亞/亜(ア・7画)
甲骨文/亞豚作父乙鼎・西周早期
初出は甲骨文。カールグレン上古音はʔăɡ(去)。同音は「啞」(上)のみ。字形は墓穴の象形。「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では官職名に、金文では加えて氏族名に、戦国の竹簡から「悪」の意に用いられた。論語語釈「悪」を参照。
漢語多功能字庫
甲金文象陵墓中放置棺木的木室的平面圖,是出土商代大型墓葬中最常見的墓葬形式。字形本義是木室的平面圖。
甲骨文・金文は陵墓の中の木材で造った、棺を置く墓室(木室)の平面図で、殷代の大規模な墓では最も普遍的に見られる構造。字形の原義は木室の平面図。
学研漢和大字典
象形。建物や墓をつくるために地下に四角く掘った土台を描いたもので、表に出ない下のささえの意から、転じて、つぐことを意味する。堊(ア)(建物の土台となる粘土)の原字。また、下でつかえるの意を派生し、啞(ア)(のどがつかえてしゃべることができない)・惡(アク)・(オ)(=悪。胸がつかえるいやな気持ち)に含まれる。類義語に基。旧字「亞」は人名漢字として使える。
語義
- {動詞}つぐ。表面に出ずに下になる。
- {形容詞}主たるものの下になり、それにつぐ地位にある。第二位である。「亜流」「亜聖」。
- {助辞}人の称呼につく接頭辞。《同義語》⇒阿。「亜父(アフ)・(アホ)」「亜母(アボ)」。
- {名詞}アジアのこと。▽「亜細亜」の略。「東亜」。
- 《日本語での特別な意味》
①外国語の「ア」の音に当てた字。「亜剌比亜(アラビア)」「亜爾然丁(アルゼンチン)」。
②無機酸で、酸素原子の少ないことをあらわすことば。「亜硫酸」。
字通
[象形]旧字は亞に作り、陵墓の墓室の平面形。玄室の四隅をおとした形。〔説文〕十四下に「醜なり。人の局背の形に象る。賈侍中の說に、以爲(おも)へらく、次弟なりと」とあり、醜悪の意とするが、字は明らかに墓壙玄室の形である。亜次の義も、墓葬を司る聖職者の意から出たものであろう。
哀(アイ・9画)
沈子它簋蓋・西周早期/哀成叔鼎・春秋末期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:字形は「𠙵」”くち”のまわりをなにがしかで囲む形で、由来と原義は不詳。「死者の襟の中に呪文うんぬん」という『字通』の主張は、初出の字形を見ると従いがたい。
音:カールグレン上古音はʔər(平)、藤堂上古音は・ər。カ音の同音は存在しないが、下記「愛」の、論語の時代の置換候補字。切ない気持で相手を大切に思うこと。
用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では”かなしむ”の意に(師訇簋・西周末期)、”いとおしむ”の意に(沈子簋・西周早期)用い、戦国の竹簡でも同様。
論語では、孔子が晩年仕えた魯の哀公の称として用いることが多い。
学研漢和大字典
会意兼形声。衣は、かぶせて隠す意を含む。哀は「口+(音符)衣」で、思いを胸中におさえ、口を隠してむせぶこと。愛(せつない思いをこらえる)・噯(アイ)(胸がつかえて声が漏れる)と同系。類義語に憫。
語義
- 形容詞・名詞}あわれ(あはれ)。せつないさま。悲しいさま。また、その感情。▽もと、ある思いのために胸のつかえたような気持ちをいう。《対語》⇒喜。「哀切」。
- {動詞・名詞}あわれむ(あはれむ)。あわれみ(あはれみ)。かわいそうで、胸が詰まるような気持ちになる。かわいそうになる。また、そのような気持ち。《類義語》憐(レン)。「可哀=哀しむべし」「乞哀=哀れみを乞ふ」「吾哀王孫而進食=吾王孫を哀れんで食を進む」〔史記・淮陰侯〕
- {名詞・形容詞}かなしみ。かなしい(かなし)。つらくて胸のつかえたような気持ち。また、そのような気持ちであるさま。「悲哀」「喜怒哀楽」「嗚呼哀哉=嗚呼哀しい哉」〔韓愈・祭十二郎文〕
- {名詞}父母の喪。「哀子(父母の喪に服する子)」。
字通
[会意]衣+口。〔説文〕二上に「閔(あはれ)むなり」とし、衣声とするが、字は会意。死者の招魂のために、その衣の襟(えり)もとに、祝詞を収める器の形の𠙵(さい)を加える。魂よばいをする哀告の儀礼を示す。
語系
哀哀・依依・鬱鬱・乙乙・烏烏(おお)・隱隱(隠隠)・怏怏(おうおう)・邑邑(ゆうゆう)・慍慍(うんうん)はみな同系。その鬱屈した音のうちに、悲哀の情を含む。愛・優も同系の語。哀əi、依iəi、鬱iuət、隱iən、怏iang、邑iəp、𥁕uənや愛ət、憂iuはみな語頭に母音をもち、その声義に通じるところがある。
愛(アイ・13画)
中山王□方壺・戦国末期/妾子𧊒壺・戦国末期
初出:初出は戦国末期の金文。ただし字形は「㤅」。
字形:「旡」”満ちる”+「心」。あふれ出しそうになる心のさま。
音:カールグレン上古音はʔəd(去)。カールグレン音による同音字は、全て愛を部品としておりそれ以前に遡れない。藤堂上古音は・əd(ッアドゥ、に近い)。
用例:戦国末期の「□(妾+子)𧊒壺」に「昔者先王,□(慈)㤅(愛)百每(民)」とあり、「むかし先王、百民を慈しみ愛す」と読め、”愛する”の語義を確認できる。
論語時代の置換候補:日本語で同音同訓の「哀」は西周初期の金文から存在する。しかし、「哀」のカ音はʔər、藤音は・ər(ッアルに近い)。これだけでは音通したとは断言できない。
ここでカ音kʰərの漢字に「鎧」、「闓」”ひらく”があり、『広韻』の又切(=別音)を「苦愛」と記す。つまり上古音で-ərの音を持つ漢字は、中古音の半切で韻母が「愛」である例があり、「愛」の上古音韻母はədであることから、上古音ədはərに変わり得る。
以上から、論語時代の置換候補は「哀」。詳細は論語語釈「哀」を参照。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、旡(カイ)・(キ)とは、人が胸を詰まらせて後ろにのけぞったさま。愛は「心+夂(足をひきずる)+〔音符〕旡」で、心がせつなく詰まって、足もそぞろに進まないさま。
既(キ)(いっぱいである)・漑(カイ)(水をいっぱいに満たす)と同系のことば。また、哀(アイ)(胸が詰まってせつない)ときわめて近いことば。
語義
- (アイス){動詞}いとおしむ(いとほしむ)。いとしむ。かわいくてせつなくなる。「恋愛」「可愛=愛すべし」「愛厥妃=厥の妃を愛す」〔孟子・梁下〕
- (アイス){動詞}めでる(めづ)。好きでたまらなく思う。また、よいと思って、楽しむ。「愛好」「停車坐愛楓林晩=車を停めて坐に愛す楓林の晩」〔杜牧・山行〕
- (アイス){動詞}おしむ(をしむ)。いとおしむ(いとほしむ)。おしくてせつない。もったいないと思う。「愛惜」「百姓皆以王為愛也=百姓皆王を以て愛めりと為す」〔孟子・梁上〕
- {名詞}かわいがる気持ち。いとしさ。また、キリスト教で、神が人々を救ってくれる恵みの心のこと。
- 《日本語での特別な意味》外国語の「アイ」の音に当てた字。「愛蘭(アイルランド)」。
字通
会意、+心。は後ろを顧みて立つ人の姿。それに心を加え、後顧の意を示す。〔説文〕五下に「愛は行く兒なり」とするのは、㤅十下に「恵なり」とし、㤅を愛の義とし、愛を別儀の字としたものであろうが、㤅・愛は同じ字である。
訓義
いつくしむ、心を残す。愛しと思う、憐れむ。したしむ、情をかける。めでる、愛好する。惜しむ。僾と通用し、ぼんやりした、不安定な、ほのかな感情を言う。
語系
愛・懓・薆・曖・靉ətは同声。翳yet、薈uat、隱(隠)iən、また蔚・鬱iuət、蘊iuən、苑iuanはみな中にこもる意があり、もと同系の語。
大漢和辞典
第一義は”いつくしむ”。
餲(アイ・18画)
璽彙2352・戦国晋
初出:初出は晋系戦国文字とされるが字形が違いすぎる。
字形:初出の字形は、「食」+蓋+ざる+桶。穀物を醸造するさま。現行字形は「食]+音符「曷」gʰɑt(入)。
音:カールグレン上古音はʔi̯ad(去)。同音は「瘞」”埋める”(初出説文解字)。
用例:文献上の初出は論語郷党篇8。『墨子』にも用例があり、儒家では後漢初期の『論衡』まで時代が下る。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「饐」(初出説文解字)。論語語釈「饐」を参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。「食+(音符)曷(カツ)(つかえてとまる)」。
語義
アイ・エイ・アツ
- (アイス){動詞}飯が古くなって、胸につかえるにおいがする。「食饐而葯=食の饐して而餲せる」〔論語・郷党〕
カツ
- {名詞}粉をこねて輪の形にし、油で揚げてつくった菓子。揚げ菓子。
字通
(条目なし)
悪/惡(アク・11画)
史惠鼎・西周中期/楚系戦国文字
初出:初出は西周中期の金文。ただし字形は「䛩」。「小学堂」による初出は楚系戦国文字。
字形:初出の字形は「言」+「亞」”落窪”で、”非難する”こと。現行の字形は「亞」+「心」で、落ち込んで気分が悪いさま。原義は”嫌う”。
慶大蔵論語疏は異体字「𢙣」と記す。「隋龍藏寺碑」刻。
音:漢音・カールグレン上古音「アク」ʔɑk(入)で”わるい”を、「オ」ʔɑɡ(平/去)で”にくむ”を意味する。前者の同音は「堊」(入)”しろつち”。後者の同音は存在しない。
用例:西周中期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0724に「史□(惠)乍(作)寶鼎,□(惠)其日□(就)月□(將),□(察)化䛩(惡)□(臧),寺(持)屯(純)魯令(命),□(惠)其子子孫孫永寶。」とあり、”わるい”と解せる。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
部品の「亞」(亜)ʔăɡ(去)の初出は甲骨文で、同音は「唖」(上)”わらう・おし”のみだが、「悪と通ず」と『大漢和辞典』はいい、”みにくい”の語釈をのせる。また漢代では、『史記』で亜谷といい、『漢書』で悪谷と呼ぶような混用が見られるという。ただし「漢語多功能字庫」によると、甲骨文・金文では官職名・氏族名に用い、「悪」の意に用いるのは戦国時代まで時代が下る。論語語釈「亜」を参照。
『大漢和辞典』所収の訓「にくむ」は以下の通り。
字 | 初出 | 原義 | 語義”にくむ”の獲得 | 備考 |
𠋲 | 不明 | 不明 | 不明 | |
垐 | 説文解字 | 穴を土で埋める | 〃 | |
堲 | 〃 | 〃 | 書経 | |
嫉 | 〃 | ねたむ | 広雅 | |
惡 | 楚系戦国文字 | 嫌う | 戦国 | |
憎/憎 | 〃 | 憎む | 戦国 | →語釈 |
殘 | 前漢隷書 | 傷付ける | 不明 | →語釈 |
毒 | 秦系戦国文字 | どく | 後漢書 | |
疾 | 甲骨文 | 病む | 不明 | →語釈 |
耆 | 春秋末期 | 老いる | 〃 | |
諄 | 前漢隷書 | ねんごろに | 〃 | |
譈 | 不明 | うらむ? | 〃 | |
䜑 | 〃 | はじる? | 〃 | |
讟 | 説文解字 | いたみうらむ? | 説文解字? | |
醜 | 甲骨文 | みにくい? | 甲骨文? | |
魗 | 不明 | にくむ? | 不明 |
訓「きらう」は以下の通り。
字 | 初出 | 原義 | 語義”きらう”の獲得 | 備考 |
㖢 | 不明 | 不明 | 不明 | |
喡 | 〃 | 〃 | 〃 | |
嗛 | 秦系戦国文字 | 〃 | 〃 | |
嫌 | 楚系戦国文字 | 〃 | 戦国? |
訓「いとう」は以下の通り。
字 | 初出 | 原義 | 語義”いとう”の獲得 | 備考 |
厭 | 西周早期 | 満腹 | 不明 | →語釈 |
斁 | 春秋 | 選ぶ | 詩経 | |
𣀯 | 不明 | 不明 | 不明 | |
繹 | 春秋末期 | 引き抜く | 〃 | →語釈 |
𣀫 | 不明 | 不明 | 〃 |
学研漢和大字典
会意兼形声。亞(ア)(=亜)は、角型に掘り下げた土台を描いた象形。家の下積みとなるくぼみ。惡は「心+(音符)亞」で、下に押し下げられてくぼんだ気持ち。下積みでむかむかする感じや、欲求不満。堊(アク)(下積みとなる土台)・於(オ)(つかえる)・淤(オ)(つかえる)と同系。類義語に憎。
語義
アク(入声)
- {形容詞・名詞}わるい(わるし)。いやな。みにくい。ひどく苦しい。むかつく感じ。《対語》⇒善・美。《類義語》醜。「醜悪」「悪臭」「雖有悪人=悪人有りと雖も」〔孟子・離下〕
- {形容詞}わるい(わるし)。上等でない。そまつである。《類義語》粗。「恥悪衣悪食=悪衣悪食を恥づ」〔論語・里仁〕
- {名詞}悪いこと。いやな行い。むかつくような状態。《対語》善。「賞善罰悪=善を賞し悪を罰す」〔漢書・貢禹〕
オ(ヲ)、ウ(去声、平声)
- {動詞}にくむ。いやだと思う。むかむかする。▽去声に読む。《対語》好。「好悪(コウオ)」「悪心(オシン)(はきけ)」「処衆人之所悪=衆人の悪む所に処る」〔老子・八〕
- {副詞}いずくにか(いづくにか)。→語法「②」。
- {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「①」。
- {感動詞}ああ。感嘆することば。「悪、是何言也=悪、是れ何の言ぞ也」〔孟子・公上〕
- 《日本語での特別な意味》わる。悪者。たけだけしく強い者。接頭辞としても使う。
語法
①「いずくんぞ」とよみ、「どうして~であろうか」と訳す。反語の意を示す。《類義語》安・焉・烏。「悪能治国家=悪くんぞよく国家を治めん」〈どうして国家を治めることができようか〉〔孟子・滕上〕
②「いずくに」「いずくにか」とよみ、「どこに~あろうか(いやどこにもない)」と訳す。空間を問う反語の意を示す。《類義語》安・焉。「君子去仁、悪乎成名=君子仁を去りて、悪(いづ)くにか名を成さん」〈君子は仁徳をよそにして、どこに名誉を全うできよう〉〔論語・里仁〕
字通
[形声]旧字は惡に作り、亞(亜)(あ)声。亞は玄室の象形で凶礼・凶事の意があり、その心情を悪という。
語系
惡ak、烏aは声近く、於ia、于hiua、乎haもみな感動詞「ああ」に用いる。また焉ian、安anは声近く、また惡・烏と通用して、疑問副詞「いづくんぞ」「なんぞ」に用いる。
安(アン・6画)
甲骨文/安父簋・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形は「宀」”やね”+「女」で、防護されて安らぐさま。「漢語多功能字庫」は、「女」の下に「一」”敷物”があるべきだと言い、無い字形は「賓」と解釈すべきだという(→論語語釈「賓」)。
音:カールグレン上古音はʔɑn(平)。同音に「按」・「案」・「晏」。近音に「焉」ʔjăn(平)。
用例:「甲骨文合集」33550.3に「壬戌卜貞王其田安無災」とあり、”安全”・”無事”と解せる。
「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、春秋末期までの用例を全て名詞(人名)と一般動詞に分類している。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”順調である”、また人名を意味し、金文では”安らか”(哀成弔鼎・戦国)、”訪問する”(睘卣・西周早期)、地名人名を意味したという。
備考:
上掲『大漢和辞典』では、「いづくんぞ」「なんぞ」「いづくんか」の訓を載せるが、「何・焉に通ず」という。「何」は春秋以前に疑問辞の用例が確認できず、「焉」の初出は早い見積もりで戦国早期の金文。上掲に『左伝』での用例が見えるが、現伝の『左伝』は必ずしも春秋時代の文章を保存しているわけではない。従って論語の時代には適用できない。論語語釈「何」・論語語釈「焉」を参照。
下掲『字通』では語形として「侒」「晏」「宴」(匽)「燕」「焉」そ載せるが、、いずれも春秋時代以前に存在しないか、疑問辞の用例が確認できない。
下掲『学研漢和大字典』では疑問辞の語形として「惡」(悪)を挙げるが、初出は楚系戦国文字。
学研漢和大字典
会意文字で、「宀(やね)+女」で、女性を家の中に落ち着かせたさま。疑問詞・反問詞などに用いるのは戦国時代以降の当て字で、焉と同じ。按(アン)(上から下へと押す)・案(ひじを落ち着ける机)・遏(アツ)(押さえてとめる)などと同系のことば。
また類義語の泰(タイ)は、ゆったりと落ち着く。康(コウ)は、じょうぶで心配がない。綏(スイ)は、安定して騒がない。寧(ネイ)は、じっと心を落ち着ける。易は、物事がしやすいこと。
語義
- {形容詞}やすい(やすし)。やすらか(やすらかなり)。静かに落ち着いている。《対語》⇒危。「安楽」「則豈徒斉民安=則ち豈に徒だ斉の民安きのみならんや」〔孟子・公下〕
- {動詞}やすんずる(やすんず)。おだやかで落ち着く。また、静かに落ち着ける。安定させる。「安天下之民=天下の民を安んず」〔孟子・梁下〕
- {副詞}やすんじて。安心して。静かに落ち着いて。「寡人願安承教=寡人願はくは安んじて教へを承けん」〔孟子・梁上〕
- {副詞}いずくに(いづくに)。→語法「③」。
- {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「①」。
- {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法「②」。
- 《日本語での特別な意味》アンモニウムのこと。「硫安」。
語法
①「いずくんぞ」とよみ、「どうして~か」と訳す。理由を問う疑問の意を示す。《類義語》悪・焉。「君安与項伯有故=君安(いづ)くんぞ項伯と故有る」〈君(張良)はどうして項伯と親しいのか〉〔史記・項羽〕
②「安~哉(乎)(耶)」は、「いずくんぞ~や」とよみ、「どうして~であろうか」と訳す。反語の意を示す。「燕雀安知鴻鵠之志哉=燕雀安(いづ)くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」〈ちっぽけな雀や燕なんかに、どうして大鳥の志がわかるものか〉〔史記・陳渉〕
③「いずくに(か)」とよみ、「どこに」と訳す。場所を問う疑問の意を示す。《同義語》焉。「沛公安在=沛公安(いづ)くにか在る」〈沛公はどこだ〉〔史記・項羽〕
④「いずくにか」とよみ、「どこに~あろうか(いやどこにもない)」と訳す。場所を問う反語の意を示す。「昭王安在哉=昭王安(いづ)くにか在らんや」〈昭王は、どこにいるのか〉〔陳子昂・薊丘覧古〕
⑤「安得~」は、
- 「いずくんぞ~をえんや」とよみ、「どうして~できようか(いやできない)」と訳す。反語の意を示す。「君安得高枕而臥乎=君安(いづ)くんぞ枕を高くして臥するを得んや」〈あなたはどうして枕を高くしてやすんでいられるのか〉〔史記・留侯〕
- 「いずくんぞえん~(することを)」「いずくんぞ~をえん」とよみ、「なんとかして~したいものだ」と訳す。実現しがたい事を強く願望する意を示す。▽「⑤」から転じた用法で、漢詩で多く用いる。「安得送我置汝傍=安くんぞ得ん我を送りて汝の傍らに置くを」〈なんとかして私を(鳥に)送ってもらって、あなたのそばに置いてもらいたいものだ〉〔杜甫・乾元中寓居同谷県作歌〕
字通
[会意]宀(べん)+女。〔説文〕七下に「靜かなり」とあり、宀に従うのは廟中の儀礼である。宀は家廟(かびょう)。新しく嫁する女は、廟中で灌鬯(かんちょう)(清め)の儀礼をし、祖霊に対して受霊の儀礼をする。卜文に水滴を垂らす字、金文に下に衣をそえる字形があるのは、その安寧の儀礼を示す。里帰りすることを帰寧(きねい)という。
語系
安・侒anは同声。晏ean、宴(匽)ianも声義が近い。燕ianは宴の仮借通用の字。字はまた讌に作る。安an、焉ianは声近く、いずれも疑問副詞に用いる。
大漢和辞典
晏(アン・10画)
郭.五.40・戰國.楚
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:「日」”太陽”+「安」で、日が落ち着きどころに帰るさま。原義は”日暮れ”。
音:カールグレン上古音はʔɑnまたはʔan(共に去)。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」競公瘧03では「安」を「晏」と語釈している。
戦国中末期「郭店楚簡」五行40では「晏」を「罕」と語釈している。
戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲157正貳に「晏見,有告,不聽。」とあり、”日暮れ”と解せる。
論語では斉の宰相・晏嬰の名として用いる。
論語時代の置換候補:部品の「安」。晏嬰を指す場合、固有名詞のため同音近音のいかなる漢字も置換候補になり得る。類義語の晚(晩)mi̯wăn(上)の初出は後漢の説文解字。部品安ʔɑn(平)の初出は甲骨文。「晏に通ず」と大漢和辞典は言う。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
学研漢和大字典
会意兼形声。安とは「宀(やね)+女」の会意文字で、女性をなだめて、家に落ち着かせることを示す。上から下へと下げて、落ち着ける意を含む。晏は「日+(音符)安」で、日が上から下に落ちること。安・按(アン)(上から下に押さえる)・偃(エン)(低く下にふせる)などと同系。類義語に晩。
語義
- {形容詞}おそい(おそし)。日が低く落ちかかるさま。時刻がおそい。《類義語》晩(夜、おそい)。「何晏也=何ぞ晏き也」〔論語・子路〕
- {形容詞}やすらか(やすらかなり)。やすい(やすし)。静かに落ち着いているさま。《類義語》安。「清晏(セイアン)(平安無事なこと)」「晏然(アンゼン)(落ち着いたさま)」「晏如」。
字通
[形声]声符は安(あん)。〔説文〕七上に「天淸(す)むなり」とあり、日を日月の日と解するが、その義には曣(えん)を用いる。安は匽(えん)と同じく安寧の呪儀を行う意。安は廟中で、匽は秘匿の聖所で、玉(日の形)を加えて魂振りすることを示す。故に晏は日+安の会意とみてもよく、また匽の声がある。
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