論語詳解250郷党篇第十(16)朋友死して*

論語郷党篇(16)要約:礼法の戒律は交友関係にも及びます。神霊や君主に対する礼儀は、友人には適用されませんでした。しかし身寄りのない友人を大切にする点では、古代人の孔子先生も現代人以上に哀れんだのでした、という作り話。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

朋友死、無所歸。曰、「於我殯。」朋友之饋、雖車馬、非祭肉、不拜。

復元白文

朋 金文友 金文死 金文 無 金文所 金文帰 金文 曰 金文 於 金文我 金文 朋 金文友 金文之 金文饋 金文 雖 金文車 金文馬 金文 非 金文論語 祭 金文肉 甲骨文 不 金文 拝 金文

※肉→(甲骨文)。論語の本章は殯の字が論語の時代に存在しない。本章は漢帝国の儒者による捏造である。

書き下し

朋友ほういうして、かえところし。いはく、われおいかりもがりせよと。朋友ほういうおくりものは、くるまむまいへども、まつりのししあらざればをがまず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生は、引き取り手のない友人が亡くなった時は、「うちで通夜をしよう」と言った。
友人からの贈り物は、車や馬であっても拝んで受け取らなかったが、祭りのお下がりの肉は、礼法通りに跪き拝んで受け取った。

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

先生は、友人が死んで遺骸の引取り手がないと、「私のうちで仮入棺をさせよう」といわれる。
先生は、友人からの贈物だと、それが車馬のような高価なものでも、拝して受けられることはない。ただ拝して受けられるのは、祭の供物にした肉の場合だけである。

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

朋友死了,沒人辦喪事,孔子說:「我來辦。」朋友的贈品,即使是車馬,不是祭肉,不拜。

中国哲学書電子化計画

友人が亡くなったが、弔う人がいない。孔子が言った。「私がやろう。」友人からの贈り物は、車や馬であっても、祭祀のお下がりの肉でない限り、拝んでは受け取らなかった。

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


朋友

論語の本章では”友人”。朋は対等に並び立つ友を意味し、友は互いにかばい合う仲間を意味する。詳細は論語語釈「朋」論語語釈「友」を参照。

歸/帰

論語の本章では、一族の墓地に葬られ、祖先祭殿に合祀されること。詳細は論語語釈「帰」を参照。

殯(ヒン)

論語 殯 金文大篆 論語 葬儀 殯
(金文大篆)

論語の時代では”なきがらを安置して葬るまでまつる”。論語では本章のみに登場。

初出は後漢の説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はpi̯ĕn(去)。同音は賓、濱、儐”取り次ぎ役”、擯”捨てる・導く”、鬢”顔の両側”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「歹(なきがら)+(音符)賓(ヒン)(=賓。お客、そばにいるあいて)」で、亡き人をそばにいる客として、しばらく身辺に安置すること。かりもがりと読み、埋葬する前に、しばらくの間死体を棺に納めたまま安置する。また、その作法、という。詳細は論語語釈「殯」を参照。

日本では通夜と言って、死者は一晩だけ安置して葬るが、論語時代の礼法では例えば君主であれば数年かけて安置し、その後葬った。

饋(キ)

論語 饋 金文大篆 論語 お中元 饋
(金文大篆)

論語の本章では”贈る”。詳細は論語語釈「饋」を参照。

祭肉

論語 肉 金文大篆
「肉」(金文大篆)

論語の本章では”お供えのお下がりの肉”。詳細は論語語釈「祭」論語語釈「肉」を参照。国家祭祀の祭肉の意義については、論語郷党篇14の付記を参照。

拜/拝

論語の本章では、作法に則った受け取りの礼を行うこと。単に「ありがとう」と挨拶したり、頭を下げることではない。詳細は論語語釈「拝」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は定州竹簡論語にない。従って成立は前漢後半から後漢にかけての可能性がある。「殯」の字は後漢になってから見られるから、後漢と考えるのが妥当だろう。儒者が本章を作文した意図は、友人との付き合いに関する礼法をでっち上げることで、動機は十分ある。

ただ本章の前後の章との独自性は、孔子の科白を含んでいることから主語が孔子と想定されていることで、これも前後の章との整合性をまるで考慮しない、出来の悪いパッチワークだ。後漢は前漢ほど他学派との抗争が激しくなかったから、単に編者の頭が悪かっただけだろう。

郷党篇 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
主語

後漢帝国は信じがたいほどの偽善がまかり通った国で、そういう社会では明治以降の日本漢学界同様、信じがたいほどの馬鹿者が枢要な地位を占めることがある。本章を捏造した儒者もその類で、ただでさえ私立文系バカの儒者に、輪を掛けた高慢ちきが加わればこうなりもする。

馬融 鄭玄
後漢きっての大学者とされる馬融・鄭玄でさえ、どんなにバカげたことしか言えないか、これまでいくつも古注の実例を挙げて紹介してきた。過去の人物を笑い飛ばすのは後人の悪い癖だが、それも程度問題で、こうまで頭がおかしいと、笑い飛ばす以外に使い道がない。

さて論語の本章では、友達から車や馬のような高価な物を貰っても、拝みはしなかったとする。後漢の儒者は派手な礼儀作法を見せつけることで、他学派に対する優位性を誇示した。従って拝むこと一つ取っても理由がなければならず、ただの贈り物は拝む対象ではなかった。

祭肉の場合は拝んだとあるのは、論語の前章で述べた主君の祭肉下賜と同類の話で、他家の祭祀のお下がりを貰う事は、その祭祀に共同で参加したことを意味する。それは友人であることの証しであり、家同士の同盟関係を象徴する行為で、拝むには立派な理由になった。

だから儀礼的・象徴的意味のある贈り物は、区別して「礼物」と言う。

だが礼の理由と言ってもそれは儒者の好みであり、その好き勝手を、すでに孔子直後の墨子が非難している。

論語 墨子
〔儒者の主張では、妻と嫡男が亡くなれば三年間喪に服する。それを〕儒者はこう言い訳する。「妻は嫁ぎ先の祖先の祭祀に共同で参加し、子を生んで祭祀が絶えないようにする。嫡男がいずれ祭祀を行うのは言うまでもない。だから丁重に扱うのだ」と。ウソ八百もたいがいにしたらよかろう。

本家の長男は数十年間、祖先の祭祀を執り行うというのに、亡くなっても一年しか喪に服さない。その嫁が亡くなった場合はもっとひどい。全然喪に服さない。自分の妻子が亡くなれば喪は三年なのに。儒者が言う祖先の祭祀うんぬんは、まったくの口実に過ぎない。

妻子を重ねに重ねて尊重しながら、儒者が「親類縁者を大事にする」などと言い張るのは、自分の好みを言っているだけで、本当に祭祀を行うべき者を軽んじている。大変な悪党と言って良かろう。(『墨子』非儒篇下)

ここで挙げられているのは、妻子が死んだら三年の喪に服すのに、本家の兄が祖先の祭祀を絶やさぬよう勉めても、一年しか喪に服さないのはおかしい、という。友人の話ではないが、人間に等級を付ける孔子の礼は、しょせん孔子の好き勝手に過ぎないと非難したのだ。

礼儀作法などというものは、所詮それを行う者の趣味によるしかない。だが文化人類学の講義で、相手にツバを吐きかけるのが作法の民族がいると聞いた覚えもある。ならば何が作法かはその趣味人クラブの共同幻想で、古代中国の学派抗争は、その幻想の押し付け合いだった。

結果後漢帝国でほぼ儒家の勝利となり、宋帝国で政治的にも儒者の優位が確定した。墨子が非難した儒者のツバのかけ合いは、東アジア全体の模範になってしまったわけだが、日本には海があったおかげで、ほとんど真に受けないで済まされた期間が長かったことが幸いだった。

日本にこのような、洗脳的な頭のおかしい儒教が流行ったのは、むしろ明治になってからである。その結果が日本人皆殺し寸前まで行った、壊滅的な敗戦だったわけだから、こんにち論語を読もうとするなら、儒者のうそデタラメを、むしろ大いに笑い飛ばすべきだろう。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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