論語詳解188泰伯篇第八(4)曽子疾有りて、孟*

論語泰伯篇(4)要約:ウスノロと孔子先生に評された曽子は、先生の教えを深く理解できませんでした。そこで曽子の取った戦術は、儒学の最も分かりやすい一面、何事にももったいを付ける事でした。死を前にした曽子は演技を続けます。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

曾子有疾、孟敬子問之。曾子言曰、「鳥之將死、其鳴也哀、人之將死、其言也善。君子所貴乎道者三、動容貌、斯遠暴慢矣。正顏色、斯近信矣。出辭氣、斯遠鄙倍矣。籩豆之事、則有司存。」

復元白文

曽 金文子 金文有 金文疾 金文 孟 金文敬 金文子 金文問 金文之 金文 曽 金文子 金文言 金文曰 金文 鳥 金文之 金文將 甲骨文死 金文 其 金文鳴 金文也 金文哀 金文 人 金文之 金文將 甲骨文死 金文 其 金文言 金文也 金文善 金文 君 金文子 金文所 金文乎 金文道 金文者 金文三 金文 論語 動 金文容貌 斯 金文遠 金文暴 金文嫚 金文已 矣金文 論語 正 金文顔 金文色 金文 斯 金文信 金文已 矣金文 出 金文辞 金文气 乞 金文 斯 金文遠 金文鄙 金文已 矣金文 籩論語 豆 金文之 金文事 金文 則 金文有 金文論語 司 金文

※將→(甲骨文)・慢→嫚・矣→已。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。

書き下し

曾子そうしやまひりて、孟敬子まうけいしこれふ。曾子そうしひていはく、とりまさせむとする、かなし、ひとまさせむとする、し。君子くんしみちたふとところ三あり、容貌かたちうごかして、ここ暴慢ばうまんとほざかるなり顏色いろただしうして、ここまことちかづなり辭氣ことのはいだして、ここ鄙倍ひばいとほざかるなり籩豆へんとうことは、すなは有司いうしり。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 曽子
曽子が危篤に陥った。孟敬子が見舞った。孟子が言った。「鳥の死に際の鳴き声は哀しく、人の死に際の言葉はよいという。君子が人の道で尊ぶものには三つある。所作に気を付けて乱暴とおごりから遠ざかり、顔色に気を付けて信頼に近づき、言葉に気を付けて視野の狭さや礼法破りから遠ざかる。祭典の下働きには、それぞれ係の者が居る。」

意訳

論語 曽子 怒
曽子が危篤に陥ったので、門閥家老家の孟敬子が見舞った。
孟子「鳥の死に際の声は哀しく、人の死に際の言葉は正しいと言います。以下は三つの遺言です。為政者は立ち居振る舞いに気を付けて、人から嫌われないように。表情に気を付けて信頼されるように。言葉に気を付けて、下品なことを言わないように。それ以外の雑事には、係の者にお任せなさい。」

従来訳

論語 下村湖人

曾先生が病床にあられた時、大夫の孟敬子が見舞に行った。すると、曾先生がいわれた。――
「鳥は死ぬまえに悲しげな声で鳴き、人は死ぬまえに善言を吐く、と申します。これから私の申上げますことは、私の最後の言葉でございますから、よくおきき下さい。およそ為政家が自分の道として大切にしなければならないことが三つあります。その第一は態度をつつしんで粗暴怠慢にならないこと、その第二は顔色を正しくして信実の気持があふれること、その第三は、言葉を叮重にして野卑不合理にならないこと、これであります。祭典のお供物台の並べ方などのこまかな技術上のことは、それぞれ係の役人がおりますし、一々お気にかけられなくともよいことでございます。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

曾子得了重病,孟敬子來探問,曾子說:「鳥快死時,叫聲都很悲哀;人快死時,說話都很善良。君子所重視的問題有三個:表情動人,就可以避免粗暴無理;臉色嚴肅,就可以得到信任;言談優雅,就可以避免庸俗荒謬。禮儀方面的事,有人負責。」

中国哲学書電子化計画

曽子が重病にかかり、孟敬子が見舞うと、曽子は言った。「鳥が死のうとするとき、鳴く声は全て非常に哀しい。人が死のうとするとき、話す言葉は全て非常に善い。君子は三つを重んじるべきだ。表情で人を感動させれば、それで粗暴や無理を避けられる。顔色を厳しくすれば、それで信頼を得ることが出来る。言葉が優雅であれば、それで下品や無茶を避けられる。礼儀作法については、専門家に任せれば良い。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

曾(曽)子

論語 曽 金文 論語 子 金文
(金文)

孔子の最も若い弟子の一人で、孔子からうすのろと評価された人物。詳細は論語の人物:曽参子輿を参照。

孟敬子

論語 孟 金文 論語 敬 金文 論語 子 金文
(金文)

魯国門閥三家老家の一つ、孟孫氏の嫡流の一人。この時当主だったかどうかは分からない。孔子と同世代には孟懿子モウイシがおり、孔子最晩年にはその子の孟武伯が当主を継いだ。孟敬子はその子。なお孟敬子は孟孫氏の当主にもなったが、彼は現在の所分かっている、孟孫氏最後の当主。

論語 孟子
ここで曽子とのつながりから言うと、のちに孟孫氏から孟子が出て、曽子の学派を受け継いだ。孟子は曽子が指導した孔子の孫・子思に教えを受けており、案外人間の一生というものは、既存の人間関係でかなり決まってしまうことを物語っている。

カールグレン上古音はki̯wəd。同音は存在しない。この文字は戦国時代のベルトのバックルに鋳込まれたものが初出で、同訓の部品も同訓で音が通じる漢字も、甲骨文・金文共に存在しない。詳細は論語語釈「貴」を参照。

武内本に、「道とは礼をいう」とある。

論語 容 金文
(金文)

初出は戦国末期の金文。カールグレン上古音はdi̯uŋ。同音に庸とそれを部品とする漢字群、甬とそれを部品とする漢字群、用。いずれも、”いれる・かたち”の語義は無い。詳細は論語語釈「容」を参照。

論語 貌 金文大篆
(金文大篆)

初出は後漢の『説文解字』。カールグレン上古音はmŏɡ。同音に貓”ねこ”。詳細は論語語釈「貌」を参照

容貌

既存の論語本では、顔つきだけではなく体全体の所作であると吉川本が言う。藤堂本もこれを支持する。

初出は後漢の『説文解字』。カールグレン上古音はman。同音に嫚”あなどる・おこたる・けがす・ゆるやか”、謾”あざむく・いつわる”。嫚に論語時代の金文がある。

暴慢

論語 暴 金文 論語 慢 金文大篆
(金文)

論語の本章では、”乱暴でかって気ままである”。吉川本では、「暴」を言葉と腕力による暴力ととる。しかし言葉はともかく腕力の方は曽子が言いそうもない。「慢」は”おごりたかぶり”。

『学研漢和大字典』によると「慢」は会意兼形声文字で、曼(マン)とは、目をおおい隠すさま。長々とかぶさって広がる意を含む。慢は「心+(音符)曼」で、ずるずるとだらけて伸びる心のこと。

幔(マン)(長く伸びる幕)・蔓(マン)(草がずるずると伸び広がる)・綿(長く伸びる糸)などと同系のことば、という。

論語の本章では”近づく”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はghi̯ənで、同音に”ちかい”を意味する漢字は無い。詳細は論語語釈「近」を参照。

斯近信矣

論語の本章では、”信頼に近づく”。吉川本では、”人からだまされない状態に近づく”ととる。
論語 斯 金文 論語 ナタ 斯
「斯」(金文)

「斯」(シ)はもと”切る”ことだったが、音が通じて”ここ”の意になった。

論語 近 金文大篆 論語 近
「近」(金文)

「近」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、斤(キン)は、ふたつの線がふれそうになったさま。または、厂型の物に、<型の斧(オノ)の先端がちかづいたさまとみてもよい。

近は「辶(すすむ)+(音符)斤」で、そばにちかよっていくこと。祈(キ)(幸福にちかづこうとする)・幾(キ)(ちかい)と同系のことば、という。

論語 信 金文 論語 訴える 信
「信」(金文)

「信」は会意文字で、一度はっきりと言ったことを貫き通すこと。

論語 矣 金文大篆 論語 見返り美人図 矣
「矣」(金文)

「矣」(イ)は断定や慨嘆の気持ちをあらわすことば。原義は人の振り返った姿。詳細は論語語釈「矣」を参照。

辭氣(辞気)

論語 辞 金文 論語 気 金文
(金文)

論語の本章では”ことばつき”。ものの言い方のこと。

『学研漢和大字典』によると「辞」は会意文字で、もとの字は「乱れた糸をさばくさま+辛(罪人に入れ墨をする刃物)」で、法廷で罪を論じて、みだれをさばくそのことばをあらわす。

▽「荀子」正名篇に「辞也者、兼異実之名以論一意也=辞なる者は、異実の名を兼べて、もって一意を論ずるなり」とある。もと辞退の意は、辤と書いたが、のちに混用された。詞(シ)と同系のことば、という。

「気」は会意兼形声文字で、气(キ)は、いきが屈曲しながら出てくるさま。氣は「米+(音符)气」で、米をふかすときに出る蒸気のこと。乞(キツ)(のどをつまらせていきをはく)・嘅(カイ)・(ガイ)(のどをつまらせてげっぷを吐き出す)・慨(カイ)・(ガイ)(のどをつまらせてため息をはく)などと同系のことば、という。

初出は戦国文字。カールグレン上古音はbhwəɡ。同音の「背」は金文まで「北」と書き分けられず、”そむく”の語義を持つ。

鄙倍(ヒバイ)

論語 鄙 金文大篆 論語 倍 金文大篆
(金文)

論語の本章では、”鄙=視野が狭く、倍=礼法にそむく”。

『学研漢和大字典』によると「鄙」は会意兼形声文字で、啚(ヒ)は、米倉・納屋を描いた象形文字。鄙は「阝=邑+(音符)啚」、米倉や納屋のある農村、いなかをあらわす、という。

「倍」は会意兼形声文字で、不は、ふっくらとふくれたつぼみを描いた象形文字で、胚(ハイ)の原字。しかし普通は、振り切って拒否するという否定のことばに当て、否とも書く。咅(ホウ)は、否の変形で、切り離し、振り切るの意を含む。解剖の剖(切り離す)の原字。

倍は「人+(音符)咅」で、二つにわけ離すこと。両断すれば、その数は倍となるので、倍の意をあらわす。背(ハイ)(せをむけて二つにわかれる)・部(ブ)(わけた部分)・剖などと同系のことば、という。

初出は後漢の『説文解字』。カールグレン上古音はpian。同音に邊、扁とそれを部品とする漢字群。語義を共有する文字は無い。

籩豆之事(ヘントウのこと)

論語 籩 金文大篆 論語 豆 金文
「籩」「豆」()金文

「籩」も「豆」も、供え物を盛るたかつき。転じてそれらを整えるような下仕事のこと。

「籩」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「竹+(音符)邊(ヘン)(=辺。平らに広がる)」、という。

「豆」は象形文字で、たかつきを描いたもので、じっとひと所にたつの意を含む。のち、たかつきの形をしたまめの意に転用された。頭(じっと棒状にたつあたま)・逗(トウ)(じっとひと所にとどまる)などと同系のことば、という。

初出は戦国文字で、カールグレン上古音はdzʰwən。同音に尊を部品とする漢字群など。語義を共有する漢字は無い。

論語:解説・付記

論語の偽造部分には特徴がある。

  1. 無駄に長い
  2. 説教臭い
  3. 儒者にとってのみ都合が良い

以上につけ加えるとすれば、

  • 曽子が偉そうに説教している

となる。曽子は孔子に名指しで「ウスノロ」と罵倒され(論語先進篇17)、捏造である論語先進篇15を除き、孔子との対話が論語に一つも無いことから、弟子ではなく、実在したとしても、孔子家の私的な使用人に過ぎなかった。

論語の本章もそれに相当するが、「礼儀作法については、我ら賢い儒者に任せろ、つまりは金を寄こせ」という、まことに図々しい要求に他ならない。

論語 曽子 論語 孔伋子思
曽子は孔子の孫・子思の世話役だった。それによって後世神格化され、孔子没後は魯国に残った弟子の派閥の頭領だったと思われる。見舞客の孟敬子は、孔子と縁が深かった孟孫氏の嫡流だが、生涯無位無冠で素寒貧だった曽子の見舞いに訪れたのは、孔子との縁からだろう。

それをわざわざ論語の本章に記したのは、もちろん曽子一派の自己宣伝である。

そして注目すべきは、「人の死に際の言葉は正しい」ともったいを付けた話が、徹頭徹尾外見を飾ることでしかないことだ。つまり曽子は、よく働いて世のため人のためになることを微塵も考えず、自分の体裁さえ整えばそれでよしと思っていたのであり、仁者からはほど遠い。

だから晩年は食うに困り、かつての兄弟弟子を巡回して物乞いするハメになった。しかも子夏を訪問した際、ちょうど子夏が子を亡くして目が見えなくなるほど悲しんでいる最中だったが、「お前が悪いんだ!」と罵倒している。現代人がありがたがる必要のない人物だろう。

それともう一つ、後世の中国に多大な悪影響を残した。

論語 ワイロ
「下仕事は下っ端にやらせろ」となると、為政者はひたすら偉そうにして何も仕事をしないのがよいことになり、儒者=帝政期の役人はただのワイロ取りに成り下がった。なにせ論語は中国の中産階級以上なら、文字を覚えてすぐに読む必読書だったから、重大だった。

論語 孟子
働かず理屈をこねる才がある者が人を支配し、働く者は人に支配される。支配された者は人を養い、支配する者は人に養われる。これが古今変わらぬ、社会の正しいあり方であるぞ。(『孟子』滕文公上篇)

曽子もそうだったが、儒者はとにかく体を動かすことや、事務にいそしむことを嫌った。古典を読み詩文ばかり作り、実務家をいやしみ見下した。つまり行政ががたがたになった。曽子は孔子の言う「徳」=経験と技能に裏打ちされた人間の機能、が分からなかったのだろう。

詳細は論語における「徳」を参照。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 曾子有疾孟敬子問之曾子言曰鳥之將死其鳴也哀人之將死其言也善君子所貴乎道者三動容貌斯遠暴慢矣正顏色斯近信矣出辭氣斯遠鄙倍矣籩豆之事則有司存(『論語』泰伯) […]