論語詳解217子罕篇第九(13)ここに美玉有らむに

論語子罕篇(13)要約:孔子先生は、従来言われているように、生涯政治的に不運ではありませんでした。工作が実って、うまく行ったこともあったのです。待ち受けるのは日の出の勢いの呉国。先生は今度こそ、と心が浮き立つのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子貢曰、「有美玉於斯、韞櫝而藏諸。求善賈而沽諸。」子曰、「沽之哉。沽之哉。我待賈者也*。」

校訂

武内本:唐石経句末也の字あり。

書き下し

子貢しこういはく、ここうるはしきたまらむに、はこをさこれかくさむか、あきうどもとこれらむか。いはく、これらんかなこれらんかなわれあきうどものなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 子貢 論語 孔子
子貢が言った。「ここに美しい宝玉があります。箱にしまって隠しましょうか、それともいい商売人を探して売りましょうか。」先生が言った。「売ろう売ろう。私は商売人を待っているのだ。」

意訳

論語 子貢 遊説 論語 孔子 笑い
子貢「呉国での工作は終えました。先生を迎えたい、と。さ~て先生、♪この玉隠しましょか、売りましょか。」
孔子「売るぞ売るぞ! 私はアキンドを待っていたのだ。」

従来訳

論語 下村湖人

子貢が先師にいった。――
「ここに美玉があります。箱におさめて大切にしまっておきましょうか。それとも、よい買手を求めてそれを売りましょうか。」
 先師はこたえられた。――
「売ろうとも、売ろうとも。私はよい買手を待っているのだ。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

韞(オン/ウン)

論語 韞 古文 論語 韞
(古文)

論語の本章では”しまい込む”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「韋(なめしがわ)+(音符)掬(オン)(中に入れてとじこめる)」、という。

一方『大漢和辞典』の第一義はは”柿色”。加えて”かくす・つつむ・くしげばこ”の意を載せる。

櫝(トク)

論語 櫝 睡虎地秦墓竹簡 論語 櫝
(秦系戦国文字)

「櫝」は”はこ・ひつぎ”。類義語の「匵」は”小箱・小さい棺”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、右上(音イク)は、必要な物を抜きとることをあらわす会意文字。賣(イク)・(トク)は「貝(財貨)+(音符)イク」の会意兼形声文字。櫝は「木+(音符)賣」で引き出しつきの箱、という。

沽(コ)

論語 沽 金文 論語 沽
(金文)

論語の本章では”売る”。

『学研漢和大字典』によると形声文字で、「水+(音符)古」で、ためておいた商品をうったりかったりすること。庫(品物をためておくくら)・賈(品物をかいだめておいてうる商人)・価(ねだん)などと同系のことば、という。

論語 諸 金文 論語 慎 諸
(金文)

論語の本章では指示代名詞の”これ”。之於(シヲ)に音が通じた派生義。『学研漢和大字典』による原義は、一カ所に大勢の人が集まること。詳細は論語語釈「諸」を参照。

善賈

論語 善 金文 論語 賈 金文大篆
(金文)

論語の本章では”やり手の商人”。魯の定公のような、途中で腰砕けになるような頼りない殿様では、孔子はもう仕える気がしなかったのだろう。

「賈」は『学研漢和大字典』によると会意文字で、上部は西ではなくて、覆(おおう)の字の上部と同じく、ふたをかぶせたさま。「襾(ふたの形)+貝(財貨)」で、金品におおいをかぶせて隠すことを示す。庫(コ)(物を隠すくら)と同系のことば。

類義語では、店の中や倉庫に品物をストックするあきんどを賈といい、行商するのを商といった。のち商と賈を区別せず、ともにあきんどの意に用いる、という。

論語:解説・付記

論語 孔子 キメ
呉が孔子を登用した、またはその意向を示したという記録はない。ただし論語泰伯篇と子罕篇の話は、呉との関係を強く思わせる。孔子がその生涯で自分を売り出そうとした一覧は、下の通り。ただし2は売り出したわけではなく、孔子の方から断っている。

  1. BC516(孔子36歳)斉の景公に採用されかけ失敗。
  2. BC504(孔子48歳)魯で陽虎に招かれるが断る。
  3. BC502(孔子50歳)魯で公山弗擾フツジョウの招きに応じようとするが、実現せず
  4. BC597(孔子55歳)衛の霊公に一旦仕えるが、しくじる。
  5. BC490(孔子62歳)晋の佛肸フツキツの招きに応じようとするが、果たせず。
  6. BC489(孔子63歳)楚・昭王に招かれるが、楚の宰相・子西の反対でしくじる。

そして6でしくじったあと、急に勃興してきたのが南方の呉国。

論語 呉王夫差
これ以降、孔子は仕官活動を一切していない。とうとう自分の政治構想実現を諦めたのだろうか? そうではないと訳者は見る。すでに歴史も古い、利害関係も複雑な国に直接仕えるのではなく、新興の呉を裏から操ろうとしたのだ。呉王夫差を補佐する人物を見れば分かる。

軍師の伍子ショは、故国の楚を追われて亡命してきた者であり、宰相の伯も同様。将軍の孫武(いわゆる初代孫子)は斉の出身で、客員閣僚ばかりが揃っている。地生えの家老がわんさかいる中原諸侯国や、有力大名の連合体である楚と異なり、孔子にも分け入る隙があったのだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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