論語語釈「ア」

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語釈 urlリンクミス

哀(アイ・9画)

論語 哀 金文
禹鼎・西周晚期

初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はʔər(平)、藤堂上古音は・ər。カ音の同音は存在しないが、下記「」の、論語の時代の置換候補字。切ない気持で相手を大切に思うこと。

論語では、孔子が晩年仕えた魯の哀公の称として用いることが多い。

学研漢和大字典

会意兼形声。衣は、かぶせて隠す意を含む。哀は「口+(音符)衣」で、思いを胸中におさえ、口を隠してむせぶこと。愛(せつない思いをこらえる)・噯(アイ)(胸がつかえて声が漏れる)と同系。類義語に憫。

意味

  1. 形容詞・名詞}あわれ(あはれ)。せつないさま。悲しいさま。また、その感情。▽もと、ある思いのために胸のつかえたような気持ちをいう。《対語》⇒喜。「哀切」。
  2. {動詞・名詞}あわれむ(あはれむ)。あわれみ(あはれみ)。かわいそうで、胸が詰まるような気持ちになる。かわいそうになる。また、そのような気持ち。《類義語》憐(レン)。「可哀=哀しむべし」「乞哀=哀れみを乞ふ」「吾哀王孫而進食=吾王孫を哀れんで食を進む」〔史記・淮陰侯〕
  3. {名詞・形容詞}かなしみ。かなしい(かなし)。つらくて胸のつかえたような気持ち。また、そのような気持ちであるさま。「悲哀」「喜怒哀楽」「嗚呼哀哉=嗚呼哀しい哉」〔韓愈・祭十二郎文〕
  4. {名詞}父母の喪。「哀子(父母の喪に服する子)」。

字通

[会意]衣+口。〔説文〕二上に「閔(あはれ)むなり」とし、衣声とするが、字は会意。死者の招魂のために、その衣の襟(えり)もとに、祝詞を収める器の形の𠙵(さい)を加える。魂よばいをする哀告の儀礼を示す。

語系

哀哀・依依・鬱鬱・乙乙・烏烏(おお)・隱隱(隠隠)・怏怏(おうおう)・邑邑(ゆうゆう)・慍慍(うんうん)はみな同系。その鬱屈した音のうちに、悲哀の情を含む。愛・優も同系の語。哀əi、依iəi、鬱iuət、隱iən、怏iang、邑iəp、𥁕uənや愛ət、憂iuはみな語頭に母音をもち、その声義に通じるところがある。

愛(アイ・13画)

論語 愛 金文 愛 金文
(金文)「中山王サク 外字方壺」「妾外字子𧊒壺」(戦国末期)

初出は戦国末期の金文。論語の当時に存在しない。カールグレン上古音はʔəd(去)。カールグレン音による同音字は、全て愛を部品としておりそれ以前に遡れない。藤堂上古音は・əd(ッアドゥ、に近い)。

日本語で同音同訓の「哀」は西周初期の金文から存在する。しかし、「哀」のカ音はʔər、藤音は・ər(ッアルに近い)。これだけでは音通したとは断言できない。

ここでカ音kʰərの漢字に鎧、闓”ひらく”があり、『広韻』の又切(=別音)を「苦愛」と記す。これはkʰədを意味する。つまり上古音でərの音を持つ漢字は、中古音の半切で韻母が「愛」である例があり、「愛」の上古音韻母はədであることから、上古音ədはərに変わり得る。

以上から、論語時代の置換候補は「」。

論語では愛でも常時無差別の愛は、「仁」ということばで区別した。「愛」は古くは㤅・𢟪と書かれたとされ、旡は腹一杯のさまだから、”心が満ちる・満たす”意となる。孔子と入れ替わるように春秋時代末期を生きた墨子は、「兼愛非攻」を説いたとされ、孟子も盛んに愛を言った。だがそれは、ものすごく新奇で珍妙な言葉だったはず。

学研漢和大字典

論語 愛 解字

会意兼形声文字で、旡(カイ)・(キ)とは、人が胸を詰まらせて後ろにのけぞったさま。愛は「心+夂(足をひきずる)+〔音符〕旡」で、心がせつなく詰まって、足もそぞろに進まないさま。

既(キ)(いっぱいである)・漑(カイ)(水をいっぱいに満たす)と同系のことば。また、哀(アイ)(胸が詰まってせつない)ときわめて近いことば。

意味

  1. (アイス){動詞}いとおしむ(いとほしむ)。いとしむ。かわいくてせつなくなる。「恋愛」「可愛=愛すべし」「愛厥妃=厥の妃を愛す」〔孟子・梁下〕
  2. (アイス){動詞}めでる(めづ)。好きでたまらなく思う。また、よいと思って、楽しむ。「愛好」「停車坐愛楓林晩=車を停めて坐に愛す楓林の晩」〔杜牧・山行〕
  3. (アイス){動詞}おしむ(をしむ)。いとおしむ(いとほしむ)。おしくてせつない。もったいないと思う。「愛惜」「百姓皆以王為愛也=百姓皆王を以て愛めりと為す」〔孟子・梁上〕
  4. {名詞}かわいがる気持ち。いとしさ。また、キリスト教で、神が人々を救ってくれる恵みの心のこと。
  5. 《日本語での特別な意味》外国語の「アイ」の音に当てた字。「愛蘭(アイルランド)」。

字通

会意、愛 外字あい+心。愛 外字は後ろを顧みて立つ人の姿。それに心を加え、後顧の意を示す。〔説文〕五下に「愛は行く兒なり」とするのは、㤅十下に「恵なり」とし、㤅を愛の義とし、愛を別儀の字としたものであろうが、㤅・愛は同じ字である。

訓義

いつくしむ、心を残す。愛しと思う、憐れむ。したしむ、情をかける。めでる、愛好する。惜しむ。僾と通用し、ぼんやりした、不安定な、ほのかな感情を言う。

語系

愛・懓・薆・曖・靉ətは同声。翳yet、薈uat、隱(隠)iən、また蔚・鬱iuət、蘊iuən、苑iuanはみな中にこもる意があり、もと同系の語。

大漢和辞典

第一義は”いつくしむ”。

餲(アイ・18画)

初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔi̯ad(去)。同音は瘞”埋める”のみ。こちらも初出は説文解字

学研漢和大字典

会意兼形声。「食+(音符)曷(カツ)(つかえてとまる)」。

語義

アイ
  1. (アイス){動詞}飯が古くなって、胸につかえるにおいがする。「食饐而葯=食の饐して而葯せる」〔論語・郷党〕
カツ
  1. {名詞}粉をこねて輪の形にし、油で揚げてつくった菓子。揚げ菓子。

字通

(条目なし)

悪/惡(アク・11画)

論語 悪 金文大篆
(金文大篆)

初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は、”にくむ”の場合去声か平声で、ʔɑɡ。同音は存在しない。入声はʔɑk。部品の亜は、悪と通じると『大漢和辞典』はいい、”みにくい”の語釈をのせる。また漢代では、『史記』で亜谷といい、『漢書』で悪谷と呼ぶような混用が見られるという。

従って「亞心」で「悪」を表記した可能性はあるが、”みにくい・こころ”がイコール”にくむ”とは言いがたい。また亞(亜。カールグレン上古音ʔăɡ。同音は唖のみ)を”みにくい”と解釈することが、漢代以降とすればそもそも成り立たない。古代の中国語には”にくむ”を意味する漢字に醜があり、甲骨文から存在するが、悪とは音通しない。

また論語における悪が、論語里仁篇の第3と、4・5・6・9に集中して出ており、これらがまとめて創作され挿入されたことを窺わせる。

ただし白川説で、「悪に通じ、醜悪の意がある」とする。とりあえずこれに従う。

学研漢和大字典

会意兼形声。亞(ア)(=亜)は、角型に掘り下げた土台を描いた象形。家の下積みとなるくぼみ。惡は「心+(音符)亞」で、下に押し下げられてくぼんだ気持ち。下積みでむかむかする感じや、欲求不満。堊(アク)(下積みとなる土台)・於(オ)(つかえる)・淤(オ)(つかえる)と同系。類義語に憎。

語義

アク(入声)

  1. {形容詞・名詞}わるい(わるし)。いやな。みにくい。ひどく苦しい。むかつく感じ。《対語》⇒善・美。《類義語》醜。「醜悪」「悪臭」「雖有悪人=悪人有りと雖も」〔孟子・離下〕
  2. {形容詞}わるい(わるし)。上等でない。そまつである。《類義語》粗。「恥悪衣悪食=悪衣悪食を恥づ」〔論語・里仁〕
  3. {名詞}悪いこと。いやな行い。むかつくような状態。《対語》善。「賞善罰悪=善を賞し悪を罰す」〔漢書・貢禹〕

オ(ヲ)、ウ(去声、平声)

  1. {動詞}にくむ。いやだと思う。むかむかする。▽去声に読む。《対語》好。「好悪(コウオ)」「悪心(オシン)(はきけ)」「処衆人之所悪=衆人の悪む所に処る」〔老子・八〕
  2. {副詞}いずくにか(いづくにか)。→語法「②」。
  3. {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「①」。
  4. {感動詞}ああ。感嘆することば。「悪、是何言也=悪、是れ何の言ぞ也」〔孟子・公上〕
  5. 《日本語での特別な意味》わる。悪者。たけだけしく強い者。接頭辞としても使う。

語法

①「いずくんぞ」とよみ、「どうして~であろうか」と訳す。反語の意を示す。《類義語》安・焉・烏。「悪能治国家=悪くんぞよく国家を治めん」〈どうして国家を治めることができようか〉〔孟子・滕上〕
②「いずくに」「いずくにか」とよみ、「どこに~あろうか(いやどこにもない)」と訳す。空間を問う反語の意を示す。《類義語》安・焉。「君子去仁、悪乎成名=君子仁を去りて、悪(いづ)くにか名を成さん」〈君子は仁徳をよそにして、どこに名誉を全うできよう〉〔論語・里仁〕

字通

[形声]旧字は惡に作り、亞(亜)(あ)声。亞は玄室の象形で凶礼・凶事の意があり、その心情を悪という。

語系

惡ak、烏aは声近く、於ia、于hiua、乎haもみな感動詞「ああ」に用いる。また焉ian、安anは声近く、また惡・烏と通用して、疑問副詞「いづくんぞ」「なんぞ」に用いる。

安(アン・6画)

論語 安 金文
安父簋・西周早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はʔɑn(平)。同音に按・案・晏。

学研漢和大字典

会意文字で、「宀(やね)+女」で、女性を家の中に落ち着かせたさま。疑問詞・反問詞などに用いるのは当て字で、焉と同じ。按(アン)(上から下へと押す)・案(ひじを落ち着ける机)・遏(アツ)(押さえてとめる)などと同系のことば。

また類義語の泰(タイ)は、ゆったりと落ち着く。康(コウ)は、じょうぶで心配がない。綏(スイ)は、安定して騒がない。寧(ネイ)は、じっと心を落ち着ける。易は、物事がしやすいこと。

意味

  1. {形容詞}やすい(やすし)。やすらか(やすらかなり)。静かに落ち着いている。《対語》⇒危。「安楽」「則豈徒斉民安=則ち豈に徒だ斉の民安きのみならんや」〔孟子・公下〕
  2. {動詞}やすんずる(やすんず)。おだやかで落ち着く。また、静かに落ち着ける。安定させる。「安天下之民=天下の民を安んず」〔孟子・梁下〕
  3. {副詞}やすんじて。安心して。静かに落ち着いて。「寡人願安承教=寡人願はくは安んじて教へを承けん」〔孟子・梁上〕
  4. {副詞}いずくに(いづくに)。→語法「③」。
  5. {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「①」。
  6. {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「②」。
  7. 《日本語での特別な意味》アンモニウムのこと。「硫安」。

語法

①「いずくんぞ」とよみ、「どうして~か」と訳す。理由を問う疑問の意を示す。《類義語》悪・焉。「君安与項伯有故=君安(いづ)くんぞ項伯と故有る」〈君(張良)はどうして項伯と親しいのか〉〔史記・項羽〕
②「安~哉(乎)(耶)」は、「いずくんぞ~や」とよみ、「どうして~であろうか」と訳す。反語の意を示す。「燕雀安知鴻鵠之志哉=燕雀安(いづ)くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」〈ちっぽけな雀や燕なんかに、どうして大鳥の志がわかるものか〉〔史記・陳渉〕
③「いずくに(か)」とよみ、「どこに」と訳す。場所を問う疑問の意を示す。《同義語》焉。「沛公安在=沛公安(いづ)くにか在る」〈沛公はどこだ〉〔史記・項羽〕
④「いずくにか」とよみ、「どこに~あろうか(いやどこにもない)」と訳す。場所を問う反語の意を示す。「昭王安在哉=昭王安(いづ)くにか在らんや」〈昭王は、どこにいるのか〉〔陳子昂・薊丘覧古〕
⑤「安得~」は、(1)「いずくんぞ~をえんや」とよみ、「どうして~できようか(いやできない)」と訳す。反語の意を示す。「君安得高枕而臥乎=君安(いづ)くんぞ枕を高くして臥するを得んや」〈あなたはどうして枕を高くしてやすんでいられるのか〉〔史記・留侯〕
(2)「いずくんぞえん~(することを)」「いずくんぞ~をえん」とよみ、「なんとかして~したいものだ」と訳す。実現しがたい事を強く願望する意を示す。▽「⑤」から転じた用法で、漢詩で多く用いる。「安得送我置汝傍=安くんぞ得ん我を送りて汝の傍らに置くを」〈なんとかして私を(鳥に)送ってもらって、あなたのそばに置いてもらいたいものだ〉〔杜甫・乾元中寓居同谷県作歌〕

字通

[会意]宀(べん)+女。〔説文〕七下に「靜かなり」とあり、宀に従うのは廟中の儀礼である。宀は家廟(かびょう)。新しく嫁する女は、廟中で灌鬯(かんちょう)(清め)の儀礼をし、祖霊に対して受霊の儀礼をする。卜文に水滴を垂らす字、金文に下に衣をそえる字形があるのは、その安寧の儀礼を示す。里帰りすることを帰寧(きねい)という。

語系

安・侒anは同声。晏ean、宴(匽)ianも声義が近い。燕ianは宴の仮借通用の字。字はまた讌に作る。安an、焉ianは声近く、いずれも疑問副詞に用いる。

大漢和辞典

→リンク先を参照

晏(アン・10画)

初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はʔɑnまたはʔan(共に去)。

類義語の晚(晩)mi̯wăn(上)の初出は後漢の説文解字部品安ʔɑn(平)初出は甲骨文。「晏に通ず」と大漢和辞典は言う。

学研漢和大字典

会意兼形声。安とは「宀(やね)+女」の会意文字で、女性をなだめて、家に落ち着かせることを示す。上から下へと下げて、落ち着ける意を含む。晏は「日+(音符)安」で、日が上から下に落ちること。安・按(アン)(上から下に押さえる)・偃(エン)(低く下にふせる)などと同系。類義語に晩。

語義

  1. {形容詞}おそい(おそし)。日が低く落ちかかるさま。時刻がおそい。《類義語》晩(夜、おそい)。「何晏也=何ぞ晏き也」〔論語・子路〕
  2. {形容詞}やすらか(やすらかなり)。やすい(やすし)。静かに落ち着いているさま。《類義語》安。「清晏(セイアン)(平安無事なこと)」「晏然(アンゼン)(落ち着いたさま)」「晏如」。

字通

[形声]声符は安(あん)。〔説文〕七上に「天淸(す)むなり」とあり、日を日月の日と解するが、その義には曣(えん)を用いる。安は匽(えん)と同じく安寧の呪儀を行う意。安は廟中で、匽は秘匿の聖所で、玉(日の形)を加えて魂振りすることを示す。故に晏は日+安の会意とみてもよく、また匽の声がある。

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