論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす
原文
子貢問曰、「賜也何如*。」子曰、「女*器也」。曰、「何器也。」曰、「瑚璉也。」
校訂
武内本
如何唐石経何如に作る。汝唐石経女に作る。
定州竹簡論語
子貢a問曰:「賜也何如b?□□:「女,器也。」曰:「何器也?」曰:「□77……
- ※訳者注:他の箇所は貢→
なのだが、ここでは貢のママ。元の竹簡の画像は公開されていないので、検証のすべがない。
- 何如、高麗本作「如何」。
復元白文
瑚璉
貢→江・如→甲骨文。論語の本章は瑚璉が論語の時代に存在せず、也の字を断定で用いている。本章は漢帝国以降の儒者による捏造である。
書き下し
子貢問うて曰く、賜也如何と。子曰く、女は器也。曰く、何の器ぞ也。曰く、瑚璉也と。
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逐語訳
子貢が問うた。「自分、賜は何者ですか」。先生が言った。「お前は器だ」。「どういう器ですか」。「瑚璉だ」。
意訳
子貢「私はどの程度の出来ですかね。」孔子「道具としては役立つな。」
「何の道具ですかね。」「お供え用の立派なやつだな。」
従来訳
先師が人物評をやつておられると、子貢がたずねた。――
「私はいかがでございましょう。」
先師がこたえられた。――
「お前は見事な器だね。」
子貢がかさねてたずねた。――
「どんな器でございましょう。」
先師がこたえられた。――
「瑚連だ。」
現代中国での解釈例
子貢問:「我怎樣?」孔子說:「你啊,象器皿一樣,衹有一種用途。」問:「什麽器皿?」答:「璉瑚。」
子貢が問うた。「私はどうでしょう。」孔子が言った。「お前はな、茶碗や皿と同じだ。一つの役にしか立たない。」問うた。「どんな茶碗や皿ですか。」答えた。「玉で作ったりっぱなやつだ。」
論語:語釈 →項目を読み飛ばす
賜
(金文)
孔子の弟子、子貢の本名。論語の人物:端木賜子貢参照。
女
(金文)
論語の本章ではさんずいが略されて、汝と同じ。”なんじ”。『学研漢和大字典』による原義はしなやかな姿をした女性。詳細は論語語釈「女」を参照。
器
(金文)
『大漢和辞典』の第一義は”うつわ・容れ物”。論語の本章では”役立つ人材”。詳しくは論語における「器」を参照。
瑚璉(コレン)
(金文大篆)
論語の本章では、”祭礼に用いる美々しいうつわ”。共に論語では本章のみに登場。武内本では「宗廟の祭器」という。「瑚」(カールグレン上古音ɡʰo)の初出は後漢の『説文解字』、「璉」(li̯an)の初出は『説文解字』にも見られず、共に論語の時代に存在しない。
『大漢和辞典』によると、宗廟(祖先祭殿)に穀物のめしを盛って供える器のことで、夏のそれを瑚といい、殷のそれを璉というとある。玉へんがついているからには玉器だったのだろうが、周代には青銅でも作られた。宇野本では「周には簠簋という。宗廟の祭に黍稷を盛る器物で、玉で飾ってある。器物の中の貴重で華美なものである」という。

伯公父瑚(高19.8cm 径28.3×23cm 深6.5cm 重5.75kg)
宝鶏市周原博物館蔵
[形声]声符は胡(こ)。〔説文〕一上に「珊瑚なり」とあり、珊瑚虫の骨骼によって形成される枝状のもの。赤・白・碧・黒などの色がある。また、瑚璉。黍稷(しよしよく)を盛る礼器。
論語:解説・付記
漢以降の帝国儒教では、なぜか子貢は悪党とまでは言わないまでも、好ましくない弟子とされる。それは帝国儒教=孟子教の祖師に当たる曽子の神格化や、そうでも無いのに神格化された顔回の地位向上と反比例している。そして孔門子貢派はおそらくいち早く絶えた。
子貢が学者ではなく、政治家であり実業家だったからで、貧乏くさい学者や塾講師稼業からは、笑いながらさっさとおさらばしただろうことはほぼ間違いが無い。加えて政治も商売も博奕が付き物で、人に教えようが無い。生まれ持った感覚の有無で適否が決まってしまう。
ともあれ、帝国儒教で子貢の株が暴落したのは間違いない。帝国儒教の開祖である孟子は、2章ほどで子貢に言及しているが、取り立てて悪口は言っていないからだ。荀子も子貢を孔子に凹まされる間抜けに描いた章はあるものの、帝国儒者ほどは悪く言っていない。
従って本章は、漢帝国になって創作された話の可能性が高いと思われる。
儒者の感想文を見ておこう。
子貢問曰賜也何如子曰女器也註孔安國曰言汝是器用之人也曰何器也曰瑚璉也註苞氏曰瑚璉者黍稷器也夏曰瑚殷曰璉周曰簠簋宗廟器之貴者也疏子貢問至璉也 云子貢問曰賜也何如者子貢聞孔子歴評諸弟子而不及己已獨區區已分故因諮問何如也云子曰汝器也者孔子答曰汝是器用之人也云曰何器也者器有善惡猶未知己器云何故更問也云曰瑚璉也者此荅定器有善分也瑚璉者宗廟寳器可盛黍稷也言汝是器中之貴者也或云君子不器器者用必偏瑚璉雖貴而為用不周亦言汝乃是貴器亦用偏也故江熙云瑚璉置宗廟則為貴器然不周於民用也汝言語之士束脩廊廟則為豪秀然未必能幹煩務也器之偏用此其貴者猶不足多況其賤者乎是以玉之碌碌石之落落君子皆不欲也 註苞氏曰至貴者也 云瑚璉者黍稷器也者用盛黍稷之飯也云夏曰瑚云云者禮記云夏之四璉殷之六瑚今云夏瑚殷璉講者皆云是誤也故欒肇曰未詳也然夏殷各一名而其形未測及周則兩名其形各異外方內圓曰簠內方外圓曰簋俱容一斗二升以簠盛黍稷以簋盛稻粱或問曰子貢周人孔子何不云汝是簠簋而逺舉夏殷器也或通者曰夫子近捨當時而逺稱二代者亦微有㫖焉謂湯武聖徳伊呂賢才聖徳則與孔子不殊賢才與顔閔豈異而湯武飛龍伊呂為阿衡之任而孔子布衣洙泗顔回簞瓢陋巷論其人則不殊但是用捨之不同耳譬此器用則一而時有廢與者也
本文「子貢問曰賜也何如子曰女器也」。
注釈。孔安国「汝は器なりと言ったのは、仕事の出来る者だと言ったのである。」
本文「曰何器也曰瑚璉也」。
注釈。苞氏「瑚璉はキビの類を盛る器である。夏では瑚といい、殷では璉といい、周では簠簋といい、祖先祭殿の器の中でも高級品である。
付け足し。子貢が問うて璉を記したのである。子貢問曰賜也何如というのは、子貢が孔子に弟子連中の評価を尋ねたが、自分について言及が無かったので、私はどうですかと尋ねたのである。子曰汝器也とは、孔子が答えて”お前は使える奴だ”と言ったのである。曰何器也とは、器にも善し悪しがあるから、自分はどの器なのか問うたのである。曰瑚璉也というのは、よい器だと答えたのである。瑚璉とは祖先祭殿に供える器で、キビのたぐいを盛るのである。
器の中でも高級品だと言った心は、あるいは君子は器であってはならないから、器になってしまうと必ず片寄りが出て、それは瑚璉のような高級品だろうと同じである、何でも出来るわけに行かない、ということだ。だから高級品だといった裏で、単能しか無い奴とも言った。
だから江熙が言った。「瑚璉は祭殿に置けば高級品だが、民の暮らしの一々に使うわけに行かない。本章の心は、お前のような口車の達者な奴は、朝廷で政務を処理するのは得意だろうが、こまごまとしたした仕事までこなせるわけでは無い。器の高級品は万能ではない。普及品は言うまでも無い。だから玉のようなチマチマも、石のようなガラガラも、器になってしまうのを君子は嫌うのだ、ということだ。」
注釈。苞氏「貴いとは何かを記したのだ。」瑚璉はキビの類を盛る器であり、キビ飯を盛り付けた。
云夏「瑚うんぬんについて、礼記には”夏には四璉があり、殷には六瑚があり”とある。今夏の瑚や殷の璉についてウンチクを垂れる連中は、皆間違っている。」
だから欒肇が言った。「実はどんな器かよく分かっていない。ただし夏・殷それぞれ器の言い伝えがあるが、その形は伝わっていない。周になると二種類になり、外が四角くて中が丸いのを簠といい、その逆を簋という。どちらも一斗二升入りである。簠はキビを盛るのに用い、簋は米を盛るのに用いる。」
ある人「子貢は周代の人なのに、なんで孔子は”お前は簠簋だ”と言わないで、古くさい夏や殷の器の名で呼んだんでしょうね。」
もの知り「先生は当時の言葉を使いたがらなかった。夏や殷の言葉で言ったのには、微妙な意味を込めている。殷・周には聖王や名臣が出て、孔子と変わらないほど徳に優れ、顔回や閔子騫と変わらないほど能に秀でていた。そうした聖王が名臣に政治を任せていたのだが、孔子は一介の塾の先生で、顔回は粗衣粗食したまま死んでしまった。人間の出来は変わらなかったのに、世間での地位は全然違った。ちょうど器には一つの機能しか無いが、時の運には上がり下がりが有るようなものだ。」
「ある人」以降で巧妙なゴマスリを言っているが、問いへの答えになっていない。読みようによっては、孔子がものすごくひがみ根性に満ちているように解せる。かように儒者はワケの分からぬ事しか言わない禅坊主と同じだが、案外禅坊主が、儒者の真似をしたのかも知れない。
女,音汝。瑚,音胡。璉,力展反。器者,有用之成材。夏曰瑚,商曰璉,周曰簠簋,皆宗廟盛黍稷之器而飾以玉,器之貴重而華美者也。子貢見孔子以君子許子賤,故以己為問,而孔子告之以此。然則子貢雖未至於不器,其亦器之貴者歟?
女は汝と同じ音である。瑚は胡と読む。璉は力-展の反切音である。器は、役に立つ道具という事だ。夏では瑚といい、殷では璉といい、周では簠簋といい、みな祖先祭殿に供えてキビを盛る器で、玉で飾ってあった。器のなかでも貴重で華美なものである。子貢は孔子が前章で子賤を「君子だなあ」と誉めたのを聞いて、「ボクはどうですか」と聞いた。そして孔子はこのように答えた。つまり子貢は器の段階に止まってはいるが、その中でも出来がよいものだ、ということになるだろうか。
コメント
[…] 同じ古注の論語公冶長篇3、瑚璉の章には、以下の通りある。 […]