論語の人物:原憲子思(げんけん・しし)

貧窮の中でも自分の筋を通し趣味の良い庵で孤高を貫く生涯を送った孔子の弟子
論語 原憲

至聖先賢半身像「原憲」
国立故宮博物院蔵

略歴

史料に乏しく、生没年や出身地は未詳。以下は主に百度百科による。

BC515ー?。名は憲、字は子思。論語では原思とも記される。孔子より36年少。宋国の都城、商丘の出身。生家が貧しく、頑固に自分の主義を変えない性格で、俗世間に交わるのを好まず、貧窮の中にありながら人生を楽しんだ。孔子が魯国の大司冦(司法大臣)になった時、原憲を執事に雇った。孔子は給与としてアワ九百を与えた(14062.5日分の給与に相当。換算の詳細は論語雍也篇5の解説を参照)が、多すぎるとして辞退しようとした。孔子の没後は衛国の田舎に隠れ住み、質素な生活を送った。

論語での扱い

上記雍也篇5のほか、論語憲問篇1、憲問篇2に記載がある。憲問篇1は、自分の筋を通して、貧窮ながら国政の乱れた魯国に仕えない姿勢を、孔子に励まされている。憲問篇2では、仁についての孔子との問答を記す。

他の典籍での扱い

孔子没後に衛国で隠居した記述が、『孔子家語』七十二弟子解にある。その生活を哀れんで、弟子仲間で富豪の子貢が訪れたが、質素ながら品のいい庵に住まい、自分の生き方を信じて楽しんで暮らす様子を見て、自分自身を恥じたと『荘子』にある。『韓詩外伝』では、あまりの貧窮ぶりに子貢が驚いて、「病気ですか?」と問い、「貧乏は病気ではありません」と回答されて恥じたとある。

論語 趙孟頫『甕牖図』国立故宮博物院蔵

趙孟頫『甕牖図』国立故宮博物院蔵

論語での発言

1

アワ九百…多すぎます先生。(雍也篇)

2

恥とは何ですか?(憲問篇)

3

出しゃばり、自慢、押さえつけ、強欲。これらがなければ、仁と言えましょうか?(憲問篇)

論語での記述

  1. 原思為之宰,與之粟九百,辭。子曰:「毋!以與爾鄰里鄉黨乎!」(雍也篇)
  2. 憲問恥。子曰:「邦有道,穀;邦無道,穀,恥也。」(憲問篇)
  3. 「克、伐、怨、欲不行焉,可以為仁矣?」子曰:「可以為難矣,仁則吾不知也。」(憲問篇)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)