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論語語釈「ヘ」

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語釈 urlリンクミス

平(ヘイ/ヘン・5画)

平 金文 平 金文
鄀公平侯鼎・春秋早期/拍敦・春秋

初出:初出は春秋早期の金文

字形:由来と原義は不明。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ĕŋ(平)。平声で仙-並の音は不明。

用例:『漢語多功能字庫』によると、金文では人名(鄀公鼎・春秋早期)に用い、戦国時代の金文では地名(𠫑羌鐘・戦国早期)、”平ら”(中山王兆域圖・戦国末期)を意味した。

学研漢和大字典

象形。浮き草が水面にたいらに浮かんだ姿を描いたもの。萍(ヘイ)(うきくさ)の原字。また、下から上昇する息が、一線の平面につかえた姿ともいう。抨(ヘイ)・(ヒン)(平面をうち当てる)・碑(たいらな石)・壁(たいらなかべ)と同系。并(ヘイ)(でこぼこなく並ぶ)とも近い。

語義

ヘイ
  1. 名詞・形容詞}たいら(たひら)。たいらか(たひらかなり)。高低がなく傾いていない。《対語》⇒傾・奇。「方円平直(四角と円と、水平と垂直)」「八月湖水平=八月湖水平らかなり」〔孟浩然・臨洞庭〕
  2. {名詞・形容詞}たいら(たひら)。たいらか(たひらかなり)。でこぼこがなく平均している。水平。「平準(物価や租税が公平である)」。
  3. {動詞}たいらかにする(たひらかにす)。公平にする。えこひいきしない。でこぼこがないようにそろえる。「君子平其政=君子其の政を平らかにす」〔孟子・離下〕。「平室律=室律を平らかにす」〔荀子・王制〕
  4. {動詞}たいらぐ(たひらぐ)。乱をうちしずめる。また、しずまる。「平定」「天下猶未平=天下なほいまだ平らがず」〔孟子・滕上〕
  5. {形容詞}たいらか(たひらかなり)。穏やか。起伏のないさま。やさしい。「平和」「心中不平=心中平らかならず」。
  6. {名詞}ふだん。何もない普通のとき。「生平」「平生(ヘイゼイ)」「不忘平生之言=平生の言を忘れず」〔論語・憲問〕
  7. {動詞}あたる。▽進に当てた用法。「平旦」。
  8. 「平声(ヒョウショウ)・(ヒョウセイ)」とは、四声の一つ。
ヘン
  1. {形容詞}穏やかにおさまるさま。▽「平章事(ベンショウジ)」「平論(ベンロン)」などのときのみ、先(仙)韻biεnと発音する。《同義語》⇒便。
  2. 《日本語での特別な意味》
    ①平家や平氏の略。「源平合戦」。
    ②たいらげる(たひらぐ)。全部食べてしまう。
    ③たいら(たひら)。平野。「善光寺平」。
    ④たいら(たひら)。ひざをくずして楽な姿勢をとること。「お平らに」。
    ⑤ひら。その組織で、特別の役職を持たないこと。また、その人。「平社員」。
    ⑥ひらに。なにとぞ。「平にご容赦(ヨウシャ)ください」。

字通

[会意]于(う)+八。于は手斧(ちような)の形。手斧で木を削り平らかにする。その破片が左右に飛ぶ形。〔説文〕五上に「語、平らかに舒(の)ぶるなり。亏(う)に從ひ、八に從ふ。八は分なり」と口気をいうとする。「爰礼(えんれい)説」によって説くものであるが、字は口気の象ではない。金文の字形は手斧を用いる形で、字義も明らかである。〔書、尭典〕の「平章」「平秩」は字を便(べん)に作ることがあり、その音でよむ。

兵(ヘイ・7画)

兵 甲骨文 兵 金文
合7205/庚壺・春秋末期

初出:初出は甲骨文

字形:「又」”手”2つ+「戈」”カマ状のほこ”。ほこを手に取った兵隊の象形。

音:カールグレン上古音はpi̯ăŋ(平)。

用例:「甲骨文合集」7204に「甲子卜□貞出兵若」とあり、”兵隊”と解せる。

西周・春秋の金文でも”兵隊”・”軍隊”を意味したが、春秋末期になると「翏金戈」(集成11262)に「翏(鏐)金良金台(以)鑄良兵」とあり、”兵器”を意味した。

学研漢和大字典

会意。上部は斤(おの→武器)の形。その下部に両手を添えたもので、武器を手に持つさまを示す。並べあわせて敵に向かう兵隊の意。▽「説文解字」に「力を并(アワ)すすがた」とある。並(ヘイ)(ならぶ)・併(ヘイ)(あわせる)と同系。

語義

  1. {名詞}つわもの(つはもの)。武器を持って戦う者。《類義語》卒。「兵卒」「陛下不能将兵、而善将将=陛下は兵に将たる能はざるも、善く将に将たり」〔史記・淮陰侯〕
  2. {名詞}軍隊。「兵備」「発兵=兵を発す」「不敢挙兵以逆軍吏=敢へて兵を挙げて以て軍吏に逆らはず」〔史記・荊軻〕
  3. {名詞}武器。「兵器」「兵者不祥之器=兵者不祥之器なり」〔老子・三一〕
  4. {名詞}軍備。また、軍事。「足食足兵=食を足し兵を足す」〔論語・顔淵〕
  5. (ヘイス){動詞}武器で殺傷する。「左右欲兵之=左右これを兵せんと欲す」〔史記・伯夷〕
  6. 《日本語での特別な意味》ひょう。将棋の駒で、「歩」のこと。

字通

[会意]斤(きん)+廾(きやう)。廾は両手。両手で斤(おの)(斧)をふりあげている形。武器を執って戦うことを示す。〔説文〕三上に「械なり」とあり、械の従うところの戒は、戈と廾、戈(ほこ)を両手でふりあげている形である。〔周礼、地官、鼓人〕「兵舞」の〔注〕に「干戚(かんせき)なり」とあり、干(たて)や戚(まさかり)をかざして舞う。観兵とは「兵を観(しめ)す」ことで、武器と兵勢とを誇示することをいう。

秉(ヘイ・8画)

秉 甲骨文 秉 金文
甲骨文/班簋・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「又」”手」+「禾」”イネ科の穀物”で、原義は”手に取る”。

音:カールグレン上古音はpi̯ăŋ(上)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では原義で(虢弔鐘・年代不詳/弔向父簋・西周末期)、”管轄する”(班簋・西周早期)、氏族名(秉觚・殷代末期)の意に用いた。

学研漢和大字典

会意。「禾(いね)+襍(手)」。いねの穂の真ん中を手に持つさまをあらわす。

語義

  1. {動詞}とる。手に持つ。しっかり持って守る。「古人秉燭夜遊=古人燭を秉りて夜遊ぶ」〔李白・春夜宴桃李園序〕
  2. {名詞}手ににぎった権力。《同義語》⇒柄。「権秉(ケンペイ)」「治国不失秉=国を治むるに秉を失はず」〔管子・小匡〕
  3. {単位詞}穀物の量をはかる単位。一秉は十六斛(コク)。「粟(ゾク)五秉(ヘイ)」〔論語・雍也〕

字通

[会意]禾(か)+又(ゆう)。禾を束ねて手に持つ形。その一束をいう。〔説文〕三下に「禾の束なり」、〔爾雅、釈詁〕に「執るなり」という。〔詩、小雅、大田〕「彼に遺秉(ゐへい)有り」とは、田に残されている落穂をいう。四秉を筥(きよ)とする。斉器の〔国差■(金+詹)(こくさたん)〕に「西郭の寶■(金+詹)(はうたん)四秉なるを鑄(つく)る。用(もつ)て旨酒を實(みた)さん」とあって、量の単位に用いる。堅く執る意から、金文に「德を秉(と)ること恭純」「威儀を秉る」のように用いる。〔詩、大雅、烝民〕に「民の彝(つね)を秉る 此の懿德を好む」の句がある。

竝/並(ヘイ・8画)

並 金文
『字通』所収金文

初出は甲骨文。カールグレン上古音はbʰieŋ(上)。

学研漢和大字典

会意。人が地上にたった姿を示す立の字を二つならべて、同じようにならぶさまを示したもの。同じように横にならぶこと。略して並と書く。また、併(ヘイ)に通じる。類義語の併は、一つにあわさること。双(ソウ)は、二つ対をなすこと。比は、くっついてならぶこと。配は、くっついて対をなすこと。排は、左右に開いてならぶこと。偶(グウ)は、二つでペアをなすこと。例は、同列に並ぶもの。較は、つきあわせること。譬は、たとえてならべること。

語義

  1. (ヘイス){動詞・形容詞}ならぶ。ならんでいる。また、そのさま。「並立」。
  2. {接続詞}ならびに。「A並B」とは、「AおよびB」の意。また文章の前後二節の間に用い、それと同様に、それと同時に、の意をあらわすことば。
  3. {副詞}ならびに。みな一様に。「並受其福=並びに其の福を受く」〔詩経・小雅〕
  4. 《日本語での特別な意味》
    ①なみ。程度が普通であること。
    ②なみ。そのものと同類であること。「世間並み」。

字通

[会意]旧字は竝に作り、立をならべた形。立は位。その位置すべきところに並んで立つことをいう。〔説文〕十下に「倂(なら)ぶなり。二立に從ふ」という。幷は二人相並ぶ側身形。竝は相並ぶ正面形。从(從)・比は前後相従う形。みな二人相従う字である。

屛/屏(ヘイ・9画)

屛 屏 秦系戦国文字 甹 金文
睡.日乙190・戦国秦/「甹」班𣪕・西周早期

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「尸」”ひさし”+「人」二つ+「二」出入りを差し止める横棒。敷地への人の出入りを阻止する構造物のさま。新字体は「屏」。中国と台湾では、「屏」が正字として扱われている。

音:カールグレン上古音はbʰieŋ(平)。同音に「駢」”ならぶ”、「瓶」、「荓」”箒草”、「萍」”浮き草、ヨモギ”、「洴」”綿を水にさらす”、「並」、「併」”ならぶ”。

用例:文献上の初出は論語郷党篇4。『墨子』『孟子』『荀子』『韓非子』にも見える。

論語時代の置換候補:「ヘイ」(上古音不明)の初出は西周早期(「班𣪕」集成4341)で、一説に甲骨文にも見られる(合集18842)。金文の例は「屏」”さえぎる”と釈文されており、論語時代の置換候補となる。字形は「由」”灯火”二つ+「丁」”さすまた”で、明かりを遮って暗室を作る様。

部品の并(幷)は並と同義。詳細は論語語釈「並」を参照。蔽pi̯ad(去)”さえぎる”とは音通しそうで音通しない。詳細は論語語釈「蔽」を参照。近音「平」bʰi̯ĕŋ(平)に”鎮める”の語釈があるが、春秋末期以前にその語義が確認できない。論語語釈「平」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。并(ヘイ)(=並)とは、二人並びたつさま。尸印は尸(シ)でなくて、たれたおおいの姿。屏は「尸(たれまく)+(音符)并」で、物を並べて中をおおい隠すさま。びっしりと並びたって出入りをとめる意を含む。並(ヘイ)(ならぶ)・妨・防などと同系。類義語に垣。「家や土地の囲いのへい」は普通「塀」と書く。▽「屏」は簡易慣用字体。

語義

ヘイ(平)
  1. {名詞}土や石を並べて中を隠したかべがき。
  2. {名詞}ついたて。《類義語》蔽(ヘイ)。「屏風(ビョウブ)(風を防ぎ中を隠すついたて)」。
ヘイ(上)
  1. {動詞}とじる(とづ)。おおって外に出さない。「屏息(ヘイソク)(息を殺す)」「屏門=門を屏づ」。
  2. {動詞}しりぞく。しりぞける(しりぞく)。押さえて顔を出さぬようにする。しりぞけて近寄らせない。「屏人=人を屏く」「出妻屏子=妻を出だし子を屏(しりぞ)く」〔孟子・離下〕

字通

[形声]声符は幷(へい)。〔説文〕八上に「蔽(おほ)ふなり」と訓し、屛塀によって蔽うことをいう。屛障は屛風と障子、障子はもと板戸をいう。〔国語、斉語〕「以て周室を屛(まも)る」、また〔論語、尭曰〕「四惡を屛(しりぞ)く」と攻守両義に用いる。また〔論語、郷党〕に「氣を屛(ひそ)む」という用法がある。

病(ヘイ・10画)

病 楚系戦国文字
包2.243

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「疒」”屋内の病床”+「丙」”倒れ伏した人”。病人が寝ているさま。

病 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔广丙〕」と記し、「馮緄碑」(後漢)刻。

音:「ビョウ」は呉音。カールグレン上古音はbhi̯ăŋ(去)で、同音は存在しない。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」孔子詩論09に「多恥者丌(其)󱩾(病)之󱩾(乎)」とあり、”気に病む”と解せる。

戦国中末期の「包山楚漢」158に「罼(畢)得󱩾為右󱩾(史)於莫囂之軍,死󱩾(病)甚。」とあり、”病む”と解せる。

論語時代の置換候補:部品の疒(ダク・ソウ・シツ、カ音・藤音不明)に”やまい”の語釈を『大漢和辞典』が載せ、甲骨文から存在する。「甲骨文合集」6.7に「辛卯卜,𡧊(賓)鼎(貞):子※㞢(有)疒(疾)。」とあり、”やまい”と解せる。

疒 金文
「疒」疒父乙卣・西周早期

備考:定州竹簡論語では、部首を「广」とし「病 外字」と記すことがある。

学研漢和大字典

会意兼形声。丙(ヘイ)は、両またをぴんと開いたさま。病は「疒+(音符)丙」で、病気になってからだが弾力を失い、ぴんとはって動けなくなること。柄(張ったえ)と同系。類義語の疾は、急にひどくなる病気。痾(ア)は、こじれてなおりにくい病気。痒(ヨウ)は、心配や悩みのためにおこる病気。

語義

  1. {動詞・名詞}やむ。やまい(やまひ)。からだが弾力を失って動けぬようになる。転じて広く、病気になる。また、病気のこと。《類義語》疾。「疾病」「病間」。
  2. (ヘイナリ){形容詞}からだが硬直して動けないさま。「子疾病=子の疾病なり」〔論語・子罕〕
  3. {名詞}うれい(うれひ)。つらいこと。くるしみ。心配。また、欠点。「語病」。
  4. {動詞}やむ。くるしむ。つらく思う。困って悩む。「尭舜其猶病諸=尭舜も其れなほ諸を病めり」〔論語・憲問〕
  5. {動詞}やましめる(やましむ)。やませる(やます)。くるしめる(くるしむ)。害を与える。困らせる。「苛擾病民=苛擾民を病ましむ」。

字通

[形声]声符は丙(へい)。〔説文〕七下に「疾、加はるなり」、〔玉篇〕に「疾、甚だしきなり」とあり、〔礼記、檀弓上〕「曾子、疾に寢(い)ねて、病(へい)なり」のように用いる。疾が名詞、病はその状態をいう。疾病に限らず、すべて心身の憂慮や疲弊の甚だしいことをいう。

陛(ヘイ・10画)

坒 金文
「坒」(友作父癸角・殷代末期)

初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰiər(上)。同音に膍”胃袋”、梐”こまよけ・ひとや”。部品の坒bʰi̯ər(去)の初出は殷代末期の金文

学研漢和大字典

会意兼形声。坒(ヘイ)・(ヒ)は「土+(音符)比(ならぶ)」の会意兼形声文字で、きちんと並んだ土の段のこと。陛は「阜(土盛り)+(音符)坒」で、もとの意味をさらに明白にした後出の字。比(ならべる)と同系。

語義

  1. {名詞}きざはし。本殿の前に設けた台座をかためた石積み。宮殿の階段。
  2. (ヘイス){動詞}階段の下に侍立する。

字通

[形声]声符は坒(へい)。坒は土堦上に人の並ぶ形。〔説文〕十三下に坒を「地相ひ次比するなり」と土地の高低相比次する意とするが、人の並び立つところの意である。陛には〔説文〕十四下に「高きに升るの階(きざはし)なり」とあって、きざはしをいう。中山王陵墓の塋域図によると、廟所にはかなり高い階段を設けることがあった。𨸏(ふ)は神梯の象で、聖域を示す。

敝(ヘイ・12画)

敝 甲骨文 敝 金文
甲骨文/散氏盤・西周末期

初出:初出は甲骨文

字形:「巾」”ぬの”+埃を示す点+「攴」”棒を持った手”で、汚れた布をはたいて清めるさま。甲骨文では埃の数や棒の有無など字形の異同がある。原義は”洗う”。「弊」は事実上の異体字で15画。論語語釈「弊」を参照。

弊 敝 異体字
慶大蔵論語疏では「〔尚皮廾〕」と記す。未詳だが「唐薛良佐墓志」刻字に近似。「弊」の異体字。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ad(去)。藤堂上古音はbiad。

用例:甲骨文では”射る”を意味するようである。『大漢和辞典』に”ゆづか”の語釈があり、「甲骨文合集」29405.2に「王其□敝麋 吉」とあるのは、”くじかを射る”と解せる。また「合集」29404.1に「□其田敝無災」とあるのは、「それかりして射るに災い無からんか」と読める。

西周末期の「散氏盤散氏盤」(集成10176)に「(封)于敝□」とあるが、解読できない。金文の例はこの一例のみで、おそらく地名の一部と思われる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に用い、金文には情報が無く、戦国の竹簡で「幣」”供え物”、「弊」”破れ疲れる”の意が、漢代の出土物で「蔽」”覆う”の意があると言う。

学研漢和大字典

会意。敝の字の左側の部分は「巾(ぬの)+八印(左右に引き離す)二つ」からなるもので、布を左右に裂くことを示す。敝は、それに攴(動詞の記号)を加えた字。八(分ける)・別(分ける)・貝(バイ)(二つに割れるかい)・敗(割れてだめになる)・廃(割れてだめになる)などと同系。特に弊(ヘイ)とはほとんど同じ。敞(ショウ)は別字。

語義

  1. {動詞・形容詞}やぶれる(やぶる)。左右に裂ける。ぐったりと横に開く。げんなりしたさま。《同義語》⇒弊。「敝履(ヘイリ)(やぶれ草履(ゾウリ))」「敝衣破帽(ヘイイハボウ)」「敝之而無憾=これを敝りて憾み無からん」〔論語・公冶長〕
  2. {動詞}つかれる(つかる)。弱ってげんなりする。弱らせる。《同義語》⇒弊。「疲敝(ヒヘイ)」「晋不敝、斉不重=晋敝れずんば、斉重からず」〔韓非子・説林上〕
  3. {形容詞}自分に関係のあるものをへりくだっていうことば。《同義語》⇒弊。「敝国(ヘイコク)(わが国)」「敝邑(ヘイユウ)(私の所領、私の町)」。
  4. {動詞}おおう(おほふ)。▽蔽に当てた用法。

字通

[会意]㡀(へい)+攴(ぼく)。㡀は蔽市(へいふつ)、縫い飾りのある礼装用のひざかけ。その飾りはいたみやすく、攴を加え敝敗の意を示す。〔説文〕七下に「帗(ふつ)なり。一に曰く、敗衣なり」とし、㡀の亦声とする。㡀は前条に「敗衣なり。巾に從ひ、衣の敗るる形に象る」とあり、同義の字とするが、㡀は帗の象。敝はその敝敗の意である。帗は紱・黻(ふつ)と同じく、蔽膝(ひざかけ)の黼黻(ほふつ)文章のあるものをいう。敝のように、衣裳に攴を加えるのは、あるいは呪的な目的をもつ行為であろう。衣裳は古代にはその霊を包むものと考えられており、死喪の礼に哀・衰・褱(かい)・襄(じよう)など衣に関する字が多い。

弊(ヘイ・15画)

弊 古文
汗3.37義

初出:初出は不明。画家としても有名な北宋の郭忠恕『汗簡』に伝承古文が載る。

字形:古文の字形は「敝」+▽形。▽形の意味するところは分からない。

弊 敝 異体字
慶大蔵論語疏では「〔尚皮廾〕」と記す。未詳だが「唐薛良佐墓志」刻字に近似。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ad(去)。「敝」と同じ。

用例:文献上は論語の古注『論語集解義疏』子罕篇27で唐石経が「敝」と記すのに対して「弊」と記す。意味は同じで”やぶれる”。

論語時代の置換候補:部品の「敝」。論語語釈「敝」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。八印は左右に分けることを示す。敝(ヘイ)の左側の部分は「巾(ぬの)+八印(二つに裂く)二つ」の会意文字で、布を左右に裂いてだめにすること。敝はそれに攴印(動詞を示す記号)を加えて、やぶってだめにすることを示す。弊は「両手+(音符)敝」で、敝の意味をさらに明白にした字。幣(ヘイ)(左右に広げ裂いた布)・犖(ベツ)(横にぐったり足が開いたがにまた)・別(わける)と同系。類義語に疲・破。似た字(幣・弊)の覚え方「紙幣は布きれ(巾)、やぶるは両手(廾)」。

語義

  1. {動詞・形容詞}やぶれる(やぶる)。ちゃんとしたものが、ぐったりとだめになる。たるんでくずれたさま。《類義語》壊。「以残弊之民人、贍無貲之征賦=残弊の民人を以て、無貲の征賦を贍す」〔欧陽脩・本論上〕
  2. {動詞}つかれる(つかる)。ぐったりとまいる。「疲弊」。
  3. {名詞}つかれ。たるみ。たるんで生じた害。「弊害」「流弊」「今世学術之弊=今世の学術之弊」〔伝習録・答羅整庵少宰書〕
  4. {形容詞}自分のことに関することばにつけて謙そんの意をあらわすことば。《同義語》敝。「弊居」。

字通

[形声]声符は敝(へい)。敝は蔽膝(へいしつ)など、礼装用のぬいとりのあるものが、古びて破れることをいう。正字は獘・斃に作り、〔説文〕獘字条十上に「頓仆(とんふ)するなり」、〔爾雅、釈言〕に「踣(たふ)るるなり」とあって、犬が斃死することをいう。〔左伝、僖四年〕「犬に與ふ、犬斃る。小臣に與ふ、小臣も亦た斃る」とあり、犬が毒物によって斃死することをいい、人にもいう。毒物を犬に与えて験することがあったのであろう。漢碑には弊の字を用いている。

蔽(ヘイ・16画)

蔽 楚系戦国文字
(楚系戦国文字)

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「艹」+「敝」”布を手で払う”で、「敝」は漢代以降に”覆う”の語義を持ったことから、戦国文字の時点ですでに、”覆う”を意味したと思われる。論語語釈「敝」を参照。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ad(去)。藤堂上古音はpiad。

用例:「上海博物館蔵戦国楚簡」緇衣17に「行則旨(稽)丌(其)所蔽」とあり、「敝」と釈文されている。”障害”と解せる。

「楚帛書甲乙丙本」甲5に「攼(扞)斁之」とある「斁」は「蔽」と釈文されている。「扞斁」で”覆う”と解せる。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

日本語音で近音同訓の「屛」は金文以前に見られず、「萆」は戦国末期の金文以降から見られる。部品の「并」は甲骨文から見られるが、”おおう”の意味が『大漢和辞典』に載っていない。

部品の「敝」は甲骨文から見られ、『大漢和辞典』に”つきる・つくす”の語釈を載せる。また蔽と通じるという。ただし春秋末期までに確認できる語義は、”射る”と地名の一部のみ。藤堂上古音は蔽:piad/敝:biad、カールグレン上古音は蔽:pi̯ad/敝:bʰi̯ad(共に去)。

備考:「漢語多功能字庫」には、論語の読解に関して見るべき情報が無い。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「艸+〔音符〕敝(ヘイ)(左右にさく、横にひろがる)」で、草が横にひろがって物をかくすこと。幣(横にひろがる布)と同系のことば。

語義

  1. {動詞}かくす。横にひろがってかくす。
  2. (ヘイス){動詞}おおう(おほふ)。全部を一つにあわせる。まとめる。「詩三百、一言以蔽之、曰、思無邪=詩三百、一言以てこれを蔽へば、曰はく、思ひ邪無し」〔論語・為政〕
  3. (ヘイス){動詞}おおう(おほふ)。横にひらいてじゃまをする。さえぎる。へだてとなる。「常以身翼蔽沛公=常に身を以て沛公を翼蔽す」〔史記・項羽〕
  4. (ヘイセラル){動詞・形容詞}おおわれる(おほはる)。じゃまされて見えなくなる。道理にくらい。「蒙蔽(モウヘイ)」。
  5. {動詞}全体を一つにあわせて罰をきめる。「蔽罪(ヘイザイ)」。

字通

[形声]声符は敝(へい)。〔説文〕一下に「蔽蔽たる小艸なり」とあり、〔詩、召南、甘棠〕「蔽芾(へいはい)たる甘棠」の〔毛伝〕に、「蔽芾」を「小なる貌なり」とするのによる。敝は礼装用の蔽膝(へいしつ)、ぬいとりのあるひざかけ。蔽は蔽膝のようにものを蔽いかくす意、またおおい塞ぐことをいう。

袂(ベイ・9画)

袂 隷書
武威簡.有司6・前漢

初出:初出は楚系戦国文字。ただし字形は部品の「夬」。現行字形の初出は前漢の隷書

字形:「衤」”ころも”+「夬」kwad(去)”裁断する”。両腕のために切れ込みを入れた貫頭衣やチョッキのたぐい。のちそこに袖を縫い付け、”たもと”を意味するようになった。「夬」の初出は西周中期の金文だが、衣類に関して用いたのは戦国時代まで下る。

慶大蔵論語疏は未詳字「〔丨支〕」と記し、「袂」と傍記する。

音:カールグレン上古音はmi̯ad(去)。同音は存在しない。『説文解字』に「袂:袖也。从衣夬聲。」というが、カ音とはまるで違うので、どちらかが間違っている。

用例:戦国中末期「包山楚簡」260に「一紛□(袷)。夬(袂)昷(韞)。」とあり、「昷」”綿入れ”の上に羽織る陣羽織のような衣類を指すか。

文献上の初出は論語郷党篇6。戦国時代の『荘子』『呂氏春秋』にも用例がある。『呂氏春秋』知接篇に「蒙衣袂而絕乎壽宮。」とあり、戦国最末期まで陣羽織のたぐいとされており、”たもと”ではない。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に同音同訓は無い。

学研漢和大字典

会意。「衣+夬(きりこみを入れる、一部を切りとる)」。胴の両わきを切りとってつけたたもと。

語義

  1. {名詞}そで。衣服のそで。
  2. 《日本語での特別な意味》
    ①たもと。和服のそでで、袋状になった部分。
    ②たもと。かたわら。そば。「橋の袂」。

字通

[会意]衣+夬(けつ)。夬は玉器の円環の一部を欠くもの、欠落のある意。袂は衣の袖口の形をいう。〔説文〕八上に「褎(しう)なり」とあり、夬声とするが、声が合わない。前条の褎字条に「袂なり」とあって互訓。袖は褎の俗字である。

迷(ベイ・9画)

迷 楚系戦国文字
郭.語4.13

初出:初出は楚系戦国文字

字形:〔辶〕”みち”+音符「米」。

音:カールグレン上古音はmiər(平)。同音に「麛」(平)”鹿の子”、「瀰」”水の盛んなさま”、「米」、「眯」(以上上)”くらむ・くらます”。「メイ」は慣用音。呉音は「マイ」。論語語釈「惑」も参照。

論語時代の置換候補:上古音の同音同訓「眯」の初出は戦国末期の金文。『大漢和辞典』に音ベイ訓まようは他に存在しない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「辶+(音符)米(小つぶで見えにくい)」。類義語に惑。付表では、「迷子」を「まいご」と読む。▽「名(メイ-すぐれている)」のもじりから「珍妙である」の意に用いることがある。

語義

  1. {動詞}まよう(まよふ)。まよい(まよひ)。道がわからなくなってさまよう。また、どうしたらいいかわからなくなってとまどう。方向を見失った状態。「実迷塗其未遠=実に塗に迷ふこと其れいまだ遠からず」〔陶潜・帰去来辞〕
  2. {動詞}まよわす(まよはす)。見えなくする。正しい判断・行動ができないようにする。
    み{名詞}あることに夢中になっていること。また、そのような人。…狂。…マニア。「戯迷(芝居狂)」。
  3. {形容詞}はっきりしない。ぼんやりしてとまどっているさま。「低迷」「迷妄(メイモウ)」。
  4. {動詞・名詞}《仏教》まよう(まよふ)。まよい(まよひ)。さとりがひらけない。心のくもり。

字通

[形声]声符は米(べい)。〔説文〕二下に「或(まど)ふなり」とあり、〔玉篇〕に「亂るるなり」とする。〔詩、小雅、節南山〕「民をして迷はざらしむ」、また〔書、無逸〕「殷王受(紂)の、迷亂して、酒德に酗(よ)へるが若(ごと)くすること無(なか)れ」のように、徳の乱れることをいう。詐(いつわ)って狂することを迷陽といい、生きかたを誤ることを迷途という。

辟(ヘキ・13画)

辟 甲骨文 辟 金文
甲骨文/毛公鼎・西周晚期

初出:初出は甲骨文

字形:字形は「卩」”うずくまった奴隷”+「口」”ことば”+「辛」”針または小刀で入れる入れ墨”で、甲骨文では「口」を欠くものがある。原義は意見や武器で君主に仕える者の意で、王の側仕え。

音:カールグレン上古音はbʰi̯ĕkまたはpi̯ĕk(共に入)。入声で昔-滂の音は不明。前者の同音に「闢」。論語語釈「闢」を参照。

用例:「甲骨文合集」20024.1に「戊午卜王勿禦子辟」とあり、貴族の名と解せる。

「甲骨文合集」00438正.7に「貞辟有循 小告」とあり、”家臣”と解せる。

西周早期「大盂鼎」(集成2837)に「隹殷邊𥎦。田𩁹殷正百辟。率肆于酉。古喪𠂤巳。」とあり、「邊𥎦(侯)」と「百辟」が別ものと記されていることから、「辟」は”諸侯”ではなく”官僚”・”高官”を意味するだろう。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義のほか人名に用い、金文では”管理”(牧簋・年代不明)、”君主”(獻簋・殷末)、”長官”(盂鼎・西周早期)、”法則”(牆盤・西周)、”君主への奉仕”(師望鼎・西周中期)の用例があるという。

”たとえる”の語義は、「比」bʰi̯ər(平/去)またはpi̯ər(上/去)と通じ、戦国時代以降に音を借りた仮借。春秋末までに、明確に”たとえる”と読める出土例はない。論語語釈「比」を参照。「譬」pʰi̯ĕɡ(去)の字の初出が後漢の『説文解字』だから、それ以前に仮借があったことになる。論語語釈「譬」も参照。『大漢和辞典』で音ヒ訓たとえるは「譬」のみ。

学研漢和大字典

会意文字で、「人+辛(刑罰を加える刃物)+口」で、人の処刑を命じ、平伏させる君主をあらわす。また、人体を刃物で引き裂く刑罰をあらわすとも解せられる。ヘキの音は、平らに横にひらくの意を含む。璧(ヘキ)(平らな玉)・壁(平らなかべ)・卑(ヒ)(平ら)と同系のことば、という。

語義

ヘキ漢, ヒャク呉(入)陌(昔)
  1. {名詞}きみ。人々を平伏させておさめる人。君主。また、その位。「辟王(ヘキオウ)(君主)」「復辟(君主の位に復帰する)」「惟辟作福=惟れ辟福を作す」〔書経・洪範〕
  2. {動詞}めす。その人の占めている座から横にひっぱる。人を引き抜く。「辟召(ヘキショウ)」。
ヘキ漢, ヒャク呉(入)陌(昔)
  1. {名詞}つみ。からだを横ざきにする刑罰。重い刑。《類義語》劈(ヘキ)(横裂き)「大辟(タイヘキ)(死刑)」「正刑明辟=刑を正し辟を明らかにす」〔礼記・王制〕
  2. (ヘキス){動詞}さける(さく)。横によける。▽避(ヒ)に当てた用法。「辟易(ヘキエキ)」「辟内難也=内難を辟くるなり」〔春秋公羊伝・荘二七〕
  3. (ヘキス){動詞}横におし開く。じゃまものを左右におしのける。▽選(ヘキ)・闢(ヘキ)に当てた用法。「辟除(ヘキジョ)」「辟土墾草=土を辟し草を墾る」〔淮南子・主術〕
  4. (ヘキナリ){名詞・形容詞}よこしま。正しい筋道から横にそれたこと。▽僻・癖(ヘキ)に当てた用法。「辟邪(ヘキジャ)(よこしま)」。
  5. (ヘキナリ){形容詞}中心からそれている。ずれている。▽僻・避に当てた用法。「師也辟=師也辟なり」〔論語・先進〕
  6. 「辟如(タトエバ…ノゴトシ)」とは、他の物事をひきあいにだしていうと…のようだの意。《類義語》譬如。「辟如登高必自卑=辟へば高きに登るには必ず卑きよりするがごとし」〔中庸〕
  7. 「辟歴(ヘキレキ)」とは、ぴりぴりと横に裂けるような、はげしい雷。《同義語》霹靂・劈歴。

字通

[会意]尸(し)+口+辛(しん)。尸は人の側身形。辛は把手(とつて)のある細身の曲刀の形。この曲刀で、人の腰間の肉を切り取る刑罰の法を示し、口はその肉片の形。もと円い形にかかれている。辟は刑辟を意味する字である。〔説文〕九上に「法なり。卩(せつ)に從ひ、辛に從ふ。其の辠(つみ)を節制するなり。口に從ふは、法を用ふる者なり」とするが、すべて字形の解釈を誤まる。卜辞に「多辟臣」の語があり、罪辟によって神の徒隷とされたものの意である。西周期の金文には、〔大盂鼎(だいうてい)〕に「殷の正百辟」、〔麦尊(ばくそん)〕に「辟(きみ)邢侯(けいこう)」、〔献彝(けんい)〕に「朕(わ)が辟たる天子*」のように辟君の意に用い、また「先王に辟(つか)ふ」「我一人に辟ふ」のように辟事する意に用いる。また罪辟の意よりして法則の意が生まれ、辟治の意となる。もと刑辟を意味し、腰斬の刑を大辟という。それで辟声の字に、側僻の意をもつものが多い。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

闢(ヘキ・21画)

闢 金文
大盂鼎・西周早期

初出:初出は西周早期の金文。但し字形は「門」+「又」”手”二つ。現行字体の初出はおそらく定州竹簡論語。確実な初出は後漢の『説文解字』。

字形:初出の字形は手で門を開くさまで、原義は”ひらく”。

音:「ビャク」は呉音。カールグレン上古音はbʰi̯ĕk(入)。同音に「辟」。論語語釈「辟」を参照。

用例:「漢語多功能字庫」によると、金文では”とりぞのぞく”(大盂鼎・西周早期)、原義に(中山王方壺・戦国早期)用いられた。

学研漢和大字典

会意兼形声。辟(ヘキ)は「人+辛(刑罰用のはり)+口」の会意文字で、人体を横ざきにする刑をあらわす。左右にひらく、平らになる、また、平たく横にさけるという基本義をもつ。闢は「門+(音符)辟」で、門のとびらを横に押しひらくこと。避と同系。類義語に啓。

語義

  1. {動詞}ひらく。とじた門を左右にあける。また、あく。横に押しひらく。「天地開闢(カイビャク)」。
  2. {動詞}土地をひらく。「闢土(ヘキド)」。
  3. {動詞}さける(さく)。よこにさける。《類義語》避。「是以闢耳目之欲=是を以て耳目の欲を闢く」〔荀子・解蔽〕
  4. {動詞}左右におしのける。しりぞける。のぞく。

字通

声符は辟(へき)。金文の字形は、両手で左右の門戸を開く形であるから会意。闢はのちの形声字である。辟は刑辟で、切りひらく意がある。〔説文〕十二上に「開くなり」という。金文の〔大克鼎〕に「厥(そ)の匿(とく)(悪)を闢(ひら)き、四方を匍(敷)闢(ふいう)す」、また〔彔伯シュウ 外字卣(ろくはくしゆうゆう)〕に「四方を右(佑)闢(いうへき)す」とあり、闢に邪悪を避け祓う意がある。天地幽暗の時代から、はじめて秩序が生まれることを、開闢(かいびやく)という。

別(ヘツ・7画)

別 甲骨文 別 秦系戦国文字
合17230/睡虎地簡11.34・戦国最末期

初出:初出は甲骨文とされるが現行字形と共通するのは「刀」=「刂」のみ。金文は未発掘で、事実上の初出は戦国末期の秦系戦国文字。

字形:甲骨文とされる字形は左右逆Z字形+「刂」”かたな”で、逆Z字形を中国の漢学界では「冎」”ほね”だとする。根拠は不明。甲骨文の逆Z字形は2例あるが(合集3236・32770)、どちらも断片で文として解釈出来ず、「国学大師」では釈文していない。

秦系戦国文字の字形は農具のスキ+「刀」で、スキで地面を切り分けるさま。

音:「ベツ」は慣用音、「ベチ」は呉音。カールグレン上古音はbʰi̯atまたはi̯atp(共に入)。同音は存在しない。

用例:甲骨文は3例しか知られず、欠字が多くて判別不能。

戦国最末期「睡虎地秦簡」倉律63に「別計其錢」とあり、”分ける”と解せる。

同日甲88背壹に「其後必有別,不皆(偕)居,咎在惡室。」とあり、”分かれる”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』で部品に「別」を含まない同音同訓に「𠔁」(初出甲骨文、カ音不明)、「蔽」(初出楚系戦国文字)。

学研漢和大字典

会意。冎は、骨の字の上部で、はまりこんだ上下の関節骨。別は、もと、「冎+刀」で、関節を刀でばらばらに分解するさまを示す。八(わける)・撥(ハツ)(二つに離す)と同系。半(二つにわける)や判(二つにわける)は、その語尾がnに変化したことば。異字同訓に分。

語義

  1. {動詞・名詞}わかれる(わかる)。わかれ。はなればなれになる。また、そのこと。「離別」「恨別鳥驚心=別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」〔杜甫・春望〕
  2. {動詞}わかつ。べつべつにわける。区別する。「不敬、何以別乎=敬せずんば、何をもってか別(わか)たん」〔論語・為政〕
  3. {名詞}違い。区別。「夫婦有別長幼有序=夫婦に別有り長幼に序有り」〔孟子・滕上〕
  4. (ベツノ)・(ベツニ){形容詞・副詞}それとはべつであるさま。そのほかに。「別致(ほかのおもむき)」。
  5. {副詞}《俗語》…するな。…してはいけない。▽「不要」のつづまったことば。

字通

[会意]冎(か)+刀。冎は上体の骨の形。骨節のところを刀で分解する意。牛角を刀で解くことを解といい、骨間をわかつことを別という。〔説文〕四下に「分解するなり」とあり、分離解体することを原義とする。〔書、康誥〕に「別(あまね)く先哲王に求め聞く」の「別」は、辨(弁)・偏と通用の義がある。

片(ヘン・4画)

片 甲骨文 片 隷書
乙2772/隷書

初出:初出は甲骨文とされるがおそらく「爿」”寝台”の間違い。確実な初出は「爿」「片」揃った形で族徽(家紋)の一部として見られる殷代末期の金文、ただし部品であり単独の初出は後漢の『説文解字』

字形:金文では西周中期に至るまで、族徽として「爿」「片」が揃って現れ、何の象形かは不明だが、”右半分”を意味し得ることは分かる。

字通 将

音:カールグレン上古音はpʰian(去)。同音は存在しない。

用例:西周中期に至るまで、族徽の一部や人名の一部として現れ、何を意味しているか不明。春秋時代の発掘例は無い。

戦国早期「𣂔君戟」(集成11214)も人名「𣂔セキ」の一部で語義が分からない。

文献上の初出は論語顔淵篇12で、戦国中期の『荘子』、戦国時代を通じて編まれた『列子』にも見えるが、後漢に至るまでそれ以外の用例が無い。

論語時代の置換候補:上古音の同音は存在しない。『大漢和辞典』で同音同訓は存在しない。

学研漢和大字典

象形文字で、爿(ショウ)(寝台の長細い板)の逆の形であるともいい、また木の字を半分に切ったその右側の部分であるともいう。いずれにせよ木のきれはしを描いたもの。薄く平らなきれはしのこと。判(二つに切る)・半・篇(ヘン)(薄く平らな竹ふだ)と同系のことば。

語義

  1. {名詞}きれ。薄く平らなきれはし。「木片」「断片」。
  2. {形容詞}少しであるさま。わずかなさま。また、一面に広がったさま。「片時」「片雨」「一片沙(イッペンノスナ)」。
  3. {単位詞}ひら。かけ。きれ。薄く平らなきれはしを数えるときのことば。「長安一片月=長安一片の月」〔李白・子夜呉歌〕
  4. 《日本語での特別な意味》
    (1)かた。二つで一組になるもののうちの一つの意をあらわすことば。「片親」。
    (2)かた。中心の部分から離れていて遠いの意をあらわすことば。「片田舎(カタイナカ)」。
    (3)かた。不完全であるの意をあらわすことば。「片手間」。
    (4)ペンス。イギリスの貨幣の単位。ペニーの複数形。▽penceの音訳。

字通

[象形]城壁などを築くときの、版築に用いるあて木の形。片を両辺に立て、中に土を盛り、これを擣(つ)き堅めて土壁とする。その方法を版築という。〔説文〕七上に「判木なり。半木に從ふ」とあり、自然木の枝のついたままのものを両半したものと解するが、片の旁出するものはあて木として立てるためのもので、これを平面におけば牀となる。片方の意よりして、ものの一偏をいい、僅少・一部分の意となる。片雲・雪片・花片のように形あるもののほか、片言・片志のように形のないものにもいう。

卞(ヘン・4画)

卞 金文
九年衛鼎・西周中期

初出は西周中期の金文。カールグレン上古音はbʰi̯an(去)。「ベン」は呉音。

学研漢和大字典

会意。弁は、冠をかぶることを示す。卞は、弁(ベン)の俗字。

語義

  1. {名詞}布でつくった冠。
  2. {形容詞}薄っぺらでせかせかするさま。せっかちなさま。《同義語》⇒偏。「荘公、卞急而好潔=荘公、卞急にして潔を好む」〔春秋左氏伝・定三〕
  3. {形容詞・名詞}平易で、普及しやすいさま。行いやすい方法。▽便に当てた用法。「率循大卞=大卞に率循す」〔書経・顧命〕

字通

[象形]冠の形。古い字形はないが、漢碑の〔礼器碑〕〔孔宙碑〕にみえる字形によって考えると、舞うときに髪を包む冠の形であろうと思われる。弁(べん)と同声の字である。髪を包んで急疾の舞をするので、卞急の意がある。また手を加えて、はげしく舞うことを抃舞という。

辨/弁(ヘン・5画)

共 弁 甲骨文 弁 金文
「弁」合2795/「辨」辨作文父己簋・西周早期

初出:”冠”の意での初出は甲骨文。”分ける”意での初出は西周早期の金文

字形:「弁」の字形は両手で冠を頭に乗せる様。のち「弁」・「共」へと分化した。「辨」の字形は〔䇂〕(漢音ケン)”切り出しナイフ”二本の間に「刀」を添えたさま。原義は”切り分ける”。

音:カールグレン上古音は”分ける”の意でbʰi̯an(上)、”冠”・”花びら”の意でbʰăn(去)。「ベン」は呉音。

用例:西周の金文では、人名(「辨乍文父己𣪕」集成3714)のほか、音を借りて「遍」”あまねし”の意に(「乍册䰧卣」集成5432)用いた。また西周早期「小子生尊」(集成6001)に「王令生辨事〔于〕公宗」とあり、”事務を処理する”と解せる。

学研漢和大字典

「弁」は会意文字で、冠の形に両手を加えたもの。ベンという語は被(ヒ)(かぶる)・蔽(ヘイ)(おおう)などと同系。▽辨は「辛(刃物)二つ+刀」、辯は「辛(刃物)二つ+言」、瓣は「辛(刃物)二つ+瓜」の会意文字で、刃物や刀で物事や瓜を切りわけることをあらわす、という。

語義

  1. {名詞}かんむり。頭にかぶる、三角につまんだずきん型のかんむり。または、板状のかぶり物。《同義語》⇒冕(ベン)。《類義語》冠(カン)。「冠弁」「武弁(武士のかんむり)」。
  2. (ベンス){動詞}冠をつける。元服する。
  1. {名詞}理屈をわけてのべた議論。▽弁は「辯舌」の辯に当てた略字。《類義語》辞。「称夫子好弁=夫子弁を好むと称す」〔孟子・滕下〕
  2. (ベンズ){動詞}理屈めいた議論をする。
  3. (ベンナリ){形容詞}ものをいうことがじょうずであるさま。弁舌さわやかであるさま。「弁而不徳=弁にして徳あらず」〔史記・呉太伯〕
  4. 《日本語での特別な意味》言いぶり。また、方言。「関西弁」
辨・辧
  1. (ベンズ){動詞}わける(わく)。わかつ。わきまえる(わきまふ)。けじめをつけてわける。▽弁は「辨別(ベンベツ)」の辨に当てた略字。《類義語》分・別。「弁別」「明弁之=明らかにこれを弁ず」〔中庸〕。「安能弁我是雄雌=いづんぞ能く我は是れ雄か雌かを弁ぜんや」〔古楽府・木蘭辞〕
  2. {名詞}けじめ。区別。「君臣の弁(主人と家来のけじめ)」。
  3. (ベンズ){動詞}ややこしい仕事にけじめをつけて処理する。「弁理」「弁償(償いをする)」。
  4. 《日本語での特別な意味》べん。太政官の官名。左右にわかれ、それぞれ大弁・中弁・小弁が一名。太政官の事務を処理し、また、八省の連絡事務を担当する。弁官。
  5. 《日本語での特別な意味》「弁当」の略。
  1. {名詞}花びら。「五弁」「弁香(花のかおり。転じて、人の名声や徳)」。
  2. {名詞}瓜(ウリ)の核(サネ)。なかご。
  3. 《日本語での特別な意味》べん。管の出入り口にあって液体や気体の出入りの量を開閉することによって調節する花弁状のもの。

字通

弁/辨

[形声]旧字は辨に作り、声符は辡(べん)。辡は当事者二人が盟誓をして争訟を行う意。〔説文〕四下に「判(わか)つなり」とあり、字を剖(ほう)・判の間に列して分割の意とするようであるが、辨はもと争訟に対して是非の判断を加える意であり、裁判することをいう。

弁/覍

[象形]弁冠の形。〔説文〕八下に字の正形を覍とし「冕(べん)なり。周には覍と曰ひ、殷には吁(く)と曰ひ、夏には收と曰ふ。皃(貌)に從ふ。象形」とし、重文二を録する。その一体である弁は、髪を包む形。文官は黒い布で作り爵弁、武官は白鹿の皮で作り皮弁。弁には玉飾を多く加えて「会弁」という。〔周礼、夏官〕に弁師の官があり、王の五冕を掌る。弁は頭に加えるものであるから、書の巻頭にそえる語を弁言という。弁はいま辨・瓣・辯の常用漢字として用いるが、みな本来の字義のあるものであり、また弁にもその本義がある。

弁/瓣

[形声]旧字は瓣に作り、声符は辡(べん)。〔説文〕七下に「瓜中の實なり」とあり、瓜中に整然とならぶなかごをいう。辡はもと獄訟をいう字であるが、辡声の字には辯・辮のように相並び、あるいは交錯する状態をいうものがある。

弁/辯

[形声]旧字は辯に作り、辡(べん)声。辡は二辛。辛は入墨に用いる針の形。獄訟のときには当事者がそれぞれ自己詛盟をし、もし盟誓にたがうことがあれば墨刑を受ける旨を誓約して行われた。言はその自己詛盟をいう。〔説文〕十四下に「治むるなり」とは、獄訟を治める意。のち弁争・弁護の意となる。〔周礼、秋官、郷士〕「其の獄訟を辯ず」、また〔礼記、曲礼上〕「分爭辯辯」のような用字例からいうと、辯はもと獄訟に関して用いる字。その是非を裁定することを辨(弁)といった。

變/変(ヘン・9画)

変 金文 䜌 金文
「變」曾侯乙鐘・戰國早期/「䜌」欒書缶・春秋

初出:初出は戦国早期の金文(下掲)。ただし釈文は□のまま。

字形:初出の字形は字形は「占」+「又」”手”+「言」で、先を占うさま。「為穆音󱱹商」の「□」にあたる。現行字体の字形は「絲」”糸→つながる”+「言」+「攵」”打つ”で、「䜌」は音符とされ、”乱れる”の語釈が『大漢和辞典』にある。初出は戦国中期の「詛楚文」で、明確に”変わる・変える”と読める初出でもある。

変 秦系戦国文字「詛楚文」

有秦嗣王,敢用吉玉瑄璧,使其宗祝邵鼛布忠,告於丕顯大神巫咸,以底楚王熊相之多罪。昔我先君穆公及楚成王,實戮力同心,兩邦若壹,絆以婚姻,袗以齊盟。曰:葉萬子孫,毋相為不利。親即丕顯大神巫咸而質焉。今楚王熊相康回無道,淫佚耽亂,宣侈競從,輸盟制。內之則暴虐不辜,刑戮孕婦,幽刺親戚,拘圉其叔父,置諸冥室櫝棺之中;外之則冒改久心,不畏皇天上帝,及丕顯大神巫咸之光烈威神,而兼倍十八世之詛盟。率諸侯之兵,以臨加我,欲滅伐我社稷,伐滅我百姓,求蔑法皇天上帝及丕顯大神巫咸之恤。祠之以圭玉、犧牲,逑取我邊城新隍,及鄔、長、親,我不敢曰可。今又悉興其眾,張矜億怒,飾甲底兵,奮士盛師,以逼我邊競。(讀作境。)將欲復其兇跡,唯是秦邦之羸眾敝賦,鞟䩱(音俞,刀鞘也,言以革飾刀鞘也。)棧輿,禮使(上聲。)介老,將(去聲。)之以自救也。繄(亦)應受皇天上帝及丕顯大神巫咸之幾靈德,賜克劑楚師,且復略我邊城。敢數楚王熊相之倍盟犯詛,箸諸石章,以盟大神之威神。

『大漢和辞典』で音ヘン訓かわるは、他に存在しない。

變 変 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔亠幺言幺犮〕」と記す。「魏傅母杜法真墓誌」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はpli̯an(去)。同音は存在しない。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論04に「牛生而長,鴈生而伸,其性也,人生而學,或變之也。」とあり、「牛生まれてそだち、いたづらに生きてゆ、其れさがなり。人生まれて学び、或いはこれと変わらん」と読め、”変わる”と解せる。

論語時代の置換候補:「漢語多功能字庫」によると「「變」古作「䜌」,更改也」とあり、「䜌」luɑn(平)の初出は西周末期の金文。語釈は大漢和辞典を参照。どうも字形と音が違いすぎるように思う。加えて「漢語多功能字庫」䜌条によると、「䜌」が「變」の語義を獲得したのは戦国の竹簡からであり、論語の時代に適用できない。

曾侯乙鐘『殷周金文集成』「曾侯乙鐘」2884b

割肂之󱱷角。坪皇之𦏴。󱝖孠之𦏴曾。為獸鐘󱱷𩒺下角。為穆音󱱹商。

また「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」「国学大師」を参照しても、春秋末期までには”鈴の一種”・”蛮族”・”吹き流しのついた旗”人名の用例しか確認できない。

学研漢和大字典

会意。變の上部は「絲+言」の会意文字で、乱れた糸を解こうとしても解けないさま。変にもつれた意を含み、乱と同系のことば。變(ヘン)は、それに攴(動詞の記号)をそえた字で、不安定にもつれてかわりやすいこと。類義語に代。異字同訓に換える・換わる「物を金に換える。名義を書き換える。車を乗り換える。金に換わる」 替える・替わる「振り替える。替え地。替え歌。二の替わり。入れ替わる。社長が替わる」 代える・代わる「書面をもってあいさつに代える。父に代わって言う。身代わりになる」。

語義

  1. (ヘンズ){動詞}かわる(かはる)。かえる(かふ)。不安定で姿や性質が今までと違った状態になる。また、その状態にする。《対語》⇒常・恒。《類義語》化。「急変」「変則化=変ずれば則ち化す」〔中庸〕
  2. {名詞}ふしぎな異常な出来事。《対語》常。「変事」「天変地異(自然界の異常な出来事)」。
  3. {名詞}政治上の事件や内乱・戦争。「変乱」「事変」。
  4. {形容詞・名詞}平常とは異なったさま。異常なときの特例。「変則」「権変(臨時の規則)」。
  5. {名詞}「変文」、または「変相」の別称。絵解き説経の語り。
  6. {形容詞}音楽で、音階を半音だけ低くすること。《対語》嬰(エイ)。
  7. 《日本語での特別な意味》「変格活用」の略。「カ変」「サ変」。

字通

[会意]旧字は變に作り、䜌(ばん)+攴(ぼく)。〔説文〕三下に「更(かは)るなり」と訓し、䜌声とするが、攴は〔繫伝〕に「攴は爲すこと有るなり」というように、撃つことを示す字で、䜌はその撃つべき対象である。〔広雅、釈詁三〕に「剔(あなど)るなり」とあり、變とは変改することをせまる呪儀をいう。言は神に対する立誓で、誓盟をいう。言の両旁に、呪飾として糸飾りがある。その盟誓の書を撃つことは、その盟誓を破り、これを変改することを示す。ゆえに変更・変乱・事変の意となる。変更の更もその初形は㪅に作り、丙形の器を撃つ呪儀を示す字である。改の初文攺は、巳(蛇)形のものを殴(う)つ形。㱾改(かいかい)という祓いの儀礼も、㱾は祟(たたり)をなす呪獣を毆(う)つ形で、亥は祟(すい)ともと同字である。およそ「うつ」ことによって、呪的にものを変更しうるという考えがあった。金文の〔散氏盤(さんしばん)〕に「爽ヘン 外字(さうへん)」という語があり、ヘン 外字は廟中に盟誓の器をおく形。「變」のような儀礼は、廟中の聖所で行われたのであろう。

便(ヘン・9画)

便 金文
𠑇匜・西周末期

初出:初出は西周末期の金文

字形:「亻」+「更」で、「更」は「宀」”屋根”+「攴」”打つ”。一家の中で刑罰を取り締まる者の意。

音:カールグレン上古音はbʰi̯an(平)。「ベン」は呉音。

用例:論語の時代以前には一例のみ知られる。西周末期「𠑇匜」(集成10285)に「便(鞭)女(汝)五百」「義(宜)便(鞭)女(汝)千」とあり、”鞭打つ”と解せる。

”すなわち”・”よろしい”の語義は、戦国文字まで時代が下る。

学研漢和大字典

会意。丙は、尻を開いて両股(モモ)をぴんと両側に張ったさまを描いた象形文字。更(コウ)は「丙+攴(動詞の記号)」の会意文字で、ぴんと張るの意を含む。便は「人+更」で、かたく張った状態を人が平易にならすことをあらわす。かど張らないこと、平らに通ってさわりがないの意を含む。扁(ヘン)(平ら)・篇(ヘン)(平らな竹札)・片(平らな板)と同系。また、平(ヘイ)(たいら)とも縁が近い。

語義

ヘン(去)
  1. (ベンナリ){形容詞}平らで支障がないさま。「便利」「行快而便於物=行快にして物に便なり」〔淮南子・本経〕
  2. (ベンナリ){形容詞}物事をするのに都合のよいさま。また、するすると物事が運ぶさま。「便宜」「便於出入=出入に便なり」。
  3. {名詞}都合のよい機会。「胡兵伺便=胡兵便を伺ふ」〔李華・弔古戦場文〕
  4. {形容詞}平易でかどが張らないさま。「便衣(ベンイ)(ふだん着)」「便殿(ベンデン)」。
  5. {名詞}すらりと通る、通じ。「大便」。
  6. {接続詞}すなわち(すなはち)。→語法。
  7. {副詞}たやすく。簡単に。「咸陽一火便成原=咸陽も一火に便く原と成る」〔呉融・廃宅〕
  8. {名詞}たより。手紙。また、ことづて。「幸便」。
ヘン(平)
  1. {形容詞}口先がうまい。「便口」。
  2. 「便便」とは、腹が太っているさま。
  3. 《日本語での特別な意味》交通のてだて。また、船や車の出る回数・順序を数えることば。「第一便」。

語法

▽前の状況が後の状況へとどこおりなく移行する場合に用いる。

「すなわち」とよみ、

  1. 「すぐに」「急に」と訳す。時間的に前後に間をおかず続いておこる意を示す。「応声便為詩=声に応じて便(すなは)ち詩を為(つく)る」〈言われるやいなや、すぐに詩を作った〉〔世説新語・文学〕
  2. 「そうすると」「たやすく」と訳す。前節をうけて、後節の結果を導く意を示す。「毎有意会、便欣然忘食=意に会ふこと有る毎(ごと)に、便(すなは)ち欣然(きんぜん)として食を忘る」〈気に入ることがあるごとに、たちまち喜んで食事も忘れてしまう〉〔陶潜・五柳先生伝〕
  3. 「とりもなおさず」と訳す。強調の意を示す。▽「便是」は、「すなわちこれ」とよみ、意味は同じ。「匡廬便是逃名地=廬は便(すなは)ちこれ名を逃るるの地なり」〈匡仙の住む盧山、こここそ俗世間の評判から逃れるのによい土地だ〉〔白居易・香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁〕

字通

[会意]人+更。更に更改の意がある。〔説文〕八上に「安んずるなり。人、不便なること有るときは、之れを更(あらた)む。人と更とに從ふ」とするが、その会意によって便安・便利の意となることを説きえない。金文のギョ 外字(ぎよ)は馬に鞭度(べんたく)を加える形であるが、そのギョ 外字の従うところは更の字形に近く、便とは人に鞭度を加える意象の字であろうと思われる。ゆえに人を駆使する意となり、便利捷給の意となる。更は変更・更改の意で、もとその呪的な方法を示す字であった。鞭度を加えて祓い、安堵することから、他の諸義が生じたものであろう。

偏(ヘン・11画)

偏 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:「亻」+「扁」”かたよる”。片寄った人格のさま。

偏 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔亻尸冊〕」と記す。上掲「周左金吾郎将楊順墓誌」(武周)刻。武周とは則天武后時代の王朝名。

音:カールグレン上古音はpʰi̯an(平)。同音は「篇」、「翩」、「猵」”カワウソ”。

用例:文献上の初出は論語子罕篇32。戦国の竹簡にも「偏」と釈文されている字はあるが、原字がネット上で公開されていない。

論語時代の置換候補:部品で近音の「扁」pian(上)。西周末期「師󱤪𣪕(𣪕敦、白龢父敦)」(集成4311)に「󱜤𤔲我西扁。東扁。僕馭百工。」とあり、”(地の)はて”と解せる。

備考:「篇」「翩」(初出説文解字)にも”ひるがえるさま”の語釈がある。

学研漢和大字典

会意兼形声。扁は「戸(平らな板)+冊(薄いたんざく)」の会意文字で、薄く平らにのびたの意を含む。平らにのびれば行き渡る(→遍)、また、周辺に行き渡ると、周辺は中央から離れるの意を派生する。偏は「人+(音符)扁」で、おもに扁の派生義、つまり、中心から離れてかたよった意をあらわす。似た字(遍・偏)の覚え方「道はあまねし(遍)、人はかたよる(偏)」。

語義

  1. (ヘンス){動詞}かたよる。中心をそれて一方にかたよる。《対語》⇒正。「偏向」「雲髻半偏新睡覚=雲髻半ば偏して新睡覚む」〔白居易・長恨歌〕
  2. (ヘンナリ){形容詞}中央からそれて片すみに寄っているさま。片いなかであるさま。「偏僻(ヘンペキ)」「心遠地自偏=心遠くして地自ら偏なり」〔陶潜・飲酒〕
  3. {副詞}ひとえに(ひとへに)。水準を越えて一方にかたよるさま。いやが上にも。そればかり。《類義語》頗(ハ)(すこぶる)。「台上偏宜酩酊帰=台上偏に酩酊して帰るに宜し」〔高適・早春宴蓬池〕
  4. {名詞}漢字の字形の構成要素で、左右にわけられる左側の部分。さんずい(酉)・にんべん(遒)など。多くは、その字の意味する物事の種別をあらわす。▽右側の部分を傍という。《同義語》扁。「偏傍(=扁旁)」。
  5. {副詞}《俗語》あいにく。

字通

[形声]声符は扁(へん)。扁は片折り戸。扁に片よる、片方の意がある。〔説文〕八上に「頗(かたよ)るなり」、〔広雅、釈詁四〕に「方(かたよ)るなり。邪(なな)めなり」とみえる。〔左伝、閔二年〕「身の偏(かたへ)に衣(き)せしむ」とあるのが本義。ものの一半を偏といい、〔荀子、礼論〕に「三者のうち偏(ひとつ)無ければ安人無し」のように用いる。〔左伝、宣十二年〕「卒は偏の兩なり」とは、軍の車乗の編成で一偏十五乗、二班のうちの一班をいう。

騈(ヘン・16画)

初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音は不明。論語語釈「屏」も参照。「ベン」は呉音。

学研漢和大字典

会意兼形声。「馬+(音符)并(ヘイ)(二つならぶ)」。併(ならぶ)・並(ならぶ)と同系。

語義

  1. {名詞}二頭ならべて車を引かせる馬。
  2. {動詞}ならべる(ならぶ)。ならぶ。そろえてならべる。対(ツイ)をなしてならぶ。

字通

(条目無し)

新漢語林

形声。馬+幷。音符の幷(ヘイ=ヘン)は、ならぶの意味。二頭の馬を並べて車につけるの意味を表す。

  1. なら-ぶ。なら-べる(ならぶ)。
    二頭の馬を並べて車につける。
    連なる。連ねる。また、重なる。重ねる。
    続く。続ける。
    合わさる。合わせる。
  2. 組む。仲間をつくる。また、組。仲間。
  3. むだなもの。手足にできる、たこ・まめの類い。

鞭(ヘン・18画)

鞭 甲骨文 鞭 金文
合集20842/𠑇匜・西周末期

初出:初出は甲骨文。「小学堂」による初出は西周中期の金文

字形:手に鞭を持った象形。金文では「人」と「宀」”屋根”が加わり、家内で使用人を鞭打ってコキ使う様。「便」とも釈文される。

音:「ベン」は慣用音。カールグレン上古音はpi̯an(平)。

用例:西周中期「曶鼎」(集成2838)に「不出,鞭余。」とあり、”鞭打つ”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「革(かわ)+(音符)便(平らで軽い、ひらひらと波うつ)」。翩(ヘン)(ひらひら)と同系。

語義

  1. {名詞}むち。馬をうって進ませるむち。また、人をうつむち。「著鞭=鞭を著く」〔晋書・劉蓑〕
  2. {動詞}むちうつ。むちでうつ。進むように励ます。

字通

[形声]声符は便(べん)。便の初形は、金文のギョ 外字(ぎよ)の字形に含まれている旁の部分の形で更に近く、それが鞭の象形であろう。金文の便もその形に従い、便はそれを人に加えている形である。〔説文〕三下に「毆(う)つなり」(段注本)とあり、〔段注〕に「經典の鞭は皆人に施して、馬に施すを謂はず」という。馬に施すときはギョ 外字といい、その鞭を策といった。人に施すのは刑罰のためで、〔書、舜典〕に「鞭は官刑を作(な)し、扑(ぼく)は敎刑を作す」、また〔国語、魯語上〕「簿刑には鞭扑を用ふ」という。のち杖刑・笞(ち)刑という。鞭撻(べんたつ)はもと牛馬に施し、人を刑するに用いたが、のち人を激励することをいう。

籩(ヘン・25画)

籩 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は後漢の説文解字

字形:「竹」+「邊」(辺)”広がる”。上部が広がった竹製のうつわ。

音:カールグレン上古音はpian(平)。

用例:論語泰伯編4に「籩豆之事」とあるのが事実上の初出。

春秋時代に存在した証拠はなく、戦国時代の『春秋左氏伝』僖公二十二年条に「加籩豆六品」、『韓非子』外儲左上に「令籩豆捐之」「籩豆所以食也」とある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』での同音同訓は「𠥣」のみで、『説文解字』に籩の異体字として載るのが初出。上古音の同音に五五位を共有する語義を共有する漢字は無い。

学研漢和大字典

会意兼形声。「竹+(音符)邊(ヘン)(=辺。平らに広がる)」。

語義

  1. {名詞}たかつき。竹でつくった、上ざらの平らなたかつき。祭りのときに、果実や肉を盛る。

字通

(条目無し)

大漢和辞典

リンク先を参照

免/免(ベン・8画)

免 甲骨文 免 金文
(甲骨文)/免卣・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:大陸と台湾では「免」が正字として扱われている。字形は「卩」”ひざまずいた人”+「ワ」かぶせ物で、「漢語多功能字庫」によると中共の御用学者である郭沫若が「冕」=かんむりの原形だと言ったらしいが、この男は信用できない。「卩」は隷属する者を表し、かんむりではあり得ない。字形は頭にかせをはめられた奴隷。

音:カールグレン上古音はmian(上)。

用例:春秋末期までに、明確に”免れる”と解せる出土例はない。

「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名を意味し、金文では姓氏の名(師閔鼎・西周)を意味した。戦国の竹簡では「勉」”努力する”、”免れる”、”もとどりを垂らして哀悼の意を示す”を意味した。

学研漢和大字典

会意。免の原字は、女性がももを開いてしゃがみ、狭い産道からやっと胎児が抜け出るさまを示す。上は人の形、中は両もも、下の儿印は、胎内から出る羊水。分娩(ブンベン)の娩の原字で、やっと抜け出る、のがれ出る意を含む。「免(まぬか)れる」は、「まぬがれる」とも読む。▽草書体をひらがな「め」として使うこともある。

語義

  1. {動詞}まぬかれる(まぬかる)。やっとのがれる。「免除」「民免而無恥=民免かれて恥無し」〔論語・為政〕
  2. (メンズ){動詞}どうにか許す。見のがす。やっと見のがしてやる。「放免」▽日本語の「ご免なさい」の免は漢語からの借用語。
  3. {動詞}ぬぐ。かぶっているもの、着ているものをぬぐ。「朔免冠謝=朔冠を免ぎて謝す」〔漢書・東方朔〕
  4. (メンズ){動詞}重荷から免除される。罰として官位を召しあげる意にも用いる。「免官」。
  5. {動詞}まぬかれる(まぬかる)。…しないですむ。「身衣口食且免求人=身衣口食且く人に求むるを免る」〔白居易・与微之書〕▽「不免=免れず」とは、どうしてもそうなってしまうの意。「不免於乱=乱を免れず」〔韓非子・五蠹〕
  6. {動詞}狭い産道を通して、やっと子をうみおとすこと。《同義語》⇒娩。

字通

[象形]字に二系あり、一は冑を免(ぬ)ぐ形で、逸脱の意がある。一は分娩の象で、胯間(こかん)をひらき、子の生まれる象で、娩の初文。俛焉(べんえん)の意がある。〔説文〕にみえず、ただ書中に多く免声の字を収めているから、説解を脱したものであろう。〔段注〕十上に「兔逸するなり。免に從ひ、足を見ず。會意」という説解を試みているが、兔とは関係のない字である。金文に免氏の諸器があり、その免字は免冑の象とみられる。〔国語、周語中〕「左右、冑を免ぎて下る」、〔礼記、曲礼上〕「冠を免ぐこと毋(なか)れ」のように用いる。また分娩の娩は、奐(かん)・弇(えん)・夐(けい)・㼱(ぜん)の字形と関係があり、奐は渙然として生子の出るさま。弇は生子をとり出す意。夐・㼱はふぐりの象を含む。分娩の娩は、俛・娩・勉の系列をなしている。字形近くして一となり、一字両義の字となった。

大漢和辞典

兎字の﹅を省いて兎の足が見えない意を示す。兎が速やかに走って足を身得ないことから、兎が疾走して人に獲れないで免れる意を示す。それからおよそ逃げ逸するを免という。一説に娩の字とし、女が子を生むこととす。

面(ベン・9画)

面 甲骨文 面 甲骨文 面 金文
甲骨文1/甲骨文2/『字通』所収金文

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は、隈取りをした目のものと、開いた花のもの二つが比定されており、字の成り立ちが必ずしも一系統だけでなかった例を示す。原義はおそらく”顔”だが、”…を向く”の意も、甲骨文の花形字形からみてあっただろう。甲骨文には他に五角形状の板の中央に目を描いたものがあり、これらの字形はやがて隈取り形の字形へ統合されていったように思われる。

音:「メン」は呉音。カールグレン上古音はmi̯an(去)。

用例:甲骨文は2例が知れるが欠損が多く判読不能。

西周早期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0955に「中(仲)爪面父令色以旁壺□□,才四朋。」とあり、人名の一部と解せる。

西周中期「師遽方彝」(集成9897)に「王乎(呼)宰利易(賜)師遽王面圭一、環章(璋)四,師遽拜𩒨首」とあり、周王が師遽なる人物に「王面圭」なる玉器を一つ下賜したと解せるが、元画像が確認できないので語義は不明。

春秋末期までの用例は、以上とその類例で全て。

戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」容成14に「子堯南面,舜北面」とあり、”…の方向を向く”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文では国名に用い、戦国の竹簡では”顔を向ける方向”の意に用いた。

学研漢和大字典

会意。「首(あたま)+外側をかこむ線」。あたまの外側を線でかこんだその平面をあらわす。緬(メン)(外側を線でかがる)・満(マン)(外わくの線でかこんだ中がいっぱいになる)などと同系。類義語の表は、包んだ物の外側。つまり外側に出た表面のこと。異字同訓におもて⇒表。草書体をひらがな「め」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}おも。おもて。まわりを線でぐるりととりまいた顔。また、顔に似せたもの。「顔面」「仮面」「面如生=面生くるがごとし」〔春秋左氏伝・僖三三〕
  2. {名詞}おもて。まわりを線でかぎった平らな広さ。物体の外側。数学では、厚さのない広がり。「表面」「側面」「書面」。
  3. (メンス){動詞}かおを向ける。ある方角を向く。《同義語》⇒遠。《類義語》向。「南面」「北面」「面朝後市=朝に面し市を後ろにす」〔周礼・匠人〕
  4. (メンス){動詞}そむく。うしろを向く。かおをそむける。《同義語》遠。「馬童面之=馬童これに面く」〔史記・項羽〕
  5. {名詞}がわ。むき。方向。「方面」「前面」。
  6. {単位詞}平面をなす物を数える単位。「銅鏡一面」「扇子(センス)二面」。
  7. {名詞}《俗語》小麦粉を練って細く長く切ったもの。うどんやそば。▽麵に当てた用法。
  8. 《日本語での特別な意味》めん。
    ①仮面。「能面」「お面」。
    ②剣道で用いる、顔をおおう道具。またその道具の上部を打ちすえること。「面とこて」。

字通

[象形]ひら面の形。〔説文〕九上に「顏前なり。𦣻(しう)に從ひ、人面の形に象る」という。古い字形はないが、金文の〔師遽方彝(しきよほうい)〕にみえる「■(王+面)圭(めんけい)」の■(王+面)の字形から考えると、被る面の形かと思われ、おそらく神事の際などに用いるのであろう。〔詩、小雅、何人斯(かじんし)〕は人を呪詛する詩で「靦(てん)たる面目有り 人を視るに極まり罔(な)し」とは、面でもつけたように、けろりとした恥知らずの男を罵る語である。のち顔面の意となり、面晤(めんご)・面争のようにいう。

勉(ベン・10画)

勉 睡虎地秦墓竹簡
睡‧雜41

初出:初出は戦国末期の金文

字形:音符「免」+「力」。

音:カールグレン上古音はmi̯an(上)。同音は面とそれを部品とする漢字群、免を部品とする漢字群など。

用例:戦国の竹簡「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論15に「則勉如也斯斂」とあり、”つとめる”と解せる。

戦国最末期「睡虎地秦簡」秦律雜鈔41に「令戍者勉補繕城」とあり、”つとめる”と解せる。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』に部品で日本語音で同音の「免」mian(上)の語釈として”つとめる”を載せるが、出典は清代の儒者の書き物『説文通訓定声』『続字彙補』で、論言時代に遡及できない。「免」に”つとめる”の用例は、春秋末期以前に確認できない。

学研漢和大字典

会意兼形声。免(=免)は女性が股(マタ)を開いて出産するさまを描いた象形文字で、分娩(ブンベン)の娩の原字。狭い産道からむりをおかして出る意を含む。闢は「力+(音符)免」で、むりをして力む意。類義語の励は、強く力をこめてはげますこと。勧は口々にやかましく言って力づけること。旧字「勉」は人名漢字として使える。

語義

  1. {動詞}つとめる(つとむ)。むずかしさを押し切って励む。無理をする。《対語》⇒怠・惰。《類義語》励・努。「子必勉之=子必ずこれを勉めよ」〔孟子・滕上〕
  2. 動詞}はげます。無理を押して、すすめてやらせる。「勉励」「兄勧其弟、父勉其子=兄は其の弟に勧め、父は其の子を勉ます」〔漢書・貢禹〕

字通

[形声]声符は免(免)(めん)。力は耒(すき)の象形。農事につとめることをいう。〔説文〕十三下に「彊(つと)むるなり」とあり、〔段注〕に「凡そ勉と言ふ者は、皆相ひ迫る者なり」という。強・迫の意を以て解するが、字形の上よりいえば俛、声よりいえば亹(び)・忞(ぶん)と関連するものと思われる。

冕/絻(ベン・11画)

免 甲骨文 冕 金文 冕 楚系戦国文字
甲骨文/𠛙免觚・殷代末期/上(2).容.52

初出:初出は甲骨文とされる。ただし字形は「免」mian(上)と未分化。現行字体の初出は楚系戦国文字。甲骨文の字形は跪いた人=隷属民が頭に袋のようなものをかぶせられた姿で、「冕」”かんむり”と解するのは賛成できない。上掲殷代末期の金文は、甲骨文と同様人の正面形「大」を描いており、高貴な人物が冠をかぶった姿と解せる。

字形:「ボウ」”かぶりもの”+「免」”かぶった人”。

冕 異体字
慶大蔵論語疏では「麻」と続け字にして「𡨚」と記し、「麻」「〔冖八免〕」を傍記している。「𡨚」は「冕」の異体字で「東魏司馬昇墓志銘」刻。上掲「〔冖八免〕」も「冕」の異体字で「隋尉氏女富娘墓志銘」刻。

冕 異体字
また「〔田日儿〕」と記し、「𥦙」を傍記している。前者は上掲「隋宮人徐氏墓誌」刻字に近似。後者は「唐張懿墓誌」刻。

音:カールグレン上古音はmi̯an(上)。論語の時代、「免」mianと書き分けられていない。

用例:殷代末期「󻃈󺴉觚」(集成7067)に「󱩾免(冕)」とあるが、何を意味しているのか分からない。同「田󺻉觚」(集成7012)に「田免(冕)」とあり、同「周󱩾爵」(集成8156)に「周免(冕)」とあるのも同様。

西周中期「周免旁父丁尊」(集成5922)に「周免(冕)旁乍父丁宗寶彝。」とあり、人名の一部か、官職名と解せる。

西周中期「免𣪕」(集成4240)に「王各于大廟。井弔有免(冕)。」とあり、”冠”と解せる。

絻 篆書
説文解字・後漢

備考:『定州竹簡論語』に見える「絻」mi̯wən(去)は、『大漢和辞典』によると”喪冠の名・ひつぎなわ”といい、なぜか「冕」の異体字として扱われている。語義も音も字形も全く違い、初出は事実上後漢の『説文解字』。”冠”と解せる場合のみ、「冕」が論語時代の置換候補になり得る。

学研漢和大字典

形声。「冃(かぶる)+(音符)免(メン)」。免(ぬける)はたんなる音符である。弁(ベン)(ふた、かんむり)と同系。また、宀(メン)(上からおおう、かぶせる)と最も縁が近い。類義語に冠。

語義

  1. {名詞}かんむり。天子*から大夫までの礼装のかんむり。上に板をのせ前は低く後ろはやや高くして、前後にひもでつないだ装飾の玉(旒(リュウ))をたらす。《類義語》弁(ベン)(士の礼冠)・冠(カン)(かんむりの総称)。「不税冕而行=冕を税がずして行く」〔孟子・告下〕

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

形声。「糸+(音符)免」。

語義

ブン

{名詞}葬式のときの服装の一つ。冠を脱ぎ一寸ほどの幅の布ではちまきをする、その布。

ベン

{名詞}かんむり。《同義語》⇒冕。

字通

[形声]声符は免(免)(めん)。上部の冃(ぼう)は冒の初文で冠冕の形。〔説文〕七下に「大夫以上の冠なり。邃(ふか)き延(おほひ)、垂れたる瑬(りう)(旒、たれかざり)、紞纊(たんくわう)(耳当て)あり」という。〔歴代帝王図〕などに皇帝の冠するものがそれである。天子*は前後十二旒(りゆう)、上公は九旒の定めであった。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

(条目無し)

論語語釈
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