且(シャ/ショ・5画)
師𠭰簋・西周晚期
初出:初出は甲骨文。
字形:文字を刻んだ位牌。
慶大蔵論語疏は異体字「𣅂」と記す。「隋張妻蘇恒墓志」刻。『敦煌俗字譜』所収。
音:カールグレン上古音はtsi̯o(平)またはtsʰi̯ɔ(上)。前者の語釈は論語語釈「沮」を参照。
用例:春秋末期までのほぼ全ての用例は、「祖」を意味する。
西周末期の「𩰫比𣪕蓋」(集成4728)に「其且射分田邑。」とあるのは、あるいは「それかつ射て田邑を分かたん」と読める。
西周末期の「散氏盤」(集成10176)に複数見える「且」は、おそらく人名と思われる。
「漢語多功能字庫」によると甲骨文・金文では”祖先”、戦国の竹簡で「俎」”まな板”、戦国末期の石刻文「詛楚文」で”かつ”を意味した。
学研漢和大字典
象形。物を積み重ねたさまを描いたもので、物を積み重ねること。転じて、かさねての意の接続詞となる。また、物の上に仮にちょっとのせたものの意から、とりあえず、まにあわせの意にも転じた。俎(ソ)(肉を重ねて置いたまないた)・祖(ソ)(世代の重なり)・阻(ソ)(石を重ねて行く手をはばむ)・組(ソ)(糸をくみ重ねる)・助(ジョ)(力を重ねてそえる)などと同系。
語義
シャ(上/去)
- {接続詞}かつ。→語法「②」。
- {助辞}かつは。→語法「④」。
- {助辞}…すらかつ。→語法「③」。
- {副詞}しばらく。まあまあという気持ちを示すことば。とりあえず。「姑且(コショ)(しばらく)」→語法「⑤」。
- {形容詞}かりそめであること。「苟且(コウショ)・(コウシャ)」。
- {助動詞}まさに…せんとす。→語法「①」。
ショ(平)
- {助辞}詩句で、語調を整える助辞。「其楽只且=其れ楽しまんかな只且」〔詩経・王風・君子陽陽〕
字通
[象形]俎(そ)の初形。まないた。俎は且上にもののある形。〔説文〕十四上に「薦(すす)むるなり」とあり、几(き)(机)の形であるとする。且は卜文に祖の意に用いる。且に物をのせ薦めて、祀る意であろう。金文に祖考を「■(且+又)考」に作り、且を奉ずる形に作る。郭沫若は且を男根の象と解するが、奇僻にすぎる。祖廟に宜(そんぎ)するを宜といい、宜もまた且に従う。
社/社(シャ・7画)
中山王昔鼎・戦国末期/「土」大盂鼎・西周早期
初出:初出は戦国末期の金文。
字形:新字体は「社」。台湾・香港ではこちらが正字体とされる。字形は「示」”神霊”+「土」で、”土地神”。「示」”神霊一般”の派生字で、いかづちの象形である「申」(神)が”天の神”を意味するのに対し、”土地神”を意味する。論語語釈「示」を参照。
音:カールグレン上古音はȡi̯ɔ(上)、藤堂上古音はdhiǎg。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」子羔06に「得丌(其)社稷百眚(姓)而奉守之。得丌(其)社稷百眚(姓)而奉守之。」とあり、「社稷」で”国家”を意味する。
戦国中末期の「包山楚簡」138反に「同社、同里、同官不可□(證)」とあり、”土地神の祭殿”と解せる。
「漢語多功能字庫」土条によると、甲骨文では”土地神”、”領土”、金文では加えて”つち”(哀成叔鼎・春秋末期)を意味し、「𤔲土」はいわゆる「司徒」を意味した。社条によると、戦国の金文では「社稷」で”国家を意味した。
論語時代の置換候補:”結社”の語義では部品の「土」。”土地神”の語義では部品の「示」。
備考:周が殷を滅ぼして国盗りをすると、後ろめたさから「申」”天神”の字を複雑化させて「神」(神)の字を作り、もったいをつけて”自分は天命を受けて乱暴な殷を滅ぼしたのだ”と宣伝した。そのため「土」も複雑化させてもったいをつけ、出来たのが現行の字体。殷の君主は”自分は天の子だ”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
学研漢和大字典
会意兼形声。土(ド)・(ト)は、地上につちを盛った姿。また、その土地の代表的な木を、土地のかたしろとしてたてたさま。鏈は「示(祭壇)+(音符)土」で、土地の生産力をまつる土地神の祭り。地中に充実した物を外にはき出す土の生産力をあがめること。吐(はき出す)・奢(シャ)(充実した力を盛大に外に出す)と同系。旧字「社」は人名漢字として使える。
語義
- {名詞}もと、土の生産力をまつった土地の神。土地をまつった所。今の中国の土地廟(トチビョウ)の原形。▽君主は領内の五色の土で壇を築き、社壇と呼んだ。「社稷(シャショク)(土地の神と穀物の神。あわせて国の守り神)」「諸侯為百姓立社、曰国社=諸侯百姓の為に社を立つるを、国社と曰ふ」〔礼記・祭法〕
- {名詞}その地の代表的な木を、土地神のかたしろとしたもの。▽のち、その土地にゆかりのある豪族や将軍をまつる。「社主」「哀公問社於宰我=哀公社を宰我に問ふ」〔論語・八飲〕
- {名詞}土地の氏神を中心に集まった組合。昔は二十五戸を一つの単位とした。
- {名詞}同志の集まった団体や組合。「詩社」「結社」。
- {名詞}公社や人民公社などの団体。「社員」。
- 《日本語での特別な意味》
①やしろ。神社。「社務所」。
②しゃ。「会社」の略。「本社」。
③こそ。助詞の「こそ」。
字通
[形声]声符は土(ど)。土は社の初文。卜文・金文の字形は土主の形。それに酒などを灌(そそ)ぐ形に作るものがある。〔説文〕一上に「地主なり」とあり、産土神(うぶすながみ)をいう。山川叢林の地はすべて神の住むところで、そこに社樹を植えて祀った。また〔周礼、地官、大司徒〕に「其の社稷(しやしよく)の壝(ゐ)(社壇とその封界)を設けて、之れが田主を樹う。各〻其の野の宜しき所の木を以てす。遂に以て其の社と其の野とに名づく」とあり、いわゆる封建の礼をいう。亡国の社には、これに屋を加える。各地に土主があり、その地で儀礼を行うときは、まずその土主に酒などを灌いで祀る。これを興(きよう)という。〔礼記、楽記〕に「上下の灌に降興す」とは、上神には降、下神には興の礼をする意。また〔周礼、地官、舞師〕に「小祭祀には興舞せず」とあり、重要な祭祀のときには地霊に興舞したことが知られる。社の古い形態はモンゴルのオボに似ており、社主の下部を盛り土で堅めた。そこに野鼠が棲むので、君側の奸を社鼠という。水や火を以て攻めがたいからである。
車(シャ/キョ・7画)
甲骨文/奚季蒐車匜・春秋早期
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文・金文の字形は多様で、両輪と車軸だけのもの、かさの付いたもの、引き馬が付いたものなどがある。字形はくるまの象形。原義は”くるま”。
音:カールグレン上古音はki̯oまたはȶʰi̯ɔ(共に平)。「キョ」の音は将棋の「香車」を意味する。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義で、金文では加えて”戦車”に用いる(不𡢁𣪕・西周末期)。また氏族名(父己車鼎・殷代末期)・人名(車鼎・年代不詳)に用いる。
備考:現代中国語を習うとき、真っ先に発音に苦労する字でもある。
学研漢和大字典
象形。車輪を軸どめでとめた二輪車を描いたもので、その上に尻(シリ)をすえて乗る、または乗せるものの意。もと、居(キョ)と同系。キョ(魚韻)の音に読むことがあるのは、上古音の残ったもの。類義語の輪は、きちんと車輻(シャフク)を、並べてくみたてたくるま。付表では、「山車」を「だし」と読む。
語義
シャ(平)
- {名詞}くるま。人や物を乗せて陸上を運ぶ物。車輪を軸で受け、その上に台(輿(ヨ))をのせる。人力または馬や牛にひかせた。「牛車」「車服」「車中不内顧=車中にては内顧せず」〔論語・郷党〕
- {名詞}くるま。一つの軸を中心にして回転する輪。また、輪の形をした物。「水車」「紡車(糸とりぐるま)」。
キョ/コ(平)
- {名詞}象棋のこまの一つ。香車(キョウシャ)のこと。
- 《日本語での特別な意味》くるま。かつては、人力車のこと。今では、自動車、とくに、乗用車やタクシーのこと。
字通
[象形]車の形に象る。籀文(ちゆうぶん)の字形には、轅(ながえ)を加えている。〔説文〕十四上に「輿輪(よりん)の總名なり」とあり、車の全体をいう。殷墟をはじめ古代の墳墓から車馬坑の類が多く出土しており、古代の車制を知ることができる。
者/者(シャ・8画)
者㚸爵・殷代末期
初出:初出は殷代末期の金文。
字形:金文の字形は「木」”植物”+「水」+「口」で、”この植物に水をやれ”と言うことだろう。原義は不明。中国・台湾では、新字体の「者」がコード上の正字として扱われている。
慶大蔵論語疏・清家本は新字体と同じく「者」と記す。「耂」と「日」の間の「丶」を欠く。もと正字。旧字の出典は「華山廟碑」(後漢)。
定州竹簡論語も「者」と釈文(これこれの字であると断定すること)している。ただし原簡は非公開で、おそらくすでに破壊されて失われている。
文字史を見ると前漢代までに「丶」のある字形が見られないので、新字体と同じ「者」を正字としたくはなるが、結局正字のなんたるかは時の政権の決めることで、漢文読みの知ったことではないかもしれない。
音:カールグレン上古音はȶi̯ɔ(上)。
用例:殷代末期の金文に「亞醜者姤方尊」があり、「亞醜」は氏族名とされ、「者姤」はその長の名と見られる。「者○」の例が他の殷代金文にも見られることから、「者」は称号の一つとされる。
西周早期の「麥方鼎」に「鄉多㙩友」とあり、「㙩」は「諸」と解されている。字形は上掲「者㚸爵」の「𠙵」を「土」に変えたもので、”さまざまな”の語義を確認できる。
春秋末期の金文「王孫遺者鐘」に、「王孫遺者。擇其吉金。自乍龢鐘。」とあり、”…は”の語義は論語の時代に存在した可能性がある。
春秋末期の金文「」に「公曰:甬(勇)!甬(勇)!商(賞)之台(以)邑,𤔲(司)、衣裘、車馬。於□之身,庚率百乘舟入□(莒),從河(?)台(以)□伐彘(?)□丘,殺其□(鬭)者,孚(俘)其士」とあり、”…する者”と解せる。
春秋の金文で「堵」に釈文する例がある。
「漢語多功能字庫」は字形の解釈を投げているが、そのかわり金文では春秋末期の「邾公牼鐘」で”さまざまな”の意で用いられる他、”…は”の意で用いられるという。ただしその用例は戦国時代の「中山王鼎」などとする。
論語語釈「諸」も参照。
学研漢和大字典
象形。者(=者)は、柴(シバ)がこんろの上で燃えているさまを描いたもので、煮(=煮。火力を集中してにる)の原字。ただし、古くから「これ」を意味する近称指示詞に当てて用いられ、諸(=諸。これ)と同系のことばをあらわす。ひいては直前の語や句を、「…するそれ」ともう一度指示して浮き出させる助詞となった。また、転じて「…するそのもの」の意となる。唐・宋(ソウ)代には「者箇(これ)」をまた「遮箇」「適箇」とも書き、近世には適の草書を誤って「這箇」と書くようになった。
旧字「者」は人名漢字として使える。▽付表では、「猛者」を「もさ」と読む。▽草書体をひらがな「は」として使うこともある。
語義
- {名詞}もの。こと。…するその人。…であるそのもの。…であるその人。…すること。「使者(使いする人)」→語法「①」。
- {助辞}上の文句を「それは」と、特に提示することば。…は。…とは。▽「説文解字」では「者、別事詞也=者とは、事を別つ詞なり」という。→語法「②」。
- {助辞}時間名詞や疑問詞を特に強調することば。→語法「⑤⑥」。
- 「者箇(シャコ)」とは、「これ」という意。▽唐代末期から宋(ソウ)・元(ゲン)代にかけての口語で、今の北京語の「這箇(これ)」の原形。《同義語》⇒遮箇・適箇。
- {助辞}《俗語》文末につけて命令の語気をあらわすことば。▽明(ミン)・清(シン)代のころの俗語。「快去者(はやくいけよ)」。
語法
①(1)「~するもの」とよみ、「~であるもの」と訳す。▽「者」は「所」と同じく、用言を体言化して、主語・述語・目的語となる。「者」は、行為の主体を示し、「所」は、行為の対象を示す違いがある。「菊花之隠逸者也=菊は花の隠逸なる者なり」〈菊は、花における隠逸者(のように気高いもの)である〉〔周敦頤・愛蓮説〕
(2)「~する(なる)こと」とよみ、「~すること」と訳す。「范増数目項王、挙所佩玉凡、以示之者三=范増項王に数目し、佩(お)ぶる所の玉凡(ぎょっけつ)を挙げて、もってこれに示すこと三たび」〈范増はしばしば項王に目配せし、腰に帯びていた玉の凡を持ち上げて、決断の合図を送ること三度であった〉〔史記・項羽〕
②(1)「~(もの)は」「~とは」とよみ、「~は」「~とは」と訳す。主語を明示して強調する意を示す。「政者正也」〈政(政治)とは正(正義)です〉〔論語・顔淵〕
(2)「也者」は、「なるものは」「というものは」とよむ。「孝弟也者、其為仁之本与=孝弟なる者は、それ仁を為(おこ)なふの本か」〈孝と弟(悌)ということこそ、仁徳の根本であろう〉〔論語・学而〕
③「~ば」とよみ、「もし~ならば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。「文帝嘗令東阿王七歩中作詩、不成者行大法=文帝嘗(かつ)て東阿王をして七歩の中に詩を作ら令め、成らざれば大法を行はんとす」〈文帝はあるとき東阿王に、七歩歩くあいだに詩を作れ、できなければ極刑に処するぞ(と言った)〉〔世説新語・文学〕
④「不者」は、「しからずんば」とよみ、「~でないと」と訳す。前節とは逆の条件を提示する意を示す。「不者、若属皆且為所虜=不(しから)ずんば者、若(なんぢ)が属皆且(まさ)に虜にせられんと」〈そう(=殺す)でなければ、お前たちはみな、沛公に捕虜にされてしまう〉〔史記・項羽〕
⑤「何者」は、「なんとなれ(ら)ば」とよみ、「どうゆうわけかといえば」と訳す。疑問詞「何」を強調し、理由を問う意を示す。「何者、功多秦不能尽封、因以法誅之=何となれば、功多きは秦尽く封ずること能はず、因(よ)りて法をもってこれを誅するなり」〈なぜかと言えば、功績が大きすぎて、とてもそのすべてに対して褒美の土地を与えきれないから、そこで法にかこつけて殺した〉〔史記・項羽〕
⑥「今者=いま」「近者=ちかごろ」「昔者=むかし」「古者=いにしえ」「昨者=きのう」「頃者=このごろ」「比者=このごろ」「間者=このごろ・ちかごろ」「向者=さきに」「先者=さきに」「日者=さきに」「嚮者=さきに」など、時間をあらわす語を強調する。「今者有小人之言、令将軍与臣有郤=今者(いま)小人の言有り、将軍をして臣と郤(げき)有ら令む」〈今、卑劣な奴が口を出し、将軍と私(劉邦)の間を割こうといたしました〉〔史記・項羽〕。「古者民有三疾=古者(いにしへ)は民に三疾有り」〈昔は人民に三つの疾病というのがあった〉〔論語・陽貨〕。「比者海内大乱、社稷将傾=比者(このごろ)海内大いに乱れ、社稷(しゃしょく)将に傾かんとす」〈ちかごろ、国内は大きく乱れ、国家は今にも傾こうとしています〉〔魏志・涼茂〕
字通
叉枝の形+曰。上部は叉枝を重ね、それに土を示す小点を加えた形。曰は祝禱を収めた器。者は堵の初文。住居地の周囲にめぐらしたお土居に、呪祝としての書を埋め、外からの邪霊を遮蔽する意。字の全体を象形とみてもよい。堵中に埋めた呪祝の字を書という。書は者に聿(筆)を加えた形。城邑にめぐらすものを堵といい、城壁の方丈の単位を堵という。〔説文〕は字を白部四上に属し、「事を別つの詞なり」とするが、それはものを特定して指す意で仮借の義。また、金文ので字形は𠙵または曰に従う形で、その系統の字である。
訓義
(1)堵の初文。お土居、お土居に埋めかくした呪祝、かくす、遮と通じる。(2)ものを特定していう、もの、人にも事物にもいう。(3)ある状態を特定していう。~は、~のときは、~ならば。(4)這と通じ、この。(5)終助詞として、諸と通じる。
大漢和辞典
舍/舎(シャ・8画)
甲骨文/夨令方尊・西周早期
初出:初出は甲骨文。「小学堂」による初出は西周早期の金文。
字形:新字体は「舎」。下が「𠮷」で「舌」ではない。字形は「𠆢」”屋根”+「干」”柱”+「𠙵」”くち=人間”で、人間が住まう家のさま。原義は”家屋”。
音:カールグレン上古音はɕi̯ɔ(上/去)。
用例:西周早期「令方尊」(集成6016)に「舍(捨)三事令」とあり、「舍」は「捨」と釈文されている。
「漢語多功能字庫」によると、金文では”与える”(令鼎・西周中期)、”発布する”(善夫克鼎・西周中期)、”楽しむ”(𠭯巢編鐘・春秋末期?)の意、また人名に用い、戦国の金文では一人称(中山王鼎・戦国末期)に用いた。戦国の竹簡では人名に用いた。
論語では全て”顧みない・置く・隠す”の語義で用いられる。現行の「捨」の初出は後漢の説文解字で、それまでは「舎」が”すてる”の語義を兼任したはずだが、用例を確認できない。
旧字体舍新字体舎
学研漢和大字典
会意兼形声。余の原字は、土を伸ばすスコップのさま。舍は「口(ある場所)+(音符)余」で、手足を伸ばす場所。つまり、休み所や宿舎のこと。捨(つかんだ指を伸ばす→はなしてそのままにしておく)・赦(シャ)(ゆるめてはなす)・舒(ジョ)(のばす)・射(シャ)(張った矢をはなす)などと同系。類義語に家。付表では、「田舎」を「いなか」と読む。
語義
- {名詞}やど。いえ(いへ)。手足をのばしてくつろぐいえ。ひと休みするやど。「宿舎」「其舎近墓=其の舎墓に近し」〔列女伝・鄒孟軻母〕
- (シャス){動詞}やどる。やどす。からだをのばしてくつろぐ。やどをとって休む。いえをかまえて住む。「出舎於郊=出でて郊に舎る」〔孟子・梁下〕。「乃去舎市傍=乃ち去りて市の傍に舎す」〔列女伝・鄒孟軻母〕
- {動詞}おく。すてる(すつ)。手をゆるめてはなしおく。また、すておく。はなす。▽上声に読む。《同義語》⇒捨。「舎箸=箸を舎く」「舎而不問=舎きて問はず」「山川其舎諸=山川其れこれを舎てんや」〔論語・雍也〕
- {動詞}ゆるしてはなす。▽上声に読む。《同義語》⇒赦。「饒舎(ジョウシャ)(ゆるして放免する)」。
- {動詞}持っていた物をはなして人にやる。▽上声に読む。「施舎」。
- {動詞}そなえ物をならべておく。▽釈(セキ)に当てた用法。「舎奠(セキテン)(=釈奠)」「舎采(セキサイ)(=釈采)」。
- {単位詞}軍隊の行軍の距離をあらわすことば。一舎は、周代、三十里。約一二キロメートル。▽昔の軍隊が大休止(舎)するまでの行程を基準とした。「退辟三舎=退辟すること三舎」。
- {形容詞}自分の身うちや自分が所有するものを謙そんしていうことば。▽自分のうちの、の意。「舎弟(わたしの弟)」。
字通
[会意]+口。は把手のある掘鑿(くつさく)刀。これで木や土を除くことを余という。口は祝詞を収める器の𠙵(さい)。この器を長い針で突き通すことによって、その祝禱の機能を失わせることをいう。ゆえに「すてる」が字の原義で、捨の初文。それより、ことを中止し、留め滞る意となる。〔説文〕五下に「市居を舍と曰ふ」とし、字形を宿舎の建物の形と亼(しゆう)(集)に従う会意の字とするが、宿舎の意は後起の義。金文の〔令彝(れいい)〕「三事の命を舍(お)く」、〔小克鼎〕「命を成周に舍く」のように、命を発する意に用い、また〔舀鼎(こつてい)〕「矢五束を舍(あた)ふ」のように用いる。
射(シャ/ヤ/エキ・10画)
甲骨文/令鼎・西周早期
初出:初出は甲骨文。
字形:甲骨文の字形は矢をつがえた弓のさま。金文では「又」”手”を加える。原義は”射る”。
音:カールグレン上古音はi̯ăɡ(去)またはdi̯ăk(入)またはi̯ăɡ(入)。去声で禡-以の音は不明。「シャ」の音で”射る”を、「ヤ」の音で官職名を、「エキ」di̯ăk(入)の音で”いとう”・”あきる”の意を表し、同音は論語語釈「鐸」を参照。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義、官職名、地名に用いた。金文では”弓競技”(義盉蓋・西周)の意に用いた。
学研漢和大字典
会意文字で、原字は、弓に矢をつがえている姿。のち寸(て)を添えたものとなる。張った弓の弦を放して、緊張を解くこと。赦(シャ)(ゆるめる)・捨(ゆるめて放す)と同系のことば。
意味〔一〕シャ/ジャ
- ぽ{動詞}いる。弓を張って矢をいる。「射雉=雉を射る」「弋射(ヨクシャ)(いぐるみ)」「弋不射宿=弋するには宿を射ず」〔論語・述而〕
- {名詞}弓をいる術。弓術。▽古代には礼・楽・射・御(乗馬)・書・数を「六芸(リクゲイ)」といい、男子の教養の主要課目であった。「射有似乎君子=射は君子に似たること有り」〔中庸〕
- {動詞}あてる(あつ)。ねらって的にあてる。また一点めざして光や弾をあてる。▽もとセキ(漢音)と読み、上古dhiak→中古ʒɪɛkの音であったが、今はシャと読むことが多い。「照射(ショウシャ)」「射利(シャリ)(もうけをねらう)」「射倖心(シャコウシン)(=射幸心。まぐれをねらう心)」。
意味〔二〕ヤ
- 「僕射(ボクヤ)」とは、秦(シン)代以後の官名。左僕射・右僕射があった。▽唐・宋(ソウ)代は、宰相のこと。
意味〔三〕エキ/ヤク
- {動詞}いとう(いとふ)。あきる(あく)。ありすぎていやになる。ありすぎてだれる。《同義語》⇒爽(エキ)。《類義語》厭(エン)。「無射・無射=射ふこと無し・射くこと無し」。
- 「無射(ブエキ)」とは、音階の十二律の一つ。また、季節では九月に当たることから、九月の別名。
字通
[会意]初形は弓+矢+又(ゆう)(手)。弓に矢をつがえてこれを射る形。のち弓矢の形を身と誤り、金文にすでにその形に近いものがある。〔説文〕五下に「弓弩(きゆうど)、身より發して、遠きに中(あた)るなり。矢に從ひ、身に從ふ」とするのは、のちの篆文の字形によって説くもので、身の部分は弓の形である。射は重要な儀礼の際に、修祓の呪儀として行われたもので、盟誓のときには「■(卿の皀を合)射(くわいしや)(会射)」して、たがいに誓う定めであった。字にまた釋(釈)(せき)・斁(えき)の音があり、その字義にも用いる。
赦(シャ・11画)
𠑇匜・西周末期
初出:初出は西周末期の金文。
字形:「亦」”汗を流す人”+「攴」”刑具を持った手”。刑罰に恐れおののく人に手を下さないさま。
音:カールグレン上古音はɕi̯ăɡ(去)。同音は無い。
用例:西周末期「𠑇匜」(集成10285)に「今我赦女(汝)」とあり、”罪をゆるす”と解せる。
備考:『大漢和辞典』で音シャ訓ゆるすに、「貰」ɕi̯ad(去)、初出は秦系戦国文字、「籍」dzʰi̯ăk(入)、初出は秦系戦国文字。
漢語多功能字庫
金文從「亦」從「攴」,「亦」是聲符,與《說文》或體同形,金文表示赦免、寬恕,訓匜:「今我赦女(汝)。」
金文は「亦」と「攴」の字形に属し、「亦」は音符。説文解字の異体字と同形。金文は罪を許すことや、思いやって見逃すことを意味する。匜器(イキ、水差し)に、「今お前を赦す」と書いたものがある。
学研漢和大字典
形声。「攴(動詞の記号)+(音符)赤」で、赤(あか)には関係がない。ゆるむ、のびるの意味を含む。舒(ゆるくのびる)・捨(手を放して放置する)と同系。類義語に釈・許。
語義
- {動詞}ゆるす。大目にみる。いましめをとく。罪・あやまちをとがめない。「赦免」「君子以赦過宥罪=君子以て過ちを赦し罪を宥む」〔易経・解〕
- {名詞}ゆるし。刑罰・罪をゆるすこと。「赦従重=赦は重きよりす」〔礼記・王制〕
字通
[会意]赤+攴(ぼく)。赤は人に火を加えて、その穢れを祓う意。さらに攴を加えて殴(う)ち、その罪を祓う。それで赦免の意となる。〔説文〕三下に「置くなり」とあり、赦置して罪を免ずることをいう。〔玉篇〕に「放なり」とし、放免の意とする。〔書、舜典〕「眚災(せいさい)は肆赦(ししや)す」とは、不可抗力や不作為の罪は罰しないことをいう。
奢(シャ・12画)
大杏簋・西周早期/奢虎簠・春秋早期
初出:初出は西周早期の金文。
字形:「大」+「者」で、大いなるもののさま。原義は”すぐれた”
音:カールグレン上古音はɕi̯ɔ(平)。
用例:西周早期「奢𣪕」(集成4088)に「公易奢貝才京。」とあり、”すぐれた”と解せる。
春秋早期「旅虎簠」(集成4539)に「□山奢淲鑄其寶□(𠤳)」とあり、人名の一部と思われる。
「漢語多功能字庫」によると、金文では人名(奢淲(虎)簠・春秋早期)に用いられ、”おごる”の意が見られるのは前漢の馬王堆帛書まで時代が下るという。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、者は、煮(熱を充実する)の原字でいっぱいに充実する意を含む。奢は「大+〔音符〕者」で、おおげさに充実しすぎること。都(人の充実したまち)・儲(チョ)(いっぱいためる)・庶(たくさん)・諸(たくさん)と同系のことば。
語義
- (シャナリ){動詞・名詞・形容詞}おごる。おごり。ぜいたくをする。物や金をふんだんに集めて使う。また、ぜいたく。おおげさな。《対語》⇒倹。「奢侈(シャシ)」「礼与其奢也寧倹=礼はその奢(おご)らんよりは寧ろ倹なれ」〔論語・八佾〕
- {形容詞}やりすぎたさま。分にすぎたさま。「奢願(シャガン)(分にすぎた願い)」。
字通
[会意]大+者。者は、祝禱の器(曰(えつ))を埋めて呪禁とする境界の土堤。邑居の周囲にめぐらすお土居の類。それを跨(また)げて、誇越する形であるから、他を侵し、奢る意象の字である。〔説文〕十下に「張るなり」とし、者声とするが、者の声義を用いる亦声の字。また〔説文〕に籀文として奓をあげるが、その字は侈の初文。西周期の金文に奢の字がみえ、古くからある字である。
邪(ジャ・8画)
晋系戦国文字/十七年丞相啟狀戈・戦国末期
初出:初出は晋系戦国文字。
字形は「牙」+「邑」で、原義は「チオ」という名の都市名。現在の琅邪。のち音を借りて、「…や」という句末の語気詞や、”よこしま”の意になった。
音:カールグレン上古音はzi̯ɔまたはdzi̯ɔ(共に平)。
用例:春秋末期以前では、西周中期と末期の金文が出土している「牙」が「邪」と釈文されているが、すべて「邪幅」”膝の覆い”を意味し、”よこしま”の例は戦国の竹簡まで時代が下る。
「漢語多功能字庫」によると、金文では戦国時代末期に人名として用いられ(十七年丞相啟狀戈)、戦国の秦竹簡では”邪悪”の用例があるという。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
zi̯ɔ(平)の同音耶(よこしま)は金文以前に遡れない。dzi̯ɔ(平)の同音衺(ななめ・よこしま・わるい)も同様。同訓近音の「𧘪」は篆書すら見つからず、「𧻀」は篆書からしか見られない。
部品の「牙」は西周中期の金文から見られ、『大漢和辞典』に”すなほでないこと”の語釈を載せるが、「漢語多功能字庫」によると春秋時代では”きば”であり、戦国時代の語義も句末の語気詞が加わるのみで、”邪悪”の用例は見られない。カールグレン上古音はŋɔ(平)、藤堂上古音はngǎg。同訓「𧘪」の初出は不明。「𧻀」の初出は秦系戦国文字。
学研漢和大字典
会意兼形声文字で、牙は、くい違った組み木のかみあったさまを描いた象形文字。邪は「阝=邑(むら)+(音符)牙」。もと琅邪という地名をあらわした字だが、牙の原義であるくい違いの意をもあらわす。齬(ゴ)(くい違い)・忤(ゴ)(くい違い)・牙と同系のことば。
意味〔一〕ジャ/シャ
- (ジャナリ){名詞・形容詞}よこしま。くいちがい。正道からはずれて、ねじけている。《対語》⇒正。「姦邪(カンジャ)(わる者)」「邪不勝正=邪は正に勝たず」「邪説暴行有作=邪説暴行作ること有り」〔孟子・滕下〕
- {名詞}漢方医学で、陰陽がバランスを失ってひずんだこと。また、アンバランスによって生じる病気のこと。「邪気」「風邪(フウジャ)(かぜの病)」「湿邪(シツジャ)(湿気が多すぎておこる病)」。
意味〔二〕ヤ
- {助辞}や。か。→語法「①②」▽yéと読む。
- 「琅邪(ロウヤ)」とは、つ地名。山東半島の東岸、今の諸城県の地にあたる。漢代に郡が置かれた。づ山東省東南部にある山の名。琅邪山。▽yáと読む。
語法
「や」「か」とよみ、
①「~であるか」と訳す。疑問の意を示す。文末・句末におかれる。《同義語》耶・也。「顧不易邪=顧(かへ)つて易(やす)からざるや」〈その方がずっとたやすいじゃないか〉〔史記・刺客〕
②「どうして~であろか」と訳す。反語の意を示す。文末・句末におかれる。《同義語》耶・也。「其真無馬邪=それ真に馬無(な)きや」〈ほんとうに名馬がいないのだろうか〉〔韓愈・雑説〕
字通
[形声]声符は牙(が)。牙に形の不正なるものの意がある。〔説文〕六下に「琅邪(らうや)郡」と地名を以て解するが、衺(じや)と通用してその義に用いられる。衺は奇衺(きじや)。呪詛をなすものなどが服するもので、邪悪の意となる。
綽(シャク・14画)
善夫山鼎・西周末期
初出は西周中期の金文。カールグレン上古音はȶʰi̯ok(入)。
学研漢和大字典
会意兼形声。「糸+(音符)卓(タク)(高くひいでる、ゆとりをあける)」。
語義
- (シャクタリ){形容詞}ゆったりとしたさま。また、ゆとりをあけているさま。じゅうぶん。「寛兮綽兮=寛たり兮綽たり兮」〔詩経・衛風・淇奥〕。「妖姿媚態、綽有余妍=妖姿媚態、綽として余妍(よけん)有り」〔孟挑・人面桃花〕
字通
[形声]声符は卓(たく)。卓に淖約(しやくやく)の淖(しやく)の声がある。〔説文〕十三上に素に従う繛を正字とし、「緩(ゆる)やかなり」という。緩の正字もまた、素に従う字である。素は糸たばを括って染め残した部分で、余分となるところをいう。ゆえに綽緩(しやくかん)の意が生ずる。〔孟子、公孫丑下〕に「綽綽然として餘裕有らざらんや」とは、進退にゆとりのあることをいう。
若(ジャク・8画)
甲骨文/亞若癸方彝・殷代末期
初出:初出は甲骨文。
字形:字形はかぶり物または長い髪を伴ったしもべが上を仰ぎ受けるさまで、原義は”従う”。同じ現象を上から目線で言えば”許す”の意となる。
音:カールグレン上古音はȵi̯ak(入)。平/上の音は不明。
用例:甲骨文には、地名または氏族名と思える用例が多数ある(合集7204「甲子卜□貞出兵若」、9693.3「貞呼婦好往若」など)。
殷代末期の金文からは、族徽(家紋)の例が見られる(殷周金文集成2400「亞若癸鼎」など)。
西周早期の金文「大盂鼎」(集成02837)に「王若曰」とあり、「王かくのごとく曰く」と読め、”…のように”と解せる。
西周中期の金文「曶鼎」(集成02838)に「□(氏氏)則卑(俾)復令曰若。」」とあり、「□すなわちまためいじしめていわく、えい」と読め、「諾」”うべなう”と解せる。
「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”従う”・”許す”・”~のようだ”の意があるが、”若い”の語釈がいつからかは言及がない。
学研漢和大字典
象形。しなやかな髪の毛をとく、からだの柔らかい女性の姿を描いたもの。のち、草かんむりのように変形し、また口印を加えて若の字となった。しなやか、柔らかく従う、遠まわしに柔らかくゆびさす、などの意をあらわす。のち、汝(ジョ)・如(ジョ)とともに、「なんじ」「それ」をさす中称の指示詞に当てて用い、助詞や接続詞にも転用された。女(ジョ)(しなやかな女性)・茹(ジョ)(柔らかい菜)・弱(ジャク)(柔らかい)などと同系。付表では、「若人」を「わこうど」と読む。▽「ごとし」は「如し」とも書く。
語義
ジャク(入声)
- {形容詞}わかい(わかし)。からだが柔らかい。しなやかでわかい。《対語》⇒老。「老若(ロウジャク)・(ロウニャク)」。
- {名詞}しなやかな桑の木。また、柔らかい菜や草。
- {代名詞}なんじ(なんぢ)。二人称の代名詞。あなた。きみ。《類義語》汝(ジョ)。「吾翁即若翁=吾が翁は即ち若の翁」〔史記・項羽〕
- {動詞}したがう(したがふ)。なびいてしたがう。「下上不若=下も上も若はず」「有若(ユウジャク)(順調な、めでたい)」「不若(フジャク)(したがわない魔物)」。
- {指示詞}かくのごとき。その。前文を受けて、その、そのような、などの意をあらわす指示のことば。《類義語》而・然。「君子哉、若人=君子なる哉、若くのごとき人」〔論語・公冶長〕
- {接続詞}もしくは。→語法「⑤」。
- {接続詞}もし。→語法「④」。
- {動詞}ごとし。→語法「①」。
- {助辞}疑問詞を組みたてることば。▽如に当てた用法。「奚若(=何如)」「若何(=如何)=若何(=如何)せん」→語法「⑥⑦」。
- {助辞}形容詞を組みたてることば。《同義語》然・如。「自若」「瞠若(ドウジャク)」。
- {名詞・形容詞}しなやかな干し草。草やひげのたれたさま。
- 「若干(ジャッカン)・(ソコバク)」「若箇(ジャッコ)」とは、数量がそれほど多くなく、はっきりしないこと。いくつか。いくらか。
ジャ(上声)
- 「般若(ハンニャ)」とは、多くの迷いを去って悟りを開く最上の知恵。▽梵語(ボンゴ)prajG(の音訳。
- 《日本語での特別な意味》「若狭(ワカサ)」の略。「若州」。
語法
①
- 「~のごとし」とよみ、「~のようだ」と訳す。比較して判断する意を示す。「旁若無人者=旁(かたはら)に人の無(な)き若(ごと)し」〈誰はばかることのない振舞いであった〉〔史記・刺客〕
- 「~のごときは」とよみ、「~の場合は」「~に関しては」と訳す。話題を提示する意を示す。「若季氏則吾不能=季氏の若(ごと)きは則(すなは)ち吾能はず」〈(魯の上卿である)季氏のようには、わたしはできない〉〔論語・微子〕
②「しく」とよみ、「同等である」と訳す。比較して判断する意を示す。「彼与彼年相若=かれとかれとは年あひ若(し)けり」〈あの人とあの人とは年格好がよく似ている〉〔韓愈・師説〕
③
- 「~不若…」は、「~は…にしかず」とよみ、「~は…に及ばない」「~より…の方がよい」と訳す。比較して優劣を判断する意を示す。「徐公不若君之美也=徐公は君の美なるに若(し)かざるなり」〈徐公は、君の美しさにはかなわない〉〔戦国策・斉〕
- 「~未若…=~いまだ…にしかず」は、「~はいまだ…に及ばない」と訳す。比較して優劣を判断する意を示す。「吾斯役之不幸、未若復吾賦不幸之甚也=吾がこの役の不幸は、未だ吾が賦を復するの不幸の甚だしきに若(し)かざるなり」〈私のこの仕事の不幸は、元の税に戻される不幸のはなはだしさにはまだ及ばない〉〔柳宗元・捕蛇者説〕
- 「~莫若…」は、「~は…にしくはなし」とよみ、「~に関しては…に及ぶものはない(=…が最もよい)」と訳す。比較して優劣を判断する意を示す。「為大王計、莫若六国従親以擯秦=大王の為に計るに、六国従親してもって秦を擯(しりぞく)くるに若(し)くは莫(な)し」〈大王のために計略を立てるならば、六国が同盟して、秦をしりぞけるに越したことはない〉〔十八史略・春秋戦国〕
④「もし」とよみ、「もし~ならば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。「公子若反晋国、則何以報不穀=公子若(も)し晋国に反らば、則(すなは)ち何をもってか不穀に報いん」〈公子(重耳)がもし晋に帰国されたら、何を不穀(わたし)に返礼としていただけますか〉〔春秋左氏伝・僖二三〕
⑤「~若…」は、「~もしくは…」とよみ、「~か…かのどちらか」と訳す。選択の意を示す。「願取呉王若将軍頭、以報父之仇=願はくは呉王若(も)しくは将軍の頭を取り、もって父の仇に報いん」〈呉王か将軍の首を討ち取って、父の仇を討ちたい〉〔史記・魏其武安侯〕
⑥「何若」は、
- 「いかん」とよみ、「どうであるか」と訳す。内容・状態・真偽を問う疑問の意を示す。《同義語》何如。「所謂小物則知之者何若=所謂(いはゆる)小物は則(すなは)ちこれを知るとは何若(いかん)」〈いわゆる小さな問題については明るいということはどういうことか〉〔墨子・天志〕
- 「いかんせん」とよみ、「どうしたらよいか」と訳す。方法・処置を問う疑問・反語の意を示す。「僕欲北攻燕、東伐斉、何若而有功=僕北のかた燕を攻め、東のかた斉を伐たんと欲す、何若(いかん)せば功有らん」〈私は北方の燕を攻め、東方の斉を撃ちたいと思いますが、どうすればうまくゆきましょうか〉〔史記・淮陰侯〕
- 「いかなる」とよみ、「どんな」と訳す。「趙強何若=趙の強きこと何若(いか)なりしぞ」〈趙の強さはどれほどであったのか〉〔戦国策・秦〕
⑦「若何~」は、
- 「~をいかん(せん)」とよみ、「~をどうするか」「どうしたらよいか」と訳す。方法・処置を問う疑問の意を示す。目的語がある場合は「若~何」と、その目的語を間にはさむ。《同義語》如何。「遂進而問脩身若何=遂に進みて問ふ身を脩(おさ)むるに若何(いかん)せんと」〈そのまま前に進み出てたずねた、我が身を修めるには、どうすればよいのでしょうか〉〔荘子・天道〕
- 「いかんぞ~せん」「~をいかんせん」とよみ、「どうして~しようか(いやそうしない)」と訳す。原因・手段を問う疑問・反語の意を示す。「若何其沈於酒也=若何(いかん)ぞそれ酒に沈まん」〈どうして酒などに耽っておられましょうか〉〔呂氏春秋・恃君〕
字通
[象形]巫女が両手をあげて舞い、神託を受けようとしてエクスタシーの状態にあることを示す。艸はふりかざしている両手の形。口は𠙵(さい)、祝禱を収める器。〔説文〕一下に「菜を擇(えら)ぶなり。艸右に從ふ。右は手なり」という。〔詩、周南、関雎〕「參差(しんし)たる荇菜(かうさい)は 左右に之れを采る」などの詩句によって解したものであろうが、卜文の字形は巫女の舞い、忘我の状態にある形で、神託を求める意。神が祈りをうけ入れることを諾といい、卜文・金文には、若を諾の意に用いる。卜辞に「王、邑を作るに、帝は若(よし)とせんか」「帝は若を降さんか、不若(ふじやく)を降さんか」のようにいい、不若とは邪神、邪悪なるものをいう。〔左伝、宣三年〕「民、川澤山林に入るも、不若に逢はず。魑魅(ちみ)罔兩(まうりやう)(怪物)も能く之れに逢ふ莫(な)し」とみえる。金文に「上下の若否」というのは、上下帝の諾否(だくひ)の意である。神意に従うことより若順の意となり、神意のままに伝達することから「若(かく)のごとし」の意となる。王が神意によって命を発することを、金文では「王、若(かく)のごとく曰く」といい、〔書〕〔詩〕にもその形式の語が残されている。「若(わか)し」は神託を受ける女巫が若い女であることから、「若(ごと)し」はそのエクスタシーの状態になって神人一如の境にあることからの引伸義であろう。「若(なんじ)」「若(も)し」などは仮借。如も若と同じく女巫が神託を求める象で、両字通用の例が多い。
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