論語詳解421D季氏篇第十六(4)今由と求や*

論語季氏篇(4)要約:後世の創作。属国を攻め滅ぼそうとする、門閥家老筆頭の季氏。その家臣だった弟子のゼン有を、孔子先生は引き続き説得します。異国の民が慕い寄らないのを、戦争で屈服させようなどとはもってのほかだと。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

「今由與求也、相夫子、遠人不服而不能來也。邦分崩離析而不能守也、而謀動干戈於邦內*。吾恐、季孫之憂不在*顓臾、而在*蕭牆之內也。」

校訂

武内本

釋文云、邦内鄭本封内に作る。釋文顓臾の上於の字なし。漢石経蕭牆の上於の字あり、包咸周氏本唐石経及び此本(=清家本)皆なし。

定州竹簡論語

……求也,相夫子,遠人470……

復元白文

今 金文由 金文与 金文求 金文也 金文 相 金文夫 金文子 金文 遠 金文人 金文不 金文服 金文而 金文不 金文能 金文来 金文也 金文 邦 金文分 金文崩離析 金文而 金文不 金文能 金文守 金文也 金文 而 金文謀 金文動 金文干 金文戈 金文於 金文邦 金文內 内 金文 吾 金文鞏 金文季 金文孫 金文之 金文憂 金文 不 金文在 金文論語 臾 金文 而 金文在 金文蕭牆之 金文內 内 金文也 金文

※恐→鞏。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

いまいうきうとは、夫子ふうしたすけて、とほひとしたがはずしきたあたはざるかなくにわかくづはなさかまもあたはざるかな。し干戈かんくわくにうちうごかさむとはかる。われおそるるは、季孫きそんうれ顓臾せんゆらず、し蕭牆かきうちらむことなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

前回からの続き

(孔子)「今やお前たち子路と冉有はあのお方の補佐役だ。なのに遠くの人を服従させられず、招き寄せることも出来ないではないか。我が国がばらばらに崩れ、守ることが出来ないではないか。それなのに国内で戦いを起こそうとしている。私は季氏に心配しているのは、季氏の患部が顓臾ではなく、家の囲いの中にあることなのだ。」

意訳

孔子「お前らは一体何をしていた。あるじや領民を教えもせず、それでいきなりいくさかね。ワシは顓臾のために言ってるんじゃないぞ。危ないのは季氏と魯国の方だな。垣根の内側はもう、バラバラに砕けておるわ!」

従来訳

論語 下村湖人

(孔子)「今、きいていると、由も求も、季氏を輔佐していながら、遠い土地の人民を帰服させることが出来ず、国内を四分五裂させて、その収拾がつかず、しかも領内に兵を動かして動乱をひきおこそうと策謀している。もっての外だ。私は、季孫の憂いの種は、実は顓臾にはなくて垣根のうちにあると思うがどうだ。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

(孔子說:「)現在你二人輔助季氏,遠人不服卻不能招徠他們,國家分崩離析卻不能保全,反而想著在國內使用武力,我衹怕季孫的危險不在顓臾,而在自己的內部。」

中国哲学書電子化計画

(孔子が言った。「)今お前たち二人は季氏を補佐しているのに、遠く住まう者=顓臾は魯国に従わないばかりか、お前たちは彼等を招き寄せることも出来ない。国がばらばらなのに管理しきれず、それどころか国内に向けて武力を用いようと思いついた、私が恐れているのは季孫の危機が顓臾にあることではなく、かえってその家内にある(お前たちの)ことだ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

由與求(ユウとキュウ)

論語 子路 論語 冉求 冉有
論語の本章では、孔子の弟子、仲由子路と、冉求子有のこと。

論語 相 金文 論語 相 解字
(金文)

論語の本章では、”補佐役である”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると「木+目」の会意文字で、木を対象において目でみること。AとBとがむきあう関係をあらわす、という。詳細は論語語釈「相」を参照。

夫子

論語 季康子

論語の本章では、「かの人」と読み、魯国門閥家老家筆頭・季氏の当主、季康子を言う。辞書的には論語語釈「夫」論語語釈「子」を参照。

遠人

論語 遠 金文 論語 人 金文
(金文)

論語の本章では、”遠くに住む人”。具体的には攻め取ろうとしている、顓臾センユの住民を指す。辞書的には論語語釈「遠」論語語釈「人」を参照。

論語 服 金文 論語 ナガラ1 服
(金文)

論語の本章では、”服従する”。原義は体にぴたりと密着する衣服のこと。詳細は論語語釈「服」を参照。

來(来)

論語 来 金文 論語 小麦
(金文)

論語の本章では”招き寄せる”。原義は穀物のムギ。詳細は論語語釈「来」を参照。

論語 邦 金文 論語 万里の長城 邦
(金文)

論語の本章では、周王を宗主とする春秋諸侯国のことで、具体的には魯国を指す。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、左側の丰(ホウ)は、△型の穂の形。邦は、それを音符とし、阝=邑(領地)を加えた字。盛り土をした壇上で領有を宣言したその領地。また、国境に盛り土をして封じこめた領地のこと、という。詳細は論語語釈「邦」を参照。

分崩離析(ブンポウリセキ)

論語の本章では、散り散りになって崩れること。

論語 分 金文 論語 分 解字
「分」(金文)

『学研漢和大字典』によると「分」は会意文字で、「八印(左右にわける)+刀」。二つに切りわける意を示す、という。詳細は論語語釈「分」を参照。

論語 崩 金文大篆 論語 マッターホルン 崩
「崩」(金文大篆)

「崩」の初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。同音も存在しない。『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、朋(ホウ)は、二つ並んだ貝飾りの姿。二つ並んでくっつく意は、朋友の朋(仲よくくっついた友達)に残るが、二つに離れる意をも含む。崩は「山+(音符)朋」で、△型の山が両側にくずれ落ちること、という。詳細は論語語釈「崩」を参照。

論語 離 金文大篆 論語 遺産 離
「離」(金文大篆)

「離」の初出は戦国時代の金文。論語の時代に存在しない。語義を共有する同音は存在しない。部品の「离」に”散る・去る”の語釈を『大漢和辞典』が載せるが、初出は戦国末期の金文。『学研漢和大字典』によると「隹(とり)+大蛇(ダイジャ)の姿」の会意文字。もと、へびと鳥が組みつはなれつ争うことを示す。ただし、ふつうは麗(きれいに並ぶ)に当て、二つ並んでくっつく、二つべつべつになるの意をあらわす、という。詳細は論語語釈「離」を参照。

論語 析 金文 論語 斧 析
「析」(金文)

「析」の初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると「木+斤(おの)」の会意文字で、木をおので細かに切りわけることを示す。皙(セキ)(分明な)と同系のことば、という。詳細は論語語釈「析」を参照。

論語 守 金文
(金文)

論語の本章では、”国を守る”。原義は手で屋根の下に囲い込むさま。詳細は論語語釈「守」を参照。

論語 謀 金文 論語 某 謀 梅 字解
(金文)

論語の本章では、”計画する・たくらむ”。原義はウメ。詳細は論語語釈「謀」を参照。

論語 動 金文 論語 歌舞伎 動
(金文)

論語の本章では”動かす・活動させる”。原義は足踏みするさま。漢文の読解では、「ややもすれば」とよみ、「どうかするといつも」と訳すことがある。前の状況に連動して、後の状況がおこる意を示す。詳細は論語語釈「動」を参照。

干戈(カンカ)

論語 干 金文 論語 戈 金文
(金文)

論語の本章では、”軍隊”。「干」は武器のさすまた、詳細は論語語釈「干」を参照。「戈」は論語では本章のみに登場。鎌状の武器。春秋時代の主力兵器だった。詳細は論語語釈「戈」を参照。「干戈」は漢文では広く、”戦争”を意味する言葉として用いられる。
論語と算盤 干戈

論語 於 金文
(金文)

論語の本章の今回では、”~で”の指示詞。

而謀動干戈邦內 そして領内いくさを起こそうとくわだてている
詳細は論語語釈「於」を参照。

論語 吾 金文
(金文)

論語の本章では、”私は”。論語の時代では、一人称の主格では「吾」を用いた。詳細は論語語釈「吾」を参照。

論語 恐 金文 論語 恐 解字
(金文)

論語の本章では”恐れる”。初出は上掲戦国末期の金文で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はkʰi̯uŋで、同音は存在しない。部品の巩(カ音不明)”いだく・かかえる”の派生字である鞏(=𢀜、カ音ki̯uŋ)に、”おそれる”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。詳細は論語語釈「恐」を参照。

季孫

論語 季 金文 論語 孫 金文
(金文)

論語の本章では、魯国門閥家老筆頭・季孫氏のこと。魯の第十五代国公・桓公(位BC711-BC694)の季=四男の末裔であることからこう呼ばれた。文字的には論語語釈「季」論語語釈「孫」を参照。

論語 憂 金文 論語 テーピング 憂
(金文)

論語の本章では、”心配すべき事”。原義が頭+引きずった足。詳細は論語語釈「憂」を参照。

論語 在 金文 論語 在 解字
(金文)

論語の本章では、”そこにある・存在する”。原義は河のせき。詳細は論語語釈「在」を参照。

顓臾(センユ)

論語 顓 金文大篆 論語 臾 金文
「顓」(金文大篆)・「臾」(金文)

論語の本章では、魯国領内にある半独立の小国。極めて史実性に乏しく、おそらくは前漢儒者による創作。
論語 魯国 地図出典:http://shibakyumei.web.fc2.com/

顓臾は山東省にあった風姓の古い国。伝説によると、風姓を代々受け継いだ東夷族の首領太皞タイコウが、太古の時代に顓臾方国を建てた。西周初期、周の成王がこれを顓臾王に任じ、その主要な任務として蒙山の祭祀を任せた。春秋時代には、顓臾は魯国内の属国となった。

『春秋左氏伝』僖公二十一年の条に、「任、宿、須句、颛臾は風姓である。太皞と済水の祭祀を司り、中華諸国に仕えた」とある。これら風姓の古代諸国は魯国の属国となり、顓臾は魯国の季孫氏の領地費邑の付近にあった。

春秋末期、魯国の季康子が顓臾を攻略しようとはかり、季孫氏の執事冉求と家臣の季路が彼らの師である孔子にこれを報告した。孔子は厳しく彼らを批判し、このことは『論語』季氏第十六の最初に記されている。歴史学者の李零は、この事件をBC484からBC480年のことと考証している。(wikipedia中国語版より翻訳)

「顓」の初出は定州漢墓竹簡。論語の時代に存在しない。同音に専があるが、固有名詞のためそれに置換可能か判断できない。詳細は論語語釈「顓」を参照。

「臾」の初出は甲骨文。原義は”横に引き抜く”こと。詳細は論語語釈「臾」を参照。

蕭牆(ショウショウ)

論語 蕭 金文大篆
「蕭」(金文大篆)

論語の本章では、家を取り囲む囲い。

「蕭」は論語では本章のみに登場。初出は戦国時代の金文。論語の時代に存在しない。論語の時代の置換候補は無い。『学研漢和大字典』によると「艸+(音符)肅(ショウ)(細くひきしまる)」の会意兼形声文字、という。詳細は論語語釈「蕭」を参照。

「牆」の初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、嗇(ショク)は「麥+作物をとり入れる納屋」からなり、収穫物を入れる納屋を示す。牆は「嗇(納屋)+(音符)爿(ショウ)」の会意兼形声文字で、納屋や倉のまわりにつくった細長いへいを示す、という。詳細は論語語釈「牆」を参照。

論語:解説・付記

今回の記事は『漢書』魏相丙吉伝に引用されており、現伝の論語が成立する以前から伝わっていた言葉だと知れる。

元康(前漢宣帝の年号。BC65-BC61)中、匈奴兵を遣りて漢の屯田車師を擊つ者あるも、下す能わず。上と後將軍趙充國等議して、匈奴の衰弱に因りて出兵し其の右地を擊ち、敢えて復た西域をさわがしめざらんと欲す。相上書して諫めて曰く、「臣之を聞く…ほぼ孔子の所謂いわゆる『吾恐るらく、季孫之憂い顓臾に在らずし而、蕭牆之內に在り』と也。」

ただし顓臾の存在そのものが怪しく、本章が前漢の儒者、おそらくは董仲舒による創作なのはほぼ確実。董仲舒とは、希代の暴君だった武帝に仕え、いわゆる儒教の国教化を進めた儒者だが、論語時代を記した史書『春秋』に詳しいというのが売りだった。

論語 董仲舒 前漢武帝
その董仲舒は、なぜ本章を偽作したか? 武帝による無軌道な外征に反対したかったのだ。

是後,外事四夷,內興功利,役費並興,而民去本。

(漢初からの節約が功を奏して、財政が豊かになったのを受け、武帝時代になると贅沢が流行った。)それより後、四方の外敵との戦争が始まり、国内では利権争いが激しくなって、臨時課税が次々に徴収され、民は本籍地から逃げ散った。

董仲舒說上曰:「春秋它穀不書,至於麥禾不成則書之,以此見聖人於五穀最重麥與禾也。今關中俗不好種麥,是歲失春秋之所重,而損生民之具也。願陛下幸詔大司農,使關中民益種宿麥,令毋後時。」

董仲舒が意見書を武帝に奉った。「『春秋』には、作物の作柄は基本的に記しません。ただし麦と稲の不作だけは、重大事として記しました。これはつまり、聖人が五穀の中で麦と稲を重視したからに他なりません。ところが今や、帝都長安の周辺では農民が麦を植えたがりません。これは年単位で考えれば『春秋』の記述に背き、民百姓の生きる糧を損なっております。陛下におかれてはよろしく農務大臣に命令を下され、帝都周辺の民百姓が麦の作付けを増やすよう促し、あとあとの心配が無いようになさいますように。」

又言:「古者稅民不過什一,其求易共;使民不過三日,其力易足。民財內足以養老盡孝,外足以事上共稅,下足以畜妻子極愛,故民說從上。

さらに次のような意見を述べた。「昔の税というのは、民の収入から十分の一を取るに過ぎませんでした。ですからすんなりと民も払ったのです。労役を課すにも、年に三日に過ぎませんでした。ですから必要なときに民は応じたのです。民の手元に財産があったから、老人を養い孝行を尽くし、主君に仕え税を払えたのです。だから妻子を養えましたし、お上の言うことに喜んで従ったのです。

至秦則不然,用商鞅之法,改帝王之制,除井田,民得賣買,富者田連仟伯,貧者亡立錐之地。又顓川澤之利,管山林之饒,荒淫越制,踰侈以相高;邑有人君之尊,里有公侯之富,小民安得不困?

ところが秦帝国が無茶を始めました。商鞅の法を国是にして、いにしえの聖王の制度を変えてしまい、井田制を廃止して農地の売買を許可しました。その結果金持ちは広大な荘園を持ち、貧乏人には錐を立てるほどの土地も残りませんでした。その上川から得られる利益も国家が独占し、山林の収益も国有化し、取れる税はどこまでも取り尽くし、役人はぜいたくにふけりました。都で君主がわがままのし放題、地方に豪族がわがままのし放題では、庶民はどうして生活に困らないでいられましょうか。

又加月為更卒,已復為正,一歲屯戍,一歲力役,三十倍於古;田租口賦,鹽鐵之利,二十倍於古。或耕豪民之田,見稅什五。故貧民常衣牛馬之衣,而食犬彘之食。重以貪暴之吏,刑戮妄加,民愁亡聊,亡逃山林,轉為盜賊,赭衣半道,斷獄歲以千萬數。

その上毎年一ヶ月間の兵役を交替で課され、退役してやっと一人前と見なされ、その後はある年は兵役に、ある年は労役に駆り出されました。これは昔の三十倍の負担です。土地税や付加税、塩や鉄の専売による負担、これは昔の二十倍です。ですから仕方が無く豪族の小作人になったのですが、小作料として作物の半分を取られました。その結果貧民は牛や馬がかぶるようなボロをまとい、犬や豚のエサで命を繋ぎました。その上強欲な役人が税の割り増しを搾り取り、むやみに重罰が課されましたから、民は世を恨んで山林に隠れ、あるいは山賊に加わり、捕まって護送される罪人で道が埋まり、刑事裁判は年に千万ほどになったのです。

漢興,循而未改。古井田法雖難卒行,宜少近古,限民名田,以澹不足,塞并兼之路。鹽鐵皆歸於民。去奴婢,除專殺之威。薄賦斂,省繇役,以寬民力。然後可善治也。」仲舒死後,功費愈甚,天下虛耗,人復相食。武帝末年,悔征伐之事,乃封丞相為富民侯。

せっかく我が漢帝国が興ったというのに、この無道は改まっていません。いにしえの井田制を実施するのは困難ですが、少なくとも今の世に合わせて、荘園の持ちすぎは制限し、土地の無い者に農地を与え、大土地所有が出来ないようにせねばなりません。塩や鉄の専売は廃止して、利益を民に与えるべきです。奴隷は解放して一人前の農民として扱い、むやみな死刑は控えねばなりません。税を安くし、労役・兵役を減らし、民の生活に余裕が出来るよう図るべきです。それでやっと、政治がうまく回るでしょう。」

だが董仲舒が死ぬと、遠征の軍事費はますます増大し、漢の天下は不況になり、人が互いに食べ合うほどの悲惨に陥った。武帝も死の間際になって遠征の愚かさを後悔し、宰相を”民を富ます大臣”と呼び名を変えた。(『漢書』食貨志上23)

董仲舒が遠回しに、武帝の外征を批判したことが分かる。それゆえに顓臾というおとぎの国と、それにまつわるおとぎ話を創作したのだ。だがまるまるのウソだといざとなって責任を追求され、首や司馬遷のようにナニをちょん切られかねないから、何か元ネタはあったろう。

それが論語季氏篇2で紹介した、邾国の奪取話と考えて良かろう。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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