論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす
原文・白文
子曰、「君子謀道不謀食。耕也餒餧*在其中矣。學也祿在其中矣。君子憂道不憂貧*。」
校訂
宮崎本:「餒」(ダイ・飢える)→「餧」(イ・めし)。これに従った。
武内本:清家本により、文末に也の字を補う。
書き下し
子曰く、君子は道を謀りて食を謀らざれ。耕す也餒餧其の中に在り矣。學ぶ也祿其の中に在り矣。君子は道を憂へて貧しきを憂へざれ。
論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす
逐語訳
先生が言った。「諸君は方法を思いめぐらせ、生活を思いめぐらすな。耕せばきっと食糧が得られるだろう。学べばきっと俸禄が得られるだろう。諸君は方法を心配しても、貧困は心配するな。」
意訳
どうやって技を習得するか、それを考えろ。生活の心配をする必要は無いぞ。耕せば収穫があるように、学べば俸給が貰える。だから技が身に付かないのを心配し、貧困を心配するな。
従来訳
先師がいわれた。
「君子が学問をするのは道のためであって食うためではない。食うことを目的として田を耕す人でも、時には饑えることもあるし、食うことを目的としないで学問をしていても、祿がおのずからそれに伴って来ることもある。とにかく、君子にとっては、食うことは問題ではない。君子はただ道の修まらないのを憂えて、決して食の乏しきを憂えないのだ。」
論語:語釈 →項目を読み飛ばす
君子
(金文)
論語の本章では呼びかけの言葉の”諸君”。孔子が君子の心得として一般論を説いたとも考えられるが、その場合は為政者階級である”貴族”。しかし論語は弟子による孔子の発言メモの集大成だから、”諸君”の方がよいように思う。詳細は論語語釈「君子」を参照。
謀
(金文)
論語の本章では”よく考え巡らす”。
道
(金文)
論語の本章では、”技術”。
論語では”やり方・方法”として用いられており、道徳や人道を意味しない。ここでは将来仕官する弟子に対してのお説教だから、役人・為政者としての道、すなわち行政の技術一般のこと。必ずしも陰謀を意味するのではなく、素早い行政処理や、善政を実施する方策をも含む。
行政官の処理能力の高さを、孔子は必須の技能として弟子に求めた。弟子の中で行政に長けると評した子路について、孔子は以下のように言っている。
そして自分の行政能力についてもこう述べた。
子路について言った「無宿諾」(諾を宿むる無し)=”引き受けた仕事を宵越しさせない”ことが、行政官には必要と孔子は言っているのであり、それは民にとっての善政でもあった。待たされると生活に差し支えるし、不安を抱えたまま日を送らねばならない。
そしてしばしば行政の宵越しは、ワイロの温床ともなる。貧しい庶民にとってたまったものではなかった。加えて孔子一門が既存の政治勢力の中に割り込むには、まず有能であることが必要で、事務処理能力のない者は、孔子にとっても困った弟子だったに違いない。
なお「道」の詳細な意味については、論語語釈「道」を参照。
食
(金文)
論語の本章では、”食べていくこと・生活”。食以外の衣・住を服召せて含ませて言っている。
耕
(金文)
論語の本章では”耕す・耕作する”。
『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、井(ケイ)は、形や型の原字で、四角いわくの形を描いた字。もと丼(セイ)(いど)とは別字だが、のち、混用された。耕は「耒(すき)+(音符)井(ケイ)」で、すきで畑地に、縦横のすじを入れて、四角く区切ること、という。
餒(ダイ)
(金文)
論語の本章では、”飢えること”。論語の本章では誤字として、下記の通り「餧」に置き換えた。
矣
(金文)
論語の本章では、”きっと~があるだろう”。詳細は論語語釈「矣」を参照。
學(学)也祿(禄)在其中矣
「也」(金文)
論語の本章では、”学べばきっと俸給が貰える”。
ここでの「也」は「A也B」の形で、”AについてはBだ”の意味。『学研漢和大字典』によると、「也」の語法の一つに「~の方法は・~の時には、と訳す。時間・空間・事物のある一部分を提示して強調する意を示す」とある。詳細は論語語釈「也」を参照。
「學」については論語語釈「学」を参照。
耕也餒在其中矣
論語の本章では、”耕せば食物が得られる”。
このまま読み下すと「耕す也餒其の中に在り矣」で、”耕すときっと飢えることになるに違いない。」これはおかしい。
従来の論語本では、宮崎本は論語の本章の「餒」(ダイ・飢える)は「餧」(イ・めし)の誤りとし、以下のように言う。
京都大学教授・宮崎市定
耕すや、餧其の中に在り…農夫が耕作すれば自然に食物の収穫が得られる…。
餒と餧は甚だ字形が似ている上に、餒と餧とに共通して飢餓という意味がある。そこで筆写の際に誤ったことが十分考えられる。但し餧には飯の意味があるが、餒の方にはない。従来はあくまで餒に固執したために、耕しても餒えることがある、と解し、この文章の意味が途中でねじれてしまい、下文とよくつながらなかった。(『論語の新研究』)
別ページでさらに詳細な論考があるのだが、引用はここまでに止める。他の論語本は以下の通り。

鄭玄曰く、餒は飢えである。人は耕そうとしても学問がなければ飢えることがある。しかし学問があれば給料が貰えるから、耕さなくとも飢えることはない。(『論語集解義疏』)
うはー。儒者の高慢ちきプンプン。真に受けられませんな。

耕すのは食物を得るためだが、不作に会えば収穫できない。学ぶのは善政を行うためだから、給料が貰えるのである。(『論語集注』)
古注よりはナンボかましだが、餒の字は誤字ではないという解釈は同じ。

餒え其の中に在り…水旱などのために自然に食が得られないで餒えることがあるのである。(『論語新釈』)
儒者の受け売り。

〔たとい〕耕すとも、餒えその中に在り。…たとえ、食を求めて田畑を耕してみたところで、(不作に遭えばそれまで)飢えの心配は耕作の中にひそんでいる。しかし一心に学問をしたならば、(いつかは召し抱えられようから)俸禄はおのずと学問研修の中にひそんでいる。(学研『論語』)
同上だが、学ぶのは生活のためでもある、と合理的な解釈をしている、と思う。

農耕は生活を安定させる道であるけれども、飢饉その他の飢餓の要素も、内在する。学問は生活の手段ではないけれども、「禄」すなわち経済的幸福への要素も内在する。学問か耕作か。君子の憂え、関心は、道徳にあって、貧乏にはない。(筑摩書房『論語』)
いや違うでしょう、みんな俸禄目当てに勉強しているんですよ。そもそも先生、ああた税金で生活してたんでしょうが。何言ってるんですか。

耕作しても〔凶作となれば〕食べてゆくことができないこともある。学問をして、食べてゆくことができることもある。教養人は、心のありかたの不安定を憂えるが、食べてゆくことの不安定を憂えたりしないのだ。…餒は、飢餓。(『論語 全訳注』)
食べられなくなっても、「心のありかた」が安定できるものだろうか。
というわけで、宮崎本に従い「餒」(ダイ・飢える)は「餧」(イ・めし)の誤りと判断した。
餧(イ)
(古文)
論語の本章では”食物・めし”。
『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、「食+(音符)委(かがむ、からだをまげる)」。語義としては以下を載せる。
- {動詞}くらわす(くらはす)。かう(かふ)。かがんでえさをあてがう。人や動物に食物を与えて養う。《同義語》⇒餵。「年年殺豚将葩狐=年年豚を殺して将に狐を葩はんとす」〔白居易・黒潭竜〕
- {動詞}うえる(うう)。うえてぐったりする。《同義語》⇒餒。
一方『大漢和辞典』による語義は以下の通り。
飼う。喰らわせる。めし。食い物。牛に喰わせる。飢える。飢え。魚が腐る。
祿(禄)
(金文)
論語の本章では”給料・俸禄”。詳細は論語語釈「禄」を参照。
憂
(金文)
論語の本章では”思い悩む”。
貧
(金文大篆)
論語の本章では”貧困”。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はbʰi̯ən。同音に牝(メス)。詳細は論語語釈「貧」を参照。
論語:解説・付記
論語の本章で孔子が言っているのは、学問すれば仕官できるからその心配をするな、ということであって、従来訳に代表される、学問は生活のためにあってはならないなどとは、全く言っていない。サボろうが無茶しようが俸禄が貰える役人根性では、論語を正しく読み取れない。
なお宮崎説の弱点は、「餧」(めし)がめったに名詞で使われていないことと、甲骨文は無論、論語時代に通用した金文にも未発掘で、戦国時代の竹簡や帛書(絹に記された文字)にも見られず、中国の字書が古書体として載せた古文が初出であることだ。
しかしそれを言い出すと、論語の文字=言葉には古文はおろか始皇帝時代の篆書(小篆)にすら見られない文字だってある。だからもしかすると後世の捏造や改竄かも知れないが、ここは目をつぶって、「めし」だと解釈することにした。