論語詳解263先進篇第十一(10)門人これを厚く’

論語先進篇(10)要約:顔回の死に動顛した孔子先生は、落ち着きを取り戻して思います。生涯を掛けた礼法を、捨て去ることは出来ないと。そこで顔回を手厚く葬ろうとする弟子たちを、礼法破りだと止めようとしましたが…。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

顏淵死、門人欲厚葬之。子曰、「不可。」門人厚葬之。子曰、「回也視予猶父也、予不得視猶子也、非我也、夫二三子也。」

復元白文

論語 顔 金文論語 淵 金文論語 死 金文 論語 門 金文論語 人 金文谷論語 厚 金文論語 葬 甲骨文之 金文 論語 子 金文論語 曰 金文 論語 不 金文論語 可 金文 論語 門 金文論語 人 金文論語 厚 金文論語 葬 甲骨文之 金文 論語 子 金文論語 曰 金文 論語 回 金文也 金文論語 視 金文論語 余 金文論語 猶 金文論語 父 金文也 金文 論語 余 金文論語 不 金文論語 得 金文論語 視 金文論語 猶 金文論語 子 金文也 金文 論語 非 金文論語 我 金文也 金文 論語 夫 金文論語 二 金文論語 三 金文論語 子 金文也 金文

※欲→谷・葬→甲骨文・予→余。※論語の本章は、最終節の孔子の発言では也の字を断定で用いていると解せる。本章は戦国時代以降の儒者による捏造の可能性がある。

書き下し

顏淵がんえんし、門人もんじんあつこれほうむらむとほつす。いはく、不可ふかなり。門人もんじんあつこれほうむる。いはく、くわいわれるにちちごとくせり、われのごとくるをざるなりわれにあらざるなりの二三なり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 顔回 論語 孔子 哀
顔淵が死んだ。門人はこれを手厚く葬ろうとした。先生が言った。「いけない。」しかし門人は手厚く葬った。先生が言った。「顔回は私を父親のように見た。私は子のように見ることが出来なかった。私がしたのではない。あの門人達だ。」

意訳

顔回が死んだ。
弟子「立派なお葬式を出しましょう」
孔子「いかん。礼法にそむく。」
しかし弟子は盛大な葬儀を挙げた。
孔子「顔回は私を父親のように慕ってくれた。しかし私は実の子のように扱ってやれなかった。礼法破りをさせてしまったのだからな。だが私のせいではない、弟子たちが勝手にやったことだ。」

従来訳

論語 下村湖人

顔渕が死んだ。門人たちが彼のために葬儀を盛大にしようともくろんだ。先師はそれを「いけない」といって、とめられたが、門人たちはかまわず盛大な葬儀をやってしまった。すると先師はいわれた。――
「囘は私を父のように思っていてくれた。私も彼を自分の子供同様に葬ってやりたかったが、それが出来なかった。それは私のせいではない。みんなおまえたちのせいなのだ。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

顏淵死,學生們要厚葬他。孔子說:「不可。」學生們還是厚葬了他。孔子說:「顏回把我當作父親,我卻沒把他當作兒子。不是我要這樣,是學生們背著我乾的。」

中国哲学書電子化計画

顔淵が死んで弟子たちが厚く弔おうとした。孔子が言った。「いかん。」弟子たちはやはり厚く弔った。孔子が言った。「顔回は私を父のように見てくれた。しかし私は顔回を子のように見てやれなかった。私がそのようにせよと望んだのではない。弟子たちが私にそむいて勝手にやったのだ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

門人

論語 門 金文 論語 人 金文
(金文)

論語の本章では”孔子の弟子たち”。

”顔回の門人”と解することもできるが、顔回は孔子一門の誰からも好かれたようだから、限定しないで解した。

『学研漢和大字典』によると「門」は象形文字で、左右二まいのとびらを設けたもんの姿を描いたもの。やっと出入りできる程度に、狭くとじているの意を含む。悶(モン)(心が中にふさぎこむ)・問(モン)(とじてわからないことをむりにきき出す)・聞(モン)(とじてわからないことがやっときこえる)などと同系のことば。

類義語の戸は、とびら一枚を描いた字で、門の字の左側の部分に当たる。護(ゴ)(中をまもる)と同系で、とじて家の中を守る家のとびら。扉は、両びらきのとびら、という。

「門人」の語義は、以下を挙げている。

  1. ある先生についてその教えを受ける人。でし。「門人惑=門人惑へり」〔論語・述而〕門下生(モンカセイ)・門生(モンセイ)・門弟(モンテイ)・門弟子(モンテイシ)・門徒(モント)・門子(モンシ)。
  2. 門の番人。「門人射呉子=門人は呉子を射る」〔春秋穀梁伝・襄二五〕門徒(モント)・門子(モンシ)。
  3. いそうろう。《類義語》食客。〔戦国策・斉〕門客(モンカク)。

厚葬

論語 葬 甲骨文 論語 葬 篆書
「葬」(甲骨文・篆書)

論語の本章では”厚く弔う”。

『学研漢和大字典』によると「葬」は会意文字で、「艸二つ+死」。なきがらを草むす土の中に隠し去ることをあらわす。「礼記」檀弓上篇に「葬とは蔵なり」とある。蔵(ゾウ)(しまいこむ)・倉(しまう)と同系のことば。

類義語の喪(ソウ)は、相(ソウ)(二つに離れる)と同系で、離れ去ること、という。

論語を初めとする経典によると、死者を手厚く弔うのは儒教の特色であり、外部から批判される原因でもあった。論語の時代では、斉国の宰相・晏嬰アンエイが批判している。

論語 晏嬰
葬儀を派手に行って遺族の悲しみを煽り、お布施を吊り上げますから、民を可愛がることが出来ません。(『墨子』非儒篇下)

論語の時代よりあとでも、墨家を中心に批判され続け、漢代になって儒教の権威が確立されると、やっと批判はなくなった。

しかし本章に見られるように、論語時代の孔子一門の中でも、葬儀をどの程度の盛大さで行うかについては、確立した規定がなかった。従来訳のように、顔回が質素な葬儀を望み、孔子がその遺志に添えなかったことを悔いる場面は大いにあり得た。

ただし確立されてはいなかたっとしても、孔子は日常のあれこれについて身分ごとに分を定め、秩序の回復を願ったのは確かだから、無位無冠の顔回にふさわしくない葬儀が執り行われたのだろう。

初出は戦国時代の金文で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdi̯o。同音に、野などで、「余・予をわれの意に用いるのは当て字であり、原意には関係がない」と『学研漢和大字典』はいう。「豫」は本来別の字。詳細は論語語釈「予」を参照。

論語 視 金文 論語 視
(金文)

論語の本章では”あたかも~であるように取り扱うこと”。

『学研漢和大字典』によると形声文字で、「見+(音符)示(シ)」。まっすぐみること。示の原義(祭りの机)には直接の関係はない。指(まっすぐゆびさす)・示(まっすぐさししめす)と同系のことば。

類義語の見は、目だつこと、目にとまること。看は、手をかざしてよくみること。察(サツ)は、くもりなくみわけること。臨(リン)・覧(ラン)・瞰(カン)は、高い所から下のものをみまわすこと。観は、多くを並べてみくらべること。監(カン)は、上から下のものをみおろして、みさだめること。望は、遠くのみえにくいものを、もとめみること。眺(チョウ)は、右に左にと、広くみわたすこと、という。

猶(ユウ)

論語 猶 金文 論語 猶

論語の本章では、”~のように”。「なお~のごとし」と読む再読文字の一つ。詳細は論語語釈「猶」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章を読むと、立派な葬儀が出せたなら、論語先進篇7に記されたように、なぜ庶民でも普通に用いた外棺を作れなかったのか、不思議になる。時間軸として、先進篇7が先で、本章が後だとすれば解決するが、そうなると実の父親である顔路の、「カク=外棺が作れない」という心配も解消したことになる。おそらく子貢あたりが費用を工面したのではないだろうか。
論語 子貢

だとするなら、孔子の実子である鯉の槨がなぜ作れなかったかが疑問になる。子貢が顔回を畏敬していたのは論語公冶長篇8にある通りで、だからこそ顔回の葬儀に費用を工面したのだろうが、ならば孔子の実子に費用を出さないというのはおかしい。

となると後世の儒者がやかましく言い、論語の当時も批判されたような盛大な葬儀を、実は孔子自身も好んでいなかった可能性がある。そうなると「実の子のように…。」という嘆きにも納得がいくし、「勝手にやったことだ」という八つ当たりにも一応の説明はつく。

ここに孔子の人間くさいいい加減さと、後世はびこってしまった儒者の偽善のタネが見える。「他人の」盛大な葬儀とは取りも直さず、孔子一門にとっての収益増大を意味する。しかし「自分の」場合は費用の増大を意味するから、孔子自身にとっては損になるわけ。
論語 飾棺
儒教の規定によるひつぎの飾り付け

論語里仁篇「君子は義にさとり、小人は利にさとる」とか、論語憲問篇「利を見ては義を思い」とか孔子がお説教したのは、実はタテマエであって他人事だったのだろう。従って孔子を神格化して考えるのは、現代人にとってはあまりためにならないように思う。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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