論語詳解215子罕篇第九(11)顔淵喟然として嘆じて

論語子罕篇(11)要約:顔回は奇蹟的に出来のいい孔子先生の弟子。その顔回が、孔子先生をこれ以上ない表現で褒めちぎった言葉。はあそうですか、と伺うしかない一節ですが、優れた弟子を引きつけた先生には、何かがあったのでしょう。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

顏淵喟然歎曰、「仰之彌高、鑽之彌堅、瞻之在前、忽焉在後。夫子循循然善誘人、博我以文、約我以禮。欲罷不能、既竭吾才、如有所立卓爾、雖欲從之、未*由也已。」

復元白文

論語 顔 金文論語 淵 金文然 金文論語 曰 金文之 金文彌 金文論語 高 金文之 金文彌 金文堅 瞻之 金文論語 在 金文前 金文 忽焉論語 在 金文論語 後 金文 論語 夫 金文論語 子 金文循循然 金文論語 善 金文論語 人 金文 論語 博 金文論語 我 金文㠯 以 金文論語 文 金文 論語 要 金文論語 我 金文㠯 以 金文論語 礼 金文 谷論語 不 金文論語 能 金文 論語 既 金文論語 吾 金文論語 才 金文 如 金文論語 有 金文論語 所 金文論語 立 金文論語 卓 金文論語 爾 金文 論語 雖 金文谷論語 従 金文之 金文 論語 未 金文論語 由 甲骨文也 金文已 金文

※約→要・欲→谷。

論語の本章は上記赤字が論語の時代に存在しない。本章は漢代の儒者による捏造である。

校訂

武内本:唐石経未を末に作る。(本ページはこれに従って「未だ」に改める。)

書き下し

論語 顔回
顏淵がんえん喟然きぜんとしてたんじていはく、これあふげば彌〻いよいよたかく、これれば彌〻いよいよかたし、これればまへり、忽焉こつえんとしてしりへり。夫子ふうし循循然じゆんじゆんぜんとしてひとみちびく。われひろむるにぶんもつてし、われやくするにれいもつてす。めむとほつしてあたはず、すでさいつくす。ところりて卓爾たくじたるがごとし、これしたがはんとほつすといへども、いまよしなきなるのみ

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 顔回 喟然 論語 孔子
顔回がため息をついて高ぶりながら言った。「先生を仰げばますます高く、キリをもみ込むように挑んでも益々堅い。目を上げてみれば前に居られ、そうかと思うと後ろにも居られる。先生はたくみに順序立てて人を導かれる。文化で私の見識を広め、礼法で行動の原則を示される。あまり美魅力的で教わるのを止める気がせず、すでに才能の限りを尽くして学んだ。その学識はそびえるようであり、教えに従おうにもとりつく手がかりすらない。」

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

顔渕がため息をつきながら讃歎していった。――
「先生の徳は高山のようなものだ。仰げば仰ぐほど高い。先生の信念は金石のようなものだ。鑚れば鑚るほど堅い。捕捉しがたいのは先生の高遠な道だ。前にあるかと思うと、たちまち後ろにある。先生は順序を立てて、一歩一歩とわれわれを導き、われわれの知識をひろめるには各種の典籍、文物制度を以てせられ、われわれの行動を規制するには礼を以てせられる。私はそのご指導の精妙さに魅せられて、やめようとしてもやめることが出来ず、今日まで私の才能のかぎりをつくして努力して来た。そして今では、どうなり先生の道の本体をはっきり眼の前に見ることが出来るような気がする。しかし、いざそれに追いついて捉えようとすると、やはりどうにもならない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

顏淵感嘆地說:「老師的學問越仰望越覺得高聳,越鑽研越覺得深厚;看著就在前面,忽然卻在後面。老師步步引導,用知識豐富我,用禮法約束我,想不學都不成。我竭盡全力,仍然象有座高山矗立眼前。我想攀上去,但覺得無路可走。」

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顔淵が感動して言った。「先生の学問は仰ぎ見れば見るほど高くそびえ、学べば学ぶほど深い。前に見えたと思ったら、あっという間に後ろにもある。先生は私を一歩ずつ導くのに、豊富な知識を用い、礼法で私を躾けるが、学ばないでおこうと思っても全く出来ない。私は全力で学んだが、やはり高山が眼前にそびえるようだ。私は登ろうとしても、方法が無いと悟った。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

喟然(キゼン)

論語 喟 古文 論語 喟 古文
「喟」(古文)

論語の本章では、”ためいきをつくように”。「喟」は”ため息”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。

『学研漢和大字典』によると「喟」は形声文字で、「口+(音符)胃」。嘆息の声をあらわす擬声語、という。

甲骨文や金文では未発掘だが、『春秋左氏伝』などにも用例があり、論語の時代からあった言葉と考えられる。ただし古文(古い字書に載せられた古代文字)の中には、つくりが「貴」になっているものや、全く形が異なる文字が見受けられる。

論語の本章では”感動する”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。

論語の本章では”仰ぎ見る”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。

論語の本章では”穴を開ける”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。

論語の本章では”固い”。この文字の初出は秦系戦国文字であり、論語の時代には存在しない。

瞻(セン)

論語 瞻 古文 論語 瞻
(古文)

論語の本章では”見上げる”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。甲骨文・金文では未発掘で、戦国時代の文字も伝わっていない。ただし上掲の古い字書に見られる書体は、秦漢帝国より前の時代と思われる。

『学研漢和大字典』によると、目+詹(セン、もちあげる)の会意兼形声文字で、目を持ち上げるようにして見上げること。

忽焉

論語 忽 金文 論語 焉 金文
(金文)

論語の本章では”たちどころに”。「焉」は形容詞や副詞の後についた場合、物事のさまを表す記号。「忽」「焉」の初出は戦国末期の上掲金文であり、論語の時代に存在しない。

「忽」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、勿(ブツ)は、吹き流しがゆらゆらして、はっきりと見えないさまを描いた象形文字。忽は「心+(音符)勿」で、心がそこに存在せず、はっきりしないまま見すごしていること。勿(ない)・没(見えなくなる)などと同系のことば。

類義語の俄(ガ)は、きわだった断層が生じる意を含み、がくっと驚く、にわかに変化するなどの場合の副詞に用いる。なお怱(ソウ)(いそぐ、あわただしい)は別字、という。

「焉」は”…てしまった”という完了を示す。詳細は論語語釈「焉」を参照。

循循然

論語 循 睡虎地秦墓竹簡 論語 循
(秦系戦国文字)

論語の本章では”順序立てるさま”。「循」の初出は上掲秦系戦国文字であり、論語の時代に存在しない。

「循」は『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、盾(ジュン)は、たてによりそって、目を射られないよう隠すことを示す会意文字。楯(タテ)の原字。循は「彳(いく)+(音符)盾」で、何かをたよりにし、それによりそって行くこと。遁(トン)(何かに身をよせつつ隠れて逃げる)と同系のことば、という。

論語の本章では”誘う”。初出は秦系戦国文字であり、論語の時代に存在しない。

論語の本章では”まとめる”。この文字の初出は戦国文字で、論語の時代に存在しないが、同音の「要」(締める)は存在した。詳細は論語語釈「約」を参照。

論語の本章では”やめる”。初出は秦系戦国文字であり、論語の時代に存在しない。

論語の本章では”つくす”。この文字の初出は後漢の『説文解字』であり、論語の時代には存在しない。

卓爾(タクジ)

論語 卓 金文 論語 卓
「卓」(金文)

論語の本章では、”高々とそびえ立つさま”。ここでの「爾」は「然」と同じで、形容詞や副詞の後ろについて、状況を示す記号。

『学研漢和大字典』によると「卓」は会意文字で、「人+早」。早は、ひときわはやく目だつ意を示す意符。卓は、人がぬきんでて目だつことを示す。抜擢(バッテキ)の擢(高くぬき出す)や目的の的(ひときわ目だつまと)と同系のことば、という。

論語:解説・付記

論語の本章を読んで、「気持ち悪い」と感じるのは訳者だけだろうか。どうして儒者というのはこうも、嘘ばっかりつくのだろう。

論語 卒業
こういう卒業式の歌のようなことを言われても、「はいはいそうですか」としか思えないが、一つ気が付くことがある。それは、子貢ですら「とても及ばない」と言った顔回に、こういう賛辞を言わせたことにある。顔回は決して本の虫でもひょろひょろでもなく、体育や武芸を含んだ孔子塾の必須科目=六芸を身につけていたことを思う。

逆に言えば、当時の中華世界を股に掛けた子貢やそれに優れる顔回が、孔子の弟子であり続けたことに驚く。彼らから見ても孔子は、「仰げば尊し」でないと、儒者としては困るわけだ。孔子は優れた弟子に恵まれ過ぎていると共に、彼らを引きつけて止まない何かを持っていた、ということにされた。

一方孔子にとっての顔回は、フィギュア趣味の点で完璧に好みが一致した得難い弟子だった。
論語 顔回 輝き 論語 フィギュア 魔法少女

弟子の中で顔回だけが、孔子の熱いオタク話をはいはいと聞き取った(論語為政篇9)。そして孔子の語るスペックに、一切注文を付けなかった。趣味人が同好の士に求めるのは、自分の想像に賛同してくれる事のみではない。孔子は不満を口にした(論語先進篇3)。

造形師の集まりで言えば、髪色の微妙な色分けとかに議論が起こって当然で、それを個性として自作フィギュアの参考にするのだろうが、顔回は孔子と完全に趣味が一致。そしてたった三ヶ月で孔子の言うスペックを覚え込み、等身大の「仁」フィギュアになりおおせた。

論語 孔子
顔回は学んで三ヶ月で、その心が仁と一致した。その他の学問は一日か一ヶ月で修得した。(論語雍也篇7)

ここで孔子が述べた驚きは、それを示している。なにせ存命中の人物では、唯一仁者を体現して見せた。現代の造形師の元に、ある日想像通りの等身大フィギュアが現れ、しかもしゃべったり飲み食いし、加えて一切逆らわない。造形師は絶対に手放さないだろう。

フィギュア趣味の点で、孔子は自分ですら仁者でないと論語述而篇33で言っている。仁者は孔子の夢想に夢想を重ねた理想的人間だから、おそらく生涯なれるとは思っていなかっただろう。一方顔回もまた孔子に同好の士を見た。趣味完全一致という不世出の師弟であった。

なお論語の本章について、武内義雄『論語之研究』では以下のように言う。

論語 武内義雄 論語之研究
この章は雍也篇および顔淵篇の「博我以文、約我以礼」という句がもととなって構成され、さらに荘子田子方篇の藍本となっているように見える。従ってこの章は雍也篇などの文より後のものであろう。
後のものどころではない。全部でっち上げだったのだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回す。覚悟致せ。

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