論語詳解252郷党篇第十(18)車にのぼらば*

論語郷党篇(18)要約:孔子先生の当時、君子=貴族の外出は必ず車でした。当然注目を浴びますから、だらしない姿勢で乗ったり、思い上がった仕草をすれば、ただちに庶民のあなどりや反感を買うと先生は思っていました、という作り話。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

升車、必正立執綏。車中不*內顧、不疾言、不親指。

校訂

武内本

魯論には不の字なし。

定州竹簡論語

……必以貌。六者式258……[雷]風[烈]必變。升車b259……

  1. 今本”升車”後為別一章。

復元白文

論語 升 金文車 金文 必 金文正 金文立 金文 執 金文妥 綏 金文 車 金文中 金文不 金文內 内 金文不 金文疾 金文言 金文 不 金文親 金文論語 旨 金文

※論語の本章は顧の字が論語の時代に存在しない。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

書き下し

くるまのぼらば、かならただしくちてすゐる。車中しやちうにはうちかえりみず、はず、みづかゆびささず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子別像
車に乗る時には、必ず正しく立ってつり革を握る。車の中ではうつむかず、早口でものを言わず、誰かを指さすような失礼はしない。

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

車に乗られる時には、必ず正しく立って車の吊紐を握り、座席につかれる。車内では左右を見まわしたり、あわただしい口のきき方をしたり、手をあげて指ざしたりされることがない。

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

上車時,一定先站直,然後拉著扶手上車,在車中,不回頭,不急切說話,不指指劃劃。

中国哲学書電子化計画

車に乗っている時は、必ず真っ直ぐに立ち、上のつり革を摂った。車の中では、きょろきょろせず、早口でしゃべらず、あれこれ指ささなかった。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語の本章では”上る・乗る”。初出は甲骨文。カールグレン上古音はɕi̯əŋ(平)。当時の車は床が高く、よじ登るようにして乗った。詳細は論語語釈「升」を参照。

必正立

論語 正 金文 論語 立 金文
「正立」(金文)

論語の本章では”必ず姿勢を正して立つ”。

論語時代の車は、立ったまま乗るものだったらしい。戦車がそうなので、君子たる者いざ戦場に立つ時の普段の心得として、足腰を鍛えたのかも知れない。ただし座席が皆無だったとは思えない。

『学研漢和大字典』によると「必」は象形文字で、棒切れを伸ばすため、両がわから、当て木をして、締めつけたさまを描いたもの。両がわから締めつけると、動く余地がなくなることから、ずれる余地がなく、そうならざるをえない意を含む。弾(ヒツ)(弓だめの当て木)の原字。泌(締めつけて液が出る)・秘(締めつけてぴったりふさぐ)と同系のことば。類義語の会は、俗語の副詞で、そうなる可能性の多いこと。須(スベカラク…スベシ)は、ぜひそうする必要がある、の意、という。詳細は論語語釈「必」を参照。

「正」は会意文字で、「一+止(あし)」。足が目標の線めがけてまっすぐに進むさまを示す、という。詳細は論語語釈「正」を参照。

論語の本章では”手に取る”。初出は甲骨文。カールグレン上古音はȶi̯əp(入)。詳細は論語語釈「執」を参照。

綏(スイ)

論語 綏 金文大篆 論語 つり革 綏
(金文)

論語の本章では、”車に乗る際のつり革”。

初出は甲骨文。カールグレン上古音はsni̯wər(平)。論語の時代に通用した金文では、妥の字と書き分けられていない。

『学研漢和大字典』によると、会意兼形声文字で、妥は「爪(手)+女」で、いきりたつ女をまあまあと手でなだめて落ち着かせることをあらわす会意文字。綏は「糸+〔音符〕妥(タ)」。妥と同系のことば、という。詳細は論語語釈「綏」を参照。

立ったまま乗るのだから、天蓋からつり革が下がっていた。論語時代の車は地面から高かったから、そうでなければ乗れたものではない。例えば兵馬俑出土の戦車は、車輪の直径が約1.5mという。下記モデルは出土史料の数値を元に3Dソフトでモデリングしたもの。
論語 戦車 横

論語 顧 金文
(金文)

初出は戦国末期の金文。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はko(去)で、同音は膨大に存在する。詳細は論語語釈「顧」を参照。

不內(内)顧

 論語 落ち込む 顧
論語の本章では、”うつむいた姿勢を取らない”。武内本では「車中内顧とは車外をのぞかざるなり」というが、漢字の原義に添わない。

貴族=君子が立ったまま乗る姿は当然、庶民の目に入る。うつむいてつり革からぶら下がった酔漢のような格好では、バカにされるのである。ねぶた祭りの巨像のように、威厳のある姿をしているのが孔子の言う礼だった。

不疾言

論語 疾 金文 論語 言 金文
「疾言」(金文)

論語の本章では、”早口でものを言わない”。詳細は論語語釈「疾」を参照。

サスペンションもない論語時代の車を走らせれば、「ガラガラガラ」と当然うるさいので、早口でものを言っても聞こえない。乗り物にはそれに適した合理的な乗り方がある。

例えば帆走実習に参加するとわかるが、船の世界でも、早口や小声で言う習慣はない。「面舵、取り舵」の号令も、「おもぉうかぁぁぁじ」と言うような習慣が帝国海軍にはあった。これは船の上は常に強い風が吹き、小声や早口では聞こえないので、習慣として定着したもの。
船上の発声

論語:解説・付記

論語の本章について、上掲定州竹簡論語の校勘が言うのは、竹簡では本章は前章と一体に書かれていたという事だが、古注では分割し新注では分割していない。理としては、前章本章の数語はどちらも「君子」だから、定州論語や新注の方に分がある。

郷党篇 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
主語
定州

さてここでこの論語郷党篇を、定州竹簡論語にあるかどうかで分類していくと、上掲のようになる。一見して主語が「君子」であれば定州論語に有り、孔子であれば無い傾向がある。そこで改めて篇の頭から読むと、2~5には主語がなく、1の引き続きで孔子だと断じただけ。

これは「君子」章も同様で、6に君子と明記した以外、主語を記していない。12「康子薬をおくる」、13「うまや焼けたり」は明確に「丘」「子」と主語が孔子であることを示し、16は「うちで引き取ろう」と言ったのが行動規範ではなく風景の描写と思われるゆえの孔子話。

すると表はこう改める事になろうか。

郷党篇 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
主語
定州
竄入  

そして次のように言えるだろう。主語が孔子であるか君子であるかにかかわらず、前漢以前に孔子の言動を元にした、孔門の行動規範集があった。そののち後漢時代になって、思慮の足りない儒者が何らかの意図(いずれろくでもないだろう)で無原則に郷党篇を膨らませた。

12「薬」・13「うまや」・16「うちで」の三つは、強いて解すれば行動規範と取れなくもない。正体不明の薬、火事という異常事態、身寄り無き友人の死への作法と言えなくはないからだ。すると従来難解と言われてきた、次の論語郷党篇最終章を読み解くよすがが出来る。

孔子が子路を連れて山歩きに出掛け、数羽のキジに出会った。孔子はキジに歌で呼びかけた。「時なるかな、時なるかな。」難解な歌だがまあいい。そのあとの句が問題で、子路がキジに近寄ったとする説と、捕らえて焼き鳥にし、孔子の食卓に上せたという説が分かれる。

詳しくは次章に記すが、度しがたい偽善とネット掲示板荒らし風味に解さねばならない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 論語の本章の解釈について、前回までの検討ですでに以下のような結論を得た。 […]