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論語語釈「シ」(2)

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語釈 urlリンクミス

師(シ・10画)

𠂤 甲骨文 師 金文
「𠂤」甲骨文/師器父鼎・西周中期

初出:初出は甲骨文。部品の「𠂤タイ」の字形と、すでに「ソウ」をともなったものとがある。

字形:「𠂤」は兵糧を縄で結わえた、あるいは長い袋に兵糧を入れて一食分だけ縛ったさま。原義は”出征軍”。「帀」の字形の由来と原義は不明だが、おそらく刀剣を意味すると思われる。全体で兵糧を担いだ兵と、指揮刀を持った将校で、原義は”軍隊”。

慶大蔵論語疏は「師」の異体字「〔㠯帀〕」と記し、「国学大師」によると出典は後漢の「孔彪碑」。

音:カールグレン上古音はʂi̯ər(平)。

用例:もともと”軍隊”を意味する語で、日本語での「師団」とはその用法。甲骨文の段階ではへんの𠂤だけでも”軍隊”を意味した。それが”教師”の意に転じた理由は、『学研漢和大字典』では明確でなく、『字通』では想像が過ぎる。”将校”→”指導者”と考えるのが素直と思う。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文の語義は不明。金文では原義の他、教育関係の官職名に(仲枏氏鬲・西周中期)、また人名に用いられたという。さらに甲骨文・金文では、”軍隊”の意ではおもに「𠂤」が用いられ、金文でははじめ「師」をおもに”教師”の意に用いたが、東周になると「帀」を”技能者”の意に用いたという。

学研漢和大字典

会意。𠂤(タイ)は、隊や堆(タイ)と同系のことばをあらわし、集団を示す。師は「𠂤(積み重ね、集団)+帀(あまねし)」で、あまねく、人々を集めた大集団のこと。転じて、人々を集めて教える人。付表では、「師走」を「しわす・しはす」と読む。▽帥(スイ)は、別字。右側の上に一がない。

語義

  1. {名詞}いくさ。集団をなした軍隊。▽周代には二千五百人を一師といった。《類義語》旅。「師旅(軍隊)」「師団」「行師=師を行る」。
  2. {名詞}おおぜいの人々。「京師(ケイシ)(人々の集まる都)」。
  3. {名詞}先生。学問を多くの人に教える人。また、宗教上の指導者。《対語》弟(テイ)(でし)。「先師(なくなった先生)」「牧師」「可以為師矣=以て師と為るべし」〔論語・為政〕
  4. (シトス){動詞}先生とする。手本として学ぶ。「師事」「莫若師文王=文王を師とするにしくはなし」〔孟子・離上〕
  5. {名詞}昔の音楽や礼儀の専門家。「師摯(シシ)(魯(ロ)の音楽の先生の名)」「師冕見=師の冕見ゆ」〔論語・衛霊公〕
  6. {名詞}芸に通じた親方。《対語》徒(でし)。「画師」「薬師」。
  7. {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。坎下坤上(カンカコンショウ)の形で、多くの人を統率するさまを示す。

字通

[会意] 𠂤(し)+帀(し)。𠂤は軍が出行するとき、軍社に祀った脤肉の象形。将軍はこの祭肉を携えて出行する。帀は帀(そう)(めぐる)とは別の字で、把手のある曲刀の刃部に、血止めの叉枝を加えている形で、肉切りの包丁の類。脤肉をこれで切りとって携行する意で、師旅の意となる。〔説文〕六下に「二千五百人を師と爲す。帀に從ひ、𠂤に從ふ。𠂤の四帀なるは、衆の意なり」という。𠂤を〔説文〕十四上は小阜(ふ)の象と解しており、その阜を帀(めぐ)るほどの人であるから師衆の意となるとするが、卜文・金文の字形が示すように𠂤は肉の形。古くは𠂤がそのまま師の意で、卜辞には三軍を三𠂤といい、将軍・師長の職を「𠂤般」のようによぶ。すなわち𠂤は師の初文。卜文に、𠂤の下に一・二の横画を加えて、𠂤を安置するところを示し、軍の基地・駐屯地を示す。𠂤を安置する前に標木の朿(し)を立てたものはシ 外字。のちシ 外字が駐屯地を意味した。久しく基地とするところでは𠂤を建物中に安置し、官という。官はまた将軍の居るところで、館(館)という。朿はまた軍門に用い禾(か)という。軍を分遣するときその肉を分与したので、遣という。〔説文〕は𠂤を阜にして土堆丘陵の意と解したため、𠂤系の字形解釈をすべて誤ることとなった。師長が軍職を退いたのち、氏族子弟の教育にあたり、教学や軍楽のことを教えたので、教学・音楽は師氏の職掌とされた。〔周礼〕の師系統の職事は、多くこのような氏族社会の伝統から発している。

視/視(シ・11画)

視 甲骨文 視 金文
甲骨文/𣄰尊・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:新字体は「視」。台湾や中国では、こちらの方がコード上の正字として扱われている。甲骨文の字形は大きく目を見開いた人で、原義は”よく見る”。現行字体の初出は秦系戦国文字。

音:カールグレン上古音はȡi̯ər(上/去)。

用例:上掲「甲骨文合集」13712は「□□〔卜〕,□鼎(貞):…見…〔王(占)〕曰…〔㞢〕一日…」と釈文されており、「見」→「視」とされるが、欠字が多くて語義を判定しがたい。

西周早期「𣄰尊」(集成6014)に「烏虖(乎),爾有唯小子亡戠(識),視于公氏,有爵于天,徹令茍(敬)亯(享)𢦒(哉)。」とあり、”見る”と解せる。

春秋末期までの例はもう一例、春秋中末期の「員方鼎」(集成2695)で、「王獸(狩)于眂(視)□(廩),王令員執犬、休善」とあり、地名の一部と思われる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”視察する”の意に、金文では”見る”の意に用いられた(𣄰尊・西周早期)。また地名や人名にも用いられた。

”みる”類義語の一覧については、論語語釈「見」を参照。

学研漢和大字典

形声。「見+(音符)示(シ)」で、まっすぐみること。示の原義(祭りの机)には直接の関係はない。指(まっすぐゆびさす)・示(まっすぐさししめす)と同系のことば。旧字「視」は人名漢字として使える。

類義語の

  1. 見は、目だつこと、目にとまること。看は、手をかざしてよくみること。
  2. 察(サツ)は、くもりなくみわけること。
  3. 臨(リン)・覧(ラン)・瞰(カン)は、高い所から下のものをみまわすこと。
  4. 観は、多くを並べてみくらべること。
  5. 監(カン)は、上から下のものをみおろして、みさだめること。
  6. 望は、遠くのみえにくいものを、もとめみること。
  7. 眺(チョウ)は、右に左にと、広くみわたすこと。

語義

  1. {動詞}みる。まっすぐ目をむけてみる。転じて、注意してよくみる。みてとる。《類義語》看・見。「熟視」「視而不見=視れども見えず」〔大学〕
  2. {動詞}みる。いたわり世話をする。まともに扱う。「視養」「視民如子=民を視ること子のごとし」〔春秋左氏伝・襄二五〕
  3. {動詞}みる。職務をまじめに行う。「崔子称疾不視事=崔子は疾を称して事を視ず」〔春秋左氏伝・襄二五〕
  4. {動詞}なぞらえる(なぞらふ)。よくみくらべる。《類義語》擬。「視此為佳=此に視べて佳しと為す」「大夫受地視伯=大夫地を受くること伯に視ふ」〔孟子・万下〕

字通

[形声]声符は示(じ)。示は祭卓の形。〔説文〕八下に「瞻(み)るなり」と訓し、示声の字とし、古文二形を録する。また瞻字条四上に「臨み視るなり」とあり、神の降鑒することをいう。示は祭卓の象で、視とは神意の示すところを見る意であり、ゆえに視にまた「しめす」の訓がある。〔詩、小雅、鹿鳴〕の〔箋〕に、「視は古の示の字なり」という。見も跪(ひざまず)いて神意を拝する意の字で、また「しめす」の訓がある。

徙(シ・11画)

徙 金文 徙 金文
僕父己盉・西周早期/鄭臧公之孫鼎・春秋晚期

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「歩」。現行字形の初出は西周早期の金文

字形:「彳」”みち”+「歨」”歩く”で、道を歩いて行くこと。

音:カールグレン上古音はsi̯ĕɡ(上)。同音は論語語釈「斯」を参照。

用例:殷代末期の金文は、いずれも族徽(家紋)と見なせる。

西周早期「僕父己盉」(集成9406)に「僕乍父己。󱴾遽。」とあり、󱴾は「徙」と釈文され、ゆく”と解せる。

学研漢和大字典

会意。「止(あし)+止(あし)+彳(いく)」で、左の足をA点よりB点にずらせることを示す。摩擦をおこしつつ、ずるずると動く意を含む。類義語の移は、横へ長く伸びて行くこと。遷(セン)は、抜けがらを残して、中身が他所へ去って行くこと。「徒」とまちがえないように。

語義

{動詞}うつる。うつす。ずれて動いて行く。場所をかえる。「遷徙(センシ)(うつる)」「聞義不能徙=義を聞いて徙る能はず」〔論語・述而〕。「能徙者予五十金=能く徙す者は五十金を予へん」〔史記・商君〕

字通

[形声]声符は止(し)。卜文・金文に字を𢓊(し)に作る。〔説文〕二下に𨑭を正字とし、「迻(うつ)るなり」とする。卜辞に「𢓊雨」というものは長雨、金文の〔呂セイ かなえ 外字(りょせい)〕に「大室𢓊(侍)す」のように用い、おそらく𢓊の初文であろう。また祝禱の器である𠙵(さい)を加えて〔彳+止+口〕に作り、〔令彝(れいい)〕に「〔彳+止+口〕(い)でて卿事寮を同(あつ)む」という。古くは歩を進めることに深い意味があり、𢓊・〔彳+止+口〕・徙はその系列の語である。

偲(シ・11画)

偲 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:〔亻〕+音符〔思〕。原義不明。

音:カールグレン上古音はtsʰəɡ(平)。同音に「采」”採る”、「採」、「菜」(菜)。

用例:論語子路篇28のほか、『詩経』盧令に「盧重鋂、其人美且偲」とあり、『大漢和辞典』によれば語義について様々な説があって一定しない。先秦両漢の文献ではあとは『説文解字』のみで、”つよい”と解している。

論語時代の置換候補:「辛」。論語子路篇28の定州竹簡論語では「䛭 外字」〔言+辛〕と記し、『大漢和辞典』によると語義未詳で、『篇海類編』を引いて「音信」とある。

「辛」si̯ĕn(平)は甲骨文から存在し、『学研漢和大字典』では「鋭い刃物でぴりっと刺すこと」と言い、『字通』では「把手のある大きな直針の形。これを入墨の器として用いる」と言うが、「宰」の字のように、必ずしも入れ墨の針ばかりを意味せず、鋭い刃物一般と解せる。

「辛辣」とは”刺すような(厳しい批評)”を意味するが、患部を取り去り鍼療治を行うのもまた「辛」であり、「䛭 外字」は”うそいつわりや飾りのない、まことの言葉”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「人+(音符)思(こまやか)」。

語義

  1. {動詞・形容詞}うまず休まず努力する。また、そのさま。《同義語》⇒孜。「朋友切切偲偲=朋友には切切偲偲たり」〔論語・子路〕
サイ
  1. (サイナリ){形容詞}思慮が行き届いているさま。▽才に当てた用法。「其人美且偲=其の人は美にして且つ偲なり」〔詩経・斉風・盧令〕
  2. 《日本語での特別な意味》しのぶ。思いおこしてなつかしむ。

字通

[形声]声符は思(し)。〔説文〕八上に「彊力なり」とし、思声。「詩に曰く、其の人美にして且つ偲(さい)なり」の句を引く。〔詩〕は〔斉風、盧令〕。二章の「其の人美にして且つ鬈(けん)なり(髪長の人)」に対応する句で、偲は鬚がこくて美しいさまであろう。

斯(シ・12画)

斯 金文 斯 金文
禹鼎・西周末期/余贎乘兒鐘・春秋晚期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「其」gʰi̯əɡ/ki̯əɡ(共に平)”籠に盛った供え物を机に置いたさま”+「斤」”おの”で、警護された宴会場のさま。「其」は「𠀠」”かご”+「二」”折敷”または「丌」”机”・”祭壇”。宴会の主賓は人間とも神霊とも限らないが、いずれも文化的に厳かにしつらえられた神聖空間のこと。「これ」と訓読するならいだが、個別のものごとではなく、場面や状況・状態全体を意味することば。単なる指示詞や代名詞だと思い込んでいる限り、億万年字面を眺めても漢文を読めるようにはならない。

音:カールグレン上古音はsi̯ĕɡ(平)。同音は以下の通り。

初出 声調 備考
これ 西周末期金文
獣の名 秦系戦国文字
めしつかひ 前漢隷書
流れる水 説文解字
うつる 西周末期金文 語釈
たまふ 西周末期金文 語釈

用例:現代日本漢語で「斯界」”この業界”と言うように、個別の事物ではなく”場”を意味する。

西周末期の「禹鼎」(殷周金文集成2833)に「禹率公戎車百乘,斯□(馭)二百,徒千」とあり、「斯」は「廝」”しもべ”と釈文されている。初出で仮借字として用いられていることになる。「戎車」=戦車とは別ものであることから、荷車の手綱を取る士分ではない者の意か。

春秋末期「余贎󱜽兒鐘(楚余義鐘、󱰑兒)」(集成183~185)に「余□〔辶夫〕斯于之孫、余茲佫之元子」とあり、”こういう事情で”と解せる。

春秋末期「叔尸鐘」(集成278)に「女考壽邁年。永𠍙其身。卑百斯男。而埶斯字。」とあり、「漢語多功能字庫」は語調を整える”これ・この”を意味し、意味内容は持たないとするが、「斯」に派生字「澌」(カールグレン上古音不明)”水が尽きる”があり、”ことごとく”と解せる。なおここでの「字」は”文字”ではなく形通り「宀」”いえ”+「子」、つまり”一家の子”。

「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、春秋末期までの全ての用例を、祈福語(幸を祈る言葉)か人名に分類している。戦国時代の竹簡になって、”…(こそ)は”を意味する助詞の機能を持った。

論語の用例では「斯爲美」(論語学而篇12)、「其斯之謂與」(論語学而篇15)として見え、指させるような小さな事物を指す”これ・それ”ではなく、そのような状態、境地を意味する語として用いる。論語子罕篇5「斯文」とは、ちまちました個別の文化的成果物ではなく、風俗習慣を含めた中華文明全体を言う。

学研漢和大字典

会意。「其(=箕。穀物のごみなどをよりわける四角いあみかご)+斤(おの)」で、刃物で箕(ミ)をばらばらにさくことを示す。「爾雅」釈言篇に「斯とは離なり」とあり、また「広雅」釈詁篇に「斯とは裂なり」とある。分析の析(細かくさく)・撕(シ)(引きさく)・泌(シ)(小さく分かれた流れ)などと同系。類義語に則・切。

語義

  1. {動詞}きる。さく。ばらばらにきり離す。《類義語》析。「墓門有棘、斧以斯之=墓門に棘有り、斧を以てこれを斯く」〔詩経・陳風・墓門〕
  2. {指示詞}これ。この。→語法「①」。
  3. {接続詞}すなわち(すなはち)。ここに。→語法「②」。
  4. {助辞}詩のリズムを整えることば。「彼、何人斯=彼、何人ぞや斯」〔詩経・小雅・何人斯〕
  5. {形容詞}しろい(しろし)。▽鮮に当てた用法。「有兔、斯首=兔有り、斯首なり」〔詩経・小雅・瓠葉〕
  6. {名詞}小者。また、雑役夫。▽廝(シ)に当てた用法。「廝(=斯)徒十万」〔史記・蘇秦〕

語法

①「これ」「この」とよみ、「これ」「この」と訳す。《類義語》此・是(コレ)・之(コレ)。「先王之道、斯為美=先王の道は、これを美と為す」〈昔の聖王の道もそれでこそ立派であった〉〔論語・学而〕

②「~斯…」は、「~すなわち…」「~ここに…」とよみ、「~ならば…である」「~したら…する」と訳す。前後の句をつなぐ意を示す。《類義語》則。「清斯濯纓、濁斯濯足矣=清(す)みては斯(すなは)ち纓(えい)を濯(あら)ひ、濁りては斯ち足を濯ふ」〈川の流れが清むときは、我が冠の紐を洗おう、濁ったときは、我が足を洗おう〉〔孟子・離上〕。「人之過也、各於其党、観過斯知仁矣=人の過ちや、各(おのおの)その党におひてす、過を観てここに仁を知る」〈人の過ちというのは、それぞれの人物の種類に応じている、過ちを見れば仁かどうかが分かる〉〔論語・里仁〕

③「~斯…」は、「~これ…」とよみ、「~は…である」と訳す。▽用例はきわめて少ない。「攻乎異端、斯害也已矣=異端を攻むるは、これ害のみ」〈聖人の道と違ったことを研究するのは、ただ害があるだけだ〉〔論語・為政〕

④「かく」とよみ、「このように」と訳す。「子在川上曰、逝者如斯夫、不舎昼夜=子川の上に在りて曰はく、逝く者は斯くの如きかな、昼夜を舎かず」〈先生が川のほとりで言われた、過ぎゆくものはこの(流れの)ようであろうか、昼も夜も休まない〉〔論語・子罕〕

字通

[会意]其(き)+斤(きん)。〔説文〕十四上に「析(さ)くなり」とし、其声とするが、声が合わず、また其は箕(き)の初文であるから、斤を加うべきものではない。おそらく丌(き)(机)の上にものを置き、これを析く意であろう。〔詩、陳風、墓門〕「墓門に棘(きょく)有り 斧(ふ)を以て之れを斯(さ)く」、また〔列子、黄帝〕「齊國を斯(はな)るること幾十萬里なるかを知らず」のように用いる。指示代名詞としては、ものを強く特定する意があり、〔論語〕に「斯文」「斯の人」「斯の民」のようにいう。「斯須」は連語、「すなわち」のように副詞にも用いる。

啻(シ・12画)

適 金文
師酉簋・西周中期

初出:初出は西周中期の金文

字形:「帝」+「𠙵」で、天の神に祈ること。「禘」と同義。論語語釈「禘」を参照。

音:カールグレン上古音はɕi̯ĕɡ(去)。同音に「翅」”つばさ”・「翨」”あらとり”(共に去)。

用例:西周中期「𧽊𣪕」(集成4266)に「王若曰:𧽊命女乍󱩾(豳)𠂤冢𤔲馬。啻官僕。射。士。」とあり、「啻」”ただす”は「適」”かなわす”と釈文されている。

「漢語多功能字庫」によると、金文では原義(剌鼎・西周中期)、”継承する”(師酉簋・西周中期)、”敵”([冬戈]簋・西周中期)の意に用いた。

学研漢和大字典

会意兼形声。帝は、もと三線を集めてただ一つに締めたさまを描いた象形文字で、締の意を含む。啻は、「口+(音符)帝」で、ただ一つに絞る意を含み、語気をあらわす副詞だから口偏を添えた。只(ただ一つ)とまったく同じ意に用いる。諦(テイ)(一つにまとめる)と同系。

語義

{副詞}ただ。→語法「①」

語法

①「不啻~」は、「ただに~のみならず」とよみ、「たんに~だけではない」と訳す。限定の意を示す。《同義語》只・祇。「不啻如自其口出=啻(ただ)にその口自(よ)り出す如(ごと)きのみならず」〈たんにその口から出たようにするだけではない〉〔書経・秦誓〕

②「奚啻~」は、「なんぞただに~のみならんや」とよみ、「どうしてたんに~だけであろうか(いやそればかりではない)」と訳す。範囲・条件が限定されない反語の意を示す。「臣以死奮筆、奚啻其聞之也=臣死をもって筆を奮ふ、なんぞ啻(ただ)にそれこれを聞くのみならん」〈わたくしは、死ぬ覚悟で筆をふるって書き改めました、どうして聞いているどころ(のさわぎ)ではございません〉〔国語・魯〕

字通

[会意]𢂇(帝)(てい)+口。𢂇は上帝を祀る大きな祭卓の形。口は祝詞を納める器、𠙵(さい)の形。上帝の祭祀を禘といい、啻はその初文であるが、のち禘祀には禘を用い、啻は「ただ」という副詞にのみ用いる。卜文には禘祀の字に啻を用いている。啻はのち啇(てき)の形となり、適(嫡)の初文。上帝を禘祀しうるものは、上帝の嫡孫であることを要した。それで適・嫡(適)・敵 外字(敵、匹敵の意)も啇に従う。嫡にも「ただ、まさに」の用法がある。〔説文〕二上に啻について、「語時、啻(ただ)ならざるなり」とするが文意が明らかでなく、〔段注〕に「不啻」とは多い意であるという。また〔説文〕に「一に曰く、啻は諟(し)なり。讀みて鞮(てい)の若(ごと)くす」とあり、審諦の意があるという。

弒(シ・12画)

弒 篆書
『説文解字』篆書

初出:「小学堂」による初出は後漢の『説文解字』。「上海博物館蔵戦国楚竹簡」姑成10では「式」を「弑」と釈文している。

字形は「𣏂」”殺の略体”+「式」。下掲『学研漢和大字典』の言う通り、”やった”という忌み言葉と解するのが妥当に思う。

音:カールグレン上古音はɕi̯əɡ(去)。同音は詩、邿”地名”(平)、始(上)、試、幟(去)。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」姑成10に「公家乃溺(弱)鑾(欒)箸(書)式(弒)󱩾(厲)公。」とあり、「式」を「弑」と釈文している。

『孟子』に複数回用いられている。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

部品の杀は、『学研漢和大字典』によるとメ=刈り取る+朮=餅粟で、穀物を刈り取ること、『字通』によると不吉なけだもの。初出は不明。旁の刂は刀。同音の「」が仮借義で通用し、戦国文字からある。更にその部品「」ɕi̯ək(入)は戦国文字からあり、”もちいる”の意で「試と同じ」と『大漢和辞典』は言う。ただし”しいす”の語義は春秋時代では確認できない。

学研漢和大字典

会意兼形声。式は以と同系で、人間が道具を用いて作為することを意味し、何かをする意。弑は「殺の略体+(音符)式」。下が上を殺すというのを避けて、「する、やった」といった一種の忌みことば。▽シイと伸ばすのは、「詩歌(シイカ)」の場合と同様の読みぐせ。

語義

  1. (シイス){動詞}臣下が主君を、また、子が親を殺す。「弑虐(シイギャク)・(シギャク)」。

字通

(条目無し)

葸(シ・12画)

葸 隷書
一號墓竹簡158・前漢

初出:初出は前漢の隷書

字形:「艹」+「思」。字形の由来はよく分からない。

音:カールグレン上古音はsi̯əɡ(上)だが、上古=秦以前に存在が確認できない言葉の上古音というのも不思議な気がする。同音に思とそれを部品とする漢字群など。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」曹沫55に「𪪋者思𠰔(悔)」とあり、「𪪋」は「葸」と釈文されている。「おそるるものはくいをおもう」と読める。「𪪋」は『大漢和辞典』にもないが、「国学大師」は「慈」「才」「哉」の異体字として扱っており、おそらく漢音は「シ」。

おそらく後漢まで成立が下る『大載礼記』曽子立事36に「人言善而色葸焉」とあり、”おそれる”と解せる。

現伝の論語泰伯編2に「愼而無禮則葸」とあり、「葸」はなにがしか否定的な語義で解さないと文意が取れない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』音シ訓すなおに「嬨」(初出不明)、音サイ訓よいに「齊」(䶒)、初出は甲骨文で”ととのえる”の原義だから論語泰伯編2の置換候補になりそうでいて、”おそれる”・”ふさぎこむ”の語義は春秋末期以前に無いから置換できない。音シ/サイ訓つつしむは「齊」などがあるが、やはり泰伯編の置換候補にはならない。音シ/サイ訓おそれるに異体字の「諰」があるが、初出は戦国最末期の「睡虎地秦簡」。部品の「思」の字の初出は春秋末期の金文(→語釈)だが、否定的な「思」に限定されないから置換候補にならない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「艸+(音符)思(こまかく思いめぐらす)」。

語義

  1. (シス){動詞・形容詞}おそれる(おそる)。びくびくしてこわがる。また、おそれるさま。「慎而無礼則懊=慎にして礼無ければ則ち懊す」〔論語・泰伯〕
  2. {形容詞}くよくよするさま。

字通

(条目無し)

紫(シ・12画)

紫 金文
蔡侯墓殘鐘四十七片・春秋末期

初出:初出は春秋末期の金文

字形:戦国文字までは「紪」と記し、「糸」+「此」。「此」は「止」+「人」。後世「跐」が”二つそろう”の意を示したように、赤と青、二つの染料を混ぜること。前漢より現在の字形になった。

紫 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔ツ丶一糸〕」と記す。上掲『敦煌俗字譜』所収字近似。

音:カールグレン上古音はtsi̯ăr(上)。

用例:春秋末期「蔡侯墓殘鐘四十七片」(集成224)に「紫維」とあり、二色を混ぜて縄を染めたのだろうが、”むらさき色”とは断定できない。

学研漢和大字典

会意兼形声。此(シ)は「止(=趾。あし)+比(ならぶ)の略体」の会意文字で、両足がそろわず、ちぐはぐに並ぶこと。紫は「糸+(音符)此」で、赤と青をまぜて染めた色がそろわず、ちぐはぐの中間色となること。眥(シ)(上下のまぶたがちぐはぐに重なった目じり)・雌(二枚の羽をちぐはぐに重ねるめす鳥)・柴(サイ)・(シ)(ふぞろいなしば)などと同系。

語義

  1. {名詞}むらさき。青と赤のまじった色。▽孔子はこれを中間色だとしてにくんだが、いっぽうまた、高貴の色として珍重された。「悪紫恐其乱朱也=紫を悪むは其の朱に乱れんことを恐るればなり」〔孟子・尽下〕
  2. 《日本語での特別な意味》むらさき。碵油(ショウユ)のこと。

字通

[形声]声符は此(し)。〔説文〕十三上に「帛(きぬ)の靑赤色なるものなり」とあり、紫宸・紫禁など宮廷、また紫霞・紫微など神仙のことをいう語に用いる。間色の美しいものであるので、〔論語、陽貨〕に「紫の朱を奪ふことを惡(にく)む」という語がある。

齒/歯(シ・12画)

歯 金文
齒受且丁尊・殷代末期或西周早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はtʰi̯əɡ(上)。

学研漢和大字典

会意兼形声。甲骨文は口の中のはを描いた象形文字。篆文(テンブン)以下はこれに音符の止を加えてある。「前歯の形+(音符)止(とめる)」。物をかみとめる前歯。持(手で止める)と同系。類義語の牙(ガ)は、かみあう犬歯やきば。

語義

  1. {名詞}は。物をかんでとめる前ば。また、広く、はのこと。「門歯」「歯牙(シガ)」。
  2. {名詞}よわい(よはひ)。とし。年齢。▽歯が、年齢によって生滅するところから。「年歯」「飯疏食、没歯無怨言=疏食を飯ひ、歯を没るまで怨言無し」〔論語・憲問〕
  3. (シス){動詞}よわいする(よはひす)。年の順に並ぶ。
  4. (シス){動詞}馬の歯を見てその年をはかる。
  5. (シス){動詞}順番にならぶ。同類に数えられる。「不敢与諸任歯=敢(あ)へて諸任と歯せず」〔春秋左氏伝・隠一一〕

字通

[形声]声符は止(し)。卜文には声符を加えず、象形。〔説文〕二下に「口の齗骨(ぎんこつ)なり。口齒の形に象る」という。卜辞に歯の疾を卜するものがあり、また齒に虫を加えた齲(むしば)を示す字がある。歯によって獣畜の年を知りうるので齡(齢)といい、老いて徳の成就することを歯徳という。

詩(シ・13画)

詩 楚系戦国文字
上海博物館藏戰國楚竹書(1)䊷衣・戦国

初出:初出は楚系戦国文字

字形:最も早い書体は楚系戦国文字に見られる詩 外字と書いた書体。じっと眺めていると「旨」(シ・こころ)に見えてくるし、「旨」は甲骨文から存在するが、甲骨文の字形は人+口である上、カールグレン上古音はȶi̯ər、藤堂上古音はtierで音通するとは言いがたい。

また「国学大師」によると、荊門郭店楚墓竹簡に下掲の字形を載せ、必ずしも現行書体と違ってはいないことを示している。ただしこれは、”役所”関連を意味しているかも知れない。
詩 楚系戦国文字

音:カールグレン上古音はɕi̯əɡ(平、ɕはシュに近いシ)。同音に邿(国名・山名:金文あり)、始(:金文あり)、試、弒(主君を殺す)、幟。藤堂上古音はthiəg。『大漢和辞典』で音シ訓(から)うたは他に存在しない。

詩の字そのものの原義は、寺=”役所”の文書または命令のことで、”うた”の意味になったのは仮借である。そして詩は眺めるものではなくて歌うもので、”歌詞”と解した方がいい。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論04に「詩 外字」の字形で「《詩》丌(其)猷(猶)坪(平)門。」とあり、古詩を引用した言葉と解せる。

論語時代の置換候補:部品の「寺」には”うた”の意味が、『大漢和辞典』を引いても出てこない。「詞」は戦国早期には遡れるが、そこで行き止まり。語義も「国学大師」は「”詞”在最初可能指官府文書的文字,因此從”言”表義」という。

『説文解字』は「詩、志なり」というが、「志」ȶi̯əɡ(去)は戦国末期の中山王の青銅器が初出で、論語の時代に存在しない。『大漢和辞典』には「毛詩指説」を引いて「詩は辞なり」といい、辞(辭)dzi̯əɡ(平)(詩ɕi̯əɡ)は春秋時代の金文で確認できるが、藤堂上古音ḍiəg(下点は1989以前のIPAで、”狭い変種・摩擦音”を示す)(詩thiəg)で、音通していると言いたいが断言しがたい。


ただし現行のIPA=国際発音記号では、下点は(˔)を用いて”上寄り”を示す記号に改められている。何が上寄りかと言えば舌であろう。すると辞ḍiəgは、詩thiəgとほとんど同じ音ではないか? ……と思って、念のため虫眼鏡で再確認したら、下点ではなく下〇=無声音だった。とほほ。ただしネット環境で表記できないから、上記の記号は訂正していない。それにしても、dの無声音なんてありえるのだろうか? やはりthに近いように思うが…。


結局、下記『学研漢和大字典』の解字を元に、「詩」ɕi̯əɡ/thiəgは古くは「之」(カ音ȶi̯əɡ/藤音tiəg)か、音訓から「辞」(カ音dzi̯əɡ/藤音ḍiəg)と書かれていたのだろうと想像するしかない。

之 金文
「之」(春秋晩期)

ここで改めて、上掲の楚系戦国文字を見ると、「之口」に見えてくる。
詩 楚系戦国文字

「口のくもの」。口に任せて、朗々と歌い上げる言葉。漢字で四角を見ると、何でも𠙵サイである、と言い回るのは、白川漢字学にあまりに毒されていると言うべきだ。ともあれ金文の釋文を随分引いたが、詩=「之口」という物証が出ない限り、断言は出来ないのが残念。

備考:論語では『詩経』を指すことが多い。

『学研漢和大字典』「詩経」条

《書名》中国最古の詩集。西周から東周にかけて(前九世紀~前七世紀)の歌謡三〇五編を収める。伝承によると孔子が編集したとされ、春秋時代にはすでに士人の必読の教養の書であった。全体の構成は「風(お国ぶり)」「雅(宴会や祭礼の歌)」「頌(ショウ)(祭礼の楽歌や神楽)」の三部に分かれる。五経の一つ。十三経の一つ。

『字通』「詩経」条

三百五。風(民謡、十五国風)百六十、雅(大雅・小雅、貴族の儀礼・宴遊歌)百五、頌(周・魯・商、歌)四十。〔大雅、江漢〕は周の宣王期(前二七―前七二)の金文の形式のもの、〔風、黄鳥〕は公(―前六二一)の殉葬を(そし)る。〔詩〕の時代はほぼこの両者の間にある。〔詩〕を伝えるもの三家、はじめ〔斉詩〕〔魯詩〕〔詩〕が行われ、のち〔毛詩〕が出た。〔毛詩〕には毛公の〔伝〕、玄の〔箋〕、唐の孔穎達の〔正義〕を加え、〔五経正義〕の一、のち〔十三経注〕の一。訓詁になお問題多く、馬瑞辰の〔毛詩伝箋通釈〕が参考となる。程俊英・見元の〔詩経注析〕がある。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、之(シ)(いく)は、止(とまる)と同じく、人の足を描いた象形文字で、直線状に進む、直下に停止する、の意を含む。寺は「寸(手)+〔音符〕之」からなり、手でおし進める、手をじっととめる(持)の両方の意を含む。

詩は「言+〔音符〕寺」で、心の進むままをことばであらわしたもの(叙情詩)、心の中にとまった記憶をことばにしてとどめたもの(叙事詩)の両方の意を含む。

語義

  1. {名詞}うた。感動をあるリズムにのせて表現したもの。きまった型にのせたのを定型詩、型にとらわれないものを自由詩という。「詩歌」「唐詩」「詩言志=詩は志を言ふ」〔書経・舜典〕
  2. {名詞}「詩経」のこと。「詩三百」〔論語・為政〕
  3. 《日本語での特別な意味》し。漢詩のこと。

字通

形声、声符は寺。古くは之に従い、之声。〔説文〕三上に「志なり」とあり、〔詩、大序〕に「詩は志の之く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す」とあるのによる。〔詩、大雅、巻阿〕「詩をつらぬること多からず 維を以て遂に歌う」、また〔大雅、シュウ高〕「吉甫、誦を作る 其の詩はなはおおいなり 其の風なびく好し 以て申伯に贈る」とあるのによると、詩は誦すべきものであり、呪誦であり、定められた儀礼の歌であったことが知られる。詩の呪誦的な性格は、〔小雅、何人斯〕「此の三物を出だして 以て爾を詛す」「此の好歌を作りて 以て反側(心変わり)をむ」などの語によって知ることができる。〔後漢書、五行志一〕に「五行伝に曰く、言の従わざる、是れを不がい(不治)と謂う。~の極憂には、時に則ち詩妖有り」とみえ、詩には呪霊があるものとされている。寺は金文に「たもつ」と読む用法がある。詩の起源は呪誦、その字義は呪能を保有するもののの意であろう。

辭/辞(シ・13画)

辞 金文 辞 金文 辞 金文
木甘𤔲土簋・西周早期/克盉・西周早期/𠑇匜・西周末期

初出:初出は西周早期の金文

字形:「𤔔ラン」(乱)+「ケン」”尖った道具”で、原義は”ととのえる”。

音:「ジ」は呉音。カールグレン上古音はdzi̯əɡ(平)。

用例:春秋末期以前には、西周末期の金文にしか用例が無いが、「官辭尸僕」”誓いに従い家来を従わせる”とある複数の例の他も、ほぼ”誓う”と解せる例のみ。唯一の例外は「兮甲盤」(集成10174)に「王令甲政□成周四方責。」とあり、「王甲をして西周四方のみつぎを政□せしむ」と読めるが、「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では□を「辭」と釈文しているが、「国学大師」は解読不能として□のまま。

漢語多功能字庫」によると、金文では”誓約する”の意に用いた(訓匜・西周末期/集成10285)。

学研漢和大字典

会意。もとの字は「乱れた糸をさばくさま+辛(罪人に入れ墨をする刃物)」で、法廷で罪を論じて、みだれをさばくそのことばをあらわす。▽「荀子」正名篇に「辞也者、兼異実之名以論一意也=辞なる者は、異実の名を兼べて、もって一意を論ずるなり」とある。もと辞退の意は、辤と書いたが、のちに混用された。詞(シ)と同系。

語義

  1. {名詞}ことば。単語をつらねたことば。細かい表現。《類義語》詞。「言辞」「美辞麗句」「辞達而已矣=辞は達する而已矣」〔論語・衛霊公〕。「無情者不得尽其辞=情無き者は其の辞を尽くすを得ず」〔大学〕
  2. {名詞}ふみ。ことばをつらねて書いた文章。《類義語》文。「文辞」「辞章」。
  3. {動詞・名詞}供述する。供述書。裁判での申したて。「訟辞(法廷での論争)」。
  4. (ジス){動詞}ことわる。いいわけをする。いいわけをのべて、受けとらない。また、職をやめる。「推辞(ことわる)」「辞譲(ことわってゆずる)」「辞富居貧=富を辞して貧に居る」〔孟子・万下〕
  5. (ジス){動詞}あいさつをのべて去る。いとまごいをする。「辞去」「辞別」。
  6. {名詞}文体の様式の名。「楚辞」の流れを引いた韻文。のち、散文化して、風物に即して感興をのべるようになった。《類義語》賦(フ)。「辞賦」「秋風辞」。

字通

[会意]旧字は辭に作り、𤔔(らん)+辛(しん)。𤔔は架糸の上下に手を加えている形で、糸の乱れているさまを示し、亂(乱)の初文。亂はその乱れている糸を乙(いつ)(骨べらの形)で解きほぐしてゆくのであるから、「亂(をさ)む」とよむべき字である。辭はその乱れている糸を辛(はり)で解きほぐしてゆくのであるから、亂と同じく治める意で、辞説の意に用いる。それは獄訟のとき、その嫌疑を解き明かすこと、その弁解の辞をいう。〔説文〕十四下に「說くなり。𤔔・辛に從ふ。辛を𤔔(をさ)むるは、猶ほ辜(つみ)を理(をさ)むるがごときなり」(段注本)とする。辛を辜(こ)にして罪辜の意とし、𤔔を「𤔔(をさ)む」とよんで、その会意の字とするが、亂が骨べらで乱れた糸を解くのと同じく、辭は辛でその乱れを解く意である。〔説文〕に重文として𤔲(し)の字を録するが、𤔲は司の繁文。司は祝詞によって神を祠(まつ)る意の字。辭は神判のとき、その嫌疑を解く辞をいう。神に対して弁明を試みる意であるから、𤔲と声義が近い。〔楚辞〕の辞は、神に訴え申す歌辞をいう。

試(シ・13画)

試 睡虎地秦墓竹簡
睡.秦100・戦国秦

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「言」+「大」”人の正面形”+「戈」。言葉と事実の一致を試し、ウソならば処刑すること。

試 異体字
慶大蔵論語疏では異体字「〔言㦮〕」と記す。上掲「唐守左金吾衛大將軍試太常卿上柱國彭城劉希陽南陽韓夫人合祔墓誌」刻字に近似。

音:カールグレン上古音はɕi̯əɡ(去)で、同音に「詩」「邿」”周代の国名”「始」「弑」「幟」。

用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」效律46に「到官試之」とあり、”ためす”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で同音同訓の「揣」の初出は後漢の説文解字。「㪜」の初出は不明。「に通ず」と『大漢和辞典』にいうが、「弑」の初出は後漢の説文解字。論語語釈「弑」を参照。

上古音の同音に「試」と語義を共有する字は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。式は「工(仕事)+(音符)弋(ヨク)(棒)」から成り、棒をもちいて工作すること。試は「言+(音符)式」で、その人や物を使って仕事をやらせてみること。類義語に嘗。

語義

  1. {動詞・名詞}こころみる。こころみ。よしあしなどを実際に調べてみる。ためすこと。▽訓の「こころみる」は「心+見る」から。《類義語》嘗(ショウ)。「嘗試(ショウシ)」「試験」「明試以功=明試するに功を以てす」〔書経・舜典〕
  2. {動詞}もちいる(もちゐる・もちふ)。人を官職につけてもちいてみる。また、物を使ってみる。「吾不試、故芸=吾試ゐられず、故に芸あり」〔論語・子罕〕
  3. {名詞}官吏登用の試験。「郷試(昔の中国で行われた官吏登用のための地方試験)」。
  4. 《日本語での特別な意味》「試験」の略。「入試」。

字通

[形声]声符は式(しき)。式は呪具の工を用いて清め、払拭する意。〔説文〕三上に「用ふるなり」、前条に「課は試なり」とあって試用の意とする。もと行為に先だって神意を問う呪儀。その結果によって実行に移されるので、古くは用いる意であった。〔礼記、楽記〕「兵革試(もち)ひず」、〔緇衣〕「刑試(もち)ひずして、民悉(ことごと)く服す」のようにいう。〔周礼、夏官、藁人〕「其の弓弩を試む」は課試の意。弑(し)と通用することもあり、式がその呪具を用いる方法であった。

肆(シ・13画)

肆 甲骨文 肆 甲骨文 肆 金文 肆 金文
合15872/殷虚文字甲編2613/中□・西周早期/洹子孟姜壺・春秋末期

初出:初出は甲骨文

字形:語義の異なる複数の漢語が、前漢になって「肆」の字にまとめられた漢語であり、それゆえに多語義で字形の祖型も異なる。

  1. 〔月爿鼎〕系
    「月」”にく”+「爿」”そなえものの台”+「鼎」。祭壇に供え物を供える様。漢代の『周礼』『礼記』系統ではこのような漢語としての用例があるが、現行の「肆」に繋がる字形では全くない。
    生け贄を殺すことから祭の名に、そのさまから”殺しさらす”、生け贄を並べることから”並べる”・”つらねる”、並べることから”みせ”の意がある。
  2. 「聿」系
    手に鳴り物を執った形。”楽器一組”の意がある(「郘□鐘」春秋末期)。「銉」と記す例もある(「洹子孟姜壺」春秋末期)。
  3. 〔人又〕系
    「人」+横向きの「𠙵」”くち”で”横を向いた人”の背後に「又」”手”を記す形で、”解放する”・”ほしいままにする”の意がある(「大盂鼎」西周中期)。

音:カールグレン上古音はsi̯əd(去)。

用例:西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「率肄于酉(酒)」とあり、”ほしいままに”と解せる。それ以外の甲骨文・金文の用例の解釈は、訳者の手に余る。

学研漢和大字典

会意。もと「長(ながい)+隶(手でもつ)」。物を手にとってながく横にひろげて並べることをあらわす。のち、肆(長+聿)と誤って書く。類義語の縦は、たてにのびほうだいになること。放は、四方にのび広がる。恣(シ)は、かってきままなこと。慆(トウ)は、なりゆきまかせのさま。証文や契約書などで、改竄(カイザン)や誤解をさけるために「四」の代わりに用いることがある。

語義

  1. {動詞}つらねる(つらぬ)。横に長く並べる。並べて見せ物にする。死体を横にねかせて見せしめにする。「肆陳(シチン)」「吾力猶能肆諸市朝=吾が力なほ能く諸を市朝に肆さん」〔論語・憲問〕
  2. {名詞}みせ。品物を横に並べてみせるみせ。「書肆(ショシ)(書店)」「肆中(シチュウ)」「百工居肆以成其事=百工肆を居へて以て其の事を成す」〔論語・子張〕
  3. 「肆祀(シシ)」とは、動物のいけにえを解剖して並べ、お供えにする祭礼。
  4. (シナリ){動詞・形容詞}ほしいままにする(ほしいままにす)。ほしいまま。のびほうだいにまかせる。横にながい。気ままな。くつろいだ。《類義語》恣(シ)・縦(ショウ)・放。「放情肆志(ホウジョウシシ)(かって気まま)」「古之狂也肆=古之狂也肆なり」〔論語・陽貨〕
  5. (シナリ){形容詞}ながい(ながし)。ながくのびるさま。「其風肆好=其の風肆く好し」〔詩経・大雅・司高〕
  6. {助辞}ゆえに(ゆゑに)。ここに。詩の句調をととのえることば。「肆不殄厥慍=肆に厥の慍を殄たず」〔詩経・大雅・緜〕
  7. {数詞}数の四。

字通

[会意]正字は𨽸に作り、镸(ほう)+隶(たい)。镸は髟、長髪のものをいう。𨽸はその獣尾をもつ形。獣尾をとらえることを逮という。隶は手が尾に及ぶ意。字の構造は隷と似ており、隷は呪霊のある獣を用いて、禍殃を他のものに転移する呪儀。これによって禍殃を他に移すことを「隷(つ)く」といい、転移されたものを隷といい、隷属・奴隷の意となる。肆はおそらくこれによって人に死をもたらすもので、〔説文〕九下に「極陳なり」と訓し、隶声とする。極は殛、極陳とは殺して肆陳することをいう。〔周礼、秋官、掌戮〕に「凡そ人を殺す者は、諸(こ)れを市に踣(たふ)し、之れを肆(さら)すこと三日」とあり、それが字の原義。それより肆陳・放肆の意となり、肆赦の意となる。〔左伝、昭十二年〕「昔、穆王其の心を肆(ほしいまま)にせんと欲す」とは放肆、〔書、舜典〕「眚災(せいさい)は肆赦す」は赦免の意である。金文にこの字を〔毛公鼎〕「肆(ゆゑ)に皇天■(上下に日+矢)(いと)ふこと亡(な)し」のように接続の語に用い、〔詩、大雅、抑〕「肆に皇天尚(つね)とせず」というのと語法同じ。人を肆殺することが字の原義。他は引伸・仮借の義である。

[会意]字の正体は𨽸に作り、長毛の獣の尾をもつ形。呪霊のある獣によって呪儀を行い、災厄を人に移すことで、移されたものを隷という。肄は𨽸・肆の譌形とみられる。肄習・労苦の意がある。また長い枝の先をいう。肄余の意がある。

禔(シ/テイ・14画)

禔 篆書
『説文解字』・後漢

初出:初出は定州竹簡論語。「小学堂」による初出は後漢の『説文解字』

字形:「示」”祭壇”+音符「是」。原義は判然としないが、下掲『学研漢和大字典』の説がよいように思う。

音:カールグレン上古音はȶi̯ĕɡ、ȡi̯ĕɡ、dʰieg(共に平)と安定しない。

用例:論語述而篇34、定州竹簡論語では「」”開祖の神”を「禔」と記す。現伝の『墨子』非命上6に「禍厥先神禔不祀」とあり、”開祖の神”または”地上の神”と解せる。

論語時代の置換候補:日本語音でも上古音でも同音同訓の「祇」、ȶi̯ĕɡ(平)またはgʰi̯ĕɡ(平)。初出は戦国早期の金文だが、部品の「示」に”神霊”の用例が殷代からある。

なお春秋末期の金文に「」(カールグレン上古音不明)を「祇」と釈文する例がある。ただし”いのる”・”かみ”の意ではない。詳細は論語語釈「祇」を参照。

備考:『大漢和辞典』で「くにつかみ」と訓読する字に「示」「社」(社)「祇」があり、いかづちの象形で「申」(神)が「あまつかみ」を意味したのに対し、「示」は広く神霊一般を指した。のち、天の神と地の神を区別するため、「示」には「土」「氏」を付けて「くにつかみ」を表し、「申」には「示」を付けて「あまつかみ」を表した。詳細は論語語釈「示」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「示+(音符)是(シ)(まっすぐ、まとも)」。まともにそれだけを指さすことから、「まさにそれ」の意となった。

語義

  1. {名詞}さいわい。まともに受ける恵み。《類義語》禎(テイ)。
  2. {副詞}ただ。ただそれだけ。まさに。《同義語》祗(シ)・只。「倥取辱耳=倥だ辱を取るのみ」〔史記・韓長孺〕

字通

[形声]声符は是(ぜ)。〔説文〕一上に「安らかなり」(段注本)とみえ、安らかで福のあることをいう。〔易、習坎、九五〕に「旣に平らかなるを禔(いた)す」とあるのは、祗(し)・坻(てい)の音に通用したものである。

緇(シ・14画)

緇 楚系戦国文字
上海博物館蔵戦国楚竹簡.緇衣01・戦国

初出:初出は楚系戦国文字。「小学堂」による初出は前漢の隷書

字形:初出の字形は「糸」+「才」dzʰəg(平)”明瞭に染める”。「才」の原義は存在を主張する立て杭。詳細は論語語釈「才」を参照。現行字形は「糸」+音符「」”ざる・ほとぎ”。

緇 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔糸冂丨一日〕」と記す。「隋韓祐墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はtʂi̯əɡ(平)。同音は「甾」tʂi̯əɡ(平)とそれを部品とする漢字群など。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」緇衣1に「好□(美)女(如)好茲(緇)衣」とあり、「茲」は「緇」と釈文されている。

「上海博物館蔵戦国楚竹簡」緇衣01に「□(好)□(美)女(如)□(好)〔糸才〕(緇)衣」とあり、「〔糸才〕」は「緇」と釈文されている。

文献上の初出は論語郷党篇6。『孟子』『荀子』『墨子』には見えないが、大小『礼記』の古い部分、戦国時代の『荘子』『韓非子』に用例がある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』の同音同訓に「純」があり初出は西周末期の金文だが、”くろ(染め)”の語義を春秋時代以前に確認できない。部品「甾」も同様。

淄 金文
洹子孟姜壺・春秋末期

春秋末期「洹子孟姜壺」(集成9729)に「徵傳󱩾御」とあり、□は「先秦甲骨金文簡牘詞彙庫」では「淄」と釈文する。四字で”はっきりと伝えて安らげ統制する”と解せる。「淄」の初出は甲骨文で、”黒く染める”の語釈が『学研漢和大字典』にあるが、春秋時代以前にその語義を確認できない。

備考:大小の『礼記』は前後の漢帝国でまとめられ、文字史からその多くが漢代の偽作だが、緇衣篇は戦国文字から同文が確認できる。ただし、西周や春秋時代に遡るわけではない。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側の字(音シン)は、くろくにごった土のこと。緇はそれを音符とし、糸を加えた字。滓(シ)(水底に沈殿した泥)と同系。

語義

  1. {形容詞・名詞}くろい(くろし)。くろ。絹織物などの色がくろい。くろく染めたどろ染め。「緇衣羔裘(シイコウキュウ)」〔論語・郷党〕
  2. {動詞}くろめる(くろむ)。くろく染める。また、くろく染まる。「不曰白乎、涅而不緇=白しと曰はざらん、涅(でつ)すれども緇(くろ)まず」〔論語・陽貨〕
  3. {名詞}くろい衣服。また、僧が着る墨染めの衣。また、転じて僧のこと。「緇流(シリュウ)」。

字通

[形声]声符は甾(し)。〔説文〕十三上に「帛(きぬ)の黒色なるものなり」とみえる。〔周礼、考工記、鍾氏〕は染色のことを掌るもので、七入して黒となるものを緇という。僧衣にはその色を用いるので、僧を緇流・緇徒という。

雌(シ・14画)

匕 甲骨文 雌 楚系戦国文字
合27578/郭.語4.26・戦国中末期

初出は甲骨文。ただし「匕」から未分化。「小学堂」による初出は楚系戦国文字。ただし字形は「〔鳥此〕」。

字形:甲骨文の由来は人の横姿で、袖の先が上に跳ね上がっているものだが、指示内容が明確でない。「匕」に「止」を加えて「此」”ここ”が派生し、さらに「隹」”鳥”を加えて「雌」となる。他方で「匕」に「牛」を加えて「牝」”雌牛”が派生した。なお「化」は点対称に「人」を二つ組み合わせた字で、”メス”とは関係が無い。

音:カールグレン上古音はtsʰi̯ăr(平)。同音に「此」「跐」”踏む”、「佌」”小さいさま”、「玼」”鮮やか・傷”、「泚」”きよい”、「庛」”鋤の部品”。部品の「此」に”メス”の意は無い。「隹」は”鳥”。

用例:甲骨文に「羊匕」「豕匕」の語が見え、”メス”と解せると共に、殷代の文法が被修飾語→修飾語だったことの事例となる。

戦国中末期「郭店楚簡」語叢四26に「三〔鳥厷〕(雄)一〔鳥此〕(雌)」とあり、”メスの鳥”と解せる。

備考:『字通』は「此はもと牝牡の牝を示す記号的な匕(ひ)に、止(し)声を加えた」というが、『大漢和辞典』匕条にその語釈は無い。『学研漢和大字典』此条は「会意。「止(あし)+比(ならぶ)の略体」で、足を並べてもうまくそろわず、ちぐはぐになること」という。ただし匕条は「象形。匕は、妣(女)の原字」といい、匕が論語時代の置換候補になる。

学研漢和大字典

会意兼形声。此(シ)は、足がちぐはぐに並んださまをあらわす会意文字。雌は「隹(とり)+(音符)此」で、左右の羽をちぐはぐに交差させて、尻(シリ)をかくすめすの鳥。眥(シ)(上下のまぶたの交わるめじり)・柴(サイ)(ふぞろいに束ねたたきぎ)と同系。「めす」「め」は「牝」とも書く。

語義

  1. {名詞}め。めす。鳥のめす。転じて、獣のめす。また、弱々しいものや小形のもののたとえ。《対語》⇒雄。「決雌雄=雌雄を決す」〔史記・項羽〕
  2. {形容詞}めめしい。弱々しい。ひかえめな。「雌伏」「雌声」。

字通

[形声]声符は此(し)。〔説文〕四上に「鳥母なり」とあり、めんどりをいう。此に細小なるものの意がある。此はもと牝牡の牝を示す記号的な匕(ひ)に、止(し)声を加えた形声字で、これを隹(とり)の類に及ぼして雌という。雌雄の意より、優劣の意となる。〔老子〕に謙下不争、雌を守って争わないことを、至道とする考えかたがある。

賜(シ・15画)

賜 金文 賜 金文
德鼎・西周早期/虢季子白盤・西周末期

初出:初出は西周早期の金文だが、字形は「易」。現行字体の初出は西周末期の金文

字形:形は「貝」+「鳥」で、「貝」は宝物、「鳥」は「易」の変形。「易」は甲骨文から、”あたえる”を意味した。詳細は論語語釈「易」を参照。

音:カールグレン上古音はsi̯ĕɡ(去)。同音は論語語釈「斯」を参照。

用例:「漢語多功能字庫」では原義を”あたえる”とし、戦国早期の金文では人名に用い(越王者旨於賜鐘)、越王家の姓氏名だったという。

備考:論語では、端木賜子貢の名として頻出。

学研漢和大字典

会意兼形声。「貝+(音符)易(イ)・(シ)(おしのばす、おしやる)」で、自分の前にある物を相手の前におしやること。転じて、たまわる意となった。錫(セキ)(うすくおしのばす金属)と同系。類義語に奨。

語義

  1. {動詞}たまう(たまふ)。目上の人が目下の者に物を与える。また、目上の人が目下の者に命令を下す。「賜給」「下賜」「賜命」。
  2. {動詞}たまわる(たまはる)。目上の人から物などをもらう。いただく。「賜暇」。
  3. {名詞}たまもの。いただきもの。恵み。おかげ。「民、到于今、受其賜=民、今に到るまで、其の賜を受く」〔論語・憲問〕

字通

[形声]声符は易。易は賜の初文で、爵から酒を注ぐときの注ぎ口と、下の把手と、注ぐ酒とを象形的にしるした字。のち貝など財貨を賜うことが多くて賜の字となったが、古くは爵酒を賜うことが恩賞とされた。経籍には錫の字を用いることが多いが、これは或いは彝器(いき)の料として赤金(銅)を賜うたことの名残であろう。すべて上より与えられるものをいい、〔礼記、檀弓下〕には「賜を受けて死す」のような語がある。

摯(シ・15画)

摯 甲骨文
合570

初出:初出は甲骨文

字形:「執」+「手」。「執」は手かせをはめられて跪く人の姿。全体で捕らえた様。

音:カールグレン上古音はȶi̯əb(去)。藤堂上古音はtied(去)。

用例:「甲骨文合集」570、693、804などに用例があるが、欠損が激しくて語義が分からない。西周~春秋の金文は発掘されておらず、論語の時代での語義は不明。

戦国の竹簡は2022年半ば現在、18例ほどが知られているが、全て「執」と解されている。「執」の異体字として扱ってよかろう。

備考:下半分を「鳥」に変え、藤音tiəp(去)に「鷙」(シ、たか)があり、『三国志』呂蒙伝に「鷙鳥シチョウ百をかさぬるも、一ガク。」と孫権が呂蒙を讃えた話が残る。鶚とはミサゴ、魚を捕る猛禽。あまり大きくないが、それより弱いのだから小さな猛禽類を言うのだろう。

学研漢和大字典

会意兼形声。執(シュウ)・(シツ)は、両手に手かせをはめて、しっかり捕らえたさま。摯は「手+(音符)執」で、手でしっかり持つこと。

語義

  1. {動詞}とる。しっかりと手にとって持つ。《類義語》執(シュウ)・(シツ)。
  2. {名詞}面会のとき、手に持っていくみやげ物。《同義語》贄。
  3. {動詞・形容詞}いたる。すみまで行き届く。また、いっぱいに満ちるさま。《類義語》至。「真摯(シンシ)(非常にまじめなさま)」。
  4. {名詞}小鳥をつかむ猛鳥。▽鷙(シ)に当てた用法。「摯鳥(シチョウ)(=鷙鳥)」。

字通

[形声]声符は執(しゆう)。執は手械(てかせ)を加える形で、強く執持し、拘執する意がある。〔説文〕十二上に「握持するなり」とし、字を会意とするが、執より分岐した形声の字である。字はまた贄と声義が通じ、贄質の意に用いる。

駟(シ・15画)

駟 金文 駟 金文
伯駟父盤・西周末期/魯宰駟父鬲・春秋早期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「馬」+「四」。四頭立ての快速戦車の意。

音:カールグレン上古音はsi̯əd(去)。

用例:西周末期「伯駟父盤」10103では人名に用いる。

春秋末期「庚壺」(集成9733)に「󰭄其王駟」とあり、”四頭立ての馬車”の意に用いる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「馬+(音符)四」。四頭の馬。春秋戦国時代の車は、四頭で引くのが正式であった。

語義

  1. {名詞}四頭だての馬車。▽外側の二頭の馬を驂(サン)、または藹(ヒ)といい、内側の二頭の馬を服という。「駟乗(シジョウ)(四頭だての車)」。
  2. {名詞}馬四頭のこと。「十駟(馬四十頭)」。

字通

[会意]馬+四。四頭立ての馬車。〔説文〕十上に「一乘なり」とあり、一乗に四馬をつなぐので、結駟ともいう。その車を車乗という。三馬のときは驂(さん)という。

𪗋(シ・20画)

𪗋 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の『漢書』。

字形:「齊」”縫う”+「衣」。

音:カールグレン上古音は不明。中古音は音不明の平声。ただし現伝『説文解字』に「齊聲」とあり、「齊」はdzʰiər(平)、去声は不明。従っておそらくdzʰiər(平)。

用例:先秦両漢では『漢書』『説文解字』以外に用例が無い。

論語時代の置換候補:上古音の同音で、春秋時代以前に遡れ、かつ”縫う”の語義を持つ字は無い。論語語釈「斉」も参照。日本語音で同音同訓に、春秋時代に遡れる字は無い。

参考:「齊」”もすそ”の通字とされたのは、後漢初期『漢書』朱雲伝からで、「攝𪗋」”もすそをからげて堂に登る”とある(「中国哲学書電子化計画」所収「沥」字は誤字)。後漢中期の『説文解字』には「緶也」とあり、”縫う”の意。

学研漢和大字典

(条目無し)

字通

(条目無し)

大漢和辞典

𪗋 大漢和辞典

論語語釈
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