論語詳解194泰伯篇第八(10)勇を好みて貧*

論語泰伯篇(10)要約:呉国使節の接待から中座してきた孔子先生。何とか取り込もうと機嫌を取ったのですが、やはり相手は野蛮の風味を残した田舎者でした。やれやれとため息をつく先生。しかし何としてでも味方に付けねばなりません。

このページの凡例

論語:原文・書き下し →項目を読み飛ばす

原文

子曰、「好勇疾貧、亂也。人而不仁、疾之已甚、亂也。」

復元白文

子 金文曰 金文 好 金文勇 金文疾 金文亂 金文也 金文 人 金文而 金文不 金文仁 甲骨文 疾 金文之 金文已 矣 金文論語 甚 金文 亂 金文也 金文

※仁→(甲骨文)。論語の本章は貧の字が論語の時代に存在しない。也の字をおそらく断定に用いている。本章は戦国時代以降の儒者による捏造である。

書き下し

いはく、いさこのみてまづしきをにくまば、みだるるなりひとにし不仁ふじんなる、これにくむこと已甚はなはだしからば、みだるるなり

論語:現代日本語訳 →項目を読み飛ばす

逐語訳

論語 孔子別像
先生が言った。「勇気を好んで貧しさを憎めば、乱れる。人であって常時無差別の愛を持たない者は、何かを憎めば乱れる。」

意訳

同上

従来訳

論語 下村湖人

先師がいわれた。――
「社会秩序の破壊は、勇を好んで貧に苦しむ者によってひき起されがちなものである。しかしまた、道にはずれた人を憎み過ぎることによってひき起されることも、忘れてはならない。」

下村湖人『現代訳論語』

現代中国での解釈例

孔子說:「崇尚勇猛而討厭貧困的人,是禍害;被人唾棄的沒良心的人,是禍害。」

中国哲学書電子化計画

孔子が言った。「勇猛を尊んで貧困を嫌がる人は、もう災いでしかない。人にツバをかけられる良心の無い人は、もう災いでしかない。」

論語:語釈 →項目を読み飛ばす

論語 疾 甲骨文 論語 疾 金文
(甲骨文・金文)

論語の本章では”憎む”。

論語 疾 字解
『学研漢和大字典』によると原義は人に向かって真っ直ぐ飛ぶ矢の姿で、素早いことや急性で致死性の病気を言うが、病気で苦しむことから、気に病む、憎むの意が出来た。詳細は論語語釈「疾」を参照。

初出は戦国文字で、論語の時代に存在しない。詳細は論語語釈「貧」を参照。

亂(乱)


(篆書)

論語の本章では”乱れる”。この漢字はクセモノで、もとは絡み合った糸を手やへらで整えている象形。だから正反対の”治める”の語義がある。論語でも「われに乱臣あり」とあるが、これは”よきけらい”と読み下す。

なお甲骨文で「乱」は未発掘で、論語の時代の文字は部品としてしか見つかっておらず、確実な初出は戦国文字。従ってあるいは本章そのものが後世の捏造である可能性すらある。現存する最古のテキストである「定州論語」には、本章が欠けており、手がかりが無い。

戦国時代の書体は下記の通り。

論語 乱 睡虎地秦簡文字 論語 乱 長沙子彈庫楚帛書甲篇
(秦系:睡虎地秦簡文字・楚系:長沙子彈庫楚帛書甲篇)

詳細は論語語釈「乱」を参照。

不仁

仁者でない者。仁について詳細は、論語における「仁」を参照。

疾之已甚

この句の「之」は、直前が動詞であることを示す記号で、意味内容を持っていない。

「已」も「甚」はともに「はなはだ(し)」と読み、実直に読むなら「はなはだはなはだし」。だが言葉がうるさいので、伝統的論語本ではまとめ読みする。論語には珍しい熟語。つまり、本章が本物ではないと考えられる根拠の一つになる。

春秋戦国時代までの中国語は、一文字一単語が基本で、熟語の数が至って少ない。対して現代中国語は二文字一単語が基本で、単漢字は助辞などの限られた数しかない。このことは論語に特別な意味を持たせており、熟語を知らなくとも単漢字の語義を追えば、意味が分かることになる。

論語:解説・付記

もし本章が本物なら、こう訳す所だが。

論語 孔子 ぼんやり
ちょっと中座してきた。

あーあ。腕っ節が強くて貧乏な連中は困るな。たいがい乱暴を働くから。田舎者で根が素直なのはいいが、怒り出すとどんな乱暴でも働きかねない。無知無教養だから、仁の心がないからな。やれやれ。

論語
つまり本章もまた、呉の使節との応対と解釈できなくはない。酒に酔った使節が宴席で無茶でも始めたのだろう。刀を抜いて「一つ剣舞を披露いたす」とか言って。『史記』にはそんな場面がある。孔子は「ちょっとトイレに」などと言い、中座してぼやいている風景と解釈した。

放浪から一時帰国中の孔子のかたわらに、のちの曽子一派の一人がいるのは不思議のない話で、この時曽子はかぞえで11歳。論語時代は平均寿命が30程度だから、現代の11歳のような子供ではなかったろうが、国賓の接待の場に出られたとは思えない。

しかし控え室でお小姓代わりに詰めていた可能性ならある。もしそうだとすると、論語泰伯篇そのものが、孔子との対話がほとんど無かった曽子が、自己宣伝=孔子とのつながりの深さを示すために設けた篇だと言えなくはない。

まさかと思うかもしれないが、儒者はそれぐらい平気でやる。しかし悪く勘ぐりすぎるのもよくないから、今は可能性の指摘だけに止める。

警告

漢文業界の者は嘘つき中国人そっくりで、微塵も信用ならぬ(→理由)ので、数言申し上ぐ。


出典明記の引用は自由だが(ネット上では可動リンク必須)、盗用・剽窃は居合を嗜む有段者の訳者が、櫓櫂の及ぶ限り追い詰める。言い訳無用。訳者が「やった」と思ったら、全国どこでも押し込む。頭にきたら海外にも出かけ、バッサリやってすぐ帰る。訳者は暇であるし、惜しむものを持っていないし、面倒が苦にならぬゆえ、こうして古典を研究している。

そして未だ人を斬ったことが無い。

盗作・剽窃の通報歓迎。下手人を成敗した後、薄謝進呈。他人にやらせた者も同罪、まずそ奴から追い回してぶった○る。覚悟致せ。

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