論語:原文・白文・書き下し
原文・白文
子夏曰、「百工居肆、以成其事。君子學、以致其道。」
校訂
後漢熹平石経
…其事君子學…
- 「其」字:上半分中心に〔丨〕一画あり。
定州竹簡論語
[子夏曰]:「百工居肆以成其577……
復元白文(論語時代での表記)
















※論語の本章は、「以」の用法に疑問がある。
書き下し
子夏曰く、百なす工は肆に居り、以て其の事を成す。君子は學び、以て其の道を致す。
論語:現代日本語訳
逐語訳
子夏が言った。「さまざまな職人は仕事場に座り、その仕事を仕上げる。君子は座学して、その課程を修了する。」
意訳
子夏「職人は仕事場に座っていてこそ仕事になるが、君子は机に座って学ばないと君子になれない。」
従来訳
子夏がいった。――
「もろもろの技術家はその職場においてそれぞれの仕事を完成し、君子は学問において人間の道を極める。」下村湖人『現代訳論語』
現代中国での解釈例
子夏說:「工人在工廠中生產商品,君子在學習中掌握道義。」
子夏が言った。「職人は工場の中で商品を生産し、君子は学習の中で道義を把握する。」
論語:語釈
子夏

論語では孔子の若い弟子、卜商子夏を指す。孔門十哲に挙げられる有力弟子だが、年齢が幼くて孔子の放浪に同行できなかった。
加えて成人する頃は、諸侯国軍の中心が貴族の職業軍人から、徴兵された庶民へと移りつつあったので、孔子塾で本来教えた武芸に親しむ機会が、あまりなかったと思われる。それが本章の、「君子は学び、もて…。」の言葉に繋がっていると思われる。下記するとおり、「学」は座学を意味するからだ。
百工

(金文)
論語の本章では、”さまざまな職人”。「百」は種類の多さを表しており、具体的数値ではない。辞書的には論語語釈「百」を参照。
「工」は”職人”。初出は甲骨文。金文の字形は握る柄の付いた器の象形。甲骨文の字形は取っ手の付いた器の象形。左手で器を手に取って食べる事から、手+工で左を意味した。『学研漢和大字典』によると上下二線の間に┃線を描き、上下の面に穴を通すことを示す指事文字で、また、かぎ型ものさしの象形ともいう、という。詳細は論語語釈「工」を参照。
居

(金文)
論語の本章では”すわる”。原義は腰を落ち着けてその場に座ること。初出は春秋時代の金文。『学研漢和大字典』によると「尸(しり)+音符古(=固。固定させる、すえる)」の会意兼形声文字で、台上にしりを乗せて腰を落ち着けること。「尸(しり)+兀(だい)」とも書く、という。詳細は論語語釈「居」を参照。
肆(シ)

(古文)
論語の本章では”工房”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、もと「長(ながい)+隶(手でもつ)」の会意文字で、物を手にとってながく横にひろげて並べることをあらわす。のち、肆(長+聿)と誤って書く、という。詳細は論語語釈「肆」を参照。
従って商品を広げる店を指す場合があり、日本語の「書肆」などにその名残がある。言葉としては漢字の通例通り多義語で、”ほしいまま(にする)・ながい・ ゆえに・ ここに・殺してさらす”などの意がある。
また類義語の「店」同様、”宿屋”の意があり、必ずしも商業施設のみを指さない。現代中国語の「飯店」(ファンティエン)は、”hotel”に宿泊施設の意を含めて当てた音訳。「肆」に関する儒教的説明は、漢代に創作された法螺話に過ぎない。

以(イ)

(甲骨文)
論語の本章では”それで”。初出は甲骨文。人が手に道具を持った象形。原義は”手に持つ”。論語の時代までに、名詞(人名)、動詞”用いる”、接続詞”そして”の語義があったが、前置詞”~で”に用いる例は確認できない。ただしほとんどの前置詞の例は、”用いる”と動詞に解せば春秋時代の不在を回避できる。詳細は論語語釈「以」を参照。
以成其事

「成」(金文)
論語の本章では、”そうやって仕事を仕上げる”。
論語の本章での「以」は接続詞で、”そうやって”の意。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると、「手または人+(音符)耜(シ)(すき)の略体」の会意兼形声文字で、手で道具を用いて仕事をするの意を示す。何かを用いて工作をやるの意を含む、…を、…で、…でもってなどの意を示す前置詞となった、という。詳細は論語語釈「以」を参照。
「成」は単に作業をすることではなく、完成させること。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると丁は、打ってまとめ固める意を含み、打の原字。成は「戈(ほこ)+(音符)丁」の会意兼形声文字で、まとめあげる意を含む。▽締(ひとまとめ)の語尾がngに転じたことば、という。詳細は論語語釈「成」を参照。
「其」は”その”という代名詞。上の句では”職人の”、下の句では”君子の”。辞書的には論語語釈「其」を参照。
「事」は”仕事”。初出は甲骨文。『学研漢和大字典』によると「計算に用いる竹のくじ+手」の会意文字で、役人が竹棒を筒(ツツ)の中にたてるさまを示す。のち人のつかさどる所定の仕事や役目の意に転じた。また、仕(シ)(そばにたってつかえる)に当てる、という。詳細は論語語釈「事」を参照。
君子

論語の本章では”貴族”。教養ある人格者などの語義は、孔子より一世紀後の孟子による提唱。戦国時代になって国軍の主力が徴兵された庶民になると、従軍義務の代わりに参政権を持つ君子=貴族の価値が暴落したので、儒家を商材に選んだ孟子は困って、全然違う語義を言い広めた。詳細は論語における「君子」を参照。
學(カク)

(甲骨文)
論語の本章では”座学”。「ガク」は呉音(遣隋使より前に日本に伝わった音)。初出は甲骨文。新字体は「学」。原義は”学ぶ”。座学と実技を問わない。上部は「爻」”算木”を両手で操る姿。「爻」は計算にも占いにも用いられる。甲骨文は下部の「子」を欠き、金文より加わる。詳細は論語語釈「学」を参照。
武芸など日当たりの良い学習は含まれず、もっぱら屋根の下で講義を聴いたり本を読んだり楽器をチンカンと鳴らすこと。孔子塾での必須科目は六芸と言って、礼(作法)・楽(音楽と古詩)・射(弓術)・御(戦車の操縦)・書(読み書き)・数(算術)であり、このうち屋内で行うことが、「学」にあたる。
致其道

「致」(金文)
論語の本章では、”貴族としての技能教養を習得し終える”。
「致」は”その場に届く”こと。論語の本章では、技能教養を学び”終える”ことを意味する。辞書的には論語語釈「致」を参照。
「道」とは筋道・過程のことで、論語の本章では貴族としての技能教養を身につける過程、もしくはそのために師匠に課された課程を言う。日本の横文字で言えば”カリキュラム”が最も適切。原義は辵(あしどり)+首(人の象徴)で、つまり”通り道”。
それに次いで、現代と違って文明の未発達な古代では、A地点からB地点まで至る道は、引けても一本しか引けなかった。だから誰もが通る”原則・通例”の意が派生した。それが哲学風味な”原理”に化けたのは、空理空論をもてあそべるヒマ人が、中国に現れてからである。
論語に用いられた「道」を、何か道徳的なそれとして解している本の書き手は、ほぼ間違いなく中途半端か、あるいは全く漢文が読めていない。辞書一つ真面目に引いていないと思われる。「道」が例外的に”道徳”であり得るのは、その章が後世の捏造だった場合に限られる。

英語で道をcourseというとはご存じだろうが、コース料理とは食べ始めから食べ終わりまで一定の手続きに沿って料理が出てくる食事を言い、これを”食うとオリコウさんになる料理”とか訳したら笑い者になるだろう。漢文業界にはそんなことも分からない人が少なくない。
辞書的には論語語釈「道」を参照。
論語:付記
論語の本章は、「道」を誤解しただけで、何を言っているかさっぱり分けが分からなくなる。
前漢と後漢の間を生きた包咸が、「道」をどのような意味で使っているかははっきりしない。包咸は、中国史上最後のまじめな儒者の一人といってよく、これ以降は強欲な不勉強者で儒学界は占められた(論語解説「後漢というふざけた帝国」)。だから新注でも「道」ははっきりしない。
新注
工不居肆,則遷於異物而業不精。君子不學,則奪於外誘而志不篤。尹氏曰:「學所以致其道也。百工居肆,必務成其事。君子之於學,可不知所務哉?」愚按:二說相須,其義始備。

朱子「職人が仕事場にいなかったら、必ず変なものに気が散って仕事が不出来になる。君子が学ばないと、必ず低俗なことに心を奪われて気持が熱心でなくなる。」
尹焞「学ぶ理由はその道を達成するためだ。職人衆が仕事場にいれば、必ずその仕事に励んで仕上げる。君子が学ぶという事も、励むべき事柄だと知らないでいられようか?」
朱子「職人についても君子についても、本章の言うことはもっともで、はじめから理が備わっている。」(『論語集注』)
ここでも「道」とは何かを誤魔化したままなのは、語義をはっきりさせたくても出来なかったからだし、それは自業自得でもある。朱子学のまぬあるとして作られたはずの『近思録』で、朱子はその名もズバリ程明道(程顥)を呼んで来て次のように「道」を語らせている。
其體則謂之易,其理則謂之道,其用則謂之神,其命於人則謂之性。率性則謂之道,修道則謂之教。

そもそも宇宙の「体」を「易」と呼び、その法則を「道」と言い、その作用を「神」と言い、人に現れたその作用の定めを「性」と言う。「性」に従うのを「道」と言い、「道」を修養するのを「教」という。(『近思録』巻一・道体19)
宋儒らしい意味不明な空理空論を語っているだけで、読んだ者は何のことやらさっぱりわからない。おそらくは宋儒の連中にも、「道」とは何かは分かっていなかったはずだ。その時の商売上の都合で、テケトーなことを言っていたから、「道」が定義できなくなったわけ。





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