からよしあしをよりわける。《同義語》⇒撰。《類義語》択(タク)。「選択」「精選」「選賢与能=賢と能とを選ぶ」〔礼記・礼運〕
  2. {名詞}えらぶこと。また、えらばれた人や物。「落選」「当選」「一時之選」。
  3. {名詞}いろいろな人の詩文をえらび出して集めた書物。▽去声に読む。「文選」「詩選」。
  4. {動詞}役人をえらび出す。▽去声に読む。《同義語》銓(セン)。「選挙」。
  5. 「少選」とは、しばらく。

字通

[形声]声符は巽(そん)。巽は神前の舞台で、二人並んで揃い舞をする形。これを神に献ずることを撰という。〔説文〕二下に「遣(つか)はすなり」と、選と遣の畳韻を以て訓するが、巽・選は神に対する行為であり、神に供えることを饌(せん)という。〔詩、斉風、猗嗟〕「舞へば則ち選(ととの)ふ」とは舞いそろうさま。それより、すぐれる、えらぶなどの意となる。〔説文〕に「一に曰く、擇ぶなり」(段注本)とあり、のちその義に用いる。

賤/賎(セン・15画)

賤 楚系戦国文字 賤 金文
上(1).䊷.10・楚系戦国文字/王四年相邦張儀戈・戦国

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「賎」は異体字。字形は「貝」”貨幣”+「戔」で、原義は”価格が安い”。

賤 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔貝土戈〕」と記す。「魏皇甫驎墓誌銘」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はdzʰi̯an(去)で、同音に戔dzʰɑnを部品とする漢字群。

用例:戦国の「鳥書箴銘帶鈎」(集成10407)に「不□(擇)貴戔(賤)。」とあり、”粗末な”・”いやしい”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、戦国末期の金文ではおそらく人名に、戦国の竹簡では原義で用いた。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

『大漢和辞典』で同音同訓の「鯫」(上古音不明、上/平)の初出は後漢の『説文解字』

「戔」dzʰɑn(平)を「賎」dzʰi̯an(去)と語釈した例は、戦国時代以降にしか見られない。

『字通』は部品の「戔に薄小なるものの意がある」とするが、『大漢和辞典』では、戔に”いやしい”の語義はない。「漢語多功能字庫」戔条によると、字形は「戈」”カマ状のほこ”の向かい合わせで、互いに武器で撃ち掛かること。甲骨文では”刈り取る”・人名に用い、金文では全て人名に用いた。春秋時代前に”いやしい”の語義は確認できない。

『字通』「戔」条
[会意]戈(か)+戈。両戈の象で、相戦うことをいう。〔説文〕十二下に「賊(そこ)なふなり」とあって、相残賊する意。戰(戦)は單(単。盾の象形)と戈とに従い、戔は両戈相接することをいう。鬭(闘)の初文は鬥で、手で格闘する形。のち斲(たく)を加えるが、斲は盾と斤(斧鉞(ふえつ))の形である。

カールグレン上古音の同音は以下の通り。

賤 カールグレン上古音

「俴」”浅い・「裸」=鎧をつけない”。「諓」”巧みに弁じる”。「諓」「諓」は”いやしい”。ただし初出は後漢の『説文解字』。「餞」”見送る・ははむけする”。

『大漢和辞典』は「戔」dzʰɑn(平)を「殘(残)」tsʰɑn(平)と「音も義も同じ」といい、「残」に”こぼつ・悪い・悪者”の語釈を載せる。しかし初出は戦国の竹簡。
残 大漢和辞典

学研漢和大字典

会意兼形声。戔は、戈(ほこ)を二つ重ねた会意文字で、物を刃物で小さく切るの意をあらわす。殘(=残。小さいきれはし)の原字で、少ない、小さいの意を含む。賤は「貝+(音符)戔」で、財貨が少ないこと。淺(=浅。水が少ない)・箋(セン)(小さい竹札や紙きれ)・錢(=銭。小さいかね)と同系。

語義

  1. (センナリ){形容詞}やすい(やすし)。値段がやすい。「糴甚貴傷民、甚賤傷農=糴甚だしく貴きときは民を傷ひ、甚だしく賤しきときは農を傷ふ」〔漢書・食貨志〕
  2. {形容詞}いやしい(いやし)。身分が低い。また、品性がおとっている。みすぼらしい。《対語》⇒貴。「吾少也賤=吾少くして也賤し」〔論語・子罕〕
  3. {名詞}身分の低いこと。また、身分の低い人。《対語》⇒貴。「貧与賤是人之所悪也=貧と賤とは是れ人の悪む所なり」〔論語・里仁〕
  4. {動詞}いやしむ。みさげる。さげすむ。
  5. 《日本語での特別な意味》しず(しづ)。身分が低い。また、その者。そまつな。「賤女(シズノメ)」「賤家(シズノヤ)」。

字通

[形声]声符は戔(せん)。戔に薄小なるものの意がある。〔説文〕六下に「賈(あたひ)少なきなり」とあり、貴に対して、財貨の薄小・粗悪なものをいう。貴は貝を両手で奉ずる形である。

薦(セン・16画)

薦 金文 薦 金文
鄭登伯鬲・西周末期/卲王之諻簋・春秋末期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「廌」”けもの”+「茻」”草むら”。原義は明瞭でない。

慶大蔵論語疏は略字「〔广卌彐〕」と記す。未詳。

音:カールグレン上古音はtsiən(去)。同音は無い。

用例:西周末期「奠󺸔白鬲」(集成597~599)に「奠󺸔白乍弔󱫻薦鬲。」とあり、青銅器の種類だろうが、語義は分からない。春秋末期までの用例は全て同様。

学研漢和大字典

会意。「艸+廌(チ)(牛に似ていて角が一本の獣)」で、煮が食うというきちんとそろった草を示す。揃(セン)(そろえる)・前(出した足に、もう一方の足をそろえてまえへ出る)と同系。類義語に勧・献。異字同訓に進。

語義

  1. {動詞}すすめる(すすむ)。きちんとそろえて神前にそなえる。「君賜腥、必熟而薦之=君腥を賜へば、必ず熟してこれを薦む」〔論語・郷党〕
  2. {名詞}形をととのえたおそなえ。供物。《類義語》饌(セン)。
  3. {動詞}すすめる(すすむ)。よいと思う人や物をえらんで採用するように他の人に説く。「推薦」「天子*能薦人於天=天子は能く人を天に薦む」〔孟子・万上〕
  4. {動詞}しく。草をしく。しき重ねる。《類義語》荐(セン)。
  5. {副詞}しきりに。しばしば。なんども重ねて。「饑饉薦臻=饑饉薦に臻る」〔詩経・大雅・雲漢〕
  6. {名詞}神聖な獣が食うという、大きさのそろった草。また、しき草。草を編んでつくったしきもの。むしろ。《類義語》藉(セキ)・席。「薦席」「麋鹿食薦=麋鹿薦を食らふ」〔荘子・斉物論〕

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[会意]艸(そう)+廌(たい)。廌は解廌(かいたい)、神判のときに用いる神羊。〔説文〕十上に「獸の食する所の艸なり。廌艸に從ふ。古は神人、廌を以て黄帝に遣(おく)る。帝曰く、何をか食らひ、何(いづ)くにか處(を)ると。曰く、廌を食らひ、夏は水澤に處(を)り、冬は松柏に處る」という語を載せる。金文の字形に、艸中に廌をおく形があり、白茅を以て犠牲を包み薦める意であろう。〔周礼、天官、籩人(へんじん)〕に「凡そ祭祀には、其の籩の廌羞の實を共(供)す」という語があり、まだ飲食しない初物を薦、他を進という。供薦の意より、薦進の意となる。荐(せん)と通用し、副詞に用いる。

※廌を用いた神判については、『墨子』明鬼下篇:現代語訳を参照。

鮮(セン・17画)

鮮 金文 鮮魚
鮮父鼎・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:字形は「羊」+「魚」。生肉と生魚のさま。原義はおそらく”新鮮な”。

音:カールグレン上古音はsi̯an(平/上)。同音に「仙」、「僊」”千人”、「線」、「綫」”糸”、「尟」”少ない”、「鱻」”生魚”、「癬」”たむし”。去声の音は不明。

近音に「セン」ɕi̯an(平)があり、”羊臭い”こと。ペリーと交渉した林大学頭は、西洋人の体臭を「羶腥」と表現している。

用例:西周早期「鮮父鼎」(集成2143)に「鮮父乍寶󰓼彝。」とあり、人名の一部と解せる。

西周中期「鮮盤」(集成10166)に「王才󱤡京。啻于󱭛(昭)王。鮮蔑𤯍。」とあり、「𤯍」は”(味を)ととのえる”ことだと『大漢和辞典』は言う。「鮮蔑𤯍」で”色鮮やかな前掛けを用意した”の意だろうか。

人名以外に読める初出は春秋末期の金文「杕氏壺」(『殷周金文集成』09715)で、「歲賢鮮于」とあるが、語義が明瞭でない。沙宗元「杕氏壺銘文補釈」は「歲賢」を「歲貢」の意とし、「鮮于」を「鮮虞」とし、白狄の一種でのちに中山国を名乗る異民族とする。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」は、西周時代の用例は全て人名または称号に分類している。

”生臭い”・”少ない”の語義が戦国中期あるいは末期の「郭店楚簡」に見られる。

「漢語多功能字庫」によると、戦国時代の「中山王円壺」から、”新鮮”の語義が見られるという。

漢語多功能字庫

金文上從「羊」下從「魚」,會鮮美之意。


金文は上に「羊」を、下に「魚」を描く。新鮮な、を意味しうる。


金文用作本義,表示新宰殺之鳥獸肉、新鮮的生肉,中山王圓壺:「以取鮮蒿(薧)」。《周禮.庖人》:「庖人掌共六畜、六獸、六禽,辨其名物。凡其死生鮮薧之物,以共王之膳與其薦羞之物及后、世子之膳羞。」鄭眾曰:「鮮謂生肉,薧謂乾肉。」


金文では原義で用いられ、さばきたての鳥や獣の肉や、魚の生肉を意味する。「中山王円壺」に「以取鮮蒿」”新鮮な肉を使って干物にする”とある。『周礼』庖人篇に、「庖人(宮廷司厨長)は、六種の家畜・獣・鳥をいずれも管轄し、その善し悪しを鑑定する。生きたものをほふって生肉や干物を作り、他の料理と共に王の膳部に上せたあとで、世継ぎに膳部を進める」とある。注釈を書いた鄭衆は、「鮮とは生肉で、薧とは干し肉だ」という。


戰國竹簡表示少,《郭店楚簡.成之聞之》:「則民鮮不從𢚝」。《爾雅.釋詁》:「鮮,寡也。」郭璞注:「謂少。」


戦国時代の竹簡になって、”少ない”を意味するようになった。郭店楚簡の「成之聞之」に「そうすれば、言うことを聞かない民は少なくなる」とあり、『爾雅』の釈詁篇に「鮮とは少ないことである」とあり、郭璞は「少ないことを意味する」と注を付けた。

学研漢和大字典

会意文字で、「魚(さかな)+羊(ひつじ)」で、なま肉の意味をあらわす。なまの、切りたての、切りめがはっきりしたなどの意を含む。ごたごたとしていない。それだけが目だつさま。めったにない。

語義

  1. {名詞}なまの魚。「鮮魚」「治大国若烹小鮮=大国を治むるには小鮮を烹るがごとくす」〔老子・六〇〕
  2. {名詞}新しいなま肉。殺したての鳥獣。「肥鮮」「割鮮野食=鮮を割き野に食す」〔班固・西都賦〕
  3. {形容詞}あたらしい(あたらし)。できたてである。古びていない。みずみずしい。「新鮮」「鮮果」。
  4. {形容詞}あざやか(あざやかなり)。境めがはっきりしている。できたてのようにけがれがない。すっきりした色合いで美しい。「鮮明」「鮮紅」。
  5. {形容詞}すくない(すくなし)。ごたごたとしていない。それだけが目だつさま。めったにない▽上声に読む。「巧言令色、鮮矣仁=巧言令色、鮮なし矣仁」〔論語・学而〕
  6. 《日本語での特別な意味》朝鮮の略。▽現在は、「朝」と略す。

字通

声符は羊。羊はせんの省略形。また魚にもせんの形があり、ともに腥臭の意。〔説文〕十一下に「魚の名なり。貉國に出づ。魚と羴の省聲に從ふ」という。新鮮のものは、また腥臭のあるものである。鮮少の意はせんと音の通用する訓である。

瞻(セン・18画)

瞻 楚系戦国文字
郭.緇.16

初出:初出は楚系戦国文字。ただしへんが「見」になっている。

字形:「目」(見)+「公」+「𠙵」”くち”。王侯を見上げるさま。

瞻 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔目𠂊一夕匕吉〕」と記す。上掲「江陽王元繼次妃石婉墓誌」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はtɕi̯am(平)。同音に「詹」(平)”多くもの言う”、「占」(平)”みる”。

論語時代の置換候補:上古音で同音の「占」の初出は甲骨文。殷代末期の族徽(家紋)の一部を構成する文字を除き金文は発掘されていない。”貴人を見上げる”の語意は含まない。

『大漢和辞典』の同音同訓に「佔」「䀐」「睃」「䀽」「𥊀」「𧡢」(初出不明)、「占」(甲骨文)、「詹」(初出楚系戦国文字)、「存」(初出秦系戦国文字)、「沾」「睒」「覢」「𩔊」(初出説文解字)、

備考:”みる”類義語の一覧については、論語語釈「見」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「目+(音符)詹(セン)(もちあげる)」で、目をもちあげてみること。擔(タン)(=担。重い物をもちあげる)・檐(エン)(ひさしを持ちあげるたるき)などと同系。

語義

  1. {動詞}みる。目をあげてみる。見あげる。《対語》⇒瞰(カン)(下をみる)。「瞻望(センボウ)(目をあげて遠くをみる)」「瞻之在前=これを瞻れば前に在り」〔論語・子罕〕

字通

[形声]声符は詹(せん)。〔説文〕四上に「臨み視るなり」とあり、瞻仰・瞻望など、遠く遥かに望み、また見めぐらす意がある。〔詩、衛風、淇奥〕「彼の淇奧(きゐく)を瞻るに 綠竹猗猗(いい)たり」と青く茂る竹を視るという祝頌の発想は、〔万葉〕の「~見る」「見れど飽かぬ」という魂振りの発想と同質のものである。〔詩〕では「瞻彼~」という定型の発想をとる。

襜(セン・18画)

襜 隷書
流沙簡.小學2.1・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:「衣」+「セン」”ととのえる”。「詹」は「𦉜」”さかがめ”の部品として春秋の金文「國差𦉜」に見えるが、字形も語義も「襜」には繋がらない。

『学研漢和大字典』詹条

会意。「厃(上からおさえる)+八(広がる)+言」で、口をふさいで、ぶつぶつとものをいうこと。噡(セン)(うわごと)・譫(多言する)の原字。

  1. {動詞・形容詞}くどくどとしつこくものをいう。また、そのさま。▽噡(セン)・譫(トウ)・(セン)に当てた用法。「小言詹詹=小言は詹詹たり」〔荘子・斉物論〕
  2. {動詞}みる。ある一点に目標を定めてみる。▽瞻(セン)に当てた用法。
  3. {動詞}たす。たりる(たる)。目標までとどく。いっぱいになるまでみたす。▽贍(セン)に当てた用法。「不充則不詹=充たずんば則ち詹らず」〔呂氏春秋・適音〕
  4. 「詹諸(センショ)」とは、月の中にいるという、ひきがえる。また、月のこと。「蟾蜍(センジョ)」とも。「月照天下、蝕於詹諸=月天下を照らせども、汪諸に蝕せらる」〔淮南子・説林〕

『史記』によると前漢帝国に「詹事」の職があり、皇后や太子の家政を担当した。

詹事戎奴為車騎將軍,侍太后。(『史記』漢興以来将相名臣年表・文帝七年)

西晋以降はもっぱら太子の家政を司り、清帝国に至る。淵源は秦帝国に遡ると『漢書』はいう。ただし『史記』には秦代に遡るとする記事が見えない。

詹事,秦官,掌皇后、太子家,有丞。(『漢書』百官公卿表)

慶大蔵論語疏はへんを禾に換え、「〔禾詹〕」と記す。誤字か異体字と思われるが未詳。

音:カールグレン上古音はȶʰi̯am(平)。同音に「幨」”とばり”、「裧」”車の垂れぎぬ・ひざかけ”。

論語時代の置換候補:上古音で同音の「裧」が語義を共有するが、古文からしか見つかっておらず、初出が確定できない。部品の「詹」tɕi̯am(平)の初出も戦国文字であり、語義を共有しない。

『大漢和辞典』の同音訓”まえかけ”に「裧」、「䪜」(初出不明)。訓”ととのう”に「嬐」(初出説文解字)、「毨」(同)、「選」(初出西周中期金文)、「齊」(甲骨文)。うち「選」のカ音はswɑn/si̯wan(上)またはsi̯wan(去)、うち”ととのう”の意ではsi̯wan(上)。「襜」ȶʰi̯am(平)との音素の共通率は40%で音通とは言いがたい。「齊」のカ音はdzʰiər(平)で去声は音不明。「襜」との音素の共通率は20%で音通とは言いがたい。

学研漢和大字典

会意兼形声。「衣+(音符)詹(セン)(上からたらす)」。檐(上からたれた軒)と同系。

語義

  1. {名詞}ひざかけ・前だれなど、上からたらしておおう衣類。
  2. {名詞}車の上からたらしたとばり。《同義語》⇒幨。
  3. 「襜襜(センセン)」とは、布が長くたれるさま。「裳襜襜而含風兮=裳は橦橦として風を含む」〔楚辞・逢紛〕

字通

[形声]声符は詹(せん)。〔説文〕八上に「衣の蔽前(へいぜん)なり」とあって、蔽膝、ひざかけをいう。〔詩、小雅、采緑〕「終朝に藍(あゐ)を采るも 一襜に盈(み)たず」とあり、予祝としての草摘みを歌う。願かけして一定量の草摘みをし、その草をひざかけに収めるのである。

※異体字として衻を載せる。古文で見られる

顓(セン・18画)

顓 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は定州漢墓竹簡。「小学堂」では後漢の説文解字

字形:〔耑〕”草木のみずみずしい様”+〔頁〕”大きな頭”。原義不明。

音:カールグレン上古音は不明。王力上古音ではȶǐwan(平)で、同音に専。

用例:戦国中末期「楚帛書甲乙丙本」甲1に「耑□」とあり、「顓頊」と釈文されている。

文献時代では、地名・人名に用いた。

論語時代の置換候補:地名・人名の場合、同音近音のあらゆる漢語が候補になり得る。

学研漢和大字典

会意兼形声。「頁(あたま)+(音符)耑(タン)・(セン)(平均がとれている)」。もと、端整で、平均のとれた頭のこと。

語義

  1. {形容詞}端正で、うやうやしい。慎むさま。
  2. {形容詞}慎重すぎる。頭の働きがにぶい。おっとりしている。「莚童(センドウ)」「莚民(センミン)」。
  3. {動詞}もっぱらにする(もっぱらにす)。ひとりでとりしきる。独占する。▽専に当てた用法。「莚政(センセイ)(=専政)」。

字通

[形声]声符は耑(し)。耑に遄(せん)の声がある。耑の上部は髪をまげに結んだ形。下部は大と同じく、人の正面して腰かける形。巫祝が端然として坐を占めている形である。頁(けつ)は礼貌。神事に従うときの人の形。〔説文〕九上に「頭、顓顓として謹む皃なり」とするが、その義に用いた例がない。顓蒙は愚民、顓決は専決で専の意。古帝王に顓頊(せんぎよく)の名があり、頊を〔説文〕に「頭、頊頊として慎む皃なり」とし、顓と同訓とする。〔荘子、天地〕の「頊頊然として自得せず」とは、茫然として自失するさまをいう。

饌(セン・21画)

饌 隷書 巽 晋系戦国文字
武威簡.少牢43・前漢/「巽」璽彙3023・戦国晋

初出:初出は前漢の隷書。部品の「巽」も晋系戦国文字までしか遡れない。

字形:「食」+「巽」。部品の「巽」は、「」”台”の上にのせた首二つで、戦勝の首祭りのさま。「饌」はそれに「食」”食物”を加えた字で、原義は”食物を供える”。

音:「ゼン」は呉音。カールグレン上古音はdʐʰi̯wan(去)で、同音は旁を共有する漢字のみ。上声の音は不明。

論語時代の置換候補:近音の「善」(膳)。

『大漢和辞典』で同訓(そなえる)近音または同音の「僝」「僎」「撰」「繕」は金文以前に遡れない。「膳」は西周末期の金文から見られるが、「善」と書き分けられていない。論語の時代には「」ȡi̯an(上)と書かれた可能性があるが、音素の単純共通率は50%で、さらに「d」と「ȡ」はごく近いから、置換字と言っていい。ȡは中国語音だけで使われる音素記号で、「有声歯茎硬口蓋破裂音」を意味するらしい。

d ʐʰ w a n
ȡ a n

「膳」としての「善」は西周末期まで全て青銅器の名または人名または「夫」を伴って”料理人”の意。春秋の「歸父敦」(集成4640)に「魯子仲之子歸父為其善𦎫」とあるのは”供える”と解せる。

備考:「漢語多功能字庫」には論語の読解に関して見るべき情報が無い。古形は「䉵」だったというが、初出は後漢の『説文解字』で、現行字体の方が先行する。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「食+(音符)巽(ソン)(とりそろえる)」で、とりそろえたごちそうのこと。算(算木をそろえてかぞえる)・選(セン)(とりそろえる)・全(そろう)と同系のことば。

動詞の場合はそなえる(そなふ)とし、酒食をそろえてすすめてごちそうする。ごちそうを並べて食べる、と書き、論語を引用している。

語義

  1. {名詞}とりそろえたごちそう。「射得寒魚入饌鮮=寒魚を射得て饌に入つて鮮やかなり」〔呉偉業・贈遼左故人〕
  2. (センス){動詞}そなえる(そなふ)。酒食をそろえてすすめてごちそうする。ごちそうを並べて食べる。「有酒食、先生饌=酒食有れば、先生に饌す」〔論語・為政〕

字通

[形声]声符は巽(そん)。巽に僎・選(せん)の声がある。巽は神前の舞台で二人並んで舞楽を献ずる形。〔説文〕五下に「食を具(そな)ふるなり」とあり、神饌を供することをいう。〔説文〕に䉵を正字とするが、䉵は算(さん)声。神饌を供する意からすれば、饌が正字である。䉵はのち多く集の意に用いる。

冉(ゼン・5画)

冉 甲骨文 冉 金文
甲骨文/師㝨簋・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:おそらく毛槍の象形で、原義は”毛槍”。甲骨文「冓」は「冉」を上下線対称に配置しており、「冓」は「㫃」”はた”と共に殷王の出御に携帯する一組の毛槍だった。「懷特氏等所藏甲骨」1464.1に、「惟㫃冓用東行王受祐」とあり、「これはた・けやりもて東のかたに行かば、王さちを受けんか」と訓読できる。

冓 甲骨文
「冓」甲骨文(合18813)

「冓」からのちに「溝」が派生するのは、毛槍を対にして立て、測量して開削した水路だからだろう。論語語釈「溝」を参照。

音:カールグレン上古音はȵi̯am(上)。平声の音は不明。同音に「髯」”ひげ”。

用例:「甲骨文合集」12051正.1に「甲辰卜人冉貞今日其雨」とあり、人名と思われる。

甲骨文に「冉眾」の用例が複数見え、氏族名か、あるいは地名と思われる。「小屯南地甲骨」1132.8に「戊申貞其雔冉眾」とあり、「戊申貞う、其れ冉眾にめとらさんか」と読める。

漢語多功能字庫」によると、戦国末期の金文では氏族名に用いられた(二十一年相邦冉戈)。

ゼン」は日本語に見慣れない漢字だが、中国の姓にはよく見られる。論語では孔子の弟子・冉求子有や、冉耕伯牛冉雍仲弓の姓として見られる。

学研漢和大字典

象形。しなやかなさま。長くたれたひげのようなさま。ひげのように、じわじわと伸びて進むさま。ふたすじのひげがしなやかにたれた姿を描いたもの。

髯(ゼン)(やわらかいひげ)・染(セン)・(ゼン)(じわじわと汁に浸す)・粘(やわらかくねばりつく)と同系のことば。

語義

  1. {形容詞}しなやかなさま。長くたれたひげのようなさま。
  2. {形容詞}ひげのように、じわじわと伸びて進むさま。「荏冉(ジンゼン)(じわじわとのびるさま)」。

字通

飾り紐や毛の垂れる形で、麻を織った古代の喪服を着る際に、首または腰につける紐の形という。また喪服のうち、裾を端縫いしたものを衰絰サイテツ、端を切り放しにして縫わないものを斬衰ザンサイと言う。死者との関係によって着る服が異なる。

然(ゼン・12画)

然 金文
者減鐘・春秋早期

初出:初出は春秋早期の金文。ただし字形は「㸐」。

字形:初出の字形は「黄」+「火」+「隹」で、黄色い炎でヤキトリを焼くさま。現伝の字形は「月」”にく”+「犬」+「灬」”ほのお”で、犬肉を焼くさま。原義は”焼く”。

音:「ネン」は呉音。カールグレン上古音はȵi̯an(平)。

用例:初出の「者減鐘」(集成198)には「隹正月初吉丁亥。工䱷王皮㸐之子睪其吉金。」とあり、「㸐」は人名の一部と思われる。

漢語多功能字庫」によると、戦国末期の金文で”~であるさま”を意味した(中山王鼎)。

学研漢和大字典

会意。エンは、犬の脂肪肉を示す会意文字。然は「猒の略体+火」で、脂(アブラ)の肉を火でもやすことを示す。燃の原字で、難(自然発火した火災)と同系。のち、然を指示詞ゼン・ネンに当て、それ・その・そのとおりなどの意をあらわすようになった。そのため、燃という字でその原義(もえる)をあらわすようになった。▽熱(ネツ)niat→niεtは、然の語尾のnがtに転じたことば。

語義

  1. {指示詞}しかり。→語法「①-2」。
  2. {指示詞}しかり。→語法「①-1」。
  3. {接続詞}しかれども。しかし。しかるに。→語法「②」。
  4. {助辞}形容詞や副詞につく助詞。《類義語》焉(エン)・爾(ジ)。「忽然(コツゼン)」「泰然」「鹸然鼓之=鹸然としてこれに鼓す」〔孟子・梁上〕
  5. {助辞}文末について推量や判定の気持ちをあらわす助詞。▽訓読では読まない。「若由也、不得其死然=由のごときや、其の死を得ざらん然」〔論語・先進〕
  6. {動詞}もえる(もゆ)。熱を出してもえる。《同義語》燃。「若火之始然=火の始めて然ゆるがごとし」〔孟子・公上〕

語法

  1. 「しかり」とよみ、「そのとおり」「そうである」と訳す。肯定・同意・承認の意を示す。否定形は「不然=しからず」。「子曰、雍之言然=子曰く、雍の言は然りと」〈先生は、雍の言葉は正しいと言われた〉〔論語・雍也〕
  2. 「しかり」とよみ、「そうである」と訳す。会話文では、肯定・同意のことば。否定形は「不然=しからず」。「然諾」は、「そう、よろしい」と引き受けること。「然否」は、「イエスかノーか」選択すること。「対曰然=対へて曰はく然りと」〔論語・衛霊公〕
  3. 「以為然」は、「もってしかりとなす・おもえらくしかり」とよみ、「そう思う」と訳す。

②「しかるに」「しかれども」とよみ、「けれども」と訳す。逆接の意を示す接続詞。《類義語》而(シカモ)。「然今卒困於此=然れども今卒(つひ)にここに困(くる)しむ」〈それが、今ここに及んで進退に窮している〉〔史記・項羽〕

③「然而」は、「しかりしこうして」とよみ、「それにもかかわらず」「そうなので」と訳す。逆接・順接の意を示す接続句。「黎民不飢不寒、然而不王者未之有也=黎民(れいみん)は飢ゑず寒(こご)えず、然り而(しこ)うして王たらざる者は未だこれ有らざるなり」〈庶民は飢えることも凍えることもない、このような政治をして天下の王とならなかった者はこれまであったためしがない〉〔孟子・梁上〕

④「然後」は、「しかるのち」とよみ、「そうしたあとで」と訳す。事柄や時間の前後関係を示す。《同義語》而後。「権然後知軽重=権して然る後に軽重を知る」〈秤にかけてみて、はじめて物の軽重を知ることができる〉〔孟子・梁上〕

⑤「然則~」は、「しからばすなわち~」とよみ、「以上のようだとすると~だ」と訳す。順接の意を示す接続句。「用此観之、然則人之性悪明矣=これをもってこれを観れば、然らば則(すなは)ち人の性の悪なること明らかなり」〈これによってよく見きわめれば、人の本生が悪であることは明白である〉〔荀子・性悪〕

⑥「不然」は、「しからずんば」とよみ、「そうでなければ」と訳す。仮定条件の意を示す。「此沛公左司馬曹無傷言之、不然籍何以至此=これ沛公の左司馬曹無傷これを言へり、然らずんば籍何をもってかここに至らん」〈それは、沛公、そなたの左司馬の曹無傷が言って来たのだ、そうでなかったら、わたしがこんなことまでするはずはない〉〔史記・項羽〕

⑦「雖然」は、「しかりといえども(いへ/ども)」とよみ、「そうとはいっても」と訳す。逆接の意を示す、接続句。「雖然未聞道=然りと雖(いへど)も未だ道を聞かざる」〈そうとはいっても、いまだ道というものを聞いたことがない〉〔孟子・滕上〕

⑧「若~然」「如~然」は、「~のごとくしかり」とよみ、「~のようである」と訳す。比較して判断する意を示す。「人之視己、如見肺肝然、則何益矣=人の己を視ること、肺肝を見るが如(ごと)く然らば、則(すなは)ち何の益かあらん」〈他の人が自分を見ることが、肺や肝臓まで見通すようならば、(隠す事に)どのような利益があろうか〉〔大学〕

字通

[会意]肰(ぜん)+火。肰は犬肉。犬肉を焼いて、その脂が燃える意で、燃の初文。〔説文〕十下に「燒くなり。火に從ひ、肰聲」とするが、犬の肉を焼く意で、天を祀る祭儀などに用いた。卜辞に犬牲を燎(や)いて天を祀る祭儀があり、文献にいう類・禷(るい)にあたる。類は米と犬と頁(けつ)とに従い、天を祀る礼。天神は犬牲を燎く臭いによって、その祭儀を享けるとされた。「しかり」「しかれども」は通用の訓であるが、その本義ではない。また形況の語の接尾語に用い、突然・端然のようにいう。

論語語釈
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