論語詳解223子罕篇第九(19)たとえば山を*

論語子罕篇(19)要約:キュウジンノコウヲイッキニカクという、どこのダメ教師でも言いそうなお説教を、聞いたことがありますか? 二千年以上にわたって、このお説教は孔子先生が言いだしたとされましたが、真っ赤な嘘でした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「譬如爲山。未成一簣、止吾止也。譬如平地。雖覆一簣、進吾往也。」

校訂

定州竹簡論語

子曰:「[吾未見]231……  ……不隋者,其回也與!」232

※定州竹簡論語の一簡は、19~21字とされる。簡231号が最大の21字として、前章の「好德如好色者也」7文字を引くと14字分残る。さらに次章の「不隋(惰)者」より前の部分「子曰語之而」5字を引くと9字分残る。本章の26文字を記すのは物理的に不可能。錯簡の可能性は可能性に過ぎない。あるいは簡231号と簡232号の間に、もう一枚の簡があったのだろうか。

復元白文

子 金文曰 金文 辟 金文如 金文為 金文山 金文 未 金文成 金文一 金文 止 志 金文 吾 金文止 志 金文也 金文 辟 金文如 金文平 金文論語 地 金文 雖 金文一 金文 進 金文 吾 金文往 金文也 金文

※譬→辟。論語の本章は赤字が論語の時代に存在しない。定州竹簡論語に本章が記されるべき物理的平面が無い。恐らく也の字を断定で用いている本章は前漢宣帝期よりあとの時代の捏造である。

書き下し

いはく、たとへばやまつくるがごとし。いまらざること一なるに、むはなりたとへばたひらかにするがごとし。一くつがへすといへども、すすむはなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「例えば山を造るようなものだ。あと一かご土を盛るだけになって、そこで止めたら自分が止めたのだ。例えば地面を平らにするようなものだ。わずか一かご土を掘るなら、それは自分が進めたのだ。」

意訳

ニセ孔子
勉強とは、山を造るのと同じで、ほんの僅かな積み上げを怠けるだけで全て台無しになる。地面をならすのと同じで、ほんの僅かな掘り下げでも、その分進む。止めるも続けるも、お前たち次第だ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「修行というものは、たとえば山を築くようなものだ。あと一簣というところで挫折しても、目的の山にはならない。そしてその罪は自分にある。また、たとえば地ならしをするようなものだ。一簣でもそこにあけたら、それだけ仕事がはかどったことになる。そしてそれは自分が進んだのだ。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「譬如堆山,還差一筐,沒堆成就停了,功虧一簣是自己造成的;譬如填坑,衹倒一筐,繼續填下去,堅持不懈是自己決定的。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「例えば山を造る時に、あと僅か一かごだろうと、出来上がる前に止めてしまえば、一かごのせいで台無しになったのは、自分がしたことだ。例えば穴を埋めるときに、ただ一かごだろうと、続けて穴を埋めるなら、頑張り抜いたのも自分がしたことだ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


譬(ヒ)

論語 譬 金文大篆 論語 螺旋階段 譬
(金文)

論語の本章では”たとえるなら”。『学研漢和大字典』による原義は、真っ直ぐ言わず、脇道を通って遠回しに言うこと。詳細は論語語釈「譬」を参照。

簣(キ)

論語 簣 金文大篆 論語 簣
(金文)

論語の本章では”もっこ”。論語では本章のみに登場。初出が不明なほど新しい。論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はgʰi̯wæd(去)。同音は存在しない。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、貴は「両手でもっこをかつぐさま+貝(品物)」の会意文字。簣は「竹+(音符)貴」で、貴の原義をあらわす、という。詳細は論語語釈「簣」を参照。

日本のもっこは棒を通して二人で担ぐが、中国のもっこは一人で背負ったらしい。

論語 吾 金文 論語 吾
(金文)

論語の本章では”自分が”。

『学研漢和大字典によると会意兼形声文字で、「口+(音符)五(交差する)」。語の原字だが、我とともに一人称代名詞に当てる。▽古くは吾はおもに主格と所有格に用い、我はおもに目的格に用いた。ただし「不吾知=吾ヲ知ラズ」のような代名詞を含む否定文では吾を目的格に用いる。

孔子は一人称としては、「予」を用いたことが多い。目下に対する自称で、弟子相手の言葉。ここでは「吾」になっているから、孔子は自分がもっこ担ぎする気はないのである。

詳細は論語語釈「吾」を参照。

論語:解説・付記

論語の中でも、こうまではっきりと偽作の証拠があるのは珍しい。本章の内容そのものは、教師としての孔子の口から出てもおかしくないが、現代日本のいかにも頭の悪い教師ですら言いそうなことでもあり、偉大な師の言葉として残す価値は感じられない。

そしておそらく本章を元ネタに、次の偽作も作られた。

為山九仞,功虧一簣。
山を為すに九ジンいさおを一に欠く。(『書経』旅獒篇)

「高さ九仞の山を築こうとしても、最後のもっこ一杯を盛らねばやり遂げたとはいえないぞ。」いわゆる「九仞の功を一簣に欠く」の故事成語の出典だが、『書経』のこの部分も後世の偽作と言われているが、その年代は本章よりさらに下るわけだ。

ただし価値ある人間の営みを、山盛りや地ならしに例える例は古くからある。

バカ者爺さん「足りんで気の毒なのは智恵者じいさん、お主の方じゃ。分からんかのう、わしが死んでも子がおる。子は孫を生む。孫もまた子を生むじゃろう。そうしてずっと働けば、しまいに山は無くなるじゃろう。何せ山はもう、伸びはせんからのう。こんなこと、隣の子供でも知っておるぞ。」(『列子』湯問篇「愚公山を移す」)

『列子』は詳細を知りがたい古典だが、そこに収められた楊朱の学説は、孔子没後に墨家と天下を二分するほどの勢いだったと孟子が証言している。その裏で儒家はほとんど滅亡同然だったわけだが、この寓話は流行り、あるいは漢帝国の儒者の偽作のネタを提供したことになる。

また「譬如為山、未成一簣而止」という譬えは、前漢武帝の死後、権力を握った霍光が開催した塩鉄会議の記録『塩鉄論』にも、当時の経済官僚のトップだった桑弘羊の言葉として記されている。漢代の儒者にとっては、聴き慣れた譬えだったのだろう。

ではその儒者どもの感想文。

古注『論語集解義疏』

子曰譬如為山未成一簣止吾止也註苞氏曰簣土籠也此勸人進於道徳也為山者其功雖已多未成一籠而中道止者我不以其前功多而善之也見其志不遂故不與也譬如平地雖覆一簣進吾往也註馬融曰平地者將進加功雖始覆一簣我不以其見功少而薄之也據其欲進而與之也疏子曰至往也 云子曰云云者此戒人為善垂成而止者也蕢土籠也言人作善垂足而止則善事不成如為山垂足唯少一籠土而止則山不成此是建功不篤與不作無異則吾亦不以其前功多為善如為善不成吾亦不美其前功多也故云吾止也云譬如平地云云者此奬人始為善而不住者也譬於平地作山山乃須多土而始覆一籠一籠雖少交是其有欲進之心可嘉如人始為善善乃未多交求進之志可重吾不以其功少而不善之善之有勝於垂成而止者故云吾往也

本文。「子曰譬如為山未成一簣止吾止也」。
注釈。包咸「簣とは土を入れる籠である。この話は人に道徳へ進むよう勧めたのである。山を造るにあたって、既に随分土を積み上げても、最後の籠一杯を積まないで止めてしまったら、既に積んだ土も無駄になる、ということだ。途中で止めてしまうような軟弱物は、手助けしてやらない、ということだ。」

本文。「譬如平地雖覆一簣進吾往也」
注釈。馬融「地面をならそうとするなら、まず籠一杯を掘り崩さねばならない。掘り返した量が少なくても、それは問題にならない。飽くまで掘り進めようとする意欲に、私は味方するのだ、ということである。」

付け足し。先生は進む先の極致を言った。「子曰くうんぬん」とは、人が善き意志で起こしたことを、一歩手前の途中で止めてしまうことを戒めたのである。蕢とは土を入れる籠である。人が善き意志で始めたことを途中で止めてしまえば、つまり善事が完成しない。山を造るのにあと一歩の所で、籠一杯の土を積むのを止めれば、絶対に山は出来上がらない。これを”詰めが甘い”と呼び、最初からやらないのと同じである。だから、それまでの積み上げがどんなんに大きくても、私もまた評価しない、と言ったのである。善事も同じで途中で止めてしまえば、私もまたそれまでの善行がどれほどよろしくても、誉めない、と言ったのである。だから「吾止也」と言った。

「譬如平地うんぬん」は、善事を始めるに当たって、ぐずぐずするな、と人に勧めたのである。平地に山を造るのに譬え、山には大量の土が要るが、始めは籠一杯の土を盛ることにある。一杯は少ない量ではあるが、突き進む意志が籠もっており、誉めるに値する。人が善事を始めるのもこれと同じで、僅かな善事ではあっても、突き進む意志がこもっており、高く評価するに値する。だから、私はやった量が少ないからと言ってダメとは言わない。善事をやり遂げた者を褒めるのだ、と言ったのだ。だから「吾往也」と言った。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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