論語詳解401衛霊公篇第十五(23)君子は言を°

論語衛霊公篇(23)要約:いい事を言うからと言っていい人とは限らない。悪い人だからと言っていい事を言わないとは限らない。千古不易の真理ですが、凡人にはなかなか難しいところ。さて孔子先生についてはどうだったのでしょう?

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

子曰、「君子不以言舉人、不以人廢言。」

校訂

定州竹簡論語

曰:「君子不以言舉人,不以人廢言。」436

復元白文

子 金文曰 金文 君 金文子 金文不 金文㠯 以 金文言 金文居 挙 舉 金文人 金文 不 金文㠯 以 金文人 金文祓 甲骨文言 金文

※舉→居・廢→祓(甲骨文)

書き下し

いはく、君子くんしことのはもつひとげず、ひともつことのはてず。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 TOP
先生が言った。「君子は言葉で人をよいものとして評価しない。人で言葉を悪いものとして評価しない。」

意訳

君子は、いい事を言ったからといってその人をよく思わないし、人が悪いからと言ってその言葉を捨て去りはしない。

諸君。いいこと言う者がいい人とは限らないし、悪党の言葉にもいい言葉はある。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「君子は、言うことがりっぱだからといって人を挙用しないし、人がだめだからといって、その人の善い言葉をすてはしない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「君子不會因為某人說話動聽而舉薦他,不會因為某人品德不好而不採納他的善意規勸。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「君子はする話を理由に話した人を誰かに勧めたりしないし、品性劣悪を理由に劣悪な人の善意から来る勧誘を断ったりしない。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


君子

論語 君 金文 論語 子 金文
(金文)

論語の本章では、(1)庶民に対する”貴族”、(2)孔子から弟子に対する”諸君”という呼びかけ、の二つの解釈があり得る。”常時無差別の愛を持つ教養人”といった曖昧な語義は、孔子より一世紀後の孟子が唱えたもの。詳細は論語における「君子」を参照。

論語 言 甲骨文 論語 言 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では、”ことば”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると会意文字で、「辛(きれめをつける刃物)+口」で、口をふさいでもぐもぐいうことを音(オン)・諳(アン)といい、はっきりかどめをつけて発音することを言という、という。詳細は論語語釈「言」を参照。

舉(挙)

論語 挙 金文
(金文)

論語の本章では、”よいものとして持ち上げる”。初出は戦国時代の金文。論語の時代に存在しない。同音に居とそれを部品とする漢字群。居に”おく・すまわせる”の語釈が『大漢和辞典』にあり、ある人物をある地位に就けることを意味する。

『学研漢和大字典』によると與(ヨ)は手をそろえ、力をあわせて動かすこと。擧は「手+(音符)與」で、息を合わせて持ちあげること、という。詳細は論語語釈「挙」を参照。

論語 人 甲骨文 人 字解
(甲骨文)

論語の本章では”ひと”。『学研漢和大字典』によると身近な親族や隣人を意味したが、孔子はその範囲を「四海同胞」というところまで拡大し、広く隣人愛の心を仁(ジン)(ヒューマニズム)と名づけた、とも著者の藤堂博士はいう。詳細は論語語釈「人」を参照。

訳者の見解はやや異なって、孔子は異民族を蛮族呼ばわりしてはばからない人だったし、利用するとなると、どんなお追従でも言ったから、仁の適用範囲は中華文明圏に限ったことだと考える。

論語 孔子 肖像
蛮族はどうあろうと蛮族だ。(論語八佾篇5

論語 孔子 微笑み
まことに呉国の開祖泰伯さまこそ、最高の人徳を持ったおん方でござる。(論語泰伯篇1

また「四海同胞」を言ったのは孔子ではなく、弟子の子夏で、石頭で融通の利かないまじめな文学青年だったから、孔子の言うタテマエを真に受けただけだろう。

論語 子夏
君子は君子らしく振る舞えば、世界中が兄弟です。それが礼法の教えというものです。(論語顔淵篇5

廢(廃)

論語 廃 金文大篆
(金文大篆)

論語の本章では”よくないものとして捨て去る”。初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。同音は祓のみ、甲骨文のみ出土。この字に”とりのぞく”の語義がある。詳細は論語語釈「廃」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は、千古不易の真理でありながら、なかなかそうは思えない教訓。論語学而篇3の「巧言令色」(おべっか使いと作り笑いする奴には、気を付けろ)はまだ耳に入りやすいが、イヤな奴の発言にも価値ある言葉はある、の方は、分かっていても感情が邪魔をする。

感情とはつまり人間の本能から吹き出す想いだから、本能を抑えて礼法に従う=仁という、孔子の教説にはそぐわない。そこを何とかして感情を抑えろと孔子は言うのだが、顔回のようにそれを趣味にしてしまうか、あるいは自分を機械人形に作り替えて仕舞わないと、困難だ。

自分の欲望に勝って礼法に従うのを仁という。(論語顔淵篇1

あるいは、徹頭徹尾悪党になり切ることかも。映画『ゴッドファーザー3』で、ファミリーの長であるヴィトー・コルレオーネが、息子のマイケルを諭して言った言葉、「敵を憎むな。判断が鈍る」(Never hate your enemies. It affects your judgement.)がそれだろう。
論語 ゴッドファーザー

これこそまさに「人を以て言を廃てず」の代表例で、これが徹底できないから、訳者も失敗だらけの人生を歩むハメになった。孔子もまた仁を説きながら、自分は仁にそむいた政治工作にいそしんで、失敗を繰り返した。孔子も「言を以て人を挙げ」ない対象なのかも知れない!

論語の本章に関して、古注はいつも通り本文の内容をアホウのように繰り返しているばかりで、全く読む意味が無い。新注に至ってはどういうわけか、何一つ注釈を加えていない。朱子は自分が口先男だという、自覚でもあったのだろうか。

対して明末清初の儒者・ギョウ(季二曲)は、こういうことを書いている。

不以言舉人、則徒言者不得倖進。不以人廢言、庶言路不至壅塞、此致治之機也。以言舉人則人皆尚言、以行舉人則皆尚行、上之所好、下卽成俗、感應之機、捷於影響、風俗之淳漓、世道之升沈係之矣。三代舉人一本於德、兩漢舉人意猶近古、自隋季好文、始專以言辭舉人、相沿不改、遂成定制。雖其閒不無道德經濟之彦、隨時表見、若以爲制之盡善、則未也、是在圖治者隨時調停焉。

李顒
言っていることで人を推薦しなければ、無駄口を叩く者が偶然の昇進を掴むことがなくなり、言った人を理由に言葉を捨てなければ、皆が口をつぐんでしなうようなことがなくなる。これが政治の機微というものだ。

言っている事で人を推薦すると、人は皆言葉を慎むが、行動で人を推薦すれば、人は行動を慎むようになる。そうすれば為政者の思いのままが、すぐさま下々の風俗となるだろう。そのからくりは、速やかに世間に作用して、人情の善悪、世情の浮沈は、ひとえにこの選択に掛かっている。

だから夏・殷・周の三代では、役人の採用は人徳の有る無しで決め、前後の漢は、やはりそれに近いやり方で取った。ところが隋の末年から文章で試験するようになり、書いた言葉だけで採用の当否を決めるようになった。これが代々受け継がれて、とうとう中国の常識になってしまった。

もちろんそうして採用された役人にも、品格や世間の救済にすぐれた人物は出た。この制度は本来、そうした優れた人材を採ることにあった。ただし常にそうした人材を選び続けようとしても、まだ達成されたことがない。つまり上に英主を頂き、よき人材を採ろうとする作為が無ければ、なんともならないのだ。(『四書反身録』巻三)

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。覚悟致せ。

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