論語詳解421C季氏篇第十六(3)君子は之を欲す*

論語季氏篇(3)要約:後世の創作。魯国内の半独立国を、滅ぼさないと危険だと弟子のゼン有。しかし孔子先生は、武力で人を従わせるのではなく、あこがれられるような文化や技術を高めて服属させろ、と説得します。戦争回避を説いた一節。

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論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

孔子曰、「求。君子疾夫舍曰欲之、而必*爲之辭。丘也聞、有國有家者、不患寡*而患不均、不患貧*而患不安。蓋均無貧、和無寡、安無傾。夫如是、故遠人不服、則修文德以來之。既來之、則安之。」

校訂

武内本

清家本により、必の下に更の字を補う。春秋繁露度制篇、及魏書張普恵伝引、不患貧而患不均に作る、愈樾曰う、今本寡貧の二字伝写互易当に不患貧而患不均、不患寡貧而患不安に改むべし。

定州竹簡論語

孔子曰:466……之而必為之467……均,不患貧而患不安。盍a均[無貧,和無]468……[是,故遠人不服,則]469

  1. 盍、今本作”蓋”。通假。

盍ɡʰɑp(入)蓋kɑb(去)


→孔子曰、「求。君子疾夫舍曰欲之、而必爲之辭。丘也聞、有國有家者、不患寡而患不均、不患貧而患不安。盍均無貧、和無寡、安無傾。夫如是、故遠人不服、則修文德以來之。既來之、則安之。」

復元白文(論語時代での表記)

孔 金文子 金文曰 金文 求 金文 君 金文子 金文疾 金文夫 金文舍 金文曰 金文谷之 金文 而 金文必 金文為 金文之 金文辞 金文 丘 金文也 金文 聞 金文有 金文国 金文有 金文家 金文者 金文 不 金文圂 金文寡 金文而 金文圂 金文不 金文均 金文 不 金文圂 金文勻 金文而 金文圂 金文不 金文安 焉 金文 盍 金文均 金文無 金文勻 金文 和 金文無 金文寡 金文 安 焉 金文無 金文 夫 金文如 金文是 金文 故 金文遠 金文人 金文不 金文服 金文 則 金文攸 金文文 金文徳 金文㠯 以 金文来 金文之 金文 既 金文来 金文之 金文 則 金文安 焉 金文之 金文

※欲→谷・患→圂・貧→勻・修→攸。論語の本章は傾の字が論語の時代に存在しない。「之」「以」「則」の用法に疑いがある。本章は漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

孔子こうしいはく、きう君子くんしこれもとむとふをき、かならさんことばにくかなきうく、くにたもいへたもものは、すくなきをうれへずしひとしからざるをうれふ、まづしきをうれへずしやすからざるをうれふと。なんひとしくしてまづしきく、やはらぎてすくなく、やすくしてあやうからしめざる。かくごとからば、ゆゑとほひとしたがはざらば、すなは文德ぶんとくをさめてこれきたし、すでこれきたさば、すなはこれやすんず。」

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

前回から続く

孔子が言った。
「求よ。君子は”これが欲しい”と言うのを隠して、”絶対に必要だ”と言うのを憎むものだよ。私が実際に聞き知っている所では、国や家を治める者は、不足より不均衡を憂う。貧しさより不安を憂う。そもそも均等なら貧乏はなく、融通し合えば不足はなく、安心すれば動揺はないからだ。そうだろう。だから遠くの人が服従しないなら、文化や技術を高めて待っていればいい。やってきたら、安心させてやればいい。」

意訳

孔子「こじつけを言うな。土地や人が欲しいんだろう。バカな、為政者は不足より不平等を恐れろ。お互い融通すれば、不安は消える。文化技術が上等なら、黙っていてもまわりの土地や民は寄ってくる。」

従来訳

下村湖人

先師がいわれた。――
「求、君子というものは、自分の本心を率直にいわないで、あれこれと言葉をかざるのをにくむものだ。私はこういうことを聞いたことがある。諸侯や大夫たる者はその領内の人民の貧しいのを憂えず、富の不平均になるのを憂え、人民の少いのを憂えず、人心の安定しないのを憂えるというのだ。私の考えるところでは、富が平均すれば貧しいこともなく、人心がやわらげば人民がへることもない。そして人心が安定すれば国が傾くこともないだろう。かようなわけだから、もし遠い土地の人民が帰服しなければ、文教徳化をさかんにして自然に慕って来るようにするがいいし、すでに帰服して来たものは安んじて生を楽むようにしてやるがいい。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「冉求,君子痛恨那種不說自己『想要』,卻要找理由辯解的人。我聽說有國有家的人,不怕錢少而怕不平均,不怕貧窮而怕不安定。因為,平均了就沒有貧窮,大家和睦就感覺不到人少,安定了就沒有危險。這樣,如果遠方的人不服,就用仁政招徠他們;來了之後,就要安撫他們。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「冉求、君子はあのような自分の『欲求』を騙らないのを痛く嫌い、代わりに人へ弁解する根拠を探し求める。私が聞くところでは、国家を持つような者は、金の欠乏を恐れず不平等を恐れ、貧窮を恐れず不安定を恐れる。それゆえに、財貨が平均できたら必ず貧窮は無く、皆がむつみ合えば必ず人口の少なさを覚えず、安定すれば必ず危険が無い。このようにすれば、もし遠方の人が服従しない場合も、すぐさま仁政を用いてその者等を招き寄せる。慕い寄ってきたら、すぐさまその者等に振る舞い落ち着かせる。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

求 金文 冉求 冉有
(金文)

論語の本章では、孔子の弟子、冉求子有のこと。

君子

君 金文 子 金文
(金文)

論語の本章では、庶民に対する為政者のこと。詳細は論語における「君子」を参照。

欲 楚系戦国文字 谷
「欲」(楚系戦国文字)・「谷」(金文)

論語の本章では”もとめる”。初出は戦国文字。論語の時代に存在しない。ただし『字通』に、「金文では谷を欲としてもちいる」とある。『学研漢和大字典』によると、谷は「ハ型に流れ出る形+口(あな)」の会意文字で、穴があいた意を含む。欲は「欠(からだをかがめたさま)+(音符)谷」の会意兼形声文字で、心中に空虚な穴があり、腹がへってからだがかがむことを示す。空虚な不満があり、それをうめたい気持ちのこと、という。詳細は論語語釈「欲」を参照。

之(シ)

之 甲骨文 之 字解
(甲骨文)

論語の本章ではa.「これ」と読み、指示代名詞。b.「の」と読み、前が後ろを修飾するのを示す記号。初出は甲骨文。原義は進むことで、”…の”のような用法は、戦国時代にならないと現れない。”これ”という指示代名詞に用いるのは、音を借りた仮借文字だが、甲骨文から用例がある。詳細は論語語釈「之」を参照。

舍曰欲、而必爲辭。

これa.を欲すると曰うを舍きて、し而必ず為さんのb.辞を為る。

遠人不服、則修文德以來。既來、則安

故に遠人服さざらば、則ち文徳を修めて以てこれa.を来たし、既にこれa.来たらば、則しこれa.を安んず。

疾(シツ)

疾 甲骨文 疾 字解
(甲骨文・金文)

論語の本章では、”嫌う・避ける”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると甲骨文字は人をめがけて進む矢を示す会意文字。金文以下は「容+矢」の会意文字で、矢のようにはやく進む、また、急に進行する病気などを意味する、という。詳細は論語語釈「疾」を参照。

夫 金文 夫 字解
(金文)

論語の本章では、a.「かな」とよみ、”…だよ”と訳す。詠歎の辞。「それ」と読んで、「そもそも」「さて」と訳す場合は、文のはじめや話題の転換の意を示す代わりに、文頭におかれる。『大漢和辞典』によれば、「夫」は句中でも詠歎を意味しうる。

舍曰欲之 欲しいという言葉を隠して…のを憎むものだよ

b.「それ:と読んで、指示代名詞。

如是。 それはこの通りだ。
辞書的には論語語釈「夫」を参照。

舍 金文
(金文)

論語の本章では”隠す・やめて行わない”。この場合は上声(尻上がりに高く発音すること)に読み、「捨」と意味は同じ。

舎 字解
『字通』によると「外字 舎+口」で、外字 舎は持ち手のある掘鑿刀。これで木や土を除くことを余という。口は祝詞を収める𠙵さい器。この器を長い針で突き通すことによって、その祝詞の機能を失わせることを言う。ゆえに「すてる」が字の原義で、捨の初文。

ここから、ことを中止し、留め滞る意となる。『説文解字』に字形を宿舎の建物の形とシュウ(集まる)の会意文字とするが、宿舎の意は後に起こった義。金文には命を発する意に用い、また「与える」の意に用いる、という。詳細は論語語釈「舎」を参照。

必 金文 必 解字
(金文)

論語の本章では「かならず」と読み、”必ず”の意。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると棒切れを伸ばすため、両がわから、当て木をして、締めつけたさまを描いた象形文字。両がわから締めつけると、動く余地がなくなることから、ずれる余地がなく、そうならざるをえない意を含む、という。詳細は論語語釈「必」を参照。

辭(辞)

辞 金文 辞 字解
(金文)

論語の本章では”言葉”→”言い訳”。初出は西周早期の金文。『学研漢和大字典』によるともとの字は「乱れた糸をさばくさま+辛(罪人に入れ墨をする刃物)」の会意文字で、法廷で罪を論じて、みだれをさばくそのことばをあらわす、という。詳細は論語語釈「辞」を参照。

君子疾夫舍曰欲之、而必爲之辭

訓み下しには諸説ある。世間でまかり通っているデタラメの例として、戦前の馬鹿者帝大総長、服部宇之吉の読みを示す。

服部宇之吉
君子くんしは、これほつすとふをいて、かならこれことばつくるをにくむ。( 國譯漢文大成經子史部第一卷 四書・孝經『論語』)

現代日本語に置き換えてみようか。

君子は、あの、これが欲しいと言うのを隠して、必ずこれの言葉を作るのを憎む。

何を言っているか全然分からない。「あの」「この」「これ」の指示代名詞の内容が分からないし、語順も滅茶苦茶だ。多くの論語本がこの部分を、分かったような振りをして誤魔化している。まず句読が間違っている。

君子疾夫、舍曰欲之、而必爲之辭

この部分はまず、「君子は憎むものですよ」(君子疾夫)と言い、何を憎むかと言えば、「…という言葉」(之辭)となる。その言葉の内容が、「それが欲しい、と言うのを隠して、絶対にしなければならない、と主張する」(舍曰欲之、而必爲)に他ならない。

儒者が何と言ったか見てみよう。

孔安國曰疾如汝之言也…孔安國曰舍其貪利之說而更作他辭是所疾也

孔安国
孔安国「疾とは、お前の言う通り、の意である。…その強欲な主張を隠して他のことを言う、これを嫌うと言ったのである。(『論語集解義疏』)

後半はまあその通りだが、前半はどうしてそう言えるのかわけが分からない。

夫,音扶。舍,上聲。欲之,謂貪其利。


夫の字は、扶と同音である。舍は上がり調子に読む。欲之とは、その者の利益を欲深く求める事を言う。(『論語集注』)

「舎」の上声は「手をゆるめてはなしおく。また、すておく。はなす。」の意だと『学研漢和大字典』が言う。だが読み方について朱子は事実上投げている。読めなかったのかも知れない。

おじゃる公家 林羅山
つまり宇之吉のやらかしたデタラメは、日本のおじゃる公家やクソ坊主、ちんこ儒者の猿真似であろう。日本に論語が伝わってからの1,400年間、誰もまじめに読もうとしなかったのだ。

丘 金文 孔子
(金文)

論語の本章では、孔子の本名。孔子は姓は孔、名は丘、あざな(同等以下の人が呼ぶ呼び名)は仲尼。自称で本名を呼ぶ場合は、相手に敬意を払うことを意味する。この場合、相手は弟子の冉求であり、冉求を「求」と呼んでいるように、孔子は自分が目上だと自覚している。

それにもかかわらず自称して丘と言ったのは、丁寧に説得する意図があったことを示す。この話の聞き手は冉有であり、冉有は季孫家に仕える一方で、武勲を元に孔子の帰国を季孫家に働きかけた。つまり孔子は冉有に遠慮があった。それゆえ論語では、冉有を冉子=冉有先生、と敬称で呼んだ箇所がある(論語雍也篇4など)。

また『春秋左氏伝』哀公十一年の条には、孔子が冉有を「子」と敬称で呼んでいる箇所がある。帰国後の孔子と冉有の間には、なにがしかの隔たりがあったと想像される。

且子季孫若欲行而法,則周公之典在,若欲苟而行,又何訪焉,弗聽。

冉有 孔子 激怒2
(季孫家が増税策に孔子の同意を求めていると聞いて)
孔子「子=御身おんみと季孫家の計画だ。周公の制度がどうであろうと、どうしてもやりたいというなら、こんなジジイに伺いを立てず、さっさとやったらよかろう。」そう言って同意しなかった。

辞書的には論語語釈「丘」を参照。

也(ヤ)

也 金文 也 字解
(金文)

論語の本章では、「や」と読んで下の句とつなげる働きに用いている。初出は春秋時代の金文。原義は諸説あってはっきりしない。「や」と読み主語を強調する用法は、春秋中期から例があるが、「也」を句末で断定や詠歎、疑問や反語に用いるのは、戦国時代末期以降の用法で、論語の時代には存在しない。詳細は論語語釈「也」を参照。

患 金文大篆 患 字解 団子
(金文大篆)

論語の本章では”心配する”。初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。論語の時代の置換候補は圂。『学研漢和大字典』によると心+(音符)串」の会意兼形声文字で、心を貫いて、じゅずつなぎに気にかかること、という。詳細は論語語釈「患」を参照。

寡(カ)

寡 金文 寡 字解
(金文)

論語の本章では”少ない”。初出は西周早期の金文。『学研漢和大字典』によると会意文字で、宀(やね)の下に頭だけ大きいひとりの子が残された姿を示すもので、ひとりぼっちのさまを示す、という。詳細は論語語釈「寡」を参照。

均 金文 ロードローラー
(金文)

論語の本章では”等しい”。論語では本章のみに登場。初出は春秋末期の金文。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、匀(イン)は「手をひと回りさせた姿+二印(そろえる)」の会意文字で、全部にそろえて平均させること。均は「土+(音符)匀」で、土をならして全部に行き渡らせることを示す、という。詳細は論語語釈「均」を参照。

貧 楚系戦国文字 貧 篆書
(楚系戦国文字・篆書)

論語の本章では”貧しい”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯ən。同音に牝(メス)。近音の勻ɡi̯wĕn(平)に”すくない”の語釈がある。詳細は論語語釈「貧」を参照。

蓋(ガイ)→盍

蓋 金文 タジン鍋 蓋
(金文)

論語の本章では「けだし」と読んで、「そもそも」「いったい」と訳す。文頭におかれ、議論をおこしたり、結論を述べる。詳細は論語語釈「蓋」を参照。

定州竹簡論語の「盍」は、「蓋」の誤字である可能性はあるが、素直に従って「なんぞ…せざる」と訓んだ。詳細は論語語釈「盍」を参照。

傾 金文 傾 字解
(金文大篆)

論語の本章では”あやうい”。論語では本章のみに登場。初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。『定州竹簡論語』はこの文字の部分を欠いているが、記されていた可能性がある。部品で同音の頃に”傾く・傾ける”の語釈が『大漢和辞典』にあるが、初出は戦国時代の金文。ゆえに論語時代の置換候補は無い。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、頃(ケイ)は「頁(あたま)+化(かわる)の略体」の会意文字で、頭を妙なぐあいにまげ、垂直の状態から変化させるの意を示す。傾は「人+(音符)頃」。頃が田畑の単位に転用されたため、傾の字でその原義(かたむく)をあらわした、という。詳細は論語語釈「傾」を参照。

遠(エン)

遠 甲骨文
(甲骨文)

論語の本章では、”遠くにいる”。初出は甲骨文。原義は手に衣を持つ姿で、それがなぜ”遠い”を意味したかは分からない。ただし”遠い”の用例は甲骨文からある。詳細は論語語釈「遠」を参照。

人(ジン)

人 甲骨文 人 字解
(甲骨文)

論語の本章では”人々”。初出は甲骨文。原義は人の横姿。甲骨文・金文では、人一般を意味するほかに、”奴隷”を意味しうる。大して「大」「夫」などの正面形には、下級の意味を含む用例は見られない。詳細は論語語釈「人」を参照。

服 金文 ナガラ1 服
(金文)

論語の本章では”服従する”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、𠬝(フク)は、人に又(手)をぴたりとつけたさまを示す会意文字で、付(つける)と同じ。服は「舟+(音符)𠬝」で、もと舟べりにぴたりとつける板(舟服)のこと。のち、からだにぴたりとつける衣(衣服)のこと、という。詳細は論語語釈「服」を参照。

則(ソク)

則 甲骨文 則 字解
(甲骨文)

論語の本章では、”…の場合は”。初出は甲骨文。字形は「テイ」”三本脚の青銅器”と「人」の組み合わせで、大きな青銅器の銘文に人が恐れ入るさま。原義は”法律”。従って論語の時代=金文の時代では、”法”・”のっとる”・”刻む”の意しかなく、そう解釈出来ない接続詞の用法は、戦国時代の竹簡まで時代が下る。詳細は論語語釈「則」を参照。

修 金文大篆 修 字解
(金文)

論語の本章では”欠けた点を補い繕ってすらりとした形にまとめる”。初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。部品の攸が論語時代の置換候補となる。『学研漢和大字典』によると会意文字で、攸(ユウ)は、人の背中にさらさらと細く長く水を注いで行水させるさまを示す会意文字で、滫(シュウ)(細長くたれる水)の原字。修は「彡(飾り)+攸(細長い)」で、でこぼこやきれめがなくてすらりと細長く姿が整ったことをあらわす、という。詳細は論語語釈「修」を参照。

文德(徳)

文 金文 徳 金文
(金文)

論語の本章では、”文化と技術”。

『学研漢和大字典』では学問・教育などによる徳と言い、『大漢和辞典』では礼楽を以て教化し、人々を心服せしめる徳、と言う。また『字通』では文治の徳、礼楽などを言う、とある。また『大漢和辞典』に武徳の対、とある。いずれにせよ熟語がほぼ皆無の、論語時代の言葉ではない。

論語での「徳」とは、人間の持つ機能のことを言う(論語における「徳」)。文徳とは軍事力による機能=武力と対置すべき、文化・技術による機能=文化力・技術力を指す。生活程度が高く、格好の良い生活を見て、「遠人」が支配下に入りたがる、と漢儒が妄想を逞しくしたのである。

辞書的には論語語釈「文」論語語釈「徳」を参照。

以(イ)

以 甲骨文 以 字解
(甲骨文)

論語の本章では”それで”。初出は甲骨文。人が手に道具を持った象形。原義は”手に持つ”。論語の時代までに、”率いる”・”用いる”の語義があったが、「もって」と読んで接続詞や助詞に用いる例は確認できない。詳細は論語語釈「以」を参照。

來(ライ)

来 甲骨文 小麦
(甲骨文)

論語の本章の今回では「きたす」と読み、”呼ぶ”こと。去声(尻上がりの調子)に読む。初出は甲骨文。新字体は「来」。原義は穂がたれて実った”小麦”。西方から伝わった作物だという事で、甲骨文の時代から、小麦を意味すると同時に”来る”も意味した。詳細は論語語釈「来」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章の今回は、漢儒の経済政策と、外交戦略を説いた一節。経済政策について孔子は、論語学而篇5で倹約を説いたが、漢儒は本章で所得の平均化を説いた。パイを大きくすることを考えず、分配の格差を憂いた。古代では致し方ない政策だっただろう。

鋼鉄
ようやく鋼鉄が普及し始めたとは言え、目を見張るような生産力増大を想像することは難しく、しかも住民の九割以上を農民が占める以上、商工業によって国を発展させる事など、考えもつかなかったからだ。これは戦国時代の商オウも変わらない。

無宿治,則邪官不及為私利於民,而百官之情不相稽。百官之情不相稽,則農有餘日。邪官不及為私利於民,則農不敝。農不敝而有餘日,則草必墾矣。

●行政処理を宵越しさせず、悪徳役人のワイロを禁じ、百官の結託を禁止する。百官がつるまなければ、農民には時間の余裕が出来る。ワイロが無ければ、農民は疲弊しない。農民に時間の余裕とワイロの不安がなければ、必ず農地が広がるだろう。

使商無得糴,農無得糶。農無得糶,則窳惰之農勉疾。商無得糴,則多歲不加樂;多歲不加樂,則饑歲無裕利;無裕利則商怯,商怯則欲農。窳惰之農勉疾,商欲農,則草必墾矣。

●商人の穀物買い入れ、農民の穀物売却を禁じれば、怠け者でも耕作に精を出す。買い入れを禁じれば、豊作年に穀潰し者は出ず、飢饉年に飢える者もいない。商売の利益を無くせば、商人は帰農したがる。怠け者も商人もいなければ、必ず農地が広がるだろう。

聲服無通於百縣,則民行作不顧,休居不聽。休居不聽,則氣不淫;行作不顧,則意必壹。意壹而氣不淫,則草必墾矣。

●旅芸人の巡業を禁止し、民を農耕に専念させる。演芸に興味を持たさなければ、まじめに働く。農民はただ、耕作だけに専念させる。専念してまじめならば、必ず農地が広がるだろう。

廢逆旅,則姦偽躁心私交疑農之民不行。逆旅之民無所於食,則必農,農則草必墾矣。

●旅館の類を尽く廃止し、良からぬ事をたくらむ農民に泊まるところを無くさせる。旅に出ても飢えると知れば、耕作に専念し、必ず農地が広がるだろう。(『商君書』墾令篇)

秦国は実際にこの「墾草令」によって、みるみるうちに富強な国となった。
史記 秦軍

一部を抜粋しただけだが、孔子没後89年後に生まれた商鞅でさえ、極端なばかりの農業振興意外に、富国の策を持てなかったのだ。孔子は確かに経済オンチであり、その政策で飢えや凍えのない生活を民に保障してやったことは一度も無いが、それも致し方ないことだったのだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思えば全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。空港の刃物検査通過は、やったことがあるが存外簡単だ。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。朴ったら○すぞ。それでもやるなら、覚悟致せ。



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