論語詳解333憲問篇第十四(1)憲恥を問う*

論語憲問篇(1)要約:孔子先生の弟子の中で、貧窮のまま生涯を送った原憲子思。恥とは何かを先生に問います。原憲の欲のなさを知っていた先生は、まともでない国に仕えるのが恥だと言い、暗に原憲の生き方を肯定した、という作り話。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

憲問恥。子曰、「邦有道穀。邦無道穀恥也。」

校訂

武内本

史記此章を引く、憲を子思に作る。蓋し子思は原憲の字。

復元白文(論語時代での表記)

論語 憲 金文問 金文 子 金文曰 金文 邦 金文有 金文道 金文 穀 金文 邦 金文無 金文道 金文 穀 金文 也 金文

※論語の本章は恥の字が論語の時代に存在しない。おそらく也の字を断定で用いている。本章は戦国末期以降の儒者による捏造である。

書き下し

けんはぢふ。いはく、くにみちらばふちうく。くにみちきにふちうくるははぢなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 原憲 孔子
原憲が恥を問うた。先生が言った。「国にまともな政道が行われていれば給料を貰う。国にまともな政道がないのに給料を貰うのが恥だ。」

意訳

原憲「恥とは何ですか」
孔子「サムライたるもの、国がまともなら仕えて大いに国を発展させればいいが、まともでないのに仕えるのは恥だ。」

原憲「なぜです?」
孔子「まともでない政府に手を貸して、もっとまともでなくするのかね?」

従来訳

論語 下村湖人

憲が恥についてたずねた。先師がこたえられた。――
「国に道が行われている時、仕えて祿(ろく)を食はむのは恥ずべきことではない。しかし、国に道が行われていないのに、その祿を食むのは恥ずべきである。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

憲問恥。孔子說:「國家太平時,可以當官;社會黑暗時,當官就是恥辱。」

中国哲学書電子化計画

原憲が恥を問うた。孔子が言った。「国家太平の時は、仕官してもよい。社会の暗黒期には、官職に就いているのは恥だ。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

」。 、「 。」


論語 憲 金文 論語 原憲
(金文)

論語の本章では生没年未詳。孔子の弟子、原憲のこと。あざなは子思。暮らしは貧しかったが、品が良かったという。詳細は論語の人物:原憲子思を参照。

字は論語では本章のみに登場。初出は西周早期の金文。詳細は論語語釈「憲」を参照。

論語 恥 篆書
(篆書)

論語の本章では”はじ”。初出は楚系戦国文字。論語の時代に存在しない。同訓部品は存在しない。同訓近音は金文以前で確認できない。『学研漢和大字典』によると、耳は、柔らかいみみ。恥は、「心+音符耳」の会意兼形声文字で、心が柔らかくいじけること、という。詳細は論語語釈「恥」を参照。

”はじ”おそらく春秋時代は「羞」と書かれた。音が通じないから置換字にはならないが、甲骨文から確認できる。『定州竹簡論語』の置換字「佴」は、「恥」とは音も語義も違うが、こちらも論語の時代に存在しない。

論語 道 金文 論語 取扱説明書 道
(金文)

論語では”方法・やり方”のこと。本章では”原則ある政治のやり方”。論語で史実が確認できる章では、”方法・やり方”の意であり、道徳的な語義は無い。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、「しんにょう(足の動作)+音符首」の会意兼形声文字で、首(あたま)を向けて進みいくみち。また、テキ(みち)と同系と考えると、一点から出てのびていくみち、という。詳細は論語語釈「道」を参照。

論語を読むと、孔子は政治には一定の原則があると考えており、それは礼法に従うことだった。その意味で孔子の政治論は法家に近いが、成文法に基づく法家の思想とは異なり、孔子の提唱する礼法は、論語時代には決まった文言がなかった。

つまり孔子が「これは礼である」と言えばそれが礼法になるわけで、その意味では人治主義と言っていい。しかし孔子は自分やその教えに通じた人材=士ならば礼法の原則をわきまえているとし、そこに一定の原則があると考えた。他派閥から批判されるのが、この矛盾だった。

論語 穀 篆書 論語 キヌア 穀
(篆書)

穀物のことだが、論語では”俸給”を指す。詳細は論語語釈「穀」を参照。

当時も貨幣は存在したが、まだあまり流通しなかったらしい。そこで役人の給与は穀物で支払われた。実際には「ナニガシ量の穀物を与える」と書いた木札や竹札で、それを持って国庫に出向いて受け取ったのだろうが、それを記した史料を訳者はまだ見ていない。

武内本は「穀とは禄なり、禄を食むをいう」という。

論語:解説・付記

論語の本章は、おそらく後漢末期以降につけ加えられたもの。理由の一つは、定州竹簡論語に無いことであり、もう一つは、漢の高祖劉邦の「邦」の字を避諱せず使っていることから。後漢末から三国に至る社会崩壊の中で、原憲子思のような生き方が評価されたからだろう。
(→後漢というふざけた帝国)

以下、原憲子思を「原憲」と記すのは、孔子の孫・子思と区別するためであり、訳者が何らかの意を含んで原憲と呼び捨てにするわけではない。蛇足ながらいみ名=本名で呼ぶのは呼び捨てにあたり、あざ名で呼ぶのは敬称で呼ぶことになる。

論語の本章の後世成立説に対して、『史記』弟子伝が本章と次章を共に「子思」=原憲の発言としているので、定州竹簡論語の本章部分が失われた可能性もあるが、逆に史記が後世書き換えられた可能性だってある。どちらが正しいとも言いかねるのが、中国の文献というものだ。

孔子はそれまでの血統による為政者層に、自分が教育した人材=士を割り込ませてその政治論を実現しようとした。それら士が、どのような時に仕え、また仕えるべきではないかは、のちに孟子によって細かく議論されるが、論語の時代の孔子一門には、そこまでの議論はない。

孟子去齊,居休。公孫丑問曰:「仕而不受祿,古之道乎?」曰:「非也。於崇,吾得見王。退而有去志,不欲變,故不受也。繼而有師命,不可以請。久於齊,非我志也。」

孟子
孟子が斉の宣王の元を去り、国都臨淄から、いなかの休のまちに移住した。弟子の公孫丑が問うた。「仕えたのに給料を貰わないのは、昔からの作法ですか?」

孟子「いいや。崇のまちで初めて宣王に出会ったとき、すでに仕えるのは嫌だと思っていた。それ以来、心にもない事を顔に出したくなかったから、給料を貰わなかった。だがしばらく斉に居る内に、軍隊を任された。だから断り切れなくなったのだ。それでも長く斉に居たのは、私の望みではなかった。(『孟子』公孫丑下23)


陳子曰:「古之君子何如則仕?」
孟子曰:「所就三,所去三。迎之致敬以有禮,言將行其言也,則就之;禮貌未衰,言弗行也,則去之。其次,雖未行其言也,迎之致敬以有禮,則就之;禮貌衰,則去之。其下,朝不食,夕不食,飢餓不能出門戶。君聞之曰:『吾大者不能行其道,又不能從其言也,使飢餓於我土地,吾恥之。』周之,亦可受也,免死而已矣。」

孟子
陳子「昔の君子は、どんな時に仕官したのですか?」

孟子「仕官の条件は三つ、辞職の条件も三つだ。礼儀作法にかなったやり方で招かれ、「仰る通りに致します」と言われたら、仕えてよい。だがその約束を反故にされたら、待遇に変わりは無くても辞めるべきだ。

次に、特に約束が無くても、礼儀作法にかなったやり方で招かれたら、仕えてよい。この場合待遇が悪くなったら、辞めるべきだ。

最後に、朝晩の食うものに困り、腹が減って外にも出られない。その噂を君主が聞いて、「政治をそなたの言う通りには出来ぬし、そなたの献策も聞けないかも知れぬが、ワシの領地でそなたのような者が飢え死にしたとあっては、世間体が悪い。」と言って捨て扶持をくれるなら、仕えてもよい。飢え死にしては何にもならんからな。(『孟子』告子下34)

論語を読む限り、孔子はお気に入りの弟子には、仕えないのを喜んだ(論語公冶長篇5など)。かといって弟子の進路を阻むわけにもいかないので、数多くの弟子が魯国や門閥に仕えた。加えて孔子は自分の色に染まった弟子を、手先として各地に送り込みたかっただろう。

子路冉有がその例だが、子路は後に仕官先を衛国に変え、論語の記述による限り、魯国で仕え続けたのは冉有と子賤だけになる。子賤について孔子はその業績を賞賛したが、冉有には厳しい批判を与えている(論語先進篇16)。

対して原憲が仕えた記述は論語にはなく、貧窮していたと『史記』にある。ただし孔子が自分の執事に雇ったことが論語雍也篇5に記され、十分な給与を与えている。だが論語の記述から原憲子思が一生仕官しなかったなら、それは論語雍也篇5に記された、欲の無さからだろう。

従って本章はそうした節を通す原憲の生き方を孔子が評価したと、後世の儒者が孔子に言わせたわけ。ただし、雍也篇に言う「原思」が、本章の「憲」と同一人物とするのは通説だが、史実である証拠は無い。さらに本章の言う「憲」の姓氏が、「原」であるという証拠も無い。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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