武内本と同年、1943年刊行。中国儒者による論語の注釈の集大成。本サイトでは、北京中華書局・新編諸子集成『論語集釋』(全四冊)2019年第2版第14刷を用いた。
編者の程樹徳(1877-1944)は、あざ名を郁庭といい、福建省福州の出身。清末に科挙を通って進士になった由緒正しい儒者だが、官途に就くより勉強がしたいと言って日本に公費留学し、法学を学んだ。
帰国後、北京大学と清華大学の教授を兼任した。1937年の盧溝橋事件をきっかけに引退して著述に専念し、病と貧困に苦しんだ。特に循環器系の病気に悩んだが、日中戦争で中国は医療崩壊、適切な治療を受けられないまま病状が悪化し、ついに筆を執れなくなり口述筆記した。
『論語集釋』はそのようにして脱稿した。形式は次の通り。
- 「考異」諸本と先学の意見の異同を記す。諸本の中には日本の版本も含まれる。
- 「音読」句読の切り分けや漢字の音を考証する。必要に応じて記され、欠く場合もある。
- 「考証」論語本文の内容について考証し、どう解釈すべきかを考える・
- 「集解」三国魏の何晏がまとめたそれまでの注釈を抜粋し、必要に応じてその適否を考える。
- 「唐以前古注」唐代までの注釈を抜粋し、必要に応じてその適否を考える。
- 「集注」南宋朱子による注釈を抜粋し、必要に応じてその適否を考える。
- 「余論」上記以外の儒者の注釈を抜粋し、必要に応じてその適否を考える。
- 「発明」論語から先学が何を考えたかを抜粋し、必要に応じてその適否を考える。
編者は清末民初という政治的・文化的混乱期を生きたが、進士だけに基礎教養はやはり儒学であり、清帝国の国教だった朱子学を価値基準にこの本を編んでいる。現在としてはそれだから価値がある。というのは、論語に何が書いてあるかを知る材料になるからだけではない。
今は絶滅した儒者が、論語や儒教や中国をどう考えていたか、が分かるからだ。従ってその論語の解釈は、必ずしも全面的に賛成できるものではないが、論語がどう読まれてきたかについて膨大な情報を含んでおり、解釈しがたい章を砕氷して進んでいく力になることがある。
さらには幅広い儒者の意見が分かることによって、論語を幅広い視点から見ることが出来、従来の「こう読まねばならない」という、多分に無根拠で独善的な狭苦しさから論語読者を解放してくれもする。古注新注と並んで、論語研究には欠かせない本だと言える。
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