論語:原文・白文・書き下し
原文・白文
孔子曰、「益者三友、損者三友。友直、友諒、友多聞、益矣。友便辟*、友善柔、友便佞、損矣。」
校訂
武内本
唐石経辟、辟僻同義。
定州竹簡論語
……曰:「益者三友,損者三友。友直,[友梁a,友多]475……[便辟],友善柔,友辨年b,損476……
- 梁、今本為”諒”。同音假借。
- 辨年、今本作”便佞”。同音假借。
※梁li̯aŋ(平):諒ɡli̯aŋ(去)。辨bʰi̯an(上)またはbʰăn(去):便bʰi̯an(平)。年nien(平):佞nieŋ(去)。大陸中国の学者もまた、なぜデタラメばかり書くのだろうか。共産党の富国強兵策と権力コネ主義の結果、日本と同様に、文系にバカばかり集まったのだろうか。
→孔子曰、「益者三友、損者三友。友直、友梁、友多聞、益矣。友便辟、友善柔、友辨年、損矣。」
復元白文(論語時代での表記)
















柔 



損→孫。論語の本章は柔の字が論語の時代に存在しない。本章は戦国時代以降の儒者による創作である。
書き下し
孔子曰く、益す者に三つの友とする、損ふ者に三つの友とするあり。直きを友とし、梁なるを友とし、多く聞けるを友とするは、益す矣。便く辟なすを友とし、善柔きを友とし、辨くに年きを友とするは、損ふ矣。
論語:現代日本語訳
逐語訳

孔子が言った。「増やすものに三つの交友、減らすものに三つの交友がある。率直な者を友とする、誠実な者を友とする、博識な者を友とするのは、増やすものである。平気で悪事を働く者を友とする、しばしば意志を変える者を友とする、判断で人を言いくるめる者を友とするのは、減らすものである。」
意訳

友人は選べ。率直・誠実・博識な友と付き合い、平気で悪事を働き、平気で人に合わせ、平気で人を言いくるめる友は付き合うな。
従来訳
先師がいわれた。――
「益友に三種、損友に三種ある。直言する人、信実な人、多識な人、これが益友である。形式家、盲従者、口上手、これが損友である。」下村湖人『現代訳論語』
現代中国での解釈例
孔子說:「有益的朋友有三種,有害的朋友有三種。與正直的人交朋友、與誠實的人交朋友、與見多識廣的人交朋友,有益處;與走邪門歪道的人交朋友、與讒媚奉迎的人交朋友、與花言巧語的人交朋友,有害處。」
孔子が言った。「有益な友人は三種類ある。有害な友人は三種類ある。正直な人と交友する、誠実な人と交友する、見聞や知識が豊富な人と交友する、(これらに)有益な点がある。よこしまを行い道義を曲げる人と交友する、けなしたりおだてたりへつらう人と交友する、聞き心地の良い言葉を言い巧みにものを言う人と交友する、(これらに)有害な点がある。」
論語:語釈
益者・損者

「益」(金文)・「損」(金文大篆)
論語の本章では、付き合うと”タメになる者・ダメになる者”。論語為政篇23で既出。『学研漢和大字典』によると「益」は皿にいっぱい水をたたえたさまであり「溢」(あふれる)の原字。増やすこと。詳細は論語語釈「益」を参照。
損は員=かなえのように窪んださまであり、減らすこと。「損」は論語の時代に存在しないが、音通する「孫」が存在した。詳細は論語語釈「損」を参照。
友(ユウ)

「友」(甲骨文)
論語の本章では”友達”。初出は甲骨文。甲骨文の字形は複数人が腕を突き出したさまで、原義はおそらく”共同する”。論語の時代までに、”友人”・”友好”の用例がある。詳細は論語語釈「友」を参照。
三友

(金文)
論語の本章では、”三種類の友人関係がある”。

『学研漢和大字典』によると「友」はかばうように曲げた手をくみあわせた会意文字。「友直」などと句頭にあることから、動詞およびその動名詞形と判断して、”友達づきあいする”の意。それはいいとして、問題は名詞”とも”にも動詞”つきあう・助け合う”にも形容詞”仲がよい”にもなりうること。論語学而篇8では名詞として訳者は解した。
これはそう解釈しないと、孔子が塾内のいじめを煽って学級崩壊を招くからだが、中国語学としては、論語の時代まではまだ被修飾語-修飾語の順という、古い修飾語後置の形式が一部残っており、過渡期にあると判断したため。論語衛霊公篇42の「師冕」がその例。
しかし過渡期というのは「どっちもあり」であり、読解で頼るべき原則が無いことになる。とりあえず論語の本章では、修飾語-被修飾語の順として解釈する。
友直

(金文)
論語の本章では「なおき者を友とす」と読んで、”率直な者と友人づきあいする”。論語語釈「直」も参照。
諒(リョウ)→梁

(金文大篆)
論語の本章では「まこと」と読んで、”誠実”。『学研漢和大字典』によると音が通じる「亮」と意味は同じで、「あきらか」と読む場合もある。初出は秦系戦国文字。論語の時代に存在しない。詳細は論語語釈「諒」を参照。
定州竹簡論語の「梁」は、”ただしい”の語釈で「諒に通ず」と『大漢和辞典』にある。『白虎通義』には「梁者信也」とあるから、後漢の時代には「信」と同義に理解されていたことになる。詳細は論語語釈「梁」を参照。
多聞(タブン)

(金文)
論語の本章では、”多く聞いた者”=”もの知り”。論語の時代は書籍作製にコストがかかり、多読でもの知りになることは難しかった。孔子塾も教科書を与えられたわけではなく、孔子の話を聞くことがすなわち授業だった。論語の時代、直接聞く事は「聴」と言い、間接的に聞くことを「聞」といった。
『学研漢和大字典』によると「多」は会意文字で、夕、または肉を重ねて、たっぷりと存在することを示す。亶(タン)(おおい)・侈(シ)(たっぷり→ぜいたく)と同系のことば。類義語の衆は、人数がおおい、という。

仏教用語では「タモン」と呉音で読み、多聞天は毘沙門天の別名。『学研漢和大字典』によると梵語のヴァイシュラヴァナ、梵: वैश्रवणの意訳という。北方を守る神とされ、戦国大名の上杉謙信がその化身を称し、また日本海軍の闘将・山口多聞提督の名として知られる。
便辟

(金文)
論語の本章では、”平気で悪さをする者”。武内本は「人の忌む所をさけてへつらう意」と言うが、漢字の原義に従った。

『学研漢和大字典』によれば「便」はすらすらと通ることであるという。通らないのを「便秘」という。「辟」の原義は刑罰、もしくはそれを与える君主だが、やまいだれ=病気を付けて「癖」、にんべん=人の性格を付けて「僻」として、”よこしま”の意がある。
善柔

(金文)
論語の本章では”たやすく意志を変える者”。『学研漢和大字典』によると「善」は”(うわべが)よい”こと。武内本は「面柔者」=顔つきだけ腰の低い者、といい、”しばしば”の語釈を載せる。詳細は論語語釈「善」を参照。
「柔」は論語では本章のみに登場。『大漢和辞典』に”もろい”の語釈がある。初出は楚系戦国文字で、論語の時代に存在せず、論語時代の置換候補も無い。『学研漢和大字典』によると「矛(ほこ)+木」の会意文字でで、ほこの柄にする弾力のある木のこと。曲げても折れないしなやかさを意味する、という。詳細は論語語釈「柔」を参照。
便佞(ベンネイ)→辨年

「佞」(金文大篆)
論語の本章では、”平気で口車を回す者”。佞の字の初出は後漢の『説文解字』で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はnieŋで、同音に寧、寍(寧の古字)、濘(ぬかるみ、清い)。寧は丁寧の寧で、”ねんごろ”の意がある。つまり置換候補になりうるものの、”口車”としか解せない本章では不可。代わりに定州竹簡論語の「年」が置換候補となる。詳細は論語語釈「佞」を参照。
「辨年」の「辨」は、裁判で是非を判断することを言う。「年」は「佞に通ず」と『大漢和辞典』に言う。詳細は論語語釈「年」を参照。
論語:付記
論語の本章が漢儒の友人論であることは言うまでもないが、率直な者がそばにいたら、例えば「今、おならしましたね」と常時言われるようなもので、徳の低い訳者如きには耐えられない。人はほどほどにだまされず、ほどほどに口当たりのよい人と付き合うのが幸せだろう。
しかし異常人である孔子はそれに耐えたのだろうか。「家を一歩出れば国君や家老に仕え、家庭内では親や年長者に仕え、葬儀を心を込めて行い、酒での間違いを起こさない。これぐらい私には何でもない」(論語子罕篇16)と言った孔子だが、君子の心得としてこうも言う。
言い換えると中身の程度には飾れということで、「おな…」はやはりいけないのだろう。
なお訳者は中国語史も専門論文を目にする機会が無く、公刊された研究書(ひどく高い)を読むぐらいのことしかできない。いきおい最新の学説はまるで知らないから、解釈にとんでもない勘違いがあり得るわけだ。折角読んで下さる閲覧者の諸賢に、いささか心苦しい思いがする。
ただしせめて思うのは、業界とはギルドであり、ギルドは秘技を公開せず、それをハッタリやメシの種にしてきた。論語業界もそれは同様。すると訳者としては、せいぜい得られる情報を誠実に運用して、独断を廃し、論語をそれなりに理屈の通った現代日本語に直すしかない。

宇宙論に大きな貢献をしたソ連のフリードマン教授が、そのような状態だったという。宇宙の膨張に三種の解があることを明らかにした人だが、当時のソ連は鎖国状態で、スターリンに気に入られたインチキ科学がはびこり、正統科学を言い出すと、シベリア送りになったそうだ。

のちにスプートニクやボストーク宇宙船を打ち上げた主任技師、コロリョフ博士でさえ、同僚にはめられてシベリアに送られ、それも北極圏の金鉱山という、途方もなく過酷な場所で肉体労働。博士の設計したロケットは、今も現役という優れモノだが、そんな目に遭っている。

だからフリードマンはよい参考書や最新の論文も得られなかった。外国のスパイ扱いされて、シベリアどころかルビアンカ(KGBの本部)で拷問死に遭いかねなかったからだ。訳者の環境はそこまではひどくないが、せめて論語読解の手続きだけは、合理的手法に従いたい。

訳者がここまで文法にこだわるのは、日本の漢文は平安朝以来、正解とは権威者の言ったそれに過ぎないからだ。「国家安康」のねじ曲げで知られる林羅山以降、その弊害は強く、未だに漢学には合理主義や科学的手法が入ったという話を聞かない。それも仕方のないことだ。
従って漢文読解の年期に関しては、同世代の研究者の平均水準は行っていると自認する訳者としては、習い覚えた読解の技術でせいぜいの成果を出すしかない。無論誤りは諸賢に指摘して頂きたいが、決していい加減なものをここで提示しているつもりはない。
それが正しいかどうかは、諸賢の判断に任せ申しあげる。




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