論語詳解216子罕篇第九(12)子のやまいあつきなり*

論語子罕篇(12)要約:孔子先生が重病の床に。弟子の子路は、万一を考えて弟弟子たちを先生の家臣に仕立てます。先生ほどの人なら、それなりに格式のある葬儀を、と思った一途な心ですが、先生は言いました。ウソはいかんよ。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子疾病、子路使門人爲臣。病間曰、「久矣哉、由之行詐也。無臣而爲有臣、吾誰欺、欺天乎。且予與其死於臣之手也、無寧死於二三子之手乎。且予縱不得大葬、予死於道路乎。」

書き下し

やまひあつきなり。子路しろ門人もんじんをしてしんらしむ。やまひひまありていはく、たもたるかないういつはりおこなしんくししんりとす、われたれをかあざむかむ、てんあざむかむわれしんせむ無寧むしろ二三せむかなわれたと大葬たいさうずとも、われ道路だうろせむ

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 論語 子路
先生が病気にかかって危篤となった。子路は門人に家臣の真似をさせた。病気が小康状態になって先生が言った。「子路よ、お前は偽りをやり通してきたな。家臣もないのにその振りをするなんて。私が誰かを欺くか。天を欺くか。それに私は家臣に看取られて死ぬより、むしろ弟子の諸君に囲まれて死にたい。さらに私はたとえ大げさな葬儀は出せなくとも、道ばたで死ぬことはない。」

意訳

孔子先生がご危篤になったので、子路さんが慌てて弟子の僕らを家臣に仕立て上げた。
論語 子路 驚愕

気が付いた先生が「これ子路や、またお前のハッタリか。ウチに家臣などおらんだろうが。世間はだませても天はだませないぞ。それに金次第の関係でしかない家臣より、私は弟子の諸君に看取られたい。大げさな葬式なんか要らないし、もう放浪もやめだから野垂れ死にはせぬよ。」

従来訳

論語 下村湖人

先師のご病気が重くなった時、子路は、いざという場合のことを考慮して、門人たちが臣下の礼をとって葬儀をとり行うように手はずをきめていた。その後、病気がいくらか軽くなった時、先師はそのことを知られて、子路にいわれた。――
「由よ、お前のこしらえ事も、今にはじまったことではないが、困ったものだ。臣下のない者があるように見せかけて、いったいだれをだまそうとするのだ。天を欺こうとでもいうのか。それに第一、私は、臣下の手で葬ってもらうより、むしろ二三人の門人の手で葬ってもらいたいと思っているのだ。堂々たる葬儀をしてもらわなくても、まさか道ばたでのたれ死したことにもなるまいではないか。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語の本章では”危篤”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbhi̯ăŋで、同音は存在しない。詳細は論語語釈「病」を参照。

疾病

論語 疾 甲骨文 論語 病 睡虎地秦墓竹簡
「疾」(甲骨文)・「病」(秦系戦国文字)

論語の本章では、”病気が危篤状態になった”。「疾」も「病」も”病気”だが、病気一般を意味する「シッペイ」ではなくて、これはS-V関係で”危篤状態になったこと”。

子路使門人爲臣

論語 臣 金文 論語 孔子 淡々
「臣」(金文)

論語の本章は、衛国に仕えた子路がいることから、これは放浪をひとたび終えて、衛国で落ち着いた日々を過ごしていた時のことと思われる。

魯国なら家老として何人か使用人がいただろうし、客分ではあっても衛国では家老待遇だったから、もしもの時に家臣が居ないと、無論家老格である弔問客の手前、示しがつかないと子路は考えたわけ。

久矣哉、由之行詐也

論語 詐 金文 論語 子路 ハッタリ
「詐」(金文)

子路がハッタリを好んだことは、論語為政篇17にも見える。だから「たもった」=”ずっとやり続けた”と言ったわけ。「久」の原義は人体を”ささえる”ことで、”ひさしい・ながい”の意は、旧に通じた後世の派生義。論語に適用していいかどうかは慎重になるべき。詳細は論語語釈「久」を参照。

「詐」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、乍は刀で切れめを入れるさまを描いた象形文字で、作の原字。物を切ることは人間の作為である。詐は「言+(音符)乍(サ)」で、作為を加えたつくりごとのこと、という。

欺(キ)

論語 欺 金文大篆
(金文大篆)

論語の本章では”だます”こと。初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はkhi̯əɡで、同音に僛”酔って舞う”・起・杞(国名)・屺”はげ山”・芑”白い穀物”。

欺天乎

論語 欺 金文大篆 論語 天
「欺」(金文)

論語の本章では、”天をだますか、いや、だましはしない”。

人間はだませても天はだませないと、孔子は固く信じていた。論語八佾篇13では、「勘違いなさるな。天の神に見つかれば、許しを祈るにも祈れなくなりますぞ」と言った。

初出は戦国時代の金文で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdi̯o。同音に、野などで、「余・予をわれの意に用いるのは当て字であり、原意には関係がない」と『学研漢和大字典』はいう。「豫」は本来別の字。詳細は論語語釈「予」を参照。

無寧(ムネイ)

論語 無 金文 論語 寧 金文
(金文)

論語の本章では、”~よりはむしろ”。論語には珍しい熟語。

大葬

論語 葬 甲骨文 論語 葬 金文
「葬」(甲骨文・金文)

論語の本章では、家老格にふさわしい”大規模な葬儀”。「葬」の字は甲骨文からある古い文字=ことばだが、金文までは字形を葬 外字 異体字と書くことが多かった。

「葬」は『学研漢和大字典』によると会意文字で、「艸二つ+死」で、死体を草むす土の中に隠し去ることをあらわす。「礼記」檀弓上篇に「葬とは蔵なり」とある。蔵(ゾウ)(しまいこむ)・倉(しまう)と同系のことば。

類義語の喪(ソウ)は、相(ソウ)(二つに離れる)と同系で、離れ去ること、という。

予死於道路乎

論語 路 金文 論語 道路
「路」(金文)

論語の本章では、”私は道路で死ぬだろうか”。

放浪中であれば、各地で包囲されたように「道路で死ぬ」こともあり得ただろうが、そうはならないと言っていることから、やはり衛国滞在中のことと思われる。おろらく論語の一つ前の章である泰伯篇と、この子罕篇の描くけしきは、すでに放浪を終え衛または魯で過ごしながら、呉との政治工作に忙しい日々を送っていた時の話だろう。

論語:解説・付記

論語述而篇34にも、孔子が危篤にあって子路が慌てた話があるが、その時と本章が同じ情景を描いているのか、今のところ訳者には何とも言えない。なお藤堂博士によると、この時の孔子の怒りは激しかったらしい。

論語 藤堂明保
孔子が怒っていることが、たたみかけた語気からして看取されよう。

…孔子は…召使いとか臣下とかいう古い身分制度を、頭から否定して、人と人との対等の人間関係を目指した。…古い制度の頭が残っている子路が、忠義ぶって孔子の最も嫌いな臣という身分の者をこしらえて、師の最後を飾ろうとした。それがよほどカンにさわったのである。それは良心へのいつわりであり、孔子の一生の信念をけがすものでさえあったのだ。(『漢文入門』論語のこころ)

「身分制度を、頭から否定」しては、つまり孔子の言う礼が崩れるから、藤堂先生の言うことに全面的には賛成しかねる。しかしこと一門の内部に限ったなら、「人と人との対等の人間関係を目指した」のは間違いない。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回す。覚悟致せ。

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