論語詳解222子罕篇第九(18)われ未だ徳を好む’

論語子罕篇(18)要約:孔子先生は人間の能力の基本を、徳に置きました。それは体力・気力を土台に、学問や技術や武術や経験などが積み重なった、圧倒されるような人格力でした。その効能を世間は知らない。先生はそう嘆くのでした。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「吾未見好德如好色者也。」

校訂

定州竹簡論語

子曰:「[吾未見]231……

復元白文

子 金文曰 金文 吾 金文未 金文見 金文好 金文徳 金文如 金文好 金文色 金文者 金文也 金文

※論語の本章は、文末の也の字を断定で用いているなら、戦国時代以降の捏造である。

書き下し

いはく、われいまとくこのむこといろこのむがごとものざるかななり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 肖像
先生が言った。「私は徳の方を色事より好む者を見たことがないなあ。」

意訳

論語 孔子 悩み
どいつもこいつも君子のくせに、助平ばかりだ。少しは人格力を磨いたらどうなんだ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「私はまだ色事を好むほど徳を好む者を見たことがない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「我沒見過喜歡美德如同喜歡美色的人。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「私は美徳を美色と同程度に喜ぶ人を見たことが無い。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

德(徳)

論語 徳 金文 論語 孔子 TOP
(金文)

人徳や道徳と解釈すると、先ず間違いなく論語を読み誤る。気力智力体力能力など、目に見えないものを背景にした、人格的パワーを言う。詳細は論語における「徳」を参照。

色 金文 論語 色
(金文)

論語の本章では”色ごと”。『学研漢和大字典』によると、原義もその通りという。

論語:解説・付記

論語 衛霊公 論語 南子
『史記』の記述では、衛の霊公と南子夫人とのドライブに付き合わされた孔子のぼやきとする。それが時期的にずれる論語本章になぜ載せられたかは分からない。のちの衛霊公篇でも同じ言葉が載っている。

一つの感想として、この論語子罕篇は、前章の「逝くものは斯くの如きか」以降、孔子の最晩年についての思い出話が多い。同時代の賢者ブッダで言えば、中村元『ブッダ最後の旅』(マハーパリニッバーナ経)に当たる部分で、共に弟子にとっては忘れられない話だった。

それを踏まえて本章を読むと、『史記』のいう衛の霊公うんぬんあたりの発言ではなく、晩年になって世間を見回しても、そして弟子を見回しても、「徳」を教える事は遂には出来なかった、という孔子の嘆きと受け取れる。確かに、「徳」を言葉で説明するのは難しい。

論語 ブッダ
繰り返しで恐縮だが、ブッダもまた教説の一つ一つについて、「それを説明するのは難しい」と言っている。対して質問者がが「では、たとえを以て説明することは出来るでしょうか」と問うと、「友よ、それはできるのです」と答えた。訳者もブッダの真似が出来るだろうか。

徳は目に見えない。言葉にまとめると論語における「徳」になるが、訳者如きが徳の何たるかについて、知り尽くしてはいない。従ってこうすれば徳を発揮できる、と言える境地に達していない。しかし、この人には徳があるなとか、言いようも無く気圧された経験はある。

それはスペックではないから数値に出来ない。従って理系人をうならせることは出来ない。子供に分からせることも出来ない。だが理系人だろうと子供だろうと、群れている中をひょいひょいと歩いて通り過ぎることは出来る。威圧するのではない。むしろ威圧してはいけない。


武道の稽古の一環として、訳者はあるとき方法を思いついた。それは散歩に出て、出来る限り静かに歩くことだ。目標はスズメを飛び立たせないことだが、未だにその境地には達していない。飛び立たせるのは気の毒だから、出来るだけ静かに歩く稽古をする。その心が肝心。

この点は、論語八佾篇4「林放礼の本を問う」と心得は同じ。食事の前後には丁寧に「いただきます」をする。命を頂いていることを必ず思う。そんな修行を十年もしていると、道の歩き方にも方法があると知る。その結果、まちのニイちゃんがたむろしていても通ることは可能。

論語 マルクス=アウレリウス=アントニヌス
方法は簡単、君子危うきに近寄らずである。ニイちゃんでなくとも要領は同じ。狭い歩道を大手を振って歩くじいさんは多いが、「彼らは強いられているのだ。他にどうしようもないではないか」(マルクス・アウレリアス・アントニヌス『自省録』)。どいてやればいい。

無論相手が攻撃してきたら即座に叩きのめす用意は常にある。刃物を持ち歩くのはひょろひょろのすることだ。しかしできることなら、かわして自滅させるのが一番いい。知らん顔して行ってしまえばいいのだ。そんな用意で道を行く。だが今日もスズメを飛び立たせてしまった。

修行の至らないことである。

さて儒者が徳を何と言っているか見てみよう。

古注『論語集解義疏』

子曰吾未見好德如好色者也註疾時人薄於德而厚於色故以發此言也疏子曰至者也 時人多好色而無好徳孔子患之故云未見以厲之也云責其心也

本文「子曰吾未見好德如好色者也」。
注釈。当時の人間が徳に薄く色に厚いのを歎いたのである。だからこう言ったのである。

付け足し。先生は窮極を言った。当時の人は多く色を好み徳を好む者が無く先生はこれを心配した。だから”見たことが無い”と言って当時の人をとがめた。その心は、心を責めたのである。

徳に関しては一切言わずじまい。普段あれほどどうでもいいことをベラベラと書き連ねるくせに、この少なさは何だろう。「だからこう」以降は繰り返しか、省いても文意が変わらないことばかりだ。

新注『論語集注』

好,去聲。謝氏曰:「好好色,惡惡臭,誠也。好德如好色,斯誠好德矣,然民鮮能之。」史記:「孔子居衛,靈公與夫人同車,使孔子為次乘,招搖市過之。」孔子醜之,故有是言。

好の字は尻下がりに読む。

謝良佐「色好みを好み、悪臭を嫌うのが、人の本心である。色のように徳を好み、本心から徳を好み切った事例は、民がめったに出来ない事である。」

史記「孔子は衛にいて、靈公は夫人と同じ車に乗り、孔子を二番目の車に乗せた。そして盛り場をうろついた」。孔子はこの扱いに怒って、だからこう言った。

徳について何一つ説明していない。偉そうに説教して生涯を終えた連中が、徳が何か知らなかったのである。謝良佐は朱子学の一味と言うよりのちの陽明学の祖で、「知行合一」=自分が正しいと思うことならどんなことをやっても正義だ、というテロリストの理屈を言い出した。

朱子は論語の本章について、何一つ言う資格が無い。夭折せず記録に残っただけでも、息子三人、娘五人の子だくさんである。要するにど助平おやじで、徳を知らない上に大いに色を好んだのだ。そして他人には色事禁止と言い出した図々しさは、すでに論語学而篇7に記した。

吉川はじめ日本の漢学教授の九分九厘も同じである。徳は論語の教説の中心概念だが、それなのに今の今まで、誰も正しく読んだ者はいなかったことになる。儒者も漢学教授も、筆と箸とワイロより重い物を持とうとしなかったからだ。ちなみに訳者は東大教授の収賄現場を、この目で何度も目撃している。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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