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論語語釈「ホ」

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語釈 urlリンクミス

布(ホ・5画)

布 金文
作冊睘卣・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「丨」”棒”+「又」”手”+「巾」”垂れ下がった布”。織り上がった布をぶら下げて叩くさま。

慶大蔵論語疏では未詳字「〔丆巾〕」と記し、「布」と傍記する。

音:カールグレン上古音はpwo(去)。「フ」は呉音。

用例:西周早期「作冊睘卣」(集成5407)に「夷白賓睘貝。布。」とあり、”ぬの”と解せる。

”しく”と明らかに解せる用例は、戦国最末期の「睡虎地秦簡」から。

備考:通説では麻布を言う。ただしそう明記されたのは文献時代まで下がる。論語郷党篇7余話参照。

学研漢和大字典

形声。もと「巾(ぬの)+(音符)父」で、平らに伸ばして、ぴたりと表面につくぬののこと。敷(フ)(平らにしく)・普(あまねく行き渡る)と同系。また舗(ホ)(平らにしく)とも近い。類義語に帛・播。草書体をひらがな「ふ」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}ぬの。平らに伸びて膚につくぬの。▽綿・麻・絹などで織るが、単に布といえば、本来は、麻や葛(カツ)(くず)で織ったもの。後世は、綿布のこと。これに対して、絹布を帛(ハク)(しろぎぬ)という。「許子必織布而後衣乎=許子は必ず布を織りてしかる後に衣るか」〔孟子・滕上〕
  2. {動詞}しく。平らに伸べる。また、広く行き渡らせる。《同義語》⇒域・敷。「布陣=陣を布く」「公布」「陽春布徳沢=陽春徳沢を布く」〔古詩・長歌行〕
  3. 「布施(フシ)」とは、広く金品をほどこすこと。「生不布施、死何含珠為=生きて布施せず、死して何ぞ珠を含むことを為さん」〔荘子・外物〕
  4. {名詞}古代の貨幣の一種。平らな形をしている。「泉布」。

字通

[形声]古い字形は父に従い、父(ふ)声。〔説文〕七下に「枲(あさ)の織(おりもの)なり」とあって、ぬの。木綿が作られる以前は、麻布・褐布が普通であった。蚕は卜文にみえ、また金文に「毳布(ぜいふ)」の名がみえるが、みな富貴の人の用いるもので、のちの世になっても、布衣とは身分のないものをいう。布衣は粗衣、わが国では「ほい」とよむ。敷(ふ)と通用する。

豹(ホ・10画)

豹 甲骨文 豹 金文
合3302/焂戒鼎・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形はヒョウの象形。現行字形の原形は「豸」”頭の大きな動物”+豹紋。

音:カールグレン上古音はpeau(去)。「ヒョウ」は呉音。

用例:甲骨文では、原義の”ヒョウ”、または人名と解せる用例がある。西周の金文では「豹皮」「豹裘」”豹の毛皮コート”の語が見られる。

学研漢和大字典

形声。「豸+(音符)勺(ヒョウ)(=杓)」で、身のこなしが軽くて、よくとびこえる獣のこと。飄(ヒョウ)(軽くまいあがる)と同系。

語義

  1. {名詞}猛獣の名。とらに似ていて、やや小さく、背に黒いぶちの模様がある。ひょう。「豹文(ヒョウブン)・(ヒョウモン)」。

字通

[象形]豹斑のある豹の形。豹斑の形が、のち勺(しやく)の字形となった。〔説文〕九下に「虎に似て圜文(けんもん)あり」とし、勺声とするが、声が合わない。卜文に、豹斑を加えた虎形の字があり、もと全体象形の字である。

圃(ホ・10画)

圃 金文
󱩾父癸方彝蓋・殷代末期

初出:初出は殷代末期の金文

字形:囗+”芽”+田。区切った畑のさま。

音:カールグレン上古音はpwo(上)。

用例:殷代末期から人名に用いた。また殷代末期「亞󱣻父乙𣪕」(集成3990)に「才(在)小圃」とあり、”はたけ”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。甫(ホ)・(フ)は、平らな苗床に苗の芽ばえた姿。圃は「囗(かこい)+(音符)甫」で、囲みの中を平らにならして苗の行き渡った畑。普(平らにしきわたる)・敷(平らにしく)と同系。

語義

  1. {名詞}囲いの中を平らにならして苗を栽培する菜園。畑。「田圃(デンポ)」「種圃(シュホ)(苗を育てる畑)」「荒圃(コウホ)(荒れた菜園)」「請学為圃=圃を為すことを学ばんと請ふ」〔論語・子路〕
  2. {名詞}畑づくり。また、農夫。「吾不如老圃=吾老圃に如かず」〔論語・子路〕

字通

[会意]囗(い)+甫(ほ)。甫は苗木。苗木を植え育てるところを圃という。〔説文〕六下に「菜を穜(う)うるを圃と曰ふ」とあり、果樹には園という。〔論語、子路〕に、樊遅(はんち)が孔子に「稼を學び」「圃を爲(つく)る」ことを問うて、不興を招いたことがみえる。

脯(ホ・11画)

脯 楚系戦国文字 脯 秦系戦国文字
包2.255・戦国/睡虎地簡10.13・戦国最末期

初出:初出は楚系戦国文字

字形:初出の字形は音符「父」pi̯wo/bʰi̯wo(ともに上)+「月」”にく”。現行字形は秦系戦国文字からで、「月」+音符「甫」pi̯wo(上)。「甫」の原義は畑にまいた種が芽を出すことで、”大きい”の意があり、干し肉の中でも大きなものをいう。また『大漢和辞典』甫条は「斧に通ず」という。

論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はpi̯wo(上)。同音に部品の「甫」”ますらお・大きい・畑”、「父」、「斧」、「夫」など多数。

用例:戦国中末期「包山楚簡」255に「飤(食)室之飤(食)…〔父月〕(脯)一□」とあり、何らかの食品と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」廄苑13に「賜田嗇夫壺酉(酒)束脯」とあり、酒のつまみになり、かつ束ねることが出来る食品と解せる。

同日乙187に「得於酉(酒)、脯脩節肉」とあり、酒のつまみになる食品と解せる。「脩」も”干し肉”。「節」は”割り符”状の食品。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「膊」(初出秦隷書)。部品の「父」「甫」に”ほじし”の語釈は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。「肉+(音符)甫(フ)(平らにひろげる)」。

語義

ホ(上)
  1. {名詞}ほじし。むして平らにのばし、ほした肉。「十日九食擽、一日儻有脯=十日に九(ここの)たび擽(せい)を食し、一日儻(たまたま)脯有り」〔梅尭臣・懐悲〕
  2. {名詞}果実のほしたもの。「杏脯(キヨウホ)」。
  3. {名詞}昔の極刑の一つ。罪人を殺して、その肉を平らにのばし、ほして塩漬(ヅ)けにする。「脯醢(ホカイ)」。
ホ(平)
  1. {名詞}むね。胸部。

字通

[形声]声符は甫(ほ)。〔説文〕四下に「乾肉なり」とあり、肉を細く析き、塩を加えて乾したもので、脩・腊の類。〔説文〕の次条に「脩は脯なり」と互訓している。また果物を乾かしたものをもいい、筍脯(しゆんほ)・棗脯(そうほ)のようにいう。字はまた酺と通用する。

※酺:”うたげ・さかもり・疫病神”。

莫(ボ/バク・11画)

莫 甲骨文 莫 金文
甲骨文/散氏盤・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:「ボウ」”くさはら”+「日」で、平原に日が沈むさま。原義は”暮れる”。時代と共に多義語化したため、三国時代になって原義では「暮」(→語釈)と記すようになった。

音:漢音「ボ」で”暮れる”、「バク」で”無い”を示す。カールグレン上古音は不明(入)。藤堂上古音はmag(去)・「暮」と同、mak(入)・「幕」と同。

用例:「甲骨文合集」29805.1に「其莫無災」とあり、”日暮れ”または地名と解せる。

33545.2に「乙酉卜貞王其田莫無災」とあり、地名と解せる。まさか日暮れに狩りはすまい。

殷代末期の金文では、族徽(家紋)に用いた例のみ確認できる。

西周早期の用例では、人名を意を確認できる。

西周中期の金文では「幕」と釈文する例がある。

西周末期の「散氏盤」(集成10176)に「至于𨾊莫。」とあり、「墓」と釈文されている。

春秋の「晉公盆」(集成10342)に「至于大廷。莫不來〔王。王〕命󱯗公。」とあり、”ない”と解せる。

春秋末期の「姑發󰽉反劍」(集成11718)に「莫敢󱟚余余處江之昜。」とあり、”ない”と解せる。

春秋末期までの用例は以上とその類例のみ。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか地名に、金文では人名に(莫尊・年代不詳)、”墓”(散氏盤・西周中期)の意に、戦国の金文では原義に(越王者旨於賜鐘・戦国早期)、”ない”の意に(中山王方壺・戦国早期)、官職名に(郾客問量・戦国末期)用いた。

学研漢和大字典

草原のくさむらに、日が隠れるさまを示す会意文字。暮の原字。隠れて見えない、ないの意。幕(見えなくする布)-墓-無-亡と同系のことば。
意味:くれる、くれ、おそい。ない。なかれ。ことわる、さからう、うけつけないこと(用例で里仁篇の章をこの義とする)。むなしい、はてしなく広い。莫莫とは、こんもり茂っておおいかくすさま。

語義

ボ(去)
  1. {動詞・名詞・形容詞}くれる(くる)。くれ。おそい(おそし)。日・年がくれる。日・年のくれ。時刻・時候がおそい。《同義語》⇒暮。「不夙則莫=夙からざれば則ちなし」〔詩経・斉風・東方未明〕
バク(入)
  1. {動詞}ない(なし)。否定をあらわす。まるでない。見あたらない。→語法「①」。
  2. {動詞}なかれ。→語法「②」。
  3. {動詞・名詞}ことわる。さからう。うけつけないこと。「君子之於天下也、無適也、無莫也=君子の天下におけるや、適も無く、莫も無し」〔論語・里仁〕
  4. {形容詞}むなしい。はてしなく広い。《類義語》茫(ボウ)。「寂莫(ジャクマク)・(セキバク)」「広莫之野(コウバクノヤ)」〔荘子・逍遥遊〕
  5. 「莫莫(バクバク)」とは、こんもり茂っておおいかくすさま。「維葉莫莫=維れ葉莫莫たり」〔詩経・周南・葛覃〕

語法

①「なし」とよみ、「~ない」と訳す。否定の意を示す。「吾楯之堅、莫能陥也=吾が楯の堅きこと、よく陥すもの莫(な)し」〈私の楯のがんじょうなことは、どんな物でも突き通せる物はない〉〔韓非子・難一〕

②「なかれ」とよみ、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。「酔臥沙場君莫笑=酔うて沙場に臥(ふ)すとも君笑ふこと莫(な)かれ」〈酔って砂漠の上に倒れ伏せても、君よ笑わないでおくれ〉〔王翰・涼州詞〕

③「莫不~」は、「~ざるはなし」とよみ、「~しないものはない」と訳す。二重否定。「天下莫不称君之賢=天下君の賢を称せざる莫(な)し」〈天下の誰一人として殿の賢明さをたたえぬ者はございません〉〔史記・刺客〕▽「無不~」も、「~ざるはなし」とよみ、意味・用法ともに同じ。

④「莫非~」は、「~(に)あらざるはなし」とよみ、「~でないものはない」と訳す。二重否定。「尺地莫非其有也、一民莫非其臣也=尺地もその有に非(あら)ざるは莫(な)く、一民もその臣に非ざるは莫し」〈一尺の土地でも紂王のものでないものはなく、一人の人民でも紂王の臣下でない者はない〉〔孟子・公上〕▽「無非~」も、「~(に)あらざるはなし」とよみ、意味・用法ともに同じ。

⑤「~莫如(若)…」は、「~、…(する)にしくはなし」とよみ、「~は、…(するの)がいちばんよい」と訳す。比較して優劣を判断する意を示す。「知臣莫如君=臣を知るは君に如(し)くは莫(な)し」〈臣下を知ること主君に優るものはない〉〔史記・斉太公〕

  1. 「~莫…焉」は、「~これより…なるはなし」とよみ、「~より…なものはない」と訳す。比較の意を示す。「晋国天下莫強焉=晋国は天下これより強きは莫(な)し」〈天下に晋より強い国はない〉〔孟子・梁上〕
  2. 「莫大(バクダイ)」は、「莫大焉=これより大なるはなし」がもともとの用例。「反身而誠、楽莫大焉=身に反して誠なれば、楽しみこれより大なるは莫(な)し」〈我が身にふり返ってみてうそがない心ならば、楽しみがこれより大きいことはない〉〔孟子・尽上〕

字通

茻(げう)+日。草間に日が沈むときの意で、(暮)の初文。莫が否定詞などに使われ、さらに日を加えて暮となった。〔説文〕一下に「日且(まさ)に冥(く)れんとするなり」とあり、莫・冥(めい)は双声。金文の〔晋公𥂴(しんこうてい)〕「來王せざる莫(な)し」のように、否定詞に用いる。否定詞の用法は、靡・末・無・(亡)・罔・(蔑)などと声近く、通用の義。金文には日暮の意の例がなく、亞(亜)字形中に莫をしるして、墓の意を示したかとみられる用例がある。

訓義

ひぐれ、くれかた、よる。くらい、おそい。むなしい、さびしい。漢と通じ、ひろい、しずか。ない、なかれ、打ち消しに用いる。

大漢和辞典

日暮れ。夜。遅い。若い。菜の名。あるいは暮に作る。なし。むなしい。さびしい、しづか。広い、大きい。つとめる。したふ。けずる、さる。ちる、しく。おそれる。さだまる。わるい(用例で里仁篇の章をこの義とする)。はかる。病む、やます、やまひ。うすかは。ひきまく、まくばり。諡。姓。徳が正しくて和にかなふをいふ。むなしい。

慕(ボ・14画)

慕 金文
史墻盤・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:「莫」”茂みに隠れる”+「心」。原義は”たくらむ”。

音:カールグレン上古音はmɑɡ(去)。

用例:西周末期「禹鼎」(集成2833)に「于匡朕肅慕。󰼬(惟)西六𠂤。殷八𠂤」とあり、”たくらむ”・”深く考える”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。莫(マク)・(バク)は、草むらに日が没して見えなくなるさま。ない意を含む。慕は「心+(音符)莫」で、身近にない物を得たいと求める心のこと。募集の募(手もとにない物を求める)と同系。類義語に恋。

語義

  1. {動詞}したう(したふ)。ない物をほしがる。「不慕栄利=栄利を慕はず」〔陶潜・五柳先生伝〕
  2. {動詞}したう(したふ)。恋しがる。したわしく思う。身近に得たいと思いを寄せる。「仰慕」「一国慕之=一国これを慕ふ」〔孟子・離上〕

字通

[形声]声符は莫(ぼ)。〔説文〕十下に「習ふなり」とする。金文に慕を「謨(はか)る」の意に用い、〔禹鼎(うてい)〕「朕(わ)が肅慕」、〔史牆盤(ししようばん)〕「桓慕を亟(きは)め煕(ひろ)む」のように用いる。文献には思慕の意に用いる。

暮(ボ・14画)

暮 隷書
彭盧買地券・三国呉

初出:初出は三国時代の隷書。それ以前は「莫」(→語釈)と記された。

字形:「莫」”くれる”+「日」。戦国以降に「莫」に”…ない”の意などが加わり多義語化したため、三国時代に書き分けられるようになったと見られる。

音:カールグレン上古音はmɑɡ(去)。「莫」と同じ。

用例:現伝の論語先進篇27は「暮」と記すが、定州竹簡論語は「莫」と記す。

論語時代の置換候補:原字の「莫」。

方(ホウ・4画)

方 甲骨文 方 甲骨文 方 金文
甲骨文1・2/不𡢁簋・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:字形は「人」+「一」で、甲骨文の字形には左に「川」を伴ったもの「水」を加えたものがある。原義は諸説あるが、甲骨文の字形から、川の神などへの供物と見え、『字通』のいう人身御供と解するのには妥当性がある。おそらく原義は”辺境”。

甲骨文や金文の字形には「何」の甲骨文と酷似したものがある。詳細は論語語釈「何」を参照。

音:カールグレン上古音はpi̯waŋ(平)。同音は下記を参照。平声、陽-奉の音は不明。

初出 声調 備考
ホウ ならべる 甲骨文
謀る 斉系戦国文字
木の名・まゆみ 戦国末期金文
方形の容器 甲骨文
あきらか 説文解字
はなつ 西周末期金文 上/去 →語釈
須恵もの師 説文解字
ふね 春秋末期石鼓文 又音pwɑŋ(去)

”知らせ”の同訓に「報」があるが、カールグレン上古音はp(去)のみ。同音は論語語釈「飽」を参照。

用例:甲骨文に「四方」の用例が複数あり、”四方の精霊”と解せる。また「○方」で”○地域(の士族)”と解せる。「方」に”方角”・”地域”の語義を確認できる。

西周早期の金文「天亡𣪕」に「乙亥,王又(有)大豐,王凡三方」とあり、「乙亥、王大礼あり、王凡て三たびす」と読め、「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では量詞に分類している。

西周早期「召卣」(󱞟圜器、集成10360)に「賞畢土方五十里」とあり、”面積…四方”と解せる。

論語と同時代の春秋中期「秦公鎛(秦銘勳鐘、盄和鐘、秦公鐘)」(集成270)に「□(竃?)囿(佑)四方,宜。」とあり、「竃四方を佑けて宜しからん」と読め、”方角”・”地域”の語義を確認できる。「匍有四方」は春秋早期の「秦公鎛」(集成269)などにも見える。

春秋末期の「徐王子󱜼鐘」(集成182)に「其音󱩾(悠)聞于四方」とあり、”方角”と解せる。

春秋末期の「庚壺」(集成9733)に「庚伐陸。󰭄其王駟。󱩁方綾縢相乘𩡶。」とあり、語義が明確でない。

「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”方角(の国)”を意味し、金文では西周早期の「史逨方鼎」に、”四角形”の意が、西周の「召卣」に”面積”の意があるが、”やっと”の意は戦国時代の「中山王鼎」まで下るという。秦系戦国文字では”字簡”の意が加わったという。

学研漢和大字典

方 篆書 鋤
(篆書)

象形。左右に柄の張り出たすきを描いたもので、←→のように左右に直線状に伸びる意を含み、東←→西、南←→北のような方向の意となる。また、方向や筋道のことから、方法の意を生じた。傍(両わき)・妨(左右に手を張り出してじゃまする)・防(左右に張り出た堤防)・房(左右に張り出たわき屋)などと同系。並(ヘイ)(左右にならぶ)とも縁が近い。付表では、「行方」を「ゆくえ」と読む。

語義

ホウfāng
  1. {名詞}かた。起点の両側から←→のように伸びた直線のむき。「四方」「方角」「何方=何れの方」。
  2. {名詞}行くさき。「遊必有方=遊ぶこと必ず方有り」〔論語・里仁〕
  3. {名詞}領域としてのくに。国土。《類義語》邦(ホウ)。「鬼方(=鬼邦)」「方国(くに)」。
  4. {動詞}ならべる(ならぶ)。左右両側にならべる。また、ならべておく。《類義語》並。「方舟而済於河=舟を方べて河を済る」〔荘子・山木〕
  5. {動詞}くらべる(くらぶ)。ならべてくらべる。「比方」「子貢、方人=子貢、人を方ぶ」〔論語・憲問〕
  6. (ホウス)(ハウス){名詞・動詞}いかだ。木や竹をならべてしばってつくったいかだ。また、小舟を左右にならべてつないだ二そう舟。いかだや舟で川を渡る。▽舫(ホウ)(二そう舟)に当てた用法。《類義語》筏(ハツ)(いかだ)。「方筏(ホウバツ)(いかだ)」「江之永矣、不可方思=江の永きは、方すべからず思」〔詩経・周南・漢広〕
  7. {動詞}やぶる。きまりをやぶってかって気ままに行う。▽放に当てた用法。「方命虐民=命を方り民を虐ぐ」〔孟子・梁下〕
  8. {名詞}しかた。やりかた。「方法」「可謂仁之方也已=仁の方と謂ふべきのみ」〔論語・雍也〕
  9. {名詞}薬の調合のしかた。「処方」「薬方」「禁方(めったに使ってはならない処方)」。
  10. {名詞}技術やわざ。「技方」。
  11. {名詞}不老長生の術。▽秦(シン)の始皇帝や漢の武帝が重用した。「方術」「方士」。
  12. {形容詞}←→のように直線的に張り出ている。まっすぐなさま。また、きちんとしていて正しい。「方正(まっすぐで正しい)」。
  13. {名詞・形容詞}四角。四角い。四角い板。▽また、天は円形、地は方形(四角)だと考えられたので、大地を方という。《対語》円。「方形」「規矩方員之至也=規矩は方員之至り也」〔孟子・離上〕
  14. {名詞}人として行うべきまっすぐな道。道徳。「義方(道徳律)」。
  15. {名詞}数学で、二乗した積のこと。「平方」。
  16. {動詞}あたる。ちょうどその時にあたる。《類義語》当。「日、方南、金居其北=日、南に方り、金は其の北に居る」〔史記・天官書〕→語法「②」。
  17. {副詞}まさに。→語法「①」。
  18. {副詞}はじめて。そのときになってようやく。「方可=方めて可なり」。
ホウpáng
  1. {動詞・形容詞}あてもなく出歩く。どこまでも広がる。あまねく。▽放や彷徨(ホウコウ)の彷に当てた用法。「方羊(=彷秋。さまよう)」。
  2. 《日本語での特別な意味》
    ①かた。つ人を直接にさすことをさけ、その人のいる方角でその人をさす敬語。「あの方」づそれをする人。係。「道具方」て他の人の家に住んでいるとき、その家の主人の名前の下につけることば。「田中一郎方」。
    ②ころ。「夕方」。

語法

①「まさに」とよみ、「ちょうど~する最中だ」「まさしく今」と訳す。「如今人方為刀俎、我為魚肉=如今(じょこん)人は方(まさ)に刀俎(とうそ)為り、我は魚肉為り」〈今や相手は包丁とまな板、我らはその上にのせられた魚や肉のようなもの〉〔史記・項羽〕

②「~にあたりて」とよみ、「ちょうどそのとき」と訳す。「方吾在縲紲中、彼不知我也=吾の縲紲(るいせつ)の中に在るに方(あた)りて、かの我を知らざるなり」〈私が囚われの身となっていたとき、あの(私を罪に陥れた)者どもは私(の真価)を認めてはいませんでした〉〔史記・管晏〕

字通

方
架屍かしの姿。横にわたした木に、人を架した形。これを境界の禁呪とするので、外方・辺境の意になる。〔説文〕八下に「併せたる船なり。兩舟の、頭をむすびたる形に象る」と舟の意とし、重文として汸を録する。卜辞に外邦を土方、馬方のようにいい、遠方・方位・外邦の意となる。放逐の儀礼は方(架屍)をつ形。𠌝(微)・徴(懲)・きょうなど、みな人を殴つ呪儀を示す字である。

 

邦(ホウ・7画)

邦 甲骨文 邦 金文
甲骨文/大盂鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は「田」+「丰」”樹木”で、農地の境目に木を植えた境界を示す。金文の形は「丰」+「囗」”城郭”+「人」で、境を明らかにした城郭都市国家のこと。金文の字形には「囗」を欠くものや、左右で配置が入れ替わっているものがある。

甲骨文と金文とでまるで字形が違うが、この字形がなぜ「邦」の甲骨文に比定されたかの理由は不明。「漢語多功能字庫」にいう「ホウ」は、「国学大師」によると「封」の初文、農地の境界上に植えた樹木の象形。

慶大蔵論語疏は異体字「邽」と記す。「隋宮人司飭丁氏墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はpŭŋ(平)。

用例:『甲骨文合集』33068に「王令畢伐于東邦」とあり、「王、畢をして東のさかいを伐たしめんか」と読める。”国境”とも”外国”とも解せる。

西周早期の「中甗」に「王令曰:余令女史小大邦」とあり、「王めいじて曰く、余なんじをして小大のくにに使いせしむ」と読め、周王配下の諸侯国と解せる。

このほか春秋末期までに称号、官職名、地名、”くに”の助数詞の用例が確認できる。

備考:論語語釈「国」も参照。

漢語多功能字庫

甲骨文從「丰」從「田」,象種樹於田界之上,以為疆界。金文從「丰」從「邑」,「丰」下或從「土」。「邦」的本義是邦國、國家。


甲骨文は「丰」と「田」で構成され、農地の境界上に植えた樹木の象形で、境界を意味する。金文は「丰」と「邑」で構成され、「丰」の下にあるものは「土」を加える。「邦」の原義はくに、国家。

学研漢和大字典

会意兼形声。左側の字(音ホウ)は、△型の穂の形。邦は、それを音符とし、邑(領地)を加えた字。盛り土をした壇上で領有を宣言したその領地。また、国境に盛り土をして封じこめた領地のこと。
封(△型に土を盛ること)と同系。類義語のは、域(イキ)と同系で、区画して限った領域のこと。

語義

  1. {名詞}くに。もと、盛り土(封土)をして壇をつくり、その上で、天子*や諸侯が神々に領有を宣言したその領域。天子から領有を認められた諸侯の領土。「邦国是有=邦国を是れ有つ」〔詩経・魯頌・罘宮〕
  2. {名詞}くに。転じて、大きな領土をもつくにのこと。▽もと、貴族の領地を「家」「邑(ユウ)」といったのに対する。また、秦が戦国時代に本国以外の国を呼んだ語。統一後に旧本国以外の地域を呼んだ語。《類義語》国。「友邦」「邦有道則仕=邦に道有れば則ち仕ふ」〔論語・衛霊公〕
  3. 《日本語での特別な意味》日本人が、自国に関する事柄を表すのに用いる。「邦字新聞」。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

形声、声符はほう。〔説文〕六下に「國(国)なり」とし、前条の邑字条にも「国なり」とあって同訓。金文の字形は土主(訳者注。神が宿る土盛)の上に若木を植えて社樹(訳者注。神の宿る木)を示し、旁らに邑を加える。すなわち封建の象で、建邦のことをいう。〔周礼、天官、大宰、注〕に大なるを邦、小なるを国というとするが、邦は封建、はもと或に作り、城郭と戈、すなわち武装都市をいう字である。〔説文〕古文の字は圃の初文であるらしく、〔魏石経、古文〕にみえない字である。

訓義

  1. くに、封建によるくに、その領域。
  2. みやこ、社稷のあるところ。
  3. 封と通じ、封ずる。

防(ホウ・7画)

初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯waŋ(平)。同音に、坊、魴”おしきうお”。「ボウ」は呉音。

学研漢和大字典

会意兼形声。方は、左右に柄のはり出たすきを描いた象形文字。防は「阜(積んだ土)+(音符)方」で、中心点から左右に土を長くつみ固めて、水流をおさえる堤防のこと。方向の方(左右にはり出す)・妨(ボウ)(左右に手をはり出して通さない)・房(ボウ)(母屋の左右にはり出たわき屋)・坊(本堂の左右に出た土べいや小室)などと同系。類義語の禦(ギョ)は、じゃまをしてふせぐこと。拒(キョ)は、間をあけて近よせないこと。「ふせぐ」「ふせぎ」は「禦ぐ」「禦ぎ」とも書く。

語義

  1. {動詞}ふせぐ。中心から両方にはり出して、来るものを左右にはり出した線でおさえふせぐ。《類義語》妨・禦(ギョ)・拒。「予防」「防之未然=これを未然に防ぐ」「防其邪物=其の邪物を防ぐ」〔礼記・祭統〕
  2. {名詞}ふせぎ。侵入や破壊をふせぐ備え。「辺防(国境の備え)」「河防策(黄河のはんらんをふせぐ策)」。
  3. {動詞・名詞}くらべる。ならぶ。匹敵するもの。▽委(ボウ)に当てた用法。「維此仲行、百夫之防=維れ此の仲行は、百夫之防」〔詩経・秦風・黄鳥〕
  4. {名詞}つつみ。左右に長くはり出して、水流をおさえるつつみ。《類義語》堤。「堤防」「防有鵲巣=防には鵲の巣有り」〔詩経・陳風・防有鵲巣〕
  5. {名詞}左右にはり出したついたてや、へい。《類義語》屏(ヘイ)。
  6. 《日本語での特別な意味》「周防(スオウ)」の略。「防州」。

字通

[形声]声符は方(ほう)。方は架屍の象、境界の呪鎮とする祭梟(さいきよう)(首祭)を示す。𨸏(ふ)は神の陟降する聖梯であるから、防とは聖域を呪鎭によって守護する意である。〔説文〕十四下に「隄(てい)(堤)なり」とし、〔周禮、地官、稻人〕に「防を以て水を止む」とあって、池隄をいう。〔説文〕重文の字は埅に作り、下に土を加える。土は社主の意であろう。次条に「隄は唐なり」とあり、〔爾雅、釈宮〕に「廟中の路、之れを唐と謂ふ」とあり、隄唐ともいう。〔逸周書、作雒解〕の大廟明堂の制に隄唐の名がみえ、聖域の施設に名づける。〔説文〕のいう隄も隄唐の意であろう。あるいはお土居(どい)のようなもので、都城の都は堵をめぐらし、堵は呪符の書を埋めたお土居である。

朋(ホウ・8画)

朋 甲骨文 朋 金文
甲骨文/中作且癸鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:字形はヒモで貫いたタカラガイなどの貴重品をぶら下げたさまで、原義は単位の”一差し”。

甲骨文の字形は多様で、人がすだれ状の物を手に取る形もある。古文にはこの字形を保存したものがある。

朋 甲骨文 朋 古文
甲骨文2/古文

音:カールグレン上古音はbʰəŋ(平)。

用例:『甲骨文合集』11438に「庚戌□貞晹多女有貝朋」とあり、「庚戌、□貞う、女に貝朋有ること多く賜わらんか」と読め、”一差し”の語義が確認できる。

西周末期の金文「杜白盨」に「于好倗友。用𠦪壽。」とあり、「朋友に好く、用いて幸寿ながかれ」と読め、”朋友”の語義が確認できる。

論語と同時代、春秋末期の「鄦子𨡰𠂤鎛」に、「用樂嘉賓、大夫、及我倗友。」とあり、『用いて嘉き賓、大夫を楽しませ、我が朋友に及ばん」と読め、”朋友”の語義が確認できる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文(合集29694)、金文では原義に用いた(何尊・西周早期/裘衛盉・西周中期)。

現伝の『楚辞』離騷の歌には、”つるむ”の用例がある。

 

学研漢和大字典

象形文字。数個の貝をひもでつらぬいて二すじ並べたさまを描いたもの。同等のものが並んだ意を含み、のち肩を並べたとものこと。並や併(二つ並べ合わす)と縁が近い。また倍(二つ並ぶ→二ばい)と同系のことば。

語義

  1. {名詞}とも。対等の姿で肩を並べたともだち。《類義語》友。「朋友」「有朋自遠方来=朋有り遠方より来たる」〔論語・学而〕
  2. {名詞}なかま。いっしょに組んだなかま。《類義語》党。「朋党(ホウトウ)」「朋比為奸=朋比して奸を為す」「武王之臣三千人、為一大朋=武王の臣三千人、一大朋を為す」〔欧陽脩・朋党論〕
  3. 「無朋(ムホウ)・(ホウナシ)」とは、「無比」「無双」と同じで、比べる相手のないほど、けた違いに大きいこと。
  4. {名詞}古代、貝を宝や通貨として用いていたとき、一組五つずつつないで二組並べた貝のこと。「錫我百朋=我に百朋を錫ふ」〔詩経・小雅・菁菁者莪〕

朋 古文
(古文)

字通

[象形]貝を綴った形。一連二系。金文の図象にこれを荷う形のものがあり、一朋一荷の量で宝貨とされた。金文の賜与に「貝十朋」「貝三十朋」を賜う例があり、青銅彝器を作るのに十数朋を費やしたという器銘の例もあって、貝貨として通用した。

風 甲骨文
「風」(甲骨文)

〔説文〕鳥部四上の鳳字条に「神鳥なり。天老曰く、鳳の象なり」、また朋の字形をあげて「古文鳳、象形。鳳飛びて群鳥従うこと万を以て数う。故に以て朋党の字と為す」という。卜文・金文において、朋は貝朋、鳳は風の初文、形義ともに全く異なる字である。金文の朋友の字は倗友に作る。貝の一連二系の関係を、人に及ぼした字形で、倗友とは同族間において年齢の相近いものをいう。

訓義

(1)貝のつづり、一連二朋。通貨に用いた。(2)朋友の字は倗友。倗と通じ、とも。同族の同輩行の者たち、ともだち、ともがら。(3)くみ、なかま、たぐい、むれ。(4)貝朋、貝貨。(5)鵬と通じ、鳳。

大漢和辞典

朋 大漢和辞典
朋 大漢和辞典

放(ホウ・8画)

放 金文
多友鼎・西周末期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「方」”ふね”+「ボク」(攵)で、もやいを解くさま。原義は”はなつ”。

音:カールグレン上古音はpi̯waŋ(上/去)。同音は論語語釈「方」を参照。

用例:西周末期「多友鼎」(集成2835)に「唯十月用嚴(玁)□(狁)放(方)□(興)」との釈文あり、殷周の甲金文に見られる「○方」”○という異民族”と解せる。ただし「放」→「方」としない場合、「ケンイン(のちの匈奴)、ほしいままに興る」とよめ、”ほしいまま”と解せる。

漢語多功能字庫」は前者の説を取る。

春秋末期までの用例は、2022年1月現在、この一例しか無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。方は、両側に柄の伸びたすきを描いた象形文字。放は「攴(動詞の記号)+(音符)方」で、両側に伸ばすこと。緊張や束縛を解いて、上下左右に自由に伸ばすこと。房(母屋(オモヤ)の左右に伸びたわきべや)・妨(両手を左右に伸ばして行く手をふさぐ)と同系。類義語に啓・肆。異字同訓に離。「抛」の代用字としても使う。「放棄・放物線」。

語義

  1. {動詞}はなす。はなつ。締めていたものを、解きはなす。束縛していたものをはなして自由にさせる。「解放」「放鷹(ホウヨウ)」。
  2. {動詞}はなつ。四方に広げる。上下左右に広がる。平らにのびる。《対語》⇒縮(ちぢむ)。「放散」「放踵=踵を放つ」。
  3. {動詞}はなつ。遠くへはなす。追いやる。「追放」。
  4. {動詞}いたる。四方に広がって、…まで届く。「放乎四海=四海に放る」〔孟子・離下〕
  5. {動詞}まかす。ほしいままにする(ほしいままにす)。したいほうだいにさせる。思いのままにまかせる。「放任」「放縦(かって気まま)」「放蕩(ホウトウ)(気ままに遊び歩く)」「放於利而行=利に放せて行ふ」〔論語・里仁〕
  6. {動詞}まとめてあった物を四方に散らす。持っているものを手ばなして出す。「放賑(ホウシン)(救済金を出す)」「放出」。
  7. {動詞}《俗語》おく。握っていた力を抜き、または、手をはなして、物をおく。下におく。「安放(おいてすえる)」「放念(安心する)」「沈吟放撥挿絃中=沈吟しつつ撥を放き絃中に挿む」〔白居易・琵琶行〕
  8. {動詞}ならべる(ならぶ)。中心線の左右に張り出してならべる。▽委・舫に当てた用法。平声に読む。「放舟=舟を放ぶ」。
  9. {動詞}ならう(ならふ)。まねる。また、みならう。▽上声に読む。倣(ホウ)に当てた用法。

字通

[会意]方+攴(ぼく)。方は架屍の形。これを殴(う)って邪霊を放逐する共感呪術的な呪儀。〔説文〕四下に「逐ふなり」と訓し、方(ほう)声とするが、方は殴撃を加える対象物である。その架屍に頭部の形を加えたものは敫(きよう)で、徼の初文。巫女を殴つものは微、長髪の人を殴つものは徴・傲。邪霊を微(な)くし、徼(もと)めるところを徴するもので、敵に傲る相似た呪法をいう。みな古代祭梟(さいきよう)(首祭)の俗を示す字である。

泡(ホウ・8画)

泡 篆書
「説文解字」篆書・後漢

初出:初出は前漢の定州漢墓竹簡『論語』。論語公冶長篇6を参照。「小学堂」による初出は後漢の『説文解字』

字形は「氵」+「包」”胎児”で、胎児のように丸くて自ら浮き上がってくるあわ。原義は”水の沸き立つさま”。

音:カールグレン上古音は不明(平)。

用例:「漢語多功能字庫」は「包」は音符で語義に関わりがなく、全体で古代の川の名とするが、そう説く『説文解字』より前に、前漢末期の『方言』で”盛り上がる”の意として使われている。

泡,盛也。自關而西秦晉之間語也。

「泡」とは”盛り上がる”の意である。函谷関より西の地(陝西省)と、晋(山西省)での方言である。(『方言』第二7)

論語時代の置換候補:結論として存在しない。『大漢和辞典』で同訓同音に「涪」確実な初出は後漢の『説文解字』、「瀑」初出は後漢の『説文解字』

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がなく、定州竹簡論語が用いる”いかだ”の語義も確認できない。

学研漢和大字典

会意兼形声。包は、胎児をまるく包んだ形を描いた象形文字。胞(ホウ)(胎児を包む子宮膜。えな)の原字。泡は「水+(音符)包」で、まるくふくれる、包むの意を含む。包・缶(ホウ)(腹のふくれたつぼ)・抱(ホウ)・保(ホウ)(子どもを包むようにしてだく)などと同系。類義語の沫は、細かいあわ。

語義

{名詞}あわ。うたかた。空気をつつんで、まるくふくれたあぶく。「水泡」。

字通

[形声]声符は包(包)(ほう)。包に包みこまれたものの意がある。〔説文〕十一上は水名とするが、〔方言、二〕や〔広雅、釈詁二〕に「盛んなり」とあり、泡立つような水の状態をいう。〔漢書、芸文志、注〕に「水上の浮漚(ふおう)なり」とあり、泡沫の意。

灋/法(ホウ・8画)

法 金文
大克鼎・西周末期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「氵」”みず”+”傷付けられ皮袋に詰められた目”+「矢」+「𠙵」”くち”。矢は宣誓の道具。𠙵は裁判での証言。目は人身の象徴。敗訴した者を斬り、皮袋=カクに詰めて川に流す姿。このような断罪のさまは、例えば『史記』伍子胥伝に見える。ちまきはこれを憐れんだ呉国人の供え物が始まりという。

音:カールグレン上古音はpi̯wăp(入)。「ハッ」「ホッ」は日本坊主がもったいをつけた慣用音。

用例:西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「灋保先王」とあり、”のっとる”・”したがう”と解せる。

西周末期「逆鐘」(集成60~63)に「勿灋朕命。」とあり、”そむく”と解せる。

西周末期或いは春秋早期の「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1615に「今余弗叚灋其顯光」とあり、”捨て去る”と解せる。

戦国の金文「商鞅量」(集成10372)に「灋度量」とあり、”法律”と解せる。

備考:論語における「法」も参照。

学研漢和大字典

音 pıuǎp – pıuʌp – fa – fa〔fǎ〕。「水+廌(しかと馬に似た珍しい獣)+去(ひっこめる)」の会意文字で、池の中の島に珍獣をおしこめて、外に出られなうようにしたさま。珍獣はそのわくのなかでは自由だが、そのわく外には出られない。ひろくそのような、生活にはめられたわくをいう。その語尾がmに転じたのが範(bıǎm)で、これもわくのこと。▽促音語尾のpがtに転じた場合は「ホッ」「ハッ」と読む。規はコンパスのことで、きまった標準。律は、即(くっつく)と同系のことばで、いつもそれにくっついて離れてはならないきまりのこと。

語義

  1. {名詞}のり。人々の生活を取り締まるために定めたわく。おきて。《類義語》律。「法律」「犯法=法を犯す」「与父老約法三章耳=父老と法三章を約するのみ」〔史記・高祖〕
  2. {名詞}のり。きまったやり方。「筆法」「文法」「用兵之法」。
  3. {名詞}刑罰の定め。「正法(死刑に処すること)」。
  4. {名詞}模範。手本。「法帖(ホウジョウ)(名人の書法を示す手本)」。
  5. {名詞}《仏教》仏教の真理。「説法」。
  6. {動詞}のっとる。手本としてのきまったわくに従う。▽訓の「のっとる」は「のり+取る」の音便により転じたことば。「文王不足法与=文王法に足らざる」〔孟子・公上〕
  7. {名詞}数学で、割り算の割るほうの数。除数。
  8. {単位詞}《俗語》フランスの貨幣の単位。フラン。
  9. 《俗語》「法国(ファクオ)」とは、フランスのこと。
  10. 《日本語での特別な意味》インド・ヨーロッパ語で、話し手の表現態度が動詞の語形にあらわれたもの。「直接法」。

字通

[会意]正字は灋に作り、水+たい+去。廌は神判に用いる神羊で解廌かいたい、また獬豸かいちと呼ばれる獣の形。去は大+𠙴きょの会意字で、大は人、𠙴は獄訟のとき自己詛盟した盟器の器の、蓋を取り去った形。敗訴者の盟誓は、虚偽として蓋を取り去って無効とされ、その人(大)と、また解廌もともに水に投棄され、全て廃される。金文に「が命をはい(廃)することなかれ」のように、灋を廃の意に用いる。法はその廌を省いた簡略字である。〔説文〕十上に「𠜚(刑)なり。之を平らかにすること水の如し。水に従ふ。廌は不直なる者に觸れて之れを去らしむる所以なり。廌去に従ふ」(段注本)とするが、去は敗訴者である。灋字の構造は、古代における神判の方法を示すもので、「大祓おおはらえ」の方法と似ている。春秋のとき、伍子胥ごししょが呉王夫差を諌めて、鴟夷しい(皮袋)に包んで海に投げ込まれた話、越王に仕えた范蠡はんれいが、亡命して海上に逃れるとき、自ら鴟夷子皮と名を改めた話、孔子が斉を去るとき、世話になった田常の門に鴟夷を立てて去った話などがあり、その鴟夷は法による廃棄、また自己投棄、すなわち亡命を示す方法であった。のち法は刑法・法制の意となり、法式・法術の意となる。

*『字通』本条にいう羊神判については、『墨子』明鬼篇下を参照。

書経図説 皋陶明刑図

『欽定書経図説』皋陶明刑図

房(ホウ・8画)

初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯waŋ(平)。同音に坊、魴”おしきうお”、同音同調で定州竹簡論語に使用の「防」初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。「ボウ」は呉音。

学研漢和大字典

会意兼形声。方とは、両側に柄の張り出たすきを描いた象形文字。房は「戸(いえ)+(音符)方」で、おもやの両側に張り出た小べやのこと。旁(ボウ)(両側に張り出したはし)・傍(わきに張り出た両側)などと同系。類義後に家。

語義

fáng

  1. {名詞}へや。おもやの両側に張り出した小べや。また、転じて広く、へやのこと。「東房」「洞房(ドウボウ)(新婚夫婦のへや)」。
  2. {名詞}ねや。ねま。夫婦の寝室。《類義語》閨(ケイ)。「閨房(ケイボウ)(ねま)」「宴専席、寝専房=宴には席を専らにし、寝には房を専らにす」〔陳鴻・長恨歌伝〕
  3. {名詞}いえ(いへ)。住居。「房屋」「山房(山の家)」。
  4. {名詞}大家族の中のわかれた家族。「次房(次男の一家)」。
  5. {名詞}全体の中が小さい部分にわかれたもの。「蜂房(ホウボウ)(はちの巣)」「蓮房(レンボウ)(はすの実)」「箭房(センボウ)(矢づつ)」。
  6. {名詞}二十八宿の一つ。規準星は今のさそり座にふくまれる。そい。
  7. {名詞}科挙(官吏登用試験)のさい受験者がひとりずつはいる小べや。「房官(科挙の試験官)」。

páng

  1. 「阿房宮(アボウキュウ)」とは、秦(シン)の始皇帝がたてた宮殿の名。今の陝西(センセイ)省咸陽(カンヨウ)市にあった。
  2. 「房皇(ボウコウ)」とは、右に左に行きつ戻りつする。さまよう。《同義語》蹴徨・彷徨。
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①ふさ。両はし、または先の方にぶらりと垂れたもの。「ぶどうの房」「十手の房」。
    ②「安房(アワ)」の略。「房州」。

字通

[形声]声符は方(ほう)。方に区画されたものの意がある。〔説文〕十二上に「室、旁(かたは)らに在るなり」と旁の意を以て解する。堂房はもと儀礼を行うところであったが、のち房室の意となり、個室の意となり、独房のようにも用いる。大きな俎(まないた)の意に用いるのは、俎の下の跗足を房とよぶからである。

寶/宝(ホウ・8画)

宝 金文
『字通』所収金文

初出は甲骨文カールグレン上古音はp(上)。同音は論語語釈「飽」を参照。論語語釈「葆」も参照。

学研漢和大字典

会意。「宀(かこう)+玉+缶(ほとぎ)+貝(かいのかね)」で、玉や土器や財貨などを屋根の下に入れてたいせつに保存する意を示す。▽ハウという字音仮名は誤り。保(ホ)・(ホウ)・包(たいせつにつつむ)と同系。類義語に財。旧字「寶」の草書体をひらがな「ほ」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}たから。たいせつに保存する珍しい物。「爾以玉為宝=爾は玉を以て宝と為す」〔蒙求〕
  2. (ホウトス){動詞・形容詞}たいせつにする。宝物のように珍重する。たいせつな。《類義語》保。「宝珠玉者殃必及身=珠玉を宝とする者は殃必ず身に及ぶ」〔孟子・尽下〕
  3. {名詞}唐代以降、天子*の印のこと。▽秦(シン)・漢代には印・璽という。「天子之宝(テンシノホウ)」。
  4. {名詞}通貨のこと。「元宝(大きい銀貨)」「通宝」。
  5. {形容詞}天子、また他人に関するものを尊んでいうことば。
  6. 《俗語》「宝貝(パオペイ)」とは、たいせつな子どもをいう。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[形声]旧字は寶に作り、缶(ふ)声。宀(べん)は廟所。廟所に玉や貝を供薦する形。〔説文〕七下に「珍なり」と訓する。彝器の銘文に「寶ソン 外字 阝奠彝(はうそんい)を作る」というように、祭器をいう。のち財宝、また尊称として宝位・宝祚(ほうそ)のように用いる。字はまた宲に作り、〔説文〕上文の宲字条に〔書、顧命〕の「陳宲赤刀」の文を引く。今本は「陳寶」に作る。保・寶は通用、金文の〔倗生𣪘(ほうせいき)〕に「寶𣪘」を「保𣪘」に作る。また葆を「葆亀(ほうき)」のように用い、葆も通用の字である。

封(ホウ・9画)

封 甲骨文 封 金文
甲骨文/六年召伯虎簋・西周末期

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「丰」。現行字体の初出は西周末期。

字形:甲骨文の字形は根菜類の姿。金文から土に植えた姿や「又」”手”が加わるようになり、”植える”の意となった。甲骨文の語義は不明。

音:カールグレン上古音はpi̯uŋ(平)。去声の音は不明。「フウ」は呉音。

用例:西周末期「伊𣪕」(集成4287)に「王乎命尹封册命伊。」とあり、人名と解せる。

西周末期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0657に「封公魯」とあり、”領地を与える”と解せる。

西周末期「六年召白虎𣪕」(集成4293)に「余厶邑訊有𤔲。余典勿敢封。今余既訊。」とあり、”領地を与える”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、春秋までの金文では”保存する”(琱生簋・西周?)の意があり、戦国時代の金文で”領域”の意がある(中山王鼎・戦国末期)。

学研漢和大字典

会意兼形声。原字は「土+(音符)丰(ホウ)」。丰はいねの穂先のように、△型にとがって上部のあわさったものを示す。のち、「土二つ+寸(て)」と書き、△型に土を集め盛った祭壇やつかを示す。四方から△型によせ集めて、頂点であわせる意味を含む。峰(△型のみね)・縫(寄せあわせてぬう)・豊(盛りあわせ)と同系。「密封する」の意味では「フウ」と読む。

語義

  1. (ホウズ){動詞}領土を与えて領主にする。▽もと、領主となった王が、もりつちをした祭壇の上で天地の神に領有を告げたことを「封禅(ホウゼン)」といったのに基づく。「封建」「世世為楚将封於項=世世楚の将と為り項に封ぜらる」〔史記・項羽〕
  2. {名詞}領地。《類義語》邦。「封域(ホウイキ)」「襲封(シュウホウ)(大名のあとつぎとして領地をもらう)」。
  3. {名詞}もりつち。天や泰山をまつるため四方の土を集めて盛った祭壇。また、つか。「蟻封(ギホウ)(ありづか)」。
  4. {名詞}つか。はか。土を盛ったはか。「塋封(エイホウ)(墓地)」。
  5. {形容詞}もりつちのようにふっくらとして大きい。《類義語》豊。「封狐(ホウコ)(大きな狐(キツネ))」。
  6. (フウズ){動詞}あわせとじて、中が見えないようにする。「密封」「封印」「封府庫=府庫を封ず」〔史記・項羽〕
  7. {名詞・単位詞}あわせとじた手紙。また、手紙を数えることば。「行人臨発又開封=行人発するに臨みて又封を開く」〔張籍・秋思〕
  8. {名詞}上奏文。「一封朝奏九重天=一封朝に奏す九重の天」〔韓愈・左遷至藍関〕
  9. 《日本語での特別な意味》
    ①「封度」とは、ヤード・ポンド法の重さの単位のポンド。一ポンドは約四五三グラム。▽英語poundの音訳語。
    ②野球で、「封殺」の略。「三封」。
    ③野球で、相手チームに得点をやらないこと。「完封」。

字通

[会意]丰(ほう)+土+寸。金文の字形には、上の部分を田に作るものがある。土は土地神たる社主の形で、社(社)の初文。そこに神霊の憑(よ)る木として社樹を植えた。封建のとき、その儀礼によって封ぜられる。〔説文〕十三下に「諸侯を爵するの土なり。之に從ひ、土に從ひ、寸に從ふ。(寸は)其の制度を守るなり。公侯は百里、伯は七十里、子男は五十里」という。字は社樹を封植する形である。〔周礼、地官、封人〕に「凡そ國を封ずるには、其の社稷(しやしよく)の壝(ゐ)(壇、お土居の類)を設け、其の四疆を封ず」とあり、〔逸周書、作雒解〕にその具体的な方法についての記述がある。すなわち封建のときには、国の中央に大社を建て、壝の四方に青・赤・白・驪(り)(くろ)の土をおき、中央の黄土と合わせて白茅に苴(つつ)み、これを土封する。五行配当の思想を含むが、なお古義を存するところがあろう。周初の〔宜侯夨𣪘(ぎこうそくき)〕は、虎侯夨を宜地に封建する儀礼をしるし、「王、宜の宗社に立ちて南郷(嚮)す。王、虎侯夨に命じて曰く、外字 ああ(ああ)、宜に侯となれ」と冊命(さくめい)し、礼器や土地・人民を賜与することをいう。その儀礼が、その地の宗社において行われていることが注意される。

保(ホウ・9画)

保 甲骨文 保 金文
據殷虛文字記摹/大保簋・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:母親が幼子を抱きかかえる姿。

音:カールグレン上古音は声母のp(上)のみ。同音は論語語釈「飽」を参照。藤堂上古音はpog。「ホ」は呉音。

用例:「甲骨文合集」2646に「己卯卜󱩾貞壬父乙婦好生保」とあり、”安産する”と解せる。

西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「灋保先王」とあり、”保持する”と解せる。

西周早期「󰛭令方尊」(集成6016)に「王令周公子明保」とあり、”補佐する”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。保の古文は呆で、子どもをおむつでとり巻いてたいせつに守るさま。甲骨文字は、子どもを守る人をあらわす。保は「人+(音符)呆(ホウ)」で、保護する、保護する人の意を示す。▽ホウとは、漢文訓読と地名・年号のほかは、ほとんど読まない。褓(ホウ)(おむつ)・褒(ホウ)(からだを包む大きい衣)と同系。また、包や抱(ホウ)(外から中のものをつつむ)とも非常に縁が近く、宝(たいせつに包むたから)とも縁が近い。「哺」の代用字としても使う。「保育」▽草書体をひらがな「ほ」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「ほ」ができた。また、「保」の末画からカタカナの「ホ」ができた。

語義

  1. {動詞}たもつ。外をとり巻いて、中の物をたいせつに守る。「保護」「保民而王=民を保ちて王たり」〔孟子・梁上〕
  2. {動詞}やすんずる(やすんず)。たもつ。外から守って安全を維持する。「保安」「父子相保=父子相ひ保んず」〔淮南子・人間〕
  3. (ホウス)・(ホス){動詞}責任を持って請けあう。「保証」「担保」。
  4. {名詞}付き添っておもりをする役。おもり人。▽昔、「太保」「少保」という官名があった。《類義語》傅(フ)。
  5. {名詞}雇い人。かかえ人。「酒保(俗語で、居酒屋の小僧さん。日本では、軍隊内の売店)」。
  6. {名詞}中国の自治制度で、十戸の単位。▽五戸を甲という。「保甲制度」。

字通

[会意]人+子+褓(むつき)をかけた形。金文の字形はときにホ 保つ 外字の形に作り、上になお玉を加える。玉は魂振り、褓も霊を包むものとして加えたもので、受霊・魂振りの呪具。生まれた子の儀礼を示す字である。〔説文〕八上に「養ふなり」と保養の意とするが、保は聖職者をいい、最高位の人を大保という。王の即位継体の礼を掌る人であった。周初の功臣とされる召公奭(せき)は、金文に「皇天尹大保」、〔書〕には「君奭」とよばれ、保・君はいずれも聖職者の号である。〔書、顧命〕では大保召公が康王の継体受霊の儀礼の司会者であった。保の字形に含まれる褓は、わが国の真床襲衾(まとこおふふすま)にあたる。保の諸義は、新生の受霊とその保持の意から演繹されたものである。

風(ホウ・9画)

凡 甲骨文 風 甲骨文 風 鳳 金文
甲134/『字通』所収甲骨文/中方鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文では「凡」の字形と、鳥を伴う字形の二つが比定されており、二つを組み合わせた字形も比定されている。その字形は頭に「山」状の羽根を付けた鳥と、「凡」bʰi̯wăm(平)”お盆のようなうつわ”の組み合わせで、すでに会意文字形声文字(語義と語音を組み合わせた漢字)があることを示す。鳥形は鳥が風を切って飛ぶさま。「鳳」bʰi̯ŭm(去)をも意味した。

慶大蔵論語疏はおそらく異体字「〔𠘨帀〕」と記す。未詳。

音:カールグレン上古音はpi̯ŭm(平)。「凡」bʰi̯wăm(平)とはかなり異なるが、殷代の音は殷周革命の大混乱以前なので、どのような音だったか明瞭でない。「フウ」は呉音。

用例:「甲骨文合集」21021.4に「各雲自北雷延大風自西」とあり、”かぜ”と解せる。

西周早期「中方鼎」(集成2752)に「中乎歸生鳳于王」とあり、”おおとり”と解せる。

春秋早期「曹白狄𣪕」(集成4019)に「風」と釈文される人名の一部の例はあるが、字形がはっきりしない。

学研漢和大字典

会意兼形声。風の字は大鳥の姿、鳳の字は大鳥が羽ばたいてゆれ動くさまを示す。鳳(おおとり)と風の原字はまったく同じ。中国ではおおとりをかぜの使い(風師)と考えた。風はのち「虫(動物の代表)+(音符)凡(ハン)・(ボン)」。凡は広く張った帆の象形。はためきゆれる帆のようにゆれ動いて、動物に刺激を与えるかぜをあらわす。帆(かぜをうけてはためくほ)・嵐(ラン)(山かぜ)・鵬(ホウ)(おおとり)・鳳(ホウ)(おおとり)などと同系。「諷」の代用字としても使う。「風刺」▽付表では、「風邪」を「かぜ」と読む。▽「ふり」は「振り」とも書く。「人の振り」「振りの客」。

語義

  1. {名詞}かぜ。ゆれ動く空気の流れ。「清風」「八風(季節ごとのかぜ)」「風土」「風雨淒淒(セイセイ)」〔詩経・鄭風・風雨〕
  2. {名詞}ゆれる世の中の動き。ゆれ動いて変化する動き。「世風」「風潮」。
  3. {名詞}姿や人がらから発して人心を動かすもの。「風姿」「風格」。
  4. {名詞}そこはかとなくただようおもむき。けしき。ほのかなあじわい。「風光」「風格」。
  5. {名詞}ゆかしいおもむき。上品な遊び。道楽。「流風余韻」「風雅」。
  6. {名詞}大気の動き、気温・気圧などの急変によっておこる病気。「風疾」「風者百病之長邪」〔黄帝内経・風論〕
  7. {名詞・形容詞}ショックによって気のふれる病気。頭が変になったさま。《同義語》⇒瘋。「風莖(フウテン)(=瘋莖)」。
  8. {名詞}歌ごえ。民謡ふうの歌。転じて、おくにぶり。ある地方のならわし。▽「詩経」では風・雅・頌(ショウ)の三種に詩をわけ、各地の民謡を風という。「国風」「風俗」。
  9. (フウス){動詞}かぜに吹かれる。かぜにあてる。▽去声に読む。「風乎舞脛=舞脛に風す」〔論語・先進〕
  10. (フウス){動詞}かぜが物を動かすように、ことばで人の心をゆり動かす。それとなく人を教える。感化する。▽去声に読む。《同義語》⇒諷。「風刺(=諷刺)」「風教(教えや人格で他人を動かしてかえること)」。
  11. (フウス){動詞}動物が発情する。さかりがつく。▽春・秋の風や大気の変化によって生理も変動することから。「馬牛其風=馬牛其れ風す」〔書経・費誓〕
  12. 《日本語での特別な意味》ふり。習慣・ふるまい。

字通

[形声]声符は凡(はん)。卜文の風の字形は、鳳形の鳥の形。その右上に凡を声符として加えることがある。〔説文〕十三下に「八風なり」として方位の風名をあげ、「風動いて蟲生ず。故に蟲は八日にして化す。虫に從ひ、凡聲」とするが、卜文・金文に虫に従う形はない。卜辞に四方の方神と、その使者たる風名をしるすものがあり、これを祀る儀礼があった。〔山海経〕にもそのことがみえ、〔書、尭典〕にみえる羲・和(か)の牧民の説話は、その方神・風神の名から転訛したものである。〔説文〕にみえる鳥名にも、雉(きじ)の十四種、雇(こ)の九雇など、古い風神の伝承を残すものがある。風は風神として、鳥形の神とされた。風神がその地に風行して風気・風土をなし、人がその気を承けて風俗・気風・風格をなす。さらに風情・風教のように、その語義は幅広いものとなった。字はまた飌に作る。

袍(ホウ・10画)

袍 隷書
古地圖・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:「衤」”衣類”+「包」”すっぽりつつむ”。体全体を布団のように包んで保温する衣類の意。

袍 異体字
慶大蔵論語疏では異体字「〔衣𠂊巳〕」と記す。上掲「〓西南詔古碑 付嘉慶三年記」(南詔)刻。南詔は四川省にあった独立王国で、この碑が刻まれた賛普鐘十四年はAD765。

音:カールグレン上古音は声母のbʰ(平)のみ。藤堂上古音はbog。

用例:論語子罕篇27に「縕袍」として見える。

論語時代の置換候補:上古音の同音は多数に及ぶため調査できない。『大漢和辞典』での同音同訓は存在しない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「衣+(音符)包(すっぽり外からつつむ)」。抱(外からつつむ)と同系。「うえのきぬ」は「表衣」とも書く。

語義

  1. {名詞}わたいれ。ぬのこ。「褞袍(オンポウ)」。
  2. {名詞}からだ全体をすっぽりつつむ長い下着。
  3. {名詞}からだを外からすっぽりつつむ上着。外衣。外套(ガイトウ)。「戦袍(センポウ)(戦士が着る外衣)」。
  4. 《日本語での特別な意味》ほう。うえのきぬ(うへのきぬ)。昔、衣冠・束帯のときに着た上着。いろいろな模様をつけ、位階によって色が異なった。

字通

[形声]声符は包(ほう)。〔説文〕八上に「襺(わたいれ)なり」とあり、綿入れの服をいう。襺(けん)は繭(けん)に従い、絹わた。〔論語、子罕〕に「敝(やぶ)れたる縕袍(うんぱう)を衣(き)て、狐貉(こかく)(の裘(かわごろも))を衣たる者と立ちて恥ぢざる者は、其れ由(いう)(子路)なるか」とあり、縕袍とはどてらの類である。

倗(ホウ・10画)

倗 甲骨文 倗 金文
合集12/王孫遺者鐘・春秋末期

初出:初出は甲骨文

字形:〔朋〕”二連のタカラガイ”+〔人〕。宝物を与えるさまか。論語語釈「朋」も参照。

音:カールグレン上古音はbʰəŋ(平)。部品の「朋」と同じ。上声・去声の音は不明。

用例:「甲骨文合集」13.2に「貞令射倗衛」とあり、10196.1に「獲虎二倗」とあり、助数詞の”頭”の意か。

西周早期「倗乍義丏𡚧鬲」(集成586)に「倗乍羲丏𡚧寶󰓼彝」とあり、人名と解せる。

西周中期「七年趞曹鼎」(集成2783)に「用鄉朋友」とあり、”ともがら”と解せる。

崩(ホウ・11画)

崩 隷書
天文雜占3.2・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:〔山〕+音符〔朋〕。戦国時代の竹簡では、「堋」字が「崩」と釈文されている(「上海博物館蔵戦国楚竹簡」容成49・中弓19)。「堋」字の初出は戦国早期の金文。

音:カールグレン上古音は不明(平)。王力上古音はpəŋ(平)。同音は存在しない。

用例:春秋時代の『孫子』、戦国時代の『孟子』『荀子』『墨子』『荘子』『列子』に用例がある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で音ホウ訓崩れるに「嵭」(音・初出不明)、「𡼜」(音・初出不明)、「𢉁」(音・初出不明)。

学研漢和大字典

会意兼形声。朋(ホウ)は、二つ並んだ貝飾りの姿。二つ並んでくっつく意は、朋友の朋(仲よくくっついた友達)に残るが、二つに離れる意をも含む。崩は「山+(音符)朋」で、△型の山が両側にくずれ落ちること。背(ハイ)(そむく)・倍(二つになる)などと同系。類義語に死。付表では、「雪崩」を「なだれ」と読む。

語義

  1. {動詞}くずれる(くづる)。△型のものが、両側にくずれ落ちる。また、まとまったものがばらばらになる。《類義語》壊(カイ)。「崩壊」「三年不為楽、楽必崩=三年楽を為さざれば、楽必ず崩れん」〔論語・陽貨〕
  2. (ホウズ){動詞}天子*が死ぬ。《類義語》薨(コウ)(諸侯や大臣が死ぬ)。「尭崩三年之喪畢=尭崩じて三年之喪畢はる」〔史記・五帝〕

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[形声]声符は朋(ほう)。〔説文〕九下に「山壞(やぶ)るるなり」とあり、山崩れをいう。そのとどろく音の擬声語。〔説文〕古文の字は𨸏(ふ)に従い、神の陟降するとされる聖地の土崩をいう語であろう。〔詩、小雅、天保〕「南山の壽の如く 騫(か)けず崩れず」は祝頌の辞。崩はまた天子の死去にもいう。

匏(ホウ・11画)

初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰ(平)。同音無数。王力系統の同音に庖”台所”、咆”ほえる”、炮”あぶる”、炰”焼く”、鞄”皮革職人”(以上平)、鮑”塩漬け”、鞄(以上上)。『大漢和辞典』で音ホウ訓ひさごに瓟(初出・上古音不明)、苞p(平)があり、苞の初出は甲骨文。論語時代の置換候補となる。

苞 古文
「苞」(古文)

学研漢和大字典

会意兼形声。夸(カ)は、瓜(カ)に当てたもので、うりのこと。匏は「夸(うり)+(音符)包」で、ふっくらと包むような形をしたうりのこと。

語義

  1. {名詞}ひさご。ふくべ。うりの一種。食べられないが、かわかして酒の入れ物としたり、縦に二つに切ってひしゃくに用いたりする。ひょうたん。「吾豈匏瓜也哉、焉能壓而不食=吾(われ)あに匏瓜ならんや、焉(いづ)くんぞよく壓(かか)りて食らはれざらん」〔論語・陽貨〕
  2. {名詞}笛のたぐいの楽器。ひょうたんを台座に用いてつくる。

字通

[形声]声符は包(ほう)。〔説文〕九上に「瓠(ひさご)なり」とし、「其の、物を包藏すべきを取るなり」という。夸(こ)はものを刳(く)りぬく用具。瓜の中を刳りぬいて、匏壺とする意である。

彭(ホウ・12画)

彭 甲骨文 彭 金文
甲骨文/王丮方鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「壴」”つづみ”+「彡」音の示す記号。原義は”太鼓の音”。

音:カールグレン上古音はbʰăŋ(平)。

用例:「甲骨文合集」7064.2に「辛丑卜亘貞呼取彭」とあり、”鼓を打たせる”と解せる。

西周早期「󱥭方鼎」(集成2612)に「己亥,󱩾(揚)見事于彭」とあり、地名と解せる。

西周早期「白彭乍盉」(集成9369)に「白彭乍」とあり、人名と解せる。

西周末期あるいは春秋早期の「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0315に「彭白(伯)自乍(作)醴壺」とあり、諸侯の名と解せる。

学研漢和大字典

会意。「鼓(つづみ)の字の左がわ+彡(模様、しきりに)」で、太鼓の張った腹をしきりにたたいてぱんぱんと音をたてることを示す。膨張の膨と同系。

語義

ホウ(平péng)

{動詞}ふくれる(ふくる)。ぱんぱんに張りつめる。《類義語》膨(ボウ)。「彭張(ボウチョウ)(=膨張)」。
ま「彭彭(ホウホウ)」とは、張った太鼓や鼓をぽんぽんと鳴らす音の形容。

ホウ(平bāng)

「彭彭(ホウホウ)」とは、張り切って盛んなさま。また、数が多くて盛んなさま。「行人彭彭=行人は彭彭たり」〔詩経・斉風・載駆〕

字通

[会意]壴(こ)+彡(さん)。壴は鼓の形。彡は音や色彩、充実した状態などを示す記号で、彭は音、彤(とう)・彩は色、穆は穀実の熟して、穂先のひげのある形。ただし彭の卜文・金文の字形は振動音を示す断続の線記号であり、彡ではない。〔説文〕五上に「鼓の聲なり」とし、「壴壴に從ひ、彡に從ふ」とするが、初形は彡に従うものではない。

報(ホウ・12画)

報 金文
作冊夨令簋・西周早期

初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はp(去)。同音は論語語釈「飽」を参照。

学研漢和大字典

会意。「手かせの形+ひざまずいた人+て」で、罪人を手でつかまえてすわらせ、手かせをはめて、罪に相当する仕返しを与える意をあらわす。転じて広く、し返す、お返しの意となる。褒美(ホウビ)の褒(善行に対するお返し)・復(かえる、かえす)と同系。また、復は報の入声(ニツショウ)(つまり音)に当たる。類義語の酬は、もと杯のやりとりをすること。

語義

  1. (ホウズ){動詞}むくいる(むくゆ)。仕返し・お返しをする。罪に対して罰を与え、うらみに対して相手を懲らしめる。また逆に恩返しをする。「報恩」「以徳報徳=徳を以て徳に報ゆ」〔論語・憲問〕
  2. {名詞}むくい。お返し。罪に対するさばき、恩に対する礼など。「因果応報」「豈望報乎=あに報いを望まんや」〔史記・淮陰侯〕
  3. (ホウズ){動詞}告げ知らせる。▽もと、受けた命令に対して返答する。「報告」「使者還報=使者還り報ず」〔史記・荊軻〕
  4. {名詞}しらせ。「吉報」「情報」。
  5. {名詞}《俗語》新聞。

字通

[会意]㚔(じょう)+𠬝(ふく)。㚔は手のかせ。㚔を加えることを執という。𠬝は人を抑える形で屈服の象。〔説文〕十下に「罪に當る人なり。㚔に從ひ、𠬝に從ふ。𠬝は罪に服するなり」とあり、罪に対する報復刑をいう。金文に応報・報賞の意に用い、先祖の文徳を「文報」という。〔礼記、郊特牲〕「社に丘乘粢盛(しせい)を供するは、本に報じ始に反する所以(ゆゑん)なり」とみえる。報徳より報知の意となり、報復より報仇の意となる。すべて応報の関係をいう。

葆(ホウ・12画)

葆 秦系戦国文字
睡虎地秦簡14.89

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「艹」”植物”+「保」”そだつ”で、植物が繁るさま。

音:カールグレン上古音はp(上)。同音は論語語釈「飽」を参照。

用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」金布89に「傳車、大車輪,葆繕參邪,可殹。」とあり、”手入れする”と解せる。

同徭律117に「縣葆禁苑」とあり、”茂る”と解せる。

論語時代の置換候補:部品の「保」。論語語釈「保」を参照。

備考:『大漢和辞典』に「寶に通ず」という。寶p(上)の初出は甲骨文論語語釈「宝」も参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「艸+(音符)保(中につつみこむ)」。

語義

  1. {形容詞}草木がこんもりと茂るさま。
  2. {動詞}うちに隠して表面にあらわさない。「葆光(ホウコウ)」。
  3. {名詞}ふさふさした羽飾り。「羽葆(ウホウ)」。
  4. {動詞}たいせつに守る。《同義語》⇒保。《類義語》宝。
  5. {動詞}ほめる。《同義語》褒。

字通

(条目無し)

中日大字典

bǎo

  1.  〈文〉群がり生ずる.
  2.  〈文〉隠す.包む.
  3.  〈文〉保持する.〔永yǒng葆〕永く保つ.
  4.  〈姓〉葆(ほ)

新漢語林

形声。艹(艸)+保。

  1. 草木の群がりしげるさま。
  2. もと。根もと。群がりしげる草木の根もと。
  3. 野菜。
  4. ひこばえ。切った木の根株から生え出た芽。
  5. 羽かざり。車のおおいや旗ざおの先または、鼓の上につける。
  6. もり役。うば。また、天子*の補佐役。=保。
  7. まもる。たもつ(保)。
  8. かくす。つつむ。
  9. むつき。おむつ。うぶぎ。
  10. たから。また、宝とする。
  11. とりで。=堡。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

新字源

形声。艹(艸)+保。

  1. しげる。むらがる。草木が群がりしげる。
  2. ひこばえ。草木の芽生え。
  3. はねかざり。車のおおいや旗ざおの先につける羽かざり。「翟葆(てきほう)」
  4. つつむ。かくす。「葆光」(類)包・蔵。
  5. まもる。たもつ。「葆真」(類)保。
  6. とりで。「葆塞」(同)堡。
  7. たから。(同)宝。
  8. うぶぎ。子供を包む衣。(同)褓(ほう)・緥(ほう)。
  9. うば。保母。

飽(ホウ・13画)

飽 甲骨文 飽 金文
(甲骨文)「甲骨文合集」CHANT:0170/弭仲簠・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は、飯を盛ったたかつき「豆」に人が上から蓋をする形。”お腹いっぱい、ごちそうさま”の意だろう。「豆」の甲骨文には、蓋を描いたものとそうでないものが混在する。表の下の画像を参照。部品の「包」にも”みちる”の意がある。

音:カールグレン上古音は子音のp(上)のみ、同音は下記を参照。藤堂上古音はpǒg。

初出 声調 備考
ホウ はらむ 西周中期金文
えな 説文解字
あぶらがや 甲骨文
ふところの大きい衣 秦系戦国文字
あく 甲骨文
たから 甲骨文 →語釈
たもつ 甲骨文 →語釈
のがん 説文解字
草の盛なさま 秦系戦国文字 →語釈
フウ ほとぎ 甲骨文 →語釈
ホウ むくいる 西周早期金文 →語釈
フク はら 甲骨文
あはせ 秦系戦国文字

豆 字形

用例:西周末期の「弭仲簠」(殷周金文集成4627)に「者友飲飤且飽」とあり、「もろ友飲みくらいて且つ飽きん」と読め、”食べ飽きる”の語義が確認できる。

備考:「飽」は日本語音で同音の「馮」(カ音bʰi̯əŋ、藤音bɪəŋ)には”みちる”の語釈があり、金文も確認できるが、音通しない。同じく㤣、恲、䮾は『説文解字』にも記載が無い。龐(カ音不明、藤音blǔŋ)は甲骨文から存在するが、”みちる”の意では音がロウまたはルであり、音通しない。

豐(豊)はカ音pʰのみ、藤音p’ɪoŋで、置換候補と言いたい所だが、音通と断定できない。おそらく論語の時代、”食べあきる”には「猒」(エン)が使われ、こちらは金文の発掘があるが、その語義は脂身などがしつこくて”いやになる”の意で、腹一杯になって飽きることでは無かった。

それはそうだろう。か細い生産力しか無かった春秋時代、満腹して飽きることは中国人には想像が難しかった。だから当時の主食のアワは、たった1リットルで現在換算して1万円もした(論語顔淵篇11語釈)。換算には2018年の平均年収を使ったが、同年の米1リットル買い取り価格は、JAしまねHPによると、最高でも168円に過ぎない(米1リットル=833.3gで計算)。

当時の各穀物の収穫率(yield rate)は調べきれなかったが、中国の特に華北では、最近になるまでコメは栽培できず、論語の時代には小麦がようやく普及したが、依然主力の穀物はアワやキビ、大麦で、生産性の高いコウリャンが中国に入るのは、唐と宋の間、10世紀半ばに下る。

穀物が貴重だったのは秦漢帝国時代でも同じで、漢の儒者官僚がせっせと捏造した古文書集『書経』には、「政治の要点は八つ。まず食糧、次にお金。まつりごとや治水工事はその後」と洪範篇に書いてある。ちなみに捏造と断言できるのは、一つにはここに「お金」と書いてあるからで、貨幣らしい貨幣が中国に登場するのは、戦国時代になってからだ。

なお『学研漢和大字典』の編者である藤堂博士の『漢文概説』によると、「既」の甲骨文が”お腹いっぱい”の象形であると言う。論語語釈「既」を参照。

藤堂明保 既 甲骨文
旡(キ)は、腹いっぱいになって、おくびの出るさま。既はもと「皀(ごちそう)+(音符)旡」で、ごちそうを食べて腹いっぱいになること。限度まで行ってしまう意から、「すでに」という意味を派生する。

漢語多功能字庫」は、語義の変遷について記すところが無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。「食+(音符)包(中に物をつつみこむ、まるくふくれる)」。抱(まるくだきこむ)・泡(空気をつつんでまるくふくれたあわ)と同系。類義語に懕。「あきる」「あく」「あかす」「あき」は「厭きる」「厭く」「厭かす」「厭き」とも書く。

語義

  1. {動詞}あきる(あく)。腹いっぱい食べる。腹に食物がつまって、まるくふくれる。
  2. {動詞}あきる(あく)。あかす。満足する。満足させる。「既飽以徳=既に飽くに徳を以てす」〔詩経・大雅・既酔〕
  3. {動詞}あきる(あく)。味わいすぎていやになる。《類義語》厭(エン)。
  4. {副詞}あくまで。あきるまで。じゅうぶんに。たっぷり。

字通

「食+包」で、包は懐妊の意で、満ちあふれること。犬のいけにえを捧げ、神がそれに満足することを猒(エン)と言い、『説文解字』によれば飽は猒(あきる)だといい、『広雅』には「満ちる」だという。飽は包に食をともない、酒食に猒きて満ち足りること。


飽 篆書飽
(篆書)

*ただし『字通』には甲骨文を載せず、篆書と古文のみ載せる。甲骨文を見ると、豆=飯を盛ったたかつきに、上から蓋をかぶせている形に見える。これでもう結構、ということだろうか。

鳳(ホウ・14画)

鳳 金文
鳳作且癸簋・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:鳥が翼を広げた様。甲骨文の字形では、「鳥」は止まり木に止まって休んでいる姿、「風」は鳥が翼を広げ風に乗っている姿で表される。

鳳 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔几𫠓〕」と記す。「晉爨寶子碑」(東晋)刻。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ŭm(去)。

用例:「甲骨文合集」03945正.4に「雷鳳不其來」とあり、雷と共に何らかの自然現象を伴って現れる鳥と解せる。あるいは「風」の誤りか。「国学大師」は解読不能字としている。

同03947正.3に「貞鳳不其來」とあり、”ほうおう”と解しうるが、「国学大師」は「雷」と釈文している。その他の例も含め、甲骨文での語義は確定しがたい。

西周早期「中方鼎」(集成2751~2)に「中乎歸生鳳于王。」とあり、中という家臣に褒美として生きた鳳凰を王が与えたらしい。周初には実在の鳥だったようだ。

西周早期「鳥乍且癸𣪕蓋」(集成3712)に「𢦚易鳳玉用乍且癸彝。」とあり、「鳳」を「国学大師」は「鳥」と釈文している。「鳳玉」は価値ある宝石だったのだろうが、どのような玉であろうか。

学研漢和大字典

会意兼形声。風・鳳のもとの字は、大鳥が羽ばたきするさまを描いた象形文字。風と鳳は同字。のち「大鳥の姿+(音符)凡(風にはためく帆)」。▽殷(イン)の人たちが風神として鳳をまつったことから、のち、めでたいしるしとなった。「大形の鳥」の意味の「おおとり」は「鵬」「鴻」「大鳥」とも書く。

語義

  1. {名詞}おおとり(おほとり)。聖人が世に出たときに、めでたいしるしとしてあらわれるという想像上の鳥。鳳凰(ホウオウ)。▽雄を鳳(ホウ)、雌を凰(オウ)という。
  2. {名詞}天子*の車や宮殿をあらわすことば。「鳳車(ホウシャ)」「鳳城(ホウジョウ)」。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[形声]声符は凡(はん)。卜文の字形には凡を加えないものがあり、その字は〔説文〕にみえる古文の字形に似ている。もと風の意に用い、卜文は鳥形に凡の声符を加える。風はこの鳳の飛翔によって生じ、四方の方神に、天馳せ使いとして仕える風神があり、四方の風神にそれぞれの神名があった。鳳が神鳥とされるのは、その伝承による。〔説文〕四上に「神鳥なり。天老曰く、鳳の象なり」としてその異相を列挙し、東方君子の国より出て、四海の外に翺翔(こうしよう)し、崐崘(こんろん)より西して弱水に羽を濯(あら)い、莫(くれ)に風穴に宿るという。四方風神のことは〔山海経〕にもみえ、また〔書、尭典〕に四方羲和(ぎか)の治とされるもののうちに、風神の名が残されている。瑞鳥鳳凰のことは〔詩、大雅、巻阿(けんあ)〕に「鳳皇鳴きぬ 彼の高岡に 梧桐生ず 彼の朝陽に」と歌われている。〔巻阿〕は〔万葉〕の吉野遊幸のような性質の詩篇である。

暴(ホウ/ホク・15画)

暴 甲骨文 暴 金文 暴 楚系戦国文字 暴 秦系戦国文字
甲914/虎父癸爵・西周早期/上(2).從(甲).18・戦国楚/睡虎地簡10.2・戦国末期

初出:初出は甲骨文。ただし字形が大幅に異なる。「小学堂」による初出は楚系戦国文字。但し字形は「盍」+「月」+「戈」。現伝字体の初出は戦国最末期の秦系戦国文字。

字形:金文までの字形は「𧇭」=「虎」+「戈」+「又」”手”で、武器でトラに撃ち掛かるさま。その形は楚系戦国文字までは「月」”にく”+「戈」”カマ状の長柄武器”として残っていた。秦の統一と共に全く違う現伝字形に改められ、「日」+「出」”ざる”+「廾」”両手”+「米」となり、穀物を天日で干すさま。「曝」の原字。

音:カールグレン上古音はbʰog(去)またはbʰuk(入)。

用例:西周末期「󱥇盨」(集成4469)に「勿使𧇭虐從獄。」とあり、「𧇭」を「暴」と釈文し、「ぼうぎゃくもてごくにつながれしむるなかれ」と読め、”乱暴”と解せる。

春秋末期「晉公盆」(集成10342)にも用例があるとされるが、磨滅が激しく、句の意味するところがよく分からない。

学研漢和大字典

会意。金文では、もと「日+動物の体骨+両手」で、動物のからだを手で天日にさらすさま。篆文(テンブン)からのち、その中の部分が「出+米」のように誤って伝えられた。表(外に出す)と同系で、曝(バク)(むき出してさらす)の原字。のち、叶(ヒョウ)(手あらい)・豹(ヒョウ)(あらく身軽なひょう)・爆(バク)(火の粉があらくはじける)・瀑(バク)(しぶきがあらあらしく散る)などの系列の語と通じて、手あらい意に用いる。類義語に荒。「曝」の代用字としても使う。「暴露」。

語義

ホウbʰog(去)
  1. (ボウナリ){形容詞}あらい(あらし)。軽はずみで手あらい。「暴君」「性行暴如雷=性行暴きこと雷のごとし」〔古楽府・焦仲卿妻〕
  2. {名詞}あらあらしさ。手あらいやり方。「以暴易暴兮=暴を以て暴に易ふ」〔史記・伯夷〕
  3. {名詞}あばれ者。「凶歳子弟多暴=凶歳には子弟に暴多し」〔孟子・告上〕
  4. {形容詞・副詞}にわか(にはかなり)。にわかに(にはかに)。だしぬけに。急に手あらく。「暴発」「暴風」。
  5. {動詞}だしぬけに打ちかかる。手あらくぶちこわす。「自暴自棄」「暴虎(ボウコ)(虎(トラ)に素手でたちむかう)」。
ホクbʰuk(入)
  1. {動詞}さらす。むき出して日にさらす。《同義語》⇒曝(バク)。「骨暴沙礫=骨を沙礫に暴す」〔李華・弔古戦場文〕
  2. {動詞}あらわす(あらはす)。むき出しにして見せる。《類義語》曝(バク)。「暴露」「暴之於民而民受之=これを民に暴して民もこれを受けたり」〔孟子・万上〕

字通

[会意]日+獣屍の形、すなわち曝屍の象。〔説文〕の日部七上に「晞(かわ)くなり。日に從ひ、出に從ひ、𠬞(きよう)に從ひ、米に從ふ」とし、また麃(ひよう)に従う古文の形を録して、字を麃声とする。また別に夲(とう)部十下にも相似た字があり、「疾(すみ)やかにして趣(おもむ)く所有るなり」とあって、この字を暴疾の意とする。しかし暴露と暴疾の字はもと一字、〔説文〕は誤って両形二字とし、別解を施したものであろう。同じく獣屍の象をとるものに皋(こう)・睪(えき)があり、皋はその色の皋白をとり、睪は斁敗(とはい)(ぼろぼろになる)繹解(えきかい)(組織が解ける)の意をとる。骨を原野に暴(さら)すというのが字の原義。強烈な風雨日射で忽ち暴露し、繹解する、ゆえに暴疾の意となる。暴(ばく)の音は卜と同じく、熱して裂ける音を示す擬声語である。

亡(ボウ/ブ・3画)

亡 甲骨文 亡 金文
甲骨文/叔家父簠・春秋早期

初出:初出は甲骨文

字形:「人」+「丨」”築地塀”で、人の視界を隔てて見えなくさせたさま。原義は”(見え)ない”。

音:「モウ」は呉音。「ボウ」で”ほろぶ”、「ブ」で”無い”を意味する。カールグレン上古音はmi̯waŋ(平)。

用例:「甲骨文合集」52に「□□〔卜〕,古鼎(貞):並亡𡿧(災),不喪眾。」とあり、”ない”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、春秋までの金文では”忘れる”(弔家父簠・春秋早期)、人名に、戦国の金文では原義・”滅亡”に(中山王方壺・戦国早期)用いた。

学研漢和大字典

会意文字で、L印(囲い)で隠すさまを示すもの。あったものが姿を隠す、見えなくなるの意を含む。忘(心中からなくなる→わすれる)・芒(ボウ)(見えにくい穂先)・茫(ボウ)(見えない)などに含まれる。

語義

ボウ
  1. {動詞}ほろびる(ほろぶ)。ほろぼす。なくなる。「滅亡」「此亦天、亡秦之時也=此れ亦た天、秦を亡ぼす時なり」〔史記・項羽〕
  2. {動詞・形容詞}ない(なし)。あったものが姿を消す。なくなる。また、そのさま。転じて、死ぬ。《対語》⇒有。「亡父」「今也則亡=今也則ち亡し」〔論語・雍也〕
  3. {動詞}にげる(にぐ)。にげて姿を隠す。見えなくする。「亡命」。
  1. {動詞・形容詞}ない(なし)。《同義語》⇒無。

字通

[象形]死者の屈肢の形。〔説文〕十二下に「逃るるなり」とし、入+乚(いん)の会意字で、僻処ににげ隠れる意とするが、乏・巟(こう)などと同じく死者の象。巟はなおその頭髪を存する形である。无(む)は亡の異体字。死去の意より亡失の意となる。亡命者を亡人といい、亡命のときには死葬の礼を用いた。否定詞に用いるのは無・莫などと同じく、仮借の義である。

亻亡(ボウ?・5画)

初出:初出は遅くとも前漢宣帝期の『定州竹簡論語』。

字形:「亻」+「亡」”かくす”。人間性を隠し偽るさま。「亻亡 外字」は2020年現在のunicodeに存在しない。中国の壮(チワン)族の古文字、古壮文字にあり、漢語に直せば「些」の意という。

音:カールグレン上古音は不明。「妄」の異体字とするとmi̯waŋ(去)。「妄」の初出は西周末期の金文

用例:論語先進篇20の定州竹簡論語は現伝の「色莊者」を「亻亡 外字狀者」と記す。

備考:人偏の漢字に偽・佯があり、偽は人の手でつくりごとをしていつわること、佯は人の手で羊=様子を取り繕うこと、と『学研漢和大字典』に言う。「亡」は”かくす・かくれる”ことと言う。『大漢和辞典』は「亡」の語釈に「なみする」と読んで”軽蔑する”を載せる。また人類の半分である女を加えた「妄」に、”いつわる”の語釈を載せる。

このことより「亻亡 外字」は「妄」の異体字で、人の手で存在するものを隠すこと、隠しだますこと、隠し嘲ること、と仮説を立てる。

『漢語大字典』『異體字字典』を引ける環境にある諸賢のご指正を待つ。

学研漢和大字典

会意兼形声。亡は「ない、くらい」などの意を含む。妄は「女+(音符)亡(モウ)」で、女性に心がまどわされ、われを忘れたふるまいをすることを示す。盲(目が見えない)・忘(心にしるしをとどめない)・茫(ボウ)(見えない、ぼんやりしている)などと同系。「盲」に書き換えることがある。「盲動」。

語義

  1. (モウナリ)(マウナリ){名詞・形容詞}みだり。うそ。でたらめなさま。「妄称(モウショウ)」「俗謂之荊門則妄也=俗にこれを荊門と謂ふは則ち妄なり」〔陸游・入蜀記〕
  2. {副詞}みだりに。いいかげんに。でたらめに。根拠もなく。「不知常妄作凶=常を知らずして妄に作るは凶なり」〔老子・一六〕

字通

[形声]声符は亡(ぼう)。〔説文〕十二下に「亂るるなり」とあり、妄誕の意。金文の〔毛公鼎〕に「女(なんぢ)敢て妄寧なること毋(なか)れ」とあり、〔書〕に「荒寧」というのと同義の語であろう。亡・荒はいずれも遺棄された屍体をいう字。妄はその呪霊へのおそれを含む語と思われる。

母(ボウ・5画)

母 甲骨文 母 金文
甲骨文/刀大母癸甗・殷代末期

初出:初出は甲骨文

字形:跪く人の姿に乳房を加えたもの。

音:カールグレン上古音はməɡ(上)。同音に「某」、「拇」”おやゆび”でともに上声。近音に「每」(毎)mwəɡ(上/去)があり、”暗い”を意味する。「ボ」は慣用音。「モ」「ム」は呉音。

用例:「漢語多功能字庫」は、甲骨文では「母」と「女」は互いに混用されたという。また「」の字が発生前だったので、”するな”の意を併せ持った。また先王の妃を意味したという。金文になると、母親と、”するな”の意で用いられた。論語語釈「毋」を参照。

(ボウ)(ブ)

学研漢和大字典

母 解字
象形。乳首をつけた女性を描いたもので、子をうみ育てる意味を含む。每(=毎。子をつぎつぎとうむ)・錢(=梅。安産を助けるうめ)・媒(男女の中だちをして子をうませる)・牧(家畜に子をうませる)などと同系。「姆」の代用字としても使う。「保母」▽付表では、「お母さん」を「おかあさん」「叔母・伯母」を「おば」「乳母」を「うば」「母屋・母家」を「おもや」と読む。▽草書体をかな「も」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}はは。子どもをうみ育てる女親。《対語》⇒父。「老母」「生曰父曰母曰妻、死曰考曰妣曰嬪=生きては父と曰ひ母と曰ひ妻と曰ひ、死すれば考と曰ひ妣と曰ひ嬪と曰ふ」〔礼記・曲礼下〕
  2. {名詞}物をうみ出す根源。「酵母」「可以為天下母=以て天下の母と為すべし」〔老子・二五〕
  3. {名詞}実母になぞらえた女性。また、実母にかわる女性。《同義語》⇒姥(ボ)・(モ)・姆(ボ)・(モ)。「乳母(うば)」「漂母(洗濯するのが仕事の女)」。
  4. {形容詞}そこで育った。「母国」。

字通

[象形]女に両乳を加えた形。〔説文〕十二下に「牧(やしな)ふなり」と声の近い語によって訓し、「子を褱(いだ)く形に象る。一に曰く、子に乳するに象るなり」とするが、子をそえた字は乳である。金文に女子名を可母・魚母のようにいい、男子に白懋父(はくぼうほ)のようにいうのと同じく、尊称としての用法であろう。金文では母と「毋(なか)れ」とは、同じ字形を用いている。

牟(ボウ・6画)

初出は戦国時代の金文。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はm(平)。同音は論語語釈「牡」を参照。論語では孔子の弟子、仏肸が立てこもったまちの名「中牟」として現れる(論語陽貨篇7)。固有名詞のため、文字が無いことがまちの不在を意味しない。たとえば矛m(平、初出は西周中期の金文。韻母を含む王力系統でも同音でmǐu)などが置換候補になり得る。

学研漢和大字典

会意。「牛+モウと声が出るさま」。草書体をひらがな「む」として使うこともある。▽「牟」の初二画からカタカナの「ム」ができた。

語義

  1. {名詞}モウという牛の鳴き声。
  2. {動詞}もとめる(もとむ)。むさぼる。苦労してもとめる。むさぼり奪う。▽謀に当てた用法。
  3. {動詞}ます。ふえる。▽茂に当てた用法。
  4. {名詞}大麦。《同義語》⇒麰。
  5. {名詞}ひとみ。《同義語》⇒眸。

字通

[象形]牛に鼻箝(びかん)を加えている形。〔説文〕二上に「牛鳴くなり」とし、「其の聲氣の口より出づるに象る」と、厶(し)を声気の象とするが、牛の鼻に梏(こく)をつけて牽(ひ)くことをいう。厶は牽の字に含まれている玄(鼻綱)の半形である。その牽かれて鳴く声を牟という。擬声的な語である。

忘(ボウ・7画)

𧭅 金文 忘 金文
「𧫢」伯作𧭅子簋・西周早期/「忘」蔡侯紐鐘・春秋末期

初出:初出は西周早期の金文。ただし字形は「𧫢」。その他「朢」(望)も「忘」と釈文される例が西周時代にある。論語語釈「望」を参照。現行字体の初出は春秋の金文

字形:「亡」”隠れる”+「心」。思いが隠れて忘れること。

音:カールグレン上古音はmi̯waŋ(平)。

用例:西周早期「獻𣪕」(集成4205)に「十枻(世)不𧫢」とあり、”わすれる”と解せる。

春秋の金文「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA1409に「後孫之(勿)忘」とあり、”わすれる”と解せる。

春秋早期「弔家父簠」(集成4615)に「󱩾(慎)德不亡(忘)」とあり、”わすれる”と解せる。

春秋末期「蔡𥎦紐鐘」(集成210)に「余非敢寍(寧)忘(荒)」とあり、「寧荒」は「荒寧」と同義で、「荒」→為すべき仕事を放置して「寧」→サボること。

学研漢和大字典

会意兼形声。亡(ボウ)とは、人が囲いに隠れて姿をみせなくなることを示す会意文字。忘は「心+(音符)亡」で、心中から姿を消してなくなる。つまり、わすれる意。類義語の遺は、忘れてあとに置いてくること。

語義

  1. {動詞}わすれる(わする)。記憶が心の中から消え去る。《対語》⇒記。「忘帰=帰るを忘る」「忘我=我を忘る」「発憤忘食=発憤して食を忘る」〔論語・述而〕
  2. {動詞}わすれる(わする)。わすれ物をする。《類義語》遺。「遺忘」。

字通

忘 外字

[形声]声符は亡(ぼう)。〔説文〕十下に「識らざるなり。心に從ひ、亡に從ふ。亡は亦聲なり」とあり、識とは記憶にあることをいう。忘は周初の金文に字を忘 外字に作り、望に従う。のち列国期の金文にはおおむね忘の字を用いる。〔儀礼、士冠礼〕に「壽考忘(や)まず」とあるものは、〔詩、小雅、蓼蕭〕に「其の德爽(たが)はず 壽考忘まず」とみえ、古いいい方なのであろう。忘 外字の字形から考えると、望気をして、災いをやめるように祈ることが、この語の原義であったようである。

牡(ボウ・7画)

牡 甲骨文 牡 金文
合23098/剌鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文に比定されている字形はさまざまあるが、いずれも「牛」+「丄」(ショウ)の形で構成される。「丄」は男性器。全体で”雄牛”の意。

音:カールグレン上古音はm(上)。同音は下記の通り。「ボ」は慣用音、呉音は「モウ」「ム」。

初出 声調 備考
ボウ かや 楚系戦国文字
ひとみ 説文解字
牛の鳴き声 戦国金文 →語釈
ひとしい 説文解字
ほこ 西周中期金文
かま 前漢隷書
短い粒の麦 説文解字
ねきり虫 説文解字
説文解字
すばる 前漢隷書
をす 甲骨文
瑞玉の名 説文解字
ボウ/ボク をかす/人名 西周中期金文 去/入
ねたむ 説文解字
しげる 説文解字
木が栄える 西周中期金文
ボク 甲骨文 →語釈
禾の名 甲骨文 →語釈
うしかひ 甲骨文

用例:「甲骨文合集」06653正.11に「貞勿有牝惟牡」とあり、”雄牛”と解せる。

西周中期「剌鼎」(集成2776)に「用牡于大室」とあり、”雄牛”と解せる。

西周後期から戦国中期の間、発掘が途絶え、再出するのは戦国最末期の「睡虎地秦簡」から。

学研漢和大字典

会意。牡の右側の部分は土に誤ってきたが、もとは士であった。士は男性の性器のたったさまで、のち、男・おすを意味するようになった。牡(ボウ)は「牛+士(おす)」で、おすがめすの陰門をおかすことに着目したことば。⇒士を参照。冒(ボウ)(おかす)・卯(ボウ)(両側におし開く)と同系。

語義

  1. {名詞}おす(をす)。獣や鳥のおす。牝(めす)をおかして性器をつきこむおす。《対語》⇒牝(ヒン)(めす)。「牡牛(ボギュウ)」「敢用玄牡=敢へて玄牡を用ふ」〔論語・尭曰〕
  2. {名詞・形容詞}おすの性器のように、突き出たもの。また、突き出たさま。「牡釘(ボウテイ)(おすくぎ、おすねじ)」。

字通

[会意]牛+土。土は牡器の象形、匕(ひ)は牝器の象形。卜文では羊・豕・鹿などにも、それぞれ匕・土の象を加えて区別した。〔説文〕二上に「畜父(きくほ)なり」とし、〔音義〕類に引く文には「雄なり」の語がある。鳥には雄という。

罔(ボウ・8画)

罔 網 甲骨文 罔 網 金文
甲骨文/戈□□□甗・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:網の象形。原義は”あみ”。論語の時代には「亡」を省いた「网」と書かれ、「網」と書き分けられていない。音も同音。現代中国語では網やネットを「网」と書く。論語語釈「網」も参照。

漢石経の「𦉾」は古字。この字形は戦国最末期の「睡虎地秦簡」から見られる。

音:「モウ」は呉音。カールグレン上古音はmi̯waŋ(上)。”くらい”を意味する同音の「亡」・「盲」măŋと音が通じたので、”くらい”を意味するようになった。

用例:「甲骨文合集」10514.1に「庚戌卜:盾隻(獲)网雉。隻(獲)十五。」とあり、”あみ”と解せる。

その他甲骨文で、明確に”あみ”以外に解せる例は無い。

戦国最末期「睡虎地秦簡」為吏35肆に「罔服必固。」とあり、「したがうなからば必ずかたくななり」と読め、”ない”と解せる。

備考:「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」・「漢語多功能字庫」には、戦国の竹簡以降の情報しか無い。

学研漢和大字典

罔 金文大篆
「罔」(金文大篆)

会意兼形声文字で、「网(あみ)+〔音符〕亡(みえない)」で、かぶせて隠すあみ。また、おおいかぶせて見えなくすること。亡(隠れて見えない)・盲(見えない)などと同系のことば、という。

語義

  1. {名詞・動詞}あみ。あみする(あみす)。物にかぶせて隠すあみ。また、魚や鳥獣にかぶせて捕らえるあみ。あみでとらえる。《同義語》⇒網。「漁罔(ギョモウ)(=漁網)」「降罔(コウモウ)(法律のあみにかかる)」「罔民而可為也=民を罔することを為すべけんや」〔孟子・梁上〕
  2. (モウス)(マウス){動詞}しいる(しふ)。うむをいわせず、おしかぶせる。人の目をくらませる。「誣罔(ブモウ)(罪をむりにおしつける)」「不可罔也=罔すべからざるなり」〔論語・雍也〕
  3. {形容詞}くらい(くらし)。あみをかぶせたように見えない。道理に通じていない。また、無知なさま。《類義語》盲。「学而不思則罔=学んで思はざれば則ち罔し」〔論語・為政〕
  4. {動詞}ない(なし)。なかれ。《同義語》無・莫。「方今世俗奢僭罔極=方今世俗奢僭極まり罔し」〔漢書・成帝〕

字通

[象形]網の形で、罔・網(もう)の初文。〔説文〕七下に「庖犧(はうぎ)氏、繩を結びて以て田(かり)し、以て漁する所なり。冂(けい)に從ふ。下は网の交文に象る」(段注本)とし、重文四を列する。庖犠が網を作ったとする説は、〔易、繫辞伝下〕にみえる。字は綱から網糸を垂れる形で、境界を示す冂に従うものではない。のち声符の亡(ぼう)を加える。

某(ボウ・9画)

謀 金文
(禽簋・西周早期)

初出:初出は西周早期の金文

字形:「甘」”実”+「木」。実のなった梅の木のさま。「甘」は「𠙵」”くち”+「一」で、口にものを含むさま。食べられる実がなるということで、「某」の字形となった。

音:カールグレン上古音はməɡ(上)。

用例:西周の金文では”はかる”の他、人名に用いた。春秋時代の出土例はない。「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0078・NA0079(西周中期)の「网某某□饗醴。」はおそらく人名か、”なにがし”の意。戦国の竹簡でも同様だが、「包山楚墓」255に「蜜梅一缶」とあり、”うめ”の語義が確認できる。

備考:論語語釈「謀」も参照。

学研漢和大字典

会意。「木+甘(口の中に含む)」で、梅の本字。なにがしの意味に用いるのは当て字で、明確でないの意味を含む。黙(だまっている)・晦(カイ)(くらい)・媒(バイ)(知らぬ人どうしの縁をつける)と同系。

語義

  1. {名詞}それがし。なにがし。人・物・時・所など、はっきりわからないときに用いることば。また、わかっていても、わざとぼかしていうときに用いることば。「某日」「某在斯=某は斯に在り」〔論語・衛霊公〕
  2. {代名詞}それがし。自分のことを謙そんしていうことば。

字通

[会意]曰(えつ)+木。曰は神に祝禱する祝詞を入れる器。それを木の枝に著けて神にささげ、神意を問い謀(はか)る意で、謀の初文。金文にこの字を「某(はか)る」と用いる例がある。〔説文〕六上に「酸果なり。木に從ひ、甘に從ふ。闕」とする。酸果は梅。字を梅の初文とするものであるが、その形義を説きえないので「闕」という。〔詩、周頌、訪落〕の〔序〕に「嗣王、廟に謀るなり」とあり、謀とは神意に謀ること、某がその初文。のち何某の意に用いる。〔儀礼〕に多くみえるが、それは神霊に対していう語で、〔礼記、曲礼下〕に「使者自ら稱して某と曰ふ」とあるのは、その名残であろう。

畝(ボウ・10画)

畝 金文
賢簋・西周中期

初出は西周中期の金文。「ホ」は慣用音。呉音は「ム・モ」。カールグレン上古音は不明。藤堂上古音はmuəg(上)。

学研漢和大字典

会意。「田+十(十歩あるいてはかる)+久(人が背をかがめて歩くさま)」で、農夫が十歩あるいて、十歩平方の田畑を区切るさまを示す。作物をうみ出す畑地のうね、またいくつも並んで生じたうねを意味する。母(ボ)・(モ)(うみ出す)・毎(どんどんうみ出す)と同系。

語義

  1. {名詞}うね。田畑のうね。「南畝」「南東其畝=其の畝を南東にす」〔詩経・小雅・信南山〕
  2. {単位詞}耕地・宅地の面積の単位。つ周代、一畝は百歩(一歩は六尺四方)で、約一・八アール。づ秦(シン)・漢代以後、一畝は二四〇歩。▽以後、大小の変化はあるが、ほぼ五~六アール。今の中国では、六・六アール。
  3. 《日本語での特別な意味》せ。一畝は、一反の十分の一で、三十歩。約一アール。

字通

[形声]声符は毎(まい)。毎に母(ぼ)の声がある。〔説文〕十三下に「六尺を歩と爲し、歩百を畮と爲す」とあって、百歩の地をいう。周初の金文の〔賢𣪘(けんき)〕に「百畮」という語があり、一夫の耕すところの地であろう。後期の金文に、淮夷が「■(上下に白+貝)畮(はくほ)」を賦貢として収めたことがみえるが、■はおそらく貝錦などとよばれる織物、畮は農作物であろう。

望(ボウ・11画)

望 甲骨文 望 金文
甲骨文/無鼎・西周晚期

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「朢」。

字形:踏み台に上って遠くを見つめる人の姿で、原義は”遠くを見る”。甲骨文の字形には踏み台を欠くもの、「目」を「臣」と記すものがある。金文から「月」が描かれるようになった。

音:カールグレン上古音はmi̯waŋ(去)。平声の音は不明。

用例:春秋末期までの金文では”満月”の意に、また人名に用いた例が複数ある。

西周末期「羋白歸苑𣪕(羌白𣪕)」(集成4331)では「忘」と釈文されている。

漢語多功能字庫」によると、金文から”満月”を意味するようになった。

学研漢和大字典

会意兼形声。望の原字は「臣(目の形)+人が伸びあがって立つさま」の会意文字。望は、それに月と音符亡(ボウ)(モウ)を加えたもので、遠くの月を待ちのぞむさまを示す。ない物を求め、見えない所を見ようとする意を含む。亡(ない)・茫(ボウ)(見えない)と同系。慕(ない物をほしがる)や募(ない物を求める)とも縁が近い。類義語に視・希。

語義

  1. {動詞}のぞむ。見えにくい遠方を見ようとする。また、遠くからながめる。「眺望」。
  2. {動詞}のぞむ。まだかまだかと待ちわびる。得がたい物を得たがる。ほしがる。「希望」「既平隴復望蜀=既に隴を平して復た蜀を望む」〔後漢書・岑彭〕
  3. {動詞}のぞむ。現状を不満に思い、こうあってほしいと思う。「責望」。
  4. {名詞}のぞみ。「失望=望を失ふ」。
  5. {名詞・形容詞}よい評判によって得た信用。人々にしたわれている。「人望」「信望」「望族(人々の信望を得ている一族)」。
  6. {名詞}もち。満月。また、陰暦の十五日。「望月(ボウゲツ)(満月)」「既望(満月の次の夜。十六夜)」。
  7. (ボウス)(バウス){動詞・名詞}遠くの山川をのぞんで、柴(シバ)をたき煙をあげて山川の神をまつる。また、その祭り。「望祭」「望于山川=山川を望す」〔書経・舜典〕
  8. 「望望(ボウボウ)」とは、恥じいったさま。また、どうしてよいかわからなくなって困るさま。「望望然去之=望望然としてこれを去る」〔孟子・公上〕

字通

[形声]声符は亡(ぼう)。卜文は、大きな目をあげて遠くを望み、挺立する人の形で、象形。聞の初文が、大きな耳の下に挺立する人の形であるのと同じく、特定の行為を示す字である。のち金文の字形には月を加えて月相の関係の字となり、また目の形(臣)が亡の形にかかれて形声となる。〔説文〕十二下に「出亡して外に在り、其の還るを望むなり」とあって、亡を亡去の意に解する。また別に𡈼(てい)部八上に朢を収め、「月滿ちて日と相ひ朢む。以て君に朝するなり。月に從ひ、臣に從ひ、𡈼(てい)に從ふ。𡈼は朝廷なり」とする。その重文として𦣠を録し、「古文。朢の省なり」というが、その𦣠が卜文にみえる望で、望の初文である。𦣠は人が挺立して遠く望む形で、眼の呪力によって敵を圧服し、あるいは望気を行う意の字であった。卜辞に「媚人(びじん)三千をして、苦方を𦣠ましむること勿(なか)らんか」のように卜するものがあり、媚飾を加えた三千の巫女が、一斉に山西北方の異族である苦方に、その呪儀を行った。望はまた山川祭祀の名となる。のち日月相望む意によって月を加え、朔望の望となり、望より一週の月相を既望という。

夢(ボウ・13画)

夢 甲骨文 夢 金文
甲骨文/卯簋蓋・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:初出の字形は「爿」”ベッド”+”目を見開いた人”で、寝ながら見る夢の意。

音:「ム」は呉音。カールグレン上古音はmuŋ(平)。去声の音は不明。

用例:「甲骨文合集」122.5に「貞王夢啟惟𡆥」とあり、”王が夢で教えられたことは不吉なことだろうか”と解せる。

春秋末期までの金文では、人名の一例のみ(春秋「夢子匜夢子匜」集成10245)。

学研漢和大字典

会意。上部は、蔑(ベツ)(細目)の字の上部と同じで、羊の赤くただれた目。よく見えないことをあらわす。夢は、それと冖(おおい)および夕(つき)を合わせた字で、夜のやみにおおわれて、物が見えないこと。

語義

  1. {名詞}ゆめ。はかないもの、はっきりしないものにたとえる。《対語》⇒現(ウツツ)。「浮生若夢=浮生は夢のごとし」〔李白・春夜宴桃李園序〕
  2. {動詞}ゆめみる。ゆめを見る。「夜深忽夢少年事=夜深くして忽ち夢みる少年の事」〔白居易・琵琶行〕
  3. {形容詞}くらい(くらし)。はっきりと見えないさま。▽平声に読む。《類義語》瞢(ボウ)。「夢夢(ボウボウ)(ぼんやり)」。
  4. 《日本語での特別な意味》ゆめ。実現は不可能だが、実現させたい願い。

字通

[会意]萈(かん)+夕(せき)。萈は媚蠱(びこ)などの呪儀を行う巫女の形。目の上に媚飾を施している。その呪霊は、人の睡眠中に夢魔となって心をみだすもので、夢はそのような呪霊のなすわざとされた。〔説文〕は夕部七上に夢を録して「明らかならざるなり」と夢夢の意を以て解し、また㝱部七下に㝱を録して「寐(い)ねて覺むること有るなり」という。夢夢の義は瞢(ぼう)、〔説文〕四上に「目明らかならざるなり」とあるものがその字義にあたる。〔周礼〕に夢に㝱の字を用い、〔春官、占夢〕に「六㝱の吉凶を占ふ」として、その法をしるしている。㝱は神霊の啓示として睡眠中にあらわれるもので、媚女がその呪霊を駆使した。それで字は瞢に従う。瞢の廟中にある姿を寛という。しどけなき姿をしていたのであろう。歳終に堂贈(どうそう)という大儺(たいだ)の礼を行い、夢送りの行事をして年間の悪夢を祓(はら)った。夢魔に逢って、にわかに没することを薨(こう)という。貴人にその死にざまが多かったのであろう。

蒙(ボウ・13画)

蒙 金文
中山王昔壺・戦国末期

初出:初出は戦国末期の金文

字形:〔艹〕+〔冡〕”ぶた小屋”。家畜小屋を草葺きで覆うさま。

音:カールグレン上古音はmuŋ(平)。同音は「夢」、「濛」”小雨の降る様”、「矇」”めしい”、「饛」”器に盛り上げる様”、「幪」”覆い”、「蠓」”ヌカガ・ミミズ”(以上平)、「蠓」(上)。「モウ」は慣用音。呉音は「ム」。

論語時代の置換候補:上古音で同音のうち「夢」(夢)に”くらい”の語釈があり初出は甲骨文。ただし春秋末期までに”暗い”の用例が無く、置換候補にならない。

学研漢和大字典

会意兼形声。下部の字(音モウ)は、ぶたの上におおいをかぶせたことを示す。蒙はそれを音符とし、艸を加えた字で、草がおおいかぶさるの意。冒(モウ)・(ボウ)(かぶせる、おかす)・濛(モウ)(水気がおおう)と同系。

語義

  1. {形容詞}くらい(くらし)。上からおおわれてくらい。光がくらい。もやもやしてみわけがつかないさま。《同義語》⇒曚・矇。「大蒙(タイモウ)(日の入る所)」。
  2. {形容詞・名詞}くらい(くらし)。道理にくらい。おろかである。また、幼くて物事の道理がわからない。また、もの知らずの子ども。《同義語》⇒曚・矇。「蒙昧(モウマイ)」「愚蒙(グモウ)(おろか者)」「啓蒙=蒙を啓く」。
  3. {動詞}おおう(おほふ)。おかす(をかす)。上からかぶせる。おおいかくす。また、かぶさったものを自ら進んでおしのける。「蒙葺(モウシュウ)(屋根をかぶせてふく)」「蒙死=死を蒙す」「上下相蒙=上下相ひ蒙ふ」〔春秋左氏伝・僖二四〕
  4. {動詞}こうむる(かうむる)。ある事を身にうける。また、かぶる。「蒙難=難を蒙る」「蒙恩=恩を蒙る」。
  5. {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。陬陲(坎下艮上(カンカゴンショウ))の形で、おおわれてくらいさまを示す。
  6. {名詞}蒙古(モウコ)(モンゴル)の略。「漢蒙(漢人とモンゴル人)」▽上声に読む。

字通

[象形]獣皮の形。〔説文〕に字を艸部一下に属し、冡(もう)声の字とする。冡は〔説文〕七下に「覆(おほ)ふなり」とあり、豕(し)を覆う形であるとするが、冡の上部に角や耳を加えた形が蒙であるから、冡・蒙は繁簡の字とみてよく、蒙は頭部をも含む獣皮の全体像である。〔説文〕に蒙を「王女なり」、すなわち女蘿(じよら)とするのは、字の上部を草と誤ったものであろう。〔国語、晋語六〕「甲冑を蒙(かうむ)る」のように、全体を覆うて服する意。縫いぐるみのようにかぶることをいう。毛の乱れるさまを蒙戎(もうじゆう)・蒙茸(もうじよう)という。蒙昧の意があり、人に移して童蒙という。

※女蘿:地衣類に属するコケの一種。サルヲガセ・ヒゲノカヅラ・サガリコケの類。

貌(ボウ・14画)

貌 金文
皃斝・殷代末期

初出:初出は殷代末期の金文。ただし字形は豸(むじなへん)を欠き、つくりの皃のみ。しかも器にこの一字しか鋳込まれていない。その後は戦国文字まで時代が下る。従って、殷周革命で一旦滅んだ漢語である可能性が高い。

字形:「白」”人々のかしら”の意味をもたせた頭部の大きな人の象形。論語語釈「伯」を参照。

慶大蔵論語疏は異体字「貇」と記す。「東魏太公呂望表」刻。

音:カールグレン上古音はmŏɡ(去)。同音に貓”ねこ”。

用例:殷代末期の金文「皃斝」(集成9111)に「皃」とのみあり、族徽(家紋)の一種と考えられる。

楚系戦国文字では「豸」で「貌」を表現し、”表情”の意で用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。「豸(けもの)+(音符)皃(ボウ)(あたまと足のある人の姿)」で、人や動物のあらましの姿をあらわす。

語義

ボウ
  1. {名詞}かたち。顔のかたちや姿。また、おぼろげにつかめたありさま。外にあらわれたようす。「容貌(ヨウボウ)」「外貌(ガイボウ)」「以貌取人=貌を以て人を取る」〔史記・仲尼弟子〕
  2. {動詞}かたどる。かたちを似せて書き写す。
  3. {名詞}みたまや。国家の主神、祖先などをまつる所。▽廟(ビョウ)に当てた用法。
バク

{形容詞}はるか遠くおぼろげなさま。▽邈(バク)に当てた用法。

字通

[象形]本字は皃(ぼう)。白は人の頭顱(とうろ)の形。〔説文〕八下に「頌儀なり。儿(じん)に從ふ。白は人面の形に象る」とし、重文二を録する。一は貌、一は■(豸+頁)に作る。頁(けつ)は礼貌を備える形。公廟に見えることを頌という。「頌儀」とはその際の儀容をいう。形の似たものを貌似という。〔逸周書、芮良夫(ぜいりようふ)解〕「王、貌して之れを受く」とは、外面だけの挨拶で、実意の伴わない意である。

網(ボウ・14画)

罔 網 金文
戈□□□甗・西周早期

初出:初出は甲骨文。罔・网と書き分けられていない。

字形:網の象形。


「唐還少林寺神王𠡠碑」刻「網」字

正平本・文明本は論語述而篇26で唐石経・清家本が「綱」と記している箇所を「網」と読み取れるような字体で記す。上掲「唐還少林寺神王𠡠碑」刻字近似。京大「拓本データベース」によると、「網」と釈文された「綱」字は少なくない。

via京大「拓本データベース」

音:カールグレン上古音はmi̯waŋ(上)。「モウ」は呉音。論語語釈「罔」も参照。

用例:「甲骨文合集」16203に「甲申卜不其網魚」とあり、画像が不鮮明だが、”網ですなどる”と解せる。

戦国の竹簡でも”あみ”の意に用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、罔はもと、あみを描いた象形文字。網は「糸+(音符)罔(モウ)」で、かぶせて見えなくするあみ。または、目に見えにくくてかぶさるあみ。罔と同じ。亡(見えない)・茫(ボウ)(見えない)などと同系のことば。

語義

  1. {名詞}あみ。魚や鳥獣をとりこめ、または隠して見えなくするあみ。また、転じて広くあみの目状をなしたもの。《同義語》⇒罔(モウ)・(ボウ)。《類義語》罟(コ)(しかけあみ)・羅(ラ)。「網罟(モウコ)」「蛛網(チュウモウ)(くものあみ)」。
  2. {動詞}あみする(あみす)。あみをうつ。あみにかけてとらえる。《同義語》罔。「網民=民を網す」。
  3. {名詞}あみ。人間をひっかけてとりこにするもの。法律・義理・人情など。「世網(セモウ)(世の義理人情)」「法網」「天網恢恢、疎而不失=天網恢恢、疎なれども失はず」〔老子・七三〕
  4. 《日本語での特別な意味》あみの目のような組織をもって、広くひろがるもの。「鉄道網」。

字通

[象形]網の形で、罔・網(もう)の初文。〔説文〕七下に「庖犧(はうぎ)氏、繩を結びて以て田(かり)し、以て漁する所なり。冂(けい)に從ふ。下は网の交文に象る」(段注本)とし、重文四を列する。庖犠が網を作ったとする説は、〔易、繫辞伝下〕にみえる。字は綱から網糸を垂れる形で、境界を示す冂に従うものではない。のち声符の亡(ぼう)を加える。

謀(ボウ・16画)

謀 金文 謀 燕系戦国文字
「某」禽簋・西周早期/「謀」陶彙4.71・戦国燕

初出:現行書体の初出は戦国時代の陶片同義部品「某」の初出は西周早期の金文。

字形:初出の字形は「某」で、実のなった梅の木のさま。初出ですでに”はかる”の意を持ち、音の転用と思われる。現行字体は「言」+「某」。楚系戦国文字や、説文解字が載せる古文に「𠰔」「𢘓」と記すものがあり、「口」/「心」+「毋」”なかれ”。口に出来ないような、心に思えないようなこと、を意味するだろう。

音:カールグレン上古音はmi̯ŭɡ(平)。同音は存在しない。近音に「每」(毎)mwəɡ(上/去)。”暗い”を意味する。

用例:西周早期の金文「禽𣪕(簋)」に「王伐蓋𥎦。周公某。禽祝。禽又󻇉祝。王易金百寽。禽用乍寶彝。」とあり、「王蓋侯を伐つ。周公はかり、禽いのる。禽また□いのる。王金百寽を賜う。禽用いて宝彝を作る」と読め、”はかる”の語義が確認できる。

春秋時代での出土例はない。

「漢語多功能字庫」某条によると、金文では、否定辞(諫簋・西周)に用いた。戦国の竹簡では、”うめ”・”なにがし”の意に用いた。

備考:下掲『学研漢和大字典』は原義を「梅」とするが、その部品である「每」(毎)は、海(海)”深くて暗いうみ”・カイ”くらます”の共通部品となっているように、原義は”暗い”こと。カールグレン上古音ではmwəɡ(上/去)であり、「謀」mi̯ŭɡ(平)と音素が50%共通し、頭と終わりが共通している。

梅 金文
史梅貺作且辛簋・西周早期

現行「梅」の字の初出は西周早期とされている。「史梅貺,乍(作)且(祖)辛寶彝。」とあって人名に用いられている。戦国までこの字形で、前漢に「楳」の字形が現れ、後漢末期の「校官碑」に現行の字体が現れた。

甘 甲骨文 曰 甲骨文
「甘」(甲骨文)/「曰」(甲骨文)

甲骨文の時代、「𠙵」”くち”にものを含んでいる状態を「甘」kɑm(平)と記した。語義は”あまい”ではなかった。現在ではこの語義には「カン」ɡʰam(平)・「ガン」ɡʰəm(平)などの字がが当てられている。「楳」が”うめ”を意味するのはそのためで、梅mwəɡ(平)の実は酸っぱくて、しゃぶるのに適している。含んだものを表に表すのを「曰」gi̯wăt(入)と記し、”言う”の意で用いた。

対して「甘」はだまったままでいること。「某」məɡ(上)は自分の名を告げない者。

漢語多功能字庫

從「言」,「某」聲,表示圖謀、算計。


「言」の字形に属し、「某」の音。たくらむこと、見積もることを意味する。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、某(ボウ)は、楳(=梅)の原字で、もと、うめのことであるが、暗くてよくわからない、の意に転用される。謀は「言+〔音符〕某」で、よくわからない先のことをことばで相談すること。

煤(バイ)(黒くてよく見えないすす)・媒(バイ)(よく知らない相手どうしをもとめる)などと同系のことば、という。

語義

  1. {動詞・名詞}はかる。はかりごと。わからない先のことをどうするか考える。うつ手をさぐる。また、その計画。「共謀」「謀議」「謀於長者=長者に謀る」〔礼記・曲礼上〕
  2. {動詞・名詞}はかる。はかりごと。悪事をたくらむ。また、害しようとたくらむ。たくらみ。「謀害」「謀反(ボウハン)」「陰謀」「謀晋故也=晋を謀るが故なり」〔春秋左氏伝・宣一四〕
  3. {動詞}もとめる(もとむ)。さぐりもとめる。「謀生=生を謀む」「謀面(いちど会いたいと望むこと)」。

謀 金文大篆
(金文大篆)

字通

[形声]声符は某。某は謀の初文。木の枝の先に祝詞の器(えつ)を着けて祈り、神意に謀ることをいう。〔説文〕三上に「難をおもんぱかるを謀と曰ふ」とあり、〔左伝、襄公四年〕「難をはかるを謀と爲す」の文による。〔国語、魯語下〕に「事を咨るを謀と爲す」とあり、もと神に諮謀することをいう。諮は咨に従い、咨は神になげき訴え申す意である。謀を策謀・謀略のように用いるのは、本来の字義ではない。

訓義

はかる、神にはかる、ことを問いはかる。相談する、相ともにはかる。はかりごと、てだて、くわだて、たくらみ、計画、企画。

大漢和辞典

はかる:難儀なことをおもんぱかる、ことを問いはかる、まつりごとをはかる、おもいはかる、相談する、おしはかる、つまびらかに考える、数える、計算する、かまえる、はかりごとに落とし入れる。はかりごと:てだて、くわだて、めあて、たくらみ。鬼谷子の篇名。姓。

某 謀 梅 字解

謗(ボウ・17画)

初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はpwɑŋ(去)。同音は下記の通り。『大漢和辞典』に音ホウ・ボウ訓そしるは他に存在しない。「国学大師」でも秦系戦国文字より前の字形は確認できない。『学研漢和大字典』では部品の「ホウ」”あまねし”bʰwɑŋ(平)に”そしる”の語釈は無い。ただし「ホウ」に通じて”かたよる”を、「妄」(→語釈)に通じて”みだりに”の語釈を載せる。

初出 声調 備考
ホウ 草の名 不明
ふね 春秋末期石鼓文 又音pi̯waŋ(去)
ボウ そしる 秦系戦国文字

漢語多功能字庫

從「」,「」聲。本義是公開指責別人的過失。


「言」の字形に属し、「旁」の音。原義は他人の過失をあげつらうこと。

学研漢和大字典

会意兼形声。「言+(音符)旁(ボウ)(両わき、わきに広げる)」。榜(ボウ)(広げた板に書いて公示する)と同系。「そしる」「そしり」は「誹る」「譏る」「誹り」「譏り」とも書く。

語義

  1. {動詞・名詞}そしる。あばいていいひろめる。悪口をいう。悪口。「誹謗(ヒボウ)」「未信、則以為謗己也=いまだ信ぜられざれば、則ち以て己を謗ると為すなり」〔論語・子張〕

字通

[形声]声符は旁(ぼう)。旁に旁側、また、ひろく他に及ぼす意がある。〔説文〕三上に「毀(そし)るなり」と訓し、悪言の意とする。〔国語、周語上〕「國人、王を謗る」、〔呂覧、達鬱〕「國人皆謗る」のように、ひろく世間の批判を受ける意に用いる。〔左伝、成十八年〕「民に謗言無し」のように、もと政治への批判を意味する語であった。〔玉篇〕に「毀(そし)るなり、誹(そし)るなり、他人に對して其の惡を道(い)ふなり」とするが、「懟(うら)む」の意がある。

北(ホク・5画)

北 甲骨文 北 金文
甲骨文/㝨盤・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:互いに背を向けた二人の「人」で、原義は”背中”。「背」の初出は後漢の隷書で、用例はないものの、それまで”せなか”の語義を保持したと思われる。古代中国では北を正面とし、天子が北を背にして座ることから、方角の”きた”の派生義が生まれた。また「非」は「北」と区別するため、「人」の上に「一」を加えている。論語語釈「非」を参照。

「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

音:カールグレン上古音はpək(入)。

用例:春秋末期までに、動詞”にげる”と読める出土例はない。全て方位、人名、氏族名、地名を意味する。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”方位の北”を意味し、金文では加えて国名の用例がある(邶伯尊・年代不明だが都市国家としての邶の成立は殷末まで遡る)という。戦国の竹簡では『詩経』邶風篇の名として用いられ、漢代では”背中”の意で用いられたという。

学研漢和大字典

北 解字
会意。左と右の両人が、背を向けてそむいたさまを示すもので、背を向けてそむくの意。また、背を向けてにげる、背を向ける寒い方角(北)などの意を含む。背(せを向ける)・倍(そむく)と同系。

語義

  1. {名詞}きた。寒くていつも背を向ける方角。《対語》⇒南。「南面而征北狄怨=南面して而征すれば北狄怨む」〔孟子・梁下〕
  2. {動詞}きたする(きたす)。北のほうへ行く。「候鴈北=候鴈北す」〔呂氏春秋・孟春〕
  3. {副詞}きたのかた。北の方角では。北に進んで。「北面」「北定中原=北のかた中原を定む」〔諸葛亮・出師表〕
  4. {動詞}にげる(にぐ)。敵に背を向けてにげる。「敗北」「三戦三北、而亡地五百里=三たび戦ひ三たび北げて、地を亡ふこと五百里」〔史記・魯仲連〕
  5. {動詞}そむく。そむける(そむく)。相手に背を向ける。《類義語》背・倍。

字通

[会意]二人相背く形に従い、もと背を意味する字。〔説文〕八上に「乖(そむ)くなり。二人相ひ背くに從ふ」とあり、また日に向かって背く方向の意より北方をいい、背を向けて逃げることを敗北という。南は陽にして北は陰。墓地は多く北郊に営まれ、洛陽ではその地を北邙(ほくぼう)といった。

僕(ホク・14画)

僕 甲骨文 僕 金文
合集17961/琱生簋・西周末期

初出:初出は甲骨文。ただし語義が明瞭でない。

字形:〔言〕”言葉”を言う人物が〔其〕”かご”に下賜品をもらい受けるさま。

音:カールグレン上古音はbʰuk(入)。「ボク」は呉音。

用例:西周の金文では”御者”・”しもべ”の意、また人名の一部に用いた。春秋の金文では、人名の一部に、また”しもべ”の意に用いた。

学研漢和大字典

菐 甲骨文
「菐」(甲骨文)

会意兼形声。菐の甲骨文字は、どれいが供え物をささげるさまに、そのどれいの頭に入れ墨をする辛を加え、下部にしっぽを添えた姿を描いた象形文字で、獣に近いさまを示す。金文は二人の子を含み、年少の従者を示す。僕は「人+(音符)菐(ボク)」。荒けずりで作法を知らない下賤(ゲセン)の者の意を含む。転じて、謙そんするときの一人称代名詞ともなった。素樸の樸と同系。類義語に童。

語義

  1. {名詞}しもべ。召使や雑用をする人のこと。▽荒けずりな人の意から。「下僕」「遂命僕人過湘江=遂に僕人に命じて湘江を過ぐ」〔柳宗元・始得西山宴游記〕
  2. {名詞}御者。▽中国の戦国時代、御者には、力の強い腹心の部下を用いた。「僕夫」「冉有僕=冉有僕たり」〔論語・子路〕
  3. {代名詞}謙そんしていうときの一人称代名詞。「僕所以留者=僕の留まるゆゑんは」〔史記・荊軻〕
  4. 「僕僕爾(ボクボクジ)」とは、召使のように、動き回ったりぺこぺこしたりするさま。「子思以為、鼎肉使己僕僕爾亟拝也=子思以為へらく、鼎の肉己をして僕僕爾としてしばしば拝せしむ」〔孟子・万下〕
  5. 《日本語での特別な意味》ぼく。男が、同等または下位の者に対して、自分をさしていうときのことば。

字通

僕 古文
(古文)

[形声]声符は菐(ほく)。〔説文〕三上に「給事する者なり。人菐に從ふ。菐は亦聲なり」と会意に解し、古文■(臣+菐)を録する。〔説文〕は菐を瀆菐(とくほく)にして卑賤の意とし、そのことに従う者と解するのであろう。僕の初形は卜文では礼冠を頂き、儀礼に従う者の形に作り、その奉ずる器は辛の形に似ており、宰牲のことに当たるものかと思われる。古文は臣に従い、臣は神に事(つか)えるものであった。西周中期の金文〔■(走+豈)𣪘(がいき)〕に「僕射(ぼくや)・士訊(しじん)・小大の右隣」のように官職名を列し、後期の〔師キ 外字(上下に臼言+犬)𣪘(しきき)〕に「僕ギョ 外字(ぼくぎよ)・百工・牧・臣妾」とあり、僕は必ずしも下僕の意ではない。のち卑賤の称となり、司馬遷が任安に与えた書中には自称として用いている。

卜(ボク・2画)

卜 甲骨文 卜 金文
甲骨文/曶鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:

甲骨文 帝不我又
甲骨を炙った際に出来るひび割れの象形。原義は”うらなう”。

音:カールグレン上古音はpuk(入)。

用例:甲骨文は「(干支)うらなう(占う者の名)う(占う内容)か」の型式が多い。金文、戦国の竹簡でも”占う”を意味した。

学研漢和大字典

象形。亀の甲を焼いてうらなった際、その表面に生じた割れめの形を描いたもの。ぽくっと急に割れる意を含む。撲・森(ボク)(ぽかっと急にたたく)・朴(ボク)(ぽくりと折ったままの木)と同系。「うらなう」「うらない」は「占う」「占い」とも書く。

語義

  1. (ボクス){動詞・名詞}うらなう(うらなふ)。うらない(うらなひ)。物のきざしで人事の吉凶を考える。また、うらないごと。▽昔は亀(カメ)の腹甲や獣の骨を焼いてその割れめの形を見て吉凶をうらなった。のち、あらゆるうらないを卜という。《類義語》占(セン)。「占卜(センボク)」「亀卜(キボク)」。
  2. (ボクス){動詞}表面に出た何かの兆候を手がかりにして事態を察する。うかがう。「卜居=居を卜す」「可卜所学之深浅=学ぶ所の深浅を卜すべし」〔近思録〕
  3. (ボクス){動詞}事前に予知する。「定卜(テイボク)」「未卜=いまだ卜せず」。

字通

[象形]獣骨や亀版を灼(や)いて、そのひびわれによって吉凶を卜うことをいう。卜はそのひびわれの形。〔説文〕三下に「龜を灼いて剝ぐなり。龜を灸(や)くの形に象る。一に曰く、龜兆の從横なるに象るなり」という。卜するとき、まず縦長に鑽(さん)とよばれる穴を掘り、横に円形の穴を作って、その部分を灼くと、鑽の部分には縦、灼いた部分には横に走る線が、その表面にあらわれる。その横の線が卜兆、縦横合わせて卜の形となる。殷虚小屯出土の大版には、百鑽前後にも卜迹を存するものがある。わが国の対馬に伝えられている古法については、伴信友の〔正卜考〕に詳しい記述がある。卜の音は、卜兆を生ずるとき、破裂する音をとるものであろう。

木(ボク・4画)

木 甲骨文 木 金文
甲骨文/木父丁爵・殷代末期

初出:初出は甲骨文

字形:木の象形。

音:カールグレン上古音はmuk(入)。「モク」は呉音。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか地名・国名に、金文でも原義に用いられた。

論語子路篇27「剛毅木訥」では”素朴”の意で用いる。「木」のカールグレン上古音はmuk(入)であり、初出が後漢の「朴」のpʰŭk(入)と音素の共通率は半分程度。

樸 石鼓文
「樸」 石鼓文.吾車・春秋末期あるいは戦国初期

また「樸」”加工前の木”の初出はあるいは春秋末期まで遡る石鼓文で、断片ゆえに語義が分からないが、”加工前の木”の語義でのカールグレン上古音はpʰŭk(入)。従って「木」字が”飾り気がない”を、春秋末期に意味した可能性は半分ほどある。

学研漢和大字典

象形。立ち木の形を描いたもの。上に葉や花をかぶった木。沐(モク)(頭から水をかぶる)と同系。類義語の樹は、じっとたっている木。材は、切りたおして物をつくるのに使う木。付表では、「木綿」を「もめん」と読む。

語義

  1. {名詞}き。葉や花をかぶったたちき。また広く、たちき。《類義語》樹。「樹木」。
  2. {名詞}き。物をつくる材料としての、き。また、きでつくったもの。「材木」「三木(サンボク)(手かせ・足かせ・首かせの三つ)」「就木=木に就く」「朽木不可雕也=朽ちたる木は雕るべからざるなり」〔論語・公冶長〕
  3. {名詞}五行の一つ。方角では東、色では青、時節では春、十干では甲と乙、五音では角に当てる。
  4. {名詞}八音(八種の楽器)の一つ。木製のもの。
  5. {名詞}星の名。木星。歳星。
  6. {名詞・形容詞}生き生きした感覚がない。また、そのもの。「木石」。
  7. {形容詞}かざりけがない。質朴(シツボク)。《同義語》朴・樸。「木訥(ボクトツ)」。
  8. 《日本語での特別な意味》もく。七曜の一つ。「木曜日」の略。

字通

[象形]枝のある木の形。〔説文〕六上に「冒(おほ)ふなり。地を冒ひて生ず。東方の行なり」という。〔釈名、釈天〕に「木は冒ふなり」とあり、当時の音義説である。卯字条十四下にも「冒ふなり」とあり、いずれも字義に関しない説で、字はむしろ朴の字義に近く、木訥(ぼくとつ)・木強のように用い、素材としての木をいう。植樹したものは樹という。

目(ボク・5画)

目 甲骨文 目 金文
甲骨文/屰目父癸爵・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:目の象形。原義は”め”。

音:「モク」は呉音。カールグレン上古音はm(入)。同音は論語語釈「牡」を参照。藤堂上古音はmɪuk。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義、”見る”、地名・人名に用いた。金文では氏族名に用いた(目爵・西周早期)。

学研漢和大字典

象形。めを描いたもので、まぶたにおおわれているめのこと。モクとは木(葉をかぶった立ちき)・沐(モク)(水をかぶる)・冒(モウ)・(ボウ)(かぶる)などと同系。類義語の眼は、根や痕(コン)と同系で、頭骨に穴があいていて一定の場所を占めた眼窩(ガンカ)(めのあな)に着目したことば。

語義

  1. {名詞}め。まぶたにおおわれため。《類義語》眼。「耳目」「目之於色也=目の色におけるや」〔孟子・告上〕
  2. {名詞}め。めくばせ。めつき。「道路以目=道路目を以てす」。
  3. (モクス){動詞}見なす。見て品定めする。また、めくばせをする。「目之為神品=これを目して神品と為す」「范増数目項王=范増数項王に目す」〔史記・項羽〕
  4. {名詞}めじるし。めじるしをつけた条項。また、そのグループ。「題目」「目録」「請問其目=請ふその目を問はん」〔論語・顔淵〕
  5. {名詞}め。網や、格子のめ。
  6. {単位詞}項目や格子のめを数える単位。「第二目」。
  7. {名詞}目のようにたいせつなところ。要点。「眼目」。
  8. {名詞}人の主となる者。かしら。「頭目」。
  9. 《日本語での特別な意味》
    ①さかん(さくわん)。四等官で、国司の第四位。
    ②め。材木の表面にあらわれたすじめ。また、物を折ったすじめ。「木目(モクメ)が細かい」「すじ目の通ったズボン」。
    ③め。ものを見とおす力。「目がきく」。
    ④碁盤(ゴバン)のめ。また、碁石を数える単位。もく。「三目の勝ち」。
    ⑤め。量をあらわす目じるしのきざみ。めもり。
    ⑥め。「もんめ(=匁。文目(モンメ))」の略。重さをあらわすことば。「百目(ヒャクメ)(ふつうは百匁と書く)」。

字通

[象形]めの形。〔説文〕四上に「人の眼なり。象形」とし、「童子(瞳)を重ぬるなり」、すなわち重瞳子(ちようどうし)であるという。〔尚書大伝〕に古の聖人舜を重瞳子とし、〔史記、項羽紀〕に項羽も重瞳子で、その苗裔であろうかという。瞳子を大きく写した字は臣、望・監の字などがその形に従う。古くは目は横長の形にしるした。目を動詞にして、目撃・目送のように用いる。また眉目は最もめだつところであるから、標目・要目のようにいう。

沐(ボク・7画)

沐 甲骨文
(甲骨文)

初出は甲骨文。ただし金文は未発掘。カールグレン上古音はmuk(入)。「モク」は呉音。

学研漢和大字典

会意兼形声。木(モク)・(ボク)は、葉や小枝をかぶった木。上からすっぽりとかぶる意を含む。沐は「水+(音符)木」で、水を頭からかぶること。類義語の浴は、容(中に入れる)と同系で、からだを湯や水の中に入れること。沐と浴をあわせて、ゆあみするすべての動作を含むこととなる。

語義

  1. (モクス){動詞}ゆあみする(ゆあみす)。あらう(あらふ)。頭から水や湯をかぶる。また、水を頭からかけて髪をあらう。《類義語》浴。「沐浴(モクヨク)」「休沐(キュウモク)」「薄言帰沐=薄に言帰りて沐せん」〔詩経・小雅・采緑〕
  2. (モクス){動詞}こうむる(かうむる)。頭から水をかぶるように、恩や恵みを受ける。「沐恩=恩に沐す」。

字通

[形声]声符は木(もく)。〔説文〕十一上に「髮を濯(あら)ふなり」とあり、身を洗うことを浴という。〔孟子、離婁下〕「齋戒沐浴せば、卽ち以て上帝を祀るべし」とあり、祭事に従うときには沐浴をした。

默/黙(ボク・15画)

黙 隷書
蒼頡篇11・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:「黑」(黒)+「犬」。前漢ごろ、「黑」に”だまる”の語義が出来てから、犬を加えて、普段ワンワンと吠える犬が黙っているさま。

音:カールグレン上古音はmək(入)で、同音に「墨」、「纆」”なわ”。「毎」”暗い”wəɡと近音。「モク」は呉音。論語語釈「黒」も参照。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓に「嘿」(初出・上古音不明)、「墨」(墨)mək(入)の初出は戦国早期の金文

定州竹簡論語は論語述而篇2で「黑」と記すが、春秋末期までの出土に、「黑」を”黙る”と解せる用例は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。「犬+(音符)黑(くらい、わからない)」。黑(=黒。くろい)・晦(暗い、よくわからない)・謀(どうしたらよいかわからない→さぐり求める)と同系。旧字「默」は人名漢字として使える。

語義

(モクス){動詞}もだす。だまる。口をきかないので、意向がわからない。声をたてない。「沈黙」「黙而識之=黙してこれを識す」〔論語・述而〕

字通

[形声]声符は黒(こく)。黒に墨(ぼく)の声があり、その古音であったらしい。〔説文〕十上に「犬、暫く人を逐ふなり」とあり、〔唐本説文〕に「犬、潛(ひそ)かに人を逐ふなり」に作る。犬が黙って人を追うことから、その字を作るとするのは疑問とすべく、この字は喪事に犬牲を用いることを示す字であろう。〔国語、楚語上〕「三年默して以て道を思ふ」とは諒闇(りようあん)三年の服喪をいう。〔論語、憲問〕「高宗(殷の武丁)諒陰(りやうあん)、三年言(ものい)はず」とあり、服喪の三年間、ものいうことはタブーであった。犬牲はその修祓のために用いたものであろう。

穆(ボク・16画)

穆 甲骨文 穆 金文
甲骨文/遹簋・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:イネ科の実ったさまで、原義はイネ科の”穂”。

音:カールグレン上古音はm(入)のみ。同音は論語語釈「牡」を参照。藤堂上古音はmɪok。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に、金文では周王のおくり名に(史牆盤・西周中期)、”よい”(伯克壺・西周末期)、”敬いつつしむ”(邾公華鐘・春秋末期)の意に用いられた。戦国の竹簡では、楚王の諡に用いられた。「穆穆」は三種に解釈されている。一つは”おそれつつしむ”(師朢鼎・西周中期)、二つは”盛んなさま”(大克鼎・西周末期)、三つは”音楽の調和”(許子鐘・春秋中期)。

備考:『大漢和辞典』には第一義として”うるはしく立派なさま”を載せる。慎ましいとも、にこやかとも訳せる。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、右側の(音ボク)は、細かくて見えにくい模様。穆はそれを音符とし、禾(いね)を加えた字で、稲の穂のように細くて見えにくいさま。

語義

  1. (ボクタリ){形容詞}ほんのりと暗く、見えにくくて、静まりかえったさま。「於穆清廟=於穆たる清廟」〔詩経・周頌・清廟〕
  2. {動詞・形容詞}ほんのりとやわらぐ。ふんわりと一体をなしているさま。《同義語》⇒睦。
  3. {形容詞}おだやかで、つつしみ深い。
  4. 「昭穆(ショウボク)」とは、中国古代の、祖先をまつるみたまやの順位をあらわすことば。太祖(タイソ)の廟は中央に置き、左側に二世・四世・六世と並べて昭といい、右側に、三世・五世・七世と並べて穆(ボク)という。▽昭(はっきり)と穆(あいまい)とは、もともとあい対することばである。

字通

[象形]禾(か)が実って穂を垂れ、その実がはじけようとする形。〔説文〕七上に「禾(くわ)なり」とし、㣎(ぼく)声とする。また㣎字条九上に「細文なり」とするが、その用義例はない。卜文・金文の字形は、禾穂の実がはじけるほど熟している形で、全体象形とみるべき字。内に充実して、外にあらわれようとするさまで、それを徳性の上に及ぼして穆実の意とする。金文に穆穆・淑穆のような語がある。

勃(ホツ・9画)

勃 篆書 孛 金文
説文解字・後漢/「孛」大𤔲馬簠・春秋早期

初出:初出は後漢の篆書

字形:「孛」”子供にふさふさと毛が生える”+「力」。力強く立ち上がるさま。「孛」は「丰」”芽吹いた芽”+「子」。

勃 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔学力〕」と記す。「北魏刁遵墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はbʰwət(入)。同音に「孛」とそれを部品とした「悖」、「浡」”起こる”、「誖」”乱す”、それに「艴」”気色ばむ”。「ボツ」は慣用音。呉音は「ボチ」。

用例:文献上の初出は論語郷党篇3。『孟子』『荀子』にも見える。

論語時代の置換候補:「孛」の字は甲骨文から存在し、論語時代の置換候補。孛も参照

学研漢和大字典

会意兼形声。孛(ボツ)は、「屮(草の芽)+八印(両方に押し開く)+子」で、芽や子どもがむっくりと障害を押し開いて頭を出す意を示す会意文字。勃は「力+(音符)孛」で、力をこめておこる意。

語義

  1. {動詞}おこる。ぱっと押しのけて頭を出す。急におこる。「勃起(ボッキ)」「勃興(ボッコウ)」。
  2. {形容詞}盛んなさま。「鬱勃(ウツボツ)(力をたくわえて、はけ口を求め頭をもたげるさま)」「勇心勃勃(ボツボツ)」。

字通

[形声]声符は孛(ぼつ)。〔説文〕十三下に「排するなり」とあり、中からおしひらく意であろう。勃然・勃興のように、中からの勢いが外に発することをいう。孛は花が終わって実をふくみかけた形。否・咅(ほう)はその成熟の過程、ついに剖判(ほうはん)するに至る。その旺盛な生成力を勃という。

沒/没(ボツ・7画)

没 秦系戦国文字
(秦系戦国文字)

初出:初出は戦国文字

字形:「氵」”みず”+「𠬛」”もぐる”。

音:カールグレン上古音はmwət(入)。

用例:『上海博物館藏戰國楚竹書』三德03に「亓(其)身□(沒)至于(子)孫」とあり、「その身ほろばずして子孫に至る」と読め、”ほろぶ”・”なくなる”と解せる。字形は上下に「回文」。

戦国末期の「睡虎地秦簡」に「皆沒入公」とあり、「みな没して公に入る」と読め、”没収する”の語義が確認できる。

論語時代の置換候補:近音の「勿」mi̯wət(入)。論語語釈「勿」を参照。論語語釈「歿」も参照。

漢語多功能字庫」は。語義の変遷について述べるところが無い。

「国学大師」は下掲金文を載せるが、出典は戦国時代の「中山王鼎」。ただし釋文は「溺」とされる。
没 金文

旁について『学研漢和大字典』は「うずまく水中にからだをもぐらせて潜水することを示す」というが、それは新字体の殳(音シュ・訓ほこ。甲骨文・金文にあり)ではなく、旧字体の旁、𠬛を指すようである。
殳 金文 没 篆書
「殳」(金文)・「没」(「説文解字」篆書)

仮に『学研漢和大字典』の曰く「沒は、その〔旁の〕原義をより明らかにあらわすため水をそえた字」を受け入れるとすると、没の古書体としての𠬛を復元文字として提示できる。
没 復元金文 𠬛 説文解字
『説文解字』にも記載があるようだ。ただし篆書としてである。甲骨文・金文・戦国文字・古文全てで見られない。この字について『字通』は以下のように解字を説く。

𠬛:会意。はんゆう。㔾は氾の従うところで、氾は水に浮遊する者、水没者。又はこれに手うぃ加える形。〔説文〕三下に字の上部を囘に作り、「水に入りて取る所有るなり。又の囘下に在るに従う。囘は古文回、回は淵水なり」という。頁部九上に「𩑦ぼつは頭を水中にるるなり」とあり、𠬛は水没を示す形。𠬛は没の初文と見てよく、人の没するを歿という。

日本語で音通する同訓として「歿」「歾」(ボツ・しぬ)があるが、甲骨文・金文共に存在しない。「𣨞」(ホウ/ブ・しぬ)も同様。「物」(ブツ・しぬ)は甲骨文に例があるが、「しぬ」の訓は『大漢和辞典』によると「歾」の音通とされるているので採用しがたい。
物 大漢和辞典(クリックで拡大)

カールグレン上古音はmwət、同音は𠬛、歿、𤣻”玉の一種”。𠬛(ボツ)には”くぐる・しずむ”の語釈が『大漢和辞典』にあり、没と通じるとも言うが、甲骨文・金文共に存在せず、初出は後漢の『説文解字』になる。

結論として、この文字は早くとも秦帝国、ほぼ『説文解字』の出た漢帝国になってから表れた文字で、論語の時代には存在しなかったと言うしかない。ただし「勿」mi̯wətが甲骨文からあり、「没」mwətと音が近い。よって置換候補は「勿」。

学研漢和大字典

没 解字
会意兼形声。沒の右側は「うずまく水+又(手)」の会意文字で、うずまく水中にからだをもぐらせて潜水することを示す。沒は、その原義をより明らかにあらわすため水をそえた字。勿(ブツ)・(モチ)(ない、見えない)と同系。また、物故(死ぬ)の物(見えなくなる)とも同系。「歿」の代用字としても使う。「没・戦没・死没・病没」。

語義

  1. (ボッス){動詞}しずむ(しづむ)。隠れて見えなくなる。入りびたりになる。《対語》⇒出。「沈没」「日没」「寧知暁向雲間没=寧ぞ知らん暁に雲間に向かつて没するを」〔李白・把酒問月〕
  2. (ボッス){動詞}隠す。また、なくする。「籍没(財産を根こそぎ没収する)」「積雪没脛=積雪脛を没す」〔李華・弔古戦場文〕
  3. (ボッス){動詞}しぬ。この世から姿が見えなくなる。死去する。《同義語》⇒歿。《対語》⇒存・生。「没身=身を没す」「没歯」「父没観其行=父没すれば其の行ひを観る」〔論語・学而〕
  4. {動詞}《俗語》ない(なし)。存在しない。なくなる。また、まだ…していない。▽この場合はméiと読む。《対語》⇒有。「没有(メイヨウ)(ない)」「没字碑(メイツーペイ)(一文字も知らない人)」。
  5. 《日本語での特別な意味》ぼつ。「没書」の略。

字通

[形声]旧字は沒に作り、声符は𠬛(ぼつ)。沒は人が水没すること。沒は〔説文〕十一上に「沈むなり」とあり、人が水中に没することをいう。溺没の意よりして水死をいい、一生を終わることを没世・没歯のようにいう。人の死にはまた歿(ぼつ)を用いる。

語系

沒・𠬛・歿・𩑦muətは同声。みな𠬛の声義を承ける字である。

歿(ボツ・8画)

歿 隷書
北海相景君銘・後漢

初出:初出は後漢の説文解字。ただし字形は「歾」。現行字形の初出は同じく後漢の隷書。

字形:「ガツ」”骸骨”+「𠬛」”しずむ”。生命が終わって世を去ること。

音:カールグレン上古音はmwət(入)。同音に「沒」、「𤣻」”たま”、「𠬛」”くぐる・しずむ”。「𠬛」の初出は後漢の説文解字

用例:論語子罕篇5の定州竹簡論語では「沒」として記す。

論語時代の置換候補:近音の「」mi̯wət(入)。論語語釈「没」も参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側の字は「うずまき+又」の会意文字で、水のうずまきの中にもぐって手で物をさぐるさま。見えない、姿をかくすなどの意を含む。沒(=没。水中に姿をかくす)の原字。歿はそれを音符とし、歹(ほね)を加えた字で、しんで骨と化し、この世に姿が見えなくなること。勿(ブツ)(ない)と同系。類義語に死。「没」に書き換えることがある。「没・戦没・死没・病没」。

語義

  1. (ボッス){動詞}しぬ。しんでこの世から姿が見えなくなる。《同義語》⇒没。「戦歿(センボツ)(=戦没)」「伯楽既歿兮=伯楽既に歿す兮」〔史記・屈原〕

字通

[形声]声符は𠬛(ぼつ)。𠬛は〔説文〕三下に「水に入りて取る所有るなり」とするが、水没の意。歿の正字は歾四下で勿(ふつ)声。「終わるなり」と訓し、その或(ある)体を歿に作る。𠬛は水没、歿とは水没死をいう。

本(ホン・5画)

本 金文
本鼎・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:字形は植物の根元。

音:カールグレン上古音はpwən(上)。

用例:西周早期の「小盂鼎」に「□(彳止)本虎□一」とあるが、解読不能。西周中期の「本鼎」に「本肈乍寶鼎。」とあり、人名と見られる。西周中末期の「白䢅鼎」に「󺹱戈」とある未解読字は一説に「本」だというが、「戈」”ほこ”に対する修飾語と見られる。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」は、春秋末期以前の金文全てを、人名または称号に分類している。

「上海博物館藏戰國楚竹書」孔子詩論16に「必谷(欲)反其本。」とあり、「必ず其の本にかえるをもとむ」と読め、”もと”の語義が確認できる。

漢語多功能字庫」は字形の進化に伴う語義の変遷について述べるところが無い。

学研漢和大字典

指事。木の根の太い部分に━印や・印をつけて、その部分を示したもので、太い根もとのこと。笨(ホン)(太い竹)・墳(フン)(下ぶくれのした土盛り)などと同系。類義語に基。異字同訓にもと⇒下。草書体をひらがな「ほ」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}もと。ふとい木の根。転じて、物事の中心。《対語》⇒末・支(えだわかれ)。「根本」「本草」「本立而道生=本立ちて而道生ず」〔論語・学而〕
  2. {名詞}もと。はじめ。物事のはじめ。おこりはじめ。また、もとで。《類義語》元。「報本=本に報ゆ」「資本」。
  3. {名詞}農業のこと。▽商・工業を末というのに対する。「本務」「本事」。
  4. {形容詞}もとの。ほんとうの。「本意」「本旨」。
  5. {形容詞}それ自体の。自分の。「本国」「本領」。
  6. {副詞}もと。もともと。▽「本来」を略して「本」ともいう。「本無他意=本他意無し」。
  7. {単位詞}草木や棒状のものを数えるときのことば。のち、書物を数えることば。
  8. {名詞}上奏文。「題本(上奏文)」。
  9. {名詞}書物。「善本」。
  10. 《日本語での特別な意味》
    ①勝負を数えることば。「三本勝負」。
    ②野球で、「本塁」の略。「三本間」。

字通

[指事]木の下部に肥点を加えて、木の根もとを示す。〔説文〕六上に「木下を本と曰ふ」とあり、末に「木上を末と曰ふ」とあるのと相対する。本末・本支のように、場所や位置を指示する。

奔(ホン・8画)

奔 金文
大盂鼎・西周早期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「人」+「止」”あし”三つで、素早く足を動かして走るさま。原義は”走る”。

音:カールグレン上古音はpwən(平)。定州論語では「賁」と書くが、その音の一つにpwən(平)が有り、意味は”はしる”。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では原義で、”忙しい”の意に(效卣・西周中期)用いた。戦国の金文では、”逃げる”の意に用いた(中山王鼎・戦国末期)。

論語雍也篇15で、「奔」を「賁」と記す。論語語釈「賁」を参照。

学研漢和大字典

会意。「大(ひと)+三つの止(あし)」。また上部を走の字と解し「走+二つの止(あし)」とみてもよい。ぱたぱたと急いではしるさまを示す。噴(ぷっとふき出す)と同系。勃(ボツ)(ぱっとおこる)・飛(ぱっととび出す)とも縁が近い。類義後の趨(スウ)・走は、急ぎ足に進むこと。現代中国語では、走は、歩くこと。馳(チ)は、横に飛ぶようにはしること。

語義

  1. {動詞}はしる。ぱっと勢いよく駆ける。また、向こう見ずにどんどん駆ける。《同義語》⇒犇。「狂奔」「自由奔放」。
  2. {動詞}はしる。はしって逃げる。「奔而殿=奔りて而殿す」〔論語・雍也〕
  3. {動詞・名詞}はしる。礼儀どおりにしないでかってに夫婦になる。かけおち。

字通

[会意]夭(よう)+歮(しゆう)。夭は人の走る形で、歮は三止(趾(あし))。足早に奔る意を示すために、三止を加えた。〔説文〕十下に「走るなり」と訓し、「賁(ほん)の省聲なり。走と同意。倶に夭に從ふ」とするが、賁の従うところは賁飾(ひしょく)の形で、奔の従うところとその意象が異なる。金文に、祭事に従うことを「夙夜(しゆくや)奔走せよ」というのが例であり、奔走とはその際の足早な歩きかたをいう。女子には敏捷といい、敏・捷はいずれも髪飾りをした夫人が、祭事にいそしむ姿である。わが国では、祭事のときの歩きかたを「わしる」という。

門(ボン・8画)

門 甲骨文 門 金文
甲骨文/頌鼎・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:もんを描いた象形。

音:「モン」は呉音。カールグレン上古音はmwən(平)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、金文では加えて”門を破る”(庚壺・春秋末期)の意に、戦国の竹簡では地名に用いた。”学派”の意に用いるのは文献時代まで時代が下る。

学研漢和大字典

象形。左右二まいのとびらを設けたもんの姿を描いたもので、やっと出入りできる程度に、狭くとじているの意を含む。悶(モン)(心が中にふさぎこむ)・問(モン)(とじてわからないことをむりにきき出す)・聞(モン)(とじてわからないことがやっときこえる)などと同系。類義語の戸は、とびら一枚を描いた字で、門の字の左側の部分に当たる。護(ゴ)(中をまもる)と同系で、とじて家の中を守る家のとびら。扉は、両びらきのとびら。

語義

  1. {名詞}かど。やっと出入りできる程度に、通路をおさえてつくったもん。《類義語》戸。「門戸」「城門」「掖門(エキモン)(わきの小門)」。
  2. {名詞}やっと通れる程度のせまい入り口。転じて、最初の手引き、「衆妙之門(シュウミョウノモン)」〔老子・一〕
  3. {名詞}みうち。家がら。「一門」「権門(権勢のある家がら)」。
  4. {名詞}学派や宗派のなかま。「仏門」「沙門(シャモン)(僧)」「入門」「門人惑=門人惑へり」〔論語・述而〕
  5. {名詞}事物の分類上の大きなわく。また、生物の分類上の大わく。「部門」「専門」「節足動物門」。
  6. (モンセム){動詞}もんを攻める。「門于東門=東門にて門せむ」〔春秋左氏伝・襄一一〕
  7. {単位詞}大砲を数えることば。「砲(=礟)一門」。

字通

[象形]門の形。〔説文〕十二上に「聞するなり。二戸に從ふ。象形」とする。門・聞は畳韻の訓。「戸は護なり」というのと同じく、当時の音義説による解である。〔釈名、釈宮室〕に「門は捫(お)すなり」と訓する。のち家門・門閥のように家や家族をいい、門下・門生のように徒弟をいう。

論語語釈
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