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論語詳解226子罕篇第九(22)苗にして秀でざる°

論語子罕篇(22)要約:論語の本章も顔回神格化のための持ち上げ話。顔回を名指しはしていませんが、この論語子罕篇の編者は明らかにその意図でここに配置しています。儒者は元は葬儀屋ですから、死にかこつける手管はお手の物でした。

論語:原文・書き下し

原文(唐開成石経)

子曰苗而不秀者有矣夫秀而不實者有矣夫

  • 「苗」字:〔艹〕→〔十十〕

校訂

東洋文庫蔵清家本

子曰苗而不秀者有矣夫秀而不實者有矣夫

  • 「苗」字:〔艹〕→〔十十〕

慶大蔵論語疏

子曰苗而不秀者1有〔厶夫〕2夫秀而不實者1有〔厶夫〕2

  1. 新字体と同じ。原字。
  2. 「矣」の異体字。「夏承碑」(後漢)刻。

後漢熹平石経

(なし)

定州竹簡論語

曰:「苗而不秀者有矣夫!□而不實者有矣夫!」234

標点文

子曰、「苗而不秀者有矣夫。秀而不實者有矣夫。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文曰 金文 苗 金文而 金文不 金文秀 石鼓文者 金文 有 金文矣 金文夫 金文 秀 石鼓文而 金文不 金文実 金文者 金文 有 金文矣 金文夫 金文

※秀→(石鼓文)。

書き下し

いはく、なへにしひいものかなひいみのものかな

論語:現代日本語訳

逐語訳

孔子別像
先生が言った。「苗には芽が出ないものがあってしまうのだなあ。咲いて実らないものがあってしまうのだなあ。」

意訳

孔子 哀
顔回よ、安らかに。
植えても芽が出ない苗もある。咲いても実らないものもある。仕方がないことなのだ。

従来訳

下村湖人

先師がいわれた。――
「苗にはなつても、花が咲かないものがある。花は咲いても実を結ばないものがある。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「出了苗而不開花的情況是有的!開了花而不結果的情況也是有的!」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「苗が出ても花が開かないことはある!花が開いても実を結ばないことはある!」

論語:語釈

子曰(シエツ)(し、いわく)

論語 孔子

論語の本章では”孔子先生が言った”。「子」は貴族や知識人に対する敬称で、論語では多くの場合孔子を指す。「子」は赤ん坊の象形、「曰」は口から息が出て来るさま。「子」も「曰」も、共に初出は甲骨文。辞書的には論語語釈「子」論語語釈「曰」を参照。

子 甲骨文 曰 甲骨文
(甲骨文)

この二文字を、「し、のたまわく」と読み下す例がある。「言う」→「のたまう」の敬語化だが、漢語の「曰」に敬語の要素は無い。古来、論語業者が世間からお金をむしるためのハッタリで、現在の論語読者が従うべき理由はないだろう。

苗(ビョウ)

苗 甲骨文 苗
(甲骨文)

論語の本章では”作物の苗”。この語義は春秋時代では確認できない。論語では本章のみに登場。初出は甲骨文。字形は「生」+「田」。畑地から苗の芽が出たさま。甲骨文の用例は、欠損が多くて文の一語としての解釈が出来ない。春秋末期までの用例は、全て人名と解せる。詳細は論語語釈「苗」を参照。

而(ジ)

而 甲骨文 而 解字
(甲骨文)

論語の本章では”…であって、同時に…”。初出は甲骨文。原義は”あごひげ”とされるが用例が確認できない。甲骨文から”~と”を意味し、金文になると、二人称や”そして”の意に用いた。英語のandに当たるが、「A而B」は、AとBが分かちがたく一体となっている事を意味し、単なる時間の前後や類似を意味しない。詳細は論語語釈「而」を参照。

不(フウ)

不 甲骨文 不 字解
(甲骨文)

論語の本章では”~でない”。漢文で最も多用される否定辞。「フ」は呉音(遣隋使より前に日本に伝わった音)、「ブ」は慣用音。初出は甲骨文。原義は花のがく。否定辞に用いるのは音を借りた派生義。詳細は論語語釈「不」を参照。現代中国語では主に「没」(méi)が使われる。

秀(シュウ)

秀 石鼓文 秀
(石鼓文)

論語の本章では”芽が出る”。論語では本章のみに登場。初出は春秋末期の石鼓文。字形は「禾」+「乃」で、にょろにょろと植物の芽が生えるさま。詳細は論語語釈「秀」を参照。

者(シャ)

者 諸 金文 者 字解
(金文)

論語の本章では”(…という)もの”。旧字体は〔耂〕と〔日〕の間に〔丶〕一画を伴う。新字体は「者」。ただし唐石経・清家本ともに新字体と同じく「者」と記す。現存最古の論語本である定州竹簡論語も「者」と釈文(これこれの字であると断定すること)している。初出は殷代末期の金文。金文の字形は「木」”植物”+「水」+「口」で、”この植物に水をやれ”と言うことだろうか。原義は不明。初出では称号に用いている。春秋時代までに「諸」と同様”さまざまな”、”…は”の意に用いた。漢文では人に限らず事物にも用いる。詳細は論語語釈「者」を参照。

慶大蔵論語疏は新字体と同じく「者」と記す。「耂」と「日」の間の「丶」を欠く。「国学大師」によると旧字の出典は後漢の「華山廟碑」、文字史から見れば旧字体の方がむしろ新参の字形。

有(ユウ)

有 甲骨文 有 字解
(甲骨文)

論語の本章では”存在する”。初出は甲骨文。ただし字形は「月」を欠く「㞢」または「又」。字形はいずれも”手”の象形。原義は両腕で抱え持つこと。詳細は論語語釈「有」を参照。

矣(イ)

矣 金文 矣 字解
(金文)

論語の本章では、”…てしまう”。初出は殷代末期の金文。字形は「𠙵」”人の頭”+「大」”人の歩く姿”。背を向けて立ち去ってゆく人の姿。原義はおそらく”…し終えた”。ここから完了・断定を意味しうる。詳細は論語語釈「矣」を参照。

矣 異体字
慶大蔵論語疏は異体字〔厶夫〕と記す。「国学大師」によると出典は「夏承碑」。夏承は後漢の官僚。

夫(フ)

夫 甲骨文 論語 夫 字解
(甲骨文)

論語の本章では「かな」と読んで詠歎の意。この語義は春秋時代では確認できない。初出は甲骨文。論語では「夫子」として多出。「夫」に指示詞の用例が春秋時代以前に無いことから、”あの人”ではなく”父の如き人”の意で、多くは孔子を意味する。「フウ」は慣用音。字形はかんざしを挿した成人男性の姿で、原義は”成人男性”。「大夫」は領主を意味し、「夫人」は君主の夫人を意味する。固有名詞を除き”成人男性”以外の語義を獲得したのは西周末期の金文からで、「敷」”あまねく”・”連ねる”と読める文字列がある。以上以外の語義は、春秋時代以前には確認できない。詳細は論語語釈「夫」を参照。

實(シツ)

実 金文 実
(金文)

論語の本章では”実る”。新字体は「実」。論語では本章のみに登場。初出は西周末期の金文。「ジツ」は慣用音。字形:「宀」”屋根”+「貫」”タカラガイのさし”。家に財貨がつまっているさま。原義は”充実”。春秋末期までに”まことに”・”満たす”の意に用いた、詳細は論語語釈「実」を参照。

論語:付記

中国歴代王朝年表

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検証

論語の本章は、ほぼ完全な形で前漢中期の定州竹簡論語に載る。

ただし前半「苗而不秀者有矣夫」は、先秦両漢の引用例が無く、後半「秀而不實者有矣夫」は近似の「秀草不實」が戦国最末期の『呂氏春秋』にあるが、本章の引用とは言えない。医学書『黄帝内経』にも見えるが、この書はいつの成立か明確でない。

つまり引用の面から見るとはなはだ史実性が怪しいのだが、文字史的には全て論語の時代に遡れるので、史実として扱うしかない。

解説

脳科学が進んだ今日、人を操るにはまず思考停止に落とし込むことだという。停止に追い込む一つの手は、死をしめやかに語ることだという。死は万人にとって無関係でない上、万人にとって理解不能で恐るべきものだからだ。坊さんと葬儀ビジネスは、それで成り立っている。

そのからくりを、古代の儒者は知っていた。元々儒者は葬儀屋で、茫然自失中の遺族をたぶらかして金を巻き上げるオカルト業だったから、知っていて当然だった。だからこそ顔淵の神格化も、その実態を記録から消しに消し、ひたすら賞賛した上で若死にを強調した。

古注『論語集解義疏』

註孔安國曰言萬物有生而不育成者喻人亦然也疏子曰至矣夫又為歎顔淵為譬也萬物草木有苖稼蔚茂不經秀穗遭風霜而死者又亦有雖能秀穗而值沴焊氣不能有粒實者故並云有矣夫也物既有然故人亦如此所以顔淵摧芳蘭於早年矣


注釈。孔安国「生物には生まれ出ても育たないものがあるが、人もまた同じであると諭したのである。」

付け足し。先生はなげきの極致を言った(この要約は江戸儒者である根本武夷の付け足し)。あるいは顔回の若死にを歎いたのを譬えで言ったのである。あらゆる草木には苖があって実を付け茂るが、穂が出る前に風や霜にあたってやられるのがあり、またちゃんと穂が出ても洪水や日照りに遭って実を付けないものもある。だからこれらを並べて歎いたのである。人間以外がこうであるからには、亡くなった人もまた同じで、顔回も花咲く前の年齢で若死にしてしまったのである。

論語の本章もその文脈で理解すべき話で、顔淵を名指しこそしていないが、顔淵のことだと分かるように、この論語子罕篇の編者は配置している。だが不逞のやからである訳者は、顔淵の死をも笑い話に仕立てた『笑府』を引用して、思考停止からの脱却を図ることにする。

士有好飲宿娼。而賄得德行者。或嘲之曰。聞顏子有負郭田三十頃。如何得窮。一人曰。他簞單食是瓢飲。所以窮了。又一人曰。闞飲到去不多。都買了德行頭兒。单是嫖飲。不得不買德行頭兒矣。(巻二、徳行)


酒を飲んでは女郎屋に入り浸っている儒者がいた。世間の聞こえが悪くなったので、ワイロを出して役所から「まじめ人間証明書」を買った。

ある人「顔淵先生は、城壁近くの肥えた畑を三十ケイも持っていたのに、どうして窮死しちゃったんだろう?」
別の人「財産があるのに、これ見よがしに簞食瓢飲(タンシヒョウイン)=粗食を見せびらかした(論語雍也篇11)からさ。」

さらに別の人「じゃんじゃん飲めばいいのだよ。どうせ証明書を買えばチャラになる。簞食瓢飲でなく単是嫖飲(タンシヒョウイン)”ひたすら飲む奴”は、証明書を売り出すお上にとっては、いいカモだ。」

儒者が他人に押し付ける悪意の妄想をこしらえた漢代~宋代と違って、こうやって論語をも笑い話にする明代とは、何と明るい世の中なんだろう。明代の科挙=高級官僚採用試験は、それまでと違って出題範囲が狭かったので、儒者にも毛色の異なった人物が出るようになった。

朱子による、論語本章の注と比べてみるといい。

新注『論語集注』

夫,音扶。穀之始生曰苗,吐華曰秀,成穀曰實。蓋學而不至於成,有如此者,是以君子貴自勉也。

朱子
夫は扶と同じ発音である。穀物の始まりは苗である。花が咲いたのを秀という。実がなったのを実という。勉強はしたがデキない。そんな者は自分を責めて、努力するがいい。

何と言えばいいのだろうか、朱子を初めとする宋の儒者は、どこか世の中を怨んでいるように思える。朱子は弟子にも辛く当たる人で、どうしてこんな人物が尊称されるようになったか不思議なのだが、軍国主義の時代は頭のおかしな人が多いから、日本人も他国を笑えない。

なお董仲舒による顔淵神格化の詳細は、論語先進篇3解説を参照。

余話

人を絵空事にぶら下げる

中国を専門にする者なら、「苗」の字を見ていわゆるミャオ族をぜんぜん思わない者は居ないだろう。論語の時代、全中国に君臨したのは周王朝だったが、長江文明の盟主・楚は、黄河文明の盟主・殷や周と、もとは対等だった。周の諸侯になったのは、一時的都合に過ぎない。

ミャオ族は楚人の末裔とも言われる。言語は中国と同じシナ=チベット語族に属するとされるが、ミャオ語に不案内な訳者には何とも言えない。だがそれ以上に何ともいたましいと思えるのは、近年のミャオ族が、自らの祖先を黄帝と対決したユウだと主張するらしき話だ。

言うまでもなく黄帝など架空の人物に過ぎないが、現中国では実在した中華文明の祖であるかのような扱いを受けている。加えて現中共政権による少数民族圧迫政策があり、それへの反発として、ミャオ族のそれも知識人が堅く蚩尤祖先説をとなえるという。哀れなことだ。

自分の存在を架空の存在に懸けねばならないのは、〒ン丿-は神サマじゃと帝大法科教授が言い回った帝政時代の日本を思わせる。そんな絵空事の床の間に掛け軸として人間をぶら下げたから、勝ち目の無い戦争に罪無き人々を大勢死なせるようなことになってしまった。

人間より神サマの方が偉い。だから人間どもは積極的に、神サマの犠牲にならねばならない。犠牲になればなるほど、その人間もまた偉い。犠牲にならない奴は非国民で、どんな目に遭わせても構わない。という理屈で、日本はサディストのはびこる𠮷外国家になったわけだ。

帝政日本や現中国のように、有るものを有る、無いものを無いとはっきり言えない社会には、自己犠牲の強要をはねつける言葉がない。ミャオ族も多様な集団の総称であることから、誰もが絵空事に酔っていると思いたくない。帝政日本のような悲惨な目に遭わねばいいが。

長い間自治してきたミャオ族の人たちは、統治技術の上がった清帝国になると、中国への同化を強制された。それが原因で何度も大規模な反乱が起こり、太平天国の乱もその一つと解釈も出来る。この乱ではそれを原因とする飢饉や疫病を含めると、1億人を超える犠牲者が出た。

当時清朝が把握していた人口は約3億人と言われる。住民の3人に1人を死に追いやるようなことをしたからには、清はこの乱と共に滅んでいるはずだった。それでも延命したのは列強の都合で、アヘンを売るなど搾取するには清朝政府の存在が好都合だったからにほかならない。

皇帝が天子として万民の上に君臨するというやり方そのものが、絵空事の積み重ねだが、蚩尤祖先説と同様に、絵空事を人間より重んじるような権力機構は、さっさと潰れてしまった方がいい。事は決して他人事でなく、現代日本にも網の目のように絵空事がはびこっている。

仮に口に出すことが出来なくても、絵空事を真に受けるようなことはしたくない。「戦争ハンターイ」と言い回れば戦争が起きないという絵空事も同様だ。後難よりも利益が大きく、相手が弱っちいなら、現在に至るまで人類は平気で他国を軍事力で踏みにじってきた。

2022年にロシアが戦争を始めても、まだこの幻想に酔っている馬鹿者どもがいる。主義主張は個人の自由だからとやかく言えないが、酔っ払いに付き合わざるを得ないとならば話は別だ。首根っこを掴んで水桶に突っ込み、苦い薬を流し込んで酔い覚ましを強要したくなる。

だが九条教徒は一種の宗教だから、何をやっても覚めることはあるまい。しかも清朝が存続したのと同様の理由で、日本の占領体制が今なお続いている事実をわからない。その程度の知能だから宗教にはまるのだし、自覚している一部を除き、自分が外国の回し者だと気付かない。

宗教の類は人間の神経回路と巧妙につながっているらしく、火あぶりにされるのが法悦になった事例が過去に多々あったからには、はまった者に対して言葉は全くの無力だ。もちろん道理を説いて通じるわけが無く、反発に会うに比例して狂信が深まるから、どうしようもない。

こんなのを同国人扱いせねばならないとは。近代国家とはそんなによいものなのだろうか。

『論語』子罕篇:現代語訳・書き下し・原文
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コメント

  1. チャーカ より:

    「闞」とありますが、「嫖」ではないかという気がします。その方が音的にも面白いですし。如何でしょうか。

    • 九去堂 より:

      ご指摘ありがとうございます。『笑府』の紙媒体はすでに処分してしまっており、手元にありません。中国哲学書電子化計画のサイトから原文を引用していますが、单是闞飲となっており確認の術がありません。おそらく仰せの通りでしょうし、音的にも意味上も間違いなく同意できますが、今はこのままとさせて頂きます。→底本の画像を参照して「闞」から「嫖」に改めました。

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