論語詳解411衛霊公篇第十五(33)知これに及べども*

論語衛霊公篇(33)要約:夏は暑いし冬は寒い。当たり前の道理を知らない者が役人になると、民は大迷惑。人の情けも心得ず、仕事も出来ない悪党は、役人になってはいけないよ、と孔子先生。しかし本章もまた、誤読された気の毒な一節。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子曰、「知及之、仁不能守之、雖得之、必失之。知及之、仁能守之。不莊以蒞*之、則民不敬。知及之、仁能守之、莊以蒞*之。動之不以禮、未善也。」

校訂

武内本:莅、唐石経蒞に作る。莅は蒞の或体。

書き下し

いはく、これおよべども、じんこれまもることあたはざらば、これいへどかならこれうしなふ。これおよび、じんこれまもれども、さうもつこれのぞまざらば、すなはたみゐやまわず。これおよび、じんこれまもり、さうもつこれのぞめども、これうごかすにれいもつてせざらば、いまからざるなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「礼法を十分に知っても、仁の心を保てなければ、知っている礼も必ず失われる。礼法を十分に知り、仁の心を保っても、能力を伴って仕事に就かなければ、必ず民は敬わない。礼法を十分に知り、仁の心を保ち、能力を伴って仕事に就いても、動員するのに礼に従わなければ、まだよいとは言えない。」

意訳

論語 孔子 キメ
礼法を上っ面だけ学び終えても、仁を実践できなければ意味がない。
礼法と仁を身につけても、無能なら仕官しても民が従わない。
礼法と仁と実務能力を身につけても、むやみに民を動員するなら、まだ十分とは言えないね。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「知見においては為政者としての地位を得るに十分でも、仁徳を以てそれを守ることが出来なければ、得た地位は必ず失われる。知見において十分であり、仁徳をもって地位を守り得ても、荘重な態度で人民に臨まなければ、人民は敬服しない。知見において十分であり、仁徳をもって地位を守ることが出来、荘重な態度で民に臨んでも、人民を動かすのに礼をもってしなければ、まだ真に善政であるとはいえない。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 知 金文
(金文)

論語の本章では、”孔子の主張する礼を知ること”。

論語では一般的な動詞として”知る・知覚する”の意味で使われることもあるが、多くは礼を知ることだった。とりわけ本章のように、孔子の教説に関わる「仁・礼」ということばが出てくる場合はなおさら。

孔子の教説は、理想的人間像である仁が中心にあり、仁とは常時無差別の愛を持つこと。その仁者の立ち居振る舞い一切を規定するのが礼であり、それを知ることを孔子は語り言葉で弟子に教えた。礼には客観的な規定集が無く、孔子の脳がいわばそれに当たったからだ。

詳細は論語における「知」を参照。

論語 及 金文
(金文)

論語の本章では、”礼を十分に知る”。

論語 之 金文
(金文)

論語の本章では、直前が動詞であることを示す記号。具体的意味内容を持っていない。語調を整える助辞と解釈することも出来る。武内本に「此章之の字十一、皆民を指す」というのは、民主主義的解釈が過ぎるだろう。詳細は論語語釈「之」を参照。

論語 仁 金文大篆
(金文)

論語の本章では、後世の創作が疑われるので”常時無差別の愛”。これは孔子より一世紀のち孟子が言った「仁義」の解釈。孔子生前は”貴族らしさ”。詳細は論語における「仁」を参照。

論語 能 金文
(金文)

論語の本章では助動詞として”~できる”。

論語 守 金文
(金文)

論語の本章では、”~を保ち続ける”。日本古語の「まもる」が奇しくも”見つめ続ける﹅﹅﹅”ことであるように、ある状態を維持すること。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、「宀(やね)+寸(て)」。手で屋根の下に囲いこんでまもるさまを示す。肘(チュウ)(物を抱きこむひじ)・受(手中にうけとめる)・手(曲げてものを抱きこむて)・収(とりこむ)などと同系のことば。語義は論語語釈「守」を参照。

雖(スイ)

論語 雖 金文大篆
(金文)

論語の本章では、逆接の接続詞。”たとえ~であっても”。

『学研漢和大字典』によると形声文字で、「虫の形+(音符)隹(スイ)」で、もと、虫の名であるが、ふつうは惟(これ)や維(これ)などの指さすことばに当て、条件をもち出して、「こうだとしても」と、それを強く指定することによって、仮定の意をあらわす。

現代語で、指定のことば「就是」を用いて仮定をあらわすのに似た用法。また、雖は、既存の条件をさすのにも用いる。類義語の仮令や使は、仮空の条件を設定するさいにだけ用いる。

語義・語法は論語語釈「雖」を参照。

論語 得 金文
(金文)

論語の本章では、”身につける”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、㝵(トク)は「貝(かい)+寸(て)」の会意文字で、手で貝(財貨)を拾得したさま。得は、さらに彳(いく)を加えたもので、いって物を手に入れることを示す。横にそれず、まっすぐずぼしに当たる意を含む。

直(チョク)(まっすぐ)・徳(まっすぐな心)と同系のことば。類義語の能は、能力があってできる、その負担にたえられること。可は、さしつかえない事情がそれを許す場合などに用いる、という。

論語 必 金文
(金文)

論語の本章では、”必ず~だろう”。

論語 失 金文大篆
(金文)

論語の本章では、”失う・意味が無くなる”。

莊(荘)

論語 荘 金文 論語 貴族
(金文)

論語の本章では、”頼りがいのあるさま・有能”。詳細は論語語釈「荘」を参照。

蒞(リ)

論語 蒞 金文大篆
(金文)

論語の本章では、”統治者として仕事を処理する”。「莅」は異体字。

「莅」の初出は後漢の隷書。論語の時代に存在しない。「蒞」の書体では初出不明で、間違いなくより時代が下る。共にカールグレン上古音はli̯əd(去)。

『学研漢和大字典』によると会意。「艸(草であんだ)+位(座席)」。座席やポストについて仕事をてきぱきと処理することをあらわす、という。

論語 民 金文
(金文)

論語の本章では、”統治される民”。詳細な語釈は論語語釈「民」を参照。

論語 敬 金文 論語 緊張 敬
(金文)

論語の本章では、”敬う”。原義は人がはっと驚いてからだを引き締めること。詳細は論語語釈「敬」を参照。

論語 動 金文
(金文)

論語の本章では、”動員する”。また漢文で頻出の語法として、「ややもすれば」と読むことがある。

禮(礼)

論語 礼 金文
(金文)

論語の本章では、”仁者の詳細なスペック”。仁者が振る舞うべき行動の一切を規定するもの。

論語 善 金文
(金文)

論語の本章では、”よい”。官能的によいことではなく、行動・人格がすばらしいことをいう。

論語:解説・付記

論語の本章は、役人として仕官していく弟子に対して、行政の要点を孔子が説いた話。要点とは礼法・仁・実務能力の三つだが、三つ揃っても礼法に従わないでむやみに民を動員してはならない、と戒めている。農繁期に土木作業や戦役に駆り出すことを言うのだろう。

『春秋左氏伝』を読むと、孔子以外の為政者も「礼」という言葉を使い、その意味は礼儀作法に限られず、道理に合った物事の進め方や、その原則を言う。定公六年(BC504)、魯の陽虎が鄭を伐ち、帰りに勝手に衛国を通った。怒った衛の霊公を公叔文子がこういさめている。

人をとがめておきながらその真似をするのは、礼に反します。(『春秋左氏伝』)定公六年

これは礼儀作法の話ではなく、追討軍を出すかどうかの判断であり、論語の時代、礼法は行政における不文律のような働きをしていたことがわかる。孔子が礼と言い出すと、当時の常識を越えた儒者の仰々しい仕草を連想するが、礼とはもっと豊かな意味内容を持っていた。

また論語の本章は、知=礼を知ること、と気が付かないと、オトツイの方向に解釈してしまう。従来訳がその代表例。また本章の「之」が意味内容を持っていないので、難解な漢字がないにもかかわらず、知の意味に気付かないと、根拠無きごてごてを付けざるを得なくなる。

論語における「知」の定義は、間接的に孔子が言っている。

論語 孔子 せせら笑い
臧文仲は礼法外れにも、勝手に亀の甲羅を所有し、贅沢な応接間を作った。知者と言われているがウソだな。(論語公冶長篇17)

繰り返すが要するに、論語での「知」とは、礼を知ることだった。だがしかし。

古注
論語 古注 何晏
ここで知というのは、官位にふさわしい知識のことである。(『論語集解義疏』)

対して朱子は意外にも(?)、的を突いたことを言っている。

新注
論語 朱子 新注
知とは道理を心得ることである。身勝手な私欲が挟まると、道理を失うのである。(『論語集注』)

戦前の論語解釈でも、朱子の説を引いてはいる、が、余計なもったい付けをして、わけを分からなくさせてしまった。

東京帝国大学教授・宇野哲人
論語 宇野哲人
知は智と同じい。之は己を治め人を治める道理をさす。(『論語新釈』)

論語が言い、朱子が言った道理=礼のある部分とは、農閑期を避けるなどの天然自然の道理を言うので、己を治めるなどといった、人界のこしらえごと・自己宣伝では全くない。一方吉川はいつも通り、わからないのか面倒くさいのか、煙幕を張ってくらましている。

京都大学教授・吉川幸次郎
論語 吉川幸次郎
〔訳者要約〕あの儒者はああ言い、この儒者はこう言いました。私の意見はありません。訳もしません。(筑摩書房『論語』)
他の先生方は以下の通り。
東京大学教授・藤堂明保
論語 藤堂明保
(国を治める者の)智恵が、人民の生活一般にまで行き届いても、思いやりの心でもって人民を保護できなければ、たとえひと時は人心をつかんだとしても、いつか必ず人心を失うであろう。(学研『論語』)
京都大学教授・宮崎市定
論語 宮崎市定

知略にすぐれても、人徳によって維持するのでなければ、一度手に入れた政権も、必ずすぐ喪失してしまうものだ。(『論語の新研究』)
大阪大学教授・加地伸行
ニセ論語指導士養成講座 論語教育不救機構
〔指導者たる者は〕知識・学問が十分であっても、道徳を守る事ができなければ、たとい地位を得たとしても、きっと失うであろう。(『論語 全訳注』)

諸先生方揃ってオトツイへ行ってしまっている。やむを得ないことだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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