論語詳解094公冶長篇第五(2)君子なるかな°

論語公冶長篇(2)要約:孔子先生は当時としては万能に近い人ですが、個別の能力では先生を上回る弟子もいました。政治の分野でもそれは変わりません。本章の子賤はその一人で、得体の知れない政治力を発揮して、先生を畏敬させました。

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論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子謂子賤、「君子哉若人。魯無君子者、斯焉取斯。」

復元白文(論語時代での表記)

子 金文謂 金文子 金文賤 賎 金文大篆 君 金文子 金文哉 金文若 金文人 金文 魯 金文無 金文君 金文子 金文者 金文 斯 金文安 焉 金文取 金文斯 金文

※賤→金文大篆・焉→安。

書き下し

子賤しせんふ、君子くんしなるかなかくのごとひと君子くんしなるものかれば、すなはいづくにかこれらむ。

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

子賤
先生が子賤を言った。「君子だなあ、このような人は。魯に君子人がいないなら、いない魯国のどこに君子を取ろうか。」

意訳

子賤は君子だな。魯にはろくに君子がいないが、彼のおかげで君子国としての取り柄がある。

子賤は君子だな。魯にはろくに君子がいないのに、いったい誰に見習ったんだろう。

従来訳

下村湖人
 先師が子賎(しせん)を評していわれた。――
「こういう人こそ君子というべきだ。しかし、もし魯の国に多くの君子がいなかったとしたら、彼もなかなかこうはなれなかったろう。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子評論子賤:「這人是個君子!如果魯國沒有君子,他怎麽會有好品德?」

中国哲学書電子化計画

孔子が子賤を評論した。「この人はひとかどの君子だ! もし魯国に君子がいなかったら、彼はどうやって良い品格を身につけたのだろう?」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

子賤(賎)(セン)

子 金文 賤 賎 金文大篆
(金文)

論語では生没年未詳、孔子の弟子。姓はフク、名は不斉。『史記』によれば孔子より49年少。『孔子家語』によると、単父ゼンホのまちの代官となったが、孔子は役不足だと評した。

『呂氏春秋』によると、子賎は琴を弾くだけでまちが治まったという。弟子の巫馬期フウバキも単父を治めたが、非常に苦労したため、不思議に思って子賎にたずねると、人任せだから治まると答えたという。また「掣肘」という故事成語の出典となった。

『漢書』芸文志には宓不斉の書として『宓子』16篇があったことを述べている。また、『景子』という書物にも宓子の言葉を記していたという。

自らの名乗りに、「賎」(いやしい)と付けるのは、よほどの大人物なのか、おっちょこちょいなのか、それともすね者か。

政治に対する孔子の態度には矛盾があり、みやみに世間をいじくり回すことを好む半面、堯舜ギョウシュンのように何もしないのに治まった、というのを理想ともしている。琴を弾いただけでまちが治まったという子賎に、孔子は得体の知れない政治力を感じて魅入られた可能性がある。

詳細は論語の人物:宓不斉子賎を参照。

賤の字の初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。カールグレン上古音はdzʰi̯anで、同音は戔を部品とする漢字群。固有名詞だから、そのどれもが論語時代の代替候補になり得る。
賤 古今音

若 金文 若
(金文)

論語の本章では”このような”。

今は伝統的解釈に従って「かくのごとき」と解したが、子賤は画像のようなものすごい老人ではなく、孔子の弟子の中では最も若いグループに属するので、「わかき」と読む可能性がある。『学研漢和大字典』による原義は髪をすく女性。詳細は論語語釈「若」を参照。

斯焉取斯(シエンシュシ)

従来訳”もし魯の国に多くの君子がいなかったとしたら、彼もなかなかこうはなれなかったろう”のように訳すのは朱子の新注により、斯=子賤が、焉=どこに、斯=君子の手本を取るのか、と解する。古注もこの点同様。

要するに魯のおかげで子賤が君子なのか、子賤のおかげで魯が君子国なのかの解釈の違いだが、魯のおかげ=魯は立派な君子でいっぱい、とすると、孔子が国外に逃げ出したり、世に絶望して筆をいたりする理由が無くなる。

あるいは「ワシのような君子のおかげであるぞ」という空威張りになってしまう。

それより琴を弾いただけで、治めるに難儀なまちが治まるほどの子賤がいるからこそ、魯は君子国の体面を保っていられるとした方が、孔子が謙虚さのあるまともな人だったという解釈になると思う。

論語も伝統的な読みが一端決まってしまうと、帝国の役人に過ぎない後世の儒者はそう解したがらず、上記リンク先人物伝で記したように、いろいろと理屈をこねているが、現代の論語読者がそうした小役人根性や儒者の狂信に付き合う必要は無い。

論語:解説・付記

吉川幸次郎
既存の論語本では吉川本に、君子者の「者」は仮定を意味するという。また『韓詩外伝』に「父としてつかうる所の者三人、兄として事うる所の者五人、友とする所の者十有二人、師とする所の者一人」というように、まわりに君子がいたとする記事を載せる。

なお従来訳について、「朱子がそう解した」というだけで疑いたくなる。確かに朱子は軍国主義者で頭がアレな人だが、常に妄想を吐いていただけではないだろうから、疑ってかかるのは良くないかも知れない。ただしいつも通り、連中の感想文は恐ろしく退屈である。

古注『論語義疏』

子謂子賤註孔安國曰子賤魯人弟子宓不齊也君子哉若人魯無君子者斯焉取斯註苞氏曰若人者若此人也如魯無君子子賤安得取此行而學行之疏子謂至取斯 云子謂子賤者亦評子賤也云君子哉若人者此通所評之事也若人如此人也言子賤有君子之徳故言君子哉若此人也云魯無君子者斯焉取斯者因美子賤又美魯也焉安也斯此也言若魯無君子子賤安得取此君子之行而學之乎言由魯多君子故子賤學而得之

本文「子謂子賤」。
注釈。孔安国「子賤は魯の人で弟子の宓不齊である。」

本文「君子哉若人魯無君子者斯焉取斯」
注釈。苞氏「若人とはこのような人ということである。もし魯に君子がいなかったら、子賤はどうやってこのような言動と学識を得たのだろうということである。」

付け足し。先生はどこで取るかを語りそれが記された。子謂子賤とは子賤を論評したのである。君子哉若人者とはその評価の結果である。若人とはこのような人ということである。子賤には君子の徳があり、だから君子哉若此人と言ったのである。魯無君子者斯焉取斯とは、子賤の美徳は魯の美徳の結果であるということである。焉とはどうしてということである。斯とはこれということである。もし魯に君子がいなかったら、子賤はどうやって君子らしい言動と学識を身につけたのだろう、と言っている。つまり魯には君子が多かったから、子賤はその美徳を学び得たということである。

新注『論語集注』

焉,於虔反。子賤,孔子弟子,姓宓,名不齊。上斯斯此人,下斯斯此德。子賤蓋能尊賢取友以成其德者。故夫子既歎其賢,而又言若魯無君子,則此人何所取以成此德乎?因以見魯之多賢也。蘇氏曰:「稱人之善,必本其父兄師友,厚之至也。」

焉は於-虔の反切音である。子賤は孔子の弟子で姓は宓、名は不齊。上の斯はこのような人、下の斯はこのような徳を意味する。子賤はたぶん賢者を敬い友達づきあいできたので徳のある者になった。だから先生はその徳を褒め讃えるだけでなく、もし魯に君子がいなかったら、子賤はどうやって徳を身につけられたかと言っている。だから魯には君子が多かったのだろう。

蘇氏「しゅごいでちゅねー、と褒め讃えられる人は、必ず父兄や師匠や友人が立派で、その影響なのである。」

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だし、訳者に連絡のお気遣いも不要だが(ただしネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。

言い訳無用。訳者が「やった」と思えば全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。空港の刃物検査通過は、やったことがあるが存外簡単だ。

刀の手入れは毎日している。そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶっ○○る。もし長生きしたいなら、悪いことはせぬものだ。朴ったら○すぞ。それでもやるなら、覚悟致せ。



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