論語詳解251郷党篇第十(17)いぬるにしせず

論語郷党篇(17)要約:礼法の戒律は、寝ている最中にも及ぶ厳しいものでした。また天変地異は神霊や精霊の怒りと捉えられ、ことさらに慎むことが必要でした。科学未発達の古代では、そうするしかなかったのでしょう。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

寢不尸、居不容*。見齊衰者、雖狎必變。見冕者與瞽者、雖褻必以貌。凶服者式之。式負版者。有盛饌、必變色而作。迅雷風烈必變。

校訂

武内本:唐石経釈文容を客に作る。

書き下し

ぬるにしかばねのごとくせず、るにかたちせず。齊衰しさいものば、れたりといへどかならへんず、冕者べんしや瞽者こしやとをば、せつなりといへどかならかたちもつてす。凶服きようふくものにはこれしよくす、負版ふばんものしよくす。盛饌せいせんらば、かならいろへんじてしかうしてつ。迅雷じんらい風烈ふうれつにはかならへんず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 寝る
先生は死んだような格好で寝なかった。座る時はもったいをつけた表情を作らなかった。喪服を着ている者に会うと、親しい間柄でも居住まいを正した。礼服を着た者、盲人に会うと、親しい間柄でも必ず表情を改めた。葬礼の服を着た者に出会うと、車の横木に手をついてお辞儀をした。公文書を持って急ぐ者にもお辞儀した。招かれてご馳走が出ると、必ず表情を改めて立ち上がって敬意を示した。急な雷や台風の時は、必ず表情を改めた。

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

寝るのに、死人のような寝方はされない。家居に形式ばった容儀は作られない。喪服の人にあわれると、その人がどんなに心やすい人であっても、必ずつつしんだ顔になられる。衣冠をつけた人や、盲人にあわれると、あらたまった場所でなくても、必ず礼儀正しい態度になられる。車上で喪服の人にあわれると、車の横木に手をかけて頭を下げられる。国家の地図や戸籍を運搬する役人に対しても同様である。手厚いもてなしを受けられる時には、心から思いがけもないという顔をして、立って礼をいわれる。ひどい雷鳴や烈しい嵐の時には、形を正して敬虔な態度になられる。

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

寢(寝)不尸(いぬるにしせず)

論語 寝 金文 論語 尸 金文
「寝」「尸」(金文)

論語の本章では”死んだような姿で寝ない”。

『攻殻機動隊・イノセンス』でバトーが「いぬるにしせずってなあ、死んだように寝ちゃなんねえと孔子様が仰ってる」と言ったのはこれが出典。

論語 尸 甲骨文
「尸」(甲骨文)

「尸」は象形文字で、人間がからだを硬直させて横たわった姿を描いたもの。屍(シ)の原字。また、尻(シリ)・尾の字におけるように、ボディーを示す意符に用いる。シは、矢(まっすぐなや)・雉(チ)(まっすぐ飛ぶきじ)のように、直線状にぴんとのびた意味を含む、という。

居不容

武内本の指摘通り、「居不客」とした唐石経・釈文が正しいとすると、「居るに客せ不」と読め、”座ってもよそよそしくしない”・”座談で無関係を決め込まない”と解せる、ただし無理があると思う。

齊(斉)衰

論語 斉 金文 論語 衰 金文
(金文)

儒教では葬礼の決まりをやかましくいい、それが彼らの飯のタネでもあったが、喪服にもいろいろランクがあり、斉衰は二番目に重要とされた喪服。母親の葬礼に着用する。

論語 斉衰

瞽(コ)者

論語 瞽 古文 論語 者 金文
「瞽」(古文)・「者」(金文)

当時、目の見えない者は音楽を司ったので、楽師と解する説も古来ある。

『学研漢和大字典』によると「瞽」は会意兼形声文字で、まぶたが太鼓の革のように張って動かないこと、という。しかし古い書体を見ると太鼓の形には思えない。

一方『字通』では、楽師に瞽者が多かったからではないか、という。続けて、視力のない者は盲といい、瞳はあるが視力のない者のこととする。

凶服

論語 凶 古文 論語 服 金文
「凶」(古文)・「服」(金文)

論語の本章では”葬送の行列人が着る服”。喪服一般を言うと『大漢和辞典』は解する。「凶」の文字は甲骨文からある古い言葉だが、金文は未発掘。あえてまがまがしい言葉を青銅器に刻んで、後世に残したくなかったのかも知れない。

『学研漢和大字典』によると「凶」は会意文字で、「凵(あな)+×印」。落とし穴にはまってもがく意を示す。吉(充実する)の反対で、むなしい意から悪い意となった。空(むなしい)・孔(あな)・胸(むねの空洞→胸郭)と同系のことば、という。

式(ショク)

論語 式 金文大篆 論語 工作機械 式
(金文)

論語の本章では”馬車の前にある手すり、もしくは囲い”。そこに手をついて車上からお辞儀すること。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、弋(ヨク)は、先端の割れたくいを描いた象形文字。この棒を工作や耕作・狩りなどに用いた。式は「工(仕事)+(音符)弋」で、道具でもって工作することを示す。のち道具の使い方や行事のしかたの意となる。

以(何かで仕事する)と同系。もと、杙(ヨク)(くい)と同系のことば、という。

論語 四書引蒙略図解 墨車

負版者

論語 負 金文大篆 論語 版 金文大篆
(金文)

論語の本章で”公文書を運ぶ者”と解したのは、藤堂本による。一方吉川本では、喪服の背中に縫い付けた布を「負版」と言うので、これも葬列の者と解する。

武内本は「徂徠云う、式負版者の四字は注文の誤りで本文と成れるもの、凶服前に衰あり後に負版あり、負版は即負版にして負版者は即ち凶服者なるべし」という。

『学研漢和大字典』によると「負」は会意文字で、「人+貝(財貨)」。人が財貨をせおうことを示す。背(ハイ)puəg→puəi(せなか)・北(ホク)puək→puək(せをむける)などと同系のことば。類義語の敗(ハイ)は、まとまったものがやぶれて二つに割れること、という。

「版」は会意兼形声文字で、版は「片(木のきれはし)+(音符)反」で、板とほとんど同じ。反(表面をそらせてのばす)と同系のことば、という。

有盛饌、必變(変)色而作

論語 盛 金文 論語 饌 金文大篆
「盛」「饌」(金文)

論語の本章では”ご馳走を並べられると、必ず表情を改めて立ち上がって礼をする”。

逐語訳すれば「豪勢な食事があれば、必ず顔色を変えて立つ」だが、自宅でいちいちそんなことをしたとは思えないので、お呼ばれの席と解した。論語では多くの場合、「作」は”立ち上がって礼をする”の意。

『学研漢和大字典』によると「盛」は会意兼形声文字で、丁は、たんたんと叩くことをあらわし、打の原字。成は「戊(ほこ)+(音符)丁(テイ)」からなり、四方から土をもりあげたんたんと叩いて城壁を造ることを示す。城(ジョウ)・(セイ)(土を盛った城壁)の原字。盛は「皿(さら)+(音符)成」で、容器の中に山もりにもりあげること。

類義語の昌は、明るくさかんなこと。隆は、高くたちのぼってさかんなこと。熾(シ)は、あかあかと目だってさかんなこと。壮は、元気よく強そうなこと、という。

「饌」はとりそろえたごちそうのこと、という。

迅雷(ジンライ)

論語 迅 金文大篆 論語 雷 金文
「迅」「雷」(金文)

「迅雷」は論語の本章では”急な雷”。素早く轟く雷そのものと解してもよい。

『学研漢和大字典』によると「迅」は会意兼形声文字で、右側の字は、飛の一部で、はやく飛ぶこと。迅はそれを音符とし、辶をそえた字。疾(急病、はやい)・信(さっとのびる、はやく進む)と同系のことば、という。

論語 潜水母艦 迅鯨
なお帝国海軍の潜水母艦「迅鯨」は、素早く泳ぐおすクジラを意味する。対してめすクジラは「ゲイ」と書く。

論語 雷 甲骨文 論語 神
「雷」(甲骨文)

「雷」は会意兼形声文字で、畾(ライ)・(ルイ)は、ごろごろと積み重なったさまを描いた象形文字。雷はもと「雨+(音符)畾」で、雨雲の中に陰陽の気が積み重なって、ごろごろと音を出すこと。のち、略して雷と書く。壘(=塁。積み重なった土)と同系のことば、という。

なお「雷」の甲骨文は、「神」はほとんど同じ形をしている。
論語 神 金文
「神」(金文)

風烈

論語 風 金文大篆
「風」(金文)

論語の本章で「風烈」は”風が激しく吹くこと”。「迅雷」が修飾語→被修飾語の形で、現代中国語と同じ語順になっているのに対し、「風烈」は被修飾語→修飾語の順で、甲骨文時代の古い文法を止めている。

論語 風 甲骨文
「風」(甲骨文)

『学研漢和大字典』によると「風」は会意兼形声文字で、風の字は大鳥の姿、鳳の字は大鳥が羽ばたいてゆれ動くさまを示す。鳳(おおとり)と風の原字はまったく同じ。中国ではおおとりをかぜの使い(風師)と考えた。

風はのち「虫(動物の代表)+(音符)凡(ハン)・(ボン)」。凡は広く張った帆の象形。はためきゆれる帆のようにゆれ動いて、動物に刺激を与えるかぜをあらわす。帆(かぜをうけてはためくほ)・嵐(ラン)(山かぜ)・鵬(ホウ)(おおとり)・鳳(ホウ)(おおとり)などと同系のことば、という。

論語 烈 金文
「烈」(金文)

「烈」は会意兼形声文字で、列は「歹(ほね)+刀」の会意文字。骨や肉がいくつにも分裂するさま。ずるずると裂けて並ぶ意を含む。烈は「火+(音符)列」で、ほのおがいくつにも裂けてもえ広がること。列(いくつにも裂けて並んだれつ)と同系。

類義語の爛(ラン)(もえさかる)は、その語尾tがnに転じたことば。莞(ライ)(はげしい)はlɪad-lɪɛiということばで、烈ときわめて近い、という。

論語:解説・付記

論語の本章に言う「迅雷風烈」は、音や風を怖がったと言うより、神霊や精霊の祟りを恐れたのである。日本語でも「神鳴り」という。論語の時代、人々が神の実在を信じ敬い恐れたのは、凶作や疫病・雷雨や台風として姿を現し、威力を誇示したからで、実利の問題だった。
論語 雷雨
Photo via http://gahag.net/

それは同時に、抽象的な事物に対しては何ら恐れも敬意も持たなかったことを意味し、このため中国では抽象的な論理思考の発達がはなはだ遅れた。世界最古級の歴史を誇りながら、ついぞ数学や科学が発達しなかったのはこれが理由。論語や孔子もその例外ではない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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