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論語語釈「オ」

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語釈 urlリンクミス

杇(オ・7画)

杇 金文
杅氏鼎・戦国末期

初出:初出は戦国末期の金文。ただし字形は「杅」。

字形:「木」+「亏」で、「亏」は「虧」kʰwia(平)”欠ける”の略体と『大漢和辞典』はいう。原義は不明。

音:「ウ」は呉音。カールグレン上古音はʔwo(平)。同音に「洿」”たまり水”、「污」=「汚」、「圬」”こて、左官、壁を塗る”。「小学堂」は「圬」を「杇」の異体字として扱っている。

用例:戦国末期の「華氏鼎」(集成1509)に「杅氏」とあり、「国学大師」は「華氏」と釈文している。「」は『大漢和辞典』によると”湯のみ”の意。”壁を塗る”の語釈は無い。「国学大師」「漢語多功能字庫」にも”壁を塗る”の語釈は無い。

文献上、論語以降の再出は前漢前半の『孔子家語』。

論語時代の置換候補:部品の亏kʰwia(平)は于gi̯wo(平)の本字とされ、于に”壁を塗る”の語釈は無い。『大漢和辞典』で音オまたはウ訓ぬるは「汗」のみで、”ぬる”の意が確認できるのは清代の『説文通訓定声』が初出。

備考:「漢語多功能字庫」には見るべき情報がない。

学研漢和大字典

会意兼形声。「木+(音符)于(くぼんでまがる)」。粘土をおさえて、くぼみにおしこんでいく木製のこて。

語義

  1. {名詞}こて。壁をぬる道具。
  2. {動詞}ぬる。こてで壁をぬる。「糞土之牆不可濁也=糞土の牆は濁るべからず」〔論語・公冶長〕

字通

(条目無し)

新漢語林

形声。木+亏。音符の亏(ウ)は、弓なりに曲がるの意味。柄の曲がった、こての意味を表す。

  1. こて。ぬりごて。壁をぬる道具。
  2. ぬ-る(塗)。壁をぬる。こてでぬる。

〔論語、公冶長〕糞土之牆不レ可レ杇也(フンドのショウはぬるべからず)。ぼろ土の垣根に上塗りはできない。

 

於(オ・8画)

→論語語釈「於」

烏(オ・10画)

烏 金文
沈子它簋蓋・西周早期

「於」と同字。初出は西周早期の金文。カールグレン上古音はʔo(平)。「漢語多功能字庫」には見るべき情報が無い。論語語釈「於」を参照。

学研漢和大字典

象形。からすを描いたもの。アと鳴く声をまねた擬声語。

語義

  1. {名詞}からす。ああとなくからす。▽からすの子は、大きくなると、親にえさを与えて恩を返すので、孝鳥ともいう。「烏鴉(ウア)(からす)」「烏鵲(ウジャク)」「誰知烏之雌雄=誰か烏の雌雄を知らんや」〔詩経・小雅・正月〕
  2. {形容詞}黒い。▽からすが黒いことから。「烏帽(ウボウ)(黒いぼうし)」。
  3. 「烏乎(アア)」とは、アハーという感嘆の声をあらわす。古代漢語では・a haと発音した。《同義語》⇒烏呼・烏攣・烏怯・嗚呼。
  4. {名詞}太陽。▽中国では、太陽の中に三本足のからすがいるという伝説があったことから。「烏兎(ウト)(からすのいる太陽と、うさぎのいる月)」。
  5. {副詞}いずくんぞ(いづくんぞ)。→語法

語法

「いずくんぞ~」とよみ、「どうして~か」と訳す。反語の意を示す。▽「安」「焉」「悪」と、意味・用法ともに同じだが、用例は少ない。「遅速有命、烏識其時=遅速命有り、烏(いづ)くんぞその時を識(し)らん」〈遅いも速いも天命がある、どうしてその時を知ることができようか〉〔漢書・賈誼〕

字通

[象形]〔説文〕四上に「孝鳥なり」とし、古文の字二形をあげる。金文の字形は死烏を懸けた形。鳥害を避けるためのもので、羽を縄にかけわたした形は於。烏・於はともに感動詞にも用いるが、もと鳥を追う声であろう。〔新撰字鏡〕に鷽を「からす」と訓するが、〔説文〕に「卑居なり」とみえ、はしぶとからすをいう。

嗚(オ・13画)

嗚 楚系戦国文字 必 甲骨文
楚系戦国文字・新甲3.41/「必」甲骨文

初出:初出は春秋末期あるいは戦国早期の竹簡。ただし字形は「於」。「小学堂」による初出は楚系戦国文字

字形:初出の字形は「烏」+「必」”先にカギの付いた棒”で、おそらく烏を追うさま。戦国の竹簡では「虖」を「嗚」と釈文する例がある(「上海博物館蔵戦国楚竹簡」成王12)。原字は「烏」で、その初出は西周早期の金文。論語語釈「烏」を参照。「メイ」とは別字。論語語釈「鳴」を参照。

音:「ウ」は呉音。カールグレン上古音はʔo(平)。

用例:戦国の竹簡では、すべて”ああ”と解せる用例しか見られない。

論語時代の置換候補:上掲「於」または「烏」。

」は論語八佾篇6の校訂を受け入れるなら、論語の時代には「烏」(カラス)と書かれた。烏には「なんぞ」(どうして)の訓があり、また「」(烏滸オコ)のように、愚か者をも意味する。

烏滸とは、もと広西省の海岸沿いに住んだ異民族を指し、後漢の末になってやっと中華帝国の支配下に入った。中国人から見れば紛れもない蛮族で、「烏」に”愚か者”の語気が加わったのはそれゆえだろう。その後この部族名は忘れられるが、中国人の地理知識が西へ広がるに及び、アムダリア(阿母河・水・奥克蘇オクソス河)を指す言葉へと変化していく。

その後何らかの経緯で日本に入り、愚か者を意味するようになったのだが、その由来は明らかでない。
烏滸 大漢和辞典

備考:「漢語多功能字庫」には、見るべき情報がない。

学研漢和大字典

形声。「口+(音符)烏(ウ)」。烏も、本来は「ああ」と鳴くからすの声を示した擬声語であった。

語義

{感動詞}あ、という声をあらわす。「嗚呼(アア)(あはあ、という嘆声をあらわす擬声語。感心したときにも、残念がるときにも用いる)」▽「烏乎」「於乎」「於戯」は、用字が異なるだけで、すべて上古には「あはあ」という発音をあらわした。「嗚呼」が最も普通に用いられる。「嗚呼曾謂泰山不如林放乎=嗚呼曾ち泰山を林放に如かずと謂へるか」〔論語・八佾〕

字通

声符は烏(う)。烏は死烏を懸ける形。その鳥追いの声を烏・於という。嗚は烏の形声字で、むせぶような声。また感動詞に用いる。

王(オウ・4画)

王 甲骨文 王 金文
甲骨文/成王方鼎・西周早期

初出:初出は甲骨文

字形:「士」と字源を同じくする漢字で、”斧・まさかりを持つ者”が原義。武装者を意味し、のちに戦士の大なる者を区別するため「士」に一本線を加え、「王」の字が出来た、はずだが、「王」の初出が甲骨文なのに対し、「士」の初出は西周早期の金文。論語語釈「士」を参照。

音:カールグレン上古音はgi̯waŋ(平/去)。

用例:「漢語多功能字庫」によると、甲骨文・金文では”王”を意味した。

備考:古代中国ではまさかりは軍事権・司法権の象徴で、早くは殷代の遺蹟「婦好墓」から装飾用の青銅器が出土している。従って単なる会意文字でも象形文字でもなく、象形兼指事文字。詳細は春秋時代の身分制度を参照。

 

学研漢和大字典

会意。「大+━印(天)+━印(地)」で、手足を広げた人が、天と地の間にたつさまを示す。あるいは、下が大きく広がった、おのの形を描いた象形文字ともいう。もと偉大な人の意。旺(オウ)(さかん)・汪(オウ)(ひろく大きい)などと同系。類義語の皇は、もと初代の偉大な王の意で、王と皇とは同系だが、のち皇の格があがり、王の格が下がった。帝は、天下のもとじめ(締)のこと。君は、人々に号令しておさめる王。公は、五等爵の第一位で、転じて長老のこと。

「親王(しんのう)・勤王(きんのう)」など、「ノウ」と読むことがある。▽草書体をひらがな「わ」として使うこともある。

語義

  1. {名詞}きみ。偉大な統率者。君主。▽周代までは天下を統率する君主の称号だったが、春秋戦国時代には、呉王夫差(フサ)、梁(リョウ)の恵王のように、諸侯も称するようになった。《類義語》皇(オウ)・(コウ)。
  2. {名詞}漢代以後、君主を皇帝というのに対して、皇帝の親族のこと。▽王族で地方に封ぜられた者を~王という。「王室」「王族」「中山王」。
  3. {名詞・形容詞}覇(ハ)(力による統一)に対して、徳によって天下をおさめること。また、そのさま。
  4. {形容詞}上流のおかたという意味を含んだ尊称。ひいては、たんなる尊敬・親愛の意をあらわすことば。「王父(あなたのおとうさま)」「王孫(お若いかた)」。
  5. {名詞}実力・権力などがすぐれていて最高位の人。「魔王」。
  6. (オウタリ)(ワウタリ){動詞}王となる。▽去声に読む。「王之不王、不為也=王の王たらざるは、為さざるなり」〔孟子・梁上〕
  7. 《日本語での特別な意味》
    ①天皇の子のこと。また、五世(現在は三世)以内の皇族の男子のこと。
    ②ある方面で、実力のいちばん上の者。「打撃王」「百獣の王」。
    ③おう(わう)。将棋の駒の一つ。王将のこと。

字通

戊 鉞
[象形]鉞の刃部を下にしておく形。王位を象徴する儀器。〔説文〕一上に「天下の帰往するところなり」と帰往の意を以て説くが、音義説に過ぎない。字形について、董仲舒説として「古の文を造る者、三画して其の中を連ね、之を王と謂う。三なる者は天地人なり。而して之れを参通するものは王なり」とするが、卜文・金文の下画は強く湾曲して、鉞刃の形をしている。

大漢和辞典

王 大漢和辞典

枉(オウ・8画)

枉 楚系戦国文字
(楚系戦国文字)

初出:初出は楚系戦国文字

字形:「木」+「㞷」”はびこる”で、樹木が群がりしげるさま。「漢語多功能字庫」は原義を”まがる”とする。

俗字として「抂」と記されたと『新漢語林』は言う。論語語釈「抂」を参照。

音:カールグレン上古音はʔi̯waŋ(上)で、同音別漢字は存在しない。藤堂上古音は・ɪuaŋ(ɪはエに近い音)。

用例:「上海博物館蔵戦国楚竹簡」性情論31に「〔父兄〕之所樂,句(苟)毋害,少枉,內(納)之可也,已則勿復言也。」とあり、”まちがい”と解せる。

論語時代の置換候補:結論として存在しない。

同音「区」(オウ)は甲骨文からあるがk’ɪugと音通しているかは微妙。「岰」「柪」「窐」「紆」「靿」は甲骨文・金文共に無し。意外にも「凹」も金文以前に遡れない。部品の「王」に”曲げる・悪用する”の語釈は、『大漢和辞典』にも無い。

日本語で音が同じ「横」ɡʰwăŋには”まがる”の意があるが、初出は後漢の『説文解字』。部品の「黄」には”やむ・やまい・やみつかれるさま”の語釈を『大漢和辞典』が載せ、甲骨文から存在するが、カールグレン上古音はɡʰwɑŋ(藤堂上古音ɦuaŋ)で、音通するとは断言しがたいが、uaŋが共通し、・ɪは無理に言うとエの音で咳き込んだ音、ɦはhの濁音。論語時代の置換候補として提示したいところだがやめておく。
黄 大漢和辞典

学研漢和大字典

形声。「木+(音符)王」。王(おうさま)の原義とは関係がない。
尫(オウ)(すねが⊂型にまがる)・汚(∪型にくぼんだ水たまり)などと同系.

語義

  1. {動詞}まげる(まぐ)。まがる。まっすぐな線や面をゆるやかな曲線をなすようにおしまげる。また、道理をおしまげる。《対語》⇒直。「枉道(オウドウ)(道理をおしまげる)」「挙直、錯諸枉=直きを挙げて、諸を枉れるに錯く」〔論語・為政〕
  2. {形容詞}道理をゆがめた。また、罪をむりやりにおしつけた。《類義語》冤(エン)。「枉死(オウシ)」「冤枉(エンオウ)(無実)」。
  3. {動詞}まげて。面子(メンツ)をむりにおしまげて…してくださった、との意をあらわすていねいなことば。「枉顧(オウコ)・(マゲテカエリミル)(わざわざ立ち寄ってくださる)」「枉駕(オウガ)」。
  4. {副詞}いたずらに(いたづらに)。むりをして。役にもたたないのに。「枉費精神=枉らに精神を費やす」。

字通

[形声]正字は㞷に従い、㞷(おう)声。㞷は鉞頭の形である王に之(止(あし))を加え、出行のときに魂振りする呪儀。これによって足に呪力が加えられる。他に力を加える意があり、無理にことを運ぶ意がある。〔説文〕六上に「邪曲なり」とあり、枉戻をいう。

往(オウ・8画)

往 金文 往 甲骨文
吳王光鑑・春秋末期/甲骨文

初出:初出は甲骨文。ただし字形は「㞷」。現行字体の初出は春秋末期の金文。

字形:甲骨文の字形は「止」”ゆく”+「王」gi̯waŋ(平/去)で、原義は”ゆく”とされる。おそらく上古音で「往」「王」が同音のため、区別のために「止」を付けたとみられる。甲骨文の字形にはけものへんを伴う「狂」の字形があり、「狂」ɡʰi̯waŋ(平、去声は不明)は近音。「狂」は甲骨文では”近づく”の意で用いられた。論語語釈「狂」を参照。

音:カールグレン上古音はgi̯waŋ(上)。

用例:「甲骨文合集」131に「貞往芻不其得」とあり、”ゆく”と解せる。

学研漢和大字典

会意兼形声。王は、大きく広がる意を含む。往の原字は「人の足+(音符)王」の会意兼形声文字。往は、それにさらに彳(いく)を加えたもので、勢いよく広がるようにどんどんと前進すること。徨(コウ)(向こう見ずに進む)・逛(キョウ)(むやみに進む)・広(コウ)(大きくひろがる)などと同系。類義語の行は、まっすぐに進む。適や之(シ)・征は、目標めがけて直進すること。

語義

  1. {動詞}いく。ゆく。どんどんと前進する。さきに向かっていく。《対語》⇒来・返・復。《類義語》征・行。「往来」「雖千万人吾往矣=千万人と雖も吾往かん」〔孟子・公上〕
  2. {動詞}いく。ゆく。過ぎ去る。いってしまう。また、転じて、人が死去する。
  3. {名詞}過ぎ去ったこと。死去した人。「往者」「既往不咎=既往は咎めず」〔論語・八飲〕。「送往事居=往を送り居に事ふ」〔春秋左氏伝・僖九〕
  4. 「而往(ジオウ)」とは、それよりさきの意。▽「而後(ジゴ)」と同じ。「俶自既灌而往者=俶すでに灌(かん)して自(よ)り往(のち)は」〔論語・八飲〕
  5. {動詞}おくる。物を人に届ける。▽魏(ギ)・晋(シン)代、手紙に用いたことば。「以物往=物を以て往る」。
  6. 「往往(オウオウ)」とは、しばしば。「往往而死者、相藉也=往往にして而死する者、相ひ藉けり也」〔柳宗元・捕蛇者説〕
  7. {前置詞}《俗語》…へ。向かう方向をあらわすことば。▽去声に読む。「往北京去(北京へいく)」。

字通

[形声]声符は王(おう)。〔説文〕二下に「之(ゆ)くなり」と訓し㞷(おう)声とするが、㞷は往の初文。卜文の「往來」の往は、鉞頭の形である王の上に、之(止(あし))を加えて、出行に当たって行う魂振りの呪儀を示す。すなわち㞷の字形。のちこれに彳・辵を加えて往・迋となった。

奧/奥(オウ/イク・12画)

奥 篆書
説文解字・篆書

初出:初出は後漢の『説文解字』

字形:「宀」”屋根”+「米」”穀物”+「キョウ」”ささげる”で、屋内の神聖空間を示す。原義は室内の西南の隅にある神棚。後漢ごろに出来た新しい言葉で、論語の時代に存在しない。

音:”おく”の意味では「オウ」(去声)と読み、山や川のくま=”おく”の意味では「イク」(入声)と読む。カールグレン上古音はʔ(去)のみ。藤堂上古音は・ok(去)または・iok(入)。

用例:論語八佾篇の他、『荘子』『老子道徳経』にも見える。

論語時代の置換候補:同訓「㝔」(ヨウ)は甲骨文・金文が存在しない。

学研漢和大字典

会意。釆は、播(ハ)の原字で、こまごましたものが散在するさま。奧は「宀(おおい)+釆+両手」で、屋根に囲まれたへやのすみにあるこまごましたものを、手さぐりするさまを示す。幽(おく深い)・窈(ヨウ)(おく深い)・杳(ヨウ)(暗い)などと同系。旧字「奧」は人名漢字として使える。

語義

オウ(去)
  1. {名詞}へやの西南のすみ。おく深く暗くて祖先の神をまつる神だなのある所であった。「与其媚於奥、寧媚於竈=其の奥に媚びんよりは、寧ろ竈に媚びよ」〔論語・八佾〕
  2. {名詞}おく深い場所や、おく深く容易に解せられない事がら。「奥義」「奥旨(オウシ)」。
イク(入)
  1. {名詞}くま。川のおく深くはいりこんだ所。▽澳(イク)に当てた用法。
  2. {名詞}くま。山ぎわのおく深くはいりこんだ所。▽墺(イク)に当てた用法。
  3. 《日本語での特別な意味》
    ①おく。「奥方」の略。もと家のおく深く住む、身分の高い人の夫人のこと。のち大名や武家の夫人、さらに庶民の妻をもさすようになった。
    ②「陸奥(ムツ)」の略。「奥州」。

字通

[会意]旧字は奧に作る。宀(べん)+釆(べん)+廾(きよう)。〔説文〕七下に「宛なり。室の西南隅なり」とするが、宛は字の誤りであろう。宀は神聖な建物。釆は獣掌の象で膰肉の類。廾はこれを神に薦める意。その祀所を奧という。

沃(オク・7画)

沃 秦系戦国文字
睡.日甲59背

初出:初出は秦系戦国文字

字形:「氵」+「夭」。「夭」の同音に「要」”ひきしまる”があり、現山西省曲沃県は春秋時代、晋国の国都の一つで、黄河が”曲がって引き締まった”場所から少し奥にある。

音:「ヨク」は慣用音。カールグレン上古音はʔok(入)。同音は「鋈」(入)”しろがね”・”めっき”のみ。部品の「夭」の音はʔi̯oɡ(平/上)、ʔog(上)。論語語釈「夭」を参照。語末のgとkは入れ替えうるのだろう。

用例:「清華大学蔵戦国楚竹簡」清華二・繫年93に「奔內(入)於曲夭(沃)」とあり、「夭」が「沃」と釈文されている。

戦国最末期「睡虎地秦簡」日甲59背貳に「鬼入人宮室,勿(忽)見而亡,亡(無)已。以脩(滫)康(糠),寺(待)其來也,沃之,則止矣。」とあり、”水を注ぐ”と解せる。

前漢初期の『韓詩外伝』に古詩を引用して「六轡沃兮」とあり、『大漢和辞典』の語釈に従うなら、”車の四頭の引き馬にかけた六本の手綱で、良馬の善く馴らされてゆくさま”となる。『詩経』小雅・皇皇者華/裳裳者華に「六轡沃若」とある。どうもこの語義は儒者の偽善が臭って信用できない。部品「夭」の同音に「要」「約」があり、”ひきしぼる”と解すべき。

前漢後期『新序』に「沃野千里」とあり、”肥えた”と解せる。

定州漢墓竹簡にも含まれている前漢の『孔子家語』に「終於沃」とあり、(水を注いで)”手を洗う”と解せる。

論語時代の置換候補:存在しない。部品で近音の「夭」でありそうでいながら、春秋時代前では人名・族徽(家紋)・器名の例しか確認できない。

学研漢和大字典

会意兼形声。夭は、手足をひろげた人の頭が横にまがった姿で、しなやかの意味を含む。沃は「水+(音符)夭(ヨウ)(しなやか)」で、水でうるおしてしなやかにすることをあらわす。

語義

  1. (ヨクス){動詞}そそぐ。水をかけてやわらかにしたり豊かにしたりする。「若湯沃雪=湯の雪に沃ぐがごとし」〔枚乗・七発〕
  2. {形容詞}みずみずしくしなやかである。「沃沃(ヨクヨク)」。
  3. {形容詞}土地が肥えている。「沃土(ヨクド)」「肥沃(ヒヨク)」。
  4. 《日本語での特別な意味》「沃度(ヨード)」の略。ヨードのこと。「沃素」。

字通

[形声]声符は夭(よう)。正字は𦰚に作り、芺(よう)声。〔説文〕十一上に「漑灌(がいくわん)するなり」とあり、農地に水を注ぐことをいう。〔周礼、夏官、小臣〕「大祭祀には朝覲(てうきん)し、王に沃(そそ)ぎて盥(くわん)せしむ」とあって、手を洗い清める沃盥の義が、字の初義であろう。ゆえに「つややか」「ゆたか」の意がある。〔詩、衛風、氓〕「其の葉、沃若(よくじやく)たり」とはその意。のち沃土・沃野の意に用いる。

億(オク・15画)

億 金文
史墻盤・西周中期

初出:初出は西周中期の金文。ただし字形は「𠶷」。現行字形の初出は戦国末期の金文戦国中期とも言う

字形:初出の字形は〔䇂〕(漢音ケン)”細い刃物”+○形+「𠙵」”くち”。原義は不明。

音:カールグレン上古音はʔi̯ək(入)。同音は「憶」、「臆」、「繶」”つかねる・うちひも”、「醷」”梅酢”、「檍」”モチノキ”、「抑」。

用例:西周中期「史墻盤」(集成10175)に「𣶒哲康王、㒸尹𠶷彊」とあり、”大勢の人民”と解せる。

西周末期「新收殷周青銅器銘文暨器影彙編」NA0865に「其萬𠶷(億)永寶用」とあり、”長い年月”と解せる。戦国時代の用例も同じ。

”思う”の用例は論語先進篇18のほか、『孟子』に詩の引用として見える。

論語時代の置換候補:同音の「憶」、「臆」は論語の時代に存在しない。

学研漢和大字典

会意兼形声。意は「音(口をつぐむ)+心」の会意文字で、黙って心で考えるの意を示す。憶の原字。意や憶は、考えて胸がいっぱいにつまるの意を含み、抑(おさえる、いっぱいにおしこむ)と同系のことば。億は「人+(音符)意」で、胸いっぱいに考えうるだけ考えた大きな数のこと。▽かつては、実在の物としては存しない想像上の数であった。

語義

  1. {数詞}数で、一万の一万倍。
  2. {数詞}昔の数の単位。十万のこと。▽昔は、千-万-億と十進法で単位をかえた。「其麗不億=其の麗億のみならず」〔孟子・離上〕
  3. (オクス){動詞}あれこれと思い巡らす。《同義語》⇒憶。「億則鮭中=億すれば則(すなは)ち鮭(しばしば)中(あ)たる」〔論語・先進〕

字通

[形声]声符は意(おく)。億は古くは十万、のち万万をいう。列国期金文の〔嗣子壺〕に「萬意年」とあり、古くは意を借用した。〔詩、大雅、仮楽〕に「子孫千億」とみえる。〔説文〕八上に「安きなり」と訓するのは、〔左伝、昭二十一年〕「心億(やす)きときは則ち樂し」、〔国語、晋語四〕「百神を億寧す」などによる。それが本義である。

※億寧:安んずる

大漢和辞典

数の一単位。やすらか。はかる。かけごと。ああ。惜しむ。みちる。抑に通ず。臆に通ず。姓。

𥁕/昷(オン・9画)

𥁕 甲骨文 𥁕 字解 𥁕 金文
坊間3.81/□弗生甗・西周早期/秦子簋蓋・春秋早期

初出:初出は甲骨文。ただし先学の学説にかかわらず、「困」「囚」系統の文字は𥁕の原字とは認めがたい。「𥁕」はむしろ「溫」(温)の字の派生字と見るべきで、確実な初出は西周早期。「困」は貴人を閉じこめたさま、「囚」は身分の低い人を閉じこめたさま。対して溫は温泉の姿で字の発生が異なる。𥁕は溫の氵を略した形で、溫が𥁕の原字。論語語釈「温」を参照。

𥁕 字形

「囚」系統の字は下に「皿」”風呂桶”を伴っておらず、「𥁕」を「囚」系統の語義である「韞」”収納する”と釈文した例は戦国中末期の「包山楚簡」に一例見られるのみ。誤字の類ではあるまいか。論語語釈「韞」を参照。

字形:初出の字形は「人」+「水」+「囗」で、人を箱に閉じこめて水に投げ入れるさま。『史記』の描く伍子胥の最期や、『墨子』明鬼下篇に記す羊神判のもようにそのような習俗を知れるが、甲骨文の昔からあったことが分かる。

春秋金文の字形は「囚」+「皿」で、人工の水たまりに閉じこめた人を投げ入れるさま。

音:カールグレン上古音は不明。藤堂上古音は「温」と同じで・uən。

学研漢和大字典

象形。皿(さら)に食物を入れ、上からふたをかぶせたさまを描いたもの。

語義

  1. {動詞・形容詞}むれる。ぬくぬくと中にこもるさま。《同義語》⇒温

字通

[象形]皿(盤)上の器中のものが、温熱の状態にあることを示す。温・煴(おん)の初文とみてよい。〔説文〕五上に「仁なり」と訓し、「皿に從ふ。以て囚に食はしむるなり」とするが、囚形の部分は、熱によって器中に気がめぐる象。囚とは形義が異なる。

溫/温(オン・12画)

温 甲骨文
(甲骨文)

初出:初出は甲骨文。金文は未発掘。

字形:「水」+「人」+「皿」(風呂桶)の”風呂”を象形した会意文字。それゆえ”いでゆ”が原義。

温 大漢和辞典

『大漢和辞典』温条

音:「ウン」は唐音。カールグレン上古音はʔwən(平)。同音に𥁕(カールグレン上古音不明・藤堂上古音は温と同じで・uən)を部品とする文字群。下記を参照。

初出 声調 備考
オン あたたか 甲骨文
車の名 説文解字
ウン/オン 積む 説文解字
くづあさ 説文解字

用例:「甲骨文合集」1824に「鼎(貞):于昷用」とあるが、すでに「水」の形が含まれており、「溫」と釈文すべき。「とう、温に用いんか」と読め、”温泉に行こうか”と解せる。

「合集」28167に「…廼溫,才(在)涂…」とあるが、欠字が多く解読不能。

『上海博物館藏戰國楚竹書』從政乙4に「□(囚心)良而忠敬」とあり、「溫」と釈文されている。”温和”の語義が確認できる。

備考:従来、”鍋でじわじわと煮るさま”と解されてきた。楚系戦国文字までは五右衛門風呂とその蓋の形を保っていたのに、儒者がでっち上げた秦帝国期の文字である『説文解字』の篆書では、もうその姿が失われ、ただの鍋をこんろに掛けた形になっていたからだろう。

温 楚系戦国文字 温 篆書
(楚系戦国文字・説文解字篆書)

『説文解字』は「かわ。犍為〔郡〕より出でてフウ〔水〕たり、南してケン水に入る。水にしたが𥁕ウン聲。」といい、川の固有名詞が元という。そして𥁕については、「ひと也。皿に从い、食を以て囚うる也(別訓み:囚に食を以いる也)。官溥說く」という。

現在、𥁕の最古の書体は困=閉じこめる、とされている。要するに、もともとさんずいの取れた𥁕、などという漢字はありはしなかった。「先秦甲金文簡牘詞彙資料庫」では一件もヒットしない。論語語釈「𥁕」も参照。

漢語多功能字庫」には、論語の読解に関して見るべき情報が無い。

漢語多功能字庫

從「水」,「𥁕」聲,表示暖和、不冷不熱。


「水」の字形に属し、「𥁕」の音。意味は温かいこと、冷たくも熱くもないこと。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、𥁕(オン)は、ふたをうつぶせて皿の中に物を入れたさまを描いた象形文字。熱が発散せぬよう、中に熱気をこもらせること。溫は「水+〔音符〕掬」で、水気が中にこもって、むっとあたたかいこと。

蘊(ウン)(こもる)・煴(くすべてあたためる)と同系のことば。また鬱(ウツ)(中にこもる)はその語尾がtに転じたことば。

語義

  1. (オンナリ)(ヲンナリ){形容詞}あたたか(あたたかなり)。あたたかい(あたたかし)。ほんのりとあたたかいさま。中に熱がこもってあたたかいさま。また、心や顔色などがおだやかでやさしいさま。《対語》⇒冷・寒。《類義語》暖。「温暖」「温和」「子温而莞=子は温にして而莞し」〔論語・述而〕
  2. {名詞}ぬくもり。「温度」「気温」。
  3. {動詞}あたためる(あたたむ)。あたたまる。じわじわとあたためる。熱を中にこもらせる。「温酒=酒を温む」。
  4. {動詞}あたためる(あたたむ)。古いもの、冷えたものを、もう一度あたためてよみ返らせる。《類義語》文(ジン)。「温習」「温故而知新=故きを温めて新しきを知る」〔論語・為政〕

字通

[形声]声符は𥁕(おん)。𥁕は皿(べい)(盤)上の器中が温められて、熱気がみちている形で、溫の初文。〔広雅、釈詁三〕に「煗(あたた)むるなり」、〔玉篇〕に「漸く熱きなり」とあり、温煖の意。

韞(オン・20画)

𥁕 金文 韞 隷書
秦子簋蓋・春秋早期/譙敏碑・後漢

初出:初出は春秋早期の金文で、現行字形に近い初出は後漢の隷書論語語釈「昷」も参照。

𥁕 甲骨文 囚 甲骨文
「困」甲骨文/「囚」甲骨文

字形:甲骨文に比定されている字形は破損や磨滅により解読しがたいが、上掲のように囲いに人を閉じこめた字形、縦の画を槍に描いて明らかに人を監禁している字形があり、”とじこめる”が原義と思われる。

ただし甲骨文の字形で捕らえられているのは人の正面形「大」であり、横姿「人」ではない。「小学堂」では無造作に混同しているが、「大」の字形は「困」の原字とみるべきで、「人」の字形は「囚」の原字とみるべき。甲骨文では多く、貴人を「大」と描き、隷属する者を「人」と描く。

𥁕 甲骨文 𥁕 字解
「𥁕」甲骨文/□弗生甗・西周早期

「𥁕」の甲骨文と判断すべき字形は「人」+「水」+「囗」で、人を箱に閉じこめて水に投げ入れるさま。『史記』の描く伍子胥の最期や、『墨子』明鬼下篇に記す羊神判の様子から、周代にはそのような習俗があったのを確認できるが、甲骨文の昔からあったことになる。

西周から「𥁕」に比定される字は四角ではなくふくろに人を詰めた字形で、「殷周金文集成」諸種の例は全て人名と解せ、語義が明らかでない。

春秋早期の金文に「秦子簋蓋」があり、下に「皿」を伴った初の例。皮袋に閉じこめた罪人を、水に投げ込むさま。

戦国の竹簡では、「𥁕」の多くが「盟」「明」と釈文されている。

上掲後漢の字形は、ごんべんではなく「玉」へんであり、論語子罕篇13「ここに美玉あらんに」をふまえて、あえて玉へんにしているか。

音:カールグレン上古音はʔi̯wən(上)。同音は「䡝」”大車の後ろのおさえ”と「𥁕」を部品とする漢字群。

用例:戦国中末期「包山楚簡」260に「夬(袂)𥁕」とあり、「𥁕」は「韞」と釈文されている。

備考:上古音の同音に論語時代の置換候補になる字は無い。近音の陰ʔi̯əm(平)”隠す”は甲骨文から存在する近音だが、音通とは断言できない。隠の初出は戦国文字。暗の初出は後漢の説文解字。

学研漢和大字典

会意兼形声文字で、「韋(なめしがわ)+(音符)𥁕(オン)(中に入れてとじこめる)」。

語義

オン
  1. {名詞}赤と黄の中間色。かきいろ。
ウン
  1. {動詞}おさめる(をさむ)。つつむ。入れ物におさめてかくす。「有美玉於斯、韞寛而蔵諸=斯に美玉有り、寛に韞めて諸を蔵せんか」〔論語・子罕〕

字通

(条目無し)

㥯(オン・20画)・カ音ʔi̯ən

[形声]声符は𤔌(いん)。〔説文〕十下に「謹むなり」という。𤔌は呪具の工の上下に手を加える形。その呪具によって、神聖なものを隠す意。その心情を㥯という。のち隱(隠)、穩(穏)の字を用いる。

論語語釈
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