論語詳解220子罕篇第九(16)出でては則ち公卿に

論語子罕篇(16)要約:孔子先生は2mを超す大男。ご面相は悪魔払いのお面にそっくりだったと言います。それだけに酒には強く、ひょっとするとなかなか同意しない相手を飲みつぶして、政治工作の助けに使ったかも。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「出則事公卿、入則事父兄、喪事不敢不勉、不爲酒困、何有於我哉。」

書き下し

いはく、でてはすなは公卿こうけいつかへ、りてはすなは父兄ふけいつかへ、とぶらひことあへつとめずんばあらず、さけこまりをさざること、んぞわれらむ

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子 切手
先生が言った。「家を一歩出れば国君や家老に仕え、家庭内では親や年長者に仕え、葬儀を心を込めて行い、酒での間違いを起こさない。これぐらい私には何でもない。」

意訳

論語 孔子 微笑み
出勤したら上司に仕え、家では年上を世話し、葬儀では懇ろに仏を弔い、酒を飲んでも飲まれない。私にとってこれぐらい、何でもないさ。

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「出でては国君上長に仕える。家庭にあっては父母兄姉に仕える。死者に対する礼は誠意のかぎりをつくして行う。酒は飲んでもみだれない。――私に出来ることは、先ずこのくらいなことであろうか。」

下村湖人『現代訳論語』

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 事 金文 論語 事 解字
(金文)

論語の本章では”仕える・奉仕する”。『学研漢和大字典』による原義は、手で計算用の竹ひごをいれた筒を持つさま。

公卿

論語 公 金文 論語 卿 金文
(金文)

論語の本章では、”国君と上級家老”。

『学研漢和大字典』によると「公」は会意文字で、「八印(開く)+口」で、入り口を開いて公開すること。個別に細分して隠さずおおっぴらに筒抜けにして見せる意を含む。▽「背私謂之公=私に背くを公と謂ふ」〔韓非〕とあるように、私(細かくわけてとりこむ)と公とは、反対のことば。

工(突き抜く)・空(突き抜けた)・攻(突き抜く)などと同系のことば、という。

「卿」は会意文字で、まんなかにごちそうを置き、両がわから人が向かい合って、供宴することをあらわし、饗(キョウ)(向かい合って食事する)や嚮(キョウ)(向かい合う)の原字。もと、同族の間で、神前の供宴にあずかる人、つまり同族中の長老の名称に専用されたが、やがて貴族の称となった。のち「きみ」にあたる敬意を含んだ親しい呼び方となる、という。

論語 則 金文 論語 則 解字
(金文)

ここでは”~の場合は”程度の意味で、深い意味はない。『学研漢和大字典』による原義は、スープを入れた器にナイフを添えたさま。

詳細は漢文読解メモ:すなわちを参照。

父兄

論語 父 金文 論語 兄 金文
(金文)

論語の本章では、”一族内の年長者”。

喪事

論語 喪 金文 論語 事 金文
(金文)

論語の本章では”葬儀”。

敢(カン)

論語 敢 金文 論語 敢
(金文)

論語の本章では、”意志的に~する”。

『学研漢和大字典』によると「必ずしも・いっこうに」の意味の「あえて」は、下に打ち消しのことばを伴う、という。

論語 勉 睡虎地秦墓竹簡 論語 勉
(秦系戦国文字)

論語の本章では”精出して働く”。

『学研漢和大字典』によると会意兼形声文字で、免は女性が股(マタ)を開いて出産するさまを描いた象形文字で、分娩(ブンベン)の娩の原字。狭い産道からむりをおかして出る意を含む。勉は「力+(音符)免」で、むりをして力む意。

類義語の励は、強く力をこめてはげますこと。勧は口々にやかましく言って力づけること、という。

論語 困 荊門包山2號墓竹簡 論語 困
(楚系戦国文字)

論語の本章では、”厄介ごと”。

『学研漢和大字典』によると会意文字で、「囗(かこむ)+木」で、木をかこいの中に押しこんで動かないように縛ったさまを示す。縛られて動きがとれないでこまること。梱包(コンポウ)の梱(縛る)と同系のことば、という。

何有於我哉

論語 有 金文
「有」(金文)

「ほかに」を補って解すると従来訳のような卑屈な訳”他に何が出来るだろうか”になるが、元ネタは例の朱子のしわざで、補わなくても逐語訳・意訳のように解せる。

『論語集注』で朱子は本章について、

說は第七篇に見ゆ、然らば此れ則ち、其の事いよいよ卑しくて、意は愈切なり

論語 朱子 新注
この話は述而篇にも出ている。ということは、この話は身近なことではあるが、一層需要だとされて記されたのだ。

と言い、論語述而篇2にも「何有於我哉」があるのと重なっていると指摘する。そこで論語述而篇の注を見ると、

我に於いて何ぞ有らん。言うは何者か能く我に於いて有らん也。…聖人之極まる至りに非ず、而て猶お敢えて當たら不るがごとし。則ちへりくだりり而、又た謙之辭也。

”我に於いて何ぞ有らん”というのは、何ものが私にあるだろうか、何でもないと言っている。…聖人の極みでおわす孔子先生らしくない。あえてらしくないことをのたまっているようだ。これは先生がへりくだりたもうたのだ。へりくだりの言葉を仰せになったのだ。

という。朱子とその引き立て役にとって、ご本尊の孔子さまはピカピカしていないといけないのだ。

論語:解説・付記

論語 孔子 TOP
論語郷党篇に「酒だけは量を定めないが、乱れるほどは飲まない」とある。身長2mを超す大男だった孔子は、さぞ飲みっぷりがよかったはずだが、そこはお作法の先生だけあって、飲まれはしなかったらしい。中国史で酒と言えば、次のような記述がある。

夏后氏尚明水,殷尚醴,周尚酒。

論語 位
夏王朝は貧乏くさい真水まみずを尊び、殷王朝は甘ったるい濁り酒を尊んだ。だが周王朝になってやっと、濁り酒を布袋に入れてチュウとし取った、清んだ酒を尊ぶ。(『小載礼記』明堂位)

伝説上の王朝、夏と並び、殷王朝もまた「酒池肉林」で国を滅ぼしたことになっている。もちろん周王朝がでっち上げたフェイクニュースだが、これはひょっとすると、中国古代の主食が米や小麦ではなく、アワやキビだったことが理由かも知れない。栄養価が違うのだ。

過度の飲酒は、ナイアシン(ビタミンB3)の欠乏症(ペラグラ)の症状の一つだという説がある。個人の感想と断っておくが、若年時より毎晩ウォトカが手放せなかった訳者は、意図的にナイアシンを摂るようになったとたん、飲酒量が激減して休肝日まで設けられるようになった。

以下に100g(おおむね1カップ弱)で、各穀物のナイアシン含有量を示す。一食当たりの摂取目安は3.48mgだという。主食だけで摂取できるのは小麦とコウリャンだけ。しかも人間が三食になったのはほんの数世紀前で、日本人がほぼ毎日食えるようになったのさえ戦後のことだ。

玄米 玄小麦 玄大麦 玄?アワ 玄?キビ トウモロコシ コウリャン
2.9mg 6.3mg 1.6mg 1.7mg 2mg 2mg 6mg

https://calorie.slism.jp/より。

ペラグラは皮膚がただれ、気分を鬱にし、最悪の場合死に至る恐ろしい病。特にアメリカなどトウモロコシを主食とする地域で猛威を振るったと言う。『坂の上の雲』に「インディアンは強い酒を好んだ」とあるが、なるほど米国政府の取り締まりをも恐れず密造に励んだらしい。

アメリカの少年が先住民の祖父母と共に暮らした回想録、『リトル・トリー』にそうある。論語に話を戻せば、当時小麦はやっと普及した頃で、アワ・キビ・大麦の方がはるか以前から一般的だった。そしてキビは最高の穀物とされ、大麦の「大」は”すばらしい”を意味する。

論語 孔子 熱
孔子「キビは五穀のかしらであり、天地や祖先の祭には最高のお供えです。」(『孔子家語』子路初見

”劣った麦”を意味する小麦が主食になる前は、華北の人々が大酒飲みになったとて、無理も無いと思わせる。ナイアシン豊富で、かつマオタイ酒の原料として名高いコウリャン(モロコシ)があるではないかと言われそうだが、中国に入ったのは唐と宋の間、10世紀半ばに下る。

藤堂明保
ただし藤堂明保『漢文概説』によると、既に殷の時代の倉庫から、コウリャンとトウモロコシがが出てきたという。一般にトウモロコシは、コロンブスによって新大陸よりまずヨーロッパにもたらされたと言うから、漢文以外ではあまり藤堂博士を信用しない方がいいようだ。

さて論語を現代人が読むに当たって、儒者の話がほとんど当てにならないことはここまでいくつも書いてきたが、その土台がどこにあるかおわかりだろうか。彼らの前提には、孔子は神の如き万能で無謬の聖なる人、という思い込みがあるわけ。だから客観的に論語を読めない。
論語 孔子

これは近代になりかかった頃のヨーロッパで、「イエスは私生児に過ぎない」と発言しようものなら、たちまちカッパ頭の酷薄そうなローマ坊主がやってきて、火あぶりの刑に処したようなもので、帝政時代の儒者とは則ちカッパ…だから、荒唐無稽なでっち上げを平然と行った。

一般に洋の東西を問わず古典の読解が難しいのは、こうした宗教的禁忌が、正確に書くこと・思うままに書くことを阻んできたから。又聞きだがデカルトの『方法序説』やベーコンの『新機関』はものすごく持って回った言い方をしているそうで、それも火あぶりが怖かったから。

今の欧米にカッパ…を怖がって口を閉ざす人はいまいが、日本の場合は居もしないカッパ…を今だに恐れて、論語にぺったり貼り付いた嘘・でたらめ・でっち上げが取れていない。言い換えるなら現代日本人にとっての論語などその程度の価値しかないわけで、無理もないことだ。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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