數/数(ス/サク/ショク・13画)
中山王□鼎・戦国末期
初出:初出は戦国時代。確実な初出は戦国末期の金文で、論語の時代に存在しない。
字形:「婁」”女性が蚕の繭を扱うさま”+「攴」”手を加える”で、原義は”数える”。論語語釈「婁」を参照。
音:「スウ」は慣用音。音は複数ある。
漢音 | 訓 | カールグレン上古音 | 声調 | 同音 |
ス | かず・かぞえる | sli̯u/sli̯u | 上/去 | (無し) |
サク | わずらわしい・しばしば | sŭk | 入 | 欶 |
ショク | 細かい | 不明 | 入 |
「欶」は”吸う・付ける・付く”。
用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論13に「〔所以為敬也,其數,文〕也;(幣)帛,所以爲信與登(徵)也」とあり、”数字”と解せる。
君人乙4に「宮妾㠯(以)十百數」とあり、”かず”と解せる。
戦国最末期「睡虎地秦簡」倉律35に「稻後禾孰(熟),計稻後年。已獲上數」とあり、”数える”と解せる。
論語時代の置換候補:結論として存在しない。
語義を共有する齒(歯)のカ音はȶʰi̯əɡで音通しそうに無い。算も戦国文字からしか無く、音もswɑnで音通しそうに無い。ただし須si̯uには”しばらく”の語義があり、「数年」の置換候補として「須年」を想定したい。
なお同訓の「責」のカ音はtsĕkで、およそ音が通じない。「計」の初出は戦国文字。「品」のカ音はpʰli̯əmで、甲骨文より存在する。「員」は”かず”の意ではi̯wənで、甲骨文より存在する。
部品の「婁」は”しばしば”の意味で「數に通ず」と『大漢和辞典』が言い、西周早期の金文から存在する。ただし春秋時代にその語義を確認できない。
「数」は孔子塾必須六科目「六芸」の一つだが、文字的には論語の時代に存在しない事になってしまう。類義語「算」の初出は楚系戦国文字、「計」の初出は楚系戦国文字、「籌」の初出は後漢の説文解字、「曆」(暦)の初出は後漢の説文解字、「筭」の初出は秦系戦国文字、「蒐」の初出は戦国早期の金文、「祘」はありそうでいて、初出は後漢の説文解字。
対して「枚」の初出は甲骨文、「校」の初出は甲骨文、「索」の初出は甲骨文、「與」(与)は春秋中期の金文、「選」の初出は西周中期の金文。
備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。
定州竹簡論語・子張篇22の「」は、「數」(数)の異体字と解する以外に方法が無い。字形としては左上から時計回り順に「虫+攴+女+由」だが、ただし「虫」は最後の一点を欠く。
𢿘
「數」の異体字に「𢿘」があり、「數」より「」に近いが、ただそれだけのことしか分からない。『大漢和辞典』によると女真族の支配した金代に書かれた字書『五音篇海』に、「𢿘同數」とあるという。
近音の「須」には”しばらく”の語義があり、「須年」で「数年」の置換候補となる可能性がある。ただし春秋末期までの出土例では、「須」は「盨」(青銅器の一種)として用いられるか、人名に用いられるかで、論語時代の置換候補になり得ない。
漢語多功能字庫
「攴」の字形に属し、「婁」の音。計算、数え上げを意味する。
学研漢和大字典
婁は、女と女をじゅずつなぎにしたさまを示す会意文字。數は「婁(じゅずつなぎ)+攴(動詞の記号)の会意文字で、一連の順序につないでかぞえること。
意味〔一〕ス/シュ
- {名詞}かず。順序正しく並んだかず。転じて、一つ一つのかず。「数字」「奇数」「不知数=数を知らず」「以其数則過矣=其の数を以てすれば則ち過ぎたり」〔孟子・公下〕
- {名詞}かず。同列の仲間。「不以為兄弟数=以て兄弟の数と為さず」〔漢書・衛青〕
- {名詞}回り合わせ。運命。「命数(運命)」「数奇(異常な回り合わせ)」。
- {名詞}天文や暦の計算。「暦数」。
- {名詞}六芸の一つ。算術。
- {名詞}はかりごと。たくらみ。「術数」。
- {数詞}複数をばく然とあらわすときのことば。「数十人」「数口之家(何人かの家族の家)」〔孟子・梁上〕
- {動詞}かぞえる(かぞふ)。一つ二つとかぞえる。▽上声に読む。「不可勝数=勝げて数ふべからず」。
- {動詞}かぞえる(かぞふ)。問題として取り上げていう。▽上声に読む。「不足数=数ふるに足らず」。
- {動詞}せめる(せむ)。一つ二つとかぞえたてて責める。▽上声に読む。「数譲」。
意味〔二〕サク
- {形容詞}わずらわしい(わづらはし)。何度も続いてひんぱんなさま。こせこせしたさま。細かい。《類義語》瑣(サ)。「数罟(ソクコ)(目の細かい網)」「事君数斯辱矣=君に事へて数しければ斯に辱めらる」〔論語・里仁〕
- {副詞}しばしば。何度もひんぱんに。「范増、数目項王=范増、数項王に目す」〔史記・項羽〕
意味〔一〕ショク/ソク
{形容詞}細かい。「数罟(ソクコ)(目の細かい網)」。
字通
旧字は數に作り、婁+攴。婁は女子の髪を高く結いあげた形。これに攴を加えて、髪を乱すことを數という。数数として髪が乱れる意。女子を責めるときにその髪をうって乱したので責めることをいい、乱れてばらばらになるので数多い意となり、計数の意となる。〔説文〕三下に「計ふるなり。攴に从(従)ひ、婁聲」とするのは、後起の義。字もまた婁声ではない。計数の赴くところは必然であるから、世運や運命をも数という。
→婁
[象形]婦人の髪を高く巻きあげた形。高く重ねる、すかすなどの意がある。〔説文〕十二下に「空なり。毋(くわん)に從ひ、中女に從ふ。婁空の意なり」(段注本)という。婁空とは髪を軽く巻き重ねて、透かしのある意であろう。目の明らかなことを離婁といい、まどの高く明るいことを麗廔(れいろう)という。すべて重層のものをいい、建物には樓(楼)、裾(すそ)の長い衣には「摟(ひ)く」という。〔詩、唐風、山有枢〕「子に衣裳有るも 曳(ひ)かず婁(ひ)かず」とあるのは摟の意。糸には縷といい、婁は女の髪、これをうって乱すを「數數(さくさく)」という。〔繁伝〕に「一に曰く、婁務は愚なり」とあって畳韻の語であるが、用例をみない語である。
訓義
せめる、うながす。かず、かぞえる、よみあげる、計数。数の理、ことわり、さだめ、いきおい。わざ、はかりごと、てだて。しばしば、しきりに、はやい、すみやか。二、三から五、六の概数。
諸本(里仁篇第四26)
吉川本
数の字の読み方は、充分にはあきらかでないが、入声のサクの音に読むのがよろしく、煩瑣に、こせこせとすることであると思われる。
宮崎本
「数(しばしば)すれば」
「しつこくしすぎると」
藤堂本
「数(わずらわ)し」:煩瑣なこと。せせこましくわずらわしい。
「こせこせとわずらわしい動きをするようでは」
加地本
「数(はや)からん」:「数」を「速くする」(『集解』)ではなくて、「しばしば」(主君を何度も諫める)と解する(『集注』)など、いくつか別の解釈がある。
「すぐ親しくなろうとすると」
宇野本
「数(しばしば)すれば」:あまり度々君にまみえれば…とも解釈できる。
「しばしば諌めて去らなければ」
水(スイ・4画)
甲骨文/同簋蓋・西周中期
初出:初出は甲骨文。
字形:川の象形。原義は”川”。
音:カールグレン上古音はɕi̯wər(上)。
用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”みず”、祭礼名、”水平にする”の意に用い、金文では原義で(同簋・西周中期)、求める(沈子簋・西周早期)の意に用いた。
学研漢和大字典
象形。みずの流れの姿を描いたもの。追(ルートについて進む)・遂(ルートに従ってどこまでも進む)と同系。その語尾がnとなったのは順や巡(従う)、循(ルートに従う)などである。平准の准(ジュン)(平らに落ち着く)と同系だと考える説もある。付表では、「清水」を「しみず」と読む。
語義
- {名詞}みず(みづ)。外わくに従って形をかえ、低い所に流れる性質をもつ液体の代表。▽火に対して水といい、湯に対して水(特に冷たいみず)という。また柔弱なものの代表。「水火(みずと、ひ。生活の基本条件)」「知者楽水=知者は水を楽しむ」〔論語・雍也〕
- {名詞}みず(みづ)。川や湖などのある場所。「滄浪水(ソウロウノミズ)(清らかな流れ。また滄浪という川の名)」「洞庭水(ドウテイノミズ)(洞庭湖)」「水陸」。
- {名詞}河川の名につけることば。「洛水(ラクスイ)」。
- {名詞}「水星」の略。
- {名詞}五行の一つ。方角では北、色では黒、時節では冬、十干(ジッカン)では壬(ジン)と癸(キ)、五音では羽に当てる。
- {名詞}《俗語》割増金や、手当。「貼水(テンスイ)(割増金)」。
- 《日本語での特別な意味》
①「水素」の略。「水爆」。
②みず(みづ)。相撲で、勝負が長びき力士が疲れたとき、しばらく引き離して休ませること。
③すい。七曜の一つ。「水曜日」の略。
字通
[象形]水の流れる形に象る。〔説文〕十一上に「準(たひ)らかなるなり」と水準の意とする。〔周礼、考工記、輈人、注〕に「故書に準を水に作る」とあって、水を水準の器に用いた。〔説文〕にまた「北方の行なり」というのは、五行説では水を北に配するからであるが、「衆水竝び流れ、中に微陽の气(き)有るに象る」といい、中の一画を陽、両旁を陰の象とし、坎の卦にあてて解するのは、拘泥の説である。
帥(スイ・9画)
合7074/丼人𡚬鐘・西周末期
初出:初出は甲骨文。
字形:軍旗の象形。
慶大蔵論語疏は「〔㠯帀〕」と記し、「孔彪碑」(後漢)刻。論語語釈「師」を参照。また「帥」の異体字「〔㠯巾〕」と傍記し、「劉熊碑」(後漢)刻。
音:カールグレン上古音はsli̯wəd(去)。「スイ」は”司令官”・”頭領”の意での漢音。「ソツ」は”率いる”または日本の官職名の場合の漢音。
用例:「甲骨文合集」36471.2に「庚□貞今夕帥□𡆥寧」とあり、「庚□とう、今夕帥□して𡆥か寧かあらんか」と読め、”軍隊”または”司令官”と解せる。人名との説もある。
西周中期「𤼈鐘」(集成247~249)に「□不敢弗帥且考」とあり、”従う”・”倣う”と解せる。「且」は「祖」と釈文されている。
“率いる”の用例は戦国時代以降に見られる。
学研漢和大字典
会意。𠂤(タイ)は、堆積物や集団をあらわし、ここでは隊の意。巾は、布の旗印をあらわす。帥は「𠂤(=隊)+巾」で、旗印をおしたてて、部隊をひきいることを示す。ひきいるという動詞は、現在では多く、率であらわし、帥は「将帥」という名詞をあらわす。師(シ)は、別字。帥(ソツ)の右側は上に一がない。
語義
スイ(去)
- {名詞}軍をひきいる大将。「将帥」「元帥(最高の将官の位)」「三軍可奪帥也=三軍も帥を奪ふべきなり」〔論語・子罕〕
- {名詞}最高の指導者。かしら。「夫志、気之帥也=夫れ志は、気之帥也」〔孟子・公上〕
ソツ(入)
- {動詞}ひきいる(ひきゐる)。おおぜいの先頭にたって指揮する。《同義語》⇒率(ソツ)。「尭帥諸侯北面而朝之=尭諸侯を帥ゐ北面してこれに朝す」〔孟子・万上〕
- 《日本語での特別な意味》かみ。四等官で、大宰府(ダザイフ)の第一位。
字通
[会意]𠂤(し)+巾(きん)。𠂤は師の従うところの脤肉の象とは異なり、啓・肇などの従う神戸棚(かみとだな)の形に近く、帥とはその神戸棚に巾を加えてこれを刷拭(さつしよく)する意であろう。〔説文〕七下に「佩巾なり」とあり、重文として帨(ぜい)を録するが、帨は婦人が前かけのようにして帯びるもので、帥と同字とはしがたい。金文の〔師虎𣪘(しこき)〕に「今余(われ)隹(こ)れ先王の命に帥井(そつけい)す」のように、帥型(手本)の意に用いる。のちの率従というほどの意である。
衰(スイ・10画)
衰鼎・西周
初出:初出は西周中期の金文。
字形:藁蓑の象形で、原義は”蓑”。
慶大蔵論語疏は「褰」と記す(論語子罕篇10)。『大漢和辞典』によると”はかま”の意だという。「𪗋」”もすそ”や「褰」”はかま”を着けた者に畏まらねばならない理由は無いので、意図的な遊び字。音通の可能性を調べたくとも、ここまで希少種の漢字になると、信用できる古代・中世の再建音が分からない。
音:カールグレン上古音はʂwi̯ərまたはtʂʰi̯war(ともに平)。前者の同音は無い。後者の同音は「揣」(上)”はかる”のみ。初出は説文解字。派生字の「蓑」はswɑr(平)。”草木の葉が枯れしおれるさま”の語釈を『大漢和辞典』が載せる。
用例:西周中期の「仲父鼎」(集成2734)に「周白邊及仲衰父伐南淮夷。」とあり、人名の一部と解せる。
春秋末期「庚壺」(集成9733)に「衰(崔)子執鼔(鼓)」とあり、「崔」と釈文され、人名と解せる。
漢語多功能字庫
金文象禾草編織而成的蓑衣,以遮擋雨水。「衰」是「蓑」的初文,本義是蓑衣、雨衣。後假借為衰弱、衰減的「衰」。
金文は藁や草で編んだ蓑の象形。これで雨を遮り防ぐ。「衰」は「蓑」の初文で、原義は蓑、雨合羽。のちに音を借りて衰弱の意となり、減衰の「衰」となった。
学研漢和大字典
会意。「衣+みのの垂れたさま」で、みののように、しおたれたの意を含む。力なく小さくしおれること。蓑(サイ)(みの)の原字。砕(サイ)(小さい)・摧(サイ)(小さくくだく)と同系。
語義
スイʂwi̯ər
- {動詞・形容詞}おとろえる(おとろふ)。しおたれる。転じて、勢いや力が弱くなる。《対語》⇒盛。「盛衰」「衰微」「何徳之衰=何ぞ徳之衰へたる」〔論語・微子〕
シtʂʰi̯war
- {動詞・形容詞}そぐ。へつる。しだいにへる。また、少しずつ差がつく。また、順に差のついたさま。《類義語》殺(サイ)。「衰征=征を衰ぐ」。
- {名詞}等差。順序。順序のあとのほう。「等衰(トウシ)(等級)」「以衰(イシ)(以降)」「自是以衰=是より以衰」〔春秋左氏伝・襄二五〕
サイ
- {名詞}蓑(ミノ)のような、粗末な喪服。広く、喪服のこと。《同義語》埣。「斬衰(ザンサイ)(麻布を切って端を縫わない喪服)」「衰麻(サイマ)(喪服)」。
字通
[会意]正字は衣+冄(ぜん)。冄は呪飾。死者の襟もとに麻の呪飾を加えて祓う。〔説文〕八上に「艸雨衣なり。秦には之れを萆(ひ)と謂ふ。衣に從ひ、象形」と蓑(みの)の意とするが、冄は死葬のとき、衣に著ける呪飾で、衰は縗(さい)の初文。糸(べき)部十三上に縗を喪服とする。葬送のときには礼を減衰(げんさい)するので、また減少・衰微の意となる。
大漢和辞典
遂(スイ・12画)
大盂鼎・西周早期/𦅫鎛・春秋中期
初出:初出は西周早期の金文。
字形は〔辶〕+〔㒸〕で、〔㒸〕は〔八〕”導く”+〔豕〕”ぶた”に分解できる。全体で路上を家畜を率いて通り行くさま。原義は”従える”。
音:カールグレン上古音はdzi̯wəd(去)。同音は論語語釈「隧」を参照。
用例:西周末期の「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0878に「述(遂)逐之,晉侯折首百又一十」とあり、”たどる”または「ついに」”そのまま”・”かくして”と解せる。
備考:「漢語多功能字庫」によると、金文では「述」で「遂」を表した例が多いという。また「漢語多功能字庫」には、語義の変遷について記す所が無い。
学研漢和大字典
形声。右側の字は、重いぶたを描いた象形文字で、隊(タイ)・墜(スイ)などの音符として用いられる。遂は辶(すすむ)にそれを単なる音符としたそえた字。道すじをたどって奥へ進むこと。追(ツイ)(ルートをおって進む)・水(スイ)(低地に従って進むみず)・隧(スイ)(ルートに従って奥へはいるトンネル)・邃(スイ)(奥ふかい)などと同系。「ついに」は「竟に」「終に」とも書く。
語義
- {動詞}とげる(とぐ)。道すじをたどって奥までたどりつく。いける所までいく。また、物事をやりとげる。「完遂」「遂事(やりとげたこと)」「遂我所願=我が願ふ所を遂ぐ」〔宋書・楽志〕
- {動詞}とげる(とぐ)。一定の方向にそってすらすらと進む。また、すくすくとそだつ。「遂意(思う方向に進む)」「遂字(のびのびと育ちふえる)」「気衰則生物不遂=気衰ふれば則ち生物遂げず」〔礼記・楽記〕
- {副詞}ついに(つひに)。→語法「①②」。
- {名詞}遠い道をたどっていきつく地。周の行政区画では、都から百里以上離れた地。「遂方」。
語法
①「ついに」とよみ、「そのまま」と訳す。前から後ろへすんなり状況がつながる意を示す。「及反市罷、遂不得履=反るに及べば市罷(や)み、遂(つひ)に履を得ず」〈もどって来ると市は終わっていて、そのまま履物は買えなかった〉〔韓非子・外儲説左上〕
②「ついに」とよみ、「かくして」と訳す。最終的な結果としてという意を示す。「遂餓死於首陽山=遂(つひ)に首陽山に餓死す」〈かくてそのまま首陽山で餓死した〉〔史記・伯夷〕
字通
[形声]旧字は■(辶+八+豕)に作り、■(八+豕)(㒸)(すい)声。㒸は獣が耳を垂れている形。これを犠牲として軍の進退などを卜し、その結果を待って行動を継続することを遂行という。〔説文〕二下に「亡(に)ぐるなり」とするも字義と合わず、〔玄応音義〕に引いて「成るなり」に作る。㒸を〔説文〕二上に「意に從ふなり」とするが、それが遂の字義に近い。金文には㒸を墜の意に用い、〔𣪘(えいき)〕に「追孝して、對(こた)へて敢て㒸(おと)さず」のように用いる。述も道路で獣を犠牲として進退を卜する字で、〔小臣■(言+速)𣪘(しようしんそくき)〕に「述(つひ)に東す」とあり、遂と同義。その道路における呪儀を術という。
隋(スイ/タ)(12画)
睡.為30・戦国秦
初出:初出は戦国文字。
字形:「阝」”はしご”・”おか”+「左」+「月」。「左」+「月」に”崩壊する”の意があるらしく、丘がくずれるさま。
音:カールグレン上古音はtʰwɑ(上)。”くずれる”の意での漢音は「タ」、呉音は「ダ」。事実上「惰」の異体字。地名国名での漢音は「スイ」、呉音は「ズイ」。遣隋使は清音の「スイ」と聞いたはずだが、なぜか日本では呉音の「ズイ」が定着した。”たれさがる”の意では漢音呉音共に「タ」。
用例:戦国の竹簡ではさまざまな字形が「隋」と釈文されており、解読は訳者の限界を超える。現行字形の初出は戦国最末期の「睡虎地秦簡」だが、その多くの用例は占いの言葉なので、何を言っているかわけが分からない。
「睡虎地秦簡」為吏30貳に「四曰善言隋(惰)行,則」とあり、”おこたる”と解せる。
論語時代の置換候補:上古音の同音に、語義を共有し、かつ論語時代に存在した字は無い。『大漢和辞典』で同音かつ”おこたる”の訓の字で、論語時代に存在した字は無い。
学研漢和大字典
会意。原字は「阜(土盛り)+左二つ(ぎざぎざ)」。盛り土が、がさがさとくずれおちることを示す。のち隋・墮(=堕。おちる)と書く。
語義
-
- {動詞}落ちる。だらりとさがる。《同義語》⇒堕。
- {名詞}おしさげた円の形。《同義語》⇒橢。
- {動詞}心がだらける。《同義語》⇒惰。
- {名詞}王朝名。楊堅(ヨウケン)(文帝)が六朝時代の末、長い間分裂していた中国を統一してたてた王朝。二代めの煬帝(ヨウダイ)はしきりに外征を行い、大土木工事をおこしたため、各地に農民暴動がおこり、やがて群雄割拠の形勢をまねき、滅亡した。はじめは随と書いた。五八一~六一八
- {動詞・名詞}切れて垂れさがる。垂れた、肉の切れはし。
字通
[会意]𨸏(ふ)+左+⾁(肉)。𨸏は神の陟降する神梯。左は呪具の工をもち、神を迎える意。巫が神梯の前に肉を供え、呪具をもって神に祈る形で、隋はその肉をいう。〔説文〕四下に「裂⾁なり」とするが、肉塊の意であろう。〔周礼、春官、守祧〕に「旣に祭るときは、則ち其の隋を藏す」とあり、その〔注〕に「尸(かたしろ)祭る所の肺脊(はいせき)黍稷(しょしょく)の屬なり」とあり、その余肉を埋めるので墮(堕)といい、その祭儀を堕祭という。
隨/随(スイ・12画)
初出は論語微子篇14の定州竹簡論語。確実な初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdzwia(平)。同音は無い。董同龢はzjua、周法高音はrjiwa、李方桂音はsdjuar。「ズイ」は呉音。『大漢和辞典』で音ズイ・スイ訓したがうに〔㒸〕があり、カールグレン上古音は不明。ただし董同龢音はzjuəd、周法高音はrjiwər、李方桂音はsdjədhで近音と言ってよい。初出は甲骨文。金文は未発掘。
漢語多功能字庫
「辵」の字形に属し、「𡐦」の略字の音。原義は付き従うこと。
学研漢和大字典
会意兼形声。隋・墮(=堕。おちる)の原字は「阜(土盛り)+左二つ(ぎざぎざ、参差(シンシ)の意)」の会意文字で、盛り土が、がさがさとくずれおちることを示す。隨は「甦(すすむ)+(音符)隋」で、惰性にまかせて壁土がおちて止まらないように、時勢や先行者のいくのにまかせて進むこと。もと、上から下へおちるの意を含む。朶(ダ)(たれる)・垂(スイ)などと同系。惰(ダ)(なりゆきまかせ)と最も縁が近い。類義語の従は、あとにつきしたがって縦の列をなすこと。順や循(ジュン)は、ルートにしたがうこと。
語義
- {動詞}したがう(したがふ)。なるままにまかせる。また、他の者のするとおりについていく。《類義語》従・順。「随従」「付随」「夫唱婦随(夫がとなえ、妻はそのままにしたがう)」「水随方円之器=水は方円の器に随ふ」「随山刊木=山に随ひ木を刊る」〔書経・禹貢〕
- {動詞}したがう(したがふ)。その物事やその時のなりゆきにまかせる。「随処」「随意」。
- {名詞}周易の六十四卦(カ)の一つ。☱☳(震下兌上(シンカダショウ))の形で、勢いのままにしたがうさまを示す。
字通
[形声]旧字は隨に作り、隋(ずい)声、隋は祭の余肉。〔説文〕二下に「從ふなり」とし、墮(堕)(だ)の省声とする。墮は祭肉を埋めて地を祀る下祭の儀礼。神の在る所に従って祀る意。随時随所、神の在るところに従って祀るので、随従の意となる。わが国では「随神」を「神(かん)ながら」とよむ。
綏(スイ/タ・13画)
合4912/蔡姞簋・西周中期/曾88・戦国早期
初出:初出は甲骨文とされるが妥当でない。春秋早期まで「妥」tʰnwɑr(上)から未分化。いとへんをともない、”下がりもののかざり”・”ひも”系統を意味する現行字形は楚系戦国文字から。
字形:甲骨文の字形は
- 「爪」”手”+「女」で、女性を落ち着かせるさま。
- 女性を上から押さえつけ、捕らえるさま。”下す”・”下る”。現行字形は「俘」pʰi̯uɡ平(甲骨文の字形は「孚」pʰi̯uɡ平+「亍」”道”)。
現行「綏」の字形は「糸」+「妥」”下る”。
音:カールグレン上古音はsni̯wər(平)。同音は無い。上声「タ」”垂れ下がる”の上古音は不明。おそらく「妥」と極めて近い。
用例:甲骨文「綏」は一例のみ見え、欠損が激しく語義を求めがたい。
西周早期「寧𣪕蓋」(集成4021)に「用妥多福」とあり、「孚」と解すべき字で、”下る”と解せる。
西周早期「沈子它𣪕蓋(它𣪕)」(集成4330)に「公克成妥吾考」とあり、「妥」と解すべき字で、”安らげる”と解せる。
論語郷党篇18に「必正立執綏」とあり、”車のつり革にする垂れひも”と解するが、”たれる”・”ひも”の語義はいとへんを伴う戦国早期の「曾侯乙楚墓」002からで、春秋時代の漢語とは認めがたい。この語義で辞書類はみな「スイ」の音を付けるが、本来「タ」と音読すべき。
論語時代の置換候補:”たれひも”の語義で『大漢和辞典』に同音同訓は無い。
学研漢和大字典
会意兼形声。妥は「爪(手)+女」で、いきりたつ女をまあまあと手でなだめて落ち着かせることをあらわす会意文字。綏は「糸+(音符)妥(タ)」。妥と同系。類義語に安。
語義
スイ(平)
- {名詞}車に乗るときつかまってからだの安定を保つ綱。▽むかしの車台は地面から高かった。「升車、必正立執綏=車に升りては、必ず正しく立ちて綏を執る」〔論語・郷党〕
- {動詞}やすんずる(やすんず)。落ち着かせる。やすらかに居させる。▽妥(ダ)に当てた用法。「君若以徳綏諸侯、誰敢不服=君もし徳を以て諸侯を綏んずれば、誰か敢へて服せざらん」〔春秋左氏伝・僖四〕
- {形容詞}やすい(やすし)。やすらか。落ち着いているさま。安定しているさま。「綏静(スイセイ)」。
タ(上)
- {動詞}たれる(たる)。やんわりと、たれる。ぶら下げる。《同義語》⇒妥。
字通
[形声]声符は妥(だ)。妥に挼・娞(すい)の声がある。妥は女子に上から手を加え、これを安撫する意。〔説文〕十三上に「車中の把(と)るものなり」とあり、〔論語、郷党〕に「車に升るに、必ず正しく立ちて綏を執る」とみえる。車に升るときにもつ垂れひもで、〔儀礼、士昏礼〕に新夫が新婦を迎える親迎のとき、車上から綏を授ける儀礼がある。綏安の意に用い、字はまた綏に作る。食前に、黍・稷・肺を以て尸(かたしろ)を祭ることを綏祭といい、キの音でよむ。
誰(スイ・15画)
大鼎・西周中期
初出:初出は西周中期の金文。
字形:「䇂」”小刀”+「𠙵」”くち”+「隹」で、「言」は切り開いたように意味ある言葉を明らかに言うさま。「隹」のある意味は不詳だが、「唯」「惟」など発語詞での用例が多いことから、何らかの語気を表しただろう。『字通』によると甲骨文から「誰」の意に用いたと言うが、出土例が見つからない。
音:カールグレン上古音はȡi̯wər(平)。藤堂上古音はdhiuer(平)。
用例:「漢語多功能字庫」は原義を”あお馬”とし、初出の金文・大鼎の釈をそのように行うが、すると”だれ”の意になった理由が分からない。また「漢語多功能字庫」によると、金文では”あお馬”で用い、戦国の金文では「隹」の字形で”だれ”を意味したという。
隹十又五年。三月既霸丁亥。王才屒宫。大厶厥友守王鄉醴。王乎善夫召大厶厥友入。王召走馬雁。令取誰卅二匹易大。大拜𩒨首對揚天子不顯休。用乍朕剌考己白盂鼎。大其子子孫孫。萬年永寶用。(『殷周金文集成』2807)
「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。
学研漢和大字典
形声。「言+(音符)隹(スイ)」。惟(イ)・維(イ)は、「これ」の意をあらわす指示詞に用い、その変形した誰は、だれの意をあらわす疑問詞にして用いる。言語の助詞なので、言べんを加えた。▽現代語で、那(それ)の変形を犠(どれ)という疑問詞に用いるのと似ている。
語義
- {疑問詞}たれ。→語法「①②③④」。
- {助辞}リズムをととのえる接頭辞。▽指示詞から転じたもの。《類義語》惟(イ)・維(イ)。「誰昔(スイセキ)(むかし)」「誰昔然矣=誰昔より然り矣」〔詩経・陳風・墓門〕
- 「誰何(スイカ)」とは、不審な人をとがめて、姓名や所属などをたずねること。《同義語》誰呵・誰訶。
語法
①「たれ」「た」とよみ、
- 「どなた」「どの人」「だれ」「だれの」と訳す。不明の人を問う疑問代名詞。疑問文に多く用いる。「誰毀誰誉=誰をか毀(そし)り誰をか誉めん」〈誰をそしり誰をほめるのか〉〔論語・衛霊公〕▽「だれの」の場合は、「たが」とよむ。「誰為含愁独不見=誰が為に愁を含む独不見」〈誰のためにうれいをこめて「独不見」の曲を奏でるのか〉〔沈姻期・古意〕
- 「どのようなひとでもすべて」「だれでも」と訳す。不特定の人を示す疑問代名詞。▽反語文に多く用いる。「誰能出不由戸、何莫由斯道也=誰かよく出づるに戸に由(よ)らざらん、なんぞこの道に由ること莫(な)きか」〈誰でも出てゆくのに戸口を通らないものはない、(人として生きてゆくのに)どうしてこの道を通るものがないのだろうか〉〔論語・雍也〕
②「たれぞ」「たぞ」とよみ、「~するのはだれか」と訳す。不特定の人を示す疑問代名詞。▽疑問文・反語文に用いる。「若所追者誰=若(なんぢ)の追ふ所の者は誰ぞ」〈お前(蕭何)が連れもどしに行ったのは誰だ〉〔史記・淮陰侯〕
③「誰~者」は、「たれか~ものぞ」とよみ、「だれが~するのか」と訳す。疑問・反語の意を示す。「富貴不帰故郷、如衣墸夜行、誰知之者=富貴にして故郷に帰らざるは、墸(しう)を衣(き)て夜行くが如(ごと)し、誰かこれを知る者ぞ」〈富貴の身となったのに故郷に帰らぬというのでは、美しい錦を着て夜歩くようなものだ、だれが気づいてくれるだろうか〉〔史記・項羽〕
④「いずれ」とよみ、「どれ」「なに」と訳す。事物について問う疑問代名詞。▽戦国から前漢にかけて多く用いられた。「敢問人道誰為大=敢(あ)へて問ふ人の道は誰(いづ)れをか大と為すと」〈あえて尋ねるが、人の道の中で何が重要であろうか〉〔礼記・哀公問〕
字通
[形声]声符は隹(すい)。隹は唯・進・雖などの字義から考えられるように、古い鳥占(とりうら)の俗を示すもので、誰も不特定のものを推測するときの鳥占の俗を示す字であろう。〔説文〕三上に「誰何(すいか)するなり」(段注本)とあり、誰何とはとがめ問う意である。疑問詞にはその本義とすべきものがなく、他義の字を転用する例が多いが、誰はその人を誰何特定する卜法から出たもので、本義に近い字である。
隧(スイ・16画)
初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdzi̯wəd(去)。同音は下記の通り。論語子張篇21では、漢石経では「隧」、以外の版本では「墜」dʰi̯wəd(去)と記す。本条「隧」の『大漢和辞典』の語釈に”おちる・おとす”を載せる。論語語釈「墜」も参照。
字 | 音 | 訓 | 初出 | 声調 | 備考 |
遂 | スイ | とげる | 西周早期金文 | 去 | →語釈 |
彗 | セイ | ほうき | 甲骨文 | 〃 | |
隧 | スイ | みち | 前漢隷書 | 〃 | |
襚 | スイ | 死者に衣をおくる | 説文解字 | 〃 | |
璲 | スイ | 瑞玉のおび玉 | 不明 | 〃 | |
檖 | スイ | やまなし | 不明 | 〃 | |
燧 | スイ | ひとり | 不明 | 〃 | |
穟 | スイ | 禾の穂のさま | 説文解字 | 〃 | |
穗 | スイ | ほ | 甲骨文 | 〃 |
漢語多功能字庫
(字解無し)
学研漢和大字典
会意兼形声。遂は、奥へ奥へと進むこと。隧は「阜(土盛り)+(音符)遂」で、土盛りをした墓の奥へ奥へとはいりこむトンネル。
語義
- {名詞}みち。墓の奥まで通じるみち。また、トンネル。「隧道(スイドウ)」。
字通
[形声]声符は遂(すい)。遂は■(上下に八+豕)(すい)(獣牲)を用いて道路を清める除道の儀礼。〔説文〕にこの字を収めず、〔玉篇〕に「墓道なり。地を掘りて通ずる路なり」とし、「或いは𨽡に作る」という。いわゆる羨道(えんどう)、墓室に通じる隧道で、そこに獣牲をおいて祀る。道上祭を行うところである。
大漢和辞典
雖(スイ・17画)
秦公簋・春秋中期
初出:初出は春秋中期の金文。
字形:字形は「虫」”爬虫類”+「隹」”とり”で、原義は不明。
慶大蔵論語疏は異体字「〔口衣隹〕」と記し、「魏內司楊氏墓誌」(北魏)刻。また異体字「〔口虫隹〕」と記し、「東魏李仲璇孔子廟碑」刻。
音:カールグレン上古音はsi̯wər(平)。同音は存在しない。
用例:春秋の金文「晉公盆」に「𨾟」の字形で「公曰。余𨾟今小子。敢帥井先王。」とあり、「いえども」と読んで”たとえ…でも”の意を表した。
「漢語多功能字庫」によると、春秋時代までの金文では、「唯」「惟」と同様に使われ、「これ」と読んで語調を強調する働きをする(秦公鐘・春秋)。
学研漢和大字典
形声文字で、「虫の形+(音符)隹(スイ)」で、もと、虫の名であるが、ふつうは惟(これ)や維(これ)などの指さすことばに当て、条件をもち出して、「こうだとしても」と、それを強く指定することによって、仮定の意をあらわす。
現代語で、指定のことば「就是」を用いて仮定をあらわすのに似た用法。また、雖は、既存の条件をさすのにも用いる。類義語の仮令や使は、仮空の条件を設定するさいにだけ用いる。
語義
- {接続詞}いえども(いへども)。→語法「1.」。
- {助辞}これ。ただ。→語法「2.」「雖悔可追=雖だ悔いてのみ追ふべし」〔書経・五子之歌〕
- {名詞}とかげの一種。
語法
- 「~といえども」とよみ、
(1)「たとえ~であっても」「かりに~であっても」と訳す。逆接の仮定条件の意を示す。「縁木求魚、雖不得魚、無後災=木に縁(よ)りて魚を求むるは、魚を得ずと雖(いへど)も、後の災無(な)し」〈木に登って魚を捕らえようとするのは、たとえ魚は捕らえられなくても、あとの災難はありません〉〔孟子・梁上〕
(2)「~ではあるが」と訳す。逆接の確定条件の意を示す。「江東雖小、地方千里、衆数十万人=江東は小なりと雖(いへど)も、地方は千里、衆は数十万人あり」〈江東は狭いとは言え、広さは千里四方、人間は数十万あります〉〔史記・項羽〕 - 「ただ~(のみ)」「これ」とよみ、「ただ~だけ」「~にすぎない」と訳す。限定・強調の意を示す。《同義語》惟・維・唯。「雖有明君能決之=ただ明有るの君のみよくこれを決す」〈ただ賢明な君主だけがこのように切り開くことができるのである〉〔管子・君臣〕
字通
[会意]口+隹(すい)+虫。口は𠙵(さい)。祝禱を収める器の形。隹は鳥占(とりうら)。祈って神託を求める。これによって示される神意は唯。受諾を意味し、「しかり」の意。それで神聖に関する記述のときに、唯(惟・維)を発語としてそえる。虫は蠱(こ)。呪詛(じゆそ)の意。この祈りに呪詛が加えられているので、唯に対して停止条件が加えられ、逆接態となって「いえども」となる。〔説文〕十三上に「蜥蜴(せきえき)(とかげ)に似て大なり」と虫の名とするが、その用義例はない。ほとんど「然りと雖も」の意に用いる。
燧(スイ・17画)
確実な初出は不明。定州竹簡論語・陽貨篇21が初出かと思われるが空白。カールグレン上古音はdzi̯wəd(去)。同音は論語語釈「隧」を参照。『大漢和辞典』で音スイ訓ひとり・たいまつのひは他に存在しない。訓やくに「炊」ȶʰwia(平、初出は秦系戦国文字)、「焠」tsʰwəd(去、初出は説文解字)がある。訓ひうちに「鑽」(サンtswɑn(平))、初出は説文解字。結論として、論語時代の置換候補は下掲『字通』の説より「遂」dzi̯wəd(去)。
学研漢和大字典
会意兼形声。遂の右側の字(音スイ・ツイ)は、ぶたを描いた象形文字。遂はそれを単なる音符とした形声文字で、奥深く進み入ること。燧は「火+(音符)遂」で、きりを木の中に奥深くもみこんでまさつによって発火させること⇒遂。邃(スイ)(奥深い)と同系。
語義
- {名詞}ひうち。火を得るために用いる道具。「石燧(セキスイ)(火打ち石。石と金とを打ちあわせて発火させるもの)」「木燧(モクスイ)(木をきりでもんで発火させるもの)」「鑽燧=燧を鑽つ」。
- {名詞}のろし。《類義語》烽(ホウ)。「燧烽(スイホウ)」。
字通
[形声]声符は遂(すい)。〔説文〕十四下に「塞上の亭にて、烽火を守る者なり」とし、〔玉篇〕に、火を日光に採るを金燧、木を鑽(き)りて火を取るを木燧というとする。〔周礼、秋官、司煊(しき)氏〕はその法を掌る。古い字形が𨸏(ふ)・𨺅(ふう)に従うのは、そのことが神の陟降する聖所において行われるものであったからである。字はまた遂に作り、〔司煊氏〕には夫遂という。
緅(スウ・14画)
江陵天星觀1號墓遣策簡(天策)・戦国
初出:初出は楚系戦国文字。
字形:「糸」+「取」。字形の由来は不明。
慶大蔵論語疏は「〔糸豕〕」と記す。おそらく「緅」の異体字で、『龍龕手鑑』(遼)所収字に近似。
音:カールグレン上古音はtsu(平)またはtsi̯u(去)。前者の同音は「陬」”すみ”、「掫」”まもる・たきぎ”、「走」。後者の同音は同音は「諏」”はかる”、「娵」”星宿の名”、「陬」、「掫」。
用例:文献上の初出は論語郷党篇6。戦国時代の『墨子』にも用例がある。
戦国中末期「包山楚簡」270に「一緅縬之〔糸九口〕(櫜)。」とあり、「櫜」が”ふくろ”の意であることから、布地に関する何らかの形容だろうが、語義は分からない。また牘1に「秋緅之〔糸九口〕(櫜)」とあるのも同様。
また「清華大学蔵戦国竹簡」清華二・繫年134に「緅(取)、□(魏)□(擊)□(率)𠂤(師)回(圍)武□(陽)」とあり、関係しそうな記録は下掲『史記』趙世家に見えるが、元画像を確認できないので何とも言えない。
十六年,廉頗圍燕。以樂乘為武襄君。十七年,假相大將武襄君攻燕,圍其國。十八年,延陵鈞率師從相國信平君助魏攻燕。秦拔我榆次三十七城。十九年,趙與燕易土:以龍兌、汾門、臨樂與燕;燕以葛、武陽、平舒與趙。
論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は無い。上古音で語義を共有する漢字は無い。
備考:論語郷党篇6、古注『論語集解義疏』の疏”付け足し”に「緅是淺絳色也」”緅は薄い絳(紅色)である”といい、新注『論語集注』もこれに近く「緅,絳色。」と言う。本章が創作されたのは前後の漢帝国時代だが、後漢が滅亡し南北朝になると、もう意味がわからなくなったことになる。
現伝の文献上最も古い語釈は、三国魏『広雅』巻八に「緅緫蒼青也」とあることで、「緫」(総)にも”青い布”の語釈が『大漢和辞典』にある。「蒼」の初出は戦国の金文。くさかんむりからわかるように原義は草色の青をいう。
学研漢和大字典
形声。「糸+(音符)取」。
語義
- {名詞}赤黒い色。また、赤みがかった青。▽一説に薄桃色。「君子不以紺緅飾=君子は紺緅を以て飾らず」〔論語・郷党〕
字通
(条目無し)
鄹(スウ/シュ・17画)
古文
初出:初出は不明。後漢の『説文解字』に記載がない。
字形:「聚」”あつまる”+「阝」または「邑」”むら・まち”で、人々の集まった集落。部品の「聚」(カ音dzʰi̯u・上声・同音無し、藤音dziug)が現れるのは、楚・秦の戦国文字からになる。
音:カールグレン上古音も不明(平または上)、藤堂上古音も不明。その他の音韻学者の説も不明。「スウ」(平)の音は魯の都市名・国名を示し、「シュ」(去)の音は”集落”を示す。
用例:『論語』に次ぐ再出は後漢初期の『潜夫論』。
論語時代の地紺候補:理屈の上では存在しないのだが、固有名詞のため近音同音のあらゆる音が置換候補になりうる。
備考:なお「陬」のカ音はtsi̯u(平)。藤堂上古音はtsug(走と同)/tsïog(鄒と同)/tsiug(諏と同)。「鄒」のカ音は不明、藤音はtsïog。
論語では「鄹人のこせがれ」として、孔子の父の居住地とされる(論語八佾篇15)。
「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。
学研漢和大字典
形声。「邑+(音符)聚」。
語義
スウ(平)
- {名詞}地名。春秋時代の魯(ロ)の邑(ユウ)。《同義語》⇒郰(スウ)「{名詞}地名。春秋時代の魯(ロ)の邑(ユウ)。孔子のうまれた所。今の山東省曲阜(キョクフ)県」。
- {名詞}古代の国の名。《同義語》⇒鄒「{名詞}国名。春秋時代には邾(チュウ)といい、戦国時代には鄒といった。孟子の出生地。今の山東省鄒県のあたり」。
シュ(去)
- {名詞}人々が集まり住む所。集落。《同義語》⇒村落。
字通
鄒/郰
[形声]声符は芻(すう)。〔説文〕六下に「魯の縣。古の邾婁(ちゆる)の國なり。帝顓頊(せんぎよく)の後の封ぜられし所なり」(段注本)とあり、春秋期の山東の国の名。邾また邾婁ともいい、〔国語、魯語〕に蛮夷の名とする。曹姓の〔邾公■(金+乇)鐘(ちゆこうたくしよう)〕に「陸終の孫、邾公■(金+乇)」と称しており、顓頊ののちに陸終六子があり、その第五子が曹姓であった。
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