論語詳解487子張篇第十九(16)堂堂乎たり張や*

論語子張篇(16)要約:子張は堂々としているねえ。こういう人物とは、共に仁を実践しがたい、と弟子の曽子。確かに子張は”何事もやり過ぎ”の弟子でしたが、曽子も人格的欠陥では五十歩百歩。孔子先生没後の不和を表す一節。

このページの凡例このページの解説

論語:原文・白文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文・白文

曾子曰、「堂堂乎張也、難與並爲仁矣。」

復元白文(論語時代での表記)

曽 金文子 金文曰 金文 乎 金文張 金文大篆也 金文 難 金文与 金文並 金文為 金文仁 甲骨文矣 金文

※張→(金文大篆)・仁→(甲骨文)。論語の本章は「堂」の字が論語の時代に存在しない。「乎」「與」の用法に疑問がある。曽子は孔子家の家事使用人であって弟子ではない。定州竹簡論語にも存在しない。本章は後漢儒による創作である。

書き下し

曾子そうしいはく、堂堂乎だうだうこたりちやうともならびてじんがたなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

曽子が言った。「大きく広いな、子張さんはまことに。一緒に並んで仁を実践するのは実に難しい。」

意訳

曽子 ウスノロ 子張
曽子「子張めは押しが強すぎて、とてもじゃないが仁の情けがあるようには見えないし、図々しくて付き合いきれない。」

従来訳

下村湖人

曾先生がいわれた。―― 「堂々たるものだ、張の態度は。だが、相たすけて仁の道を歩める人ではない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

曾子說:「子張雖然外表堂堂,但難於和他一起做大事。」

中国哲学書電子化計画

曽子が言った。「子張は外見は堂々としているが、ただし彼と共に大仕事をするのは難しい。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

、「 。」


曾子

曽子

論語では孔子の若い弟子とされた人物で、「魯」=ウスノロと評されたシン輿のこと。曽子が孔子家の使用人だった可能性はあるが、弟子だった可能性は極めて疑わしい。文字的には論語語釈「曾」(曽)論語語釈「子」を参照。

堂 金文
「堂」(金文)

論語の本章では”大きく広いさま”。「堂」の字の初出は戦国中期の金文で、本章が後世の創作であることを証拠立てる。

『学研漢和大字典』によると、尚(ショウ)は、窓から空気が高くたちのぼるさまを示し、広く高く広がる意を含む。堂は「土+(音符)尚」の会意兼形声文字で、広く高い土台のこと。転じて、広い高い台上にたてた表御殿、という。詳細は論語語釈「堂」を参照。

乎(コ)

乎 甲骨文 乎 字解
(甲骨文)

論語の本章では、形容詞・副詞の後ろにつけて、その状態を示す助辞。初出は甲骨文。甲骨文の字形は持ち手を取り付けた呼び鐘の象形で、原義は”呼ぶ”こと。甲骨文では”命じる”・”呼ぶ”を意味し、金文も同様で、「呼」の原字となった。句末の助辞として用いられたのは、戦国時代以降になる。ただし「烏乎」で”ああ”の意は、西周早期の金文に見え、句末でも詠嘆の意ならば論語の時代に存在した可能性がある。詳細は論語語釈「乎」を参照。

子張

論語では孔子の若い弟子で、何事もやり過ぎと評されたセン孫師子張を指す。「張」の字は論語の時代に存在しないが、固有名詞のため、同音近音のいかなる漢字も置換候補となりうる。詳細は論語語釈「張」を参照。

也(ヤ)

也 金文 也 字解
(金文)

論語の本章では、「や」と読んで下の句とつなげる働きに用いている。初出は事実上春秋時代の金文。字形は口から強く語気を放つさまで、原義は”…こそは”。春秋末期までに句末で詠歎、疑問や反語に用いたが、断定の意が明瞭に確認できるのは、戦国時代末期の金文からで、論語の時代には存在しない。詳細は論語語釈「也」を参照。

難 金文 焼き鳥 難
(金文)

論語の本章では”難しい”。初出は西周末期の金文。『学研漢和大字典』による原義は、焼き鳥を作るさま。詳細は論語語釈「難」を参照。

與(ヨ)

与 金文 與 字解
(金文)

論語の本章では”…と”。新字体は「与」。初出は春秋中期の金文。金文の字形は「牙」”象牙”+「又」”手”四つで、二人の両手で象牙を受け渡す様。人が手に手を取ってともに行動するさま。従って原義は”ともに”・”…と”。詳細は論語語釈「与」を参照。

並 金文
(金文)

論語の本章では”並ぶ”。初出は甲骨文。「竝」は正字体。『学研漢和大字典』によると人が地上にたった姿を示す立の字を二つならべて、同じようにならぶさまを示したもの。同じように横にならぶこと。略して並と書く。また、併(ヘイ)に通じる、という。詳細は論語語釈「並」を参照。

爲(イ)

為 甲骨文 為 字解
(甲骨文)

論語の本章では”実践する”。新字体は「為」。甲骨文の段階で、”ある”や人名を、金文の段階で”作る”・”する”・”…になる”を意味した。詳細は論語語釈「為」を参照。

仁(ジン)

仁 甲骨文 孟子
(甲骨文)

論語の本章では、”常にあわれみの気持を持ち続けること”。初出は甲骨文。字形は「亻」”ひと”+「二」”敷物”で、原義は敷物に座った”貴人”。詳細は論語語釈「仁」を参照。

仮に孔子の生前なら、単に”貴族(らしさ)”の意だが、後世の捏造の場合、通説通りの意味に解してかまわない。つまり孔子より一世紀のちの孟子が提唱した「仁義」の意味。詳細は論語における「仁」を参照。

つまり素のままの自分に手を加えて、常時無差別の愛を現実化する自分になること。

曽子 怒 子夏 泣く
子を亡くした子夏に「自業自得だ」と放言した曽子(論語学而篇4付記)に、常時無差別の愛などあったものではない。「おまゆう」とはこのことだ。

矣(イ)

矣 金文 矣 字解
(金文)

論語の本章では、”(きっと)…である”。初出はおそらく西周早期の金文。字形は「𠙵」”人の頭”+「大」”人の歩く姿”。背を向けて立ち去ってゆく人の姿。原義はおそらく”…し終えた”。ここから完了・断定を意味しうる。詳細は論語語釈「矣」を参照。

論語:解説・付記

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(思案中)



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