論語詳解125雍也篇第六(8)季康子問う、仲由は*

論語雍也篇(8)要約:漢帝国の儒者が、論語を現在の形にまで膨らますために作ったでっち上げ。元ネタは公冶長篇で、質問者と弟子の名前を少し変えただけ。それにしても儒者は学を誇るなら、もっと芸を見せられなかったのでしょうか。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

季康子問、「仲由可使從政也與。」子曰、「由也果、於從政乎何有。」曰、「賜也可使從政也與。」*曰、「賜也達、於從政乎何有。」曰、「求也可使從政也與。」*曰、「求也藝、於從政乎何有。」

校訂

武内本

清家本により、曰の前二カ所に、子の字を補う。

定州竹簡論語

……康子問:「中a[由可]114……曰:」由也[果,於從正乎何有?」□□□]可使從正也[歟]b?」115……[可使從政也與?」曰:「求也□,於從政乎]116……

  1. 中、今本作「仲」。
  2. 歟、今本作「與」。

→季康子問、「中由可使從正也歟。」子曰、「由也果、於從正乎何有。」曰、「賜也可使從正也歟。」曰、「賜也達、於從正乎何有。」曰、「求也可使從正也與。」曰、「求也藝、於從正乎何有。」

復元白文

論語 季 金文論語 康 金文子 金文問 金文 論語 中 金文論語 由 金文可 金文論語 使 金文従 金文論語 正 金文也 金文論語 与 金文 子 金文曰 金文 論語 由 金文也 金文論語 果 金文 於 金文従 金文論語 正 金文乎 金文何 金文有 金文 曰 金文 論語 賜 金文也 金文可 金文論語 使 金文従 金文論語 正 金文也 金文論語 与 金文 曰 金文 論語 賜 金文也 金文論語 達 金文 於 金文従 金文論語 正 金文乎 金文何 金文有 金文 曰 金文 求 金文也 金文可 金文論語 使 金文従 金文論語 正 金文也 金文論語 与 金文 曰 金文 求 金文也 金文論語 芸 金文 於 金文従 金文論語 正 金文乎 金文何 金文有 金文

歟→與。論語の本章は也の字を断定で用いている本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

書き下し

季康子きかうしふ、仲由ちういうまつりごとしたが使なるいはく、いうくわなり、まつりごとしたがふにおいなにらむ。いはく、まつりごとしたが使なるいはく、たつなり、まつりごとしたがふにおいなにらむ。いはく、きうまつりごとしたが使なるいはく、きうげいあり、まつりごとしたがふにおいなにらむ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 季康子
季康子が問うた。「仲由は政治に従事させる事が出来るか。」先生が言った。「由は決断力がありますから、政治に従事させるには、何でもありません。」「賜は政治に従事させる事が出来るか。」「賜は認知力がありますから、政治に従事させるには、何でもありません。」「求は政治に従事させる事が出来るか。」「求は多芸ですから、政治に従事させるには、何でもありません。」

意訳

若家老・季康子「お弟子の政治の腕前は?」
ニセ孔子
孔子「子路は果断、子貢は明察、冉有ゼンユウは多芸ですから、政治を司らせても何の問題もありません。」

従来訳

論語 下村湖人
 大夫の季康(きこう)子が先師にたずねた。――
仲由(ちゅうゆう)は政治の任にたえうる人物でしょうか。」
 先師がこたえられた。――
(ゆう)には決断力があります。決して政治が出来ないことはありません。」
 季康子――
()は政治の任にたえうる人物でしょうか。」
 先師――
()は聰明です。決して政治が出来ないことはありません。」
 季康子――
(きゅう)は政治の任にたえうる人物でしょうか。」
 先師――
「求は多才多能です。決して政治が出来ないことはありません。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

季康子問:「可以讓仲由當官嗎?」孔子說:「仲由果斷,當好官沒問題!」問:「可以讓子貢當官嗎?」答:「子貢精明,當好官沒問題!」問:「可以讓冉求當官嗎?」說:「冉求多才多藝,當好官沒問題!」

中国哲学書電子化計画

季康子が問うた。「仲由を役人にしてよいか?」孔子が言った。「仲由は決断力があります。まさに役人にうってつけで問題ありません。」問うた。「子貢を役人にしてよいか?」言った。「子貢は頭がよろしい。まさに役人にうってつけで問題ありません。」問うた。「冉求を役人にしてよいか?」言った。「冉求は多芸多才です。まさに役人にうってつけで問題ありません。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 使 。」 、「 。」、「 使 。」、「 。」、「 使 。」、「 。」


季康子

論語 季 金文 論語 康 金文 論語 子 金文
(金文)

魯国門閥三家老家筆頭・季氏の若家老。孔子よりは一世代下。

〔仲〕由・賜・求

論語 由 篆書 論語 賜 金文 論語 求 金文
(金文)

それぞれ孔子の弟子、仲由子路端木賜子貢冉求子有の本名。子路と冉有は、季氏に仕えたことがある。また子貢は季康子の指示で、呉国との外交交渉に当たったことがある。

論語 果 金文
(金文)

論語では本章だけに登場。”思い切りの良い”。初出は甲骨文。カールグレン上古音はklwɑr。

『学研漢和大字典』によると象形文字で、木の上にまるい実がなったさまを描いたもので、まるい木の実のこと。踝(カ)(まるいくるぶし)・顆(カ)(まるい頭、まるい)・几(カ)(まるい穴)などと同系。結果の果。成長したあげくに木の実がなるように、事がらが進んでしまったあとに生じるもの→物事の結末をつけるように思いきってする。思いきりがよい、という。

『字通』によると象形文字で、木上に果実のある形。〔説文〕六上に「木実なり。木に従ひ、果の形の木上に在るに象る」とあり、全体を象形とする。敢・惈と通じ、果敢・果決の意となる。つよい、いさぎよい、勝つ、という。

なお敢のカ音はkɑm、惈は不明。

論語 達 金文
(金文)

”通る・通す”が『大漢和辞典』の第一義だが、通ることができることから”とがる・するどい”の意があり、論語の本章では”観察力・洞察力”。詳細は論語語釈「達」を参照。

藝(芸)

  論語 芸 金文
(金文)

「芸」は”わざ”。技に達していること。詳細は論語語釈「芸」を参照。冉有は政才のみならず、武将としての能力も高かった。

論語:解説・付記

論語の本章は、おそらく論語公冶長篇7を元にした創作。質問者を孟武伯→季康子に入れ替え、子華を子貢に取り替えたのみ。目的は論語の膨らましと、弟子の箔付け→その後裔である儒者の格上げだろう。だがどうせでっち上げるなら、もう少し芸を見せろ、と言いたくなる。

元ネタ公冶長篇と比較すると、「也」をどうやっても断定にしか読めず、捏造と断じるしか無い。

本章 公冶長篇
季康子問、「仲由可使從政也與。」 孟武伯問、「子路仁乎。」
子曰、「由也果、於從政乎何有。」 子曰、「不知也。」又問、子曰、「由也、千乘之國、可使治其賦也。不知其仁也。」
曰、「賜也可使從政也與。」 「求也何如。」
曰、「賜也達、於從政乎何有。」 子曰、「求也、千室之邑、百乘之家、可使爲之宰也。不知其仁也。」
曰、「求也可使從政也與。」 「赤也何如。」
曰、「求也藝、於從政乎何有。」 子曰、「赤也、束帶立於朝、可使與賓客言也。不知其仁也。」

論語 吉川幸次郎
既存の論語本では吉川本によると、「使從政」を一役人として政治に従わせるという解釈と、政権を握らせるという解釈があるという。もし前者ならただの雑談か人材捜しだが、後者なら若家老が孔子の弟子に怯えていることになる。

また孔子より一世代下の季康子と孔子が対面したとすれば、それは孔子が放浪の旅から帰国した晩年の事になるが、すでに冉求は季氏に仕えており、子路は隣国衛に仕えていた。さらに子路は放浪前に、すでに季氏に仕えた事がある。また子貢も常雇いかは定かではないが、孔子の帰国前にすでに季氏に仕えている。

論語 季桓子
となると、季康子が三人の能力を尋ねるという前提が怪しくなり、人材を求めての事ならなおさらになる。質問者が季康子ではなく先代の季桓子だったり、弟子の三人が別人だったのが、長い間に入れ替わったのかも知れないが、時系列に無頓着な儒者が、勝手にでっち上げた可能性の方が高い。それともこのやりとりは、手紙の往復だったのだろうか。

少なくとも、後世の、それもおそらく漢代に大幅な編集の手が加わった可能性がある。というのは、同じ言葉の繰り返しが多く、無駄な文字が多い。つまり筆記材料を多く必要とする。紙がまだ無い論語時代、筆記は戦前の電報のように、なるべく省略して短く書くのが通例。

これは筆記材料の竹札を作るのに手間がかかり、持ち運びや保管にも、重くかさばった事情を考慮するとその可能性がある。紙が発明されたのは、教科書的には後漢の時代と言われており、それ以前にもあっただろうが、普及するのはやはり後漢と考えられる。
論語 竹簡

BC 魯哀公 孔子 魯国
491 4 61   季康子、孔子を呼び戻そうとするが、とりやめて冉求を招く
488 7 64 衛・出公に仕える? 呉に百牢を出す。季康子、子貢を派遣して自分の出張を撤回させる。邾を攻める。
484 11 68 弟子の冉求、侵攻してきた斉軍を撃破。孔子魯に戻る 呉と連合して斉に大勝

なお白川静『孔子伝』によると、「この問答は(子路の仕官)前でなくてはならぬが、子路と他の二人とは、年齢が二十以上も違うのである。まだ三十にも遠い年配のものを「政に従わしむべきか」と質問するのもいかがわしいことである」という。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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