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論語語釈「テ」

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語釈 urlリンクミス

弟(テイ・7画)

弟 甲骨文 弟 金文
甲骨文/『字通』所収金文

初出:初出は甲骨文

字形:真ん中の棒はカマ状のほこ=「」で、靴紐を編むのには順序があるように、「戈」を柄に取り付けるには紐を順序よく巻いていくので、順番→兄弟の意になったとされる。

戈

音:「ダイ」は呉音。カールグレン上古音はdʰiər(上/去)。論語語釈「悌」も参照。

用例:『甲骨文合集』22135.3に「貞啓弟」とあり、「貞う弟にもうさんか」と読める。”おとうと”の語義が確認できる。

春秋中期の金文「𦅫鎛」に「保□(余)兄弟」とあり、「余が兄弟を保ち」と読め、”おとうと”の語義が確認できる。

「漢語多功能字庫」によると、西周末期の「殳季良父壺」で、兄弟の”おとうと”の意に用いているという。

漢語多功能字庫

甲金文從「必」從◎,甲骨文或從丨從◎,「必」是「柲」的初文,象戈柄之形,「弟」字象繩索纏繞戈柄之形。學者多從徐灝的說法,認為戈柲纏繞繩索,整齊有次弟,故有次弟之義,又引申為兄弟。


甲骨文・金文は「必」と未分類の字形に従い、甲骨文はあるいは丨と未分類の字形に従う。「必」は「柲」の初文で、戈の柄の形の象形、「弟」の字はなわで戈の柄をぐるぐる巻きにする象形。学者は徐灝の説に従い、戈の柲に巻かれた縄は、順番に巻いていくものだから、順番の意となり、派生義として兄弟を意味するようになった。

学研漢和大字典

弟 解字
指事文字で、「ひものたれたさま+棒ぐい」で、棒の低い所を/印でさし示し、低い位置をあらわす。兄弟のうち大きいほうを兄、背たけの低いのを弟という。

語義

  1. {名詞}おとうと。兄弟のうち、年下の者。《対語》⇒兄。「兄曰嗟予弟=兄曰く嗟予が弟よ」〔詩経・魏風・陟桟〕
  2. {名詞}門人を「弟1.」になぞらえて、門弟・弟子という。「師弟」。
  3. {名詞}自分の謙称。「小弟」。
  4. {名詞・形容詞}兄や年上の人におとなしく仕える心。年長の人に対しておとなしいさま。《同義語》⇒。「其為人也孝弟=其の人と為りや孝弟」〔論語・学而〕
  5. {形容詞}人がらが穏やかなさま。「豈弟君子=豈弟の君子」〔詩経・大雅・旱麓〕

字通

なめし皮の紐でものを束ねた形。〔説文〕五下に「韋束の次弟なり。古字の象に従う」とあり、次第してものを締結する意。のち兄弟の意に用いる。第は後起の字である。

訓義

(1)次第、順序、次第して束ねる。(2)おとうと、としした、としわか、自己の謙称。(3)すなお、つつしむ。(4)と通じ、やすらか、たのしい。(訳者注。対して「怳」は”がっかりする、びっくりする、恐れる”。)(5)但と通じ、ただ。

大漢和辞典

弟 大漢和辞典
弟 大漢和辞典

廷(テイ・7画)

廷 金文 廷 金文
小盂鼎・西周早期/師酉簋・西周中期

初出:初出は西周早期の金文

字形:初出の字形は「∟」(音不明)”区切り”+「彡」(三)”煉瓦敷き”+「人」で、区画され煉瓦を敷き詰めた場所に人が立つ姿。「三」を「土」と記す字形が現行字形に繋がる。原義は”宮殿の庭”。

廷 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔辶广手〕」と記す。上掲「魏元彬墓誌」(北魏?)刻字近似。

音:カールグレン上古音はdʰieŋ(平)。

用例:西周早期「小盂鼎」(集成2839)に「即立中廷」とあり、”朝廷”と解せる。

西周末期「毛公鼎」(集成2841)に「衒(率)褱(懷)不廷方」とあり、”臣従する”と解せる。

漢語多功能字庫」によると、金文では原義に(頌鼎・西周末期/散氏盤・西周末期)、また”臣従する”の意に用いられた(毛公鼎・西周末期)。

学研漢和大字典

会意兼形声。鄲(テイ)は、人がまっすぐたつ姿を描き、その伸びたすねの所を一印で示した指事文字。壬(ジン)とは別字。廷は「廴(のばす)+(音符)鄲(テイ)」で、まっすぐな平面が広く伸びたにわ。挺(まっすぐ)・庭(平らなにわ)と同系。

語義

  1. {名詞}にわ(には)。平らに地ならしをした所。《同義語》⇒庭。「法廷(=法庭)」。
  2. {名詞}官吏の立ち並んで朝礼をする広い庭や白州のある役所。「朝廷(百官が朝する中央の役所)」「廷中(役所の中)」。
  3. {形容詞}まっすぐ、平らにならしてあるさま。《類義語》挺(テイ)。

字通

[形声]声符は壬(てい)。金文の字形は、土主を囲んで鬯酒(ちようしゆ)を加える儀礼の場を示すもので、廟所の中廷。土主の傍らに人をしるし、土上に人の立つ形の壬と異なるが、同声によむ。〔説文〕二下に「朝中なり」とあり、冊命(さくめい)賜与の礼などは、その中廷で行われた。のち屋廡の形を加えて庭となるが、今は屋廡のないところを庭という。

呈/呈(テイ・7画)

呈 甲骨文
合37447

初出:初出は甲骨文。その後金文の発掘がなく、再出は戦国文字。西周早期「󱬦乍父癸尊」(集成5906)、春秋末期「󱝄君鉦鋮」(集成423)に部品として「呈」と釈文される文字はあるが、字形がことなり、その釈文には賛同しかねる。従って、殷周革命で一旦滅んだ漢語である可能性がある。

字形:「𠙵」”くち”+「大」”人の正面形”。甲骨文では「人」が横姿の象形で時に奴隷や隷属民を表すと共に、「大」など正面形に描かれた字形は貴人を意味することが多い。原義は貴人が発言する様か。再出の戦国時代ではほとんど部品として用いられ、単独で記された「郭店楚簡」老甲10の字形は「𠙵」+「土」で、甲骨文の字形とは異なっている。

旧字体は「呈」〔口𡈼〕、新字体は「呈」〔口王〕。

音:カールグレン上古音はdʰi̯ĕŋ(平)、去声は不明。同音に「程」、「酲」”宿酔”、「珵」”玉の名”、「裎」”はだか”(以上平)、「鄭」(去)。

用例:甲骨文では地名に用いた。西周春秋の金文、戦国文字の多くも部品として記された。戦国中末期「郭店楚簡」成之35では「𦀚」と記して「逞」と語釈されている。

文献時代では『列子』『管子』に用例があるがいつ記されたかわからず、戦国まで他学派の文献に見えず、儒家では前漢中期の『春秋繁露』が初出となる。

学研漢和大字典

会意兼形声。𡈼(テイ)は、人が直立したすねの所を一印で示した指事文字。呈は「口+(音符)𡈼」で、口でまっすぐに述べる、隠さずずばりと表現すること。▽下は壬(ジン)ではなくて𡈼(テイ)である。庭(まっすぐ平らなにわ)・梃(テイ)(まっすぐな棒)と同系。

語義

  1. (テイス){動詞}まっすぐに差し出す。「進呈」「上呈」。
  2. {名詞}おかみや上級の役所に訴え出て、差し出した文章や文句。「公呈(公文書)」。
  3. (テイス){動詞}包み隠さず平らに広げて見せる。外にあらわれ出る。「露呈」「呈現」。

字通

[会意]旧字は呈に作り、口+𡈼(てい)。口は祝禱を収める器の𠙵(さい)。これを高く掲げて挺立し、神に呈して祈ることをいう。〔説文〕二上に「平らかなり」、〔広雅、釈詁一〕に「解くなり」とするが、その用義例はなく、呈上・露呈などの意に用いる。呈は側身形で、その正面形は𦰩(かん)。𦰩は饑饉(ききん)のときに、巫が𠙵(祝禱の器)を捧げて、焚殺される形である。

體/体(テイ・7画)

初出は戦国末期の金文。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はtʰliər(上)。同音は無い。「タイ」は呉音。『大漢和辞典』で音テイ・タイ訓からだは他に存在しない。音テ・タ訓からだに「𠅗」(上古音・初出不明)。

漢語多功能字庫

小篆「」從「」,「」聲,本義是身體。


小篆の「體」は「骨」の字形の系統に属し、「豊」の音。

学研漢和大字典

〔體〕会意。〔体〕形声。本字の體(タイ)は「豊(レイ)(きちんと並べるの意)+骨」。体は「人+(音符)本(ホン)」で、もと笨(ホン)(太い)と同じくホンと読むが、中国でも古くから體の俗字として用いられた。各部分が連なってまとまりをなした人体を意味する。のち広く、からだや姿の意。

語義

  1. {名詞}からだ。身体。「体弱力微=体弱くして力微なり」〔陳鴻・長恨歌伝〕
  2. {名詞}からだの各部分。「四体(四本の手足)」。
  3. {名詞}各部分の一定の組みたて方。スタイル。「字体」「文体」。
  4. {名詞}働きのもととなる実体。《対語》⇒用。「中体西用(実体は中国式で働きは西洋式)」。
  5. {名詞}表面の姿。「体裁」。
  6. (タイス){動詞}身につける。「体意=意を体す」。
  7. {副詞}身につけて。みずから。「体得」。

字通

[形声]旧字は體に作り、豊(れい)声。豊は來母、舌頭音で、端(たん)・透(とう)・定母(ていぼ)と旁紐の関係にあり、音が転ずる例が多い。賴(頼)(らい)・獺(だつ)、留(りゆう)・籀(ちゆう)、また、离(ち)・離(り)など、その例である。〔説文〕四下に「十二屬を總(す)ぶるなり」とあって、肢体の全体をいう。〔周礼、天官、内饔〕に「體名肉物を辨ず」、〔儀礼、公食大夫礼〕に「體を載す」とあって、もと牲体をいう字であろう。のち人の行爲に移して、体得・体験のようにいう。

定(テイ・8画)

定 甲骨文 定 金文
甲骨文/伯定盉・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:「宀」”屋根”+「𠙵」”くち”+「之」”あし”で、甲骨文の字形には「𠙵」が「曰」”言う”になっているものがある。神聖空間に出向いて宣誓するさまで、原義は”おきて”・”さだめ”。

音:カールグレン上古音はdʰieŋまたはtieŋ(共に去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名に用い、金文では地名のほか”安定”(蔡侯申鐘・春秋末期)、戦国の金文では”落ち着く”(中山王鼎・春秋末期)に用いた。

論語では多くが、孔子の仕えた魯の定公の称として用いる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「宀(やね)+(音符)正」で、足をまっすぐ家の中にたててとまるさまを示す。ひと所に落ち着いて動かないこと。停(ひと所にとどまる)・鼎(テイ)(じっとたって動かないかなえ)・釘(テイ)(まっすぐとまるくぎ)と同系。

語義

  1. {動詞}さだめる(さだむ)。さだまる。物事を一つにきめる。物事が一つにきまる。ひと所に落ち着く。「決定」「必得定従而還=必ず従を定めて還るを得ん」〔史記・平原君〕
  2. {動詞}さだめる(さだむ)。さだまる。乱や騒動をしずめて落ち着ける。騒動がしずまって落ち着く。「平定」「天下悪乎定=天下悪くに乎定まらん」〔孟子・梁上〕
  3. {動詞}さだまる。動揺せず落ち着く。《対語》⇒動。「安定」「風定=風定まる」「血気未定=血気いまだ定まらず」〔論語・季氏〕
  4. {名詞}さだめ。きまって動かないきまり。「規定」「定例」。
  5. {副詞}さだめて。かならず。きっと。《類義語》必。「項梁聞陳王定死=項梁陳王の定めて死せりと聞く」〔史記・項羽〕
  6. {名詞}星座の名。二十八宿の一つ。室・営室ともいう。はつい。▽音はtex(去声の径)。「定之方中=定之方に中するとき」〔詩経・眇風・定之方中〕
  7. {名詞}《仏教》雑念を断って心を静めた境地。禅定(ゼンジョウ)。「入定=定に入る」。
  8. 《日本語での特別な意味》「~の通りである」の意をあらわすことば。「案の定」。

字通

[会意]宀(べん)+正。〔説文〕七下に「安なり」とあり、安定・安居の意とする。星の定星はまた「営室」ともいい、設営のとき、その星によって方位を定めた。奠(てん)と声義が近い。また■(定+頁)(てい)の初文で、題・額(ひたい)の意に用いる。

帝(テイ・9画)

帝 甲骨文 帝 金文
『字通』所収甲骨文/金文

初出:初出は甲骨文

字形:「示」”祭壇”の豪勢な作りのものの象形。原義は”まつる”。派生字に「禘」。論語語釈「禘」を参照。

音:カールグレン上古音はtieg(去)。

用例:「甲骨文合集」3506.2に「帝黃爽三犬」とあり、”まつる”と解せる。「黃爽」は”黄色く輝く神”と解せ、おそらく黄河の神を指す。

同6272.2に「貞勿伐𢀛(貢)帝不我其受祐」とあり、”かみ”と解せる。天神地祇のいずれかは判別しがたい。

殷代末期の金文「二祀𠨘其卣」(集成5412)に「既𢦚于上下帝」とあり、「𢦚」は『大漢和辞典』←『説文解字』のいう”くるぶしを打つ”では解釈出来ない。「ケキ」(「シン」”速い”とは別字)は”手に取る”で、「𢦚」は武器を依り代に祈るとしか解せない。「帝」は”かみ”と解せるが、「上下」とあることから、天神地祇の総称。

西周の金文はおおむね「上帝」と記して”天神”の意で、やがて「帝」そのものが”天神”の意となった。これが始皇帝による帝政開始以降は、”みかど”の意となるが、”天神”の意もまた続けて存在したことは、太平天国の指導部が「拝上帝会」を自称したことにも現れている。

備考:「あまつかみ」と訓読する字はほかに「申」「神](神)がある。論語時代に於ける”神霊”を意味する字については、論語語釈「示」を参照。

学研漢和大字典

象形。三本のたれた線を━印でひとまとめに締めたさまを描いたもので、締(テイ)(しめまとめる)にその原義を残している。宇宙の万物をまとめて総括する最高神のこと。字形表第二の字の上部の二印は上の字の原形だから、もと「上帝」という字を一字で書いたもの。殷(イン)代の末、地上の支配者の権力が強くなり、上帝への信仰が衰えると、帝乙(イツ)・帝辛のように、王の名となった。周代に帝と名のった者はないが、始皇帝以後は、皇帝はすべて帝と称するようになった。類義語に王。

語義

  1. {名詞}世界をとりまとめる最高の神。「天帝」「上帝」「文王陟降、在帝左右=文王は陟降し、帝の左右に在り」〔詩経・大雅・文王〕
  2. {名詞}みかど。地上をおさめる最高の支配者。「皇帝」「帝王」。

字通

[象形]神を祀るときの祭卓の形。示は一脚の小さな祭卓の形。帝はその下部を交脚とし、その交叉部を締めて安定したもので、その祭卓の形。祀るときに奏する祝詞を収める器の形である口(𠙵(さい))を加えて啇(てき)となるが、啇は嫡(てき)の初文。帝を祀ることは、その嫡系の者に限られていた。〔説文〕一上に「諦(あき)らかにするなり。天下に王たるの號なり」と審諦の意を以て解し、また字を「二(上)に從ひ、朿(し)聲なり」とするが、そのように分析すべき字形ではない。上天の嫡祖を帝といい、父祖は示といった。卜辞に五示・十示のように、祖を合わせて祀ることがある。金文に「上帝」「皇上帝百神」のようにいうものは、すでに皇天を人格神化する観念があったものであろう。

貞(テイ・9画)

貞 金文
𤶠鼎・春秋早期

初出は甲骨文。カールグレン上古音はti̯ĕŋ(平)。甲骨文では「某う」と、「貞」=”(天意を)問う”の定型文として頻出。

学研漢和大字典

形声。もと鼎(テイ)(かなえ)の形を描いた象形文字で、貝ではない。のち、卜(うらなう)を加えて、「卜+(音符)鼎(テイ)」。聴(テイ)・(チョウ)(まっすぐにききあてる)・正(まっすぐ)・定(まっすぐたって動かない)などと同系。

語義

  1. (テイナリ){形容詞}ただしい(ただし)。まっすぐである。動揺しない。《同義語》⇒禎。《類義語》正。「中貞」「貞女(節をまげないただしい女)」「君子貞而不諒=君子は貞にして諒せず」〔論語・衛霊公〕
  2. (テイス){動詞}とう(とふ)。きく。占って神意をきく。▽殷(イン)代の卜辞(ボクジ)では聴(テイ)・(チョウ)に当てた。「甲子王貞=甲子に王貞く」〔卜辞〕
  3. (テイス){動詞}ただしく神意をききあてる。▽「周易」の語。卜辞の習慣をひいたことば。「貞吉=貞して吉なり」。

字通

[会意]正字は鼑に作り、卜+鼎(てい)。鼎によって卜問することをいう。〔説文〕三下に「貞は卜問するなり。卜貝に從ふ。貝は以て贄(し)(お供え)と爲すなり」とするが、卜文・金文の字は鼎に従っており、おそらくわが国の「盟神探湯(くかたち)」のような方法か、あるいは鼎中の犠牲のようすによって卜したものであろう。〔説文〕にまた「一に曰く、鼎の省聲なり」とする京房説が引かれていて、字が鼎に従うとする伝承もなおあったのであろう。〔左伝、哀十七年〕「衞侯、貞卜す」、〔国語、呉語〕「貞(と)ふことを陽卜(卜人の名)に請ふ」、また〔周礼、春官、大卜〕「凡そ國の大貞」の〔鄭司農注〕に「貞は問なり」とみえ、卜問の訓は知られていたのである。卜辞には「甲子、卜して■(南+殳)(なん)(卜人の名)貞(と)ふ」という定式がある。卜問によって神意にかなうことが知られ、それより貞正の意となる。字はまた偵に作る。

悌(テイ・10画)

悌 俤 楚系戦国文字 悌 篆書
上(2).民.1・戦国楚/説文解字・後漢

初出:初出は「上海博物館藏戰國楚竹書」民之父母01だが、字形が「俤」。国字として「おもかげ」と訓読されるが、それとは関係が無い。「包山楚簡」にも見られる。小学堂による初出は後漢の『説文解字』

字形:〔忄〕”こころ”+「弟」で、年下に期待される控えめさを表す。

音:カールグレン上古音はdʰiər(去)。上声の音は不明。論語語釈「弟」も参照。

用例:戦国中末期「郭店楚簡」唐虞23に「昏(聞)舜弟(悌),智(知)亓(其)能󱩾(事)天下之長也」とあり、”年下らしい控えめさ”と解せる。

論語時代の置換候補:りっしんべんを欠く「弟」。春秋末期までに、「悌」と釈文しうる出土例はないが、漢語では同じ文字=言葉が多様な品詞を意味するし、派生義も出来放題なので、”おとうと”が容易に”おとうとらしさ”を意味しうる。

学研漢和大字典

会意兼形声。弟(テイ)は兄弟のうち背たけの低いおとうとで、低と同系。悌は「心+(音符)弟」で、年下の弟として兄に従う心構えのこと。

語義

  1. {名詞}兄や目上の人に、穏やかに従う気持ち。「孝悌(コウテイ)」「申之以孝悌之義=これに申ぬるに孝悌の義を以てす」〔孟子・梁上〕
  2. (テイナリ){形容詞}兄弟なかがむつまじい。また、おとなしい。

字通

[形声]声符は弟(てい)。弟に弟順の意がある。〔説文新附〕十下に「兄弟に善きなり」とあり、よく兄につかえることをいう。古くは弟を悌の義に用い、〔詩、大雅、旱麓〕「豈弟(がいてい)の君子」は愷悌の意。悌は漢碑に至ってみえる。

庭(テイ・10画)

庭 甲骨文 庭 甲骨文 庭 金文
甲骨文(合集9267)/甲骨文(合集8088)/頌鼎・西周末期

初出:初出は甲骨文。「小学堂」による初出は西周末期の金文だが。字形は「廷」。

字形:「广」”建物”+「廷」”にわ”で、建物の前の庭。

音:カールグレン上古音はdʰieŋ(平)。

用例:「甲骨文合集」8089に「己酉卜王在庭」とあり、”朝廷”と解せる。

金文には「庭」の用例が無く、「廷」と記す。論語語釈「廷」を参照。

「上海博物館蔵戦国楚竹簡」容成01に「大庭氏」とあり、氏族名の一部と思われる。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、廷(テイ)の右側の字(音テイ)は、壬(ジン)とは別字。挺(テイ)(まっすぐ)の原字で、人が足をまっすぐ伸ばしてたつときの、すねの部分を示した字。廷は、それに廴印(横に伸ばす)をつけ、まっすぐ平らに伸びた所を示す。

庭は「广(いえ)+〔音符〕廷」で、屋敷の中の平らにまっすぐ伸ばした場所、つまり中にわのこと。もと廷(テイ)と書いた。

語義

  1. {名詞}にわ(には)。堂(おもや)の前の平らな広場。転じて、家のにわ。また、家庭。「中庭(邸の中の庭)」「八飲舞於庭=八飲庭に舞はす」〔論語・八飲〕
  2. {名詞}宮中や役所の平らな中にわ。▽官人がそこに参賀するので朝廷(=庭)という。「燕王拝送于庭=燕王庭に拝送す」〔史記・荊軻〕
  3. {名詞}裁判をする平らな白州(シラス)。また、転じて、官庁のこと。「開庭(裁判を開く)」「府庭(役所)」。
  4. 《日本語での特別な意味》にわ(には)。物事を行う広い場所。「祭りの庭」。

字通

[形声]声符は廷(てい)。廷は公宮の中庭、儀礼を行うところで、庭の初文。金文にみえる冊命(さくめい)廷礼の儀礼などは、すべて中廷で行われている。のち屋廡の广(げん)を加えて庭となった。〔説文〕九下に「宮中なり」という。のち庭園の意に用いる。

逞(テイ・11画)

逞 金文
吳季子之子逞劍・春秋末期

初出:初出は春秋末期の金文

字形:「人」二つ+「𠙵」”くち”+「土」+「止」。字形の由来と原義は不明。〔辶〕「呈」それぞれの原字とはまるで字形が違う。

音:カールグレン上古音はtʰi̯ĕŋ(上)。

用例:春秋末期「吳季子之子逞劍」(集成11640)に「吳季子之子逞之元用鐱。」とあり、人名と解せる。春秋末期までの用例はこの一例のみ。戦国時代を含めても、「𦀚」を「逞」と釈文した例(戦国中末期「郭店楚簡」成之35)が一例あるのみ。

学研漢和大字典

会意兼形声。「辶+(音符)呈(テイ)(まっすぐさしだす、まっすぐのばす)」。一直線に進んで、おさえがきかないこと。

語義

  1. {形容詞・動詞}たくましい(たくまし)。たくましくする(たくましくす)。むてっぽうにやりとおすさま。かってにふるまう。あからさまに出す。「逞顔色=顔色を逞しくす」〔論語・郷党〕
  2. 「不逞(フテイ)」とは、かってな暴れ者。ふらちな。
  3. 《日本語での特別な意味》たくましい(たくまし)。
    ①がっしりしている。勢いがさかんである。
    ②才気がすぐれている。

字通

[形声]声符は呈(てい)。呈は祝禱を収める器(𠙵(さい))を捧げて、天に向かって祈ることをいう。〔説文〕二下に「通ずるなり」とし、「楚にては疾行を謂ひて逞と爲す」と方言を以て解し、また〔左伝、昭十四年〕「何ぞ欲を逞(ほしいまま)にせざる所あらん」の文を引く。勝手なことを祈ることを逞という。

棣(テイ・12画)

棣 楚系戦国文字
香續92

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「木」+音符「隶」。

棣 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔木录〕」と記す。「魏貴華恭夫人墓誌」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はdʰiəd(去)。同音は「東」とそれを部品とする膨大な漢字群など。

用例:文献上の初出は論語子罕篇32。『春秋左氏伝』には地名の一部として見える。『詩経』にも複数の用例がある。

論語時代の置換候補:上古音での同音は調査しきれない。『大漢和辞典』での同音同訓は存在しない。”ニワウメ”を意味する漢字は「」(初出楚系戦国文字)、「イク」(初出不明)、「イク」(初出説文解字)、「ウツ」(初出甲骨文)。部品の「隶」の初出は春秋末期の金文(「郘󱜰鐘」集成225~237)だが、「大鐘八隶」はどう読んでも”ニワウメ”の意ではあるまい。

学研漢和大字典

会意兼形声。隶は、逮(とどく)の原字で、前のものに後ろのものがとどくこと。棣は「木+(音符)隶(テイ)・(タイ)」。次々に花が並んで列をなす木。

語義

テイ(去)
  1. {名詞}にわうめ。「棠棣(トウテイ)」「郁李(イクリ)」とも。
  2. {名詞}車台の下の木。
  3. 「棣棠(テイトウ)」とは、山野に自生する落葉低木の名。やまぶき。
タイ(去)
  1. 「棣棣(タイタイ)」とは、順序正しく並んで、乱れないさま。礼儀になれているさま。「威儀棣棣=威儀は棣棣たり」〔詩経・癩風・柏舟〕

字通

(条目無し)

禘(テイ・14画)

禘 甲骨文 啻 金文
甲骨文/訇簋・西周晚期

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「帝」。現行字体の初出は後漢の『説文解字』。

字形:「漢語多功能字庫」は「帝」の字形を「柴をたばねたさま」というが、それでは上辺の一画の説明が付かない。木の脚を真ん中で締めた祭壇とみるべきで、原義は”祭壇”またはそれを伴う”祭祀”。

音:カールグレン上古音はdʰieɡ(去)。

用例:「帝」字は、「漢語多功能字庫」によると甲骨文では祭祀名に、また”天帝”の意に、金文では”嫡系”に(四祀𠨘其卣・殷代末期)、”天帝”に(天亡簋・西周早期)、戦国の金文では”帝王”に(商鞅量・戦国中期)用いられた。

論語では、”祖先を祀る大祭礼”。初出は殷墟の甲骨文。西周中期の「剌鼎」に、「隹五月、王在衣。辰在丁卯。王禘」とあるという(谷秀樹「西周代天子考」)。「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。『字通』に「啻は禘の初文」とあり、論語の時代までは「啇」「啻」「敵」などと書き分けられていない。

「啇」
[会意]初形は帝+口。帝は大きな祭卓の形。口は祝告の𠙵(さい)。卜文・金文に啻に作り、禘祭の禘の初文。嫡祖を祭る。嫡子にして嫡祖を祭ることができるので、啇に正啇の意がある。嫡の初文。
備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「示(祭壇)+〔音符〕帝」で、帝(上帝、天の神)をまつる祭礼のこと。帝はまた、締(まとめる)の意を含み、天帝を中心に多くの神々をとりまとめてまつる大祭のこと。締(中心にむけて一つにまとまる)と同系のことば。

語義

  1. {名詞}おおまつり(おほまつり)。天子*が郊外の円丘(まるいおか)で上帝(天の神)をまつる大祭。また、天帝を中心とし、祖先神をそえてまつる大祭。「或問俶之説=或ひと俶の説を問ふ」〔論語・八佾〕
  2. {名詞}なつまつり。夏に祖先神をまつる大祭。▽夏(カ)・殷(イン)代、春の祭りを侏(ヤク)、夏の祭りを俶、秋の祭りを嘗(ショウ)、冬の祭りを烝(ジョウ)といった。〔礼記・王制〕。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

[形声]声符は帝(てい)。帝は上帝を祀る大きな祭卓の形。小さな祭卓は示。示の下部を斜めの木で締めた形が帝。〔説文〕一上に「帝は諦(あき)らかにするなり。天下に王たるの號なり」とし、また禘一上には「禘祭なり」という。五歳一禘の祭祀は王者にのみ許されるものとされ、卜辞では上帝や祖先神、また金文では直系の先王を祀るときに禘という。祭卓の形である帝に、祝詞の器の形である𠙵(さい)を加えた形は啇(てき)で嫡の初文。その嫡系の者だけが、禘祀を行うことができた。のち礼制が整って五歳一禘、また〔礼記、王制〕に「礿(やく)・禘・嘗・烝」、すなわち春禘・夏禘のような四時の祭名となった。

大漢和字典

禘 大漢和辞典

鄭(テイ・15画)

鄭 金文
哀成叔鼎・春秋末期

初出:初出は西周末期の金文。ただし字形は「奠」。現行字体の初出は春秋中期の金文(新收殷周青銅器銘文暨器影彙編1890)。

字形:「奠」”御神酒”+「阝」”丘の上の城郭都市”で、周の諸侯・鄭国のこと。

音:カールグレン上古音はdʰi̯ĕŋ(去)。

用例:西周中期「奠牧馬受𣪕蓋」(集成3878)に「奠牧馬受乍寶𣪕。」とあり、地名または人名と解せる。

同「大𣪕」(集成4165)に「王在奠。」とあり、諸侯国の”鄭”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「邑+(音符)奠(テン)(ずっしりとすわる)」。「丁」に書き換えることがある。「丁重」。

語義

  1. {名詞}国名。周の宣王が弟の桓公友(カンコウユウ)を封じてたてた国。今の陝西(センセイ)省華県のあたりにあったが、のち、周の東遷のとき、今の河南省新鄭県の位置に移り、ここを新鄭と呼んだ。春秋時代に勢力を持ったが、宰相の子産の死後衰え、戦国時代のはじめ韓(カン)に滅ぼされた。
  2. {名詞}国名。隋(ズイ)代末期に王世充が河南にたてた。唐に滅ぼされた。
  3. {形容詞}ねんごろ。ずっしりと上にのせたさま。重みがある。念をおすさま。《類義語》奠(テン)。「鄭重(テイチョウ)」。

字通

[形声]声符は奠(てい)。奠は鄭の初文。卜文は奠に作る。〔説文〕六下に「京兆縣、周の厲王の子、友の封ぜられし所なり」という。卜辞に王子名で子奠というものがあり、おそらく鄭州の地を治めたものであろう。鄭州は安陽殷虚以前の故都で、壮大な版築のあとや工房址なども残されている。周の東遷のとき、桓公友が新鄭の地に入り、鄭国に封ぜられた。その地には殷の余裔が多く、鄭の政権との間に、政商分離を約する協定が結ばれた。一種の契約国家であった。

聽/聴(テイ・17画)

聴 甲骨文 聴 金文
甲骨文/洹子孟姜壺・春秋晚期

初出:初出は甲骨文

字形:「口」+「人」+「耳」で、人の話を聞く人のさま。原義は”聞く”。

音:「チョウ」は呉音。カールグレン上古音はtʰieŋ(平/去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では原義、”政務を決裁する”、人名、国名、祭祀名に用いた。金文では”聞き従う”(如洹子孟姜壺・春秋末期)の意に、また人名に用いた。

備考:「聞」が「斧」または「耳」+「人」であるのに対し、「聴」は「𠙵」”くち”が伴うことから、「聞」は間接的に聞くこと、「聴」は直接的に聞くこと。

甲骨文・金文ともに現行字形とは似ても似付かず、なぜこれらが「聴」に比定されたのかは分からない。類義語の「聞」の甲骨文との違いは、「口」の有無のみ。論語語釈「聞」も参照。

聞 甲骨文
「聞」(甲骨文)

聴 甲骨文
漢語多功能字庫」は甲骨文の字形を「耳」+「口」といい、原義を”聞こえる”だとする。上掲の通りそのように構成された字形はあるが、「聞」との切り分けについて記すところが無い。「斧」の形を「聞」では「耳」としないのに、「聴」だけそうするのは論理が一貫していない。そしてこのように主張しているのは、政治的ゴマスリで生涯を生き延びた郭沫若である。

ただし、古「聖」、「聽」、「聲」同字とあるのだけは参照の価値がある。おそらく上掲した「聴」の金文は、むしろ「聖」の金文だろう。次に示す「聴」の、春秋以降の金文もその可能性がある。論語語釈「聖」を参照。

聴 金文 字形
「聴」の金文は西周まではこのように、「斧」の形を保っている。決して「耳」ではない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、𢛳(トク)は直(チョク)と同系で、まっすぐなこと。壬(テイ)は、人がまっすぐにたったさま。聽は「耳+𢛳(まっすぐ)+(音符)壬」で、まっすぐに耳を向けてききとること。

類義語の聆(レイ)は、耳を澄ます。聞は、へだたりを通して耳にはいる、また、かすかに音がきこえるの意。

語義

  1. {動詞・名詞}きく。まともに耳を向けてきく。耳を澄ましてきく。転じて、広くきくこと。ききとる感覚。《類義語》聞。「謹聴」「聴其言而信其行=其の言を聴きて其の行ひを信ず」〔論語・公冶長〕
  2. {動詞}きく。したがう(したがふ)。いうことをきく。また、きき入れる。また、ききしたがう。▽去声に読む(古くはtìng、今はtīng)。「聴従」「聴父母之言=父母の言に聴ふ」「以聴於冢宰三年=以て冢宰に聴くこと三年」〔論語・憲問〕
  3. {動詞}きく。いうとおりにまかせる。なりゆきにまかせる。▽去声に読む(古くはtìng、今はtīng)。「聴天有命=天の命有るに聴く」。
  4. {名詞}きき耳をたてて、ようすをさぐる者。しのび。「十里之国則将有百里之聴=十里の国には則ちまさに百里の聴有らんとす」〔荀子・議兵〕
  5. {単位詞}《俗語》かん入りのものを数える単位。「一聴油(ひとかんの油)」。

字通

[会意]旧字は聽に作り、耳+壬(てい)+徳の旁(つくり)。壬は人の挺立する形。挺立する人の上に、大きな耳を加え、耳の聡明なことを示す。聡明の徳をいう字。金文には耳と𠙵(さい)(祝詞の器の形)とに従う字があり、神に祈り、神の声を聞きうることをいう。聖は、聽の字の徳に代えて、𠙵を加えたもの。神の声を聴きうる者を聖という。〔説文〕十二上に「聆(き)くなり」とし、壬声とするが、壬は人の挺立する形で、声ではない。神の声を聴きうるものが聖であり、その徳を聽といった。聖はおおむね神瞽(しんこ)であった。

泥(デイ・8画)

初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はniər(平)。同音は下記の通り。去声の音は不明。藤堂上古音では(平/去)ともにner。近音のni̯ərの一覧は、論語語釈「尼」を参照。

初出 声調 備考
デイ どろ 前漢隷書
骨つきのひしほ 春秋末期金文
水が満ちる 説文解字
父のおたまや 説文解字
ダイ はは 春秋金文
ジ・デイ 花の盛に咲ひているさま 楚系戦国文字

『大漢和辞典』で音デイ訓どろに「坭」(初出・上古音不明)。「濘」nieŋ(去、上声は音不明)、藤堂上古音neŋ(去/上)、初出は甲骨文。「𥩥」(初出・上古音不明)。音テイ訓どろに「汀」tʰieŋ(平、去声は音不明)、初出は説文解字。「浧」(カ音不明)、初出は戦国時代金文

”なずむ”の語義では「泥」を去声で読むことから、「濘」(去)を論語時代の置換候補とする。おそらく「泥」の去声は、nieŋに近く発音していたのだろう。「泥」(去)を董同龢音ではnied、周法高音ではner、李方桂音ではnidhとしている。

濘 甲骨文
「濘」(甲骨文)

『学研漢和大字典』「濘」条

(去/平)

  1. {動詞・名詞}ぬかる。ぬかるみ。泥で道がぬかる。また、どろどろの道。「泥濘(デイネイ)」。
  2. {名詞}小さな流れ。
  3. 水のわきあがるさまを示すことばに使う。▽平声に読む。

漢語多功能字庫

從「」,「」聲,本義為涇水支流。


「水」の字形に属し、「尼」の音。原義は涇水(ケイスイ・黄河の支流の渭水の支流)の支流。

学研漢和大字典

会意兼形声。尼(ニ)は、人と人とがからだを寄せてくっついたさまを示す会意文字。泥は「水+(音符)尼」で、ねちねちとくっつくどろ。▽「埿」は、泥の異体字だが、ハンとも読む。涅(ネチ)・(デチ)(ねばってくっつくどろ)・捏(ねちねちとこねる)・昵(ニチ)・(ジツ)(くっつく)などと同系。

語義

  1. {名詞}どろ。ひじ(ひぢ)。水気があってねちねちとくっつく土。また、ぬかるみ。《類義語》涅(ネチ)・(デツ)。「泥濘(デイネイ)(ぬかるみ)」「何不盃其泥而揚其波=何ぞ其の泥を盃り其の波を揚げざる」〔楚辞・漁父〕
  2. {名詞}どろ状をした物。「金泥(金粉をとかした塗料)」「棗泥(ソウデイ)(なつめの実をつぶしたあんこ)」。
  3. {形容詞}どろのようにねちねちしたさま。「泥酔」。
  4. {動詞}なずむ(なづむ)。ねちねちとくっついて動きがとれないようになる。▽去声に読む。「拘泥(コウデイ)(物事にとらわれて動きがとれない)」「致遠恐泥=遠きを致せば泥まんことを恐る」〔論語・子張〕
  5. 《日本語での特別な意味》どろ。「泥棒(ドロボウ)」の略。「こそ泥」。

字通

[形声]声符は尼(じ)。〔説文〕十一上に川の名とするが、字は汚泥の意。〔釈名、釈宮室〕に「泥は邇(ちか)きなり。邇近なり。水を以て土に沃(そそ)ぎ、相ひ黏近(でんきん)せしむるなり」とあり、邇近・黏近の意があるという。尼は人の後ろより接する形で、親昵(しんじつ)する意があり、泥の黏着する性質よりして、尼声を用いるのであろう。

狄(テキ・7画)

狄 甲骨文 狄 金文
甲骨文/史墻盤・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:「矢」+「犬」で、けものを矢で射るさま。おそらく原義は”狩猟(民)”。

音:カールグレン上古音はdʰiek(入)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文での語義は不明、金文では北方の異民族(史牆盤・西周中期)、”こらしめる”(曾伯簠・春秋早期)の意に用いた。

学研漢和大字典

会意文字で、「犬+火」。火をもやして犬を横に追い払うことをあらわす。押しやる、退ける、横になびくように逃げる意を含む。

語義

テキ/ジャク
  1. {名詞}えびす。中国古代、北方にいた民族。北狄(ホクテキ)。ひろく、異民族のこと。
  2. {動詞}異民族扱いにして排斥する。
テキ/チャク
  1. 「狄狄然(テキテキゼン)」とは、横になびくようにはねるさま。〔荀子・非十二子〕
  2. {動詞}追われて逃げる。▽逖(テキ)に当てた用法。

字通

[会意]犬+火。犬は犬牲。火を加えて災禍を祓う呪儀を示すものであろう。拔(抜)・祓もまた犬に従う。遠くへ祓うので逖遠の意となる。〔説文〕十上に「赤狄なり。本(もと)犬種なり。狄の言爲(た)る、淫辟なり。犬に從ひ、亦の省聲なり」とするが、金文の字は火に従う。金文に「不恭を㪤狄(ひつてき)す」「淮夷を克狄(こくてき)す」などの語があり、逖遠の地に退けることをいう。狄に狄遠の意があるとすべきである。

声系

〔説文〕に狄声として逖を収め、その古文の字を逷に作る。金文には、狄をそのまま逖遠の字に用いる。

語系

狄・逖・逷thyek、逴・踔theôk、また超thiô、迢dyôは声義近く、みな遠くはるかな意がある。遙(遥)jiFもこの系統の語。狄はまた翟dyôkに仮借して用いることがある。

適(テキ・14画)

適 金文 適 楚系戦国文字
𧽊𣪕・西周中期/楚系戦国文字

初出は西周中期の金文。ただし字形は「啻」。「小学堂」にょる初出は楚系戦国文字

字形:〔辶〕+「啇」。「啇」の古形は「啻」で、「啻」は天の神を祭る禘祭を意味した。おそらく神意にかなうことから、「適」の原義は”かなう”。論語語釈「啻」を参照。

適 異体字
慶大蔵論語疏は異体字「〔辶亠丷冂口〕」と記す。「魏王夫人元華光墓誌」(北魏)刻。

音:カールグレン上古音はɕi̯ĕk(入・韻目「昔」字母「書」)。同音は存在しない。入・韻目「昔」字母「章」/入・韻目「錫」字母「端」の音は不明。

用例:西周中期「󱩾鼎」(集成2731)に「王令󰛙󱳭東反夷。󱤘肈從󰛙征。攻龠無啻。」とあり、「啻」は「敵」と釈文されている。

西周中期「刺鼎」(集成2776)に「王啻。用牡于大室。啻卲王。」とあり、「啻」は「禘」と釈文されている。

西周中期「九年衛鼎」(集成2831)に「矩廼𥄳󱲸粦令󱴊商𥄳啻。」とあり、「啻」は「意」と釈文されている。

西周中期「大𣪕」(集成4165)に「易苑騂犅。曰。用啻于乃考。」とあり、「啻」は”…だけに”と解せる。

西周中期「𧽊𣪕」(集成4266)に「王若曰:𧽊命女乍󱩾(豳)𠂤冢𤔲馬。啻官僕。射。士。」とあり、「啻」”ただす”は「適」”かなわす”と釈文されている。

西周中期「師酉𣪕」(集成4288)に「王乎史牆册命師酉。𤔲乃且。啻官邑人。」とあり、「啻官」は禘祭の執行官と『字通』は言う。

『字通』嫡条

[形声]声符は啇(てき)。啇は帝を祀る祭儀を示す啻(てい)(禘)の字で、その祭儀を執行しうるものは、帝の直系者であることを要した。のち字は分かれて禘(てい)と嫡となり、禘はその祭儀、嫡はその執行者の身分をいう。

春秋末期「蔡𥎦尊」(集成6010)に「祗盟嘗啻,祐受母(無)已」とあり、「国学大師」では解読不能とする。「禘」の意に解せる。

春秋末期までの用例は、以上とその類例のみ。

「上海博物館蔵戦国楚竹簡」季庚19に「弃(棄)亞(惡)毋適」とあり、”かなう”と解せる。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。定州竹簡論語では「謫」と記す。詳細は論語語釈「謫」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側は、啻の変形したもので、一つにまとめる、まっすぐ一本になった、という意を含む。適はそれを音符とし、辶(足の動作)を加えた字で、まっすぐひとすじにまともに向かうこと。
匹敵の敵(まともに向かう)と同系。類義語に往。「たま」は「偶」とも書く。また、「たまさか」は「偶か」、「たまたま」は「偶」「偶偶」とも書く。

語義

漢音セキ
  1. {動詞}ゆく。まっすぐにいく。まともに向かう。▽敵・嫡・啻と同義に用いた場合はテキ、それ以外はセキが正しいが、日本ではすべてテキと読む。「適帰(あるべき所にいく)」「子適衛=子衛に適く」〔論語・子路〕
  2. {動詞}とつぐ。女性がとついでいく。《類義語》嫁(カ)。「適人=人に適ぐ」。
  3. {形容詞}心地よい。思いどおりの。「快適」「舒適(ジョテキ)」「適適然」。
漢音テキ
  1. (テキス){動詞・形容詞}かなう(かなふ)。ぴたりとあう。まともに当たる。また、ぴったりとあてはまったさま。《類義語》敵。「適意=意に適ふ」「適当」。
  2. {副詞}たまたま。→語法「①」。
  3. {形容詞・名詞}直系の。まともな。本格的な。直系、または正式の親属。▽まっすぐに血を引くことから、嫡(テキ)・(チャク)に当てた用法。「適子」「適室」。
  4. {副詞}ただ。→語法「②」

語法

①「たまたま」「まさに」とよみ、「ちょうど」「ぴたりと」と訳す。前後の状況がよくあう意を示す。「高祖適従旁舎来=高祖適(たまたま)旁舎(ばうしゃ)従(よ)り来たる」〈高祖はちょうどそのとき近くの家から出てきた〉〔史記・高祖〕
②「ただ~のみ」とよみ、「ただ~だけ」「わずかに~」と訳す。限定の意を示す。《類義語》啻・特・只。「疑臣者、不適三人=臣を疑ふ者は、ただ三人のみならず」〈わたしを疑う人々は、三人だけではない〉〔戦国策・秦〕
③「たとい~ども」とよみ、「たとえ~でも」と訳す。逆接の仮定条件の意を示す。「適使矯易去就、則不能相為矣=適(たと)ひ去就を矯易(きゃうえき)せ使むとも、則(すなは)ちあひ為にする能はず」〈たとえ去就をかえさせようとしても、(相手の意志が固いので)口出しはできない〉〔范蔚宗・逸民伝論〕

字通

[形声]声符は啇(てき)。啇は嫡の初文。上帝の子孫として、相敵(あた)る意がある。〔説文〕二下に「之(ゆ)くなり」とあり、主とし、目的とするところに行く意。〔詩、小雅、四月〕「爰(いづ)くにか其れ適歸せん」のように用いる。また「適〻(たまたま)」「適(まさ)に」「適(た)だ」などの訓がある。

敵(テキ・15画)

大漢和辞典

敵 大漢和辞典

覿(テキ・22画)

覿 篆書
説文解字・後漢

初出:初出は西周末期の金文(「󱨕匜」集成10285)とも言われるが字形が確認できないし、判読不能字だとする異論もある(「国学大師」)。確実な初出は後漢の説文解字

字形:音符「𧶠イク」”売りあるく”+「見」。「𧶠」のカールグレン上古音は不明で、中国の漢学者も上古音・中古音を投げている。『学研漢和大字典』の条目も無い。「売」の旧字体「賣」とは別字。

𧶠イクバイ

『大漢和辞典』は宋代の『集韻』を引いて「𧶠、通作鬻・粥」とする。「鬻」(シュク/イク)”ひさぐ”のカールグレン上古音はd(入)。同音同調は「融」「肜」”翌日祭”・”船の行く様”。「粥」(同)はdまたはȶ(入)。後者の同音同調は「祝」「柷」”木製の楽器”「騭」”牡馬”「繳」”糸”「隻」。

音:カールグレン上古音は声母のdʰ(入)のみ。同音は「蟲」「沖」「盅」「彤」「赨」「條」「蜩」「調」「鰷」「陶」「綯」「檮」「翿」「匋」「儔」「躊」「幬」「裯」「疇」「稠」「籌」「道」「稻」「仲」「導」「纛」「蹈」「燾」「胄」「冑」「酎」「宙」「繇」「逐」「軸」「蓫」「柚」「毒」「纛」「迪」「滌」「蓧」「踧」。藤堂上古音はdök(入)。

用例:西周末期の金文の例は、訳者には判読不能。

「上海博物館藏戰國楚竹書」周易52に「晶(三)□(歲)不覿,凶□。」とあり、”見る”・”会う”と解せる。

戦国時代では『荀子』にも用例がある。

論語時代の置換候補:『大漢和辞典』訓「みる」の同音に「𧠫」「䚍」(初出不明)、訓「あう」は存在しない。

学研漢和大字典

形声。「見+(音符)賣(イク)」。

語義

  1. {動詞}あう(あふ)。人と面会する。まみえる。

字通

[形声]声符は賣(しよく)。〔説文新附〕八下に「見るなり」とあり、〔儀礼、聘礼〕「賓、束錦を奉じて以て覿(まみ)えんことを請ふ」とみえる。〔国語、周語中〕に「武は覿(しめ)すべからず、文は匿(かく)すべからず」の語がある。「天罰覿面(てきめん)」のように用いるのは、仏教語である。

大漢和辞典

覿

溺(デキ・13画)

溺 金文
王孫遺者鐘・春秋末期

初出は春秋末期の金文。カールグレン上古音はni̯ok(入)。同音は存在しない。

漢語多功能字庫

金文從「」從「」從「」,「」是「」的聲符(參張崇禮)。「」的構形初義有兩說,一說認為象二人側立撒尿之形(廖明春),本義是撒尿;一說從「」會人沒水中之意(何琳儀),本義是沉沒。


金文は「」と「」と「」の字形の系統に属する。「」は「」字の音符(参張崇礼)。「」の字形の原義については二説あり、一説は二人並んで立ち小便をしている象形だといい(廖明春)、原義は立ち小便。もう一説は「」の字形の系統に属すると解し、うっかり人が水に落ちる意とし(何琳儀)、原義は溺れること。

学研漢和大字典

会意兼形声。「水+(音符)弱」。弱の字は、弓を二つ並べたさまで、なよなよと曲がった意を含む。水でぬれて、柔らかくぐったりとなること。また、尿に当てる。

語義

デキ
  1. {動詞}おぼれる(おぼる)。水中に落ちて死ぬ。また、死にそうになる。「善游者溺、善騎者堕=善く游ぶ者は溺れ、善く騎る者は堕つ」〔俗諺〕
  2. {動詞}おぼれる(おぼる)。物事に心を奪われてぬけ出せない。入りびたる。「溺愛(デキアイ)」。
ジョウ
  1. {名詞}ゆばり。いばり。柔らかい曲線をなして出る小便。《同義語》⇒尿。
  2. (ニョウス)(ネウス){動詞}ゆばりする(ゆばりす)。小便をする。小便をかける。「酔更溺雎=酔ひて更に雎に溺す」〔史記・范雎〕

字通

[形声]声符は弱(じゃく)。〔説文〕十一上に水名とする。〔段注〕に、溺没の字は㲻(でき)、小便の字は㞙(にょう)が本字であるという。尿㞙の字は卜文に象形の字があり、のち尿の字となった。〔詩、大雅、桑柔〕に「載(すなは)ち胥(あ)ひ及(とも)に溺る」とあって、すでに溺没の字に用いている。

尿字条

尿 甲骨文
「尿」(甲骨文)

[象形]卜文の字形は人が立って放尿する形。小篆の字形は尾と木とに従い、獣が尿するさまである。卜文では人の前にあるものは尿、後ろにあるものは屎(し)である。尿は古く旋(せん)、また溲(しゆう)といった。〔説文〕八下に「人の小便なり」とみえるが、「小溲」の誤りであろうと思われる。〔漢書、東方朔伝〕に「殿上に小遺す」とあり、また溺という。尿は象形字、溺はその形声の字である。

徹(テツ・15画)

徹 甲骨文 徹 金文
甲骨文/史墻盤・西周中期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文の字形は「レキ」”三本足の鍋”+「又」”手”。鍋に手を掛けるさま。原義は”取り去る”。上古音を参照すると、”火に掛ける”より”火から下ろす”の方が原義としてふさわしい。金文から字形に火が加わる。戦国時代から「又」は「攴」”手に道具を持って用いる”、さらに「彳+攵」”両手で行う”に変わった。現行字体の初出は秦系戦国文字。

音:カールグレン上古音はdʰi̯atまたはtʰi̯at(共に入)。前者の同音に「轍」”わだち”、「撤」”のぞく”、「澈」”水が澄む”・”水が尽きる”。後者の同音に「硩」”なげうつ”・”あばく”・”つみとる”。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では地名・人名に用い、金文では”統治する”(史牆盤・西周中期)の意に用いた。

論語顔淵篇9の鄭玄注に「周法十一而税謂之徹」とあることから「徹」=”十分の一税”と解され、『孟子』滕文公上に「夏后氏五十而貢,殷人七十而助,周人百畝而徹,其實皆什一也。」とあるのに対し、後漢末の趙岐が「耕百畝者,徹取十畝以為賦」と注を付けてから、”十分の一税”説が儒者業界の座敷わらしになった。鄭玄も趙岐も後漢の臣民であり、「徹」などと生前に前漢武帝のいみ名を書いたのが発覚すれば斬首されたはずで、これらの注そのものに贋作の疑いがある。

備考:論語語釈「撤」も参照。

学研漢和大字典

会意文字で、育は「子の逆形+肉」よりなり、お産のとき頭から赤子がうまれるさま。胎内からするりと抜け出ることを示す。また、攴印と彳印は手と足の動作を示す動詞記号。徹は「彳+育+攴」で、するりと抜け出る、抜きとおすなどの動作を示す、という。

語義

  1. {動詞}とおる(とほる)。するりと突き抜ける。つらぬきとおす。
  2. {動詞}とる。すっと抜きとる。とり去る。場にある物をとり去る。

字通

[形声]声符は■(育+攵)(てつ)。■(育+攵)は古くは■(鬲+又)(てつ)としるし、鬲(れき)などの器を陳設する意。その陳設し終わることを徹という。〔説文〕三下に「通るなり」とし、字を「彳(てき)に從ひ、攴(ぼく)に從ひ、育に從ふ」と会意に解するが、儀礼のときに鬲や豆(とう)など食器の類をならべる意のようである。よって通徹・貫徹の意となり、徹底・徹夜のように用いる。陳列したものを撤去することを撤という。

撤(テツ・15画)

撤 古文
海5.21・北宋

初出:初出は不明

字形:「扌」+「徹」”取り去る”の略体。

音:カールグレン上古音はdʰi̯at(入)。同音に「轍」、「徹」、「澈」”水が澄む”。

用例:戦国最末期「睡虎地秦簡」田律10の「徹」は「撤」と釈文されている。

文献上の初出は論語郷党篇8。再出は前漢初期の『新書』まで時代が下る。

論語時代の置換候補:「徹」(初出甲骨文)。論語語釈「徹」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側は、ものの通りをよくする意を含む。撤はそれを音符とし、手を加えたもの。徹(テツ)(じゃまものを取り除いて通す)と同系。撒(サツ)とまちがえやすい。

語義

  1. (テッス){動詞}すてる(すつ)。取り除く。そこにある物をのけて、通りをよくする。《同義語》⇒勶(テツ)。「撤去」「不撤薑食=薑を撤せずして食らふ」〔論語・郷党〕

字通

[形声]声符は■(撤-扌)(てつ)。■(撤-扌)はもと■(鬲+又)(てつ)に作り、鬲(れき)(食器)など供薦のものを陳設する意。それを取り下げることを撤という。〔広雅、釈詁一〕に「取るなり」、〔玉篇〕に「剝(は)ぐなり」とするが、もと撤饌のことをいう字である。徹は供饌して陳列すること、それに対して撤饌・撤去することを撤という。撤饌に対して、牆屋を撤するようなときには勶を用いるが、のち徹をその義にも用いる。

輟(テツ・15画)

初出は説文解字。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はti̯wat(入)、去声の音は不明。藤堂上古音はtɪuat(入)、やはり去声は不明。戦車の同音は下記の通り。近音の”やめる”「撤」dʰi̯atの初出は不明。『大漢和辞典』で音テツ訓やめるに「替」があり、カールグレン上古音は不明だが藤堂上古音はt’er(去)。音通とは断じがたい。

初出 声調 備考
テツ 車の小破した部分をなほしたもの・やめる 説文解字
テツ なはて 説文解字
テツ うれへる 楚系戦国文字
テツ けづる 説文解字
テツ 泣くさま 説文解字
テイ つづる・やめる 説文解字
タツ ひろふ 秦系戦国文字
テツ つづる 西周末期金文

漢語多功能字庫

《說文》:「輟,車小缺復合者。从車叕聲。」「」又同「」,參「」。


『説文解字』では、車輪の欠けたのを継ぎ合わせたことと言い、「車」の字形に属する字で、「叕」の音だという。「」は「」(テツ)と同じだから、「」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。「車+(音符)叕(テツ)(次々とつながるつながりが中断する)」。車のつらなる回転が、ふと中断すること。

語義

  1. {動詞}やめる(やむ)。中止する。「中輟(チュウテツ)(途中でやめる)」「孳而不輟=孳して輟まず」〔論語・微子〕

字通

[形声]声符は叕(てつ)。叕に補綴する意がある。〔説文〕十四上に「車の小(すこ)しく缺けたるを、復(ま)た合する者なり」とあり、車を繕う意。また〔論語、微子〕「耰(くさぎ)りて輟(や)めず」のように、休止する意に用いる。

涅(デツ・10画)

初出は前漢の篆書。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はniet(入)。同音は無い。『大漢和辞典』で音デツ訓くろ(める/つち)は他に存在しない。結論として、論語時代の置換候補は無い。

「涅槃」の「ネ」は慣用音。呉音は「ネチ」。

学研漢和大字典

会意兼形声。右側の部分は「土+(音符)日」の形声文字。ねばる土のこと。涅はそれを音符とし、水を加えた字。捏(こねる)・粘(ねばる)と同系で、また、泥(どろ)とも近い。

語義

  1. {名詞}黒いねば土。どろ。また、黒く染めるのに用いる礬石(バンセキ)(みょうばん)。
  2. (デッス){動詞}黒いねば土にまみれさす。また、黒に染める。「涅而不緇=涅すれども緇(くろ)まず」〔論語・陽貨〕

字通

[形声]声符は圼(でつ)。圼は黒土をまるめた形。〔説文〕十一上に「黒土の水中に在る者なり」とし、日(じつ)声とするが、声が異なり、日はその土をまるめた形である。おそらく土を轆轤(ろくろ)の台上において、回転させて器形を作る意であろう。仏教語では「涅槃(ねはん)」のように、梵語の音訳語に用いる。

天(テン・4画)

天 甲骨文 天 甲骨文2
(甲骨文)1/2

初出:初出は甲骨文

字形:人の正面形「大」の頭部を強調した姿で、原義は”脳天”。高いことから派生して”てん”を意味するようになった。

音:カールグレン上古音はtʰien(平)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では”あたま”・地名人名に用い、金文では”天の神”(秦公𣪕・春秋)を意味し、また「天子」”周王”や「天室」”天の祭祀場”の用例がある。「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

備考:殷代まで「申」と書かれた”天神”を、西周になったとたんに「神」(神)と書き始めたのは、殷王朝を滅ぼして国盗りをした周王朝が、「天命」に従ったのだと言い張るためで、文字を複雑化させたのはもったいを付けるため。「天子」の言葉が中国語に現れるのも西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。論語語釈「示」を参照。

この図々しさは、宗教を否定した龴儿𠂊主義者が自分から”英知あるもの”と名乗って世間に拝ませたのとよく似ている。論語公冶長篇15余話「龴儿𠂊主義とは何か」を参照。

学研漢和大字典

指事文字で、大の字にたった人間の頭の上部の高く平らな部分を一印で示したもの。もと、巓(テン)(いただき)と同じ。頭上高く広がる大空もテンという。高く平らに広がる意を含む。草書体をひらがな「て」として使うこともある。▽草書体からひらがなの「て」ができ、「天」の初三画の変形からカタカナの「テ」ができた。

語義

  1. {名詞}あめ。頭上に高く広がる大空。《対語》⇒地。「天穹(テンキュウ)(まるく地上をおおう空)」「天油然作雲=天に油然として雲作る」〔孟子・梁上〕
  2. {名詞}天「ぽ」にいます最高の神。▽宇宙を支配するものと考えられた神。殷(イン)代には帝(上帝)といい、周代には天といい、荘子は造物者という。「天帝」「獲罪於天無所偃也=罪を天に獲(う)れば偃(いの)る所無きなり」〔論語・八佾〕
  3. {名詞}人間界に対して、自然界すべて。「天然」。
  4. {名詞}天の神がくだす運命。天命。「天生(うまれつきの性質)」「天之亡我=天の我を亡ぼすなり」〔史記・項羽〕
  5. {名詞}天の神の命を受けて、人間界をおさめる者。天子*のこと。「天顔(天子の顔)」「九重天(キュウチョウノテン)(奥深い天子の宮殿)」。
  6. {名詞}夫に対する尊称。▽今日でも夫の死を嘆いて「我的天」という。
  7. {名詞}《仏教》人間の世界の上にある仏の住む世界のこと。また、そこに住むもの。「兜率天(トソツテン)」。
  8. {名詞}キリスト教では、神のいる所。「天国」。
  9. {名詞}《俗語》日。「今天(チンティエン)(今日)」「三天(サンティエン)(三日間)」。
  10. 「天上」とは、人間(ジンカン)(人間社会)に対して、天にあるという世界をいう。祖先神や仙人(センニン)の住む所と考えられた。「天上人間会相見=天上人間会ず相ひ見えん」〔白居易・長恨歌〕
  11. 《日本語での特別な意味》
    ①てん。物事を三段階に分けるときの第一。「天地人」。
    ②てん。物の上部。「天地無用」《対語》⇒地。
    ③「天ぷら」の略。「天丼」。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

字通

天 甲骨文2 天
「天」(甲骨文2)

人の正面形。上部は一ではない。『易経』に動詞として「天する」=髪を切る刑罰とある。上部は大きな頭で、天はもと人の頭頂。殷代の昔から、”おおぞら”を意味した。

傳/伝(テン・6画)

伝 甲骨文 伝 金文
(甲骨文・金文)

初出:初出は甲骨文

字形:字形は「亻」(人)+「專」(専)・はさらに「セン」”紡錘”+「又」”手”に分解できる。原義は人が糸をたぐり寄せるさま。

音:「デン」は呉音。カールグレン上古音はdʰi̯wan(平/去)またはti̯wan(去)。

用例:西周早期の「中甗」に「賓□貝,日傳□王□休」とあるが欠損が多くて判読できない。西周末期の「散氏盤」に、「旅誓曰。我兓付散氏田器、有爽。實余有散氏心賊。則鞭千罰千。傳棄之。」とあり、”つたえる”と読めなくはない。

漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”伝令(車)”を意味し、金文でも同様だが、”宿場”の語義は戦国時代の「王命龍節」から、”継がせる”・”拘留する”の語義は戦国時代の竹簡から見られるという。

学研漢和大字典

会意兼形声。傳は「人+(音符)專(セン)(まるいおもり)」で、まるい物をころがすように、次々にあとに伝えるの意をあらわす。轉(=転)と同系のことば。旧字「傳」は人名漢字として使える。▽旧字「傳」の草書体をひらがな「て」として使うこともある。▽付表では、「手伝う」を「てつだう」「伝馬船」を「てんません」と読む。

語義

  1. {動詞}つたえる(つたふ)。つたわる(つたはる)。申し送る。「伝道」「伝不習乎=習はざるを伝ふるか」〔論語・学而〕
  2. {名詞}つたえ(つたへ)。いいつたえや書きつたえ。
  3. {名詞}昔からつたえられた古い書物。▽去声に読む。「於伝有之=伝においてこれ有り」〔孟子・梁下〕
  4. {名詞}経書や詩の注釈。▽去声に読む。「長恨歌伝」「春秋伝」。
  5. {名詞}人物の言行や一生を書きつたえる文章。▽去声に読む。「伝記」「列伝」。
  6. {名詞}宿場で中継ぎして、旅客や手紙を送りとどけること。また、その人や馬。▽去声に読む。「駅伝」「遂発伝出=遂に伝を発して出づ」〔史記・孟嘗君〕

字通

[会意]旧字は傳に作り、人+專(専)、專はふくろの中にものをつめこんだ形。これを負って運ぶことを傳という。他に運び伝える意である。〔説文〕八上に「きょなり」とあるのは伝遽。すなわち駅伝形式で運ぶことをいう。金文の〔散氏盤〕に「傳棄」という語があり、遠方に流罪とする意。この金文では、自己詛盟の語として用いる。橐(訳者注。ふご)を負って、所払いとなることをいう。〔孟子、万章下〕の「傳質」は、(謁見のときの献上物)を負って遊歴し、出仕を求めること。のち伝達・伝習の意に用いる。

訓義:1)つたえる、はこぶ。2)おくる、のこす、のちに伝える。3)ひろめる、のべる。4)うつす、かきつたえる、とりつぐ。5)やど、やどり、はたご、宿駅、とらえておくる。6)わりふ、てがた、旅券。7)古書の注。古義を解きつたえる。8)伝記、人の生涯の記録。

大漢和辞典

→リンク先を参照。

坫(テン・8画)

坫 隷書
武威簡.泰射38(隸)・前漢

初出:初出は前漢の隷書

音:カールグレン上古音はtiam(去)。同音に占を部品とする漢字群。平声の音は不明。

用例:論語に次ぐ再出は『墨子』備城門篇で、「百步一木樓,樓廣前面九尺,高七尺,樓囪居坫,出城十二尺。」とあり、”城壁”と解されている。

論語時代の置換候補:同音の「點」(点)、「玷」(きずつける)、「痁」(おこりやまい)、いずれも盃台の意味は無い。部品の占も同様。

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。占は、場所を決めて置く意を含む。坫は「土+(音符)占(セン)」。土器でつくった台で、そこに杯を置く場所を決めてあるのでいう。店(一定の場所に構えたみせ)・佔(セン)(一定の場所をとる)と同系。

語義

  1. {名詞}杯を置く台。▽諸侯が会見したとき、酒杯のやりとりがすんだあと、杯を置くのに用いた。「邦君為両君之好有反慧=邦君両君の好を為すに反坫有り」〔論語・八佾〕
  2. {名詞}食物を置く台。▽へやの北東のすみにあった。

字通

[形声]声符は占(せん)。占に店(てん)の声がある。〔説文〕十三下に「屏(へい)なり」とあり、堂隅の物をおく台のあるところをいう。〔玉篇〕に「爵(杯)を反(かへ)すの處なり」とあり、反坫の意とする。反坫は諸侯が献酬の礼に用いるもので、〔論語、八佾〕に、管仲の家には反坫があり、諸侯の礼を僭するものだと指弾する孔子の語がみえる。

點/点(テン・9画)

點 隷書
隷書

初出:初出は前漢中期の定州漢墓竹簡論語。ただし画像未公開で経不明。「小学堂」による初出は後漢の説文解字

字形:「黑」+音符「占」tɕi̯am(平)。「占」に”記す”の語義があり、原義は墨で書き付けること。論語語釈「占」も参照。

音:カールグレン上古音はtiam(上)。同音は「玷」”玉の傷”、「坫」”盃台”(→語釈)、「痁」”おこりやまい”。

用例:甲金文・戦国竹簡・帛書に見えず、文献上の初出は論語先進篇27で、曽子の父親のあざ名として記される。戦国時代の文献には見られず、僅かに『呂氏春秋』にやはり曽子の父の名として記される。また『春秋左氏伝』にも人名として見られる。

漢代以降でも『孔子家語』にやはり人名として見えるが、漢初の『爾雅』に「滅,謂之點。」とあり、”打ち消し、これを点という”と解せる。すでに書き記した文字列に、墨で打ち消しの印を付けること。

備考:
曽点
論語では曽子の父曽点子皙のいみ名として現れるが、上記の通り春秋時代に字=言葉が存在しない。『史記』によるあざ名は「蒧」(テン、草の名)だが、初出も上古音も不明。『史記』異本によるとあざ名は「𪒹」(カン、色が黒い)だが、カールグレン上古音は不明初出は後漢の説文解字

学研漢和大字典

会意兼形声。占は「卜(うらなう)+口」の会意文字で、占って特定の箇所を選びきめること。點は「黑(くろい)+(音符)占」で、特定の箇所を占有した黒いしるしのこと。のち、略して点と書く。占(場所をしめる)・店(特定の場所をしめたみせ)・黏(テン)(特定の所にくっつく)などと同系。

語義

  1. {名詞}ある場所を占めた小さなしるし。ちょぼ。数学では、場所があって、大きさ、厚さのないもの。「黒点」。
  2. {名詞}ある特定の箇所・部分。「終点」「重点」。
  3. {単位詞}物品を数える単位。転じて、正しく答えた箇所を数える単位。「点数」。
  4. {名詞}文章の切れめを示す小さいしるし。「句読点(クトウテン)」。
  5. {動詞}原文に小さなしるしをつけて、その箇所をなおす。「点改」。
  6. {名詞}筆法の一つ。筆の先をちょんと紙につけてすぐ離す書き方。
  7. (テンズ){動詞}ちょっとくっつける。ちょっとたらす。こっくりと頭を下にさげる。「点火」「点眼(目にちょっとつけてたらす)」「画竜点睛(ガリョウテンセイ)(竜をえがき、最後に睛(ヒトミ)をちょんと入れる)」。
  8. (テンズ){動詞}ちょっとあたってみる。ちょっと試みる。ちょっとしるしをつけて選び出す。「点検」「点戯(芝居の題目表にしるしをつけて選び出す)」「点茶=茶を点ず」。
  9. {名詞・単位詞}ちょんとたたいて時刻を知らせる道具。また、時間を知らせるために打つ音を数えることば。一つ打つのを一点といい、その時刻を「一点鐘」という。「三点鐘(三時)」。
  10. 「点点(テンテン)」とは、小さな物があちこちにあるさま。
  11. {名詞}《俗語》ちょっとひもじさをおさえるおやつ。「点心」「茶点(茶のおやつ、おつまみ)」。
  12. 《日本語での特別な意味》てん。評点や得点。「悪い点」。

字通

[形声]旧字は點に作り、占(せん)声。占に店・沾(てん)の声がある。〔説文〕十上に「小黑なり」とあって、小さな黒点をいう。〔荊楚歳時記〕に、八月十四日、民家では児童の額(ひたい)に朱をつけて病除けとする俗があり、天灸また点額という。わが国のアヤツコに類する俗である。加点し、点炭すること。また点景・点睛・点茶のように用いる。

殿(テン・13画)

殿 金文
師㝨簋・西周末期

初出:初出は西周末期の金文。ただし字形は「𡱒」。現行字体の初出は秦系戦国文字。

字形:「人」+「」”腰掛け”+「シュ」”叩き棒”で、腰掛けに座った人を打つさま。原義はおそらく”叩く”。”しんがり”や”たかどの”の意となった経緯は不明。

音:「デン」は呉音。カールグレン上古音はdhiənまたはtiən(共に去)。前者の同音は殄”つくす・やむ”のみ。後者の同音は典”つかさどる”のみ。いずれにも”しんがり”の語釈は『大漢和辞典』に無い。

用例:西周末期「󱨿史𡱒壺」(集成9718)に「󱣯史𡱒乍寶壺。」とあり、人名と解せる。

西周末期あるいは春秋早期の「內子仲□鼎」(集成2517)にも人名として用い、春秋末期までの用例は以上二つしか無い。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、左側は臀(デン)(しり)の原字で「尸(シ)(からだ、しり)+兀(こしかけ)+冂(台)」の会意文字。大きい尻をずっしりと台上に乗せたさまを示す。殿はそれを音符とし、殳(動詞の記号)をそえた字で、尻をむちでうつこと。ただし、その音符の字はもとずっしりと大きく重いの意を含んでいるので、殿はずっしりと土台を構えた大きい建物の意に転用され、また、尻は人体の後部にあるため、しんがりをつとめるの意となった。墩(トン)(ずっしりした土台)・豚(トン)(ずっしりと重いぶた)などと同系のことば。

語義

  1. {名詞}との。ずっしりと土台を構えた大きな建物。▽秦(シン)代以後に用いられるようになったことば。《類義語》堂。「殿堂」「宮殿」。
  2. 「殿下」とは、身分の高い人を直接さすことをさけて、殿の下ということばで示した敬語。▽日本では皇族につける敬称。
  3. {名詞}しんがり。行軍のとき、最後に構えていて敵の追撃を防ぐ、後詰めの部隊。臀(デン)(しり)につく部隊のこと。また、試験で最下位の成績。「殿軍」「殿最」。
  4. (デンス){動詞}行軍の最後尾を守る。「奔而殿=奔りて而殿す」〔論語・雍也〕
  5. {動詞}むちで尻(シリ)をたたく。《同義語》臀(デン)。
  6. {形容詞}でんでんと太鼓をたたく音の形容。
  7. 《日本語での特別な意味》格式の高い戒名で、院号の下につけることば。「冷光院殿」。

字通

[会意]𡱂(とん)+殳(しゆ)。𡱂は臀(とん)の初文。人が丌(き)(牀几)に腰かけている形で、臀(しり)の部分を強調した字。殳はおそらく攴(ぼく)の意。殿は臀たたきの俗を示す字のようである。〔説文〕三下に「撃つ聲なり」とし、〔太平御覧、一七五〕に引く〔説文〕には「堂の高大なる者なり」とみえる。〔詩、小雅、采薇〕「天子*の邦を殿(をさ)む」の〔毛伝〕に「鎭(しづ)むるなり」とあるのは、動詞の用法であるから、殿字の初義と関係があろう。殿堂の意は臀と関係があるべきではないから、あるいは㞟(でん)の字義であるかもしれない。〔説文〕八上に㞟を「偫(たくは)ふるなり」と訓するが、神尸の前に薦腆(せんてん)する意とみられ、その祀所を殿といい、堂というものと思われる。

*「天子」の言葉が中国語に現れるのは西周早期で、殷の君主は自分から”天の子”などと図々しいことは言わなかった。詳細は論語述而篇34余話「周王朝の図々しさ」を参照。

諂(テン・15画)

諂 隷書
隷書・前漢

初出:初出は前漢の隷書。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では、戦国中末期の「郭店楚簡」。

字形:字形は「言」+「カン」”落とし入れる”で、言葉で人を落とし入れること。「郭店楚簡」の字形は「𧥢」(大+言)。

音:カールグレン上古音はtʰi̯æm(上)。同音は存在しない。藤堂上古音はt’ɪam。

用例:戦国中末期の「郭店楚簡」に「行亓(其)戠(職),而𤜬(讒)𧥢(諂)亡□(由)迮(作)也。雚(觀)者(諸)𠱾(詩)、箸(書)則亦才(在)壴(矣),雚(觀)者(諸)」とあり、「その職を行うに、し而そしりおとしいれるに由るを作る亡し」と読める。”落とし入れる”の語義が確認できる。

論語時代の置換候補:同訓で字形が似た「諛」も甲骨文・金文・戦国文字共に見られない。”へつらう・おもねる・こびる”の訓を持つ漢字を『大漢和辞典』で引いても、同音や音通する文字で金文以前に遡れる文字は出てこない。

娟 金文
「娟」伯又田盉蓋・西周早期

唯一「娟」(カールグレン上古音i̯æm)は『大漢和辞典』が『(洪武)正韻』(明初)を引いて”こびる”の語義を記しており、候補になり得る。だが娟の藤堂上古音はkuenまたは・iuən(əの上には ̆ブリーヴ付き)だと『学研漢和大字典』にあり、やや頼りない。また「漢語多功能字庫」「国学大師」は語義の変遷について述べるところがなく、「美好、秀麗」とのみ記す。

臽 金文
「臽」臽父戊觚・殷代末期

部品の「カン」(カールグレン上古音不明・藤堂上古音ɦǎn)には”おとしいれる”の語義がある。ただし音通とは言いかねる。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「言+〔音符〕臽(カン)・(タン)(くぼむ、穴におとす)」。わざとへりくだって、相手を穴におとすこと。

語義

  1. {動詞}へつらう(へつらふ)。人の気に入るようなことをいってこびる。おもねる。「貧而無諂=貧しくして諂ふこと無し」〔論語・学而〕
  2. {動詞}よこしまなことをする。

字通

本字は讇に作り、閻声。諂はその略字。かんたんの声がある。〔説文〕三上に「へつらうなり」とあり、媚びおもねることをいう。

訓義

  1. へつらう、おもねる、こびる。
  2. よこしま。

顚(テン・19画)

顚 金文
魚顛匕・戦国末期晋金文

初出:初出は戦国末期の金文

字形:「眞」(真)”人を釜ゆでにする”+「頁」”大きな頭”で、原義は”釜ゆでのいけにえ”。

音:カールグレン上古音は「顛」の書体でtien(平)。同音は下記の通り。

初出 声調 備考
糸切り歯 テン 義と同 不明
精神を病む 病む 秦系戦国文字
山の頂上 いただき 不明
さかさま・狂う 義と同 不明
つまづく 説文解字

用例:戦国末期「魚鼎匕」(集成980)に「述王魚顛曰。」とあり、人名の一部と解せる。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

「顚」の藤堂上古音はtenであり、「轉(転)」と音通しそうだがtuanで同音ではない。加えて「転」は甲骨文や金文があるようなことを大陸中国のサイトが言うが、典拠がないので信用できない。意外にも「展」に”ころがる”の語釈があって、藤音はtɪan。ɪはエに近いイで、tenに近いが初出は後漢の『説文解字』。

ここで発想を変えて、「天」”頂点”の藤音はt’en。カールグレン上古音はtʰien(平)。ほぼ同音と言っていい。ただし「天」に”倒れる”の語釈は『大漢和辞典』にも無い。論語語釈「天」を参照。

学研漢和大字典

会意兼形声。眞(=真)の金文は「匕(さじ)+鼎」の会意文字。鼎(かなえ)の中にさじで物をみたすことをあらわす。篆文(テンブン)は「人+首の逆形」の会意文字で、人が首をさかさにして頭のいただきを地につけ、たおれることを示す。顛は「頁(あたま)+(音符)眞(さかさにしてみたす、たおれる)」で、真の本来の意味をあらわす。▽山のいただきなら、特に巓(テン)と書く。頂は、直線が届いたてっぺん。類義語に倒。「転」に書き換えることがある。「転倒・転覆・七転八倒」▽「たおれる」「たおす」は普通「倒れる」「倒す」と書く。

語義

テン(平)diān
  1. {名詞}いただき。頭のてっぺん。転じて、山や物の上のはし。《同義語》⇒巓。《類義語》頂(チョウ)・(テイ)。「有馬白莖=馬有り白莖(はくてん)なり」〔詩経・秦風・車鄰〕。「頭髪未長莖已朽=頭髪未(いま)だ長ぜざるに莖すでに朽ちぬ」〔袁宏道・病中短歌〕
  2. {名詞}物の先端。また、はじめ。「莖末(テンマツ)(事がらのはじめから終わりまでの事情)」。
  3. {動詞}たおれる(たふる)。たおす(たふす)。さかさまになる。頭のてっぺんを地につける。《類義語》倒。「莖倒(テントウ)」「莖覆厥徳=その徳を莖覆(てんぷく)す」〔詩経・大雅・抑〕。「莖而不扶=莖(たふ)るれども扶けず」〔論語・季氏〕
  4. {形容詞・名詞}気が狂って正気でない。また、そのようになる病気。《同義語》犠・癲。「狂莖(キョウテン)」「米莖(ベイテン)(北宋(ホクソウ)の米很(ベイフツ)のあだな。正気のさたでない奇人との意を含む)」。
テン(平)tián
  1. {動詞}欠けめをつめて、いっぱいにみたす。▽填(テン)に当てた用法。

字通

[形声]声符は眞(真)(しん)。眞は匕(か)(化、死者)と県(縣、首の倒形)とに従って、顚死者を意味する。〔説文〕九上に「頂なり」として頂巓(ちようてん)の意とするが、もと顚倒・顚死することをいう。

年(デン・6画)

年 甲骨文 年 金文
甲骨文/邾公金乇鐘・春秋晚期

初出:初出は甲骨文

字形:甲骨文・金文の字形は「秂」で、「禾」”実った穀物”+それを背負う「人」。原義は年に一度の収穫のさま。

音:「ネン」は呉音。カールグレン上古音はnien(平)。「に通ず」と『大漢和辞典』に言う。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文で”とし”の意があり、金文では「禾」「人」で”とし”を表した例があるという。

甲骨文には「受年」「受有年」の語が散見され、「稔」ȵi̯əm(上)”みのり・穀物の収穫”の意で用いていると解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。「禾(いね)+(音符)人」。人(ニン)は、ねっとりと、くっついて親しみあう意を含む。年は、作物がねっとりと実って、人に収穫される期間をあらわす。穀物が熟してねばりを持つ状態になるまでの期間のこと。捏(ネツ)(ねばる)・涅(ネツ)(ねばる)と同系。付表では、「今年」を「ことし」と読む。▽草書体をひらがな「ね」として使うこともある。▽年齢の意味の「とし」は「歳」とも書く。

語義

  1. {名詞・単位詞}とし。もと穀物のひと実りする期間。のち三百六十五日余をいう。《類義語》祀(シ)(殷(イン)の一年)・歳(夏(カ)の一年)。「兇年(キョウネン)(不作の年)」「百年而後崩=百年にして而後崩ず」〔孟子・公上〕
  2. {名詞}とし。よわい(よはひ)。年齢。「年歯」「年少時=年少き時」「年四十而見悪焉=年四十にして悪まる」〔論語・陽貨〕
  3. {名詞}みのり。そのとしのみのりぐあい。《類義語》稔(ジン)。「大有年=大いに年有り」〔春秋・宣一六〕

字通

[会意]禾(か)+人。禾は禾形の被りもので稲魂(いなだま)。これを被って舞う人の姿で、祈年(としごい)の舞をいう。男女相偶して舞い、女には委という。低い姿勢で舞う。子供の舞う字は季。農耕の儀礼に男女が舞うのは、その性的な模擬行為が、生産力を刺激すると信じられたからである。〔詩、周頌、載芟(さいさん)〕は、廟に神饌を供する神田における耕藉の儀礼を歌うもので、「其の婦に思媚す 依たる其の士(をとこ)有り」とは、そのような男女の舞をいうものであろう。豊年を予祝する舞であるから「みのり」の意となり、一年一熟の禾であるので、一歳の意となる。夏には歳、殷には祀、周には年という。歳・祀はともに祭祀の名。その時期や期間の関係から、年歳の意となった。年は稔(ねん)。〔説文〕七上に「穀、孰(じゆく)するなり」とし、千(せん)声とするが、卜文の字形では下部を人に作る。熟穀の意には稔の字を用いる。

念(デン・8画)

念 甲骨文 念 金文

甲骨文/蔡侯墓殘鐘四十七片・春秋末期

初出:初出は甲骨文

字形:転倒した「𠙵」”くち”+「心」で、口を閉ざして心で思うこと。原義は”思う”。

音:「ネン」は呉音。カールグレン上古音はniəm(去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文では人名に、金文では原義に用いた(毛公鼎・西周末期)。現代中国語ではブツブツつぶやくことであり、本を音読することを「ニエンシュー」、黙読することを「カン书」といって使い分ける。

学研漢和大字典

会意兼形声。今は「△(ふさぐ)+━」から成り、中に入れて含むことをあらわす会意文字。念は「心+(音符)今」で、心中深く含んで考えること。また、吟(ギン)(口を動かさず含み声でうなる)とも近く、経をよむように、口を大きく開かず、うなるように含み声でよむこと。類義語に思。

語義

  1. (ネンズ){動詞}おもう(おもふ)。心中深くかみしめる。いつまでも心中に含んで考える。「思念」「牽念(ケンネン)(気にかけて心配する)」「伯夷叔斉不念旧悪=伯夷叔斉は旧悪を念はず」〔論語・公冶長〕
  2. {名詞}心中におもいつめた気持ちや考え。「心念」「三載一意其念不衰=三載一意其の念衰へず」〔陳鴻・長恨歌伝〕
  3. (ネンズ){動詞}よむ。口を大きく動かさずに低い声を出してよむ。《同義語》⇒唸(ネン)。「念経(読経)」「念仏」。
  4. {数詞}二十。▽ニジフniNJ^pがつづまって、最後のpがmとなった。《類義語》廿。「念九日(二十九日)」。
  5. 《日本語での特別な意味》注意。「入念(ていねいに注意を注ぐ)」。

字通

[形声]声符は今(きん)。今に侌(いん)・岑(しん)・■(上下に今+隹+皿)(あん)、また念に稔(ねん)・唸(てん)・汵(しん)の声があり、今声の範囲はかなり広い。今は蓋栓(がいせん)の形。㱃(いん)(飲)は酒樽の蓋(ふた)のある形に従う。その今と心との会意という構造は考えがたいから、今の転声とするほかない。〔説文〕十下に「常に思ふなり」とし、今声とする。金文に「巠(経)念」「敬念」などの語がある。廿(しゆう)の音に借用して「元祐辛未(しんび)、陽月念(しふ)五日」のように用いるのは宋以後のことであるらしく、〔集韻〕に字を亼(しゆう)声とするが、金文の字形は明らかに今に従っており、廿・亼の声は字の原音ではない。〔釈名、釈言語〕に「念は黏(ねん)なり。意(こころ)に相ひ親愛し、心黏著して忘るる能はざるなり」という。今は蓋栓の形で、中に深くとざす意をもつ字である。

論語語釈
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