論語詳解425季氏篇第十六(8)益すもの三楽”

論語季氏篇(8)要約:まじめに儒学の稽古に励みなさい。人を導いてやりなさい。賢い友と付き合いなさい。思い上がって人を見下してはいかん。なるほど。でも自由な生活や、宴会などもってのほかだ? 本当に孔子先生の言葉でしょうか。

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

孔子曰、「益者三樂、損者三樂、樂節禮樂、樂道人之善、樂多賢友、益矣。樂驕樂、樂佚遊、樂宴樂、損矣。」

校訂

定州竹簡論語

……子曰:「益者三樂,[損者三樂。樂節禮a,樂]□□之善,477……[賢]友,益矣。樂驕b,樂[失c游d],478……

  1. 今本禮下有“樂”字。
  2. 今本驕下有“樂”字。
  3. 失、阮本作”佚”、失可通佚。皇本作”逸”、佚、逸可通。
  4. 游、阮本作””遊。

→孔子曰、「益者三樂、損者三樂、樂節禮、樂道人之善、樂多賢友、益矣。樂驕、樂失游、樂宴樂、損矣。」

復元白文

孔 金文子 金文曰 金文 益 金文者 金文三 金文楽 金文 孫 金文者 金文三 金文楽 金文 楽 金文𠬝 金文礼 金文 楽 金文道 金文人 金文之 金文善 金文 楽 金文多 金文賢 金文友 金文 益 金文已 矣金文 楽 金文喬 金文 楽 金文失 金文游 金文 楽 金文宴 金文楽 金文 孫 金文已 矣金文

※損→孫・節→𠬝・矣→已・驕→喬。

書き下し

孔子曰く、「三つのたのしみ、そこな三つのたのしみあり。れいととのふるをたのしむ、ひときをみちびくをたのしむ、かしこともおほきをたのしむは、なりおごりをたのしむ、のがありくをたのしむ、うたげたのしみをたのしむは、そこななり。」

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 切手
孔子が言った。「自分を高める三つの楽しみ、低める三つの楽しみがある。礼法や音楽を規定通りに整えるのを楽しむこと、人の能力を高めるよう導くのを楽しむこと、賢い友人が多いことを楽しむのは、自分を高める。思い上がった境遇を楽しむこと、義務から逃れて気ままに出歩くのを楽しむこと、宴会の飲み食いを楽しむのは、自分を低める。」

意訳

論語 君子 諸君 孔子
儒学の稽古、人の教育、賢友と交わる楽しみは、自分のためになる。人を見下すこと、勝手気ままに振る舞うこと、宴会の飲み食いは、楽しかろうと自分のためにならない。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「有益な楽しみが三つ、有害な楽しみが三つある。礼楽の節度を楽しみ、人の善をいうことを楽しみ、賢友の多いのを楽しむのは有益である。驕慢を楽しみ、遊惰を楽しみ、酒色を楽しむのは有害である。」

下村湖人『現代訳論語』(一部改。隋→惰)

現代中国での解釈例

孔子說:「有益的愛好有三種,有害的愛好有三種。愛好禮樂、愛好稱贊別人的優點,愛好廣結善友,有益處;愛好放蕩、愛好閒逛、愛好大吃大喝,有害處。」

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孔子が言った。「有益な好みに三種類あり、有害な好みに三種類ある。礼楽を愛好し、別人の優れた点を賞賛するのを愛好し、良い友人と広く交際するのを愛好するのは、有益な点がある。勝手気ままを愛好する、時折うろつくのを愛好する、暴飲暴食を愛好するのは、有害な点がある。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

益者・損者

益 金文 論語 損 金文大篆
「益」(金文)・「損」(金文大篆)

論語の本章では、付き合うと”タメになる者・ダメになる者”。前章で既出。『学研漢和大字典』によると「益」は皿にいっぱい水をたたえたさまであり「溢」(あふれる)の原字。増やすこと。詳細は論語語釈「益」を参照。

損は員=かなえのように窪んださまであり、減らすこと。「損」は論語の時代に存在しないが、音通する「孫」が存在した。詳細は論語語釈「損」を参照。

樂(楽)

論語 楽 金文
(金文)

論語の本章では、”たのしみ・たのしむ”。『学研漢和大字典』によると、もとは枝に繭を付けた櫟(くぬぎ)の木のことで、音が転用されて音楽の意となった。さらに音楽は人を楽しませることから、楽しむ・楽をするの意となった。詳細は論語語釈「楽」を参照。

論語 節 金文
(金文)

論語の本章では”規則通りに整える”こと。初出は戦国時代の金文で、論語の時代に存在しない。『広韻』で声調・韻目・字母を同じくする「𠬝」(フク/セツ、上古音不明)(節=”はた”を手にして治める)があり、カ・藤上古音共に不明だが、甲骨文から存在する。

『学研漢和大字典』によるともと竹のふしのことだが、人間の手足の関節の意となり、ふしや間接で区切れるように、物事を規格通りに整えること。詳細は論語語釈「節」を参照。

禮(礼)樂(楽)→禮

論語 礼 金文 論語 楽 金文
(金文)

論語の本章では、”礼法と音楽”。教育や儒学そのものを指す場合がある。

馬融 鄭玄
定州竹簡論語には「楽」が無いが、これは学がない後漢の儒者が礼と聞けばパブロフ犬のように「礼楽」と思い込んだことが原因で、せっせと論語に楽の字を書き加えた。その結果本章は回りくどくなったのだが、「樂宴樂」の二番目の楽の字も、おそらくは後漢儒による書き加えである。

辞書的には論語語釈「礼」を参照。

論語 道 金文
(金文)

論語の本章では”導く”。ただし本章は孔子の肉声としては整いすぎており、後世の創作とすると”(人の長所を)言う”の意になる可能性がある。

『学研漢和大字典』『字通』によると「道」の原義は”みち”であり、派生して”導く”の意になったが、さらに時代が下って”言う”の意になった。とりわけ『学研漢和大字典』によると、”いう”の意味になったのは唐代で、それも俗語だという。詳細は論語語釈「道」を参照。

論語 善 金文
(金文)

論語の本章では”能力”。この字も本章が後世の創作とすると、”美点”の意となる可能性がある。詳細は論語語釈「善」を参照。

論語 賢 金文
(金文)

論語の本章では”賢い”。『学研漢和大字典』によると、原義は気を付けて財産を管理すること。詳細は論語語釈「賢」を参照。

驕(キョウ)

論語 驕 睡虎地秦墓竹簡
(秦系戦国文字)

論語の本章では”思い上がる”こと。初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。同音部品に喬があり、語義を共有する。詳細は論語語釈「驕」を参照。

『学研漢和大字典』によると、原義は大きな馬に乗って世間を見下げること。

佚→失

論語 佚 金文
(金文大篆)

論語の本章では”あるべき場所から逃れる”。論語では本章のみに登場。初出は前漢の隷書。論語の時代に存在しない。同音同訓に逸。初出は甲骨文論語語釈「逸」を参照。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、失は、「手+抜け出る印」の会意文字。佚は「人+(音符)失」で、俗世から抜け出た民(世捨て人)をあらわす。▽兔(ト)(うさぎ)と辶とをあわせて、うさぎがするりと抜け去ることを示す逸とまったく同じ。

動詞としてはするりと抜けて姿を消す、抜けて無くなることを意味し、形容詞としてはしまりがなくのんびりしているさまを表す。「佚遊」で、きままに遊ぶこと、という。詳細は論語語釈「佚」を参照。

失 金文 論語 落とす 失
定州竹簡論語の「失」は、正道でない横へするりとすり抜けること。初出は殷代末期の金文。詳細は論語語釈「失」を参照。

遊→游

論語 遊 金文
(金文)

論語の本章では、”ふらふらと怠けて暮らす”。

『学研漢和大字典』によると、原義は子供がふらふらと遊び回ることと言い、『字通』では氏族霊の旗を押し立てて出歩くことであり、遊ぶ本体は神霊だから、自由に動き回ることを指すと言う。詳細は論語語釈「遊」を参照。

游 金文 游 字解
「游」(金文)

定州竹簡論語の「游」は、水にプカプカ浮かぶように気ままに過ごすこと。詳細は論語語釈「游」を参照。

論語 宴 金文
(金文)

論語の本章では”宴会を開く”。論語では本章のみに登場。初出は西周末期の金文

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、晏(アン)は「日+(音符)安」から成り、日が落ちること。宴は「宀(いえ)+(音符)晏の略体」で、家の中に落ち着きくつろぐこと。上から下に腰を落としてやすらかに落ち着く意を含む。

安(落ち着く)・晏(日が下に落ちる)・偃(エン)(低く下に伏せる)と同系のことば。「宴楽」は酒盛りをして楽しみ遊ぶこと、という。詳細は論語語釈「宴」を参照。

論語:解説・付記

論語の本章は、文字史的には孔子の肉声を疑う要素が無いのだが、孔子を「子」とは記さず「孔子」と歴史人物であるかのように扱っている。孔子以上の貴人との対話では、身分を示すため「孔子」と書く例は論語にあるが、本章はその条件にあてはまらない。

おそらく孔子没後、かなりすぎてから記された話と見える。

論語の本章も前章などと同じく、あまりに整いすぎている。論語季氏篇について白川静博士は、あきらかにショクの学(孟子の時代に興った斉の学問)であり、斉の学問の系統を引く、という(『孔子伝』)。これは斉を根拠地とした子貢派ではなく、孟子派を意味する。

「『論語』の原典批判は、むつかしいしごとである」と『孔子伝』は言う。論語のどの部分がどの派の系統に属するか、学界でも決着はついていない。ただ訳者に言えるのは、この論語季氏篇が、他の篇とは違って話が整いすぎ、その分だけ孔子の肉声ではないと思えること。

その分、面白く無いとも言える。話が抽象的すぎて、机上の空論のように聞こえるからだ。しかし論語の各篇の名付け方から言うと、季氏篇は相当古いと言われている。論語八佾篇が「孔子謂季氏」で始まりながら、季氏篇を名乗らなかったのは、すでに季氏篇があったからだ。

そのようにある論語学者は言っている(佐藤一郎 「斉論語二十二篇攷 : 論語の原典批判 その二」北海道大學文學部紀要 9, 1-18, 1961-03-20)。斉論語が稷下の学で成立したとすると、それは子貢の系統を引かないばかりでなく、魯論語よりも古いことになるだろう。

論語 孟子
孟子は曽子の弟子筋で、しかも子貢と同様に政治的な野心が旺盛だった。だがその主張があまりに机上の空論なので、孔子以上にどこからも受け入れられず、わずかに小国の滕に受け入れられた程度。しかし小国のこととてやれることには限りがあり、結局学問に専念した。

論語の本章に話を戻せば、言葉を読むそばから寒々しい思いがする。本能に勝って仁に志すのは孔子の主張ではあるが、宴会はいかん、自由に生きるのもいかんというのは、禁欲の行者であるかのようだ。孟子がそういう生涯を送ったならともかく、当人は贅沢だったという。

諸侯並みの行列を連ねて、本物の諸侯を恐れ入らせたという。帝政時代の儒教が強いた、他人への禁欲の根源は、このあたりにありそうな気がする。それは曽子の禁欲主義と他人への呵責を思わせる話で、なるほど孟子は曽子の後継者だった。孔子が言いそうな話ではない。

孔子が大酒飲みだった話は論語郷党篇8に見えており、それを見た弟子がメモしたからには、孔子が独り飲みをしていたわけでもないだろう。弟子と一緒に宴会を楽しんだのだ。そして孔子は礼法を強調したが、決して隠者を見下してはいないし、その存在を否定もしていない。

それはこのあとの論語微子篇に出てくる話で、孔子は隠者のようにはなれないとは言ったが、自由な暮らしにあこがれないでもなかった。「粗衣粗食に肘枕でごろ寝。それもまた楽し。悪事を働いて財産と地位を得ても、浮き雲のようにはかないものだ」(論語述而篇15)。

「儲かる儲け話なら、その下働きの御者だってやるよ。儲からない儲け話なら、好き勝手にするさ」とも言った(論語述而篇11)。孔子は新興教団開祖として、自分の原理には頑固だったが、弟子に窮屈を覚えさせるような人物ではあり得ない。でなければ弟子は逃げただろう。

すると現代の論語読者として、本章をどのように読むとよいか。礼楽でなくとも学問や仕事の技を身につけるのは良い事だし、他者によき助言をしてやるのも、賢友と交わるのも良い事だろう。そして人を見下してはいけないが、自由な境地に生き、飲みを楽しむのは悪くない。

そもそも孔子の言葉とは言い難い本章を、このように無理に読む必要もない。とかく人の自由を奪いたがる帝国儒教や、人間を頑固で不自由にしてしまう朱子学のタネが、孔子にもまた潜んでいたという事実が分かればよい。もちろんそれは孔子の責任ではない。

孔子の肉声時代の儒学が、それだけ多様性を持っていたということだ。がん細胞が正常細胞をおしやって増殖するように、多様なからくりの一部だけ取り出して大げさに言い続けると、二千年も過ぎれば全く別物になるという一例だろう。

二十一世紀の今日、孔子の言う通りに生きてみたいと願う、論語の読者はいないだろう。ある大系は気に入った部分だけをつまみ食いすると、かえって毒になることが多いが、論語はそもそも大系をなしていない。膨大な部品がそれぞれの働きをして動く、エンジンとは違うのだ。

孔子自身が、自分は仁者でないと言い出す始末で(論語述而篇33)、謀反人にも呼ばれるとノコノコと出かけていくような、相当にいい加減な人だった。すると現代の論語読者としては、気に入った部分だけつまみ食いするのもありではなかろうか。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。それでもやるなら、覚悟致せ。

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コメント

  1. […] 最古の古典の一つである論語では、憲問篇30の「夫子自道也」、季氏篇8の「樂道人之善」を除き、”みち・方法・原則”の意味で使われている。しかもこの例外二例はいずれも、”いう”ではなく”導く”の意味である可能性が高い。 […]