論語の人物:冉雍仲弓(ぜんよう・ちゅうきゅう)

君主に据えてもいいとまで言われた高徳の弟子

至聖先賢半身像「冉雍」

国立故宮博物院蔵

略歴

生没年未詳。姓は冉、名は雍、字は仲弓。孔子からは徳行を評価され、「君主に据えてもいいほどだ」と雍也篇に記された、孔門十哲の一人。『孔子家語』七十二弟子解によれば、冉耕伯牛冉求子有とは同族で、父親は出来の悪い人だったという。

雍のカールグレン上古音はʔi̯uŋ(平/去)、弓はki̯ŭŋ(平)。ʔは咳の音に近い。いみ名とあざ名が対応する論語の時代の通例として、音に共通性があるのは頷ける。「雍」は”やわらぐ”こと「弓」は”ゆみ”だが、春秋時代では何らかの語義の共有があったと思われる。

論語での扱い

論語雍也篇第六(6)によれば、生まれの身分が低かったと思われる。また魯国筆頭家老家の季氏に、執事として仕えた事が論語子路篇(2)に見える。

他の典籍での扱い

『後漢書』肅宗孝章帝紀によれば、『論語』と同じく魯国門閥三家老家筆頭の季氏に仕えたという。『孔子家語』弟子行・『大戴禮記』衛將軍文子によれば、「貧しきこと客(放浪者)の如く、その臣を使うこと借りるが如く(使用人を優しく取り扱っていじめなかった)、怒りを移さず(八つ当たりしなかった)、怨みを探さず、旧罪を記さざる(他人の悪行をすぐに忘れた)は、これ冉雍の行い也」という。

論語での発言

1

先生は、子桑伯子どのが大らかであるとご教示下さいましたが、かのお人は、縮むような敬いの心を秘めた上で、あえて大らかな態度で民の前に出る。大変よろしいのではないですか。心も態度も大らかでは、ただの不真面目になりませんか。(雍也篇)

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コメント

  1. […] 旅の途中の者のように貧しく、使用人を借りてきた人のように丁寧に扱い、八つ当たりをせず、怨みを深めることをせず、誰かの昔の悪事を無かったことにする。これが冉雍仲弓ゼンヨウチュウキュウの行いです。孔子先生はその人となりを評価して言いました。 […]

  2. […] このころ、初期の弟子を取る。魯に来た斉の景公と問答。弟子の冉雍ゼンヨウ、冉求ゼンキュウ、宰我生まれる […]